【艦これ】提督「全ての艦娘を落としてやる」 (118)

前作もよろしければご覧頂けると嬉しいです。今回と繋がりはありませんが。

叢雲「私のバレンタイン・デイ」
【艦これ】叢雲「私のバレンタイン・デイ」 - SSまとめ速報
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「失礼するぜ」


ノックもなく、扉が開かれる。女の、しかし威勢のいい体育会系の声だ。

入室者はこの部屋の主である俺への不遜などお構いなしと言った様子で、部屋の中央まで歩いてきた。


「失礼しまあす」


続けて、間の抜けたのんびりとした声。
先に入室した女の子の斜め後ろが定位置、と言わんばかりに直立する。

「天龍、水雷戦隊。おめーの命令通り、帰投してやったぜ」


提督である俺をあえて『おめー』呼ばわりし不機嫌な表情を作って。
先に入室してきた—-天龍と名乗った少女—-艦娘が俺を睨む。


精一杯、自分が不本意な帰投をした、とアピールせんとしているのが丸分かりだ。

言葉の激しさとは裏腹に、天龍の眼は努めて冷静で、俺を見極めんとしている。

両腕を組んで、少しでも自分を大きく見せようとしているのだろうが、その効果が出ているのかは疑問だ。



・・・胸に抱えている装甲の大きさを強調するという、当人には不本意な戦果なら上げているのだが。

「あらあら、天龍ちゃん。提督に対してそんな言葉遣い、駄目じゃないの~」


天龍の後ろに控える艦娘、龍田がちっともすまなそうじゃなく、そう発言する。

俺に対する敬意からではなく、単にこの場の雰囲気を悪くしない用にするだけの発言。

こちらの方が少々手強そうだと、内心俺は思った。

「何だか、不機嫌な様だな。天龍?」
「・・・あたりめーだろ」


天龍に水を向けると、あっさりと食いついてくる。
想定通りの反応。俺は予定通りすっとぼけることにした。


「もしかして、俺が君の水雷戦隊に出した、撤退命令が原因かな?」
「ったりめーだろ!」

バン、と大きな音がする。


さっきまで組んだ両手を執務机に叩きつけて、天龍が叫ぶ。


おお、中々の迫力だ。揺れる胸部装甲を含めて、中々の。
ヒュゥ、と口笛を吹きたくなるのを我慢して、俺はまだ彼女に視線を置かない。


書類に目を向けたままだ。

それにしても、天龍は不器用な方だと思っていたから驚いた。

中々の役者だ。演技にしては十分。

龍田はもう、形だけでも止めようとしない。
静観する構えだろう。


「何であそこで撤退命令を出した?」
「お前たちだけなら、問題なかったんだけどな」

ひと呼吸置いて、呟くように俺は言った。

「電、暁。この二人の損害を見て、撤退を判断した」


実際、執務室に乗り込んできた二人の服装は塵一つ付いていない。

さっきまで鎮守府近海海域へ出撃していたとは思えないほどだ。

でも、それは彼女たちだけ。随伴艦たちは違う。


「二人は中破。おっと、雷も小破しているのか。ドックから報告が入っているよ」

響は、こいつら二人と一緒で無傷。これは優秀だ。


ここまで言って、俺はやっと天龍の方へ視線を向ける。
彼女が望む答えを、半分ほど口にしたからだ。

天龍の顔は、相変わらず作ったような仏頂面だ。

だけれど、甘い。

表情は変わっていなくても、眼に明らかに安堵の色が灯っている。


「だからなんだってんだ!」


まだ演技を続けるらしい。

「何だって、重要なことだろう。駆逐艦の子達が損傷を負っているんだ。戦闘の継続は困難だっただろう」
「俺らは、まだ戦えた。あのまま戦闘を続けていたら、間違いなく敵を全滅させていたはずだ。そうだろ、龍田!?」


天龍が振り返って、後ろの龍田へ話を振る。お前も協力しろ、ということか。


「そうね~、少なくとももう2,3隻は敵を倒せたかもしれないわ~」


相槌を打つ龍田。

そうは言っても、と口に出して。
俺は困惑の表情を作る。


まさか自分の判断が批判されるとは思っても見なかった、という表情を。
そこから、激怒の表情を形作る。


怒りに任せて、怒鳴るように声を張り上げる。


「お前は、駆逐の子たちが犠牲になっても構わないと言うのか!?」
「へ?」
「あら」


天龍たちにとって俺の反応は予想外だったらしく、間の抜けた声を漏らした。

「あの状態のまま・・・『中破』のまま追撃を開始していたら、沈む可能性だってある」


だが、俺は気づかないフリをして続ける。
きょとん、とした天龍の間抜けな表情に、気づかないフリを。


新任の、経験は無いが情熱を持った提督の空回りを演じるのは、ここからだ。

「俺は、君たち艦娘を犠牲に・・・轟沈させてまで、勝利を得たいとは思えない」
「だが、お前は違うのか。天龍。」


あちゃあ、そういう事か、と呟いて。
天龍が気まずそうに頬をかく。


「違うのか、と聞いている天龍。お前は勝てさえすれば、轟沈者が出ても構わないと?」

「あのう、提督?」


いささか不安げな声。
もう演技を続ける気は無いようで、素の表情を覗かせている。


やはり、上官に反抗するのは怖かったのだろう。


でも、『欲しかった、一番望ましい答え』も俺から引き出せて。


もう眼だけでなく、表情全体に安堵が拡がっている。
やはり役者としては大根だ、と俺は天龍の評価を下方修正する。


やるなら最後まで演じなきゃ駄目だよ、天龍。


最後まで、騙し通さなきゃ。

「なんだ、意見があるなら言ってみろ。大切な仲間を犠牲にする事を正当化する意見があるならな」
「提督は多分、勘違いしているんじゃないかなあと思う」


申し訳なさそうに、探るように、天龍。

身長差のせいで、自然と上目遣いになるのが結構可愛い。

「提督、進軍や追撃をした時に轟沈の危険性があるのは『中破』じゃなくて、
『大破』状態からなんだ・・・多分、勘違いしてただろ?」

「へ?」


今度は、俺が間の抜けた声を出す番だった。

ただしこちらは演技の、予定通りの、だけれども。

ああ、やっぱりなと呟く天龍はもう、はにかんだ様な笑顔を覗かせている。


対して間違いを犯した『新任提督』は焦る。

焦って、すぐ隣へ視線を移す。


「どうなんだ、叢雲?」
「はぁ、そうね」


提督の執務机の隣に、机がもう一つ。

そこから退屈そうなため息が漏れる。

そこに座った秘書艦は、この騒動を最初から我関せず、といった顔で見ていたのだ。

「天龍の意見が正しいわ。昔は『中破轟沈説』が取られたこともあるみたいだけれどね」

「俺が読んで勉強した資料は、相当昔に作られたものだった、ということか・・・」


天を仰いで、自身の間違いを悟る『新任提督』は、続いて天竜に向き直る。

すまなそうな表情をして。

「すまなかった、天龍。俺の指示が間違っていた!」

「いや、オレはてっきり無意味な指示を出したと思っていたもんだからよ、もういいよ」


へへへ、と笑う天龍。


「提督は駆逐のチビたちが沈むと思ったから、撤退命令を出したんだよな」

「ああ、だから天龍が勝利のためなら轟沈も厭わない酷い奴だと・・・本当にすまない」

「いや、もう良いって」

あれだけ怒鳴られたのにもう水に流そうとする天龍は、本当に気がいいやつだ。

駆逐の子たちに慕われているという評判も、なるほど納得できる。


だからこそ新任の俺がどんな提督か、こうして確かめに来たのだろう。

何よりもまず、自分の仲間たちの安全を確かめるために。

だから、確信した天龍は、今日のことを広めてくれる。

今度の提督は、艦娘のことを気遣う信頼できる提督だと、鎮守府の仲間たちに。

・・・少し頼りないところもあるけれどという、親しみやすいオチまで付けて。



これこそが、俺の狙いだ。

最初に相手の信頼を勝ち取ること。

これが、事を起こす為に何よりも必要なことだから。

「良かったよ、お前みたいな提督が来てくれて」


そうやって照れながら笑う彼女は、年相応の少女にしか見えなくて。

彼女を騙して信頼を得たことに、僅かながら俺は罪悪感を感じるのだった。

じゃあな、今度から正しい指示を頼むぜとすっかり気をよくした天龍が退出した。

少し遅れて、ほとんど喋らなかった龍田が続く。

天龍が外の廊下を進んでいったのを確認して、彼女が振り向く。



「あのう、提督?」

「龍田も、すまなかったね。天龍にももう一度伝えてくれ。すまなかった、と」



目的を終えて、安心しきっていた俺に、一言。

「あんまり天龍ちゃんをからかっちゃ駄目よ~?何が目的か知らないけれど」

「・・・」

「天龍ちゃんを傷つけたら、許さないから」


じゃあね、と。
今度はこちらを振り向きもせず、龍田が退出していった。


全く。

天竜のことを大根役者なんって、笑えないよ、これじゃあ。

「まあ、80点といったところか」
「全く。うんざりだわ」


寡黙に徹していた隣の相棒から声がする。


「何、さっきまでの三文芝居は。昔の熱血ドラマでも見たければ、仕事が終わってからにして頂戴」

「さっきまでのが仕事なんだけどね。提督としての」


「言っておくけど、あんなので騙されるのは天龍くらいのものよ。他の艦娘たちにも同じ手を使おうとしているなら、考え直すのね」


下手な芝居に付き合わされて不機嫌そうな叢雲は、さっきまで黙っていた鬱憤を晴らすかのように饒舌だ。

最も、叢雲が不機嫌そうなのはいつもの事だけれども、といったら殴られるだろうか。

「アンタ今何か、失礼なこと考えてないでしょうね」
「そんな、滅相もない」


龍田と同じで勘が鋭い様だ。秘書艦様はおっかない。

「まあ、これでアンタの提督業の第一歩は、踏み出せたようね」

「ああ、まずは早期に艦娘たちに慕われること。信頼を勝ち取ること」



もちろん、時間をかけて、結果を出して信頼してもらう自信はある。

けれども、艦娘たち一人ずつに「信頼してもいいかも」という最初のステップを踏んでいくのは、莫大な時間がかかる。


だから。

「だから、あんな面倒くさい芝居を演じたのね」

「新任提督の微笑ましい失敗談。良いだろう?」

「まあ、明日には鎮守府中に広がっているでしょね、この噂は」


年頃の女の子たちが集まっている場所だ。そんなの俺じゃなくても容易に想像できる。


だから、気のいい、仲間内から慕われているだろう天龍を利用することにした。

これで艦娘たちの間では、自分は親しみやすい提督というイメージが浸透するだろう。

一瞬で、手っ取り早く。

前任者の人気が無かったようだから、なおさらだ。


それを踏み台にして。
「鎮守府の全ての艦娘たちを、落としてやる」

そして。
「全ての深海棲艦どもを、この世から消し去ってやる」


隣で叢雲がビク、っと震えるのが分かる。

ギラつく目を、努めて押し隠しながら。

俺は静かにそう宣言した。

<幕間>
今日は以上です。今後も書き溜めたものを投下します。

前作がシリアスだったので、萌え萌えキュンな作品を作ろうとしたらドシリアスに。
叢雲は秘書艦に置くと本当に締まる艦娘です。叢雲最高。

それでは、よろしくお願いします。

乙ー
龍田かなり手強そう

おつです

>>1です

今日の分を投稿します。よろしくお願いします。

「君に、チャンスを与えようじゃないか」


「今日から君は、提督だ」


「『奴ら』に対抗する唯一の兵器たち。そう、艦娘を統率したまえ」


「なに、君に卓越した戦闘指揮など期待しておらんよ」


「若い女を誑かして、その気にさせる。お手の物だろう?」


「艦娘たちの士気高揚。それが私たち大本営の課す、君の任務だ」


「全ては、あの憎き深海棲艦どもを根絶やしにするため」

また、あの時の夢か。そう思いながら、俺はベッドを抜け出す。

鎮守府に着任してからの、俺の朝は早い。

やるべき仕事は山積みだし、そうなると朝から活動し始めなければ時間が足りないのだ。


熱意のある提督、というのを演じるためにも、寝坊するわけにもいくまい。

一応軍人なのだからと、体を鍛えるために早朝ランニングをすることにした。

体を動かすのは苦手ではないが、やはり艦娘たちの身体能力は別格だ。

トップの俺が運動不足、というのは格好がつかないというのもあるしな。



広い広い鎮守府のまわりを走るというだけで、結構な運動になる。

走り始めると、ぽつぽつと活動を始める艦娘たちとすれ違いだした。

「あ、しれいかーん!おはよー!」

「司令官、おはようございます!」

「・・・」

「し、司令官さん、おはようなのです」

「ああ、おはよう」


声をかけてきたのは、第六駆逐の娘たちか。

暁、響、雷、電。昨日、天龍が率いていた娘たちだな。

しかし、挨拶一つにも個性が出るものだ。

どの子がどんな性格か大体わかった気がする。

ランニング中ということもあって、軽く手を振って別れようとすると、すれ違いざまに雷から声をかけられる。


「司令官、もう指示を間違っちゃだめよー!」


ガックリと体勢を崩す俺を見て、クスクスと笑うのは雷と暁。

わざとやった失敗とはいえ、ここまで無邪気に笑われると恥ずかしいものがある。


全く、生意気な奴め。

「暁、あんまり笑うのは良くない」

「そ、そうなのです!司令官さんが可哀想なのです!」


そして、たしなめるのは響と電か。

多分、悪気はないと思うんだけれども。

・・・可哀想と言われる方が心に来るんだよなあ、電よ・・・。

それにしても、電が声をかけてくれたのは驚いた。

初めて会った時はすっかり怯えられて、避けられていたのに。



叢雲の予想通り、『新任提督の失敗談』は鎮守府の間で広がっているらしい。

こうして幼い駆逐の子供たちと話すことも出来るし、いい効果を生むのではないだろうか。

親しまれる優しい提督。

うん、良いではないか。

「おお、提督じゃな。おはよう」

「おはようございます、提督」

「おはよう。利根、筑摩」



ランニングも中盤。

鎮守府を半周ほどした当たりで出会ったのは重巡・利根と筑摩姉妹だ。

「新任早々、大変じゃな。提督よ」


小柄な姉、利根の方が話しかけてくる。
・・・嫌に得意げだな、どうしたのだろうか。


「何も分からんでは何かと辛かろう?泣いて縋れば吾輩が教えてやらんでもないぞ!」

「姉さんったら、もう」


そう言って胸を張る利根。
おお、背はないけれど胸は意外とあるんだな。

我が儘なやつめ。

これはどう見ても舐められているだろう。
・・・いかんな。

俺が仕掛けた失敗談は、親しまれるためであり舐められるためではないのだ。


「大丈夫さ。もうあんな失敗はしないように頑張るからな」
「ほほう、どうだかのう?」


ニヤニヤと笑う利根。

年上の男をやり込めた気になって、ちょっと得意げといったところだろう。

・・・からかってやるか。

「そうだな。困ったときは素直に尋ねるとする」


俺がそう答えると、利根はぱあ、っと花が開くように笑顔になった。


「そうじゃろう、そうじゃろう。提督にも頼られてしまって、吾輩困ってしまうわ。なあ千曲よ」

「姉さん、あんまり調子に乗ると提督に失礼ですよ」

「いや、俺も新任だからな。どんどん教えてもらわなきゃいけない」


嗜める筑摩にフォローをいれつつ。
でも、と俺は付け加える。

「せっかく聞くなら、お姉さんの方に聞くかな。筑摩の方に、ね」


利根と筑摩を交互に見やって・・・。

その際、一方を見るときは目線を思いっきり下に。

もう一方を見るときは上に・・・重巡姉妹の身長差を揶揄するようにして、俺は答える。

「な!?どうして吾輩の方が妹じゃと思った!言え!!」
「ええ・・・それはだって。なあ?」


もう一度視線を上下に振ると、からかわれているのを完全に察したようだ。


「ムキー!!提督よ、そこに直れ!成敗してくれるわ!」
「ははは、じゃあな。あまり上官をからかうんじゃないぞ?」


反撃が来る前に走り出して、俺はその場を後にする。

見ると、暴れる利根を筑摩が押さえ込んでいる。

これじゃあ本当にどっちが姉艦だかわかりゃしないな。


それにしても利根をからかうのは面白いな。

癖になりそうだ。

そんなことを考えながら走っていると、既にランニングは後半戦。


暁や利根たちと話したからか、少し時間を喰ってしまった。

少しペースを上げるか。

朝の任務に遅れては本末転倒だ。


鎮守府の裏手に行き着く。

鎮守府の裏手には、奥に森が続いているだけで人気がない。

・・・いや、一人だけ艦娘がいる。

向こうもこちらに気がついたようだ。


「やあ」
「おはよう」


初めて見る艦娘だな。誰だろう。
長い黒髪を三つ編みにして、理知的な瞳を持つこの少女は。


そして、こんなところで何をしているのだろう。
気になったが、時間もないので、立ち止まるでもなくその場を後にした。

今日はキャラ配置をしてここまで。
毎日更新を目指します。(毎日更新するとは言っていない)

乙です


最後に出てきたのは一体誰なのやら

アニメを見て利根と筑摩の身長がほぼ同じなのを見て驚いたなあ

【訂正】
彼女が三つ編みになるのは改二になってからですね、すみません。



鎮守府の裏手には、奥に森が続いているだけで人気がない。
・・・いや、一人だけ艦娘がいる。
向こうもこちらに気がついたようだ。

「やあ」
「おはよう」
初めて見る艦娘だな。誰だろう。
長い黒髪をストレートに流して、理知的な瞳を持つこの少女は。

そして、こんなところで何をしているのだろう。
気になったが、時間もないので、立ち止まるでもなくその場を後にした。


「やあ」
「ん」


執務室に入ると、既に叢雲がいた。
真面目な秘書艦である。


「昨日の出撃結果は?」
「芳しくないわね」


そう言って俺に報告書をよこす。


「ふむ、天龍旗艦。中破が出ての途中撤退か、良くはないな」
「いつも通りってのがまた、なんともね」

現在、鎮守府の最前線は南西諸島。
ここの防衛ラインを深海棲艦どもと一進一退のやり取りをしている。


戦況は、可もなく不可もなく。

防衛ラインを割られるほど負けはしない。
さりとて侵攻してくる敵を追い出すほどの勢いがこちらにあるわけでもない。

「昨日の出撃の結果も、データに加えといてくれ」
「はいはい、アンタも好きね。データ収集」
「当然だ。これが今の俺の唯一の仕事と言っていい」


はあ、とため息をつく叢雲。
文句を言いつつも端末を入力してくれるあたり、頼りになる。
もう少し素直で可愛げがあればいいのに、といつも思う。


「何よ」
「何でも」


ジロリ、と睨まれる。
・・・相変わらず勘の鋭いことで。

「そういえば、頼んでいたものはどうだい?」
「そっちは終わってるわ。全く、こんなもの一体何に使うやら」


さっきの報告書とは別に、何枚かの用紙を渡される。
まさか、もう終わっているなんて・・・もしかしてこいつ。


「お前結構優しいのな」

ガタン、と椅子が倒れる音が執務室に響く。

「な!?ななななな、何よ!?」

さっきまで無愛想な顔をしていた秘書艦さまが立ち上がり、顔を真っ赤にしていた。


「だって、この資料頼んだの昨日じゃん。しかも明後日まででいいって言っておいたのにさ」
「だ、だってアンタ、どうしてもいるって言ってたじゃない。だから、その・・・」


これほど分かりやすく動揺されると、こちらとしては何も言えないな。

「ありがとう、助かるよ。大変だっただろ?」

「べ、別に。こんなの秘書艦の仕事として当然だわ。そんなに苦労した訳じゃないし、過去の出撃記録をまとめただけだし」


早口でまくし立てられる。


「だ、だからアンタのためにやったんじゃないからね。仕事だからしょうがなくやっただけよ。いい!?」

はいはい、と適当に返事をしながら、俺は資料を手に執務机に座る。

「な、何よその返事は」
「いや。別にぃ?」
「・・・っ、酸素魚雷食らわせるわよ!?」


訂正。
我が秘書艦さまは、充分可愛げのあるお方だったようだ。

俺が叢雲に頼んだのは、俺が着任する前の鎮守府の状況を数値化したものだった。
艦隊の勝利率、敗北率、撤退率。その他もろもろ、できる限り。


「ふむ・・・」
「で、そこから何が分かるっていうのよ」

「さあ?」
「はあ?」


俺の返事に、叢雲の声が不機嫌に・・・いつもより不機嫌になる。

「軍事に素人の俺が鎮守府を運営しておく上で、少しでもヒントがあればなと思ってな」

「アンタが着任したときにみんなの前でした挨拶。驚いたわ」

「俺は君たちの戦いに指図はしない、ってやつか」


ええ、と頷く叢雲。

「前任者たちは、やれ針路がどうの。狙う敵がどうの。あげく、貴様らにはお国を守ろうとする気概が足りない、とか言い出す奴らもいたわね」

「実際に戦場に赴かない提督が、的確に現場を指揮できるとは思えないけれど」

「そう思えた分、素人のアンタの方が賢いわ」


知識も経験もない故の発想かもしれないが。
分からないなら、分かるやつに任せてしまえばいい。


大まかな方針さえ与えてしまえば、あとは有能な艦娘たちに。
その艦娘たちの士気を、俺が保ってやれば良いと思っていたのだが。

「うーん、これは酷いなあ」
「でしょうね」


パラパラと叢雲が纏めてくれたデータをのぞき見て、俺は呟いた。


俺の前任者たちは、みな現役の軍人たちだ。
俺なんかよりよっぽど軍事的な感覚、戦争のノウハウは持っているはずなのに。

艦隊の損傷による途中撤退。敗北。勝ちは勝ちでも辛勝ばかり。

戦略目標であるシーレーンを確保できる段階に至っていないと、素人目にも分かる。

まあ、だからこそ未だに南西諸島でドンパチをやっているわけだが。


しかし、何故だ?
艦娘は、深海棲艦に対抗しうる人類の切り札ではなかったのか?


資料の中には、艦娘の力量を疑う前任者の、上層部に対する報告書まである。

「艦娘が弱いからだ、そう思ってる?」
「まさか」


資料を読みあさる俺を横目に、叢雲がそんなことを言う。

先ほどの発言と合わせて察するに、前任者たちはそう思っていたのだろう。

そしておそらく、口に出していた。必死に闘う艦娘たちの前で。


・・・そりゃあ慕われるわけがない。

上官に何を言われても絶対服従、という軍隊のやり方を艦娘にもそのまま使う様では。

彼らは思っただろう。何故上手くいかないんだ。

『今までと同じやり方なのに』と。

軍人の世界では、これが常識なのに、と。

「・・・こんな状況で着任してきて、よく俺最初から嫌われなかったな」
「そりゃあアンタ、今までの奴らと違って結構かっ・・・」

「ん?」
「な、何でもない!真面目そうだったからじゃない!?」


・・・何もしていないのに勝手に不機嫌になられても困るのだが。


大本営のお偉いさんが、何故俺なんかを提督の位置に据えたか。
少し見えてきた気がする。

女をたぶらかせだのどうこう言っていたが。
つまりはこじらせ過ぎた艦娘たちとの関係を修復するためのご機嫌取りをしろ、ということだろう。


艦娘に気持ちよく戦ってもらうための。


まあ、言われなくてもやってやるよ。
深海棲艦どもを根絶やしにしたいのは、俺も一緒だからな。

もし「やあ」が時雨のことなら勘違いしたままの奴が多いけど
改造前から三つ編だからな、違うならほっといてください

>>74
ぎゃあ、アドバイスありがとう

お察しのとおり時雨です。改二で三つ編と今の今まで思い込んでいました。
【訂正】の方を無かったことにして下さい。

基本的に毎日ちょこちょこと更新していこうかと思います。
よろしくお願いします、では。

投下していきます

「おっす、提督。任務の確認に来たぜ」


相変わらずノックもなしに入室してくるのは、天龍。
上官舐めとんのか、コイツは。


「前の提督の時はノックしていたわね」


と叢雲。
・・・やっぱ舐めてるんじゃん、それ。

「昨日の出撃はお疲れだったな」
「ああ、すまなかったな。戦果は無しだ」
「南西諸島の敵の印象は、どうだ」


龍田がいないことを確認して、もう少し踏み込んだ会話を試みることにする。
アイツはどうやら、俺のことをまだ警戒しているようだからなあ。


勝てなかった俺が言うのも可笑しいんだけれどさ、と天龍。


「そこまで強敵とは思えない。むしろ、南西諸島海域を確保してからが本番だと思う」
「私も同感だわ。既に北方海域まで展開している他の鎮守府の状況を聞くに、ね」


叢雲が天龍の意見に賛成する。

「他の鎮守府にツテがあるのか?」

「吹雪型の—-同型艦がいる鎮守府にね、少し。ちなみに、戦力はウチと同じくらいよ」

「なら、俺たちが南西諸島を抜けない訳が無い、ってことになるな」

「でもよ、無茶な進軍は駄目だぜ。まあ、おめーなら良く分かってると思うけどよ」


やはり天龍が気にするのはそこか。

記録によると、随伴艦の損傷が激しい時・・・真っ先に撤退を選ぶのは、天龍が旗艦の時だ。

勇ましい物言いと裏腹に、仲間の生存を第一に考えているのだろう。

だからこそ、利用させてもらったんだけどな。

「そういえば、天龍。お前昨日のことみんなに喋っただろ?」
「ありゃ、バレちまったか」

「恥ずかしいからあんまりやらん様に」
「え~、でも、もう鎮守府のほとんどの奴らが聞いてると思うぜ」

「どれだけお喋りなんだ、この鎮守府・・・」


まさか一日で広まるとは、女所帯の恐ろしさよ。
一応恥ずかしがっているフリをしておこう。

「あのなあ、俺の失態が駆逐の子たちにまで知れ渡ってるんだぞ!?」
「まあいいじゃねーか、そのおかげで慕われてるんだぜ?」


まあ、まさにそれが狙いだからな。


「あの電まで、おめーのこと怖がらなくなったからな。大したもんだ」
「というと、前の提督たちには?」
「ビビりまくりよ。ま、それは電だけじゃなかったけどな」


暁がブルブル震えている姿が脳裏に浮かぶ。
多分間違ってないな、この妄想。

「おっと、そろそろ時間か」

任務票を受け取って、じゃあな、と天龍が退出していく。


「ふむ、鎮守府中に広まったか、悪くないな」

「おかげで朝からアンタのことを教えろってうるさいのよ。
秘書艦だから提督のことは何でも知ってると思っている奴の多いこと多いこと」


俺と叢雲は、それぞれ書類仕事に戻りながら雑談に入っていった。

「それだけ俺がみんなから好かれる機会が増えたってことだろう。いいじゃないか」

「そりゃ、アンタはいいけどね・・・付き合わされる私はたまったもんじゃないわ」


そういって吐き捨てるように言う叢雲。
彼女のつん、とした表情を見ていると、俺の中でイタズラ心がムクムクと膨らんでくる。

「何だ、妬いてるのか」
「な、ななな、なん・・・何でそうなるのよ、バカじゃないの!?」


噛みすぎだ。
初めて会った時のクールで冷たい印象はどこへやら。
まだブツブツ文句を言ってくる叢雲を尻目に、先ほど彼女から渡された書類をめくっていく。


退屈な書類仕事も、こうやって気のおけない話ができると存外悪くない。

ふむ、遠征成功率。
幼く見える第六駆逐の子も活躍しているようだ。

意外にも、駆逐艦の中では上位に入るほど優秀な数字を出している。
後は時雨、夕立・・・駆逐艦の名前が出てくるが、この子達はまだ知らないな。



大破進軍もしているな。

1隻轟沈(仮)

今までの提督たちが艦娘の命を軽視していたのが分かる。
・・・(仮)?

中破進軍回数・・・これはもう意味がないか。

『中破轟沈説』があったからカウントしていたのだろう。

もちろん轟沈者は出ていない。


「なあ、叢雲。大破進軍の欄だけれど」
「何、私の分析が不満なの?」


形の良い眉をピクリと動かして、叢雲が答える。

頑なに、書類に目を向けたまま。

「この、1隻轟沈(仮)というのは?」
「実際に轟沈した所を、誰も見ていないからよ」

「いや、見てないといっても」


確かに、記録を見ると悪天候の中での戦闘、となっているが。
大破進軍して、戦闘後に海上に艦娘が立っていなければ、それは。


「見て、いないからよ」
「・・・悪かった」

今更ながら、彼女の声が僅かに震えているのに気づいた。
本人は努めて冷静に話そうとしていたのだろう。


俺は馬鹿か。

艦娘の士気高揚が仕事だなどとぬかして。

目の前の女の子でさえ、抱えきれていないじゃないか。

「おためごかしだって、分かってはいるんだけどね」


本部への報告には、(仮)何て文字はついていないんだろう。

きっと轟沈したこの子は、叢雲の大切な仲間で。

俺への報告にすら、その思いが表れてしまって。



「笑っちゃうでしょ?」


本当に、優しい子だ。

今、甘い言葉をかければ、簡単に叢雲は俺に靡くだろう。

奴らを倒すためには、何だってすると誓ったのは嘘じゃない。でも。

でも、叢雲の思いを踏みにじることが今の俺には出来なくて。


「笑いやしないさ」
「攻略が進んでいったら、もしかしてどこかで、また巡り会えるかも知れない」
「うん・・・」

「だから、それまで頑張ろうな?」
「うん・・・」


クス、っとまだどこか寂しそうに叢雲が笑って。


「アンタ、そうやって艦娘を落としていくつもりなのね」

・・・結局そう思われるのか。普段の行いってやつだな。


「そうだよ。惚れたか?」
「馬鹿」


朝の時間が過ぎてゆく。

俺は引き続き、叢雲の報告書を眺めていく。
何かの役にたつかもしれないし、立たないかもしれない。


でも、これから艦娘たちの心を掴んでいく上で、なるべく多くの知識を踏まえて望みたかった。

天龍と会ったら、龍田と会ったら、暁と会ったら。

あるいは、まだ会ったことのない時雨や夕立とはどんな話をしようか。

あるいは、どの子から落としていこうか。

考えるだけで楽しい。

まだ会ったことのない名前が載る項は軽く読み飛ばしながら進むと、見覚えのある名前も出てくる。


「ほう、神通か」

神通は姉の川内とともに既に見知っている。
活発な姉と対照的にあまり目立たない印象があるので、名前が上がるのは意外だ。

まあ、遠征の成功率という項目もあるし。
実戦で活躍しなくても、どこかで名前が上がるくらいは・・・


「え?」
「ああ、やっぱり見つけちゃうか」

叢雲の声も耳に入らない。


だってこれは・・・。
報告書から、他にも神通の名前が上がっている箇所を抜き出していく。

川内型軽巡洋艦『神通』


演習参加率:1位

出撃参加率:1位

敵艦撃破率:1位

夜戦参加率:2位

被弾率:1位

大破率:1位

旗艦率:3位

「軽巡洋艦が叩き出す数字じゃないぞ、これ」
「そうね・・・」


我が鎮守府には未だ、戦艦や空母などの大型艦がいない。

今後、海域が進むとともに勢力が拡大していけば、この順位も変わってくるだろう。


ただ、現時点で利根や筑摩といった重巡がいる中で、軽巡がこれだけの数字を収めるなど異常だ。
単に出撃に参加しているのではない。

「被弾も撃破もトップか。どんな戦いをしたらこうなる?」

「正直、あまり言いたくないわね」

普段の神通の、物腰の柔らかな態度からは全く想像出来ない。

どの艦娘から声をかけていこうか迷ったが、決めた。

執務机に書類を置いて立ち上がる。


「さて、と」


制帽を被り、いざ部屋を出ようとすると、背後から声をかけられる。

「アンタ、どこへ行くのよ」

「話の流れ上、神通のところへ行くに決まってるだろ」]

「そうじゃなくて、まだ朝の仕事終わってないでしょうが!さっさと戻って仕事しなさい!」

「・・・はい・・・」


執務室の外へ踏み出しかけた足を戻し、スゴスゴと机へ向かう。
・・・全く、いつまでたっても秘書艦さまに頭が上がらない。

今日はここまで
次回で神通ちゃんを出したい

乙です。

結局、神通のもとへ向かうのは昼過ぎになってしまった。

演習への参加申請を出していたため、この時間彼女は演習場にいるはず。


・・・というか、記録を見てみたらほぼ毎日、演習に参加している。

出撃がある日も、帰ってきて演習、演習、演習。


・・・すごいな。

演習。

模擬弾を使っての戦闘練習。
戦場に出ない俺が直接現場の光景を見ることができる唯一の機会。


他の艦娘たちの顔合わせもついでに・・・なんて甘い考えは、すぐさま吹っ飛んだ。

洋上に6人の艦娘がいる。
問題なのはその内訳だ。


5人の駆逐艦娘が形成する単縦陣に向かって、残った一人がただひたすら突撃を仕掛けている。

ドン、ドンという主砲の音、それよりも幾分小さいダッ、ダッ、ダッという音が絶え間なく響き、放たれた弾丸が無謀な挑戦者を嘲笑っているかのようだ。

「無茶だ・・・」


思わず、俺はそう呟く。

実際、突撃を試みる軽巡洋艦—-神通は、弾丸を放つ駆逐艦娘へ肉薄する前に撃沈判定を受けた。

姿を隠せる夜戦ならまだしも、昼戦で5対1、砲撃の中に真正面から突っ込んでいくのは常軌を逸しているとしか思えない。

「あぅ・・・」


洋上に神通が倒れこむ。

いかに模擬弾と言えど、あの様な集中砲火を喰らえば相当のダメージになるのは想像に固くない。


「神通さん・・・!」


演習相手の駆逐艦娘たちが駆け寄る。

「大丈夫ですか」


真っ先に駆けった子が旗艦役だろう。
彼女と神通を取り巻くようにして、他の4人も集まる。


「ええ、こんなのじゃ、まだまだですね」

「もう辞めましょうよ。こんな演習、意味ないです!」

神通の答えに、また旗艦の子が声を張り上げる。

つらそうだ。

周囲の4人も、気まずそうに顔を見合わせている。

同意したいが、神通の手前気まずいといったところだろうか。

「意味がない、ということはありません。出来るまでやるんです」

「そんな・・・」

「さあ、もう一戦やりましょう。みなさん、先ほどの位置について」

「神通さん!」


一体何が彼女をそうさせるのか。

・・・これは一筋縄ではいかないかもしれんな。

一先ず会話に割って入りたいが、どうしたものか。


そう考えていると、演習場を挟んで俺の丁度反対側—-確かその先に工廠があったはず—-から、底抜けに明るい声が聞こえてきた。

「おーーい、私も入れてよー。演習、演習。夜戦だ~~~!」

あれは・・・。


「川内姉さん」


神通が呟く。
川内型軽巡洋艦のネームシップ、『川内』

夜の闇に染まるための漆黒の髪を陽に晒して、川内が駆ける。


神通と駆逐艦たちの雰囲気など我関せず。

夜戦だ夜戦だ、と叫びながら彼女たちの輪の中に突っ込んでいく。


駆逐艦たちの、あからさまにホっとした様子。

「なあに、神通。また駆逐の子達引っぱり出して、トンチキな訓練してたんでしょ。」

「川内姉さん・・・ちゃんとした演習です・・・」

姉には強い物言いが出来ないのか、神通がたじろく。

「えー、あんなの痛いだけじゃん!それよりさ、夜戦の練習やろ?や・せ・ん!」


じゃーん、と効果音まで口にして、川内は話し続ける。

「工廠から取ってきたんだ、照明弾に探照灯。さあ、みんなで夜戦の練習だ~」

「もう、しょうがないですね。川内さんは」


駆逐の旗艦役が答える。
この流れで神通の演習をうやむやにする気だろう。


「で、でも・・・まだ私の演習・・・」

「あれ、あそこにいるの提督じゃん!」

この川内は天然なのかワザとなのか…

今日はここまで

今日はここまで

残業が、仕事が私を呼んでいるわ!

乙ですよ
土曜日は仕事ないよね?

先にこちらを完結させてしまおうと思います。
同じお話で天龍視点となります。

【艦これ】天龍「オレと、提督の恋」 - SSまとめ速報
(http://127.0.0.1:8823/thread/http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425124375/l50)


提督視点だとイマイチ面白いものが書けていないのでは、と悩んだので。
よろしくお願いします。

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