パンが食べたかった女の子の話 (22)
結構昔、おおきなおおきな木がありました。
その大きな木の下では女の子が眠っていました。
この女の子、ほんの100年前まではしっかりと起きて木の管理をしていたのですが、
ある日木に花が咲いたときに
「私の役目は終わった」
なんて勘違いをしてしまいました、女の子の役目は木に実をつけることなのに。
女の子はこの勘違いに気づかずにずーっと木をほったらかして眠り続けました。
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女の子が眠ってから大体1500年ほどたちました。
木の周りには「ヒト」がうまれ、ヒトは木を神様と崇め、讃え祀りました。
ヒトは木を中心として瞬く間に発展していきました、木の周りには大きな町ができて、その真ん中には大きな噴水。
大きな争い事もなく、ヒト達は取り敢えず平和でした。
人たちがまあまあな生活をしている中、女の子はやっと長い昼寝から目を覚ましました。
目を覚ました女の子は、「周囲に広がる大きな町」や、「平和そうに暮らすヒト達」よりも何よりも「木の生長」に驚きました。
「大きくなったなー」
なんて呟きながら、1600年ぶりの再会に喜んでいました。
まあ再会と言ってもずっと隣にいたんですけどね。
さて、場所は変わってここは町、大きな木に一番近いパン屋の中では今日も一人の青年がせっせかと働いていました。
このパン屋、とてもおいしいと評判だけれども店長である青年が変わり者なせいで売り上げがいいとは言えませんでした。
とてもとてもおおきな木に水を上げたり、「枝が多くて大変だろう」なんて言って枝を切ろうとしたり、「いつでも見られるように」と木に一番近い場所にパン屋を立てたり、などなど町のヒトからみたらとてもおかしな行動ばかりとっていました。
この日も、日課の木の水やりを行っていると、途中で見知らぬ女の子と会いました、
大きな町といえど、大体来る人は同じなので、見知らぬ人は結構目立ちます、青年は
毎日来ているので、なおさらそれが分かりました。
一瞬声をかけようか迷いましたが、その必要はないようでした、向こうのほうから先
に話しかけてきたので。
「なあ、君。」
「僕のことかな。」
「ああ、その妙なじょうろを持った君のことを呼んだんだ。」
「どうかしたの?このあたりでは見ない顔だけど。」
「見ないのも無理はないさ、僕も君らの顔を見るのは初めてだ。」
「ああ、そうだろうね、ところで用事は何だい?呼び止めたからには話してもらうよ
。」
「では単刀直入に言わせてもらおう。」
「どうぞ。」
「家に住まわせてはくれないだろうか」
それからしばらく、青年は女の子の話を聞いていました。
人々が神と崇める木を育てたのが女の子だということや、長い間眠っていたこと、寝
すぎたせいで今の時代について何もわからないこと、全て聞き終えた青年は、すぐに
女の子を家に連れて帰りました。
「驚いたな」
「何がだい?」
「あまり君たちには詳しくないからわからないが、普通こんな話信じないだろう」
「信じるよ」
「なんで?」
「木がそうだって言ってるからね」
青年はそういってほほ笑みました。それにつられたのか、女の子も笑いました。
こんな感じで、青年と女の子の同居が始まりました。
二人でパンを作ったり、木に水を上げたり、町のヒト達は「変人が二人になった」と、
少しだけあきれたやさしい目で二人を眺めていました。
いままで一人だった二人は案外簡単に二人きりの雰囲気に慣れました。
青年は、少しだけ窮屈になった家が、とても幸せな空間に感じていました、それは、女の子も一緒です。
同居を始めてから3か月とちょっとが過ぎたある日、青年はご馳走を作っていました。
二人が出会ってから100日たったので、お祝いのためのご馳走をたくさん作りました。
ほかほかのパンとジューシーな七面鳥、ボウルいっぱいのババロアに女の子の大好き
なアップルパイ、とにかくたくさん作りました。
二人きりじゃ食べきれないくらい
その日は、夜通し遊びました、二人は今まででいちばん幸せな時間を過ごしました。
このころから女の子は、時折何かを考えるかのような表情をするようになりました。
青年が心配して理由を聞いても女の子は答えず、なんとなく曖昧な返事でごまかされました。
そのうちに青年は、「詮索してはいけない事情があるんだろう」と思い、いつも通りの態度で接するようになりました。
ある日、青年が目を覚ますと、女の子のベッドはからっぽでした。あわてて探しに出かけようと準備していると、
テーブルの上に手紙が置いてあることに気づきました。
「しばらくのあいだせわになった
わたしはしごとをおもいだしたからきにかえる
またあえることはないだろうけど
おまえとすごしたあいだはたのしかった
ありがとう」
「どこで字を覚えたんだろうなあ」
そう言って青年は少しだけ涙を流しました、大泣きしてしまえば、女の子に笑われる
と思ったからでしょうか。それでも、涙だけは止まりませんでした。
女の子がいなくなってからの青年は、別に大きく変わりませんでした、
魂が抜けて仕事が手につかないわけでもなく、いない少女の影を追いかけるわけでもなく、
ただ普通の青年に戻っていました。
それから一年後
青年は元気でした、日課の木の水やりを欠かさず行い、それなりにお客が増えたパン屋でせかせかと働き、
毎日をまあまあ楽しく生きてきました。
それでも時折、木を見て女の子との毎日を思い出し、切なくなりました。
やがて、木に実がなりました、木の周りには、たくさんの動物が集まりました。
青年に見せるには少し、時間がかかりすぎてしまったみたいです。
女の子は少しだけさみしそうな顔をして、呟きました。
「なんだかパンが食べたいなあ、ふわふわのあまあいパンが」
誰も、それには答えませんでした。
また、少女は眠りました、今度は目覚めないように、しっかりと寝床に鍵をかけて。
青年が木にもたれかかって本を読んでいました、女の子は、その横でパンを食べています。
それがいつのことなのか、木だけは知っているのでしょう。
おわり
乙
乙
よかった
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