僧侶「貴方を待ち続けて」 (154)
貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。
一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。
貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。
だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――
僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」
私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。
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魔王が勇者に討たれて半年――
人間による魔王軍の残党狩りは勢いを増していた。
魔人「グ…」
やっちまった――俺は自分の間抜けさを笑いながらも、内心は悔しさで一杯だった。
腹の傷口を抑えるが、当然溢れ続ける血は止まらない。急所を微妙に逸れているせいで、死ぬまで時間がかかるわ、出血多量でろくに動けもしないわで最悪だ。
しかも血の跡は見事に歩いてきた道を辿っていて、追っ手に見つかるのも時間の問題だ。
魔人「クッソぉ~…」
追い詰められていても、魔人の本能で殺意が抑えられない。
この傷を負う前まではいつもと同じように戦い、血で手を汚していた。その興奮はまだ冷めない。
魔人は死ぬまで魔人か――だから人間に恐れられるんだろう。
魔人(いいぜ、そんなら…最後の最後まで足掻いてやろうじゃねェか!!)
ガサッ、ガサッと草を踏む足音がする。
気配を消しもしないとは間抜けな追っ手だ――そんな間抜けに殺されるかもしれない、今の自分自身が頼りない。
魔人(来る…!)
俺は腹の激痛を堪えながら構えたが――
僧侶「…」ガサッ
魔人(ん?)
姿を現したのは追っ手とは思えないような、少し薄汚れた、儚げな女だった。
そいつは俺を見つけると少しの間ぼうっとしていたが、俺の腹の傷に遅れて気づき、
僧侶「…あぁー」
無感動で、鈍い反応を見せた。
魔人「何だ、お前は…」ギロ
女はゆっくり俺に近付いてきてしゃがみ、俺と目線の高さが同じになる。
魔人の俺に驚くわけでもなく、怯むわけでもなく、頭の弱そうな女だと思った。
僧侶「じっとしてて下さいねー」
魔人「…は?」
女は抑揚のない声で言うと、俺の腹のあたりに手をあてて、魔法を唱え始めた。
小さな光が傷口を照らし…
魔人「…あぢぢゃあぁ!!」
僧侶「…あれ?」
女は相変わらず鈍い反応をして首を傾げる。
僧侶「回復魔法のつもりだったんだけどなー…」
魔人「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」
僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」
魔人(この女…)ヒリヒリ
悪気は無かったようだが、反省も見られない。そもそも、この女からは感情というものが読み取れない。
喋り方はゆっくりだし発音もおかしいし、歌わなくても音痴だとわかる声。聞いているだけでどこかおかしくなりそうだ。
僧侶「ちょっと待って下さいねー」ビリリ
女は自分の服の袖を破くと、俺の腹の傷口にあて、強めに圧迫した。
僧侶「応急処置できましたよー。うちに来て下さったらちゃんと治療できますけど…」
魔人「待てコラ」
僧侶「え?」
魔人「お前人間だろ…!?何で俺を助ける?」
僧侶「えーと…理由がいるんですか?」
魔人「お前…俺を「残党狩り」に売るつもりか?情報提供すりゃ金が稼げるもんなぁ…?」
僧侶「…おぉーそういう考えもありますねー」
女は目をまん丸くさせる。
魔人「すっとぼけてるんじゃねぇ。他に理由なんて思いつかんだろ」
僧侶「あー」
否定も肯定もしない。…何だ、この女は。
魔人「…オイ、何か言え」
僧侶「考えてたんですよ」
魔人「何を」
僧侶「貴方を助ける理由です」
魔人「…」
女は、うーんと唸りながら考えるポーズを取った。何も考えてないような気の抜けた顔だが、真剣さは伝わってくる。
…何だろう、この女は、本当に調子が狂う。
僧侶「うーん、でも貴方が警戒するなら仕方ないですねー」
女は「よっと」と重そうに腰を上げて立ち上がる。
僧侶「まぁ気が向いたら来て下さい。この近くに住んでいます」
そう言うと女はこちらに無防備に背を向け、立ち去っていったが…。
魔人(…ん?)
歩みが遅い。女は杖をついていて、よく見ると右足が不自由そうだ。
ちょっとした道の凹凸で、歩くのに苦労しているようにも見える。
魔人「…」
そののっそりした動きがもどかしく感じて、俺の気分を変えるのに十分な時間を与えた。
魔人「待てコラ」
僧侶「はい?」
魔人「家まで送ってや…いででっ!!」
女を送ろうかと立ち上がった途端、痛みが大きくなり、そこにしゃがみ込む。くそ、格好悪い。
僧侶「…やっぱり、治療が必要みたいですねー」
魔人「ふ、ふん…」
女の家は人間達の社会から隔離されたような森の中に、ポツンと存在していた。
僧侶「散らかっててすみませんねー。そこに座ってて下さい」
女は物に伝い歩きしながら、治療道具らしきものを持ってきた。
それから俺の服をめくって治療を始める。喋りと頭の回転は遅い女だが、治療の手つきは手馴れていて手早い。
僧侶「はい、できましたよー」
魔人「あー…悪ぃな」
ありがとう、と言うべきなんだろうが、その言葉はどうも苦手だ。
だが女はそんなの気にしてないようで「いいえー」と呑気に答えた。
魔人「…お前は興味ないのかよ、魔王軍の残党狩りには」
僧侶「さぁー」
魔人「…さあって何だ」
僧侶「まぁ残党なら無差別に狩るのはどうかと思いますねー」
魔人「…本当に呑気な奴だな。つーかバカなのか」
僧侶「バカですか」
魔人「あぁ俺は魔人だぞ。魔人にとって極上の餌は何だと思う」
僧侶「…」
女は少し黙って考え込んだ後「あ」と小さく呟いた。
僧侶「人間」
魔人「そうだ。つまり…!」
俺は歯を剥き出しにして、女に詰め寄る。
魔人「俺はお前を食うかもしれねぇぞ…!」
僧侶「食べるんですか」
女は怯む様子もなく尋ねた。
怯えも見せないその様子に、俺はついムキになる。
魔人「かもしれねぇ、つってんだよ!どうだ、助けたこと後悔したか!?」
僧侶「食べるんですか」
さっきと同じ調子で言う。この女は本当に…。
魔人「お前な、自分が食われねぇとでも思ってんのか!?」
僧侶「あぁー、食べるんですね。困りますね」
女はようやく拒絶を表した。と言っても、両手を前に差し出す程度だったが。
僧侶「まだやり残したことがあるので、食べないで貰えませんかねー」
魔人「…もちっとマシな命乞いはないのか。段々ムカついてきたぞ」
僧侶「うーん」
こんな時でも女はマイペースに考えるポーズを取る。
駄目だ、この女とはテンポが致命的に合わない。
そして少し時間が経って女が発した言葉は、
僧侶「あのーお腹すいてます?」
魔人「…は?」
またもや、理解の追いつかないものだった。
僧侶「ご飯作るので、私を食べないで頂けませんかね」
魔人「…」
やる気を削がれて、俺は黙ってそれに頷いた。
魔人(…あの女、俺のことナメてんのか?それともただのバカか?)
食事を待ちながら色々考える。
俺はこれでも魔王軍の暴れん坊、鮮血の魔人と呼ばれた男だ。それがこうして、あんなボケっとした女に助けられたなんて…あぁ、口が裂けても昔の仲間にゃ言えやしねェ。
つっても昔の仲間も大分狩られたと聞く。俺は仲間意識が薄い方だったから、そんな噂耳に入っても特に何とも思わなかったが。
それよりも意外なのは、残党狩りを恐れてコソコソ隠れまわっている奴らもいるということだ。
魔王軍最盛期には暴れまくった奴らが、人間との力関係が逆転した途端コソコソするとは。
情けない奴らだ、と思う。俺は最後の最後まで戦って死んでやる、その気持ちはずっと変わらない。
僧侶「ご飯できましたよ~」
魔人「…おう」グギュルルル
が、今の調子で残党狩りと戦えば確実に死ぬ。体調が戻るまでは、このお人好しの好意に甘えるとして…。
魔人「」バクッ
僧侶「どうですかー」
魔人「…オイ」
僧侶「はい」
魔人「調味料、間違えてんじゃねぇのか…?何だこの奇跡の味は」
僧侶「奇跡の味…」モグ
僧侶「あ、これマズいですね」
魔人「…」
魔人(こいつ…この飯で命乞いしようとしたんだよな?)
呆れすぎて怒る気力すら無くなる。
まさかこんな手の込んだ嫌がらせする奴でもないだろう。…なら、やはりただのバカか。
僧侶「昨日作り置きしてたスープは美味しかったので、それ温めてきますね」
返事するより前に女はのっそり立ち上がり部屋を出て行く。
腹が減ってるのであまり待ちたくはなかったが、この不味い飯で我慢するのはもっと嫌だ。
魔人(体調が戻ったら食ってやろうかあの女…)
ガシャーン
魔人「!?」
今の音。何かが割れたんだろうが、何だろう、物凄~…く嫌な予感がする。
俺は恐る恐る、怖いもの見たさでそっとドアを開けた。そして後悔した。
僧侶「あだー」
魔人「…何やってんだ」
床には割れた卵や水が撒かされていて、尻餅をついた女は頭から粉を被っている。
恐らく床に撒かれてた水を踏んで転倒したのだろうが、どうやれば粉を被れるのか…いや別に答えを聞きたいわけじゃないが。
魔人「鈍臭い奴だな」
僧侶「あ、今片付けま」ゴッ
僧侶「いたた」
魔人「おい、今テーブルに頭ぶつけた時グラス倒れたぞ」
僧侶「あらら大変。布巾、布巾…」ベシャベシャ
僧侶「あったあった」フキフキ
僧侶「あれ、なかなか汚れが取れないなぁ?」
魔人「汚れた靴の裏で床を踏んでるからだあああぁぁ!!もういい、お前そこから動くな!!」
あまりの鈍臭い様子に、つい声を荒げてしまった。
魔人(ったく何で俺が…)フキフキ
僧侶「綺麗になりましたねー。ありがとうございました」
魔人「…いつもこんなに鈍臭いのか?」
僧侶「さー、失敗は気にしないようにしてますから」
魔人「前向きだなオイ」
僧侶「人間、前向きに越したことはないですからね」
魔人「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」
僧侶「あー」
僧侶「5年くらい前ですかねー。知人の恋を後押ししたんですが、その方結婚後旦那様から暴力を受けているようで、私が後押ししなければこんな事にはならなかったかもしれないとは今でも…」
魔人「そういうことじゃねええええぇぇ!!つーか知らねぇよ!!」
僧侶「ですよねー、たらればの話は無意味ですね」
魔人「そういうこと言ってんじゃねぇ!!その前の話だ!!」
僧侶「うーん、他に反省すべき事なんてあったかなー」
魔人「今日だけでいくつも見つかったわ!!」
駄目だ、この女。疲れる。致命的に。
ひどく疲れた後は腹が減り、出されたスープを一気に平らげた。味はまぁ、悪くはなかった。
僧侶「あら、後片付けくらい私がやりますよ」
魔人「いや、いい…自分のことくらい自分でやる」カチャカチャ
魔人(この女のドジっぷり目に入る方が疲れるわ…)
僧侶「洗ったお皿は置いておけば自然に乾くので、後はもうベッドで休んで下さい」
魔人「お前はどこで寝るんだ」
僧侶「あ、あれはお客様用のベッドなのでご心配なくー」
魔人「そうかよ」
女に遠慮しているわけではなかったが、人の寝床を奪いたいとも思わなかった。
遠慮なくベッドに横たわるが眠気はなく、自然と部屋の様子を見渡すようになる。
家具は質素だが、棚の上には置き物が色々ある。掃除はまめにされているのか、ホコリはかぶっていない。
魔人(あの女の趣味なのか…?)
リアルな木造の馬だとか刀をモチーフにしたものだとか、偏見だが男っぽい趣味の置き物ばかりだ。
まぁ、あの変な女が「女らしい」ものを好むとも思えなかったが。
魔人(ま、どうでもいいか)
そんなことを考えている内に時間は経ち自然と眠気はやってきて、緊張感は抜けないながらも俺は眠りについた。
今日はここまで。
僧侶のペースが作者とも合わないんで書くのが大変…。
ゆっくり書き進めます。
何か久し振りに遭遇した
乙
期待
おつー
乙です
期待してる
夢を見た。
暗黒騎士「お前には反吐が出る」
魔人「うっせーんだよテメェは」
魔王軍が存在していた頃、俺はよく同じ魔王軍の暗黒騎士と言い争いになっていた。
暗黒騎士「戦意を失った者にまで牙を向けるのは賛成しかねるな。外道めが」
魔人「殺しに正義も外道もあるかよ。それに戦意を失ったなら見逃してやります、なんて甘い世界じゃねぇだろ」
暗黒騎士「戦う者として必要最低限の礼儀は存在するだろう」
魔人「それが甘いつってんだよ、その甘い考えがテメェの寿命を縮めるぜ!!」
暗黒騎士「お前のように品位を無くして長らえるより、己を貫いて早死にする方が遥かにマシだな」
魔人「あぁ、じゃあとっとと死ね!」
俺と奴の実力は同等だったが、価値観が真逆で、どうあっても相容れない奴だった。
奴は俺よりは人間に近い生物だったせいか、敵である人間に対して甘い奴だった。
俺は今でも俺が間違っていないと言えるし、奴もそうだろう。
だって奴は宣言通り、己を貫いて死んだのだから。
>翌日
魔人「ん…!」
人の気配にガバッと起き上がる。と同時に、急に起き上がったことで腹に痛みが走った。
魔人「っ~…」
僧侶「あら起きてたんですか」
魔人(お前の気配で起きたんだよ)
まぁ寝ながらも敵襲に対処できるように身につけた過剰な警戒心だから、自分のせいっちゃ自分のせいだが。
僧侶「朝食を置きにきました」
魔人「おう、悪い」
軽めの朝食は数秒で食い終わった。
後片付けだけでもしようと食器を持って台所に行ったが、女の姿がなかった。
まぁ席を外しているのだろうとあまり気にせず、客室に戻って再び横になる。
食う、寝る、戦うを本能としている魔人としては、寝てばかりというのも苦痛ではない。それに今は、体を治すことが大事だ。
魔人(寝てばっかで体力落ちたら、人間を食えばいいんだしな~…)ファー
魔人「…ん?」
少ししてから、部屋の向こうから人の話し声が聞こえて起きた。
聞こえる声は3つ。1つは女のものでいつも通りぽやっとしているが、残り2つの声はやや興奮気味だ。
何事かとドアを少しだけ開けて様子を覗いてみた。
玄関で女と何か言い合っているのが、武装した2人の男だった。
魔人(…残党狩りの奴らか?)
「本当に見ていないのか!?」
僧侶「本当に何のことやら」
「だが奴は怪我でろくに動けないらしいから、まだこの辺にいるはずだ!」
魔人(俺を探してんのか…?)
俺は臨戦態勢を取る。
まだ本調子じゃないが、戦えなくもない。
しかし…
僧侶「私は何も知りませんよ」
女はいつも通りの平然とした様子で言った。
残党狩りの奴らはまだ納得がいっていない様子があったが、やがて女から情報を聞き出すのを諦めたのか、帰っていった。
僧侶「ふー」
魔人「おい」
僧侶「あら、見ていたんですか」
魔人「いいのかよ、嘘ついちまって」
僧侶「殺し合いを避ける為ですから」
魔人(こいつ…)
女の平和ボケした回答に、俺は少しイラッとした。
魔人「…お前、やっぱおかしい奴だな」
僧侶「何がです?」
魔人「俺は元々魔王軍にいたんだぞ。人間も沢山殺している。俺は治ればまた人間を殺すかもしれねぇぞ」
僧侶「殺すんですか?」
魔人「残党狩りとの戦いがあるだろ!」
ここまで言っても変わらない呑気な様子に、俺はつい声を荒げた。
女は「うーん」と考える。
僧侶「でも、殺すかもしれないのは残党狩りで自分を襲ってくる人達ですよね?」
魔人「…それは正当防衛だって言いたいのか?」
僧侶「正当防衛じゃないんですか?」
魔人「いや、違わないが…」
僧侶「じゃあ誰も貴方を襲わなければ、もう貴方は殺しをしないんじゃないですか?」
魔人「そう…かもしれねぇが」
僧侶「じゃあ、これでいいと思います」
魔人「…」
女は相変わらずぽやっとしていたが、その眼差しは強かった。
自分の主張は間違っていない、そう揺るぎない自信を感じられた。
魔人(理屈としては間違っちゃいないが…)
魔人「無理だな、そりゃ」
僧侶「どうしてですか?」
魔人「俺は物心ついた時から戦い続けてきたんだよ。だから今更戦いをやめるなんてできねぇ」
そもそも残党狩りが盛り上がっている今、女の言う「誰も貴方を襲わなければ」なんてのも現実的じゃない。
それを実現できる環境は、コソコソ逃げ回らないと手に入らない。
魔人「コソコソ逃げ回る位なら、戦って殺された方がマシだ」
僧侶「でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?」
魔人「…っ!」
鋭い指摘だった。
確かに自分は逃げた。そのお陰でこの女に拾われ、助かっている。
だがそれは一時的な休息のつもりで――
魔人「生きようとするのは本能的なもんだが、いつまでも逃げてるつもりはねぇ」
僧侶「…それで死んだら、助かった意味がないじゃないですか」
魔人「そうだよ、だからお前はバカだっつってんだよ」
僧侶「あ、そうか」
魔人「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」
僧侶「それはしませんよ」
女はあっけらかんと答えた。
ここまで言っても理解できないのか、それとも強い信念でもあるのか?
魔人「…何でだよ」
純粋にこいつの思考が知りたかった。
僧侶「意味があると思うんですよね」
魔人「…は?」
僧侶「私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです」
魔人「何だそりゃ」
宗教めいたものを感じる。そういやこの女回復魔法を使えるってことは、聖職者か。
俺はそこでこの女を理解するのを諦めたが、女は言葉を続けた。
僧侶「意味があると思うのでそうしているんです。私の為に」
魔人「あ?神の思し召しとやらじゃなくてか?」
僧侶「はい。自分が後悔しない為にです」
魔人「…」
あぁ、そういやこの女は反省しない女だった。
その時その時そうしたいことをしてきて、後悔のないように生きてきたんだろう。
俺も直感で行動する方だから、何となくわかる。
…と思ったが、その途端女は「うーん」とうなり始めた。
魔人「今度は何だ」
僧侶「間違ってたらどうしよう」
魔人「………」
今更かよ。
僧侶「考え始めたら頭痛くなってきましたー…」
魔人「どうするんだよ」
僧侶「考えるのやめます」
魔人「いいのかよ、それで」
僧侶「悩むよりはいいかと」
魔人「…」
あれこれ話したが、今ようやくわかった。
要するにこの女、何も考えてないわけだ。
魔人(って、見たまんまじゃねーか…まともに会話して損した…)
僧侶「うーん、でもどうも頭がもやもやするので、散歩行ってきますねー」
女は杖をつきながらひょこひょこした足取りで出て行った。
残された俺の方も何だかもやもやする。あの女は本当に俺の調子を狂わせる奴だ。
僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』
あの正論が俺の心をぐさりと突き刺した。
魔王軍の暴れん坊として活躍を続けてきた俺にあんなにはっきり物を言ってくる奴は、暗黒騎士以来だ。
魔人(あークソ、俺は逃げちゃいねぇ…)
自覚はしている。俺は短気だし、すぐカッとなる。
一応恩人相手と分別はついていて、あれでも自分にしては穏やかに会話した方だと思う。
魔人(暗黒騎士のヤローにそんなこと言われたら…)
魔人「だああぁ、うっせーんだよテメェは!!」
暗黒騎士「正論を言われたらカッとなる。頭の悪い証拠だな」
魔人「うるせ、死ね!」
何か、こんな喧嘩しょっちゅうしていた気がする。暗黒騎士は俺とは真逆で理性的だった。
だから、あの噂はかなり衝撃的で――
猫男爵「なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…」
魔人「ん?」
猫男爵「裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ」
魔人「ハァ!?あいつが!?」
猫男爵「ただの噂だけどなぁ。けど、魔王様の耳に入ったら…おぉコワ」
魔人(信じられねぇ…)
そのことでわざわざ嫌いな奴をからかうのも面倒なので、本人と直接その話をしたことはなかった。
あの真面目な奴が人間と恋仲だなんてデマである可能性が大きいし、事実だったとしても否定するだけだろう。
そんな噂があったが、噂が大きくなる前に魔王軍は壊滅し、暗黒騎士も死んだ。真相はもう、わからない。
乙です
乙
乙
乙!期待してる
魔人「ふー」
ひと眠りして何とかカリカリした気持ちは収まった。女が出て行ってから結構時間が経ったようだ。
だが家の中に人の気配は無い。もしかして、まだ散歩から帰ってないのか。
魔人(遅いな…)
腹が減ってきたので、家にあった生野菜を1つかじった。嗜好としては調理したものの方がいいが、腹が減っていればこれでもいい。
それでも女はなかなか帰って来なかった。いくら足が悪いとはいえ、遅すぎる。
魔人(このまま帰ってこねぇんじゃないだろうな…)
あの女とは、心配してやるような間柄じゃあない。
だけど、自分の知らない所であの女にとんでもない事が起こっていたら――そう考えると、気に食わない。
気に食わない、それは俺を苛立たせるには十分な理由。
魔人(いつまでトロトロしてんだよあの女…)イライラ
ガチャ
魔人「お?」
僧侶「ただいま戻りましたー…」
魔人「どこまで散歩行ってきたん…」
女を出迎えに出て、言葉が詰まった。
魔人(は…?)
戻ってきた女は服も髪も土まみれの、汚れた格好をしていた。
魔人「何があったんだよ…?」
僧侶「転んでしまって」
魔人「転んだ!?」
僧侶「怪我は回復魔法ですぐ治したんですけれど」
どれだけ大げさな転び方をしたんだ…と思いながら昨日のことを思い出す。
昨日も確か女は道のちょっとした凹凸で歩くのに苦労していたし、格好も薄汚れていた。
ってことはもしかして…
魔人「しょっちゅう、転んでいるのか」
僧侶「はい」
女は当然のような顔をして答えた。
魔人(こいつ…)
昨日の台所での騒動といい、もしかして不自由な足に慣れていないのかもしれない。
これが慣れていたら、不自由な体なりの対処法を身につけているはずだろう。
喋りも頭の回転もトロい女だから対処法を身につけるのは遅いかもしれない。だが、それ以前に――
魔人「お前…1人で暮らすの無理なんじゃねぇの」
僧侶「…」
女は珍しく押し黙った。
魔人「俺が言えた義理じゃねぇけどよ…」
本当にこれは、ただのお節介だ。
魔人「人間が暮らす社会があるんだろ?こんな所に住んでねぇで、そこに行ったらどうだよ」
僧侶「それはちょっと…」
魔人「何でだ?トロいからいじめられるのか?」
僧侶「いえ、そういうわけじゃないんですけれど」
魔人「じゃあ何で」
僧侶「…待ってる人がいるんです」
魔人「待ってる人?」
僧侶「はい」
心なしか、女の顔に「色」がついたような気がした。
初めて女から感情が伝わってくる。それは暖かさだったり、嬉しさだったり――
僧侶「約束しているんです、ここに帰ってくるって」
好意。俺が知らないその気持ちは、こうも人を変えるものかと、俺は言葉が出ない。
僧侶「だから私、ここで待ち続けます」
魔人「…そうかよ」
俺は、皮肉の1つも言えなかった。
魔人「けどよ…散歩は危ねぇんじゃないのか、最悪どっか打って死ぬぞ」
僧侶「そうですねー」
女はいつもの調子に戻る。
僧侶「まぁ死なないよう気をつけます」
魔人「…転ばないよう気をつけてはいないのか」
僧侶「気をつけても転ぶんです」
魔人「じゃあ気をつけても死ぬんじゃないのか?」
僧侶「あー」
………
駄目だこの女、やっぱりバカだ。
魔人「…散歩はやめらんねぇのか?」
僧侶「そうですねー…運動は必要ですし」
魔人「じゃ、今度から俺がついていってやるよ」
僧侶「…え?」
魔人「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」
こうはっきり言うと恥ずかしくなり、言った後顔を背けた。
女はポカンとしている。
僧侶「どうしてですか?」
魔人「あ?」
僧侶「親切にして頂ける理由が、思い当たりませんけれど…」
魔人「…そうだな」
助けられた恩を返すって性分ではない。
ただ何となく、この女の鈍臭い行動を見ていられないというか…
魔人「意味があると思ったからだ」
僧侶「…え?」
勿論、この女からの追求をストップさせる為のでまかせだ。
だけれど…
魔人「そうしたいと思った」
それだけは、間違いなかった。
魔人「…そうでもしねぇと完治するまでの間、ずっとイライラしそうだしな」
僧侶「そうですか」
女は納得したように深く頷くと、小さく微笑んだ。
僧侶「では、お言葉に甘えて…宜しくお願いします」
魔人「…」
それは初めて見た、女の笑顔だった。
魔人(…何だよ、普通に笑えるんじゃねぇか)
>翌日
女の散歩の時間になった。俺の体調も、散歩に付き合える程度には回復した。
女の不自由な右側の方に回り、森の中を並んで歩いた。
僧侶「気持ちいいですねー」
女の歩みはゆっくりだ。足の不自由さだけでなく、この女自身ののんびりした性格もあるのだろう。
俺にはもどかしい早さだが、この女の散歩なので文句は言わない。
僧侶「毎日歩いてても、景色って変わっているんですよ」
魔人「景色を事細かに覚えているのか?」
僧侶「いえ、全然ですねー」
相変わらず、よくわからん女だ。
女はたまによろめくことがあったが、転ばずにバランスを取って歩いていた。
この分なら危険はなく、家に戻れるような気がした。
魔人「楽しいのか?」
僧侶「はい」
魔人「どこが?」
僧侶「自然とか、動物とか、好きです」
魔人「そうか」
俺にはわからない感性だった。
僧侶「森は色んな「命」が集まっているので、好きです」
それでもこの女には、欠かせない楽しみなのだろう。
と、その時。
僧侶「あっ」ヨロッ
魔人「っ!?」
転ぶ――そう思った時には体が動いていて、女の体を支えていた。
女はふうっとため息をついて体制を立て直す。
僧侶「ありがとうございましたー…危なかったです」
魔人「…今、何に躓いた?」
女の足元を見るが障害物らしきものはない。
だが女は、前方を指差して「あれです」と答える。
あれ…ピョンピョン跳ねる、バッタ?
魔人「…あいつか?」
僧侶「踏みそうになってしまって」
魔人「そうかよ」
聖職者なら虫も殺せないのかもしれない。知らんけど。
まぁ虫を避けているつもりでも、転んだ拍子に殺してるかもしれない…っていう意地悪な発言はやめておくか。
魔人「そりゃ歩くのに苦労するわな」
僧侶「苦労なんて、思ってはいけないんです」
魔人「あー…?差別がどうのこうのって配慮か?」
僧侶「いいえ、そうでなくて…」
魔人「?」
僧侶「この体…受け入れないと、駄目なんです…」
俯きがちに言った女の声は、心なしか少しだけ暗い。
何か後ろめたい理由を抱えている…そう察した。
魔人「そうかよ」
だけど、俺は聞かなかった。それを聞ける程、この女との仲は進展していない。
まぁきっとこれからも聞くことはないだろうから、俺は明日には忘れているだろう。
今日はここまで。
今作の2人は難しいですわぁ。
おつー
この距離感すきよ
乙
乙!!
乙
とても好きです
・
・
・
魔人「いてて…」
包帯をはがす際、包帯に固まった血が張り付いて、肌を引っ張られた。
地味な痛みがじわじわくる。
僧侶「大丈夫ですか?」
魔人「あー、ガキじゃねぇしこれ位はな」
僧侶「そうですか」
女は手早く包帯を取り替えると、救急箱に出していたものをしまい始める。
夜の治療が終わり、俺はふと気になっていたことを口にする。
魔人「そういやこの部屋の置き物はお前の趣味か?」
僧侶「え?」
魔人「いや、何か男っぽいと思ってな」
そう言うと女は考えるようなポーズを取る。あぁ、また考えるのに時間がかかっている。
魔人「そんなに難しい質問だったか?」
僧侶「いえー、私の趣味ではないんですけれどね、でも好きですよ」
魔人「はぁ…?」
僧侶「これを集めたのは、大切な人なんです」
あぁ、なるほど。大切な人間が集めたものだから自分にとっても大切、ということか。なら「趣味じゃない」と一言でバッサリもできなかったわけか。
魔人「恋人か?」
ポトッ
魔人「あ?」
女は手に持っていた包帯を床に落とした。
顔は無表情だが…動揺した?これくらいで?
僧侶「だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー」
魔人「あーそうか、わり」
異性に興味を持ったこともなく、恋愛とは無縁だったせいか、そういう配慮がわからない。
けどこの反応、この女には好きな男がいるんだろう。
魔人「おい、わかんねぇことがあるんだけどよ」
僧侶「何ですか?」
思い浮かべたのは暗黒騎士のこと。
あいつにもよろしくない恋愛ごとの噂があったが。
魔人「その、好きって気持ちってのは我慢できないもんなのか?」
噂が本当だったなら、暗黒騎士は我慢できなかったんだと思う。
あの堅物が我慢できなくなることなんて、想像もつかなかったが。
僧侶「そうですね…その気持ちが大きければ、我慢できないと思います」
魔人「じゃ、好きになることを許されない奴を好きになっちまったら?」
僧侶「とても、辛いと思います」
魔人「気持ちがわかるのか」
僧侶「私はそうじゃないけど…想像はできますね」
そういうものなのか。さっぱりわからん。
暗黒騎士も辛い思いをしたのか。まぁ、あいつが辛かろうと知ったことじゃないが。
魔人「まあ、お前はそうじゃなくて良かったな」
僧侶「そうですねー…」
魔人「障害のない恋をしてるのか」
僧侶「えぇ」
魔人「こういう話はデリケートなんじゃなかったのか」
僧侶「あ」
女の動きがぴたりと止まった。
しかしこれ以上話を追及するのはいじめになるかもしれないので、もうやめておこう。
次の日も散歩をした。
僧侶「お花綺麗ですねー」
魔人「昨日も咲いてたぞ」
僧侶「あ、そうでした?」
そんな他愛ない会話をする。
今日は昨日より曇っていて少し肌寒いが、心地が悪いという程じゃない。女も少しだけ厚着して対策している。
魔人「雨が降った時は散歩はどうしてるんだ?」
僧侶「家にいますねー」
魔人「じゃ、散歩の途中で降ったら?」
僧侶「濡れて帰ります」
まぁ、そうだろうな。
魔人「もし降ったら、担いでもいいよな?」
僧侶「そこまでして頂くのは悪いです」
魔人「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」
僧侶「私、重いですよ?」
魔人「女1人抱えるのを重たがるような魔人は魔人失格だろうが」
僧侶「…そうですか」
女は納得したように頷いた。
僧侶「それじゃあその時は、甘えてしまいますが…」
女がペコッと頭を下げたその時だった。
僧侶「あっ」ヨロッ
魔人「っ!」
唐突によろめいたのでこちらもつい焦り、少し乱暴に女を受け止めた。
魔人「わり、どこか痛くねぇか」
僧侶「い、いえ」
魔人「頭下げた拍子にバランス崩すとかアホかって…そう簡単に頭下げなくていいから」
僧侶「………あの」
魔人「あ?」
女はかなり萎縮しているようだった。
何事かと、女から離れる。
魔人「どうした」
僧侶「いえ…」
魔人「何かあったんだろ。はっきり言えや」
この女にしてははっきりしない態度が気になり、強めに聞く。
女じゃ「じゃあ」と遠慮がちに言った。
僧侶「男の人と密着するの…恥ずかしくて」
魔人「…」
そうか。
魔人「わり」
僧侶「あ、いえ」
治療の際に俺の肌を見たり触ったりしたのは大丈夫だったのに…。
まぁよくわからないが、そういうものなんだろう、多分。
魔人「で、好きな男とはまだ密着してないのか」
僧侶「」
魔人「わり」
俺はデリカシーに欠けるらしい。
質問したのは軽い気持ちだったのだが、女にとっては絶句するような質問だったそうだ。
魔人「まぁ、そいつが帰ってくるまでには俺も出て行くようにするから」
僧侶「あれ…言いましたっけ私…?待ってる人が、その人だって…」
魔人「…言わなくても何となくわかるだろ」
僧侶「…」
女が複雑そうな顔をして顔を抑える。
これは…どういう感情だ?
僧侶「そんなに鋭かったら、物を言うの怖くなるじゃないですかー…」
魔人「お前が鈍すぎるだけだ」
僧侶「うー」
何だか納得いっていない様子。
最初の頃はよくわからん奴だと思ったが、こうやって観察してみると、結構わかりやすい奴かもしれない。
案外からかえば面白いかもしれない…と、よからぬ気持ちが芽生える。
魔人「ところでその男はお前を置いて今、何やってんだ?」
この質問も軽い気持ちだった。
だから女の回答は予想外で――
僧侶「わからないんです」
魔人「あ?」
僧侶「行方不明みたいで」
魔人「は…?行方不明って…」
僧侶「当初は手紙が届いていたんです。だけど3ヶ月くらい前から手紙が途絶えて…」
魔人「その男がどこ行ったのか、わかってねぇのか…?」
僧侶「はい…」
女はうつむく。
僧侶「彼…旅をしていたんです」
魔人「あー、そうか…。最後の手紙には書いてなかったのか、行き先」
僧侶「えぇ、手がかりになりそうなことは」
魔人「ふーん…」
話を聞いて思いつく可能性は2つ。
男が死んだか、女が捨てられたかのどっちかだ。
魔人「待ってても帰ってこねぇんじゃないか」
僧侶「かもしれませんね」
そう思うのも当然といった感じで、女は動揺する様子なく答えた。
僧侶「それでも、待つと約束したんです」
魔人「帰ってこなくてもか?」
僧侶「はい」
そう答える女の口調は柔らかいが、瞳には強い意思が込められている。
僧侶「例え何があっても、私は彼を待ち続ける――」
僧侶「そう、約束したんです」
魔人「…」
この女自身がそう言うならと、俺は口出しするのをやめた。
不器用な生き方だ。
そりゃあ、男がいつか帰ってくる可能性はゼロじゃない。だけど3ヶ月――さほど長期間でもないが、突然連絡が取れなくなったとなれば、悪い想像をするのが普通ではないか。
だとしても、女は待ち続けるのだろう。約束だからか、帰ってきてほしいという強い願望からか。
魔人(ぽやっとしているようで、情熱的なもんだな)
帰ってきてからも、そんなことばかり思っていた。
俺が寝泊りしているこの部屋は、本来は男が使うはずだったものだろう。
飾り気がなく質素な家具、刀や馬の置き物。残された物から想像すると、この部屋の主は「男らしい」趣味を持っているように思える。
あの1人で生きていくのが困難な女を守り、支え、引っ張っていけるような、本当に男らしい男だったのだろうか。
魔人(だとすりゃあの女が依存するのもわかる)
恋愛感情というのがよくわからない俺は、依存、としか表現できない。
魔人(死んでればまだいいけど、女を捨てたんだとしたら…最悪だな)
どちらにしろ帰ってこないことに違いはないが、前者と後者では印象が真逆だ。
勿論その事実を確かめる手段も存在しないのだが。
魔人(…って何で俺がこんなこと考えなきゃいけねぇんだよ)
魔人(…暇だからだな)
魔人(まだ本調子じゃねぇけど、そろそろ出て行く用意しておかないと――)
最近、調子が狂っていると感じていた。それもこれも、あのぽやっとした女といるせいだと思った。
この平和ボケした生活に慣れてはいけないと、本能的に危機感を覚え始めている。
戦って死ぬ覚悟は――大丈夫だ、まだ、無くなっていない。
今日はここまで。
乙レスありがとうございます~。話の流れがゆっくりで申し訳ないです。
乙!!
乙
乙
>次の日
魔人「今日の飯は不味いな」
僧侶「あらー。やっちゃいましたー」
魔人「まぁまだ食えるからいいけどな…」
この女の料理の出来はその時その時で全然違う。
見た目は悪くないので基本ができていないわけではないだろうが、いつ発揮されるかわからないドジっぷりが料理の味を変えるのだと思う。
とにかく口に入れるまで味が全く予想できないのは、この平和ボケした生活において最大のスリルでもあった。
魔人「今日も天気が良さそうだな…食ったら行くのか、散歩」
僧侶「はい。それで、そのー…」
魔人「ん?」
僧侶「今日はちょっとだけ遠出したいんですけれど…」
女は遠慮がちに言う。「少しの遠出」でも、その足では結構時間がかかる。
だが俺は時間を持て余しているわけで…。
魔人「あぁ、いいぞ」
僧侶「ありがとうございます」ペコッ
魔人「どうでもいいけど礼言う時に頭下げなくていいから…昨日みたく転ぶぞ」
僧侶「…」
昨日のことを思い出したのか、女はフリーズする。
俺は女がそんな反応したのを見て、忘れかけていた昨日のことを思い出す。
魔人「…飯、冷めるぞ」
僧侶「あ、はい」
俺は平気なんだけど、意識されると気まずくなる。ったく、鈍そうな割にウブな奴だ…。
飯を食って片付けをしたら、いつも通り俺は女の右側に立って散歩を始めた。
今日は遠出をする予定なのでペース配分を考えているのか、いつもよりゆっくりめだ。
僧侶「歩く早さを変えたら、見える景色も変わってきますねー」
魔人「お前、そんな鋭い感性の持ち主じゃないだろ」
僧侶「でも違うんです」
魔人「どう違うんだ?」
僧侶「…うー、言葉で説明しようとしたら頭痛くなってきましたー」
魔人「わり」
しかし女の言うこともわかる。俺は大抵いつも走り回っていたから、景色なんて気にしたことはなかった。
だけどこの女の散歩に付き合うようになってから、色んな景色が目に入るようになった。
森の中では鳥が木に巣を作ったり、虫が葉を食ったり、色んな生き物が森の中で共存し「社会」を作っている。
注視せずに見ていて毎日同じように見えていた光景でも、こうやってゆっくり歩くことによって、ちょっとした変化を感じれるのだろうと思った。
僧侶「そういえば魔人さんも野生としての感性も鋭い種族だそうですが」
魔人「まぁ、そうかもなぁ」
少なくとも生物として、人間よりは耳も鼻もずっといい。
自分にとっては敵襲に備えたり、敵を発見する為の能力でしかなかったが。
僧侶「じゃあ魔人さんは、私よりも沢山の自然の流れを感じているんですね」
魔人「…」
どうなんだか。
その能力があっても、自分にその気が無ければ感じ取れるものではない。
魔人「ま、小動物の1匹でも近付いて来れば教えてやるよ」
僧侶「それは嬉しいです」
森には色んな生物が集まっているが、どんな生物なのかは大体気配でわかる。
虫には気付かないかもしれないが、鳥か、小動物か、獰猛な獣なのか――
魔人「――!」
――人間なのか。
魔人「人間の気配がする…俺は隠れる!」バッ
僧侶「あっ」
俺が物陰に隠れて十数秒後、武装した3人程のパーティーがやって来た。恐らく残党狩りの連中だろう。
パーティーの奴らは険しい顔をしながら、女に近づいていく。
「お久しぶりです」
そう言われ女も会釈する。
どうやら顔見知りのようだ。
「散歩ですかな?」
僧侶「えぇ、まぁ」
「あまり出歩かない方がいいですよ。この辺に魔王軍残党が逃げ込んだという情報もありますから」
残党狩りの間で情報が広まるのは早い。
人間が近づいてきたらわかるから、女といる所を見られてはいないと思うが。
僧侶「でも自分を襲ってこない人間を襲う残党はもうほとんどいないと聞きます」
「だが種族によっては人間を食らう者もいます。腹を減らした奴に食われる危険もある」
「なので安全だとわかるまで出歩かない方が」
僧侶「出歩くのやめても、家に入られたら逃げられませんよ?」
相変わらずのぽやっとした返答に、3人組も苦笑を浮かべていた。
「やはりもう、近くの街に引っ越された方が…」
僧侶「いえ、その気はありませんねー」
「こう言っては何ですが、彼はもう…」
僧侶「でも、信じているんです」
魔人(…女の思い人の話か?)
「ですが我々の情報網でも、彼の行方はわかっていません」
魔人(残党狩りの情報網に引っかかるような奴なのか…?)
僧侶「死んだ…という情報も入っていないですよね」
「ですが…」
「情報屋が姿を消すというのは、よほどの理由があるに違いない」
魔人(ふーん、情報屋だったのか、その男)
僧侶「…彼、強いですから。信じていますよ」
女の口調が強くなる。奴らの言葉を強く否定しようとする気持ちが込められているようだった。
「そりゃまぁ、彼の実績はかなりのものですが」
「貴方の補助が無くなったのは結構な痛手かと」
僧侶「…」
魔人(足を悪くする前はあの女も一緒に行動してた…ってことか?)
「彼が残党狩り時代に築いた実績も――」
魔人「――ん?」
ちょっと待て。残党狩り時代?
「貴方の補助の力が大きかったかと…」
僧侶「…」
魔人「…」
なるほど、大体わかった。
あの女は思い人と一緒に残党狩りをやっていた。だが女が足を悪くしたせいか他の理由があるのか、とにかく残党狩りをやめて、女は男を待つ立場になった。
残党狩りは俺の敵。あの女は元、残党狩り。
だからといってあの女への感情が悪くなったということはない。だが、疑問は生まれる。
魔人(何で元々残党狩りをやっていた奴が、俺のこと助けたんだ?)
少し会話を交わした後、残党狩りの連中は女と別れた。
匂いが大分遠くに離れた後、俺は姿を現して女の側に寄った。
僧侶「…聞いてましたよね、全部」
魔人「あー」
やはり自分が元残党狩りだということがバレて気まずいのか、女の口調は暗い。
魔人「ま明日になりゃ忘れるな」
僧侶「…?」
魔人「さほどお前に興味ねーよ」
僧侶「まぁー」
間延びした返答だが、いつも通りの反応になった。
これで少しは気まずいのが解消された…と思いたい。
僧侶「でも彼もしかして、間接的に貴方を傷つけたことあるかも…」
魔人「んなもん、いちいち気にしてられねーよ。つか直接戦ったことはないのか?」
僧侶「無いと思いますねー」
魔人「本当にか?」
僧侶「えぇ…彼は残党狩り時代、逃がした敵はいませんでしたから」
魔人「へー」
そりゃ凄いと感心したが、女は気まずそうだ。
魔人「俺は仲間意識は薄い方だから、誰が狩られても気にしねーよ」
僧侶「え?あ、そうですかー…」
ん。こいつが気にしていることは、そういうことじゃないのか?
僧侶「あの」
魔人「ん?」
僧侶「暗黒騎士…って方、知ってますか?」
魔人「…っ」
急に出た名前に驚いた。
仲間との関係が希薄だった自分と喧嘩仲だったのだから、魔王軍の中でも(悪い意味で)印象が強い奴ではあった。
魔人「そりゃ勿論知ってるが…」
僧侶「魔人さん、彼との仲は…」
魔人「最悪だ」
僧侶「そうですかー…」
女は何か考えているようだ。
しかしここで名前が出るということは…
魔人「何だ。まさか暗黒騎士を狩ったのが、お前の思い人か」
僧侶「…そうです」
魔人「はーん」
認めたくないが、暗黒騎士は魔王軍でも上位に位置する強さを誇っていた。
それを狩ったのなら、女の思い人の強さは本物だろう。
魔人「暗黒騎士を倒せる奴を殺せそうなのは、魔王軍には少数だ」
僧侶「そう…ですか?」
魔人「あぁ」
事実を伝えただけで、女を励まそうという意図はない。
それでも女にとってはわずかにでも希望を与えられたのか、わかりやすく表情が明るくなった。
僧侶「やっぱり、信じて待つことができそうです」
魔人「…」
少しだけ罪悪感。俺は、男が帰ってこない可能性の方が高いと思っている。
ここで希望を与えてしまったのは、女にとって良いことなのか、どうなのか。
魔人(…って何で俺がそんなことまで考えなきゃいけないんだ)
しばらく歩き、湖畔に辿り着く。
女は草むらに腰を下ろし、ふうっと疲れたようにため息をついた。
僧侶「静かー…」ポカポカ
魔人「そうだなー…」
僧侶「気持ちいいー…」
魔人「あー…」
僧侶「綺麗ー…」
魔人「…」
………
駄目だ、静かすぎて落ち着かん。
魔人「うー…」ウズウズ
魔人「!」
と、俺のアンテナにあるものが引っかかった。
魔人「ちょい席外す。1人でも大丈夫だな」
僧侶「あ、はい。しばらく動きませんのでー」
魔人「そうか。じゃ」
俺は女に背を向けると全速力で駆けた。
久々の全力疾走で体が訛ってきていることを実感する。こりゃ、まずい。
まぁ運動不足は後から挽回するとして、俺はそいつの所に辿りついた。
魔人「おいコラ!」
猫男爵「!?」
魔人「久しぶりだなぁオイ」
猫男爵「魔人…!!」
そいつは、魔王軍の中では比較的喋る仲だった猫男爵だった。
魔人「よく生きてたな、お前」
猫男爵「まぁ人間達から上手く逃げ回っていたからな」
俺の嫌いな生き方だ。とはいえ今時期生き残ってる奴は実力者か、逃げ回っている奴かのどちらかだろう。
猫男爵「情報によると今こっちの方は残党狩りの連中が少ないらしい。それで来たんだが、お前もか?」
魔人「俺が情報収集なんてすると思うか」
猫男爵「しないな」
魔人「臆病モン同士で情報のやりとりして、それで上手いこと逃げ回ってんのか?」
猫男爵「耳が痛い」
呆れた話だ。
しかし奴らの情報の中に、俺の恥ずかしい現状が入っていないようでそれは安心する。
魔人「まぁ情報集めりゃ便利は便利かもな」
手負いの状態で弱い奴に殺されるよりは、強い奴と戦って死にたい。
そういう意味じゃ暗黒騎士は理想の死に方をした――と思った時、あることが思いついた。
魔人「なぁオイ」
猫男爵「何だ?」
魔人「暗黒騎士を殺した奴のことなんだが――」
>湖畔
僧侶「すやすや」
僧侶「んー…」
僧侶「あらぁ…ここは」ウトウト
魔人「ようやく起きたか」
僧侶「あら魔人さん…あ、そうか寝ちゃったんですねー」
僧侶「結構薄暗くなってますねー…随分お待たせしてしまって」
魔人「いやいいよ、別に」
僧侶「お腹空いてますよねー…急いで帰りましょうか」
魔人「俺はその辺のもの食ってたからそうでもない。腹減ってるのはお前の方だろ」
僧侶「…はい」グウゥ
魔人「こっちのが早い」ヒョイッ
僧侶「あっ」
抱え上げると女は恥ずかしそうな顔をする。
何だか気まずそうで、目も合わせてこない。
これ以上意識されては困るので、
魔人「とっとと帰るぞ」
俺はあえてぶっきらぼうに言った。
魔人「ところで」
僧侶「はい」
家に戻り食事を摂っている時、俺は話を切り出した。
魔人「明日は俺の用事に付き合え」
僧侶「魔人さんの用事ですかー?」
女は首を傾げる。
魔人「…まぁ俺よりもお前の用事なんだが」
僧侶「~?」
魔人「とりあえず明日はもっと遠出するってことだ。いいな?」
僧侶「あ、はい。でももっと遠出ってなったら何日かかることか…」
魔人「俺がお前を背負っていくからいいだろ」
僧侶「っ!」
女の顔が赤くなる。あぁ、本当にこいつはウブだ。
魔人(どうしたもんかな…)
用事の内容を教えないことに、これという理由が無かった。
ただ――どうも気乗りしなかった。自分がこの女の為に何かしてやった、という事実が気恥ずかしい気持ちもある。
だけど、知っていることを自分の口から伝えたくなかった。
それよりはこの女が実際その目で見て知る方がいい――それは女の為じゃなく、自分の気分だ。
要するに自分の言葉で女の心に影響を与えたくなかった。
ただそれだけの、小さな理由。
魔人(…あー女々しい)
そんな自分にイラつきつつも、明日のことを1人抱えながら眠りについた。
今までの人生、戦って、食って、寝てを繰り返し、ほとんど変化なく過ごしてきた。
早熟な魔人族に生まれ、物心ついた時からずっとそうだった。
魔王に命じられるまま、人間相手に暴れた。深く考えたことはなかった。
自分に人望はなく、部下を任されることもなかった。煩わしいことを嫌ったので、その方が良かった。
誰かと接し、人の気持ちを考えることについて経験不足だった。
だからか――
僧侶『私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです』
誰かの無条件な優しさに触れたことも、
僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』
それでいて、突き刺さるような言葉を言われたことも、
僧侶『だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー』
俺が何か言えば感情がコロッと変わることも――
要するに全てが新鮮だった。人の気持ちに触れる、という体験は。
それは決して自分にとって不快なものではなかったが、踏み込むのに躊躇してしまって。
自分に何か言い表せない、新しい気持ちが芽生えようとしている気がした。だけどその気持ちを育ててしまっては、自分が自分でなくなるような、そんな恐怖心もあった。
恐怖心――それは自分にとって否定したい気持ち。だから新しい気持ちが芽生えることから、目を背けようとする。
正直言うと、俺は現状に戸惑っていた。
今日はここまで。
猫男爵の容姿は男爵姿の猫でも有吉でもお好きにご想像下さい。
乙
乙
乙
何処に行くのか
乙!!
>翌日
僧侶「…」
女はだんまりだ。抱えられていることへの羞恥心だろうけど。
気にしないようにして、俺は全速力で駆けた。
魔人「怪我、ほぼ完治したみてぇだ」
僧侶「そうですねー…」
この女の元を去る時が近付いているわけだが、これに対し女はどう思っているのか。
相変わらず何も考えていないのだろうか。…だとしたらムカつくな、少しだけ。
僧侶「あのー…どこまで行くんですか?」
魔人「まぁ、あと少しだ」
猫野郎に聞いた話ではこの辺に――
感じ取った。人間達の匂いだ。
魔人「この辺だ。ちょっと下ろすぞ」
僧侶「あ、はい」
魔人「俺はちょっとこの辺で用事を済ませておく。お前は…あっちに人間の集落があるから、そこにいろ」
僧侶「わかりました」
杖をつきながら集落に向かう女の背を見送る。
胸に感じるのはもやっとした違和感。これは何という感情なのか。
自分は魔人だから、人間達の集落に入れない。だからこの先起こることを見られない。
魔人(違うか…)
それはただの言い訳で、見られる状況だったとしても、自分は目を背けただろう。
それが女への配慮なのか、それとも気まずいからか、答えはわからない。
だがそのどちらも、以前の自分では考えられない理由だった。
自覚しそうになった慣れない感情から目を背け、俺は自然とその場から足が遠のいた。
・
・
・
僧侶「ふぅー」
僧侶が重い足取りで集落に足を踏み入れると、集落の人々は遠目に彼女を見た。
だが、彼らの視線はすぐに温和なものに変わる。それは彼女の格好が聖職者とわかるものであり、それでいて足が悪い「弱者」であるという2つの要素が、彼らの警戒をといていた。
「あらあら、お疲れでしょう。お茶をどうぞ」
僧侶「えぇ、すみません」
「こんな辺境の地にわざわざ何用で?」
僧侶「旅のついでに少しだけ」
僧侶は当たり障りのない嘘をつく。
集落の者はその理由を受け入れたようで、「ごゆっくり」と言って彼女から離れて行った。
僧侶(小さな集落)
それが、ぱっと見の印象だった。
こう思っては失礼だが、建物は皆ボロボロでみすぼらしく、この集落が貧しいということがひと目でわかる。
僧侶はこの集落が救われるよう祈りを捧げた。
それから思う。久しぶりに聖職者らしいことをした、と。
僧侶(お茶飲んだけど…)
空になった湯飲み茶碗を持ちながらキョロキョロする。お茶をくれた人はどこへ行ったのだろう。
まさか地べたに置いておくわけにはいかないし…。
僧侶「うーん」
「どうされました?」
僧侶「あっあの…」
振り返った。そして、
僧侶「――っ」
僧侶の思考が一瞬停止した。
だって、そこにいたのは――
戦士「…」
僧侶「あ、あぁ…」
会えない日々を憂いて、ずっと、ずっと待っていた。
その人が、いたのだから。
ただ、おかしいのは――
戦士「何か?」
僧侶「いえ、その…」
彼の反応だ。
私を見て、こんな他人行儀な反応をするわけがない。
なら他人の空似?
そんなわけがない。少し痩せたけれど、顔も、声も、喋り方も、間違いなく彼だ。
僧侶「…あの」
意を決して、話を切り出そうとした。
その時。
修道女「どうされました?」
戦士「あ、修道女」
僧侶「!」
自分と同じく、聖職者の格好をした女性がやってきた。
修道女はその足を、自然と戦士の隣に運ぶ。
僧侶(あ――)
2人が並ぶ。ただそれだけの姿を見て、僧侶の直感は冴え渡った。
互いが互いに向ける視線、2人の間にある雰囲気を見ただけで、それはすぐに感じ取った。
この2人は――
魔人「…」
あの女はもう、会えただろうか。
猫男爵『暗黒騎士を殺した奴だが――』
猫野郎の言葉が思い出される。
猫男爵『どうやらヘマやって、残党達に袋叩きにされたらしい』
魔人『じゃ、死んだのか?』
猫男爵『いや。近くの集落に逃げ込んだみたいだが――』
魔人『――っ!!』
それは俺にとって予想外すぎる展開だった。
その後の猫野郎の説明によると、そいつは何とか命拾いしたようだが――
猫男爵『過去の記憶が、全部無くなったらしいぞ』
「兄ちゃん、遊ぼうぜー」
戦士「あぁいいぞー、皆も集めてきなー」
僧侶「…」
子供達に囲まれる戦士を見て、僧侶は複雑な気持ちが沸く。
修道女「元々男手の少ない集落でしたから――彼はこの集落の助けになって下さいました」
彼女が語るには、壊れた家の修理をしてくれたり、迷子になった子供を助けてくれたり、村を魔物から守ったり――そうして、集落の人々と打ち解けていったそうだ。
修道女「今では、この集落に欠かせない存在となりました」
僧侶「…」
記憶を失った所で人間性は変わらない。
それならそうなるだろう。自分が好きになった彼は、明るくて優しく、誰にでも好かれる、そんな魅力的な人だ。
「兄ちゃん、剣教えてくれよー」
戦士「ははは。俺との約束をちゃんと守っているか?」
「うん、強い男は弱い女の人を守れ、だよね!」
「俺、母さんの手伝い毎日やってるよ!
戦士「えらいぞ!よし、じゃあそこに並べー」
僧侶「…」
彼の様子を見て自然と笑みがこぼれる。
誰かが言ったように、彼は死んでなんていなかったし、自分を捨てたわけでもなかった。信じていたけれど、それは100%ではなかった。
だけどそのどちらでもなく、彼は以前と変わらない様子で、こうして元気に存在している。
変わったのは、過去を、私を忘れてしまったことだけ。
修道女「彼を知っていらっしゃるんですね」
僧侶「…」
魔人さんにといい、最近の自分は気持ちを読まれやすくなったみたいだ。
修道女「彼は、どのような過去を…」
彼女は不安そうな表情を浮かべる。
あぁ――その表情は、彼を想うからこそだろう。そして自分もきっと、そんな顔を浮かべているんだろう。
同じ気持ちを持つ者として、彼女の気持ちが痛い程伝わってくる。
僧侶「彼は――」
ずっと待っていた。
互いに同じ気持ちを持っていた。
彼の温もりを今でも鮮明に思い出せる程、強く強く抱きしめられた過去があった。
彼を待つことだけが、自分の生きる活力だった。
だけど今は――
修道女「…」
僧侶「…彼は残党狩りをやった後、情報屋になったんです」
彼はもう、帰ってこない。
僧侶「彼は、いい友人でした」
私は笑えていただろうか。
今、彼と想い合っている人を不安にさせないように。
今はもう一方通行になった気持ち。
無理に引き戻そうなんてしてはいけない。そうすれば彼も彼女も困惑するだけ。
僧侶「彼は天涯孤独の身ですから――」
私が身を引けばいい。
そうすれば彼も、彼女も、心残りなく幸せになれる。
僧侶「ですから――」
締め付けられるような痛みを堪え、心の中で叫ぶ。
私は、彼を愛していた。
だからせめて私は――
僧侶「彼が幸せになれるよう祈ります」
自分が身を引いたのが最善だったと思えるように、祈る。
彼を忘れることができるようになるまで、毎日祈る。
今はそれしか、この気持ちを収める方法が思い浮かばなかった。
今日はここまで。
失恋シーンは書き慣れません。
乙
乙です
戦士は魔物フルボッコして[ピーーー]のに魔物は傷めつけるだけで人間生かしておいてあげたんだ…
普通なら四股切断や首切り落とすレベルそんな優しさに惚れた
魔人「…」
結構時間が経った。女はきっともう、真実を知った頃だろう。
あの女は傷ついたんだろうか。
知って傷つくのと、知らずに待ち続けるのと、どっちが良かったのか。
答えは出せない。だって男が記憶を失った時点で、どちらにしろマイナスでしかないんだから。
魔人(あークソ…)
こんなことでもやもやする自分にイライラする。
魔人(けど、ここに連れてきた俺にも少しは責任があるか…)
責任。前まで自分と縁のなかった言葉。
責任があるからといって、どうすれば良いのかは全然わからない。
魔人(…ま、女の様子見てから考えるか)
本当、戦い以外のことには無能だと思う。
無能…自分で思って自分でイラッとする。
と、その時。
魔人「…っ!」
野生の勘が働く。
嗅覚にも聴覚にもひっかかるものはない。
だが殺気――それだけは間違いなく感じる。
魔人「おい…誰だ!」
暗殺者「勘がいいな…流石、魔王軍の実力者」
魔人「!」
そいつは目の前に現れた。
何もない空間から唐突に、姿を現したのだ。
魔人「はー、人間の魔法技術も進んでんだなぁ」
どういう魔法かはわからない。だがそんなもの考えても仕方ない。
俺はただ、俺を討とうとする奴を返り討ちにするのみ、
魔人「やるんなら相手するぞコラ」
暗殺者「…」
暗殺者は無言で刃物を取り出す。
動作は静かだが並々ならぬ殺気――
魔人「面白ェ」
久しぶりの戦い、この手を鮮血に染めたいという欲望に駆られる。
俺は笑った。それは戦いの嬉しさに興奮する、魔人の本能からか。
魔人「行くぜコラァッ!!」
俺は一気に駆け、伸ばした爪でそいつに襲いかかった。
爪は宙を裂く。
相手の身は軽い。連続攻撃をかわされ、距離を取られる。
魔人「でりゃああぁっ!!」
それでも俺は攻めの姿勢を崩さない。
責め続けることで、事実、相手は反撃できずに回避に専念している。
ここから反撃が来るのか、それとも俺の攻撃が当たるのか、それは読めない。
戦略――そんなものは考えていない。
魔人「オラ、オラ、オラアァッ!!」
攻め続けるのは俺のスタイル。
勿論それは万能ではなく、死にかけたことだって何度もある。
それでも――
魔人「どうしたオラアァ!!逃げるだけかよ、臆病なヤローだなあぁ!?」
俺は攻める以外の方法を取ろうとは思わなかった。
暗殺者「く…」
振った爪が相手の衣服を裂く。
段々勘がつかめてきた。この爪が肉を裂き、鮮血に染まるのにはそう時間がかからないだろう。
魔人「く、くくくっ」
鮮血の感触を思いだし、ゾクゾクする。
平和ボケした生活に染まっていたが、やはりこれが俺だと、安心感を覚えた。
攻めて、攻めて、攻めて――
魔人「死ねコラ――」
暗殺者「――っ!」
殺れる――そう確信し手を振り上げた時だった。
魔人「――っ!?」
痛みが全身に走り、血が吹き出た。
体を貫いたそれが姿を現したのは、次の瞬間。
魔人(矢…!?)
どさりと地面に倒れる。
血が垂れ、赤みがかった視界には、複数の人間が映った。
あぁ、そうか――
魔人(馬鹿か俺は…同じ魔法で、他にも潜んでやがる可能性は十分あったろうが)
今更気付いても遅い。
そして、その内の1人が、剣を持って俺に近づいてきた。
魔人(殺られる…!)
死にかけるのは人生で何度目か。
いつでも俺は間抜けだった。知恵なんて回らないし、敵の策には見事にひっかかる。
それでも俺は、
魔人「コソコソやりがって、クソ共が…!!」
気持ちまで弱ることなんてできなかった。
戦って死ぬ。それが本望。
死ぬなら最後の最後まで自分らしく。
だって俺は、死ぬのなんて――
暗殺者「死ぬがいい――魔王軍の残党よ」
僧侶「やめて下さい…っ!!」
魔人「!?」
死ぬのなんて、怖くない――はずだった。
初めて聞いた、女の大声だった。
そこにいた奴は全員、女の方を振り返る。
僧侶「やめて下さい…お願いします!」
女は不自由な足ながら、急いでこちらに向かっている様子だった。
魔人(あの馬鹿…転ぶぞ)
女が聖職者とわかる格好をしているせいか、暗殺者どもは女を無視せずに待っている。
女は側に来ると、ハァハァ息を切らしながら声を発した。
僧侶「お願いします、その方を見逃して下さい…!!」
暗殺者「そうはいかない…こいつは魔王軍の残党だ」
僧侶「その方は人を襲いませんから…」
暗殺者「この身体的特徴は魔人だろう。こいつは魔王軍の暴れん坊で、大勢の人間を殺したと聞く」
魔人(馬鹿な女だな…)
見逃してもらおうとは思っちゃいない。そもそも、俺は更生なんかしちゃいない。
そうだ。この女との出会いが俺を変えるなんて――そんなわけ、ないだろ。
それだというのに、この女は――
僧侶「ここ数日彼を見てきた私が保証します…彼はもう、無害な存在です」
どうしてこう、適当なことをほざけるのか。
暗殺者「だが、こいつは人殺しの罪を償っていない」
暗殺者達はもうこれ以上、女の話を聞く気はないようだ。
奴らは武器を持って俺に群がってきた。
僧侶「やっ――」
――その顔、やめろ。
俺は人間に憎まれながら死んでいく、それは当然のことと受け入れていた。
なのにどうして、本当に死にそうな場面になって――
僧侶「やめて下さい…」
俺を庇う奴が現れる?
魔人「馬鹿じゃねぇの…」
たった数日過ごしただけの仲だ。俺はあの女の大切な存在になる程、何もしちゃいない。
この女はお人好しか、博愛主義なのか――だとしたら、
僧侶「やめてえええぇぇぇ―――っ!!」
――どうしてそんな悲しそうな顔、するんだよ?
あぁ、そうか。
悲しませているのは、俺か。
魔人「気に食わねぇな…!!」
暗殺者「!?」
俺は起き上がり、暗殺者の刃を素手で掴む。
それだけの動作で傷口が激しい痛みが走ったが、とにかく――
魔人「おい馬鹿女、泣くのはやめろや!!」
僧侶「!」
腹立たしいことこの上なくて、俺は痛みを無視した。
大人しく伏せていたらあの馬鹿女が泣きやがる。
魔人「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」
嘘だ。頭はフラフラするし、相当無理している。
それでも弱っているのを悟らせない為、顔を必要以上に強張らせた。
暗殺者「ば、馬鹿な…」
そこで暗殺者どもが勘違いを始める。
「あれだけのダメージが効いていないのか…」
「怒りに着火した様子だぞ…」
「まずいんじゃないのか…」
あぁ、こいつら怯んでやがる。
やはり根は臆病な人間どもか――これは好機かもしれない。
魔人「テメェらァ…」ニタァ
暗殺者「!」ビクゥ
魔人「調子こいてんじゃねぇぞコラアアアァァ――ッ!!」
そして俺は力任せに――
渾身の一擊で、地面に大穴を空けた。
暗殺者「お…おおぉ…」
――痛ってぇ
けど奴らは明らかに動揺している。なら…
魔人「キレちまったぞ、オイ…!!」ガシッ
暗殺者「!!」
俺は近くにいた暗殺者の襟首を掴んだ。
そのままそいつに顔面を近づけ、大きな口を開けて…
魔人「食っちまうぞ、オラアァァ!!」
暗殺者「――っ!!」
そいつの頭にかじりつこうとした時――
ヒュン
魔人「…チッ」
俺は首を後ろに反らす。
それから首があった位置を、弓矢が通過した。
暗殺者どもの1人が「撤退しろ」と叫ぶ。
それから俺が掴んでいた暗殺者は俺の手を弾き、仲間たちと撤退していった。
魔人(馬鹿じゃねぇの)
あのまま戦い続けていたら俺を確実に仕留めることができていた。
俺のハッタリに騙されやがって、これだから――
魔人「…っ!!」ガクッ
僧侶「魔人さん…!」
その場に崩れると、すぐに女が駆け寄ってきた。
魔人「無理させやがって、この馬鹿女が…」
僧侶「えっ。私のせい~…なんですか?」
魔人「ったりめーだろうがぁ!!」
八つ当たりに近い叫び声をあげる。
この女のせいで命拾いした。そのせいでこんなに痛い思いをしている。
だから俺が今苦しんでいるのは、全部この女が悪い。
魔人「お前のせいでまた死に損ねたじゃねぇか…」
僧侶「あのー、死にたかったんですか?」
魔人「そんなわけねぇだろ」
僧侶「~?」
女が混乱し始めた。
この馬鹿女は、俺が理不尽な逆ギレをしてることすら気付いていない。
魔人(けど、まぁ…)
この女のおかげで命拾いしたのは事実。
なら――
魔人「…ありがとよ」ボソッ
僧侶「え?」
魔人「…」
僧侶「すみません、よく聞こえませんでした」
魔人「何だとコラ…」
僧侶「申し訳ないんですけど、もう1回…」
魔人「…」
あぁ恥ずかしい。クソ…
魔人「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」
僧侶「…あぁ~」
女は納得したように頷いた。
何だこの反応は…もう2度と言わん。
魔人「…会えたかよ、思い人には」
僧侶「…はい」
女の表情は暗い。やはり、思わしくない結果だったのか。
僧侶「でもお陰様で、諦めがつきそうです」
魔人「そうかよ…」
僧侶「でも」
魔人「?」
僧侶「あの人を失った日に、魔人さんまで失いかけるなんて――貴方はひどい方です」
魔人「あ?」
女は俺の胸に縋り付く。
一体何を言っているのか、俺には理解不能だった。
魔人「俺を失うだ?馬鹿か、俺はお前のもんじゃねぇ」
僧侶「でも、大切な方です」
魔人「いつの間にそうなった」
僧侶「歩くのを助けて頂いたり、一緒にお食事したり…」
魔人「んなもん、大したことじゃねぇだろ」
僧侶「でも、私にとっては大切な思い出です」
魔人「…」
やはりこの女を理解するのは無理か――
けれどまぁ、
魔人「いつまでもシケた面してんじゃねぇよ」
この女が泣くのを止めることができた。
今は、それでいいか。
魔人「さて…帰るか」ヨロッ
僧侶「えっ」
俺は立ち上がる。頭がフラフラする…が、少し休んだのでさっきより調子はいい。
魔人「お前、1人じゃ帰れねぇだろ」
僧侶「けど、体を治してからでないと…」
魔人「どこで療養するんだ?」
僧侶「…」
魔人「心配してんじゃねーよ」
この女を抱えて家に戻るくらいなら不可能ではない。
帰った後は…
魔人「とにかく今は早くこの場を離れたい…残党狩りの情報が広まるのは早ぇからな」
僧侶「…はい」
こうして俺たちは、その場を後にすることにした。
帰った後、俺は無理がたたってブッ倒れた。
僧侶「魔人さん、3日間も眠りっ放しだったんですよ」
目が覚めた時、女からそんなことを言われた。
女の目の下にはくまができている。あぁ、寝ずに看病してくれたわけか。
しかし意識が戻ってもろくに動くことができず、ほとんど寝たきりの生活が続いた。
その間も、女は俺につきっきりで看病してくれた。
僧侶「はい、お口開けて下さいー」
魔人「おー…あぢゃぢゃああぁ!!」
僧侶「あー、すみません」
魔人(この女…)ヒリヒリ
相変わらずドジだったが。
最初は思い人の事を引きずってか、何となく女の雰囲気が暗かった。
だが慌ただしい日を過ごす内に、次第に女は以前の調子を取り戻していった。
魔人「今日の飯も不味いぞ」
僧侶「あらー…」
調子を取り戻すのと同時に飯の味が落ちる、という不可解な現象も起こったが。
今日はここまで。
あと3、4回の更新で終わる…かな?
魔人さんガラ悪いよー。
乙
乙! 魔人がブレなくていいね
乙!!
そして俺が目を覚ましてから、一週間近く経過した。
魔人(あー、そろそろ動けるんじゃねぇかな)
ベッドで上半身だけぶんぶん振り回すが、不調は感じられない。
ほとんどベッド上で過ごしていたので、体がウズウズして仕方なかった。
魔人(明日あたり、久々の散歩に付き合うかな)
と思った、その時。
ドガシャーン
魔人「!?」
厨房の方から、いやーな音がした。
僧侶「いたたー」
魔人「おい、大丈夫か!?」
僧侶「あ、椅子の足に引っかかってしまいまして。えぇお尻打っただけです」
魔人「気をつけろよ…ったく、そそっかしい」
俺は女に手を差し出して、立つのを手伝ってやった。
僧侶「ふふ」
魔人「あ?」
僧侶「魔人さん、随分優しくなりましたねー」
魔人「…気のせいだ」プイ
僧侶「そう言えば、もう体は大丈夫なんですか?」
魔人「あぁ、お陰さんでな」
僧侶「そうですかー…」
魔人「…?」
心なしか、女の様子が少し暗くなったような気がした。
魔人「どうかしたか?」
僧侶「え…あ、いえ」
魔人「誤魔化すな、気になるだろ」
僧侶「あう」
本当にこの女はわかりやすい。
僧侶「魔人さん…お茶淹れるので、少しお話しませんか?」
魔人「俺がやる。熱湯かぶりかねんからな、お前は」
僧侶「あらーすみませんねぇ」
俺は2人分の茶を淹れると、食堂の椅子に腰掛け女と向かい合った。
僧侶「フーフー」
魔人「猫舌だったか」
僧侶「えぇ、まぁ」
って、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
まぁ、この女のペースは俺よりも随分ゆっくりだから、仕方ないか。
僧侶「魔人さん、もう体大丈夫なんですねー…」
魔人「さっきも話したろそれ」
僧侶「あ、そうでしたねー」
魔人「頭でも打ったか」
僧侶「頭ー…いえ、打ってませんよ」
魔人「こないだのがいい機会になったんだし、街に引っ越せばどうだ?その足で1人暮らしは無理だろ」
僧侶「…」
あ、まずかったか。
吹っ切れていたように見えたが、やっぱりまだ引きずっていたか。
僧侶「あの魔人さん」
魔人「ん?」
僧侶「また…残党狩りと戦う日々に戻るんですか?」
魔人「…」
魔人「俺もここで大分平和ボケしちまったが…」
ここに来た頃自分にあった攻撃性は、今ではもう大分削がれてきた。
人間を食いたいとも思わなくなってきたし、積極的に戦おうという意思もない。
だが――
魔人「仕方ねぇだろ」
人間は俺を憎んでいる。憎まれるようなことをしてきたから仕方ない。
でも黙って殺されてやる気はないから、襲ってきた残党狩りは返り討ちにする。
魔人「そういう日々しか送れなくなるような生き方をしてきた。だから仕方ねぇだろ」
僧侶「そんなことありません」
魔人「あ?」
僧侶「大分前に言ったこと覚えてますか。私が貴方を助けたことには意味があるんじゃないかって」
あぁ、そういや言ってたな。
その今でも理解しがたい理由がどうしたというのか。
僧侶「私は…貴方に死んでほしくありません」
魔人「あー…けどそれは難しい話で」
僧侶「戦わなければいいじゃないですか」
魔人「あ?」
僧侶「ですから…」
女は恥ずかしそうにうつむいた。
僧侶「ずっと…ここに居ればいいじゃないですか」
魔人「…」
俺は何と返事すればいいのか。
予想外すぎて何も言うことができなかった。
僧侶「ここでしたら、人と遭遇自体ほとんどしませんし」
確かに、この家を訪問する奴はいない。
僧侶「魔人さんの衣食住位ならお世話できます」
生きていく上で重要なものへの心配もいらない。
僧侶「ですから――」
魔人「…はい、とは言えねぇ」
僧侶「え?」
そう、受け入れるわけにはいかない。
魔人「俺はコソコソ逃げるのが嫌いなんだよ」
――違う
魔人「緩やかに老衰して死ぬなんてのは、魔人族の恥だ」
――そうじゃない
魔人「死ぬなら戦いの中でだ…それだけは譲れねぇ」
――そうじゃなくて…
僧侶「魔人さんは、生きていたいはずです」
――っ!
僧侶「そうでないと、2度も命拾いするはずないでしょう」
魔人「…あぁ、そうだな」
僧侶「なら――」
魔人「…違うんだよ」
僧侶「え?」
魔人「俺は生きていたい…」
戦いの中で死にたいという気持ち、生きたいという気持ち。
その相反していそうな気持ちは確かに、元々両方持ち合わせていた。
だけど、前とは違う。
魔人「怖いんだよ」
僧侶「…怖い?」
魔人「…今まで死にかけたことは何度かあった」
だというのに…
魔人「死ぬのが怖いと思ったのは、この間が初めてだ」
何日か気を失っていて、目を覚ました時に実感した。
「生きていて良かった」と――
今まで、そんなこと思ったことないのに。
それもこれも全て…
魔人「お前といると、俺がおかしくなっていく」
僧侶「私…ですか?」
他に、言い表しようがなかった。
魔人「あぁ、お前のせいだ!そのボケーっとしたペースに俺を巻き込みやがって!これ以上平和ボケしたら、ますますおかしくならぁ!」
僧侶「どう、おかしくなっていくんですかー…?
魔人「そりゃ…色々だ、色々!」
俺は女から顔をそらした。自分でもこれは逆ギレだと自覚はしている。
僧侶「そうですかー」
だが女は、
僧侶「それは魔人さんが変わってきている証拠ですよ」
魔人「…は?」
そう言って、ニコッと笑った。
僧侶「自分で気付いていらっしゃるじゃありませんかー。魔人さんは変わってきているんですよ」
魔人「…そりゃ良くねー変化だ」
僧侶「魔人族としてはそうかもしれませんが…今の時代に適応しているんじゃないですか」
魔人「時代に適応だ…?」
僧侶「はい。臆病者の方が長生きしているじゃありませんかー」
魔人「誰が臆病者だぁ!!」
僧侶「魔人さんのことじゃありませんよー…」
魔人「言葉のチョイスが悪かったんだな?けどな、今まで散々人間に危害加えておいて今更逃げようなんてのは…」
僧侶「魔人さんはとても真面目な方ですね」
魔人「違ぇよ!!」
これも言葉のチョイスが悪かったんだと思う。
真面目、と言われると反感を持つ。
僧侶「でも、ある意味人間に対して誠実であると思います」
魔人「そういうんじゃ…」
僧侶「…私や彼は、敵に対して誠実じゃありませんでした」
魔人「…は?」
何故急に、この女の話が…?
僧侶「私の過去、聞いて頂けますか…?」
女の様子が変わった。
きっと、話したいんだろう。
魔人「あぁ…話してみろ」
僧侶「私――」
僧侶「彼と協力して、暗黒騎士の命を奪いました」
魔人「あぁ、そうだったな」
それは前にも聞いた。
魔人「別にそんなのは大したことじゃ――」
僧侶「暗黒騎士には、恋仲である人間の女性がいました」
魔人「…っ」
猫男爵『なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ』
いつぞや猫野郎からそんな噂を聞いた。
噂がまだ大きくなってない内に魔王軍は壊滅したから事実は有耶無耶だったし、そもそも本気にしちゃいなかったが――
魔人(まさか本当だったとはなぁ…)
あの堅物が。現場を見ていないと、どうしても信じられないが。
魔人「で…それがどうかしたか?」
僧侶「暗黒騎士を討った後――その女性、自害されたんです」
魔人「…そうか」
女は罪悪感を感じているようだが、俺は特に胸糞悪くはなっていない。
見知らぬ女の自殺よりも、見知った目の前の女がそれを引きずっていることの方が、どちらかというと大事だ。
魔人「どうしようもねぇ話だろ。それにどうあっても成就しねぇ恋じゃねぇか」
僧侶「その女性、自害する時に――」
魔人「ん?」
僧侶「私に呪いをかけたんです」
魔人「な…」
呪術の類は詳しくない。
だが呪いの効果が大きい程、危険は高いことは知っている。
魔人「まさかその女、命を捨てて呪いを――」
僧侶「だとしたら、私が今生きていることは運が良かったですね」
女はそう言って笑った。
僧侶「結果的に、足だけで済みました。だけどこの足では残党狩りは続けられないし、それに――」
魔人「それに?」
僧侶「女性1人を自害させてしまって…続けられるはず、ないじゃないですか」
魔人「…あぁ、そうだな」
自害した女の逆恨みだと俺は思う。禁断の恋に手を出したのは、その女の方だ。
だけどそれだけで割り切れない、気持ちだとか、感情だとかが入ると話は変わってくる。
今は何となく、それがわかるような気がした。
僧侶「だから私達逃げたんです、戦うことから」
魔人「…」
女が言っていた「誠実」の意味は、こういうことか。
もう2度とこんな思いはしたくないから、逃げた。女に恨まれて死なれた事実と、向き合うことはせずに。
魔人「けど、それの何が悪いんだ?」
僧侶「そう思うのでしたら、同じことですよ魔人さん」
魔人「あ?」
僧侶「魔人さんが逃げることだって、悪いことじゃないんですよ」
魔人「いや…それとこれとは話が違うだろ」
僧侶「この際だから全部言っちゃいますねー魔人さん」
魔人「あ?」
僧侶「私が魔人さんを助けた理由」
魔人「は…それって確か…」
意味があると思ったから、では…。
僧侶「前に話した理由もあるんですけれど、もう1つあって――あの時の私を思い出したんです」
魔人「あの時?」
僧侶「この足がこうなった時です」
女は自分の不自由な足をさする。
僧侶「彼女が自害して数日後でしょうか――私と彼がいた洞窟の壁が崩れ、私、1週間位生き埋めになっていたんです」
魔人「は…」
女はさらりと言ったが、何気に壮絶な体験じゃないか?
僧侶「生き埋めになった時、彼だけは助かってほしいと願っていたんですが、その反面――」
僧侶「寂しくて、痛くて、死ぬのがとても怖くて――」
魔人「…」
僧侶「だから助けられた時、本当に嬉しかったんです」
その時のことを思い出したのか、女の顔には安心感が満ちていた。
魔人「まさか、その時のお前に俺を重ねて助けたとか言うのか?」
僧侶「魔人さんは本当に察しがいいですねー」
魔人「お前が悪すぎるんだよ。あの時の俺はまだ死ぬのを恐れちゃいなかった」
僧侶「そうですねー」
その時の女と重なる気持ちは「痛い」だけだ。
助けられた時は運が良かったとは思ったが、嬉しいという気持ちではなかった。
僧侶「だけど今の魔人さんなら、その気持ちをわかって下さいますよね」
魔人「…あー」
この前暗殺者達に殺されかけた時には「怖い」が増えていた。
最初の頃の俺がこの話を聞かされても、全然ピンとこなかっただろう。
僧侶「だから私…貴方を助けたくなって、それで…」
魔人「…」
僧侶「…」
言葉が止まる。どうしたことか。
僧侶「…うー、何か、ごちゃごちゃになってきましたー…」
魔人「あーそうかい」
この女なら仕方ない。
けど昔のこの女のことは知らないが、そんな体験をしなければこの女は、俺を助けなかったかもしれない。
それが女の言う「助けたいと思った意味」なのか。
魔人(この女が俺を助けて、助けられた俺は変わっていって――)
それに何か、意味があるというのか。
魔人「…なぁオイ」
僧侶「はい…?」
俺はこの女が言うように、意味があるなんて思っちゃいない。
だけど――
魔人「俺を助けた意味はあったか?」
この女にとってはどうだったのか。それを聞いておきたかった。
僧侶「えぇ、ありました」
魔人「それは良い意味で?」
僧侶「はい」
女は俺を真っ直ぐ見据えて言った。
僧侶「大切な人が、増えました」
魔人「…そりゃいいことなのか」
僧侶「勿論ですよ」
魔人「そうか」
それなら良い。
魔人「助けられた身として、俺もお前に誠実でないとな」
僧侶「…?」
女は首を傾げる。
俺だって何でこんなこと思うのかわからないし、それに何か恥ずかしい。だが、そうしなければならない気がして。
魔人「助けて良かった、って思わせるのが、1番の恩返しだよな」
だけど俺は、その方法がわからない。
魔人「どうすればお前は、そう思える…?」
だから馬鹿正直に、聞くことしかできない。
僧侶「貴方が――」
女は躊躇せず、それを口に出す。
僧侶「生きていて下されば――そう思えます」
魔人「そうか…」
俺は、その言葉を受け入れることにした。
今日はここまで。
今回は会話が延々と続きましたね。
途中で僧侶が呪いをかけられた時の過去話を挿入する手もあったんですが、冗長になりそうなのでやめました。
て、手抜きじゃないし(震え声)
乙。
テンポ良くていいと思うよ。描写も上手いし。
乙
乙!!
乙
言葉を受け入れる――それは死なないように生きていくということ。
とすると戦いを避けることになり、女の言う通り、ここで暮らしていくことになった。
魔人「ん、人間が来るぞ」
僧侶「あ、宅配の方ですねー。魔人さんは隠れていて下さい」
平穏――俺には受け入れがたい言葉だったはずなのに、抵抗なく受け入れている自分がいた。
ここでの生活に変化はない。今まで通り、女の作る飯を食い、片付けを手伝って、散歩で足を伸ばす。
前の生き方から「戦い」が無くなっただけで、物足りなくもあったが、
僧侶「あ、カモの親子。珍しいですねー」
魔人「あぁ、そうだな」
平穏の日常の中にある細かな刺激や変化に、気付けるようになっていた。
魔人「おい」
僧侶「あの魔人さんー…」
魔人「ん?」
僧侶「私のこと、いつになったら名前で呼んで下さるんです?」
魔人「…」
俺とこの女の関係も、徐々に変化してきている。
魔人「呼ばなきゃ駄目か?」
僧侶「えぇ、呼んで頂きたいです」
魔人「…」
魔人「…ぅりょ」ボソッ
僧侶「え?」
魔人「えーと、だから……う、りょ…」ボソボソ
僧侶「~?」
魔人「あああぁぁ、そうりょ、僧侶っ!!聞き逃すんじゃねぇよ!!」
僧侶「私が悪いんですかー?」
魔人「…いや俺が悪い」
魔人「あー、掃除めんどくせー…」
部屋にホコリがたまろうが気にならないが、居候の身ではそうもいかない。
僧侶は、俺の寝泊りしている部屋には足を踏み入れなくなってきた。
魔人(これのせいだよな…)
出て行った男が置いていった、馬や剣の置き物。片付けるのが面倒で、俺はそれをそのままにしていた。
だが僧侶にとっては、男を思い出してしまう物なんだろう。
魔人(でも思い出を処分すんのもなぁ)
俺と僧侶は恋仲じゃない。だから男との思い出の品が俺の嫉妬心を煽るだとか、そういうことはない。
この思い出の品をどうするかは、俺にとってどうでもいい問題だったりする。
魔人(ま、あいつに何も言われねぇ限り、このままでいいか)
僧侶「お風呂沸きましたよー」
魔人「おー、今行く」
ここでの生活を受け入れてから、毎日はゆっくり過ぎていった。
その間俺は徐々にだが、自分でも驚く程平穏な日々に適応していった。
変化しているのは俺だけでなく、世の中の流れもだ。
有害な魔王軍の残党の大半が狩られた為か、残党狩りの勢いは徐々にだが失われていっている。
それは戦闘職を必要としない世の中――つまり平和へと、世の中が適応しているということ。
僧侶「この方最近人気みたいですけど、魔人さん知ってますか?」
魔人(わ。猫野郎…)
僧侶がたまに買う新聞で情報を得る。
魔王軍の残党の中には改心して、人間と共存する者も現れ出した。
少し前なら考えられなかった。それでも世の中はゆっくりと、変化している。
俺は変わることを恐れていた。
だが変わってしまえば「こんなものか」と思う。
俺が憎まれていたのも以前の話。
平穏な世の中は、俺を忘れていく。
俺の命を狙う者も、俺が戦う理由も無くなっていく。
時代の流れとしてはそれでいいのかもしれない。
だが――
魔人「良くねぇよな、このままじゃ…」
俺は、決意を固めた。
僧侶「ふぅ~」
その日の活動を終え、僧侶は食堂で一息ついていた。
魔人「ちょっといいか」
僧侶「あら魔人さん、珍しいですね起きているなんて」
魔人「あぁ、ちょっと大事な話がな」
僧侶「大事な話…ですかー」
俺は僧侶の正面の椅子に腰掛け、向き合う形になった。
僧侶「何ですか、大事な話って」
僧侶は不思議そうな顔をしている。
さて、どうやって切り出すべきか…。
魔人「…なぁ、生きたまま地獄に落ちる方法って知ってるか?」
僧侶「えーと…?」
遠回りな切り出し方に、僧侶は少々戸惑っているようだ。
魔人「地獄ってのは、生きてる時に罪を犯した奴が罰を受ける場所だろ。だから地獄には罪人だらけだ」
僧侶「そう言われていますねー。でも亡くなってから魂が行く場所であり、生身の体で行く場所ではありませんねー」
魔人「だが、方法はある」
僧侶「?」
魔人「魔王軍に、地獄から亡者を召喚する術を使える奴が何人かいた。そいつの術で地獄の門が開いた時、向こう側に飛び込めばいい」
僧侶「んー、理屈としては可能ですねー」
魔人「そんなことやる奴いなかったけどな」
頭の悪い俺がよくそんなこと思いついたな、と自分で思う。
僧侶「でも、それがどうかしました?」
魔人「俺は…」
魔人「地獄に行ってこようかと思う」
僧侶「!?」
この時代に適応していく内に、思っていたことがある。
魔人「俺はまだ償っていない」
俺は人を殺してきた。
魔物と人間が対立していた背景があったのだから、それは罪と呼べないのかもしれない。
だが――
魔人「何も償わないまま緩やかに老衰していくってのは、おかしな話だよな?」
決して罪悪感に囚われているわけではない。ただ、自分の中で納得できないだけ。
人を殺し、人に憎まれて、人に殺されるのだと当たり前のように思っていた。だが時代は俺を忘れていく。俺が人を殺したという事実だけが残り、俺は裁かれずに放置される。
魔人「人殺しが何事も無かったかのように、平和な時代に適応していいわけがない」
僧侶「でも…人間と和解した魔物は沢山います」
魔人「そいつらは許された。俺は忘れられた。これは全然違う」
許された奴らは何らかの形で償いを済ませている。
魔人「このまま生きていくのは、俺自身が気持ち悪いんだよ」
僧侶「…やっぱり真面目な方ですね、魔人さんは」
魔人「だから、真面目って言うのやめろ」
平和に適応していても、その言葉はむず痒かった。
魔人「普通の人間が地獄に落ちりゃ肉体がもたんかもしれないが、俺なら耐えて戻ってこれる」
僧侶「…」
魔人「生きている間に、罰を受けてこようと思う」
僧侶「私は――」
僧侶「聖職者として、貴方を後押ししなければならないのに――」
僧侶の顔は、感情を隠す気などまるで無く、
僧侶「貴方がいなくなることが辛い…そればかり考えてしまう」
表情は淀み、口調が重くなっていた。
こんな顔をさせてしまうことは予想がついていた。それでも俺は、それをやめる訳にはいかない。
魔人「そういうわけでお別れだ。お前ももう1人暮らしはやめて…」
僧侶「…いいえ」
魔人「あ?」
首を横に振った僧侶の眼差しは、迷いがなかった。
僧侶「罪を償った後、帰る場所がないのは辛いでしょう?」
帰る場所。まさか――
僧侶「私、貴方を待ちますよ」
魔人「な…!!」
とんでもないことだった。
魔人「馬鹿言うんじゃねぇ、どんだけかかるかわからねぇんだぞ!?」
僧侶「私、結構気が長いですよ?」
魔人「それまでの間ずっと1人でいるのか!?無理だろ!」
僧侶「大丈夫ですよ。私もこの足に慣れてきましたし」
魔人「…」
確かに最近は散歩をしても、前よりはふらつかなくなった。
それでも…
魔人「俺を待つことで、お前の人生潰れるぞ…」
僧侶「いえ。貴方を待ちながらでも、色々やりたいことはできますよ。それに――」
僧侶は温和に微笑んだ。
僧侶「私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?」
魔人「…」
図星で、何も言えなかった。
その後、僧侶と約束をした。
待つのは構わないが、1人で暮らすのが無理なら無理をしないこと。
そして心変わりしたら、俺を気にせずに自分の人生を送ること。
僧侶「心配性ですねー魔人さんは」
僧侶はそう言って可笑しそうに笑っていた。
全く他人事のように――あの馬鹿女は。
魔人(あいつも、俺との繋がりを大事にしてくれているってことか)
想っていた男には忘れられ、他に身寄りのない天涯孤独の身。
だから1番身近な存在である俺に、依存しているだけかもしれない。
それでも、その依存心が僧侶を支えているとしたら。
魔人(依存されてやるのも、俺のできることか…)
俺が出て行った後、僧侶は別のものに依存するかもしれない。
それで俺への未練が無くなったなら、それはそれで構わない。
魔人(だけど…)
僧侶『私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?』
魔人(そんなこと言われたら…信じないわけにはいかねぇだろ)
翌朝、魔人は僧侶と顔を合わせることなく姿を消していた。
魔人の寝ていたベッドは誰も使っていなかったかのように、綺麗に整っていた。
僧侶(彼は何の痕跡も残さず行ってしまった…)
僧侶は部屋の置き物を見た。これは戦士が残した痕跡。
戦士と連絡が取れなくなっている間は、彼の残した物を見て彼との思い出に浸っていた。
だがこれでは、魔人との思い出に浸れない。
僧侶(それでも、忘れなければいいだけ)
一緒に過ごした時間はさほど長くなかったが、彼は思い出を沢山くれた。
日常の中で、一緒にいられる喜びを与えてくれていた。
それに、信じている。彼はいつかきっと、帰ってきてくれる。
僧侶(なら私は、彼が帰る場所を維持していくだけ)
私は1人の日常に戻った。
僧侶「ふぅー」
日課である散歩も続けていた。
いつ雨が降ってもいいように、晴れの日でも傘を持ち歩いた。
僧侶(そろそろ寒くなってきたなぁ)
北方では雪が降ったと聞く。
そういえば道中の花も枯れ、動物達も冬眠の準備を始めている。
僧侶(もう、そんな季節なんだ)
時の流れを早く感じるのは、自分が歳をとったせいかもしれない。
あまりそう思いたくはなかったが、少なくとも子供の頃に比べれば時の流れはずっと早い。
決して同じ毎日を繰り返していたわけではない。
たまに馬車に来てもらって街に行くこともあったし、街に顔見知り程度の知り合いもいて、浅く広く人との交流も持っていた。それでもやはり、家で過ごしている方が気が安らいだ。
編み物をしたり、変わった料理にチャレンジしてみたり、家の中でできる趣味にも手を出した。そうやって毎日、それなりに楽しんで過ごしていた。
そんな日々を過ごしていく内に、いつの間にか北方の雪は溶け、新しい花の芽が道に生えていた。
新しい季節になれば新しい景色になる。頭の悪い自分は、去年の景色を覚えていない。だからまた新鮮な気持ちで道を歩くことができる。
それを繰り返す内に、知らず時は流れる。だから自分は、時が流れるのを精一杯楽しもうと思う。
そんな自分だから、待つ、ということを、あまり大仰に考えてはいなかった。
・
・
・
貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。
一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。
貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。
だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――
僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」
私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。
今日はここまで。
次回あたり終わりまで行けるかな…?
乙!!
乙
乙!
・
・
・
僧侶「ゴホッ」
風邪を引いた。
まだまだ寒いというのに、春の訪れに浮かれてついつい長々散歩してしまったせいだ。
僧侶(外に行きたいなー…)
まるで外遊びを楽しむ子供のような気持ち。
大人になっても、そんな所は子供の頃と変わりがない。
僧侶「ゴホッゴホッ」
こじらせてしまったようで、結構長いこと寝ている。
ずっと健康でいたから、慣れない風邪に体が順応していないのかもしれない。
僧侶(何か、こんなに体がだるく感じるのも久しぶりかなー)
久しぶり、といってもそれはどれだけ前のことか。
確か足を悪くした時だったか。そんな前のこと、記憶には残っているが、感覚はとっくに忘れている。
僧侶「うー」
そろそろベッド上での生活もうんざりしてきたが、薬を飲んで経過を見るしかない。
僧侶(そういえばあの人は、よく寝る人だったなぁ)
だから、怪我が治るのも早かったのかもしれない。
彼のそういう所を見習わないといけないかも。
僧侶「…すやすや」
夢を見た。
僧侶「…」ガサッ
人の気配がしたので近づいてみると、そこにいたのは人型の魔物だった。
僧侶「…あぁー」
恐らく残党狩りにやられたのだろう。
お腹から大量の血を流していた彼は、額に脂汗を浮かべ、顔を苦痛に歪めながらも、こちらを睨んできた。
「何だ、お前は…」ギロ
人間と敵対している彼は、私に対しても警戒をとかない。
それでも、このままなら彼は死んでしまう。
『痛い…助けて…』
その姿が、かつての私と重なって見えたから。
だから、助けたくなった。そう思った私は、ゆっくりと彼に近づいた。
大丈夫。私は貴方の敵じゃない。貴方を助けるから――
「…あぢぢゃあぁ!!」
僧侶「…あれ?」
あれ?
「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」
僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」
そういえばそうだった。
危うく、彼にトドメを刺す所だった。
僧侶「…ふふっ」
夢を見ながら僧侶は、寝言で笑った。
彼には申し訳ないが、懐かしい思い出だった。
「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」
彼は声が大きくて、はっきり物を言う人だった。
「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」
人間への警戒心を、なかなかとかなかった。
「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」
それでも、優しい所もあった。
「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」
それは、不器用な優しさだった。
「で、好きな男とはまだ密着してないのか」
ちょっとデリカシーは無かったけれど。
「俺がお前を背負っていくからいいだろ」
…いや、ちょっとどころじゃなかったけれど。
「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」
だけど、そのぶっきらぼうな優しさに
「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」
私は結構、励まされてきた。
この家にもう、彼の痕跡は残っていない。
それでも彼と過ごした時のことは今でも鮮明に思い出せる。
彼と過ごした日々はそれだけ自分にとって大事だったのだと、彼と離れてから実感していた。
…どうしてだろう。
いなくなってから大分経つのに、彼のことをすぐに思い出す。
『帰ったぞ』
今にでも、そう言う声が聞こえそうな気がして。
『馬鹿でも風邪ってひくんだな』
そんな皮肉を言いながらも、彼なら不器用に看病をしてくれそうで。
それで私の風邪が治った頃には彼が風邪を引いて、今度は私が看病する番になったりして…
僧侶「…ふふ」
そんな光景が容易に想像できて、自然と笑みがこぼれた。
僧侶「ゴホッ」
それにしても今回の風邪は本当にしつこい。
訪問の医師が来るのはいつの予定だっけ?もう、寝てばかりで時間の感覚を思い出せない。
ガチャリ
僧侶「…ん」
ドアの開く気配がした。足音が近付いてきている。
あぁ、医者が来るのは今日だったか。
起き上がろうとするが、どうも体に力が入らない。失礼だけど、寝たまま対応させてもらおう。
僧侶「どうぞー…」
「帰ったぞ」
僧侶「…え?」
瞬時に頭は働かなかった。
だけど彼の姿を見た途端、すぐに理解し、色んな思いが頭を巡ったが――
僧侶「…お帰りなさい」
そんな言葉しか、出てこなかった。
僧侶「長いことご苦労様でした、魔人さん」
魔人「あぁ」
だけど久しぶりに会う彼は、
魔人「体壊したのか?」
僧侶「えぇ」
地獄にいたとは思えない程表情が柔らかくなっていて、
魔人「1人で無理するなと言ったろ」
言葉も大分、穏やかになっていた。
僧侶「すみませんね、健康体で出迎えたかったんですけれど…ゴホッ」
体が重く、起き上がることもままならない。
魔人「いや、悪かった。俺が帰るのが遅くなったから」
僧侶「…ふふ、大分丸くなりましたねー、魔人さん」
魔人「そりゃ…見た目は変わらなくても、お前と同じだけの時を生きているしな」
僧侶「それもそうですねー…それじゃあ、ゴホゴホ」
人間と魔人の体の作りは全然違う。
時が経てば経つ程、その差は残酷なものになる。
僧侶「魔人さんも私同様、歳を取っているんですねー」
魔人「…本当に、悪かった」
僧侶「大丈夫ですよ。貴方を待ちながら、充実した生活を送れていましたから」
魔人「そうか」
魔人さんは私の寝ているベッドの側に腰を下ろす。
そして、私の手を握った。
魔人「地獄の洗礼を終えて…特殊な能力を授かったぞ」
僧侶「特殊な能力…ですか」
魔人「あぁ、これだ」
僧侶「あ…」
魔人さんの手から体に魔力が流れ込み、それが頭に回った時、意識は遠くなった。
何だか体が暖かい。体が宙に浮くようなふわっとした感覚の後…私は地面に立っていた。
僧侶「…あらー?」
私が立っていたのは、いつもの森。
幻覚のようだけど、だけど肌に触れる空気にも、この香りにも、自然の音も、全てに覚えがある。
それに――
僧侶「私の体…」
長い年月を過ごして増えた体のシワが無くなっている。体も物凄く軽い。
そして何より、私の右足が――
魔人「どうだよ、これ」
僧侶「嘘みたい」
魔人「ま、嘘なんだけどな。でもリアルな嘘だ」
僧侶「嘘でも、嬉しいですね」
何だか久しぶりに感じる森を、私は駆けて、飛び跳ねた。
自由。長いこと忘れていた感覚。それを取り戻すように私は体全体で喜びを表現する。まるで心まで、少女に戻ったようだ。
僧侶「凄いです魔人さん…今日はいいことばかりです」
魔人「俺もこんな俊敏なお前初めて見た。いやまぁ、トロいはトロいんだけどな」
僧侶「むぅ」
魔人「ま、いいや。久しぶりに散歩しようぜ」
僧侶「いいですね」
と、魔人さんは自然と私の右側に立つ。
僧侶「魔人さん、今の私は転ぶ心配がないから、いいんですよ」
魔人「あ、そうだったな」
そう言って魔人さんは私と少し距離を置いたけど、
魔人「…何か違和感ある。やっぱ、定位置でいいか」
僧侶「そうですね」
自分で言っておいて何だけど、私も正直、違和感があったから。
僧侶「こうやって一緒に歩くと、長いこと会っていなかったのが、嘘みたいですね」
魔人「…そうだな。あまり変わってないようで安心した」
僧侶「マイペースに生きてきましたからー」
魔人「今も1人で生きているのか?」
僧侶「えぇ。でもこれでも、知り合いの方は沢山いるんですよ」
魔人「そうか。…俺を待つことに縛られてたらどうしようかと思ってたんだが」
僧侶「そんなこと全く思っていませんよー。気づいたら時が経っていましたから」
魔人「本当にマイペースだな」
僧侶「ですねー」
魔人「…でも」
僧侶「はい」
魔人「またこれから、世話になるぜ」
僧侶「…」
ずっと待っていた人。嬉しいはずの言葉。
それなのに少しだけ、心が痛んで――
僧侶「私に残された時間は、短いですよ」
人間と魔人の寿命は違う。
もう老いた自分では、今でも若い彼と生きていくにはあまりにも不釣り合いで――
魔人「関係ねーよ」
だけど魔人さんはそんなこと気にしていないといった様子だった。
魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」
僧侶「どうやって…?」
魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」
僧侶「あ」
魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」
僧侶「むむぅ」
魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」
僧侶「…」
私と違って魔人さんは、これからも長い時を生きていく。
彼が私と過ごす時間は、彼の人生においてのほんの一部。
そのほんの一部を貰う位の贅沢は――
僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」
受け入れても、バチは当たらないだろう。
魔人「…」
俺は地獄の洗礼を受けた後、この能力を授かる際、神らしき者と話すことがあった。
神?「お前の待ち人はもう長くない――早く戻ってやるのだな」
魔人「何だと…人間の寿命は短いんだな。クソ、失念してた」
神?「お前は彼女を看取った後も、長い長い時を生きていく。お前が彼女と関わるのは、お前の人生においてほんの一部だ」
魔人「…そうなるな」
俺はあいつを散々待たせた。待たせておいて、何も返すことができない。
そして俺はその無力感に囚われたまま生きていき――そして、あいつを忘れていく。
魔人「駄目だろ、そんなのは」
神?「どうした、早く行け」
魔人「なぁ…あいつに恩を返したい。だからあんたの力を俺にくれ」
神?「何を言うか…私の力を易易と授けるわけにはいかん」
魔人「勿論それなりの対価は払う。払うのは――」
魔人「俺の、残り寿命だ」
僧侶「私に残された時間は、短いですよ」
魔人「関係ねーよ」
僧侶に残された時間と、俺に残された時間は一緒なのだから。
魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」
だけど、それは僧侶に言わない。
僧侶「どうやって…?」
魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」
僧侶「あ」
魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」
僧侶「むむぅ」
言えばこいつは気にする。
魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」
僧侶「…」
俺はこいつがいなくなった世界で長々と生きていく気はない。
だから、それよりも――
僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」
残された時間で、こいつに出来る限りのものを返していこうと思った。
僧侶「走りたくなってきましたー、魔人さん」
魔人「急にハシャぎ出したなぁお前」
僧侶「ふふ、嬉しくて」
魔人「そうか。走ってもいいぞ」
僧侶「いえ、今は魔人さんと一緒ですから」
魔人「?」
僧侶「歩いていた方が、一緒にいられますよねー」
魔人「俺はもうどこも行かねぇから」
僧侶「?」
魔人「お前が走り出しても、追いかけるから」
僧侶「あらあら」
魔人「だから俺のことは気にせず…好きにしな」
僧侶「…ふふ。それじゃ」
僧侶は駆け出す。長いこと俺を待っていた僧侶は、初めて俺を置き去りにした。
待て、と言わず、俺はすぐに追いかける。もうこいつを絶対に見失わないように。
僧侶「どこまでも行っちゃいますよー」
魔人「なら俺は、どこまでも追いかけてやるよ」
僧侶「もし貴方が追いかけてこれなくなっても――」
僧侶は振り返り、満面の笑みを見せた。
僧侶「私、待ちますから――ずっと、ずっと」
fin
読んで下さりありがとうございました。
今作の描写は魔人と僧侶の関係性に重きを置いてたので戦士や暗黒騎士等のサブキャラの描写をあっさりめにしたのですが、疑問点等あればご質問下さい。
おつかれさまでした!
素敵な作品をありがとう!
魔人と僧侶が別れてから戻るまでに
何年くらい経過してるかと
戻った時の僧侶の年齢が知りたい
>>147
細かく設定はしていませんが、作者の想定では
別れてからの年月→40年近く
僧侶の年齢→60ちょい
現実の60代はもっと元気ですが、ファンタジー世界の人は寿命短そうなので60代くらいで現実の80代くらいの体になっているイメージあります。
乙
とてもよかった。
待ち続けていたのは切ないけれど、取り戻していけると信じたい
乙
どう読んでも魔人の夢の魔法の中で二人が草原を走り回りながら実世界の二人の意識がなくなって旅立つ光景しかみえない(;_;)
乙!!
泣いた
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