橘純一「明日から修学旅行だ!」 (148)
・アマガミの二次創作SSです。
・原作本編が始まる前のお話ですが、ネタバレ注意。
・一部キャラ崩壊などありましたら、ご容赦下さい。
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【10月某日 教室】
高橋「はーい、それじゃあ以上。みんな、明日は早いけど遅刻しないようにね」
絢辻「起立――礼」
~~~~~~
梅原「いよいよ明日から修学旅行だな、大将!」
橘「そうだな梅原、明日が楽しみすぎて僕今日の授業はほとんど頭に入ってこなかったよ」
梅原「無理もねえぜ、高校生活最大のイベントの一つだからな」
橘「奈良・京都・大阪かあ、わくわくするな」
梅原「他のクラスの身知らぬ女子生徒から、告白されたりするかもしれねえぜ?」
橘「ま、まさか~」
梅原「綺麗な夜景をバックによう、顔を赤らめた美少女が俺のところにやって来て
『梅原クン、私前から貴方のことが……』――なんてな、あー! たまんねえぜ!」
橘「おいおい梅原、それより、僕たち紳士にはやるべきことがいっぱいあるだろ?」
梅原「ま、まさか大将……」
橘「そう、『のぞき』さ。
湯けむりの向う側にある桃源郷を垣間見ずして、なにが紳士だ、なにが修学旅行だ!」
梅原「流石だぜ大将……」
橘「この通り、双眼鏡も用意した」スチャッ
梅原「なんて奴だ!」
橘「それだけじゃないさ」
梅原「……まだあるのか?」
橘「女子部屋にお呼ばれするのさ」
梅原「!」
橘「部屋一面に敷き詰められた白いふかふかのふとん。
その上ではしゃぐ浴衣姿の女子生徒たち――
これを、天国と呼ばずしてなんと呼ぼう」
梅原「間違いない、天国だ……」
橘「そこへ僕らが部屋の扉をノックして乗り込み、キャッキャウフフな夜を過ごそうってわけさ。
これが僕ら紳士の修学旅行さ、そうだろう? 梅原」
梅原「一生ついて行くぜ、大将!」
棚町「ふーん、随分と楽しそうじゃない?」
橘「薫! お前一体いつからそこに?」
棚町「アンタたちが女子風呂をのぞく計画を立ててた時から」
橘「いや、あれはほんの冗談で――」
棚町「その手に持ってる双眼鏡はなによ? 動かぬ証拠じゃないの」
橘「こ、これは、大仏の顔を間近に見ようと思って……」
棚町「……怪しいわね。そうだ、クラス委員の絢辻さんに報告しようかしら」
橘「お、おい。やめろってば薫」
梅原「そうだぜ棚町」
棚町「のぞきなんてしないって誓うなら、勘弁してあげるわよ」
橘「そんな」
棚町「ねーねー絢つ――」フガフガ
橘「しません、のぞきなんて絶対しません! 薫さま!」
【下校中】
橘「ふう、危なかった。まったく薫のやつ、冗談がすぎるよ。
もう少しで僕がクラスの中で築き上げてきたイメージが台無しになるところだったじゃないか」
橘「でもこれじゃあ旅行に双眼鏡は持っていけないな」
橘「ん? ……あそこにいるのは」
(^O^)ワーオ
橘「……森島先輩」
【橘家】
橘(……)
美也「それでねーにぃに。あっちにはねー、関西限定まんま肉まんってのが売ってってね――」
橘(森島先輩、今日も綺麗だったな……)
美也「ちょっと、聞いてるのにぃに?」
橘(先輩……)
美也「にぃに!」ドンッ
橘「うわ、ビックリしたな。いきなりなんだよ美也?」
美也「さっきからずーっと話しかけてるのに、ボケーッとしちゃって、ばかにぃに。
そんなんだと清水の舞台から落っこちちゃうよ?」
橘「ははは……ごめんごめん。で、なんだって?」
美也「だから、修学旅行のお土産のことだってば」
橘「お土産?」
美也「そう、関西地方にはね、『関西限定まんま肉まん』が売ってるんだー。
みゃーへのお土産はね、それがいいな」
橘「肉まんなんて、どうやって持ち帰るんだよ?」
美也「きっとその辺のスーパーにパックのが売ってるよ」
橘(スーパーか、面倒くさいなあ……ん、待てよ? お土産……?)
橘「そうだ、お土産だ!」ガタッ
美也「……にぃに?」
橘(森島先輩に修学旅行のお土産を買っていこう。
そうすれば話しかけるきっかけになるし、先輩と仲良くなれるかもしれないぞ!)
美也「おーい、にぃにー?」
橘(でも一体なにを買えばいいんだ?
そもそも先輩とはほとんど面識もないのに、どうやって
渡したらいいんだ? まるで不審者みたいじゃないか!)
美也「ちょっと、みゃーのお土産の話は?」
橘「うるさいな、今忙しいんだよ。えーと――」ブツブツ
美也「……うー」
美也「にぃにのバカー!」
【1日目 早朝】
橘「じゃあ行ってきまーす。ああ……眠い」
~~~~~~
梨穂子「あ、純一~。おはよう」
橘「梨穂子か、おはよう。」
梨穂子「あれ、なんだか顔色悪いね? 昨日ちゃんと眠れた?」
橘「実はあんまり……」
梨穂子「ダメだよ~、睡眠はしっかり取らなきゃ。
昔運動会の前の日にあんまり眠れなくて、純一大変だったじゃない」
橘「そうだな……」
橘(森島先輩へのお土産のことを考えてて眠れなかったなんて、言えないよなあ……)
梨穂子「大丈夫?」
橘「ああ、全然平気だよ! それに今日の午前中はほぼ移動だけだし、その間に眠れるさ」
梨穂子「そう? なら良かった」
橘「心配してくれてありがとな、梨穂子」
梨穂子「ううん。――それにしても今日はいい天気だね~。まさに修学旅行日和だよ」
橘「おいおい、こっちで晴れてたって、旅行には関係ないだろ?」
梨穂子「でも、出発する時に雨や曇りだったら、なんとなく嫌じゃない?」
橘「そんなもんかなあ?」
梨穂子「そんなもんですよ~」
~~~~~~
梨穂子「ねえ純一、あそこ歩いているの、棚町さんじゃない?」
橘「ホントだ、おーい、薫ー!」
棚町「――なんだ、純一じゃない、ぐんもー。桜井さんも」
梨穂子「おはよ~」
橘「薫、お前なんだその荷物? ちょっと多くないか?」
棚町「うっさいわねー、乙女には荷物と秘密が多いのよ」
橘「なーにが乙女だ。どうせ中身は、その髪の暴走を抑えるための道具で一杯なんだろ?」
棚町「そう言うアンタのバッグの中身は……まさか、双眼鏡じゃないでしょうね?」
梨穂子「双眼鏡?」
橘「あー、いや梨穂子、なんでもないんだ」
梨穂子「そう……?」
橘「おい薫、なんてこと言うんだ朝っぱらから」ヒソヒソ
棚町「自業自得よ。それよりアンタ、本当に持ってきてたりしないわよね?」ジロッ
橘「そんなに睨むなよ。持ってくるわけないじゃないか、当たり前だろ」
棚町「どの口が言うんだか」
橘「僕の世評が地に落ちちゃうからな」
棚町「んー、そうじゃないとすると、何かしら……お宝本、とか?」
梨穂子「え?」
橘「お、おい! なに言ってるんだ薫、そそそんなわけないだろ!」
棚町「あらあら慌てちゃってー。まさか本当に」
橘「いくら僕だって、修学旅行にまでお宝本は持って来ないよ!」
棚町「どうだか? ――まっ、ここはそーゆーことにしといてあげるわ」
橘「ふう……やれやれ、朝っぱらから薫の相手は疲れるよ」
棚町「なんか言った?」
橘「いえ、なにも」
棚町「よろしい。――あれ、もう集合場所にバス来てるわね」
梨穂子「ほんとだ~」
棚町「よーし、早く行きましょう」
梨穂子「お~」フニクリ・フニクラ-♪
橘(はあ、出発する前から疲れちゃったな)
橘(それにしても薫のやつ、透視能力にでも目覚めたのか? 超能力者かと思ったよ……)
~~~~~~
梨穂子「それじゃあ私のクラスはあっちだから、またね~」
橘「ああ、またな。――ん、梅原がいる。あいつもう来てたのか」
棚町「梅原くーん」
梅原「おう、お二人さん。いい朝だな!」
橘「お前、今日は早いな」
梅原「なんたって修学旅行だからな。今朝は一番に着いちまったぜ!」
橘「はは、元気いいな……」
棚町「修学旅行なんだから当然よ、ねー梅原君。アンタももっとテンション上げなさいよ!」ガスッ
橘「お、おい、蹴らなくったっていいだろう? まったく……」
棚町「――向こうから、もっとテンションの低いのが来るわね」
田中「あ、おはよう、みんな……」ドンヨリ
棚町「おはよう恵子、アンタも元気ないわね」
田中「私、昔からバスとかに酔いやすいから。今からこれに乗るのかと思うと、憂鬱で……」
橘「ああ、それで」
棚町「安心しなさい恵子。あたし移動中に食べるお菓子いっぱい持ってきたから。
それ食べてりゃ、乗り物酔いなんて忘れちゃうわよ」
橘「逆効果じゃないか、それ?」
棚町「そうかしら」
梅原「バスの中でカラオケしてさ、思いっきり歌えば気も紛れるかもな」
棚町「それに空港までなんてあっという間よ」
田中「ありがとうみんな。私酔い止めも飲んできたし、なんとかなると思う」
梅原「よーし、それじゃあバスに乗り込むとしようぜ!」
~~~~~~
絢辻「おはよう橘君」
橘「あ、絢辻さん。おはよう」
絢辻「梅原君たち、すごい元気ね」
橘「はは、あんまりハメを外し過ぎないように、僕から注意しておくよ」
絢辻「あらいいじゃない、修学旅行なんだもの」
橘「え?」
絢辻「もちろん、大きなトラブルになったりしたら困るけど――
せっかくの旅行なんだし、満喫しなくちゃ」
橘(なんだか意外だな、あの真面目な絢辻さんが……)
絢辻「橘君は楽しみじゃないの? 修学旅行。あんまり元気なさそうだけど」
橘「それが実は、昨日なかなか寝付けなくてさ。まだ少し眠いんだ」
絢辻「わくわくしすぎて眠れなかったのかしら?」
橘「そんなところかな、ははは……」
梅原「おーい大将ー。席とっといたぞー!」
橘「あー、サンキュー梅原ー」
絢辻「――梅原君たちの側だと、ゆっくり仮眠も出来そうにないわね」
橘「だろうね」
絢辻「ふふっ」
橘「ははっ」
橘(気のせいかな? 今日の絢辻さん、どこかいつもと雰囲気が違うような……
明るいというか、いや、いつも明るいんだけど……)
橘「絢辻さんも、やっぱり修学旅行は好きなの?」
絢辻「え? ……そうねえ、好きか嫌いかで言ったら、好きかな」
橘「そうなんだ、そうだよね」
絢辻「神社や仏閣を見るのは好きだし、それに修学旅行中は――
クラス委員のお仕事もお休みできるしね」
橘「ああ、なるほど。絢辻さん、いつも忙しそうだもんね」
絢辻「ううん。好きでやってることだもの。――でも、気分転換にはなるかしら」
橘(やっぱり今日の絢辻さん、いつもより雰囲気が柔らかくて話しやすいな。
そんなにお寺を見るのが楽しみなのかな?)
橘(――ハッ、それともまさか、僕に気があるんじゃ!)
高橋「みんな揃ったー? そろそろ点呼とるわよー」
絢辻「もう出発の時間ね。それじゃ橘君、修学旅行楽しみましょうね」
橘「う、うん。絢辻さんもね!」
橘(……楽しい旅行になりそうだな!)
【1日目 奈良 奈良公園】
橘「ついにやって来たぞ、奈良公園!」
田中「シカね、シカがいるところね!」
橘「シカと見よ! な~んちゃってね!」
田中「も~やだ~、橘君ったら~」
橘・田中「アハハハハ!」
梅原・棚町「…………」
梅原「なんであの二人いきなり元気になってんだ?」
棚町「バスの中で二人とも気持ち良さそーに寝てたからね。……起きだした途端、あれよ」
梅原「勘弁してくれよ、こっちは朝からはしゃいでたせいで、すでにグロッキーなんだからよ……」
橘「まあまあそう言うなよ、梅原。僕たちのクラスのガイドさんを見てごらんよ」
梅原「……おおー! あの上品な笑顔、艶やかな黒髪。やっぱり何度見ても美人だぜ!」
橘「生き返るだろ?」
梅原「そうだな大将。俺は今、生まれてきた喜びを感じてるぜ!」
棚町「大袈裟ねえ」
橘「いいか薫。修学旅行が楽しい思い出になるか否かは、ガイドさんが美人かどうかで決まるんだ!」
梅原「そうだぜ棚町。メイドさんにエプロンが付きものであるみたいに、
修学旅行と美人ガイドさんは切っても切れない関係にあるんだ!」
棚町「はあ」
梅原「あんな美しいガイドさんに当たるなんて、俺たちツイてるな大将!」
橘「そうだな、梅原!」
梅原「おっと、いけねえ。早く先頭に行ってガイドさんとお近づきになんなきゃ!」
橘「僕も行くよ、梅原!」
橘・梅原「ガイドさーん!」バタバタ
棚町「……男ってアホね。ね、恵子?」
田中「見てみて薫~。あっちにイケメンの大学生のグループがいる~!」
棚町「……」
~~~~~~
橘(お昼も食べたし、なんだかまた少し眠たくなってきたなあ。
――しかしここは本当にシカがいっぱいいるんだな)
橘(……ん? あのシカの群れに混じっている人影は……)
橘「梨穂子じゃないか」
梨穂子「あ、純一~。体調はもう平気?」
橘「ああ、おかげさまで」
梨穂子「そう、良かった~」
橘「それより梨穂子、こんなところでなにやってるんだ?」
梨穂子「今ねえシカさんたちに、コレをあげてたんだ~」
橘「それは……鹿せんべいじゃないか! 買ったのか、それ?」
梨穂子「えへへ~、そだよ~。純一もあげてみる? とってもかわいいよ~」
橘「いいのか? じゃあひとつ。――け、結構恐いな――あ、食べた食べた」
梨穂子「ね~、かわいいでしょ? もう一枚いる?」
橘「い、いや、僕はもういいよ。梨穂子があげるのを見てるよ」
梨穂子「そう? じゃあそ~れ、おいで~」フンフン♪
橘(食べてる時の梨穂子も幸せそうだけど、食べさせてる時の梨穂子も負けないくらい幸せそうだな)
橘(……意外と将来いいお母さんになったりするのかな?)
梨穂子「それにしてもこの子たち、美味しそうに食べるね~」
橘「梨穂子ほどじゃないけどな」
梨穂子「も~、そんなに褒めないでよ~」
橘(あれ、今僕褒めたのか?)
梨穂子「……どんな味がするんだろう?」
橘「食べるなよ」
梨穂子「い、いくら私だって動物のものは食べないよ! ……たぶん」
橘「たぶんなのかよ……」
橘「――そういえば梨穂子、美也に頼まれたお土産があるんだけど、僕だけじゃ
見つけられるかわからないから、探すのに協力してくれないか?」
梨穂子「美也ちゃんの? いいよ~どんなもの?」
橘「関西限定まんま肉まんっていうんだけどさ、もし見かけたら僕に教えてくれないか?」
梨穂子「うん、わかった~」
橘「旅行のついででいいんだ、あくまでついで。そこまで一生懸命探さなくてもいいからな」
梨穂子「そんなに念を押さなくったってわかったよ~、りょうか~い」
橘「ありがとう、助かるよ」
梨穂子「――お土産といえば純一、小学校の時の修学旅行で
お土産買いすぎて、初日からお小遣い使い果たしてたよね~」
橘「そういやそんなこともあったな。それで途方に暮れて、梨穂子にお金借りに行ったっけ」
梨穂子「あの時の純一ったらすごい真っ青になっちゃって、この世の終わりみたいな顔してたよ~」
橘「やめてくれよ恥ずかしい……」
梨穂子「今回は大丈夫?」
橘「おいおい、僕だってもう高校生だぞ。『ご利用は計画的に』さ」
梨穂子「それは逆に心配だよ……」
橘「ははっ、冗談だよ。――さて、そろそろ集合時間だな。
僕はもう行くよ、美也のお土産の件、悪いけどよろしくな」
梨穂子「うん、わかった。……ねえ、純一たちのクラスは、この後どこ行くの?」
橘「えっと確か――しおりには薬師寺って書いてあったかな。
ていうか梨穂子のクラスとは一緒じゃないのか?」
梨穂子「私のクラスは興福寺なんだ~」
橘「そっか、午後はクラスごと別行動なんだっけ」
梨穂子「えへへ、そみたいだね~」
橘「じゃあ僕は行くよ。――梨穂子も遅れるなよ?」タタタッ……
梨穂子「うん。…………あ~あ、行っちゃった」
~~~~~~
香苗「……ーい、おーい桜井ー!」タタタッ
梨穂子「あ、香苗ちゃ~ん」
香苗「こんなトコにいたのアンタ。もう集合時間よ」
梨穂子「あ、迎えに来てくれたの~? ありがとう香苗ちゃん」
香苗「アンタここでなにやってたの?」
梨穂子「えっとね~、シカさんたちに鹿せんべいをあげてたんだけど、
エサがなくなったらみんないなくなっちゃった。てへへ……」
香苗「薄情なやつらねー」
梨穂子「仕方ないよ~」
香苗「私らもさっさと行こー。バスに置いてかれるわよ」
梨穂子「……置いてかれるのはヤダな」ボソッ
香苗「え? なんか言った?」
梨穂子「ううん、なんでもっ! さ、行こっ、香苗ちゃん。置いていかれてたまるもんか~!」パタパタ
香苗「あんまり急ぐと転ぶわよー」
梨穂子「ひゃあ!」ズテンッ
香苗「はあ……言わんこっちゃない……平気? 桜井」
梨穂子「てへへ……うん……大丈夫」
【2日目 京都 清水寺】
梅原「おいおい、平日だってのにこりゃすげえ人だかりだな」
棚町「紅葉はまだだけど修学旅行のシーズンではあるからね。それになんたって、
ここは修学旅行のメッカみたいなもんよ? 混んでて当然」
田中「とは言っても、私もうお寺飽きちゃったよ。昨日からず~っと寺・寺・寺なんだもん」
梅原「まあまあ」
橘(確かに、僕たちみたいな普通の高校生じゃ飽きるのも
無理ないよな……絢辻さんは今日も楽しんでるのかな?)
棚町「ほら、純一。そんなトコでボーっとしてないで行くわよ」
橘「あ、うん」
~~~~~~
田中「わあ、すごい眺め~!」
棚町「流石はメッカね。しかし恵子、アンタも現金ねえ……」
田中「だって~」
梅原「うおー! 下こえー! 大将も見てみろよ! ……あれ? 大将?」キョロキョロ
田中「橘君、あそこにいるよ」クルッ
棚町「――あれ、本当ね。
純一ー! そんな後ろでなーにやってんのよー!
こっち来てアンタも見なさいよー!」
梅原「――なんか首振ってんな」
棚町「そうね」
梅原「ったく、しゃーねえなあ。
――はいはいごめんよう。――なにやってんだよ、大将? 前に行って見ようぜ?」
橘「あ、うん、僕は遠慮しておくよ……」
棚町「せっかく来たのになに言ってんのよ?
あそこからの景色を見なきゃ、清水寺に来た意味ないじゃない」
梅原「そうだぜ大将。寿司屋に行ってトロを食わねえみてえなもんだぞ」
橘「いや実は僕……」ゴニョゴニョ
梅原・棚町「……高い所が苦手?」
橘「そうなんだ……だから僕のことはほっといてさ、
二人とも思う存分見てこいよ。僕はここにいるから」
梅原「そりや勿体ねえなあ」
棚町「……へえー、そうなの。高い所がねえ……」
橘「薫?」
棚町「……行くわよ、純一!」ガシッ
橘「お、おい。なにするんだ、引っ張るなよ薫! 僕は行かないったら!」
棚町「男がウダウダ言ってんじゃないの! 梅原君、そっち引っ張って」
梅原「おう!」ガシッ
橘「やめろ梅原!」
梅原「悪いな、大将」
橘「やめてくれー! 頼む!」
棚町「いいからこっち来なさい!」
田中「――なんだかすごい嫌そうに見えるけど、橘君どうしたの?」
梅原「高い所が苦手なんだとさ」
田中「へ~、意外」
橘「うう……」
棚町「ったく男のくせに情けないわねえ。
――ほら、こーやって後ろから掴んでてあげるから。これなら安心でしょう?」ギュッ
橘「わっ! ……お、押すなよ?」
棚町「それは押せってことかしら?」トンッ
橘「うわー!」
棚町「アハハ、ごめんごめん。
――でもほら、いい眺めでしょ? 下の方を見なきゃそんなに恐くないわよ」
橘「そうか? …………お、おお。中々の景色だな」
棚町「でしょう? どう、恐くない?」
橘「ああ。薫が掴んでてくれるから、安心だよ」
棚町「……そっ」
橘(それよりも背中に感じるこの柔らかい感触は! ……ま、まさか、か、薫のむ、む……
これはひょっとすると、後ろを向いたほうが絶景なんじゃないのか?)
棚町「ねえ純一」
橘「はっ、はい!」
棚町「なに驚いてんのよ?」
橘「な、なんでもないよ」
棚町「怪しー」
橘「なんでもないったら! それよりお前、なにか言いたいことがあったんじゃないのか?」
棚町「え? あー、別にどうでもいいんだけどさ」
橘「うん」
棚町「私たちの格好、なんだか『タイタニック』に似てるなーって思って」
橘「タイタニックって、あの映画のか?」
棚町「そ。映画の中に恋人たちが舳先に立つ有名なシーンがあるでしょう?
今の私たちそれにそっくりよ。ねえ、再現してみましょうよ」
橘「あれは確か女の人が前に立ってたような……」
棚町「ゴチャゴチャ細かいこと言ってないで、さっさと腕広げて目つぶる!」
橘「わかったよ――ほら、これでいいだろ?」
棚町「わかればよろしい。それでは、ゴホン……」
棚町『見ちゃダメよ』
橘(えーと確か……)
橘『見てないよ』
棚町『私のこと信用してる?』
橘『してるよ』
棚町『もういいわよ。目を開けて』
橘『――僕、飛んでるよ、薫!』
棚町・橘「…………」
棚町「アハハハハ!」
橘「笑うなよ!」
棚町「あははっ、だってアンタっ、ノリノリなんだもん」
橘「やらせたのはお前だろ!」
棚町「『僕、飛んでるよ』って! あー、お腹痛い――」
田中「……」
梅原「……」
田中「……楽しそうだね、あの二人」
梅原「……ああ」
田中「……」
梅原「……とりあえずあいつらの仲間だと思われたくないから、離れてようぜ」
田中「……そうだね」スタスタ
棚町「アハハハハ!」
~~~~~~
橘(……うーん。冷静に考えてみると、あれはもの凄く恥ずかしかったな)
橘(――さて、薫はあの後どこか行っちゃったし、梅原のやつは、と)キョロキョロ
橘「あ、いたいた。おーい梅原―!」
梅原「……おお、大将」
橘「探したぞ梅原。今までどこ行ってたんだ?」
梅原「ちょいと舞台裏にな」
橘「はあ?」
梅原「いやいや、なに、ガイドさんと大人の語らいをだな」
橘「なに!」
梅原「でも逃げられちまったぜ……」
橘「そうか……残念だったな。でもそれなら僕も誘ってくれればよかったのに」
梅原「お前は棚町と『お楽しみ』の真っ最中だったからよ。邪魔しちゃ悪いと思ってな」
橘「おいおい、薫とはそんなんじゃないって、梅原ならわかってるだろ?」
梅原「……」
橘「梅原?」
梅原「まっ、大将がそう言うんならそうなのかもな」
橘「? それよりも梅原、少し話があるんだけど、いいか?」
梅原「なんだよ? いきなり改まって」
橘「実はな……」
~~~~~~
梅原「……ふーん、森島先輩にお土産をねえ……」
橘「梅原はどう思う?」
梅原「んー、まあ大将がそうしたいと思ってるんなら、そうすればいいんじゃねえのか?」
橘「僕が、そうしたいなら……」
梅原「森島先輩にお土産を渡して、仲良くなって、恋人になりたい。――違うのか?」
橘「いや……違わない……かな」
橘(なにも違ってなんかいない……
森島先輩は、美人で学校中の男子の憧れの的で……そして僕は、森島先輩のことが……)
橘「なんだか頭がこんがらがってきたよ」
梅原「……まあよ、いい傾向なんじゃねえか?」
橘「いい傾向?」
梅原「そっ。その調子なら、クリスマスまでに彼女の一人や二人は出来るかもな」
橘「クリスマスか……もうそんな時期なんだな……」
梅原「そうだぜ、クリスマスはもう目の前なんだ。『清水の舞台から飛び下りる』くらいの
気持ちでいかねえと、今年もイブを男同士で過ごすハメになっちまうぜ?」
橘「梅原……」
梅原「……ふっ、まあ難しい話はそれくらいにしといて、今は修学旅行を楽しもうじゃねえか?」
橘「……ああっ、そうだな梅原!」
橘(清水の舞台から飛び下りる、か……今年は少し頑張ってみてもいいかもしれないな)
梅原「よし、そうと決まればナンパだな! ――そこの後ろ姿美しいお嬢さんっ!」
高橋「はい!」クルッ
梅原「あっ……」
高橋「あっ……」
橘・梅原・高橋「………………」
【2日目 夜 京都 旅館】
棚町「恵子、ちょっとそこの袋とってー」
梨穂子「でね~香苗ちゃん。明日のお昼ごはんはね~――」
橘(これは一体どういうことだ……?)
橘(目の前には薫・田中さん・梨穂子・香苗さん……そして絢辻さん。――あとついでに梅原)
橘(僕は夢を見てるんだろうか? こんな素敵な女の子たちと、一緒の部屋にいるだなんて……)
~~~~~~
少し前
梅原「いやーまさか修学旅行中に呼び出しくらうとは思ってなかったぜ」
橘「高橋先生怒ってたな」
梅原「目がマジだったな」
橘「せっかくお風呂入ったのに、嫌な汗かいちゃったよ……」
棚町「――おーい、そこのお二人さん!」
橘「薫」
棚町「聞いたわよー。高橋先生をナンパしたんですって? やるわね、アンタたち」
橘「げっ、なんでお前がそのこと知ってるんだ?」
棚町「アンタたちを探してた時に、クラスの男子から聞いたのよ」
梅原「変な噂にならねえといいが……」
橘「薫はなんで、僕たちを探してたんだ?」
棚町「――えっとね、さっき高いところ苦手って言ってるアンタを、
無理やり引っ張ってっちゃったでしょ? 悪かったわね」
橘「ああ、そんなこと別に」
棚町「それでお詫びと言っちゃなんだけど、二人を招待してあげようかと思って」
橘「招待って、どこに?」
棚町「て・ん・ご・く」
橘「天国?」
~~~~~~
橘(そんな訳で薫たちの部屋に連れて来られたんだけど……)
橘(念願の女子部屋訪問が、まさかこんな形で実現するだなんて!)
橘(湯上がりで上気した顔。半乾きの髪の毛。漂う石鹸の香り……)
橘(女の子たちが浴衣姿じゃなくて体操着なのは残念だけど、想像通りここは天国だな!)
梅原「なあ大将、俺のほっぺをつねってくれねえか?」
橘「わかったよ梅原。そして僕のほっぺたもつねってくれないか?」
梅原「ああいいぜ。――痛え……夢じゃないんだな大将?」
橘「夢じゃないんだ、梅原」
棚町「男同士でなにやってんのよ、気色悪い」
梅原「棚町! 俺は今猛烈に感動している! やっぱ持つべきものは女友達だぜ!」
橘「ありがとう薫。夢が叶ったよ」
棚町「ふふっ、大袈裟ねえ。まあのぞきを許すわけにはいかないけど、
これぐらいならね。――はい、お菓子」
橘「サンキュ、でも随分と準備がいいな?」
棚町「さっき新京極に行ったでしょう? その時に色々とね」
橘「あ、なるほど。――ん? 見たことないお菓子がたくさんあるな」
棚町「そーなのよー! 地域限定品ってやつね。目新しくてついつい買いすぎちゃった」
梅原「それよりもよー」ヒソヒソ
棚町「うん?」
梅原「よく絢辻さんを誘えたな? こりゃあファインプレーだぜ、棚町」ヒソヒソ
棚町「でしょー? ロビーをふらついてる所をゲットしたの。感謝してよねー?」ヒソヒソ
絢辻「みんな、なに話してるの?」
棚町「男共がねーえ、絢辻さんが参加してくれて嬉しがってるのよ」
絢辻「えっ?」
橘「おい薫!」
棚町「照れるな照れるな。――でも絢辻さん連れてくるの大変だったのよー?
最初は『これから勉強しなきゃいけないから』なんて言うし」
橘「勉強? 修学旅行の最中なのに?」
絢辻「ええ。勉強は毎日の積み重ねが大事だもの」
田中「信じられな~い……」
橘「ごめんね絢辻さん。薫に無理やり引っ張ってこられたんじゃない? 僕もよく被害に合うんだ」
棚町「アンタ、さっきまでの態度はどこ行ったのよ……」
絢辻「ううん。私も棚町さんに誘ってもらって嬉しかったから……」
棚町「ほら見なさい」
梅原「かー! 優しいこと言うぜ絢辻さん!」
橘(絢辻さんと一緒に過ごす夜か……ここは気合を入れていかないとな!)
梅原「――そういえば棚町。この部屋の他の女子たちはどこ行っちまったんだ?」
棚町「ああ、アンタたちが来るって言ったら逃げて行っちゃったのよ」
梅原「なにー!」
田中「人気無いんだね~」
橘「やっぱり変な噂が……」
棚町「うそうそ冗談よ。あの娘らはねー、他の男子に用があるんだってさ」
梅原「なんだ」
橘「それで梨穂子と香苗さんを誘ったってわけか」
香苗「――あれ、橘君。今桜井のこと呼んだー?」
梨穂子「え? 純一、なに?」
橘「あ、ううん、なんでもないよ」
梨穂子「そう? あ、生八ツ橋あるよ~。食べる?」
橘「ああ、一個もらうよサンキュ。――だけど梨穂子、その横に置いてある大量の包みは……」
梨穂子「あ~これ~? お菓子だよ~。いっぱいあるからみんな食べて食べて~」ガサガサ
絢辻「あ、ありがとう。でもすごい量ね……」
田中「わ~い!」
橘(梨穂子のお菓子は和菓子とスイーツってところか。薫のは
スナック菓子がメイン……こっちも選り取り見取りだな)
棚町「さっきお風呂場で会った時桜井さんたちに声を掛けてね、二人を誘っておいたの」
梅原「グッジョブ棚町!」グッ
田中「グッジョブ薫!」グッ
棚町「フフン、まあね」
橘「……でも梨穂子。これ誰かへのお土産だろ? 頂いちゃっていいのか?」
梨穂子「うん。これはその……自分用というか……」
橘「じ、自分用って、これ全部一人で食べる気だったのか……?」
梨穂子「違うよ~! これには理由があって」
橘「理由?」
梨穂子「茶道部の先輩にね、『京都にはおいしいお茶菓子がたくさん
あるから、しっかり味わってこい』って言われたの。
だからこれは茶道の勉強なんだよ!」
橘「茶道の勉強ねえ……」
香苗「それにしたって買いすぎよねー?」
梨穂子「香苗ちゃ~ん……」
棚町「桜井さんの勉強用なのに、私たちも食べちゃっていいの?」
梨穂子「うん。さすがにこれ全部一人では食べきれないし、それに食べた感想を
聞かせてもらえれば、創設祭に茶道部で出すお茶請けの参考にもなるから。
だからどんどん食べて~」
田中「わ~い、いただきま~す!」
棚町「さっすが桜井さん! あたしのお菓子もじゃんじゃん食べてねー」
梨穂子「ありがと~」
梅原「フムフム、美味いなこれ!」
梨穂子「あ、そうだ。みんなよかったら創設祭の時
茶道部に遊びに来て~。お茶とか甘酒を振る舞う予定だから」
田中「私絶対行く~」
橘(そうか、創設祭か。今年はどうしようかな……)
絢辻「……」
橘「……絢辻さん? どうかした?」
絢辻「あ、ごめんね、なんでもないの。――桜井さん、私もお菓子頂くね?」
梨穂子「どうぞどうぞ~」
~~~~~~
橘(あれだけあったお菓子がみるみる減っていくな……恐るべし女子! しかし……)
香苗「絢辻さんって髪キレイだねー」
梨穂子「本当だ~」
絢辻「そうかな? ありがとう」
棚町「あー羨ましい!」
田中「触ってみてもいい?」
ワイワイ キャピキャピ
橘(なんて素晴らしいんだ女子!)
梅原「……なあ大将、俺たち明日死ぬのかもな」
橘「おい、不吉なこと言うなよ」
梅原「スマンな。でもよ、幸せ過ぎて頭がどうにかなっちまいそうだぜ」
橘「その気持わかるよ。――今僕たちが座っている布団に、
後で女の子たちが無防備な姿で寝るんだなって考えると……」
梅原「ああやめてくれ大将!」
橘(背徳的な妄想がとまらないよ!)
~~~~~~
香苗「――ねえ、梅原君たちは明日の班別自由行動、どこ行くの?」
梅原「自由行動? ああ、俺たちはまず銀閣寺に行くつもりさ」
香苗「いいわね、銀閣寺」
梅原「香苗さんは? 桜井さんと一緒の班なんだろ?」
香苗「うん。私たちは嵐山方面をまわろーかなーって思って。でもっ、
銀閣寺もいいわよね。行きたかったなー」
梅原「逆方向だもんな」
香苗「うん、残念。はは……」
橘「絢辻さんの班はどこに行くの?」
絢辻「うちの班は金閣寺とか、北野天満宮とかかな」
棚町「あっ、勉強の神さまがいるところね!」
絢辻「うん。やっぱり来年は受験だもの、しっかり神頼みしておかないと」
棚町「絢辻さんなら神頼みなんてしなくても大丈夫よー」
絢辻「ふふ、ありがとう。棚町さん」
橘「そういえば絢辻さん、お寺とかが好きなんだよね?」
絢辻「ええ。私お寺や神社にいるとなんだか心が落ち着くの」
橘「へえ」
田中「でも昨日からずっとお寺続きだよ、飽きないの?」
絢辻「飽きたりは、しないかな。お寺ごとに様々な魅力があるもの」
田中「私には全部同じに思えるよ……」
棚町「金閣寺のいいところは? やっぱり金ピカーって感じ?」
絢辻「金閣寺の魅力、そうね…………
あんなに美しいものが全部燃えて灰になっちゃったところ、かな……?」ボソッ
棚町「……えっ?」
橘「……」
田中「……」
梅原「……」
梨穂子「?」
香苗「…………そ、そんな感じの小説あったよね? 三島由紀夫? だっけ『金閣寺』」
絢辻「あっうん! そうなの、この間その小説を、読んだの!
舞台になった場所を実際に見てみたくて」
棚町「……あ、なんだそういうこと」
梅原「いきなりだったんでビックリしちまったぜ」
絢辻「こ、言葉足らずでごめんねっ?」
橘「き、気にしないで! ……あー、薫は? 自由行動、どこ行くんだ?」
棚町「あっ、あたしたちはねえ――」
田中「よくぞ聞いてくれました橘君!」
橘「……田中さん?」
田中「我が班の自由行動の内容は、『田中恵子プレゼンツ・京都弾丸縁結びツアー』です!」
梅原「……なんだ、そりゃ?」
田中「京都にひしめく数多のお寺。その中でも特に
縁結びに御利益のある寺だけを、明日は片っ端からまわるの!」
梅原「……へえ」
橘「どうしたんだ、田中さん?」ヒソヒソ
棚町「最近恋愛がらみの話だと、こうなのよ」ヒソヒソ
田中「明日は縁を結んで結びまくるよ~!」
梅原「でもそれだとよ、行った先々の縁結びの神さまが
一斉に男を連れてきて、大変なことになるんじゃねえのか?」
田中「……えっ?」
橘「お、おい、梅原」ヒソヒソ
梅原「やべっ、マズったか?」ヒソヒソ
田中「……」
棚町「……恵子?」
田中「……それは、困っちゃうね!」ガッツポ
橘「御利益があるといいね」
~~~~~~
棚町「トランプでもしましょうか」
田中「私ダウトがいい~!」
梅原「おっ、いいねえ」
香苗「梅原君弱そー」
梅原「フフン、甘く見てもらっちゃあ困るぜ?」
棚町「それじゃ、カード配るわよー」
~~~~~~
梨穂子「私からだね~。よ~し、負けないぞ~。――1!」
香苗「2」
絢辻「3」
田中「4」
棚町「5」
梅原「ダウトー!」
棚町「はい、残念でしたー」クルッ
梅原「なにー!」
田中「やっぱり弱いみたいだね~」
香苗「女心がわからないんだねー」
梅原「バカなっ!」
棚町「そんな女心がわからない梅原君には、はいカードどうぞー」ドサー
梅原「うう……」
橘(女心とダウトになんの関係が……? しかしダウト失敗しただけであんなに罵られるのか……)
橘(梅原のやつ羨まし――いや可哀想に。これは楽し――いや気をつけないとな!)
梅原「気を取り直して行くぜ――6!」
橘「7」
梨穂子「8」
香苗「9」
絢辻「10」
橘「……ダウト!」
絢辻「……」
橘「……絢辻さん?」
絢辻「うーん残念、当てられちゃった」クルッ
棚町「おー、純一アンタやるじゃない」
梅原「大将、お前女心がわかるのか?」
橘「ははは、まかせてよ!」
~~~~~~
橘「5」
梨穂子「6」
香苗「7」
絢辻「8」
橘「ダウト」
絢辻「……」クルッ
梅原「……スゲーな大将。また当てたぜ」
棚町「しかも絢辻さんの時ばっか何回も何回も……」
橘「ははは……なぜか絢辻さんが嘘をついてる時、ピンとくるんだよね……」
絢辻「へ、へえ……」
棚町「調子乗り過ぎ。絢辻さん怒っちゃうわよ?」
絢辻「ううん、たかがゲームだもの。気にしないわ」
橘「ダウト! ――な、なーんちゃって。はは……」
絢辻「…………」
棚町「バ、バカッ!」
橘「ご、ごめんね? 絢辻さん」
絢辻「…………へえ」
橘「あ、絢辻さん?」
絢辻「……ふふっ、橘君ってとーっても面白い人なのね」ゴゴゴゴゴゴ
橘(絢辻さん、笑顔なのになんだか物凄い迫力を感じるよ!
……ここはきちんと謝っておいたほうが良さそうだな)
橘「ほ、本当にごめんね、絢辻さん。僕少し調子に乗ってたよ」
絢辻「ううん、いいのよ橘君。あたし、ちっとも気にしてないから」ゴゴゴゴゴゴ
橘(やっぱり笑顔が恐い!)
棚町「絢辻さんやさしーのねえ」
梅原「まったくだぜ!」
田中「でもすごいね~橘君。まるで絢辻さんの心の中がわかるみたい」
絢辻「!」
棚町「ち、ちょっと恵子。なに言ってんのよー」
梨穂子「……」
橘「もう勘弁してよ、田中さん……」
絢辻「……もうやだなあ、田中さんったら」ゴゴゴゴゴゴ
田中「あっ、ごめんね~?」
香苗「さっ、ゲームの続きやりましょ」
橘「そ、そうだね!」
田中「よし、次は私ね~――」
梨穂子「……」
棚町「……」
~~~~~~
田中「あの神社のお守りはすごい効くんだって~」
絢辻「へえ、そうなの」
橘(トランプではひと波乱あったけど、絢辻さんも怒っていないみたいでよかった)
香苗「それでねー――」
梅原「なるほどねえ――」
橘(梅原の奴いつの間に香苗さんとあんなに親しく! 僕もそろそろ
女の子たちの好感度を上げていかないとな!)
???「コラ~、もう消灯時間過ぎてるわよ~!」
橘「え?」
絢辻「大変、今の声高橋先生かしら?」
棚町「隣の部屋っぽかったわね」
梨穂子「え~! 大変だよ~!」
梅原「こりゃやべえな、大将」
橘(これからって時なのに!)
棚町「女子はともかく、男二人は逃さないとマズイわね」
絢辻「そんな時間ないわ! 隠さないと」
高橋「さっさと寝なさいよ~」バタンッ
田中「もうこっち来ちゃうよ!」
絢辻「電気を消して、女子は布団に!」
パチッ
橘「僕たちは?」ヒソヒソ
絢辻「二人は押入れに隠れて! 早く!」ヒソヒソ
スッ
橘「わかったよ。――あ痛」ドンッ
梅原「何立ち止まってんだ、早くしろ!」ヒソヒソ
橘「ごめん、でも何かにぶつかっちゃって」ヒソヒソ
梅原「いいからさっさと入れ!」ヒソヒソ
スッ
橘(どうか見つかりませんように……)ドキドキ
スパーン
高橋「お~い、やってるか~? な~に~この部屋、真っ暗ねえ?」フラフラ
橘(……なんだ? 高橋先生、様子がおかしいな?)
高橋「まったく、景気悪いわねえ。修学旅行なんだから
もっとパ~ッとやりなさいパ~ッと~!」フラフラ
橘(もしかして高橋先生、酔っ払ってるのか?)
高橋「青春は一度きりだぞ~!」ヒック
橘(間違いない、酔っ払ってる! しかもベロンベロンだ!)
高橋「私が高校生の時はそりゃあもうすごかったんだから~」クドクド
橘(なんか語りだしたぞ? 早く行ってくれないかなあ……押入れの中は窮屈だよ……)
高橋「――しっかりと捕まえておくことが大事なんだぞ~! いいか~!」クドクド
橘(それにしても、なんだかこの押入れの中はいい香りがするなあ?
まさか梅原の匂いじゃあるまいし……)スンスン
橘(まるでお風呂あがりの女の子のようなにおやかさ……)クンクン
橘(甘くて、でもどこか大人の上品さを感じさせるこの香りは……)
橘(なんてこった! これは、僕が好きなシャンプーの匂いランキングナンバーワン、
『アネカミ』の匂いじゃないか!)ガタッ
橘(……でもなんで押入れの中がアネカミの匂いで満ち溢れてるんだ?)
橘(あれは普通の高校生じゃちょっと手が出しにくい女性用高級シャンプー)
橘(梅原が使ってるわけがないし、使ってたら嫌だ)
橘(誰かのシャンプーボトルが置いてある――ってわけでもないみたいだな)ゴソゴソ
梅原「おい大将、静かにしろって」ヒソヒソ
橘「あ、ああ、スマン」ヒソヒソ
橘(高橋先生を除いて、今この部屋にいる女子たちの中に、アネカミの使用者はいない)
橘(なぜならさっきトランプで遊んでいた時に、
席を替わるのにまぎれてみんなのシャンプーの匂いはチェック済みだから)
高橋「男と若さは、失ったら取り戻せないのよ……」シクシク
橘(すると僕と梅原が入る前に、アネカミ使用者が押入れの中に潜んでいたのかな?)
橘(……いやいや流石にないな。意味不明だよ)
高橋「どんな手を使ってでも、幸せを掴みなさい!」
橘(大方他の男子のところに行ったっていう、この部屋の女子がアネカミを使ったんだろう)
橘(とにかく今は、この甘美な残り香だけでも満喫することにしよう……)スーハー
高橋「後悔してからじゃ、遅いのよ! いいわね!」
ピシャッ
~~~~~~
パチッ
絢辻「二人とも、もう出てきてもいいわよ。ごめんね、狭かったでしょう?」スッ
梅原「いや、あの場合しょうがねえよ。それより助かったぜ、絢辻さん」
絢辻「……まあバレなかったみたいでなによりだわ。――橘君? もう出ていいわよ?」
橘「あ、うん。今出るよ」スーハー
絢辻「?」
梅原「しかしなんだったんだ、ありゃ?」
絢辻「高橋先生、お酒弱いから……」
棚町「面白いを通り越して、なんだか悲しかったわね……」
香苗「でもちょっと良い事言ってる気がしたなー。ねー桜井?」
梨穂子「えっ? う、うん、そだね……」
棚町「なんにせよラッキーだったわ。――さてと、助かったところでそろそろお開きにしますか」
絢辻「そうね」
梨穂子「あ、お片付けしなきゃね~」
棚町「そう? 助かるわ」
橘「……なあ薫」
棚町「なによ?」
橘「あのさ――」ゴニョゴニョ
棚町「押入れの上段にシャンプー? なに言ってんのよアンタ?」
橘「いいから見てくれよ」
棚町「ったく。――そんなもんどこにもないわよ?」スッ
橘「そうか……」
棚町「バカなこと言ってないで、アンタもさっさと片付け手伝う!」
橘「ああ、わかったよ……」
~~~~~~
絢辻「それじゃあみんな、おやすみなさい」スタスタ
橘「おやすみ絢辻さん。――それじゃあ薫、おやすみ。誘ってくれてありがとな」
棚町「……」
橘「薫? どうかしたか?」
棚町「な、なんでもない、おやすみ!」バタンッ
橘「……なんだ、薫のやつ?」
香苗「梅原君、橘君。じゃ、おやすみー」
梅原「おお!」
橘「おやすみ。じゃあな、梨穂子」
梨穂子「……うん、おやすみ」パタンッ
橘(梨穂子まで……僕なにかしたかな?)
梅原「いやーそれにしても大将。いい夜だったな!」
橘「あ、ああ」
梅原「修学旅行最高だぜ!
女子たちともなんつーかこう、グッとお近づきになれたような気がするしよ」
橘「僕は逆に、女の子たちの評価を軒並み下げた気がするよ……」
梅原「そうか? まあそんなに気を落とすなよ。――夜はまだまだこれからだぜ?」
橘「ま、まさか……」ゴクリ
梅原「お宝本鑑賞会なんて、どうだ?」
橘「いいな! やろう、ぜひやろう!」
梅原「フフン、今夜は寝かさねえぜ、大将?」
続きは明日にします
寝かさねえぜ(意味深)
なんかもう紳士がリア充過ぎて辛い
俺の修学旅行の思い出に女の子が登場する事は無いぜ!
まぁ当時K的中二病真っ盛りで女子避けてたんだけれども
読んでくれている人がいて嬉しい…
再開します
【3日目 自由行動 京都 下鴨神社境内】
棚町「えーとなになに、『賀茂御祖神社境内』……ほんとにココでいいのかしら?」
棚町「……でも行ってみるしかないわね、この先で恵子たちと会えるかもしれないし」
棚町「それにしてもツイてないわねー。まさか修学旅行中に迷子になるなんて」トボトボ
棚町「だいたい、いくら自由行動だからって一日中縁結びにしなくても
いいじゃない。あちこち結び目が絡まって、こんがらがるだけよ」
棚町「やっぱり反対するんだったなー。…………それにしても長っい参道ね、木ばっかりじゃないの」
橘「あれ、薫?」
棚町「えっ、ええ? じゅ、純一? ……なんでアンタがここにいんのよ!」
したらばから
期待
橘「自由行動のコースなんだよ。ていうかお前、どうして一人でこんなとこ歩いてるんだ?」
棚町「うっ、それは……」
橘「それは?」
棚町「それは……てかよく見たらアンタも一人じゃないの! 梅原君たちは?」
橘「ああ……それが、実は僕班のみんなとはぐれちゃって」
棚町「……つまり、アンタも迷子ってわけね」
橘「『も』ってことは、やっぱり薫もか」
棚町「わかってんだったら、最初から聞かなきゃいいじゃない!」
橘「いや、でも、高校生は迷子にならないだろ。普通」
棚町「じゃあアンタは異常ね」
橘「お前もな」
橘・棚町「…………はあ」
>>73
サンクス
~~~~~~
棚町「――つまり妹さんへのお土産を探していたら、
いつの間にか梅原君たちとはぐれてしまった、と」
橘「ああ。はぐれたのに気がついてから慌ててみんなを探しまわったんだけど、
結局見つからなくってさ。仕方がないから班の次の目的地に行けば
合流出来るんじゃないかと思って、こうして一人でやって来たってわけさ」
棚町「ドジねーアンタ」
橘「うっ。……そういう薫はなんで一人なんだよ?」
棚町「あたし? あたしはねえ、お昼食べた後にふらふらーっとしてたら、
なんかみんないなくなっちゃってたのよ」
橘「僕とたいして変わりないじゃないか!」
棚町「高校生にもなって迷子になるなんて、恵子たちにも困ったものよね」
橘「迷子になったのはお前だろ!」
棚町「アハハ、そうだっけ?」
橘「そうだっけ? じゃないよまったくもう。
――探しものは見つからない、梅原たちとははぐれる、電車もバスも
ゴチャゴチャしててよくわからないから歩きまわって、もうクタクタだよ」
棚町「あーもう、グダグダ言わない! 男でしょ! ――見てみなさいよ、
ずーっと向こうまで木立が続いてて、中々素敵なところじゃないの」
橘「まあ、確かに」
棚町「深呼吸でもしてみたら? マイナスイオンのパワーでリラックスできるわよ」
橘「マイナスイオン?」
棚町「やだアンタ、知らないの? 今話題なのよー。滝とか森の周辺には
マイナスイオンが豊富で、健康にもいいんですって」
橘「ふーん」スーハー
棚町「どう? リラックスできたっしょ?」
橘「うーん、そうだな……なんとなく頭がスッキリしたような」
棚町「ほら見なさい! よーしそれじゃあ気を取り直して、レッツゴー!」スタッ
橘「お、おい待ってくれよ薫」スタスタ
橘(マイナスイオンか、初めて聞いたな)
橘(それにしても薫のやつ、こんな状況だっていうのに、普段とちっとも変わらないんだなあ……)
~~~~~~
橘「そういえば薫、薫たちの班は自由行動、『縁結びツアー』なんだろ?
下鴨神社に縁結びの御利益なんてあるのか?」
棚町「んーあたしもね、恵子に聞いただけだから詳しくは知らないんだけど、
今いるこの境内のどこかに『相生社』っていう有名な縁結びの社があるらしいのよ」
橘「ふんふん」
棚町「そんでね、その隣には、二本の木がひとつに結ばれた『連理の賢木』って呼ばれる
御神木もあるんですって。つまり、それがあたしたちの班の目的地ってわけ」
橘「ふーん。まあこの森には、そんな神さまがいてもおかしくない雰囲気はあるかもな。
風が葉っぱを揺らす音なんか聞いてると、いかにもって感じで」
棚町「もしかしたら、本当に神さまがいるかもしれないわよ?」
橘「じゃあこの広い森のどこかに、縁を結ぼうとする神さまと、
それを求める田中さんが蠢いてるってわけか」
棚町「ふふっ、そのはずなんだけどね。……今のところ、両方共影も形もないわね」
橘「梅原たちの姿も見えないし、このまま合流できなかったらどうしよう……」
棚町「まあその時はさ」
橘「その時は?」
棚町「仕方がないから、この後もあたしたち二人で楽しみましょうよ」
橘「そんなことしていいのかな?」
棚町「あら、こんな美少女とデート出来る機会を、アンタみすみす逃す気?」
橘「どこに美少女がいるって?」キョロキョロ
棚町「ここ、ここ」
橘「僕にはさっぱり見えないな。……まっ、一人でいたってつまんないし、
それに僕一人じゃ無事に宿まで帰れるか心細いからな、付き合うよ」
棚町「よし、じゃあ決まりね」
橘「ああ」
~~~~~~
橘「なあ薫、薫が探してたのってあれじゃないのか? 『えんむすびの神』って看板出てるぞ!」
棚町「ほんとね、行ってみましょう! ――うん、これよこれ! 相生社!」
橘「じゃあこの隣にある木が……」
棚町「連理の賢木ね」
橘「へえ、これが……」
棚町「こっちが見つかったのはいいけど、肝心の方がね」
橘「田中さんたち、いないみたいだな」
棚町「まだ来てないのかしら? それとも……」
橘「少しここで待ってみたらいいんじゃないか? どのみち田中さんたちが先に
来てたんだとすれば、もう追いつくのは難しいだろうし」
棚町「それもそうね」
橘「ここにいれば、梅原たちも通りかかるだろうしな」
~~~~~~
棚町「……」
橘「……」
棚町「暇ね」
橘「ああ」
棚町「……」
橘「……」
棚町「ねえ、なにか芸でもやってよ」
橘「なんで僕が……縁結びでもしたらいいんじゃないか?」
棚町「縁結び?」
橘「元々その予定だったんだろ?」
棚町「そりゃそうだけど……そうだ、アンタもやりなさいよ。ついでだし」
橘「えっ? ぼ、僕はいいよ……」
棚町「なんでよー?」
橘「縁結びとか、好きじゃないんだよ」
棚町「わかった。縁結びしても彼女が出来なかったら、悲しいもんねー」
橘「ち、違うよ! わかった、やるよ。やればいいんだろ? まったく」
棚町「へへ、そうこなくっちゃー」
~~~~~~
橘(なになに、まず絵馬に願い事を書くのか……なんて書こう? 願い事か……)
橘「よし、こんなもんかな」
棚町「書けたの? 見せて」チラッ
橘「お、おい。見るなよ!」
棚町「いーじゃない、減るモンじゃあるまいし」
橘「じゃあ先にお前のを見せてみろよ」
棚町「あら! 乙女の秘密を覗き見しようだなんて……とんだ変態ね」
橘「だーれが乙女だ」
棚町「まあ大方『クリスマスまでに彼女が欲しいー』とか
そんなんでしょ? ここ縁結びの神さまなんだし」
橘「……そりゃ、一応な。大体ここまで来て『サラサラストレートヘアーに
なりますように』とか書いてたら、おかしいだろ」
棚町「それは誰の願い事かしら?」ガシッ
橘「く、首を絞めるな、息が!」
橘(でも背中に感じるこの柔らかい感触は! ……ってそんなこと考えてる場合じゃない!)
橘「タンマタンマ! スミマセンデシタ! カオルサマ……」
棚町「ったく。わかればいいのよ、わかれば」
橘「はあ……苦しかった」
棚町「それじゃ、さっさとお参り済ませちゃいましょ。
次はこの絵馬を持ってお社の周りをぐるぐる回るんですって」
橘「そんなことするのか!」
棚町「そこで貰った手引書に、そう書いてあるもの。さっ、行きましょう。善は急げよ」スタスタ
橘「あ、ああ」スタスタ
~~~~~~
棚町「えーと次は、『お社の前で二礼二拍手一礼』ですって」
橘「縁結び一つに随分と手間がかかるんだな、この神社」
棚町「んーでも、その方が御利益ありそうじゃない」
橘「まあ、言われてみれば」
棚町「でしょう? ――では」
棚町「…………」ペコ
橘「…………」ペコ
橘(……そういえばここは縁結びの神さまなんだから、薫の願い事も
当然恋愛のことなんだよな? ……薫に彼氏か。……うーん、あんまり想像つかないな)
棚町「……一、純一!」
橘「……ん、なんだよ薫」
棚町「なんだよじゃないでしょ? どしたの、ボケーッとして」
橘「いや、なんでもないよ」
棚町「そう? ちゃんとお参りはした?」
橘「あ、うん」
棚町「そっ。じゃあ次は『連理の賢木に結わえてある綱を二回引く』ですって。それで終わりみたい」
橘「――綱ってこれのことか? でもこの綱二本あるぞ? 左右に一本ずつ」
棚町「えーとちょっと待ってね。……ふんふん、『男女の場合は両側から引く』んだって」
橘「ああ、なるほど。じゃあ僕は左にするよ」
棚町「で、あたしが右ね。――用意出来た?」
橘「ああ!」
棚町「じゃ、せーの!」シャンシャン……
橘「――よし、これでお終いだな」
棚町「んー、なんだか達成感があっていいわね、これ」
橘「……ところでさ薫、ちょっと気になったんだけど」
棚町「ん、なにー?」
橘「僕たち今、最後のお参りを一緒にやったろ?」
棚町「うん、それが?」
橘「この場合、『僕たち二人の縁』を結んだことになるんじゃないのか?」
棚町「…………え?」
橘「だからさ、これだと僕と薫の……」
棚町「えええええー!」
橘(ああ、やっぱり薫も気がついてなかったのか……)
棚町「で、でも、『男女の場合は』って手引書に書いて……」
橘「もしかしてそれ、『カップルの場合は』ってことなんじゃないか?」
棚町「あ……うう……」
橘「……やれやれ、また早とちりか」
棚町「アンタも気づいてたんなら言いなさいよ!」
橘「僕も終わってから気がついたんだよ……」
棚町「うう……」
橘(なんだか結構動揺してるみたいだな、薫のやつ
……そんなに嫌だったのかな? ちょっとショックだよ……)
橘「でもまあ、気にすることないよ、薫」
棚町「……えっ?」
橘「よく考えてみろよ、僕と薫は元々縁が結ばれてるようなもんじゃないか」
棚町「えっ? ……じゅ、純一まさか、それって……」ドキッ
橘「だってそうだろう? 僕たちはすでに『腐れ縁』って縁で結ばれてるじゃないか」
棚町「…………は?」
橘「腐れ縁の悪友。神さまだって、僕たちの関係くらい
わかってるさ。だからそんなに心配しなくても……」
棚町「……」
橘「薫?」
棚町「……あ、うん。そ、そうよね! 腐れ縁、腐れ縁! もう、脅かさないでよね!」アタフタ
橘「うん? まあだからあんまり気にすることないよ。それに、たかが縁結びなんだし」
棚町「べ、別にあたしは気にしてなんか!」
橘「その割に顔が真っ赤だぞ」
棚町「これは色々動き回ったから!」
橘「もしかして、僕とカップルになってるところを想像しちゃったとか?」
棚町「ぅ…………///」
橘(……え、もしかして恥ずかしがってる、のか? ウソだろ? まさか本当に……)
橘(……あれ、どうしたんだろう? なんだか急に薫のことが可愛く見えてきたような……)
棚町「そんな訳ないでしょうが! なに言ってんのよ!」
橘「だ、だよな! あはは……。ごめんごめん」
棚町「ったく、ばっかじゃないの?」
橘「悪かったよ、珍しくうろたえてる薫を、ちょっとからかってみたくなったもんだから」
棚町「大体あたしたちは――」
???「おーい、薫ー!」
橘・棚町「――!」
棚町「恵子? 違うの今のは!」アタフタ
橘「そうだよ田中さん、これは僕の悪ふざけで!」アタフタ
棚町「…………恵子?」
橘「誰もいないな……」キョロキョロ
棚町「今の声、確かに恵子のだったわよね?」
橘「たぶん、そうだったと思うんだけど」
棚町「だってあたしの名前を呼んだのよ? 恵子ー? いるんだったら出てきなさーい!」
橘「……本当にいないみたいだな」
棚町「じゃああの声は一体……。まさか、恵子の怨霊?
先に縁結びをしちゃったあたしたちに、恨みを抱いてるのかも」
橘「お前は田中さんをなんだと思ってるんだよ! ……聞き間違いかなにかだろ?」
棚町「……まあ、あんまり釈然としないけど、そういうことにしときましょうか。……疲れたわ」
橘「僕もだよ、その辺少しで休むか」
棚町「そうね」
橘(田中さんの声が聞こえた気がしたんだけどなあ……)
橘(薫が可愛く見えたり、僕に気があるように思えたのも、勘違いだったのかな?)
橘(ホッとしたような、残念なような……)
神は言っている…薫ルートに行くべきだと…
~~~~~~
10分後
田中「あ~、いたいた! 薫~!」
棚町「……恵子」
田中「あっ! 橘君もいる!」
橘「やあ田中さん……。ひょっとしてその後ろにいるのは」
梅原「よう大将! 探したぜ?」
橘「梅原! 班のみんなも」
棚町「どうして梅原君たちが?」
田中「薫がいなくなちゃった後に、班のみんなと薫のこと探してたんだけど、
その時同じように橘君を探してた梅原君たちと会って」
橘「それで……」
田中「聞けば目的地もほぼ一緒だし、そこに行けば二人も
見つかるかもしれないって思ったから、合流したの」
棚町「なるほどね」
田中「そんな呑気に! 探したのよ? 二人とも」
棚町「ごめんね? ついボーっとしてて」
橘「僕も、反省してます……」
田中「まったくもう……」
梅原「まあまあ田中さん、無事見つかったんだから、その辺にしといてやんなよ」
橘「梅原……」
梅原「修学旅行中だって、少しは夫婦水入らずで過ごしたかったんだろう? わかるぜ、その気持ち」
棚町「なっ!」
橘「違う、誤解だ!」
梅原「ああ、大将。お前が遠くに感じるぜ……」
田中「そうだったの?」
棚町「たまたまよ、たまたま!」
梅原「隠すなよ? 自由行動中にこっそり抜け出して、二人で落ち合う計画だったんだろ?」
橘「違うって言ってるだろ! 迷子になってる時この参道で、偶然会っただけだよ!」
田中「ほんと~?」
棚町「本当よ! なんであたしが純一と」
田中「ふ~ん」ニヤニヤ
梅原「二人が揃ってたもんだから、つい深読みしちまったぜー」ニヤニヤ
橘「勝手な行動して悪かったよ、だからもう勘弁してくれ……」
梅原「わかったわかった」
田中「――じゃ、薫。行きましょ?」
棚町「行くって何処に?」
田中「決まってるでしょ、縁結びよ、縁結び。――橘君もどう? 男子もみんなするって」
橘「あっ、僕は……」
棚町「……ごめん恵子。あたしもう、済ませちゃった、縁結び。……その、純一と……」
田中「へ~え」ニヤニヤ
梅原「お熱いこって」ニヤニヤ
棚町「だっ、だから違って言ってるでしょうが!」
【旅館 ロビー】
梅原「着いた着いた!」
橘「くたびれたな」
梅原「おいおい、くたびれたのはこっちだぜ? お前を探すのに、俺たちゃ随分苦労したんだからよ」
橘「あ、そうだったな……ごめん」
梅原「しかも、棚町とデートしてるとはよう」
橘「あ、あれは事故みたいなものだって」
梅原「そうかい?」
橘「そうだよ」
橘(でももし、あのまま梅原たちと遭遇しないままだったら、
下鴨神社のあとも、薫と二人きりで半日行動出来たんだよな……)
橘(ちょっと惜しいことしたかな? ……いやいや、何を考えてるんだ僕は!)
橘(それにしても、あの謎の声はいったい何だったんだろう?)
橘(田中さんに聞いみても、知らないって言うしな)
追いついた
男子校出身だけど俺の時の修学旅行はもっとこう…
梅原「お、桜井さんたちだぜ」
香苗「やほー」
梨穂子「やほ~、おかえり純一。自由行動楽しかった?」
橘「ああ、それなりにな」
梅原「それなりどころじゃ…………あ、いやこいつ、迷子になってよ、探すの大変だったぜ」
香苗「えー、ほんとに?」
橘「あ、うん……。少しボーっとしててさ。あはは……」
梨穂子「でもちゃんと見つけてもらえたんだ?」
橘「なんとかな」
梨穂子「なら良かったけど」
梅原「世話がやけるぜ」
橘「悪かったよ」
梨穂子「でも私、こんな都会で迷子になったりしたら、旅館まで辿りつけないまま死んじゃうよ……」
香苗「いやーそれは……」
橘「はは……僕も危なかったよ。バスや電車に乗ろうと思っても、
路線図がゴチャゴチャしてて、どうなってるのかさっぱりわからないし」
梨穂子「ああ~、あれ見ると頭がこんがらがっちゃうよね~。
私も全然だから、香苗ちゃんにおんぶにだっこだったよ」
香苗「でも桜井のおかげで、美味しいものいっぱい食べられたからね」
橘「今日も『茶道の勉強』だったのか。……あんまり食べ過ぎるなよ?」
梨穂子「こ、これは茶道部員としての義務だよ! だから仕方ないんです!」
橘「義務ねえ」
香苗「桜井はお夕飯抜きね」
梨穂子「そんなあ、香苗ちゃん……」
香苗「冗談よ。さて、もう部屋に戻ろ? 足がくたくたよ」
梨穂子「そだね、じゃあ二人ともまたね~」パタパタ
橘「ああ、またな」
梅原「……なあ、大将。物は相談なんだがよ」
橘「なんだよ?」
梅原「どうよ、今夜も天国の扉を叩いてみねえか?」
橘「天国って……! じょ、女子部屋に行くのか?」ソワソワ
梅原「おうよ。昨夜のメンツ辺りにまた声掛けてみて……な?
お楽しみの続きといこうじゃねえか」ヒソヒソ
橘「……悪くないな」
梅原「じゃ、決まりだな」
高橋「あーら、橘君に梅原君。こそこそしちゃってなんの相談かしら?」
橘「た、高橋先生……」
梅原「な、なんでもないっすよ」
橘「そうそう……それでは……」スタスタ
高橋「待ちなさい?」
橘「えっ?」
高橋「あなた達二人には、これから就寝時間まで、みっちり特別補習を受けてもらうから」
梅原「はい?」
橘「なんで、僕たちがそんなことを?」
高橋「あーら、いやだ。わかってるでしょ? 昨夜は……大層お楽しみだったらしいじゃないの?」
橘「なんでそれを!」
梅原「バカ!」
高橋「昨夜、あなた達が女子部屋のあるフロアに忍び込んで、
こそこそと怪しい行動をとっていたと、報告があってね」
梅原「な……」
高橋「修学旅行だからってはしゃぎ過ぎている二人には、
たーっぷりとお灸を据えてあげる必要があるみたいね」ゴゴゴゴゴ
橘「そんな……」
高橋「わかったかしら?」
橘・梅原「……はい」
橘(さようなら、僕の天国……)
【4日目 夜 大阪 天保山ハーバービレッジ】
梅原「嫌になるくらいカップルだらけだな、ここは」
橘「デートスポットらしいからな、当たり前だよ」
橘(潮風を感じながらショッピングモールでは買い物を楽しめて、さらに水族館や
観覧車まであるなんて、至れり尽くせりだな。――まあ僕には関係ないか)
梅原「しかしこうしてよく見ると、うちの学校の連中も男女で
ひっついてるのが多いじゃねえか。けっ、どいつもこいつも浮かれやがって」
橘「修学旅行最後の夜、そして自由時間。そりゃ誰だって多少は浮つくさ」
梅原「赤い糸をたぐり寄せるのに、必死ってわけだ」
橘「だな」
梅原「――どれ、俺もいっちょ行ってみっかな」
橘「僕も行くよ」
梅原「おっと、悪りいがこっからは別行動な」
橘「なんでだよ?」
梅原「お前と一緒だと……どうも、おいしいとこ取りと言うか……
お前に女の子を持ってかれる気がしてよ」
橘「そんなことないだろ」
梅原「いや、まあともかくだ、俺は俺で主役になれるよう
見えない所で頑張るから、大将も頑張れよ。
――清水の舞台から飛び降りられるようにな。じゃな」スタスタ
橘「あ、ああ……」
橘(行ってしまった。……僕はどうしよう? その辺を適当にぶらついてみるか)
絢辻さんチクったのか…
~~~~~~
橘(――あれ、あの後ろ姿は……絢辻さん、だよな? 観覧車の前に佇んで、なにやってるんだろう?)
橘(観覧車を見上げてるのかな? なんとなく元気なさそうに見えるのは、僕の気のせいだろうか……)
橘(どうしよう、声をかけてみるべきか、否か……)
橘「あ、あの、絢辻さん?」
絢辻「橘君?」
橘「えーと、こんなところでなにしてたの?」
絢辻「え? その……ただ観覧車を眺めてただけ、かな」
橘「そうなんだ。綺麗だよね、その、光ってて」
絢辻「ふふっ、そうね」
橘「巨大なクリスマスツリーに見えないこともないよね!」
絢辻「それは……ちょっと大きすぎるんじゃない?」
橘「あ、そうだよね! あははは……」
橘(これじゃなんか僕、凄くバカっぽくないか?)
絢辻「橘君、私に何か用だった?」
橘「あ、ううん。――ただ、どうかしたのかなーって思って……」
絢辻「……そう?」
橘(『いつもと違う雰囲気に見えたから』なんて、恥ずかしくて僕にはとても言えないな……)
橘「絢辻さんは、観覧車には乗らないの?」
絢辻「……うん、私はいいかな。こうして眺めているだけで、充分だから」
橘「そうなんだ」
絢辻「……」
橘「……」
橘(マズい! このままだと会話が終わってしまう。……なにか、打開策は……)
橘「あ、あのさ、絢辻さん――!」
全く…続々とフラグを壊して回る田中さん似の声の人なんて…
一体、田何Bさん何だ…?
~~~~~~
係員「それではどうぞ、ごゆっくり~」
バタンッ
橘(絢辻さんと観覧車で二人きり……)
橘(多少強引だったけど、まさかオッケーしてもらえるとは……。誘ってみるもんだな)
シーン
橘(……せっかくの機会だ、なにか話さなきゃ)
橘「修学旅行ももうすぐ終わっちゃうね、明日の今頃はもう家かな?」
絢辻「……」
橘「?」
絢辻「……そうね、なんだかあっという間だったわ」
橘「ずっと続けばいいのにね、修学旅行」
絢辻「うん、そうね」
橘(あれ、ひょっとして機嫌を損ねちゃったかな? なにかマズいこと聞いただろうか……)
橘「――うわ、もうこんな高いところまで上がってきてたんだね」
絢辻「ほんと――ここまで来ると、人がみんな蟻ん子みたいに
ちっちゃく見えちゃうわね。クラスの子たちも何人か見えるわ」
橘「下でデートしてる人たちを見て、さっき梅原がボヤいてたよ。
『みんな浮かれやがって』とか、『赤い糸をたぐり寄せるのに必死だ』とかって」
絢辻「その梅原君は?」
橘「たぶん、赤い糸をたぐり寄せるためにあちこち動き回ってるんじゃないかな」
絢辻「つまり、ナンパ?」
橘「うん。まあ結果はしれてるけどね」
絢辻「あら、そんなふうに言ったらかわいそうよ」クスクス
橘「はは」
絢辻「――でもそれだけみんな、一生懸命なのよね。幸せを求めて」
橘「梅原は特にね」
絢辻「そんなに頑張ってたら女子の人気が梅原君に集中し過ぎて、
クラスの人間関係がこんがらがっちゃうんじゃない?」
橘「梅原をめぐって、女の子たちの争いが起きる、ってこと?」
絢辻「そう。もしそんなことになったりしたら、大変よ?」
橘「絢辻さん、本当にそんな心配してる?」
絢辻「さあ、どうかしら。嘘だと思うんだったら、『ダウト』って言ってもいいわよ?」クスクス
橘「はは、勘弁してよ……」
絢辻「ふふふっ」
橘「あ、絢辻さん、後ろ、夜景が綺麗だよ」
絢辻「――本当ね。さすがに私たちの町とは違うみたい」クルッ
橘「冬になって雪が降ったりしたら、もっと綺麗なんだろうね」
絢辻「うん、素敵だと思うわ」
橘「絢辻さん冬は好き?」
絢辻「そうね、私クリスマスが好きだから」
橘「へえ、じゃあ創設祭とかも」
絢辻「ええ、楽しみよ。橘君は嫌い? クリスマス」
橘「うーん、嫌いじゃないけど……ちょっと苦手かな」
絢辻「あら、どうして?」
橘「べ、別にこれといった理由もないんだけどね。でも創設祭には、去年参加しなかったんだ」
絢辻「そうなの……今年は出てみたら? きっと楽しいわよ」
橘(えっ! それってもしかして、『一緒に創設祭まわりましょ』的な?)
絢辻「それに、一応学校行事よ?」
橘「そうだね、今年は出てみようかな!」
絢辻「え? ええ、そうね」
橘(あ、絢辻さんと二人で創設祭……!)
橘(もし本当にそうなったとしたら、最高のクリスマスだろうな……)
~~~~~~
ガチャ
係員「ご利用ありがとうございました」
絢辻「眺めも良くて、楽しかったわね」
橘「うん。観覧車って初めて乗ったけど、僕も楽しかったよ」
絢辻「初めてって……橘君、観覧車に乗ったことなかったの?」
橘「いや、その……実は僕、高い所がちょっと苦手でさ、
だからこれまで観覧車とかの類は敬遠してたんだ」
絢辻「……そうだったの」
橘「あはは……」
絢辻「でもそれなら、どうして私を観覧車に誘ったりしたの?」
橘「それは、その……絢辻さんが、本当は乗りたいんじゃないかと思って……」
絢辻「えっ?」
橘「あ、でも僕も乗ってみたかったというか! だけど一人で乗るのもあれだし!
あの、その……実際に乗ってみると中々いいものだね!」アタフタ
橘(若干足がフラフラするけど)
絢辻「……クスッ。ねえ、橘君ってなんだか――」
橘「絢辻さん?」
絢辻「……ううん、ごめんなさい。なんでもないの」
橘「そ、そう?」
絢辻「それじゃ橘君、私もう行くね?」スッ
橘「あ、うん……」
橘(ああ、やっぱりちょっと調子に乗りすぎたかな……)
絢辻「そうだ」クルッ
橘「?」
絢辻「誘ってくれてありがとう、橘君。――本当は乗りたかったの、観覧車」
ちょっとごはん食べてきます
代わりに食べておいたから続けろ
失礼しました、再開します
彼女ぐらいその気になればいつでもってか…
【5日目 空港】
高橋「じゃあみんな、集合時間までには必ず戻ること、いいわね?」
橘(関西とももうすぐお別れか)
橘(……やっぱり今日も、絢辻さんは元気なさそうに見えるな)
梅原「修学旅行も、もう終わりだな」
橘「梅原」
梅原「缶コーヒー、飲むか?」スッ
橘「ああ、サンキュ」
梅原「あっち行って座るか」
橘「そうだな。――なあ梅原、絢辻さんなんだけどさ」
梅原「絢辻さん? 絢辻さんが、どうかしたか?」
橘「うん、なんか元気ないと思わないか?」
梅原「……んー、そうか? 俺には普段とあんま変わんねえように見えたけど」
橘「そっか……」
梅原「……ふーん」
橘「ん?」
梅原「いやまあ、楽しかった旅行が終わっちまうんだ、誰だって嫌になるってもんだぜ。
俺だって家に帰ったら、店の手伝いやらなんやらが待ってんだからよ」
橘「大変だな」
梅原「つらいけど、仕方がねえさ。これが寿司屋の息子に生まれた宿命ってもんよ」
橘(そんなオーバーな……)
梅原「それより大将、森島先輩へのお土産は、どうした?」
橘「ああ、それか」
梅原「なに買ったんだ?」
橘「それが実は、買ってないんだ」
梅原「おいおいなにやってたんだよ? どうすんだ、今から探すのか?」
橘「いや、先輩へのお土産は買わないことにしたんだ」
梅原「どうしちまったんだよ、大将」
橘「その、忘れてたんだよ」
梅原「はあ?」
橘「だから忘れてたんだ、本当に。
みんなと過ごす修学旅行があまりにも楽しくて、
途中からお土産のこと、ほとんど考えてなかった」
梅原「呆れて物が言えねえ……」
橘「はは、僕もだよ……でもさ、現時点における僕の森島先輩への
気持ちって、その程度なんだなって気付かされたよ」
梅原「所詮は憧れ、か……」
橘「うん。だからさ、僕自身がこんな状態なのに、森島先輩にお土産を渡すわけにもいかないだろ?」
梅原「まっ、そうかもな。――でもよ、そんなんじゃ今年も寂しいイブになっちまうぜ?」
橘「いいや、そうはしない。……今年こそ、僕はやるよ!
これからはもっと女の子に対して積極的にアタックして、
そして素敵なイブを過ごすんだ!」
梅原「ほーう、随分とやる気じゃねえか」
橘「縁結びの神さまに願掛けしてきたからな。『清水の舞台から、飛び降りられますように』って」
梅原「……そうか。そいつはいいや」
橘「だから見てろ梅原! 帰ったら、週明け、いや来月から!」
梅原「なんか頼りねえな……」
橘「とにかく、今年は頑張ってみるよ」
梅原「……まあ今すぐ先輩にお土産渡して玉砕しちまうより、却っていいかもしんねえな」
橘「なんでフラれるのが前提になってるんだ!」
梅原「そりゃお前、そうだろ」
橘「……まったく、せっかくのやる気が萎えたらどうしてくれるんだよ」
梅原「ははは、そん時は俺が発破かけてやるから、安心しな大将」
橘「梅原……」
梅原「じゃあ、まっ、頑張ろうぜ。お互い今年のクリスマスを、可愛い彼女と過ごせるように」
橘「ああ」
橘(自分に出来ることからやっていかなくちゃな! 現実味のない計画のことは忘れて)
橘(……そういえば梅原は、可愛い彼女のアテがあったりするのかな?)
橘「なあ、梅原は――」
香苗「――おーい、橘くーん!」タタタッ
橘「あれ、やあ香苗さん」
香苗「こんなとこに居たの、探したわよ」
橘「探したって、僕になにか用?」
香苗「用があるのは私じゃなくて、桜井。探してたわよ? 橘君のこと」
橘「梨穂子が? なんだろう」
香苗「なんでもお土産がどうこうって」
橘(梨穂子、お土産……)
橘(……あ! そうだ美也に頼まれてたお土産を、探してもらうよう梨穂子にお願いしたんだった!)
橘「香苗さん、梨穂子はどこに?」
香苗「あっちの方に走っていったわ」
橘「わかった、ありがとう。スマン梅原、ちょっと行ってくる。コーヒーご馳走さま!」タタタッ
梅原「やれやれ……」
香苗「……橘君ってさ、案外冷たいよねー」
梅原「香苗さんは優しいな」
香苗「べ、別に、見てらんないだけよ!」
梅原「それならたぶん、もうちょっとの辛抱だぜ」
香苗「え?」
梅原「まあ見てなって、あいつきっと、清水の舞台から飛び下りるからよ」
香苗「?」
梅原「どこに着地するかは、わかんねえけどな」
~~~~~~
橘「梨穂子!」
梨穂子「あ、純一~。こっちこっち」
橘「僕、さっき香苗さんに聞いて」
梨穂子「そこの売店にあったよ~、頼まれてた関西限定まんま肉まん!」
橘「おお、これが! ついに見つけたぞ!」
梨穂子「街中では全然見つけられなかったのに、まさか空港にあるだなんて驚きだよ~」
橘「……梨穂子、もしかしてずっと探しててくれたのか? 旅行の間中」
梨穂子「ん~四六時中ってわけじゃないけど、お土産屋さんに寄ったついでとかにね」
橘「……なんだか僕、梨穂子に迷惑かけちゃったみたいだな……ごめん」
梨穂子「ああ、気にしないで。迷惑ってほどでもなかったから」
橘「そうか? ありがとな、梨穂子」
梨穂子「へへ、喜んでもらえてよかったよ」ニコッ
橘(僕がお土産のことを忘れていた間も、梨穂子は……。ごめん、梨穂子)
~~~~~~
橘「たくさん買っておいたから、梨穂子も食べに来いよな?」
梨穂子「え~、私はいいよ~」
橘「面倒かけちゃったんだから、そのぐらいさせてくれよ。
他にも梨穂子の好きそうなもの、色々用意しておくからさ」
梨穂子「ん~、じゃあ今度お邪魔しちゃおうかな」
橘「ああ、待ってるよ」
梨穂子「そうだ、私も美也ちゃんに、何かお土産買っていこ~っと」
橘「え、いいよ、そんなの」
梨穂子「私が買って行きたいんだからいいの」♪フンフ-ン
橘「そうか? 悪いな」
橘(……梨穂子からお土産を貰ったら、きっと美也も喜ぶだろうな)
橘(どれ、僕も少し物色してみるか! 大きな空港の売店だから、色んなものがあるなあ)
橘(……ん? これは……)
【絢辻詞の黒い手帳】
・10月○日(月)
今日から久しぶりの授業が始まった。まだ修学旅行気分が抜けていないのだろう、
クラスの中は騒がしく、委員として注意する回数が普段より多くて嫌になる。それでも
予想の範囲内、学校なんてまだいい方だ。
その他変わったこと、特に無し。
……いや、一つだけ。小さなスノードームを手に入れた。
修学旅行のお土産だと言って、あたしにくれたのだ。……橘君が。
約一週間ぶりの登校、クラス委員の仕事を口実に、あたしはいつもより早く家を出た。
早朝の空気は冷たく、一日ごとに深まりつつある秋と、その向こうにある冬の存在を
肌に感じた。そろそろ、冬物の準備をする必要があるだろう。
教室には一番乗りだった。人気のないがらんとした部屋に、なぜか安堵感を覚える。
そこで、気が緩んでしまったのだろう。自席に座りしばし静寂を満喫していると、
軽い眠気に襲われた。
頭を振って立ち上がり、教室の窓を一枚開ける。冷たい風が吹き込んできて、ほてった
身体に心地良い。
そのままあたしは吹き流しのように風を受けながら、窓辺でボーっと、外の景色を
眺めていた。目に映るのは、見慣れた町並み、いつもの光景。
遠くの山々、流れる白い雲、か弱い青を敷き詰めた空。
……あたしは戻って来たのだ、日常に。
窓を閉め着席する。頭の中で一日のスケジュールを再確認したあと、あたしは仕事に
取り掛かった。
約一週間ぶりの登校、クラス委員の仕事を口実に、あたしはいつもより早く家を出た。
早朝の空気は冷たく、一日ごとに深まりつつある秋と、その向こうにある冬の存在を
肌に感じた。そろそろ、冬物の準備をする必要があるだろう。
教室には一番乗りだった。人気のないがらんとした部屋に、なぜか安堵感を覚える。
そこで、気が緩んでしまったのだろう。自席に座りしばし静寂を満喫していると、
軽い眠気に襲われた。
頭を振って立ち上がり、教室の窓を一枚開ける。冷たい風が吹き込んできて、ほてった
身体に心地良い。
そのままあたしは吹き流しのように風を受けながら、窓辺でボーっと、外の景色を
眺めていた。目に映るのは、見慣れた町並み、いつもの光景。
遠くの山々、流れる白い雲、か弱い青を敷き詰めた空。
……あたしは戻って来たのだ、日常に。
窓を閉め着席する。頭の中で一日のスケジュールを再確認したあと、あたしは仕事に
取り掛かった。
二・三十分もすると、登校して来たクラスメイトたちの声で、教室内は徐々に騒がしく
なってくる。一言二言の簡素な挨拶だけを交わし、あたしは仕事を続けていた。
その時だ、橘君がやって来たのは。人の気配に顔を上げると、机をはさんだ所に橘君が、
遠慮がちな様子で立っていた。
「あら、おはよう橘君」
「おはよう、絢辻さん」
普段、遅刻ギリギリで登校して来るようなこのクラスメイトが、わりと早い時間に
いることに、まず驚いた。
「今日は早いのね?」
「うん。たまには早起きしようと思ってさ」
結構なことねと思いつつ、あたしの意識は早くも机上の仕事へと戻りかけていた。
しかし、橘君が立ち去る様子はない。
「もしかして、私になにか用があるのかな?」
「あ、うん。そうなんだ」
なら最初からそう言って欲しい。
「実は絢辻さんに渡したいものがあってさ」
「えっ?」
「はいこれ、修学旅行のお土産」
差し出された包みを見て、無論あたしは困惑した。一緒に修学旅行へ行ったクラス
メイトから、修学旅行のお土産を貰うなどとは、考えてもみなかった。一体どういう
思考回路をしていたら、こんな馬鹿げたことを考えつくのだろう? 賄賂のつもり
かしら? 実に不可解だった。
そんな疑念を悟られたのか、橘君は慌ててこう言い足した。
「旅行中色々とお世話になったし、それに絢辻さん、こういうの好きそうだなーって
思ってさ」
その声はあたしの耳に、やけに大きく、優しく、響くのだった。
そしてあたしは呆然としてしまって、気が付くと橘君のお土産をこの手に受け取って
しまっていた。
包みの中から現れたスノードームは、こぢんまりとしていて中々可愛げがあった。
ガラス製のドーム越しには、クリスマスツリーのミニチュアが鎮座している。
……確かに、あたしの気に入りそうなものだ。
そして、お土産を貰ってこんな気持ちになるのは初めてかもしれないなと、ふと思う。
「嬉しい」と言うか「可笑しい」と言うべきか。
どちらにせよ、橘君がくれたお土産は、あたしの周りにあるうわべだけの、少しも心を
動かさない無意味なそれとは違っているようだった。
人の温もりのする、優しい贈り物。
「どうかな、迷惑じゃなければいいんだけど……」
橘君が訊ねる。
「迷惑だなんて、そんな……。ありがとう橘君。私、とっても嬉しいわ」
自分で自分の言葉に、苛立ちを覚えてしまう。こんな時でさえ、あたしは上っ面の
お礼しか言えないのだ。
「喜んでもらえたみたいで、よかったよ」
違うのだ、あたしが言いたかったのは、あんな白々しい科白じゃない。――けれども、
そんなことを言えるわけがなかった。
あたしは白を黒と言いくるめ、そして独りで、勝手にこんがらがっていくのだ。
「でも橘君……その、これ高かったんじゃない?」
何かを誤魔化すようなあたしの問いかけに、橘君は一瞬目を丸くして、そんなことは
些事だと言わんばかりに首を振った。そして、
「空港の売店で売ってたものだし、そんなでもないよ」
と言って、屈託なく笑った。
橘君は、あたしが喜ぶ姿を見て、それで充足しているらしかった。
それから、いくつかの他愛無い会話を交わした。修学旅行の思い出、橘君が買っていった
お土産を食べ過ぎて、お腹を壊した妹さんの話。当然仕事は進捗せず、気が付くと予鈴が
鳴っていた。
「この音を聞くのも久しぶりだね」
「うん、そうね」
「じゃあ僕、席に戻るよ」
そう言うと橘君は、くるりと背を向け、自席へと引き返していった。
……自分が何故、あのような行動に出たのか、よくわからない。
「ねえ、橘君!」
あたしは咄嗟に立ち上がり、橘君を呼び止めていた。
「なに? 絢辻さん」
振り向いた橘君の顔を、うまく見据えることが出来ない。自分が妙なことを口走ろうと
していると、わかっていたからだろうか。
あたしが言葉に詰まっていると橘君が、
「どうかした?」
と訊ねてくれた。それでも、あたしは口を開くことが出来ない。「絢辻詞」には、
言えやしない。
「……ううん、なんでもないの。お土産、ありがとう」
あたしに橘君を呼び止めさせた何かは、不意に訪れ、そして去った。
橘君から修学旅行のお土産を貰ったのには、こんな顛末があっての事だった。
あたしの指が、今は自室の机の上に置かれたスノードームをつつく。揺らしてみると、
自分の周りにだけそっと、一足早いホワイトクリスマスがやって来たみたいだった。一抹の
寂しさと同時に、自然と笑みがこぼれてくるのをあたしは感じる。
……橘純一、不思議な人だ。
あたしの嘘を容易く見抜く橘君、一人でいるあたしを見つけてくれた橘君、そして、
今朝の橘君。
この数日の間だけでも、何度彼に驚かされたことだろう? 十把一絡げのクラスメイトの
一人として、彼を捉えていたあたしの判断は、間違っていたのかもしれない。
そこではたと気付く、我ながらおかしなことを考えているな、と。あたしには、
どうでもいいことのはずだ。
……結局あたしも、修学旅行気分が抜け切れていなかったのだろう。今日は、
どうかしていたのだ。
しっかりしなければ、そろそろクリスマス委員を決める時季が近づいている。
余計なことに気を取られている場合じゃない。
……そう、何を思ったのか、あの時あたしは橘君を呼び止め、こう言おうとしたのだ。
「わたしと一緒に、クリスマス委員やってみない?」と。
目を閉じ再び考え込む。もしもあの時、自分が衝動に身を任せていたら。もしも
橘君が「ダウト」と言ってくれていたら……。
……まったく。今日のあたしは、やっぱりどうかしているみたいだ。
腹いせにもう一度スノードームを小突く。
すると、困ったような表情を浮かべた橘君の姿が、あたしの頭をよぎった。
終
以上です
ご覧いただきありがとうございました
乙!自分の気持ちに戸惑う絢辻さん最高!!
アマガミのSSもっと増えるといいな
乙
すばらしい
乙
なんかこう、最終的に絢辻さんが良い話に持っていくとは思わなんだ
青春のかほりがした
乙!
年に三回くらいアマガミアニメで見てるけど
Vitaでゲーム版買いなおそうかな……
ちなスト子派
良かった
逢ちゃんと紗江ちゃんにはまだ出会ってないんだなあ
Vita版出てちょうど1年だけどまだまだ遊べる
乙
vitaは田中さんルートを作ってくれたら買ったのに
今更だけど乙
凄く良かった
女子部屋の押し入れのシャンプーの残り香と縁結びの神社の田中さんの声と
女子部屋に行ったことをチクったのは田中Bさんでいいのかな?
>>144
ありがとうございます
どう解釈するかについては読者の権利だと思うので
読んでくれた方それぞれにおまかせします・・・としか言えません
ごめんなさい
感想くれた人たちもありがとうございましたー。嬉しかったです
>>145
お任せしますじゃなくて1はどう考えて書いたの?
それとももやもや残すほうが好き?
vita版面白いのかな まだ買ってない
しかし面白かった 個人的には薫に持っていってほしかったが
とにかく乙!
やっぱり正妻は絢辻さんだね
キャラの再現率が高くて自然な感じで面白かった
乙!
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