高垣楓「シンデレラ前夜」 (34)

仮面はいい。モデルという仕事をしている限り、どんな表情でも取って付けかえることが出来る。
悲しい時、嬉しい時、楽しい時、辛い時、色んな表情の一瞬をフィルムの先へ。
感情なんていらない。仮面の上にその時を浮かべればいいだけ。だからとても…。

多くを着飾って、取り繕って、誰かの求める物を形にする、そんな仕事の毎日。
私じゃなくてもいい。
これはお人形と一緒。着せ替え人形のように毎日色んな物を着飾られて、フィルム越しの形を作る。

でも楽でいい。感情を殺して、ただある物を着て、仮面を付け替えて、
色んな表情のできるモデルであれば、あとは何も必要ない。それだけで仕事は十分にこなせてしまうから。

自分の限界も分かっている。多分どこまでか行けば私は捨てられる。
もっと魅力的な人が現れて、私なんか汚れた人形のように、誰にも見向きもされずに放り出される。
それが分かっていても、私は私にしかなれない。これしか私は私を知らないから。




「…」


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「…アイドル部門、ですか?」

「ええ。私たち346プロは芸能部門に特化したプロダクションだという事は周知のことだと思いますが」

「はい。私もモデルとしてお世話になっていますから」

「それで、今、右を見ても左を見てもアイドル・アイドル・アイドルだらけだ」

「そうですね。お仕事先でもよく見かけます」

「それで、だ。私たちのプロダクションもアイドル部門の創設を考えたわけだ」

「はあ」

「765プロを筆頭に、今やアイドル戦国時代と言っても過言ではないほど、
アイドルを世界は欲している。我々も遅れを取ってはいけない」

「そう…なんですか」

「ああ。それで、君を新設するアイドル部門へ配属したいと思っている」

「…」

「唐突過ぎて理解が追い付いていないかもしれないが、
我がプロダクションのアイドル部門の未来がかかっている。どうかな、やってくれるかな」

「それは、私の意見は考慮されない、プロダクションからの辞令という事でしょうか…」

「…まあ、そこまで硬いものではないけれど」

「断れば?」

「いや、特に何もないさ」

「…私以外の人は?」

「まだ未定だ。高垣君、君がアイドル部門を引っ張る第一人者という事になる」

「私には…荷が重すぎます」

「失敗してもいいさ。本腰を入れてやるからには、多少の失敗はあるものだ」

「…考えさせてもらってもいいでしょうか」

「ああ。君の今後を左右する問題だ。ゆっくり考えてくれ」

「はい…。失礼します」

バタン

「…」

確かにモデルのお仕事は減ってきている。目に見えてではないにしても、
新しい子も所属しだして、私のお仕事は少しずつ変化していることも気づいている。

これは多分移動と言う名の廃品処分に近い何かだろう。
こんなに早くそんな状況が来るとは、我ながら考えもしなかった。

この辞令を断れば、モデルの仕事は目に見えて減ることになるだろうし、346プロにも在籍しにくくなるだろう。
そんな事をするような、意地の悪いプロダクションではないとは思う。

それでも、人の気持ちなんか分からない。
私が仮面をつけていることに、多くの人が気付かないのと同じように、
私も誰がどんな仮面をつけて生きているかなんて分からない。

だから、いくら良い人たちがいるように見えたとしても、
それが本当の表情かどうかなんて、少しも分からない。

結局、私は断れない選択肢を掴まされている状態なのだろう。
断ればしぼんで行く道、頷けば何の保証もない道、しかも失敗したら簡単に捨てられてしまうような細い道。

考えるだけでも馬鹿らしい。でも、それは私がいずれ来るはずの道。早いか遅いか、ただそれだけ。

そうして今夜も私はお酒に逃げる。

寒い夜に、熱燗をカウンターの隅で一人寂しく啜る。
暖かさが食道を抜け、胃の中に落ちる。少しずつお酒は私を満たし、それと同時に私を渇かす。

私は頷くしかないのだ。先にか細い光が見える道を選ばなければ、結局捨てられてしまう。

ただ私には、か細い光も、その行く道すらも見えていない。
暗闇に放り出されたのと同じ。

それでも先細って行く未来が見える道よりは、未知の道。そう思って踏み出すしか他にない。

グイッと一飲みでお猪口を飲み干して、決意を腹に落とし込む。それしか私には道が無いんだ。


「高垣楓さん、ですね」

「はい、高垣楓です。モデル部門から転属されました」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

…目つきが悪い、背が大きい、厳つい、言葉数が少ない。これははずれの道を選んでしまったかもしれない。

「今日から高垣さんには、アイドルとしてのトレーニングをしていただきたいと思います」

「はい。それで、何をするんでしょうか?」

「まずは、笑顔をお願いします」

「…笑顔ですか」

「はい、笑顔です」

この人は、私がモデルをやっていたことを知っているのだろうか。笑顔なんて、いくらでも出来る。

ニコッと、いつものファインダーに向ける笑顔を一つ。

これでNGが出ることは今まで一度も無かった。

笑顔には自信があるんです。いえ、どんな顔でも自信はあります。そのための仮面をいくつも作ってきたから。


「…」

「どうですか?」

「…」

「あの…何か言っていただけるとありがたいのですが」

「…いえ、特に感想はありません」

「えっ?」

「今後はボイストレーニング、ダンスレッスンをお願いします。
トレーナーさんがいますので、彼女の指示に従ってください」

「あ、は…はい」

何だろう。何なんだろう。この違和感は何なのだろう。
彼は私の笑顔をじっと見ていたけれど、そこから何を読み取ったのだろう。

「それでは私は外回りをしてきます。まずはアイドルとしての基礎を身に付けてください」

「は、はい」

全くつかめない人だ。あの三白眼は、私の何を見たのだろうか。

レッスンと言えば聞こえはいいけれど、これは特訓に近い何かだと思う。

「アイドルの基礎は何より体力!
しっかり走って、しっかり筋力をつけて、自分自身を支える芯を作ること!!」

トレーナーさんはとても真っ直ぐでいい人ですが、
モデル上がりの私にはきついトレーニングばかりです。

体型には自信がありましたが、筋力的な部分に関して言えば圧倒的に足りていません。

初めの方はトレーニング後、お酒も飲めないほど疲弊してしまいました。それは私史上ありえない状況でした。

それでも、体力的な疲労からか、充実しているような毎日を過ごすことが出来ているような気がします。

疲労の色が伺えたのか、レッスンの続いた数か月後、やっとお休みをもらえた。

勿論肝いりのアイドル部門だから、甘ったれた言動・行動は許されない空気があったのは事実。
私もすがる道がそれしかないから、必死についていった。

レッスンを続けていて、ふと、なんで私なんだろうという疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

勿論モデルとしては徐々に尻すぼみになっているのは分かっていたことだし、
選ばれても不思議ではなかったけれど、この346プロにはもっと多くの人たちがいる。

私よりもアイドルに向いている人なんてそれこそ星の数ほどいる。
外部から取ってくることだって十分考えられる。

むしろそうした方が新しい風を入れることが出来て良かったのではないだろうか。

ベッドに倒れ込みながらそんな事を考えて、そうしたらいつの間にか朝になっていたけれど、
寝てもその疑問は払しょくされなかった。

レッスンに追われて考えもしなかったけれど、何故私だったのだろう。

だるい体を引きずって、346プロまで足を運ぶ。

アイドル部門の扉を開ければあの大男が窮屈そうにパソコンと向き合っている。

電話を受けているようで、受話器も極めて小さく見える。



「はい、よろしくお願いします」

ガチャ

「あのー」トントン

「!…高垣さん。今日はお休み予定ですよ」

「あ、いえ、ちょっと聞きたいことがありまして」

「聞きたいこと、ですか」

「はい」

「分かりました。少し私も息を入れる予定でしたので。コーヒーはいかがですか?」

「じゃあ、お願いします」

「はい」

この数か月、少ないにしても、会話をしてきたような気がしますが、
確信を突いた会話は一度もしていません。

彼は何を思って私とアイドル部門をやっているのでしょう。

「どうぞ」コトッ

「ありがとうございます」

「…」

「…」

「それで、聞きたいことと言うのは」

「…」

「…高垣さん?」

正直、聞いてどうするんだろう。それが私にとって何かを変えてくれるのだろうか。
私はどうしたいのだろうか。分からない。ワカラナイ…。

「…そういえば、先ほどライブが決まりました」

「…ライブ、ですか?」

「はい。小さなライブです。色々なプロダクションが集まって
新人アイドルのお披露目をするような、本当に小さなライブです」

「そこに、私が出るんですか?」

「はい。346プロには、貴女以外にアイドルはいませんから」

「そ、そうですよね…」

「緊張、しますか?」

「…はい。と言うか、私にライブなんて出来るのでしょうか」

「…誰でも初めてはあります。誰だって最初から出来るなんて思えるとは限りません」

「でも、私はこれでも色々なモデルもこなしてきていますし」

「それでも、アイドルは初めてでしょう」

「ま、まあそうですね」

「…貴方が今までしてきたモデルとアイドルは、全く違う世界です」

「…」

「どちらが上か下かという問題ではありません。違う世界なんです」

「…はい」

「だから、今まで積んできたモデルでの経験は、アイドルの世界では0と同じです」

「0ですか…」

「0です。モデルとしてではなく、アイドルとしての高垣楓の、第一歩目です」

「それでも…私には今まで曲がりなりにも積み上げてきたものがあります」

「重々承知しています」

「私には後が無いんです。分かりますよね?」

「…?」

「花形のモデル部門から、新設の、先も分からないアイドル部門に配属されて、
失敗も何も許されない状況じゃないですか!」

…私は結局不安なのだ。

このままのうのうとは生きていけないと分かっていても、そうするしか生きていけない。

そして、崖っぷちに立った時に初めて私は恐怖する。

私は、自分の足で、自分の道を決めて歩くのが怖かった。
だから色々なものを着飾って、自分じゃない誰かを演じて、仮面をつけて歩いてきた。

魔法使いが私をお城には連れて行ってはくれない。

そんなこと分かっていたのに、私はいつか魔法使いが来ることを心のどこかで願っていた。



「何で…何で私だったんですか…」

「…」

「…」










「笑顔です」

「…へっ?」

「雑誌で見る貴女の表情が、私には本物には見えませんでした」

「…」

「その時々に求められているものを映し出す、仮面のような、そんな表情だなと思ったんです」

「…モデルですから」

「いえ、モデルだとしてもです。貴女は貴女を演じていた」

「…」

「私は貴女の本当の笑顔が見たい。ファインダー越しに見せる仮面ではなく、
その下にある、高垣楓その人の、本物の表情を」

…見抜かれている。

「貴女をシンデレラにする魔法がきっと見つかるはず。
そう思ったから、私は貴女と一緒にアイドル部門を立ち上げたいと思ったのです」

「…魔法」

「誰もがそんな魔法を信じているんです。
夢を叶える為に、星に願いをかけることもあります。
私は魔法使いにはなれません。
ですが、次のライブが、高垣さんに魔法をかけてくれるかもしれません」

「私に、魔法を?」

「ええ。魔法です」

「…」

「それでは、ライブの調整などがありますので、今日はここまでで。
休み明けからは練習してきた曲のどれにするかを決めていきましょう」

「…はい」

そんな魔法、この世界に存在するわけがない。あの人は頭がメルヘンチックなんだ。




…それでも、そんな魔法を信じている私がいる。私は…。

ライブ当日


「緊張、しますか?」

「…はい」

「モデルの時とは違いますか?」

「…違います。あの…」

「はい?」

「私は、どんな表情をすればいいんでしょうか…」

「えっ?」

「モデルの時は、こんな表情で、という指示がありました。今、私はどんな顔をしていますか?」

「…とても、青ざめた顔をしていますね」

「…」

「辞めますか?」

「…いいんですか?」

「4つ前の子は辞退しました。あまりの緊張に倒れたそうです」

「えっ」

「逃げ出したっていい。貴女の道です。
でも、一歩踏み出した人にしか分からない世界があります。
貴女は今そのスタートラインに立っています」

「ここが…スタートライン」

「どんな表情でもいいんです。貴女ならそれでいいんです。それだけです」

「で、ですが…」

「さあ、時間です。行きましょう」

「えっ、ちょ…」

「きっと、素敵な魔法が貴女を待っています。一歩踏み出せた人のためにある、そんな魔法が」




私は、変われるのだろうか。
私の足で立つステージの上に。
仮面を脱ぎ捨てて立つステージに。
逃げ出さずに踏み出した一歩目のその先に。



そんな素敵な魔法が。








カツン!!







「…まあ、初めてのライブなんて、そういうものです」

「うぅ…」

「お疲れ様でした」

「おつかれさまでした…」

「魔法は、見つかりましたか?」

「…いえ、分かりませんでした」

「そうですか」

「…はい」

「これは、先ほど運営の方から貰った写真なんですが」ピラッ

「それがなにか…」

「いえ、とても一生懸命で、素敵な顔をしているなと思いまして」

「…」

「きっと、もっと色んな顔が高垣さんにはあるはずです。それは仮面じゃなく、貴女自身が持っている輝きです」

「…持っているのでしょうか」

「持っていますよ。今日はそんな魔法がかかってこんな素敵な表情になったんですから」

「…今日は、ヤケ酒です」

「…付き合いましょう」

「…おごりですよ?」

「ええ。初ライブ失敗記念ですから」

「むぅー!!」

「…ライブは、楽しかったですか?」

「…分かりません。でも、拍手や、コールをしてくれた時、なんだか嬉しくなりました」

「しっかり、魔法にかかりましたね」

「?」

「いえ、きっとこれからもっと沢山の魔法に出会うことになります。今日はその一歩目です」

「大失敗でしたが…」

「初めから上手くいく人なんていません。だからゆっくり積み上げて、そして形になるんです」

「…そういうことにしておきます」

「そうしてください。それでは先に事務所に戻ってから反省会と行きましょう」

「はい!」

そしていつかのステージ


「この魔法は私たちだけのものじゃない」



こんな言葉を私は口にする。

誰もが王子様に、シンデレラになれる。そんな魔法がここにはある。

だから、私は本物の笑顔でこのステージに立つことが出来る。







「シンデレラプロジェクト?」

「はい。高垣さんの後を追う、そんなアイドルたちをプロデュースすることになりました」

「そうですか」

「まだ企画中ですが、高垣さんたちもうかうかしてられませんよ」

「そう簡単に追いつけはしませんよ?ふふっ」ニコッ

「いい笑顔に、なりましたね」

「貴方が気付かせてくれた魔法があるから、私は笑顔でいられるんです」

「貴女が見つけた魔法です。そしてファンの方々がかけてくれた魔法です。私は貴女の背中を少し押しただけです」

「貴方は私を…いえ、何でもありません」

「?」

「ふふっ。これはまたいつかのお話です」

「よく分かりませんが、私はそろそろ時間ですので、これで」

「ええ。また今度飲みに行きましょう」

「楽しみにしてます。それでは」

小さく手を振って、あの人は扉を閉じる。

あの大きい手が私を掴んで、か細い光のその先へ連れて行ってくれた。

新しいプロジェクトへと行くあの人を見送りながら、私の心は苦しくなる。

この思いを私は何と言っていいのか知っている。

でもそれを言葉にすることは出来ない。

それでもこの気持ちを貴方に。

伝えられたらと、そう思う。

その一歩を踏み出す勇気は、いつかきっと、自分の足で。

おしまい!

あのプロデューサーが楓さんをセンターにしたとか妄想したら楽しかった。

当方奈緒P。どこまでアニメに絡んでくるかわからないけど、
色々楽しみ過ぎて一昨日から小躍りしてる。

おやすー。


楓さん良いよー

声付き同士もアニメメインとそれ以外に分けられている、という記事を読んでこひなたんに出番ないのかー、とか思ってたらアニメがアレだもん

所属時期をズラすことでストーリー的に無理なく全員登場というね、とんだ叙述トリックだったよ!(歓喜)

すっごく良かったよ
SSではあんまり見ない、俺のイメージにぴったり合う楓さんだった
アニメが楽しみだな

アニメがまさにこのSSだった……

まあ色々妄想が捗るシーンではあったな、武内Pと楓さんの挨拶は

ただの知り合いじゃあの場面必要ないよな
何もなかったら脚本的におかしくなるわ

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