「キョンと付き合ってみんなの出方をみるわよ!」 (92)

その日の朝のHR前、何時にもましてテンションの高いハルヒの相手をしているキョンは落ち着かない気持ちだった。

その原因は下駄箱に入っていたノートの切れ端である。

『放課後、誰もいないくなったら教室にくるのよ』

そこには、只それだけのことが書いてあった。

キョンは朝倉の再襲来かと恐怖しつつも文字の違いに一縷の望みをつないだ。

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そして放課後、部室で古泉とボードゲームをしながら時間を潰す。

「涼宮さん、今日は遅いですね」

朝比奈みくるがお茶を注ぎながらなんとはなしに呟く。

「制御不能のハルヒのことですから珍しい虫でも見つけて追いかけ回しているんじゃないでしょうか」

キョンはゲームが劣勢なのか、渋面をしながらハルヒへの悪態をつく。

「んふっ、また心にもないことを」

勝利が見えている余裕からか、古泉は笑みを浮かべたままキョンへ突っ込む。

「何を言ってるんだ?百二十パーセント嘘偽りのない気持ちなのだが」

キョンは古泉の言葉を否定した。

その言葉を受けて、長門を除く二人は何か微笑ましいものを見たかのような視線をキョンに送った。

「おっと!そういえばちょっと用事があった。今日は先に帰らさせてもらうぞ」

ゲームのみならず場の空気も劣勢となったと判断したのか、キョンはいそいそと部室を後にした。

呼び止める古泉を無視してキョンは教室の前までやってきた。そこで咳払いを一つし、緊張しながら教室の扉を開けた。

「遅いわよ!」

扉を開けるなり罵声が飛んできた。

教壇にはキョンが思いもしなかった人物がいた。

「ハルヒか……」

「そうよ!悪い?あたしがみくるちゃんにでも見えたのかしら?」

キョンの言い方が気に入らなかったのかハルヒは不機嫌な表情のままで文句を言っている。

「いや、悪くはないのだが……」

キョンは、ハルヒが居る以上はノートの差し出し主は来ないだろうななどと諦めながらもハルヒへの対応をする。

そんなキョンの前にハルヒが立つ。

夕日がハルヒの半身を照らし赤く染まっている。

キョンがそう思っていると、赤く染まったハルヒの右手が突然ネクタイを引っ張る。

「あんたと付き合ってみんなの出方を見るわよ」

ハルヒの突然の宣言にキョンは慌てた。

「お、お前は一体突然に何を言ってるんだ?」

「なに?なんか文句あんの?あたしと付き合うのが嫌な訳?」

「い、いや……嫌というか言っている意味がわからん」

「あんたの気持ちは知らないけど無理。だってあたしはあんたと付き合ってみたいんだもの」

ハルヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらキョンに通告をする。

「ちょっと待て!好きとかそう言うのは精神病のたぐいなんだろ?」

真意を測りかねているキョンがハルヒに問う。

「そうよ!別にあんたのことは好きじゃないけど、付き合ったって言ったらみんながどんな顔をするのか興味が湧いたんだから仕方がないじゃない!」

ハルヒの身勝手な振る舞いにキョンが溜息をつく。

そんなキョンに構わずに、

「それじゃあ、みんなに発表よ」

ハルヒはネクタイを掴んだまま部室へとズンズンと歩き出した。

「ちょっと待て!俺の意思はどうなるんだ!」

キョンは引っ張られながらも抗議の声を上げた。

「あんたに拒否権はないわよ!!」

ハルヒはあっさりとキョンの抗議を却下した。

ハルヒはキョンのネクタイを引っ張りながら部室のドアを乱暴に開けた。

SOS団の一同はハルヒが来るのを知っていたかのように一人も帰ることがなく待っていた。

ハルヒは揃っているのを確認すると満足げに頷くと、

「皆さんに発表があります!」

ハルヒはそう言ってキョンを引っ張りながら団長席に移動した。

「私、涼宮ハルヒはキョンと付き合うことになりました!」

そして団長席の前に来るなり宣言したのだった。

もう夕暮れ時となっていたこともあり、その日はそれで解散となった。

「それじゃあ、キョン!浮気とかはダメだからね!」

ハルヒはキョンと一緒に帰るという発想がないのかそれだけ言うとそそくさと部室から出て行った。

部室に残された四人で初めに言葉を発したのは古泉だった。

「んふっ、とりあえずはおめでとうございますとでも言っておきましょう。僕らの為にもくれぐれも痴話喧嘩などなされないようにお願いします」

古泉はいつもと変わらない、実際の感情を窺うことが出来ない微笑みをたたえながら祝福の言葉を述べた。

それを聞いた朝比奈みくるが追随した。

「あ!おめでとうございます!これからは涼宮さんと末永くお幸せに!!」

彼女はまるで結婚の祝辞の様な事を慌てて言った。

キョンはというと神妙な顔をして古泉を見ていたかと思うと、やがて意を決したように口を開き問いただし始めた。

「古泉!お前は本当にそれでいいのか?」

古泉は真っ直ぐにキョンを見据えながらも微笑みを崩さない。

朝比奈みくるはやり取りの意味が解らないのか、「ふぇっ!?」とでも声を出しそうな表情で二人の顔を交互に見ていた。

部室を沈黙が包む。

その沈黙を破ったのは長門だった。

小泉×キョンの誘導か

はよはよ

朝倉スレかな?

ホモかノンケかの別れ道か……ゴクッ

朝倉涼子さんかもん

「彼は一週間に告白した………ユニーク」

長門は朝比奈みくるに説明するという風でもなく、淡々と古泉がキョンにしたことを明かした。

「え!?告白って……あの?」

朝比奈みくるは理解が追いつかないのかきょとんとしている。


※今更ですが、ゲロ以下の臭いがする宮ハルヒです。読む場合は要注意。

古泉が告白したのは些細なことがきっかけだった。

それは先週の放課後のことである。

「彼女の一人くらいは作りたいよな」

古泉とボードゲームをしていたキョンが柄に似合わないボヤキを呟いたのだ。

ハルヒや朝比奈みくるが居なかったことによる気の緩みもあったのかもしれない。

「おや?あなたがそんな事をおっしゃるとは意外ですね」

古泉は微笑みながらも心底意外といった風であった。

「そりゃ俺は健全な高校生だぜ?普通の高校生ならそれに留まらず……」

キョンはそこまで言って、長門の前では少々憚れる内容と思ったのか言いよどんだ。

「ええ。わかります」

古泉はボードゲームの手を休めることこともなく、理解してると言わんばかりの返事をした。

「まぁ、ハルヒへの影響を考えるそうもいかんのだろうが………」

キョンは愚痴りながら駒を動かした。

「そうですね。どうしてもというのなら涼宮さんなどは如何でしょうか?痴話喧嘩などをされると困るのですが………」

「おいおい!ただでさえ荷が重いのにこれ以上背負うのは勘弁して欲しいな」

キョンは古泉の提案を一蹴した。

「ハァ………青春の一ページは諦めておくか」

キョンは深い溜息と共に盤面を見つめる。

そのキョンを古泉がマジマジと見つめ続けていた。

そして生唾を一つ飲み込み、意を決したように切り出した。

「もし………あなたさえよければ、僕があなたのお相手をしましょう」

「今、相手をしている最中だろ?」

キョンは何を言っているんだというトーンで古泉に返事をする。

「いえ、そうじゃないんです」

いつになく真面目なトーンの古泉の声にキョンが顔を上げた。

そこには真っ直ぐに見つめる真顔の古泉の顔があった。

「涼宮さんは例え朝比奈さんであっても、あなたが女性と二人で遊びに行くことにストレスを感じることでしょう。ただ、それが男性であったのならば想像の範囲外であるはずです」

古泉は表情を変えずに続ける。

「ようするに僕となら涼宮さんにストレスを与えずに済むということですよ」

ようやく古泉に笑顔が戻った。

「おいおい………」

キョンは笑えない冗談と言わんばかりに飽きれた表情を古泉に向けた。

それに対して古泉は微笑みながらも真っ直ぐにキョンを見つめ続ける。

ようやく古泉が本気だと理解したのかキョンは咳払いをして仕切りなおした。

「ん、あー…まぁ、その…なんだ………」

「んふっ、冗談ですよ」

「………」

キョンが言い難そうにしているのを察したのか古泉は前言を撤回した。

これが先週の出来事であった。

そして今日、ハルヒの宣言を受けてキョンが古泉に聞いているのである。

「んふっ、なんのことでしょう?あれは冗談だと言ったはずですか?」

古泉は微笑んだままキョンに答えた。

「そ、それならいいのだが………」

「ええ。僕の願いは世界の安定ですから」

古泉はそう言いながら続ける。

「あなたを憐れんでからかっただけですよ。同姓ではなく異性である涼宮さんと付き合えてあなたも良かったのではないですか?」

「いや………まぁ、男と付き合うっていうのが選択肢にそもそもなかったのだが…」

キョンが困惑していると古泉は柔和な笑顔のままで、

「ええ、そういうことですよ」

と言って話を締め切った。

お疲れ様でした!

キョンとハルヒの交際が始まったからと言っても特別大きな変化はなかった。

谷口や国木田は知ってたと言わんばかりであったし、「まだ付き合ってなかったのかいっ!?」と驚く人まで出ていた始末だった。

そして当のハルヒとキョンの付き合い方にも変化が無かった。

SOS団で遊びながら週末は不思議探索。

唯一の変化と言えば、「彼氏がお金を出すのが当然じゃない!」とキョンの支払いが普遍化したことである。

「そういえばお金………大丈夫ですか?」

ある日の放課後、朝比奈みくるがキョンに心配そうに聞いてきた。

「ええ大丈夫ですよ」

キョンは全く問題ないと言った感じである。

「でも、アルバイトとかもできないでしょうし………困ったら言ってください」

「ああ…俺、宝くじで十億当ててるんで………ハルヒに飯を奢るくらいなら全然問題ないんですよ」

「ええっ!?そんなんですか!?」

朝比奈みくるが目を白黒させて驚いた。

「あれっ!?言ってませんでしたか?確かハルヒと話すようになる少し前……ゴールデンウィークに妹と一緒に田舎に行った時に買ったのが当たったんですよ」

「ひゃぁー…」

朝比奈みくるはまだ驚いている。

「きっと涼宮さんがそう願ったんですよ」

古泉は笑顔のままでハルヒの影響だと結論付けた。

そんなある日のことだった。

いつもの不思議探索の帰りにハルヒがキョンに愚痴を言った。

「あたし達が付き合うって言ったのにみんな全然驚かないのね………もっと劇的なイベントが必要だと思わない?」

「いや、みんな十分驚いていると思うし、今でも十分だと思うぞ」

キョンはこれ以上のトラブルは勘弁して欲しいとハルヒを宥めた。

「そうかしら………」

ハルヒは全く納得していないようだった。

そして週が明けた。


面白かった
次回作にも期待してるよ

続けてくれ

月曜の放課後、部室はキョンとハルヒを待つのみとなっていた。

やがてドアが開かれ、ようやくキョンがやってきた。

「掃除が長引いてな」

彼はそう言いながら入室すると何時ものパイプ椅子に腰かける。

朝比奈みくるが茶を淹れ、それをキョンが啜る。

「いや~……いつ飲んでも美味しいですね」

キョンがお世辞ではなく、心から思ったことを口にする。

朝比奈みくるは照れ笑いを浮かべながら、

「涼宮さんに聞かれたら怒られちゃいますよ」

などと言いそれを受け流した。

そこでキョンは一つの視線に気が付いた。

長門有希が入室以来、キョンを見続けていたのである。

「さっきから俺を見てるが……どうかしたのか?」

「………今すぐに病院に行った方がいい」

長門有希がぽつりと呟いた。

「病院?」

キョンが聞き返す。

「あ、あの……まさか…嫌味………じゃないですよね?」

朝比奈みくるはオロオロしている。

「食道に病変が発生した」

長門は平坦に告げ、続けた。

「あなた方の言い方をすれば悪性新生物」

「ふぇっ!?そ、それって………」

朝比奈みくるが緊張の声を上げる。

「……癌ですね」

古泉は真面目な顔をして、病変の正体を言い換えた。

「そう。一昨日の十八時三十八分、急に大型の悪性新生物が彼の食道に発生した」

「あなたならそれを処理できるのではないですか?」

当のキョンを差し置いて古泉と長門は会話を続ける。

「それは認められなかった」

「………涼宮さん…ですか?」

「そう」

「………」

部室を沈黙が包んだ。

「き、禁則事項を申請してみます!」

朝比奈みくるが精一杯の勇気を振り絞ったかのような声をあげる。

「……僕の方でも組織に頼んで病院を手配してみます」

古泉は携帯を取り出した。

と、そこでドアが開かれ、

「おっまたせーーー!!」

明るい声とともにハルヒが入室してきた。

「あれ?みんなどうしたの?暗いわよ?」

ハルヒは思ったままの感想を述べた。キョンは内心で「お前の所為だよ!」とでも突っ込んでいた事だろう。

「気のせいですよ」

古泉はそう言いながらさりげなく携帯をしまった。

「そう?」

ハルヒはどこか納得がいかないといった表情で団長席に向かう。

「あれ、キョン?」

そこでハルヒはキョンの異変に気が付いた。

「ど、どうした?」

キョンは少々ドギマギしながらも応じる。

「あんた顔が真っ青よ?どこか悪いんじゃない?」

「そ、そうか?じゃあ早引けさせてもらうぞ」

キョンはそう言って席を立った。

「ダメよ!」

そのキョンをハルヒが制止する。

「あんたのその様子はタダ事じゃないわ!絶対病気よ!もしかしたら食道癌かもしれない!今すぐに病院に行くわよ!」

「お、おい!待てよ!!」

「え、ええ。ここは一晩様子を見てからでも………」

古泉は自分たちの病院に連れて行きたいのかキョンに同調する。

「万が一があったらどうするのよ!今すぐに行くわよ!」

そんな一同の声を押し切ってハルヒはキョンを連れて病院に向かった。

案の定キョンの食道には病変が認められ、そして生検の結果癌が判明した。

しかもかなり進行していたようで即入院という流れになった。

「それじゃあ、親に連絡しないとな………」

疲れ切ったキョンが溜息とともに呟く。

「大丈夫よ!あたしが入院手続きを全部しておいてあげたから!!」

ハルヒがキョンに声をかけた。

「そういうのは保護者の承認とかが必要なんじゃないのか?」

当然のことをキョンは聞いた。

「知らないわよ!手続きできたんだからいいでしょ!」

ハルヒは興味ないといった感じで聞き流す。

その様子をみて、またアレかとキョンは溜息とともに理解した。

「はい」

突然ハルヒは手の平をキョンにみせた。

「なんだ?」

キョンは理解が出来ずにハルヒに聞いた。

「あんたのパジャマとかを買ってきてあげるから財布。それと親とかに連絡しておいてあげるから携帯電話」

ハルヒは何を当然のことを聞いてくるの言わんばかりに、憮然と言った。

「それくらい自分で………」

「何を言ってるのよ!あんたは重病人なのよ!病室内で安静にしてなさいよ!それと病室内は携帯だからあたしが外でメールしておいてあげるって言ってんの!!」

ハルヒはキョンを遮りまくし立てた。

キョンは渋々と財布と携帯電話を差し出しながら、

「しかし、お前が俺の名前を知っていたとはな」

同級生に言うには少々さびしい言葉をハルヒに投げかけた。

「そりゃ知ってるわよ!あんたのここでの名前は『林一』だから」

ハルヒはそう言うと財布と携帯電話を受け取った。

「お、おい!どういうつもりだよ!」

「どうもこうもないわよ。『キョン』なんて名前で名札でも出してみなさいよ。動物が居るのかと他の入院患者が見に着たり、動物を入院させているとかのクレームが出たりで病院に迷惑がかかるでしょ」

ハルヒはさも当然といった風である。

「ちょっと待て!」

「もう、細かい男ね!人が負担が少ない様に画数が少ない名前を考えてあげたんだから感謝しなさいよ」

キョンの抗議を無視したハルヒはキョンを他の団員に任せて病院から出て行った。

ハルヒがクズだと読んでて落ち着くわ
可愛く描かれたハルヒとか読むの違和感がすごい

ハルヒが居ない個室では朝比奈みくるの泣きじゃくる声が響いていた。

「うっ……うっ…禁則事項はやっぱりダメでした……たかが癌なのに……」

朝比奈みくるは泣きながら、キョンに謝る。

「いえ、いいんですよ。申請してもらっただけでも嬉しいです」

キョンは初めから期待していなかったのか、冷静に朝比奈みくるに感謝の言葉を述べた。

携帯を弄っていた古泉はその手を止めて顔を上げる。

「組織からこちらに医師と看護師を派遣してもらえるようです。ただ、正直かなり危険な状態な様なのでやはりここは………」

そう言って古泉は真剣な顔をしてキョンの方をみた。

「ああ……ハルヒだな」

キョンの言葉に古泉が言葉少なく「ええ………」と応じる。

そして病室を沈黙が包んだ。

「お待たせー!!」

その沈黙を場に似合わない明るい声が破る。

涼宮ハルヒが帰ってきたのだ。

「なによ!辛気臭いわね!!こんな時こそ明るくするものなよ!!!」

帰ってくるなり、彼女は憤慨していた。

「そうは言ってもだな……」

キョンがそう言うとそれを遮るように、

「あ!キョンの親から返信が来てたわよ」

ハルヒがキョンの携帯を取り出しながら事実を伝えた。

ハルヒは携帯を操作しながら続ける。

「あたしはね、『癌になったので入院します』ってメールしたの。そしたらなんて返ってきたと思う?」

「『勝手に入院するな』とか『どこに入院してるのか?』だろ?どうせ……」

「ぶっぶー!」

ハルヒはキョンの答えに対して不正解の擬音語で応じた。

「なんと『自業自得』だって!!酷い家族もいるものよね!!キョンが何をしたっていうのよね?そりゃ、立派な人間じゃないだろうけど…」

ハルヒはそう言いながら『大丈夫ですか?どこの病院ですか?何が必要なんですか?』そう書かれたメールを削除する。

「お、おい!嘘だろ?流石に笑えんぞ」

キョンは苦笑いしている。

「悲しいけどこれって事実なのよね」

ハルヒはそう言いながら、『返信まだですか?お父さんにも連絡しました。心配しています。冗談だったとかでもいいので返事をしてください。待っています』そう送られてきたメールも削除した。

「はい」

ハルヒは携帯と財布を差し出した。

「何をしていたんだ?」

キョンはそれらを受け取りながら質問する。

「なにって…キョンがショックを受けると可哀想だから返信を削除しておいてあげたのよ」

「そ、そうか」

キョンは渋々と納得した。

一体何がしたいんだ、ハルヒは……

何年か前に流行った悲劇のヒロインごっこだろ

ハルヒはキョンと二人きりになりたいのか、他の三人を追い出しにかかった。

三人はそれを察し、早々に退散した。

道中三人は対策会議を開いた。

「どうしましょう?お医者様の話だとかなり危ないみたいだし、このままじゃキョンくんが………」

泣きそうな声でそう言ったのは朝比奈みくるだ。

「涼宮さんが何を望んでいるのか………それさえ解れば万事が解決すると思います」

冷静に、聞き方によっては朝比奈みくるを励ますかのように古泉が声をかける。

「せめて家族の方にお見舞いに来てもらえる様に声をかけてみますね」

朝比奈みくるは涙を浮かべながら自分自身で出来ることを探るように応じた。

「ええ。ご学友の方にも声をかけて見舞いに行きましょう」

古泉が微笑みながら朝比奈みくるに答えた。

「………それは止めた方がいい」

意外にも反対する者がいた。

声の主は長門有希だった。

「ふぇっ!?何でですか?」

理解不能といった表情で朝比奈みくるが長門有希に質問をした。

「彼の携帯電話に登録されていた電話番号が改変された」

朝比奈みくるがやはりぽかんとしたままで、再度長門有希に質問をする。

「電話番号が改変って………090から080みたいなことですか?」

「そう。彼の携帯電話の電話番号自体も改変された」

「えっ!?」

朝比奈みくるはようやく理解できたのか驚きの声を上げた。

「……涼宮さん…ですか?」

古泉が冷静なままで長門有希に確認をとる。

「そう」

長門はそう言ったきり沈黙した。

「………僕らは彼の家族や友人たちに連絡しない方がよさそうですね」

古泉は意を決したかのようにそう呟いた。

「え、ええっ~~………」

朝比奈みくるはというと、同意なのか感嘆なのか解らない返事をしたまま俯き、一滴、また一滴と地面を濡らしながらトボトボと歩き続けた。

ハルヒの真意が解らぬまま暫しの時が流れた。

その間、キョンの容態は悪化の一途をたどった。

そんなある日のことである。

「キョン?どうしたの?」

ハルヒがキョンに声をかけた。

「うん?いや、誰からも電話がかかってこなくて寂しいから旧友にかけてみたのだが電話番号が変わっているらしくてな」

痩せこけたキョンは携帯電話を片手に寂しそうに呟いた。

「酷いわね!でも大丈夫よ!あたしはあんたを見捨てないから!!」

ハルヒは自分の事の様に憤りながらもキョンを元気づけた。

「あ、ああ………すまんな」

そんなハルヒに対してキョンは力なく答えた。

「それはそうと転院よ!転院!」

ハルヒは急に思いついたかのようにキョンに切り出した。

「おい………急に何を言いだすんだよ」

キョンが疲れ果てた様に言う。

「急にじゃないわよ!前々から転院してもらおうと思ってて医療機器まで買っておいたんだから」

「その金は………」

「もちろんあんたのお金よ。あんたの為の道具なんだから」

ハルヒはさも当然といった面持ちである。

「あ、お礼はいいわよ。あたしも業務委託費として一億八千万も貰っている以上は仕事をしないとね」

「ま、待て!」

キョンの制止を無視して、ハルヒは「あー、忙しい」と独り言を言いながら病室を出て行った。

受付で諸々の手続きをしているハルヒに朝比奈みくるが声をかけた。

「あ、あのー………」

「今、忙しいの!見たら解るでしょ!!後でにして!後でに!」

ハルヒは恐る恐る声をかけた朝比奈みくるを不機嫌に追い返す。

「あの、…今じゃなきゃダメなんです」

それに対して朝比奈みくるは精一杯の勇気を振り絞り逆らい、さらに続ける。

「キョンくんの体は転院には耐えられません!それに転院先は別に食道癌の専門病院じゃないはずです!」

その声は悲痛な叫びにも聞こえた。

ハルヒは書きこんでいた書類の筆を止め朝比奈みくるを一瞥した。

その目つきに彼女の体が一瞬びくりと震える。

「キョンの両親が市内の病院を虱潰しに調べてるんだから仕方がないじゃない」

怯える朝比奈みくるに対してハルヒは平然と転院理由を告げる。

「み、見つけられても別にいいじゃないですか!!」

その理由に朝比奈みくるは涙声となりながら反発する。

「駄目に決まってるじゃない!何を言ってるのよ」

それに対してハルヒは驚きの声をあげて続ける。

「本当にキョンに会いたいのなら学校なり同級生になりから聞き出して割り出せばいいのよ」

「じゃ、じゃあ私が聞かれたら………」

朝比奈みくるは涙を浮かべながら上目づかいでハルヒの様子を見ている。

「答えたら駄目よ。あたし達SOS団は答えを知っているんだから。いきなり答えを聞いたら会いたい証明にならないでしょ?」

ハルヒは出来が悪い生徒教えるかのように微笑む。

「あ、そうそう!他の誰にもキョンの場所は教えちゃ駄目だからね」

ハルヒはそう念を押すと再び手続き書類への書き込みを再開した。

朝比奈みくるは床を濡らしながら、ぼやけるハルヒの背中を見続けることしかできなかった。

朝比奈みくるが危惧したとおり、キョンの体は転院には耐えられなかった。

それ以来キョンは痛み止めと麻酔が欠かせなくなり、意識が混濁し、譫妄状態に陥ることも少なくない。

古泉一樹の手配した医師と看護師長も追いかけて転任したものの医術としては現状維持が限界であった。

「昨日も泊まり込みだったんですか?」

クリーニングした着替えを持ち、病室に入った朝比奈みくるはキョンを看護している人物に声をかけた。

「ええ。そんなつもりはなかったのですが気が付いたら夜が明けていました」

古泉一樹は微笑みながら朝比奈みくるに応じる。

そして席を立ち朝比奈みくるの持ち込んだ衣類を受け取ろうとした。

「あ、大丈夫です!わたしが運びますから!古泉くんは少しでも休んでいてください」

「いえ。大丈夫ですよ。女性に荷物を運ばせるわけにいきませんから」

古泉一樹はそう言うと半ば強引に衣類を奪い取ると、分類しながら仕舞い始めた。

手持無沙汰となった朝比奈みくるはキョンの様子を窺った。

珍しく穏やかな顔をしているキョンの寝顔に安堵しつつ、ポットのお湯でお茶を淹れる。

「睡眠薬ですよ」

背中を向けたままの古泉一樹は小さな声で説明した。

「看護婦さんが………ですか?」

その説明に対して、誰が投与したのか朝比奈みくるが探りを入れる。

「うふっ。ご安心を。看護師の方ではありませんが、涼宮さんでもありませんから」

その答えを聞いた朝比奈みくるに安堵の色が浮かぶ。

衣類を仕舞い終えた古泉は少し悪戯っぽい笑みを浮かべるとパイプ椅子に腰かけた。

「古泉くんですか?」

朝比奈みくるは古泉に誰が投与したのか予想をつけた。

「でも、ICUなのにいいんですか?」

そしてすぐに新たな不安が浮かんだのか、少々心配げな表情になった。

「ICUに泊まり込めたり、親族でもないのに転院出来てしまうあたりで察してください」

古泉一樹はそう穏やかに言うと朝比奈みくるの淹れたお茶を一口啜った。

それを聞き、朝比奈みくるは全てが合点いったかのように頷いた。

「それと御安心ください。投与者は僕ではありません。そして看護師でも涼宮さんでもありません」

古泉は湯呑を置き朝比奈みくるをからかうかの様に見る。

「え、えっ?じゃあ………長門さん?」

朝比奈みくるは自信なさげにそう答えると、病室の窓辺で読書に励む少女に視線を送った。

「彼女ならもっとも信頼できるのですが、残念ながら違います。正解は医師です。彼は組織が派遣した人間ですから気軽に呼び出せるんですよ」

古泉は空気が漏れたかのような笑い声と共に正解を発表した。

朝比奈みくるはというと見当違いだったのが恥ずかしかったのか赤面して俯いてしまった。

一息ついた朝比奈みくるは恥ずかしさを誤魔化す為という訳でもなく、静かな寝息をたてるキョンの寝顔を見つめながら安堵したかのように呟いた。

「………薬のお蔭と言えども、こうやって静かに眠ることも出来るんですね」

その視線はやさしさに溢れながらも明らかに悲しみを帯びていた。

「ええ。束の間とはいえども僕も嬉しいです。なにせ昨晩は一晩中苦しそうに呼吸をしていましたから。漸く薬が効いてきたのか落ち着いたのですよ」

古泉はどこか嬉しそうな、それでいていつもと変わらぬ微笑みをたたえている。

「一晩中って………それじゃあ、それを見ていた古泉くんは?」

朝比奈みくるは心配そうに古泉の方を見る。

「今は彼が静かに寝ている。それでいいじゃないですか」

古泉はいつもと変わらぬ、否、いつもと違いどこか心の底から出てきた様な微笑みで朝比奈みくると視線を合わせた。

病室に流れる優しい空気は乱暴に開かれたドアの騒音によってかき消された。

「ちわー!!今日のキョンの調子はどうかしら?」

朝比奈みくると古泉一樹が驚きながらドアの方を見ると、涼宮ハルヒがそこにいた。

涼宮ハルヒが元気よくドアを開けると、これまた元気よく挨拶しながら病室に入ってきたのだ。

続きが気になる

ハルヒは人を癌患者にしたりしない。そんなこともわからん>>1はSSを書く資格がないな。

>>45お前の中だけではな

まあSSは二次創作ですし

朝比奈みくるはハルヒに静かにすることを促すように口元に人差し指を立てた。

そして眠っているキョンを静かに指さした。

朝比奈みくるが指さした方をみたハルヒの表情が一変する。

「なに!?夕方なのにまだ寝てるの!?こら、バカキョン!!いい加減起きなさい!!!」

ズカズカと大股でハルヒはキョンに近寄る。

慌てて朝比奈みくるがハルヒに駆け寄り、

「ようやく眠れたらしいんですぅ~」

ハルヒの耳で囁いた。その声は泣きそうであった。

ハルヒはわざとらしく溜息をつくと、

「仕方がないわねぇ。動けないキョンの為に部室をこの病室に移してあげたのに当人が寝てちゃ意味が無いじゃない」

そう言って仕方がないわねといった感じのジェスチャーを大げさにしてみせた。




ハルヒは病室の片隅からガラガラと音を立てながらホワイトボードを引っ張り出した。

「キョンは寝ているらしいから、今日はキョン抜きでミーティングをするわよ!」

ハルヒは元気よく宣言した。

「あの………なにも病室でしなくても…せ、せめて小さな声で」

朝比奈みくるが小さな声で提案をする。

「なに?あんたキョンをのけ者にしたいわけ?」

ハルヒはギロリと不審がこもった目で朝比奈みくるを睨みつけた。

すると朝比奈みくるは蛇に睨まれた蛙の様に、一瞬びくりとしたかと思ったら、縮こまり動かなくなった。

その様子に満足したのかハルヒは嬉しそう表情でホワイトボード一叩き、

「それじゃあ、今日の議題は-----」

ハルヒがそこまで言った時にキョンが呻き声をあげた。

「あら?キョン起きたの?」

ハルヒがキョンの表情をうかがう。

キョンからは「あー」とも「うー」とも聞き取れる声で反応があった。

「うん。起きたようね。よろしい。」

ハルヒは笑顔満点の表情で頷いた。

そしてキョンに近づき顔を覗き込むと、

「おはよう」

そう声をかけた。

キョンは虚空を見つめながら「あぁ………」そう生返事をした。

ハルヒはキョンが起きているのを確認すると半身を優しく起こし上げる。

「まだ本調子じゃないみたいだから無理に意見は言わなくてもいいけど、そこでミーティングに参加しなさい」

キョンは焦点の合わない目で、「……ふぁ~い」そうぼんやりと答えた。

ミーティング中、ハルヒは度々キョンに同意を求め、その度にキョンは、

「ふぁい」、「はぁ~い」と夢の中で返事をしているかの様にぼんやりした様子で呂律の回らない返事をした。

朝比奈みくるは悲しげな瞳でその様子をみつめた。

長門有希はその様を委細漏らさぬように観察を続けた。

そして古泉の表情から笑顔が消えていた。

>>46
自演きめぇ

その様な感じで暫くの月日が流れた。

その間、キョンの病状は益々悪化していっていた。

一同も漫然と日々を過ごしたわけではない。

ハルヒが何を望んでいるの様々な試行錯誤が行われた。

しかし、鍵であるはずのキョンが痛みや薬によって思考を奪われてしまっていた。

そのため、もはや鍵として機能できなくっているのは誰の目にも明らかだった。

そんなある日、諦めにも似た空気の流れる病室で古泉がバケツの湯で清拭の為の布を絞っていた。

「随分と湯気が立っていますが熱くないんですか?」

朝比奈みくるが古泉一樹に対して心配そうに声をかける。
もはや病室、しかもICUで見舞客がそんなことをしていることに突っ込む気はなかった。

古泉は微笑みを持って無言で答えた。

「セルシウス度にして七十度」

代わりに長門有希が答え、そして続ける。

「通常は五十度で行う」

「ええっ!?キョンくんが火傷しちゃいます」

長門有希の発言を聞き朝比奈みくるが驚きの声を上げた。



「大丈夫ですよ。適度に冷ましてから体を拭っていますから」

古泉は微笑んだままそう答えた。

「じゃ、じゃあ!!もっとぬるいお湯でするか布の端っこもって冷ましてから絞ったらいいじゃないですか」

朝比奈みくるは慌てたような、心配しているかのような口調で常識的な提案をした。

「んふっ。彼だけに苦しい思いをさせたくない……少しでも痛みを共有できるのなら…そう思ってやっているんですよ」

寂しそうにほほ笑む古泉の手は皮膚はもとより肉までもがめくれるほどに痛んでおり、かなり前からそうやっていたことを物語っていた。

朝比奈みくるが心配そうにその爛れた手を見つめていると、古泉はどう思ったのか声をかけた。

「心配ですか?ですがご安心を。傷口に繁殖した雑菌が彼に付かない様にしていますから」

古泉はそう言うと医療用ゴム手袋をはめた。

「傷があるから熱めの湯でやってもいるんですよ。………彼のぬくもりを感じられないのは少々残念ですが」

最後の方では古泉は冗談めかしたかのように微笑んだ。

古泉がキョンの背中を拭いているとキョンが声をかけてきた。

「ハルヒ………いつも…ありがとな」

もはやキョンには誰が背中を拭いているのかわからなかった。

「礼を言っている暇があるならさっさと治しなさいよ!!一緒に不思議探索をするんでしょ!」

そう答えたのは古泉だった。精一杯、涼宮ハルヒの口真似をしたのだ。

「ほら、終わったわよ!」

古泉がそう言い終ると病室のドアが開いた。

ハルヒが紙を一枚持って入室してきたのだ。

ハルヒは大股でキョンの元に行くと、

「キョン!結婚するわよ!!」

いきなりそう宣言した。

古泉は漸くなんの紙だったのかを理解した。

「いきなり何を言っているんだ?」

キョンが小さく答える。

「だって、夫婦にしておかないと色々と手続きが面倒だったりするのよ?」

ハルヒは大きな声でそう応じる。

「だがお前の戸籍が……いやそれ以上に未成年者が勝手に結婚できるのか?」

「なんとかなるわよ!」

ハルヒはキョンの疑問を一蹴した。

古泉はそんな二人の邪魔をしない様にバケツと布を持って静かに病室を後にした。

古泉もなんか怖くなってきた

翌日のことである。

今日もキョンに付き添っている古泉に朝比奈みくるが恐る恐る声をかけた。

「………結婚のこと…知っていますか?」

その問いに古泉はキョンの寝顔を見たまま笑顔で答えた。

「ええ。あの後、涼宮さんが全部書きこんで市役所に提出したそうですね」

そして軽く笑ったかのような息継ぎをして続ける。

「組織によれば無事受理されたようですよ。これでお二人は晴れて正式な夫婦ですね」

「あ、あのなんて言えばいいのか………」

朝比奈みくるは古泉にかける言葉探るように言いよどんだ。

「んふっ。何を躊躇しているのかは知りませんが、僕は涼宮さんの望みが叶って嬉しいんですよ」

古泉は笑顔で言う。

「………古泉くん…」

朝比奈みくるは寂しそうに呟いた。

「僕の願いは世界の安定です。彼女が結婚によって精神が安定してくれれば非常に助かるのです」

さらに続ける。

「彼の看護は僕がしたいからしているのです。ハッキリと言えば、涼宮さんが看護によってストレスを避けるためにやっているのです」

古泉はやはり笑顔のままだった。

「で、でもっ!!」

朝比奈みくるはなおも食い下がろうとする。

古泉はそんな彼女に対して、

「そろそろ摘便をしたいのですが………女性。しかも天使と慕っていた方には見られたくない姿ですから、長門さんとともに暫く退室をお願いできませんか?」

そう爽やかに告げた。

「古泉くんはそんなことまでしているんですか!?」

朝比奈みくるが驚くと古泉は愚問ですねと言わんばかりのジェスチャーをした。

もはや何も言うことがない朝比奈みくるはトボトボと、長門はヒョコヒョコと病室を出て行った。


古泉は二人が出て行くとゴム手袋にグリセリンを塗りながら呟いた。

「世界の安定のため………僕は嘘つきですね」

その顔は笑顔だった。
ただ、いつもとは笑顔とは明らかに違い、自虐的な色に満ちていた。

病室の外で朝比奈みくるは大きなため息をついた。

それを見て声をかける人物が居た。

「あら?こんな所でため息をついて……なにかあったの?みくるちゃん。」

涼宮ハルヒが心配そうに声をかけたのだった。

「え!?あ、あの何でもないです。その……摘便されてる姿は見られたくないだろうからって、古泉くんに促されて出てきたんです」

朝比奈みくるは慌ててハルヒにそう答えた。

「てきべん?」

涼宮ハルヒは何それと首を傾げる。

「は、はい。長く入院してると運動不足とかで酷い便秘になっちゃうことがあるらしくって……」

「………」

「………」

暫しの沈黙が流れる。朝比奈みくるはそれで説明を終えたつもりだったのだ。

「ふ~ん……それで?」

それに対してハルヒはさっきのでは理解できなかったのか続きを求める。

「え!えっと………それで座薬を飲ませてから指で取ったりするんです…」

朝比奈みくるは辛そうにそう答えた。

「……指でうんちを掘り出してるてこと?なんだかバッチィわね」

説明を聞いたハルヒはうぇとでも言いそうな仕草をした。

「それよりもみくるちゃん!!これ見てよ!このバッグ!!」

一転、ハルヒは自慢げにバッグを見せ付けた。

「………シャネルですか?」

未来人でも知っていたのか、バッグのブランド答える。

「そうよ!やっぱりキョンの妻としては綺麗でいなくっちゃいけないと思わない?だから、さっき買ったのよ!」

ハルヒははしゃぎでいる。

「キョンにも見せてあげないと……」

ハルヒはそこまで言ってからあることに気が付いたのかはしゃぐのをやめた。

「…でも、うんちをとって貰ってる姿はあたしには見られたくわよね。どうするみくるちゃん?ホテルの喫茶店にでも行って時間を潰す?」

ハルヒは一思案してからみくるにそう話を振った。

そこでハルヒは自分が朝比奈みくるに睨まれていたことに気が付いた。

「ど、どうしたのよ?」

ハルヒは驚き質問をする。

「どうって………本当に解らないんですか?」

朝比奈みくるは悲しいのか怒っているのか解らない表情でハルヒに質問を返す。

「だから聞いているんじゃない」

「そう………ですか…ごめんなさい。用があるのでわたしは帰ります」

朝比奈みくるそう告げるとトボトボと廊下歩いて行った。


その後ろ姿を見ながらハルヒは長門に質問する。

「ねぇ?なんでみくるちゃんの様子が変なのかな?」

「………」

「バッグが羨ましくて嫉妬するタイプじゃないだろうし……」

「………」

「あ!解ったわ!!」

ハルヒは無言の長門に構わず結論を出した。

「あれね。ホテルでお茶を出来ると思ったのに用があっていけないから落ち込んじゃったのね」

ハルヒは一人でうんうんと頷くと、

「キョンのうんちをとった病室はなんだか臭そうで寄る気がしないわね。あたしも今日は帰るわね。古泉くんにもよろしくね。それじゃあ、有希!またね~」

ハルヒは長門にそう言うと手を軽く振りながら駆け足で立ち去った。

キョンが入院してからどれほどの月日が流れたであろうか?

世の中ではクリスマスが終わり、年の瀬も迫っていた。

だがキョンの病室はそんなイベントとは無縁だった。

一定温度に管理された病室。壁際で置物の様に読書をする少女。

そして転院から毎日付き添っている一人の男性。

その男性に一人の少女が声をかける。

「こんにちは。毎日お疲れ様です。少し代わるので休んでてください。最近は特に大変そうですし………」

声の主である朝比奈みくるは心底心配しているようだった。

そんな朝比奈みくるに対して古泉からは何の反応もなかった。

「あ、あの~………」

もう一度声をかけるがやはり反応がない。

うたた寝でもしているのかもしれない。

朝比奈みくるはそう期待して、起こさない様にそっと古泉の顔を覗き込んだ。

「おや?朝比奈さん、どうかしましたか?」

憂いを帯びた笑顔でキョンの寝顔を見つめていた古泉はみくるが覗き込んでくると声をかけた。

「あ、あの!声をかけたのですが反応が無かったので……」

朝比奈みくるは少々驚きながらも説明をした。

「おや?そうでしたか。僕としたことが少々うたた寝をしていたようです。気が付かずに失礼しました」

古泉は笑顔のままで申し訳なさそうにそう言った。

「あの、起こしちゃってごめんなさい。あんまり無理はしないでくださいね」

「ええ、もちろん。僕は他にもバイトがありますから。そちらに支障が出ない範囲でやっているんですよ」

ここで朝比奈みくるは古泉一樹が自分の唇を見続けていることに気が付いた。

その朝比奈みくるのわずかな変化に気が付いた古泉が先に言った。

「おっと失礼。あまりに魅力的な唇だったので思わず見惚れてしまいました」

朝比奈みくるの顔がみるみる間に赤く染まる。

その時、壁際から声がした。

「読唇術」

「ふえっ!?」

朝比奈みくるが恥ずかしさに顔を伏せつつも奇妙な声を上げた。

「唇の動きから言っていることを把握している」

「そ、それって………」

朝比奈みくるが動揺する。

それを古泉はみくるが愛の告白を受けたと勘違いしていたと捉えたのか長門に構わず言葉を紡いだ。

「んふっ。一般論ですよ。もっとも僕としてはそう捉えて頂いても構いませんが……どの道未来人のあなたには関係のない話ですね」

そう言いながら笑顔を崩さない古泉。そんな古泉に構わずに長門は喋る。

「古泉一樹の両耳の聴力は過労とストレスによる突発性難聴により失われている」

さらに続ける。

「彼はこの二週間、正確には三三二時間五四分の間一切の睡眠及び休憩をとっていない。その間五度ほど閉鎖な空間が発生しており、その全ての戦闘に参加している」

「そ、そんな!!」

朝比奈みくるは驚きの声をあげた。

彼女の変化によって古泉は長門によって自分の状態が伝えられたことを悟った。

古泉一樹は一言、「ご心配なく」そう言って微笑んだ。

「逃げてください!!」

朝比奈みくるが悲痛な声を出しつつ続ける。

「世界の安定も大事ですけど、古泉くんが死んじゃいます!!」

みくるの声は潤んでいる。

「今の古泉くんが任務とか責任から逃げたとしても誰も責めることなんかできません!!逃げてください!」

みくるは頬を濡らしながら古泉に懇願した。

「あなたの口から任務の放棄がでるとは意外ですね。……でも…僕は任務とか責任でここに居るんじゃないんですよ。ここに居たい。ただそれだけの理由でここに居るんです」

古泉は一息置いて続けた。

「以前、世界の安定の為に彼の看護をしているといいましたが、卑怯な僕はそれをダシにして自分がやりたいことをやっているだけなんです」

いつもと変わらぬ古泉の笑顔はどこか自分自身を責めている様でもあった。

「で、でもっ!!」

朝比奈みくるは涙を隠そうともせずに反発する。

「僕は耳が聞こえなくなったのも嬉しいのです。彼のお蔭で彼の苦しみが一部移ったかのような仄暗い歓びを感じてしまっているんです」

古泉から笑顔が消え、唇を噛みしめていた。

「閉鎖空間もそうです。彼が愛した涼宮さんが彼の病気を案じて発生している。彼が彼女に思われている。それだけで嬉しいじゃないですか」

古泉の表情はどこか一筋の希望を見つけたような笑顔になっていた。

朝比奈みくるは吹っ切れたのかもう泣いてはいなかった。

「以前、古泉くんはキョンくんがわたしのことを天使の様に思っているといいました。でもこれだけは言えます。古泉くんは紛れもない天使です」

「御冗談を。僕は天使の様な立派なものではなく彼に偏執しているだけです」

古泉は息継ぎの様な笑いをして続ける。

「もし関心がない相手だったのなら看病なんてしていません。考えてもみてください。天使が誰か一人に肩入れするでしょうか?肩入れしたとしてそれは天使らしい行動といえますか?僕のやっていることは天使とは真逆の依怙贔屓、自分の欲望に従っているだけと言い換えてもいいでしょう」

「………それでもわたしには古泉くんが天使にみえます」

「…神は人を、それのみならず自分が創った全てを愛しています」

「涼宮さんのことですか?」

「生き物は産まれた瞬間から死への一方通行が始まります。その間病気にもなります。老いによって衰えもするでしょう。そして例外なく死にます。ある程度の知能がある生き物なら死別による苦悩もあるでしょう」

古泉はみくるの問いを無視したまま続ける。

「生物は他を押しのけ、或いは糧として明日を生きています。その延長として戦争もあるでしょう。生き物同士の競争と関係がない災害だってあります。飢餓もあるでしょう。事故というものもあります」

古泉は一息置いてさらに続ける。

「それらは全て神が創ったことです。そして神はそれらを含めて全てを愛しているのです」

古泉の長い独演が終わった。

「神様って残酷ですね」

みくるはポツリと感想を漏らした。

「いえ。愛しているのです。ですが神が人並みの感情を持っていたとすればその愛に濃淡が出来ます。それによってもたらされるのはあり得ない程の俗物的な幸運か……或は愛ゆえに試練を与えるかのどちらかだと僕は思うのです」

「だから涼宮さんはこうしているのだと言いたいのですか?」

朝比奈みくるは再度質問をした。

「さぁ?神の御心は神のみが知りますから。僕らではうかがうことができません」

古泉一樹は笑い声の様な息継ぎをし、

「要は僕は立派な人間でも何でもなく、自分の欲求に従って、自己満足のために看護をしている。そう言いたいのですよ」

微笑みながらそう締めくくった。

「…ハルヒ?居るのか?」

二人が喋っていた所為かキョンが目を覚ました様だった。

「なによ」

古泉が慌てて涼宮ハルヒの真似をして応じる。

「……戸籍汚しちまってごめんな」

キョンの頬に一筋の水滴が零れた。

「くだらないことを言わないでよ!そう思うならさっさと治しなさい!命令よ!!」

古泉は似てない真似で応じる。

「あ、ああ…そうだな。治して、一日でも長く生きて、一つでも多くの不思議を見つけないとなぁ」

キョンはその真似に気が付いていないようだ。

「当り前よ!」

古泉はそう言いながら泣いていた。

「………ハルヒ。いつもありがとうなぁ」

キョンはそう言って一息おき続ける。

「ちょっと顔を近づけてくれないか?」

古泉は涼宮ハルヒの振りをしているのがばれてしまったかもしれないと恐れつつ、キョンに顔を寄せた。


そのとき、キョンが古泉にキスをしてきた。
唇に触れるだけのキスとは違う、ディープキスだった。
みくるはものすごくドキドキした。

えんだー

キョンの体力を考えるとそれほど長いものでは無かっただろう。

しかし、みくるにはそれは永遠と思えるほど長く感じたし、できるだけ長く続くことも願った。

舌を絡ませ合う二人の人物。淫靡に見えるその光景をみくるは神聖なものの様に見つめ続けた。

舌を絡ませ体液を交換する音。卑猥に聞こえるその水音をみくるは息を押さえてでも聞き逃さないようにした。

やがて二人の体が離れた。

「ハルヒ…アイラヴユー」

キョンはそう呟くと深い息をした。

それを聞いたみくるは自分の心臓が高く鳴ったのを感じた。

そして古泉の顔を見る。

古泉は微笑みながらも嬉しそうであり、また悲しそうな表情であった。

それを見た朝比奈みくるは鼓動が収まらず、やがては胸が張り裂かれるかのような感覚に襲われた。

そして耐えきれず逃げる様に病室を後にした。

朝比奈みくるは病室の前でしゃがみこんでいた。

それからどれほどの時間が経ったのか解らない。

沈み込む朝比奈みくるの心は声をかけられることによって呼び起された。

「あら、みくるちゃん。こんな所でどうしたの?」

声をかけたのは涼宮ハルヒだ。

デパートの紙袋を持った彼女が見舞いに来たようだった。

「泣いてるけど、なにかあったの?」

ハルヒの指摘によって、みくるは自分が泣いていたことに気が付いた。

「もしかしてキョンが死んじゃった?」

平然と言ってのけるハルヒにみくるは少々苛立ちながらもそれを否定する。

「そう!よかったわ!」

みくるの返事を聞きハルヒの顔が明るくなる。

それを見たみくるは苛立った自分の不明を恥じた。

「まだ遺言を貰ってないのよね」

ハルヒは安心したかのようにそう言った。

呆然とみつめるみくるにハルヒは続ける。

「そうそう!これ見て!これ!」

ハルヒはそう言ってみくるに自分の手の甲を見せた。

そこには指輪がはめられていた。

ショーウィンドウを眺めながら朝食のクロワッサンを食べると絵になるような高級装飾店のものだ。

「………指輪ですか?」

みくるは不愉快さを隠さずに指摘する。

「そうよ!前にキョンがあたしに買ってあげたいって言っていた指輪を買ってきたの」

「…だからデパートの紙袋を持っているんですか?」

「これ?これはみくるちゃんへのお土産!はい!」

そう言ってハルヒは紙袋をみくるに差し出した。

みくるがそれを受け取らないでいると、

「もしかして遠慮してるの?だったら遠慮はいらないわ。デパートで喪服を買ったついでだもの」

ハルヒはそう言って微笑んだ。

「準備万端なんですね………」

みくるは小さな声で反発する。

「当り前よ!キョンくらい財産があると色々大変なんだから!それにキョンも一回もお見舞いに来ないような薄情な両親とかには財産を遺したくないだろうし………だから遺言を残して欲しいんだけど、とりあえず、まだ死んでなくて一安心よ」

「お金………そんなに大事ですか?」

朝比奈みくるは泣きそうな声でハルヒに問いかける。

「当り前よ!なにを言ってるのよ」

ハルヒは平然とそう答えた。

「………ごめんなさい。気分が悪いんで帰ります」

朝比奈みくるはふらふらと立ち上がった。

「あら?大丈夫?今日はゆっくり休むのよ」

みくるはハルヒの呼びかけに返事はなく、みくるはそのまま背中を見せた。

「あ!お土産を忘れてるわよ!………おーい!」

ハルヒが声をかけてもみくるは振り返ることなくその場を立ち去った。

「変なみくるちゃん。よっぽど体調が悪かったのかしら?」

ハルヒは納得いかない風にそう呟き、朝比奈みくるの背中を見送った。

結末が気になる

みくるを見送ったハルヒは病室に入り、古泉と長門の姿を確認する。

確認ができると満足気に頷き、

「ハイ!みんな注目ー!!」

そう言って手を叩いた。

ハルヒの入室時から注目していた二人はそのままハルヒの次の言葉を待った。

「これからキョンは退院するので二人には荷物運びを手伝ってもらいます」

ハルヒはそう言って荷物をまとめる様に促す。

「ちょっと待ってください!退院ってどういうことですか?」

古泉一樹が珍しく取り乱しながらハルヒに質問した。

「なにって………病院を出るってことだけど?」

ハルヒは質問の意味が解らないと言わんばかりの表情で退院の字義を古泉に説明する。

「い、いえ!そうではなくて、彼の体調で退院は無理です」

古泉が質問をしなおす。

「医者でもないのに勝手なことを言わないで頂戴。ほら、有希を見習ってパッパッと荷物をまとめる」

古泉が長門を見ると彼女は既に整理を始めていた。

「いったい何のために!」

古泉はすぐにハルヒの方を見て抗議をしはじめた。

「キョンの為に決まってるじゃない。後は…まぁ病院の職員?」

ハルヒが当然のように答える。

「今、退院することが彼の為になるとは思えないのですが……それに職員?」

古泉は新たな疑問を提示するとともに再考を促す。

「なに言ってるのよ!こんな病室でお正月を迎えさせる気なの?それに職員の人達にもお正月くらいのんびり過ごして欲しいじゃない」

「……で、ですが」

「それにほら、あたし達も新婚な訳でしょ?たまには家で二人っきりで過ごしたい訳なのよ」

ハルヒは古泉の抗議を途中で打ち切った。

「ほら、古泉くんも働いた、働いた」


もはや古泉に抗う術はなかった。

こうしてキョンは退院した。

ハルヒはキョンをタクシーに押し込むと、

「あたし達は新婚なんだし、松の内はあたし達の家に近づかないでよね。みくるちゃんにも伝えておいて」

二人にそう告げると、タクシーに乗り込み走り去って行った。

三が日が終わった。

古泉とみくるは相談し、やはり松の内が明ける前に迎えに行くことにした。

一月の四日。耳の聞こえない古泉に代わりみくるが涼宮ハルヒに電話するものの一切出なかった。

明くる五日。二人に長門も加えてハルヒの家に直接押しかけた。

しかし、留守の様だった。

「まさかハワイとか外国に行ったんじゃ………」

みくるが不安気に独り言を言う。

「いえ。組織の方では出国を把握していないので大丈夫だと思います。ただ……」

みくるの唇の動きを目ざとく見つけた古泉が反応した。

「ただ?」

みくるが古泉が言いかけたことを問いただす。

「いえ。今は涼宮さん達が帰ってくるのを待ちましょう」

それを最後に三人は無言だった。

そして日がすっかり落ちた頃、一台のタクシーが涼宮邸の前に停まった。

タクシーからはハルヒが降りてきた。

ハルヒは三人を見つけると声をかけた。

「なに?あんたたち、人ん家の前でどうしたの?」

「キョンくんのことで少しお話が………」

切り出したのは朝比奈みくるだ。

「ふ~ん………なにかしら?」

ハルヒは珍しく機嫌が良さそうに話を聞く体制に入った。

「少々予定を早めて入院させては如何でしょうか?」

古泉が内容を伝える。薄暗がりの中でも唇の動きが見えるのか全く齟齬が生じていない。

「あ、それ無理だから」

ハルヒはにべもなくそれを拒絶した。

「あの………じゃあ、キョンくんにお正月の挨拶だけでも」

朝比奈みくるに考えがあるのか、とりあえずはキョンに会う方針にしたようだ。

「ごめん。それも無理」

ハルヒはあっさりと、まるで道端で肩でもぶつかったかのような謝り方をする。

「そ、そんな………」

まさか会うことも拒否されるとは思っていなかったのか朝比奈みくるは衝撃を受けていた。

そんなみくるを不憫に思ったのかハルヒが追加の説明を加えた。

「だって、キョン死んじゃったんだもん」

ハルヒは片手を前で切り、「ごめんネ」とでも言いそうな恰好をした。

例えば本の発売が延期したなら取ったであろう謝罪の格好だ。

ハルヒのあっけらかんとした態度に一同が唖然としている。

それを知ってか知らずかハルヒは説明とも弁解とも取れる言説を続けた。

「だって、ほら!お正月でしょ?お正月といえばお餅じゃない?それで、キョンも欲しがるものだから小さく切って食べさせてあげたの」

「食道癌の彼にですか?」

街灯の下、蒼白となった古泉が確認をとった。

「うん。そしたら喉に詰まっちゃって、そのまま死んじゃったの」

ハルヒは陽気にそう言った。

「彼に最後の挨拶をしたいのですが」

声を震わせながら古泉が懇願した。

「無理よ。だって今日燃やしちゃったもの。キョンがマカロンみたいになっちゃってビックリしちゃったわ」

ハルヒが珍しい虫でも見つけた子供の様に無邪気に報告している。

よく見ればハルヒの服装は闇色の喪服であった。

「な、なんで連絡をしてくれなかったんですか?」

みくるが明らかに批難がこもった声色でハルヒを問い詰める。

「だって近親者のみでって遺言だったんだもん。でも、キョンの親とか妹は最後まで場所を割り出せなかったみたいで来なかったわね。冷たくてビックリしちゃったわ」

「全部…一人でやったんですか?」

「まさか!これからのこともあるし弁護士さんにもついてきて貰ったわ。遺留分ってあるんだってね。あんな冷たい両親でも遺産が貰えるなんて頭にきちゃう。折角、キョンがあたしに全財産を遺したいって遺言を書いてくれたのに」

「………お金の話ばっかりですね」

朝比奈みくるは肩を震わせながら声を振り絞った。

「あ!みんなにメッセージがあったわよ」

ハルヒは朝比奈みくるの抗議と関係は不明だが思いついたかのようにそう言った。

「有希。何か紙と筆記用具はないかしら?」

ハルヒはそのままの勢いで長門に話を向けた。

長門はそれを受けて、どこから取り出したのかメモ帳とボールペンを無言で差し出す。

「ナイスよ。有希」

ハルヒは受け取りながらそう言い、やおらメモ帳に何かを書き始めた。

書き終わるとそのページを破り取り、今度は鞄をまさぐり札束を一つ取り出した。

「はいこれ。キョン直筆のメッセージとお世話になったお礼だって」

ハルヒは札束とメモ翌用紙一枚をみくるに渡す。

そこには『朝比奈さんへ。お茶、大変美味しかったです』そう一言だけ書いてあった。

みくるがそれを受け取るとハルヒは一思案。

「うーん…古泉くんにはなにがいいかしらね」

そう独り言をいうと再びペンを走らせる。

そしてハルヒは同じく札束を取り出し、紙一枚とともに古泉に差し出す。

「はいこれ。古泉くんにだって」

一応、古泉はそれを受け取る。

『お前、ゲーム弱すぎ』

メモ翌用紙にはキョンとは明らかに異なる文字でそう書かれていた。

「うーん………有希はどうしようかしら?」

ハルヒが目を閉じ考えていると甲高い空気の炸裂音がした。

それと同時にハルヒの顔が横を向く。

頬を平手打ちされたのだ。

叩いた人物が罵声を浴びせる。

「なんでこんなことが出来るんですか!なんでこんな無情なことが………なんで…」

朝比奈みくるだった。彼女はそのうち泣き出してしまった。

納得がいかないのは涼宮ハルヒである。

「なによ!この牛女!!人が折角お小遣いにキョンのメモまで添えてあげたのに!!」

今にも掴みかからんとしたその時である。

「やめてください!!」

制止したのは古泉だった。

その古泉は土下座をしていた。

「ちょっと!なんで古泉くんが土下座してるのよ!」

ハルヒは狼狽の色を隠せずに古泉に怒鳴る。

「僕は謝らなければならないのです。過去のこと、現在のこと、これからすることを。彼に、あなたに、朝比奈さんに、長門さんにもそうでしょうがなにより組織に」

古泉は下を向いたままだ。

「謝るってなによ?もしかして横領でもしてたの?」

「あなたには願望を実現する能力がある」

古泉はハルヒを無視した。正確には、聞こえていない。従って古泉は一方的に独白している形だ。

「願望を実現ってなによ?あたしが望んだからこうなってるとでも言いたいの?」

「あなたが認めなくても、あなたが望んだから彼が癌になり……いえ、そもそも彼が十億を手にし、全ての歯車が狂ったのです」

「なによ!まるであたしがキョンの遺産を望んだみたいな言い方じゃない。頭にくるわね」

「思い返してみてください。彼との日々は金銭に換価できるようなものですか?あなたが本当に望んだものはお金じゃなかったはずです」

「………」

「あなたが望んだものは不思議……いえ、言うまでもなく本当に望んでいたものは不思議ですらなかったはずです」

「し、知ったようなことを言わないでよ!!」

ハルヒは古泉の耳が聞こえてないのを知らないために精一杯に反発する。

「出来ることなら望んでください。あの金銭では変えられなかった日々を。彼の為に、あるいは、あなたのために」

古泉は額を地面に擦りつけるほどに深く深く頭を下げた。

「バカじゃない!」

ハルヒは吐き捨てる様にそう言うと、古泉とみくるから札束をひったくるように奪った。

そして乱暴に玄関を開けると家の中に消えていった。

「………古泉くん」

みくるは土下座を続ける古泉を切なげに見つめた。

そして肩を触ろうとした瞬間、タクシーと入れ替えに白いワンボックスカーが停まった。

そして数人の男女が降りてきた。

みくるはその中に見覚えがある人物が居ることに気が付いた。

「森さん!?」

いつかのメイドを発見して思わず声をかける。

一方で森園生はみくるを無視して古泉の前に立った。

古泉は自分が取り囲まれているのに気が付いたのかゆるゆると立ち上がる。

古泉は微笑んでいた。

「あ、……あのなにを----」

みくるは声をかけた。その相手が森園生だったのか古泉一樹だったのかは定かではない。

「最悪の形で組織を裏切ってしまったんですから仕方がありませんね」

古泉は溜息まじりそう言った。

「裏切るって………」

朝比奈みくるの問いに答えるかのように古泉が呟く。

「彼女に能力のことを教えたことですよ。最大の禁忌なのはあなたと同じです」

「まさかこうなるとは…組織の中で最も世界の安定を望んでいたのに………」

そのように囲んでいた一人が寂しげに古泉に声をかえた。

「いつの頃からか彼の為の世界の安定になっていたようですね」

古泉は答えながら促されるままに車のドアの前にまで移動していた。

古泉は振り返り、朝比奈みくるを見る

「……もしこの世界が続くのならどうかお幸せに。きっとあなたの未来とは世界が大きく違うことでしょう」

みくるが言葉を返す前に古泉は再び前を向いていた。

そして誰かが車のドアに手をかけた。

そして----

ドアが開いた。

「おや。あなたでしたか」

古泉が声をかける。

「俺で悪かったな」

声をかけられたキョンはぶっきらぼうにそう答えた。

キョンは部屋を見渡し、自分とハルヒ以外は既にきていたことを知ると少々ばつが悪そうに、

「掃除が長引いてな」

まるで言い訳をするようにそう答えると何時ものパイプ椅子腰を掛ける。

みくるがキョンにお茶を淹れながら呟く。

「涼宮さん、遅いですね」

「制御不能のハルヒのことですから珍しい虫でも見つけて追いかけ回しているんじゃないでしょうか」

キョンは淹れてもらったお茶を啜りながら不愛想に答えた。

「んふっ、また心にもないことを」

古泉が微笑みながらキョンに突っ込む。

「嘘偽りのない気持ちなんだがな。ところで朝比奈さんが淹れてくれるお茶はいつも美味しいですね」

キョンは話をそらすようにそう言った。

朝比奈みくるは軽く微笑む。

キョンは何ともいえない居心地の悪さを感じ、それから逃げる様に長門をみた。

そしてあることに気が付いた。

「何を読んでいるんだ?」

長門が昨日までと違う本を読んでいることに気が付き質問をする。

「これ」

長門はそれだけ言うと本の表紙を見せる。

その本は、大ベストセラー作家が渾身の執筆をしたノンフィクションだった。

歯に衣着せぬ言動を売りにしていた芸能人の最後を看取った未亡人を主役にした作品だ。

「あっ!それ知ってますぅ!!」

反応したのは朝比奈みくるだ。

「この前テレビで再現ドラマをやってた奴ですよね」

朝比奈みくるによれば、その芸能人の我がままやテレビでは窺えない弱い部分を書き連ねながら、
それに対して献身的に、かつ、壮絶な看護・介護をした未亡人の愛の記録だという。
そして未亡人との出会いにより、彼も人生の最後に真実の愛を知ることが出来たという。

「わたし、あれを見ながら泣いちゃいました。本当の愛ってすごいなぁ……って」

一通り熱弁を奮った朝比奈みくるの目は再現ドラマを思い出したのか多少潤んでいた。

「んふっ。女性心をくすぐるのでしょうか、涼宮さんもそれをみて随分とはまった様ですよ」

古泉が微笑みながら続ける。

「本に留まらず、インターネットも使って調べていましたし」

「聞く限りではハルヒの好みそうなジャンルではなさそうなのだが----」

キョンは呆れた様にそう言ってから、何かに気が付いたのか動きが止まった。

「なぁ?インターネットの悪い情報に毒されたりしないのか?」

「ご安心を。本の内容もネット上の情報も彼女があなたに望むようなものではありませんから」

古泉は優しくキョンに微笑んだ。

キョンはというと、真実気持ちが悪そうに、

「なんで俺に対してなんだ」

そう言って古泉から視線をそらした。

みくるはという少々考え込んだ後に呟く。

「でも、有名作家さんが責任をもって調べて書いたノンフィクション以上の情報がネットに上がっているとは思えないんですけど……」

「ネットなんていい加減なものですからね。ハルヒと同じですよ。ハルヒの場合は実現してしまいますが」

キョンはみくるにそう声をかける。

「人は見かけによらないと言います。案外、涼宮さんは責任をもって看護すると思いますよ。ああ見えて情が深いみたいですから」

古泉がキョンの発言を修正するが、それに対して意外にも朝比奈みくるが突っ込んだ。

「見かけによらないとか案外とか涼宮さんが聞いたら怒っちゃいますよ」

みくるがからかうように笑う。

「おっと、これは僕としたことが失言でした。」

古泉は微笑みながら頭を掻く。

「お前でも失言とかあるんだな」

「もちろんです。僕は閉鎖空間で超能力を使えること除けば普通の人間ですから。それよりも涼宮さんが来るまでゲームの一局でも打ちませんか」

古泉はキョンの突込みに対してボードゲームを出しながら応じる。

「なんだか誤魔化された気もするがいいだろう。一つ揉んでやるよ」


長門は一同の談笑を興味深く見つめ、そして再び読書に戻った。

ページをめくりながらポツリと呟いた。

「ユニーク」






チラ裏SS オチマイ

付き合って頂いた皆様においては、お疲れ様でした。

面白かったぜ乙

乙でした!
>>85読んでる最中たまたまウルトラソウル聞いてた自分をぶん殴りたい

ここまでひどい作品読んだの久しぶりだな
>>1は原作読んだことないだろ

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