「キョンと付き合ってみんなの出方をみるわよ!」 (92)

その日の朝のHR前、何時にもましてテンションの高いハルヒの相手をしているキョンは落ち着かない気持ちだった。

その原因は下駄箱に入っていたノートの切れ端である。

『放課後、誰もいないくなったら教室にくるのよ』

そこには、只それだけのことが書いてあった。

キョンは朝倉の再襲来かと恐怖しつつも文字の違いに一縷の望みをつないだ。

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そして放課後、部室で古泉とボードゲームをしながら時間を潰す。

「涼宮さん、今日は遅いですね」

朝比奈みくるがお茶を注ぎながらなんとはなしに呟く。

「制御不能のハルヒのことですから珍しい虫でも見つけて追いかけ回しているんじゃないでしょうか」

キョンはゲームが劣勢なのか、渋面をしながらハルヒへの悪態をつく。

「んふっ、また心にもないことを」

勝利が見えている余裕からか、古泉は笑みを浮かべたままキョンへ突っ込む。

「何を言ってるんだ?百二十パーセント嘘偽りのない気持ちなのだが」

キョンは古泉の言葉を否定した。

その言葉を受けて、長門を除く二人は何か微笑ましいものを見たかのような視線をキョンに送った。

「おっと!そういえばちょっと用事があった。今日は先に帰らさせてもらうぞ」

ゲームのみならず場の空気も劣勢となったと判断したのか、キョンはいそいそと部室を後にした。

呼び止める古泉を無視してキョンは教室の前までやってきた。そこで咳払いを一つし、緊張しながら教室の扉を開けた。

「遅いわよ!」

扉を開けるなり罵声が飛んできた。

教壇にはキョンが思いもしなかった人物がいた。

「ハルヒか……」

「そうよ!悪い?あたしがみくるちゃんにでも見えたのかしら?」

キョンの言い方が気に入らなかったのかハルヒは不機嫌な表情のままで文句を言っている。

「いや、悪くはないのだが……」

キョンは、ハルヒが居る以上はノートの差し出し主は来ないだろうななどと諦めながらもハルヒへの対応をする。

そんなキョンの前にハルヒが立つ。

夕日がハルヒの半身を照らし赤く染まっている。

キョンがそう思っていると、赤く染まったハルヒの右手が突然ネクタイを引っ張る。

「あんたと付き合ってみんなの出方を見るわよ」

ハルヒの突然の宣言にキョンは慌てた。

「お、お前は一体突然に何を言ってるんだ?」

「なに?なんか文句あんの?あたしと付き合うのが嫌な訳?」

「い、いや……嫌というか言っている意味がわからん」

「あんたの気持ちは知らないけど無理。だってあたしはあんたと付き合ってみたいんだもの」

ハルヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべながらキョンに通告をする。

「ちょっと待て!好きとかそう言うのは精神病のたぐいなんだろ?」

真意を測りかねているキョンがハルヒに問う。

「そうよ!別にあんたのことは好きじゃないけど、付き合ったって言ったらみんながどんな顔をするのか興味が湧いたんだから仕方がないじゃない!」

ハルヒの身勝手な振る舞いにキョンが溜息をつく。

そんなキョンに構わずに、

「それじゃあ、みんなに発表よ」

ハルヒはネクタイを掴んだまま部室へとズンズンと歩き出した。

「ちょっと待て!俺の意思はどうなるんだ!」

キョンは引っ張られながらも抗議の声を上げた。

「あんたに拒否権はないわよ!!」

ハルヒはあっさりとキョンの抗議を却下した。

ハルヒはキョンのネクタイを引っ張りながら部室のドアを乱暴に開けた。

SOS団の一同はハルヒが来るのを知っていたかのように一人も帰ることがなく待っていた。

ハルヒは揃っているのを確認すると満足げに頷くと、

「皆さんに発表があります!」

ハルヒはそう言ってキョンを引っ張りながら団長席に移動した。

「私、涼宮ハルヒはキョンと付き合うことになりました!」

そして団長席の前に来るなり宣言したのだった。

もう夕暮れ時となっていたこともあり、その日はそれで解散となった。

「それじゃあ、キョン!浮気とかはダメだからね!」

ハルヒはキョンと一緒に帰るという発想がないのかそれだけ言うとそそくさと部室から出て行った。

部室に残された四人で初めに言葉を発したのは古泉だった。

「んふっ、とりあえずはおめでとうございますとでも言っておきましょう。僕らの為にもくれぐれも痴話喧嘩などなされないようにお願いします」

古泉はいつもと変わらない、実際の感情を窺うことが出来ない微笑みをたたえながら祝福の言葉を述べた。

それを聞いた朝比奈みくるが追随した。

「あ!おめでとうございます!これからは涼宮さんと末永くお幸せに!!」

彼女はまるで結婚の祝辞の様な事を慌てて言った。

キョンはというと神妙な顔をして古泉を見ていたかと思うと、やがて意を決したように口を開き問いただし始めた。

「古泉!お前は本当にそれでいいのか?」

古泉は真っ直ぐにキョンを見据えながらも微笑みを崩さない。

朝比奈みくるはやり取りの意味が解らないのか、「ふぇっ!?」とでも声を出しそうな表情で二人の顔を交互に見ていた。

部室を沈黙が包む。

その沈黙を破ったのは長門だった。

案の定キョンの食道には病変が認められ、そして生検の結果癌が判明した。

しかもかなり進行していたようで即入院という流れになった。

「それじゃあ、親に連絡しないとな………」

疲れ切ったキョンが溜息とともに呟く。

「大丈夫よ!あたしが入院手続きを全部しておいてあげたから!!」

ハルヒがキョンに声をかけた。

「そういうのは保護者の承認とかが必要なんじゃないのか?」

当然のことをキョンは聞いた。

「知らないわよ!手続きできたんだからいいでしょ!」

ハルヒは興味ないといった感じで聞き流す。

その様子をみて、またアレかとキョンは溜息とともに理解した。

「はい」

突然ハルヒは手の平をキョンにみせた。

「なんだ?」

キョンは理解が出来ずにハルヒに聞いた。

「あんたのパジャマとかを買ってきてあげるから財布。それと親とかに連絡しておいてあげるから携帯電話」

ハルヒは何を当然のことを聞いてくるの言わんばかりに、憮然と言った。

「それくらい自分で………」

「何を言ってるのよ!あんたは重病人なのよ!病室内で安静にしてなさいよ!それと病室内は携帯だからあたしが外でメールしておいてあげるって言ってんの!!」

ハルヒはキョンを遮りまくし立てた。

キョンは渋々と財布と携帯電話を差し出しながら、

「しかし、お前が俺の名前を知っていたとはな」

同級生に言うには少々さびしい言葉をハルヒに投げかけた。

「そりゃ知ってるわよ!あんたのここでの名前は『林一』だから」

ハルヒはそう言うと財布と携帯電話を受け取った。

「お、おい!どういうつもりだよ!」

「どうもこうもないわよ。『キョン』なんて名前で名札でも出してみなさいよ。動物が居るのかと他の入院患者が見に着たり、動物を入院させているとかのクレームが出たりで病院に迷惑がかかるでしょ」

ハルヒはさも当然といった風である。

「ちょっと待て!」

「もう、細かい男ね!人が負担が少ない様に画数が少ない名前を考えてあげたんだから感謝しなさいよ」

キョンの抗議を無視したハルヒはキョンを他の団員に任せて病院から出て行った。

ハルヒが居ない個室では朝比奈みくるの泣きじゃくる声が響いていた。

「うっ……うっ…禁則事項はやっぱりダメでした……たかが癌なのに……」

朝比奈みくるは泣きながら、キョンに謝る。

「いえ、いいんですよ。申請してもらっただけでも嬉しいです」

キョンは初めから期待していなかったのか、冷静に朝比奈みくるに感謝の言葉を述べた。

携帯を弄っていた古泉はその手を止めて顔を上げる。

「組織からこちらに医師と看護師を派遣してもらえるようです。ただ、正直かなり危険な状態な様なのでやはりここは………」

そう言って古泉は真剣な顔をしてキョンの方をみた。

「ああ……ハルヒだな」

キョンの言葉に古泉が言葉少なく「ええ………」と応じる。

そして病室を沈黙が包んだ。

「お待たせー!!」

その沈黙を場に似合わない明るい声が破る。

涼宮ハルヒが帰ってきたのだ。

「なによ!辛気臭いわね!!こんな時こそ明るくするものなよ!!!」

帰ってくるなり、彼女は憤慨していた。

「そうは言ってもだな……」

キョンがそう言うとそれを遮るように、

「あ!キョンの親から返信が来てたわよ」

ハルヒがキョンの携帯を取り出しながら事実を伝えた。

ハルヒは携帯を操作しながら続ける。

「あたしはね、『癌になったので入院します』ってメールしたの。そしたらなんて返ってきたと思う?」

「『勝手に入院するな』とか『どこに入院してるのか?』だろ?どうせ……」

「ぶっぶー!」

ハルヒはキョンの答えに対して不正解の擬音語で応じた。

「なんと『自業自得』だって!!酷い家族もいるものよね!!キョンが何をしたっていうのよね?そりゃ、立派な人間じゃないだろうけど…」

ハルヒはそう言いながら『大丈夫ですか?どこの病院ですか?何が必要なんですか?』そう書かれたメールを削除する。

「お、おい!嘘だろ?流石に笑えんぞ」

キョンは苦笑いしている。

「悲しいけどこれって事実なのよね」

ハルヒはそう言いながら、『返信まだですか?お父さんにも連絡しました。心配しています。冗談だったとかでもいいので返事をしてください。待っています』そう送られてきたメールも削除した。

「はい」

ハルヒは携帯と財布を差し出した。

「何をしていたんだ?」

キョンはそれらを受け取りながら質問する。

「なにって…キョンがショックを受けると可哀想だから返信を削除しておいてあげたのよ」

「そ、そうか」

キョンは渋々と納得した。

一息ついた朝比奈みくるは恥ずかしさを誤魔化す為という訳でもなく、静かな寝息をたてるキョンの寝顔を見つめながら安堵したかのように呟いた。

「………薬のお蔭と言えども、こうやって静かに眠ることも出来るんですね」

その視線はやさしさに溢れながらも明らかに悲しみを帯びていた。

「ええ。束の間とはいえども僕も嬉しいです。なにせ昨晩は一晩中苦しそうに呼吸をしていましたから。漸く薬が効いてきたのか落ち着いたのですよ」

古泉はどこか嬉しそうな、それでいていつもと変わらぬ微笑みをたたえている。

「一晩中って………それじゃあ、それを見ていた古泉くんは?」

朝比奈みくるは心配そうに古泉の方を見る。

「今は彼が静かに寝ている。それでいいじゃないですか」

古泉はいつもと変わらぬ、否、いつもと違いどこか心の底から出てきた様な微笑みで朝比奈みくると視線を合わせた。

病室に流れる優しい空気は乱暴に開かれたドアの騒音によってかき消された。

「ちわー!!今日のキョンの調子はどうかしら?」

朝比奈みくると古泉一樹が驚きながらドアの方を見ると、涼宮ハルヒがそこにいた。

涼宮ハルヒが元気よくドアを開けると、これまた元気よく挨拶しながら病室に入ってきたのだ。

朝比奈みくるはハルヒに静かにすることを促すように口元に人差し指を立てた。

そして眠っているキョンを静かに指さした。

朝比奈みくるが指さした方をみたハルヒの表情が一変する。

「なに!?夕方なのにまだ寝てるの!?こら、バカキョン!!いい加減起きなさい!!!」

ズカズカと大股でハルヒはキョンに近寄る。

慌てて朝比奈みくるがハルヒに駆け寄り、

「ようやく眠れたらしいんですぅ~」

ハルヒの耳で囁いた。その声は泣きそうであった。

ハルヒはわざとらしく溜息をつくと、

「仕方がないわねぇ。動けないキョンの為に部室をこの病室に移してあげたのに当人が寝てちゃ意味が無いじゃない」

そう言って仕方がないわねといった感じのジェスチャーを大げさにしてみせた。




ハルヒは病室の片隅からガラガラと音を立てながらホワイトボードを引っ張り出した。

「キョンは寝ているらしいから、今日はキョン抜きでミーティングをするわよ!」

ハルヒは元気よく宣言した。

「あの………なにも病室でしなくても…せ、せめて小さな声で」

朝比奈みくるが小さな声で提案をする。

「なに?あんたキョンをのけ者にしたいわけ?」

ハルヒはギロリと不審がこもった目で朝比奈みくるを睨みつけた。

すると朝比奈みくるは蛇に睨まれた蛙の様に、一瞬びくりとしたかと思ったら、縮こまり動かなくなった。

その様子に満足したのかハルヒは嬉しそう表情でホワイトボード一叩き、

「それじゃあ、今日の議題は-----」

ハルヒがそこまで言った時にキョンが呻き声をあげた。

「あら?キョン起きたの?」

ハルヒがキョンの表情をうかがう。

キョンからは「あー」とも「うー」とも聞き取れる声で反応があった。

「うん。起きたようね。よろしい。」

ハルヒは笑顔満点の表情で頷いた。

そしてキョンに近づき顔を覗き込むと、

「おはよう」

そう声をかけた。

キョンは虚空を見つめながら「あぁ………」そう生返事をした。

ハルヒはキョンが起きているのを確認すると半身を優しく起こし上げる。

「まだ本調子じゃないみたいだから無理に意見は言わなくてもいいけど、そこでミーティングに参加しなさい」

キョンは焦点の合わない目で、「……ふぁ~い」そうぼんやりと答えた。

ミーティング中、ハルヒは度々キョンに同意を求め、その度にキョンは、

「ふぁい」、「はぁ~い」と夢の中で返事をしているかの様にぼんやりした様子で呂律の回らない返事をした。

朝比奈みくるは悲しげな瞳でその様子をみつめた。

長門有希はその様を委細漏らさぬように観察を続けた。

そして古泉の表情から笑顔が消えていた。

タクシーからはハルヒが降りてきた。

ハルヒは三人を見つけると声をかけた。

「なに?あんたたち、人ん家の前でどうしたの?」

「キョンくんのことで少しお話が………」

切り出したのは朝比奈みくるだ。

「ふ~ん………なにかしら?」

ハルヒは珍しく機嫌が良さそうに話を聞く体制に入った。

「少々予定を早めて入院させては如何でしょうか?」

古泉が内容を伝える。薄暗がりの中でも唇の動きが見えるのか全く齟齬が生じていない。

「あ、それ無理だから」

ハルヒはにべもなくそれを拒絶した。

「あの………じゃあ、キョンくんにお正月の挨拶だけでも」

朝比奈みくるに考えがあるのか、とりあえずはキョンに会う方針にしたようだ。

「ごめん。それも無理」

ハルヒはあっさりと、まるで道端で肩でもぶつかったかのような謝り方をする。

「そ、そんな………」

まさか会うことも拒否されるとは思っていなかったのか朝比奈みくるは衝撃を受けていた。

そんなみくるを不憫に思ったのかハルヒが追加の説明を加えた。

「だって、キョン死んじゃったんだもん」

ハルヒは片手を前で切り、「ごめんネ」とでも言いそうな恰好をした。

例えば本の発売が延期したなら取ったであろう謝罪の格好だ。

ハルヒのあっけらかんとした態度に一同が唖然としている。

それを知ってか知らずかハルヒは説明とも弁解とも取れる言説を続けた。

「だって、ほら!お正月でしょ?お正月といえばお餅じゃない?それで、キョンも欲しがるものだから小さく切って食べさせてあげたの」

「食道癌の彼にですか?」

街灯の下、蒼白となった古泉が確認をとった。

「うん。そしたら喉に詰まっちゃって、そのまま死んじゃったの」

ハルヒは陽気にそう言った。

「彼に最後の挨拶をしたいのですが」

声を震わせながら古泉が懇願した。

「無理よ。だって今日燃やしちゃったもの。キョンがマカロンみたいになっちゃってビックリしちゃったわ」

ハルヒが珍しい虫でも見つけた子供の様に無邪気に報告している。

よく見ればハルヒの服装は闇色の喪服であった。

「な、なんで連絡をしてくれなかったんですか?」

みくるが明らかに批難がこもった声色でハルヒを問い詰める。

「だって近親者のみでって遺言だったんだもん。でも、キョンの親とか妹は最後まで場所を割り出せなかったみたいで来なかったわね。冷たくてビックリしちゃったわ」

「全部…一人でやったんですか?」

「まさか!これからのこともあるし弁護士さんにもついてきて貰ったわ。遺留分ってあるんだってね。あんな冷たい両親でも遺産が貰えるなんて頭にきちゃう。折角、キョンがあたしに全財産を遺したいって遺言を書いてくれたのに」

「………お金の話ばっかりですね」

朝比奈みくるは肩を震わせながら声を振り絞った。

「あ!みんなにメッセージがあったわよ」

ハルヒは朝比奈みくるの抗議と関係は不明だが思いついたかのようにそう言った。

「有希。何か紙と筆記用具はないかしら?」

ハルヒはそのままの勢いで長門に話を向けた。

長門はそれを受けて、どこから取り出したのかメモ帳とボールペンを無言で差し出す。

「ナイスよ。有希」

ハルヒは受け取りながらそう言い、やおらメモ帳に何かを書き始めた。

書き終わるとそのページを破り取り、今度は鞄をまさぐり札束を一つ取り出した。

「はいこれ。キョン直筆のメッセージとお世話になったお礼だって」

ハルヒは札束とメモ翌用紙一枚をみくるに渡す。

そこには『朝比奈さんへ。お茶、大変美味しかったです』そう一言だけ書いてあった。

みくるがそれを受け取るとハルヒは一思案。

「うーん…古泉くんにはなにがいいかしらね」

そう独り言をいうと再びペンを走らせる。

そしてハルヒは同じく札束を取り出し、紙一枚とともに古泉に差し出す。

「はいこれ。古泉くんにだって」

一応、古泉はそれを受け取る。

『お前、ゲーム弱すぎ』

メモ翌用紙にはキョンとは明らかに異なる文字でそう書かれていた。

「うーん………有希はどうしようかしら?」

ハルヒが目を閉じ考えていると甲高い空気の炸裂音がした。

それと同時にハルヒの顔が横を向く。

頬を平手打ちされたのだ。

叩いた人物が罵声を浴びせる。

「なんでこんなことが出来るんですか!なんでこんな無情なことが………なんで…」

朝比奈みくるだった。彼女はそのうち泣き出してしまった。

納得がいかないのは涼宮ハルヒである。

「なによ!この牛女!!人が折角お小遣いにキョンのメモまで添えてあげたのに!!」

今にも掴みかからんとしたその時である。

「やめてください!!」

制止したのは古泉だった。

その古泉は土下座をしていた。

「ちょっと!なんで古泉くんが土下座してるのよ!」

ハルヒは狼狽の色を隠せずに古泉に怒鳴る。

「僕は謝らなければならないのです。過去のこと、現在のこと、これからすることを。彼に、あなたに、朝比奈さんに、長門さんにもそうでしょうがなにより組織に」

古泉は下を向いたままだ。

「謝るってなによ?もしかして横領でもしてたの?」

「あなたには願望を実現する能力がある」

古泉はハルヒを無視した。正確には、聞こえていない。従って古泉は一方的に独白している形だ。

「願望を実現ってなによ?あたしが望んだからこうなってるとでも言いたいの?」

「あなたが認めなくても、あなたが望んだから彼が癌になり……いえ、そもそも彼が十億を手にし、全ての歯車が狂ったのです」

「なによ!まるであたしがキョンの遺産を望んだみたいな言い方じゃない。頭にくるわね」

「思い返してみてください。彼との日々は金銭に換価できるようなものですか?あなたが本当に望んだものはお金じゃなかったはずです」

「………」

「あなたが望んだものは不思議……いえ、言うまでもなく本当に望んでいたものは不思議ですらなかったはずです」

「し、知ったようなことを言わないでよ!!」

ハルヒは古泉の耳が聞こえてないのを知らないために精一杯に反発する。

「出来ることなら望んでください。あの金銭では変えられなかった日々を。彼の為に、あるいは、あなたのために」

古泉は額を地面に擦りつけるほどに深く深く頭を下げた。

「バカじゃない!」

ハルヒは吐き捨てる様にそう言うと、古泉とみくるから札束をひったくるように奪った。

そして乱暴に玄関を開けると家の中に消えていった。

「………古泉くん」

みくるは土下座を続ける古泉を切なげに見つめた。

そして肩を触ろうとした瞬間、タクシーと入れ替えに白いワンボックスカーが停まった。

そして数人の男女が降りてきた。

みくるはその中に見覚えがある人物が居ることに気が付いた。

「森さん!?」

いつかのメイドを発見して思わず声をかける。

一方で森園生はみくるを無視して古泉の前に立った。

古泉は自分が取り囲まれているのに気が付いたのかゆるゆると立ち上がる。

古泉は微笑んでいた。

「あ、……あのなにを----」

みくるは声をかけた。その相手が森園生だったのか古泉一樹だったのかは定かではない。

「最悪の形で組織を裏切ってしまったんですから仕方がありませんね」

古泉は溜息まじりそう言った。

「裏切るって………」

朝比奈みくるの問いに答えるかのように古泉が呟く。

「彼女に能力のことを教えたことですよ。最大の禁忌なのはあなたと同じです」

「まさかこうなるとは…組織の中で最も世界の安定を望んでいたのに………」

そのように囲んでいた一人が寂しげに古泉に声をかえた。

「いつの頃からか彼の為の世界の安定になっていたようですね」

古泉は答えながら促されるままに車のドアの前にまで移動していた。

古泉は振り返り、朝比奈みくるを見る

「……もしこの世界が続くのならどうかお幸せに。きっとあなたの未来とは世界が大きく違うことでしょう」

みくるが言葉を返す前に古泉は再び前を向いていた。

そして誰かが車のドアに手をかけた。

そして----

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