一ノ瀬志希「キミに惚れ薬を試してみたい」 (14)

・モバマスSS
・半分くらい地の文


●一ノ瀬志希

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期待



惚れ薬かー。

あったら、オモシロイかもね!


地方ロケの帰り道。あたしとプロデューサーは、営業車のセダンで二人きり。
高速道路は、どこかで事故でも起きたのか、ひどい渋滞になっていた。

「ねーねー、もしかしなくてもお疲れ? 志希ちゃんが運転代わったげよーか?」

プロデューサーに提案してみたら、バッサリ却下されちゃったー。
ちょっとソレどーゆー反応? そりゃあ日本ではあんま運転してないけど、
あたしのハンドルさばきがそんなに心配か!

「どうせあたしも、今夜は事務所の仮眠室借りるし、少しぐらいあたしに任せて寝ときなよー。
 最近みんな調子いいから、キミの忙しさも一段とスゴイことになってて、あたしも迂闊に失踪できなくなったぐらいだし」

と提案してみたけど、プロデューサーは運転席をどく気配がない。
アイドルが運転してて万が一事故ったとしたら、過失ゼロでも面倒臭いんだと。
ちょっとはあたしに甘えて欲しいんだけど、まぁ許す。今日の志希ちゃんはゴキゲンなんだー。

「退屈かってー? 退屈ですよーもう。隣にいるのがキミじゃなかったら、即オサラバだね!」

隣にいるのがプロデューサーでも、他の日だったら、
クルマのなかを転げまわるぐらいはしちゃってたかもね。



でも、あたしは全然退屈じゃないよ。
これからやろうとする実験のせいで、心臓がドキドキして仕方がないんだ。


事務所についてから、さっさとあたしを仮眠室に送り込んで帰ろうとするプロデューサーを、
『お茶ぐらい付き合ってよー!』と引き止める。

プロデューサーったら、あたしと二人きりになるのを意識しちゃってる。
だから、ここは事務所だってのに、無理に帰ろうとするんだ。

プロデューサーはそれを隠そうとして、もっともらしい理屈を振り回しるけど、
口調だの顔色だの、必死さが露骨に出てバレバレだよ。



「ところでさ、キミにちょっと見て欲しいモノがあるんだ」

あたしも、テンションが普段より高くなって、おかしいとか思われてるかな?
こんな深夜までプロデューサーと一緒にいられるなんて、珍しいから。

「んっふふー♪ オモシロ過ぎて、キミの眠気もぶっ飛びそうなシロモノだよ!」



あたしは、どれだけアタマで結果を予想出来ていても、一度は自分で実験する。
クスリ――い、いや、間違えた、香水だよ? 香水はね、試さなきゃわからないもの。
自分でも分からないからイイ、退屈しない。

ヒトのココロもね、けっきょく試さなきゃわからないと思う。

ただ香水と違って、相手がいるから、一度試したら、二度目は条件が変わってしまう。

ヒトのココロを試すのに、やり直しは利かない。

「じゃーん! 志希ちゃん謹製の惚れ薬~♪」

それでも、あたしは知りたいね。
キミと……あと、あたしの、本当の気持ち。



よく、おとぎ話とかでさ、惚れ薬を手に入れて、
スキなヒトを惚れさせたコが、後になって悩んだりするよね。
相手は自分の魅力じゃなく、たまたま手に入れたクスリに惚れてるだけなんじゃないかって。

でも、あたしはそーゆー悩み、無縁だね♪


「ねーねー、話だけでも聞いて欲しいなー。これはヒトのココロをキュンキュンさせちゃうフレグランス!
 あたしがこいつをシュッ! とひと噴きしたら……もう、ねぇ?」

あたしの手のひらには、プラスチック製のスプレー詰め替え容器と、
そのなかでサラサラと揺れる無色の液体。それを見せたけど、プロデューサーの反応は芳しくない。



「そうだね。キミの言うこと、もっともだよ。ヒトのココロは難しいもんねー。
 あたし、香水とか科学実験は得意だけど、ココロは比較的ニガテ分野かも、なんて思ってるし」

ま、プロデューサーと出会うまで『ニガテ』って語義を実感したコトなかったけど。

「いくらあたしでもねー、最初っからカケラもない好意を、クスリで作れるとは思ってないよー」

クスリは、試せば分かる。試すまで、何が起こるか分からない。

「でも例えば……既に抱いている好意を、もっともーっと強くしちゃうなんてシロモノだったら?」

ヒトのココロも、試さなきゃ分かりっこない。



「さ~て、この惚れ薬、試してみたいと思わんかね~?」

あたしとプロデューサー、たった一度の実験が始まる。

「あたしは、試したいんだ。今、ココで」

プロデューサーは相変わらずわかりやすかった。
妙な呼吸で言葉を途切れさせて、視線が落ち着かなくなって、動揺してるの丸わかり。
えへ、その反応、あたしを意識してるって白状してるようなもんだよ♪

「被験者は、どっちでもいい。キミが引き受けてくれるなら、お願いしたいけど。
 キミがイヤなら、あたしが自分に使うよ。あたしは、どっちだって構わないから」

何だ、プロデューサーったらいきなり黙っちゃって。
平静ぶるなら、仕事のときみたいに、小粋な切り返しであたしを笑わせてみなよ。

「このクスリの効能を、一言で説明するならねー、こう……ムラムラ~っと来ちゃいまーす♪
 プリミティブな欲求ほど、煽るのも満たすのも簡単・確実だからねー♪
 ま、こんな単純な効果だから、元となる好意が芽生えてないと、効かないんだけどさ」

惚れ薬入りのスプレーを指でくるくる回してると、
まるで自分が本当のアルケミストになった気分。
プロデューサーとあたしの運命も、この手でくるくる回ってるのかな。

「だから、このクスリは二人っきりじゃないと、コワくて使えないんだよ。
 予定では、キミをあたしのラボにご招待して実験しようかなーって思ってたんだけど……。
 実験が楽しみすぎて、いつも持ち歩いてたら、思いがけないチャンス到来! だったから、つい、ね♪」

プロデューサーの視線はあたしにクギ付け。
息を切らして、失踪中のあたしを探し回ってる時みたい。

「ねー、もしキミが実験に協力してくれたとしたら……キミは、どうなっちゃうの?
 あまーいお菓子のニオイで誘い込んだ魔女みたいに、パックリといっちゃうのかなー♪」

あたしたちがシンデレラなら、プロデューサーは魔法をかける魔女役。

ってのは、ちょっと安直かな?




プロデューサーったら、最初は半信半疑な面持ちだったのに、
もう完全にこのクスリの雰囲気に飲まれてる。
あたしの少し上擦っちゃってるトークを信じちゃってる。

ま、信じてもらっちゃうために、今まで色んなコトしてきたからね。
珍しく、ちゃんと効くクスリを作って差し入れたりとか。

「使っちゃダメーって、んもー。今以外に、いつ使えってゆーの?
 他のコたちと一緒の時に使っちゃうとか? そしたら……キミは他のコにも、そうなっちゃうのかな」

プロデューサーは黙っちゃった。
肯定すべきか否定すべきかわかんないみたい。

そういう反応だと、なおさらコレを試さなきゃいけなくなる気がするー。
この実験、ウカウカしてるとできなくなっちゃうし。



キミと一緒にアイドルやってると、退屈を感じるヒマが無かったよ。
気分が乗らない仕事から逃げ出した時でさえ、キミが追いかけてくれると思えば楽しかったよ。
それはタダの興味本位なのか、それとも恋しちゃってるのか。

キミだってね、初対面のあたしに感じるところがあったから、アイドルにしてくれたんでしょ。
あたし、仕事中のキミにいきなり話しかけたもんね。それもニオイがどうだ、とか、変な話で。
そんなこと口走る女を、アイドルとしてスカウトしたってことは……ね。

キミは、じゃれついたりスキ見せたりすると、すぐ反応してくれたよね。
その反応は、プロデューサーとしての範囲を出ないのか、逸脱しちゃってるのか。

あたしの指先一つで、シュシュッ! とやれば、答えが出ちゃう……かもしれないよ?



「ねープロデューサー、もう一度確認させてあげるけど……コレは、あたし謹製だから。
 他の誰の力も借りていないよ。これでキミを奪ってしまっても、あたし自身が後ろ暗く思うトコロは無いね♪」

あたしのコレはお手製だよ。他のコがバレンタインの本命チョコを作るみたいに、
プレゼントするためマフラーを編むみたいに、気持ちをたーっぷり込めたシロモノだよ。



それって、フツーのプレゼントと同じじゃないかな?

「ま、受け取ってくれないなら、さっき言った通り、あたし自身で使っちゃうから。
 もちろん今ココで、よ♪ キミと二人きりで、邪魔の入らなそーなシーンじゃないとダメだからねー」

ふふ、焦ってる焦ってる。でも、あたしも頭が最高潮だよ。
キミとあたしと、どっちの方がドキドキしてるかな。

「キミはどっちを選ぶかな……って聞きたいのはヤマヤマだけど、志希ちゃんは、もー待てません!」



あたしとプロデューサーの間に、ミストがひと噴き。
プロデューサーの顔が、一瞬だけ飛沫の向こうに消える。
それは部屋の明かりでキラキラしながら舞って、部屋の空気に溶けて消えた。

「なんてね。タダの、お水だよコレ。ガッカリした?」

キミはあたしから退屈を奪ってしまった。
代わりに、退屈よりも少しだけ苦しく、退屈より遥かに切ないモノをあたしにくれた。

キミにも、あたしからそれを分けてあげたい。



「んん? おかしいぞ、ただのお水なのにムラムラしちゃってるっ!?
 キミとあたしの化学反応で、コレが惚れ薬に変わっちゃったのかもね♪」

キミには、他の誰でもなく、このあたしからそれを受け取って欲しいから。

(おしまい)


読んでくれた人どうも。


最高だった

乙です

乙、良かった

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