ハルヒ「BLって素晴らしいわね」 (88)

「友達……ですか」


 古泉が心底意外だと言わんばかりの表情をした。
 それが当たり障りもなく流れていた俺と古泉の会話を断ち切った。そういうリアクションを返すところではないと少なくとも俺は思っていたので、何故古泉がそんな顔をするのか俺にはそっちが意外だった。

 「なんだよ…それがどうかしたか?」

 眉をしかめつつ返すと、古泉は何度か瞬きをした後ふわりといつもの笑顔を顔に戻す。

 「いえ、すみません。あなたは僕のことを友人だと思っていたのですね…
 はあ、成る程」

 何がなるほど、なのか。
 まるで難解な数学理論かなにかを理解できたみたいな口調だ。
 古泉のよくわからない反応に、さっきまで交わしていた会話を覚えている限り頭の中で巻き戻してみる。話していた内容はこうだ。
 昨日の晩、今週の日曜妹の友達の母親と外出するので留守番していてほしいとお袋に頼まれた。しかしその日は先々週から古泉と映画に行く約束をしていたので(このへんの経緯は長くなるので割愛する)「友達と約束があるから」と断った。お袋はその"友達"を国木田と勘違いしていたので、古泉だと訂正をした…そこまでだ。
 はっきり言って意味もなければ中身もない他愛もない日常会話であって、びっくりするようなオチもなければ成る程、と相槌を打つような推理小説のトリックをネタバレしていたわけでもない。

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 「意味が分からんぞ、お前」

 腕組みをしてパイプ椅子の背もたれに寄りかかる。
 古泉がまたすみません、と言った。ちっともすまさそうに見えない。
 俺が唇の端を引き下げるのに比例するように古泉の口角が上がる。何がそんなに面白いのか是非俺にもわかるように説明してほしいもんだ。どうせろくなことじゃないんだろうがな。
 古泉が伏せっていた視線を上げて目の前の俺の顔を見た。
 申し訳ありませんが、と古泉が笑顔のままでわずかに眉尻を下げる。



 「僕はあなたのことを友人だとは思ってないんですよ」

「友達……ですか」


 古泉が心底意外だと言わんばかりの表情をした。
 それが当たり障りもなく流れていた俺と古泉の会話を断ち切った。そういうリアクションを返すところではないと少なくとも俺は思っていたので、何故古泉がそんな顔をするのか俺にはそっちが意外だった。

 「なんだよ…それがどうかしたか?」

 眉をしかめつつ返すと、古泉は何度か瞬きをした後ふわりといつもの笑顔を顔に戻す。

 「いえ、すみません。あなたは僕のことを友人だと思っていたのですね…
 はあ、成る程」

 何がなるほど、なのか。
 まるで難解な数学理論かなにかを理解できたみたいな口調だ。
 古泉のよくわからない反応に、さっきまで交わしていた会話を覚えている限り頭の中で巻き戻してみる。話していた内容はこうだ。
 昨日の晩、今週の日曜妹の友達の母親と外出するので留守番していてほしいとお袋に頼まれた。しかしその日は先々週から古泉と映画に行く約束をしていたので(このへんの経緯は長くなるので割愛する)「友達と約束があるから」と断った。お袋はその"友達"を国木田と勘違いしていたので、古泉だと訂正をした…そこまでだ。
 はっきり言って意味もなければ中身もない他愛もない日常会話であって、びっくりするようなオチもなければ成る程、と相槌を打つような推理小説のトリックをネタバレしていたわけでもない。

 「意味が分からんぞ、お前」

 腕組みをしてパイプ椅子の背もたれに寄りかかる。
 古泉がまたすみません、と言った。ちっともすまさそうに見えない。
 俺が唇の端を引き下げるのに比例するように古泉の口角が上がる。何がそんなに面白いのか是非俺にもわかるように説明してほしいもんだ。どうせろくなことじゃないんだろうがな。
 古泉が伏せっていた視線を上げて目の前の俺の顔を見た。
 申し訳ありませんが、と古泉が笑顔のままでわずかに眉尻を下げる。






 「僕はあなたのことを友人だとは思ってないんですよ」















メランコリック・ブルー















 ここで質問だ。
 毎日のように顔を合わせてボードゲームなどに興じる同じ部活の奴を、あなたにとってその人は何ですかと尋ねられたとする。おそらく10人中9.6人くらいは友達・知り合い・朋友・学友など等という回答をすると思われる。それが当然だ。
 しかしその毎日のように顔を合わせてボードゲームなどに興じる同じ部活の奴に面と向かって「友達だと思っていない」と言われた場合、どういう返事をするのが正解なのか。  そんなきまずい場面に遭遇したことは俺のなけなしの人生経験上にはない。そう、まさに今その状態なのだが。

 あっけにとられている俺の目の前のオセロのボードに、何事もないかのような笑顔で古泉が黒石を足した。ひとつ、ふたつ、みっつと白が黒に裏返り入れ替わる。

 「あなたの番ですよ」

 促されてはっと我に返った。
 もしかして聞き間違いか?いやその割にははっきり聞こえた。
 まだ何がベストの返答なのか検索できずにいる思考のまま、石を手に取る。それと同時に今度は古泉が椅子に凭れて、長い指を優雅なしぐさで組んだ。

 「まあ、"機関"の上の方からはそれらしくするように言われてはいるんですがね。
 特に、あなたには親密な友人として可能な限り接近するようにと」

聞き違いではない。
 ほんとに唐突に始まった古泉の自白に、頭はフリーズするばかりだ。
 ようするに命令があるから俺とは友達ごっこをしているだけですよと言いたいのか?
 仮にそうだとして何でそんなことわざわざ俺にバラすんだ?今このタイミングで?
 当の古泉はといえば、耳に入った内容をただの音として処理することにも慣れた長ったらしいたとえ話をする時と変わらない説明口調で淡々と話している。いつもの爽やかな笑顔は崩さないままだ。

 「………わるかったな」

 なんで謝ってんだ。俺。
 むしろここは古泉が謝罪するべきで俺は怒ってしかるべきところのような気もするが、何故か怒りらしき感情は湧いてこなかった。というか、正解のリアクションがわかる奴がいたら俺に教えてほしい。
 顔を上げるのが憚られて視線をボードに落としたままでいたら、古泉が珍しく吹き出すようにして笑い出した。

 「何故あなたが謝るんです?」
 「…………いや、無理して友達の振りしてたんなら、悪かったなと」

 くっくっと喉を鳴らしながら、古泉が肩をすくめる。

 「参ったな。その反応は正直、想定外です。その場で殴られても仕方ないことを僕は言ったと思うのですが」

 そうだろうな。
 これが谷口あたりだったら殴っていたかも知れん。
 さすがですね、と訳の分からない感想を漏らしながら、古泉が俺を見た。
 やや切れ長の整った双眸と目が合って、なんだか居心地が悪い。

 「あなたのそういうところ、好きですよ」

 いったい何なんだ。
 友達じゃないと言ってみたり、好きだと言ってみたり。
 試し透かすような古泉の視線に俺は段々苛立ちを感じながら、指先で抓んだままだった石を最後の角に置いた。ふたつ白の陣地を広げる。あと数手で詰めというところだったが、目測でも白の勝利は揺るぎそうになかった。

 「おまえな…、実は深層心理チェックでしたとか言ったらホントに殴るぞ」

 ふふ、といつもの含み笑いを漏らす。
 目は笑っていないので、どうやらからかっているわけではないようだ。

 「さっきから何が言いたいんだ、お前は」
 「何って、言葉通りの意味ですよ。…僕はあなたを友人だとは思っていません。
 あなたからそう思って頂けていたということは、光栄ですけどね」

 古泉は微笑を浮かべた唇を、指先で押しつぶすようになぞった。
 騙していたというなら、もう少し申し訳なさそうな顔をしたらどうだ。

 「そりゃ勝手にトモダチ扱いして悪かったな。お前もご苦労なこった。
 お達しとはいえ何とも思ってない奴の友達の振りなんざ」

 皮肉ってやるつもりだったが思っていたより刺々しい声が出る。
 しかし古泉には何のダメージにもならないらしく相変わらずニコニコしながら、机に肘をついたまま手のひらを上に向けて人差し指で俺を指した。

 「何とも思っていない訳でもありませんよ。…そうですね、僕にとって
 あなたは…例えば」

 俺を指した指先が、そのままオセロの上に落ちる。
 数コマを除いて殆ど白に染まっていたゲームに古泉は手を乗せたかと思うと、そのまま無造作に手のひらを横に動かして並んでいだ石をボードから落とした。じゃらじゃらとプラスチック製の石が次々と長机に当たって耳障りな音を立てる。

 「こういう風にしてみたいと思える対象ですね。
 破壊衝動といいますか」

 まったくもって意味がわからん。
 文章がおかしいぞお前。というかいくら白が圧勝的で今更決着をつけるまでもないゲームだからって相手に断りもなく反故にするなんて失礼じゃないのか。
 今度はすんなり脳裏に浮かんできた回答が喉まで出かかったが、言えなかった。





 古泉が俺にキスしたからだ。

がしゃんと派手な音を立てて、座っていたパイプ椅子が倒れた。
 俺が殆ど蹴倒すようにして立ち上がったからだ。
 そのまま反射的に跳びすさる。勢い余って二歩三歩とたたらを踏むように下がると、すぐに大して広くもない部室の黒板が背中に当たった。
 こいつ、今俺に何しやがった!

 「な…、…」

 何するんだ、と叫ぼうと思ったが、あまりの想定外の事態に上手く言語化することが出来ず、俺は生け簀の中の鯉宜しく言いあぐねた口をぱくぱくと開け閉めした。そんな俺を古泉は珍しい見世物か何かを見物しているような表情で面白げに見つめている。

 「何しやがる!!」

 やっと喉から出た怒号を忌ま忌ましい微笑に浴びせる。
 小首を傾げながら古泉が肩をすくめた。

 「何って、キスですが。ご存知ないですか?」
 「そんな訳ねえだろ!」

 つーか、論点をずらすな。
 今この場合の何しやがるは何故俺にキスしたのかその理由を聞いたのであって、唇と唇を触れ合わせるという行為の名称を問うた訳ではない。むしろそんなとこはこの際どうでもいい。とりあえず一発殴っていいよな?
 古泉お得意の冗談で許される域をとっくに逸した行動に、さすがにSOS団内穏健派代表を自負する俺でも青筋を立てずには居られない。

 「悪趣味なジョークも大概にしないと…おい、寄るなそこから動くな!」

 ニコニコ無害そうな笑顔が机を迂回して近づいてくる。
 何故かは分からないが、これ以上奴を半径ニメートル圏内に入れてはいけないとどこかから警告が聞こえる。俺はエマージェンシーに従って全力で威嚇したが、古泉はどこ吹く風のようだ。あっという間に距離を詰めてくる。
 団長の三角錐のある机の方に足を踏み出してすぐ、しまった、ドアの方に逃げるべきだったと後悔したのは、古泉が悠然とした態度で扉の錠を下ろすのを見たからだ。何で鍵なんかかけるんだ。知りたいが知りたくない。というか何なんだこの状況は!
 つい10分前にはのん気にだらけつつオセロに興じていたというのに、この数分の間に俺は古泉に友情の存在を否定され、かつ不意打ちでキスされ揚げ句狭い部室の中で狩人から逃げ回るウサギの如く角に追い詰められている。誰が見てもちょっと、いやかなり泣きたい状態じゃないか?

 「冗談はもうよせ」

 我ながら常套句しか思い浮かばない。
 古泉はちょっと考えるジェスチャーをしながら、

 「冗談…でキスは、いくら僕でもちょっと出来ないですね」

 だろうな。まして俺は男だからな。
 だからこそ冗談でないならなおさらお前の意図するところが理解できん。というかしたくない。そこまで俺の脳みそは柔軟には出来ていない。この状況の理由を可能な限りわかりやすく説明してもらえないか?まさか実は超能力者な上特殊な趣味・性癖の世界の住人でしたなんて言い出すんじゃないだろうな。

 「ふふ…残念ながら、超能力を除けば僕は至ってノーマルで普遍的な性質だと自負してます。まあ、敢えて言うなら……あなたの所為ですね」

 何が俺のせいなんだよ!
 叫ぶ前に右腕を古泉の掌が掴んできて息を飲んだ。
 そのまま叩きつけられるように窓に背中を押し付けられる。したたかに打った肩が痛んだ。何て力だ。その細っこい肢体のどこにそんな馬鹿力を隠してやがるんだと詰め寄りたくなるほどだ。俺より若干縦に長いのは甘んじて認めるが。
 上背で勝る古泉の笑顔で見下ろされ気味の視線に、8センチの差を改めて思い知る。

 「…っ、離せ」
 「そのお申し出は却下させて頂きます」

いつもより更に近い古泉のハンサム顔を思いっきり睨みつける。
 背後はカーテンもかかっていない窓で、二階とはいえ外からは丸見えだ。くそ、離れろ。変な噂でも立ったらどう賠償してくれるんだ。

 「何か俺がお前の気に障ることでもしたって言うなら謝る。だから…いい加減に
 …ッ!!?」

 言い終わらないうちに台詞が塞がれる。
 塞いだものが古泉の唇であることに気づくまで数秒かかった。
 さっきみたいな、かすめとるように触れ合わせるだけのキスじゃない。もっと深い。

 「う!…んぅ、ッん ん……!!!」

 忍び込むように古泉の舌が口内に侵入する。
 生温かくぬめった感触に眩暈がした。引き剥がそうと必死で古泉の肩を叩いたが徒労だ。俺の抵抗などものともしない様子で古泉が角度を変えて更に口付けてくる。

 「…ッ!ふ、ぁ…、……っは…、…」

 歯列をぐるりとなぞられたあと、ようやく古泉が唇を離した。
 歯とか舐めるな気色悪いと悪態をつくこともままならず、肩を上下させて忙しなく酸素を取り込んでいると、窓に縫いとめるように俺の身体を押し付けていた古泉の手が離れる。途端、俺はずるずるとその場にへたりこんだ。びっくりするほど足に力が入らない。
 古泉が目線を合わせるように跪く。

 「…っなん…、……」

 言葉も出ない。頭の中がパニックだ。
 どうして二回もしかも二度目は言い訳の利かないようなキスをされたのかとか、何故古泉の如才ないいつもの態度がいきなり豹変したのかとか疑問符は山ほどあったが、それより何より何とかしてこの状況から脱却しなくてはいけないという最重要事項が本能的に脳裏に浮かんだ。

 「逃げようとなさっても無駄ですよ」

 古泉の背後に見えるドアをチラ見していたのを察知されたのか、目が笑っていない笑顔の古泉が釘を刺す。
 冷たい汗が背中を流れていくのを感じる。この状態で逃げずに状況を受け入れようと前衛的に考えられる奴がいたらお目にかかりたい。俺はそいつを尊敬する。

「こ…古泉、とりあえず落ち着けよ、な?」
 「僕はいつも冷静そのものですよ」

 言ってる目が怖い。どこが冷静だ。

 「なあ!頼むからやめろって」

 かっこ悪いほど声が上擦る。
 明らかにびびっている俺に向かって、古泉がさっきまで顔に貼り付けていた完ぺきな通常通りの営業スマイルを再現した。

 「残念ながらお願いは聞けそうにありません。まあ、僕にも色々と思うところはあったんですが…ぶっちゃけますとここまで来て冗談で済ますって言う手はないので」

 頼むから済ませてくれ!! いや、お願いします。
 心の中で叫ぶのと、視界がぐるりと回って天井を映し出すのとはほぼ同時だった。
 古泉が再び両肩を掴んで俺の身体を引き倒した所為で、後頭部を思いっきり床にぶつけた。激痛に悶絶する俺の上で、古泉が爽やかに言い放つ。



 「黙ってされるのと、無理やりされるの、どちらがいいですか?」

 これは夢だ。
 しかもとびっきりの悪夢。

 こんな夢を見るなんて俺は相当酷い精神状態なのにちがいない。
 それもこれもハルヒの奴が振りまく積もり積もった気苦労の所為だ。早く目を覚ませと念じる一方で、ずきずきと響く後頭部の痛みがこれが紛れも無い現実であることを俺に突きつけてくる。


 窓からは放課後の夕日がいっぱいに差し込んで、全てを茜色に染めている。
 午後6時。俺は普段SOS団員が我が物顔で闊歩している文芸部室で、たった今わけもわからず古泉に押し倒されている状態だ。
 大の字になって床に寝そべった俺の身体に馬乗りになった古泉は、それでも清爽とした微笑のまま見下ろしてくる。これはマウントポジションってやつじゃないのか。まさか今から俺を砂にする気か?
 いっそのこと殴られる方が後々の対処法としてはむしろ楽なような気もするが、それではさっきのキスシーンの説明がつかないので、古泉の目的が拳を交えることでないことはここまで来たらいくら俺でも察しがつく。そうであってほしいとは願うが。

 「目が泳いでますよ」
 「……そりゃ泳ぎもするだろうよ」

 半眼になって呟く。
 古泉が低く喉の奥で笑いながら、掌を伸ばして俺の頬に触れた。

 「そんなに怯えなくてもいいじゃないですか」

 その感触に柄にもなくびくついてしまって、それを見た古泉がまた笑う。
 頬からラインをたどるように指がゆっくりと下りていき、唇まで行き着くと左右に弄ぶように柔らかく撫でる。思わず瞼がふるえた。
 そういうことは可愛い女子生徒にするべきなんだ。例えて挙げれば朝比奈さんなどは愛でてしかるべき異性の最たる見本だろう。見てくれだけは十分すぎるほどに整っている古泉のことだ。言い寄ってくる女子も少なからずいるようだしより取り見取りじゃないか。その気になればどんな女でも息を吹きかけるだけで虜に出来るだろうに。なのに何が悲しくてオトコの唇なんか撫でてるんだ、お前は。
 憐憫の情を含めつつ古泉を見上げると、存外真面目な視線が俺を見つめていて焦った。
 正気の沙汰とは思えない。
 いったい何がスイッチになったのか。10分前には正常だった頭が唐突にエラーを起こしてオカシクなったんじゃないのか?そうでなければ説明がつかない。
 これまで同じ団員として過ごした数ヶ月の間、古泉がこういう素振りを見せたことは一度たりとてない。閉鎖空間の折手を握られたことはあるがあれだって不可抗力の内で、とかく距離は近い男だがその実、まともに触れたことは数えるほどなのだ。

 なのに。

 わずかに骨筋の浮き出た綺麗な手が、首許に触れる。
 その掌から熱を伝えるように皮膚の上をたどる。ゆっくりだ。そうされると、こすれ合った部分がじわりと疼くような感じがして何だか嫌だった。ただ撫でられているだけなのに。というか、男に撫でられてもちっとも嬉しくない。
 長い指が絡みつくようにしてネクタイの結び目を緩める。

 「古泉…」
 「抵抗しないんですか?」

 返事の代わりに質問で返される。

 「抵抗しないと、取り返しのつかないことになるかもしれませんよ」

 取り返しのつかないことって何だ、と大いに詰問したかったが飲み込んだ。
 口に出すとそれこそ大変なことになりそうな気がする。

 「まあ、どちらを選んでも結果は同じですけどね。大人しくしていて下さればそれなりに楽しませて差し上げられると思いますよ。勿論抵抗して頂いても構いません。それはそれで楽しいですから」

 どっちにしても楽しいのはお前だけじゃないのか?
 コアなファンが泣いて喜びそうな極上の笑顔でとんでもないことを吐きやがる。

 「う、…ちょ、ッおい!!」

 唐突に制服のズボンの上からぎゅっと押さえられる。どこ触ってんだ!!!
 抗議の声を上げる間もなく、もう片手がシャツを腹に沿わせるようにして捲り上げる。
 恐ろしく速やかな手口だなどと感心している場合でもない。
 やめろ、と声を荒げて古泉の手首を握って進攻を止めると、古泉がニッと薄く笑った。

 「いッ…!!、…!」

 逆手に腕を取られて、そのまま頭の上まで捻り上げられる。
 関節が嫌な音を立てて軋んだ。

 「痛……ぃっ、て!こいずみ…ッ!!!」
 「痛がる表情もいいですね」

 完全に極められた激痛にあっけなくギブアップを訴えると、変態全開な台詞と同時に腕が離された。解放されてもなお握られた箇所がずきずきと痛みの余韻を引きずる。
 もしかしなくてもお前サディストだろ。
 そうかもとからSっぽいとは思っていたがやっぱSか。
 心の中で毒づいている間にベルトが外され、寛げられたズボンの隙間から手のひらが忍び込んでくる。

 「あ!」

 ゆるりと握りこまれて、思わず声を上げた。
 ありえない。
 男に、古泉に押し倒された挙句性器を触られる。文字にすれば一行にも満たないものも現実に起こってみれば視覚と触覚の破壊力というものは凄まじく、文章など及びもつかないほど淫靡で背徳的だ。
 古泉が笑顔のまま慣れた手つきで指を上下し始める。

 「…、…っん」

 やばい。それが例え男の手だと分っていても他人から与えられる物理的な刺激に、身体がはっきりと愉悦を拾い上げてしまう。

 「……もう、反応してきてますね」
 「ッ!…」

 クスリと笑われ、かっと頬に血が上る。
 屈辱だ。まさか最初からこうやって俺を辱めるのが目的だったのかと思いたくなるほど恥ずかしい。良いように翻弄されている情けない気持ちとは裏腹に、身体の中心に血が集まっていくのが痛いほどよくわかる。

 「…ッう、……ッ、ッ」

 制止したくてたまらなかったが声が出せない。口を開けばおかしな声が漏れそうで怖い。唇を引き締めて必死に堪えている間にも、油断すると喉の奥から鼻に抜けるような音がこぼれてくる。
 古泉はそれを知ってか知らずか、気を善くしたように更に愛撫する手を早めた。

 「ぅく、っ、…ん、ん…!、…!!」

 くちゅ、と粘液の混ざる音が聞こえ出す。
 何の音かは確かめるまでもない。今なら羞恥で[ピーーー]そうだ。
 せめて変な声だけは上げるまいと口を両手で塞いでぎゅっと目を瞑ると、覆いかぶさっていた古泉の影が動いた。指が根元を支えるようにすべり落ちたかと思うと、ぬる、と先端が生温かい何かに包まれる。

「!!…ふぁ…ッ、…」

 古泉の口だ、と理解した瞬間跳ね起きた。跳ね起きたつもりだったが身体に力が入らず肩がわずかに浮いただけだった。あまりの刺激に目の前がチカチカする。

 「や、だ…!!やめ…ッ、こいず…、」

 声が完全に上擦った。みっともない声だ。
 柔らかな舌がざらりと裏筋の敏感な部分を的確になぞる。ぞくぞくと感じたこともない強い性感が電流となって脊髄を這いのぼる。感覚に思考が追いつけないまま、あっという間に上りきった先が見えてくる。

 「駄目…だめ、はな、し……、でる、出るか、ら…ッ」

 切れ切れに訴えると、古泉は口を離すどころかわざと喉の奥まで飲み込むときつく吸いたててきた。やり過ごせない波に浚われ、奥歯をかみ締めて堪えようとしたが無駄だ。

 「ひ、っ…───!!!」

 我慢できずにそのまま古泉の口内へ放埓する。
 数度にわけて吐き出される射精が収まるまで古泉のくちびるで絞りきるように扱きたてられ、その度にびくびくと内股が痙攣した。

 本気で泣けてくる。

 愛撫されて良いように射精させられて。男の矜持も何もあったもんじゃない。
 吹き出た汗で背中のシャツがはりつくのを感じながら、荒く酸素を取り込む。目線を下げるとようやく顔を上げた古泉と目が合った。唇がほの赤く濡れていて凄まじい色気だ。その白い喉が見せつけるようにごくりと嚥下するのを見て、恥ずかしさやら怒りやら悲しさやらがない交ぜになってこみ上げ、心を覆い尽くした。

「何泣いてるんですか」

 阿呆か誰が泣くかと言いかけて、目の淵からぽたりと水が粒状になって零れたことで否定できなくなった。

 この歳で人前で泣くなんて。

 まるで俺がイジメられてるみたいじゃないか。
 いや、実際それに近いわけだが。
 古泉の指が伸びてきて、濡れた頬の轍をぬぐうようになぞってくる。嫌がるように顔を背けるとそれ以上は追ってこなかった。
 畜生。なんで俺がこんな惨めな目に合わなきゃならないんだ。
 唇を引き結んで横を向いていると、どこか楽しげな古泉の声が降ってきた。

 「泣くのはまだ早いですよ。存分に啼いて頂くのはこれからですから」

 言い様に乱暴にズボンが引き下ろされる。
 抵抗したくても射精直後の四肢はまだ余韻を引きずっていて言うことをきかない。あっという間に片足を引き抜かれ、完全に下肢をあらわにされる。
 あまりの恰好に眩暈がした。
 神聖な学び舎で。男の前で下半身丸出しにしてるなんて、万一誰かに見られでもすれば明日から俺は晴れて変態の仲間入りをすること請け合いだ。上はネクタイが緩められただけでシャツもブレザーも身につけているから尚悪い。古泉にいたってはきっちり制服を整えたまま、ボタンのひとつすら外していないが。
 いたたまれず膝を擦り合わせるようにして閉じると、掌が無理やり割り開こうとしてくる。そう簡単に言いなりになってたまるか。不意をついて脇腹を蹴り上げてやろうとしたが、まったく威力を持たない蹴脚は易々と受け止められて無駄な努力に終わる。
 思い切り睨みつけても涙目では効果がないのか、はたまた俺の意思など毛ほどにも尊重する気持ちがないのか、古泉は眉ひとつ動かさず微笑むばかりだ。

 「活きがいいですね。まあこのくらいの方が黙らせ甲斐がありますが」

 捕まった足が、そのまま折り曲げ持ち上げられる。

 「う、おい…っ!!」

 古泉の指が際どい箇所に触れた。
 ぬる、とすべるような感触がしたのは古泉の指が濡れていたからだけではない。
 そのままぬめりを纏わせるようにして指が下りる。

 「っ、……!?」

 ありえない場所に指があたる。
 ちょっと待て、と叫ぶのと同時に、指が内部に潜り込んで来た。如何とも表現しがたい嫌悪を伴う圧迫感に襲われ、声が詰まる。

 「ぅ…、な、何…して……?」
 「ここでも感じますよ」

 答えになってない。
 長い指が躊躇することなくぐっと奥まで侵入してくる。痛みと呼べるほどの痛みはないが、気持ちが悪いことに変わりはない。腰を捩るようにして何とか逃れようと計ると、下手に動くと中が傷つきますよと恐ろしいことを平然と言われて硬直した。
 ゆるゆると指が奥と入口を往復し始める。
 ぬるついた感触と共に割りかしスムーズに注挿されるのは、古泉が指に絡めた唾液と精液のせいだろう。くちくちと小さな音を立てて肉が擦れる感覚に、俺はめちゃくちゃに叫び出したいのを必死に堪えた。

 「やめ…、やめ、ろッ…、こい、ず…、…」
 「もう少し我慢してください」
 「ぅっ…無理、だっ…、……気持ちわるい…」

 お前に少しでも良心があるなら止めてくれ。
 祈るように念じたが露ほどの効果もあろうはずがない。這入りこんだ異物が一層強く何かを探るように蠢かされる。吐き気がする。吐くぞこの野郎。

 「……この辺ですかね」

 独り言のように呟きながら、古泉が奥の一点を押した。

 「…っあ……!?」

 まるでそれがスイッチになったかのように、身体に電流が走り腰が跳ねる。
 突然の強烈な感覚に訳が分らず古泉を見ると、得たりとばかりに薄く唇を歪めて俺が反応を示した箇所をしつこく指の腹で擦り始める。

 「ぁ、…ひッ、…ッ!、な、んだよ、これ…ッ!!?」
 「前立腺ですよ。ココを、こう、されると…気持ち良いでしょう?」
 「あ、ぁあッ、やだ、ぁッ…、…っ!!」

 聞いたこともないような甲高い声が自分の喉からせり上がる。
 涙が滲み出てくる。感情から来る涙じゃない。生理的な涙だ。口元を掌で押さえながら仰け反って喘ぐと、指が増やされたのか圧迫感が更に増す。

 「う…、…ッいた…、…、っ…」

 内臓を直接いたぶられる嫌悪感と、拡げられ擦れる粘膜のひりつくような痛みと、身体の奥の奥から湧き上がる抗えない快楽がない交ぜになって脳髄を焼く。処理しきれない膨大な感覚の波に、俺は古泉の腕に爪を立てることで耐えた。
 空気をはらんだ水音が響く。おかしくなりそうだ。
 止めてくれ抜いてくれ頼むからとうわ言のように懇願し続けると、散々そこを弄ったあとずるりと指が抜け出ていく。その感覚がまた気持ち悪くて呻いた。

 妙な圧迫感がなくなってほっと息をつく間もなく、今度は両足が抱え上げられる。
 何をするんだ、と古泉の顔を見ると、俺の脚を肩に担ぐようにした古泉の何ともいえない凄惨な微笑と目が合った。


 「力、抜いていてくださいね」


 何で、と聞くより先にとんでもない痛みに襲われる。
 まさか。

 「いッ!!!、…痛いッ、いた…、やめろ、ッこいず、…!!!」

 こいつ、自分のアレを入れるつもりか!
 圧倒的な質量を持ったものが、熱を伴って這入り込もうとしてくる。
 指なんかとは比べ物にならない。身体を引き裂かれるような痛みと、熱さに全身が硬直した。一気に涙が溢れてくる。

 「ひ、ッ無理、だ…っ、そんなの、入る、わけない…ッ!!」
 「大丈夫です、入りますよ。あなたが力を抜いて大人しく受け入れてくだされば、痛みも最小限で止めますので」

 例え人体構造上可能であっても倫理的には不可能だ!!
 本来出口であるべきソコに異物を挿入されるなんて、ましてそれが同じ男の性器だなんて、俺の普遍的な道徳観念にはとても許せそうにない。
 もしかしたら今日この時間、俺が部室に来ず古泉の頭もおかしくならなければ、生涯知らずに済んだ体験なのかも知れない。童貞喪失前のバックバージン喪失なんざちょっと友達には言えない性経験じゃないか?こんな形でそんな経験するのは嫌だと、例え訴えてみたところで遠慮もなくぐいぐいと中に押し入ろうとしている古泉が止めてくれるとはとても思えない。

 「呼吸を止めないでください。…逆に辛いですよ」

 辛いのがお好きならどうぞご自由に、などと囁きながら古泉の指が歯を食いしばって耐えていた俺の唇を割ってくる。畜生。咬みついてやりたい。
 痛みのあまり引き攣るように空気を拒否する肺に、いびつに酸素を送り込む。古泉の言いなりになるのは業腹だが、この激痛の嵐から逃れられるなら何でも良かった。息をするとそれに合わせてわずかに内壁が緩むのか、しないよりはまだましだ。

 「はっ、…はぁ…、…ッ、ぅ、ぁ…」

 呼吸の合間に少しずつ、古泉が奥に進むのがわかる。
 脈打つものが狭いそこを押し拡げ、犯し、進入してくる。

 「きつい、…ですね」

 耳元で低い声が囁いてぞくっとした。
 こんな余裕のなさそうな古泉の声は、初めて聞いたかも知れない。
 情欲を帯びて濡れた古泉の声は少しだけ掠れて、色っぽいというに妥当な甘さだ。
 どこか冷静な部分でそんなことを考えていると、奥までもぐりこんだ古泉が唐突に腰を引く。ぞろりと襞が逆方向に擦られる感覚に、俺は悲鳴を上げて仰け反った。

 「あッ、あ!!ッ、駄目だっ、うご、くなぁ…ッ!!!」

 すみませんなどと口先だけで詫びながら、尚も古泉は腰を動かし続ける。
 ゆっくりと抜け出たものをまたゆっくりと埋め戻す。何度もその動作を繰り返しながら、それでも徐々に速度を速めていく。

 「う、…っん、……ん、……ッ、…」

 早く解放されたい。
 揺さぶられながらくちびるを噛んで耐える。
 動かすたびに聞こえる粘膜の擦れ合う音がリアルすぎて泣きたくなった。実際涙は止まることなく溢れていたが。古泉に組み敷かれて、あらぬところに古泉を受け入れて翻弄されるままに声を上げている。これじゃまるで女の子のポジションじゃないか。俺が夢想していたのはまさに古泉が演じている男の立場であって、断じてされるがままに愛撫を受ける方なんかじゃない。
 角度を変えて、探るように何度も古泉が入ってくる。
 内臓ごと押し上げられる感覚に、勝手に身体が緊張し声が出る。先端の尖った部分が、さっき散々弄られたポイントを抉るととんでもない快楽が走った。大きく反応するとまた古泉がそこを狙って責めてくる。もう頭がぐちゃぐちゃだ。

 「ふあ、っ、…あぁ、あ…、こ、いず、み…ッ、…やっ…」
 「…そんな声出さないでください」

 ひどくしたくなります、と耳朶を食まれ、息を飲んだ。
 完全に屹立している性器に古泉の指が絡まる。形を分らせるようにゆっくりと根元から先まで扱かれ、恥ずかしさで耳が熱くなる。直接的な刺激にあっという間に射精感が迫ってきた。

「や、いや、だ…ッひ、ぁ、…もう、イ…く、いく…!!」

 限界を訴えて古泉の背中のシャツを掴む。
 呻くような声と、古泉の吐息が耳にかかった。

 「…イけば、いいじゃないですか…っ」
 「ひ、…ッ───────…ッ…!!!!」

 弱い先端に爪を立てられたのと同時に、一気に奥まで突かれて俺はあっけなく二度目の絶頂を迎えた。自分でして達するときとは全然違う、身体のもっと深い部分から湧き上がって攫っていくような強い愉悦に目の前が白くフラッシュするのを感じる。
 意識が途切れそうだ。
 頭の隅で、古泉がこめかみににキスしながら余裕もないもない声で「もう…」と囁いたのを、まだ終わりの見えない快楽の狭間でどこか遠いことのように聞いた。

 などと言うフロイト先生も以下略な夢を見たというオチをつけたいところではあるのだが、非常に残念ながらこれは現実であり話もまだ続く。










 結局あの後、古泉は茫然自失の俺を更に犯し続け、完全に意識が事切れたあと漸く解放され目を覚ました時にはすっかり夜になっていた。


 瞼をひらくと床に仰臥した状態で、柔らかな灯で室内に影を降らす細く尖った三日月が見えていた。窓が開けてあって時折吹き込む微風が少し寒い。

 「ぅ…、……」

 恐る恐る身体をよじると、下にはブレザーが敷かれている。
 自分のものは着たままだから、おそらく古泉のものだろう。乱れまくった制服もいろんな液体でぐちゃぐちゃにされた下半身も、まるで何事も無かったかのように綺麗に整えられていた。しかし身体を起こすと走る鈍痛や声を上げすぎてからからに張りついた喉が、さっきの出来事が俺の妄想ではないことを無言のまま示している。

 「気がつきましたか」

 きっちり上まで閉めてあったシャツの第一ボタンを外しネクタイを少し緩めたところで、部室のドアを開けて古泉が入ってきた。
 思わずびくついて扉の方を見ると、軽く肩をすくめながら歩み寄ってくる。わざわざ階下の自販機に買いに行っていたのか、手に持っていたスポーツドリンクの缶を差し出され、俺はしばらく逡巡したあとそれを極力指同士が触れないように受け取った。
 ふたを開けて口をつけると、すべり落ちる冷えた液体を嚥下する。
 渇ききった喉に心地いい。
 そんな俺の様子をつぶさに観察するように見つめていた古泉が口を開いた。

 「すみません。なかなか起きて下さらなかったので、
 勝手に後処理させていただきました」

謝るところが違うだろ。
 剣呑な視線を向けると、古泉が小首を傾げる。

 「何がです?」
 「謝るんだったら、先にお前がした事に対して詫びるべきなんじゃないのか?」
 「した事、とは?」
 「……っ、だから!お前は、つまり、その……俺を…」

 レイプしたんだろうが!
 と声高に口に出すことはさすがに憚られて口ごもる。男同士にも関わらずゴウカンなどという表現を用いるのは語弊があるような気もするが、どう考えてもあれは強姦だ。まさか強姦が同性間でまかり通る行為だとは俺は今日の今日まで知らなかった。ましてや自分がそんな犯罪の被害者になる日が来ようなどと意識したことなぞあろう筈がない。


 「あなたを抱いたことに関しては謝りませんよ。後悔も反省もしていませんので」


 笑顔で開き直りやがった。
 被害を被った人間に面向かってやりたかったからやりましたってどんな加害者理論だ。
 腹が立つのを通り越して脱力感さえ覚える。

 俺は大きくため息をつくと、目の前でニヤニヤ微笑を浮かべている変態の顔を睥睨し、「とにかく」と低い声で言った。




   「悪いが、出てってくれないか。
…金輪際お前の顔は見たくない」

 「ちょっと、キョン」

 授業中、後ろから背中をシャーペンで突かれる。
 誰だか確認するまでもなく、俺の後ろの席は奴の定位置となっている訳で。俺は教師が黒板に向かっているのを確認しつつ、首だけ横向けて返事をした。

 「なんだよ」
 「アンタ、いつもに増してぼんやりなんじゃない?もしかして…昨日あたしが帰ってからなんかあったの?」

 ハルヒめ…オソロシク鋭い奴だ。
 俺がぼんやりする理由など、例えば家庭内問題とか再来週からのテスト対策とか、単に腹が減ってるだけとか予測できる事情は無限にあるというのに、特に理由もなく第六感で昨日部活中に何かあったと思うあたりが既にカンが良いの域を超越している。
 人の心の内を見透かそうとしてくるような大きな瞳に内心戦きつつ、「風邪引いたみたいでだるいんだ」と適当に答えた。
 体調がよくないのは本当だしな。
 朝からちょっと熱っぽい。身体もあちこち痛いし、何よりあられもないところが痛んで椅子に座っているのが辛い。くそ。
 忌々しい笑顔が脳裏に浮かんで思わず眉をしかめると、相当具合が悪いのかと勘違いしたハルヒが、今日は直帰して休息を取るようにと言い出した。
 まあ、渡りに舟とはこの事だな。
 部室に顔を出せば必ず古泉と顔を合わせなきゃならない。
 SOS団にいる限り、つまりはハルヒが後ろにくっついて俺の首根っこを捕まえている限りいつまでも避け続けられるものでもないが、昨日の今日ではどんな態度をとってしまうか自分でも自信がない。とりあえず今は余計なことを考えず眠りたい気分だ。
 俺は団長命令を有り難く拝命することにした。

 放課のチャイムが鳴って、真っすぐに下駄箱へ向かう。
 部室棟へ寄らずに帰るなんて久々だ。放課後は朝比奈さんのお茶を飲みにあの部屋へ行くのがすっかり当たり前のようになっていたから、習性というやつか、なんだか妙な感じで落ち着かなくはある。
 靴を履き替えると、上履きを拾い上げ下駄箱に突っ込む。

 そうしたところで携帯が鳴った。

 マナーモード状態で虫の羽音のように振動する携帯をポケットから取り出す。サブウィンドウに表示された名前を見て、俺はぎくりとした。






 着信:古泉一樹






 血液が音を立てて引いた気がした。
 逃げることばかり考えていて、まさか向こうからコンタクトがあるとは思ってなかった。

 大体何の用だ。

 あの古泉が今更すみませんでしたもないだろうし、謝罪でなければわざわざ電話で話さなければいけないことがあるか?何を言われるかわかったものじゃない。
 十コール以上鳴ってもまだ鳴り続ける携帯を見つめながら、留守電にすべきかどうか躊躇していると、ぷつりと呼出しが止んだ。
 諦めたらしい。
 ちょっと安堵しつつ、次かかってきたらどうするべきかを考えていたら、今度はメール着信が鳴る。指先で操作して受信フォルダを見ると、そこには古泉からの新着メールがあった。
 電話に出ないのでメールという手段に出たらしい。
 まあ、まだ直接やり取りがない分メールの方がましか。

 幾許かの戸惑いを覚えつつ、メールを開いた。

 差出人:古泉一樹
 Title:無題
 ──────────────
 電話に出ていただけませんか?

 ------------END-------------

 添付ファイル有





 スクロールする手が、止まった。

『電話に出ていただけませんか』





 古泉にしては珍しく簡略化されたメールの文章だった。
いつもは丁寧な言葉とともに的確かつある程度長ったらしい内容でメールしてくるのに。添付ファイルを送ってくることも滅多にない。というか初めてのような気がする。
 しかし、本文の下に自動表示された添付のJPGファイルまでスクロールして俺は、その画像に目を疑った。




 俺だ。




 それも、ただの写真じゃない。
 それが何の画像であるかを脳が認識するなり、心臓が鷲づかみされたような衝撃があった。反射的に携帯の液晶画面から目を逸らす。
 身体の末端から、一秒ごとに全身が冷たくなっていくのがわかった。呼吸が出来ない。掌に嫌な汗が滲み出てきて気持ち悪い。

 携帯の中に表示された俺は、俺自身でさえ見たことのないような表情をしていた。

 床にぐったりと横たわって、何も纏っていない開きっぱなしの脚の狭間からは半透明の白い液体が伝って濡れているのが見てとれる。散々泣かされて赤く染まった目許に、酸素を求めるように半分開いた口からはだらしなく涎が垂れて正視に耐えない猥雑さだ。
 昨日気を失っている間に撮られたのか。
 誰が見ても情事の後に撮影された悪趣味な証拠写真。つまり、これは。


 突如画面が切り替わり、着信を知らせる表示が現れる。

 びくっと肩を震わせた。
 古泉からだ。

古泉が指定してきたのは部室でも教室でもなく、部室棟の屋上へと繋がる階段の踊り場だった。
 ただでさえ人の少ない棟の、立入禁止の屋上へ放課後用事のある人間なんてまずいない。 人に聞かれたくない内緒話をするには打ってつけという訳だ。
 古泉と二人きりになんぞ二度となりたくはなかったが、話すことになる内容が内容だから、人気のない指定場所は俺としても都合がいいと言える。
 俺は鉄製の靴でもはかされているかのように鈍重な足を叱咤しながら一歩ずつ階段を上った。回りに朝比奈さんや長門がいないか、ましてやハルヒと鉢合わせしないか細心の注意を払う。あいつは俺がとうに帰ったものと思っているだろうから、もし見つかりでもしたら取っ捕まって職質を受けること間違いない。まさか古泉から脅迫まがいなメールをいただいて今からユスられに行くところですなんて口が裂けても言える訳がない。
 指名手配犯にでもなったような気分で階段を上がる。
 三階の踊り場まで来ると後は屋上に直通する通路になっていて、更に上がったところ、屋上への扉の前に呼び出しをかけた人物はいた。
 見ないで済むなら見ずにおきたかった顔だ。
 直視に耐えないという意味じゃなく。
 古泉は俺の姿を目視すると、にっこりと非の打ち所のない微笑を浮かべた。

 「どうも。早かったですね」
 「どういうつもりだ」

 眦を吊り上げて吐き捨てると、古泉がわずかに眉を上げた。

 「何がです?」
 「…お前が送ってきた写真に決まってるだろ」
 「ああ、あれですか」

 よく撮れてるでしょう、と嬉しそうに言う。
 いちいちこちらのカンに障る態度を取るのはもしかしてわざとか?
 そのとぼけたツラを殴りつけたい気持ちがものすごく湧いてきたが、事態をややこしくするよりは速やかに用を済ませて立ち去りたい思いの方が圧倒的なのでこの際脇においておく。

 「そんなことはどうでもいい。さっさと携帯出せ」
 「残念ながら、そうはいきませんね」

 眉根を寄せて睨みつけると、両手を開いて肩をすくめるポーズをとる。

 「別に金品を脅しとるなどというつもりで撮った訳ではありませんから安心してください。保険とでも言いましょうか。まあ、趣味の一環でもありますが」

 どんな趣味だ。変態め。
 吐き捨てると、形のいい唇の右端が更に吊り上がる。
 そうするといつもの如才ない微笑と違って、どこか酷薄な印象になった。なまじ美形なだけにそんな笑い方をすると異様に様になっていて迫力がある。
 いったいいくつ笑顔のパターンがあるのか。笑顔がデフォルトだから、微妙に差異をつけることで喜怒哀楽を示してるとか言うんじゃなかろうな。長門みたく。

 「保険?」
 「ええ。簡単なことです。昨日あったことを、特に涼宮さんには悟られないようにしていただきたいんです」

 口止めしたかっただけか?
 それが何で保険なんだ。
 古泉が指先で栗色の前髪に触れながら言葉を接ぐ。

「あなたの性格からいって、よもや誰かに話すようなことは皆無だとは思ってますがね。涼宮さんは僕達が善き友人であることを望んでいるようですし、SOS団内の空気が壊れることを望まないでしょう。あなたと僕の関係が変化したことで悪い方へ余計な揺さ振りをかけたくないんです」

 バイトの手間を惜しみたい訳か。
 なんつう手前勝手な言い分だろうか。自分で種を撒き散らしておいて。
 変態でサディストの上エゴイストだなんて救いようがないぞ。

 「ようするに、今まで通りSOS団員として接していただければ無問題です。そうして下されば、お送りした写真のデータは僕の携帯の中だけに留めておくとお約束します。勿論、必要なくなれば消去いたしますし、ご心配でしたら携帯ごとお渡しいたしましょう」

 さも誠実な取引と言わんばかりの語り口調だが、古泉がそんな約束を守る保証などどこにもない。むしろ出会ってからの数カ月で構築されてきた信用が一気に失墜した今となっては、平気で反故にする気なんじゃと疑えさえする。
 そうだ。データをコピーしておくとか、俺を出し抜くことはいくらでも出来るじゃないか。

 「信じていただけなくてもそれはそれで構いません。さっきも言いましたように、これは保険ですから。もとより、僕から性的被害を受けたなどと涼宮さんに話すつもりはないでしょう?あなたは」

 俺の思考パターンなどお見通しと言わんばかりの口調が大変腹立たしい。

 「……お前がもう二度と俺に触らないと約束するなら」

 そう呟くと、古泉が喉の奥で堪えるような笑いを零した。

 「お分かりでないようですね。これは取引ではありません。
 …僕はあなたにお願いしている訳ではありませんから」

 そう言いざまに、ドアの前に立ったままその位置から動いていなかった古泉が不意にアクションを起こす。
 慌てて後退ったが、背後がすぐ階段だった為俊敏に逃げ出すことも出来ず、あっという間に距離を詰められ腕を掴まれた。
 途端、昨日の記憶が瞬間的に甦って背筋が凍る。

 「やめろ…!!」

 腕を振り払おうと無茶苦茶に振ったが古泉の手は離れず、それどころかあっさり背後を取られて後ろから抱きすくめられる。強い拘束に身体が硬直した。
 耳朶に古泉の吐息がかかる。
 嫌でも昨日の出来事が脳裏に浮かぶ。

 「体温…少し高いですね。具合がよろしくないというのは本当のようです」

 お蔭様でな。全部お前の所為じゃないか。
 何とか羽交い絞めにされた状態から逃れようと身を捩ると、いっそう腕に力をこめてきつく締め上げながら首筋に舌を這わせてくる。

「ひ、…」

 ぞくりとして思わず喉が鳴った。
 そのまま耳のすぐ傍までくちびるをよせた古泉が、幼子に言い含めるような調子で甘い声を出す。気色悪い。そうされると妙に力が抜ける。

 「僕も出来ることなら『秘密をばらされたくなければ』なんて陳腐な台詞で脅迫したくはないんです。あなたが僕の言う通りに常と変わらず振る舞ってくだされば、あなたは秘密を守れて僕は閉鎖空間の発生を懸念する頻度が減る。お互いにメリットがあると思いませんか」

 騙されるか詐欺師め。
 それを世間じゃ脅迫というんだ。
 そもそも俺が被害者であって、俺はお前に賠償請求なりできる権利があるってことを忘れてないか?

 ふふ、と低く含み笑いが耳朶をくすぐった。

 「さっきも言った通りですが一言で言い換えますと、あなたに拒否権はありません。
 言ってる意味、わかります?」







 ああ。どうやってもお前は俺を脅迫する気だってことがよくわかったよ。

 何か良くないものが憑依してるんじゃないか。
 と胡乱になってしまうほど散々な目に遭って来た俺の高校生活だが、よもや同級生から脅され性的関係を強要されるなどという三文ドラマかエロゲでしか有り得ないような展開がプラスされるとは想定外の外だ。

 まあ脅迫されていると言っても、俺は特に不眠に陥るほど悩み抜いたり、あげくそれこそドラマ宜しくいっそ古泉を[ピーーー]しかないなどと思い詰めるようなこともなかった。
 古泉の要求が俺の意向とも合致していたということもある。
 こんなこと秘密にしたいと考えるのは万人に通用する当然の思考であって、別に古泉の言いなりになっている訳ではないと強調しておこう。

 考えていたよりも何もなかった振りというのも難しいことではないしな。

 何より古泉がそれこそ何事もなかったかのように以前と全く変わらない態度で接して来たから、俺はそれに合わせていれば良かったからだ。
 そりゃあ最初はそんな古泉に腹が立ったり動揺したり忙しかったが、元からそれが当たり前だったんだから慣れてしまえば特に演技を必要とすることもない。あんな形で貞操喪失したからといって、妊娠する訳じゃなし、精神的な部分を除けば被害はせいぜい人には言えないような部分が痛むくらいだ。
 これが女の子だったらそれこそ絶望の窮みだろうが。
 だからという訳じゃないが、平穏な部室の空気は俺にとっても居心地のいいもので、わざわざ波風を立てようとは思わなかった。どこか他人事のように感じている節もある、といえばある。現実離れした問題に巻き込まれた人間の思考なんてそんなものなのかも知れない。
 いつも通り放課後は部室に通い、手持ち無沙汰にボードゲームに興じ、時折勃発するハルヒの癇癪を適当に宥める。
 何も変わらない日常風景。


 それでも、あの出来事が俺と古泉の間で嘘になったわけではない。

「あんた達、なんかここ数日おかしくない?」

 唐突に話題を振られ、俺の心臓は凍りついた。
 思わず指先に摘んでいた碁石を取り落とすと、団長席に踏ん反り返っているハルヒの顔と目の前の古泉とを交互に見る。

 「はて、おかしい、とは…具体的にどういった部分がでしょう」

 柔和な笑顔を微塵も崩さず、古泉が首を傾げる。
 さすがにこれしきのことでは動揺しないらしい。

 「そうね…ぱっと見はいつもと変わらないんだけど、何て言うか、よそよそしい感じよね。ぎこちないというか。喧嘩でもしたの?」

 とんでもなく過敏な奴だ。
 そのある意味羨ましい能力をもっと別の方向に活かしてみたらどうだろうか。
 例えば何か無体な行動を起こそうという前に回りの空気を読むとか。むしろ気を回してほしいのはそういう時の俺の心境にであって、それは今じゃない。突っ込んでほしくない部分には目敏く遠慮なく突っ込む、それがハルヒという人間だ。勘弁してくれ。

 「僕には思い当たる節がこれといってないのですが…彼と仲違いした覚えもありませんし。そうですよね?」

 いけしゃあしゃあと言い放つ。
 もしかしたら今までもずっとこんな演技をしていたのかもしれない古泉にとって、造作もないことなのだろうか。

 「ああ…」

 お前の気の回しすぎだろ、と碁盤を見つめ次手を考える振りをしながら内心冷汗を流しつつ答える。
 ハルヒはふーんなどと納得したようなしていないような、どこか不満げな返事をしながら、デスクトップPCに向かい直した。
 その様子を端目に捉えながら、誰にも気付かれないように小さく安堵の息を漏らす。
 まったく心臓に良くない。
 ふと視線を上げると、盤の向こうの古泉と目が合った。
 ほんの一瞬俺を見つめた双眸は、すぐに碁盤の上へと向けられる。特にアイコンタクトを送ってきたわけでもないが、どこと無く纏わりつくような視線に胸がざわつく。それは単に古泉に見つめられても気色悪いだけだからであって、断じて視線の強さに怯んだ訳ではない。

 「そうだわ」

 高い声を出してハルヒが再びPCから顔を上げる。
 今度は何だ。

 「今週の不思議探索はなしね。あたし家の用事でどうしても抜けらんないの。まあ、ここんところ毎週立て続けだったし、たまには骨休めもいいでしょ」

 中止になる分には文句などあろうはずがない。
 むしろ諸手を上げて賛同するぞ。
 隅で本をめくり続ける置物と化してる長門も麗しきメイド姿の朝比奈さんも、それぞれ「……」「わかりましたぁ」などと通常のリアクションを返して了承した。


 「そうですか。いや、ちょうど良かったです」


 ニコニコと副団長殿が指を組み直す。

「あら、古泉くん何か用事でもあったの?」
 「ええ、実は先月から公開されている映画を観たいと思っていまして。ちょうど彼と今週末あたりにどうだろうかと話をしていたところなんですよ」

 その台詞に、俺はぎょっとして古泉を見た。

 「ちょ…」
 ちょっと待て、と喉まで出かかった言葉を明瞭な発音になる前に何とか飲み込んだ。

 約束をしたのは確かだ。

 しかしそれはアレな事態になる前の話であって、こんな状況の今にあっては俺はそんな週末の予定などすっかり忘れ去っていた。

 「あら、そうなの?それならちょうど良かったわ。そうね、たまには男同士で友情を深めるのも必要よね。そういうことなら気を利かすわよ、あたしたちも」

 そんな局地的な部分で気を利かさないでくれ!
 と心の底から叫んだ。が、もちろん口に出せるわけはない。
 残りの部活時間中、ハルヒは映画の話を聞いて俺と古泉の不仲疑惑が杞憂であったことに満足なのか、終始上機嫌にPCを弄り、古泉は腹立たしい限りの笑顔を振り撒き、長門と朝比奈さんに至ってももちろん通常営業だ。
 欝なのは俺一人ってことか。忌々しい

「俺は絶対行かんぞ。何考えてるんだ」


 夕焼けもたけなわの時間帯、下界へと続く坂道には前方を行く三人娘の他に制服姿は見当たらない。
 よく考えなくともあといくばくも無くテストが始まるこの時期、きっちり全員が集まって終了時刻まで粘る部活動なんざ俺達くらいなものだ。正式な部じゃないが。
 ハルヒ達には聞こえない程度の声で断固として拒否すると、横に並んで歩く古泉が何度か目を瞬かせ、

 「だって約束したじゃないですか」

 のたまいやがった。
 確かに約束を守るのは社会生活における根幹のルールのひとつだが、それは相手がルールを遵守するに値する信用を持ち得る場合だ。古泉はその信用を裏切った。
 古泉の所業に比べれば例え俺が約束を反故にしたところで些細なことだ。誰に責められよう。よって俺は行かない。以上。

 「それは困りましたねえ。折角のチケットが無駄になってしまいます」

 わざとらしく困った声を出すな。自業自得だろ。
 誰か代理人を立てればいいじゃないか。

 「そうはいきません。涼宮さんにあなたと一緒に行くと言った手前、違う人間と行ったりしたらそれこそ不仲を疑われます」
 「口裏合わせて俺と行ったことにすりゃあいい」
 「映画の感想を聞かれたら?彼女のことですからどんな穿った質問をしてくるかわかりませんよ。あなたに涼宮さんの追求をかわせるだけの機転が備わっているとも思えませんが」

 先ほどの様子を見ている限り、と古泉が口許をゆがませた。
 くそ、ムカつく。

 大体俺に行くつもりがなかっただろうことぐらい読めていた筈だろうよ。
 強姦魔と仲良く休日まで顔を合わせて映画に行こうと思える奴がいたらここに連れてこい。少なくとも俺は御免だ。

 古泉はくす、と喉を鳴らすと前方へ視線をやった。
 何を企んでやがる。

 大体タイミングが良すぎるじゃないか。

 毎週のようにSOS団の会合がある土曜日に、珍しく古泉がハルヒとの別行動を切り出し、ハルヒはハルヒでその日は用事があるという。
 その用事が法事やら何やらだとしたら、事前に古泉が知っていた可能性は山の如しだ。機関ならハルヒの昨晩のメニューだって把握してそうだからな。
 以前なら偶然か、で済ませていただろうが、今となってはそうはいかない。
 良からぬ計画を企てているとしか思えない。

 「別になにもありませんよ。あなたをお誘いした時点では、よもやあなたとこんな間柄になろうとは僕にも予想できませんでしたから」

 そんな不可抗力だったみたいな言い方をしても、おまえの前科は消えないぞ。
 嫌味のひとつくらい罰は当たらないと口を開きかけると、古泉の携帯が鳴った。

 「失礼」

 短く断って取り出した携帯を開いて一瞥すると、すぐに顔を上げて余裕ともとれるような微笑を浮かべた。

 「すみません、バイトが入ったようです。とはいえ、例のアレではないのでご安心を」

 別に何も心配しちゃいないけどな。
 あのけったいな灰色空間で巨人相手に奮闘するのはお前達の仕事だろ。
 俺には関係ない領分だ。

 「とにかく俺は行かないと言ったら行かないからな……おい、寄るな」

 出来るだけ身体が触れ合わないよう、かつ不自然でないよう俺が量っていた距離を詰められる。制服越しに腕が触れ、その温度に狼狽した。
 やたらに顔を近づけるんじゃない!
 俺は慌てて前を行くハルヒを見た。
 話に夢中で三人とも振り向く気配はない。ないが…。

 「おい、早く離れろ」

 古泉を引き離すべく掌で胸を押しやる。
 それとほとんど同時に驚くほど強い力で引き寄せられた。


 「土曜日の正午、いつもの駅前でお待ちしてます」


 古泉の肩に額をぶつけた俺の耳許で、低く涼やかな声が囁いた。

 翌日、約束を謹んで辞退しようと部室へ行ったら、古泉は休みだった。


 何か謀略的な匂いを感じるのは、俺の過剰気味な猜疑心のせいだろうか。
 九組の担任が捕まらずに理由がはっきりしなかったらしく、部室に戻ってきたハルヒはわざわざ電話をかけていた。欠席した団員を心配してのことだろうが、腹でも壊して寝んでる最中とかだったらどうする気なんだろうな、コイツは。
 程なく電話に出た古泉はハルヒの追求を上手いことかわしたらしく、ハルヒは活動時間中別段機嫌を損ねることもなかった。
 何と理由をつけて宥めたものか、コツをお聞きしたいね。



 「バイトか」
 『ええ、まあ…それ絡みで』



 パソコンに向かってサイト更新を始めたハルヒにトイレ、と告げて抜け出た廊下で、履歴からショートカットで番号をダイヤルすると2コールも鳴らさずに相手が出た。
 どうやらかけてくることが分かっていたらしい。

 「ハルヒなら脳天気にパソコン弄りまわしてるぜ。機嫌悪そうには見えないんだがな」
 『…あ、いえ、今日休んだのは機関の方で事務手続きがあったもので、それで』

 スピーカー越しだからか、いつもより低く少し掠れて聞こえる古泉の声の後ろに車の走行音が混じっていた。例の黒タクシーで移動中なんだろう。

 『ご心配をおかけしてすみません』
 「…なんで俺がお前の心配をするんだよ」
 『おや、違うんですか』
 「俺はただ、明日の予定のキャンセルを申請したいだけだ」

 区切るようにして告げると、受話器の向こうで古泉が小さく笑った。

 『何と言うか、やはりあなたですね。…行く気がないのなら当日黙ってドタキャンしたら良いのに』

 お前が待ちぼうけして無駄骨折る手間を省いてやってるんじゃないか。

 『とにかく明日のお昼、僕は駅前に居ますので』
 「おい」
 『来るか来ないかは、…そうですね、あなたの自由と言っておきましょうか』

 無駄に爽やかな声の端々に、無言の威圧を感じる。
 ちらりと脳裏を例の画像が過ぎった。思い出したくもない。
 来なければどうなる、などと口に出さなくても、古泉の台詞は充分脅迫の色を含んでいる。出るとこ出た時の為に奴との会話は録音しておくべきかもな。強姦罪プラス脅迫罪でも追加起訴した時言質にしてやる。


 『お話したいこともありますし…部室ではちょっと無理なので、ね』


 含みをもたせた声で、囁くように言う。お前の言葉の裏なんぞ読まんぞ。
 なんせ俺はお前の友達でもなんでもないからな。

 通話はそれで終了だ。
 俺は痒いわけでもないのに後頭部をがりがり掻きながら、忌々しい思いで夕暮れの曇り空が広がる廊下の窓を見つめた。
 絶対行ったら駄目だ、行けば後悔する気がすると考える一方で、明日の正午、駅前へと向かってしまうだろう自分が易く想像できたのも事実だ。

改札を出て雨のそぼ降る駅前のロータリーを見回すと、バス降車場所があるアーケードの軒下で雑踏を避けるようにして、いなくてもいいのに奴は待っていた。
 まだ11時10分前だ。
 2分でも遅れたらなんだかんだと理由をつけて帰ってやる、と思っていただけに残念というか、腹立たしいというか、肩透かしを喰らった気分で俺は心中舌打ちをした。
 ハルヒの手前時間厳守なのではなく、元から几帳面な性格ってことか。
 重い足取りで歩み寄ると、十メートルほどの地点で古泉がこちらに気付いた。
 笑顔を作るな気色悪い。

 「来て頂けたんですね」

 お前が脅したんだろ。

 半眼になって睨み付けると、そんな俺の精一杯の攻撃など蚊に刺されたほどにも痛くありませんとでも言うかのように、軽やかに肩をすくめてみせる。


 「僕はどちらを選ぶのもあなたの自由だと申し上げたかと思いますが」


 うわ、切実に殴りたい。


 「……どういうつもりかは知らんが、映画を見るだけだぞ。見たらすぐ帰るからな」
 「ええ、わかってます」

 嬉しそうに言うな。畜生。

土曜日の昼、結構な盛況ぶりのホールは人が溢れていて、上映十五分前に着いた頃には席は殆ど埋まっていた。
 自由席だから仕方がない。左寄りの一番後列が、ちょうど二つ席が並んで空いていて、俺達はそこに陣取ることにした。
 廻りはカップルが目立っていてなんだか訳もなく腹が立ってきたが、純朴な男子高校生が友人同士で連れだって観ても何等不思議はあるまい、と溜飲を下げる。


 脅してまで行きたがっていたわりに、古泉は観る予定の作品について何の前知識もないようだった。

 「何も知らないで見たがってたのかよ、お前」
 「ええ…まあ、タイトルくらいは知っていましたが」

 古泉のポケットから取り出された前売りの半券には、今秋公開の映画作品の中では指折りの話題作のタイトルが書いてある。
 何てことはない王道を行くようなハリウッド製のSF映画だが、テレビや雑誌でも盛大なプロモーションを打っているので、大多数が粗筋くらいは知っているだろう。
 俺も観たいとは思っていたから、古泉から誘われた時には二つ返事で了承した。
 奴のオゴリだったしな。

 「変な奴だな。普通わざわざ映画館まで見に行くなら、出てる俳優が好きとか、あの監督作品だからとか何かしら理由があるだろ」
 「ふふ、そうですね。…強いて言うなら、あなたと映画に行くという行為を体験してみたかったんです」


 なんだそりゃ。


 うろん気に古泉を見遣ると、いつもなら直ぐに視線に気付いてこちらを向く微笑が、今はうつむき加減に前方のスクリーンを見つめる横顔のままだった。


 「休日同級生と待ち合わせて映画に行く。…なんて、実に若人らしいじゃないですか。
  やってみたかったんですよ。そういう、普通の高校生らしいことをね」


 普通の、というセンテンスが、古泉の口から出るとやけに引っ掛かる。
 若人なんて年寄りじみた言い回しをするから、現役高校生らしく見られないんじゃないか?という台詞は何となく、口には出さずにおいた。

 「そういえば…電話で言ってた、部室じゃできない話って何だ?」

 ふと思い出して切り出すと、ああ、と返事をしたあと常に明朗な古泉の唇が、めずらしく躊躇うようにさ迷った。


 「映画が終わってから…お話しましょうか」




 ホールの照明が消え入るように落ちるのと、古泉がそう呟くのとは殆ど同時だった。

何気に字の文が作者の領域に達してるな
俺のは全くおっきしなくて、ホモじゃないと再認識出来たが、文章の上手さからここまで読んじまった

なんていうか……その…下品なんですが…フフ………… 勃起……しちゃいましてね…………

今や柏は千葉や船橋を抜いて、横浜やさいたまに匹敵する地位を手に入れた。
千葉県の中心は東葛地方の柏だね。あとは政治行政的にそれをはっきりはせるために、
流山や鎌ヶ谷や野田と統合して、政令指定都市になることだね。

柏は地価でも売上高でもトップ。
駅前の繁華街の同面積で比べたら、柏がダントツ。
千葉や船橋は面積が大きいというだけのこと。
集中度では柏に及ばないよ。

千葉や船橋に東大があるか? がんセンターがあるか?
柏には東大があるんだぜ。TXの沿線には筑波学園都市もある。

>>35
腐男子でノンケが多いのはそこでね、よくできたBLは話として面白い

 スクリーンの向こうの出来事というのは、大概のケースにおいてフィクションだ。

 ストーリーの中で、たとえば主人公が劇的な恋をしたり、誰かが刺し殺されたり、あまつさえ宇宙人や未来人や超能力者が登場したところで、それが現実に自分自身に起こり得ることだなんて認識する人間は稀小数だろう。

 俺だって大多数のひとりだ。いや、そうだった。


 銀幕に投影される擬似世界。
 それは、こちらの世界と似ているようで違う。


 絶対唯一だった筈の世界が実は、ある女のさじ加減ひとつで簡単にうつろってしまう脆いものだと知った今は、ありきたりなフィルムの中の情報も平行世界の一種かもな、などと思ってしまう。
 ハルヒが望めばSF映画の世界が現実で、こちらがフェイクに成り代わることだって有り得るからだ。疑ってかかればこの現実さえ確かなものという根拠はない。
 ある日涼宮ハルヒと出会って、宇宙人や未来人や超能力者が名乗り出てきて、普通じゃ考えられない非日常的な高校生活を送っているなんて俺の記憶も、実は俺自身の作り出した妄想だという可能性も0%ではないわけだ。
 所謂夢オチってやつ。
 冴えない主人公の元に、ある日突然未来からロボットがやって来て、そいつと面白おかしく日々を過ごすというストーリーは実は植物状態の主人公が病院のベッドで見ていた夢だったなんて、都市伝説エンディングがあったっけ。

 穿った想像を展開していくと限がない。

 ひとつだけ確かなのは、俺は今が気に入っているという主観的事実だけだ。
 ある日突然…なんて非常識なサプライズを差し引いたとしても。
 普遍的な感覚が麻痺しつつあるが、そういうフィクションが現実に自分の身に起こるようなファクターは滅多にないのが当然だ。奇跡的な確率であると言っていい。
 それこそある日宇宙人や未来人や超能力者に出会ったり、ただの同級生だったはずの奴に押し倒されたり、突然出会った誰かに劇的な恋をしたり――――



とすん、と肩に軽く負荷がかかって、思考がストップした。


 古泉の頭だ。


 こいつ、自分から誘っておいて居眠りとは…。
 これが相手が付き合って間もない彼女とかだったら、充分スピード破局の理由になり得るぞ、などと考えつつ、先ほどの古泉のどこか憂いた笑顔をリプレイする。
 連日バイトに根詰めて疲れているのかもしれないな。
 幸い一番後ろの席なので、背後の視線を気にする必要もない。
 男の頭がもたれかかったところでちょっと煩わしい程度だ。わざわざ起こすこともないだろう。 
 まあ、俺も別のことを並行して考えてるくらいにしか映画に集中してなかったが。
 面白くないわけではないのだが、ストーリーが今いちすんなりと頭に入ってこない。
 思わせ振りな伏線が多すぎるんじゃないか?
 テレビで流される予告PVは、秀逸なシーンの詰め合わせという最近の封切作品に有りがちなパターンらしい。

 スクリーンはちょうど戦闘シーンで、ハリウッドお得意の派手なエフェクトが飛び交っている。
 最先端CGを駆使して作られたその映像は、観客を楽しませるに充分な迫力があるとは思うが、リアルで長門ら宇宙人同士のCG酔いしそうな超人バトルを体感した身としては、そこそこといった印象でピンと来ない。もしかして刺激慣れってやつだろうか。

 フラッシュカットが連続したかと思うと、赤い閃光がスクリーン一面に膨脹し拡散した。
 ふと、連想するように閉鎖空間での球光が脳裏に浮かぶ。
 あれもCGでないなら、どういう科学的原理が働いてるんだろうな。
 古泉のどこからあんなエネルギーが抽出されるのか。
 まるで血の色みたいな、真っ赤に闇を裂く光。


 「……っ!!」


 思わず声を上げそうになった。
 ひじ掛けに置かれていた筈の古泉の掌が、不意に膝にふれたからだ。

 こいつ、寝てたんじゃないのか!?

 思わず身を固くして視線だけを古泉の方に向けると、俺の肩にもたれかかったままの古泉の頭が、笑いをこらえるようにちいさく揺れた。

 前言撤回、何が疲れてるかもだ。
 元気じゃねえか!!



 腕もろとも引っぺがして突き放してやりたかったが、あまり大きなリアクションをとると、周りの要らない視線を集めそうで憚られる。
 俺の座っている席は一番端に位置していて、通路を挟んだ向こうにしか人がいないから、よもや傍目に入るとは思えない。が、万一見られでもすれば終わりだ。
 上映中、暗闇で連れに脚を撫でられているなど、もはや何の言い訳も立つまいよ。
 そうこうしているうちに、触れた手のひらが這いのぼるように大腿までゆっくりと撫で上げる。怖気が走った。なんちゅう手つきだ!

 ジーンズ越しに古泉の体温が伝わってきて、何と言うか、非常に気色悪い。
 セクハラ被害に遭った女のコの心境が今なら切実に理解できそうだ。

 する、と脚の付け根から隙間を割るようにして、手のひらが内股まで進行してきて、俺はひっ、と息を飲んだ。
 助長した指が際どい部分をかすめていく。

 まさか、こんなところで。冗談じゃない!

 慌てて引きはがそうと古泉の手の甲を掴むと、するりと逃げられそのまま指を絡めとられる。付け根をこすりあわせるようにして握りこまれ、狼狽した。
 周りの恋人達だってそんな公共マナーを甚だ無視した行動は慎んでいるというのに、なんで俺が古泉なんかと手を繋がねばならんのか。
 さすがにこれ以上は我慢ならない臨界点を感じて、手を振り払って速やかにロビーに緊急避難しようと思い立った瞬間、握られた手にぎゅっと強く力をこめられた。

 古泉が俺の耳元0コンマの距離で、吐息だけで囁く。



 「出ましょうか」

最上階の一番大きなシアターは今見ている作品の他は上映していないらしく、ロビーは閑散としていた。

 「おい、古泉…っ!?」

 マルーンレッドのカーペットが敷かれたフロアを、古泉に引っ張られるようにして進む。
 居眠りしたくなるほど映画がつまらなかったのはわかった。
 わかったからとりあえず握った手を離せ!

 有無を言わさず引きずられて行った先は男性用トイレだ。
 中には案の定誰も居らず、そのまま奥の個室まで連れ込まれた。
 カチリ、と古泉が後ろ手に扉を閉め鍵を掛ける様を見てギクリとしたが、はっきり言って後の祭りだ。


 「ちょッ…!!待てまてまてま」


 間髪入れずに古泉の腕の中に抱きすくめられ、俺は精一杯に押し殺した声でタンマ、と叫んだ。
 制止も虚しく、壁にどん、と音が立つくらいの勢いで押し付けられ、その拍子にトイレットペーパーのホルダーで腰をぶつけたことを抗議する間もなく口を塞がれる。
 何でって?勿論古泉の唇でだ。

 「んッ…!、ふ、ぅ、んぅ…、ッ」

 あっという間にくちびるを割られる。
 薄く開いた歯列の隙間をぬぐうようにして、生ぬるい温度を持ったものが這入り込んでくる。それが上顎をたどると、びりっと電流が走ったみたいに力が抜けた。
 舌が蠢くたび、くちゅ、と耳に届くというよりは直接身体の内側に水音がひびく。
 息苦しさも相俟って、そのうちろくな抵抗も出来なくなる。
 よくない。
 これじゃまるで良いように古泉の手管に嵌まっているみたいじゃないか。

 「う…ッ、…ふぁ、っ」

 くちびるがわずかに離れた隙をついて顔を背ける。
 酸欠で頭がくらくらしてきた。
 古泉はそれ以上追ってこず、代わりにあらわになった首筋に口づけてくる。
 俺は肩で息をしているというのに、古泉の呼吸はちっとも乱れていない。どんだけ息が長いんだこいつは。

 「っ…、いい加減にしろよ、お前、ここがどこだと」
 「映画館のトイレです」


 わかってるなら自重しろよ。


 鎖骨を舐められる。
 窪みに吸いつかれ、思わず身体がびくついた。

 「仕方ないですよ。人目を気にして、一生懸命声を堪えるあなたが
  とても可愛らしかったもので」

 その台詞の"仕方ない"はどこにかかるんだ?
 まさか倒置法じゃないよな。

 「止めてくれ…っ古泉、頼むから」

 こんないつ誰が入って来てもおかしくないシチュエーションに耐え切れるほど、
 俺の神経は図太くないんだ。

 「そうですね…もしかしたら声が聞こえちゃうかも知れませんね」

 ふむ、と古泉が顎に指を当てる。

 だろ?お前だってこんなこと他人にばれてお天道様の下を歩けなくなるのは嫌だろ?と必死に取り縋るような俺の視線を受けつつ、古泉のくちびるが嫌な形に吊り上がった。



 「だからこそ余計に燃える、と思いません?」




 お前の道徳心に訴えたのが間違いだったよ。

「ひ、…んぅっ、…うッ…、…、」


 もはや抵抗どころの話じゃない。
 両手でしっかり口を塞いで、大きな声が上がらないようにするので精一杯だ。

 じゅる、と下から卑猥な音が聞こえてきては心臓が冷える。
 何の音かは口に出したくもないが、端的に言ってつまり、古泉が俺のアレをしゃぶっている擬音だ。

 「ふく…っ、…、ぅ…、ふぅう…ッ」

 俺が外の様子を気にしていちいちびくつくのが面白いのか、ぴちゃぴちゃとわざと音が立つように舐め上げてくる。性格が悪すぎだ。
 背を壁に押し当てて、ようやく崩ずおれそうな己の身体を支えている俺の前に屈み込んで、余裕綽々といった様子で勃起したものをくわえ込んでいる。
 俺はといえば、あんなにも散々拒否していたにも関わらず、古泉の手管の前に身体はあっさりと反応して、もうろくな悪態をつく威勢もない。
 涙が目尻に浮かぶのはそんな己が情けないからだ。
 断じて気持ち良さからではない。

 しかし、こいつは同じ男のものなんか舐めて何が楽しいのか。


 「う…ッ、こい、ずみ……もう…、…っ」

 先端を上顎に押し当て、舌先で裏筋をたどられる。
 唾液を絡ませ孔を突くように嬲られると、それだけで腰が砕けそうな刺激が走った。

 「いいですよ…、出しても」

 言い様に深く咥えられ、根本からくちびるで扱くようにして強く吸われる。

 「いッ…、……!!!」

 喉の筋肉が攣ったみたいに緊張して、呼吸が止まる。
 腰のあたりから溢れ出しせり上がってくるどうしようもない射精感に、俺はそのままなす術もなく古泉の口内に放埒した。

 「…っ、……、はぁ…ッ、はー…、…」

 二百メートルダッシュした後みたいに苦しい。
 声を抑える作業がこんなに疲れるとは思ってもみなかった。
 息も絶え絶えにうつむくと、自然と古泉を見下ろす形になる。
 古泉は俺と目が合ったとみるや微笑して、くちびるの端からあふれた粘液を指の腹ですくい取ると、見せつけるようにそのまま舌で舐めとった。



「……っ、!」

 それが口の中に既にないということは、また飲み下されたのかと考えが至り、顔から火が出そうに熱くなった。駄目だ、恥ずかしすぎる。

 「案外早かったですね……ふふ、そんなに悦かったですか」

 立ち上がって俺の退路をふさぐように壁に両手をついて覆いかぶさった古泉が、やっぱりあなたもこんな場所だから興奮してるんじゃないですか、と意地悪い声で囁く。

 お前みたいな変態と一緒にするんじゃない。

 いくら強制されたとはいえ、こんな公共設備のトイレで男にいいようになぶられて射精するなんて、俺の極めて平凡な良識通念にはかなりのダメージだ。凹む。
 こいつはどこまで俺にアブノーマルな変態行為を強いれば気が済むのか。
 そろそろ自己嫌悪を通過して自殺願望がわいて出そうだ。

 絶頂直後の倦怠感も手伝って、半ば放心状態でいると、古泉がよくない手つきで腰の辺りを撫でて来た。

 「う…ッ、ぇ、お、おい…!?」

 ジーンズの隙間から忍び込んだ指が、下着をかい潜り尻の狭間を伝うようにして降りていく。すぐに行き着いた其処を、ぐっと指の腹が押した。

 「やッ…、やだ…、こいずみッ……、!」


 こいつまさか、ここで最後までする気なのか!?


 弛緩していた身体が一気に緊張する。
 いくら奴が変態でサディストでも、そこまで無体を強いることはあるまいと思っていただけに、焦りまくった声が出るのを抑えられない。
 耳許を含み笑いがくすぐったかと思うと、中に潜り込もうとしていた指が、口をつぐんだままのそこを円を描くように撫でる動きに変わる。

 「だってずるいじゃないですか、あなただけ気持ち良くなるなんて」

 それは100%お前の所為であって、断じて俺に責任の所在などないぞ。

 第一考えてもみろ。
 能う限り声を立てずに射精しただけでこんな有様なんだ。
 あんな過重労働をこんなところで強制されたら、俺は間違いなく死ぬ。死因は呼吸困難、若しくは羞恥・屈辱による憤死だ。
 俺はそんな家族に泣いても貰えなさそうな死に方は選びたくないぞ。

 「そうですね…。ここで最後までして足腰立たなくなられても
  後処理に困りますので」

 古泉から多少は理性的な言葉が出たことに、幾許かほっとして肩から力を抜いた。が、その直後同じ口からついて出た台詞に、俺の思考は完全に沈黙した。




 「口でして貰えますか。それで妥協しますが、どうです?」



「口でして貰えますか」





 それのどこがどう妥協してるというのか。



 俺はニッコリと極上のスマイルを浮かべて見下ろしてくる悪魔の顔を思いっきり睥睨した。とんでもない二択だ。まさに究極の選択。
 というか、どっちに転んでも分が悪いのは俺だけじゃねえか!

 「どちらが宜しいかはあなたにお任せしますよ」

 何もなかったことにして速やかに席に戻るという三番目の選択を俺は推奨したいんだが。
 古泉の返答は勿論却下だ。

 嫌な汗が背中を伝う。
 下を向き、目を閉じて大きく息を吐いたあと、ちらりと、もう一度古泉を見遣る。
 古泉は同じ笑顔を作ったままで、冗談ですと言い出してくれそうな雰囲気は微塵もなかった。


 口で。古泉のを。


 想像だに怖気が走る。
 何が悲しゅうてゲイでもない俺が男のモノを咥えねばならんのか、などと考えるとあまりの事態にこめかみがガンガンしてきた。

 いや落ち着け俺。冷静に考えろ。
 こないだのように無理やりアレを突っ込まれる苦痛と比較すれば、まだそっちの方がましだと言えるんじゃないか?
 そうだ、少しだけ我慢して古泉の言う通りにすれば、少なくともあれほど甚大に体力を消耗させられることもないし、身体の負担だって―――

 「……っむりだ、そんなの」

 泣きそうな声が出た。
 口でなんてどう考えても無理だ。出来るわけがない。
 頼むからそれだけは勘弁してくれ、と懇願するような目で古泉を見ると、


 「そうですか。じゃ、入れますね」


 こ…この鬼畜めが!!!
 笑顔全開で、入り口で動きをストップしていた指に力が篭められる。
 ぐり、と第一関節まで捩込まれた感触に、俺は完全な泣き声を上げて古泉にしがみついた。

 「っひ、…わかった!やる!!やるから…ッ!!」



 身体的負担覚悟で要求を突っぱねるか。
 矜持を捨てて貞操の保守を計るか。

 両方天秤にかけて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけマシだと思えるほうを
 俺は選択した。

 それだけだ。

 洋式便座の蓋に腰掛けた古泉の前に、渋々しゃがみこむ。
 ものすごく抵抗があったが、古泉に凭れるのも癪だったので格子模様のアイボリーのタイルに膝をついた。
 それなりに設備の調った施設で、清掃も行き届いているのがせめてもの救いだ。
 何の慰めにもならないがな。

 古泉はニヤニヤしたっきり、俺のするに任せたいらしく全く動こうとしない。くそ。
 仕方なくベルトを緩め、前をくつろげる。
 たったそれだけのことに手が震え、思うように動かなくて難儀した。

 「……、っ…」

 取り出した古泉のモノは既に勃ち上がっていた。
 爽やかな二枚目にそぐわないグロテスクな風体のそれに、俺は言いようもない畏怖と羞恥を覚える。よく考えるとこんな間近で直視したのは初めてだ。
 観察したいとも思わないが。
 しかし、こんな兇悪なモンあんなところに入れやがったのか…こいつは。

 「…………」

 流石に、いざ口に含むとなると憚られる。
 いくらか躊躇うように視線をさ迷わせていると、古泉の掌が優しく髪を撫でつつ促してきた。口内に溜まった唾液を一旦飲み込む。俺は腹を括って口を開けた。

 「…、……ん…、ぅ…」

 舌をのばして、おずおずと先端を舐める。
 今の自分の姿を想像すると本気で泣けてくるので、目を固く閉じて、なるべく他のことに意識を持って行こうと努力した。
 そうだ、アイスか何かを舐めていると思えばいいんだ。

 「舐めるだけでは駄目ですよ」

 忠告するような声に笑いが混じっていて非常に腹が立つ。
 明らかに愉しんでやがる。

 「ん、…む……、ッ…」

 俺は眉根を寄せつつも素直に口を大きく開けて、雁口を迎え入れた。
 幹をくちびるで辿っていくと、根本まで行かないうちに舌を圧されて反射的にえづきそうになる。何とかやり過ごして堪えたが、喉の奥まで古泉が這入り込んで苦しい。
 呼吸すらろくにできない。

 「そう、…歯は立てないで下さいね」

 髪をあやすように梳かれながら、優しく囁かれる。
 噛みちぎってやろうか、などと物騒な考えが浮かぶのも仕方がないと言うものだろう。
 もう何でもいいから一刻も早く終わってほしい。
 その一心で舌を動かす。

 「…、はァ、……っ…、……ッ…」

 扱くように唇をすぼめて行き来させると、咥内を刺激され唾液がどっと涌いてきた。
 それを絡めるようにして、舌を押し当て柔い皮膚を擦りたてる。動かすたびにぬちゃぬちゃと聞くに耐えない卑猥な音が、直接自分の身体の中から聞こえてくるみたいだ。
 裏側にあたると反応が良いような気がして、そこばかりを丹念に愛撫した。

 ちら、と上目使いに古泉を伺う。
 表情は笑んだままではあったが、ある程度は快楽を感じているのか、整った眉が少しだけ顰められていることに、僅かでも古泉の余裕を剥ぎ取ってやったような気になって不本意ながら嬉しくなった。


「んっ…、…く……、ふ、」

 俺の唾液なのか古泉の体液なのかわからないものが、唇からあふれてだらだらと顎を伝う。ぬるついて気持ち悪いが、そんな物を飲み下すほうが勇気がいるのでそのままにしていると、「やらしいですね」と揶揄された。放っとけ。

 「そろそろ…、出そう、です」

 吐息混じりに待ち侘びた台詞が聞こえた。やっとか。
 いくらかほっとしつつ口を離そうとすると、手の平で後頭部を押さえつけられる。

 「ふッ、…ぐ…!?」
 「顔にかけてもいいですか?」

 何言い出すんだこの変態は!!

 願射なんて行為はAVの世界だけまかり通るプレイだろ!
 俺にはそんな嗜虐されて喜ぶ趣味はない!
 容赦なく喉の奥を突かれてせり上がってくる吐き気と闘いながら、俺は必死にこうべを振って拒否の意思を示した。


 「そうですか。…じゃあ、やっぱり飲んでもらうことにしますね」


 !?


 台詞を理解して驚愕の表情を浮かべる前に、どくんと頬張ったものが
 脈打ったかと思うと、

 「んんッ!?、ぅぐっ…、っ…、んー…!!!」

 出された。思いっきり。
 頭を固定されては逃げられるはずもなく、喉の奥に生温い飛沫が浴びせられる。
 どろりと粘っこくひっかかる液体が器官をすべり落ちて、俺は反射的にそれを嚥下した。
 青臭い独特の匂いと、苦味が広がる。

 「ぐっ…、ぅッ、…!!!」

 生理的な涙で視界が曇る。
 ずるりと抜き去られる瞬間舌の上にもこぼれ、口内に残ったそれを吐き出そうと口許に手を当てると、

 「全部飲んでください」

 ぐいっと顎を掴まれ、上向かされる。
 吐き出したらもう一度させますよ、ととんでもない台詞を吐かれ、俺は噎せそうになる咽喉の筋肉反射を何とか押し止め、口の中に溜まったものを唾液とともに飲み下した。

 「…ッげほ、…はぁ…、はー……」

 ようやく口を開いて空気を取り入れると、口の中に残っていないのを確認するかのように古泉の指が侵入し、粘膜を探る。

 「よく出来ましたね。…気持ち良かったですよ」

 要らない感想とともに、嬉しそうな表情の古泉が口づけてきた。
 すぐに舌が入ってきて深いキスになる。
 仮にも自分のものをくわえさせていた口にキスするなんて救いようもない酔狂だ、などと廻らない頭で考えていると、その状況はそのまま自分にも当て嵌まることに気付いて死にたくなった。

 「……ん、……っ」

 互いの体液を混ぜ合うような激しい口づけに、俺はもはや抵抗する気力もなく為すがままでいながら、ただひたすらに頼むから古泉が続きをしようなどと考えませんように、と願っていた。



「気持ち悪……」



 静寂が降りたままのロビーにある長掛のソファで、俺はぐったりと両手で顔を覆って溜息した。
 両開閉扉の閉まっているシアターの方から、時折漏れる音響が微かに聞こえてくる。
 上映終了時間十五分前。
 ストーリーもそろそろエピローグだろう。まだ誰も出て来る気配はないが、今更入り直して見ても仕方がない。そういう心境でもないしな。

 「大丈夫ですか」

 戻って来た古泉が、売店で買ってきたカップを差し出した。
 無言でそれを受け取ると、すでにプラスチックの蓋に挿してあるストローを深くくわえ、喉を鳴らして内容物を飲み込む。
 リクエストを聞かれて何でもいい、と答えたら、コーラを選択したらしい。
 ちょうど良かった。
 これでもし烏龍茶とか味の無いものだったら逆に吐いてたかもしれん。
 うがいはしたものの、何だかまだアレが口の中に残っているような気がして、俺は顔をしかめたままコーラで先に飲みこんだモノの味をごまかした。冷たい炭酸の刺激が、心地よく喉を潤していく。

 ようやく吐き気が収まってきて、背もたれに体重を預け唸るように息を吐くと、隣に腰掛けた古泉が小さく苦笑ぎみに笑った。

 「そんなに不味かったですか」

 まずいに決まってるだろ。
 というか、それ以前にありゃあ飲むモノじゃない。

 「僕には飲ませる癖に?」
 「……ッ!!それはお前が、勝手に…っ…」

 勝手に飲んでるんじゃないか、と言いたかったが、かーっと頬に血がのぼって語尾が明瞭な言葉にならなかった。
 激しく語弊のある言い方をするな!
 俺はお前に飲めと命令した覚えなどないぞ。

 何かのジェスチャーみたいに首を軽く傾がせながら、古泉は目を細めて微笑すると、手にしていたホットコーヒーと思しき湯気の立つ小さなカップに口をつけた。

 しかし、何でこいつは俺に同じ行為をしておいて平気なんだ。

 平然とコーヒーを啜る古泉とは裏腹に、俺はといえば情けないほど疲弊しきっている。
 口が疲れたし、舌の根がしびれて喋るのもだるい。
 何とはなしに古泉の様子を見つめていると、あの端整な唇が、などと不純な考えが浮かんできて、慌てて削除した。
 いかん。完全に思考が変態の、古泉のペースに嵌まってきている。

 確か一週間前には性経験にに関してはビギナーだったはずなのに、あれよあれよという間に遂に男のアレを口でしたという経験値まで付帯してしまった。
 あまつさえ出されたものを胃の中に容れてしまったのだ。
 約束通り古泉はそれ以上を要求してくることはなく解放され、身体の負担は受けずに済んだのは僥倖だ。が、精神的なダメージは計り知れないものがある。
 ここ数日で古泉が俺に寄越したのは、とてもじゃないが人には言えない類のレッテルばかりじゃないか。ろくなことをしていない。
 精液の味なんて出来れば一生知りたくなかったぞ。
 う、思い出したらまた吐き気が。

くそ、強姦魔め。
 さらに罪状に強制猥褻罪も追加してやる。

 「法律に鑑みてお話しするなら、男性間で強姦罪は成立しませんよ。この場合適応されるのは、傷害罪、強制猥褻罪、脅迫罪といったところが妥当でしょうか」
 「やかましい」

 どっちにしたって犯罪なうえ三冠王じゃねえか。


 斜向かいにあるエスカレーター横のガラス張りの窓には、錆色に滲んだ外界の景色が広がっている。相変わらず黒く曇った空は泣き続けているらしい。
 細い雨脚が濡れた硝子に当たっては弾け、滴になって伝い落ちていく。

 「映画、戻れず仕舞いでしたね。すみません」

 同じく外を見つめながら古泉が謝った。
 また謝罪する項がズレている。

 俺はそれを指摘するだけの労力も惜しくて、ただ溜息をついた。
 口をひらくのが億劫だったとも言えるな。
 こうして並んで座って茶を飲んでいると、10分前までの悪夢が嘘のようで、まるで以前のままの普通の友人関係に戻ったような錯覚に陥る。
 無論そうじゃないことは分かりきっていることだ。でなければ今現実に俺が苦しんでいる胸糞悪い気分の説明がつかない。


 「お前、一体どうしたいんだ」
 「どう、とは?」

 首を横向け古泉を見遣ると、今度はすぐに古泉もこちらを向いた。
 いつも目が合うと何となく落ち着かない薄茶色の双眸をじっと見つめてみても、古泉の真意と呼べそうなものは微笑の後ろに隠されていて、俺には見えないものらしい。

 「男が好きなのか?」

 以前にも似たような質問をしていたが、真顔で繰り返すと、違いますと申し上げたかと思いますが、と同じ返答と共に古泉が笑う。


 「じゃあ何で…俺にこんなことするんだ」


 返事はすぐにない。
 ただ曖昧な笑みだけは崩れることがなかった。


 わざわざ脅して無理やり。
 古泉が俺に対してそうまでする理由がわからない。


 最初は嫌がらせかと思った。
 そんなに俺という人間が気に入らなかったのか、と思い知らされたような思いだったが、休日こうやって一緒に出かけたがったりするあたり、どうやらそうでもないらしい。

 こうやって古泉が触れてくるたび、俺は精神の底辺がじわじわと磨耗していくのを感じている。自分はノーマルだからとか、男に触られるなんて気持ち悪いとか、そういった理由もあるのかも知れないが、もっとずっと心の奥の深い部分が、えぐられるように痛むのは、多分俺にとって古泉が他人以上の存在だったからだ。
 謎の転校生。超能力者。SOS団副団長。そして―――



「もしも」


 うつむいて思考する俺の上から、涼やかな声が落ちて沈黙を切る。
 顔をあげると、そこに笑顔はなかった。
 初めて見るような古泉の、存外鋭い視線に心臓が鳴る。
 いつものように曲線を描いていない、薄いくちびるがゆっくりと動き、俺はそれを金縛りにあっているみたいに固まったまま見つめた。


 「もしも、僕が…」


 語尾を掻き消すようにして、携帯のバイブレーションが鳴り出す。
 俺の携帯じゃない。
 古泉は舌打ちでもしそうな表情を一瞬浮かべると、ゆっくりと目を閉じて下を向いた。

 「出ろよ」

 促すと、「すみません」と短く言ってポケットから取り出す。
 液晶の表示も確認せずに通話ボタンを押し、ソファから立ち上がった。相手を確認しないのは、大方誰がかけてきたのか察しがついているからだろう。古泉が映画の最中でさえ電源を切らないのは、いつ連絡を寄越してくるかわからないそれの為だ。

 会話が極力聞こえないようにか、俺から少し離れて携帯に向かって話す古泉の横顔が、誰が知らない奴みたいに見えた。

 「……はい、………はい、…いえ、大丈夫です。では駅に」

 一分も経たないうちに通話は終わったらしい。
 古泉が歩み戻ってくる。

 「……すみませんが、急用が入りました」
 「ああ、……」

 休日だというのに、ハルヒの奴が機嫌を損ねたんだろうか。
 例のバイトか、とは聞かずにおいた。

 「帰りは手配しておきますので。タクシーで送らせましょう」
 「いや、いいよ……電車で帰る」

 機関の人間には、なるべくなら関わりたくない。
 固辞すると、古泉はそうですか、と呟いて、右手をわずかに持ち上げた。が、それをどうするでもなく逡巡させたあと、


「……、では、また」


 月曜日に。

 シアターの扉が開いて、少しだけ漏れていた映画の音響が大きくなる。
 どうやら終わったらしい。スタッフロールを待ち切れない客が帰りはじめたのだろう。
 もの哀しげなピアノベースのエンディング。
 あの手のストーリーには珍しく、綺麗なハッピーエンドではなかったらしい。

 背中をむけてエスカレーターを降りていく古泉を見送りながら、そういえば上映前に言っていた古泉の話したかったことを聞きそびれたな。そう思った。



翌日の日曜といえば、前日のことが嘘のような穏やかさで、近頃そんな何でもない時間のひとときも持てずにいた俺にとっては非常に貴重な一日だった。
 心中ハルヒの気まぐれやら古泉の思いつきやらで呼び出されたりしないものかとヒヤヒヤしつつ、何度携帯の電源を落とそうかと思ったか分からない。
 実際にやると後が面倒なことは火を見るが如しなので諦めたが。
 それも杞憂で呼出は鳴ることもなく、いや、正確には一度古泉から着信はあったが、無視した。というよりは出る前に切れた。わざわざかけ直してやるほど人間が出来てもいないので、無視したで間違いは無い。
 つまるところ俺は昼間さんざん妹の買い物やら宿題やらに付き合わされ、残った時間をシャミのノミ取りに没頭しているうちに日が暮れた。
 健全たる男子高校生としては可愛い女の子との約束のひとつもなく休日を殆ど引きこもって過ごすのはどうかとも思うが、この際贅沢は言うまい。
 終日フリーで好きに過ごせただけ景福だ。

 フリーすぎて、ふとした瞬間に例の超能力者の顔が浮かんできたとしても、誰に文句のつけようがあるはずもない。





「もしも、僕が…」


 嫌でも頭の中でリフレインするフレーズだ。

 考えて正解が出るものでもないが、気になってしまうのだから仕方がない。
 特に風呂場というのは、他のスペースと比較して視覚的情報が少ないから考え事をするには持って来いだと言うしな。
 俺は湯舟に首まで浸かりながら、蛇口から規則的にしたたる水滴が湯に落ちてゆるやかな波紋を描くさまを見つめていた。そうしてぼんやりしていると、隙をつくように脳内で自動再生される昨日の記憶をトレースする。

 もしも、僕が。

 そう紡いだ古泉の唇の後は、エスカレーターを降りていく後ろ姿。僕が、のあとに続けられる言葉のヒントらしきものは記録されてなさそうだ。
 どうして俺が古泉の言動なんぞをこんなに気にかけなきゃならんのか、と憤慨してみても、どうしてもどこか引っ掛かってしょうがない。
 あの時の、古泉の真剣な顔があまりにも印象強かったからだろうか。

 何か大事なことを切り出そうとするような、そんな。


 「…………」


 嘆息した。
 わかるもんか。
 せめてもう一文節ヒントをくれていれば、検討がついていたかもしれないのに。
 あれだ。テレビでやってる脳力トレーニングやらなんやらの問題、ああいうのを見て、なかなか解けない問題を考えてる時のモヤモヤした気分。あれと同じ状態だ。
 解消する方法は簡単、解答を見りゃあいい。
 大概そういう問題に限って理屈が単純なもんで、わかってしまえばそれまでハイおしまい。それでも、それがわかっているのにコマーシャル明けの解答ギリギリまで考えてしまうのは、やっぱり人間の分からないことを理解したいという知的欲求が働くからに外ならない。
 よって明日の部活、嫌でも顔を合わせた時にでもちょろっと聞けば済むことを、こんなにうだうだ考え続けてしまうのは、俺が知的生命体であるが故の本能であって決して、

 「……ああもう」

 古泉のことが気になるからではない。

 俺は天井を仰ぐと、そのまま息を止めて湯舟に沈んだ。
 どうして皆して物事を俺を悩ませる事態ばかりに持って行こうとするんだ。
 出来ればこのまま二週間くらい沈んでいたいなどと現実逃避しながら、息が続く限り明日起こり得るであろう問題の対処マニュアルをシミュレートする。

 目を開けてみても、水の中から仰ぎ見る世界は輪郭を留めないほどに歪んで、まともに見えるものは何もなかった。


「休み?」

 思わず素っ頓狂な声が出て驚いた。
 そんな俺の顔を一瞥すると、ハルヒはPCの前に頬杖をついた姿勢のまま、ぷいっと顔を横向かせた。

 休みは勿論古泉だ。
 金曜に引き続き月曜、二回連続部活欠席。

 我らが団長様はこれ以上ない不機嫌そうな表情をまるで隠そうともしない。
 その様子を見ている限り、古泉が休んだとしても仕方がないんじゃなかろうかとも思える荒れようだ。いつ閉鎖空間が出現してもおかしくはないぞ。

 「本人が言うには今日は具合が良くないらしいけど」

 また電話したのか。

 「おかしいわ。絶対。あの真面目な古泉君が二回も続けて休むなんて」
 「調子が悪いなら仕方ないだろうよ」

 鞄を長机に預けながら言うと、ハルヒが恐ろしく鋭い目つきで俺を睨みつけた。
 おお怖。泣く子も更に泣きわめく眼力だ。

 「キョン、アンタが何かしたんじゃないでしょうね!」
 「何で俺だ!!」

 どっちかっつうと何かしたのは奴の方だ!
 と舌の上くらいまで出かかったが堪えた。

 「部活に出れないような理由があるとしたら、アンタが何かしたに
  決まってるじゃないの」

 壮大なまでに失礼な奴だ…。
 理屈のついてこない第六感の決めつけもここまでくるといっそ清々しい。
 その豪胆さを俺の折れそうに繊細な神経にも分けてもらいたいと切に願うよ。
 というか休んでるのは部活だけじゃなくて学校もじゃないか。どっちかというと部活が付属だろう。

 「アンタ、土曜は一緒だったんでしょ?何かなかったの?気づいたこととか。
  何か悩んでる風だったとか…」

 とりあえず心当たりがないと告げると、アンタに聞いてもアテにならないわね、と勝手なことをほざきながら息を吐いた。なら最初から聞くなよ。

 「でも、ホントに具合が悪いなら心配ね…お見舞いに行かないと」

 ハルヒならそう言い出すことぐらい読めないと、SOS団では到底やっていけない。
 そしてその発言内容がどんなに突飛で世間一般の常識から逸脱していたとしてもだ。逆らわない。口答えしない。貝になって嵐が過ぎ去るのを待つ。それがここでの正しい処世術だ。いちいち気にかけていたら胃潰瘍で病院送りが末だ。だから例え、


 「それじゃ、キョン。アンタ団を代表してお見舞い行ってきて」


 などという斜め上を行く台詞が返って来たとしても。

 「何で俺一人なんだよ!?」

 さすがに口答えせずにはいられまい。
 当然の疑問だ。


「だって大勢で押しかけたら迷惑じゃない。お見舞いはごく少人数で速やかに、が
  社会一般のマナーでしょ」

 お前の口からよもや社会一般などという言葉が出ようとはな。常識とか通念とかいう概念は丸めて唾吐いて公園の池鯉の餌にでもするタイプだと思っていたが。

 「じゃあ団長のお前が代表で行くべきなんじゃないのか?」
 「ホントはそうしたいところなんだけど、団長とはいえあたしも女子だし。いきなり女の子が家に訪ねてくるのって困るものだって聞いたわ。いかにも気を使いそうな感じだしね、古泉君」

 だからどうしてそういうピンポイントで気聡いんだ。
 気を使うなら今の俺の心境を読んでくれよ。泣きそうだぞ。はっきり言って。
 ちら、と窓際の隅で置物化して一連のやりとりを右から左へ流している長門を見遣る。
 長門なら俺の気持ちを察して助け舟を出してくれないものか、と期待したが、当の長門様は本のページを見るのと同じ目で俺を一瞥したあと、また通常の本をめくる作業に戻った。やっぱ無理か…。

 「いや実は俺このあと急用が」
 「見え透いたウソついたって無駄よ。何よ!同じ団の仲間のよしみじゃないの。見舞いくらい命令されなくても行くのが筋ってものじゃない!」

 つかつか歩み寄り、俺のネクタイを握りしめハルヒががなり始める。
 こうなったらこちらが白旗上げるまで黙らないのは、残念なことに身に染みてるんだ。


 「…わかったよ。行けばいいんだろ」


 お見舞いの一連の流れと古泉の様子をレポート用紙四枚にまとめてくるというボーナスミッションまで背負って、俺が漸く校門を出たのは午後6時を廻った頃だった。




幸か不幸か、古泉の住まいと俺の最寄駅は同じだ。
 なので、駅までの道程は普段の下校と変わらない。
 ハルヒも古泉の住所までは把握していなかったので、帰り際職員室に寄って九組の担任を捕まえ尋ねたら、見舞いに行くならついでに、と結構な量のプリントを渡された。
 金曜と今日、そして二連休中の分だろう。
 流石特進クラスは頭の造りも違えば日々の鍛えられ方も違う。

 駅の改札を抜けると、いつもとは逆方向の出口へ向かう。
 俺の家までは駐輪場の自転車を使って更に距離があるが、古泉の家は駅から徒歩何分、の利便性の高い立地のようだった。
 担任が親切にインターネット上からプリントアウトしてくれた周囲の地図には、目的地に蛍光ペンで印がしてあって、そこは駅前の通り沿いに立ち並ぶマンション群の一角を指している。
 歩いていくばくもかからない場所で、俺は携帯を開いた。
 とりあえず訪ねる前に連絡のひとつも入れておくべきだと思ったからだ。
 また着信履歴から古泉の番号を選択して通話ボタンを押す。

 8コールだ。8コールしか鳴らさんぞ。
 8コールで出なかったらいないものと見做して即踵を返そう。
 レポートには「古泉不在につき」と一行書いて提出してやる、などと思考を展開しているうちに呼出音が鳴り始める。

 1コール。
 2コール。



 4コールまでは数えたが、残念ながら8までは行かなかった。


 こういう自分ルールは往々にして裏目に出るものなんだ。
 そんなの俺だけか?



「どうしてここに?」



 俺の顔を見るなり開口一番そう言った古泉は、いつもの笑顔でない素に近い表情をしていた。
 言うなれば鳩が豆鉄砲喰らったみたいな。喰らってるとこ見たことないけどな。
 三分前に電話に出たときにも、どうして、と言っていたから、よっぽど俺がここに来ることが想定外の出来事らしい。実際ここまでやって来た俺自身もそう思うが。


古泉の住み処はおよそ高校生の一人暮しという言葉のイメージとは掛け離れた、高そうなマンションの一室だった。
 大方機関が用意した部屋なんだろうが、古泉曰く末端要員に対してこの待遇なら、イレギュラーな能力を戴く組織とは得てして金の集まるものらしい。
 古泉のバイト代は月に換算するといくらぐらいなのか聞いてみたいもんだ。

 その高そうなマンションの上等なエントランスを抜け、エレベーターで五階。
 目当ての部屋番号を確認して呼び鈴を押し、ほどなくドアを開けた古泉は見慣れない私服姿だった。
 とは言っても、いつもの集会に着てくるような、かっちりと隙のないモデルもどきの服装ではなく、ウォーターグリーンのシャツ一枚だ。洗いざらしの、プレス跡の見えないそれはおそらく部屋着にしているのだろう。
 髪も心なしか乱れていて、垂れた前髪が無造作に目許にかかっている。
 この様子だとずっと自宅に居たらしい。
 ハルヒの機嫌がああだったから、閉鎖空間帰りかもと思ったが。

 「団長命令だよ。見舞いに行けって」

 エライ心配されようだったぞ、と告げると、驚いた表情にすぐいつもの微笑が上書きされた。

 「そうでしたか。…すいません、今週中に提出しなくてはならない報告書が山積みでして。昨日から徹夜で頭を抱えてました」

 なんだ、結局のところサボリか。
 そうと知っていたらわざわざ俺が強制家庭訪問させられることも無かったのに。
 最初から部室の時点で電話して確認しておくべきだった、などと考えつつ、目の前の古泉を見遣る。
 いつもの如才ない微笑みに少しだけ、何か違和感を感じた。
 特に根拠があるわけではないが。気のせいか?

 「…そっか、じゃあコレ、お前んとこの担任に頼まれたプリント」

 鞄の中を探り、預かってきた紙束を差し出す。
 わざわざすみません、と恐縮しつつそれを受け取ろうとした古泉と、僅かに指先が触れ合った。

 「………」

 数日分にしては結構な厚みのあるプリントの束を左手に下げ、
 古泉はまた笑顔を作り直すと、

 「…ご迷惑をおかけして、すみませんでし…」

 とってつけたような古泉の常套句の謝罪が終わらないうちに、俺はいったんは引っ込めようとした右手を、突き出すようにして古泉の首筋にふれた。
 俺の行動が予想外だったのだろう、目を見開いた古泉の手からプリント類が滑りおちる。 特に留めてあったわけでもないそれは、乾いた音を立ててコンクリートの床に散らばった。

 「なん…」
 「お前、熱があるんじゃないか」

 平熱にしては熱すぎる。
 そう思ってみれば、なんだか目も潤んでいるし顔色も冴えない。
 手が触れた瞬間確信を得たのは、触られる度に温度が低いと感じていた指先が、今日は驚くほど熱かったからだ。そんな理由で気がつくというのも何だか嫌な感じだが。
 うなじにかかる髪をかき分けるようにして更に手を滑らせると、古泉は身を強張らせて引き腰になった。
 何と弁解するか思案するように視線がさ迷う。
 俺の予想が正解だったことを示すように、古泉は取り繕った嘘があっさりばれた子供のような、ばつが悪そうな表情を浮かべた。



「ポカリと…、あと梅がゆ。レトルトあっためるくらい出来んだろ」
 「はい…すみません」


 すぐ近所にあったコンビニで調達してきた食料をローテーブルの上に並べると、古泉が申し訳なさそうに呟いた。
 どうして俺が甲斐がいしく買い物までしてきてやっているのかというと、昨日から発熱で寝込んでいた古泉は無論外に出ることもままならず、家に食糧と呼べるものはバターとミネラルウォーターだけだという話を聞いてしまったからだ。
 いくら相手があの古泉だとはいえ、病人をそのまま放置して帰るわけにもいかない。そんなことして孤独死されたら夢見が悪いからな。

 俺がソファに座らず、敷かれたカーペットの上に直に胡座をかいているからだろう。古泉も床に正座している。
 通されたリビングは、テレビとテーブルと白いソファが一応家具として鎮座しているだけで、何とも使用感のない部屋だった。奥にもう一つ部屋があって、そちらを寝室として使っているらしい。学生の独り暮しには贅沢だな。
 読みさしの雑誌がラックに積まれていたりと、長門の部屋みたく生活感がないという訳じゃない。ただ、無造作にそこに置かれているだけといった感じが、部屋の主のインナースペースを反映しているように思えた。

 「医者には行ったのか?」
 「…あ、いえ…きっとただの風邪か何かでしょうから」

 寝ていれば治ります、と笑う声は平常を粧っているつもりだろうが、明らかに覇気がない。報告書が云々などと嘘をついたのは、おそらく弱っているところを俺に知られたくなかったんだろう。猫みたいな習性だな。
 テーブルの上に転がしてあった電子タイプの体温計を押しつけ計らせると、液晶は37.7℃を表示していた。微熱といったところだ。

 「何だ。もっと高いかと思った」
 「37℃超すと駄目ですね…平熱が低いせいか、どうも熱には弱くて」

 意外な弱点だな。

 「薬はあるんだろ。これ食ったらさっさと寝ちまえ」
 「そうします」

 そう言って微笑んだ古泉の、下瞼のあたりに薄く隈が出来ている。
 男前が台なしだ。そんなに具合が芳しくないなら長居するのも悪い。もとからする気もないが。

 「それじゃあ、俺帰るわ」
 「え…」

 腰を上げようとすると、古泉が小さく声を上げた。
 えって何だよ。

 「あの……、いや、何でも…」

 らしくなく、口ごもるような歯切れの悪い返事をしながら目を逸らす。
 立ち上がるタイミングを失って膝をついた状態のまま古泉を見下ろすと、普段は見ない角度の顔は、衰弱しているからか、少し頼りなげに見えた。

 「……涼宮さんの命令であっても、まさか…あなたが僕のところへ来て下さるとは
  思いませんでした」

 独白のように古泉が呟く。
 そりゃあハルヒがこんな無茶でも言い出さなきゃ、たぶん古泉の家にに来ることはなかっただろうな。

 「……そうですね。あなたは、涼宮さんの」

 そう言いかけて、古泉は自嘲気味に苦笑し嘆息した。

 「いえ、何でもありません」

 お前、なんか変だぞ。
 いつも変といえば変な奴だが、今日は輪をかけて様子がおかしい。

 「そうですか?だとしたら、熱で頭がフラフラしてるせいかも知れません」

 掌で前髪をかき分けながら言う。

 「……もう寝ろよ」

 具合が悪いとこ悪かったな、と言いながら立ち上がろうとして失敗した。
 バランスを崩してそのままカーペットに右手をつく。
 左手は、古泉の手に掴まれていた。

 「…帰らないで下さい」

 手の甲を包み込むように握りこんだ掌の熱に狼狽する。
 困惑して古泉を見ると、微笑は消えていた。
 嫌だ。真顔のこいつに見つめられると、普段以上にいたたまれなさを感じる。

 「……はなせよ」
 「離しません」

 何言ってんだお前。


いよいよもって熱で頭が沸いたんじゃないのか?
 ぎゅっと握られた手に力が篭る。嫌な動悸がする。病人だと思って油断し過ぎたが、よく考えなくともここは古泉のテリトリーの中で。

 「……今来るんじゃなかったって思ったでしょう」

 まったくその通りです。
 試しに手を引っ張って引き抜こうとしたがびくともしなかった。馬鹿力は体調不良でも健在らしい。

 「やめろ」

 焦りを押さえ切れていない声で言うと、古泉が唇を弓なりに形作った。

 「そんなに怯えないでください。…今更でしょう?」

 ぐっと腕を引っ張りこまれたかと思うと、肩を掴まれそのまま床に引き倒される。
 カーペットが下敷きになってそれほど痛くはなかったが、だったらいいってものでもない。

 「……ッ」

 白い天井を背景に、照明で逆光になっている覆いかぶさった古泉の笑顔を思いっきり睨みつける。
 この恩知らずめ。さっきまでのしおらしさはどこに行ったんだ。
 病人だと思って変な仏心を出した俺が馬鹿だった。

 俺の上に馬乗りになった古泉が、手のひらでそっと俺の首筋にふれてくる。



 「抵抗しないで下さい。…お願いします」







「抵抗しないで下さい」



 そう言われてハイそうですか、と従える奴がいるか?
 ましてこれまで相手に散々手酷い目に遭わされていて、且つこれから何をされるのか察しがついているなら尚更だ。
 冗談じゃない!
 身体を捻って起き上がろうとするより早く、恐ろしい手際の良さで両手を押さえつけられ、頭上でひとまとめにして片手でホールドされる。抗議する隙すらない。
 身じろぐたびに、容赦なく古泉の体重が手首にかかって骨が軋んだ。

 「……っ!」

 何で古泉の腕一本に両手で敵わないのか。理不尽だ。

 古泉が至近距離で悠然と微笑む。
 まるで部室の再現だ。激しくいやな既視感を感じる。
 今度は古泉の自宅な分状況は尚悪い。

 やっぱり団長命令なんざ何としても拒否するんだったんだ。
 来るべきじゃなかった。出来るものなら一時間前の自分に、己の短慮と迂闊さが招く事態についてとくと諭して聞かせたい。後悔先に立たずと言えども、激しく悔やまずにはいられまい。腐っても鯛、弱ってようが古泉だ。
 こいつのこれまでの所業に鑑みれば、ともすればこうなるかもしれないことは直ぐに思い至ることなのに。

 「離せ。降りろ。病人の癖に何考えてるんだ」
 「あなたの事を」

 さらっと歯の浮くような言葉を、恥ずかしげもなく吐きやがる。
 女子が聞いたらそれこそ一撃で卒倒しそうだが、男相手によく言えるなそんな台詞。
 まかり間違って俺がそんな台詞を吐こうもんなら、多分一週間は自己嫌悪で浮上できない自信があるぞ。

 「お前の妄言に付き合うのはもう沢山だ」

 振り回される方の身にもなってみろ。
 文字通り心身ともに疲弊しきっている俺の立場も少しは労ってほしい。
 俺の訴えなど全く耳に届いていないような風情で、古泉が空いている片手をふれさせてくる。
 手のひらが包むように頬に当てられたかと思うと、そのまま下にゆっくりとすべり落ちていき、首筋から喉許を撫で、鎖骨の窪みを通り過ぎて左胸のあたりで止まった。
 シャツの上からでもはっきりと感じる、通常よりも高い体温が妙に生々しい。
 熱がある癖に人を押し倒す元気があるとはな。



 「あなたからわざわざおいで頂いたのに、そのまま帰してしまう手はないでしょう」

 くす、と喉の奥で笑う。
 飛んで火にいるなんとやらとでも言いたそうな顔だ。
 善意から見舞いに来てくれた相手を、これ幸いと手籠めようという考えの方が有り得ないと思うが。というか、耳元で吐息を過剰に含んだ発声をするのはやめてくれないか。いやらしい。

 「しかし妄言とは手厳しいですね。僕はいつもそれなりに正気のつもりですが」
 「正気の行動だと思ってるならいよいよヤバイと思うぞ」

 諭すように言うと、片眉をわずかに上げて小首を傾がせる。美形は何をやっても様になるが、そんなリアクションしても可愛くも何ともない。胡散臭さが増すだけだ。
 お前の思考回路が正常だというなら、この数日間お前を数々の暴挙に走らせた論拠を示してほしいもんだな。
 今更お前の口から本音が吐き出されるとも思えないが。

 「僕の本音を知りたいんですか」

 耳に直接、低く囁かれる。
 ぞくっとするような刺激に反射的に首を竦めてしまう自分が嫌だ。

 「知ったらどうします?それがどんな内容でも受け入れてくれますか、あなたは」
 「なにを…」

 言ってるんだ、と声にする前に、古泉の顔が距離をおくように僅かに離れ、

 「例え心が伴っていなくても構わない。あなたを抱きたい。どんなにあなたが嫌がっても、僕を嫌っていても、卑怯な手段で脅してでも、あなたを手に入れたい。こんな真似をする理由なんてひとつしかないでしょう。…つまり




  あなたが、好きなんです。どうしようもなく」



 
 時間が止まった。


 いや、止まったのは俺だけなのかも知れない。
 茫然というのは今こういう状態のことを云うんだ。
 想像だにしなかった古泉の自白に、俺は思わず抵抗を忘れて覆いかぶさったままの古泉を見上げた。何でそんな真剣な目で俺を見てるんだ。
 他の思考が完全に停止して、古泉の台詞だけが頭の中で反芻される。

 馬鹿な。
 人をからかうのもいい加減にしろ。

 そう切り返そうと思ったが、喉が発声する機能を削除したみたいに声が出てこなかった。古泉の熱を孕んだ双眸にじっと見つめられ、居心地の悪さだけが募っていく。目を逸らそうにもそらせない。

 暫く、とはいえそんなに長くはない時間睨み合っていると、古泉がスイッチを切り替えるような唐突さで、ふわりと顔面に微笑を戻した。


 「冗談です」







胸の奥のあたりが、ずきりとした。
 たとえるなら直接心臓を柔らかい紐か何かでぎゅっと引き絞られるような、そんな痛みだ。
 何で古泉のニヤケ顔を見てそんな痛みを感じるのか、分かるわけもない。
 分かるのは、いつものように冗談ですと笑う古泉に半分の安堵と、後の半分は落胆に似た気持ちが己の心を占有しているという事実だ。訳がわからない。

 「……ッ、はなせ、古泉」

 やっと抵抗することを思い出して、再び握られた手を振りほどきにかかる。
 思いきり力を込めても圧しつけている古泉の腕はびくともしなくて、そうして格闘しているうちに何だか目の奥が染みるように痛んだ。涙が出てくる前触れみたいにジンジンする。
 なんで。
 これじゃまるで俺が傷ついてるみたいじゃないか。

 涙腺から本格的に液体が分泌される前に何とか古泉の視線の届かないところへ行きたくて、渾身の力で身体を捩る。

 「!、…ッ」

 不意によじるように動かした膝が脇腹に当たって、古泉が眉を潜めて呻いた。
 ほんの少しだけ、俺の両手を拘束する力が緩む。
 その不自然さに、俺は訝しむような視線を投げた。当たったと言っても強かに蹴ったわけじゃない。そんなに傷むはずはないんだが。

 「……お前、ほんとうに唯の風邪なのか?」

 俺が言い終わらないうちに古泉の身体が深く重なってきて、上半身に体温と更なる重みが加わる。いよいよ逃げる手立てがなくなってきた。
 顔を見られたくなくて反射的に背けると、耳裏にぬるりと舌が這わされる。そのまま耳朶を噛まれ、歯のあたった部分からじくりと疼痛が走る。
 顔を僅かに上げた古泉が、さもくだらない質問だと云いたげに吐息だけで笑った。


 「…そんなこと、どうだって構わないでしょう」






「ぅく…っ、…」



 強く肩口に吸いつかれて、声が漏れた。

 掴まれていた両腕は外されたネクタイで縛り上げられ、自由が利かないままだ。というか、ネクタイはそういう用途に使うものじゃない。
 逆に拘束する手間の省けた古泉は、両手で好き勝手に身体をまさぐってくる。
 散々嫌だと喚いたりなけなしの抵抗を試みたりもしたが、結局は徒労だ。無駄だとわかっていても、古泉の指が普段誰にも触られないような部分を侵すたびに制止の声を上げそうになるのは仕方がない。打つ手がどん詰まりだからとすんなり諦めて唯々諾々とされるがままになれるほど、こんな状況に慣れたわけでもない。
 わざと緩慢な手つきで、古泉がカッターシャツのボタンを外していく。
 すべて外し終えると袷を左右に開かれ、撫でるように裸の胸許をさぐられる。

 「ふ、っ……」

 行きついた突起を摘まれ、びく、と肩が跳ねた。
 別に気持ち良くて声を上げたわけでもなかったが、古泉はその俺の反応に満足気に吐息をつくと、執拗にそこばかりを弄ってくる。

 「尖ってきてますね」

 お前が触るからだろ。
 揶揄するような口調で囁かれ、俺が悪いわけでもないのになんだかいたたまれない気分になる。単なる外部からの刺激に対する肉体反応であって、古泉の愛撫に感じたわけではない。女の子でもないのにそう簡単に胸で感じてたまるか。
 ぬるりと舌を這わされた後、吸いつくように口内に含まれる。
 そうされて舐られると、何だか熱くて変な感じだ。

 「…ぅ、……」

 空いた片方は指先で爪弾かれたり、圧しつぶしたりして玩ばれる。
 しつこいほど触られていると、何でもなかったはずの感覚がだんだん形を変えてきた。むず痒さからじりじりと中から疼くような、痛みと紙一重の感覚。

 「!ぅあッ…、っ痛…」

 唐突に立ち上がったそこに歯を立てられ、思わず背筋がのけ反った。

 「い、やだ…、もう」

 身体を反転させるようにして愛撫から逃れようと身をよじると、古泉は笑ってそれ以上追ってこなかった。うつ伏せになると、カーペットに胸がこすれ、そこが痛いほどに張り詰めているのがわかって逆に恥ずかしい。
 代わりに背中のシャツをうなじまで捲くり上げられと、背骨の窪みを撫でるように舌をはわされる。肩甲骨のあたりにきつく唇を落とされ、痕をつけられたのがわかった。

 緩められたベルトの隙間から、古泉の手が入り込んでくる。

 「!!…、」

 背中のラインから、狭間をつたうようにして指が撫でていく。
 ぐ、と其処を押され、反射的に息を飲んだ。
 おかしくなりそうなほど頭の中をぐちゃぐちゃにされる苦痛と快楽を思い出して、勝手に身体がふるえる。

 「もっと楽にしてください」

 無理言うな。
 これからどんな苦痛が襲ってくるか知っているのに脱力できる訳がない。
 一向に肢体を緊張させたままの俺に焦れたのか、古泉が息をついて俺の上から退いた。
 もしかして諦めたか?
 などと楽観するのは愚か者の考えだ。その愚か者とはもちろん俺のことだが。

 古泉はラックの横のサイドボードの引き出しを探ると、そこから手のひらに収まるサイズの透明なボトルを取り出した。



「なんだ…それ」

 聞きたいが聞きたくない。
 程度の差異こそあれ、どうせろくでもないものに決まっている。
 キャップを片手で器用に開けながら、もう片手で匍匐前進の体勢で逃げを打ちつつあった俺の腰を引き戻し古泉が笑顔を浮かべた。

 「大丈夫。滑りをよくするだけですから…
  痛いのは、お嫌いなんでしょう?」

 答えになってないし何が大丈夫なのかちっともわからない。
 痛いのが嫌だとか分かってるんなら今すぐ解放してくれこんなの!

 「うッ…、つ、めた…っぃ」

 下着ごと制服のズボンを引きずり下ろされ膝をつく体勢をとらされると、尾てい骨のあたりに液体が垂らされた。粘度をもったそれを尻の狭間に塗りたくられる。

 「…あ、……っく、ぁ」

 ゆっくりと、ぬめりを纏わせた指が入り口の襞を圧しひらき、這入ってくる。
 深く突っ込まれ注挿を繰り返されても、ぬるぬるとした感触に助けられてか痛みはまるでなかった。それはそれで不自然なような気がして嫌だ。
 こんなことをされて、痛くないなんて。

 「や、あ…、……ッふ、ぁ、」

 ぐちゅぐちゅと粘膜をこする音が響く。
 いつの間にか指が増やされて、潤滑剤を使われているとはいえそれにさほどの衝撃も受けなかった自分に愕然とした。何日か前、初めて指を入れられた時はあんなに苦しかったのに。
 入り口を拡げるように指を引っ掛けられ、鼻にかかった嬌声が漏れた。
 感じてますと自己申告するのと同義に近い喘ぎに、古泉がおかしそうに喉を鳴らした。屈辱だ。屈辱以外の何物でもないぞこれは。
 今目の前に9mm口径があったら、躊躇なくこめかみに押し当てて発砲できるかも知れない。

 「ふぁッ、!…っ、…」

 ずるりと散々に中をなぶりつくした指が抜け出て、失った圧迫感に腰がふるえる。
 指が抜かれたということは、もしかしなくても次にはアレがいれられるんだろうな、と予想がつくあたりがもはや鬱の領域だ。
 絶望にも似た思いでちらりと後ろを振り返ると、ボトルの残りを掌に垂らして自分のモノに纏わせている古泉と目があった。最悪だ。生々し過ぎる。
 というかあんなもんを他人の排泄器官に入れてみようという発想が既に鬼畜生だ。

 「ひ、…」
 「入れますよ」

 予告と行動が同時じゃ意味ないだろ、と毒づく余裕もなく、
 古泉が押し入ってくる。

 「ぁぐ…っ、ぅ、や…!!、っくる、し…」


容赦も手加減もなしに揺さぶられ、それ以上はないというくらい奥まで古泉が占有する。 内部をいっぱいにされて苦しいばかりだが、それでも身体が裂けそうな激痛が来なかっただけましと思うしかない。

 「ぅあッ、…あ、あ、ぁ、…、っ」

 奥を何度も押し上げられ、訳もわからず勝手に声が出る。
 ひどい恰好だ。四つん這いで、手は縛られたままだから上半身の体重を支えることもできなくて、腰だけを掲げた状態。情けない上羞恥でどうにかなりそうだ。

 シャツの裾をかい潜って、古泉の手が胸元にまわされる。

 「ふぁッ、…ッいゃ、だって、そこ…」
 「いい、の間違いでしょう」

 こんなに尖らせて、と意地悪く囁かれ、嫌々をするようにかぶりをふる。
 潤滑剤でぬめったままの指でぐりぐりとこねられ、俺は完全な泣き声を上げて床に突っ伏した。

 もうどうにかなりそうだ。

 腰を短いストロークで動かされながら尚も執拗に乳首を弄られ、目の前がチカチカと明滅する。神経を焼き切りそうな悦楽の波に、やばい、とか駄目、みたいなことを口走ると、痛いほどに張り詰めた勃起に古泉の指がかかった。

 「やぁッ、あ、あ!!!」

 数度扱かれ、それが決定打になって俺は全身をびくびくと波立たせて精液を吐き出した。

 ぐっと奥まで突っ込まれたかと思うと、生温い粘液が広がる感触が来て、ああ中に出されたのかと立ち行かない頭で考える。のしかかられ密着しても古泉を熱いと感じなくなったのは、古泉の体温が馴染んだのか、それとも俺の身体が熱をもっているからだろうか。
 耳元で、古泉が小さく鳴咽に似た呻きを漏らす。

 もはや、目も開けていられない。










「いい天気ですね」





 真横から古泉の声がした。

 唐突に、まるで暗転したスクリーンに映画の続きのワンシーンが映し出されるように、俺はバスケットコートとそれを囲うように林立する銀色のフェンスが見える場所に立っていた。
 見覚えがある。ここは市営コートだ。
 その上に広がる目が眩むほど強いコントラストの、積乱雲の白と抜けるような空の青。
 フィルムを無造作に切って貼り合わせたような符合しない場面転換と、限りなく現実に近いのにどこか違和感の残る感覚に、ああ、これは夢なんだと悟る。
 いや、正確には唯の夢じゃなくて、実際にあったいつかの記憶だ。

 あの、まだ盛りの蝉が煩い、暑い夏の日の。




「いくらいい天気でも、こう暑くちゃな」

 俺は古泉が座っているベンチに置いてあったタオルで、汗まみれの額を拭った。
 タイムと言って無理やり抜けて来たが、ハルヒの奴はいまだ元気に朝比奈さんと長門にキリキリ指示を出しつつバスケットコートを走り回っている。
 この時は確か、二、三日前に読んでいた少年漫画の影響だったな。

 「付き合わされる方の身にもなれってんだ」

 ため息を吐きつつ、隅に備え付けてある自販機に小銭を入れボタンを押した。
 取り出した冷え切った缶ジュースのプルトップを開けると、一気に煽る。

 「ふふ、結構楽しんでらしたじゃないですか」
 「馬鹿言え」

 部室でも涼しい顔をしている古泉も、この炎天下の茹だるような暑さは堪えるのか白い首筋にうっすら汗の滴が浮かんでいる。
 俺はその隣に座ると、

 「飲むか?」

 まだ中身が半分ほど残っている缶を差し出したら、古泉がさも想定外と言いたげに
 目を丸くして俺を見た。

 「何だよ」

 人の飲みさしは嫌か?と尋ねると、はっとしたように慌てた様子でいいえ、そういう訳では、と返事をする。

「いただきます」

 缶を渡すとき、わずかに手が触れ合った。
 古泉が飲み口に口をつけるのと同時に、俺は頭を正面に向けてコートを見た。
 コート上の三人が相変わらず、というかいつも通り、朝比奈さんは怯え長門は立ち尽くし、ハルヒ一人が走り回っている。その様子をぼんやりと傍観していると、不意に古泉が呟いた。

 「何と言うか……あまり、経験がないもので。こういう事は」
 「そうか?回し飲みくらい、ダチ同士なら割と普通じゃないか」

 古泉がまた俺を見る。
 何でいちいち目を丸くするんだ。こうして会話している時にお前から笑顔が消えると、俺は何か変なことを言ったんじゃないかと心配になるんだ。

 「…すみません」

 そう言って古泉が笑った。
 いつもの笑顔じゃなく、ちょっと困ったような苦笑。
 何でだろうな、こいつがそういうふうな笑い方をするとどこか寂しげに見える。


 考えつくだけのハンディキャップをつけた2on1に飽きたのか、ハルヒが二人を引き連れてコートから引き上げてくる。

 「やれやれ、やっとお開きか」

 貴重な休みの土曜日を潰してまで、何が悲しくてバスケ部でもないのに炎天下を走り回らねばならんのか。いつからうちはスポーツ愛好会になったんだ?

 「ふふ。…何だかんだ言っても、僕は結構好きですけどね」

 休憩所の庇から日向へ出ようとした足を止め、背後の古泉を振り返る。
 古泉の白いシャツが、風に撫でられ襟を揺らした。

 「こうしてSOS団の面々と…、いえ」









 「…あなたと、こういう時間を過ごすのは」










玄関のドアが閉まる音で意識が浮上した。

 途端に身体が床に埋まりそうな激しい重力を感じる。
 別に意識がない間に地球の重力が増した訳でもなんでもなく、単に身体が疲弊しきっているだけなんだと気がつくまでに数秒はかかった。
 まぶたを持ち上げ、数度瞬きする。
 室内の電気は消されていて、真っ暗な中を豆球の微かなオレンジ色の明かりが、ぼんやりと部屋の輪郭を浮かび上がらせているだけだった。

 「……こいずみ?」

 返事はない。
 さっきのドアの開閉音は、古泉が出て行ったのか。

 のろのろと僅かに上半身を起き上がらせると、身体の上には毛布がかけられている。
 また寝ている間に後処理はしてくれたらしく、シャツもズボンも元通りになっていて、ブレザーはきっちりハンガーにかけられ壁に下げられていた。
 えらく痛む腰を叱咤して起き上がると、すぐ横のローテーブルの上には書き置きと思しきメモが置いてあった。
 電気をつけ、蛍光灯の白光色に目を慣らす。
 メモには、




  『招請が来たので行きます。
   鍵は持っていて下さい。


   すみません

             古泉』





 と、相変わらず雑な字で走り書きされていた。
 添えられていた、鈍く銀色に光る鍵を指先で持ち上げる。この部屋の合鍵らしいそれが、俺の掌の上でチャリ、と微かな音を立てた。




翌朝、教室に入るなり古泉の様子をやかましく尋ねてきたハルヒに、俺は「本当に体調が悪かったらしい」と報告した。
 他がどうあれ体調不良は本当だしな。
 ハルヒは暫く訝しげな表情をしていたが、熱があったことや食糧調達までしてやったことを掻い摘んで話すと、漸く一応は納得したらしかった。
 俺としても、このまま自分で言い出したレポート提出を忘れていてくれるように祈る。
 とてもじゃないが他人にレポートできるような見舞い内容じゃなかったからな。
 あとは放課後、古泉自身に弁明してもらってくれ。
 そのくらいの言い訳は考えてあるだろうから。

 そんなことを考えつつ、俺はホームルームも始まらないうちから欠伸をした。




 今にして思えば、通常どおりの退屈な授業も、
 俺に与えられたつかの間の平和だったのだ。



 そして放課後。

 頼むから古泉とふたりっきりという事態にだけはなりませんように、と八百万の神に祈る思いで扉をノックして開けると、中には長門ひとりだ。

 「なんだ。長門、お前だけか」

 いくらかほっとしつつ、鞄を長机に置く。
 ハルヒは帰りのホームルームが終了するなり一番に教室を飛び出して行ったが、まだ来ていないらしい。朝比奈さんもまだのようで、ユニフォームのメイド服が慎ましくハンガーに下げられたままだ。
 自分で茶を入れようかどうしようか悩みつつパイプ椅子に腰を下ろすと、ぱたん、と渇いた音を立てて、終了時刻でもないのに長門がハードカバーを閉じた。
 俺がそちらへ視線をやると、立ち上がり俺の方へ歩み寄ってくる。

 「ん?…どうした?」
 「…………」

 小動物のように丸くて硬質な瞳が、どこか物言いたげにじっと俺を見下ろす。
 何事か紡ごうと長門の唇が動いた次の瞬間、



 「いったいどーなってんのよッ!!!!」




 計測して百ホンを超えていたとしても驚かないほどの大音量と共に、
 部室のドアが蹴破られた。

 「すすす、涼宮さん、お、落ち着いてくださ…」
 「これが落ち着いていられるかっていうのよ!!」
 「ひぇッ…」

 ハルヒに腕を掴まれ引きずられるようにして、朝比奈さんも登場する。
 だんだんと床を貫通させそうな足音を立て、乱暴に室内へ入ってくるハルヒに右へ左へ振り回されて、まるで荷物扱いだ。
 凄まじいの剣幕のハルヒの恫喝に、可哀相に恐怖の余り眦に涙が浮かんでいる。

 「おい…ハルヒ、今度はなんだ」

 怒鳴りたいならまず朝比奈さんを離してやれよ。
 今にも気絶しそうな勢いで怖がってるぞ。

 般若面のような形相で、ハルヒが俺を睨み付ける。

 「どうもこうもないわよ!!何なのよ、あの九組の担任!適当なことばっかり言って!SOS団団長のあたしを差し置いてそんなこと、有り得ないに決まってるのに!!」

 だから何があったって言うんだ。
 九組担任がお前に何をしたのかは知らんが、まさかその剣幕で担任を昏倒させてきたんじゃないだろうな。

 俺が思いっきり苦渋の表情を作ってため息をつくと、
 ハルヒは長机に乱暴に掌をたたきつけ言った。








 「古泉君が、今週付で転校するって言うのよ!!」






 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。

 何だって?と聞き返すと、ハルヒはつかみ掛からんばかりの勢いで俺のネクタイを引っ張り耳の側に顔を近づけると、同じ台詞を同じ音量で繰り返した。
 そうされてようやく、耳に入った文節が聞き違いでないことを確認する。


 転校?

 古泉が?


 「何言ってんだ、お前」

 キンキンと痛む鼓膜を掌で押さえながら言うと、腕を組んで仁王立ちしているハルヒがどん、と乱暴に床を踏み鳴らす。

 「何よその顔!いくら何でもジョークでこんなこと言わないわよ。
  ちゃんと九組担任を締め上げて吐かせた情報なんだからね!」

 やっぱ締め上げたのか。
 被害届が提出されなきゃいいがな。

 「だって昨日会った時は何も言ってなかったぞ」

 俺は一刻も早くシナプスを断ち切りたい汚点に自動分類された昨日の記憶を辿ってみた。
 昨日の古泉は、確かに少し様子のおかしいところはあったといえばあったが、体調が悪いせいだろうと思う程度だったし、ましてや転校しますなどという重大告白なぞ匂わせもしていなかったのだ。
 そんなに急遽決まるものでもなし、話が本当だと仮定するならあの時点で古泉が知らない筈がなく、俺に言わない理由もないだろう。
 黙って消えるメリットが古泉にあるとは思えない。

 「やっぱりお前の勘違いじゃないのか?」
 「失礼ね。はっきり聞いたわよ。今朝連絡があったって、
  突然のことで担任も寝耳に水だったらしいけど」



そう話すハルヒの顔はいたって真面目だ。
 ハルヒの背後におどおどとした様子で立ち尽くしている朝比奈さんに目を向けると、こぼれおちそうな瞳に涙を湛えたまま俺を見て小さく首を振った。どうやら未来人にも予想範囲外のイレギュラーな事態らしい。

 九組担任がそんな誰も笑いそうにないジョークを仕掛ける理由もないだろうし。
 だとしたら、…マジか?

 「…アンタ昨日本当に古泉君の家に言ったんでしょうね」

 なんだその目は。失礼な。
 行くも行ったさ。お陰でまた人生の思い出したくない記憶のトップランキングが更新されたぞ。どうしてくれる。
 そんな俺の心の声など当然露知らず、ハルヒは俺を半眼で睨みつけながら団長席に乱暴に腰掛けた。そして難事件に遭遇した探偵のように神妙な面持ちで、

 「有り得ないわ。絶対。古泉君が黙ってまた転校だなんて。
  何か我がSOS団に対する陰謀の匂いがするわ!」

 と宣った。
 うちみたいな非公認のお茶飲みクラブに、何の得にもならない陰謀を企てる組織があるもんかね。
 あったとしたら、そりゃうちより暇な団体だな。

 「わからないわよ。もしかしたら謎の超能力者組織とか、怪しげなものに接触されたのかも知れないじゃない!優秀なサブリーダーをヘッドハンティングする腹積もりね!」


 微妙なセンだがあながち外れていないところが末恐ろしい。


 超能力者組織。

 古泉がここへ転校して来たのはハルヒの監視役という機関の仕事の為だ。
 古泉がここにいる理由がなくなるとしたら、ハルヒの力が消失するなりして世界へ影響が届かなくなることで監視の必要性が無くなった時だろう。もしくは。
 いや、何よりハルヒの精神を揺さ振る要因の廃除に心を砕いていた奴が、こんな禍根を残すような消え方をするか?

 思考をめぐらせていると、不意に土曜日の映画館が脳裏に浮かんだ。



 『もしも、僕が…』



 そう言った古泉はいつになく真剣だった。
 まるで大事なことを切り出すような。

 「……………」


急に硬直して押し黙った俺に、ハルヒが訝しげな目を向けてくる。

 「ちょっと、キョン?」
 「……悪い、今日は帰る」
 「え?」

 立ち上がるのと同時に俺は長机の上の鞄を引っつかむと、目を瞬かせるハルヒと朝比奈さんの脇をすり抜け部室のドアを開けた。
 ハルヒが何事か喚いたが、一瞥もせず聞こえない振りをして足早に廊下へと抜ける。





 行き先は決まっていた。



いつもの改札を抜けると、昨日と同じく帰路とは反対方向の出口を目指す。
 歩きながら携帯を操作してスピーカーを耳に押し当てると、暫くの呼出音のあと五度目に聞く同じ内容の事務的な音声ガイダンスが流れた。

 古泉め。
 電源を切ってやがる。

 昨夜二度と通るまいと決めたルートを、まさか翌日には二日連続で通行する羽目になるとは思いもよらなかったことだ。
 角を折れると五十メートルも行かないところに、目標のマンションが昨日と変わらないようすで鎮座している。
 俺は迷わずエントランスを抜け、エレベーターで階上を目指した。
 同じ部屋の前に立つと、呼び鈴を押す。暫く待っても中からは、案の定何の返答もない。 二度、三度と立て続けにボタンを押した。

 「…………」

 仕方ない。
 許可なく他人の部屋に入るのは気が引けるんだが。

 俺は内ポケットを探ると、昨日古泉から預かった部屋の鍵を取り出す。
 ドアノブに差し込んで廻せば、カチリ、と音がして呆気なく鍵が開いた。





 部屋の中は薄暗かった。



三和土に靴もない。
 しんと静まり返った廊下と、奥に続く開いたままのドアの向こうに見えているリビング。空気もどこか冷え切っていて、無人であることは明白だ。

 「…古泉?」

 一応声をかけながら上がり込む。
 リビングは昨日、俺が出て行った時のままだった。
 うそ寂しく整頓された部屋に持ち主の気配はなく、俺が壁に戻したハンガーに、出ていくとき形だけ畳んでソファにのせた毛布、テーブルの上に置いたコンビニのビニール袋。そして雑な走り書きのメモ翌用紙。そのままだ。
 俺はメモをそっと指先で持ち上げた。
 『招請が来たので行きます――』
 短いたった三行のメモからはやはり、何も今日の事態を予感させるようなファクターは読み取れない。
 俺はため息を吐くと、床に視線を落とした。

 ソファとローテーブルの隙間。
 柔らかなカーペットの上、昨日確かにここで古泉は俺を抱いた。
 あの憎たらしい余裕たっぷりのニヤケ顔で散々に俺を翻弄しながら。
 お陰でまだ腰が痛いと、鍵を突き返す折に厭味のひとつも吐き捨ててやろうと思っていたんだ。あの時は嫌で嫌でたまらなかったのに、今にしてみれば都合よくその体温が思い出される。
 ここで待っていたら、古泉は帰ってくるだろうか。
 希望的観測を覚える心のどこかで、それはないかもしれないと推測している自分がいた。 複数に重なった想定外の要因がそうさせる。
 何があった?

 ふと、わずかに開いたままの寝室のドアが目に入った。
 昨日も出ていく前にも開いていた気もするが、身体がだるくてそれどころじゃなかったから定かではない。おそらくは俺が目覚める前に古泉が出ていった時、開け放して行ったのだろう。
 ドアノブをそっと引くと、キィ、と蝶番が控えめな音を立てた。



暗く沈黙している寝室は、リビングと違ってかすかに古泉の匂いがする。
 この部屋で毎日寝起きしているのだから当たり前なのに、何だかそんな些細なことで馬鹿らしいと思いつつも胸がさざめいた。きっと古泉のインナースペースを覗き見ている気分だからだろう。実際、ある意味でその通りなのだが。
 閉めきられたままの重い遮光カーテンに外の明かりを遮断された室内を見回す。
 窓際に置かれた、シーツがわずかに乱れたままのベッドに、無造作に本やらファイルやらが積まれた背の高い本棚。ベッド向かいの机にはデスクトップPCが鎮座している。キーボードの上に無造作に書類らしきものが放り投げられているのが見てとれた。
 あとは造り付けのクローゼットがあるだけの、簡素な部屋だ。
 それでも、ここで古泉が眠ったり、書類を見たり、俺が自分の部屋でそうしているように、誰にも干渉を受けない一人の時間を過ごしているのだと思うと、それだけで側に古泉の気配を感じるような気がした。

 いったいどこに行ったんだ。

 急に不安が押し寄せてくる。
 機関で何かあったことは間違いないだろう。
 古泉がこんならしからぬアクションを起こすとしたら、まず機関絡みだ。
 どんな問題が起きたのかは知り得る術もないが、もしも何らかの理由で、古泉がハルヒの監視役でなくなったのだとしたら?
 そうしたら、もう二度と奴は戻ってこないのだろうか。
 北高での学生生活もSOS団も、古泉にとっては機関の任務前提で存在するものでしかないんだろうか。いや、そう考えるのが普通だ。機関の命令があれば、あいつはあいつの意思がどうあれそれに従うだろう。


 古泉がいなくなる。


 そう考えが到った瞬間、後頭部を鈍器で殴られたみたいな感覚が
 脳内に拡散した。






 家に帰り着くと、俺はただいまも言わずに部屋へ向かった。

 鞄を机の脇に放り投げ、ネクタイを外すとベッドのふちに座り込む。
 身体から力を抜いた途端、急激な疲労を感じて大きく息をついた。
 帰り路、ずっと握りしめていた携帯を開くと、リダイヤル機能の一番上に表示されている古泉一樹を選択し通話ボタンを押す。出ないだろうことはとっくに予想がついているので、とくに落胆もせず音声案内に切り替わると同時に通話を切った。
 いったいどういうつもりなんだ、と詰め寄りたい気持ちでいっぱいだったが、生憎詰め寄るべき人物はこのとおり連絡不能で、こうなると携帯メモリーに登録されている番号一本しか繋がりのない俺には他にどうしようもない。
 機関の代表番号なんて電話帳で調べても出てこないだろうしな。

 大仰に嘆息して短い髪をぐしゃぐしゃにかき上げていると、ノックのあと部屋のドアが開け放たれた。シャミセンを腕に従えた妹が入ってくる。

 「キョンくん、おかえりぃ~」
 「おう」
 「お母さんが『帰ってきたならただいまくらい言いなさい』だって」
 「おう」

 面倒臭くてやる気のない返事を返していると、妹が机の上を指差しながら、

 「キョンくんにね、ゆうびん来てたからソコ置いといてあげたから!」



郵便?

 机上に目をやると、ほったらかしのノート類の上にやたら厚みのある封筒があった。
 誰からだ。俺に手紙を寄越すような人間に思い当たる節なんぞないぞ。

 「もうすぐご飯だからね~」と言いながら出ていく妹に礼を言いつつ封筒を手に取る。
 宛先であるここの住所と名前が書かれている表書きを裏返した。
 目を見開く。


 古泉からだ。


 差出人が記入されるべき欄に住所は書かれておらず、フルネームで古泉一樹、と書かれているだけだった。雑な字体で奴が書いたものだとすぐにわかる。

 俺は逸る気持ちを抑えて、封筒の口を切った。

 衝撃吸収用のエアクッションがついた封筒の中から出て来たのは、
 携帯電話だった。

 よく見なくても見覚えがある。古泉が使っている携帯だ。
 道理で何度かけても出ないわけだ。
 掛けた番号の先は電源を切られて封筒に詰められ郵送ルートに乗せられた揚句、我が家の郵便受けに入れられていたんだから。
 しかし、なんで古泉が俺に自分の携帯を送り付けてくるのか。
 封筒の中身は携帯だけで、言付けのような類のものは入っていない。
 益々訳がわからん。

 試しに電源を入れてみる。
 ローディング画面の後、ほどなく初期設定のままの待受画面と時刻が表示された。
 何か手掛かりがないかと着信履歴やリダイヤルを見てみたが、全ての履歴がクリアされていた。データを消去してから寄越したのか。
 あわよくば機関に直接繋がりそうな番号が入っているかも知れないと思い至ってアドレス帳を開くと、こちらもやはり綺麗に登録が無くなっている。
 たった一件だけ残っていたのは、


 俺のデータだった。


 「…………」

 俺はぐっと眉をしかめて、馴染んだ番号にメールアドレスが表示された液晶を注視した。
 なんで俺の登録だけ残してんだ。というか、これじゃ何の手掛かりにもなりはしないじゃないか。周到な奴め。

 そうしたところで思い出した。
 一番初めに部室で奴に押し倒された翌日、奴に脅迫材料に撮影した画像データを送り付けられ呼び出されたシーンをだ。


 『ようするに、今まで通りSOS団員として接していただければ無問題です。そうして下されば、お送りした写真のデータは僕の携帯の中だけに留めておくとお約束します。勿論、必要なくなれば消去いたしますし、ご心配でしたら携帯ごとお渡しいたしましょう』


 ファイルボックスを開くと、たったひとつだけサムネイルでそれとわかる画像があった。

 「…………」

 結局、散々調べ尽くした挙句ことごとくデータが抹消された古泉の携帯に残っていたのは、アドレス帳の俺の登録データと、奴に握られていた脅迫写真のデータ、そして、メールフォルダに一件残された、俺宛ての未送信メールだった。

 ノンタイトルのままのメールの本文には一行、


 『すみません』


 それだけだ。

 階下から妹が夕飯を知らせる声が聞こえてきたが、俺は微動だにすることもなく表示された五文字を見つめ続けた。

 頭の奥が麻痺したように機能しない思考の端で、昨日の古泉がリプレイされる。
 具合が悪くてしおらしくしたかと思えば、病人らしからぬいかがわしい行為は強制するわ、わけのわからないことを言い出すわ、散々だ。いつもおかしな発言ばかりする奴だから突出して変だとは感じなかったんだ。「冗談です」と微笑んだ顔も、いつもどおりで。

 だから。




















 『あなたが、好きなんです』






 たとえそれが奴の本音だったとしても、
 俺は気づけるはずがなかったんだ。






ノンケだが何故かニヤニヤしながら読んでたわ
BLって素晴らしい(錯乱)

30分前までベーコンレタスだと思ってたのに今俺は何故ビンビンなんだ

久々にハルヒで腐ったBLスレを見た

おいこれ昔どっかで読んだぞ
腐女子が個人でやってるサイトだったと思うが詳しく思い出せん

BLってもやもやする終わり方するんだな…

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