周防桃子「将棋?」 (136)

グリマスと某将棋バトル漫画のクロスssです

遅まきながら『桃子先輩誕生日おめでとう』の精神で書いていこうと思います。よろしくお願いします

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「君 パンケーキ好き?」

 
 



「はぁ?」

周防桃子は子役俳優であった。現在はアイドルである。
 
彼女が所属する事務所は、大手ではないが有望な事務所だ。紆余曲折を経ながらも、ライブやイベントを立て続けに成功させて「伸び盛り」として世間一般にも注目されつつある。

子役時代は「知る人ぞ知る」ポジションであった桃子自身も、事務所と共に知名度を伸ばしつつある。

「アイドル周防桃子」は今の所順風満帆な道を歩んでいた。無論苦難がなかったわけではないが、かつてとは違い、仲間や周囲の大人達に恵まれて着実にアイドルとしての歩を進めている最中である。

とはいえ、彼女は中学生未満の子供である。知名度と比例するように増えていく仕事に倦むことだってあるし、最近では、ユニットの指導役まで任されてますます負担が増えてしまった。

こうした現状では、身体面のみならず、頭の方にも疲れが出てくるのは必定であろう。それを察したプロデューサーの計らいか、今日の彼女は完全なオフであった。

期待ー

オフ。平日なので学校の授業はあるものの、とにかくオフである。

今日だけは、事務所のことも、仕事のことも考えずに遊んでもいい。ひたすら家でのんびり寝ていてもいい。そうして、普段の疲れを取るべき一日なのである。

だがしかし。

彼女は友達が少ない。

また、彼女にとっての「家」は、他人に口外するのが躊躇われるほど息苦しい場所でもあった。

故に、彼女は事務所へ向かい歩いている最中である。

なにせ、所属人数が50人を越える事務所だ。暇つぶしの相手にも、手段にも事欠かない場所である。

学校では作れなかった、休みの日に、色々な遊びや自主トレに付き合ってくれる友達がいる。自分以上の知識を持ち、対等な立場であれやこれやの話をしてくれるような年長者たちもいる。

以前は家や学校と同じく、ややもすると生きにくさを感じるような場所であったが、現在ではそこが彼女の居場所であった。

そんなわけで。学校帰り、家に荷物を置き去って事務所へ向かう、その道中に。

彼女は「彼」と出会った。

ふと顔を上げると、10数メートルほど離れた場所に立ってる男が自分を見つめていることに気がついた。

視線がぶつかり、一瞬妙な感覚を覚える。黒系の絵の具を全部混ぜ込んだ末に産まれるような、得体の知れない暗さが宿った色を彼女の目はみとめた。

男は棒立ちの状態だ。今は視線を向けてくるだけだが、自分に「何か」してくる前に通り過ぎた方が賢明だと思われた。

そして、足早に男の脇を通りすぎようとした刹那、彼女の耳に例の言葉が突き刺さったのである。



『君 パンケーキ好き?』

 
 



『はぁ?』


返事の瞬間 (しまった) と思ったが既に遅かった。

こうした手合い……悪質なファンだか変質者だかロリコンだかの類には、無視してやり過ごし、マトモな大人に頼んで相応のやり取りの後に立ち去ってもらうのが定石だというのに。

頭では分かっていたがやってしまった。というより、そうせざるを得なかったと言った方が正しいか。

幽鬼を彷彿とさせる佇まいのその男は間違いなく、誰から見ても不気味な雰囲気を纏っていたが、何故だかその言葉を聞いて無視する気にはなれなかった。

支援だよ

周防桃子(11) Vi
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「君、パンケーキ好きかい?」


男は再度問うてきた。

今すぐ走り去ろうかとも考えたが、多分、無意味だ。

更に悪いことに、正直認めたくないところだが、「この男と話してみたい」と感じる自分がいることに彼女は気付いてしまった。

時間はある。予定もない。それに、放課後を過ぎた夕方だからかおやつを食べたい気分である。

話すか。話さざるか。

逃げるか。逃げないか。

約10秒ほど考えた末、男に向かってこう言った。


 
「ホットケーキは好きだよ だから多分、パンケーキも好きだと思う」

 
 
男は表情一つ動かさず

 

「そうか」


と言って桃子を手招いた。

それを見て怪訝そうな顔をした彼女に、男は続けてこう言った。


「今からパンケーキ食べに行くんだけど、君も一緒に来ないかい?」


「僕が奢るから、お金とかは気にしなくてイイよ」


桃子を先導しながら、男は語りかける。

彼について歩く自分が馬鹿らしいと思いつつも、桃子の内には、自分の決断を翻す気は起こらなかった。

時間もあり、暇もあり、小腹が空いている自分に魅力的な誘いであったのは事実である。

しかし、それ以上に、自分に声をかけてきたこの男の話を聞いてみたいという気になっていた。彼にカリスマ的な何かすら感じてもいた。

…とはいえ、初対面の男にのこのこついて行くのはどう見ても馬鹿のすることだし、アイドルとしての自覚が足りないという謗りを免れない行為であろう。

この妙な男に効くかどうかは別として、「威嚇」を飛ばしてみる必要性を桃子は感じていた。

先輩がチッチみたいになるのか(困惑)

「言っておくけど、」


最初に宣言することで、男の関心を引く。


「一応、おじさんには付き合ってあげるけど…」


言いながらポケットに手を入れ、目当てのものを引っ張り出した。

そして、それを持つ手を男に突き出しながら彼女は続ける。


「…桃子にちょっとでも触ったり変な動きしたりしたら―」


「コレ鳴らすか『そういう的外れな警戒をするのは子供らしいな』


「…………っ」

「言われなくても君にいやらしいことするつもりは毛頭ないから」


「しまえ。それ」


男に言われ、桃子は渋々防犯ブザーをポケットに戻した。

これを見せた所で相手が狼狽するなどとは露とも思わなかったが、こう完膚なきまでに機先を制されるとは想像していなかった。


「僕は今日 パンケーキを食べにここまで来ていて」


「たまたま君に出会い、なんとなく君を誘ってみただけだ」


「別に君には、今すぐ去ってもらっても構わない」


矢継ぎ早に繰り出される言葉に息を呑む桃子を前に、男はこう締めくくった。


「そうされた所で 僕はナニも感じないだろう」

はたして桃子は81にダイブすることになるのか、それとも新たな鬼となるのか

期待

生来感じたことがないほど鮮烈、いや、とにかく正体の知れないショックを受け、桃子は押し黙る。

男は彼女を一瞥すると、そのままさっきまでと変わらない様子で歩き出してしまった。

今のやり取りだけではない。これまでの短時間で彼から受けた衝撃に、桃子は揺れていた。

年長の男から邪険に扱われたことはある。子役時代、そして今も、自分より年上と言うだけで偉そうな態度を取る大人達を何度も見てきた。

そうやって舐められてきた経験は、一つ一つが、大なり小なりの苦々しい記憶として彼女の脳裏に刻まれている。

だが、「舐める」どころか限りなく「適当」に扱われた経験は彼女にとって初めてであった。ペットや赤ん坊に対するそれよりももっと冷ややかな、子供が玩具を値定めするかのような目線を向けられたのもだ。

この「初めて」はしかし、背筋の凍る類のものではあっても、心の底では不快とは感じなかった。

それが何なのか、彼女には分からない。

彼女自身は「怖いもの見たさ」のようなものだと自覚したが、当たらずとも遠からずである。

ともかく、逃げるかついて行くか、彼からの拒絶ともとれるメッセージを受け取ったここが正念場のように思われた。

正念場。とはいえ、彼女の中で既に答えは決まっていた。

「怖いもの見たさ」もあるが、物心ついた頃から大人達に負けまい、舐められまいと背筋を張って生きてきた彼女である。

あのような目で見られたまま男との邂逅を終わらせることは、自身にとって敗北宣言と同義であった。


「待ってよ、おじさん!」


角を曲がって自分の視界から消えようとしている男を呼び止めながら、桃子は走り出すのであった。

どこの街でも見かけるような凡庸なファミレス。

どこのファミレスにもいそうな平均的ルックスの店員。


「いらっしゃいませ!」


これまたどこの店でも聞かれそうな、元気と若々しさのこもった、逆に言えばそれしかないような接客の声。

事務所の面々以外の者とファミレスに入るのは、桃子にとって随分と久しぶりな体験であった。

「いらっしゃいませお客様! 何名様でしょうか?」


「二名」


「お席は禁煙席と喫煙席のどちらでお召し上がりになられますか?」


「禁煙の方がいいな」


「かしこまりました! ではお客様、こちらへどうぞ!」

「座って」


言われなくても、という言葉を飲み込んで桃子は男の対面に座る。

おやつ時なだけあって、店の中には学生や主婦たちの姿が目立つ。自分と男は、似ていないながらも親子のように見られているのかもしれなかった。

少しして、お冷やが運ばれてくる。

お冷やと共にメニューを運んできた店員に対し、男は言った。

「パンケーキ二つ」


「メニューはご覧になさらなくてよろしいのですか?」


「前にこの店には来たことがある」


なるほど。言われてみれば、つい先ほどの、自分達が席につくまでの男と店員のやり取りには手慣れたものを感じられた気もした。


「かしこまりました。パンケーキが二点でよろしいですね?」


「ああ」


ここまでは特に言う事はない。それを題目に誘っただけあって、男がパンケーキを頼むのは当たり前だし、桃子も他のものを食べようとは思ってなかったからだ。


先ほどは色々とショックを受けたが、やはり男も一応は人間なのだろう。幽鬼のような容貌と、暗黒を詰め込んだような目からは想像しがたいほど普通のやり取りである。


が、続けて男が継いだ言葉に、桃子はそれまで以上の衝撃を味わうことなった。

「ところで、今頼んだパンケーキに注文を加えたいんだが」


「なんでしょうか?」


「シロップ……パンケーキにかけるメープルシロップを、」


「はい」


「バケツ一杯分持ってきてくれ」


「……はい?」


男の口から出た言葉に、店員は当惑しているようだ。


かくいう桃子も、当惑以前に、自分の耳が正常に働いているのかどうかを疑っていた。

「バケツ一杯のメープルシロップを持ってきてくれと言っている」


男は繰り返した。今度は、桃子も自分の耳を疑いはしなかった。


「えぁ、その……」


哀れにも、傍目から分かり切ってしまうほど店員は困惑している。

想定外の注文に今にも震えだしそうな店員に対し、男は容赦なく追い打ちをかけた。


「君じゃ話にならないな。まともに受け答えできる店員を呼んできてくれ」


「あっ、その、……もっ、申し訳ありません!」


そうして哀れな店員は、桃子が呆然としている間に厨房へと小走りで戻っていくのであった。



「やれやれ…… これだからバイトは駄目なんだ。客へのレスポンスがなってない」


「えっ」


「なんだ?」


「えぇと…、」


『まともな受け答え』が欲しいなら、自分がまともな言葉を口にしなさいよ、とか。

そんなあり得ないモノを桃子に食べさせるつもりなの? とか。

様々に言いたいことはあったが、まず、一番気になっていることについて桃子は質問をぶつけてみることにした。

「おじさんは『谷生』


「『谷生(たにお)』だ。僕の名前」


そういえば、自分はこの男―谷生と向かい合って座っているのであった。

否応なしに目に入る男の視線に唾を飲み込みつつ、桃子は続ける。


「谷生さんは、どうして桃子を誘ってくれたわけ?」


『なんとなく』や『たまたま』という言葉では納得できない。自分が谷生に感じたものと同じような、魅力とも違う「惹かれる」としか表現しえない感情。

そういったものを、彼も自分に感じているのではないかと踏んだ桃子の質問であったが…。



「…………」


彼女の質問に対し、谷生は即答はせず。

なんだか、彼女からの言葉を噛み締めているようにも思われた。



メープルシロップで宇宙の始まりを観に行くのか(震え声)

「……レスポンス、ができないのは駄目なんじゃないの?」


「……いや。『さん』付けで呼ばれたのがかなり久々だったからな……」


「考えてみれば、君みたいな子供が大人の名を呼ぶのに敬称つけるのは当たり前のことなんだが」


「少し 面食らってしまった」


面食らった。その意味を理解するのに数瞬を要したが。

出会ってからこっち、自分を一方的に振り回してきた相手に図らずとも意趣返し出来た。

その事実に、桃子は多少の興奮と満足感を感じずにはいられなかった。

「長生きして何かを為してきた分だけ、人は記号化されていく…」


「???」


「大手を振って言えるようなことではないが……僕はこう見えて、結構多くのことを成し遂げたと自負している」


「…そう、なんだ」


他に桃子に言えることは無い。

それ以外の反応を許さないというか、降霊直後の霊媒師のような不可侵感を谷生は醸し出している。

どこでスイッチが入ったか分からないが、こうなれば相槌以外に桃子にできることはなかった。

「単に『僕が狭い世界で生きていた』と言えばそれまでになってしまうが…… 普段僕の周りにいる奴は、僕に敵意だったり歪な敬意だったりを抱いている奴らばかりだ」


「彼らの前で僕は『記号』に等しい」


「『親の仇』だの『生涯の宿敵』だの『組織のトップ』だの『裏の大物』だの…… ハエのように群がってくる存在が自分にとっての『谷生像』を創っていく…」


「君を除けば、多分最後に僕を『さん』付けしたのはアレだ…」


「……誰?」


「『寿司屋の店員』だと思う」


「…………」



~~~~~



「一名でお待ちのタニオさーん。タニオさんはいらっしゃいませんかー?」


「はい」



~~~~~



(なんて…。そんな感じだったのかな…?)

「織田信長を『さん』付けで呼ぶ馬鹿はいないだろう?」


「えっ」


「いるとしたらそいつは間違いなく馬鹿か、少なくとも無知な輩だ。『記号』に敬称つける奴は世界中何処を見ても馬鹿か無知だけだろう」


「…………」


なんだか。


初対面の自分が罵られているような気がして、桃子は反駁したい気分になった。

「別に子供は馬鹿でいい。無知でいたって構わないし、それが当たり前だ」


見透かしたように、谷生は言う。


「中には、大人の癖に子供を気取って馬鹿や無知に胡坐をかいてるろくでなしもいる」


「君には関係のないことだといいがな」


そうして谷生は口を閉ざした。

結局質問の答えは貰ってないし、何か騙されたような気分ではあるが、今の話に感じるものが無いかと言われれば嘘になろう。

本当に谷生が自分を誘ったわけが知りたいなら、再度同じ質問をして突き詰めていくべきだろう。

だが、谷生の言う『子供を気取る大人』が気になる…。……厳密には、そうした大人に心当たりがないでもないのである。

谷生は、桃子の思い浮かべた人物を知らない。一応桃子と同じ事務所の所属であり、調べようと思えばある程度は調べられる人物ではあるのだが。

彼女のような人物を、谷生はどう思うのだろうか。

それを問おうとした矢先だった。

「申し訳ありませんお客様。先ほどご注文いただきましたパンケーキの件ですが…」


店員が来たため、質問タイムは一時中断と相成った。


「その、『バケツ一杯分のメープルシロップを添えて欲しい』とのご要望ですが…」


「うん」


鬱陶しくならない程度に髭をたくわえ、谷生と話をしている男はこの店の店長だろうか。

汗を拭うかのように眉間の辺りを手で押さえているが、実際には一滴も汗は出ていない。

これからの応対に、頭痛を我慢しているというのが真相だと思われた。


「誠に申し訳ありませんが、当店ではご用意することが敵いませんので…」


「なんだと?」


「も、申し訳ございません!」


店長。いや実情はどうなのか分からないが、桃子は彼をそう考えることにした。

店長。谷生の冗談のような要求になんとか応じようとする彼の必死な様子は、子供の目から見ても可哀想に感じるほどの悲愴感を漂わせていた。

「クレームをつけるつもりはないんだ。とりあえず、何故用意できないのか教えてくれないか」


「はっ。その、誠に恐縮ですが、お客様のご注文を優先すると他のお客様に同じメニューをご提供できなくなってしまいますので…」


「100万やる」


「…はっ?」


「100万現金でやるからバケツ一杯分買ってこい」


「はぁぁっ!!?」

 
 
店長の叫びはもっともである。


側で聴いていた桃子も、声に出ないのが不思議なくらいの驚愕を表情に表していた。

「そこらのスーパーに売ってるものでいい。これ以上…」


「は、はい……」


「僕に余計なことを言わせるな」


まさに有無を言わせない迫力。

谷生に気圧されたのか、辛うじて 「少々お待ちを…」 の文句を絞り出して店長はテーブルを離れていった。

おっと、忘れてた。とでも言うかのような間抜けな所作で、谷生は札束を懐から取り出しテーブルの上に置いた。

恐らくこれが今言った『100万』なのだろう。

100万。ミリオン。アイドルを続けていても、いまいち実感を伴ったことのない数字である。

それ故に、或いは語感の良さもあろうが、目標とすべきファン人数として事務所の面々が耳にタコができそうなほど唱えてきた『100万』である。

『100万』の札束は、なんとなく想像してきたそれよりは幾分スケールの小さいものに見える。

それでも『100万』である。先述のように、事務所に居てはいつも意識してきた『100万』の数字を、予想外の形で見せつけられて桃子は激しく困惑した。

「そういえば」


切り出したのは谷生だ。


「『僕がどうして君を誘ったのか』ということに対する質問の答えだけど」


自覚してたのか。

てっきり、妙な話で横道に逸れたまま、自分から訊かないと引き出せない話題かと思っていたが。


「……聞いているのか?」


「きっ、聞いてるよっ! ちゃんと!」


とりあえず、谷生が「分かったような分からないような理屈を捏ねて話を逸らすズルい大人」とは違うようだということに、桃子は安心した。

「一つは、君がなんとなく僕と話が合いそうだったからというので、」


「え?」


会った端からみょうちきりんな言動ばかりをしてきた男に「話が合いそう」と言われて喜ぶ者がいれば、恐らく余程の変態(フリークス)であろう。

仮にも話を交わす為についてきた相手だ。「話が合いそう」と言われて嫌な気分にはならなかったが、悪い意味でのくすぐったさ、悪寒にも似た感触を覚えたのは事実だった。


「君は小さい頃の僕に似ている」


「えぇっ…」


彼の言う事が正しいとして、将来自分は目の前にいるような大人になってしまうのだろうか。

彼女にとって、それは何としても避けるべき事態であった。

「世の中にゲンメツして何もかものやる気を失ってしまったような子供はたまにいる」


「だが中には、何かのきっかけでそこから夢中になれる玩具(オモチャ)を見つけて耽溺していく奴がいる」


「ところが、その玩具は一筋縄ではいかない。子供は、玩具が当初の予想よりもずっと深く、意地の悪いものだったということに気付いていく…」


谷生は桃子を見ていない。

砂場に落としたコンタクトを探す者のように目を見開き、テーブル上の虚空を凝視しているように思えた。

「それでも面白いものは面白い。逃れる気も失せている子供は、余興とそう変わらないつもりで始めたソレに嵌り込んでいく」


「が、今言った通り。それまで以上に楽しもうとすればするほど、玩具は君を傷つけるようになっていく」


「それを承知で、傷すらも快楽に変えてなおも遊び究め続けんとしている内に…」


「自分では抜け出せないような、深い深い沼に嵌ってしまった者が、」


「子供の頃の僕と 君だ」


そう言いつつ、谷生は桃子に指先を向けた。

「……谷生さん。すごい自信たっぷりな言い方だけど…」


「もちろん全部が全部合ってるとは思わないさ。そこまで自分と似ていると、気持ちワルさが先行して声をかける気にもならん」


「でも大体合ってるだろう?」


「ぅっ」


射抜かれるような視線を向けられ、桃子は思わずたじろいでしまう。

相も変わらずと言うか、敬称に関するやり取りを除き自分はこの男にやられっぱなしである。更に悔しい事に、谷生の言葉が、ある程度までは自分に当てはまっているのも事実であった。

桃子は負けず嫌いな子供だ。こうなるともう、パンケーキのことは忘れて反撃の手段を講じることに精一杯である。

「…谷生、さんは」


まず、言葉を継がせないために自分から話を切り出す。

言いながら、桃子は次にどう続けるかを考えていた。


「谷生さんは、」


「うん」


「谷生さんは、そういう人に会ったことあるの?」


「どういう奴のことだ?」


「今言った、玩具にハマってなんとかかんとか…」


「あるよ」

スレタイがMAJORのゴローママと夢島の周防監督で結婚したのかと思った

「その人のこと、谷生さんはどう思ってるの?」


桃子なりの意趣返し。とにかく、同族嫌悪を覚える嫌な相手との嫌な記憶を思い出させてみよう、という稚拙な試みである。


「そいつはまあ…、境遇こそ似ていても根っこのところは僕と違っているような気もするが……」


「うん」


「……どう思っているんだろうな…………」


「……」


効いているのかいないのか分からない。肩すかし、暖簾に腕押しといった具合だ。

人として持っていて当たり前の「軸」を持たないのかもしれない。或いは逆に、その「軸」が余りにも盤石な強さを誇っているのかもしれない。

いずれにせよ、桃子はようやく、こうした駆け引きを谷生に仕掛けてもまったくの無意味であるということに気が付いた。

「…じゃあ谷生さん。谷生さんは、」


さて、どうするか。意味が無いと悟った以上、意趣返しを目当てに始めた話題を打ち切ることは当然の選択肢であった。

だが、谷生をここまで悩ませる相手がどんな人物なのか、桃子には気になった。


「谷生さん。その人ってどういう人なの?」


「その括りは大ざっぱすぎるな。まあ、強いて言えば…」


「強いて言えば、」


「『神』に最も近いとされる男だ」


「……っ」


眩暈がした。

「カミ、って!」


「神は神だ。僕の定義では『人智に及ばないものを把握している者』に近い」


「えっ、そっ、たっ…谷生さんはっ!」


「なんだ?」


「宗教とか、そ、そういう……」


「…………」


「なんかスピリチュアルとか、そっち系のアブナイ人なの!!!?」


神。そのどうしようもない突飛さに、気が動転したまま話す桃子の問いに対して谷生は一言だけ


「違う」


と答えた。

「僕とそいつは……そうだな、分かりやすく言って『研究者』や『探検家』に似た人種だと思ってもらって構わない」


「あ……」


本人にも予想外の発見をして表彰された科学者か何かがいたことは、子供の桃子でも知っている。

なるほど。それなら『神』という言葉が飛び出ても、一応の現実味があるというものだった。少なくとも宗教のような怪しい商売ではなさそうで一安心だ。

そしてもう一つ、『似た』という表現から、彼は本物の研究者や探検家ではないことがうかがえる。

…では、彼は何をしているのだろう? どうやってお金を稼ぎ、どこでどんな人と働いているのだろうか?

その他も、彼に関する興味は尽きない。その場を逃げ出したいと思う事もしばしばではあったが、桃子は、谷生に対する好奇心を留める術を持たなかった。

「僕は将棋指しだよ」


「将棋?」


「テレビに映るプロ棋士とは違う。金や組織の面子を賭けて将棋を指し、それに勝った負けたで生きている人種だ」


「……それって…」


法律違反、ではないだろうか。

パチンコのような、許可を得たものを除いた「とばく」が法律で禁止されているというのは桃子も常識として知っている。

どうやら、目の前に座っている男は犯罪の片棒を担いでいるらしい。

これはどうしよう、と、桃子は今更ながらに谷生に対する警戒心を抱き始めた。

とはいえ。困ったことに。

「不良」や「ギャンブル」のように法規に当てはまらないものを取り上げた物語が、またその人物が、憧憬を集めることは珍しいことではない。

アウトローな生き方に憧れてしまう者、それがいけないと分かっていても魅せられてしまう者が一定数いるのは事実である。

桃子自身も、憧れに類する気持ちこそ微塵も抱いてないが、彼に対する興味関心は一層強まっている。

というわけで。

当初の目的に翻意することなく、桃子は谷生との会話を続けることにした。

「その人も谷生さんと同じ将棋指しなの?」


「ああ。彼の方はちゃんとした棋士だが」


「きし……『き』は『将棋』の『棋』?」


「そうだ。対して、僕みたいに日陰で将棋を指す者は『真剣師』と言う」


「しんけん……」


「『真剣勝負』の『真剣』だよ。『し』の字は、棋士と違って『師匠』の『し』の方だ」


「へぇ」


棋士。

真剣師。

将棋は駒の動かし方すら知らない桃子だったが、谷生や『その人』がどんなことをしているのか、少しは掴めた気がした。

「君の方は何をしているんだ?」


「えっ? 桃子?」


「ああ。『小学生』や『女の子』以外に何かやってることがあるんじゃないのか?」


いちいち鼻につく言い方をしてくる男だ。が、それを気にしても苛立つだけなので無視する。

彼の質問にどこまで答えていいかは測りかねた。谷生自身は自分に害意はなさそうだが、会ったばかりの相手に自分の素性を吹聴するのは躊躇われる。

とりあえず、様子見を兼ねて次のように訊ねてみることにした。

「桃子…って今自分で言ったけど、」


「桃子というのは君の名前か?」


「そうだよ。桃子、こう見えてちょっとした有名人なんだけど…」


ここで『桃子のこと見たことある?』とか『桃子のこと知ってる?』などと問うのは愚行である。

自分のことを訊ねてきたのもそうであるが、あそこまで無造作に話しかけてくる男が「アイドル周防桃子」を知っているはずもない。

故に桃子は、


「何をしているんだと思う?」


と谷生に訊ね返した。

「質問に質問で返すのは褒められたことじゃないな」


その指摘にどきりとなるが、努めて表情を崩さず、桃子は言う。


「別にいいじゃない。当てられたら、褒めてあげるね♪」


上から目線を気取った言葉は、谷生の圧に身構えるためのものでもあった。

が、谷生はその態度に怒ることなく


「………………」


何の感情も見せない、虚ろな顔つきで何か考えているようであった。

「将棋……はないか」


谷生がポツリと呟く言葉に、一瞬心臓が跳ねる。

意外にも、谷生は桃子の素性について真面目に考えているようだ。その姿に何故か、桃子は高揚感すら感じた。


「ちょっと待て……。そういう顔は、どこかで…」


「…………」


「…分かった」


「!!」

「君、アイドルか何かをやってるだろう」


「……っっ」


まさかのドン、ピシャリである。

アイドルは今や、この国の一大産業である。まして桃子の年齢で『有名人』となれば、なるほどクイズの答えとして不自然ではない。

だが。まさか、まさか。

こうもぴったり当てられるとは。

この男に会ってからというもの、まさに、ここまで桃子は驚き通しであった。

「根拠は大したことじゃない ただ、さっきの君みたいな『テレビに出たことを褒めて欲しがる女の子』の表情には見覚えがあった」


またピンポイントな喩えである。あながち間違いとも言い切れないのがまた悔しい。


「その子を君に重ねて考えてみたが……当たりかい?」


「…うん」


「そうか。それじゃあ、」


「……?」

「褒めろ」


「えっ?」


「僕を 褒めろ」


「…って、」


それ。

それは間違いなく、先ほどの桃子の軽口を指して言った言葉であった。

「僕は何も賭けなかったが、約束は約束だ。守ってもらわなければ困るよ」


「ちょ、ちょっと」


いきなりどうしたというのかこの男は。

桃子のお褒めの言葉に対するこの執着心、もしやロリコンの気でもあるのだろうか。

予想外の反応に戸惑う桃子に対し、谷生はこう続けた。

「『約束を守ることが信頼につながる』みたいな陳腐な説教を吐く気はない」


「ただ、一定の効用を伴う軽口は軽口で済ませられないということを人は須らく自覚しておくべきだ」


「そんなこと…『言っておくが』


「僕は『軽口が元で自分の寿命を縮めた男』を知っている」


「『残り5年』まで縮めてやった」


「…………っ」


本当に。本当に、この男は…。

最早、評するための言葉を見失った桃子であった。

「……えぇ、と」


「早く」


…仕方あるまい。原因が自分にあることは、一応桃子も承知している。

覚悟を決めるしかない。プロの意地を総動員して何とかやってみるしかない。

よしんばここから逃げた所で、いずれ同じような逆境に立たされるだろう。そんな悪い予感までした。


「早 く」


「…………!」



「『すごいねっ、お兄ちゃん! 桃子、お兄ちゃんがぴったり答えを当てたからほんっとぅ~にビックリしちゃった! 流石お兄ちゃんだね!』」





「…………」






「5点」





『5点』。そのあまりにも短い寸評に、桃子は心の折れる音を聞きそうになった。


「……っ!」


何か言おうと思ったが、言う気になれない。今話せば、辛うじて折れかけた心身を支えている、自身の怒りが冷めてしまいそうだと感じている。


「まあ、今ので許してあげよう。一応は満足だ」


踏み台がここにあれば、彼女は迷いなく彼をぶん殴っていたかもしれない。彼の平坦な口調はそれだけの苛立ちを覚えさせるのに十分なものであった。

辛辣すぎてわろた

「帰る!」 そう言って立ち上がり、事務所へ歩を進めようと決意したその時である。


「大変お待たせいたしましたお客様! ただいまご注文の品を持って参りますので、もう少々お待ちください!」


見たことのないスピードで頭を下げる店員に気勢を削がれる。


「座れ」


その声に、意気消沈した桃子は従わざるを得なかった。

さっきと同じだ。谷生に何か言おうとすると邪魔をする店員に、谷生とグルなのではないかという疑いすら抱きかけている。

理不尽なのは分かっているが、文句の一つも言いたくなろうというものだ。

なんと言ってなじってやろうか。子供の言う事だし、多少は許されるだろうという打算もあった。

そう思いつつ、店員の方を見やろうと、下を向きかけていた顔を上げる。

すると。

谷生と桃子の分だろう。二人分のパンケーキを運んでくる店員と。

「中身の分かり切った何か」を並々と湛えたことがうかがえる、プラスチックのバケツを運んでくる店員が。

桃子の視界に、飛び込んできた。

「大変お待たせいたしましたお客様。ご注文のパンケーキ二点とメープルシロップでございます」


「よし」


そう言って谷生が卓上の札束を店員に渡す。受け取った店員は目を丸くしている。


「注文は以上だ」


彼の機械的な言葉からは 『パンケーキ食いたいからそれ持って消えろ』 という主張がひしひしと伝わってくる。

店員たちは、自分達の前に投げ出された札束を手にし終始混乱の表情を浮かべながらその場から離れていった。

谷生がバケツの蓋を開ける。

桃子がテーブルに身を乗り出して覗き込むと、中は確かにメープルシロップで満ちていた。

どことなく海を彷彿とさせるシロップの泉を前に、驚きの表情を禁じえない。

一般社会に生きる良識的な、ごく平凡な人間にとって、『バケツ一杯分のメープルシロップ』なんて字面だけ見て (なんか凄そう) くらいにしか思えないブツである。

それが今、確かに実体を伴って二人の眼前に降臨していた。

「おかしいよこんなの!」


叫ばずにはいられなかった。


「こんな……こんなの、どうやって食べればいいのよ!?」


「シロップに浸して食べればいいだろう」


「ひたっ…!」


この男。「かける」でも「垂らす」でもなく『浸す』と言った。それも、さも当然のように。

その言葉を前に桃子は言うべきことを見失い、目の前が揺れるような衝撃を味わった。

彼と会ってから眩暈を覚えた回数も、そろそろ片手だけでは数えきれなくなりそうである…。

「まあ聞け。僕がこのメニューにこだわったワケを教えてやる」


「…………」


「まず、シロップを付けたパンケーキは美味い。脳を働かせた後の糖分補給にも向いた、素晴らしい食べ物の一つと言っていい」


「…はぁ」


「何の変哲もないパンケーキに何の変哲もないメープルシロップ…。その組み合わせが、たちまちの内に僕に宇宙を感じさせてくれるんだよ」


「…………」


言わんとすることは分かる。『宇宙』という表現に驚きかけたが、理解る。

桃子も、パンケーキによく似たお菓子を抓んできた者である。その理屈も含め、谷生の表現したいところの感情は大掴みながら理解できていた。

パンケーキ……またホットケーキに類する物は、どれだけ上手く、美味しくできても、それ自体は簡素であることを決して否めないものだ。

ところが、シロップなりジャムなりで味付けをする。たったそれだけの所作により、彼らは味も食感も目覚ましい変化を見せ、時には予想を超える味わいを感じさせてくれるのだ。

「〇〇の宝石箱」とは使い古された文句であるが、付け合わせによってまさしく「宝石箱」を開けるような娯楽を提供してくれる、そんなお菓子なのである。

谷生が口にした『宇宙』とは、こうした事に由来するのだろうと桃子は推測する。

そして、その推測は正鵠を射ているのであった。

「…続けるぞ」


「あ、うん」


考え事をしている間、待ってくれていたらしい。

変な所で優しいというか、或いは自説を入念に語りたいためなのだろうが、とにかく考えが読めない男である。


「で、ごく単純に考えると『パンケーキは付けるシロップを増やすほど美味くなる』という結論にたどり着『分かったよ、谷生さん』


「つまり、これ以上ないくらいシロップを付ければパンケーキはすごく美味しくなるってことでしょ?」


「そういうことだ」


「はぁ…」


まったく。本当に本当に読めない男である。

2人ともいいキャラしてるなぁww

「でもそれさぁ…」


過ぎたるは及ばざるが如し、というがそれだけのシロップで「浸け」たらどんなに美味いパンケーキも不味くなってしまうのではなかろうか。

むしろ、シロップでぐずぐずになってパンケーキとしての体を為す事すらできないのでは? 

まさに食べ物で遊んでいるようなものである。冒涜とすら思える行いだ。


「君の疑問はもっともだ。僕も初めてこれをやった時は半信半疑だった…」


「だが、一口味わってそんなのはすぐにぶっ飛んだ。何もかもを超越する爆発力がそこにはある」


「まさにビックバンだ」


「僕は宇宙のはじまりを見た」


「…………っ」

「御託はもういいだろう」


そう言って谷生はフォークとナイフに手を付けた。実食の時間である。

谷生は持ち前の幽鬼のごとき表情を崩さないが、よほど楽しみなのだろう。パンケーキを切り分ける手の動きが妙に軽快である。


「いただきます」


谷生は、切り分けたパンケーキの一部を、ごく普通に少量のシロップを付けて食べた。美味しそうだった。

第三者から見れば 「なんだ。あれだけ言ったのに普通に食べるのかよ」 とでも言いそうな場面だろう。

だが、これが彼にとって「ウォーミングアップ」と同等の意味を持つことを、桃子は本能で悟っていた。

「ん」


嚥下の音と共に、谷生は目線で桃子への実食を促す。

普通に、当たり前のようにパンケーキを食べてこの場を凌ぐことはできるだろうか。いや、不可能であろう。

恐らく一口目を食べた時点で「詰み」だ。魔境へ一度足を踏み出せば、その深奥を垣間見るまで、帰ってくることは無理なのだ。

逃げるという選択肢もない。これまで幾度もあったチャンスを不意にしたことで、自分が底なし沼に囚われていたことに今になって気が付いた。

であれば。


「谷生、さん。…食べる前に、一つ聞きたいんだけど」


「なんだ?」


根本的な解決にはなるはずもないが。


「えぇと、さっき、頭を動かした後のなんとかかんとかって…」


「糖分補給だ」


「そう…! それなんだ、けど……」


時間を稼ぐしかない。



「将棋は深い。『頭使う』どころか、持ち合わせている知力体力気力を全て、絞って絞って一滴も出ない所まで絞り続けても到底届かない深さだ」


「『深い』なんてものじゃないな…… 将棋には、何もかも一切合財森羅万象全てが詰まっていると言っても過言じゃない。とても、ヒトが作ったとは思えないゲームだ」


「9×9=81マスの盤上に置かれた8種40枚の駒…… たったそれだけの要素が、古今東西編まれてきたどの作品も超えた世界観を現出させる」


「僕を含め、数多くの将棋指しが将棋に出会ってからの人生を全て将棋に費やしてきた。それでもなお、将棋は窮まるどころか深淵さを増していくばかりだ…」


「言葉で語り尽すのは、多分無理だろうな。どれだけの美辞麗句を並べたところで、将棋の本質を言い表すことは限りなく不可能に近い」


「将棋に詳しくなさそうな君にも分かるよう、敢えて一言で表すとすれば、だ」


「『宇宙』」


「あの81マス。将棋の盤上は、それだけで一つの宇宙なんだよ」


「将棋って、そんなに頭使うの?」


桃子が訊いたのはそれだけだった。

将棋。谷生が生業としているそれについて話を振れば、実食への心の準備をする時間くらいは確保できるだろう。そう踏んでの言葉だった。

「スイッチ」を踏めば彼が長話をしてくるのはこれまでの体験から分かっていた。あわよくばそうなって、できるだけ多くの時間を稼げればいいと思った。

その結果が「あれ」で、人生で初めて感じるモノに近い程の熱を。

そう。「熱」を込めて語られた言葉に、桃子は到底逆らうことが出来ず、聞き入らされてしまった。

結果、桃子は 「将棋はとにかく凄いものらしい」 という雑感を得。

「バケツ一杯分のメープルシロップに浸したパンケーキ」に備える時間を失ったのであった。

「まあ、僕は将棋の話をしにここへ来たわけじゃないからな。この話はこれで打ち切りだ」


「……うん」


「というわけでだ、」


「……うん」


「一緒に、食べようじゃないか」


「………………」

この期に及んで 「無理無理! こんなの絶対食べられるわけないじゃん!」 とは口が裂けても言うまい。

残された時間は幾ばくも無いのだ。腹をくくるか、ここまで来てしまった自分の運命と目の前の男を呪うか以外に出来ることはない。

とりあえず、普通にシロップを付けたパンケーキを普通に食べる。美味しい。

今晩の夕飯を食べられるか少し心配になったが、その考えは措いておく。

続いて、バケツに用意されたシロップをフォークで少しだけ掬い、パンケーキにかける。

先ほどより多めのシロップを付けたそれは、やはり美味しかった。

普通に食べて美味しいだけに、分からない。


「…あのさ、谷生さん。食べてる最中に、悪いんだけど…」


「……なんだ?」


「その、もうここまで来たら『バケツ一杯のシロップなんて~』とかは言わないけどさ」


「ああ。僕も言わせるつもりはない」


「その、今更な疑問なんだけど」


「勿体付けずに早く言え。今は食事中だ」


「あっ、その……」


「…どうして、自分独りで食べようとしないわけ?」

「…僕との相席がどうしても嫌だと言『そうじゃなくて!』


今、「バケツ一杯」の危機を切り抜けられる蜘蛛の糸を見出せたような気がしたが、スルーする。


「今更、だけどさ。本当だったら、バケツ一杯なんてお店に無いメニューなわけじゃん」


「それに、誰かと話がしたいんだったら、こんな変なメニュー頼む必要ないし…。食べるだけでも大変そうだし…」


「だから……、その、100万円なんて使ってでも食べたいんなら、始めから独りで食べればよかったんじゃないの?」


「材料とか、シロップとか買ってさ。そしたら、わざわざ用意されるのを待たなくてもよかったんだし」


「…もしかして、パンケーキも焼けないくらい料理がへ『それはない』


「……」


「それはない」


「…………」

「…君との話で、一つ言い忘れていたことがあるが」


谷生は、フォークとナイフを繰る手を止めて答えた。

なんだかんだ、長ったらしい質問にも付き合ってくれる所は、好感が持てなくもない。


「僕はここに『お祝い』的なことをするために来た。わざわざ金と手間をかけて好きなものを食べようとするのは、そっちの方が『お祝い』らしいからだ」


「お祝い?」


「そうだ。僕が焦がれて待ちわびた女が、遂に僕の許へ近づいてきてくれそうなんだ」


「オンナ…」


とは。

こんな男でも、好きな女性はできるものなのか、と桃子は思った。

「それって、谷生さんの恋人?」


「違う。むしろ『敵』だ」


「それ、どこにお祝いする要素があるの? ていうか、危なくない?」


「危ないほど良い。敵が強ければ強いほど、やり合った時の喜びは大きくなる」


と、谷生は少年漫画のキャラクターのようなことを言い出す。

まあ、難しい仕事ほどやりがいが出てくるようなものか、と桃子は強引に納得した。

「君は方は何かないのか?」


「何か、って。お祝いするような何かってこと?」


「なんでもいい。アイドルの仕事が上手くいったとか、学校のテストで良い点を取ったとか」


「なんでそんなこと訊くの?」


「食事をする時は、できるだけ楽しい気分でいるのがいい。そうすれば食べ物は一層美味しくなるし、宇宙のはじまりだって見える」


「…………」

これは、一体どういう風の吹き回しだろうか。

メインディッシュを前に話し始めた自分を恨んでるのだろうか。にしては、ずいぶん穏やかな恨み言である。

ひょっとすると、『宇宙のはじまり』を前に尻込みしている自分を和ませようとしているのだろうか。そう考えるのは、自意識過剰だろうか。

どちらにしても、それを谷生に問うたところで


「どうとってもらっても構わない」


と言われるのが読めている。

となれば、まあ、仕方あるまい。

「今日ね、桃子の誕生日なんだ」


初対面の男にこんなことを言わされるとは何の因果か。

今まで驚き通しで疲れたせいか、ここまで来たら最後まで乗っかってやれ! という自棄にも似た気になっている。


「…何歳になるんだ?」


「12歳」


「12……か。そうか…」


「どうしたの?」


「いや…」


珍しく躊躇ったような様子を見せて、谷生はこう言った。






「僕と別れた『あの子』もそれぐらいの年齢だったかな、と」





その瞬間、彼の瞳が少しだけ色付いた気がした。


「…その子が谷生さんの恋人だっ『女が惚れた腫れたでやかましいのは幾つになっても同じだな』


「……っ」


「食事が終わったら話してやる」


「…………」


「君も食べろ」


「………………」



もう、観念せざるをえまい。

流石に、これ以上引き延ばすのは無理なようであった。

「はぁ~~~……」


自分でも、びっくりするくらい大きなため息が出た。

ポチャッ、という音と共に、谷生がパンケーキをバケツの中のシロップに浸けたのを知る。

一枚丸ごとシロップに浸されたそれは、意外にも形を崩すことなく楓色に染まっていた。


「君はまだ小さいし、一口目は僕の半分くらいでいいんじゃないか?」


谷生の言葉を無視し、桃子も負けじとパンケーキを一枚丸々メープルシロップに沈める。

そして、対面の谷生へと見せつけるようにフォークに刺したパンケーキを突き出した。

「これで…」


パンケーキから垂れるシロップを気にしつつも、宣言する。


「これでまずかったら、タダじゃ済まさないんだからね!!!」


その啖呵を前に、谷生は


「…ハハッ」


初めて、笑顔を見せた。

「食べる前に、もう一つだけ言っておく」


「…何よ?」


いい加減、フォークを持つ手が限界である。

シロップをたっぷり吸ったためだろう。予想外に重く、辛い。


「これから僕が言う事に、君は何の反応もしなくていい」


「ただ、僕の言葉を聞きながら自分の分のパンケーキを食べるといい」


「…だから何よ?」


谷生は、初めて会った時と変わらない、全ての「波」を感じさせない表情のままこう言った。






「誕生日おめでとう」




びっくりした。

驚いた。

言うのは別にかまわないが、何故、こんなタイミングで。

「それならさっき言えよ」という感じだ。テンポが二拍ほど遅れている。

まったく。もう、何と言えばいいのか、いや言うべきではないのか。

とにかく、谷生の『予告ストレート』にきりきり舞いさせられるのが嫌だったので。

驚きを無理やり飲み下し、目の前のパンケーキにかじりついた。

そして……。
























桃子は宇宙のはじまりを見た。

「ごちそうさま!」


「お気に召してくれたかな」


「うん! なんて言うか……す~っごく美味しかった! 本当だよ?」


「そうか。それは良かったな」


「うんっ! 今日は本当にありがとう、谷生さん!」


「礼はいい。誘ったのは僕の方だ」


「もうっ! 桃子がお礼を言ってるんだから、谷生さんは素直に聞いてればいいの!」


「………………」

「谷生さん、今日はこれからどうするの?」


「将棋の研究。その内、『スカウト』のために棋士と一局指す予定がある」


「その人強いの? いちいち研究しなきゃいけないくらい?」


「強いよ。強さで言うなら僕の方が上だろうが、ある程度から先は絶対的な『差』が見えなくなるのが将棋だ」


「だから、負けないために僕たちは全力を尽くす」


「勝つために、な」


「ふーん…」

将棋なら宮尾美也が趣味だったな~CDだと囲碁の方で老人ファン持ってたけど

「ところでさ、谷生さん。パンケーキを食べる前に言ってた『あの子』ってどんな子だったの?」


「僕が将棋を教えてた子だよ。『千鳥チコ』って名前の、元気な奴だったな」


「ちどりちこ……ってどう書くの?」


「カタカナでもひらがなでも、検索かければ出てくるさ。当時は結構な有名人だった」


「今の桃子と、どっちの方が有名だと思う?」


「そこらのアイドルとは比較にならないレベルだよ」


「……あっそう」


一笑に付された気がして、少しだけ苛ついた。

そんな子と何故別れたのかは気になったが、「どうして」とは訊かなかった。

「君は好きな人はいるか?」


「なっ、んでそんな…!」 


「その子とは『それ』関係で縁を切ったから、思い出した。勝負事でそういう感情は邪魔にしかならない」


「……いないよ。いない、けど…」


「けど、なんだ?」


「…けど、恋愛じゃなくても、『好きな人のために頑張る』っていうのも、前に進む力になるんじゃないの?」


「そういうオメデタイ事は空想上の話だ。『それ』でガンバってる奴は、途中まで上手くいっても大抵最後で息切れする」


「……そんなの、」


「そんなの、分かんないじゃん」

「好きな人のために頑張るのに、悪いことなんてないよ」


でなければ、桃子がアイドルをやっている理由の『核』は欠けてしまうだろう。

例え自分より明らかに長く、また勝負の世界に生きてきた谷生の言う事でも、それを肯定するわけにはいかなかった。


「君がそう思うのならそれでいい。将棋と違って、アイドルの道なら弱さが役に立つかもしれないしな」


「弱さ、って…」


その言に反論したくなったが、ぐっと堪える。

こうした議論は平行線を辿るのが目に見えてるし、弱さ、脆さ、儚さの類が、却ってその人の魅力に繋がりもすることを桃子は知っているからであった。

「…そういうこと言って、最後の最後に『それ』で頑張ってる人に負けても知らないんだからね」


せめてもの捨て台詞。

言ってる自分でも陳腐なのが分かり切った言葉に対し、言われた当人は


「そうなったら、僕はとても苛立つだろうな」


「だが、それはそれで面白そうだ」


と。

既に桃子の耳に馴染んだ、平坦な口調で返した。

「僕はあの道を右に折れていくが、君はどうだ?」


時刻や建物の位置の関係で、谷生の指した道は薄暗く見えた。


「じゃあ、そろそろお別れだね。桃子の事務所、この道を真っ直ぐ行った先にあるの」


桃子の指した方は、日没が近いにも関わらず、人も車も往来が激しく活気づいた様子である。

それを聞き、谷生は 「そうか」 と呟いてから


「僕にまだ訊きたいことはあるか?」


と言った。

「じゃ、最後に一つだけ」


そう前置きしてから、この男と出会ってからはこんなやり取りばかりだったことに気付く。

桃子の谷生に対する好奇心は、終始尽きることが無かったようだ。

では、何を訊こうか。

谷生が意外にも正直に質問に答えてくれることはここまでのやり取りで分かったし、どの程度かは知らないが、自分の知らない世界を熟知していると思われる男だ。

一般人が往々にしてそうであるように、「裏の世界」は桃子にとっても気になったし、訊けば谷生は答えてくれるだろう。

また、『神に近い男』と似ていると、自分で言い切る人となりも気になる。さっき聞いた「ちどりちこ」の存在も探究心に拍車をかけた。

或いは、将棋の事を再び訊ねるのもよかろう。もしかすると、アイドルとして働く上での心構えに通ずる「何か」を得られるかもしれない。

そうして、短時間ながら悩み検討を重ねた結果、

桃子は、自分の身に一番近い関心事を訊いた。



「桃子が今から将棋を始めて、強くなれると思う?」


「強くなるだけなら、誰だって何時からでも可能だが。君はどこまで強くなりたい?」


「谷生さん(アナタ)と同じか、それよりもっと」

別に、将棋を本気で指そうと思っているわけではない。

ただ、終始彼に翻弄され続けたのがやはり気に食わなかったのと、先ほどの話題で腹が立っていたのが原因である。

彼と同じ土俵に立った上で話ができるならそれが良かったし、その上で打ち負かすことができそうならなお良かった。

とにかく、今まで言われたあれこれのせいで溜まった鬱憤を晴らしてやりたい気持ちが自分の片隅でくすぶっている。

それを晴らす手段が、燃やし尽くす見込みはがあるのかどうか、気になったのだ。

物心ついた頃から大人達に負けまい、舐められまいと背筋を張って生きてきた彼女である。

周防桃子は、負けず嫌いであった。

「僕と同等以上、か…」


そう呟いた谷生は、桃子の方へ向き直り彼女の瞳をじっと見つめてきた。

からみつくような目線に嫌悪感も覚えたが、これが最後だと思い懸命に耐え抜く。

そのまま蛭に体を這われるような名状し難い感覚に襲われたかと思うと、ふっと体が楽になった気がした。

そして谷生は、こう言った。


「わからない」


と。

「なにそれ…」


「勘違いするな。曲がりなりにも、僕とマジメに話をしても態度を変えない君は、『鬼』の素質があると見てもいいのだと思う」


「それって褒めてるの?」


「一応な」


桃子からすれば「変なおじさん」について行き、適当に話しつつパンケーキを食べただけの話だったが、彼からすると真面目に話に付き合ってくれる人は貴重らしかった。

というか、それだけで素質の有無が多少なりとも分かるのだろうか。まあ、会ったばかりの人間が言う事なんてアテにできない事ではあるが。

もしかすると、彼は周囲にいる者を無作為に選別する、不思議な電波を放ち続けているのかもしれない。

そんなことを、桃子は冗談まじりに思った。

「ただ『鬼』と言ってもピンからキリだし、まして君は『棋士』の漢字も分からなかった初心者だ」


「要するに、今の段階では未知数に過ぎるというわけだ」


なるほど。もっとも過ぎる指摘に、安直な疑問を口走った自分を恥じたくなる。

『鬼』が何を指すかは分からないが、多分、将棋の強い人を指すのだろうと仮定して思考を進める。

谷生の話をまとめると、結論としては 「素質はありそうだがどこまで行けるかは不明」 といったところか。物足りなさを感じる回答ではあるが、二人の共有した時間の少なさを鑑みれば仕方の無いことだろう。

と、桃子が思考をまとめたところで、谷生はこう締めくくる。


「それか、単に君が途轍もなくニブいだけなんだろうな」


……その一言は余計よ。桃子はそう思ったが、口には出さなかった。

「じゃあ……正直想像したくないけど、また会った時はよろしくね」


「会えればいいけどな。その時は『鬼』の将棋を伝授してやろう」


「えぇ…」


「素質があると言っただろう。見極めも兼ねて『さわり』だけでも教えてやりたいところだが、残念な事に時間がないからな」


「いや、別に桃子は『軽口で済ませられない軽口があると言っただろう』


「……はぁ」


谷生と会って、ここまで約1時間が経過している。

たったそれだけの間に、何度同じ気持ちを味わったのか。桃子は想像するのも嫌になった。

「じゃあな。せいぜいアイドルとして『カワイイの一番星』でも目指すといい」


「なにその表現…」


脱力している内に、谷生は桃子に背を向け、道を折れた先へ進んでいく。

彼が振り返ることは無いだろう。そう直感しつつ、桃子は遠ざかる背中に


「谷生さん、ばいばーい!!」


と。彼に聞こえるよう、少々大き過ぎるとも思える声をぶつけた。

彼が反応を返すことは無く、それを見て、桃子も自分が往くつもりだった道へ歩み始めた。






それから桃子が彼に会う事は、二度となかった。




桃子が彼の姿を見たのは、初雪が降った次の日の朝だった。

見た、と言っても実際に会ったわけではない。

その日は全ての映像メディアをジャックして行われた「将棋トーナメント」の全世界同時中継が為された日だった。

谷生はトリで、夜通し続けられたトーナメントの勝者を待ち受けているらしかった。

らしかった。というのは、桃子が中継の途中で寝入ってしまったためだ。

トーナメントを最初は見ていたので、概要は知っている。参加者全員が尋常ならざる雰囲気で対局に臨もうとしているのも分かっていた。

が、寝てしまった。

子供というのを差し引いても、将棋素人の彼女に最初から最後まで見届けろというのは酷な話だろう。

故に、桃子が最初から最後まで見ることのできた対局は谷生の登場する最終戦だけであった。



『負けました』





彼が最後にそう言ったのが聞こえた。

そして、膝に抱いた女性と、対局した相手と共に、彼がビルの崩落に巻き込まれるのを見た。

とてもじゃないが、桃子は自分の見た光景が現実の物とは思えなかった。

春。桃子は書店で詰め将棋の本を探していた。

別に本気で将棋を指そうというのではない。ただ、例の事件以降に燃え上がった将棋ブームに乗っかってみようと思っただけである。

あれ以降、暇となればトランプ感覚で将棋が指されるようになってしまった。

事務所においてもそれは同じで、普段はぽやっとしている暢気な子が、連戦連勝、得意げになっているのが桃子には面白くなかった。

アイドルになった頃から周囲の仲間に負けまい、並ばれまいと背筋を張って生きてきた彼女である。

周防桃子は負けず嫌いであった。

「詰め将棋なら浦野先生の本がオススメだよ」


後ろから声をかけられたので振り向いてみると、涼しげな顔をした男が桃子の方を見ていた。

青年、と言うには風格があり、中年、と言うには若々しい顔だ。


「桃子に言ってるの?」


「桃子に言ってる」


「おじさん、将棋詳しいの?」


「詳しいよ」


男は「おじさん」の呼び方に眉をひそめることもなく、涼しげな表情を保ったままそう答えた。

「おじさんどのくらい強いの? 何段?」


「……8段か9段ぐらいかな。強い方だと、自負している」


「それって、プロ棋士とどっちが強いの?」


「さあね。ある程度から先は絶対的な『差』が見えなくなるのが将棋だから」


「『プロ』と言ってもピンからキリだし、ましてこの場で口にしたところで意味のないことだからね」


「……そう」

「ねえおじさん」


「なんだい?」


「おじさん、『谷生(たにお)』って人知ってる?」


「知ってるよ」


「実際に会ったことある?」


「昔からの顔なじみさ」


「……そう」

「君も 彼を知ってる?」


「うん。一緒にパンケーキ食べたことあるよ」


「変な奴だっただろう」


「うん。今まで桃子が会った中で、とびっきりで変な人だったよ」


「どんな話をしたか覚えてるかい?」


「えぇと……大体は覚えてるけど、今すぐ思いだせっていうのは、ちょっと無理かも」


「そうか。無理言ってごめんね」


「別にいいよ」


「…そうか」

「で、君はどのくらい強いんだ? 何級くらい?」


「分かんない。桃子、駒の動かし方くらいしか知らない」


「じゃあ、一番軽めのこっちの本がいいかな。ページも少ないし、読みやすいから初心者にはもってこいだ」


「ありがと。……おじさんは、何の本を買いに来たの?」


「結婚式について情報を仕入れたくて。おじさん、今度結婚するんだ」


「へぇ…。……子供ができたら、大事にしてあげないと駄目だよ」


「言われなくても。もし産まれたら、今一番大事にしている女性(ヒト)よりもずっとずっと大事にするつもりだよ」


「…そう! それならいいや!」

「じゃあ、桃子もう行くね。おじさん、助けてくれてありがとっ♪」


「いやいや。礼なら将棋で返してくれればいいさ」


「…なにソレ。意味わかんないんだけど」


「君が将棋を続けて、強くなったらその時勝負してくれればいい」


「今度は何? ていうか、桃子が将棋続ける前て『続けるよ』


「君は将棋を続けるよ。幸い、今は未曽有の将棋ブームが起きてくれていることだしね」


「……はぁ…」

「…じゃあおじさんの言う通り勝負するとして、いつやるの?」


「君が二十歳になったらかな。多分、あと七、八年後くらいか」


「その時、どうやって連絡とるのさ」


「その時はきっと、君の方から僕の事を知ってくれるだろう。こう見えても、僕は有名人なんだよ」


「ううん。多分、おじさんの方から桃子の事を知ると思うよ。こう見えても、桃子は有名人なんだから」


「そうか」


「そうだよ」


「好都合だな」


「……そうだね」



「君が負けたら『彼とした話の内容』を覚えてる限り洗いざらい話してもらう」


男からの一方的な宣言。

その傍若無人さは、数か月前に会った男を彷彿とさせた。


「僕が負けたらその時は…」






「『木星の味』を教えてやろう」





これが桃子と彼らの出会いであった。

一人は真剣師。法の陰で相手と命を賭けて将棋を指す人間である。

一人は棋士。灯りの下で相手と人生を懸けて将棋を指す人間である。

幸か不幸か、桃子が会った二人は、それらの中でも「とびっきり」「極上」の将棋指しであった。

このまま彼女が将棋の道を究めていけば、彼らがどういう指し手だったのかを自ずと知っていく事になるだろう。

が、それは今はどうでもいい話だ。

差し当たっては桃子が将棋を続けていくかどうかが主題となるが、それはここで語るべき話ではない。

『カワイイの一番星』になるのか『木星の味』を知るのかはたまたそのどちらも為すのか。本人以外は与り知らないところである。

この時点で語れる確かなものがあるとすれば、ただ一つ。




将棋を指してみよう。



桃子の胸に芽生えたその意志だけが、確かに語れるものであった。


以上、乱文乱筆失礼しました。このssはこれで終局でございます。

将棋の話なのに美也じゃなく桃子が主人公なのは、大体パンケーキのせいだったりします。

見直してみると誤字脱字がちらほら見えますが、それについては脳内補完をよろしくお願いします。

ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!

桃子先輩、誕生日おめでとう(三日遅刻)!

おつー
将棋のほうの元ネタ知らんけど面白かった

おつ

ハチワンダイバー、最後の方読んでないから読んでこよっ

乙!
ハチワンみて雁木を指し始めたのは俺だけじゃないはず
スカウトってことは将聖との対局前か

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