二章が出来たので投下させて頂きます。
第1章↓
仕事を辞めた俺は超自然現象対策室に再就職した。 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1412704595/)
詳しいストーリーは一章を読んでいただければご理解頂けると思います。
初心者な為、ご不便等どうかご容赦頂けると幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413129484
待ってた。頑張って
始める前に
*今回は咲夜姉妹、妹の咲夜桜子視点の話となっております。
ご了承下さい。
ーー7月。夏は益々その盛りへとむかう。
昼間こそ灼熱のような陽光が降り注ぎ、コンクリートを熱し、陽炎を生む。
だけど早朝ではそれとはまた異なり、暑さも幾分かマシで、微風も吹いて清々しい。
ハッ、ハッ、と呼吸を意識的に整える。
私はいつもの日課であるランニングをしていた。体を動かす事が好きで、試しに始めたら思いの外気持ちよくて、習慣になっていた。
携帯の音楽プレーヤーで好きな音楽をかけ、自分のペースで黙々とただ走る。
段々と気分が晴れて、自由になれるような気さえする。
そうしていつものコースを巡って、家に帰って来た。
ーー無駄に大きい洋館。
お姉と私は数年前にここに移り住んで来た。
最初は映画に出てくるような、欧州など外国にあるお城のような外見に少し興奮したけど、私達が住むには広すぎて手入れも大変だ。
前の住人がどんな人だったかは知らないし、想像もできない。
ただ空家になっていたこの場所を本部が押さえ、支部にしたと聞いた。
そうして私達はこの地域の現象対策を一任されて、移住し今に至る。
「ーー桜子、お疲れさん。ほらよ」
一度屈伸して、家に入ろうとした時、玄関に立つ男からタオルが放られて来た。
「ーーありがと」
神山龍一。
それがこの男の名前。
お姉の助手兼、使用人として最近ここへ来た。
お姉から聞いた話では、最初ここを廃墟と勘違いして浸入したらしい。
「それただの不法浸入じゃん。何で通報しなかったの?」
とお姉に抗議したけど、お姉は依頼者だと思ったようだ。
それから龍一は妖怪、化狸による現象の被害を受け、お姉の懇願により解決の為の協力者となる。
その後色々あって大変だったけれど、現象は解決した。
(まあ、私としては封印してないから解決とは言えないし、それが不満でもある)
「ーータオルありがと。それじゃ洗濯よろしく」
「おい… それくらい自分で洗濯機に入れーー」
何か後ろでガミガミ言っているけれど、わざと聞いていないフリをしてさっさと浴室へ向かい、シャワーを浴びることにする。
運動着、下着を脱いで洗濯機へ入れ、そのまま風呂場へ。
本当はさっきみたいな事なんてする必要はなかった。
分かってる。
だけどイジワルしてあげた。だいたいあの男は優し過ぎる、いや、お人好しと言った方がいいかもしれない。
キュッ、と蛇口をひねり、温度を調整して頭からシャワーを浴びる。
運動後の火照った体をやや冷たいシャワーで流す。
汗も疲労も、そして心でさえも洗い流される気がした。
ーー私は現象を憎む。だから現象を許さないし、それらはどんなものであろうと封印されなければいけないんだ。
改めてその誓いを何度も言い聞かせた。気持ちが揺るがない様に、ブレない様に。
超自然現象、通称現象は人々に災いをもたらす。
だから私達は絶対にそれを封じなければならない。
ーーあんな悲劇を繰り返さないために。
幸か不幸かは分からないけれど、私達にはそれを封じる力があった。
狗神憑き。
お姉と私はそう呼ばれる呪われた家系に生まれた。
そして霊的な、超自然的な力を発現し身につけた。
この力のおかげで、私達は現象に対抗し封印することができる。
だけど、この力のおかげであの悲劇もーー
ーー私は自由になりたい。普通の人間になりたい。こんな力、いらない。
「ーーもうやめよ。馬鹿みたい」
そう呟いてはぐらかさないと、気持ちはどんどん負の面へ落ちてしまう。
シャワーを一度止めて、頭と体を洗う事にする。
ーー私は現象を憎む。
だからあの男の行動は理解できない。
ふと龍一の顔が脳裏に浮かぶ。
(あのお人好し。主婦男)
龍一は現象の一種であるあの女を、化狸を庇ったのだ。
後から化狸の事をお姉から聞いたけれど、それが真実かどうかなんてわからないし、騙してる可能性だってある。信じられない。
その上彼はお姉の押しに負けて助手を引き受けた。
確かに助かるけど、だけど。
(あのお人好し、場面流され男…)
今朝だって、いつもならまだここに来る時間じゃないのに、私が朝走ってると分かったらわざわざ早めに来てーー
「ーーもう! バーーーカ!」
なんだかむしゃくしゃする。
小さく叫んで、最後にもう一度体を流し、風呂場を出る。
「ーーあっ」
「ーーあんた…」
唖然、呆然。
「…す、すまんっ!!」
「ーー馬鹿! 変態!」
せっかく心を切り替えたのに。
「何でここにいるのよ!」
「洗濯機回そうと思ったんだよ!」
風呂場を出た瞬間、目の前にいたのは龍一。
信じられない! 人がシャワー浴びてる時に浴室に来るなんて…!
「ーー見ないで! さっさと出てって!」
「あ…すまんっ…!」
起動している洗濯機。
その規則的な音。
「あり得ない…ほんっとに、最悪!」
バタリ、とドアを閉め退室した龍一。
体を拭くことも忘れ呆然と立ち尽くす私。
怒りからの叫びは洗濯機の音にかき回され、消されて行った。
「ーーおはよ、お姉」
「ーー桜子、おはよう」
長い、長いテーブルと、そこに並べられる幾つもの椅子。
髪を乾かし、制服に着替え、学校に行く支度を整えてから食堂に入った。
既にお姉は席に着き朝食を摂っている。
「ーー今日は私が作ったの。どうかな? 作ったと言っても簡単なものだけど…」
お姉の向かい側の席に置かれた朝食。
焼魚と卵焼きなど、和食中心のメニューが並べられていた。鼻腔をくすぐり食欲を刺激する匂いが漂っている。
「冷めない内に食べちゃってね?」
「美味しそう。ありがとお姉…あの、あの男は?」
「そんな言葉使いだめ。龍一さんでしょ?」
「ごめんなさい…」
「龍一さんは部屋のお掃除をして下さっているけど…どうかしたの?」
私の異変が悟られてしまったか、お姉が不安そうな面持ちで窺ってくる。
駄目だ。お姉を困らせちゃ。
「いや、何でもないの。頂きます」
「はい。召し上がれ」
これ以上異変を悟られぬように、私は機嫌が優れず不満や怒りが顔に出るのを何とか抑え、そうして何も言わずひたすら朝食を片付けていく。
「ーーご馳走様」
「はい。食器は私が片付けるよ。 行ってらっしゃい」
「うん。ありがと…行ってきます」
できるだけ早く朝食を詰め込んで、そうして食堂を出た。
歯を磨いてから家を出て、自転車に乗り、学校へ向かう。
ここから隣町の高校までは結構時間がかかるけれど、自然の景色を眺めながら自転車を漕ぐのが好きだった。だから私は電車を使わず自転車で登校している。
ペダルに足を掛け、今漕ぎ出そうとした時。
「ーー桜子、弁当忘れてるぞ!」
後ろからあの男の声が。
振り返れば、玄関の前に立つ龍一。
「ーーおい…いや、さっきは悪かった。ごめんな…」
ため息がこぼれた。
あんたはほんと…
だけど。
「ーーあんたが作ったのなんかいらない」
「ーー今日はお前の好物その2、を作った。だから、本当に悪かったよ、許してくれ」
私の好きなものまで把握してるし。
食べたいよ。嬉しいけど…
「今日は購買で買うからいい。じゃあねーー変態」
「ーーお、おい! 待てーー」
何だろう。
ーー私って、本当に馬鹿みたい。
時間は流れる。
気付けばもう午前中の授業は終わり、昼休みになった。
「ーーねえ桜子? 夏休みどっか行かない?」
「そうそう! 海とか行こうよ桜子!」
昼休みはこうしていつも、友人であるアミとリョウコと共に昼食を摂る。
夏休みが間近に迫った昨今、学校中がその話題で持ち切りとなり、解放的になる。
そうして生徒達は浮かれ気分で、友人二人も同様だ。
「私はバイトあるし、バイトない日だったら行きたいけど…」
「桜子はバイト熱心だね…少しくらいサボっちゃいなよー!」
「そうだよ。仕事人間だからね桜子は」
「さすがにそれは駄目よ…まあ、私も息抜きしたいし考えとくね」
友人達には対策室の仕事はバイトという事にしてはぐらかしている。
だいたい言っても普通の人間ならまず信じられないし、あまり口外していいものでもないし。
「ーーそういえば桜子、今日は弁当じゃないね?」
一人物思いに耽っていると、リョウコが私が持つ調理パンの存在に気づく。
(はあ…また思い出しちゃったじゃない。リョウコったら)
彼女は何も悪くないけれど…
「あ、今日はちょっと寝坊しちゃってさ」
精一杯の笑顔で、精一杯の誤魔化しを。
「そうなんだ…」
「あ、桜子ってさ、前までは購買だったけど、最近はずっと弁当になったよね? まあ今日は購買だけど…
もしかして…好きな人とかできた!?」
「ーーえっ!? 何でよ! ないない!」
今度はアミが。
好きな人なんているわけないじゃん。
本当に女は恐ろしい。私も女だけど。
「だって…好きな人にお披露目する為に料理の練習でもしてるのかなーと思ってさ。
弁当やけに豪華で気合い入ってたし」
「違うわよ…ただ単に私も料理しないとなーって」
精一杯の笑顔で…精一杯の誤魔化しを…
またあの男を思い出しちゃったじゃない…もう最悪…
料理はできないわけじゃない。あいつが来る前は、お姉と交代制でやっていた。
弁当は…あいつが来てから、
「育ち盛りなんだからちゃんとした物食わないといい女になれねぇぞ?」
とか気持ち悪い事言って一方的に寄越してきているだけ。
それに流される形の私…
私も人の事言えないな…
場面流され女…
ある事ない事で姦しい二人を軽くあしらう。
ーー好きな購買のパンが、今日は何故か美味しいと感じられない。
「ーーでさ、知ってる? 桜子?」
「ーーえ? ごめんなさい… 聞いてなかった」
「桜子何か今日変だよ? 大丈夫?」
「ごめん大丈夫…何の話?」
今日はもう気分が優れる気がしない。ボーッとしていて友人の話が耳に入って来なかった。
「ーーほら、最近噂になってるじゃん」
「噂…? 何の?」
「もうー桜子どんかんー」
噂…何だろう? 人の興味を引くようなスクープ話なんて聞いたことないし、私はそういう話に疎い。
「もう。知らないの?
ーー呪いのDVDの噂」
ーー
良くある話。
心霊スポットと呼ばれる廃病院があった。
そこにとあるテレビ局のスタッフと芸能人が浸入したらしい。
カメラが回され、芸能人はわざとらしく怖がり恐怖を誇張する。
一同は病院内をくまなく探索し、ある事ない事を騒ぎ立てここぞとばかり恐怖感を煽る。
そうして順調に「おいしい」シーンの数々がカメラに納められた。
そして一同は1番危ないと謳った場所を勝手に決めつけ、そこをクライマックスの場面とする。
カメラには霊安室と決めつけられた部屋が映る。
ヤバい、ヤバいとわざとらしく震える芸能人。
ーーしかし、一同が仕立て上げたクライマックスは、真実となった。
良くある話。
その部屋で、「本物」が映ってしまった。
「ーーそれで、それはお蔵入りになっちゃったんだけど、それを納めたDVDがどういう訳か出回ったらしくて…」
「らしいよー。それでDVDが自分のところに回ってきたら、それを絶対観なくちゃいけないんだって。じゃないと呪われるらしいよ。でも、ただ単に観ればいいわけじゃなくてーー」
夏だと言うのに、周囲の気温がサーッ、と下がった気がする。
今度こそ聞き逃さないように耳を立てた。
だけど、まあ…季節柄よくある話って感じで、集中して聞く必要もなかったみたい。
「そうなんだ…まあ、夏だものね…」
「あー! 桜子、その顔信じてないね! ここからが重要なんだよ?」
まあ、重要なら一応聞いておこう、一応ね。
「DVDが回ってきたら必ず観なくちゃいけない…
そしてDVDを観てると、その部屋のシーンが映るわけ。
そしたら急にテレビの調子が悪くなるらしいの。いきなり電源が落ちちゃったりね…」
「…うん。それで?」
「それでテレビが再び点くと、そこにはどアップで血だらけ、軍隊の格好をした男の顔が…!」
「ーーうん。怖いなー怖いなー」
「反応薄っ…! まあいいわ。
そしたら幽霊が言うんだって。
ーーお前が盗ったのか?
って」
「ーー盗る…?そしたら?」
「そしたら絶対に、絶対に、
ーーあなたのことは忘れません。勿忘草はいずこへ。
って言わなくちゃいけないんだってさ。そうすれば見逃してもらえるらしいよ。
そしたら後はそのDVDを違う人に渡さないとやっぱり呪われちゃうんだってー」
「その言葉、長すぎて忘れそう」
勿忘草だけに。
…ごめんなさい。
「まあ…よくある噂ね。さあ、授業始まるわよ?」
「あー…ひょっとすると桜子、怖いんでしょ?」
「そんなわけないでしょ…」
「この学校の生徒にも回って来たらしいよ…!怖いよねー」
どこにでもある噂話。
くだらない話だけど、友人が面白そうに話してくれたおかげで少しは気分が良くなったかもしれない。
それからチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
噂話は余韻を残し、何故か私の頭から離れなかったーー
「ーーよう桜子! 帰るのか!?」
最悪だ。
今日に限って何でこんなに龍一の顔を見なければならないのだろう。
学校は終わり、私は下校した。
放課後友人と少しの間まとまりもないくだらない話をして、別れ、こうして帰宅の途に就いていたのだけれど。
「ーーその後ろの女、何?」
まだ彼と話すのは気まずい。
彼も私の姿を見ようとしてワザとああしたわけではないと思うけど…
私も、彼がせっかく早く来て作ってくれた弁当を受け取らず突っぱねてしまった。
だから謝ろうと決心した。だけど。
原付に乗る龍一と…
「ーーあら? いつかのお嬢さん。ご機嫌よう久しぶりね」
「化狸、あなた何してるの…」
「狸じゃないわ。ヒト科狸系女子よ」
「意味がわからないわ」
あの時封印できず、結果お姉も人に危害を加えないなら…と見逃した化狸。
彼女が現代人の格好…しかも明らかに露出多めの服装で、龍一の原付の後方、荷台に座っている。
龍一の腹部付近にしっかりと腕を回して、まるで抱きつく形だ。
「ーー私、ヤエって言うの。よろしくお願いね」
「あのね…龍一!」
「ーー何だ!?」
「原付は、二人乗りは違反よ!
ーーそして何で、この妖怪といるのよ!」
「ヤエよ」
「ーー今すぐ消してあげるわ!」
「おいっ…! 止めろ桜子!」
龍一が止めなかったら、私は呪符で化狸を消していただろう。
「ーーいやな、俺は駄目だって言ったんだけどな。聞かなくて」
「あら龍一様照れなくてもいいのよ? デートしたかったんでしょ?」
「ーーあんた達…!」
「いや、違うぞ桜子! 本当だ! そう、夕飯の買い出しだ!」
どうやら夕飯の買い出しに向かうところをこの女…ヤエに捕まったらしい。
「ーーそれじゃ、気をつけて帰れよ!」
ああだこうだやり取りした後、龍一はそう言ってバイクのエンジンを何度かふかす。
ーーいけない。今謝らないと!
その好機を逃せば、次はない。
そう思った。
「ーー龍一!」
「何だ!?」
エンジン音に負けないよう、声を張り上げる。
だけど。
「ーーあ、あの…!」
一言、ごめんなさいと言えばいい。
そうすればこの気分も晴れる。
だけど、その一言は何故かお腹の方で燻ったまま、出てきてくれない。
「ーー桜子? どうした!?」
「ーーあ…! あのさ…」
言い淀んで、沈黙が置かれる。
バイクの低いエンジン音が虚しく響く。
「ーー桜子、本部から現象の連絡が入ったらしい。雪子が待ってるぞ」
言い淀む私を見かねて、龍一はそう言った。
「ーーうん…分かった」
「ーーそれじゃ、またな」
遠くなる二人の背中…
「ーー馬鹿みたい」
私の弱々しい呟きは、次第に遠くなるバイクのエンジン音と共に彼方に消えていくーー
「ーーおかえりなさい。桜子」
「お姉…ただいま」
学校で少し気分を持ち直したのに、また最悪のどん底に落ちる。
もう隠し通せそうにない。
「ーー桜子? どうしたの? 具合悪いの?」
「ううん… ちょっとお腹が痛いだけ」
私は最低だ。
ごめんなさい。
「本当に…!? 大丈夫? 酷いようなら病院にーー」
「いや…! 大丈夫! ちょっと痛いだけだから…多分もう治るよ…」
「ーーそう… あの、本部から依頼が入ったの…」
「私は大丈夫だよお姉、ごめんね…内容を聞かせて」
「ーーそれ、実は私も聞いたの。今日、友達から。学校に回って来てるらしいって言ってた」
お姉の仕事部屋で、私は本部から入った依頼内容を聞く。
「ーー本当に? それでは、その噂が本当なら早急に調査を始めないといけない…」
お姉の顔が深刻そうな表情になる。
そう、お姉の口から告げられた本部からの依頼は、私が今日友人から聞いたあの噂話そのものだった。
「ーー通称、フォーゲット・ミー・ノット。
つまり勿忘草の怪異。
映像の中に閉じ込められた霊の残留思念が起こしている現象…」
お姉が依頼の補足を読み上げる。
「何で勿忘草なんだろう?」
友人の噂話といい、勿忘草がどう関与しているのだろうか。
「どうやらその映像の現象が、自分の勿忘草をどこにした? 盗ったのか?と、観た者に聞くらしいの」
「それ、私も聞いた。
ーーあなたのことは忘れません。勿忘草はいずこへ」
答えれば見逃してくれるらしい救いの呪文を唱える。
「そう。その映像が密かに世間に広まった結果、それに遭遇した人の間で回避策が生まれ、成功したのがその言葉みたい」
「それで、被害状況は…」
「ーー数名、変死者が出ているようだわ」
そう言うと、お姉の顔は一層険しさを増す。
しん、と静まり返る部屋。
「その映像は人の手を伝い、渡って、その各地で現象を起こしている…
渡った先、各地域の支部が対策、調査に当たっていたけれど、遂にそのDVDを見つけることは叶わなかったみたいなの。
そうして本部が、私達の方まで回って来ているという噂を手に入れて、今日報告して来てくれたの…」
「…という事は、私が聞いた噂が本当なら」
「桜子、調査を始めましょう!」
(この学校の生徒にも回って来たらしいよー)
友人の言葉が蘇る。
あれが真実なら、早くDVDを見つけ出し、私達が封じ込めなければ大変なことになる…!
しかしどこに、誰が持っているかも分からない物をどうやって見つけ出せばーー
「ーーなるほど。呪いのビデオならぬ、呪いのDVDか。
やけに現代風になったな」
あれから夕食を置き、私達は龍一を加えて三人で案を出し合う。
だけど有効策を出せないまま、龍一の提案で一度休憩を入れる事となった。
「ーー龍一さん、すみません。もう終業の時間なのに…」
「いやいや、俺も助手だから二人をサポートしないとな」
いつもなら帰宅する時間だけど、龍一は何も言わず私達の為に残ってくれている。
龍一が入れた紅茶とコーヒーの匂いが部屋を巡って、そうすると張り詰めた空気も幾分か弛緩する。
「それにしても、今の中高生はビデオの存在を知っているのか?
今ビデオなんて売ってるとこ見ない気がするが」
「ビデオなら知ってるわよ普通に。馬鹿にしないで」
「そうか。んじゃ8センチCDは?」
「知ってるわよ。お姉が持ってるから。まあ、周りには知らない人結構いるけど」
「ーーえ? マジで?」
「ーーはい。私が中古のやつを買ったりしていたので持っているんです」
本題の現象から話題は大きく逸れる。
「そうなのか… そういえば、雪子はどんな曲を聞くんだ?」
「外国や日本のロック系が好きです。後はエモとかスクリーモと呼ばれるものだとか…ですかね。でも広く浅く割と色々なものも聞きますよ?」
「スゲー意外… 俺もそこら辺が好きだな」
「本当ですかっ!? 好きなグループとかありますかっ!?」
あのね…
死者まで出てるのに…
確かに息抜きは必要だけど。
二人は熱い音楽談義を咲かせている。
お姉も龍一も、どこか天然というか、自分のペースがある。
お姉はお姉で凄い嬉しそうだし、龍一も真剣な顔で熱く語っている。
はあ…私もそのジャンル好きなんだけどな…
閑話休題。
「ーー何かで聞いた事があるな。
私を忘れないで。真実の愛、友情。
それがこの花の花言葉らしい。
何でも何かの伝説から生まれたとかそうでないとか…」
「騎士が恋人の為、川岸にこの花を摘みに行ったところ、誤って転落し、それで流される間際ーー」
「私を忘れないで。
と言ってその騎士が恋人に勿忘草を投げ渡した事が花言葉になったと言う伝説があるみたいね」
「そうそう。確かそう言う話だった」
休憩の際に、私はスマートフォンからネットに繋いで、何気なく勿忘草について調べていた。
私のスマートフォンを二人は覗き込み、それぞれ何か呟く。
「ーーとにかく、学校の生徒、そいつらの友人に手当たり次第聞くしかないな。俺と雪子が学校に行く訳にはいかないから、俺達は俺達で学校以外、周辺に聞き込みしてみる」
「ーーそうね。明日から早速聞き回ってみるわ」
「それと休んだ奴がいないかも気にかけておいた方がいいな。
もしそれを生徒が持ってて被害にあったら、そいつが持ってるってことだからな。
そしたら学校に行くどころの話じゃない」
「そうですね。桜子、大変だけどお願い…」
そうだ。今回は私が中心になって動かないと。
二人に迷惑かけてるし…私がなんとかしないと!
「勿忘草の花言葉が何らかに関係しているかもしれないけど、まずはDVDを見つけることが先ね。
とりあえず明日から学校で動いてみるわ」
ーーそうして話はとりあえずのところでまとまり、今日のところは解散となる。
「ーーあなたのことは忘れません。勿忘草はいずこへ」
もう一度その言葉を何気なく呟いてみる。
そうして私は眠りに落ちた。
「ーーああ、あの噂ね。いや、俺は3組のあいつから聞いたよ。
それより咲夜さん、今度の休みーー」
もう、うんざり。
昨日とりあえずの方針は決まって、やってやる! となった訳だけど、もう心が折れそう。
休み時間、移動教室の合間、授業中、昼休み。
そして現在は放課後。
一日中、こうして噂のDVDについて聞き回った。
これじゃまるで記者みたい。
しかし、「誰々から聞いた〜」
というパターンが全てで、根元に辿り着けない。
(いたちごっことは正にこの事ね…)
加えて欠席者も、担任からなんとかして聞き出したけど誰もいなかった。なんという健康優良生徒達。
まあ、被害も出てないって事だからいいんだけど…
「ーーそれじゃ、桜子じゃあねー!」
「うん。じゃあね」
友人達も同様で、誰々から聞いたという事らしい。
そうして今日は何も実りを得られず、こうして下校となった。
上級生、下級生、同級生、挙句は教師達にも聞き回った。
残りの候補は…
「ーーオカルト研究会、か…」
ここで駄目だったら、もう今日はお手上げだ。
もしDVDが本当に存在して、現象が解決した暁には絶対本部にケチつけて依頼解決料、給料をプラスで踏んだくってやろう。
「ーーそう…お疲れ様、桜子」
「そうか…ちなみに俺達もからきし駄目だった。すまん…お疲れさん」
結局最後の頼みも空振りとなり、私は虚しく帰宅した。
お姉も龍一も同様らしい。
「他に何か有効な策もあるとは思えないしな…まさかレンタルショップに置いてあるなんてオチがあるわけもないだろうし」
「そうですね…しかしまだ初日ですから、めげずに明日も引き続き調査していきましょう。
桜子、ごめんね…明日もお願い」
確かにこればかりは他に良い策があるとも思えないし…
はぁ、明日からも途方も無いいたちごっこを…
ーーいや、待って。明日って…
「お姉、ごめん…」
「どうしたの?」
「明日は土曜だから学校休みーー」
「ーーうん。駄目だった… 迎え? ありがと」
本日は土曜。学校には部活動の生徒しかいない。
それでも私は部活に励む生徒達をターゲットに、こうして聞き込みに来た訳だけど。
「ーー咲夜じゃん。どうした?部活には入ってなかったよな?」
龍一の車で学校に送られた私は、調査が終わって、再び龍一の迎えを待っていた。
正午を少し過ぎ、昇降口外。
(はあ…面倒くさい)
迎えを待っていると、ふと横から声をかけられる。
「ーー斎藤君…部活?」
「おう。咲夜はどうして学校に?
確かあの噂がどうとか聞き回ってるらしいな?…」
「そう。ちょっとそういう話に興味があって」
「咲夜ってそういうキャラだったっけ?」
私に声をかけたのは、同じクラスでサッカー部の斎藤。
恐らく部活が終わったのだろう。
制服をある程度着崩して、なんとも気だるそうに自転車にまたがる男。
若干茶色がかった短髪、その頭をワシワシと掻いてみせる。
「ーーへぇ。変わってんな。ギャップ萌えとかいうやつ?」
「ごめんなさい。何を言っているのかわからない」
「ハハッ。すまんすまん」
私はこの手の人間はあまり好きじゃない。
どうしてそんなに騒がしいのかと、不思議にさえ思う。
「そういえば、その噂先輩から聞いたな。なんかヤバいDVD回って来たとかーー」
ん? それってーー!
「ーーその話、聞かせて!」
「ーーお、おう…食いつきパネー…
それじゃ、ほら」
「…どういうこと?」
斎藤は自転車の荷台を指差す。
「ーー俺腹減ったからこれから飯行くんだけど。詳しくはそこでどう?」
「嫌。ここで話して」
「これストレートにフラれたパターン?
いや、すぐそこだからさ」
「私もう迎え呼んじゃったの。だからここで話して」
「いやーそう言わずにさ! ほら、咲夜も腹減ってるだろ?」
「減ってない。ほら、早く話して」
「奢るからさ!」
あー、もう。だからこういう人は嫌。
これじゃ埒が明かない。
「ーーだから、私はお腹は空いてなーー」
「ーー桜子、何してんだ?」
斎藤と言い合いしていると、後ろから聞き覚えのある声。
助かった。
「ーー龍一、この人が噂について知ってるって」
「おー! マジか。 悪い、聞かせてくれ」
ロータリーには龍一が家族から借りたらしい車が止まっていた。
救世主、とは言いたくないけれど。
「ーーえ、この人って…咲夜?」
「私の彼氏よ」
「ーーはっ!? んなわけーー」
正直、斎藤からのアプローチには日々ウンザリしていたので、さっさと済ませたかった。
それ以外に他意はない。龍一に話を合わせてもらう事にする。
(この男、前から私にちょっかい出してくるの! お願い話し合わせて!)
(はっ!? お前、いいのかよ…)
「ーーああ。桜子の友達か。初めまして、龍一って言うんだよろしく。いつも桜子が世話になって、すまんな。
改めて話を聞かせてくれ」
「ーーあ…彼氏…っすか。どーもっす」
(おい! 桜子こいつメチャクチャ落ち込んでるぞ! 男子高校生の純情を踏みにじっちまった・・ いいのかよこんな事して!)
(いいの…! 私はこんな男眼中にないから)
(女って怖ぇ…)
そんな風にやり取りしていると、斎藤は口をわなわなと震わせながら、
「ーーあ、ごめん! DVD回って来たってのは確か先輩の冗談で嘘だったわじゃあなー!」
「あ、おい待ってくれ!」
そう叫んで自転車を猛スピードで漕ぎ、さっさと帰ってしまった。
「おい…あいつ重要なこと知ってるんじゃないのかよ?」
「嘘って言ってたでしょ? どうせ私と一緒にお昼食べたかっただけよ。
最初から噂の事なんて知らなかったの。誘う為の口実に使っただけでしょ…
いい気味よ」
結局、今日も駄目だったかーー
女って怖ぇ… と呟く龍一を放っておいて、私はさっさと車に乗った。
「ーーそれにしても、これじゃまるで埒が明かないな。
俺もネット掲示板やら何やら調べたが、全くかすりもしない。
ほらよ」
国道沿いのコンビニで私達は昼食を買い、エアコンが効いた車内で摂っている。
龍一から私の分のサンドイッチを受け取る。
「ーーありがと。そうね。噂だけで、ホントにこの地域に回って来てる保証もないし」
この手の現象はたちが悪い。
噂というのは、伝わるスピードが恐ろしく早い。
都市から都市へ、地方から地方へ、町から村へ。
そうして一つの都市伝説は様々な尾ひれが付いて形成されていく。
人の噂も同様だ。
それらは伝える人の悪意や善意などの意思によっても変わり、遠くなる程、伝わるほどに原型からは程遠くなる。
そうして根源は消え失せ、偽りの物が真実になる。
「ーーねえ。もしかして最初からDVDなんてないんじゃない?」
実態はなく、見えないものが回っているだけーー
「いや、実際に被害が出てるんだろ?
それに本部から依頼が入ったんだし」
「確かにそうだけど… もうここにはないのかもしれない」
「確かに噂だけが先行して、ここにまだ回って来ていないか、もうどっか遠い、違う奴のとこに行っちまったのかもな…」
謎は深まり、真実は姿をくらます…
「ーーそういえば、お姉は?」
「雪子は家で色々調べてる…
俺達も一度戻るか。
ーーあ、すまん。タバコ、いいか?」
「うん、いいよ。吸って来て」
龍一はそう言って車を出て、コンビニの喫煙所に向かう。
エアコンの排気音が車内に響くーー
ーーヴヴヴ。
「ーー誰からだろう」
ボーッ、と車内からタバコを吸う龍一を見ていると、携帯のバイブがメールの着信を知らせた。
「ーーリョウコか」
友人の一人、リョウコからのメッセージだった。
いつもらしからぬ、やけに長文のメッセージ。
文頭からブツブツと読み上げて内容を確認する。
「ーーやっほー。桜子明日バイトだっけ?
もしなかったら、アミと3人でどっか行かない?
あ、それと例のDVDだけど…
なんと、
ホントにあったよ! わら
昨日他校の友達と放課後会った時渡されて、
その夜私ん家でアミと観ちゃった! わら
確かに怖かったけど、噂みたいなのは何も起きなかったよ つまんない …
桜子に貸そうか?
そんじゃ明日良かったらいこーねー」
ーーこれって…!
車のドアを勢い良く開け放つ。
「ーー龍一! DVDあったって!」
「ーーそれで、これが噂のDVD、ですか…」
「そうみたいだ。桜子の友人が、他校の奴から受け取ったらしい」
リョウコからのメールがあって、私は急遽龍一にリョウコの家まで車を走らせてもらった。
以前何度かお邪魔した事があるので、隣町だけど道は分かっている。
それから電話してリョウコの家に行き、DVDを受け取って家に戻って来たのだった。
(私も明日遊びたかったけど…しょうがない)
ブルーレイレコーダーがあるお姉の部屋でDVDを再生する。
「ーーそういえば、雪子のその本って何て言うんだ?」
「はい、これは…
大憲章だとか、マグナカルタだとか、万物の聖典…とか。
色々呼び名があるんです。
私達は聖典と呼んでいますが」
念の為、お姉は聖典を持ち、私は呪符を持つ。
「ーー呼び名、統一されてないのか…」
「そうなんです…本部から授かった道具の一つです」
「そうか…あ、始まった」
大画面のテレビを覗いたままの私達。
やがて、いきなり映像が映し出される。
「ーーただのバラエティ番組だなこりゃ。
問題のシーンまで飛ばすか?」
テレビの前に立ち、無言でその行方を見つめる。
確かに噂の通り、画面には無名の芸能人が映されわざとらしく怖がり、恐怖を演出、煽っている。
場所も某病院跡地、と謳っていた。
しかしただのバラエティ番組の企画。
例の軍服姿の男など現れない。
「ーー問題のシーン前まで飛ばすぞ?」
結末が気になる龍一は、レコーダーのリモコンで映像を倍速で早送りにする。
「ーーここら辺か?」
やがて適当な場所で止めて再生した。
「ーー多分、ちょうどここら辺みたいね」
テロップにはそれらしい文字が並ぶ。
どうやらクライマックスまで目の前のようだ。
私達は画面を注視する。
食い入るように、瞬きさえ忘れそうだ。
着々とクライマックスに近づき、一同がとある部屋に入って行く。
霊安室だの、手術室だのと呼ばれるその場所。
鼓動が早鐘を打つ。
ドクン、ドクン、と今にも破裂しそうな程に。
誰も、何も喋らない。
刹那の瞬間、1分1秒、端から端まで、この目に捉えていく。
そして…
「ーー何も映らなかったな」
「そうですね…このDVDではなかったのでしょうか?」
二人が落胆のため息を漏らした。
真っ暗になる画面。
そう、クライマックスに到達した番組はそのままエンディングとなり終わってしまったのだ。
流れるスタッフロール。
「ーーこれじゃないとしたら…もうお手上げだ」
「そうですね…本部に報告を入れてきます」
はぁ…今までの苦労が報われて、ここで現象解決、給料アップなどと考えていたけれど、水の泡ってわけか…
お姉は部屋を出て行く。龍一も肩を落としてしばらく固まったままだ。
「ーーさて、しょうがないわ。次の策を講じましょう?」
ようやく真実に辿り着いたと思ったけれど、これも偽りだった…
(よっぽど落ち込んでいるのね…)
私の呼びかけにも反応せず、石のように固まる龍一。
「ーーねえ。どうしたのあんたーー」
見かねて、私は彼の肩を叩く。
「ちょっと…どうしたの!」
私をからかっているの?
「ねえ…いい加減にして!」
龍一は前を向いたまま、その双眸は瞬き一つせずに開かれ、瞳孔も広がったまま…
「ーーねえ! ふざけないで!」
その時。
(何か…おかしい!)
それはまるで、私一人だけ取残された世界。
灰色で、白黒で、私以外の時は止まった世界。
異変に気付いた時は既に遅かった。
「ーー俺の、俺の…
勿忘草を盗ったのは…貴様か?」
ーーしまった!
私以外の時が止まった世界。
テレビの画面から這い出て、姿を現したのは、軍服姿の男。
(半分、悪霊化してる…!)
ふらふらと立つ男。
旧軍の軍服らしきものを上下に着込み、頭には略帽。
しかしその身体、左半分はこの世ならざる、禍々しい姿に変わり果てている。
それはまるで恐ろしい獣。
顔も左半分は獣の顔に変わっている。
このまま放っておけば、悪霊から邪神にまで成り果てるだろう凶悪な存在。
ーー絶対封じなければ!
だけどどうする? 現象の結界かどうかは分からないけど、それのせいで私以外の時間は止まったまま…
「ーー貴様か。貴様か!」
ブツブツと呟いた後、声を張り上げる男。
呪符を構えて…
「ーーあなたを封印するわ」
呪符に念を込め、式神を呼び寄せる。
が。
「ーーどういうことっ!?」
私の力が使えないっ…!
「ーー貴様のせいで…返せぇぇぇ!」
ーー何でっ!? 嫌っ!?
死にたくないっ…!
すぐそこまで男は来ていた。
私の目はありありとそれを捉えるけれど、体はまるで動かない。
目の前に…
私、死ぬの…?
嫌だ…誰か…
助けて。
気付けば、目の前には恐ろしい顔がある。
いつの間にか、私は男に押し飛ばされ、倒され、覆いかぶさられた。
不思議と痛みは感じない。
両腕は男によって抑えられ、封じられている。
私の手には呪符がない。
勢いでどこかに落としてしまったのだろう。
私、死ぬのかな…
キーン、と甲高い音が頭に響いて、何か言っているらしい男の言葉が聞こえない。
しかし、次第に両耳がそれを捕らえていく…
「ーー返せ! 俺の全てを!」
息がかかりそうなほど近く、男は私に怒号を飛ばす。
「家族、親友、愛人、貴様らのせいで…! 返せ! 今すぐ!」
どういう事だろう…
「さあ、早く! 俺を…
ーー俺を…救ってくれ!」
何で泣いてるの…?
現象のくせに…
辛うじて人間のものを残した右半分の顔、その瞳から流れ落ちた涙は、顔を伝って私の頬へ落ちてくる。
「ーーあなたのことは忘れません。勿忘草はいずこへ」
あの言葉が、自然と口からこぼれた。
「ーー何だとっ!? 貴様もか!
嘘を…嘘をつくなっ!」
これで見逃してくれるんじゃないの…?
「ーーどいつもこいつも知らないと言う…! 俺は…俺はもう駄目だ!」
半狂乱の男は、そうして私の両腕を抑える手を、やがて私の首へと添えて…
「俺を助けてくれ…! 苦しい!」
尋常ではない力で私の首を絞め上げる男。
「ーーあっ! …グ…!」
息が出来ない!
嫌…! 私…
段々と虚ろになる意識。
目は苦しむ男を捕らえたまま、しかし男の叫びはもう聞こえない。
耳もやがて遠くなり、無音の世界になる。
お姉…龍一、ごめんなさい。私は何も出来なかった。
龍一に…まだ謝ってないや。
ごめんね。
あんたの料理、また食べたかった。
ごめんなさい…
馬鹿みたいな私で…
ああ。 もう目の前が暗く…
「ーー!」
何か、微かな意識の中で耳が音を捕らえた気がする。
ーーシャン、と頭に響く綺麗な鈴の音。
あの世からの合図…?
ーーそうして遂に、私の意識は無くなった。
「ーーは、俺は…
あの花だけが希望だった」
何だろう…?
真っ暗な世界で、子守唄のように心地よい音色で声が聞こえる。
「ーーあなたは、兵隊さんね?」
私じゃない、誰か女の人の艶やかな声。
「ーーああ。南方で負傷し、後送された。そこで訳が分からなくなって、気を病んだ。
気付いたらこの病院にいた」
「そしてあなたは、ここで命を落としたーー」
私、死んだんじゃないの?
それともここが、死後の世界ってやつ?
「ーーあいつが…あいつが勿忘草を摘んできてくれたんだ」
「ーーあいつ…恋人?」
あれ…段々暗闇が…
私を覆う闇が、消えていく…
「ーーところが…いつも見に来てくれるあいつが急に来なくなった」
闇が消え、代わりに目の前に現れたのは病室らしき部屋の光景。
体を起こす。
「ーーあいつは…敵の空襲で死んだと…後から聞いた」
「ーーそれは…」
部屋の隅の方で声がする。
そちらに視線を移す。
「ーー化狸…どうして」
こちらに背を向ける、巫女服姿で耳と尾を生やした化狸がそこにはいた。
男はというと、隅に倒れ伏し、その腹部には…
日本刀が…刺さっている。
「ーーあらお嬢さん、ご機嫌よう。
それと私はヤエよ」
私の声に反応して振り向く化狸、ヤエ。
「どうしてあなたが…」
「桜子ちゃん…で良かったかしら?
あなたが亡くなると、龍一様が悲しむ…私もね。
だからこうしたのよ」
そう言って、ヤエは男に刺さった日本刀を引き抜いた。
「ーー愛する者を失う悲しみ、私も分かるわ…私もそうであったから」
そして、再び男に対応するヤエ。
「ーーふん。 化物が偉そうに…」
「あら。あなたもそうなる寸前だったのよ?」
ふっ、と男は自嘲気味に一つ笑う。
「ーー戦争と空襲で俺は全てを失った。
家族、友人、恋人…
あの勿忘草だけが、俺の全てだった。
何もかも無くした俺の希望だった…
そこの君…」
男は私に呼びかける。
「ーーすまなかった。俺はもう自我を保てないだろう…
だから息の根を止めてくれ…
俺を、救ってくれ…」
やがてヤエが私の所に来て、立たせてくれる。
そうして男の前まで導かれ、日本刀を渡された。
「ーーここでの俺は、本当の俺じゃない…
本当の俺はーー
ーーにいる。そこで本当のとどめを…
俺を、どうか助けてくれ」
「ーー分かったわ」
私は日本刀を振りかざし、そして。
「ーーありがとう。待っているぞ」
男の腹部に、もう一度突き刺した。
「ーー何で、泣いてるのよ…」
光の飛沫を僅かに上げて、「この世界」に閉じ込められた男は霧散していった。
「ーー桜子ちゃん…大丈夫!?」
全てを見届けて、私の体から力という力が抜けていく…
「ーーお願い…私も行かせて…」
「桜子、だめよ…そんな熱でどうするの…」
37度後半。
熱にうなされ目を覚ました私。
自室のベッドに寝かされていて、傍に座るお姉と、立ちすくんでこちらを窺う龍一。
そしてヤエ。
「ーーお願い。お願いだから…」
「何もできなくてごめんね…桜子」
「ヤエがいなかったらどうなっていたか…本当に…すまない桜子」
どうやらヤエが私に代わって事情を説明してくれたようだった。
「ーー桜子、あなたが頑張ってくれた。だから後は私達に任せて」
「ーーダメッ!」
何故か意固地になって、声を張り上げてしまい、咳込む。
「桜子っ! 無理しないで…」
「無理してない….お願い…明日までに熱、下げるから。だから」
「桜子は休んでいて…!」
今にも泣きそうな私とお姉。
何でこんなに意地張ってるのかな? 私…
(ーーありがとう…待っているぞ)
あの男の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
ーー私が、最後まで見届けないと!
そんな意志が生まれ、私を駆り立てている。
「ーー分かった」
龍一の声が部屋に響いた。
「明日までに熱が引いたら、一緒に行こう、桜子」
「ーー龍一さんっ!?」
「だから今日は何が何でも絶対安静だ! 俺が看病してやる。喜べ」
「ーーふん…何よ。何も出来なかったくせに」
「桜子…本当にごめんね…お姉ちゃん…」
「ーーいや、お姉の事じゃないって! この男よこの男!」
私達のやり取りがおかしかったのか、ヤエはくすりと笑っている。
「ーーまあ、そうだ…何も出来なかったから、お詫びとして看病してやる」
「ーー好きにしなさいよ…」
火照る体、重い体。
なんだかドッと疲れが押し寄せて来た。
ーー眠い。
「ーーごめん。眠いから、寝るね…」
睡魔に負けて、私は再び目を閉じる…
「ーー私は現象を憎む。絶対に許さない。それは変わらないわ」
目が覚めると、傍に座っているヤエが目に入った。
窓際、憂い顔のヤエ。
目を覚まして開口一番、私がそう言うと、ヤエはフッと笑ってみせる。
西日が差す窓際、慈愛に満ちた笑みを浮かべるヤエ。
長く綺麗な黒髪、まつ毛、白く艶やかな肌、妖艶な造りの顔…
そしてヤエは私の頬にそっと、優しく手を添えてなぞる。
「ーーだけど、助けてくれてありがとう…ヤエ、いや、ヤエ…さん」
「ヤエでいいわ…ふふっ…素直な方がかわいいわよ?」
「うるさい…龍一は? あの男、看病するとか言ったくせに」
気恥ずかしくなって、私は話題を逸らす。
「龍一様は、夕飯の買い出しに行っているわ…もうそろそろ帰ってくるはずよ」
「…そう」
ヤエ…さんの細く綺麗な指が、私の髪を梳く。
「お姉さんと同じ、綺麗な髪…」
「何よ急に…」
「お顔も綺麗で…お人形さんみたいね…男を虜にする顔だわ」
「やめてよ気持ち悪い」
ヤエさんの呟き、その音色はどこか不思議と心地よい。
何もかも包み込んでくれるような…そんな母性みたいな響き。
「ーーあなたにも、辛い過去がある事はなんとなく分かるわ。
でも…私達も、あなた達人間も、何も変わらないわ」
「何よ…」
「あなたが私達を憎むのも分かる。
だけど、あなた達も同じじゃない。
戦争、紛争、迫害、喧嘩…
私達がしている事と同じよ」
諭すように、ヤエさんは私に語りかける。
「だからって、私は被害に遭う人を放っておけない」
「だからーー
ーー覚えていて」
すっと、ヤエさんはそう言って私に添えた手を離す。
「ーーあなた達人間と同じ。
良き者がいれば、悪き者もいる。
だから…憎むなら、それを踏まえて憎んで。
ーーまあ、私は良き者とは言わないけどね」
そう言って、ヤエさんは自嘲の色を含んで笑う。
やがて。
「ーー桜子、俺特製のお粥、だ。
食わなきゃ熱も引かないぞ?」
「ーーそれじゃあね、お嬢さん」
龍一と代わるように、ヤエさんは退室していった。
「ーーここが、陸軍病院跡…か」
「情報通りなら、そうですね…
桜子、大丈夫?」
「ーーうん。大丈夫だよ」
龍一の車で片道二時間程かけ、私達はとある県の辺鄙な場所にいる。
周りを囲むのは山、山、山。
人家は数えられるほどしか確認できない。
とある村。
そこをさらに山に向けて走らせると、一つの獣道が姿を現した。
(本当の俺はーーにいる)
男が言っていた場所が、この陸軍病院跡だった。
獣道を草木を掻き分け登っていくと、それは姿を現した。
巷では心霊スポットと呼ばれる、コンクリート造り。
荒廃し、面影もないその建物。
「ーーそれじゃ、行きましょう」
不思議と熱は引いていた。
そうして私はここにいる。
建物の前で一度立ち止まった私達は、意を決して中へ進入した。
「今にも崩れ落ちそうだな…気をつけろよ…」
龍一を先頭に、もう何があったか分からない荒れた室内を奥へ進むと。
エントランスらしきフロアを奥に進むと、一つの病室らしき部屋を通り過ぎた。
その時。
「ーー誰だ! 貴様らは!」
その部屋から声が聞こえ、そちらを向くと。
「ーーああ…来てくれたか」
上下軍服、略帽を被った姿の男。
昨日見たような禍々しい姿ではない。
本当にそこに、この世に存在しているかのような雰囲気…
普通の…人間。
「ーーありがとう。わざわざ来てくれて」
外を一瞥してから、男はそう言って私へと視線を移す。
「ーー俺の戦争は終わらない。
家族も、友人も、愛する人も、もうこの世にはいない…
だが、俺だけは何故かここに縛られたままだーー
俺の戦争は…終わらない」
力なさげに1人語る男。
「ーー俺達の為に、この国を守って下さって…ありがとうございます」
沈黙を裂いたのは龍一だった。
「あなたがいなければ、私達は今ここにいなかったかもしれません」
それに続くのはお姉。
そして。
「ーーだから、本当にありがとう…
もう戦争は終わったの」
龍一が両手に持ったそれを、私は受け取る。
「ーーそれは…!?」
男の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「ーー私も、大切な人達を失った。でも、あなたの気持ちが分かるとは簡単には言えない…
あなたが邪悪になる前に、私達はあなたを封印する」
「そこに行けば…俺は皆に会えるのか…?」
「それは分からない…だけど、あなたの心に愛する人達の姿があるように、愛する人達の心にもあなたがいるーー
だから、あなたと、あなたが愛する人達は永遠に生き続けるの。
それを覚えている人がいる限り…」
そう、それはただの理想かもしれない。だけど…
「ーー私も、あなたを、あなた達がいたことを絶対に忘れないから…」
「ーーありがとう。勿忘草を…君達がとってきてくれたのか…」
男に、一輪の勿忘草を渡す。
「ーーあなたは永遠に生き続ける。
愛する人達の、私達の心の中で。
あなたの戦争は終わったの。ありがとう…」
愛おしそうに勿忘草を眺め、握りしめて胸に抱き、ふっと微笑む男。
「ーー魂の解放を求めるならば、答えよーー
万物の聖典が、原理が、汝を導くーー」
お姉が聖典に向けて詠唱する。
「ーー俺の戦争は…終わったのか」
「…ええ。ありがとう…」
男の体は光を放ち、やがて砂塵のように舞って、聖典に吸い込まれて行く…
「ーー花言葉は、私を忘れないで。誠の愛、友情」
いつか聞いた勿忘草の花言葉。
「大丈夫。
ーーあなたの事は忘れません。勿忘草は、いずこへーー」
フォーゲット・ミー・ノット。
「ーー誰があなた達を批判し傷つけようとも、あなた達が生きた、存在した事実は決してそうすることはできない。
私はあなた達を忘れない。
だからあなた達は、私の心の中で永遠に生き続けるーー」
「ーーなあ、なんか揺れてないか!?」
聖典に吸い込まれ、封印された男。
全て終わった。その余韻に浸っていると、龍一が突然叫ぶ。
「ーーはい…もしかして、崩れるんじゃ…」
「急いで外に出ないと!」
まるでこの廃墟は男の意志だったかのよう。
全てが終わって、男の戦争がようやく終わって、そうして縛りから解放された魂。
それがこの建物…
「ーーはあ…危なかったな」
私達がちょうど外に出ると、まるで図られたタイミングのように廃墟は崩れ落ちる。
全てではないけれど、ほとんどが崩れ落ち、砂埃やら何やらが森の中に溶けていく。
そうして私達は、崩壊した廃墟を後にしたーー
「ーーそれにしても、不思議な事があるもんだな」
来た道を下って車へと向かう途中、龍一はそんな事をこぼす。
「はい…勿忘草は、夏の暑さに弱く、枯れてしまうと聞きましたが…」
獣道の両側には、まるであそこに導く為の道標のように、ずっと勿忘草が凛と、しかしどこか寂しげに咲き誇っていた。
「ーーまあ、ここは山の中で気候も涼しいから、枯れなかったんじゃない?」
「ーーそうだな…」
そのあまりにも綺麗な、荘厳な光景に、私達は思わず足を止めしばらく眺めていた。
私が口にした理由の他にも、決して理論では説明できない何かがそこにあることに、私達はどこか気づいていたのかもしれないーー
「ーーそういえば、何か他に依頼とか仕事ってなかったよな?」
「ーーはい。この要件以外は今のところありません」
依頼も無事に解決。
今思えば、何故友人の前に現れず、私には姿を見せたのか…と言いたいけど、まあ、そういう事はこれに限った事ではない。
もう解決したのだし、考えるのはよそう。友人も無事だったのだし。
「ーーそれじゃ、ははっ…」
帰りの車内で、龍一はそんなことを切り出すと、何を企んでいるのかほくそ笑む。
龍一の家族のものらしい車。
その車内では心地よいメロディーが響く。
この歌、私好きなんだよな…
「ーー雪子、桜子。
今日は日曜。つまり休みだ。
依頼も解決した事だし…」
助手席のお姉と、斜め後席の私を一瞥する龍一。
「ーーはいっ?」
「どういう事よ?」
私達はその先を促す。
「ーーちょうど帰り道の周辺に、アウトレットがあるらしいーー」
という事は…つまり。
「ーー桜子の体調が大丈夫なら、ちょっと寄ってみるか?」
「ーー行くっ! 行こうよお姉!」
「桜子が大丈夫なら…行きましょう!」
「よーし分かった! そうと分かれば、レッツゴーだ!」
もう色々あって疲れたけれど、息抜きとあらば別腹だ。
何より、気持ちの切り替えが欲しい。
ふと、外の景色に目を移す。
山、山、山…
大きな空。
晴れ渡った夏空と入道雲に、あの男の微笑みが浮かんだ気がしたーー
「ーーおはよ。使用人龍一」
「ーーおはようございます! 龍一さん!」
「おはよう。桜子に雪子。朝食出来てるぞ」
色々あって、いつもの朝。
「ーーそういえば、龍一さんがここに来て下さって、今日で1カ月ですね!」
「お。そんな経ったのか…早いなー」
「これからも益々精進しなさい?下僕」
「下僕とは何だ小娘。あー…今日給料日だし夕飯は奮発しようかなと思ってたのになー…誠に残念だ」
「嘘よっ! 龍一お兄ちゃん大好き!」
「キモッ…」
「お、お兄さん! お兄様!」
「雪子までっ!?」
体は軽い、心も軽い。
龍一が来て、一か月経っていた。
馴れない仕事で色々と大変そうだけど、私達の為に彼は彼なりに尽くしてくれている。
(お前には、あの…風呂の件もあるし、悪い事したから、この現象が解決したら…出来る範囲の事は聞いてやる)
(それじゃ…そうだ。もう夏休みだから、みんなで海に行こうよ…
だから連れてって)
(海か…分かった)
(後は…その…)
(まだあるのか!?)
(ーーその、とびっきり美味しい私の好物を作って。それから…弁当も)
(分かったーー作ってやる)
ーー
(お人好しのバカ…)
私をつきっきりで看病してくれた時、龍一はそう言ってくれた。
あの時の場面が思い出されて、なんだか体が火照ってくる。
「ーー桜子、顔赤いぞ? もしやまた熱がっ!」
「ち、違うわよ! 大丈夫!」
なぜだか、龍一を前にすると気恥ずかしさが込み上げてくる。
私の馬鹿。
「それじゃお姉、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
いつもの朝。いつもの日常。
「ーー桜子、弁当忘れてるぞ!」
だけど、違う事もまた一つ。
「今日はお前の大好きな、好物その2、だ!」
「オムライスでしょ? ありがと…」
可愛らしい布に包まれた私の弁当箱。
(素直な方がかわいいわよ?)
「ーーうるさい。ヤエさん…」
「ーーん? どうかしたか?」
「いや…!何でもないの!」
ーー大切な物は、大切な人は、いつの日か無くなってしまう。
でも、その時間の中で輝ける事はとても幸せなんだと思う。
あの男のおかげで…それに気付かされたのかもしれない。
無くなってしまうけれど…怖いけど。
けど、誰かが覚えてくれている限り、私はその人の中でずっと生き続けることができる。
ーーだから、私は今を生きよう。大切にしよう。
「ーーあの、龍一!」
「何だっ!?」
言えなかった事。
今なら言える。
やっと言える。
「ーーいつも、弁当ありがとう…
それから…! 朝早く来て作ってくれたオムライス、無駄にしちゃってごめんなさい…」
もしかしたら現象と対峙する時より緊張しているかもしれない。
「ーーいや、俺も悪かった。これでおあいこだな。
よし…今日はとびっきり美味しいお前の好物、その3を作って待っててやるから、寄道すんなよ?」
「ーー本当にっ!!
…その、ありがと龍一!」
私ってほんと、馬鹿みたいーー
「ーーな、何だよ…今日はやけに素直じゃねぇか…」
「そうだね…ありがとう。行ってきます!」
首を傾げる龍一を背に、今日も私は学校へ向かう。
ーー愛しいみんな、どうか私を忘れないで。
フォーゲット・ミー・ノット。
「ーーそれで桜子、DVDはどうしたの?」
「ーーああ、あれね。あれはーー」
いつもの学校生活。昼休み。
リョウコとアミにそんな事を聞かれる。
「ーーうそっ!? マジ!?」
「うん。いい気味よ」
「桜子怖いっ! まあ、ウザがってたもんね」
呪いのDVDは、あの後帰って来て、私はこっそり持ち出した。
もう現象は解決したから、ただのホラー番組のDVDに過ぎない。
そして分かりやすく本体に、
「呪」
とマジックで書いてから、斎藤の机に入れておいた。
彼の反応が楽しみだ。
「ーーところで斎藤と言えば…ふふふ…」
「ーーん? どうしたの二人とも」
「桜子、私達に内緒にしてる事、あるでしょ?」
「ーー内緒? 何もないよ?」
内緒? はて、それは何だろう。思いつかない。
「ーーいやー、隅に置けないね桜子も」
「うんうん。桜子って歳上がタイプなんだー…お兄系の」
「えっ…!? えっ…!?」
どういうこと…もしや…!
(この人って…咲夜?)
(私の彼氏よ!)
さいとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ貴様!!
「ーーちゃっかり彼氏持ちだなんて! 抜け駆けしおって!」
「違うの! 聞いて!」
「何が違うのよ! 堂々と彼氏って宣言したらしいじゃない!」
「あれはーー! あいつがウザかったから、知り合いに彼氏役をーー」
「ムキーッ! 言い訳無用! 喰らえ! 弁当箱フラッシュ!」
「ちょ…! 痛いよアミ! やめて!」
ーー墓穴を掘るとはこの事である。
その後私は二人をなんとか説得し言いくるめ、これ以上噂が流れないよう動向を注視した。
斎藤、許すまじ。
ーー人の噂は、恐ろしいほどに伝わるスピードが速い。
「ーー雪子、そういえばあのDVDどこに行ったんだ?」
「ーーそういえば…私もわからないです…桜子、知ってる?」
夕食が並ぶ食堂。
ふいにそんな事を聞かれ、思わずギクリとしてしまい、冷や汗が顔を伝う。
「ーーいやー…私も知らない」
「そう…もしかしたら、現象解決と同時に消滅した…とかですかね?
どっちみち現象は解決されて、何も無くなったDVDはただのDVDですから、心配ありません」
「そうか。ならいっか! よし、夕飯にしよう!
今日は桜子の好物その3、ハンバーグだ!
超こだわった一品だ。味わって食え」
良かった…バレなくて。
自信満々に胸を張る龍一と、美味しそうと手を合わせるお姉を見ると、自然と顔が綻ぶ。
「ーーあの、もしかして、ハンバーグのおかわり…とかは?」
「ん? どうした雪子? ああ、大丈夫だぞ!
桜子が食いまくってもいいように、多めに準備しといた。白飯もな!」
「私を大食いみたいに言わないで!」
「え…違うのか?」
ジューシーでチーズが乗っかり、それがとろけるハンバーグ。
それをこれ以上ないほど輝いた眼差しで見つめるのは…
「お姉の好物その1…」
私がそんなお姉を指差すと、つられて龍一もお姉を見る。
「あ…あの、雪子…?」
「私、ハンバーグ大好きなんですっ!
ありがとうございます龍一さん大好きです!」
ーーこうなったお姉は誰にも止められない。
困り顔の龍一と、嬉々としたお姉。
私はそんな2人を見て、くすりと笑う。
(ーー私は、この光景を絶対に忘れない)
だから、
(ーーどうかあなた達も、私の事を忘れないで)
雪子の聖典に、男の名が刻まれた。
(ーーあなたは永遠にその中で、私達の心の中で、愛する者達の中で。
生き続けるのよ)
夏休み間近。
私の心の1ページに加えられたーー
ーーある男の物語。
第2章・終
駄文にお付き合い頂きありがとうございました。
乙です
相変わらず雰囲気がいいな
以下前回同様で、そしたらHTML要請してきますっ…
フィクションですので…この話はフィクションです…
>>43 ありがとうございます…なんだかくっさい話をすみませんでした…
乙
面白かったです。乙
投下乙でした
想像以上に早く続編が来ていて
驚いたやら嬉しいやら…
桜子視点は彼女の魅力が存分に
引き出されていて思わず頬が緩みました
引き続き続編にも期待!
もしかして上の組織ってF.O.A.F.?
おっつおっつ
次は水着回かーww
素敵だ!
このSSまとめへのコメント
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