勇者「始まりの始まり」(49)


魔王「全員殺して」


始まりは、この一言
いや、この村に来た時から……「暇潰しに人間を殺そう」と、魔王城を発った時から始まっていたのかもしれない


村人「ま、魔物だ……魔物の軍勢だ!!」


私は、私を恐れる人間を見るのが何よりも好きだ。人間よりも危機感に疎く、恐怖に耐性のない種族はいない
こう思うのは、私がまだ魔王だからか?それとも……私自身の性格の悪さからか


村娘「いやっ……やめて!いやぁぁぁぁぁ!!」


……どちらでもいい、これはただの思い出だ
あの凌辱は忘れよう。身体が疼いて仕方がない


村長「やめっ……やめろぉおおおおおおおおおおおお!!」

村人「村長!逃げましょう!!このままでは俺達も……!」

村長「どけぇぇぇ!!私の……私の娘が!!」


……そうだ、ここからだ


「俺の妹を離せ」


私が、馬鹿だった
ただの人間と侮り、その辺の魔物に殺されるのを待っていた


「俺の村を返せよ」


その人間は四方から襲い掛かる魔物共を気にも留めず、ただ私を見ていた



「ォォォぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


空気が、大地が弾け飛び……ようやく私は気付いた
燃え上がるような『何か』を纏ったその男が、勇者だった事を


勇者「貴様等の魂は泣いている!」


右拳を突き出し、左手でその手首を掴む


勇者「正義を貫けぬ事を嘆いているッ!!」


燃え上がる『何か』は膨張を重ね、まるで太陽の様に巨大な存在感を見せつける


勇者「その涙が、留まらぬと言うのならッッッ!!」


そして勇者は高く、果てしなく高く跳ぶ。まるでそこにあるのが当たり前な、あの太陽の様に


勇者「俺の拳でッッッ!!晴らしてやるよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


―――ここまでにしておこう。あの強さなど……あの拳など、思い出したくもない
いつか、絶対に殺してやる


―――人間国、王城。


王「……『力』に目覚めたか、勇者よ」

勇者「はい。……村が襲われる前に目覚めたかった」

王「己を責めるな。村の者は皆、そなたに感謝しておる」

勇者「……すまん、皆」

王「して、そなたにここに来て貰ったのは理由がある」

勇者「分かっています。魔王を倒す旅……ですね」

王「そうだ。勇者の力に目覚めた者として、魔王を倒す旅は宿命なのだ」

勇者「……はい」


王「勇者よ。この旅の過酷さは、そなたもよく知っておるだろう」

勇者「……」

王「歴代の勇者も、旅を終えた者はほんの一握り。もはや『生贄』と称するに相応しい旅よ」

勇者「……分かっています」

王「そなたは、地獄へ身を乗り出し……宿命を果たす覚悟があるか?」


王族が住むに相応しいその部屋で、勇者は問われる。
護衛の兵が数多く、そして王の側近もいるその部屋で……王だけを見据え、勇者は答えた。


勇者「俺にしかできない事なら……是非とも果たしたい。果たさなきゃいけない」


王「……そうか」


王は、勇者の覚悟を汲んだ。
若者らしい考えではあるが、人間という種族を託すには十分足りうる心があると悟った。


王「では、勇者よ。そなたが最初に挑むべき相手を教える」


そして、次の世代に道を示すのが我等の役目だと。
『民の父』として、人間の長を務めるその男は告げる。





王「……私だ。私を倒してみせろ」


―――次の世代を守るのが、我等の役目だと。


勇者「……何、を……?」

王「言ったはず。そなたの旅は、もはや『生贄』と呼ぶに何ら変わりはない」

勇者「……でも、俺がやらなきゃ人間は……」

王「そなたが無事に旅を終えられれば、人間は救われるだろう」

勇者「なら、俺は行きます!!」

王「その目を、その言葉を……私は前にも目にした。そして、帰ってきたのは屍だった」

勇者「……ッ」


王は立ち上がる。勇者の旅を始める、最初の扉となる為に。


王「私は……儂は、王として父として民を守らなければならぬ!!」


その一方で、王は扉を固く閉ざす。勇者の旅を始めさせてはならない、と。


王「どうしても旅に出るというのなら……儂を倒してから逝けぃッッッ!!」


勇者は、宿命のままに挑む。
それが自らに課せられた使命であり、与えられた瞬間から果たしたいと心に決めたから。


勇者「ッ……俺だって、引くわけにはいかない。村の皆を、妹を!守らなきゃいけないッ!!」

勇者の始まりがスクライド(アニメ)のカズヤみたいだ


殴り殴られる王の姿は、もはや王族の……ましてや貴族が、「我々はこう在るべき」と目指す姿ではなかった。
しかし、貴族の出も多いであろう護衛兵も、側近も。王を淀んだ目で見る事はない。


王「貴様の力はその程度か!貴様の覚悟はその程度かッ!!」

勇者「ぐッッッ……!」

王「儂の片膝すら落とせぬその拳で、竜を討つだとッ!?悪魔を狩るだとッッッ!?」

勇者「ごぁッ!う……ぉぉぉぁぁぁあああああああああ!!!」

王「ふざけるなッ!ただの人間にも勝てぬ弱肉風情がッッッ!!」


勇者の渾身の一撃を真っ向から受け止め、更にその上を行く拳で勇者を吹き飛ばす。
高貴さを微塵も感じさせないその覇気が全身に突き刺さり、それでも勇者は立ち上がる。


勇者「村の、皆を……守るッ……!!」

王「ッ……」


覇気が、眠るように息を潜めた。


王「この……愚か者が」


右拳を脇に固め、左手を突き出し……正拳突きの構えを取る。


王「貴様の様に、鋼の如き志を胸に秘めた勇者が、騎士が、善人が。幾千も、儂の元へ現れた」


その言葉は、勇者に囁く様に。命を失った数々の旅人へ、懺悔する様に。


王「何度、志が折られた者の涙を見た事か。何度、冷たい身体となって帰る者に涙を流した事か」


敗戦の涙、後悔の涙。それらは雨の様に降り注ぎ、悲しみの器を満たしていく。


王「もう涙は見たくない。私が、この手で。晴らさなければならないのだ」


―――その拳は、静かで、柔らかい。
だが……勇者を挫くには、十分すぎる拳。


―――城下町。


「お客さん、もう閉店ですよ」


ふらふらと立ち寄った酒場で、数秒とも数日とも感じる憂鬱な時を過ごし……店主に呼びかれられた。


勇者「……あぁ」

店主「……何か、お悩みですか?」


酒が二つ、勇者の前に置かれる。
一つは勇者の手元に、もう一つは店主の手元に。


勇者「……俺さ、旅に出たいんだ。魔王を倒す旅」

店主「なんと。勇者様が『目覚めた』という噂は本当でしたか」

勇者「……目覚めた、のかな」

店主「……というと?」


勇者「王様に、会ったんだ」

店主「……敗れたのですね」

勇者「……あぁ」


誰も救う事のできない勇者は、店主に責められる事を覚悟した。
店主の顔もまともに見れず、目の前の酒を眺めて……これからの罵詈雑言をただ聞き流す事しかできない。


店主「私も、王様に敗れました」

勇者「ッ……!?」

店主「貴方の様に立って歩く事もできず、自宅の寝床で天井を見つめる日々が続きましたとも」


勇者はそこで初めて、店主の顔を見た。
とても暖かく、どこか苦々しい笑みを浮かべる女性の顔を。


勇者「あんたは、諦めたのか……?」

店主「ええ。私如きの腕では、王様を泣かせてしまうだけですから」

勇者「……なんで、そんなに笑っていられるんだ」

店主「お客さんを元気付けるのが今の私の役目だからでしょうか。それか、吹っ切れたのかも」


店主は思ったよりも早く、酒を飲み干す。
笑い事のように軽々と話すその姿に……勇者は、苛立った。


勇者「……あんたは、俺と違う。俺は諦められない」


もう、ここには用はない。
ここにいると、諦めてしまう。俺が果たさなければならない事を。



店主「……同じですよ」


店主の笑顔が、消えた。


勇者「……なん、だと」

店主「同じ志を持ち、王様に会い、挑み、敗れた。同じじゃないですか」

勇者「違う。俺はまだ諦めていない」

店主「それは貴方は敗れて間もないから。私も私の歳が二つほど変わる頃まで、貴方の様に悩んでいました」

勇者「ッ……」

店主「王様の志はとても強い。そしてそれを御するだけの力を技を持ち、立ち止まらないための理由もある」

勇者「志なら……理由なら、俺にだってある!」


妹。
魔物の肉欲の糧となり、一生癒える事のない傷を負わされた家族。


店主「そうですか。では貴方も強い」


勇者「……でも、俺は」

店主「何故、王様に負けたのか」

勇者「……」

店主「それは私にも分かりません。私は、貴方ではありませんから」

勇者「……どうすれば、いいんだよ」

店主「貴方が、どうして強いのか。志とは……理由とは何なのか、考えれば良いのでは」


店主の言っている意味が分からない。
勇者として、魔王を倒す。穢された妹の為に。妹の様な人間を全て救う為に。
これは王から宿命を告げられ、その時から一瞬も忘れた事のない志や理由だったはずなのに。


勇者「……もう帰るよ。ありがとう」

店主「いえ。こちらこそ、心の内を打ち明けてくれて感謝します」


ふと、店主が笑みを見せる。


店主「前言を撤回しますね。貴方は、私と違う」

勇者「……?」

店主「王様とも違う、そんな何かが……貴方にはあります」

勇者「何か……?」


とても暖かく、一切の苦々しさを感じさせないその笑顔が。
冷えた酒も、冷えた店内も、冷えた心も温めるその笑顔が。勇者に初めて「ここに来てよかった」と思わせる事ができた。


店主「ええ。……私が『役目』を忘れて笑うのは、久しぶりですから」


勇者は店を後にする。
喧騒も人影も無く、風が肌を撫でる夜の街で……勇者は、空を眺めた。


―――翌日。
何はともあれ、「王に勝ちたい」と思う勇者が強さを求めるのは、ごく自然の事で。
そんな勇者が、たまたま目に入った道場に足を踏み入れるのも、ごく自然の事で。


「せいッ!!はぁッ!!」

「引手が甘い!拳を突き出す事よりも逆の手を引く事を意識しろッ!!」


王と対面した部屋と同等の広さの中、数十人はいるであろう若者が息を揃えて虚空の敵を突いている。
元々勇者は人間国の都市部から外れた田舎に住んでいたため、これほどの数の若者の闘志を、統率を見る事がなかった。


勇者「ッ……凄い」

「む、客か。……小休止!」


溢れ出る熱気に呑まれている勇者を目に留め、若者達よりも一回り歳が上であろう男が声を張り上げる。


「お前も、強くなりたいのか?」

勇者「……?」


男は、自らをこの道場の師範と名乗った。


師範「そんな目をしている。ここの小僧共と同じ、命を懸けて戦う情熱に魅せられた目だ」

勇者「……俺は、強くなりたい」


勇者の一言を耳に入れると、師範は少し顔をしかめた。


師範「……それは何故だ?何故、お前は強くなりたいと願う」


勇者「俺は、勇者だから」


勇者はふよふよと漂う自分の意思を固く、形のある物へと塗り替えていく。
一方で、そんな勇者の言葉を耳にした若者達は、静かに……だが、全員がざわめいた。


師範「なるほど、お前が勇者か。……噂通り、抜け殻の様な男だ」

勇者「ッ……」

師範「お前が勇者だというのなら話は早い。ここの小僧共と少し手合せしてもらう」

勇者「……は?」


師範は数ある若者の中で、一番強そうな……とは言い難い、なんとも適当な人選を行う。


結果。
選ばれた若者達の中で、勇者に勝てる者はいなかった。


「くそ……くそッッッ!!」

「俺が……こんな男にッ……」

「師範!もう一度、もう一度だけ戦わせてください!!」


勇者と闘った者の中で、一番手応えがあったであろう男が頭を下げる。
「やってみろ」と言い終えるのも待たず、男は再び勇者の前に立つ。


「……俺は、お前を許せない」

勇者「……」

「魔王を倒す旅に出れないから。俺達を救ってくれないから」

勇者「……ッ」


「そんな事はどうだっていい」

勇者「……は?」


間の抜けた勇者の返答に、男は勇者への眼光を更に鋭くさせる。


「お前は、強いんじゃないのか。俺達が束になっても勝てないくらい……あの王様が、笑顔で背中を押すくらい」

勇者「……俺は、強くなんか」

「勇者の資格があるお前が!強くなんかなかったとしてもッ!!」


男は、泣いていた。
おおよそ全ての人間にはその涙が見えなくても、ただ一人。勇者には、その涙が流れ落ちるのを感じ取れた。


「どうしようもねえこの世界を、照らしてくれるんじゃねえのかよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


結果。
男の拳も、蹴りも、投げも、禁じられた頭突きも、噛み付きも、金的も。
それらは全て避けられる事もなく、かと言って効いた訳でもなく。男は自らの攻撃の反動と、疲労によって倒れた。


師範「……次。勇者に挑みたい者はいるか」


ある意味では非情とも言える師範の一言。
だが、誰も咎めない。その怒りの矛先が勇者に向けられたとしても、口に出す者はいない。


勇者「……」


何故なら。この道場で一番強い若者は、勇者に何をさせる事もなく倒れたから。


師範「そうか。なら俺の番だな」


何故なら。この道場で一番強いその男が誰と闘いたがっていたのか、知っているから。


師範「さて。俺の事を少し話そう」

勇者「……」

師範「王がまだ『泣いて見送る王』だった頃、俺は三人の仲間を連れて旅に立った」


先程倒れた男と同じ位置に立ち、師範はすらすらと語り出す。


師範「俺は見ての通り、格闘家。剣術に長けた俺の友人と、その友人の幼馴染である魔法使い。そして旅の直前で知り合った僧侶」

師範「旅は順調だった。食糧が尽き、魔物を食おうという提案に魔法使いと僧侶が泣きだした事もあったが」


笑い事の様に、良い思い出だけを抜き取って話す師範。
その目は、とても思い出を懐かしむ目だとは言えないが。


師範「魔物は強かった。だが俺が『勇者などいなくても魔王を倒せる』と息を巻くくらいには、戦える事はできたな」

勇者「……何が、あったんですか」

師範「始まりは、とある街に住む淫魔だったな。とても美しく、とても優しい目をしていた」


徐々に空気が冷え込む。


師範「俺の友人はその淫魔に魅せられた。そして身体を重ね、愛を育んだ」

師範「友人は魔物と将来を誓った事を誇っていた。俺達もそれを尊重し、喜んだ。……何故か分かるか?」

勇者「……分からない。魔物を倒すための旅なのに」


師範は何も分からない勇者を笑わない。怒らない。悲しまない。


師範「その淫魔にも、正義があった。俺達とは違うが」


正義。
その言葉は、かつて酒を共にした店主よりもかつて自らを叱咤した若者よりも、深く深く突き刺さる。


師範「生物が、生物として生きる為の正義。淫魔が淫魔として、己の存在を忘れない為の正義」

勇者「……俺達を、人間を襲う事が正義だって言うのか」

師範「ともすればそうだ。俺達も原点に返るとすれば、弱肉強食に当てはまる」

勇者「ッ……!?」

師範「そう思った瞬間、世界が変わった。俺達は、俺達だけが安息の地に立ちたいがために戦い、願っている」


周りの若者の中には、それが間違いだと指摘する者もいる。
実際に間違いなのかもしれないが、指摘した者は『自分が旅を始めた頃の師範と同じである』と、心のどこかで悟っていた。


師範「淫魔の正義は淫魔の物。同じ様に、魔法使いと魔法での射撃戦を繰り広げ……最後はやり遂げた顔をして死んだ悪魔も」

師範「僧侶と対になるが、同じ存在。『魔神』に仕える存在として、夕暮れから夜明けまで討論をした魔巫女も」

師範「拳の道を歩む者同士、正々堂々の手合せをしてくれた魔王の右腕……『拳狼』も」

師範「皆、俺達と同じ様な信念があり、生きていた。この世界には俺達の旅など気にも留めないような、大きな輪廻があった」


きっと。師範の友人は愛する者と共に、この世界の輪廻に加わる事ができただろう。
きっと。魔法使いは悪魔が独自に学んだ魔法を解き明かすため、この世界の輪廻に加わる事ができただろう。
きっと。僧侶は己の神をより多くの『話が分かる相手』に知って貰うため、この世界の輪廻に加わる事ができただろう。


師範「結果として、俺の仲間は全員死んだ。矮小な人間が生きていくには、大きすぎる世界だった」


さて、前置きは終わった。
闘おうか、『小僧』。


勇者は殴り殴られ、考える。
神が勇者に力を与えたのなら、何故神は数々の種族を生み出したのか。
数々の種族が神の制御を離れたとして、何故人間が打ち倒さなければならないのか。


「視線を落とすなッ!目を見れば相手がどう動くかが分かるだろうッ!!」

「ッ……!はい!!」


そもそも、魔王とは何なのか。
魔王と呼ぶそれは、人間がそう呼んでいるだけではないのか。
数多の種族が息をするこの世界で、ただ一つの種族が。


「おいッ!俺を倒した勇者様はそんなもんかよッッッ!!」

「なんなのその蹴りは!!私の蹴りの方が何倍も強いわ!!」


神は、何を思って力を与えたのか。
全能の神が『裁き』を下さず、脆弱な種族の……たかが一個人の少年に、重すぎる使命を与えるのは何故なのか。


使命、理由、力。
家族、人間、種族。
覚悟、志、資格。
旅、輪廻、正義。


正義。


勇者「……あぁ、そうか」


そうか


俺は、勘違いしていた


「何してんだ!構えろよッ!!狙われてるぞ!!」


村が襲われた事も、妹が穢された事も、旅をする理由にはならなかった


「……馬鹿が。終わらせてやる」


あの日、あの時。俺は明確な『悪』を見た

その『悪』は、生物が生物として生きるための理由には見えなかった

俺は、その『悪』を倒したかった


俺のこの力は、神に与えられた力じゃない


俺自身が望んで、戦う為に手に入れた力だ


俺が果たさなきゃならないのは、魔王を倒す旅なんかじゃない


俺は……理由のない『悪』を正すために、旅をしなきゃいけないんだ


幾千の正義を貫ける世界に、幾千の命が全力で生きていられる世界を作りたいんだッッッ!!





「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


少年は、太陽の様に。
この世界の神とも呼べる存在の様に。


勇者「師範ッッッ!!」

師範「……すげえ。やっぱり勇者だったよ、お前は」

勇者「俺は……俺は旅に出たいッ!人間だけじゃない……師範の見てきた、全ての魔物を救うためにッッッ!!」

師範「……足りない。まだ足りないな、勇者」

勇者「あぁそうだ!師範の知らない魔物も、魔王も、神も!ありとあらゆる存在の正義が、まかり通る世界にするためにッッッ!!」

師範「そうだ。勇者は、そうでなくっちゃあ勇者じゃない」


師範は、そこで初めて笑う。
高らかに、弟子を誇る。己の理想を、あの青空の様に広げさせてくれる存在を誇る。


師範「そうでなくっちゃあ!!俺の拳は届かねえよなぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!」


―――人間国の、都市部から離れたとある村。


「う……あ」


うわ言の様に声を発し、穢された少女は虚空を見つめる。


「ッ……!お、おいッ!」

「ちょっ、待てって!村長に挨拶くらい……!!」


外が騒がしくなるものの、少女の耳には届かない。
虚ろになったその目は、ただひたすらに暗闇を彷徨っていた。


勇者「妹!!妹ッ!!」


……のだが。


「……お、にい……」

勇者「聞いてくれ。俺は旅に出る」

「……おにい……ちゃ」

勇者「俺は、お前を穢した奴等を許せない。絶対に、絶対にだ」

「……う……」

勇者「でも、これは復讐なんかじゃない!穢されたお前も、襲われた皆も……穢した奴等も襲った奴等も、まとめて救ってみせる!!」

「……な、に……を」

勇者「待ってろよ!お前を穢した魔物をここに連れて、心から謝らせる!!お前自身が最後は笑って許せるような世界にするッ!!」

「……」

勇者「お前が『生きてて良かった』と思う世界にしてみせるッ!!絶対に、絶対にだ!」


長く暗闇を見ていると、目はそれに慣れてしまう。
少女もまた暗闇を見たままその世界に慣れ、いつの間にか住人と化していた。


「……」


暗闇に慣れた目は、突然の眩しさに何も見えなくなる。


「……おに、い……」


もし、その眩しさに慣れる事ができたのなら。
ほんの少しだけ、微笑む少女の目には。


妹「……いってらっしゃい」


誰の背中が見えているのか。


―――人間国、王城前。


側近「……戻ってきたのですね」


多数の騎士を背に、側近は迎える。
何も言わず、立ち止まったまま動かない勇者を見つめ……側近は、静かに道を開けた。


側近「私の子は……勇者でした」


唐突に、側近が語り出す。
側近の前を通り城に入ろうとする勇者は、その一言で足を止めた。


側近「貴方は……『勇者』の様に、笑顔を見せてくれないのですか」


勇者は、笑わない。


勇者「……思えば、ここしばらくは笑ってないな」

側近「ッ……それは、仕方が」

勇者「違う。悲しくて、じゃない。俺の代わりに笑ってくれる人が、たくさんいたから」

側近「……幸せですね」

勇者「ああ、幸せだ。……けど、幸せなのはまだ俺だけだ」

側近「ッ……貴方は、幸せなんかじゃない!私達を幸せにするために、私達から悲しみだけを抜き取る可哀想な人です!!」

勇者「そう思うなら、俺は貴方を正さなきゃいけない」

側近「……何、を」


勇者「俺は、貴方達の悲しみを背負ってなんかいない」


勇者は再び城へと向きを変える。


勇者「ただやりたい事をやって、その結果が貴方達の雲を晴らしてるだけだ」


再び歩み始める。始まりの扉を開く為に。


勇者「やりたい事をやって、皆が幸せになれるなら!こんなに幸せな事ってないだろッ!!」


両手を広げ、大袈裟に演説染みた真似をするその背中が。
とても格好を付けていて、とても若者らしくて。


それを見ていた側近も、思わず吹き出してしまう可笑しさだった。


―――王城内、王の間。


王「何故、分からない」


王は、既に立ち上がっていた。
何度来ようとも、何度頼んでも、扉は固く閉ざされている事を誇示していた。


勇者「俺は貴方に負け、貴方の考えを分かりかけました。納得するしかないと思っていました」

王「何故だ……何故、そのまま受け入れなかったのだ」

勇者「見つけたんです。俺が何故勇者になったのかを。勇者は何をすればいいのかを」


固く閉ざされている扉を、それでも開けようとする者がいれば。


王「いいや、何も見つけてはいない。貴様は今までと何も変わっていない」


扉は、開けようとする者を打ち倒す。


王「今までと同じ、儂に敗れるッッッ!!」


目の前の扉は、かつて目にしたそれよりも何倍も大きい存在へと変わった。
ある意味では勇者と同じ『それ』を身に纏い、膨張し、圧縮し、ようやく今の大きさに留めていた。


勇者「それは貴方が決める事じゃない」


だが、勇者は揺らがない。
この程度の扉で、世界へ旅立とうとする少年が揺らぐはずがない。


勇者「俺の始まりは、誰にも終わらせないッッッ!!!!」


―――王城内、王の間。

―――王城内、宿室。

―――王城内、中央広場。

巡り巡る舞台の中、王と勇者は殴り合う。
家具にめり込み、壁を突き抜け、城全体が悲鳴をあげていても。王と勇者は殴り合う。


王「どうした勇者!貴様が見つけた志はその程度かッ!!」

勇者「そんな訳がない!!貴方が物足りないと言うのなら、俺の志はどこまでも膨れ上がるッ!!」

王「貴様如きの膨張などたかが知れるわァッッッ!!」


豪快な頭突きで勇者を怯ませ、両腕に力を込める。


王「竜も鬼も堕天使も悪魔も妖狐も狼人も淫魔も半蛇も巨蛭も海獣も炎人も水人も魔鳥も猫又も邪霊もッ!!」


額を、頬を、肩を、胸を、腹を、太腿を、脛を、足を殴る王の拳。
その衝撃は身体を貫通し、後ろの壁に巨大な傷を形造る。


王「この世界に名を通す強者共を、ただの勇者がどうにかできるとでも言うのかッッッ!!!!」


勇者「貴方には俺の志を塞き止める事はできないッ!!!!」


膨張を重ねた志は、やがて爆弾と化し。
固く閉ざされた扉に、小さな傷を作る程度の爆発を上げる。


王「ぐッ……ぬぅ……!!」

勇者「相手が誰であろうと!どんなに強くて、どんなに巨大であろうと!!」


『悪』がある限り、勇者はどこまでも強くなれる。


勇者「俺の妹の!店主の!師範の!側近の!貴方の!!」


『暗闇』がある限り、勇者はどこまでも明るくなれる。


勇者「これから出会う全ての正義が、俺に力を与えてくれるッ!!!!」


固く、閉ざされた扉があっても。


「貴方の魂は泣いている!」


魔王を倒したその手で、開かない扉があっても。


「正義を認められぬ事を嘆いているッ!!」


強く、もっと強く押せば、開かないはずがない。


「その涙が、留まらぬというのならッッッ!!」


出会った正義の数だけ、笑顔の数だけ。背中を押してくれるから。


勇者「俺の拳でッ!!晴らしてやるよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


少年は、今度こそ。
過酷で、非情で、残忍で。
数多の正義と、笑顔を見せてくれる旅を始める。

―――この世界のどこか。


「勇者よ。どこにいるのかも分からぬ少年よ」


今日も変わらず、正拳突きの鍛錬を重ねる。


「儂はそなたの背中を、どんな顔で見送っただろうか」


その言葉は、誰かに囁く様に。この世に名を刻んだ、一人の旅人を賞賛する様に。


「街は、国は変わった。相も変わらず旅をしたがる若者共には、『扉の重さ』を教えているが」


挫折の涙、勝利の涙。それらは思い出となり、悲しみの歴史を洗い流していく。


「そなたは、人と魔が手を取り合うこの世界で。次にどこを晴れさせてくれるだろうか」


―――その微笑みは、静かで、柔らかい。

以上です。
読んで頂いた方、ありがとうございました。

乙でした!

おつ

おつ

乙ッッッ!!!!

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