提督「心から愛しい羽黒に捧ぐ。」 (85)

以前同じスレタイで立てたのですが慢心からスレがhtml化したので再度執筆しようと思います。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1410084549

 私は横須賀に着任した。

 まだ右も左もわからぬ若造の自分には艦娘たちはただの兵器という認識であった。

 戦争の明暗は私にかかっている。

 私は真っ白い士官服に袖を通し、士官帽をかぶる。

 駆逐艦と軽巡洋艦で近海を平定し、沖ノ島へと進軍した私には怖いものなど何もなかった。

 霧島、筑摩、赤城、高雄、日向、そして、羽黒。

 この6人の勇士がいれば私には怖いものなどない。

 私は彼女たちを初めは兵器としか見てはいなかった。

 今の私からは考えられないほど冷酷であったと思う。

 神通と夕張はよく文句も言わずに私に従ったものだ。

 ――私が彼女たちを人間として、異性として意識したのは、何よりも羽黒の存在のおかげだ。

 引っ込み思案だが強い芯。大和刀のようなその雰囲気に私は惹かれていた。

おっ
覚えにあるぞ、次は完結してくれるんだよな

 もちろん、当時は彼女に対しても冷酷であったはずだ。

 だが、今では羽黒の泣き出しそうな笑みしか浮かんでこない。

 初めて艦娘を喪い、満身創痍で撤退をさせた自分自身に腹が立っていた。

「可愛い魚雷と一緒に積んだ♪ 青いバナナも黄色く熟れた♪」

「男世帯は 気ままなものよ♪ 髭も生えます♪ 髭も生えます♪ 無精髭♪」

 執務室で軍歌を歌いながら浴びるように酒を飲み、私を見つめて沈んでいった駆逐艦、響に対して涙を流した。

 これは戦争だと分かっていたのに。

>>4
ありがとうございます。今回こそはやり遂げます。


なお、私は徹底海峡イベからほとんど艦これに触れていないため今の仕様と異なることがあるやもしれません。ご容赦を願います。

 泣きながら軍歌を歌っていると執務室の扉が控えめに叩かれた。

 私は反射的にどうぞといったはずだ。そして、扉を開いた彼女に驚愕した。

「あ、えっと……ごめんなさい……」

 常に控えめな彼女は目を伏せていた。

 私は驚いたように口を開き、そして目元を乱暴に拭ってから士官帽を目深にかぶり直して言葉を紡ぐ。

「……響のことは残念だった。私の認識の甘さ故だ」

 最後の方は泣き出しそうな声色でやっと言葉を紡ぐ。また私は目元を乱暴に拭う。

 いっそ目をえぐれたら、彼女への――響への贖罪になるだろうかなんて馬鹿なことを考えながら。

「私を罵倒したければしたまえ。君には、君たちにはその権利がある」
 
「……提督は職務を全うしました。私はそう思います」

 杯に残った酒を一気に飲み干して私は羽黒の瞳を見つめた。

 いつものおどおどした瞳とは違う、凛とした瞳が私を見つめていた。

「優しいな、君は。私は君達に優しくしたことなど無いのに」

「提督はお優しいかたです。こうして沈んだ艦のために泣いているのですから。それに、提督が常日頃から資材の管理を一手に引き受けて私たちを助けてくれていることは、ここの皆が知っています」

 じわりと視界がにじみ私は嗚咽を噛み殺した。

 別に褒められたくてやっていたわけではないが、認めてくれる者がいることが何よりもうれしかった。

「……ごめんなさい、報告は後日行います」

 声を震わせて羽黒は控えめに扉を閉めた。

 私は士官帽を涙でぬらしながら啜り泣いた。

 空の杯に涙が満ちた。

 私はそれ以来彼女を頻繁に執務室に呼びつけるようになった。

 互いに他愛もない話をするだけの純情な交わりが私達には似合っていた。

 時には文学を語らい、時には音楽を語らい、時には戦術を語らった。

 余談ではあるが、高雄と日向を囮にして霧島が致命打を与える作戦の立案者は羽黒である。

 さて、ひとしきり語らったあとはどちらからともなく互いを抱き寄せる。

 私が彼女の腰を抱き寄せたこともあるし、彼女が細い腕で私を抱き寄せたこともある。

期待したいがスマン、一つだけ指摘させてくれ
羽黒の呼び方は司令官さんだ

 抱き寄せ、抱きしめたあとは接吻と愛撫を繰り返した。

 唇をなぞり、首を食み、手首に舌をはわせた。

 そうして肌を重ねているうちにどちらからともなく離れてゆく。

 彼女がどうかはわからないが私は童貞のまま。しかし、悪い気分ではない。

 愛撫を終えた彼女は真っ赤になって私の頬に一つだけキスを落とし、執務室を後にする。

 それが私たちの秘密。

>>11
やべえすっかり思い違いしてました。以降訂正します。本当に申し訳ありません

 鉄底海峡。

 くそったれな戦場。

 大本営から私に与えられた地で私は指揮をとった。

 いつもの6人は相変わらず私に従い、そして着実に戦果を挙げていた。

 1度目の攻撃は成功し、補給と修復を行ってから私達は再び鉄底海峡へ挑んだ。

 敵の空母と戦艦からの攻撃は熾烈だったが、今まで私が乗り越えてきた修羅場の比ではない。

 ついに雷撃できる距離まで艦隊は迫った。

 迫ってしまった。

 迫ってしまったのだ。

 敵から羽黒に向けて2本の魚雷が放たれる。

 当たるはずはないと――沈むはずはないと思っていた。

 彼女は、羽黒なのだから。

 しかし彼女は魚雷を受けてしまった。

 呆然とする私に、彼女は笑う。

「――――」

「羽黒!!」 

 彼女が死に際になんと言ったのか私は聞き取れなかった。

 羽黒は雷撃の水飛沫に溺れ、そして消えた。

 それからどうやって横須賀に帰ったのかは覚えていない。

 ただ、羽黒の最期だけが目に焼き付いている。

 あの無垢な、子供のような笑みが。

 私はまだ死ぬわけにはいかない。

 せめて羽黒に向けて、平和になったといわねばならない。

 私はまだ、横須賀にいる。
 
 私は私の復讐のために、横須賀にいる。

 夕方の執務室には虚しく軍歌が響く。

 かつては羽黒と共に耳を傾けた音色が虚空に溶ける。

 軍艦行進曲。

 威風堂々とした音色が私の心を締め付ける。

 私は自らを傷めつけるように酒を飲む。
 
 せめて、私も苦しんで羽黒に顔向けをしたかった。

 レコードから流れてきたのが「同期の桜」や「戦友」でなくてよかった。

 きっと私は泣いてしまっただろうから。

 不意に執務室の扉が叩かれ、反射的にどうぞと私は言う。

 杯に残った酒を飲み干してその来客を見やると、我が艦隊の旗艦、霧島であった。

「あぁ、霧島か……私に何か用事でも?」

 呂律のまわらない、焦点の定まらない私はかろうじてそれだけをつむぐ。

「お、落ち着いて聞いてくださいね? 鎮守府の他の部隊より鉄底海峡にて羽黒らしき重巡洋艦の姿を見たとの報告がありました」

 その言葉に、たまらず私は笑った。喉を鳴らして大笑いした。

 なんという残酷な嘘なのだろうか。

「はは! そうか……そうだったらどんなに良かったか……」

「信じてください! 今や鉄底海峡は敵味方の入り乱れる混迷の海です! 羽黒が轟沈したという報告が誤報かもしれません! 私たちは誰も彼女が沈むところを見ていないんです!!」

 私は空になった杯に酒を注ぎ、また一気に飲み干す。

 金属バットで頭をたたかれたかのような衝撃が襲い、そして喉が焼けて思考が淀む。

「私は見たんだ。雷撃の水飛沫が彼女を襲ったのを。死体は見つからなかったとはいえ、一体彼女はどこにいたというんだね?」

「命からがら逃げて、何処かの島に身を隠しているやもしれません! あの場所にはそうするだけの島があります!!」

 霧島の必死な言葉に、私は喉を鳴らして笑った。

「君たちは優しいなぁ。君たちのような部下を持てて私は幸せだよ。大丈夫さ。気持ちの整理ぐらいはつけるとも」

 震える手で杯に酒を注ごうとすると、霧島は両手で私の胸ぐらを掴んだ。

 私の手から酒瓶が転げ落ちる。

「私達は羽黒が轟沈したなどと思ってはいません! 彼女が生きているのなら奇跡でも偶然でもいいんです!! 栄えある『第一艦隊』の希望を笑わないでください!!」

 その言葉に私はたまらず霧島の瞳を見つめた。

 メガネの奥の彼女の瞳は潤んでいた。

 軍艦行進曲のレコードは終わる。

「……そうだなぁ。信じてみるか、『奇跡』という奴を」

 霧島が手を離すと私は両足で立ち上がる。

 霧島は涙を拭い私の瞳を見つめていた。

 レコードを交換し、私は伝令用マイクのスイッチを入れた。

 レコードからは「愛国行進曲」のメロディが流れる。

「前戯をしてくれ。マイクチェックを頼む、霧島」

 私の戯れに霧島は顔を赤らめ、咳払いを落としてからマイクチェックを行う。

 そんな彼女をけらけらと笑いながら、私も咳払いを落としてマイクに叫ぶ。

「第一艦隊全艦に告ぐ! 各員対艦装備を行い鉄底海峡へ進軍せよ! なお、栄えある第一艦隊には1名の欠員の補充が必要である!!」

 愛国行進曲のメロディと共に私は司令を行う。

「今回も6『人』での出撃を行う! 旗艦『霧島』以下『筑摩』! 『高雄』! 『赤城』! 『日向』! そして『赤城』」!

 音声が割れるのも気にせず、私はマイクに向けて叫ぶ。

「選りすぐりの精鋭諸君の中でさらに篩い分けられた最精鋭の6名は直ちに執務室へ集合せよ!」

叫ぶだけ叫んで私はマイクのスイッチを乱暴に切る。

「君が本作戦を伝えるべきだったかね?」

「いいえ、お似合いの演説でした」

 彼方から廊下を走るおとがきこえる。

 最精鋭の6名はきっと、私に付き従ってくれるはずだ。

 私のわがままのために戦争をしてくれるはずだ。

 心が少しだけ、チクリと痛んだ。

>>20
すいません赤城が二人いました。最後の赤城を「利根」に修正します。申し訳ありません

初見です
そして期待

 それからはまさに破竹の勢いであった。

 各々が目を爛々と光らせ、目の前の敵を轟沈させてゆく。

 まるで復讐のようだ。

 私もその例外ではない。

 脳内で麻薬でも分泌されているのではないかという程に気分が高まり、冴えていた。

 進軍最中の我が軍は正に一騎当千の働きであり、無傷のまま敵主力を射程に捉えた。

 日向と高雄が敵の攻撃を惹きつけ、霧島の主砲が敵を打ち抜いてゆく。

 ならばと霧島に照準を向けた艦は日向の徹甲弾と赤城の艦載機、そして筑摩と利根の砲撃によって火を吹いた。

 羽黒の考えた作戦が敵を喰らいつくしてゆく。

 私はわけの分からぬ言葉を叫びながら敵を指さし、航路を切り開いてゆく。

 数十分は続いたであろうその砲撃は止み、あたりには動くものは何もなくなった。

 第一艦隊6名のほかには、何も。

「羽黒!」

 私は大海原の彼方に届くような声で愛しの彼女の名前を呼ぶ。

 ポツポツと浮かぶ島にむけて、喉が壊れそうなほどに声を上げる。

 赤城はありったけの艦載機を離陸させ捜索を行い、日向は電探を稼働させながら航空管制の任務を請け負っている。

 高雄と霧島、筑摩、利根は島まで接近し、私に負けないくらいに声を張り上げていた。

 夕日は翳る。

 すでに私の喉はまともに声を出すことは叶わぬほどに消耗し、赤城の艦載機の燃料も底をついた。

 羽黒発見の報告は未だにない。

 きいきいと耳障りなかすれ声で私は最後の島へと足を踏み入れた。

 これが本当の、最後のチャンスだ。

「――――!!」

 すでに声とも呼べないような音で私は叫ぶ。

 艦載機のエンジン音も、第一艦隊の声も、もう聞こえない。

 乱立する草木の茂みを乱暴にかき分け、私は彼女を探す。

 不意に視界の端で草木が音を立てた気がした。

 私はその音に縋るように――奇跡に縋るように走る。

「きゃあっ!?」

 飛び込むように草むらの向こうに飛び出すと、懐かしい声が聞こえた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 頭を抱えてうずくまる彼女の姿をようやく見つけた私は、気が抜けて地面にへたり込んでしまった。

 ひたすらに謝罪の言葉を述べる彼女は、なんの応答もないことに不安になったのかちらりと私を見つめた。

「あ……司令官さん……!!」

「は、ぐ、ろ」

 耳障りなかすれ声で私はその名を噛みしめるようにやっと言葉を紡ぐ。

 そして自らの喉を軽く叩き自嘲気味に笑った。

 ――それからはあっという間だった。

 怒鳴りすぎて声の出ない私は久しく与えられていない休暇を大本営から命じられ、同じく声の出ない第一艦隊の面々、および私の配下の艦娘達も長期の休暇となった。
 
 大破した羽黒は入渠し、その傷と疲れを癒しているのだろう。
 
 私は喉飴を乱暴に噛み潰しながら執務室でサイン済みの書類の整理を行っている。

 大本営からの贈答品である山ほどの喉飴は有難いが、さすがにキログラム単位で送られてきては過剰だと言わざるを得ない。

 どうせなら絶版のレコードの一枚でも送ってくれればいいのにと一人ごちる。

 「星条旗よ永遠なれ」、「チャタヌーガ・チューチュー」、「ラ・マルセイエーズ」。私が欲しているレコードは無数にある。

 CDではなく古臭いレコードを収集する私に夕張はあきれていたようだが、黒い円盤を鋭い針が撫でながら音楽を奏でる様はいつみても素晴らしいものだ。

 ……私はとっておきのレコードをかける。
 
 古びた蓄音機からはドイツの音楽、ケーニヒグレッツ行進曲が執務室に響く。

 かすれた鼻歌で旋律をなぞりながら窓の外を見つめると、第二艦隊が演習を行っていた。

 軽巡洋艦、神通を旗艦とした第二艦隊は我が鎮守府の最古参の艦隊だ。

 練度は第一艦隊に劣らず、常に慎重に作戦を完遂する縁の下の力持ち――謳われない英雄。

 火力に任せた殴り合いを行う第一艦隊とは異なる細かく器用なその戦術は私の誇りであった。

 再び喉飴を噛み潰して私は演習の様子を見つめる。

 軽巡洋艦と駆逐艦で編成された第二艦隊は演習相手の戦艦に真正面からはぶつからず、常に自分たちに有利な陣形を作って攻撃を加えていた。

 ――私にはする事が無い。

 私宛の書類はすっかり届かなくなり、部下は休暇を満喫している。

 強いてすることを挙げるとするなら、鉄底海峡の動向の調査だろうか。

 我等が横須賀の提督諸兄はもとより、果てはラバウルやトラック泊地からも援軍が来ているという話だ。

 私が休暇をもらっていても直に鉄底海峡は掃討されるのだろう。

 私ではいかなる手を用いようが勝てない提督達が全力で鉄底海峡を掃討しているのだと考えると、少しだけ、ほんの少しだけ敵が哀れに思えた。

 やれ困った、と私はまたもや一人ごちる。

 書類も作戦も無いのでは私はただの給料泥棒だ。

 第一艦隊の慰問に行こうにも、きっと彼女たちも山ほどの喉飴を消化しているはずだ。

 ならば、私が話せる相手は一人しかいない。

 私は羽黒に会うために入渠ドックへ歩をすすめる。

 勇壮なドイツの音楽は背後で扉が閉まる音とともにかき消された。

「羽黒はいつ頃出られる?」

 先日より幾分マシになったとはいえ声はまだ耳障りにかすれたまま。
 
 心底申し訳なさそうな声色で私は整備班長に問う。

「羽黒ならさっき仕上がった。こんなことはこれっきりにしてくれよ?」
 
 その言葉に私は曖昧に笑う。

 いたずらに味方を消耗させるつもりは毛頭ないが、これは戦争なのだ。

 大本営か敵か、どちらかが負けを認めなければいつまでも続く戦争なのだ。

 我々は数多の敵を深海に送り、そして敵も我々の艦隊に手痛い被害を与え駆逐艦、響を海底に没せしめた。

 「殺しているのだから殺されもする」と言っていた私の馴染みの提督は泥とも肉ともつかない「もの」になって死んだ。

 私はその通りだと思う。

 戦争とはそういうものなのだと思う。
 
 殺したのだから、誰かに殺されなければいけないのだと思う。

「ありがとう班長。喉飴がほしければいつでも言ってくれ」

 そんな言葉を残して私はドックを後にすると、廊下で窓を挟んで外を見つめていた利根と目が合った。

「おう、お主はしっかり休め」

 なんともな挨拶に溜まらず私は笑みをこぼす。

 利根の声は私と同じように耳障りにかすれたまま。

 「お疲れ様、利根。君に知らせがある」

 笑みを浮かべたまま私はそのように言葉をつむぐと、利根はびくりと肩を跳ねさせる。

 どうやら、悪い知らせだとでも思い込んでいるのだろう。

「貴鑑を近々編成される第三艦隊の6番艦に任命したい。正式な通知はまだだが、覚えていてくれると助かる」

 私の言葉に利根はとたんに瞳を輝かせる。

「第一艦隊の面々が復帰し次第、第三艦隊の編成を最優先で行うつもりだ。それまではゆっくりと休んでくれ」

「提督……おう! 吾輩の力、存分に発揮して見せよう!」 

 空気を切り裂く音すら聞こえそうな鋭い敬礼に、私は再び笑みを漏らした。

とりあえずは前回の投下分まで。
バッドエンド路線とハッピーエンド路線のどっちにするか悩みましたがバッドエンド路線だとたぶん俺が泣くのでいちゃラブします。

イチャラブは大好物です

良かった沈んだ羽黒はいなかったんだね

 利根の敬礼を背に受けながら私は羽黒を探す。

 第一艦隊が集っていた食堂の扉を開くと、その一角に私の記憶と寸分たがわない光景がそこにあった。

 第一艦隊――霧島と、筑摩と、赤城と、高雄と、日向と、そして、羽黒の談笑。

 確かに彼女は生きているのだ。

 そう考えると涙がこみ上げてきた。

 泣くな、日本男児だろうと自らに鞭をうち私は大股に彼女たちのもとへ向かう。

 筑摩が私に気付いたようで、羽黒の耳元で何かをささやくと羽黒は真っ赤な顔で筑摩を見つめた。

「さて、お邪魔虫は退散しましょうか」

 いたずらっぽく高雄が宣言すると、羽黒以外の5名は薄笑いを浮かべながら立ち上がる。

 羽黒は真っ赤な顔のままおろおろと周囲を見渡している。

 第一艦隊のほかの面々は羽黒に手を振ったり、笑みを投げたりしながら食堂を後にする。

 食堂には私と羽黒だけ。

「……あの、司令官さん」

 羽黒の言葉を待たず、私は羽黒を抱きしめる。

 彼女の華奢な体が折れぬように、精いっぱいの理性を保ちながら私は椅子に掛けたままの彼女を抱擁する。

 羽黒は顔を真っ赤にしたまま、しかし私の襟元に頬をこすり付ける。

「……今の私の声は君には聞かせたくない。君の声だけが聴きたい」

「……はい」

 羽黒は私の耳元で感謝の言葉と、愛の言葉をつむぐ。

 私は彼女の首元にキスを落とす。

 戯れは続く


―――


――



――


―――


「……あの、司令官さん?」

「何だ?」

 耳障りな掠れ声で私は応える。

 愛撫を終え、普段なら盛りも終える段取りだが彼女はまだ私にしがみついている。

 私は彼女の髪をゆっくりと撫でながら慎重に彼女の言葉を待つ。

「どうして、私を助けてくれたんですか?」

「――それは、私がどうして響に執着しなかったか、ということか?」

 私の言葉に羽黒は必死に否定を行う。

 もちろん、彼女はそんなつもりで言ったのではないのだろう。

「君たちでは見えないものが見えることもあるから、私は響を救ったんだ」

 羽黒は腑に落ちないように私に頬を重ねる。

 私だけが知っている秘密を彼女に教えるには、彼女はまだ幼すぎる。

 響の最期は私だけが知っていれば良い。

 敵艦の砲撃が命中して艤装が吹き飛び、右手と左足と、顔の下半分さえも吹き飛んで血の泡を吐いていた彼女の最期なんて、私だけが知っていれば良い。

 私は私の――指揮官の仕事をやったのだ。

 部下に無駄な苦しみを与えぬこと、それが私の任務だったから。

 私の脳裏にはいつも最期の響がいる。

 吹き飛んだ顎をゆがめながら笑みを浮かべて敬礼をしていた彼女に打ち込んだ銃弾の薬きょうは、私の机にしまっている。

「ずるいです、司令官さんは」

 私の耳元で羽黒は言う。

「自分一人で全部抱え込んで、私たちに優しくするんですから」

 私は彼女の顔を正面から見つめる。

 羽黒の瞳に私の顔が写る。

「君たちには君たちにしかできないことがある。私は私にできることをしているだけ――」

 羽黒が私の唇を塞ぎ、再び愛撫を始める。

 私は心に一点の墨を残したまま、ぎこちない羽黒の愛撫を楽しむ。


――


こんなところで。響の提督諸兄にとっては面白くもない展開になったと思います。申し訳ありません

 夜。

 執務室で薄く埃を被ったCDプレイヤーが部屋の空気をゆらす。

「提督もCDなんて持ってたのね。旧石器時代の人かと思ってたからびっくりしたわ」

 喉飴をかみつぶす仕事をしている最中に、臨時の秘書艦である夕張が話しかける。

「レコード盤がない曲はCDで聞く。君は随分と失礼だな」

 がりがりと奥歯で喉飴をかみつぶしながら私は言う。

「てっきりCDの存在も知らない人かと思っちゃった」

「CDは音をデジタル化する都合上どうしても可聴域以外の『ノイズ』をカットしてしまうから嫌いなんだ。その『ノイズ』こそが演奏者の味なのに」

「はいはい、それは素晴らしいことですね」

 私の精いっぱいの反論を夕張は興味なさげに受け流す。

 長い付き合いだが、彼女とは「悪友」という関係が似合うと思う。

 私が部下の中で苦手とするのは「夕張」「神通」「妙高」の3人だけ――のはずだ。

 夕張と神通は私の着任直後から従ってくれている戦友で、妙高は私が心から愛する羽黒の姉。

 一度妙高と話した際は「羽黒を泣かせたら承知しませんから」と笑みを浮かべながら言われたものだが、その笑みの目元が全く笑っていなかったことは私の記憶に生涯残り続けるのだろう。

 私は癖となった大きなため息を吐く。

 喉飴は順調になくなっているが、まだ一斗缶数本分はあるはずだ。

 私は次の喉飴を口に放り込み、奥歯でかみつぶしながら夕張に茶を要求する。

「今日はお酒は飲まないんですか?」

 素直に茶を淹れた夕張はそのように問う。

 私は湯呑に手を触れ、その熱さにたまらず手を引っ込める。

 夕張は「してやったり」といった表情を浮かべている。

「……私は酒を飲むと泣いてしまう。君に泣き顔を見せたら後でどうなるかわからん」

「いいじゃない。泣きたいときに泣きなよ」

 そういって彼女はどこからか酒瓶を取り出す。

 私は猫舌を悟られぬように、ちびちびと茶を飲み干す。

 夕張が空になった湯呑に酒をそそぐ。

「君は普段酒を飲まないな? 普通なら茶の入っていた湯呑に酒は注がない」

「まぁ気にせず。ぐっと行ってくださいな」

 口内に残る飴を噛み砕き、誘われるがままに酒の入った湯呑にゆっくりと口をつける。

 喉が焼けるような感覚とともに食道と胃が熱くなり、鼻腔から酔いの気配が忍び出る。

「羽黒ちゃんから聞いてたよりも面倒だわ」

「君が酒を勧めたんだ。後始末は君がしろ」

 すっかり脳天まで酒に浸った私は上機嫌にレコードを用意する。

 埃被ったCDプレイヤーの出番はこれにておしまい。

 レコードからは私が幾度も聴いた音楽が流れる。

 軍艦行進曲。

「あなたって本当に救いようのない戦闘狂だわ」

「ああ、知っているさ。味方が死んでも提督を続けようなんて奴は、イカれてるやつしかいないのさ」

 私は酒を飲み干して笑う。

 夕張はどこかあきれたように私を見つめていた。

きょうはこれまで

 次の日、私は自己嫌悪にさいなまれながら喉飴をかみつぶす。

 事もあろうに夕張に醜態をさらしたことと、酒の飲みすぎによる二日酔いの気だるさが私を襲っていたからだ。

 司令室には私一人。

 秘書艦であるはずの夕張はどこにいるのだろうか。

 喉飴をかみつぶして私は窓から外を見つめた。

 窓から外の景色は平和そのもので、仕事のない艦娘や妖精たちが走り回っている。

 私はすっかりとなじんだ士官帽を脱ぎ髪を撫でつける。

 そして私は思い出したようにレコードをかける。

 「抜刀隊」。

 確かに陸軍と海軍は仲が悪いが、音楽の前には些細なことであろう。

 私はかすれた声で鼻歌さえ歌いながら窓から外を見つめる。

 どれくらいそうしていたのか、私は意識して瞬きを落とす。

 部屋にはいつの間にか妙高が待機していた。

「……気づかなかったな、すまない。楽にしていてくれ。何の用事だ?」

 私は努めて冷静に士官帽をかぶり直して言う。

 妙高はくすくすと笑みをこぼした。

「本日、秘書艦に任命された妙高です」

「何!?」

 たまらず私は声を荒げる。

 秘書艦である夕張はいったいどうしたのだろうか。

「夕張さんから代行を仰せつかりました」

 笑みを浮かべる妙高のその言葉に私はたまらず息を吐いて椅子に腰かける。

「あの小娘、少し灸を据えてやろうか……」

 喉飴をかみつぶして次の喉飴を放り込み、私は吐き捨てるように言う。

「しかしなぜ君なんだ? 君とて愛しの妹が心配だろう?」

「羽黒は強い子ですから」

 その言葉にたまらず私は笑みをこぼす。

「はは、酒におぼれて夜な夜な涙を流す提督よりは強いだろうさ」

「自虐ほど笑えない洒落もございません」

 その言葉に私は肩を震わせて笑う。

「あぁ、君たち姉妹はどうしてこうも似ているようで似ていないんだろう。つくづく面白い」

「お気に召したようで光栄です」

 ぺこりと軽く頭を下げた妙高を見つめて私は大きく息を吐く。

「……そういえば君と語らうことはほとんどなかったな」

「えぇ。提督は私をそばに置こうとしませんでしたから」

「あぁ、そうだったな。ただ、嫌っているわけではないということは理解してほしい」

「あら、そうなんですか?」

「端的に言えば、尊敬しているといってもいいだろうね」

 私の言葉に妙高は多少驚いたようで、しかし温和な笑みを浮かべる。

「あぁそれとちょうどよかった。君を近日編成する第三艦隊の旗艦にするつもりだ。心しておいてくれ」

「旗艦……私が?」

「あぁ。鎮守府近海の制海権の維持を目標としている。君になら任せられると思った」

 ファイルにとじられた1枚の書類を妙高に突き出すと、妙高は泣き出しそうな笑みを浮かべる。

 どこか羽黒に似た笑みだ。

「光栄です、提督」

 私は咳払いを一つ落とす。

「さて、私には仕事がない。話し相手にでもなってくれるか?」

「喜んで」

 私たちは笑みを浮かべて言葉を交わす。

区切りのいいところで謝罪させてください、ノートPCがいかれたので新調しました。更新が遅れて申し訳ないです。

壊れて遅れたなら仕方ない


良い雰囲気だな

お久しぶりです。投下しようと思ったらj包丁でj指を切ったので少し遅れます

「ひゃっはぁー!! 酒だ! 酒持ってこーい!!」

 夕陽もとっぷりと暮れた夜、食堂の一角で隼鷹の陽気な声が響く。

 食堂に集まっているのは妙高、隼鷹、榛名、陸奥、利根の5名だ。

 第3艦隊の5名である。

「隼鷹さん、その、提督がいらっしゃる前に酩酊するのは……」

「構うもんかい、どうせあの朴念仁は今でも執務室でカリカリやってんのさ」

 榛名の遠慮がちな言葉は隼鷹によってかき消される。

 榛名は陸奥に応援を求めるように目配せをするが、陸奥は目をそらすと自らのお猪口の酒をちびりと飲む。

「はぁ。こんな面子をまとめなくちゃならないなんて……」

「心中察するに余りある」

 机の片隅で妙高は腕を組んで視線を落とし、利根はそんな彼女をねぎらうように彼女の肩をたたいている。

「だいたいあの色ボケはもう仕事なんて来てないんだろーう? だったらなんで開始時間過ぎても来ないのさ?」

「君も暇な身だろう。急ぐ必要はないと思うが」

 けらけらと笑う隼鷹の頭を握りしめて私はいう。

 隼鷹は冷や汗をかきながら背後を振り返り、私と視線を合わせるとぎこちなく微笑んだ。

「すまない、またせたな」

「いったい羽黒ちゃんとどんなプレイをしてたのかしら?」

 陸奥がそうつぶやくと、妙高の額に青筋が浮かぶ。

 私はその様子を見つめてから、冷静に言葉を紡ぐ。

「何もしていない。書類の整理を手伝ってもらっただけだ」

「ははん?」

 陸奥はお猪口に口をつけながら笑う

「のう、提督。鎮守府ではそういうことは控えたほうがよいと思うのじゃが――」

「何もしていない、いいな?」

「お、おう」

 ぎろりと利根をにらみつけ、私はいう。

 こほんと1つだけ咳払いを落とし、私は自らのお猪口に酒を注ぐ。

「――さて、それでは第三艦隊の結成を祝して。乾杯」

「乾杯」

 各々が言い、カチンとお猪口とコップ、グラスを打ち鳴らす。

 私の脳はまた酒に侵されてゆく。

短いですが今日はこれまで。第3艦隊の5番艦はだれなんでしょうね

遅れました。投下します

 あれから一月が経った。
 
 すっかりとわれらの部隊は元通りになり、遠征に偵察にと八方を駆けずり回っている。

 唯一異なる点とすれば、秘書艦担当が日替わりになったことぐらいだろうか。

 羽黒と私の関係も、あのときの純情なまま。

「馬鹿げてる」

 私は一枚の書類を見つめ、吐き捨てるように言う。

 本日の秘書官である隼鷹はそんな私を楽しげに見つめて御猪口の中の酒をゆっくりと口に運んでいる。

 私の視線を受けている書類には「民間人対象のイベント開催の『命令』」という仰々しい文句が踊っている。

「馬鹿げてる。我々は軍人だぞ」

「上の連中はそうは考えてないって事だろー?」

 憎々しくもう一度その『命令書』に視線を落とす。

 おおよそ戦争とはかけ離れた平和なイベントの開催指令だ。

「大方近隣から『あの鎮守府は何してるかわかんないからおっかない』って苦情でもあったんだろーさ」

 けらけらと笑いながら隼鷹は言う。

「我々の仕事は知られないほうが良い」

「でも、命令には従わなきゃいけない」

 からかうように隼鷹が言う。

「ま、いくつかの案はみんなで考えてみるよ。提督のほうでも考えてみてよ」

「……仕方ない」

 大きくため息を吐いて私は再び書類仕事を始める。

「お酒なら用意してあるよー?」

「仕事中に酒を飲むほど肝が据わってはいない。君と違ってな」

 少しばかりの羨望を込めた視線を隼鷹の御猪口へと向け、私はペンを走らせる。

「――ってぇことで、この中から開催イベントを4つほど絞っていこうかと」

 めったに使用されることがない会議室、隼鷹によって黒板に真っ白いチョークで開催イベントのアイディアが書き出されている。

 鎮守府の観光案内から物販まで、その内容は多岐にわたっている。

 いくつかは目も当てられないような内容もあるが、大部分は皆真面目に考えたのだろうということが伝わってくる内容だ。

「とりあえず『ビアガーデン』は却下だ」

「えー? 提督のための提案なのに―?」

 隼鷹は不満を漏らしながら白いチョークで描かれた文字を消す。

マダー?

「じゃあカラオケ大会がいいわ。私たちと提督が歌えば盛り上がるでしょう?」

 隼鷹とのやり取りが面白かったのか陸奥がくすくすと笑いながら言う。

「待て、私が歌うのか?」

「えぇ。執務室でしょっちゅう歌ってるじゃないの」

 至極当然、といった様子で陸奥は言う。満面の笑みを浮かべながら隼鷹は「カラオケ大会」という文字を大きく白丸で囲った。

「あ、あの……」

 遠慮がちに声が上がる。

「羽黒、どうした?」

 いつもと変わらない声色で私は彼女に問う。

「私たちのお仕事紹介なんて、いいと思います。住民の皆さんはきっと、私たちが鎮守府や海で何をしているのか知らないでしょうから」

 おどおどとしながら、遠慮がちに羽黒は言う。

「鋭いところに気付いたねー羽黒ちゃん。よし、決定」

 隼鷹は笑いながら「お仕事紹介の文字を白く囲む。

 会議は続く。

――――

――

国民の理解を得るのも、軍の大事なお仕事だからね。
旧日本軍も修学旅行や婦人社会見学会を受け入れて、物販や艦艇の観覧・体験乗船なんかをしてたし。
手を抜いちゃダメよ。

いまの自衛隊も航空ショーとか音楽会とか祭りとか色々やってるぞ

 そして、幾許かの日が流れる。

 普段は民間人の立ち入らない我らが鎮守府には民間人があふれかえっている。

 老若男女が混ざり合い、様々な部隊の様々な催しを興味深げに見つめていた。

 私の部隊の出し物は「歌謡ショー」と「仕事の紹介」、そして私の部隊の面々との「会話」である。

 

「大盛況だな。信じられないが」

「えぇ、本当に」

 私の隣に立つ羽黒は感動したように言う。

 兵器として生まれた彼女にとっては、なにか思うところがあるのだろうか。

 遠巻きに人波を眺める私の視界をふと異様な一団が横切った。

 喪服を身にまとった6人の艦娘達。

 まるで葬列のように人波をゆっくりと引き裂いている。

 私はその奇妙な一団へと大股に足を踏み出す。

 羽黒もその軍団に気付いたのか、警戒しながら私の後ろを歩む。

「……君たちは――あぁ、『あいつ』の指揮下の」

「お久しぶりです」

 喪服を身にまとった艦娘の一人、鳳翔が言う。

 彼女のことは知らないわけではない。

 砲撃を受けて泥とも肉ともつかない「もの」になった私のなじみの提督の秘書艦だった人だ。

 きっとあれ以来彼女は――彼女たちは壊れてしまったのだろうと思う。

 形ばかりの葬儀もとっくに済ませたのに、彼女たちはまだ喪服を身にまとって葬式を行っているのだから。

「……わかってはいるんです。私たちは『踏み出さなくてはいけない』、と」

 ぽつりと鳳翔がつぶやく。

 心を見透かされたようなそのセリフに、たまらず私の心臓は跳ねた。

「でも……もうすこしだけ、『あの人』の面影のそばにいさせてください」

 少しの淀みもない凛とした瞳で鳳翔は言う。

 見れば、彼女に従う5人も凛とした瞳で私を見つめていた。

「私は誤解していた。君たちがすっかりと正気を失ったのだと思っていた」

 震える声で私は言う。

 いつの間にか羽黒は私の服の裾をつかみ、おびえがちに彼女たちを見つめていた。

 人波は流れてゆく。

「私は君たちのようにはなれない。きっと私が愛する人を亡くしたら幻影に憑りつかれてしまうとおもう」

 私の言葉に鳳翔たちは薄く笑う。

「私は君たちがうらやましいよ。私は君たちのように強く成れなかったから」

「でしたら、大切にしてください、愛する人を」

 穏和に笑みを浮かべて喪服の彼女は――彼女たちは笑う。

「……あぁ。そうだな」

 ちらりと羽黒を見遣り、私は大きくうなづいた。

 喪服の一団は一礼をし、再び人波を縫う。

「し、司令官さん……」

 おびえたように羽黒は言う。

 私は彼女の髪を優しくなでながら言葉をつむぐ。

「私の馴染みの提督の部下だった艦娘さ」

 「だった」という言葉で何かを察したのか、羽黒はそれ以上言葉をつむぐことはなかった。

 私は沈黙に耐えられずに白い士官帽を脱ぎ、羽黒にかぶせる。

 羽黒は困惑したようだが彼女にとっては大きすぎる士官帽を指で押し上げ、私のことを見つめていた。

 私たちも人波を縫って歩く。

 催し物を興すために。

 私に割り当てられた部屋で私は咳払いを落とす。

 狭い会議室まるで小さなコンサートホールのようで、小さなステージを覆い隠すように幕渡り、それが私を遮っている。

「御集りの皆様方、本日はご足労いただき誠にありがとうございます」

「これより我らの部隊の司令官による催しを開催いたします」

 幕の向こうから霧島の声が聞こえる。

 私は再び咳払いを落とし、ステージの中央のスタンドマイクのスイッチを入れた。

 私は士官帽を脱ぎ去った姿で、目をつむって幕が開くのを待つ。

 一曲目はこの曲にしようと決めていた曲を思い出す。

 私に似合わないCDプレイヤーから音楽が流れだす。

 前奏の最中に遠慮がちに私を見つめる羽黒と視線が交わる。

 この曲を、君に捧げようと思う。

 心から愛しい羽黒に捧ぐ――。

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