男「はぁ、今日も疲れた」(19)
部長「……ん、定時か。男、もう帰っていいぞ」
男「あ、はい。部長はまだ帰らないんですか?」
部長「今日は娘が部活で遅れるからな。ここで時間を潰してから迎えに行く」
男「そうですか。では、お先します」
部長「うぃ、お疲れさん」
男「……ふぅ、今日も頑張った」
男「最近はよく定時上がりできるし、調子がいいな。外が明るい内に帰れるってのは気分が良い」
男「……お、ここの喫茶店……看板変えたのか」
男「前よりかなり派手になったな……週末に来てみるか」
男(……毎日徒歩で通うこの道も、見る度に変わるもんだな)
jk「………」
男(ん、あの制服はここら辺の高校の……なかなか良いデザインしてるよなぁ)
jk「………」
男(……携帯でも弄ってるのか?妙に歩くのが遅いな……追い越すか)
男「………」
jk「………ッ!?」
男(追い越しただけなのに驚かれたぞ……ちょっと傷付くじゃないか)
男(まぁ、実際に携帯を弄ってた様だし……いきなり驚くのも仕方ないか)
男(……ちょっと、可愛かったな)
jk「………」
男「……ん、メールか」
from:妹
友達とカラオケに行くので遅くなります
夕飯は自分で作ってください
男「急だな……この通りの先のスーパーにでも寄るか」
男(……久々に妹の分も作っておいてやるか)
jk「………フッ」
男「ッ……!?」
男(さっき俺が追い越したjk……あの子が、俺を追い越しただと!?)
男(しかも、追い越し際に笑った……俺の足の遅さを笑ったのか……?)
男(………面白い。学生時代は『ジブリ並のスピード感』と言われた俺の足の速さ、見せてやる)
男「………!!」
jk「………!?」
男「………ふぅ」
jk「ッ……くっ……」
男(ふむ……思ったより速かったな。妹が並んで歩けば、置いて行かれるくらいには)
男(……女の子相手に、大人げなかったかな)
男(これ以上あの子に背中を見せると、また追い越されそうだし……あの角を曲がるか)
男「あ、スーパー。……まぁ、駅前にもあるからいいや」
そして、男が角をまがったその先に。
jk「………」
男「ッッッ!?」
jk「………~♪」
男(馬鹿な!!俺を追い越した!?くそっ、いつの間に……!?)
男(いや、俺は前を見て歩いていた!なのに角を曲がった途端にあの子が……ッ、まさか!!)
男(近道……!?そうまでして俺に勝ちたいか……!!)
jk「……ん、これ良い曲。ゆっくり歩いて聴くには丁度良いかも?」
男「ッ………!!」
男(あの、女……ッ!!)
男(いいだろう。近道をするという事は、逆に言えば正攻法では俺に勝てないという事)
男(100メートル……いや50メートル、あの女が角を曲がらなければ追い越せる!!)
男「………ッ」
jk「………」
男(……よし、この直線なら脇道もない!ここで仕掛ける!!)
男「……少し、急ぐか」
jk「……ッ!!」
男(うぉぉぉぉぉ!!いっけぇぇぇぇぇ!!)
jk「ッ……!チッ……!!」
男「……最近弛んでるのかな。前はもっと速く歩けたのに」
jk「ッッッ!?このっ……!」
男(くくっ、今のは効いただろう。俺に挑んだ事、後悔するんだな!!)
男(だが、油断はできない。駅までの最短ルートを最速で帰る……!)
jk(……ふふっ)
いくつかの角を曲がり、男は大通りに出る角を―――
jk「相変わらず、この通りは人が多いなぁ」
男「ッッッ!?」
男(何故だ……何故俺の前にいる、女ッ!!)
jk「おー、あの車かっこいいかも。 速 そ う だし?」
男「なんっ……!!」
男(またしても近道だと!?俺は最短ルートで駅へ……)
男(待て、何故先回りできる?まるで俺が大通りに出る事を予知していたかのように……)
男(……そういえば、この女は『相変わらず、この通りは人が多い』と言っていた)
男(そして俺が知りうる最短ルートに隠された、2つもの近道)
男(いや、違う……俺が知る最短ルートはあくまでも『分かりやすい道順』に過ぎない)
男(俺が裏路地のルートを知らない事を読まれている……つまり、俺がこの辺りの住人ではない事を読まれている!!)
男(くそっ!!地元民のあの女と、駅に向かう俺……『この勝負のゴール地点』が固定してしまった!!)
男(ゴール地点を誤魔化すために、一度追い越してから道を変えるか……?)
男(いや、それは本末転倒だ。この勝負は足の速さ……どれだけ短時間で目的地に着けるかの勝負)
男(何か、何か手はないのか……!?)
jk「えーと、駅までの近道は……どうだったっけなぁ?」
男(くそっ、なんて女だ……!!俺が追い越せば近道を使われ、追い越せなければ負けに繋がるのを知っている……!!)
jk「うーん、地元に住んでる私でも分かんない道が多すぎるからなぁ。……ま、どうでもいっか♪」
男(この女っ!!俺への牽制とはいえ、傍から見れば独り言が多いアホの子だぞ!!)
男(俺は……アホの子に、負けるというのか……?)
jk(……ふふっ、動揺してる)
jk(もう私の勝ちは確定してる。私の背中を、今晩の悔し涙のオカズにするがいい!!)
男(……負ける、はずがない)
男(俺達社会人は、1秒のロスが年収に影響を与える世界で切磋琢磨している)
男(俺の敗北は、社会人の敗北!絶対に、負ける訳にはいかないんだッッッ!!)
男「………ッ!!!!」
jk「……ふふっ」
jk(距離を縮めてきた……また追い越す気?)
jk(何度やっても同じ事……また近道を使わせてもらうわ!!)
鬼気迫る男は、jkのすぐ後ろにまで迫り……そして―――
jk「………?」
男「………」
jk(追い……越さない……?)
jk(どう、したの……?私の背後にピッタリと………ッ!!まさか!!)
jk(駅に着く直前で追い越す気なのッ!!?)
男(……綺麗な髪だ。風になびくその美しさは、この勝負……この『瞬間』でしか見られないだろう)
男(だが、その背中を越えた先の景色は!更に美しい物だと、俺は確信する!!)
jk(くっ、引き離せない!!)
jk(近道を……いや駄目!!先導する私が近道をしたら、この人も絶対に着いて来る!)
jk(……打つ手が、ない……!!)
男(俺の、勝ちだぁぁぁああああああああああ!!!!)
―――駅構内、本屋。
雑誌を手に取り、並んで立ち読みをする男女。
jk「……負けたわ」
男「……君は、よくやったよ。ゴール地点を的確に推測し、速さで勝る俺をここまで追い詰めた」
jk「お世辞とかいいから。……それに」
男「それに?」
jk「……別に、推測なんかしてないし」
男「………?」
jk「帰る。それじゃ」
男「……それじゃ」
jk(ゴール地点は、知ってたから)
jk(だって、私は。……いつも、あの人の事を―――)
「あ、君。ちょっといいかな」
男「はい?」
「市民から『早歩きで女子高生を追いかけまわしている』という通報があってね」
男「……はい?」
「……署まで、同行して貰えるかな」
以上です
読んで頂いた方、ありがとうございました
泣ける
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