入学式から3ヶ月経った校内は、放課後も生徒たちのクラブ活動で静けさとは無縁だ。
高校生というのはもっと大人だと思っていたが、周囲を見る限り幻想だったということを思い知る。
そしてこれもまた大人への一歩なのかなあなんてつまらなく考えた。
赤く焼かれる教室の中は僕一人だというのに、外から聞こえる運動部の喧騒や楽器の音のせいで孤独を感じることはない。
そろそろ帰ろうか、と腰を上げる。
するといつから落ちていたのかわからないが、僕の足の下にはノートがあった。
床より若干柔らかい感覚にびくりとする。
体ごと後退させてノートの表紙を見るが、名前も教科名も書いていない。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407225176
幸い足あとがついていなかったことに安堵し、そのノートを手にとってページを捲った。
「あ、」
中身は日本史。
今日提出しておかなければならない課題があったはずで、ノートには提出用のプリントが挟まっていた。
誰だかわからないがおっちょこちょいだなと呆れる。
しっかり内容は書いてあるし綺麗な文字だ。
整った字は少し丸美を帯びていて、女性的な印象を持っている。
昇降口までの道中に歴史の準備室はあったはずだ。
そして授業外はそこに先生がいる。
お節介ながらも僕は、紙一枚手渡すくらいいいかと考えた。
そこにこのノートの持ち主であろう女生徒への下心がほんの少しもなかったかと聞かれると、嘘になるけれど。
廊下は誰も居ない。
夕日がまぶしい光を窓から注いでいて、拾ったノートで若干紫外線からガードしながら歩く。
相変わらず部活動の音で飽和しているけれど、足音は僕一人だけのものだ。
それがなんとなく寂しくなって、準備室へ急ぐ。
「失礼します」
中に聞こえるであろう声量で声をかけて扉に手をかける。
思ったよりも音はなく開いた。
しかし肝心の先生が、いない。
トイレにでも行ったのかなと思いながら日本史の担当である若い男の姿を思い浮かべる。
いわゆるイケメンというやつであり、生徒、特に女子に人気が高い。
かといって男子が嫌っているかというとそうでもなく、口を開けば面白い話をしてくれるし生徒のことをちゃんと気にかけているもんだから非の打ち所がない。
そんな先生を僕は、ちょっと苦手にしている。
とりあえずプリントと、あと持ち主がわからないノートを置いていこう。
(きっとあの先生のことだから文字で生徒のことを把握しているだろうし。)
なんとなく悪いことをしている気分になりながら勝手に中へ入る。
極力足音をたてないように、なんて無駄なことだ。
ところが準備室の奥の部屋、教材の物置となっている部屋から人の声がすることに気づいた。
なんだ、奥にいたのか。
僕の声が届いていなかったのだろうな、と思い一声かけようと進む。
「こら、勝手にまた。駄目だと言っているだろう。」
先生の咎める声に、話しかけているのが生徒だとはっとした。
説教中に割り込むのはよくないかな、と思うがすぐ終わるかもしれないと少しだけ話を聞くことにした。
こわい
「でも、我慢が――――から、お願い。」
そして続いて聞こえてきたか細い、だが確かに甘えるような女子の声に、僕は驚愕した。
まさか、先生と生徒の禁断のアレってやつじゃあ。
そっと暗い奥を覗いてみると、先生の姿しか見えない。
いや違う、先生が女子生徒を覆うようにしていて見えないんだ!
生徒に人気で授業も面白い先生がまさかこんなことをしているとは。
相手は誰だろう、上級生か。
出歯亀になっていることは置いといて、僕は息を殺して二人のやりとりを聞くことにした。
「だとしても君のお父さんになんて言えばいいか……。」
「そんなの関係――でしょ、――――なんだもん。」
女子の声が小さくて聞き取りづらいが、どうやら本気の恋らしい。
保護者にカミングアウトするまで発展しているのか。
と、そこでその声に聞き覚えがあることに気づいた。
囁くような、しかし張りがあって神経質そうな声。
授業中に当てられてもさらりと流れるように答え正解する彼女の凛とした表情。
まさか、と思った。
でもあのプレゼントをねだるような女の子らしい響きを取り除けば、そうとしか思えないじゃないか。
同じクラスで前の席の、佐野米(サノメ)さんだ。
ごくり、と無意識に喉が鳴る。
許されない恋が、いつも僕に背を向けている彼女が、涼しい笑みをいつも浮かべている先生が、気になった。
今彼らはどんな表情で向き合っているのだろう。
「いい子だから言うことを聞いてくれ、いずみ」
佐野米さんの、下の名前。
なんとなく姉の持っている少女漫画を見ていたときのような、それ以上見ていられないというようなこっ恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
僕は夢を見ているようなふわふわとした気持ちで廊下へゆっくり出た。
そっと扉をしめる。
このことは僕の心のなかだけに閉まっておこう。
2ヶ月後、先生は幼馴染だという女性と結婚した。
僕から見た限り、彼女の態度は何一つ変わっていなかった。
それは周囲から見ても同じらしく、何も変化のない日常が過ぎていく。
先生は授業中奥さんの惚気を吐くし、僕は気が気でなかったけれど。
でもやっぱり佐野米さんはいつも通りだった。
それが逆に気の毒に思えてしまって、僕は心のなかだけでそんな彼女に慰めの言葉を送った。
先生は堂々と付き合っていた、そして捨てた少女に対してそんな台詞を言えるのかと、少し軽蔑した。
教室の中は何一つ変わらない。
彼女も、みんなも。
(あんなもの、見なければよかった)
そうすればこのもやもやとした気持ちを毎日感じずにすんだのに。
「なあ、グミやるから日誌書くの頼まれてくんね?」
放課後、僕は甘酸っぱい弾力を楽しみながら教室でたそがれていた。
(あーグミおいしい)
彼だって悪気があったわけではない。
大事なスタメンになれるかどうかの練習試合があることは知っている。
グミの持ち主であった運動部の爽やかな友人がグラウンドで走り回っているのを見つめながら、僕は校内の喧騒たちをBGMにぼんやりとしていた。
日誌は書き終えたから帰ってもいいのだが、家に帰ると家族がうるさい。
何か部活をすればよかったかな、とこの学校の文化部に何があったか考えながら校舎のほうを見る。
ああ、そうだ、真面目な吹奏楽部に月2回しか活動のない茶道部、不器用な僕にはまず無理な家庭科部の3つしかないんだった。
この学校は運動部がやけに活発だ。
スポーツ推薦で入った生徒がクラスの3分の1以上を占めている。
特にこのクラス、男子がほぼ当てはまり僕の友人は大体推薦で入ってる。
おかげというべきか試験はそこまで勉強しなくてもそこそこいい点数をとれるし、先生もそこまで試験結果は重視していない。
まじめに授業を受けていれば成績は悪くならないのである。
なんとなく日誌をさかのぼって見てみると、たまに「部活で練習試合です、がんばります」などというコメントをつけている生徒がいたり。
ぱたんと日誌を閉じてそろそろ帰ろうかと時計を見る。
5時を過ぎている。
やけに夕日が眩しいと思った。
僕は足元にノートが落ちていないことを確かめて、立ち上がった。
廊下はやっぱり僕一人だけだ。
あの日のように眩しい光を手で遮りながら進む。
準備室には目を向けないように、廊下の窓から外を眺める。
校舎はH状に建っていて、平行した廊下の窓が向かい合うように見える。
向こうの廊下に人影があるのを見つけて、少し目を細めた。
(あ、佐野米さん)
彼女は長い黒髪を揺らして、胸に何かを抱いて歩いていた。
なんだろう、まるで人の頭のように見える。
抱かれた頭からは明るい色のショートヘアが生えていて、頭部だけのかつらを被ったマネキンのようだった。
だが目を凝らして見るとそのマネキンが、開かれた目をこちらに向けたのだ。
「なま、くび……!?」
紛れも無く、あれは人の生首であるかのように僕は錯覚した。
夜、僕はベッドの中で今日見た衝撃的な事実を繰り返し考えていた。
生首のように見えた、でもそれはきっと錯覚だ。
だって生首は目を動かさないし。
そもそもあそこに佐野米さんがいたかどうかだって怪しい。
きっとあれは黄昏れていた僕の悪い夢。
そういえば愛する人の首を欲しがった少女の映画を見た、きっとそのせいだ。
あの生首の目が生々しく現実を訴えていることに気づかぬふりをして、僕はベッドの中で丸くなった。
「見られたかも、どうしよう先生」
夢を見た。
少女が、佐野米さんが、先生の生首を抱いて「見られちゃった」と眉を下げている、そんな夢。
朝目が覚めた時、僕の体中は汗でびっしょりだった。
もうすぐ夏だし、湿気でじめじめしているせいだろうか。
まあ、夢のせいなんだろうけれど。
あのなまく……いや、マネキンは一体なんだったんだろう。
幻覚だったらいいな、いや、幻覚を見る時点でどうかしている。
精神科にでもかかったほうがいいんじゃないかと自分の心配をしてみる。
ああ、でももしあれが現実だったとしたら――きっと佐野米さんは美容師になるんだろう。
僕は美容師になって笑いながら接客する彼女を想像してみた。
似合わない。
もうちっとカイギョウしてくれると読み易いかなあ
乙
期待
「それでこの伝説の面白いところはなぁ」
日本史の授業は相変わらず脱線をしつつも面白い小話で生徒を楽しませる。
昨日のあれはやっぱり勘違いだったのだ、と前の席の彼女を見た。
何も変わらない日常に体から力を抜くと、前を向いていたはずの黒々とした大きい目が僕を覗いている。
「わっ」
「どうしたの、そんな幽霊を見たような顔をして」
幸い教室は先生の話に盛り上がり騒々しかったので、僕の情けない声はかき消された。
「ごめん……」
「別に謝らなくてもいいんだけど。むしろ驚かせちゃってごめんなさい」
「いや、勝手に驚いただけだから、こっちこそごめん」
このままでは謝罪のループだ。
僕はどうしたの、と佐野米さんに問いかけた。
「昨日の放課後、見られたかと思ったんだけど」
キノウノホウカゴ?
一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
正しくは理解したくなかった。
「私が……生首を持っているところ」
囁くように、僕だけに聞こえる小ささで、まるで恋人に愛を告白するような甘い声が、脳みそを溶かす。
昼休み、歴史の準備室で待っているから。
そう告げた佐野米さんはすでに背を向けていた。
彼女の声はゆっくりと僕を侵食する。
これは、夢じゃない。
「今の話試験に出るからなー」
「先生、試験に教科書に載ってないことを出すのはどうかとおもいまーす」
周囲の笑い声も、この毒を浄化してはくれない。
休み時間を知らせるチャイムが鳴り、授業は皆の笑い声のまま終わった。
友人たちが今日はどのパンを買っただとか弁当の中身が嫌いなものばっかりだなんだと話すのを遮って用事があるから、と去ろうとすると引き止められた。
「おいおいお前に用事なんておかしいぞ」
「まさか彼女ができたとか言うんじゃないだろうな!」
「彼女の手作り弁当か! あーんか、あーんしちゃうのか!?」
違うと咄嗟に否定するが女子と会うことに変わりはない。
否定の言葉に違和感を感じたのか友人たちは「やっぱり彼女か!」と噛み付くように僕の腕を掴んだ。
「だから違うって、ちょっと先生に頼まれごとを……」
「委員会も部活もやってないのに?」
「に、日本史! 日本史の先生に準備室に来るよう言われてんの!」
「あー、たけせんせーか」
「っていうかそろそろ先生の名前くらい覚えたらどうなんだ」
ああだこうだ言ってくるむさくるしい男どもからやっと解放された。
もう佐野米さんは教室から消えている。
僕は急いで廊下を歩いた。
読みやすい改行がわからないのでちょっと試行錯誤になると思います、申し訳ない
地の文は改行しないほうがまとまりとしてはいいんですけど読みにくいかな
乙
俺は今のままが読みやすいと思うよ
まだ?
盆で帰省しているのでまとめて書けませんが、ぼちぼち再開していきます
さて、ここで佐野米さんのことについて少し話しておこうと思う。
彼女は僕と同じクラスで、後ろの席であるということを除けばそして特にこれといった接点がない人物だった。
プリントが配られるときちょっと手が触れ合って意識したり、休み時間に席を立つ彼女のぴんと伸ばされた背筋をつい見てしまったり、その綺麗な長い黒髪が光に当てられているのに見とれてしまったりしているのは、僕が彼女を意識しているだけの話だ。
容姿だけで言えば佐野米さんは人目を引く部類だと思う。
先述の通りの髪はクラスで一番、いや、この学校で一番綺麗だと僕は思っている。
まるで日焼けを知らないかのような肌は真っ白で、でも教室の人工的な光の下だとそれは青白く感じてしまうくらいに不健康だ。
でも体育の授業は見学なんかしているところは見たことがない。
いつもあの肌を太陽のもとにさらしているけれど、日焼け止めを塗っているのかも。
とにかくすごく白くて、髪は真っ黒で、可愛いというよりも美人。
どちらかというと高翌嶺の花で男子生徒にすごく人気だけど告白をしたという話はあまり聞かない、そんな人。
そんなことばかり言っていて僕がストーカーみたいに思われるかもしれないけれど、それが本当のことでこの学年の男子はみんな思ってる。
強いて言うなら彼女を見れば誰だって思う。
席が後ろになったときはそれはもう友人たちから羨ましがられたものだ。
でも佐野米さんには友人はいないようだ。
もう数ヶ月経っているというのに彼女は休み時間ずっと読書をしているようだし、移動教室のときも一人。
それもあって余計に近寄りがたい雰囲気なのかもしれない。
彼女の声が聞けるのは、学校で先生に当てられた時だけ、なんてみんな言うくらいだ。
だから先生と佐野米さんが付き合っているのかと、応援したくなったのに。
あんな佐野米さんの一面があったのかと、人間らしさにほっとしていたのだ。
準備室のプレートがかかった教室の前で、僕は深呼吸する。
僕以外ここらへんにはいないから、まるで放課後のように生徒たちの声が遠くに聞こえる。
それだというのに中には誰もいないのかと思うくらい音がない。
からかわれたのかな、もしかして。
息を潜めてじっとしているのに全く人気がない目の前の教室。
いや、まだ来ていないのかも。
僕は意を決してドアを、開けた。
「失礼します」
「いらっしゃい」
僕を出迎えたのは、佐野米さんではなく先生だった。
「あの子が迷惑をかけるね」
困ったように笑うと、先生はぽかんとした顔の僕を中へ入るよう促した。
授業がないときはたいがいここにいつ先生だけれど、まさか今もいるとは思ってなかったのだ。
まるで親が子供の失態を詫びるような態度にも面食らっているんだけど。
「はあ……?」
「あれ、もしかしてまだ事情がよくわかってない?」
「ここに来るように言われただけなんで」
「そうだったのか。あいつがもう話してるもんだと思ってたよ」
「……佐野米さんとは仲がいいんですね」
あの子だとか、あいつだとか。
そういう呼び方をする先生に皮肉めいて言うと、今度は先生が目を見開いた。
「いずみとは従兄弟なんだけど、まさか聞いてない?」
聞いてないよ、まったく!
「いやあ、友達もいないようだし心配してたんだ。ほら、愛想悪いだろ?」
「はあ」
なんで僕は先生の愚痴を聞いているんだろう。
ぼんやりと自分の勘違いを悔いながら佐野米さんはまだかとドアを見る。
すぐにでも開いて、この際だれでもいいから来てくれるとすごく助かるんだけど。
「昔から友達がいなくてなあ、でも君と喋るようになってくれたら先生も嬉しいんだけどな」
「そ、そんなの無理ですよ!」
「やっぱ、だめか? 贔屓目かも知れないが美人なほうだと思うぞ?」
「そういう問題じゃないです……たしかに、綺麗だとは思いますけど」
「そうだよなぁ、なんであんな無愛想になっちまったんだか」
先生は教室で見る顔ではなく、まるで保護者みたいな、兄みたいな言い草で僕に話しかけてくる。
生徒に向けるようなものじゃなくて、お節介焼きのお兄さんみたいなグイグイくる感じ。
「センセー、そこらへんにしたらどうですか」
廊下側ではなくその反対、倉庫のようになっている用具入れから彼女は登場した。
「佐野米さん、いたの」
「ご飯食べてたの、ごめんなさい。先生とあなたが話しているのを聞いていたらなんとなく出にくくて」
子供のイタズラが成功したような笑顔で言われても。
完璧に確信犯だけれど、初めて見る佐野米さんの表情についまじまじと見入ってしまう。
「いずみのこと、頼んだぞ」
先生は先生で安心しきったように僕の方に手をのせ、保護者面で微笑んでいる。
頼んだとか、何を言っているんだこの人。
でもいつもの授業中の先生よりも接しやすいような気がして、僕はよくわからなくなってしまう。
「あの、ところで僕はなんで呼ばれたんですか」
先生は打って変わって口をつぐんで佐野米さんに視線を向ける。
佐野米さんは僕のそばに寄って来て、秘密の話を打ち明けようとするような目をした。
「私の味方になってほしいの」
柔らかな声色が、彼女のほのかなシャンプーの匂いが、まるで誘惑するように染みこむ。
僕は味方、とぼんやりしたように聞くと、彼女は力強く頷いた。
「私のトモダチが見つからないように」
先生後ろであれはオモチャだと言っていたが、僕は佐野米さんに絆されたかのような夢心地で馬鹿みたいに呆けて彼女を見つめているだけだった。
佐野米さんは僕の手をとって物置になっている奥の部屋を連れて行く。
先生が咎めるように呼びかけるが、彼女も僕も振り返ることはなかった。
「びっくりするかもしれないけど、大声を出してはいけないよ」
「う、ん……」
僕は一体何と会わせられるんだろうかと不安の影がよぎる。
幽霊か、妖怪か、それとも死体?
先生の言うとおりのただのおもちゃだったらこれから佐野米さんを僕はどういう目で見ればいいのだろう。
友達ができないかわいそうな子だとでも思ってしまうのだろうか。
少しひんやりしていて細く皮膚が薄そうな彼女の手。
つないでいたのはほんの少しだったけれど、僕はその感触が永遠に残るんじゃないかとさえ感じた。
"生首"はあまりにも無機質で人でないことを主張しているのに、僕に人間のような感情を向けていたのだ。
はよ
「キミがイズミのお友達?」
僕に気づいた生首は、にこにこと漫画ならついていそうなほどあからさまな笑顔を作った。
これは生きているのか?
にわかには信じがたく、早鐘のように鳴る心臓を抑えた。
「大丈夫かな、心拍が上がっているようだけれど」
なおも話しかけてくる生首は、笑顔を崩し僕を不思議そうに見ている。
どうしたらいいかわからずキャパシティオーバーした僕は助けを隣の佐野米さんに求めた。
いつの間にか触れていた手は離れていたけれど、彼女は僕を安心させるように笑った。
「本当の人間の頭部みたいでしょ」
その言葉はしてやったというようなものだったけれど。
「ワタシはイオっていうんだ、よろしくね。……あ、この体じゃ握手はできないんだったよ」
「イオはちょっと抜けてるの」
何がおかしいのか二人(と呼んでいいものか)はくすくすと笑い合う。
置いてけぼりのような気持ちの僕は、そっか、と意味のない同意をこぼした。
最初こそインパクトがあってまじまじと見ることはできなかったけれど、鼓動は穏やかになってきたし何より"これ"
が人間ではないことを理解したので、僕は改めてその姿を目に写す。
一見人間かと思われたがよくよく見るとどこか違和感があり、佐野米さんの言葉の意味を理解する。
(まるでアンドロイドだな)
動きがぎこちなく表情は多彩なものの決まったものをループしているような印象を受ける。
顔は中性的だが、化粧をされているかのようなそれは女性よりか。
首の切断部はメタリックな首輪のようなもので覆われていて、一層機械的だ。
イオと名乗った生首は僕の視線に気づいたのか、自分のことを話し始めた。
「察しているかもしれないけれど、ワタシはヒューマノイド・ロボットなんだ。イズミの父が製作者だよ」
ひゅーまのいどろぼっと、と口の中で転がすように反芻する。
というより佐野米さんのお父さんってロボットが作れるのか、すごいなあ。
大学の教授かなにかだろうか。
佐野米さんはイオの説明に口を挟むつもりはないらしく、マイペースにもかばんから本を取り出すと読み始めた。
「最近のロボットってすごいんだね、まるで人間みたいだ」
「それはちょっと違うかな。この機器にインストールされているような演算式は現代科学の技術では到底実現不可能なレベルだからね」
「へえ……?」
いわゆるドヤ顔というものをしながらイオは語る。
そういったものに疎い僕は、イオの言葉に首を傾げた。
あれ、現代科学では不可能?
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