【艦これ】深海の呼び声 (824)

注1:艦娘がひどい目にあうかもしれません
注2:某神話クロスではないです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1405736335

1. 着任


この世界には2種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
そしてもうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」である。
この深海棲艦に対抗するために登場したのが、長年の友人である妖精の協力を得て開発された「艦娘」システムだ。

これは、適合した少女が艦艇の魂を宿した艤装により戦闘その他を行うというものだ。
我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘システムでもって深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「えー、本日付でこの鎮守府に着任した提督だ。よろしく頼む」

集会室に集まった艦娘らおよそ10名に向けて彼はひょいと制帽を上げた。
何も話すことがないな、と思い、昨日のうちに挨拶を済ませた事務からもらったリストに目を落とす。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦…。

「あーそうだな、それじゃ自己紹介でもしてもらおうか」

艦娘らが首を傾げたり顔を見合わせたりとそれぞれ反応した。
居心地の悪さを感じて提督は少しため息をついた。

「…いや、いい。今日は解散とする。このなかで最古参は誰だ?」

再びざわめく艦娘ら。まもなく「はい」と一人が手を上げた。
もう一人の手を引いて前に出てくる。

「ここが一番長いのはわたしたちだと思います」

「よろしい。二人は少し残ってくれ。では解散」
 

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼が以前勤めていた鎮守府では聞くことのなかったにぎやかさだ。
慣れないそのにぎやかさが潮を引いていくと、集会室にはぽつんと二人の艦娘が残された。
彼は壁にもたれかかった。

「君ら、名前は? ああ、艦名を頼む」

艦娘らはもともと普通の女の子なので当然本来の名前がある。
提督が求めたのはそれではなく艤装を含めた彼女らの"役職"ともいえる艦艇の名前だ。

「特型駆逐艦、綾波と申します」

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

「二人に二、三聞きたいことがある。この鎮守府はどうだ?」

「どうって?」

敷波がつまらなさそうに問い返す。
慌てて綾波が執り成した。

「すいません! この子ちょっとぶっきらぼうで…」

それに対して敷波は「なんだよう」と呟き、提督はあごを掻いて、

「かまわないさ。うん、じゃあ戦力だな。君らはどう見る?」

綾波は困ったような顔をした。

「ううん、そうですね…」

「弱いよ」

「ほう」「ちょっと敷波…」

「だってそうじゃんか。10隻ちょっとしかいないし、その半分は駆逐艦だし、空母はいないし…」

目をそらしたまま敷波は言い募る。
それを聞いて綾波は提督に向き直った。

「でもみんなの練度は高いです! 駆逐艦は経験豊富な子も多いです」

「それは他が出られないからでしょ」

「どういうことだ?」

「その…資材が」

綾波は言いよどんだが、言いたいことは簡単にわかった。
つまり、この鎮守府には資材が少なく、そのため戦艦が出撃できないのだ。
すると今度は深海棲艦に侵略された占領地を奪取することが出来ず、結果が出せなければ資材配給は滞る。

「なるほど。悪循環だな」

うんうん、と提督が頷く。
 

「それで、二人はここに配属されてから一番長いんだよな?」

「そうです」

「他はどういう順で配属されたんだ?」

「ええっと、長門さんと入れ替わりで山城さんが来て…」

「山城? さっき居た戦艦は比叡だけではなかったか」

「山城さんはずっとドックで入渠してるんだよ」

敷波の言葉に提督は、ああ、と合点がいった。
資材不足は戦艦を出撃だけでなく修復もできないようにしているのだ。

「わかった。続けてくれ」

「はい。それから羽黒さん、潮ちゃん、大井さんと北上さん…」

「北上さんはもういないけどね」

「あっ……そう、そうです。他にももういない人はいます」

提督はあえて詳細を尋ねなかった。
 

「それで、曙ちゃん、比叡さん、夕立ちゃん、霞ちゃん、それから天龍さんと龍田さんが一番最近です」

「ふうん。確かに駆逐艦に偏ってるな」

「ここは"ゴミ箱"なんだよ」

「敷波!」

「言ったのはあたしじゃないし。4人くらい前の司令官だし」

「あー、わかったわかった」

提督は右手をひらひらと振って二人を執り成した。

二人を帰してから彼は事務へと足を運び、所属艦娘の配属事由などを調べることにした。
山のように書類と資料を積んだ執務机のある提督室の照明は夜が更けても消えることはなかった。
 

2.

翌日、昼前に提督がふらふらと外を散歩していると、霞と潮を見つけた。

「おー」

紙煙草をくわえたまま提督が眠たそうな声を上げると、二人が気付いて振り返った。

「あっ……提督…こ、こんにちは」

「うん。何やってるんだ?」

「えっと、そのう…」

「訓練よ。なに、文句でもあるわけ?」

口ごもる潮に代わって、霞が強気に答える。
提督は煙を吐いた。

「いや、いいんじゃないか。二人だけでやってるのか?」

「そうよ。悪い?」

「さ、最初はみんなでやってたんです。
 でも、出撃もないし、ちょっとずつ減っていっちゃって…」

「で、今は二人しか残ってないって訳か」

「みんなたるんでるったらないわ。艦娘たるものいつでも出撃できるようにしておくべきよ」

気炎を吹き上げる霞に対して提督は煙を吐いて答えなかった。

「ん。もう昼食の時間か。じゃあな」

「は、はい」

3.

広い食堂に艦娘らがまばらに座って食事を摂っていると、

「おーい、ちょっと聞いてくれ。あ、いやそのままでいい」

カレーの皿を持った提督がやってきた。

「司令官。どうしたんですか?」

「ここは艦娘用の食堂だよ」

近くで向かいあって食べていた綾波と敷波が話しかけてくる。
提督はそれには「わかってるって」と答え、

「あー、なんか事務から秘書艦を指名するよう言われたので、――羽黒!」

「ひゃいっ!?」

すみのほうでかしゃんと音を立てて黒髪の少女が立ち上がった。

「貴官を秘書艦に任命する。悪いが昼食が終わり次第、提督室まで来てくれ。以上」

ざわめきだす食堂を後にして、提督は廊下を歩きながらカレーを食べるのだった。

4.

提督室のドアが控えめにノックされ、提督は広げていた地図と資料を無造作に片付けた。

「入ってくれ」

「はい…」

おずおずと顔をのぞかせたのは羽黒。
しかし彼女だけではなく大きくドアを開いて、

「提督さん! 夕立を秘書艦にしたほうがいいっぽい!」

駆逐艦・夕立と、

「いいや! 秘書艦になるべきなのはオレだ!」

軽巡洋艦・天龍、そして龍田も入室してきた。

「なんだ、呼んだのは羽黒だけだぞ」

「す、すいません…!」

「いや羽黒を責めてるわけじゃないんだ。で? 君ら秘書艦になりたいのか?」

「秘書艦になれば出撃して前線に出られるんだろ?」

「それはそうだが…ええと、君は軽巡だよな?」

「オレの名は天龍! フフフ、怖いか?」

「え? あー、そのだな…」

「オレの装備が気になるか? 世界水準軽く超えてるからなァ!」

ちろりと天龍の艤装に目をやった提督は彼女のセリフに苦笑した。
お世辞にも世界水準とはいえない、ボロボロの12.7cm連装砲である。
 

「夕立も秘書艦になってパーティしたいっぽい!」

「君は駆逐艦か。あぁ夕立か。…パーティ?」

「そう! 敵艦を沈める楽しいパーティ!」

「あぁ戦闘ってことね…。君は?」

「はじめまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~?」

「うん。まぁ大丈夫だが…。秘書艦になりたいというわけではないのか」

「私は天龍ちゃんの付き添いだよ~」

「そうか。じゃあ天龍と夕立。それから羽黒。なぜ秘書艦が羽黒なのか説明するぞ」

提督はぴろりと所属艦娘リストを示した。

「この鎮守府には駆逐艦が多く、空母はゼロだ。資材は少なく、戦艦を多用することは現実的でない。
 資材を得るためには遠征に出ざるを得ず、軽巡にはその旗艦を務めてもらう。
 となると駆逐艦を指揮するには重巡が最適で、ここには重巡が羽黒しかいない。
 以上から、羽黒が第一艦隊旗艦つまり秘書艦ということになる」

これを聞いて天龍と夕立がなにか言おうとしたので、

「君ら二人が前線に出たがっていることはわかった。検討しておく」

と先回りして、そして龍田を含めた三人を帰した。
 

「さて、と」

残った羽黒はびくりとした。

「楽にしてくれ。ああ座ってくれていい」

申し訳なさそうにソファに腰を下ろす羽黒。
提督は紙煙草に火をつけた。

「君を秘書艦にした理由はさっき説明したとおりだ。
 それで、早速なんだが一週間後、第一艦隊には出撃してもらいたい」

「し、出撃ですか?」

「ああ。資材不足を解消するには長期的には出撃して戦果を出すのが最良の手だ。
 同時に遠征によって短期的に資材を確保し、出撃を可能にさせる」

言いながら提督はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「第一艦隊はこんなふうに編成してみたんだがどうだろう」

走り書きのメモを見て、羽黒はあたふたした。

「ん? あァすまない字が汚すぎたな」

「い、いえ、その、…ごめんなさい」
 

「旗艦に羽黒、それから軽巡が天龍、大井、駆逐艦が――」

「大井さん、ですか…」

「? ああ。重雷装巡洋艦の火力は抜群だからな」

「司令官さん、大井さんには会われましたか?」

「…昨日、入渠中の山城以外の全員とは顔を合わせたはずだが」

「あの時、大井さんはいなかったと思います…」

「そうなのか? どこにいたんだ」

羽黒はしばらく答えなかった。
提督も黙って煙をふかして、彼女が口を開くのを待った。
非常にいいにくそうにしながら、羽黒はぽつりと答えた。

「……営倉、です」
 

今日は以上


前任の提督に酸素魚雷でも撃ったのかな?

北上さんがアレだから、まあお察しだなあ

あと乙

ssで営倉って表現するのは初めて見た

乙デース
ここからどう鎮守府が立ち直っていくのか楽しみだな

乙ー、これからに期待

良策になりそうな予感!

間違えた、良作で

完走、期待しています

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5.

「あら。羽黒さん。北上さん知りません?」

営倉へ赴いた提督と羽黒に、大井は前置きなく尋ねた。

「あ、あの、大井さん。こちら、新しく着任された司令官さんです」

「こんにちはー。軽巡洋艦、大井です。どうぞ、よろしくお願い致しますね」

「ああ、よろしく頼む」

檻の向こうにいることを除けば、にこりと挨拶する彼女には何の異常も見られない。

「それで、北上さんがどこに行ったか知りませんか?」

しかし。

「お…大井さん。あの…、北上さんは…、もう、いないんです」

「――あ?」

大井の表情から感情が抜け落ちる。
 

「北上さんは――轟沈したんです…!」

羽黒がそう言うと、大井は態度を豹変させた。
ガァンと檻に掴みかかる。

「そんなわけないだろうがッ! 北上さんが沈むわけない! 私がいる限り!」

目を見開き、髪を振り乱して大井は叫んだ。

「お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!」

口角泡を飛ばして詰る大井に羽黒は「ひィ!」と悲鳴を洩らして後じさった。
提督も息を呑んでいる。

「北上さんを返せ! 返せ! 返せェーッ!」

さきほどまでのにこやかな仮面をかなぐり捨てて、血走った目をした大井は絶叫した。

「いつも…こうなのか」

「は、はい。北上さんが轟沈してしまってから…。営倉に入れるしかなかったんです」

「そうか…」
 

ぼろぼろになった指で檻を掴み、めちゃくちゃなことを喚いていた大井は前触れなくおとなしくなって、

「うふふ…北上さん、今日も綺麗な足ね…」

ぶつぶつ呟きながら営倉内の汚い壁を撫でだした。
その両目は、提督と羽黒には見えないものを見ていた。確かに見ていた。

「ええ、そう…そうね。うふふ…もう、北上さんったら…」

虚空と会話する大井を置いて、二人は逃げるように階段を登ったのだった。
 

6.

「あれは…大井の扱いはどうなってるんだ。傷病者は除隊させられるんじゃないのか」

提督室の窓から青空を見上げながら、提督は煙草の煙を吐いた。
羽黒はソファに座り込んで脱力している。

「北上さんが轟沈してしまって、当時の司令官さんは異動になりました。解任になったのかもしれません。
 大井さんの様子がおかしくなったのは、その後でした」

駆逐艦の少女らがたわむれている声が聞こえてくる。

「次の司令官さんは見て見ぬふりをされました。その次の司令官さんは拘置観察として営倉入りを命じられました。
 それから、どの司令官さんも大井さんを放置したんです」

しばらく、どちらも口を開かなかった。

「………。だから、大井を艦隊に入れられない、というわけか」

「そう、です…」

なるほどな、と深く頷いて提督はまた考え込んだ。
 

oh…

そのとき、提督室の電信管が警報を鳴らした。

『敵艦隊の接近を感知! 敵艦隊の接近を感知!』

びくりと弾かれたように立ち上がる羽黒と対照的に提督は姿勢を変えずに苦った。

「まだ編成も済んでねぇってのに…!」

「あ、あの、それは…」

「?」

「編成は、必要ないと思います…」

「どういう――」

どういう意味か、と提督が尋ねようとすると、窓から聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「駆逐艦夕立、出撃よ!」

「うっしゃぁっ! 出撃するぜ!」

提督が窓から身を乗り出して見たのは、統率されずに海上を進む艦娘らであった。
 

「夕立と天龍…龍田もか」

「あとは霞ちゃん、綾波ちゃん、潮ちゃんですね…」

「あいつら、命令もなしに出撃しやがって!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、いや、羽黒が悪いんじゃない」

「すみません、ここは司令官さんが指揮を取らないことのほうが多いんです。
 そのため艦娘は各自で出撃・戦闘します」

「なんだそれは。そんなことが許されるのか?」

「この鎮守府に着任された司令官さんはほとんど出撃させません。ですから戦闘は今みたいにはぐれ艦隊を迎撃するくらいです。
 そのくらいの相手なら、簡単に倒せますから…」
 

7.

「っぽい!」

イ級Aに突っ込んでいく夕立。
身を低くして海面を滑りながら夕立は12cm単装砲で砲撃する。
その砲撃を面舵で回避しながら反撃しようとした深海棲艦を、

「おらァッ!」

肉薄した天龍の刀がすれ違いざまに両断した。
爆発するイ級Aの残骸の向こうで霞がイ級Bと、綾波がイ級Cと撃ち合っている。

「霞ちゃんっ!」

潮の声にはっとした霞はしかし背を向けていた綾波に勢い余ってぶつかってしまった。

「きゃあっ!」

弾かれあって体勢を崩す二人を狙ってイ級B、Cが照準を定める。
 

「だめぇっ!」

潮の放った砲弾が何とかイ級Bを沈める。
しかしCの砲撃には間に合わなかった。
撃ち出された砲弾は放物線を描いて綾波へ飛来。

「っ!」

着弾。
ばしゃんと音を立てて綾波が海面に転がる。

「綾波! しっかりしやがれ!」

天龍が駆け寄ると、しかし綾波は艤装を損傷しているものの本人にはほとんどダメージはなかった。

「あ…か、霞は、」

綾波は着弾の寸前、霞に押されて直撃を免れたのだ。
しかしそのために霞は右手を大きく火傷してしまっていた。

「平気よ、こんなの…どうってことないわ」
 

一方、イ級Cには夕立が喰らいついていた。
先制射撃で小破させた深海棲艦の口腔に12cm単装砲を突っ込む。

【ギァッ!】

「これでど~お?」

夕立の砲撃がイ級の口腔内に充填されたエネルギーを誘爆させた。

「あははっ!」

本当に楽しそうに笑って夕立が離脱。
口から煙を吐きながら大破したイ級が逃げていこうとする。

しかしその眼前には悠然と龍田が立っていて、

「うふ♪」

イ級の天頂からまっすぐ刃を貫き入れて絶命させた。
 

8.

戦闘が終わり、三々五々帰投してくる艦娘らを提督と羽黒は迎えた。

「ご苦労だった」

提督はざっと被害状況を見て、

「霞。すぐに入渠すること」

「あたしィ? 綾波が先でしょうが!」

「命令だ。早くしろ」

苛立ちを隠そうともせずに霞は舌打ちした。

「タイミングおかしいったら!」

吐き捨てて霞がドックへと去っていく。
慌てたように、ぺこりと一礼して潮がそれを追った。

「あー、綾波は霞の次に入渠するように。他は? 夕立は平気か」

「だいじょぶっぽい!」

「そうか。なら良い。解散してくれ」

提督は踵を返した。

羽黒はなんともいえない居心地の悪さを感じた。
それは、これまで整然とした指揮系統下にいた提督と、奔放に動き回るこの鎮守府の艦娘らとのギャップのせいに違いなかった。
 

今日は以上

乙です。
提督と艦娘との間に信頼関係が結ばれるのはいつになるのやら

期待

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9.

夕食ののち、提督が提督室にこもって資料をざらざらと読んでいると、ひとり敷波がやってきた。

「どうした」

いつもぶすっとしているような彼女ではあるが、今はその表情の下に別の熱のような感情が渦巻いているように見えた。
敷波は黙っているが、それはなんといっていいか言葉を探しているらしかった。

「まあ座るといい。なにか飲むか?」

「あのさ」

提督が立ち上がってヤカンを火にかけると、敷波はようやく口を開いた。

「うん」

「なんで綾波を後回しにしたのさ」

「………」
 

紅茶の葉をティーポットに入れ、カップをお湯であたためて、ポットにもお湯を注ぐ。
その間、提督は答えなかった。

「綾波のほうがひどいケガだったでしょ!」

「そうだ」

日本国海軍で採用されているpVdc(汎艦娘損害判定基準)でいうと、霞は小破、綾波は中破であった。

「だから霞を先に入渠させたんだ」

「どういう……」

「この鎮守府には艦娘が少ないからだよ」

紅茶を二つのカップに注いでテーブルに置き、提督はソファに腰掛けた。

「綾波も霞も万全じゃないわけで、次の戦闘には出しがたい。
 しかしこの鎮守府には艦娘が少なく、出撃できない者が多くなると戦闘そのものに差し支えることになる」

敷波も提督の対面にすとんと座った。
 

「それって、戦える子を減らしたくない、ってこと?」

「正確には出撃できる人員が減っている状態の時間を出来る限り少なくしたい、だが」

「だから…、修復にかかる時間が短い霞を優先した」

「そうだ」

「ふうん…」

理屈はわかっても気持ちは簡単に割り切れない。そんな顔をしていた。

「納得しろとは言わない。俺ができるのは判断の理由を示すだけだ。
 霞を優先したのはただ戦略的な点からだけであって、それ以外じゃない」

提督はそう言って、紅茶を飲み干した。

「……提督は冷たいね」

「…そうか」
 

「うん……、わかった」

紅茶をかき混ぜる敷波。
ふ、と息を吐いて提督は立ち上がった。

「それはよかった。じゃあそれを飲んだらもう寝なさい」

「はーい」

提督は執務机に戻り、ばさばさと資料を取り上げてまた目を通しだした。
その様子を横目で見ていた敷波は、

「ねえ、司令官」

と、ぽつりと呟いた。目だけを少女に向ける提督。
敷波は紅茶の水面を見つめている。

「綾波はすごいんだよ。戦闘にも怖がらないで出るし、出たらちゃんと敵を沈めるし…。
 今日は失敗しちゃったけど、ほんとにすごいんだよ」

「………」

「あたしとは違う…あたしは……」
 

10.

「羽黒ー」

艦娘が朝食を摂っている食堂の入口で提督が秘書艦を呼んだ。

「おはようございます、司令官」

「また来たの?」

綾波と敷波にひらひらと手を振る提督のもとに慌てて羽黒が駆けつける。

「おっおはようございます!」

「うん、おはよう。朝から悪いが、一○○○に艦娘を集めてくれるか? メンバーと場所はこっちにメモしてある」

「は、はい。出撃ですか?」

「いや、出撃は6日後だ。出撃のための訓練だよ」

「訓練…」

「ああ。内容はそのときに話す。じゃあ頼むな」

「はい!」

トーストをかじりながら提督が去っていくと、羽黒の周りに艦娘らがわいわいと寄り集まった。

「なになに? 出撃の指示っぽい?」「えぇっ、出撃ですか…!?」
「やっと出撃な訳?」「ついにオレの出番が来たか!」

「あ、あの…ちが……ご、ごめんなさいぃぃ!」

メモをのぞきこんで勝手に騒ぎ出す同僚らに対して何も言い出せず、羽黒は泣きたくなるのであった。
 

11.

一○○○。演習場。
ここは湾の内部であるが、ほとんど整備されていない。
提督が以前勤めていた鎮守府では広大なプールを建設して演習場にしていたが、ここのそれは自然そのものだ。

「はー、良い天気だ」

紙煙草をふかしながら提督が演習場の波止場に歩いてくると、

「敷波も早くおいでよー」

「どうせまた上がらないといけないでしょ」

水面に立つ綾波と堤防に腰掛けて足をぷらぷらさせる敷波、

「水上では当然バランスが大事になるわ」

「う、うん」

少し離れた水上でしっかりと立つ霞とふらふらしている潮、

「オレの装備が火を噴くぜぇ!」

「天龍ちゃん、カッコイイわよ~」

陸で砲塔を振り回す天龍とそのそばで微笑む龍田、

「早く戦いたいっぽい~!」

「ちょっと夕立! 水しぶきかけないでよ!」

水上を走り回る夕立ときゃんきゃん怒る曙が見えてきて、

「あ…司令官さん、その、ご、ごめんなさい!」

そして羽黒が頭を下げた。
 

「ん? なにか問題があったか」

「いえ、その…みんな出撃だと思っちゃったみたいで…」

「ふうん? まあいいよ。あれ? 比叡は?」

「え? あっ、どうして?」

「いないな。呼び出すからちょっとみんなを集めておいてくれるか」

ばたばたと羽黒がみんなを集めて整列させていると、

「金剛型戦艦・比叡! ただ今参上しました!」

比叡が全力疾走してきてその列に並んだ。

「比叡…寝てただろ」

提督が呆れたように指摘すると、

「えっ!? 寝てません! 寝てませんってばぁーっ!」

「寝癖ついてんのよこの昼行灯」

「ひえぇーっ!」
 

「さて、じゃあ説明するぞ」

二列に並んだ艦娘らに向けて、提督は話し始める。

「まず、今日は出撃じゃないからな」

一部の艦娘らのブーイングを無視する提督。

「ただし、出撃のための訓練ではある。
 えー、羽黒。それから天龍、夕立、霞、綾波」

「はい!」「おう!」「ぽい!」

それぞれ返事しながら呼ばれた艦娘が前に出る。

「君らを第一艦隊とする。
 今日は残る者が敵艦隊の役割をとって、第一艦隊の戦闘教義の確認と機動の練習を行う。
 比叡、敵艦隊を指揮してくれ」

「わかりました!」

「手加減はしなくていいからな。さぁ位置についてくれ。
 第一艦隊はこっちへ」

「「「はい!」」」

比叡率いる艦隊が水面に降り立ち、沖合いへと滑り出す。
それを確認してから提督は振り返り、

「さて。君らの作戦はこうだ―――」

イタズラを考える子供のように笑った。
 

とりあえずここまで

お疲れさん。


酉とかは付けないのかな?

乙です

どんな作戦なのか気になるな

おつおつ

これ大井復帰出来んのか?

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>>47
すぐ忘れちゃうからな 必要?

12.

海上。単横陣。

「一○三○。定刻です」

右端につめる綾波が時刻を報告。
それに応じて羽黒が右手を挙げる。

「演習を開始します! 敵は戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻!
 戦艦の長距離砲撃に注意してください!」

「了解!」

「微速前進、はじめ!」

羽黒の号令で艦隊が水面を滑り出す。

「わくわくしてきたっぽい!」

「夕立! 前に出すぎよ」

それぞれの距離は150メートル。
艦娘の戦闘では、一度にまとめて攻撃を受けないよう散開して作戦行動をとるのが常識である。
 

「いつでもかかってこい!」

羽黒の横で天龍が吼えた。

左端で羽黒は不安を感じていた。
提督には"作戦"を授けられてはいたが、しかし相手には戦艦がいるのだ。
軽巡と駆逐艦の構成は同じ。
つまり彼我の違いは重巡と戦艦、すなわち羽黒と比叡なのだ。

相手に勝つには羽黒が比叡に勝たねばならないということになる。
しかし提督の作戦は羽黒が比叡に勝つための方策ではない。
果たして本当に勝てるのか――

「! 来たっぽい!」

「敵艦隊を発見! 目視でも確認しました、単縦陣です!」

夕立と綾波の報告にびくりとする。
心拍数が上昇していく。
 

『B艦隊、単縦陣でA艦隊に接近。A艦隊の左端を進路にとっています』

一方、陸で観測班の報告を聞いた提督は煙草をくわえたままにやりと笑った。

「予想通りだな」

『そうなのですか?』

「うん、そりゃそうだ。単縦陣は海戦陣形の基本だからな。
 反航戦でも、戦艦の威力なら重巡だって一撃で倒せる見込みはある。
 比較的強度の高い重軽巡を先に撃破して、残りの駆逐艦を片付ける算段だろう。
 単横陣なんて時代遅れな陣形で、戦艦も空母もいない艦隊なら余裕で勝てると思ってるんだろ」

『違うのですか』

「あいつらがやってるのは艦艇が戦う海戦じゃない。どちらかというと戦車が走り回る陸上戦だよ。
 ということは海戦の常識は艦娘戦闘には通用しない」

『艦娘戦闘は陸軍の戦術のほうが向いているということですか?』

「さあね。それをこれから模索していかなくちゃならんのさ」

『なるほど―――A艦隊、B艦隊射程まで60秒!』
 

「先頭は戦艦! 敵射程まで残り60秒!」

「作戦に変更ありません! 指示通りの行動をお願いします」

「うぅぅ~ガマンできないっぽい~っ!」

戦場の空気に興奮した夕立がぎゅうっと拳を握る。
べろりと舌なめずりする夕立を綾波がたしなめた。

「だめだよ夕立。作戦を守らなきゃ」

「あのクズの言うとおりにしたくない気持ちはわかるわ」

「ちょ、ちょっと霞ってば」

「でも作戦にはきちんと根拠があったわ。あれはマケドニアのファランクスよ」

「Mk.15?」

会話する霞と綾波の間にいた夕立がばッと顔を上げる。
羽黒が悲鳴のように報告。

「敵戦艦、初弾発射!」
 

「来やがったな!」

刀を提げて天龍が一気に速度を上げる。同時に夕立も飛び出す。
二人に続いて羽黒、霞、綾波も単横陣を維持したまま加速した。
比叡の放った初弾は当然、羽黒らの後方に着弾。

「敵戦艦、次弾射撃用意!」

即座に羽黒らの加速に対応した比叡がその砲塔位置を修正、発射した。
今度は初弾と比べて発射から着弾までの時間が格段に短くなる。

「ッ!」

比叡の代用弾が天龍に命中、ペイントがぶちまけられる。
さすが戦艦というべきか、一撃で大破判定である。

「くそがァッ!」

こちらの射程にも入り、

「砲撃、開始してくださぁーいっ!」

全員が羽黒の号令に従った。
敵艦隊からも砲撃が始まり、特に羽黒と天龍にダメージが集中する。

一方こちらの狙いはすべて戦艦。
しかし戦艦の装甲は硬く、損害判定は小破に留まっている。
 



『両艦隊、交差します!』

「【機動】、【奇襲】、【集中】――戦いの原則だぞ。やっちまえ」

ぼそりと提督が呟いた。



 

ついにすぐそこにまで迫った敵艦隊が羽黒の左横を通ろうと進路を微修正する。

「逃がすかよ!」

それに対して天龍と羽黒が比叡に突っ込んだ。

「な、なに!?」

驚いた比叡がそれでも砲塔を二人に向ける。
しかし天龍が下段からすりあげた刀の峰が砲塔を押し上げて照準をずらす。
羽黒も自分の砲塔で比叡のそれを逸らせ、

「撃ちます!」

至近距離での砲撃。

「ひえぇ~っ!」

続いて天龍も攻撃し、比叡を中破に至らしめる。
 

一方、行き足の止まった龍田と駆逐艦に霞、夕立、綾波が襲い掛かる。

「ちょっ、何さ!?」

困惑の声を上げたのは敷波だけではない。
対応できない敵艦隊は次々と戦闘不能判定を与えられていった。
戦闘不能判定の出た艦娘は戦闘領域から離脱しなければならない。

「みんな!」

後ろを食い破られればそれは比叡にとって挟撃されることを意味する。
天龍を戦闘不能判定にした彼女は、そのため龍田らの援護に回ろうとした。
その隙を見逃す羽黒ではない。
羽黒の砲撃がクリティカルになり、比叡を戦闘不能判定にさせた。

「うっしゃあ!」

「や、やりました!」

同時に霞らが敵駆逐艦を全滅させた。

「ちぇーっ!」「はうぅ~」「くっそー」
 

『A艦隊、天龍が離脱! 他は健在です』

「うっし。ひとまず、ある程度の効果は上がったか……」

提督が安堵したように煙を吐いた。
しかし。

『――B艦隊・龍田! 健在です!』

観測班の報告に、提督は目を剥いた。
借りた双眼鏡で見たのは、羽黒ら4人に囲まれてなお失われない温度の低い笑顔であった。
 

今日は以上
疑問があればストーリーに関係しない範囲で答えるよ
でも軍事ネタに関する突っ込みは勘弁な

乙です

レスサンクス 続きを投下

「うふふ~。まだ終わりじゃないわよ~?」

龍田が水平に薙刀を構えてうっそりと笑っていた。

「あははッ!」

殺意に中てられて夕立が龍田の背後から飛びかかる。
龍田はひゅんと薙刀を回して柄を夕立に叩き込もうとする。

「っぽい!」

夕立の12cm単装砲がそれを受け止めるが、そのまま吹き飛ばされる。
体の開いた隙を狙った羽黒の砲撃を後退して避けながら、突進してくる霞と綾波に応戦する龍田。

「行きます!」

砲撃しながら肉薄する綾波。

「す、すごい…綾波ちゃん。龍田さんが防戦一方だよ」

「さすが綾波だね」

と敷波。
 

「そう? 龍田は紙一重で綾波の攻撃を避けてるよ」

曙の言うとおりだった。
綾波が攻めており、龍田はそれを受けるだけで精一杯なように見える。
しかし綾波の攻撃は龍田に一発も当たっていない。
龍田は綾波の隙をうかがっているのだ。

霞は龍田の左右後方から高速で接近して攻撃を仕掛けている。
二人が接近戦を挑んでいるため遠距離砲撃の出来ない羽黒は龍田の進行方向に回り込み続けることでその動きを制限していた。

「やああっ!」

海上を滑りながら綾波が至近距離で砲撃。
綾波と向き合ったまま後退する龍田は砲弾が射出される直前に砲塔の向きから弾道を計算し、わずかな体重変化で回避する。
綾波の装備したもう一方の12cm単装砲も同様に躱されてしまう。

「当たらないわよ~?」

装備の弾薬には限りがあり、このままでは綾波は攻撃不能になる。
そうなれば龍田は攻め放題ということだ。
そう思って焦れば焦るほどますます攻撃は命中しなくなっていくのだ。
 

「はッ!」

綾波が装填している隙を埋めるのが霞だ。
タイミングを合わせて龍田に突進し攻撃を仕掛けるが、龍田もそれはわかっているのでひらりと避ける。
先ほどからこの繰り返しであった。

しかし、焦った綾波が少し間合いを詰めすぎたときだ。
龍田の薙刀がくるりと綾波の12cm単装砲に絡みついた。

「あっ!?」

綾波は一挙に体勢を崩されてしまう。

「うふふ~♪」

バランスを失ってざぶりと海面に手をつく綾波に、龍田が12.7cm連装砲を照準した。

「くッ!」

霞がなんとか綾波を助けようと駆け寄るが、しかし間に合わない。
 

どォん…という音が海上を渡っていく。

代用弾の命中した綾波がぽかんとしている。
中途半端な状態で停止した霞も、綾波を戦闘不能判定にした龍田も同様である。
なぜなら龍田もペイントまみれになっていたからだ。

「やったぁ! 命中したっぽい!」

無邪気な声を上げたのは夕立。
彼女が、綾波を狙うために動きを止めた龍田へ放った魚雷が命中したのだ。
呆然としていた羽黒ははっと我に返って、

「演習を終了します! 総員帰投してください!」

指示を出し、みなそれに従った。
 

「お疲れさん。おー派手にやりあったな」

整列した艦娘らを見て、紙煙草をくわえたまま提督はかっかと笑った。

「とりあえずペイントを落として、それから集会室に集まるように。
 ああそうだ。夕立、君がMVPだ。以上」

そう言って提督はさっさと歩いていってしまうのだった。


-----


「いやーやられました!」

「あっ、比叡さん」

ペイント一色になった比叡がけらけら笑う。
一方羽黒は、ペイントはついているものの、小破判定程度である。

「正直、負けることはないと思っていたんですが、戦術の見事な勝利でしたね!」

「す、すいません」

「なにを謝ることがありますか! これでガンガン深海棲艦に勝てますよ!」

「は、はい、がんばります!」
 

「提督さ~ん!」

提督にとてとてと夕立が追いついてきた。

「ああ夕立か」

提督の前に回りこんで後ろ歩きしながら顔を覗き込む。

「ねっ、夕立MVPなんでしょ? よくがんばったっぽい?」

「うん。よくやったぞ」

提督がくしゃりとその頭を撫でると、夕立は、

「えへへへ~♪」

すこぶる嬉しそうに笑った。
 

とてててと先行した夕立がぴょこりと振り返る。

「ねっ提督さん! 夕立、も~っとがんばるから! いっぱい誉めてね!」

当然戦果への評価は厳正に行うつもりだ、
と事務的な答えを返そうとした提督だったが、夕立の笑顔を眩しそうに見つめて、

「……もちろんだ。期待している」

とだけ答えた。
それを聞いて夕立はくすぐったそうに跳びはねて、

「ぽいぽーい!」

駆けていってしまった。

「………」

提督は黙ったまま、紙煙草に火をつけるのだった。
 

「天龍ちゃん、ステキな格好になったわね~」

「あァ? お前も相当じゃねーか!」

龍田と天龍、それから、

「うーん龍田さん強かったなぁ」

「綾波もがんばったってば」

綾波と敷波が歩いていく後ろで、霞が唇を噛み締めていた。

「あ…か、霞ちゃん、お疲れ様…」

潮が彼女に話しかけるが、応答はない。

「す、すごかったね! 私、びっくりしちゃった」

「潮。もうほっときなって」

「曙ちゃん……」

「ほら、行くよ」

「う、うん…」

曙に手を引かれる潮。
何度も振り返るが、うつむいた霞の顔は見えなかった。
 

今日は以上

乙です

13.

「演習ご苦労。座ってくれ」

ペイントを落とし、集会室に集まった艦娘らがめいめい返事する。
先日の顔合わせの時には片付けられていた長机と椅子が矩形に置かれている。

がたがたと音を立てて艦娘らが着席するのを待って提督はスライドを映写した。
映されているのは模擬戦闘直前の上空写真である。

「今回試したのは別に俺が編み出した戦術でもなんでもない。
 誰かわかるやつはいるか?」

提督が見渡す。

「霞、わかるか?」

「………マケドニアのファランクスでしょ」

「そう。さすがだな。霞の言うとおり、これは紀元前のマケドニア国王フィリッポス2世の創設した戦闘教義だ」
 

「なんだ、古ーいやつなんだ」

と敷波。

「まあそういうな。これは鉄床戦術と分類される戦術で、1990年の湾岸戦争で多国籍軍が用いた戦術なんかもこれに類する。
 簡単にいうと、重装兵で敵を受け止め、軽装兵が機動して敵を叩くという形になっている」

羽黒が「あ」と小さく声を上げて、すぐにそれを恥じるように頬を染めた。

「今回重装兵の役割を羽黒と天龍、軽装兵を駆逐艦に担ってもらった。
 だから羽黒と天龍は敵の動きを止めるのが仕事だった。よくやってくれた」

「当ったり前だ! この天龍様にかかればヨユーだぜ!」

「あら~? 天龍ちゃん、ペイントまみれになってたじゃない~」

「あァ!?」
 

提督がスライドを切り替える。

「あ。綾波だ」

敷波の言うとおり、映っているのは近接戦闘する龍田と綾波である。
しかし激しい戦闘中であったためかなりぶれてしまっている。

「鉄床戦術はある程度上手くいったが、それをひっくり返しかけたのが龍田だ。
 もともとファランクスは9000人あるいはそれを4倍にした36000人規模で行う戦術で、
 艦娘戦闘に当てはめるのは無理があったが、龍田のことはそれとは関係ない」

うふふ~、と龍田がぽやぽやと笑った。

「要するに個人の技量の差が大きく出るのが艦娘戦闘の特徴というわけだな。
 今後は鉄床戦術の訓練と、砲雷武術の鍛錬とを並行して行うこととする」

提督が口にした砲雷武術とは、Vmactすなわち艦娘砲雷撃武術の略称である。
艦娘の装備などは艤装を神籬とした艦艇が基になっているわけだが、艦娘自体のサイズは少女そのものであるし、機動も非常に高速だ。
それらを踏まえて実戦的に編み出されたのが砲雷武術である。
 

「出撃は第一艦隊、遠征は第二艦隊に任せるが、訓練は併合して行うように。
 スケジュールや訓練内容などはまた追って連絡する」

スライドが消され、部屋が明るくなる。

「何か質問は」

あのー、と比叡が手を挙げた。

「私はどうすればいいんでしょうか?」

「うん、比叡はとりあえず訓練の際は手伝ってやってくれ。
 資材がある程度揃えば出撃できるようになるはずだから、訓練を怠らないように」

「はい!」

「じゃあ昼にはちょっと早いが解散とする。腹減ったしな。羽黒は食後、提督室に来てくれ。では以上、解散」
 

14.

「羽黒です。失礼します」

羽黒が食事を終えてから提督室に入ると、提督はじぃっと卓上の端末を凝視していた。
箸を持ったままである。

「提督さん? なにを……?」

端末ではさきほどの演習の記録映像が再生されている。
相手を足止めする羽黒と天龍、機動する駆逐艦ら、そして龍田の戦闘。

羽黒は演習のことをぼうんやりと思い返した。
勝てるかどうか自信がなかった――だが何はともあれ勝利した。
しかしそれが自分の自信に繋がったかというとそうでもない。
なぜなら、あの勝利は自分の力で得たものではないからだ。
ここにいる提督、その指揮のおかげである。

提督がいきなり羽黒のほうを見た。

「何だ。君、びっくりさせないでくれ」

本当に驚いている。
彼の掴んでいる箸からぽろりと肉団子が皿に落ちた。

「ご、ごめんなさい…。そ、その…、食後、来るように言われたものですから…」
 

「あ、そうか。すまん。俺が悪かった」

「いえ……あ、あの、演習の動画を見ていたのですか?」

羽黒は気まずくなって話を変えた。
うん、と提督は頷いてまた端末へ顔を戻す。

「どうすれば龍田に勝てたんだろうな、と思ってさ」

羽黒はそれを自分の失敗を責められていると思った。

「す、すいませんっ! わ、私の失敗です……」

「え? いや、待て待て。羽黒は失敗なんてしてないぞ」

「申し訳あり――え?」

「羽黒は失敗してないって。さっきも言っただろ、戦術どおりによくやった、って。
 悪かったとすれば俺の戦術なんだよ」

「そ…そうなんですか…で、でも」

「戦術どおりに動いただけだって? うん。それで十分だ」

「は……え」
 

「だからさ、戦術どおりに動けるってことが重要なんだ。
 誰だって戦場では恐怖に支配されやすい。パニックを起こして逃げ出すまで行かなくても、極度の緊張や興奮でうまく戦えなくなることなんてしょっちゅうだ」

「それは…そうですね…」

「だからこそ戦場では目標を見失わない冷静さが必要だ。特に指揮する立場にあるものには」

提督は箸で羽黒を指した。

「君は強いプレッシャーのもとでも冷静さを失わずに戦術のとおりに動き、効果を発揮した。十分すぎる働きだよ」

それだけ言うと、彼は再びもぐもぐと昼食に戻った。
羽黒は、まだ自信が持てたわけではなかったが、それでもなんだか前向きになれた気がした。
認められた――あれでよかったのだ。

「恐縮、です…」

「あ、そうだ。うん、用事なんだけどさ、明日の一○○○に遠征に出てもらおうと思う。メンバーはこれ」

山積みの資料の中から引っ張り出されたメモを見る羽黒。

「ちょっと気をつけて書いたから読めると思うけど……」

「あ、は、はい、だいじょうぶです。内容は…長距離練習航海、ですね」

「そうだ。とりあえず様子見だな。あー、訓練に関してはもうちょっと待ってくれ。今日の夕食までには考えるから」

「わかりました。じゃあ、えと、遠征お願いしてきますね」

「ああ頼む」
 

15.

白色に統一された病室。
そこにあるベッドの一つだけが使われている。
山城である。

「ねえ山城。あたしったらまたやっちゃったの」

そのベッドの脇の小さな丸イスに一人の少女が座っていた。

「今日ね、午前中に演習があったんだ。昨日来た提督がね、戦術訓練のためにさ」

山城は何も言わない。彼女は眠り続けているのだ。

「その後、霞が落ち込んでたんだけど、あたしは何も言えなかったんだ。
 ちょっとでも慰めてあげればよかったのに」

風がゆるりと白のカーテンを揺らす。
鎮守府のはずれに位置するここはとても静かである。

「………」

少女の結ばれた長い髪も風にふわりと揺らめいた。
山城は長らく目を覚ましていない。
資材がなければ彼女と話すことすらできないのだ。
 

少女が小さくため息をつき、

「どうしたら素直になれるんだろ…」

と、こぼしたとき、病室の扉がノックされ、

「失礼する。おや? 曙じゃないか」

「ちょっ…いきなり入ってこないでよクソ提督!」

ガタッとイスを鳴らして曙が立ち上がった。
提督は入室して丁寧に扉を閉める。

「ノックしただろう。曙も見舞いか? 初めて来たから迷ってしまった」

提督は脱帽して、昏睡する山城を見下ろした。

「挨拶が遅くなってすまない、山城」

返事はない。

「資材を集めて、かならず君の目を覚ましてみせる。もうしばらく、待っていてくれ」

宣誓するような提督を、曙は黙って見つめていた。
制帽を被り直しながら提督は腰を下ろした。曙も座り直す。

「ここ、煙草吸っちゃだめだよな」

「ダメに決まってるでしょこのクソ提督!」

「だよな。しかし曙も少し静かにしたほうがいいんじゃないか?」

「わ、わかってるわよ」
 

「記録を読んだよ。山城が大破したのはかなり前で、最初こそ修復のための資材が投入されていたが、
 提督が変更されるとそれも打ち切られ、放置されていたらしいな」

「ひどい話よ」

「そうだな。傷つき犠牲になるのはいつだって兵士だ」

煙草のない提督は代わりに深くため息をついた。

「俺はそれが厭なんだ。
 しかし対深海棲艦に艦娘以外の有効手段は現在見つかっていない。だから君たち艦娘を、幼い女の子を戦場に送らねばならない」

「なに? 懺悔なら教会に行きなさいよクソ提督」

「まったくだな。でも、俺はそれが厭なせいでこの鎮守府に異動になったのさ」

「え……」

「艦娘の安否より戦果を優先する上層部に反抗したんだよ」

提督はカーテンの向こうの窓から静かな景色を見つめた。

「……じゃあ、」

と曙が山城の顔を見つめたまま口を開いた。

「――あたしと一緒ね」

「そう、だな」

曙の異動事由は、命令無視、独断専行および反抗的態度。そう記録には記載されていた。
 

「ここが"ゴミ箱"って呼ばれてるの、知ってるでしょ」

「ああ。敷波も言っていたし、……中央でも耳にした」

「言うことを聞かない艦娘を追いやる"ゴミ箱"で、クソみたいな提督の"おしおき部屋"なの。
 だからまともな奴なんか来ないし、資材補給も少ないし、提督はコロコロ変わる」

「……ああ。わかっている」

「あんたもどうせすぐにいなくなっちゃうんでしょ」

「どうかな。異動命令が出れば従うほかないが」

「あんたはただのクソ提督じゃないみたいだけど、」

「どうだろうか」

「ふん。期待なんてしてないから、せいぜいキリキリ働きなさいよね! このクソ提督!」

吐き捨てて、曙は病室を出て行った。
提督はあごを掻いて、

「……今のは、曙なりの激励だと思っていいのかな。なあ山城。どう思う」

小さく息を吐いた。

「俺のしていることは正しいんだろうか。けっきょく俺も、同じじゃないのか――」

見上げた天井は真っ白で、どこにも答えなどなかった。
 

今日は以上 レスサンクス

乙乙

乙。
扶桑、山城はしっかり運用すれば普通の戦艦より強いぞ

乙です

16.

「………」

霞がひとりいつもの場所に向かうと、先客がいた。

「あ、霞ちゃんっ」

いつもの訓練の相手・潮と、

「わあ~ほんとにまだやってたんだ~」

龍田であった。

「……なに? ばかにしに来たの?」

不機嫌さをあらわにする霞。

「艦娘たるもの訓練をおろそかにしちゃいけないなんて言ってたやつが、勝てなかったから笑いに来たんでしょ!?」

「か、霞ちゃん、ち、ちが――」

「あはっ♪ ほんとに子供ね~。拗ねちゃったかしら~」

「ッ!」

鉄を切り裂けそうな目つきで霞が龍田を睨む。
しかし彼女はどこ吹く風でぽやぽやと笑った。
 

「うふふ~♪ なんならリベンジ、してみる~?」

「この……ナメんじゃないわよッ!」

霞が怒りのままに飛びかかる。
それをひらりと躱す龍田。
振り返って再び伸ばされた霞の手を取ってふわりと動き、

「な――ぁっ!?」

龍田が霞を倒して片腕を背中に回して押さえつけた。

「ほらね~? 逆上した相手って、動きも読みやすいし対処がラクでしょ~?」

「くっ! 退きなさい!」

「あ…あの、か、霞ちゃんが苦しそうで…」

潮が泣き出しそうにすると龍田はぱっと立ち上がった。

「ごほっ、けほ」

霞も立ち上がって服の土を払う。
 

「霞ちゃん、だ、だいじょうぶ?」

「……へいきよ」

「ごめんね~? 潮ちゃんに、戦い方を教えようと思って~」

「な、んですって?」

「あ、あの、ごめんね、霞ちゃん、その、…」

潮が語ったところによると、演習での龍田の活躍を鑑みて、彼女に訓練を見てもらうのが良いのではないかと潮は考えたらしいのだ。
それで昼食後、頼んでみた、という。

「……そう、いいんじゃない」

話を聞いて、霞はそっけなくそう言った。
そしてそのまま踵を返してしまう。
 

「あ――か、かすみちゃ…」

「よォ待たせたなァー! お? なんだ、帰んのか」

歩いてきた天龍が肩を掴もうとしたその手をはたいて、霞は去っていってしまった。

「なんだァあいつ。さっきは良い動きしてたッて誉めてやろうと思ったってのに」

「ご、ごめんなさい、私、霞ちゃんに謝ってきます」

霞を追おうとする潮の手を龍田が掴んだ。

「今はちょっと、やめたほうがいいかも~」

「え? あ、あの」

「まッ、いいじゃねえか! オレも暴れ足りないし、ちょっと付き合ってやるよ!」

「ええぇ~!?」
 

17.

「ぽいぽいぽ~い♪」

夕立が鼻唄を歌いながら廊下を歩いていると、霞が向こうから歩いてきた。
うつむいて、早足である。

「霞っぽい? どこいくの?」

声をかけると、ちらりとこちらを見たが、何も言わずにそのまますれ違った。

「?」

怪訝に思いながら夕立が階段を下りていくと提督が登ってきた。

「あ、提督さん!」

「ああ夕立。あのさ、比叡見てないか? 探してるんだが」

「ううん、わかんないっぽい? それより、さっき霞の様子がおかしかったんだけど、なにか知ってる?」

「霞? そうか、どっちに行ったかわかるか?」

夕立は軽く説明した。

「うん、ありがとうな。夕立」

提督が階段を登りながら夕立の頭を撫でると、彼女は無邪気に笑った。

「お任せっぽい! 比叡も探しておくねっ!」

「ああ頼む」
 

18.

霞は最悪な気分であった。

悔しくて、妬ましくて、情けなくて、
無視して、怒りに我を忘れて、八つ当たりして、

「ほんと…みじめよね……」

そうして逃げ出してきて、部屋にも戻れず、艦娘寮のすみっこでこうして膝を抱えているのである。
すると、

「どうした。元気ないな」

ひょいっと提督が顔を見せ、近づいてきた。

「なッ、ど、どうしてアンタが…っ」

急に立ち上がろうとして足がもつれる霞。
提督は窓を開けて紙煙草に火をつけた。

「…ふー。ここ、なかなかいい場所だな。霞はよく来るのか?」

「はァ!? ンなわけないでしょ!」

なんとか立ち上がった霞が立ち去ろうとする。
 

「霞」

「な――なによ」

「ちょっと話がある」

窓から外を眺める提督。
霞は腰に片手をあてて眉尻を吊り上げた。

「用があるなら目を見て言いなさいな!」

「断る」

「な……!」

「女の泣き顔を見るのはシュミじゃないんだ」

「泣いてないわよッ!」

「それならいい。それで、話だがな。霞に作戦参謀を頼みたい」
 

「参謀……ですって?」

「ああ。いやなに、たいしたことじゃない。戦略戦術なにからなにまでひとりで考えるのはしんどいからな。
 相談相手が欲しくてさ。霞が適任だと思ったんだ。ファランクスも知っていたし。
 頼めるか?」

「………」

「ああそうだ、もちろん手当てをつけるぞ」

「そんなこと気にしてるんじゃないわよ…」

「そうなのか?」

はぁ、とため息をつき、勢いよく隣の窓を開けた。

「わかった、やるわ。その代わり、ガンガン行くわよ!」

すっきりしたような表情の霞。
提督も煙草をくゆらせながら笑うのだった。
 

今日は以上 レスサンクス

乙乙

久しぶりの更新乙です

乙 
面白い

19.

「……アンタ、それ本気で言ってるの?」

提督室のソファに霞と羽黒、比叡がわかれて座っている。
霞の問いかけに、執務机のイスを動かして三人と水平方向に座す提督は、

「いたって真面目なつもりだが」

「はぁ…比叡は戦艦よ? あんたの提案は…ねえ比叡」

霞が水を向けるが、比叡は握り拳を作って笑った。

「はい! 比叡、気合! 入れて! やります!」

がくっと姿勢を崩す霞。
羽黒は苦笑した。
 

「ほら、比叡はやる気だぞ」

「こいつがやる気になる訳無いでしょ…」

「で、私はなにをすればいいんですか? 司令」

「ほら見なさい! こいつまるでわかってないじゃない!」

「あ、あの、霞ちゃん…」

「なによ!?」

「司令官さん、もう一度説明されるつもりみたいだから…」

「うん。ちょっと試してみたいんだがな、比叡にやってもらいたいことは――」
 

20.

会議を終えて提督は火のついていない煙草をくわえたまま鎮守府のなかを歩いていた。

「………」

夕焼けが窓から見えていたが、階段を降りるとその窓も無くなる。
地下である。

「あら。提督、こんにちは」

「ああ、大井」

営倉の檻の向こうから軽巡・大井がにこやかに挨拶した。
提督は壁際の椅子に腰を下ろして対面する。

「提督、北上さん知りませんか?」

「……悪い。俺はまだ着任したばかりでな」

「そうですかー。それは仕方ないですね」
 

営倉のなかはあまり清潔ではない。
本来、営倉というのは長期拘留するためのものではないのだ。
大井の髪は乱れ服は汚れている。

「大井。その、風呂には入れているのか?」

「ええ。二日か、三日に一度。といっても一日の時間感覚は内蔵端末でしか確認できないのですけど」

「そう、か」

提督が辺りを見回す。
時計も窓もなく、照明はぼんやりとしていて薄暗い。

「現在大井の処遇を再検討中だ。この状況も改善したいと思っている。とりあえずの希望があれば、聞いておくが」

提督は努めて事務的な態度であるよう心がけた。
 

大井はうふふ、と笑った。読めない。

「それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです」

「ああ、わかった」

提督が手帳に書き留めた。
その手帳に視線を落としたまま、提督はぽつりと聞いた。

「――戦いたいか」

「ええ」

大井は即答する。

「北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!」

大井の瞳孔が開いていく。なにを見ているのか。
腹の底が冷えるのを感じながら提督は頷いた。
 

「助けなきゃ、北上さん、北上さんを、ふふ、ねえ、北上さん、すぐに助けますから、あいつらを殺して、殺し、殺して、うふふふ、殺してやる、殺す……」

ぐしゃりと自分の髪をわしづかみにする大井。
その口は半月状に裂けている。
痙攣するように笑いが漏れていた。

提督はぞっとした。
それでも気丈に振る舞おうとして、手帳を見たまま質問を続けた。

「拉致されたというのは本当か?」

「ええもちろん。この目で見ましたから。ああ可哀想な北上さん、無能さえいなければすぐに助けてあげられたのに」

「そうか。どんなふうに拉致されたんだ?」

「北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです」
 

「拉致されたのはどこで?」

「明かり取り窓が必要じゃないですか? 緑色の海がきれいなんです。そうです。いつも後ろから誰かがぼそぼそって話しかけてくることってよくありますよね。顔に花が咲くときれいですよ。雪の下にあるのが時計らしいですが、私は見たことがありませんね」

「決まっているというのは、誰が決めたんだ?」

「………」

「大井?」

「北上さん知りません?」

「いや……」

その後、しばらく問答を続けたが、こちらの問いにまともに答えることはなく、提督は営倉を出た。
提督室に戻ってソファにどさっと座り込むと、

「あー…キツい」

すっかり煙草を吸うことも忘れていたことに気付いて、ゆっくりと煙で肺を満たしたのだった。
 

今日は以上 レスサンクス


これはアカン…

乙です

乙です

大井っち・・・

乙。大井すげえキマっちゃってるな

21.

提督は艦娘用の食堂にまた赴いて羽黒に訓練のメニューメモを渡し、部屋に戻って食事を終えていた。
資料室から借りてきた数冊の本をめくりながら時折がりがりと書き付けている。
そんなとき、

「こんばんは~。龍田だよ~?」

軽巡・龍田がノックしてドアを開けた。
提督は天龍が一緒ではないかと思ったが、ひとりのようだった。

「今日は演習ご苦労。どうした?」

「あのね~、羽黒ちゃんから遠征について聞いたんだけど~」

龍田は遠征担当の第二艦隊旗艦である。

「ああ。明日は頼む」

「え~と、私、行かなくちゃだめかなぁ?」
 

「どういう意味だ? 第二艦隊は龍田、曙、潮、敷波で、駆逐艦はともかく、軽巡は他にいないからな」

「う~ん、そのね~? 天龍ちゃんを一人残していくのが心配かな~って…」

「なんだ。天龍はだいじょうぶだろ」

苦笑しながら手元の本に目を戻す。
龍田はそれでも頬に片手をあてて眉根を下げるだけで退室しようとはしない。

「? 第一艦隊の出撃はまだ先だし、遠征はそんなにかからないだろう。そんなに心配することはない」

「そうだといいんだけど~…」

歯切れの悪い龍田。
提督は仕方なく本を畳んで、紅茶を淹れることにした。
本の書名は『心の病入門』。

「まあ座りたまえ。紅茶しかないが」

ティーカップをテーブルに置いて提督がソファに座ると龍田も向かい合って座った。

「天龍のなにが心配なんだ? 出撃しなければ危険もあるまい」

「……提督は、天龍ちゃんを見てて安心だと思う~?」

「血の気の多いやつだと思うが。そういう点では危なかっしいかな」

「それだけだったら、いいんだけど~」

「天龍になにか問題が?」

「う~ん……。私の杞憂かもしれないし~。提督が問題にしていないなら、いいのかな~?」

「いや、なんのことかよくわからない。すまん。教えてくれるか」

龍田はしかしするりと立ち上がった。

「ううん、いいの~。私がしっかりしていればいい話だし~」

「いいのか?」

「うん。ごちそうさま~提督、明日の遠征がんばるね~」

ドアを開いて龍田が頭を下げる。

「ああ頼んだ。おやすみ、龍田」

一人になった提督はしばし考え込んでいたが、ぐいっと紅茶を飲み干し、

「明日までにはある程度まとめておかないと……」

再び書物に没頭したのだった。

22.

艦娘寮。
消灯前に、霞の部屋を潮が訪れていた。

「何の用?」

二人ともパジャマ姿で、潮は自分のまくらを抱いてもじもじしている。
本来、艦娘寮は二人部屋なのだが、この鎮守府は人数が少ないため、ひとりで一室を使っている。

「あ、あのね、か、霞ちゃん」

「何よ」

椅子に着席したままの霞は、優しく声をかけられない自分に腹が立った。
潮には謝らないといけないと思っているのに、そうできない自分が情けなかった。

「き、今日は、一緒に寝たいなー、な、なんて…」

彼女らしからぬ潮の物言いに霞は思わず噴き出してしまった。
自分が悩んでいたのが莫迦らしくなる。

「霞ちゃあん! わ、笑わないでよぉ…」

「う、うるさいわね……わかった、わかったわ」

それから歯磨きなどを済ませて二人はひとつのふとんにもぐりこんだ。

消灯。

「えへへ、狭いね」

「当然でしょ」

「こっち、もうちょっと余裕あるよ?」

「そう」

もぞもぞと位置を調整するふたり。
顔を見合わせると、目が慣れてきて、意外に近くに見えたので、霞はすぐに上を向いた。
二段ベッド上段の底面がうっすらと見える。
潮はくすくすと笑った。

「なによ、もう」

「ううん、なんだか嬉しいなって」

「………」


二人はしばらく口を開かなかった。
どういうふうに切り出して謝ればいいのか、霞にはわからなかった。
自分の気持ちを整理して説明すればいいのか、しかしそれはなにか言い訳めいていないか。

ではただ一言「ごめん」と言えば良いのか。
それはずいぶんと勇気がいるような、踏ん切りをつけるハードルが高いように感じた。

「霞ちゃん」

「ん」

「ごめんね」

「は――あ、んたが、謝ることなんて、ないでしょ」

「ううん。霞ちゃんのキモチ、もっと考えなきゃだった」

そうじゃない。
潮は悪くない。
悪かったのは――

「潮」

「えっ?」

「あたしが悪かったわ」
 

「霞ちゃん…」

「悪いのはあたしよ。ちょっと上手くいかなかったからって落ち込んで、ひきずって、八つ当たりした。ごめんなさい。潮」

なんて――簡単に言葉が出てくるんだろう。
あんなに怖くて、あんなに難しかったことが、こんなに容易い、こんなに嬉しい。

「ごめんね、潮。許してくれる?」

隣の潮を向くと、彼女はぼろぼろと涙を零していた。

「ばか、なんであんたが泣いてんのよ」

「ぐすっ、だ、だってぇ…わ、私、か、霞ちゃんに、ひっく、き、嫌われちゃったと思って……!」

「――! 嫌わないわ。嫌うわけない。あたしたち、友達でしょ」

「うええええん霞ちゃあああああん! ふわあああああん!」

潮がこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
こんなに嬉しい気持ちになるのも初めてだった。

微笑む霞の目尻から、涙が一筋、流れた。
鎮守府の夜は、更けていく。
 

23.

翌朝、遠征に出発した第二艦隊を見送った提督は、

「あ。遠征に出したら演習できないな…」

間が抜けたことを呟いた。
すぐに羽黒を探して、

「すまん、昨日みたいな演習はできない。比叡も借りていくし」

と言うと、羽黒は目を丸くして、

「あ…はい、いえ、あの、当然わかっておられたのかと…」

と言われて提督は情けなさをごまかすために眉間を掻いた。
咳払いする。

「それじゃあ、今日の訓練はゲームにしよう!」

むやみに明るい声を出してみたが、羽黒は困ったように微笑むだけでどう返事したらいいかもわからないようだった。

「……すまない。
 あー…、そのだな、羽黒・天龍の重装兵組が、すり抜けようとする夕立・霞・綾波の軽装兵組を食い止めようとするんだ。
 それで、制限時間以内にすり抜けられたら軽装兵組の勝ち。抑え切ったら重装兵組の勝ち」
 

「鉄床戦術の練習、ですね?」

「そうそう! 制限時間は最初10分とかにして、徐々に増やしていく。5分単位がいいかな。最大で30分。どうだ?」

羽黒は少し楽しみに感じたようで、

「はい! ではすぐに皆を集めてやってみます!」

「うん。昼になったら終わりでいいよ。俺らも帰ってくるし」

「司令官さんは比叡さんとどこへ?」

「ふっふっふ、秘密だ」

「え……あの、秘書艦として提督の居場所を知らないというのは、あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「え? あ、いや、羽黒を信用してないとかじゃないから! 違うぞ!」

「い、いえ、あの、気にしてませんから…っ」

「向こうの断崖だっ! 昨日話した比叡の試験的運用だ!」

「は、はい! わかりました!」

「よし! 比叡、いくぞ! 比叡? 比叡はどこだ!?」

比叡は二度寝していた。
 

今日は以上 レスサンクス

乙乙

乙です

所用で1、2週間書けそうにない
待ってくれてたらすまん

待つさ、そりゃあ待つさ

私、待~つ~わ~ いつまでも待~つ~わ~♪



24.

「アタシを沈めてよ」

真っ白な世界で、彼女はそう言った。
その砲塔はこちらに向けられている。魚雷も、撃たれれば回避するまもなく撃沈される。

「ど、…どうして……」

自分の声が震えている。
手も、足も、がくがくと震えていた。

「早くしなって」

「どうして!? 北上さん!」

精一杯声を張り上げる。
そうしないと、彼女には声が届かないかのように。

だって話が通じていないみたいだ。
北上は自分を撃てと言っているのだ。
味方であるはずの自分を。

いやだ。
どうして。
どうしてこんなことに。
 

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

震える掌を見やる。
嘘みたいな真っ赤な血で汚れている。

撃たなければいけないのか。
仲間を。味方を。沈めなければいけないのか。
そんなことを、自分ができるのか。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

殺される?
自分も撃たれる?
死ぬ?

――い。や。だ。

ガチガチ震える歯を食いしばって、単装砲を構える。

いやだ
いやだ
いやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

北上は微笑んでいた。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

砲声。
 

短くてすまん。とりあえずつなぎで。

乙ー


25. 戦果

昼食後、事務から届け物の手紙を受け取った提督は紙煙草を吹かしながら、

「さて、どうなったか……」

提督室に戻って読んだ。

手紙は前に勤務していた鎮守府での同僚で、もともと医者を志していたとかいう、へらへらした提督からの返信である。
その態度に似合わず、兵士の負荷や心身状態に気を配り、兵站などを重視する堅実な男であった。

「『お久しチャ~ン!』……こいつ相変わらずだな」

内容は、こちらの疑問に対する返答である。
まず、この鎮守府へ配属される艦娘について。
特にその配属事由の真偽を問うたので、2・3の艦娘について調べてくれていた。

それによると、やはり"ゴミ箱"という評判の通り、「艦娘として尋常ならざる問題あり」とされた艦娘が配属されるという。

しかし、その判断は一方的なものらしかった。

たとえば曙の配属事由は「命令無視、独断専行および反抗的態度」だが、
僚艦を守ろうとした曙を咎めた当時の提督へ反対したからというのが実際のところであるらしい。

どちらにせよ、疎まれた艦娘が追いやられているというのは間違いないようだ。
もし妖精との間に締結された艦娘保護約定がなければ有無を言わさず解体させられているだろう。
艦娘は主に、人権を保障した憲法と、この保護約定によって守られている。
 

次に大井の状態について。
面会の結果を相談してみると、症状としては統合失調症に似ている部分があるという。
そのように診断されれば除隊させることができるが、恢復の可能性があれば軍は戦力として数えるだろうということだった。

なんにせよ艦娘に関する医療の知識は、制作者たる妖精に一任されている部分があって物理面・精神面ともに未知なことが多い。
現状では大井に対してできることは少ないだろう、というのが彼の見解であった。

「そうか……」

そのほか、北上をロストした戦闘などについては調査が難しい、諜報部の知り合いに依頼してはみるが期待はするな、という返答。

「ってことは結局、こっちでなんとかするしかないな……」

戦闘記録や入渠記録などによると北上をロストした戦闘、山城が大破した戦闘は同じものである。
その戦闘に出撃していたのは、旗艦・山城以下、北上、大井、羽黒、綾波、敷波。
戦闘記録によれば出撃中に天候が悪化し、霧中での戦闘になったという。
結果は、山城が大破、大井および羽黒、綾波が中破、敷波が小破、そして北上が轟沈で敗北であった。

「北上は轟沈という記録。拉致されたという大井の証言とは矛盾する…」

それに深海棲艦が艦娘を拉致するというのも聞いたことがない。
北上はどうなったのか。
確かめねばなるまい。

「じゃあまずは…羽黒からかな」
 

26.

「ふうー…」

煙を吐き出す提督。
目の前の執務机には先ほどまで聞いていた羽黒の話のメモ。

羽黒は事務室よこの作業室で遠征に関する書類を記入していたが、休憩がてら聞き取りを行なった。

「概要はわかったかな…霧で視界が悪く、分断されて乱戦になっていた、か…」

しかし、あるいはだからこそ羽黒は北上の顛末については知らなかった。
羽黒は山城と合流しており、霧にまぎれた深海棲艦に奇襲を受けてなんとか撃退したのだそうだ。
山城は既に中破していて、その奇襲で大破、羽黒も中破に至らしめられた。

その後、綾波、敷波、大井とともに帰投したという。

「……北上といたのは誰だ…?」

メモを整理して、提督は再び部屋を後にした。
 

27.

「あっ司令官、こんにちは」

花壇に水をやっていた綾波が提督に気付いて頭を下げた。
麦藁帽子を被っている。

「うん。綾波が水遣りしていたのか」

「はい、そうなんです」

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい! 少しお待ちください、すぐ終わらせてしまいますから」

提督は日陰の段差に腰を下ろした。
今日は快晴である。
風もあまりなく、これなら遠征も問題ないだろう。

「お待たせしました」

「すまないな。そういえば綾波と敷波が一緒でないのを見るのは初めてだな」

「そうですか? たしかに少し珍しいかもしれませんね」

綾波はくすくすと笑った。
 

「君らは古参だし、仲いいよな」

「私と敷波は実は幼馴染なんですよ。艦娘になる前から一緒なんです」

「なるほど、それは仲がいいわけだ」

「艦娘になったときの敷波ったら可笑しいですよ、『どうしてあたしが妹なんだよう』って」

懐かしそうに微笑んだ綾波は、

「あ、すみません、司令官の用事がまだなのに」

「いや、いいんだ。俺が聞きたいのは、山城が大破した戦闘についてなんだが、」

提督がそう切り出すと、綾波は顔を曇らせた。

「あの時、綾波は中破だったな? 戦果報告では駆逐艦4隻と戦艦1隻を撃沈したとのことだが」

「ええ……、そう、そうでした。霧のなかで孤立してしまって。無我夢中でした」

思い出しながら綾波が当時の状況を語った。
霧の中でひとり会敵した綾波はまず敵駆逐艦を壊滅させる。その際、綾波も小破。
さらに戦艦へ砲雷撃を浴びせるが、戦艦からの一撃で中破に至り、なんとか1隻を行動不能にしてから濃霧を利用して離脱した。

その後、大井、敷波、そして山城と羽黒に合流して帰投。
 

「北上がどうなったかは、知らないのか」

「北上さんですか……。私は、……わからないです。あの霧でしたし…」

「そうか。では轟沈したのを見てはいないんだな?」

「はい? ええ、私はずっと一人だったので」

「………。わかった、ありがとう」

「司令官? もういいんですか?」

提督は立ち上がった。
綾波が見上げる。

「ああ」

「……あの、司令官」

「どうした?」

「その、敷波にも、同じ事を訊かれるのですか」

「……そのつもりだが」

「どうしてですか?」
 

「どうして、って…、北上の轟沈について、真相を確かめるためだ」

「それが……、そんなに大切なことでしょうか」

「何?」

「敷波にとって、あの戦いは……、………」

綾波はうつむいてしまった。

「あ、司令官さん! こんなとこにおられたんですか」

と、そこに羽黒が昇降口から顔を出した。
彼を探していたようだ。

「ああ、何か用があったか?」

「ええ、その、お話し中でしたか」

「いや、いい」

提督は綾波のほうへ顔を向けて、

「とにかく、敷波にも確認してみなければならない。もうそろそろ帰ってくるだろう」

「はい……」

「時間を取って悪かった。では失礼する」

綾波はこくりと頷くだけである。

「羽黒。悪い、行こう」

「あ、はっ、はい!」

立ち去っていく提督についていきながら羽黒は綾波を振り返った。
その様子に、羽黒は胸の奥がざわついて仕方なかった。
やはり、この鎮守府で提督と艦娘が上手く行くことなんて、ないのだろうかと思いながら。
 

お待たせした レスサンクス

28.

「提督、来たよー」

夕食後、呼び出されていた敷波が提督室にやってきた。
羽黒と近海図を見ながら話していた提督が手を挙げて、

「ああ、今日は遠征ご苦労だった」

「ホントだよ。ま、いいけどさ」

ぽすんとソファに座る敷波。
羽黒が紅茶を入れる。

「お疲れ様でした。どうでしたか?」

「ありがと、羽黒さん。潮風で髪がばりばりになったよー。そういえば高速修復材、どうすんのさ?」

敷波は山城のことを気にしているようだ。

「バケツは上層部からの指令で中央へ送らなければならない。山城は地道に修復するしかないな」

「ちぇっ。せっかく遠征いってきたのにな」
 

「その山城のことだがな、」

言いながら提督が敷波の対面に腰を下ろす。
羽黒は少し緊張した。

「山城が大破した戦闘、覚えているか?」

敷波が一瞬停止した。
それから何事もなかったかのように紅茶を一口飲む。

「まあ、覚えてるよ。なに?」

「あの時、敷波はどういう行動をしていた?」

「な、なにさ。なんで今更あんな前のこと…。あ、あたしは、霧のなかではぐれて、なんとかみんなと合流して帰ったよ」

「北上とは一緒にいなかったか」

「っ」

敷波がカップを取り落とした。
紅茶がテーブルに広がり、羽黒が慌てて拭き取る。
 

「敷波?」

「あ、あたしは、……き、北上さん……あ、あああ…」

文章にならないことを呟く敷波の両手が震えている。
血の気の失せた顔を俯かせた。

「敷波、聞かせてくれ。あの時、何があったんだ。北上はどうなった。教えてくれ」

「し、知らない! わかんない! あたしは、な、なにも……!」

がば、と立ち上がった敷波が突如駆け出し、ドアへ向かった。

「敷波! 待て!」

「い、いやだ! 赦して!」

涙声で叫んで敷波が提督室から逃げ出した。
追いかけようとした羽黒が振り返る。

「司令官さん!? 追いかけないんですか!?」

彼はソファに座ったまま右手を顔に当てて動かない。

「司令官さん!」

「羽黒。敷波の表情を見たか?」

「え? いえ…泣いていたんですか?」

「違う。あいつは、敷波は…」

半開きのドアを見つめて提督は顔をしかめた。

「―――嗤っていたんだ」
 

(これは面白い……)

とりあえずこれだけ すまん レスサンクス

乙です
北上のことは相当なトラウマだなこりゃあ


やべえ、凄い見入るわ

笑う ではなく 嗤う の方か

面白くなって来た

29.

「羽黒。今日は終わりにしよう」

「え…はい。……あの、敷波ちゃんは、」

「うん。あの様子では、今日は話を聞くことは無理だろう」

「ええ…そうですよね」

「だから、明日また聞き取りを試してみるよ」

「えっと…そ、そうですか」

「訓練には変更なし。昨日と同じように頼む。出撃の日もそろそろだからな」

「は、はい。あの、比叡さんは…」

「ああ。比叡の実験は午後からやるから。それじゃあご苦労様」

「あっ……はい…おやすみなさい、司令官さん」

「うん、おやすみ」

ドアが閉じられた。
静かな廊下で羽黒はひとり、深いため息をついたのだった。
 

30.

翌日の訓練に、敷波は参加しなかった。
羽黒からの呼び出しにも応答せず、その報告を受けた提督は彼女の部屋へと赴いた。

「敷波。いるか」

ノックする。

「あけないで」

掠れた返答。

「わかった。ではこのまま話をさせてもらう。体調が悪いのか?」

「べつに」

「では何故訓練に出なかった?」

しばらくの沈黙。

「―――いんだ」

「何?」

「…こわいんだよ。たたかうのがさ」

敷波の声は震えていた。
 

「だめなんだ、あたしは。"不良品"なんだ」

「そんなことはない。誰だって戦うのは怖い。敷波だけではない」

「はは……」

弱弱しい笑い声がもれた。

「ちがう。ちがうんだよ。あたしは。あのとき、あのたたかいで……き、きたかみさんを……」

「北上を? 敷波、北上の最期を知っているんだな? 敷波!」

提督が語気を強めると、室内からガツンと激しい音がした。

「――あたしじゃないッ! そんなひとしらないよッ!」

彼女らしくない激しい言葉に提督は驚いた。

「悪かった。敷波、君には休息が必要だ。落ち着いたらまた話をさせてくれ」

返答はない。ぼそりぼそりとなにか聞こえてくる。

「ああ、きたかみさん……あたし、あたしが……」

提督が踵を返しても、ノイズのような敷波の呟きは止まることがなかった。
 

31.

「綾波」

昼食を片付けた綾波に霞が声をかけた。
霞には潮がくっついている。

「どうしたの。霞」

「敷波はどうしたの」

単刀直入に尋ねる霞に綾波は眉根を寄せた。

「体調が悪いみたい」

「体調不良ね。まったく自己管理もできないなんて情けないわ」

「か、霞ちゃん」

「とにかく、そういうことらしいわ、潮」

「う、うん。ありがとう、綾波ちゃん」

てててと潮が立ち去る。
 

残った霞の表情は厳しい。

「まだ何かあるの」

「……ちょっと付き合ってもらうわよ」

霞と綾波は鎮守府の屋上に移動した。
風が強い。

「こんなところで、何の話?」

珍しく綾波は不機嫌なように見える。
しかし霞は構わない。

「敷波に決まってるじゃない。アンタ、なにか知ってるでしょ」

「……霞。敷波のことはほうっておいて」

「そういうわけにいかないわ」

「どうして? 司令官に命令されてるの?」

「はァ!? あのクズの命令なんて知らないわよ」

霞は右手を腰に当てて片眉を吊り上げた。

「あのねぇ、私たちは仲間でしょうが!」

「!」

「だから敷波のことが心配なの。潮も同じよ。そんなこともわからない? 綾波、アンタまでどうかしちゃってるわよ」

「………」

「敷波の様子がおかしいとは聞いているわ。単なる体調不良じゃない。綾波。なにか心当たりがあるわね?」

「……敷波は―――」
 

32.

「敷波ちゃんが、北上さんを……?」

提督室で羽黒が両手で口を覆う。
霞は頷いた。

「綾波はそう聞いたらしいわ。北上は敷波によって撃沈された。これが件の戦闘の真実よ」

窓に向かって煙を吐く提督。

「……濃霧、奇襲、混乱。誤射の状況には十分すぎるな」

「そうね。綾波曰く、半年くらい敷波は夢に見ていたそうよ。ショック、だったでしょうね」

「ああ。それを俺が思い出させてしまった、ということか」

「そのとおりね。このクズ!」

睨みつける霞を提督はまっすぐに見返す。

「敷波には謝る。ちなみに、綾波はどうして敷波をほうっておけと言ったんだ?」

霞はフンと鼻を鳴らした。

「自分が姉だから、ひとりでなんとかしようとでも思ってたんでしょ。ほんと、バカばっかり!」

「なるほど」
 

「あの……」

ずっと黙っていた羽黒がおずおずと手を挙げた。

「どうした? 羽黒」

「えっと……あのとき、確かに霧は濃かったですが、だとすれば敷波ちゃんに非はないのではないでしょうか…」

「うん。まあ、そうだな。仕方ないと言える部分もあるだろう」

「それでも長々と引きずっちゃってるんでしょ」

「そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……」

「まさか、『北上にやられた』の聞き間違いだったかもしれないなんて言わないわよね」

「ち、違います、かね……」

「誤射の多発、か? 有り得なくはないが」

提督が紙煙草を灰皿に押し付けて消した。

「山城を修復して確認するほかないな。遠征と出撃が順調ならば、一ヶ月もかからないはずだ」

「は、はい!」
 

「そういえばアンタ、比叡の実験はどうなってんのよ」

「うん。順調だ。出撃には間に合うだろう」

「そう。頼りにしてるわ」

霞は肩をすくめた。

「羽黒。大井への支給品は届いたか?」

「あ、はい。今晩には渡せると思います」

「ありがとう。さて、そろそろ夕飯にするか」

「はい!」

三人は提督室を後にした。



 

今日は以上。レスサンクス

乙ー

毎度ドキドキしながら見てるぞ乙

舞ってる

33.

夜。
月が冴え冴えと輝いている。

「………」

演習場の岸に腰掛けて、夕立が足をぷらぷらさせていた。

「そこにいるのは誰だ?」

懐中電灯を提げて提督が歩いてくる。

「夕立よ。提督さん、こんばんは」

「ああ君か。何をしているんだ?」

「月を見てるっぽい」

「ほう」

夕立の傍らまで来て提督も電灯を消して月を見上げた。

「ずいぶんと丸い月だな。否、まだ満月ではないか」

「そうっぽい」
 

「夕立は月が好きなのか?」

提督は紙煙草に火をつける。

「? よくわかんない。でも、月を見てるとね、なんか元気になれるっぽい」

「そうなのか」

ふと、提督は軍艦としての夕立の逸話を思い出した。
第三次ソロモン海戦における獅子奮迅の戦いを成し遂げたあの夜も、月が彼女を照らしていたのだろうか。
そう聞いてみると、

「ううん? あの夜はとっても暗かったっぽい」

との返事。

「満月とかではないのか…」

すう、
と。
月が翳った。
 

「!」

提督はぞくりとした。
闇の中で夕立の瞳が赤く光っている。

――月はひとを狂気に至らしめる――

その狂気こそがこの少女の力なのか。
もし月が彼女に力を与えるとすれば、満月の際の彼女は如何ほどの戦力足りうるのか――

「てーとくさん?」

夕立に呼びかけられて提督ははっと我に返った。
月はまた夜空から地上を照らしている。

「……なんでもない。もうすぐ出撃の日だが、調子はどうだ?」

ぴょんと夕立が一息で立ち上がる。

「絶好調っぽい! 早くパーティしたいっぽい!」

にこにこと無邪気に笑っている。
 

提督はぽんぽんと少女の頭を撫でた。
彼女の笑顔を見ていると、ついそうしてしまうのだ。

「えへへ~♪」

「鉄床戦術ではタイミングまで待たねばならないから君は大変かもしれないが、よろしく頼む」

「うん! あのね、夕立、提督さんのためにがんばるからね、だからね!」

「ああ。待っている」

提督は制帽を被り直しながら後ろを向いた。

「そろそろ寝たほうがいい」

「はーい! 提督さん、おやすみなさ~い!」

「ああ、おやすみ」

提督室に戻ってから、提督は自分の左手を見た。
ぎりぎりと握られている。

「少女の素直さを利用して……俺は、最低だ…」

自己嫌悪に固められた拳をゆっくりとほどく。
煙草を灰皿に押し潰した。
夕立の無邪気な笑顔が別の艦娘と重なる。
それはもういない、艦娘である。

「……それでも俺は、もう二度と彼女らを喪うわけにはいかない。喪ってはいけないんだ……」

提督の独白は冷たい悔恨を含んで、執務机に水滴を垂らした。
窓の外では、月が冴え冴えと輝いていた。
 

34.

「はあ……」

羽黒は自室でため息をついた。
さきほど夕食の際に第二艦隊に明日の遠征の予定を伝えた。
食堂にも来なかった敷波には部屋まで赴いて連絡してきたのだ。

「敷波ちゃん、だいじょうぶかな……」

返事らしい返事はなかったが、とりあえず反応はあった。
そして自分の部屋に戻ってきたところである。

「……敷波ちゃんが、北上さんを……本当なのかな…」

いやだな――
味方を間違えて撃って沈めてしまうなんて、――厭だ。

ずきり、と。

「痛……」

左側頭部を押さえる。
頭痛だ。
 

あの霧の戦闘を思い出す。
ばらばらになってしまった後、北上は敷波に沈められたのか。
合流した山城は中破していた。
――『北上さんにやられた』?

ずきずき。

敷波。山城。北上。
何があったのだろう。
敷波が北上を誤射したというのではしっくり来ない。
そしてあの北上が山城を誤射するというのも妙だ。
羽黒の知っている北上は戦場を知り抜いたベテランだった。

ずきずき。

戦い慣れた北上が霧と奇襲くらいで動揺するだろうか。
それに、もし北上による誤射であればなぜ山城は『北上さんにやられた』と言えた?
なぜ自分を攻撃したのが誰かわかっている?
それとも山城もまともな状態ではなかったというのか。

「……もう寝よう」

考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
鏡の中の自分は、ずいぶんとひどい顔をしていた。
 

あ、sagaしてなかったしまった ともかく今日は以上 レスサンクス

乙なのです

乙ですじゃ…
いいな。大好きな鬱々感だ

35.

「アタシを沈めてよ」

「ど、…どうして……」

敷波は夢を見ている。
悪夢だ。

対峙する北上はいつものへらへらとした表情である。
何を考えているのかわからない。
だから敷波は彼女が少し苦手であった。

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

日常のような気軽さでそんなことをいうのだ。
異常な状況とのギャップで敷波は吐きそうだった。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

震えながら敷波が単装砲を北上に向ける。
自分が殺されないために相手を殺す。
深海棲艦相手では意識しなかった"命を奪う"という行為に改めて気がついた。
 

ああ――あたしは殺すんだ

一緒にご飯を食べた仲間を。
一緒に訓練した仲間を。
一緒に戦った仲間を。
自分のために、殺すんだ。

敷波の頬を涙が伝う。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

射撃。
反動がずしりと腕に、身体にかかる。
砲煙の向こうで北上に砲弾が命中し、その肉と骨を引き千切るのが見えた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

ばしゃりと海面に膝をつく敷波。
北上は右半身を吹き飛ばされて仰向けに倒れている。
ぺっと血を吐いて、

「お見事~命中だよ」

やっぱりへらへらと笑った。
 

その様子を見て敷波はかっと腹の底が熱くなるのを感じた。
胃の内容物が食道を駆け上がる。

「ぉげぇっ…! う、おえぇっ!」

「なに吐いてんのさ~。これだから駆逐艦は」

「うぇ…ごほっ、げえぇぇ、けほっ」

「――敷波」

名前を呼ばれて顔を上げる。
涙ににじんだ視界のなかで、空を見上げながら北上が沈んでいく。

「……ありがとね」

沈んでしまう。

「北上さん、」

沈んでしまった。

「北上さァァァーんッ!」

そのとき、敷波のなかで何かが変わってしまった。
それから、敷波は変わってしまったのだ。
 

36.

「やあ、おはよう」

明朝。
港に集まっている艦娘らに提督は挨拶した。
相変わらずばらばらに反応する彼女らに少し苦笑する。

「今日も遠征よろしく頼む」

「あの~、提督~?」

龍田が小さく手を挙げた。

「どうした?」

「敷波ちゃんがまだ来てなくて~」

「……そうだな」

ここにいるのは旗艦・龍田、曙、潮、そして秘書艦の羽黒だけである。

「敷波ちゃん、体調良くならなかったのかなぁ」

「何? 敷波、体調悪いの」

「う、うん。そうなんだって。心配だよね…」

「はぁ…しっかりしてほしいわね」

潮と曙の会話を聞きながら敷波へ通信。
 

しかし反応はない。

「出ないな。羽黒、昨日連絡してくれたんだよな?」

「は、はいっ!」

提督は制帽を取って頭をがりがりと掻いた。

「本日の予定は延期とする。明日、敷波が参加できれば実施だ」

「は~い」

「羽黒。ついてきてくれ。敷波の部屋へ向かう」

「は、はい」

「潮、さっさと霞らに合流するわよ!」

「あ、曙ちゃあん!」

歩いていく提督と羽黒を追い越して曙と潮が走っていった。

37.

「あ、あの、司令官さん」

「なんだ?」

鎮守府内を歩く二人。

「し、敷波ちゃんが遠征できなかったら…」

「遠征による資材供給がなければ出撃もままならなくなる。手詰まりだな」

「敷波ちゃんの代わりに第一艦隊から誰か配置させるとか、どうですか?」

「そうなれば鉄床戦術が可能かどうか微妙になるな。ちょっと霞に考えてもらうか…」

提督がちらりと羽黒を振り返る。

「しかしまずは敷波だ。できる限り、敷波にはがんばってもらわないと」

「そうですね…」

敷波の部屋に近づくと、声が聞こえてきた。

「――でしょ。出撃じゃないし……」

綾波である。
敷波の部屋の扉に話しかけている。
 

「ね、まだ間に合うよ。遠征いこうよ、敷波」

しかし。

「――もうやめてよッ!」

室内からの叫びにびくりと綾波が口をつぐんだ。

「あたしのことなんか放っておいて! 綾波はあたしとは違うッ!」

「な……。し、敷波……」

「あたしは戦えない。綾波みたいに戦えない。あたしは、あたしは……ッ!」

提督と羽黒が到着した。

「綾波」

「し。司令官、さん。あ、綾波は、」

「羽黒。綾波を頼む」

「はい!」

羽黒が綾波を下がらせる。
 

提督は扉の前に立った。

「敷波。俺だ」

「な、なにさ…あたしも営倉入り? や、やればいいでしょッ!」

「落ち着け。敷波、すまなかった。一昨日の晩から、君が嫌がっていたのに、ムリに話を聞こうとして」

「………」

「もうあの話はしない。だから、頼む、出てきてくれないか」

「……もう、遅いよ。司令官。あたしは、戦えない」

「敷波。遠征は明日に延期した。頼む」

頭を下げる提督に慌てて羽黒も並ぶ。

「敷波ちゃん、私からもお願いします!」

「……帰って」

「敷波!」

「帰ってよ! あたしなんてそんな価値ないんだからッ!」

「……敷波…すまなかった」

扉は固く閉ざされていて、提督は苦渋の表情で立ち去るほかなかった。
彼にはその扉を開く術がない。
その背中を、綾波はなにかを決心した瞳で見ていたのだった。

 

今日は以上 レスサンクス

乙です

綾波が提督を強く止めなかったあたりを鑑みるに、
綾波がサイコで逝っちゃってるって線もあるのか
しきなみのことはわたしだけがわかってるの
みたいな感じで

この救いのない雰囲気好き

38.

「で、話ってなによ」

曙がつっけんどんに尋ねた。
あまり広くない部屋に大井と山城を除く艦娘らが集まっていた。
集めたのは、綾波である。
彼女の表情はいつもの柔和なそれではない。

「話は……敷波のことなんです」

霞が眉根を寄せる。
その隣で潮が心配そうな顔をした。

「し、敷波ちゃん、体調悪いんだよね?」

「そうなんですか! それはいけませんね!」

こくりと頷く綾波。

「でも、単なる風邪とかじゃないんです。敷波は、――恐れているんです」

「あァ? 戦いをか?」

怪訝そうな天龍。
それはそうだろう。
艦娘は兵士だ。戦いを恐れてなどいられない。それが当然だ。
 

「たぶん、敷波は味方が傷つくことを、恐れているんだと思います」

「それは誰だって嬉しくないことだと思うけど~」

龍田は小首をかしげた。

「綾波が思うに、敷波は、誰よりも、誰にも、轟沈してほしくないんです」

「綾波はどうしてそう思うの?」

机に尻を乗せた夕立が尋ねる。
綾波は逡巡するような様子を見せた。しかし答える。

「敷波が、北上さんを、撃沈したからです」

どよめく艦娘ら。

「綾波ちゃん」

「いいんです、羽黒さん。これは、本来、知っておいてもらわなければならない話でした」

「……でも」

「綾波が、間違っていたんです。隠すことが敷波のためになると思っていました。でも、そうじゃない。そうじゃないんです」

「ち、ちょっと待ちなさいよ。何の話よ? 敷波が? 北上を?」

曙が困惑を口にした。

「ええ……山城さんが大破した原因の戦闘、その中でそれは起こりました――」
 

綾波は昨日霞にしたものと同じ話をした。

「濃霧…誤射、ですか」

「なによ、それ……」

「オレなら有り得ねぇが……そうか……」

皆一様に沈んだ表情である。

「し、敷波、ちゃん…そんな、辛すぎるよ……!」

ぽろぽろと涙をこぼすのは潮。
心優しい彼女の肩を抱いて霞は鋭いまなざしを綾波に向けた。

「あんた、この話をしたってことは、ただ知ってもらうってだけじゃあないんでしょうね」

綾波が頷く。

「自分の手で味方を沈めてしまった――だからこそ敷波はもう誰の轟沈も見たくないんです。
 綾波にはわかります。敷波とは幼馴染ですから」

右手を胸に当てる。

「正直に言います。この鎮守府はばらばらです。このままじゃだめなんです。
 だから、皆の力を合わせて、大丈夫だって、誰も沈んだりしないって、敷波に伝えれば……!」

ばらばらな鎮守府。
思い当たる節があるのかそれぞれが表情の温度を下げた。
 

そんななか、

「わかったっぽい! 夕立は沈む気なんて無いし、大丈夫だから!」

夕立がぴょいと机から飛び降りた。

「おお、そうだな! オレも沈んでやる気なんざさらさら無え! なんてったってオレは最強の天龍サマだぜ!」

「わ、私も…自信なんて、ない…けど! 敷波ちゃんのためなら、なんでもするよ…!」

「いいですよ! 私たちは仲間じゃないですか! ね!」

「ふん! しかたないわ。遠征メンバーが欠けるのは困るからね」

続いた艦娘らに綾波は涙ぐむ。

「みんな…! ありがとうございます!」

「決まりね~。で、綾波ちゃん? 具体的には、どうするつもりなの?」

「どうすればいいか…、決められなくて。みんなの意見を聞かせてもらえれば……」

話し合いが始まった後ろで霞が羽黒に近づいた。

「いいの? 勝手に動くみたいだけど」

羽黒は沈痛な面持ちのままだ。

「どう動くのであれ、司令官さんには報告します。それは、綾波ちゃんもわかっているはず。私は……、」

側頭部に手を当てる羽黒。
 

「どうしたの。頭痛?」

「……へいき、です。私は、私にはなにか、ひっかかるんです。綾波ちゃんのいうことに…」

「甘っちょろいって意味なら同意するけど」

「そうじゃないんです。あのときの敷波ちゃんは、……違うんです」

要領を得ない羽黒の述懐。
しかし霞はそれをとがめなかった。

(入渠している山城。営倉の中の大井。轟沈した北上。ひきこもった敷波。
 件の戦闘に出撃した艦娘は綾波を除けばこの羽黒だけ…)

霞は考えている。
自分のいない頃の鎮守府のことを。

(綾波は敷波の幼馴染。より客観的に物事を見れているのは羽黒……? だとすると――)

「――羽黒さん」

いつの間にか綾波が羽黒の前に立っていた。

「は、はい」

「司令官にお願いがあります」

「はい。……え?」
 

39.

戦友だった。

自信家で、可愛らしく、ユーモラスで、妹思いにして意外に優秀な、そんな少女だった。
ひたむきで、いじらしくて、純粋で、そのくせ妙に達観したようなところがあった。
いやがるとわかっていてもつい頭を撫でてしまったものだ。

ぼろぼろになっても戦ってくれた。
上層部から提督を守るために。
最期まで。

――最期。
悔しげに、しかし気高く、それでいて優しく、少女は提督の腕の中で息絶えた。
小さな約束をして、少女は満足げに笑っていた。
そして彼は大きな決意をしたのだ。



ノック。
 

「! 入ってくれ」

咳払いをする。
同時に思い出を振り払った。

「失礼します」

羽黒と霞が入室する。

「……司令官さん? だいじょうぶですか?」

「え?」

「目が真っ赤よ、アンタ」

「何」

慌てて鏡で確認すると、たしかにひどく充血していた。

「…気にしないでくれ。何か用か」

「あの、そのですね、」

羽黒はわたわたとした。
腰に手を当てて霞が嘆息する。

「敷波のことよ」

そうして、ふたりは綾波の案について説明した。
 

「……演習の動画を、敷波に見せる…?」

「そ、そうです」

「さっさと却下しなさいよ、このグズ! そんなことで敷波が復帰するわけないわ」

「いや、できることがあるならなんでもやってみよう。羽黒は皆と内容について打ち合わせてくれ。
 俺は事務に連絡してくる。霞は敷波抜きで遠征と出撃をクリアする方法を考えておいてくれるか」

「わ、わかりました!」

「はぁ!? アンタ、演習でみんながちゃんと戦えるって様子を見せれば敷波の不安も晴れるなんて、そんな夢物語を信じるわけ?」

「信じてもいいんじゃないか。どっちにしろ演習はするんだ」

「とんだご都合主義者ね!」

そう言いながら霞がドアを開ける。

「霞。どこへ行く」

「うるっさいわね、資料室よ!」

そう言い捨てて音高くドアは閉められた。

「あ、あの…司令官さん、霞ちゃんは、その、」

「わかっているさ。霞は優秀な戦術参謀だよ」

提督は頷いて、紙煙草に火を点けるのだった。
 

今日は以上 間があいてすまない レスサンクス

乙です

おつおつ

なんかこの静かな恐怖感がたまんない
ジャパニーズホラー的なじわじわじわ来てる感じ

>>144のあれで敷波が怖い
今回までの描写、綾波が不穏過ぎる


綾波と敷波もやばいよなコレ

いつ崩れ落ちるか分からない恐怖
乙乙

おつ、面白そうなスレにまた会えた

40.

昼食を摂りながら提督は考えていた。
敷波が北上を誤射して沈めたというのならば、大井の発言はどうなるのか。

――お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!

――北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!

――北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです

大井がもし統合失調症のような病であるのならば、単なる妄想に過ぎないのかもしれない。
それでも、提督は大井をそうやって切り捨てたくはなかった。
だが、彼女の様子は明らかに常軌を逸している。それは確かだ。

「……もし、……大井が」

他の艦娘に対して敵意を向けているとするならば――、
それでも何もできないはずだ。
そのはずだ。
営倉の中では艤装もないし、武器になるものも、

――それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです

鏡?
まさか。
 

提督の脳裏に最悪のシーンが去来する。
鏡の破片を握った大井が、油断して近づいた艦娘の胸にそれを突き立てる――

「羽黒! 大井の食事は、今誰が運んでいる!」

急な通信に食堂で食事中のはずの羽黒がむせた。

『ふぇっ提督!? え、えーと、潮ちゃん、ですか?』

それだけ聞いて提督は受話器をがちゃんと捨てて走り出した。
廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるような勢いで下る。

想像は悪い方向へばかり転がってしまう。
胸元と口から血を零して、潮が冷たい床に倒れている。
その目は信じられないものを見たかのように見開かれたまま固まっている。
そして、それを檻の向こうから見下ろす大井が、静かに、うっそりと、微笑んでいる――

「クソッ!」

罵ってなんとかそのイメージを振り払おうとする。
辺りが暗くなった。
地下だ。

「潮!」

息を切らせて営倉へ飛び込む提督。

「ひゃああっ!」

潮の声。
いやな予感はなぜこうも的中してしまうのか。提督は奥歯を噛み締めた。
果たしてそこには、

「あら、提督じゃないですか。こんにちは」

人当たりの良い笑顔の大井がいた。
潮が檻を挟んでその足元に倒れている。
 

「――う、しお」

提督の口から少女の名がこぼれると、

「は、はいぃ…」

ばたばたと潮がもがいた。
もたもたと立ち上がり、恥ずかしそうに服を払う。

「潮……? なんともないのか」

「え? あ、はい。驚いて転んじゃいました」

えへへ、と少女は照れ笑いを浮かべた。

ふたりとも、特におかしいところは無い。
そして、檻の中の机上には鏡が置かれていた。割れてなどいない。

「……はぁっ、…いや、すまない、なんでもない」

大きく安堵の息を吐いて提督は壁際の椅子に座り込んだ。
よかった、と素直に思った。
潮が無事だったからだけではない。
彼にとって、大井も守りたい対象なのだ。

「提督…? だ、大丈夫ですか…?」

「うん。驚かせて悪かった」

「い、いいえ」

提督と潮が話している後ろで、大井が小さく「残念」と呟いた。
ポケットの中で、歯を折って持ち手を石で尖らせた櫛をもてあそびながら。
凶器を握りながら。
 

今日は以上 レスサンクス

ヒエッ……
お、乙!
大井こええよ!!

乙です

乙です
大井っちの精神状態ほんとに元に戻せるのかな……

41.

敷波は部屋の中で動かない。
ベッドに座り込んだまま、うつむいて、黙っている。
なにも考えたくない。

なにも考えたくないのに、頭は勝手にあの時のことをなぞりだしてしまう。
仲間を、この手で、殺した。
殺した。

敷波はゆっくりと両掌を広げた。
ぶるぶると震えている。
あの時の感覚を覚えている。
ずっと忘れてなどいなかった。

「……っ」

ぎゅうっと自らを掻き抱き、肩を痛いほどに握り締める。

「もう――いやだ……」

そんなとき、敷波の端末が受信を告げた。
 

42.

午後から綾波らは演習に取り組んだ。
そしてその様子を録画し、動画を適度に編集して、提督は敷波に送信した。

「……ふー」

提督室の椅子に深く座って、天井に向かって煙を吐く。

「疲れましたか? 司令官さん」

演習の報告書類をまとめる羽黒の気遣いに提督は苦笑した。

「演習もこなして事務作業もしてくれる羽黒に、疲れてるなんていえないな」

「そ、そんな……私は……最近、寝不足ですし…」

「それはよくないな。今日は早く切り上げよう」

「い、いえっ! へいき、ですから」

「そうか。しかし今日の演習ではみんな砲雷武術が上達していたな」

「霞ちゃんのおかげです。みんなを誘って特訓したんですよ」

ほう、と提督は少し目を見開いた。
今朝の曙と潮はそのために急いでいたのかと心中で納得する。
 

「まだまだだって霞ちゃんは言ってましたけど、どういうふうに戦うのか、みんなで共有できたのは良かった、と私は思ってます」

「うん。そうだな。俺もそう思うよ。敷波がこれで、……」

提督は目を伏せて煙草の火を消した。

「………。明日、遠征に行けるといいな」

「きっと行けますよ」

そのとき、霞が入室してきた。
何冊かの本を抱えている。

「なにへらへらしてんのよこのクズ!」

「か、霞ちゃん」

「とっととお茶でも入れなさいよ!」

柳眉を逆立てる霞に提督は肩をすくめた。

「俺のお茶を所望するなら淹れるにやぶさかではないが」

「黙ってできないの? アンタは」

苛立たしげに本をどさりとテーブルに置いて霞はソファに腰をおろす。
 

「霞。特訓の成果、出てよかったな」

「はぁ!? バッカじゃないの!」

先ほどからの霞の物言いに羽黒はおろおろしている。

「……今日の演習でだいたいに共通する弱点が出たと思うわ。アンタもわかってるとは思うけど」

開いた本に目を落としたまま話す霞に提督も頷いた。

「うん。視野の狭さだな」

「そうよ。悔しいけど、周りを見ることができているのはやっぱり龍田と、あとは比叡くらいね」

戦闘時、目の前の敵だけでなく、周囲の敵やあるいは味方にまで気を配る必要がある。
そのような視野の広さが特に指揮官には求められるが、いかんせん眼前の敵と戦うだけでも容易くはないため非常にハードルが高い。

「ご、ごめんなさいっ!」

「気にするな。羽黒」

提督は紅茶の入ったカップをテーブルに並べた。

「ちょっといいか。状況を整理しよう」

そのまま彼もイスに座った。
羽黒が手を止め、霞は横目でそちらを見る。
 

「この鎮守府には資材が足りない。その短期的な解決のために遠征を、長期的な解決のために出撃を行なう。
 空母がおらず戦艦も資材面から運用が難しいため、鉄床戦術で勝利を狙う。ここまではいいな?」

二人が頷く。

「出撃予定は明後日だ。そのためにもう一度、遠征を実施する必要がある。だが敷波は遠征を拒否している。
 第一艦隊から遠征させてもいいが、その場合、その艦に負荷がかかるか戦力が落ちることになる。よって敷波には遠征してもらいたい」

「三隻以下でも成功可能と思われる遠征に出してもいいわよ」

「そういえばそうですね」

「冗談よ。効率が落ちて明後日には間に合わないわ」

「もちろん明後日は予定であるから、それを厳守しなければならないわけではない。
 以上を踏まえて、明朝、敷波が遠征に行くことができなければ、……」

「司令官さん?」

「なあ、これは提案なんだが、大井を遠征メンバーに入れることはできないか? あるいは第一艦隊に――」

「――アンタ、アレがまともだとまさか思ってるわけじゃないわよね」

霞が静かに本を置いた。
先ほどまでの語気を荒げただけとは異なる、本当の怒りをにじませている。

「……そうじゃないが、」

「アンタは知らないでしょうけどね、アレのせいで私たちがどれだけ苦労したか…!」

吐き捨てるようにそう言った霞は「いやな事を思い出した」とばかりに舌打ちした。
提督は両手を軽く掲げて、

「悪かった。取り下げるよ」
 

気まずくなった羽黒はなんとか話題を変えようと努めて明るい声を出した。

「そっそういえば司令官さん、比叡さんの調子はどうですか?」

「ん、うん。だいぶ精度が上がってきて、実戦に使えるレベルにまで来てると思う。出撃には間に合うよ」

「そ、そうなんですか、よかったですね」

「うん。比叡のやる気を出させるのが毎回苦労の種だけどな」

「はは…」

静かになってしまって、沈黙に刺されるように羽黒はもじもじした。
同時にじわりと側頭部に痛みが滲みだす。
彼女が頭に左手を当てたとき、

「はぁ。ちょっと、おかわり淹れなさい」

霞が提督を呼んだ。
呼ばれた彼は、無造作に立ち上がってティーポットから霞のカップに紅茶を注いだ。

「お待たせしました。どうぞ、お嬢様」

「ふん」

おどけた調子の提督とまんざらでもなさそうな霞を見ているうちに羽黒は頭痛が治まっていることに気付いた。
案外、良いコンビなのかもしれない。
羽黒はそう思って小さく笑った。

怪訝な表情でこちらを見るふたりに言えば、特に霞は強く否定するだろうなと想像しながら。
なんだか嬉しくなってしまう羽黒なのであった。
 

今日は以上 レスサンクス



ストレス性の偏頭痛と不眠か……。
……羽黒もだいぶヤバイな。

乙です

乙です
大井はいつになったら日の目を浴びるのやら

大井っちが独房から出てくる
   ↓
北上さんを殺したのは、誰
   ↓
かーなーしーみのー


結論
解体しよう

43.

食堂。

「敷波ちゃん、もう観たかなぁ」

もぐもぐとハンバーグを食べながら潮が呟く。

「観てもらわないと困るわね」

向かいで苦々しげにトマトを見つめるのは曙。

「きっと…、明日は遠征、来てくれるよね」

「……来るわよ。来なきゃぶっ飛ばすわ。引きずってでも連れて行く」

「そ、それはよくないよう」

「遠征に出ないと出撃できないのよ。そうなれば、山城は…」

顔をうつむかせる曙に、夕立が話しかけた。

「ねえねえ曙、今のほんとっぽい?」

「え? 何がよ」
 

「敷波が遠征に行かないと出撃できないっぽい?」

「ああ。本当よ。そうなったら山城が修復できなくて――」

「えーっそんなのないっぽい!」

むくれる夕立。

「出撃してパーティしたいっぽい!」

「もうっ、二人とも、敷波ちゃんの心配してあげて!」

珍しく潮が大きな声を出して、

「わ、悪かったわよ潮」

「ゴメンね、敷波も心配よ?」

二人が慌てて謝るのを、少し遠くの席から綾波がなにも言わずに見ていたのだった。
 

44.

敷波は虚ろな瞳で動画を眺めている。

『しっ敷波ちゃん! 私、が、がんばるから…私、敷波ちゃんと遠征、行きたい…っ』

演習の様子に挟み込まれるのは各艦娘からのメッセージ。

『あたしは沈む気で戦ったことなんてないわ。いつでも帰ってくる気で戦う。もちろん、敷波、アンタもよ』

『敷波! 夕立と一緒に、楽しいパーティしましょ!』

『敷波ちゃん、私は、旗艦としてはまだまだかもしれません…けど、みんなで協力していきたいと思っています』

『誰も傷つけたりさせません! 私の活躍、期待していてください!』

『天龍ちゃんの邪魔する船はみ~んな沈めちゃうわ~♪』

『最強のオレに任せな! ぜーんぶ受け止めてやるぜ!』

『あたしはあんたを信じてるわ。あんたもあたしを……なんでもないわよッ』

「………」
 

顔を赤くした曙が姿を消すと、最後に綾波が現れた。

『敷波。敷波。みんな敷波の本当のことを知っても、信じてくれる、仲間でいてくれてるの。
 みんなで団結すれば、簡単に負けたりしない。だから安心して。敷波。
 綾波はもちろん、みんなも敷波のことを受け入れてくれるから。だから…』

ぱっと全員が勢ぞろいした場面へ転換。

『一緒に行こう! 敷波!』『敷波ちゃん!』『行きましょう!』

一斉にそう呼びかけた。
そうして動画は終了した。

「………」

そのまま、敷波はなにも映っていない画面をじっと見ていた。
ゆっくりと、視線を自分の手に移す。
震える両手を握る。

「……いっしょに……いこう……」

ぎゅっと目を瞑る。

「あたし……あたし、は……」

夜が音もなく、その帳を下ろしていく。
 

今年は以上 レスサンクス 良いお年を

乙です

乙乙乙

45.

夜更け。
提督室で提督と羽黒、霞が話し合いを行なっていた。

「では、万一の際は敷波の代わりに霞が遠征に出る。それでいいんだな」

「ええ」

「霞ちゃん、その、だいじょうぶなんですか? 出撃も遠征もなんて」

「平気よ。いい感じの戦術が見つかりそうだから、それが使えるようになるまでの間だけ」

「ムリをするなよ。スケジュールには余裕を見てあるが」

「わかってるってば」

「戦果を挙げて資材がたまれば建造してメンツを増やすこともできるしな。……羽黒?」

「……? はい」

「いや…、今、寝てなかったか?」

「え? いえ……たぶん…」

羽黒は首をかしげた。
 

「でも、眠たいですね。もう夜ですからね」

苦笑する彼女に提督は頷いて、

「よし。結論も出たし解散にしよう」

「片付けはやっておくわ。先に休みなさい、羽黒」

「すいません。お疲れ様でした。おやすみなさい、司令官さん。霞ちゃん」

羽黒が退室する。
提督は紙煙草をくわえてマッチを探した。

「羽黒、ひとの心配してる場合じゃないわね」

「うん。あいつにもかなり負荷がかかっている。早く状況を安定させないとな」

火をつけて、煙で肺を満たす提督。

「そうね」
 

資料をまとめて棚に仕舞いながら、なんでもないように霞は尋ねた。

「ねえ、どうしてアンタは大井に肩入れすんのよ」

「ごっほ! ぶはぁ!」

提督は盛大に煙を吐いた。
その様子をじっとりとした目で霞は見る。

「なにやってんの」

「はぁ……肩入れか…そう見えるのか…」

「アンタだってアレと話したんでしょ? あれはもうダメよ」

吸って、ゆっくり吐く。

「約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ」

「………。そう」

それだけで、霞はだいたいの事情を察した。

だから、北上の行方も気になるのね。
霞はそう思った。

「ほら、霞もさっさと寝たほうがいい。俺ももう眠る。明日は寝坊できないしな」

「いつでも寝坊すんじゃないわよこのクズ!」

霞も退室して、そうして提督は静かに昔を思い出した。
 

46.

―――
――


雨が降っている。

「……ここは……」

「気が付いたか」

彼女を抱きかかえる提督が顔を覗き込む。
少女は弱弱しく笑った。

「てーとく…風邪、ひいちゃう、クマー」

軽巡・球磨のセリフに提督は泣き笑いのような表情に顔を歪めた。
彼を心配する少女のほうが、もはや修復不可能なほどぼろぼろだったからだ。

「あいつらは……」

「敵主力艦隊は壊滅、俺たちの勝ちだ。球磨、君のおかげだよ」

「ふふ…意外に、ゆうしゅうな、クマちゃんって、よく、言われるクマ」
 

がしゃん、と音を立てて球磨の艤装が地面に落ちる。
連結が維持できなくなったのだ。
同時にぼたぼたと血がしとど零れた。

「さすがだ。球磨…君は最高の艦娘だよ」

球磨は得意げに、しかし力無く喜んだ。
ざあざあと降る雨が血を流していく。


整備された波止場にほかに人影は無い。
帰投した艦隊は彼の指示で入渠および休息している。

球磨はもう、入渠も間に合わない。
それでも艦隊のメンバーが、雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら連れて帰ってきてくれたのだ。
しかしあまりの損傷に、ここから動かすこともできなかった。

「提督…」

少女がか細い声で彼を呼んだ。
提督は球磨の口元に耳を寄せる。

「……ていとく…、なでなで、してほしい、クマー…」

「いつも、いやがってたじゃないか」

左腕で少女を支えながら右手で彼女の栗色の髪を撫でる。
球磨は嬉しそうに目を閉じた。
 

「きょうは、さいごだから、トクベツだクマ…」

提督は涙が溢れて何度も瞬きした。

「最期なんて、言うなよ。球磨の活躍、もっと見せてくれ」

ぽたぽたと落ちる水滴が少女の顔を汚す血に筋を作る。

「まったく、ていとくはきびしいクマ…ちょっと休みがほしいクマ」

「わかった。休暇を出そう。特別手当も付けるぞ」

「そいつは、ごうせいだ、クマ…ていとくも、たまには、ゆっくりやすむと、いいクマ…」

「うん。そうだな。一緒に休もう。どうだ?」

「めいあんだ、クマ…やく、そく、クマ」

「うん。うん。約束だ。球磨」

しばし、雨音だけがふたりを包んだ。
 

「球磨?」

動かない少女を小さく揺らすと、彼女はうっすらと目を開けた。

「もうひとつ…やくそく、してほしいクマ…」

「なんだ? なんでもいいぞ」

「いもうとたちが、しんぱい、クマ…みんなを…まもってあげて、ほしいクマ」

「ああ。もちろんだ。任せろ。だから、球磨、君は、」

少女は満足そうに笑った。
その目はもうなにも見えていない。

「ああ……球磨の、ちからをもってしても、ここまでか、クマ……」

命の火が消えつつある少女を掻き抱きながら、提督の脳裏を懐かしい思い出がよぎる。
初めて会ったときのこと。
共に海域を攻略したときのこと。
力不足に悩む少女を慰めたこと。
一緒にハイキングしたときのこと。
ふたりでこの戦争を終わらせようと、誓ったときのこと。

「待ってくれ。球磨。俺は、まだ君に、」
 

「てー、とく…」

残ったかすかな力で球磨は首を動かし、提督の手に頬ずりした。

「たのしかったクマ……かんしゃ、するクマ…」

「やめてくれ、そんな、球磨、なあ球磨、嘘だろ、こんなの…」



「さらばだクマ」



少女は再び目を閉じた。
そして、二度と開くことは、無かった。
 

今日は以上 レスサンクス

乙乙
クマー……

クマー

乙です

あげ

47.

翌朝。
あくびをしながら提督は紙煙草を取り出す。

「このクズ。緊張感とかないのかしら」

隣を歩く霞が吐き捨てた。
煙草をくわえながら提督は笑う。

「上官の緊張や動揺は隊に決して良い影響を与えない」

「強がってんじゃないわよ」

「俺には霞がついてるからな。安心だよ」

「はァっ? 上官だって言うなら働きなさい」

「ちゃんと起きたじゃないか」

「だから何よ?」

提督は煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出した。

「ごまかしてるんじゃないわよ!」
 

「司令官さん、霞ちゃん。おはようございます」

羽黒以下、艦娘らがいつもどおりばらばらと挨拶する。
提督も軽く帽子を上げた。

「おはよう。羽黒、今日の天気予報は?」

「はい。今日は曇りのち晴れ。南西の微風。気温は平年どおりです」

「うん。龍田、艦隊の調子は?」

「敷波ちゃんの代わりは、本当に霞ちゃんでいいの~?」

「問題ないわ」

装備した艤装を見遣る霞。

「必要ない、と思います」

これは綾波。

「敷波は来ます。綾波はそう信じています」

「私もそう思いますよ!」

「最強のオレが来いって言ったんだ、来るに決まってらぁ!」

霞が軽くため息をつく。

「もちろん、私はあくまで予備。敷波が来れば、それが一番よ」

「うん、そうだ。出発の時間まではまだしばらくある。それまで待つよ」

「…はい」
 

「司令官さん、……時間です」

端末の時計を見て、羽黒が報告する。
提督はふいーっと煙を吐き出した。
腰をおろしていた係留柱から立ち上がって、

「第二艦隊、出発準備」

告げた。
龍田以下、曙、潮、霞が整列し、各自装備を点検する。

「し、司令官――」

綾波が提督に駆け寄る。
その様子に霞が聞こえないように舌打ちした。

「敷波は、必ず来ます! ですから、もうちょっと、もうちょっとだけ…!」

「あのねぇ――」

「――いいかげんにしなさいよ!」

しかし綾波を怒鳴りつけたのは霞ではない。
曙だ。

「綾波! 心配してるのはあんただけじゃないの! でもあたしたちは軍人でしょ!」

はっとしたような綾波。提督にすがりつこうとしていた両手がぶるぶると震えながら握られて下ろされる。
提督は綾波の肩に手を置いた。

「綾波。今日はとりあえずあきらめよう」

「………っ」
 

「第二艦隊、出発準備整いました~」

四人が海上に降り立って、あとは提督の号令を待つのみである。

「うん。それじゃあ――」

「!」

ぱっと夕立が建屋のほうを振り返る。
提督は言葉を止めた。
なぜなら、



「敷波!」



走ってきたのは彼女だったから。
 

すぐに身を翻して綾波が駆け寄る。
羽黒ら、そして海上に下りていた四人も上がって敷波を囲んだ。

「ごめん、みんな…」

誰とも顔を合わせられずに、それでも敷波は謝った。
なんと声をかければいいか、と一瞬空白が生まれる。
しかし、

「気にしないでいいっぽい!」

「よく来たァ! なんも気にすんなッ!」

夕立、それに続いて天龍たちが声をかけていく。

「みんな……ありがとう…」

「――敷波…」

涙ぐみながら彼女の姉が近づく。

「綾、波。ごめん。その、あたしは、」

「敷波っ!」

綾波は飛びつくように敷波を抱きしめた。
驚いた敷波も、すぐに目を潤めて抱きしめ返すのだった。
 

敷波は皆の見守る中、提督へと歩み寄った。

「敷波――」

「司令、官。あたし、あたしは……」

うつむいて、なにか言わなければとする敷波に、提督は咳払いして、

「第二艦隊、敷波! ただちに遠征出発準備せよ!」

「っ! は――はい! 敷波、抜錨!」

敷波とともに第二艦隊が海上に整列する。

「ひっく…ぐすっ…」

「もう、泣き止みなさいよ潮…」

「提督~、いつでも出発できます~」

「よし! 遠征頼んだ」

「は~い」

そうして、一日遅れで、遠征は実施された。



「北上さん……あたしは、もう迷いません」
 

今日は以上 レスサンクス

乙です


いい仲間を持ったな敷波。

乙です

いいスレを見つけた
乙です

48.

「ふー…」

執務机のイスに背を預けて、提督は天井に煙を吐き出した。

「よかったですね、司令官さん」

「うん」

にこにことした羽黒に、彼も相好を崩す。

「明日は出撃よ。実戦でも必ず成功させるわよ」

「はい!」

霞も心なしか安堵しているように見えた。

「そういえば霞ちゃん。霞ちゃんが抜けたときの第一艦隊の戦術ってどういうものを考えていたんですか?」

「ああ。あれはね、嘘よ」

「え?」

「そんな都合のいいもの、見つからなかったの。だから、嘘よ」

「やっぱりか」

「ええっ! そ、それじゃあ…」

霞は肩をすくめた。

「仕方ないわ。鎮守府のためだもの」

「か、霞ちゃん…! 司令官さんは気付いていたならどうして止めなかったんですか!?」

「霞は止まらんだろ」

そう言って提督はくっくと笑った。
 

「さて、昼飯前に比叡の最終調整してくるか」

「第一艦隊はどうしましょう?」

「明日は出撃本番だ。問題ないとは思うが念のため今日一日は休みにしよう」

「それがいいわね。あたしもちょっと休憩したいわ」

「わかりました。そのように伝えておきますね」

紙煙草を灰皿に捨てて、提督は部屋から出て行った。
ぱたぱたと端末に連絡事項を打ち込む羽黒の対面に霞は腰をおろした。

「ねえ。アンタ、前に件の戦闘後の敷波についてなにか言っていたわよね」

羽黒はディスプレイから顔を上げて小首をかしげた。
 

「…なんでしたっけ。敷波ちゃん……」

考え込んでいるうちに、羽黒は瞑目して停止した。

「羽黒? ……ちょっと!」

霞が鋭く呼びかけると、ぱちりと羽黒が目を開けた。

「…か、すみ、ちゃん?」

「え?」

ぐうっと羽黒は伸びをしてすっきりしたように笑った。

「さあ、作業は終わらせて一休みしましょう!」

「は…? アンタ、いま……」

「どうしたんですか?」

霞は右手を腰に当てて嘆息した。

「……アンタ、ほんとに休んだほうがいいわよ」

「えっ? あ、はい。ありがとう、霞ちゃん」

羽黒はよくわからないままに微笑み、霞はまたひとつため息をついたのだった。
 

49.

山道を夕立が駆け抜けていく。
一気に走り降りて階段を無視して大きくジャンプ。

「っぽい!」

枝を一瞬掴んで制動、着地して斜面を滑り、小川を跳び越えて今度は駆け上がる。
落ち葉を蹴散らして樹木を蹴って崖を登り、休むことなく森の中を走っていく。

「はぁっ! はぁっ!」

開けた場所に出た夕立はようやく足を止めて大きく呼吸した。
そこは鎮守府の裏である。

「あ? 夕立じゃねーか。なにやってんだ?」

声をかけてきたのは天龍。
夕立は息を整えてから返事した。

「明日が出撃だと思うと、もううずうずしちゃってたまらないっぽい!」

「だから山んなか走り回ってたってーのか?」

「うん!」

「なんだそりゃ…。ま、明日が楽しみなのはオレも一緒だけどな!」

天龍は呆れていたが獰猛な笑顔で提げていた木刀を振り回した。
 

轟!

突如、遠雷のような音が鳴り響いた。
夕立が反射的に音のしたほうを向く。

「なっなんだ今の音!?」

慌てる天龍。しかし夕立は肩をすくめるのみ。

「比叡の射撃音でしょ? 前もやってたっぽい?」

「は!? 知らねえぞ、んなこと…」

「ねぇ天龍、そんなことより…」

べろりと夕立が舌なめずりする。

「ちょっとだけ、夕立とパーティしない?」

「……フフフ、いいねぇ! 龍田がいなくて退屈だったんだ」

天龍がもう一本の木刀を夕立に投げて寄越す。

「ふふっ、うずうずしすぎて手加減できないっぽい…っ!」

「いいぜェ最強のオレに手加減なんかいらねえ! かかってこい!」

二人は笑いながら激突した。
 

50.

自室で頬杖をついて文庫本を読んでいた霞のもとに、綾波が訪れていた。
綾波は扉を開けたまま敷居をまたがずにもじもじしている。

「何。第一艦隊なら、連絡があったと思うけれど、今日は休養よ」

本にしおりを挟んで霞が水を向けると、綾波は顔を上げた。

「違うの。綾波、霞に謝ろうと思って…。あの、敷波のことで、いろいろ迷惑をかけた、というか…その、ごめんなさい」

「ああ。…まあ、気にしなくていいわよ。結果的に敷波は無事遠征にいったんだし。
 ま、アンタも気持ちを切り替えて、明日の出撃に備えなさいな」

「怒って、ないの?」

霞は綾波に入室を促した。
少し躊躇ってから、綾波はおずおずと扉を閉めた。

「怒ってないわ。今はね」

ふたりはロウテーブルを挟んで座った。
 

「敷波のことも、……言い出せなかったのよね」

「……でも、霞の言うとおり、綾波はどうかしていたのかもしれません。
 敷波を守ることが目的だったのに、いつのまにか秘密を守ることが目的になってしまっていて…」

あるわね、そういうこと。
霞は静かに頷いた。

「敷波に拒絶されて、すごくショックで…それで、綾波が悪いんじゃない、きっと鎮守府が悪いんだ、って。
 そう思い込もうとしたというか、あの時はそうとしか考えられなかった」

綾波は弱弱しく自嘲した。

「綾波たちは幼馴染で、ケンカなら何度もしたんだけど、あんなふうに拒絶されたのは初めてで。
 そんなことを考えると、頭がぐるぐるしてきて…。とにかく、ごめんなさい」

「いいってば。あたしもなんだか苛苛していたのよ。なんにせよ、結果オーライでいいでしょ」

調子が狂って、霞は早口でそう切り上げた。
椅子に戻る。

「さっさと休んで、また敷波を迎えに行ってあげなさい」
 

「わ~、雷撃翌雷撃~!」魚雷を口に咥え

たまま海上を走るあたし、北上は恋に砲

撃に大忙しのごく普通の女の子。だけど

ひとつだけ、周りのみんなと違うところ

があるの。それはあたしが、重雷装巡洋

艦だってこと!

こんな感じで再登場して欲しいな

笑顔を取り戻した綾波も立ち上がる。

「ありがとう。霞は優しいね」

「はァ!? なに言ってんの!」

「ふふ、じゃあ明日はよろしく、がんばろうね」

「アンタねぇ…」

綾波は足取り軽く退室した。
まったく…、と霞は零して、それから頬を掻いた。

本を開き、ふと窓の外を見る。
空が、青く、広がっていた。





 

今日は以上 レスサンクス

乙です


修行を終えた比叡のお披露目はよ

おつ
羽黒もちょいちょい怪しくなってきた?


こういうの好き

51.

訓練の帰り、車中で提督はぐっすり眠ってしまっていた。

「提督はお疲れのようですね」

運転手を務める無線班は苦笑気味にそう言った。

「司令は着任以来まだ休みなしで勤務していますからね!」

後部座席で比叡が頷いた。艤装は横に乗せている。

「提督室は毎日遅くまで照明が点いています。きっとあまり寝ておられないのでしょう」

「確かに司令は毎朝とっても眠たそうです!」

「実に仕事熱心な方です。やはり中央では活躍しておられたのでしょうね」

「中央、ですか?」

「ええ、はい。中央にはやはり実力のある方が集められますから。この方も中央から派遣されてきたと聞き及んでおります」

「そうなんですか」

「ですからきっと、この鎮守府を改善するために尽力されているのだと、みな期待しているのです」

「確かに司令は他の方とは違います。私は、みんなのために働くことができて嬉しいです!」

「我々も、同じ気持ちなんです。この鎮守府が変わっていく、そんな実感があります。それが、本当に嬉しいのです」

「はい!」

比叡は満面の笑みを浮かべた。
 

52.

「首いてえ…」

提督は執務机で首に手を当てて呻いた。

「何。軟弱ね」

詰め碁で遊びながら霞が一刀両断。

「車の中で寝るもんじゃないな。ケツも痛いし」

「知らないわよ、このクズ。羽黒といいアンタといい睡眠の管理を疎かにしすぎよ」

「ああ、羽黒もなんか眠たそうだよな。昨日の夜もあれ絶対寝てたぞ」

「今朝もおかしかったわ。まったく、情けないわね」

ノック。
羽黒と龍田が入室する。

「うわさをすれば影だな」

「?」
 

提督が二人を迎える。霞も立ち上がった。

「なんでもない。龍田、遠征ご苦労」

「任務完了よ~。高速修復材は前回と同じところに置いてあります~」

「うん。助かるよ。問題はなかったか?」

「ええ、予定通りに終わったよ~?」

「敷波の様子はどうだった」

龍田は頬に手を当てて微笑んだ。

「敷波ちゃんが心配なの~? うふふ~」

「いいからさっさと報告しなさい」

「わぁ~霞ちゃんこわぁい♪ 敷波ちゃんも特に問題は無かったわよ~」

「そうか。それはよかった」

ほっとして紙煙草に火をつける提督。
 

「あの動画を撮ったのが、良かったのでしょうか」

「さあ~。そうだとしたらムダにならなくてよかったけど~」

「あんなのでなんとかなるわけないでしょ。きっと別の要因よ」

「まぁいいだろ。これで無事、出撃できるんだ」

提督が煙を吐いた。

「そうですね…き、緊張してきました」

「早いわよ! しっかりなさいな!」

「気をつけてね~」

「す、すいません…」

「羽黒は第一艦隊のメンバーに改めて通達よろしく。霞も明日は頼む」

「は、はいっ」

「任せなさい」
 

「よし。じゃあ解散だ。夕飯にしよう。龍田、改めてご苦労だった。羽黒、霞はまた明日な」

三人を見送って、提督は執務机に戻った。
灰皿に灰を落とす。

「……ようやく出撃か。いろいろあったせいで短くも感じるが…」

机上に散らばった資料や書籍を見渡す。

「北上の件は結局わからずじまいだ。大井の処遇も…これは妖精との折衝が必要だな」

妖精。
彼らは人間とは友好関係を築いているが、やはり彼らは彼らで人間とはまったく異なる存在だ。
まともな接触をするためには、それなりの手続きを踏む必要がある。

「またアイツに頼むしかないな」

へらへらした同僚を思い浮かべて、提督はふっと笑う。
そして煙草の火を消して、真面目な表情になった。
その視線の先にあるのは、机に置かれたお守りである。
中には鉄片がひとつ入っている。

「まだまだ、始まったばかりだ。やるしかないな」

提督は球磨の遺品を見つめて、そう呟くのだった。


 

今日は以上 レスサンクス

乙です

この比叡なら
旗艦まかせてもいいんじゃないか?

53.クリープ

「あ…。あ、曙ちゃん」

「ん。どうしたの」

食堂でトレイを持った潮は奥へと顔を向けた。
曙もそちらを見る。

「………」

「………」

向かいあって食事をしている綾波と敷波だ。
はあ、と曙はため息ひとつ。

「潮。行くわよ」

「う、うんっ」

曙は二人の隣にトレイを置いた。

「隣、座るわよ」

「お、お邪魔します…」

潮も同様に。
綾波がぱっと表情を明るくする。

「あっどうぞ!」
 

敷波もゆっくりと顔を上げて二人を見た。

「敷波、今日はお疲れ」

「お疲れ様です…っ」

「あぁ……うん、二人とも、お疲れ」

ぼんやりとしていた敷波はゆるゆると頷いた。

「あーっなになに? 夕立も一緒に食べるっぽい!」

がしゃがしゃと食器を鳴らしながら夕立が近づいてきた。

「ほら、霞もーっ! こっちこっち!」

「なによ、やかましいわね」

夕立に呼ばれて霞も眉根を寄せながら潮のとなりに着席する。
 

「ごっはん、ごっはん~♪」

「夕立、アンタ肉ばっかじゃなくて野菜も食べなさいよ」

「お肉好きっぽーい」

「お野菜おいしいよね」

「霞もひとのこと言えないでしょ」

「何。あたしに好き嫌いなんて無いわ」

「え~? この前気付いたんだけど、あんた鶏肉避けてるでしょ」

「そ、そうなの? 霞ちゃん」

「はァ!? 鶏肉じゃ体力維持できないからよ! 別にキライな訳じゃないわ」

「霞、隠さなくてもいいっぽい!」

「大丈夫だよ霞ちゃん、私も、食べれないものあるから…」

「隠してないし食べれるわよ! なんなの!」
 

「え、潮ってなに嫌いなの」

「ホルモンとか…ああいうのはちょっと…」

「あーわかる。いつまでも口の中に残ってウザいのよね」

「夕立はワタもいけるっぽい!」

「あたしを無視して話を進めないで!」

柳眉を吊り上げる霞に夕立らがけらけら笑う。
綾波もくすくすと。
それに釣られるように敷波も小さく吹き出した。

「敷波は? なにか好き嫌いあるっぽい?」

「え、あー、あたしは、苦いのは好きじゃないな。コーヒーとか」

「はん、子供ね」

「曙ちゃんはコーヒー飲めるもんね、お砂糖3杯入れたら」

「ちちちちょっと潮ぉっ!」

「えええぇっ!?」

「曙もまだまだ子供っぽーい」

「誰もあんたには言われたくないわよね」
 

駆逐艦らが楽しそうに食事しているのを眺めて羽黒も微笑んだ。

「嬉しそうですね!」

「ふぇっ! あ、ひ、比叡さん」

「いやーいいですね! 食堂に笑い声があるのはすごく久しぶりな気がしますよ!」

「あ、そ、そうですね。敷波ちゃんも元気になってよかったです」

「まったくもってそのとおりです!」

「あの、比叡さん。明日は、その、よろしくお願いします」

「ええ! もちろん、任せてください!」

にこーっと笑う比叡。
羽黒は出撃への緊張はまだあるものの、どこか安心感のようなものを覚えていた。
この鎮守府が正常に回り始めている。
そんな感覚だった。
 

54.

夜。提督室。
小さく、控えめにノックが二回。

応答は無い。
そっと、ドアが開く。

「司令官……?」

綾波である。
執務机のほうを見遣ると、提督は机に突っ伏したまま眠りこけているようだった。
するりと入室して静かにドアを閉める。

「司令官。寝ちゃってるんですか?」

提督の背中はゆっくりと上下している。
机の上、提督の下には様々な資料が散らばっている。

「司令官、調べ物の途中で寝ちゃったのかな…?」

ちらっと見てみると、資料は妖精についてのものや近現代の歴史、精神医学書など関連性の良くわからないものばかりである。
綾波は小首を傾げたが、すぐにくるっと提督に背を向けて、

「寝ていてくださってよかったかもしれません。綾波、今日は謝りに来たんです」

呟いた。
 

「でも、謝って、許されたら綾波はまた間違えてしまうかもしれない。でも、そのままにもしておけない。
 だから綾波の自己満足なんです。だから、司令官が寝ていて、ちょっとほっとしてるんです。
 やっぱり綾波は悪い子ですよね」

掛けられていた提督の上着を彼にかける。

「司令官。ごめんなさい。綾波、司令官を困らせました。みんなを巻き込みました。敷波のことで、わがままを言いました。
 本当にごめんなさい。もう、綾波は間違えません。もし、また綾波が間違えたら……」

てくてくと歩いて、ドアのノブに手をかける。

「司令官。そのときは綾波を解体してくださいね」

哀しい笑顔で綾波は退室した。

提督は眠っている。
彼は知らない。少女の涙を。

 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です



綾波はいい子

55.

「あー、こちら司令室。第一艦隊旗艦・羽黒、応答せよ」

『はい、こちら第一艦隊旗艦・羽黒。感度良好』

よし、と頷いて提督は周波数を切り替えて、

「こちら司令室。比叡、聞こえるか」

『はい! 比叡です! 聞こえてますか!』

「うるさいな……」

『司令! 聞こえませんか!? 無線班さん、大丈夫ですか!』

「聞こえている! そんなに大声出す必要は無い」

『ああ! よかったです!』

『こちら観測班。第一艦隊の12時方向に艦影アリ。敵偵察艦と思われます』

「了解。比叡、準備はいいか?」

『はい! 気合! 入れて! 行きます!』
 

「12時方向に敵艦発見!」

複縦陣で索敵行軍していた第一艦隊でも綾波が報告した。

「了解。進路および速度このまま」

「はい。えっ?」

羽黒の指示に綾波がすっとんきょうな声を上げる。

「いいじゃねえか! 轢き潰してやるぜ!」

天龍が笑うと同時に深海棲艦・ハ級が爆発した。

「――ぬあぁっなんだァっ!? ま、まさかオレの秘められた力が…!?」

「違うわよバカ」

一拍遅れて砲撃音が海の上を渡っていく。
霞が親指で後ろを指差した。

「今のは比叡の砲撃よ」
 

『命中。敵艦撃破を確認』

「うっし」

観測班からの報告で提督はぱちんと指を鳴らした。

「比叡。見事だ」

『ありがとうございます!』

「その調子で頼む」

『はい!』

「観測班は引き続き索敵を続行してくれ」

『了解しました』
 

「はぁ!? 比叡を要塞砲台代わりに使う!?」

炎上しながら沈んでいくハ級を見ながら天龍が呆れた。
霞もため息をついた。

「突飛すぎるわよね。あたしもそう言ったけれど、あのクズも比叡も聞く耳持ちゃしない」

「へ~え! でもなんかすごいっぽい! 獲物とられちゃったけど…」

「比叡さんの訓練って定点からの砲撃練習だったんですね」

「はい。どこから、どの角度で撃てばどこに落ちるか。それを試行錯誤して精度を高めていたようです」

羽黒は説明しながらハ級の残骸を軽く迂回する。

「なるほど、それなら燃料も弾薬も節約しつつ戦闘を楽にできるってぇ訳か」

「だけど、そんなのふつう厭でしょうが。あたし達は艦娘で、しかも比叡は戦艦よ?」

そう言う霞に、羽黒は水平線を見つめたまま、

「私には、少しわかる気がします」

と洩らした。

「は? どういうことよ」

「い、いえ…あの……待っているだけ、というのは、少し、辛いものなんです…」

「ああ。少しでも、戦いに参加できるように、ということですか」

「ふうん…。ま、それなら比叡がえらく張り切ってることも説明がつくわね」

「オレも戦ってなくちゃ楽しくねぇなッ!」

「夕立も夕立も~っ!」

「はいはい、アンタらはいつもどおりね」
 

「命中ですかっ?」

「うん。さすが比叡だな」

「ふん。あたしだってあれくらい…」

司令室に曙と潮が訪れていた。

「船は揺れるからな」

提督は煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「そ、そうですね…」

「射線に対して平行な波は前後に、直角な波は左右に狙いをずらす。洋上では常にこの揺れとの勝負だ」

おろおろする潮。
曙は腕を組んで黙っている。

「艦娘はそのしなやかさで揺れを抑えることが可能だが、それでも完全じゃないし、高速で移動する1m×1mの相手に着弾させるのはやっぱり困難だからな」

「知ってるわよそんなことは。だから艦娘の戦闘は接近してからの砲雷武術が定石になったんでしょ」

曙のセリフに頷く提督。灰を落とす。

「そうだ。洋上で戦う高さ約1.5mの艦娘だからこそ波を克服し利用して、射線を奪い合い白兵戦にまで持ち込む砲雷武術が生まれ、進化したんだ。
 逆に言えば、波の影響を受けない陸からならほとんど一方的に攻撃できる、はずだ」

「そ、それでも、風とか光の屈折とか、狙撃は簡単じゃないんじゃ…」

「もちろん。潮、よく知ってるな。だからこそここ連日、比叡には射撃訓練に従事してもらっていた。
 複数の狙撃ポイントから、時間や風位風力などの条件を観測しながらな」
 

「そんなに陸からの砲撃がいいのなら、みんなそうすればいいじゃない」

「艦娘が開発された当初はそうやって戦っていたんだそうだ。まだ力場による浮上航行が発明されていなかったんだな。
 みな岸壁や船から砲撃していたらしいぞ」

「なんだか間抜けね」

「それなら、ええと、各地に防衛要塞を築けば深海棲艦をやっつけられるんじゃないですか…?」

「おいおい潮。君、あいつら相手に通常の物理的攻撃が通用しないことを忘れたのか?
 そうでなければ君たちのような女の子に戦わせたりしないさ」

「ほんっとめんどーなやつらよね!」

「艦艇の神霊の神籬たる艤装でなければ深海棲艦に有効打を与えることはできないからな。詳細な原理は不明だが。
 ちなみに中央では陸上護衛の艦娘部隊が沿岸に配置されているぞ。行政機能やなんかを防衛しなければならないからな。
 俺も見たことはないが、熟練の艦娘が配備されているらしい」

「へえ、そんなのがいるんだ」

「熟練…すごいなぁ…」

『――こちら観測班。第一艦隊の11時方向に艦影アリ』

「了解」

応えて提督は紙煙草を灰皿に押し潰した。

「こちら司令室。比叡、もっぺん行くぞ」

『いつでも準備、できています!』





第一艦隊はこの出撃で快進撃を続け、誰一人大破を出すことなく帰投した。
 

今日は以上 レスサンクス

乙です

おつです

比叡は艦隊の航路に沿って海岸を走り回ってたのか?



>>294
陸地から間接射撃してただけだろ。
第一艦隊(とその周辺)が射程に入ってればいいんだから、走り回る必要はないんじゃないか?

35.6cm砲の有効射程内なら20km程度
駆逐、巡洋艦で30分圏内の範囲なんだがこんなものでいいのか?

海上で単独射撃可能な距離が20km。
(「比叡から敵が見える距離」と言い換えてもいい)
間接照準によるピンポイント攻撃の練習をしてたみたいだし、単純な「砲弾到達可能距離」だったらその1.5倍は行くだろ。
別に鎮守府から撃つ必要もないわけだし、作戦海域付近の島に陣取ったと考えれば、それだけの射程で充分じゃね?

何かスナイパーって感じで面白いな

海上で撃つよりは命中精度上がるだろうし、46cm砲(最大射程42km)を使ってた可能性も?

そろそろかな

56.

提督が着任し、出撃してから一ヶ月が経過しようとしていた。

「司令官さん。第一艦隊、出撃よりただ今帰投しました」

「うん、ご苦労」

「戦果についてはまた報告をまとめます。入渠は中破の天龍さんからでよろしいでしょうか」

「それで頼む」

提督室に羽黒が報告に来ていた。
今回の出撃も大過なく勝利したのだ。深海棲艦に占領されていた領海もじょじょに開放することができていた。

「羽黒。夕食を終えたら霞と一緒にまた来てくれないか」

「了解しました。……あの、どういう用件かお聞きしても……?」

「うん。ちょっとめんどさいことになりそうでな」

「はい…、……?」


 

そうして夜、羽黒と霞が提督室のソファに座っていた。
提督がいつものように紅茶を淹れる。
羽黒も最初は遠慮していたり代わろうとしたりしていたのだが、提督に固辞されて今では落ち着かずに眺めているだけになっている。

「で? 何の用よ」

カーディガンのポケットに手を突っ込んだままの霞。
提督は執務机からぴらりと一枚の紙をつまんだ。便箋である。

「中央の同僚から悪い知らせが来た。あさって、ある中将がこの鎮守府を視察に来る」

「そんな連絡が、なぜ同僚の方から回ってくるのですか?」

「正式な連絡じゃない。おそらく諜報部のツテから入手した情報をリークしてくれたんだろう。暗号で書かれていた」

「その中将がここに来るのが、どうして悪い知らせなのよ」

「うん。そのだな、」

提督は紅茶で舌を湿した。

 

「その中将は厳格で有名なんだ。この鎮守府の艦娘たちを十中八九良く思わないだろう」

「そ、それは、どうしてでしょう?」

「あたしたちが他の鎮守府とは比べ物にならないくらい緩みきってるからでしょ」

「え、で、でも……最近はちゃんと出撃したり演習したりしてますよ」

「笑わせないでよ。そんなの当然でしょ。普段の態度とか規律のことを言ってるんじゃないの」

「そうだな。最悪なのが、中将が自ら処罰を下す可能性があることだ」

「そ、そんな、いきなりですか…!?」

「そういうひとなんだ」

霞が大きく舌打ちした。

「回りくどいわね。視察の時だけ、普通の軍隊らしくしろって言いなさいな」

「まあ、そういうことだな。急な話だし難しいかもしれないが……頼めるか」

「わ、わかりました…!」

「明日は出撃も遠征も取りやめで視察の準備に専念してほしい。
 羽黒はこのことを各艦に伝達、あと会議室を借りておいてくれ。霞はなにか参考になる書籍を探して指導してやってくれ」

二人は了解した。


 

57.

「中将閣下に敬礼!」

リーク通り翌日には中央から視察の正式な通達があり、その次の日、つまり今日、中将と部下数名が鎮守府に到着していた。
艦娘らが左右に整列し、一斉に右手を掲げた。

「ようこそおいで下さいました、閣下」

提督が敬礼の後、歓迎の言葉を述べる。

「うむ。今日は急な視察になったが、よろしく頼むぞ」

「はっ! ではまず、こちらへどうぞ」

傲然とした態度で髭をねぶる中将を提督は案内し始めた。
一行が建物のなかに消えてから、ようやく艦娘らは敬礼を解いた。

「すっごい偉そうな奴ね。いけ好かないったら」

「だ、だめだよ曙ちゃん…!」

声に出さず艦間通信する曙と潮。
羽黒は急いで給湯室へ向かった。

「一一〇〇より演習を行う。各自準備して集合」

霞が残ったメンバーに告げ、各員は小走りで移動を開始した。
 

58.

応接室で提督は中将の相手をしていた。

「なにぶん人員が足りず、見苦しい点も多い鎮守府かと思われますが…」

「良い。しかしお前はその鎮守府でずいぶんと活躍しているようだな」

事務から届けられた戦果報告書などをめくりながら中将。

「恐縮です。皆の働きあってこそのものです」

そこで羽黒がお茶を汲んできた。

「し、失礼します! どうぞ」

「うむ」

「紹介します。こちらが本鎮守府第一艦隊旗艦・重巡洋艦羽黒です」

「おおこれが旗艦か。重巡が旗艦とは、ふむ……」

じろじろと眺められて羽黒は顔を赤くしてもじもじした。

「重巡ながら艦隊を率いてよくやってくれています」

「ここには戦艦が二隻所属しているだろう。それはどうした」

「扶桑型の山城は長期入渠中です。一方、金剛型の比叡も艦隊には配属しておりません。
 誠に不甲斐ないですが資材が足りず、次善の策で凌いでいる現状です」

「そうか。資材不足はどこでも深刻だ。緊急度の高い鎮守府には優先して供給せねばならん。
 それでもどこの鎮守府でもなんとかやってくれている。ここも同様だ」

「は。失礼しました」

「しかしこの鎮守府の躍進ぶりは中央にも届いている。どんな魔法を使った?
 いやお前のことだ、艦娘を信じて一所懸命やった、などとしか言わぬだろう」

「いえ……」
 

「だがお前のやり方では、いつかの二の舞になるのは火を見るより明らかだ。
 この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな」

「――っ」

中将の言葉に提督の顔色が変わる。
彼の脳裏にあるのは、あの日腕のなかで息絶えた戦友・球磨だ。
羽黒は話が読めずにおどおどしている。

「……羽黒。下がっていい。君も演習の準備をしてくれ」

「は、はい、わかり、ました」

気遣うような羽黒の視線を遮るように提督は軽く手を払って指示する。
羽黒が退室する。



「そろそろ一人前の提督になれ。そうすれば中央に戻してやれる」

「……どういう、ことですか」

「わかっているのだろう。艦娘に情をかけるのを辞めろ。あれは兵器だ。合理的になれ」

「……ですが、私は、」

「一人前になって上に来い。お前なら出来る。そうすれば、言っている意味が分かるようになるだろう」

「………」

中将はがぶりとお茶を飲み干した。
膝を掴む提督の手は力の入れすぎでぶるぶると震えている。

「……それが、……今回の、視察の目的ですか……」

「さてな。お前の知るところでは無かろう。さて、そろそろ演習場へ向かおうか」

中将はかつんと湯呑みをテーブルに置いて立ち上がった。

 

59.

水面を蹴立てて第一艦隊が鉄床戦術を仕掛ける。
すかさず比叡が距離を取り、それを追いかけた天龍と羽黒に龍田らと比叡が十字砲火を浴びせる。
霞らに対してひとり曙が立ちふさがり、援護を遅滞させている。

「ちぃっ!」

数の多い龍田と駆逐艦の砲撃、一撃の重い比叡の砲撃をかいくぐるのに必死になる天龍と羽黒。
なんとか離脱したふたりだが、第一艦隊は二分されてしまった。

「第一艦隊! 用意!」

ひと月にわたって鉄床戦術を受けてきた比叡以下はようやくそれに一矢報いることができたと、
そう思った矢先、羽黒の号令に戸惑った。
第一艦隊のメンバーが砲塔を構える。

「てーっ!」

海が爆発した。

「ひえええっ!?」「な、なんだようっ!」「わひゃああああっ?」

比叡以下四人を取り囲むように水柱が上がる。上がり続ける。
周りが見渡せなくなる。
第一艦隊が水面に向けて砲撃しているのだ。
びしょ濡れになりながら辺りを見回す比叡。即座に砲撃の薄いところを発見する。

「みなさん! こっちです!」

「比叡さん!」「はいっ!」

周囲の見えない状況を脱しようと、曙らが比叡に続いた。

「! 待って―――」

龍田がはっとしてそれを留めようとするが、水煙を切り裂いて天龍が肉薄。

「おらァっ!」

「っ!」

刀と矛が激突した。
 

「あはははっ!」

比叡に続いた駆逐艦らに夕立が飛びかかった。

「きゃあああっ」

体勢の整わないまま潮、続いて曙が戦闘不能判定に。

「ふたりとも! まさか罠ですか!?」

振り返った比叡が状況を把握する。
第一艦隊は羽黒、霞、綾波が協調して水面を撃って敵陣形を乱し、天龍が追い出して、夕立が迎え撃つという包囲戦を仕掛けたのだ。

「くぅっ」

「ぜんぜん遅いっぽい!」

迫る夕立に照準を合わせようと単装砲を向ける敷波だが、軽快な機動を見せる夕立へ発砲できない。
翻弄される敷波へ一撃、二撃。夕立が叩き込み、戦闘不能判定にさせる。

「やったぁ!」

無邪気に喜ぶ夕立へと、砲弾が放たれた。
 

60.

『B艦隊、潮・曙・敷波が離脱。A艦隊、夕立が離脱』

「さすがは比叡だな……」

司令室で提督は中将とともに演習の報告を聞いていた。
双眼鏡で様子を見ていた中将はそれを下ろして、

「うむ。納得の練度だ。もういいぞ」

「は。それでは演習を終了します。総員へ告げる。演習は終了。帰投せよ」

後半は無線で各艦へ連絡する提督。
二人は波止場へと移動した。
ペイントまみれの艦娘らが整列して帰投してくる。

「あれはお前の指示か」

「は。隊が分断された場合は鉄床戦術から包囲戦へと移行するようにと」

「砲撃に薄いところを作ったのも?」

「そうです。動きが予測できれば待ち伏せが容易です」

「ふん。陸のやつらの戦術か。海戦とはまるで違う」

「……だからこそ、艦娘の戦闘にあてはまるのかもしれません」
 

「それがお前の魔法か」

「決して、魔法などとは。懸ける命は彼女たちのものですから」

「いいか。艦娘は、――」

中将が、波止場へと揚がってきたのを見て言葉を止める。

「演習終了、帰投しました!」

羽黒が、続いて総員が敬礼した。



演習が終わって帰っていこうとする艦娘ら。

「そういえば、お前の指示に従わなかった艦娘がいるそうだな?」

「!」

「この中にいるのか?」

「……はい」
 

「なんと、驚いた。まだ使っているのか。どれだ。処分してやろう」

髭をねじっていた手で、中将がすらりと軍刀を抜いた。

「どうした。どの船だ。さっさと言え」

「……っ」

「言えんのか。また艦娘をかばうのか、お前は。先にお前を抗命罪で処罰してもいいんだぞ」

「……私は、……」

提督のこぶしは強く握られ、奥歯は噛み締められている。
息を呑んで見守る艦娘ら。

「………。謹んで、お受けします……!」

「愚か者が! 背筋伸ばせェッ!」

青筋を立てた中将の怒号。
制帽を取った提督が両手を腰に回して胸を張った。
 

「……っ」

羽黒が言葉を探す。霞が下唇を強く噛む。潮が涙をためる。




「――あたしだよ」



そして、敷波がひとり、前へ進み出た。

 

今日は以上 レスサンクス
比叡は可能な範囲で援護しているだけということでひとつ

乙です

乙です


中将は厳しいけど分かってくれそうな気がする

乙です

61.

「なに?」

敷波を睨みつける中将。

「だから、あたしだよ。司令官の命令に従わなかったのは」

「ほう。間違いないのか」

中将が提督を一瞥する。
彼は歯を食いしばっていたが、偽証することもできず、

「…はい。間違い、ありません……っ」

絞りだすように答えるほかなかった。
艦娘らの中から小さく息を呑む音が聞こえた。潮か、綾波か。

「よし。下がっていろ」

中将は頬を歪めて敷波に向き直った。
なんでもないふうを装っているが、少女の膝は小さく震えている。

「お待ちください! ――がッ!」

顔面を殴られて提督が倒れる。
声を上げた提督を見ることもなく中将が拳を振るったのだ。

「ッ!」

霞が雷に撃たれたように身震いした。
閃いた怒りを咄嗟に自制したのだ。
しかし見開かれた瞳は憤怒に染まり、ぶるぶる震える右手を左手が押さえている。
 

「司令官さん!」

一方羽黒は飛び出して彼に駆け寄った。助け起こす。

「下がっていろと言ったろう。二度言わすな」

吐き捨てた中将が無造作に軍刀を構える。

「敷波っ!」

呼んだのは綾波。銃把を握る少女に、霞が反転して掴みかかった。

「霞ちゃん!?」

「どいてよ! 霞!」

「感謝するわ、綾波……!」

綾波にだけ聞こえるように霞が唸る。

「アンタが動かなかったらあたしがあのクズを殺るところだった……!」

「ちょっと、あんたたちっ……!」「やめろって!」

曙と天龍が二人を引きはがし押さえつける。

 

起き上がった提督が敷波の前で手を広げた。かばった。

「どけ」

「できません。申し訳ございません」

「司令官、」

「黙ってろ敷波」

提督はその場で膝をついた。正座する。

「申し訳ございません! ご容赦のほど願い申し上げます! どうか!」

「ならばお前が責任を取るというのかァ!」

「二度とこのようなことが無いよう責任持って管理いたします!」

「………」

提督は頭を地面にこすり付けた。

「どうか御慈悲を! 中将閣下! お願いします!」

「………。今の言葉、肝に銘じておけ」

中将が軍刀を鞘に納めた。

「ありがとうございます! 感謝いたします」

「抗命の動機と対策について報告書を提出しろ。いいな?」

「はッ!」

「では立て。帰るぞ」

後半はいつの間にか控えていた中将の部下に対して。
 

見送る段になって、艦娘らは再び整列していた。

「中将閣下に、敬礼!」

「期待しているぞ、お前には」

「恐縮です。励みます」

提督と中将も敬礼を交わす。
中将が一歩近づいた。

「そうだ。そのためにも、営倉に入れているという重雷装巡洋艦を艦隊に戻せ」

「は……、それは、」

「いいな?」

「……了解、しました」

「うむ。ではな」

そうして中将一行は去っていった。
 

しばらく敬礼を続けていたが、

「ふう。もういいぞ」

提督に続いて全員が体から力を抜いた。

「はぁっ…!」

すとんと、敷波がその場に座り込む。

「しき、痛て…、敷波、すまなかったな」

「いや別に…。あたしが悪いしさ」

敷波に、名を呼びながら綾波、潮が抱きついた。

「よかった、よかったよう」

「あー、君ら、とりあえずペイント落として、それから今日はゆっくり休むように」

「はい!」

反射的に厳格な軍のように返事した艦娘らはお互いの顔を見合わせてくすくすと笑いあうのだった。
 

62.

浴場。

「かーっ良ーい気持ちだぜ!」

「うふふ~天龍ちゃん、おっさん臭いわよ~?」

「うるせえ!」

軽巡二人が湯に浸かっている。
駆逐艦らは壁際に並んで蛇口の前に座っていた。

「あのクソヒゲ…いきなり処分とか頭おかしいんじゃないの」

「まったくもってクズね。死ねばいいわ」

「ふ、ふたりともそんなこといったらダメだよ~…ふひゃあ泡が目にッ!」

髪を洗う曙、霞、潮。

「でも提督さん、カッコよかったっぽい!」

「そうだね、お姫様を守るナイトみたいだった。ね、敷波?」

「べ、別に…あたしは、どうだっていいし…」

身体を洗う夕立、綾波、敷波。
 

「うっしゃあ! 上がるぞ!」

ざばっと勢いよく立ち上がる天龍。龍田も続く。
脱衣所では比叡が下着姿で牛乳を飲んでいた。

「ぷはーっ! いやーやっぱりお風呂上りは牛乳ですね!」

「風邪ひくぜ比叡サンよ」

「風邪なんかに負けません!」

「あれ~? 羽黒さん、先に上がったと思うけど~」

「さっきなんだか急いで出て行かれましたよ!」

「あんたはとりあえず服を着てくれ!」

「貴女だってハダカじゃないですか!」

「オレはまだ上がったばっかだろ!」

「私はもう着たわよ~?」

「早くねえか!?」
 

一方、駆逐艦の六人は湯船へと移っていた。

「見て見て敷波!」

ぱっしゃぱっしゃと両手で水を掬い上げて遊ぶ夕立。
なんともいえない表情の敷波の隣で、霞が綾波に話しかけた。

「……綾波。さっきは悪かったわね」

「ううん。むしろ、止めてくれてありがとう。霞」

「まあ、あたしも自分を抑えてられなかったし。ほら、今でも手の震えが止まらない」

「霞は司令官をとても大切に思ってるんだね」

「はァ!? いきなり何言ってんの!?」

微笑む綾波の言葉に霞はばしゃりと動揺した。

「だって司令官が殴られたから怒ったんでしょ?」

「な……、違、あたしはあんまり横暴だったから!」

「霞、どうしたの? なんか顔赤いっぽい?」

「~~~っ!」

夕立に顔を覗き込まれて、霞は急に立ち上がった。

「先に上がるわ!」

「ぽい?」

小首をかしげる夕立と、吹き出す綾波。
霞が浴室から出て行く。

「どうしたのさ?」

「ふふ。なんでもない」
 

「あっ忘れてた! 霞に聞こうと思ってたことがあったっぽい!」

ばしゃばしゃと夕立が湯船を飛び出す。

「あたしらも上がろっか」

「うん。二人は?」

「忙しないわねぇ。あたしはもうちょっと浸かっていくわ」

「曙ちゃんがいるなら私も」

「じゃあお先に」

「おさき~」

敷波と綾波も上がり、湯船には曙と潮が残った。

「……今日は、いろいろ大変だったね」

「……そうね」

「私、すごく怖かった。提督や、敷波ちゃんが怒られてて……。でも、私、なにもできなかった。見ているだけしかできなかった」

「……あたしもよ。頭がぐちゃぐちゃになって、体もぜんぜん動かなくて……」

「誰かが傷つくのなんていやだって、そう思ってるけど、私、守ることもできなくて…、……悔しかった」

「ねえ潮。あたしは、次こそ絶対に、躊躇わずに動いてみせるわ」

「うん。一緒にがんばろう。曙ちゃん」

二人は静かに頷きあうのだった。
 

今日は以上 レスサンクス


実は中将、提督の行動を見透かし自分が悪者になることで鎮守府の結束強化を狙ってやった...ってのは読みすぎ?

乙です


結果的にいい方向に行ったな

中将と提督の関係、ただの上官ってだけじゃなさそう

乙です

63.

「痛てて」

「す、すいません…っ」

「いやすまん、羽黒のせいじゃない」

提督は羽黒に手当てを受けていた。
殴られた頬に湿布を貼ってもらう。

「無茶しすぎです…、司令官さん」

「すまなかった」

「心配しました。司令官さん。あんなこと…、もう、やめてください」

涙目で提督を見据える羽黒。
いたたまれなくなって提督はあごを掻いた。

「悪かった。でも、敷波を守るためだったんだ。俺たちは命のかかった戦闘を君たちにさせて陸地でのうのうと待っている。
 だからこそ、君たち艦娘を守るためなら俺はなんだってする。そうでなければ、提督として失格だ」

提督は紙煙草を一本取り出した。

「あるいは、人として失格だ。君に心労を掛けて申し訳ないが、わかってくれ」

羽黒はじっと彼を見つめていたが、やがて眉尻を下げた。

「……ずるいです。そんなふうに言われて、反対できません」

「うん。大人はずるいんだ」

提督は笑って、煙草に火をつけた。
煙を吸い、大きく吐き出す。

「あー。うまい」

嬉しそうな提督に、羽黒も優しく微笑んだ。
 

がちゃりと、ドアを開いて霞が入室した。

「煙草臭いのよこのクズ!」

「開口一番だなぁ、霞。今日はご苦労だった」

「なにがご苦労よ。そんな情けない面して! アンタが一番……っ!」

提督の胸倉を掴んだ霞は潤んだ目を隠そうとして額を押し当てた。

「霞……」

「自分の命を、無下にするやつは、最低よ…っ」

「すまなかった」

頭を撫でようとした提督の手をばしりと払い、下から睨む霞。

「次あんなことしたら、張っ倒すだけじゃ済まないから! いいわね!」

「厳しいなぁ霞は。善処するよ」

「今度はあたしが絶対にあんたを守る――」

「霞、」

「なっ、何よ」

霞の言葉をさえぎって、提督がその右手を掴んだ。

「俺を守るなんて、言わないでくれ。頼むから」
 

「な、あ、あたしは、……」

「だめだ。だめなんだ。俺を守ったりしなくていい。俺は、もう、誰も喪いたくない」

「………」

提督の沈んだ声に、霞もクールダウンする。
あの、と羽黒が遠慮がちに声を掛けた。

「それは、"あの軽巡"のお話ですか?」

――この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな。
羽黒は中将の台詞を思い出していた。

「何の話よ」

「………」

提督は霞から手を離してソファに力なく座り込んだ。
ため息をひとつ。

「楽しい話じゃない」

「……軽巡? もしかして、球磨型の?」

――約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ。
霞の頭にあるのは大井についての問いに対する彼の返答だ。

「そうか。霞には少し話したか。……しかたないな」

提督は長く伸びた灰を捨ててもう一息煙を喫む。

「昔の、話だ。俺は中央で艦隊を指揮していた――」

そうして、彼は話し始めた。
 

「……じゃあ、何よ」

提督が話し終えて、霞は呟いた。

「アンタはあのクズ中将のせいで球磨を喪ってここに左遷されたってこと…?」

羽黒も沈痛な表情である。
提督はというと数本目の煙草に火をつけている。

「中将のせいじゃない。俺のせいだ。俺の力が無いが故に球磨を死なせ、俺の力が無い故に上に認められなかった」

煙を吐く提督。

「――それだけだよ」

「司令官さん。司令官さんのやり方では私がその球磨さんのようになる、というのは……?」

「………。球磨はもういない。今いる艦娘を大事にしろ、ということだよ」

「………」

「……そう、ですか」

しばらく、三人は黙り込んだ。
 

「……そうだ。ひとつ、厄介なことを思い出した」

「何。まだなんかあるの」

「うん。大井を艦隊に戻すよう中将に命令された」

「なっ……!」

「大井さんを、営倉から出すということですよね」

「そうだ。すまん、断れなかった」

「チッ。仕方ないわよ、あの後じゃ反対なんてできないわ」

「そうですね…。艦隊に所属しているようにごまかしたりはできないでしょうか?」

「難しいだろうな。出撃や戦闘、演習でもなんでも記録がある。それをぜんぶ改竄や捏造をするとなると……」

「現実的じゃないわね」

「ううん…」

「そこで、霞に大井の監督を頼みたい。もし大井が艦隊行動に支障を来たすような言動をすれば、再び大井を営倉に戻す決定権を持ってもらう」

「……まあ、それが妥当ね。とにかく一旦はあのクズの命令通りにして、問題があればまたブチこめばいい訳だし」

「羽黒は敷波の件について報告書を作成してくれないか。これも中将に提出しなければならない」

「はっはい! わかりました」

「二人とも、苦労を掛けて申し訳ないけど、頼む」

「了解です!」「了解よ」
 

レスサンクス 今日は以上

おつ

乙です

乙です
ドキドキした

おつでち

64.

「そういえば、夕立に訊かれたんだけど、明日は出撃? それとも遠征?」

「ああ。明日は大井を混ぜて演習にしよう。一○○○から演習、一六○○からは遠征で周知を頼む」

霞と羽黒にそう伝えた提督は、夕食のあと営倉を訪ねていた。
相変わらず、薄暗い。

「大井。起きているか」

「……ええ……はい。起きています」

営倉の床にぺたりと座り込んでいる。
提督はいつものイスに腰掛けた。

「こんばんは、大井」

「こんばんは、提督。ああ、今は夜なんですね」

「そうだ。調子はどうだ?」

「調子? ――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「それは重畳」
 

「私はどこもおかしくなんてないです。でも誰もが私を監視していますから」

「監視?」

「そうです。そうすると私がどう考えているか、わかってしまうんです」

「諜報されているということか」

「違います。私の考えが伝わって、私が何を考えているか知られてしまうということです」

「……それは、艦娘に?」

「わかりません。でも確かにそうなんです。もしかして母の生まれ変わりだろうか、と思うと、実はそうだという顔をしましたから」

「誰が?」

「ご飯を運んできた子です。私はばらばらになって、ここにいるのはその欠片の中のひとつなんです。だから私は本当はここにいないんです」

「本当の大井はどこにいる?」

「暗いところです。そこから、オチオチした感じになって、海の上をうろうろしていました」

「どこの海?」

提督の問いかけに大井は答えず、宙をじっと凝視した。

「………あいつが悪いのよ……――…沈まないで……――……どうして………」

ぶつぶつと呟いている。
何を見ているのか。
 

「大井?」

呼びかけると、はっと我に返ったような様子で、

「…すいません。なんと言ったらいいのか…、私を通して誰かが話してるんです。誰かの考えが伝わってきて…、」

「それはいつもなのか」

「いつもじゃないです。そんなわけありません。時々…、たまにです」

「戦闘や艦隊行動に支障があると思うか?」

「戦闘? 沈められるんですか? あのクソゴミを…私の大切な……ぐちゃぐちゃに引き裂いて、魚雷でばらばらにしてやる……」

「明日から君を第一艦隊に配属する。旗艦・羽黒と、監督役である霞の指示に従うこと。それが出来ない場合は、」

「またここ、ということですね?」

大井の瞳には確かに理性の光が見える。
彼女は狂ってなどいない。
それでもなお、あるいはだからこそ、提督はぶよぶよとした不安を覚えずにはいられなかった。

「まずは明日、演習で第一艦隊の戦術に慣れてもらう。あさってには出撃だが…いけるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「………。明日、○七三○には霞が迎えに来る」
 

「演習の前にシャワーを浴びてもよろしいですか?」

「もちろんだ。他に何かあるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「質問はないか」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「ないなら今日は連絡だけだ。遅くに悪かったな」

「ああ、今は夜なんですね。――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「大井」

「監視されています。ずっと、見られているんです。どうして? わかりません。でも確かにそうなんです」

「おやすみ、大井」

「見張られています。私がすべてのひとつです。内臓の無いピンク色の魚が泳いでいる。雪がゆらゆら。卵。べちゃべちゃした気持ちの悪いもの。定期的な観察。チェックリスト。数値化。丸い光。明るい光。茹でた鼠。こそこそと話を聞いています。頭の中まで見張られているんです」

提督が去った後も、大井は独り言を続けた。

「その袋の中に何が詰まっているんですか? 殺してやる……殺される前に……。ゆっくりと階段を下りたほうがいいですよ。それは食べられません。体が半分無いんです。その人が部屋の隅から歩いてきます。私が何人いるのかわかりません。飴が転がっています。空は晴れています。蛆虫。菖蒲。花が咲いているのは眼です。北上さん…北上さん……どうして……――…わかりません。うふふ。いいじゃないですか。きれいな骨ですね。ああ」
 

今日は以上 レスサンクス

乙、大井は統合失調症かなにか?


んー、大丈夫かぁ大井?
それよりいい加減山城どうにかしてやりたいな


理性........あるの?

おつ
>>347
>>199で統合失調症に似た症状とは言われてるな
半端に理性があるのが怖い

乙です

65.

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

何の音だろう。
濡れたような音に、やけに乾いた音が続く。

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「あ……?」

放り捨てられた骨が足元に積みあがる骨とぶつかって、からん、と音を立てた。

「う…あ、あああ、いやあああああああああっ!」
 

「――あああっ!」

がばあっと、羽黒が半身を起こす。

「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……っ」

暗闇に包まれた自室で胸を掻き毟る。
もちろんそこに穴などない。

「ゆ、夢……はぁぁ……」

全身が汗びっしょりなのに気づき、羽黒はベッドを下りた。
浴場は夜間でも使用できるので着替えを持って向かう。
到着する頃には夢の内容も忘れてしまい、気持ちの悪い残滓だけがこびりついていた。

「………」

最近、悪夢を見て飛び起きることが多い。
ただでさえ寝つきが悪くなっており、羽黒は満足な睡眠生活を送れていなかった。
そのせいか、日中でも強烈な眠気に襲われることもあり、まったく参ってしまっているのだ。

シャワーを浴びる。
熱湯が体にまとわりついた汗を流していく。



――からん。




 

「……え……」

後ろで、

乾いた音が。

振り返れない。


「………っ」

誰かいるのか。
何かあるのか。

ざあざあと水が排水溝に流れていく。

「…はぁ……はぁ…っ」

鼓動が聞こえる。


ゆっくりと、


後ろを、


振り向いた。
 

「……なにも…」

何も無い。誰もいない。
羽黒は急いでシャワーを止めて、脱衣場へと移動した。

自室へと帰る廊下を急ぎ足で通る。
補助灯しか点いていない廊下は暗く、不気味ですらあった。

早く部屋に戻ろう。
そう思っている羽黒が、しかしぴたりと足を止める。

「………」

聞こえた。
確かに聞こえた。

からん、という音が。

「う……」

叫びだしそうになるのを必死にこらえる。
歩いてきたほう、闇の向こうからゆっくりと音が近づいてくる。




ずるり。



からん。
 

ずるり。


からん。


すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「っ! きゃああああああっ!」




羽黒はそこで目を覚ました。
 

今日は以上 レスサンクス

キョロちゃんにこんな感じの、夢から醒めてもそこは夢みたいな話あった気がする。地味にトラウマ。

なんか
病んでないのって、ひえーくらいじゃないの?

乙です

良いですね
グイグイ引き込まれました!

66.

朝。
曙と潮が食堂に来ると、大井が霞と朝食を摂っていた。

「げ…」

「大井さん、あ…」

顔を上げた大井はにこやかに挨拶した。

「ふたりとも、おはよう。今日はいい天気ね」

「お、おはようございます」

「……ふん」

朝食を受け取りにいく二人へ手を振る大井に、霞がため息をついた。

「…話を続けるわよ。基本の鉄床戦術はわかったわね」

「魚雷って、冷たくて素敵ですよねぇ。あぁ、早く撃ちたい」

「重雷装巡洋艦のアンタは、当然、甲標的を用いた先制雷撃で敵陣形を乱し、可能ならば損害を与えて機先を制すことがその任になるわ」

「あのゴミどもを…内臓を引きずり出して…壊してやる……一匹残らず…」
 

「……あのね。ちょっとは話を聞きなさいよ」

「あら。すいません、続けて?」

「………。敵の陣形が乱れたら突っ込んで砲雷撃。ハイリスクだけど空母も戦艦もなしじゃ相手に近づかずに撃滅ってわけにはいかないから」

「ええ、順当ですね。さすがです」

食堂中央に座る霞と大井を避けるように、曙と潮が席に着く。
今日何度目かのため息をつきそうになった霞。彼女を呼ぶ声がする。

「かーすみっ! おはよー」

夕立である。
霞の隣に腰をおろして、そこで夕立は目を丸くした。

「あれー? 大井さんがいるっぽい!」

「夕立ちゃん、おはよう」

「アンタ昨夜の連絡見てないの?」

「えっ? あ~夕立きのうはすぐに寝ちゃったっぽい」
 

「アンタねぇ…」

呆れる霞。しかたなく口頭で大井が第一艦隊に配属されたことを伝える。

「そうなんだ! 大井さん、一緒に素敵なパーティしましょ!」

「うふふ。よろしくね、夕立ちゃん」

敷波と綾波がそそくさと食堂を出て行く。
入れ違いに焦った様子の羽黒が入ってきた。
霞らに気付くと、髪を撫で付けながら近寄ってくる。

「おっおはようごじゃ、ございます。霞ちゃん、朝早くからお疲れ様です」

「疲れたわ」

「ええっと…」

「羽黒さん、とりあえず朝ご飯取ってきたほうがいいっぽい~」

「あっ、そ、そうですね!」

羽黒はそうした。
 

「霞ちゃん、戦術の説明はもう…?」

「だいたいね。まあ後は演習やればだいたいわかるでしょ」

「赤色の卵の中身は緑色なんでしょうか?」

「えっ」

「夕立、アンタ一○○○から演習よ。今度からはちゃんとチェックしなさい」

「あ、うん、わかったっぽい…」

困惑している夕立。羽黒は黙々と朝食を摂っている。
霞が立ち上がった。

「じゃあお先。さ、行くわよ大井」

「ええ、わかりました」

トレイを片付けて、二人が食堂を出る。
それを見送ってから、夕立が羽黒を見た。

「羽黒さん。あの、大井さんって、……」

「……夕立ちゃんは、戦闘に集中してくれればいいと思います…。ごめんなさい」

「………」

ずきずきと、羽黒の頭が痛む。
しかし少女らの不安とは裏腹に、演習は何事もなく終了した。あっけないほどに。
 

今日は以上 レスサンクス

おつ
んーでもやばい感じ

実際の戦闘になったときどうなるかだね

乙です

実は正気ですべて演技とか・・・

67.

翌日、第一艦隊は鎮守府を出発し、洋上に出ていた。
天候は晴れ。西からの風が強い。

二列縦隊になって進む第一艦隊。
前から霞・大井、天龍・羽黒、綾波・夕立である。
本来であれば旗艦の羽黒が先頭を行くべきなのだが、霞が大井と二人で前に出ることを主張したための配置である。
霞は、大井が背後から突然味方を攻撃することを危惧していた。

(十二分にあり得るわよ……そんなの最悪だわ)

既に深海棲艦とは一戦交え、比叡の支援砲撃もあって完全勝利を収めていた一行。

『こちら司令室。そろそろ比叡の射程から外れる』

「こちら羽黒、了解」

『気象班からの報告では波が高いようだが、大丈夫か?』

「航行には問題ありません」

『無理をするなよ。羽黒の判断で引き返せ』

「了解」

 

「なんか最近気付いたんだけど、羽黒さんって出撃すると雰囲気変わるっぽい~」

「え…そ、そうですか?」

「っぽい~」

「ちょっと分かる気がします。かっこいいというか、頼もしいみたいな…」

「ぁぅ……嬉しい、です」

「いつもそうありなさいな!」

「そういう霞は変わらなさすぎだろォがッ!」

艦娘の二列縦隊行軍では、先頭の二人が正面を、中央の二人が左右を、殿の二人が後方を警戒しながら進む。
だから、最初に気付いたのは天龍だった。
高い波にまぎれて、洋上を進む影。

「4時の方向に艦影! 深海棲艦だッ!」

その報告に第一艦隊が一瞬で引き締まる。
 

「陣形変更、単縦陣!」

羽黒の指示。
敵艦隊は右方から垂直に突っ込んでくる。
お互いがこのまま進めばT字の有利を得ることが出来るのだ。
だがもちろん相手もそれを避けようと方向転換する。

「敵、取舵! 反航戦狙いかッ!」

「羽黒、どうするの」

霞の問いに羽黒が頷く。

「陣形変更、敵艦隊に対して単横陣」

「了解!」

夕立、綾波、霞が先行して取舵ののち即座に面舵で敵に正対する。
羽黒と天龍もゆるやかに向きを変えた。

「………」

大井は、

「大井! 指示に従いなさい!」

霞の叱咤も聞こえないかのように、ぶつぶつと呟いていた。
敵を凝視しながら。

「…沈めろ……殺せ…深海棲艦……殺せ……」


 


――声が。


聞こえる――


まただ。
頭の中で喋りだす。
うるさくて、うるさくて、何も考えられなくなる。

命令される。
殺せ。殺せ。壊せ。壊せ。
なんでもいい。あらゆるものを。
殺せ。壊せ。滅ぼせ!

「うるさいうるさいうるさい! っあああああああああああ!」

「大井!」

頭を抱えながら絶叫する大井。
血走った目で接近した深海棲艦を睨みつける。

「……ろせ……ころせ、殺せ、殺せえっ!」

頭の中の声のままに、安全装置を解除して一挙動で魚雷を放った。
 

「大井、アンタっ!」

「霞ちゃん。今は敵を倒すことを考えてください」

大井を抑えにいこうとする霞を止めたのは羽黒。
その目は油断なく敵に向けられている。

転舵中だった深海棲艦隊は肉薄する魚雷を感知して急いで再び直線に並んだ。
雷撃は回避したが、慌てたためか陣形が乱れている。

「霞ちゃん、夕立ちゃん、綾波ちゃん。突撃」

「待ってたっぽい!」「了解です」「仕方ないわね!」

弾かれたように夕立が急加速。
射線を分散させるために霞と綾波がその左右から追う。

「天龍さん」

「おう!」

天龍が刀を提げてするすると離れていく。
羽黒は大井を見遣った。
中空を見つめたままぶつぶつと呟いている。
 

「あはははっ! こっちこっち~!」

舞踏のように自由自在に水上を踊って砲撃を躱しながら夕立が深海棲艦へと吶喊。
主機が唸りを上げ、ふわりとその身を宙へと舞わせる夕立。
予想だにしない機動に敵も呆気に取られる。

着水。
夕立は獰猛に笑った。

「選り取り見取りっぽい?」

炸裂する砲雷撃。
見事、軽巡と駆逐艦を撃沈せしめる。

「左舷! 砲雷撃戦、用意!」「みじめよね!」

さらに綾波と霞の攻撃が旗艦の軽巡を大破炎上させた。

【ギャアアアアアアアアアッ!】

炎に包まれながらそれでも双肩の砲塔を二人に照準する。
――ぞぶりと、
その胸元から切先が突き出る。

「どけどけェッ!」

逃げようとしていた駆逐艦を斬り捨てた天龍が返す刀で燃える旗艦を刺し貫いたのだ。
 

「爆ぜろオラァ!」

天龍のふたつの砲門が至近距離から火を噴く。
深海棲艦がその身を粉砕されて沈んでいった。

一方、夕立も中破になりながらも最後の一隻である駆逐艦を撃破していた。

「ふふっ、おーしまい、っぽい♪」

戦況を見ていた羽黒が、

「敵艦隊を全滅させ、勝利しました。司令官さん」

『うん。よくやった』

「夕立ちゃんが中破ですが、まだ進軍は可能です。もう少――」

提督と通信しているときであった。



「――北上さんっ!」


大井が叫んだ。
 

今日は以上 レスサンクス

おつ

乙です

乙です

69.

「アタシは軽巡、北上。まーよろしく」

とぼけたような表情で、北上が名乗りをあげた。
鎮守府提督室で、報告を受けて待っていた提督が挨拶を返す。

「うん。よろしく、北上。ひとつ聞きたいんだが、君はこの鎮守府にいたことがあるか?」

「いや? さっきもなんか聞かれたけど、ここは初めてだよー」

「そうか」




―――
――



先刻。
救助された北上はしばらくして目を開いた。

「北上さん!」

「んー。んあ? 大井っち?」

「北上さん、よかった! ああ、無事だったんですね!」

「あー、ええっと、うん。ありがとね」
 

「き、北上さん!? 沈んだはずじゃ……!?」

驚愕しているのは綾波。羽黒も驚いている。
霞が北上の腕を掴む。

「アンタ……本当に北上なの」

「えー? な、なにさー怖い顔して」

霞はぱっと手を離した。
ただならぬ殺気を感じたからだ。北上の向こうで大井が睨んでいた。

『羽黒。どうした。敵か』

「あっい、いえ、司令官さん、その、北上さんを発見しました」

『何?』

「ていうか勝手にひとを沈めないでよ。あたしぴんぴんしてるんだけどー」

「え……」

「あれー? 北上さんって、沈んじゃったって聞いたっぽい」

「はあ?」

「北上さんは沈んでなんていないわ。そうですよね! 北上さん!」
 

「うんうん、大井っちの言うとおりだよー」

「わかった? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「え? ち、ちょっと大井っちってばジョーダンきついよー」

「? いえ? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「アンタの妄想はどうでもいいのよ。北上、霧の戦闘を覚えてるわね。山城・羽黒・大井・綾波・敷波と出撃した」

「なにいってんの? あたしら初対面でしょ。これだから駆逐艦は」

「はァ? アンタまさか、記憶を……」

「記憶喪失っぽい!?」

「まさか深海棲艦になにかされたんですか!?」

「えぇー?」

「アンタ、うちの鎮守府にいたんでしょ!」

「だーからなんのことさー」

「あの…北上さんは、霧の戦闘を覚えていないようです」

『うん。わかった。とりあえず帰投してくれ』

「了解しました」
 


――
―――

提督は煙草の煙を窓の外へと吹いた。

「ねー提督。あたしが記憶喪失ってさ、まじ?」

1mgも深刻さを含まずに北上が問う。
その軽さに羽黒が戸惑っている。

「目下調査中……だな」

「はっきりしないなー。まーいいや。あたしの部屋どこ?」

「あ、わ、私が案内します」

「よろしくー。じゃあね提督」

「羽黒、頼んだ」

提督室を出て廊下を歩きながら、羽黒は北上に話しかける。

「あの…私のこと、お、覚えて…ませんか?」

「いやーごめんね。羽黒ちゃんのことは知ってるけど、一緒にいた覚えはさっぱり」

「そ、そうですよね。ごめんなさい…」
 

「あのさー。前のあたしって、どんなだったの?」

「え。え、っと」

――ま、大井っちと組めば最強だよね~。

――ギッタギタにしてあげましょうかね!

――うわぁ! 駆逐艦集まってくんなぁ~!

「北上さんは……強くて、飄々としていて、みんなから親しまれていて……」

「あははー。それ、絶対あたしじゃないよー」

「いえ……北上さんは、本当に、」

「ごめんね、羽黒ちゃん。許してよ」

ぽろぽろと涙を零す羽黒の肩を抱いて、北上はそれ以外に言う言葉を持たなかった。

 

提督は執務机の椅子に乱暴に腰をおろした。
煙草をもみ消す。
背もたれに体を預けて、天井を睨む。

「どうして北上が……まさか、大井の話が真実だったというのか。北上は拉致されて記憶を喪失している? そんな莫迦な……」

がさがさと机上の資料を探り、同僚からの手紙を取り出す。

「『艦娘が深海棲艦に拉致されたという例は聞いたことがない』……やはりあれはただのドロップ艦だと考えるべきか……」

入渠報告書を取り上げ、

「山城の修復を急がせるか……幸い出撃にも遠征にも問題はない。資材を少し消費してでも、今は山城の証言が必要不可欠だな」

眉根を揉みほぐし、提督は深いため息をついた。
そっとお守りの紐をつまみ、眼前に吊るす。

「球磨。約束は守るよ」

丁寧にまたそれを元に戻して、

「………。だが…、本当にこれで正しいのか……?」

まとわりついて離れない疑念を口にした。

たとえ彼の心が晴れなくとも、世界は回り続ける。
ぎしぎしと、軋みながら。
 

今日は以上 レスサンクス

「艦娘」はシステムであって、当人は人間?なのでは…

ドロップはありなの?

乙です



同名艦って無い設定?

乙です
この北上の存在がまた波紋を呼ぶな

乙です

70.

消灯した自室で、ふとんに寝転がって綾波は考えていた。

北上が生きていた。
これは朗報であった。
なぜなら、敷波は彼女を沈めてなどいなかったということなのだから。
彼女は見間違えるか早とちりしていたのだろう。

しかし問題は北上が記憶を喪っているということだ。
これでは敷波の無罪は証明されない。

「北上さんの記憶を、元に戻さなきゃ……」



一方、隣室で敷波は机に向かって両手で顔を覆っていた。
がたがたと両足をゆすっている。

「き、北上さんが……あああ、どうしよう……」

差し込む月明かりだけが室内をぼうんやりと照らしている。

「どうしよう。だめ、だめだよ…。う、うぅぅ」

苦悩する声とは対照的に、手の下では少女は頬をゆがめていた。
愉しそうに。
 

71.

ざあざあと雨が降り続いている。
提督室の窓もがたがたとやかましく震えていた。

「何。この部屋、煙臭いんだけど」

「この雷雨で窓開けられないんだよ。ガマンしてくれ」

「じゃあ煙草吸わなければいいでしょうが」

「食後の一服くらい許してくれよ」

紅茶を淹れる提督と霞が軽口を叩いていると、

「すすすすいませんっ遅くなりましたっ!」

勢いよく羽黒が入ってきた。
髪も服も乱れている。

「いや大丈夫だが」

「なんでアンタそんなぼさぼさなのよ」

「ごっごめんなさい寝過ごしてしまって……」

霞に指摘されて慌てて羽黒は髪を手櫛で整え、

「きゃぁっ、どっどうしてぇっ?」

自分が妙高型に共通する白タイツを履き忘れていることに気付いてスカートを引っ張り下げ、提督を紅潮した顔で見上げた。

「そんな目で見られても困る。紅茶淹れておくから」

「別にいいでしょそんなの。それとも長話なの」

「霞、そう言うな。うん、そうだな、長くなるからちゃんと着替えてきなさい」

「も、申し訳ありません……っ」
 

羽黒が戻ってきて、ようやく三人は着席した。

「さて。わかっているとは思うが、話というのは――」

「北上のことでしょ。あれが記憶喪失なんて笑わせるわ」

「羽黒から見てどうだ? あの北上は」

「昨日話しただけですけど、見た目も性格もほとんど同じかと……あの雰囲気、あの話し方、あの歩き方、覚えているそのままです」

「……じゃあ、何よ。あれが以前にもここにいた北上で、記憶喪失で、深海棲艦に拉致されてたって? 大井がいうように!?」

霞の剣幕に羽黒はたじろぐ。

「落ち着け。らしくないぞ霞」

「う、るっさいわね、アンタやっぱりあいつらに肩入れしてるんじゃないの!」

「どうしてそうなるんだ。同じ艦なんだから似ていることくらいあるだろう」

「はァ!? アンタ何言ってんのよ!」

「ち、ちょっと待ってくださいっ、し、司令官さん。同じ艦って、どういうことですか?」

「え? いや、だから、軽巡・北上っていう同じ艦の艦娘同士は似てくるんじゃないか、やっぱり。身体的にも、精神的にも」

提督の発言に、羽黒と霞が押し黙る。
二人とも、羽黒は控えめに、霞はあからさまに、常識を知らない子どもを見るように彼を見た。

「あの、司令官さん。艦娘は、ひとつの艦艇に、ひとりだけです」

「そんなことも知らないの? このクズ!」
 

提督は困惑した。

「君ら、何言ってるんだ?」

「あんたこそ何言ってんの」

「あっ? 君らもしかして同名艦を見たことないのか? 他の"羽黒"や"霞"を?」

「あるわけないでしょそんなのいないんだから」

「司令官さんはあるんですか? 同じ艦艇の艦娘が、何人もいるんですか」

そうか…と頷きながら提督は紅茶をすすり、

「うん。見たことがある。書類上でも、実際でも。
 でも、君らが見たことがないのも不思議じゃない。この鎮守府では他の鎮守府と演習を行なったりしないんだろう?」

「そう、ですね。遠征も演習も、私の知る限りでは実施したことがないです」

「だからだよ。ひとつの鎮守府に同名艦はいないから、他の鎮守府との演習などの交流がなければ見ることはない」

もっともそれでも同名艦同士の接触はあまり好まれていないが。
付け加えた提督のセリフに羽黒と霞が詳細を尋ねる。

「君ら艦娘は艦艇の御魂を、艤装を神籬として憑依させている。同名艦は勧請した分社と同様に同一の御魂を憑依させているわけだ。
 分霊された御魂が近接するとひとつに戻ってしまう危険性がある。だから同名艦同士はあまり近づかないように注意する。
 ひとつの鎮守府に同名艦が配属されない理由も一緒だ」

「………。にわかには信じがたいわね」

「そうですね…」

「でも、理屈は通ってるわ」

「で、同名艦は憑依させてる御魂が同じなんだから、艦娘自体へのフィードバックも共通しているとすればお互いに似ているのはおかしくないだろ?」

「確かに、私たちは艦娘になるときに髪とか瞳の色が変わったり、多少の影響は受けているけれど…」
 

「では、あの北上さんが以前の北上さんではないという可能性もある訳ですね……」

「もちろんそうだ。や、今日相談したかったのは、ひとまず今の北上をどこに配属するかなんだが」

「それならそうとさっさと言いなさいな! 北上の練度次第でしょうね」

「以前の北上さんであれば、迷うことなく第一艦隊なんですが」

「わかった。では明日、北上の練度を確認するための演習を行なおう」

がたがた鳴る窓の外を見遣る霞。

「明日も大雨の予報よ」

「悪天候下での戦闘という演習も兼ねられていいじゃないか」

「ずいぶん気軽に言ってくれるじゃない。そりゃアンタは外に出ないからいいでしょうけど!」

「あったまる紅茶を用意しておくよ。じゃあ羽黒、連絡を頼む」

「はい。大井さんはどうしますか?」

「アレは危険すぎるわ。指示も聞かないし、どうしてまだ営倉にぶち戻さないのか疑問ね」

「……大井はナシだ。一○○○にいつもの場所に集合してくれ」

「わかりました」

そうして、二人が退室してから提督は紙煙草に火をつけた。
閃光。
少し遅れて雷鳴が轟いた。

「………。明日、だな」

煙草をくゆらせる提督が見ているのは入渠修復の進捗報告書。
明日、山城の意識が快復する。


 

今日は以上 レスサンクス


この設定は分かりやすくていい

乙です

乙です


やっと山城登場か

72.

あの時も、雨が降っていた。



前を行く艦の影しか見えない土砂降り。
遅々とした行軍。

曙は雨外套のフードを被り直して、後ろを振り返る。
悪天候のためにいつもより距離を詰めた二列縦隊。先頭から山城・羽黒、曙・潮、綾波・敷波の順だ。
後ろにいるはずの綾波はやはり影しか見えない。

「……うざいわね」

雨に対して愚痴を零しても、自分の耳にも聞こえやしない。
降り続ける雨音に耳が麻痺してしまっているのだ。

「潮。前後は確認できてる?」

艦間通信で話しかけると潮はすぐに応答した。しかしこの雨天のせいかノイズ混じりだ。

「うん、大丈夫だよ、曙ちゃん」

「ったく、やってらんないわねこのクソ雨」

「そうだね。索敵どころか、岩礁や海流も読みにくいもんね」

そうこうしているうちに旗艦の山城が全艦へ通達した。

「一旦停止。海図を確認します」

「了解」
 

「了解」

周りを見回しても視界は雨に塗り潰されている。
これじゃ、深海棲艦だってこっちが見えないでしょうね。
曙はそう思う。
艦載機だって飛ばせやしないのだ。

でも。

もし潜水艦なら?

海中からこちらを捕捉できるだろうか。
この大雨も、潜水艦には関係ないのではないか。


かっ!
閃光が闇を引き裂く。稲妻だ。
辺りが一瞬照らし出される。

「……ぁ」

あれはなんだ。
岩? 流木? 違う。

「9時方向! 敵潜水艦!」

曙が答えを出すと同時に綾波も叫んでいた。
もう見えない。
しかし相手はこちらを捕捉しているだろう。
 

「全艦、第一戦速! 面舵一杯、離脱します!」

即座に下される山城の判断。
主機をガルンと唸らせて、艦隊は走り出した。
だが、

「きゃあああぁぁぁっ!」

爆発音――そして悲鳴。

「潮ッ!?」

思わず隊列を乱して潮へと駆け寄る。
潮は全身傷だらけになってぐったりと海面に倒れていた。

「潮! しっかりしなさい潮!」

「まさか、もう一隻!?」

曙についてきた綾波が左舷を睨みながら正確な推測を放つ。
艦隊の動きは完全に停止してしまっていた。
見通しのきかない豪雨のなかでの孤立。

「曙ちゃん! 私が潮ちゃんを曳航しますっ」

戻ってきた羽黒が潮の手をとる。

稲光。

曙は右舷にもう一隻の潜水艦を見つけた。
友達を傷つけた、敵を見つけた。
深海棲艦を見つけた。
 

「このォッ!」

曙が我を忘れて飛び出そうとする。
その、
足元に忍び寄る魚雷――

「っ!」

腹に響く轟音を聞きながら曙が水面を転がる。
すぐさま起き上がり、自身を点検。被害はない。

「山城さんッ!」

綾波の声に弾かれるように顔を上げる。
山城が、大破して意識を失っていた。
曙をかばったのだ。

「やま、しろ」

あたしの。せいだ。

「ど、どうするのさ!」「敷波、落ち着いて!」「え、えぇっと、こ、こういうときは、どうすれば……」

微速で山城に近づく。
その周りで三人が何か言っているが、よくわからない。
雨が降っているはずなのに、それもよくわからない。


「あ――あ、ああああああっっ!」


それからのことは、よく覚えていない。
艦隊はぼろぼろになって逃げ帰り、そして山城はそれから目を覚ますことなく、ずっと入渠している。
 

「山城……」

ふとんにくるまる曙。

「…あんたが目覚めたら、最初に言うことがあるわね……」

曙は目を瞑り、そのときのことを思い浮かべた。
彼女が感謝を告げても山城のことだから何か理由を探して不幸だと嘆くだろう。
その光景がはっきりと想像できて曙はふふっと笑った。

羽音がする。
曙は気がついた。羽虫がいる。
鬱陶しいことだ。どこからか入り込んだものか。しばらく待ってみたが羽音はやまない。
舌打ちして曙は起き上がり照明をつけた。

「………」

どこにも虫はいなかった。


 

今日は以上 レスサンクス

乙です

羽音、耳鳴りか?

山城大破と北上って関係ないんだっけ?

73.

私は海の底にいる。
真っ白な砂が敷き詰められた海底をしずしずと歩いていく。
左右にはなにか黒い、棒状のものがたくさん突き立っている。


――嗚呼。


それがなにかを理解して、私はため息をついた。
海底に並んでいるのは、どれもすべて艦の大砲である。


これは墓標なのだ――



青白い光が、小さな光が、雪のように降ってくる。
ルシフェリンの光だ。


私にはわかっている。
これは夢なのだと。
なんて陰鬱で、忌々しいくらいに美麗な光景の夢なのだろう。

 

足元の砂がさらさらと流れていく。
私は砂を追うように、艦の墓場を歩く。
墓場は、唐突に終わっていた。

断崖。

海の底の、さらに底。
海底に空いた巨大なクレヴァス。
光も届かない深淵。

砂はまるで身投げをするように、深き海の底へと吸い込まれている。
私はそれを見届けている。
看取っている。

見上げると、海面がわずかに光っているのが見える。
だが目の前に広がっているのは、その光も差さぬ闇の世界だ。
その中にあるのは何だ。

 

うふふ。

うふふ、と。

闇の中から笑い声が聞こえた。
青い雪が降っている。
抗いがたい誘惑を感じる。

闇の底へと沈殿するのはあらゆる感情の源泉。すなわち狂気だ。
我々の理性は狂気という湖に張った薄氷。
いつかは融けて狂気に呑まれるほかない。

この闇に飛び込んで、すべてを狂気に委ねてしまいたい、という誘惑。
これは、回帰への欲求なのだろうか。
我々は、狂気から生まれ、そして狂気へと還るものなのだ。



私は狂気へと自殺し続ける砂を看取りながら、またため息をついた。

「はぁ……不幸だわ」


 

今日は以上 1年間ありがとう、これからもよろしく

乙です


まだ起きんのか

74.

山城は静かに、病室で目を開けた。

白い。

「………ぃ、ぁ」

眩しい、と言おうと思ったが、声が出なかった。
天井しか見えない。
起き上がろうとしても、体が動かせないのである。

「山城?」

聞き覚えのある声。
目だけをそちらに動かす。

「山城! 気がついたの!?」

曙である。
彼女は慌ててどこかへ連絡したあと、山城の枕元へと戻ってきた。

「もしかして、体動かないの? 喋れる? 痛みはない?」

あの曙がこんなに心配してくれているのに反応できないなんて、不幸だわ。
かすれた声で、だいじょうぶ、と言うと、曙はとさっと丸イスに尻を落とした。

「よかった……」

そう呟いて、それからぽつぽつと話し出した。
 

曙が操作してベッドの半分を起こしてくれたので山城はようやく病室を視界に収めることができた。

「あんたにとっては、さっきのことかもしれないけどさ。もうずいぶん前の話なんだよ。あのときの戦闘はさ」

曙のぶつ切れの話から少しずつ山城は現状を理解していった。
目覚めてから時間が経つと、徐々に発音もしっかりできるようになった。

「それで、その、あのときは、ばかなことして…ごめん。かばってくれて、あ、ありがと……」

「………。あの曙が素直に謝るなんて……、いやな予感がするわ…」

「ったく! ほんとにあんたってやつは!」

ガタンと音を立てて曙は立ち上がり、ぷりぷりと怒ってみせた。



「失礼する」

がらりと提督が入室してきた。
続いて羽黒と霞。

「何にやにやしてんのアンタ」

「は、はァーッ!? べっつに! にやにやなんてしてないし!」

耳まで真っ赤にしながら、曙は病室を出て行った。
 

「……貴方は、……」

「山城。私は一ヶ月ほど前からこの鎮守府を指揮している提督だ。君の知っている提督とは違うが、よろしく頼む」

提督が挨拶すると山城はため息をついて窓の外を見た。
それから、彼を見上げた。

「このような状態で失礼します、提督。扶桑型戦艦二番艦・山城です」

「資材の関係で身体はまだ不自由だと思うが、じょじょに恢復するはずだ。そうすればまた活躍してもらうことになる」

「や、山城さん、お久しぶりです…意識が戻って、なによりです」

「ええ、羽黒。この前の……ではないんだったかしら……戦闘では大変だったわね」

「羽黒には今、秘書艦を務めてもらっている」

「霞よ。話すのははじめてね、山城」

「どうも」

挨拶するときにも組んでいる腕を解こうとしない少女に、ずいぶんと偉そうな態度だと山城は思った。

「霞には作戦参謀を頼んでいる。さて、今日はひとまず顔見せだったが、明日から少し時間をもらうぞ」

「なにかしら。なんにせよ、艦隊にいるほうが珍しいような艦ですから、時間はたっぷりありますけど……はぁ…不幸だわ」

「では失礼する。なにかあれば提督室か、あるいは羽黒に連絡してくれ」

「わかりました」

そうして三人が退室した。
 

75.絶縁破壊

猛烈な雨のなかでの演習を終え、艦娘らが次々と海面から上がる。
それから建屋へと駆け込んだ。

「演習ご苦労。ほら、紅茶だ」

雨外套を脱ぎ捨ててタオルを被り、艦娘らは提督の淹れた紅茶で温まった。

「司令官、いただきます」「はー、さむいさむい」
「ど、どうも、ありがとうございます」「あったまるっぽーい!」「お礼は言わないけど…悪くないけど」

駆逐艦らがカップを回して紅茶に口をつける。

「おう! サンキューな!」「わぁ~、ありがたいわねぇ~」「おー気が利くねぇ提督」

軽巡三人は三者三様の濡れ具合――天龍がびしょ濡れで龍田はほとんど濡れておらず、北上は中間くらい――だ。

「この香りはダージリンですね! いただきます!」

一際大きな雨外套を壁に掛けてから戦艦・比叡が受け取りに来た。

「あ! 羽黒さん、すいませんやります!」

綾波が気付いて、みんなが脱いだ雨外套を掛けていた羽黒と霞と代わる。潮らも続いた。

「い、いえ、すいません、ありがとうございます」「これくらいちゃんとしなさいな!」
 

「ほら、ちゃんと用意しといたぞ」

「い、いただきます」

「なに偉そうにしてんのよ。当然でしょ」

「おーい羽黒ちゃーん」

「あっはっはい!」

カップを受け取ってすぐ、羽黒は北上に呼ばれてそちらへ向かった。
霞が一口飲んで、ほうと熱い息を吐いた。

「霞。君、調子悪いのか?」

「はァ? なによ」

じっとりと提督を睨む霞。

「いや、気のせいならいいんだ。でももし――」


かしゃん。


軽い音がした。
提督が自分の分を注ごうとしていた手を止める。

「あ――」

全員が彼のほうを振り返った。
正確には、彼の前にいる霞の足元を。
 

「だ――だいじょうぶっ? 霞ちゃん!」

霞が持っていたカップが割れて中身を撒き散らしていた。

「へ、へいきよ。問題ないわ」

慌てて駆け寄ってきた潮に上の空の様子で応える霞。

「かじかんでたか? ちょっと待ってろ、すぐ片付けるから」

「熱くて、びっくりしちゃっただけよ。へいき」

霞はその右手を左手でかばう。
それから彼女は足早に駆けていってしまった。

「あっ霞? おい……」

「霞、どうかしちゃったっぽい?」

とてとてと近づいてきた夕立に提督は首をかしげた。
夕立も同じようにした。

「わからん。しかし、さっきの演習での霞は少し変じゃなかったか?」

「え? そうなの? よくわかんないっぽい」

「確かにちょっといつものキレがなかったかも~」

「そう、ですね…なんというか、砲撃に迷いがあるような感じでした」

「そういえば霞に攻撃を喰らった僚艦はいませんね!」

「……霞…」

霞が走り去ったほうを見つめて、提督は紅茶を飲み干した。
 

今日は以上 レスサンクス


こんどは霞か...

乙です

76.

ガチャリ、
とトイレ個室の鍵を閉める。

「はぁ……っ」

霞は大きく息を吐いた。
しまったな、と思う。
これでは「動揺しています」と言っているようなものだ。

「……なによ、これ」

見下ろすのは自らの右手。
小刻みに痙攣している。
紅茶のカップを把握していることすらできなかった。
砲撃など言わずもがなだ。

「止まりなさい」

ぐぅっと、右手を握りこむ。
意思に反するように右手はそれに抗した。
 

「止まりなさいな!」

右腕の筋肉が悲鳴をあげる。
ぼたぼたと霞のおとがいから汗が滴り落ちた。
右手を大きく振り上げる。

「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれっ!」

そのままガンガンとタイル壁へ叩きつける。叩いて、叩いて、叩いた。
皮膚が破れて血が出る。
それでも鈍い痛みしか感じない。分厚い手袋をつけているような、感覚の鈍化。これは本当に私の右手なのか。

「はぁっ、はぁっ、はぁ…」

肩で息をしながら、腕を止める。
しかし右手の痙攣は止まっていない。

「……なんなのよ、これ。畜生……っ!」

ぱたぱたという足音。
誰か来た。

「霞ちゃん……? いるの?」

潮である。
 

霞は一瞬、躊躇したが、しかし返事をした。

「何。どうしたの」

「あ…よかった……。えっと、あのね、」

扉一枚を挟んで、潮はもごもごした。
ここを開ければ、すぐそこに潮がいる。
右手がびくりと反応した。

「提督、心配してたよ。羽黒さんも…」

手を伸ばせば少女の細い首を掴んで、ぎりぎりと絞めることができる。
少女の柔らかい肉、その奥の頚椎の感触はどんなものだろうか。
頚動脈と気道を塞げば少女は瞳孔を開かせて肢体を痙攣させるに違いない。

「も、もちろん私もそうだけど…。でね、あの、霞ちゃん、なにか…悩み事とかあるなら、話してほしいなって、」

潮がなにか言っているが、よくわからない。
首を絞めた少女の表情は驚愕と苦悶に彩られるだろう。
それはなんと美しいのだろう。

「わ、私なんかじゃ力になれないかもしれないけど……でも」


嗚呼。


――見たい。




 

右手が勝手に動いて鍵を開けた。

「!」

そこで霞は我に返って、体ごと扉にぶつかって右手をむりやり止めた。
バンッという大きな音に潮がひゃあと声を上げる。

「…ごめん。潮。今は放っておいて」

「う、うん……ごめん、ね、霞ちゃん…」

足音が遠ざかっていく。
霞はそのままずるずるとしゃがみこんだ。


言えるわけない。

右手が、アンタを殺そうとしてる――だなんて。

 

あsaga忘れてた 今日は以上 レスサンクス

乙です


このスレじゃなければ「厨二病wwwwww」で済むんだけど……。
深海化かな?

77.

提督は紙煙草に火を点けた。
一服。

「霞は?」

「文字メッセージで連絡がありました。体調不良だそうです」

提督室で、羽黒は提督と二人きりだった。
なんだか久しぶりな気がする。
羽黒の対面で彼は長く煙を吐いた。

「そうか。わかった、それじゃあ北上の件はひとまず羽黒と確認しよう」

「はい」

「演習してみて、どうだった? 正直なところを答えてくれ」

背もたれに大きくもたれて煙を天井へ吐く提督。
羽黒はいつもどおり小さく縮こまっている。

「そう、ですね…。はっきりいえば、私の記憶している北上さんとはぜんぜん違いました。
 動き、視線、姿勢、タイミング、予測…どれも初めて海に出る艦娘レベルでした」
 

「そうだよな。といってもこれだけで今の北上が記憶喪失なのかドロップ艦なのかは区別がつかないんだが」

「……私には…、わかりません。あの北上さんを見ていると前の北上さんとしか思えないんですが…、
 でも、頭では記憶喪失なんてことは無いんだと、そう思ってもいるんです」

羽黒はじりじりと痛み出した側頭部を押さえた。

「明日、山城に直接確認してみよう。それから、妖精に面談する申請を中央の同僚に依託してある。こっちももうしばらくしたら許可が下りるだろう」

「妖精さんですか」

「うん。君らのことは妖精に聞くのが一番だからな」

「直接聞けばよいのでは?」

「え? ああ、いや。海軍の人間が妖精とコンタクトを取る場合はなにかと面倒な手続きが必要なんだ」

艦娘の装備や工廠にいる小人をイメージしているらしい羽黒に提督は笑って首を振った。
羽黒はそうなんですか、と答えて口をつぐんだ。
 

雨は止まない。
雷雲は一日中ごろごろと唸っている。

「……戦闘には、」

「え?」

「戦闘には天候も重要な要素だな」

「そう、ですね」

「今日の演習でも、やはり晴れのときとは勝手が違っただろう?」

「それは、…はい。視界も悪いですし、波も強く、戦闘は困難でした。……でも、」

「でも?」

「以前の北上さんならば…、そんな状況だろうと、見事に雷撃していました……。本当に、北上さんは強くて。……だから。………」

「ふむ」
 

78.

「今の北上さんが、前の北上さんなんて、信じられないんです。でも…見た目は……」

ぼうんやりとした真っ黒な人影が部屋の隅に立っている。
その輪郭は判然としない。
目鼻も口も無いが棒立ちでこちらを見ている気がする。

「同名艦らも俺のわからない見た目がかも影響しれない雪」

正面に座っている人影が紅茶の入ったカップをべろりと飲み込んだ。
それからティーポットを取り上げてなにもないテーブル上に紅茶を零す。

「山城さんは、何があったか知っているんでしょうか……」

テーブルに広がった紅茶の水溜りが端に到達して床へとだらだら落ちていく。
羽黒の隣に座っている影が上体を揺らした。
頭が無い。

「話してだった大破そんな状態ならっぽいできないわからない」

窓の向こうから誰かが覗いている。
ぎょろぎょろと目が動いている。
べったりと硝子に手をついてがたがたと窓を揺らしている。
 

「確かに山城さんは、資材不足で修復できずに霧の戦闘で大破したままでした」

執務机の上で、人の形をしたなにかがぐねりぐねりとその身をくねらせる。
それがなんだか踊っているように見えて、羽黒は吐きそうになった。

「内臓の話だぴちゃぴちゃぴちゃ記録が茹でられてべろべろ」

「偏りるきる重ね傷あるいる薬」

「ここに来る司令官さんはみんな、ひどく焦っているようでした」

「波があるん紙とずるずる必死だからだろう中央か」

「罹りきる指先上の聞く歩く意味っつっつっつあげれば構わない」

「けけけけけぐぐぐぐぐぐ」

「――ろ……はぐろ――」

「え?」

「羽黒!」
 

79.

「羽黒!」

肩をゆすられて羽黒はびくりとして目を開けた。
提督に心配そうな顔で見つめられて彼女はどぎまぎした。

「大丈夫か? 起きたか」

「ふぇ……えッ!? 司令官さん!? どどどどうしてここに」

「何?」

寝ぼけてなにか勘違いした羽黒は慌ててソファを後ずさり、そこで周りを見渡してはっと気がついた。

「わ、私の部屋じゃ、ない……?」

「提督室だ。本当に眠っていたのか。突然黙り込んでしまったから驚いた」

「え……あ……私、また……」

提督はソファに戻って紅茶のおかわりを注いだ。
カップはきちんとある。

「羽黒。君、ちゃんと眠れているのか? 最近、様子がおかしいぞ」

「いえ……あ…すいません、司令官さん、その…」

「無理しないでくれ。君が艦隊の要なんだ。なにか問題があるなら、なんでも言ってくれ」

そう言われて羽黒はそれでももじもじとしていた。
しかし、しばらくして口を開き、最近の悩みを吐露した。
 

「……なるほど」

「司令官さん。その、私、病気なのでしょうか……?」

「………。わからない。それも妖精への質問に加えておこう」

羽黒はこくこくと紅茶を飲む。やけに喉が渇いていた。

「北上はしばらく訓練して練度を上げることにする。あのままでは出撃も遠征もままならんだろう」

「わかりました」

「妖精への面談はおそらく来週くらいになると思う。三、四日ここを留守にすることになる。その間は羽黒が指揮を取り、訓練に努めてくれ」

「出撃や遠征は……?」

「うん。さすがに休みにしよう。なにかあったら連絡してくれ。それから…、そうだな、出張に同行したい艦娘がいたら検討するからその旨周知してくれ」

「同行というのは?」

「いやなに、特に仕事はないが、せっかく中央に行くんだからな。そんなに自由時間はやれんと思うが」

「わかりました。全員に連絡します」

「それから霞には以上を報告して、体調の状況を俺に連絡するよう言っておいてくれ」

「はい。了解しました」

提督は煙草を消した。

 

今日は以上 レスサンクス

乙です

背筋がぞくぞくした、乙

ところどころ
間違いなのか何かの演出なのかわからん部分あるな

80.

「なァーによ! 敷波の次は霞がひきこもり?」

「あっ曙ちゃん、声が大きいよ…」

ラウンジ。
かちゃんと音高く、曙がカップをソーサーに戻した。

「あの自他共に厳しすぎる霞がねぇ…ま、たしかに様子はおかしかったわね」

「提督は体調不良だって言ってたけど、なんだかそんな感じじゃなかった、と思うの」

「それならそうと潮にそう答えるわよねぇ。艦間通信は…回線切ってるのね」

「うん……。霞ちゃん、だいじょうぶかな……」

窓の外を見遣る潮。
吹き荒れる風に窓はがたがたと揺れている。

「霞の場合、心配したほうが怒られそうだけど――っと」

言いながら、ぱちんと曙が手を叩いた。
 

「ああうざいわねぇ」

「え…虫?」

「ええ。なんか最近やたらと虫が出てるわねぇ。あたしの部屋もよくいるんだけど、潮はどう?」

「えぇっと…うぅーん、どうかな、そんなに見ない、かな…?」

「あっそう。今度、蚊取り線香でも試そうかな。それで、霞の部屋には行ってみたの?」

「う、うん…でも、霞ちゃん、いないみたいで…返事してないだけかもしれないけど……」

「ふうん。本当に体調不良なら、寝てるのかなって思うけど」

「それなら、いいんだけどね」

「ああもう! 普段口やかましい霞が静かだと不気味ったらありゃしないわね」

「あけぼの? っぽい?」

ぴょこりと夕立が顔を出した。
とててと近寄ってくる。

「夕立も混ぜて~♪」

「もっもちろん!」「ほら座りなさいよ」

潮が夕立のぶんも紅茶を用意した。
 

「何話してたの?」

「霞の話よ」

「ああ。なんかさっきの演習、やりにくそうだったっぽい」

「やっぱり? こっちから見てても、なんか様子がおかしかったわ」

「照準がうまく合わなかったっぽい? 霞には珍しいよね」

「提督には体調不良って報告してるみたいなんだけどね…」

「体調不良っていえば山城さんは元気になったっぽい?」

「あっそうだよね!」

「ええ。今朝方、目を覚ましたわ。まだ体は動かないようだけど、意識ははっきりしてる」

「へぇ~よかったっぽい!」

「曙ちゃん、毎日お見舞いしてたもんね」

「あっあれは別にッ!」

「山城が大破したのって確か、夕立が来る前よね?」
 

「うん。あれは、曙ちゃんが来て……だよね」

「そうよ。あたしが来てちょっとしてからね。あたしが来たときから、山城は大破のままだったわ。クソね」

「山城さんが入渠したから比叡さんがここに来た、んだったかな。懐かしいね」

「ふん! あの頃からこの鎮守府はクソったれてたわよ」

「曙ちゃあん!」

「曙、言葉汚すぎっぽい」

「うるさいわね!」

そのとき、ふらっと羽黒がラウンジに現れた。
ひどく眠たそうである。

「あ、羽黒さん!」

「……?」

夕立に呼ばれてゆるゆるとこちらを向く。

「あ……」
 

「だ、だいじょうぶですか?」

「あ…はい……司令官さんに早く寝るよう言われたので、寝る前に温かいものでも頂こうかと……」

「それならホットミルクとかがいいんじゃない」

「あっ私が淹れます!」

「羽黒さん、ここ座るといいっぽい! もう倒れそうにみえるっぽい!」

「だ、だいじょうぶです……」

夕立が引いた椅子にすとんと座る羽黒。

「そういえば、連絡にあったクソ提督の出張に同行って、どういうことよ」

「へ? しゅっちょう?」

また連絡を見ていなかった夕立のためにぷりぷり怒りながら曙が説明した。
潮が牛乳を温めて運んでくる。

「へー! なにそれ! 楽しそうっぽい! 行きたい行きたーい!」

「あ、そうですか…?」
 

「クソ提督がいない間、ここはどうすんの」

「演習と訓練、ですね」

「あれっ? 提督さんとお出かけしたら、パーティできないっぽい?」

「さすがに艤装は持ってけないんじゃないかなぁ?」

「戦闘する機会なんてないわよ」

「ええぇ~っじゃあ行かないっぽい~」

「あんたね……」

「曙ちゃんは?」

「あたしぃ? どうしてあたしがクソ提督と出かけなきゃならないのよ。潮、あんたは?」

「うーん、中央も行ってみたいけど…誰も行かないなら、ちょっと…・・・」

「羽黒さんは? 行くの?」

「……私は…、行きたいですけど……でも、旗艦ですから」

「それくらい誰かに任せていけばいいじゃない。出撃もないんだし」

「だめです……!」

羽黒が強く言い切ったので三人は驚いた。
 

「司令官さんに頼まれたんです…私が秘書艦なんです……私、私…秘書艦じゃなきゃ……」

半分眠りながらむにゃむにゃと羽黒が呟く。

「は、羽黒さん、もう寝たほうがいいですよ!」

「送っていくっぽい!」

「まったく、しかたないわね!」

夕立が羽黒に肩を貸し、曙と潮が手早く片付けて追いかけた。
そして彼女を部屋のベッドに寝かせて、

「羽黒さん、すっごく疲れてるっぽい~」

「クソ提督のせいね、きっと」

「そ、そんなことないよぉ」

三人は顔を見合わせるのだった。



 

今日は以上 遅れてスマン レスサンクス
>>446
どこらへんだろうか

乙です

乙です

81.

「ねー。何さ、わざわざ呼び出して」

「北上さん。お願いがあるんです」

薄暗い部屋の中で、北上と綾波が向かい合っていた。
窓ガラスにはびしびしと大粒の雨が叩きつけられている。

「お願い?」

椅子に斜めに腰掛け、机にもたれかかる北上。
それとは対照的に、綾波はきちんと姿勢を正している。

「はい。北上さんには、」

すう、と一息。

「――なんとしても、記憶を取り戻してほしいんです」

閃光。
北上はへへへ、と笑った。
綾波はむっとして、

「真剣な話なんです!」

轟音。雷が落ちた。
 

頬杖をついて北上は綾波に顔を向けた。

「あのさー、あたしが記憶喪失かどうかは、提督曰く"調査中"らしいよ?」

「司令官は北上さんを知らないからそんなこと言えるんです」

綾波はきっぱりと言い切った。

「北上さんを知っている人は皆わかってるはずです。あなたは記憶を失ってしまっているんです」

は、と北上は呆れたように息を吐いた。

「ま、あたしにゃ判断できないけどね。でもさ、なんであたしが記憶を取り戻したほうがいいのさ?
 そりゃ確かに今のあたしは戦力になんないけど」

「そんなことじゃないです。これは敷波のためなんです」

んあ? と北上は間の抜けた声をあげた。

「敷波? なんで敷波?」

「北上さんは覚えてないようですけど、敷波は以前に北上さんを撃ってるんです」

「なにそれ。初耳なんだけど」

北上は椅子に座りなおした。
 

綾波は自分の知る霧の戦闘の概要を話した。

「……それで、敷波は、仲間殺しの罪を背負っているんです。でも、もし北上さんが沈んでなんていないなら敷波の罪は無くなります。
 だから、北上さんが記憶を取り戻せば、敷波は救われるんです!」

ふーん、と北上。
ぎィっと椅子を揺らす。

「わかって、もらえましたか?」

そのとき、

「北上さん!」

勢いよく扉が開き、大井が入ってきた。

「北上さん! こんなところにいたんですね!」

「おー大井っちー」

「探したんですよ! さっ夕ご飯食べに行きましょう!」

大井が嬉しそうに北上の手を取って立ち上がらせる。

「ち、ちょっと待ってください……!」

慌てた綾波が追いすがろうとすると、
 

「なにこいつ。うるさいわね」

ぎろりと大井に睨まれた。
そこでようやく存在に気付いて、しかし何の価値も無いゴミを見るような目付きに綾波はたじろぐ。

「まーまー大井っち」

北上がへらへらと笑って綾波を振り返る。

「できるかわからんけど、努力してみるよー。そんでオッケー?」

「あ、はい、ありがとうございます」

「じゃ行こっかー大井っちー」

「はい! 北上さん♪」

そうして綾波がひとり残された。


力が抜けたように椅子に座る。


「……あとは……」

端末の光が綾波を顔を照らした。

ざあざあと、雨が降っている。


 

今日は以上 レスサンクス

乙です


気がつかなかったよ

82.

かちゃん。

かち、かち、―――かちゃん。

「………」

霞は自室で食事を取ろうとしていた。
しかし右手がいうことを聞かず、何度やっても箸を取り落としてしまう。

――かちゃん。

霞が苛苛すればするほど、右手の自由は利かなくなっていく。
しかたなく、霞は左手で食事を試みた。

「ったく……」

いつからこうなってしまったのかと、霞は記憶をたどった。
今朝、起きたときからすでに右手はおかしくなっていた。
山城と挨拶するときも右手を抑えるために腕を組むのをやめられなかったのだ。

北上を発見した戦いではつつがなく戦闘できていた。
もっと前か。

――下がっていろと言ったろう。二度言わすな

中将来訪。あのときだ。
提督が中将に殴られたときの怒り。押さえつけることのできなかった右手。
そのあとの風呂でもまだ止まらなかった。

「――っ!?」

ダン! と右手が拳を作って机を叩いた。
記憶に反応したのか、右手が突然暴れだしたのだ。
霞は箸を放り出して、体全体を使って右手を抑えにかかった。
 

しばらくそうしていると、なんとか右手は治まったが、霞は汗だくになっていた。
そこへ、端末が着信を知らせた。

「もしもし。霞よ」

『うん。俺だ。体調はどうだ?』

「へいきよ。心配ないわ」

『……羽黒からの連絡、見ていないのか?』

「え? 見てないわ。そんなの来て……るわね」

『やはり、息災ではないな。君にもずいぶん負担をかけたからな。すまなかった』

「は――な、なに謝ってるのよ。というか、この出張同行ってなによ」

『うん。少し中央に出かける。ただ、やはり霞、君は少し療養が必要なんじゃないか』

「………。そうね。ちょっと休めば、すぐ治るわ」

『しかし、まさに鬼の霍乱、というやつだな』

「ばっかじゃないの」

笑いを含んでまぜっかえす提督に霞も微笑みながら軽口を叩いた。
あたしは大丈夫。
霞は思った。
こんなのどうってことない。そうだ。しばらくすれば治るだろう。
 




それは誤りであると、少女は未だ知らない。



 

短いけど今日は以上 レスサンクス

乙ー


なんだかアシタカを思い出すな

乙です

祟り神か

83.

ベルトコンベアが資材を運ぶ。
加工機械が油と鉄片を撒き散らしながら素材を削る。
妖精が頭をつき合わせて図面を眺めている。

「………」

ここは工廠。
多くの機械の音が埋め尽くす場所。
敷波はそこで積まれたパレットに腰掛けていた。

機械と妖精が働く様子を見るともなしに見ている。
こうしていると、何も考えてなくて済むような気がしていた。

「あ、敷波、こんなところにいたんだ」

声をかけたのは綾波。

「……綾波、濡れてるよ」

「ああ、風が強くて」

工廠までの道には屋根がついているが、風雨から完全に守られてはいない。
綾波はハンカチでぱたぱたと服をはたいた。

「どうしたのさ」

「あ、うん。えぇっと、そろそろ晩ご飯食べに行かないとと思って」

「もうそんな時間かぁ。わかった、いこ」

敷波はぴょんと飛び降りた。
 

並んで歩き出す。

「艦間通信で呼んでくれればよかったのに」

「何度も呼んだよー。でも気付かないみたいだったから」

「あれ、ほんとだ。ごめん」

「ね、敷波。敷波は司令官の出張同行、どう思う?」

「えー? あたしは、うーん、どっちでもいいけど」

「あっそうなんだ。あのね、綾波はちょっと行ってみたいなって思ってるんだけど……」

「ふーん? いいんじゃない」

雨と風が吹き込む渡り廊下を駆け抜ける。

「それでね、えっと、できたら敷波と一緒に行きたいの」

「え――あ、あたしは、」

「綾波たちって、ずっとこの鎮守府にいるでしょ? だから、もっと他を見てみたいというか、気分転換にもなるし」

躊躇う敷波に綾波は早口でまくし立てる。

「ほら、だって旅行なんて久しぶりじゃない? 小さい頃、家族一緒に海水浴に行って以来かな。懐かしいね。特に仕事があるわけじゃないってことだし」

「わかったわかったってば!」

「じ、じゃあ」

「もう、こうと決めたら意外と頑固なのはちっさいときから変わらないからね、綾波は」

敷波はそう言って苦笑したのだった。

 

またも短いけど今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

84.

「やっぱり、比叡が淹れたほうが美味いな」

「おだてても茶菓子は出ませんよ!」

「わかった、自分で出すよ」

霞が病欠、羽黒が早退した提督室には比叡の姿があった。
適当な茶菓子のはいった皿をテーブルに出して、提督はソファ、比叡の向かいに腰をおろす。

「いつのまにか、羽黒と霞がここにいるのが当たり前になってたよ」

「逆ですよ!」

「え?」

「私たちも、司令がここにいるのが当たり前になってるんです」

「そう、か」

提督は頬を掻いて、紅茶を一口飲んだ。

「私、司令が役割をくれて、すごく嬉しいんです」

「役割? ああ、要塞砲のことか」

「はい! せっかく配属されても、出撃もせずに過ごす毎日……。司令はそんな日々を変えてくださいました」

「大げさだよ」

「そんなことはありません。私は司令に感謝してもしきれません!」

「おだてても何もでないぞ」

ふたりはくすくすと笑った。
 

「司令官!」

扉を勢いよく開けて、綾波が入ってきた。

「うん、こんばんは、綾波」

「やーこれはこれは。紅茶淹れましょうか」

「あっすっすみません、失礼しましたっ。あの、だいじょうぶです、すぐ済みますので」

「どうした?」

「はい。あの、出張同行の件なのですが、綾波と敷波ふたりで同行を希望します」

「ああ。わかった。羽黒にはこちらから報告しておく」

「そういえば、羽黒さんは……?」

「今日は先に休ませた。霞もだ」

「代わりといってはなんですが私がお邪魔しています!」

「そうなんですか。はい、では失礼します。おやすみなさい」

ふたりが挨拶を返し、綾波は今度は落ち着いて退室した。
 

「そうだ、比叡、君はどうする」

「出張ですか。お姉様に会う時間があるなら是非とも!」

「それは少し厳しいな。自由時間を少しは用意するが、自分達で他の艦娘と面会はできないだろう」

「わかっています。ですので、今回は先輩にゆずりますよ」

「綾波と敷波か?」

「ええ! ふたりはこの鎮守府の最古参ですからね」

「そうか。ではまたの機会に」

提督はおもむろに立ち上がり、窓へと近づいた。
少し開ける。

「雨が止んだようだ」

「虹が出ているかもしれませんね」

「夜には出ないだろう」

「雨の後には、虹が出るものです」

「……そうだと、いいな」

「そうですね」

提督は大きく窓を開けた。
少し冷えた夜の空気がふたりの頬を撫でた。
 

85.

比叡も退室して、提督はひとりで紙煙草に火をつけた。

「……中央か」

ひとりごちる。
煙で肺を満たし、ゆっくりと吐き出した。
窓から煙が流れていく。

――この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな

中将の忠告を思い出した。

「球磨。………」

胸の奥に、痛みのような、渇きのような感覚を提督は覚える。
彼の中で球磨という少女は未だ大きな不在であり、その思い出が残る中央出張には気が進まない部分もある。
しかし羽黒と霞を休ませる必要もあるし、大井と北上について等、確認しなければならない。

ごろごろと、遠雷が聞こえた。

大井に現れている症状。北上の記憶喪失。それから、もうひとつ気になるのが――

「俺も荷造りしないとな」

提督は窓を閉めた。
 

86.

朝。
昨日までの嵐はどこへやら、太陽の輝きが硝子を通して廊下に差し込んでいる。

「はー鎮守府って広いんだねぇ」

「ええ。ここは使ってない部屋が多いですけどね」

そーなんだ、と北上。
鎮守府内を案内してもらうよう大井に頼んだのである。
綾波との約束を果たすためであった。

「こっちは入渠関係の施設です」

「へー」

がらりと無造作に北上が病室の扉を開ける。

真っ白な室内にベッドがいくつか。
いたのは山城と曙。
ふたりに気付いて北上は右手を上げた。

「やーごめん、使ってるんだね。失礼した」

あくまで軽い態度の北上。
しかし、

「大井――」

山城はそんな言葉を聞いていなかった。

「そいつから離れなさいッ!」

山城は北上を睨んでいた。
はっきりと、敵意をこめて。


 

今日は以上 レスサンクス

乙です

ずっと寝てた山城ねえさんにはついこの前の事か・・・

乙です

87.

曙はあっけに取られていた。

さっきまで「最近虫が多くていやになる」だの「霞が体調崩しているらしい」、「羽黒も調子悪そうだった」といった他愛も無い雑談をしていたのに、
北上が入室してきた途端に山城がはっと顔色をかえたのだ。

そして、低い声で曙に指示した。

「曙、私の後ろに下がりなさい」

曙は困惑する。北上も何がなんだかわからないという顔だ。

「大井。早くそいつから離れて」

「は?」

大井のなかの何かがバチンと外れる音がした。

「何言ってんの? 粉々にするわよ」

「ち、ちょっと大井っち。ごめん、悪かったってば。そんな怒らないでよ」

山城に迫ろうとする大井を止める北上。

「あんたが生きてるなんて、とんだ不幸だわ」

「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「決めたわ。ばらばらに壊す」

「あんたが私を沈めようとしたんでしょうが!」

「な、何言ってんの……?」

「山城!? 北上はこの前鎮守府に来たばっかりだってば!」
 

「何やってるんだ君たち!」

騒ぎを聞きつけて提督が慌てて駆けつけた。

「放してください北上さんっ! この粗悪品を解体してやります」

「やめなって大井っち!」

「しらばっくれてもムダよ。あんたの砲撃、よく覚えてるわ」

「山城ってば! 落ち着いてよ!」

山城に食って掛かろうとする大井とその腕を掴む北上。
そして北上に敵意を剥き出しにする山城とそれに戸惑いながらなだめる曙。
そこに提督は割って入った。


「――静かにしろッ!」


大声ではない。
しかし気迫のこもった提督の声に、4人は気圧された。

「大井と北上は外で待て。曙は羽黒と比叡を呼んでくれ」

「あっう、うん」

「ほら、大井っち、廊下いこ」

「………」

提督は紙煙草を取り出し、室内を見回して、窓へと近寄ってがらりと開けた。
快晴だ。
眩しそうに提督は目を細めた。
煙草に火をつける。

「山城。話を聞かせてもらうぞ」

「……不幸だわ……」

 

88.

「そんな、ばかな」

提督は呆然と呟いた。
病室には彼と山城の二人だけだ。
大井と北上の聴取は羽黒と比叡に任せた。
曙は帰した。

「本当のことです。北上は私を沈めようとしました」

「誤射じゃないのか」

「いくら霧が濃いからって、いえ、それだからこそ、あの北上が誤射するなんてありえないです。それに、」

「それに?」

煙草を取り落としそうになって提督は慌てて携帯灰皿に煙草を落とした。
山城は真剣な表情だ。

「北上は、私を見て、嗤ったんです――」

信じられない、というように提督は首を振った。

「戦闘報告書にもきちんと記入しましたし、口頭での説明もしたんです」

「それは……そんな記述は無かった。クソ。改竄か。握りつぶされたのか……?」

「合流してすぐに羽黒にもそう言いました」

――そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……

「あれは本当に『北上にやられた』ということだったというのか……!?」

提督はがりがりと頭を掻き毟った。
 

「提督」

「なんだ」

「北上は危険です。解体するか、せめて営倉に入れるべきです」

「あぁ――」

帽子を被り直して、提督は北上の事情を山城に説明した。
今度は山城が唖然とする番だった。

「あれが……あの北上では、ない……? に、にわかには信じられません」

「まだわからない。まったくの別人なのか、記憶喪失の本人なのか」

「そんなことが、あるんでしょうか。確かに私はあの時、北上を捜索しませんでした。それは、彼女を危険と判断したからなのですが……」

「北上沈没の報告はある」

「え?」

「ただ、それもわからなくなってきたんだが……」

続いて提督は敷波について説明した。
山城は再び動揺した。

「ち、ちょっと待ってください……北上が私を撃ち、敷波が北上を撃った……? なんですかそれは」

「わからない。もし、北上が本人で記憶を取り戻せば、すべてはっきりするんだが」

提督は右手で額を押さえて唸った。

「いったいどういうことなんだ、真相は……!」

 

今日は以上 レスサンクス


結局更に謎が深まっただけか

乙です

乙です
さて真相はどんな感じなんだろうな

謎が謎を呼ぶ展開…

89.

「ったく! なんなのよ!」

スカートのポケットに手を突っ込んで曙は床を蹴った。
彼女は訳のわからないまま退室を指示されたのだ。

「あのクソ提督!」

毒づきながら廊下を歩いていると、向かいから潮が呼びかけてきた。

「曙ちゃん!」

潮曰く、演習を中止して兵装の整備と点検を行なっているらしい。
比叡、羽黒、北上、大井、霞がいないからだ。

整備場では天龍と龍田、綾波と敷波、そして夕立がもう各自作業していた。
潮と曙も自分の兵装を持ってそこに混ざる。

「オウ! ちゃっちゃとやれよ~」

「ふん」

「どうして演習が中止になったのかなぁ。羽黒さんもいないし」

潮が12cm単装砲を丁寧に分解しながら呟く。

「さっき、山城のところに北上が来たの。大井と一緒に」

「え」

面々はそれでだいたいの事情を察した。
曙は続けて説明した。
 

「……それで、羽黒と比叡は大井と北上に話を聞くって。山城はクソ提督が。それであたしは出て行かされたのよ」

「羽黒さんと比叡さんがいないから演習が中止なんだね」

「山城があんなに誰かを罵るの、初めて聞いたわ」

それから曙がぐちぐちとぼやいたので、潮は慌てて止めた。
ちらりと敷波を見る。
特に変わった様子は無い。

「もう、なによ」

「そういえば、二人は提督の出張についていくのよね~?」

何気なく龍田が話題を変えた。
綾波が頷く。

「そう希望しました。まだ確定ではないですが……」

「たぶん大丈夫だと思うな~。他に希望してるひといないみたいだから~」

「そうなんだ?」

敷波の声に面々が首肯する。
刀の手入れを終えた天龍がそれを肩に担いで、

「お出かけなンて興味ねぇ! オレは戦いたいんだ!」

「うふふ~。天龍ちゃんが行かないなら私も行かないから~」

「終わったっぽい! 先に試射してくるねっ」

黙々と作業していた夕立が楽しそうに退室した。
戦闘や演習以外の雑役には基本的にあまり乗り気でない彼女だが、整備は例外ですこぶる熱心である。
それからはみな作業に集中した。
 

90.

延々と花を手折る夢で目が覚めた。
霞は隈の出始めた目元をこする。
うまく眠れないのだ。

「………」

喉がからからに渇いていた。
ベッドから起き上がって冷蔵庫からお茶の容器を取り出す。
グラスに注いで飲もうとするが、右手が痙攣してぱちゃぱちゃと零れてしまう。

「……はあ」

仕方なしにひとまず左手でグラスを掴んで喉を潤した。

「げほっ。ふう」

一息ついて、右手に意識を集中。
ぐうっと握りこみ、力を入れる。震えを押さえ込む。
続いて、手を開き、慎重にグラスを持ち上げる。

がしゃあんっ!

グラスが粉々になって飛び散る。
霞が床に叩きつけたのだ。

「ふふ」

心底楽しい気分を我慢できないように霞は笑った。

「あはっはは! あははは!」

素晴らしい心持ちだ。
抜けるような青空が頭上に広がっている。
世界はなんと美しいのだろう!

「あはははははははは!」
 

「――は、え?」

霞はグラスを右手に持ったまま立ち尽くしていた。
しばし思考が停止する。

「幻覚――? 今、のは」

混乱する。
と同時に噴き出すような破壊衝動に襲われる霞。

「っ!」

咄嗟に左手でグラスを奪い取り、そのままテーブルに置いた。
壊すものを失った右手はしばらく痙攣していたが、突然めちゃくちゃに暴れだした。

「このッ!」

右手首を左手で握って床へ倒れこみ体も使って押さえる。
右手が爪を立てて左手を掻き毟る。血が出た。

「ああもう! なんなのよッ!?」

叫ぶことで痛みをこらえる。
右手には血管が浮き出してどくんどくんと脈動していた。

「いいかげんに、しなさいなッ!」

吼える霞。
右手はじょじょに力を失い、やがてその痙攣も止まった。

「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……」

汗まみれで荒い息をついて、霞は小さく罵った。
その身を半回転させて仰向けに転がる。
右手を目の前に持ってきて動かしてみる。

「大丈夫、あたしは大丈夫……」

なんともない。
当然だ。これが普通だ。
霞は小さく笑った。


 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です


壊れてるな

91.

「えぇっ? 本当ですか?」

羽黒はすっとんきょうな声を上げた。

空き部屋で羽黒と比叡は大井と北上に事情を聞いていた。
羽黒は書記を務めていたのだが、思わず口を挟んでしまったのだった。

「本当だよ。あたしが山城を撃ったって言われた」

「あのひと、頭がおかしいですよ。どうかしてます」

「え、えぇっと……」

「それで、続きをお願いします」

比叡が促した。
北上は肩をすくめる。

「それでおしまい。すぐに提督が来て、廊下に出されたんだよ」

「そうですか。大井はなにか付け加えることはありますか?」

「北上さんが仲間を撃つなんてありえません。私は知ってるんです。だからアイツはおかしい。狂ってる。北上さんは撃たれたんです。それで深海棲艦に拉致されたんです」

壁を見つめながら大井。
 

「だからさー、大井っち、あたしは拉致なんてされてないってば。実戦にも出てないから撃たれたこともないよ」

「北上さんは記憶喪失なんです。私はよおく覚えています。アイツ、アイツが北上さんを、撃って、あ、ああ、ああぁ北上さん北上さんっ!」

頭を抱えて大井が叫びだす。
羽黒は後ずさった。

「大井っち! 大井っち!? あたしはここだよ! ここにいる!」

ぎょろりと、血走った目で大井が北上を睨んだ。

「お――前は――北上さん――なんかじゃ――ない」

「ぇ――」

「偽者だ! 本物の北上さんを返せェーッ!」

大井が北上に飛びかかった。胸倉を掴みあげる。

「お、おい、っち。や、やめ……」

怯える北上。羽黒はへたりこんでいた。

「やめなさい!」

「あうっ」

「放せぇっ! これは偽者だ! ばらばらにしてやる! 絶対に!」

比叡が大井を羽交い絞めにし、北上は椅子を巻き込んで倒れた。
 

羽黒から連絡を受けて提督が急行、惨状を目の当たりにした。
瞠目するも、すぐに言い放つ。

「大井の再度の営倉入りを命じる!」

提督の即断に比叡が頷く。
なんとか立ち上がった羽黒は北上を助け起こした。

「北上さん、本物の北上さんはどこです!? 必ず救い出します、だからっ、待っててください――!」

「失礼します」

比叡が大井を引きずって出て行くと、室内はひどく静かになった。
提督は疲れた様子で椅子に腰をおろした。

「大丈夫か、北上」

「いや~あはは…」

いつもの調子で取り繕おうとした北上が涙を零す。

「あ、あたし、な、なにか悪いこと、し、したかな……ぅっく、どう、どうして、こんな、ことに」

「………」

何もいえないまま、羽黒は北上の肩に手を回した。

「すまない」

なんのてらいもなく輝く外を恨みがましく睨んで、提督は苦った。
どうしてこう上手くいかないんだ。
球磨の妹である大井と北上を助けたいと思っているのに、なぜその正反対のことになってしまうのか。

「まったく、ままならない……」

提督は嘆息した。
そして、ぐしゃりと、煙草の空箱を握り潰すのだった。

 

今日は以上 レスサンクス


真相を知るのが怖い
タイトルから考えるとやはりそうゆうことなのか

ヒエーが一番まともか

乙です

乙です

92.

霞は夕立と廊下で行き会った。

「あれ? 霞、元気になったっぽい?」

「ええ。もうへいきよ。あんた、演習は?」

「演習は中止。なんだかよく知らないけど、大井さんと山城さんがケンカ? したっぽい?」

「いつにもまして不明瞭ね……」

疲れた様子で霞は首を掻いた。

「ケンカって……え、大井と山城が? それって、まずいでしょ」

「え?」

「山城はいま動けないのよ!」

夕立を置いて霞は駆け出した。提督室へ。

あの危険人物が山城に手を出したら、それこそ大破している山城は二度と目覚めなくなるかもしれない。
そんなことになったらあいつは営倉にぶち込むだけでは足りない。
海の藻屑にしてやる。

霞は気がつかない。
自分の思考が兇暴になっていることに。

 

ばん!
乱暴に提督室の扉を開ける。

「おお、霞。体調はどうだ」

「やあこんにちは!」

「霞ちゃん? どうしたの?」

室内では提督と比叡、羽黒が着席していた。
霞は声を荒げる。

「あのクズはどこよ!」

「なんのことだ?」

「気狂いの大井に決まってるでしょう! 山城の代わりにあいつを沈めてやるわ」

「めったなことを言うもんじゃないぞ、霞」

提督はたしなめてから、

「大井は営倉に戻した」

「なんですって?」

経緯を説明した。
その間に比叡が霞のぶんの紅茶を淹れ、ソファに着席させる。

 

話を聞くうちに落ち着きを取り戻した霞は紅茶に角砂糖を入れた。

「結局のところ、君の忠告が正しかったということだな」

「当たり前よ。で、営倉でおとなしくなってるの?」
 
比叡が肩をすくめる。

「壁に向かって謝ってました」

舌打ちする霞。
紅茶を飲み干して、提督が話を再開する。

「さて、大井はいいとして、問題は北上だ」

「ずいぶんショックを受けたようでしたからね」

「山城は北上を危険視している。しかし北上にその記憶はない。もし山城の言うとおり北上が危険人物であれば監視する必要がある。
 一方、現状では精神が非常に不安定で、サポートが必要だろう」

そこでだ、と提督は羽黒へ視線を遣った。

「羽黒、北上についてくれないか」

「は、はい!」

「監視とサポート、大変だと思うが頼む」

「がっ頑張ります」

そして、昼食のために解散となった。

 

93.

食堂。

「隣、いい」

「ああ、霞」「どぞ」

綾波と敷波の隣に霞が座る。

「出張は明日からに決まったわ」

トンカツにソースをかけながら、霞。
ふたりは少し驚いて顔を見合わせた。

「急になってしまってすまない、って言ってたわ。軍隊だからしかたないけど、まったくもってクズね」

「ま、いつかいつかと引き延ばされるのもめんどいし」

肩をすくめる敷波。
綾波も苦笑する。

「そんなものだね。準備も大変じゃないし、大丈夫だよ」

「それはよかったわ。昼からはふたりは荷造りして」

「みんなはどうするの?」

「残りのメンツは砲雷武術の鍛錬。午前中の演習ができなかったから代わりにね」

「いいなあ」

「綾波はほんとに訓練好きだね……」

「えー楽しいよ」

食堂の別のテーブルでは天龍と龍田のところに羽黒が寄っていた。

「すいません、おふたりにお願いがあるんですが……」

「おお、なんだ?」

「あの、午後からの鍛錬で、北上さんの世話をみてほしいんです」

「オレが先生役ってか! いいところに目を付けたな!」

「いいわよ~?」

「おう、任せとけ!」

「ありがとうございます」

「羽黒さんも一緒なの~?」

「ええ、お願いします。駆逐艦は比叡さんとやってもらいます」

「了解よ~」

もう一度礼を言って立ち去ろうとした羽黒に龍田がこそりと話しかける。

「重雷装巡洋艦じゃなくて、軽巡洋艦なのよね~?」

「あ、はい。そう、です……え?」

「轟沈する前の北上は重雷装巡洋艦だったって聞いたわ~? どういうことなのかしら~」

「それは、あれ? おかしいですね、ち、ちょっと、司令官さんに話してきますっ」

羽黒は慌ただしく食堂を出ていった。

遅くなってすまん 今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

94.

「着替えと書類と、あとなんだ。切符か」

出張の荷物を確認していた提督のところへ、羽黒が駆け込んでくる。

「あ、あのっ失礼します!」

「すまん羽黒。ちょっと事務から切符をもらってきてくれないか」

「はい! あっいえ、あの、お話があって……」

「ん? そうなのか。じゃあ事務へ行こう。歩きながら話そう」

提督と羽黒が廊下へ出ると、

「ひゃあっ」

潮が派手に後ろへ転んでいた。
提督が助け起こす。

「どうした潮。だいじょうぶか」

「すっすいません。あの、今お時間よろしいでしょうかっ?」

「潮もか。急ぎの用か? ちょっと今立て込んでてな」

「あ、えぇっと、その、あ、じゃあ……」

「うん。また後で頼む。すまん」

羽黒も会釈して、足早に廊下を行く提督を追った。
潮は小さくため息をついて、

「夜にしよう……」

きびすを返した。
 

一方、提督と羽黒。
廊下を歩き、階段を下りる。

「それで、話とはなんだ? 羽黒」

「ええとですね、はい、北上さんのことなんですが」

「なにか問題が?」

「いえ、その、龍田さんに言われて気付いたんですが、いまの北上さんって軽巡洋艦なんですよ」

「そうだな」

「それでですね、私の知っている北上さんは、重雷装巡洋艦だったんです。大井さんと同じように」

提督が足を止めて羽黒を振り返った。
真剣な表情である。

「北上が同一人物でない、ということか」

「その可能性が高い、と思いまして」
 

提督は再び歩き出した。

「艦娘の改造は不可逆的だ。北上は同一人物ではないと考えるのが自然だな」

「はい。そうであれば、今の北上さんに対する監視も、記憶恢復の措置も必要なくなります」

「しかし艦娘に関してはわかっていることが多くない。もしかすると、改造された艦娘が元に戻ることがあるかもしれない。
 そのことを考えに入れれば、まだ断定は出来ない。中央で確認すべき項目に追加、と言いたいんだな」

考えていたことを整理して述べられて、羽黒は内心驚きながら首肯した。

「わかった。それじゃあ羽黒は、主にサポートとしてやはり北上についてくれ。記憶などについて計らう必要は無い」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「いや報告してくれて感謝する。もう行っていいぞ」

返事をして羽黒が北上の部屋へ向かった。
提督はそのまま事務室で切符を受け取り、提督室に戻った。
 

紙煙草を取り出し、火をつける。

「ふむ……艦種か……。ならばやはりあの北上はドロップ艦か」

灰を落としながら机上のお守りに目をやった。

「海難者が御魂に適合した場合に製造される"天然"の艦娘、か。君もそうだったな」

現在に至るまで、主に深海棲艦による海難事故は頻発し、慢性化している。
ドロップ艦というのは、その被害者のうち艦艇の御魂が適合反応を示して出来上がる艦娘と言われている。
彼女らには以前の記憶も容姿の痕跡もほとんどなく、憑依した御魂が性格を決定しているという。

「……腹減ったな」

出張の準備に追われて昼食をすっかり忘れていた。
事務が電話したとかなんとか言っていたのはこのことだったか、と思い至る。
中央では同僚になにか美味いものを奢らせてやる。
提督はにやりとし、

「土産に酒でも持ってくか……」

旅行鞄の容量に不安を感じるのだった。
 

95.

「艦種のことを鑑みるに、今の北上と前の北上は同一人物ではないという公算が高い、と」

「司令官さんもそう言っていました」

霞は羽黒の部屋にいた。
羽黒は眠たそうにしている。

「じゃあ結局、前の北上ってのはやっぱり敷波に沈められた、と。チッ」

「どうしたんですか?」

「綾波がそれを認めるかしらと思ってね」

「綾波ちゃんが?」

「あいつ、きっと北上が生きていたなら敷波の罪は軽くなるとか考えてるわよ、きっと」

「ちょっと考えていたんですが、やっぱり敷波ちゃんに罪はないんじゃないですか?」

「どういうことよ」

「もし山城さんの言うとおり、北上さんが山城さんを撃ったなら、北上さんは裏切り者ということになります。
 敷波ちゃんがたとえ北上さんを撃っても、処罰の範疇なんじゃないでしょうか」

「さすがに敷波が北上を処罰するのはムリあるでしょ」

「では、あくまで正当防衛では」

「……そう、ね。その余地はあるわね」

「でもそれなら、どうして敷波ちゃんはそう言わないんでしょうか」

霞は肩をすくた。
軽くため息をひとつ。

「で、北上の様子はどうだったのよ」

「気丈に振舞っていました。龍田さんに見てもらいましたから訓練も順調です」

「あいつも災難ね。ん、もう消灯時間か。邪魔したわね」

「おやすみなさい、霞ちゃん」

「おやすみ」
 

96.

「ふひゃっ!」

潮はガタンとその身を揺らして目を覚ました。
自室の机に突っ伏して寝ていたのだった。

「あ…ねちゃってた」

よだれを拭い、机上の時計を見る。
仰天した。

「もっもうこんな時間!」

午後の演習でくたくたになって、夕食のあとに眠り込んでしまったらしい。
提督室を訪れる予定だったのに、もう消灯時間を過ぎている。
潮は脱力した。

「……しまったぁ、提督の出発時間、いつだろ…」

潮の用件は、引き出しの中の一冊のノートである。
取り出す。
その表紙には、簡素に「日誌・北上」とだけ記されている。

「これが、なにかの役に立つか…わからないけど……」

もうずっと開かれていないその日誌を、潮は撫でた。

「でも、忘れてません。北上さん……」

在りし日を思い返す潮の目尻には、涙が光っていた。


 

今日は以上 レスサンクス 一月もかかってすまない

乙!おかえり


完走完結してくれれば俺らは満足、この上ないが、それが逆に基本ともしているのが大半だからな
エタらないでくれていて本当にありがたいよ

乙です

乙。1月くらい問題ない

乙です

97.

「では、留守を頼む」

「はい」

早朝。
車に乗り込む提督は羽黒と最後の確認を済ませた。
後部座席にはすでに綾波と敷波が座っている。

「出してくれ」

「お気をつけて」

「いってきます」「いってきまーす」

車が発進する。
羽黒が綾波と敷波に手を振り返していると、

「てい、とくっ……あぁ、おそかった……」

潮が走ってきて、去り行く車両を見て肩を落とした。

「おはようございます、潮ちゃん。どうしたんですか?」

「あっおっおはようございます。い、いえっ、なんでもありません」

潮はとぼとぼと戻っていった。
首を傾げていた羽黒も、執務のためにその場を後にした。
 

送ってくれた無線班に別れを告げて、提督らは列車に乗り換えた。

「ほら。荷物載せるよ」

自分の旅行鞄を網棚に上げて、提督は綾波と敷波の鞄も同様にする。
綾波が「お先に失礼します」と丁寧に座り、敷波がその対面に腰をおろした。

「あとは数時間、揺られるだけだ。好きにしていていい。問題を起こさないよう注意してくれ」

二人は了解と返事した。
ベルが鳴り響き、そして発車した。

車内にはひとが多い。
深海棲艦による襲撃で国内は慢性的なエネルギー不足であり、交通手段が限られているからだ。
提督は足を綾波の隣に投げ出して、帽子を深く被り眠っているようだった。
綾波と敷波は流れていく景色を眺めながらおしゃべりしている。

「陸から海を見るのはなんか妙な気分だねぇ」

「そうだね。水平線が遠く見える」

「昔、一緒に海水浴にいったことがあったよね。あのとき、クラゲに刺されてから敷波はだいぶ長いこと海を怖がってた」

「そんなことあったっけぇ?」

「懐かしいな。あの頃はまだ深海棲艦もいなくて……」

「思い出した、綾波が砂浜で転んでアイス落として泣いてた」

「えーっそんなのないよう」
 

「あったよ。チョコミントのアイスだったでしょ。あの頃の綾波はああいうド派手な色合いのが好きだったよね」

「小さい頃ってみんなああいう感じのがなんか好きになるじゃない」

「そうかなぁ」

「敷波はどんなのが好きだったっけ」

「あたしは、どうだろ、バニラとかじゃない?」

「バニラってさ、アイスのときにはほとんど香りしないよね」

「あたしバニラってミルク味のことだと思ってたもん」

ふたりはくすくすと笑いあった。

「なんかアイス食べたくなってきた」

「綾波も」

「向こうに着いたら食べられるかなー」

「喫茶店とかあったらあるかも」

「あったら司令官にご馳走してもらおうよ」

「えぇ、いいのかなぁ」
 

「司令官ってお金持ちでしょきっと」

「そ、そうかもしれないけどぉ……」

「じゃああたしだけ奢ってもらお」

「ち、ちょっと、ずーるーいーよぉっ」

「残念ながら大した高給取りではないぞ。アイスくらいなら奢るにやぶさかではないが」

帽子を元の位置に戻しながらそう言った提督に二人は仰天した。

「しっ司令官!?」

「起きてたのかよぉ!」

「さっき起きたんだ」

提督は足を下ろすと伸びをした。
綾波は恥ずかしそうに、敷波は後ろめたそうに、景色に目を遣る。

「まだこんな時間か。そんなに寝てないな」

懐中時計を仕舞って、提督は立ち上がった。

「どっか行くの?」

「デッキで煙草吸ってくる」

「あたしもいく」

提督は怪訝そうだったが、「そうか」とだけ言った。
 

98.

「潮。おはよう」

「あっ霞ちゃん、おはよう」

「何。えらく早いわね」

「提督に渡したいものがあって……。でも、間に合わなかったんだ」

「渡したいもの? 緊急なの」

「えっううん、そういうんじゃ、なくて……」

霞は鼻を鳴らした。

「個人的なものなのね。詮索して悪かったわ」

「え――あッ? そそそそうじゃないよ! こっこれなんだけど」

頬を染めて潮はノートを霞に提示した。
霞は眉根を寄せて表紙に書いてある文字を読んで、それからそのまま潮を睨んだ。

「何よこれ」

「北上さん――前の北上さんの、日誌です」

「冗談、じゃないのよね。ちょっと、あたしの部屋いくわよ」

「うっうん」

二人は場所を移した。
 

がちゃり、と霞は自室の鍵を閉めた。
潮が不安そうな顔をする。

「潮、あんたこれ見たの」

「ううん」

「……ひとの日誌を勝手に読むなんて、ってことか。義理堅いわねぇ」

ローテーブルを挟んで座り、ノートは卓上に置く。

「ていうか、どうしてこれをあんたが持ってんの」

「その……北上さんが出撃する前に、預かったの。どうして、私に預けたのか、わからないけれど……」

それからずっと潮は日誌を保管していたのだという。
今の北上が発見されてから、返却しようかとも思ったが、別人なのか記憶喪失なのか判断できずに保留していた。
だが黙っていることもできずに提督に託そうと考えたのだ。

「北上はどうやら別人ということに決着しそうよ」

「そうなの?」

「だから、これは見ても問題ないということ。確認するわよ」

「えっえっ」

霞がなかば強引に日誌を開いた。
躊躇いながら、潮も目を通す。
読み進める。

「……え?」

潮は両手を口に当てた。
霞は愕然としている。

「なによ、これ……」
 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です


これは凄く続きが気になる所で次回へですか

焦らしプレイはつらいのぅ……

99.

景色が左右から奥へと流れていく。
提督と敷波は最後尾の車両のデッキにいた。

「おおーすごいなー」

紙煙草に火を点けて、提督は車両にもたれかかる。

「あたし達の速度とどっちが速いかな」

「んー。短時間なら君たちのほうが速いだろうけど、長時間となると列車じゃないか」

「そうなんだ」

敷波は黙り込んだ。
言わないといけないことがたくさんある気がした。
何から話せばいいのかわからなくて、何も言えなかった。

提督も何も言わずに煙を吹かし続けた。
しばらくして、口を開く。

「敷波」

「なにさ」

「鎮守府に帰ったら、また紅茶を飲みにくるといい」
 

敷波はくすぐったそうに笑った。

「なにその言い方。えらそう」

「そうか。じゃあ来てくれないか。頼む」

とうとう敷波は噴き出した。

「そこまで言われちゃ仕方ないなぁ」

「忘れるなよ」

相好を崩した提督が、煙草を携帯灰皿に入れる。

「そろそろ戻ろう」

「そうだね。綾波も待たせてるしね」

戻ると、綾波はなぜかお菓子を膝にたくさん乗せていた。

「なにそれ?」

「あの、頂いちゃって」

綾波の視線を追って隣のボックスシートを見ると、老夫婦がにこにこしている。
 

「お嬢ちゃんにもあげましょうね」

優しげにお菓子を差し出されて、敷波は戸惑いながらも受け取り、礼を言う。
敷波と提督はシートに腰をおろし、

「ありがとうございます」

と提督が隣に改めて礼を言うと、

「可愛い娘さんですねぇ。家族旅行ですか?」

と目を細めて問われた。
ええまあ、そんなところですと提督が笑顔で返すと、婦人はいいですねぇとますます嬉しそうだ。

「ねえ……」

敷波に裾を引っ張られて提督は振り返り、

「ああ、食べていいよ。ぜひ頂きなさい」

「え、あ、うん」

提督は老夫婦としばし談笑していた。
そして途中の都市の駅で降車していった。
 

多くの乗客がその駅で降りたので、車内はすっかり広々とした。

「なんで嘘ついたのさ」

黙々とお菓子を食べていた敷波が口を開いた。
綾波も同じ疑問を抱いていたようだった。

「うん。まあそんな大した理由じゃない」

水筒を取り出して喉を潤す提督。

「艦娘っていうのは社会的にはかなりデリケートな存在だ。
 戦争のための武力を放棄したこの国が、深海棲艦という化け物と戦うために保持している少年兵部隊だからな。
 あのくらいのひとたちが若かった頃、艦娘の反対運動はもっとも盛んだった。無用な面倒は避けたいんだ」

「そうなんですか……」

「知らなかった」

「そういうこともあって、あまり君たちを鎮守府の外に出さないからな。
 鎮守府によってはお祭りとかで地元に理解を求めようとするところもあるが」

それはそれでめんどくさそうだ、と敷波は思ったが何も言わなかった。

「なんだか、複雑な気持ちですね」

もらったお菓子を見つめる綾波。

「すまん。あのひとたちの好意は本物だ。それは間違いない。だから、気にしないでいい」

提督の台詞に、綾波はそうですよね、と微笑んだのだった。

 

100.

【日誌・北上】抜粋



**/**/**

(…)また右腕が攣ったみたいになった。一週間経っても治らない。入渠しても治らないなんて、おかしい。(…)





**/**/**

(…)どんどん右手が言うことをきかなくなってきてる。みんなにはごまかせてるけど、演習や出撃では右手を使わないようにするので精一杯だ。(…)





**/**/**

(…)たった今ペンを折ってしまった。なにかを壊したくて仕方ない。戦闘では右手に任せることでちょっとすっきりする。(…)





**/**/**

(…)大井っちがしんぱい してくれ るけど、いまちかづかれ る と キズつけ るからだめだ(…)

 

**/**/**

(…)へやがめ ちゃくちゃ かくすのにひっし もうこわすも のがない    こわしたい





**/**/**

こわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたいこわしたい





**/**/**

しんかいせいかんをころすのがきもちい い もっところ し たい






--/--/--
 
もう         できな               を         たい
    がま ん        い      なかま    ■■■


  だ     そのときは     し を           も■       な きゃ
    めだ          あた     こ■   して      わ







--/--/--


おおいっち  ごめん




 

今日は以上 レスサンクス


ここに来てスレタイか……

乙です

乙です



北上(故)と同様の症状になりつつある艦娘がいるんですが……

101.崩壊

「あー着いた着いた」

駅舎から出てきて敷波がうんと伸びをした。

「うん。疲れたな」

綾波の隣で提督がぐるりと肩を回す。

「それで、ここからどうするんですか?」

「うん。同僚が迎えに来てくれてるはずなんだが……」

「綾波と敷波キタコレ!」

甲高い声が耳に飛び込んできた。
思わずそちらを見る。

「あっ漣」「おー」

「長旅お疲れ様でした! 綾波型駆逐艦、漣でっす」

漣は提督に向けて可愛らしく敬礼した。
彼も答礼する。
 

「出迎え感謝する。あいつは?」

「ご主人様なら、あれ? さっきまでそこに――」

「ねえ、ちょっとでいいからさ、あっちのほうにお洒落なカフェがあって、ね、ご馳走するよ」

「ご主人様?」

女性に声をかけていた男に漣は声をかけた。
男は、げっ、といいながら振り返る。

「調子に乗ってると、ぶっとばしますよ♪」

満面の笑みの漣に、げんなりした様子の男。この男こそが提督の同僚である。
声をかけられていた女性はそそくさと逃げていった。

「やあやあ、やっと来たねニコちゃん」

へらへらと制帽を挙げて挨拶されて、提督はぶっきらぼうに睨んだ。

「相変わらずの伊達男っぷりだなクジラ」

「その呼び名も久方ぶりだァ」

「まったくだ」

そう言って拳をぶつけ合うと、男たちはげらげらと笑い出した。
綾波と敷波が困惑し、漣が肩をすくめる。
 

一行は公用車に乗りこんだ。

「そんじゃ出発しんこーう!」

「安全運転してくださいね、ご主人様」

「アイサー」

同僚の運転で車は動き出す。
後部座席の敷波が口を開いた。

「司令官、さっきの何?」

「え?」

「ニコちゃんって」

「なんだかかわいいですね」

綾波が呟いて、同僚は爆笑した。

「こいつチョー煙草吸うでしょ。だからニコチンちゃん略してニコちゃんなの。ウケルー!」

「じゃ、ご主人様はどうしてクジラ?」

「この野郎はとんでもなく大酒飲みだからな。鯨飲ってことで」

「なんだそりゃ」

「仲いいんですねぇ」

「とんでもない」「ありえない」

男ふたりは真顔で同時に吐き捨てたのだった。
 

102.

「はー。これが中央かぁ」

「すごいね。人も車も電車もいっぱいだ」

車窓から外の様子を眺めながら敷波と綾波が感想を洩らす。
漣は口笛を吹いていた。

「妖精との面談予定は明日だから、今日はとッてもステキなところ連れてっちゃうぞ☆」

「ご主人様キモい」

「どこへ行くんだ」

「着いてからのお楽しみ~だよん」

そうして到着し、一行は下車した。

「陸……陸上護衛部隊だと」

錆びたプレートを読んで提督は瞠目した。
同僚はヒヒヒと笑う。

「聞いたことあるだろ? 首都機能を防衛する熟練の艦娘部隊だ」

「ああ。だが、まさか中には入れないだろ」

「普通は無理だ。だっけっどー、今回は特別にねじこんじゃいました!」

「ホント無理を通せば道理が引っ込む、交渉ともいえないような交渉でしたけどね」

「イエスと言わせちまえばこっちのもんだぜぇ。といっても庁舎内は入れないけど。外側をぐるっと回るだけ」

「なーんだ」

敷波がそう言ったとき、横から声がした。
さっきまで誰もいなかった場所からだった。

「施設見学を申し込まれていた方ですね」
 

「わあ!」「ひゃあっ」

敷波と綾波が喫驚する。
少女がひとり立っていた。艤装を見るにどうやら駆逐艦らしい。
だが、その姿は異様だった。
頭巾のような仮面のようなもので頭部を覆い隠しているのだ。

「そうでーす。キミが案内してくれる子?」

「はい。私が案内いたします」

「なんで隠してんの? カワイイお顔が見たいなー」

「規則ですので」

にべもない対応にも同僚はへらへらと笑うのみである。

「ではこちらへ。私のそばから離れること、録画録音等の記録、通話・艦間通信は禁じられています。質問があれば随時どうぞ」

そう言ってそっけなく少女は歩き出した。
制服も、見たことのない無個性なものだった。

「君は駆逐艦? 何型なんだ」

「明かせません。これも規則です」

提督の問いに少女は振り返ることすらしない。
同僚がにやにやし、漣に小突かれる。
 

「こちらが本部庁です。作戦指揮室や会議室、資料室、それから事務室などがあります」

少女が手早く敷地内を巡り、説明する。

「こちらは食堂です。手前が艦娘用。あちらは訓練や実験のための施設」

「この奥には工廠がありますが、見学はできません」

そしてまた正門に戻ってきた。
時間にして30分ほどである。実に簡素な見学だった。

「以上になります」

「基本的に鎮守府と同じような作りなんだな。君たちは海上に出ることもあるんだよな」

「はい」

「そうか」

提督がそれ以上なにも言えなくなると、少女は、

「それではお引き取りください」

とだけ言った。
そのとき、エンジン音とともに大量の二輪車と四輪車が構内に進入してきた。
どれも運転している者は、案内してくれた少女と同じような頭巾を被っている。

「なん、だ、これっ」

動揺している一行を気にも留めず、少女は淡々と答えた。

「機械化歩兵部隊です。陸上でも海上と同等の機動力を有します。迅速に移動・展開・制圧を行なえます」

「ほお。陸軍のやり方を取り入れてるのか」

「キミも運転できるの? 僕とドライブにいこっか~?」

「我々は全員、二輪と四輪の運転が可能です。提案された件は辞退させていただきます」
 

「君たちが個人の判別をできないようにしているのも、戦略的な措置なんだな」

「その通りです。戦闘能力や戦術を容易に悟らせないための迷彩です。たとえ知っていても無関係に効力を発揮します」

「確かに効果はあるな。採用してもいいな」

「えー、なんかヤだ」

敷波がぶうたれた。
なぜ? と提督が尋ねる。

「だってさー、なんか、機械みたいになっちゃうじゃん、あたしたち」

そう言った敷波に、少女が向き直った。

「それでは敵に情報を与え、対策され、撃破されてしまいます。任務遂行できなくともよいと?」

「え……や、そーじゃないけどさぁ」

「ま、まぁまぁ敷波」

不満そうな敷波を綾波が執り成す。
提督が敬礼する。

「案内、感謝する。時間をとらせた」

「いいえ。不備等あればご容赦の程を。では」

「ああ」

少女の完璧な答礼。
同僚も帽子をひらひらさせた。

「じゃあね~カワイ子ちゃん」

一行は再び車に乗りこんだ。
 

103.

その夜。

「まさか陸上護衛部隊を見学できるとは思わなかった」

「ヘッヘッヘ。サプライズ! せっかく中央まで来たんだから、ちっとは楽しいコトねェとな!」

提督と同僚は居酒屋のカウンターに並んで杯を傾けていた。
綾波と敷波は外来者用の宿舎である。

「ああ、なかなか楽しかった」

思い返しながら提督は紙煙草を取り出す。
同僚がマッチ箱を置いた。

「助かる」

「いいってことよ」

火をつけて煙を吸い込み、提督はマッチ箱を懐に仕舞う。
それを横目で確認しながら杯を空にする同僚。

「そ・れ・と・も~? オンナノコがたくさんいるトコのほうがもっと楽しかったかなァニコちゃんは!」

「女なら艦娘だけで十分だ」

「手ェ出せないだろ? ちったぁ女遊びしろよ~」

「そんなだからお前は鎮守府勤務にならないんだよエロクジラ」

「ちがいますー第一だけじゃなくて第二艦隊まで持ってますーニコちゃんみたいに艦娘に手出してないですー」

「出しとらんわ阿呆」

「艦娘と夜戦ってか! ギャハハハ!」

「うるせえぞ」
 

「もっと飲めよ~ニコちゃん!」

「もう飲めねえよクジラ」

二人が勘定を済ませたのは日付が変わってからだった。




あてがわれた個室に帰ってから、提督はマッチ箱を取り出した。
スライドさせて逆さに向け、ぽんと叩く。
外れた厚紙の次に、折り畳まれた紙片が落ちた。
紙片を広げる提督。

「……やっぱりか……」

提督はひとり、そう呟いたのだった。

 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

きてたか、乙

104.

「あれ。司令官、おはよ」「おはようございます」

「ん。ああ、おはよう」

早朝。
ロビーの隅の喫煙所で煙草を服んでいた提督は、顔をしかめた。

「司令官、体調よくないんですか?」

「なんか顔色わるいよ」

「いや。昨夜、呑みすぎただけだ。あとあまり眠れなかった。二人は大丈夫だったか?」

「うーん、やっぱり疲れてたからかなぁ、すぐ寝たと思う」

「綾波も特に困りませんでした」

「そうか。それで、こんな早くからどこに行くんだ」

「ええ、せっかくだからちょっと散歩しようって」

「そういうことか。迷子にならないように、それから立入禁止区域に気を付けてな」

「はい」「はーい」

綾波と敷波が並んで出ていく。
提督はもう一本、紙煙草に火を点けた。

「さて、どうするか……」

灰に変わっていく葉を見ながら提督は思案を巡らすのだった。
 

105.

「今度の休みに、街の喫茶店にでもいきません?」

「いいねー」

「新作のメロンのシャーベットが美味しいらしいんですよ」

「へえー。冷たくて、美味しそうだね」

大井はくすくすと笑った。

「きっと美味しいですよ。ああ楽しみ!」

「そだねー。早く休みにならないかなー」

頬杖をつく北上は窓の外を見やる。

「暑くなってきたねぇ」

「もうすぐ夏ですよ」

「暑いのはやだなぁ。シャーベット食べたい」

「うふふ。食べに行きましょう、北上さん」

「うん、行こうねー大井っち」

砲撃音。
北上が肉片を撒き散らして海面に倒れた。
 

「北、上さん、……っ?」

「ねえ、大井っち。どうしてあたしを助けてくれなかったの」

へたりこむ大井の後ろで北上が囁く。

「海の中は冷たくて、暗くて、恐かったよ」

「ご……ごめんなさ……」

「さびしいなぁ大井っち。あたしを見殺しにするなんて」

「ち、ちが……わた、わたしは」

「大井っちがあたしを殺したんだ。大井っちがあたしを殺したんだよ」

大井が銃口から煙を上げる手元の単装砲を絶望的な表情で見下ろした。
口元から血をこぼしながら北上が沈んでいく。

「きっ北上さんっ北上さん北上さぁん!」

駆け寄って北上に手を伸ばす。
その手が、

「ね。大井っち」

がしりと北上に掴まれた。

「シャーベット食べに行こうよ」
 

ずぶずぶと。
血の海へと沈んでいく。引きずり込まれていく。

「あ、あああ、あああああああああっ!」

ぞぶりと。
海中に没する。
海の中は我々の世界ではない。

「ぃや、いやぁっ! いやァーッ!」

にやにやと。
たくさん、嗤っている。
大井の体に取り付き、ばらばらにしてしまう。

なんだこれは。

大井は営倉で髪を掻き毟った。
声が聞こえる。
ずっと、声が聞こえている。

グズ。
ゴミ。
お前なんて生きていても仕方ない。
死んだほうがましだ。
カス。
くたばれ。
馬鹿じゃねえの。
気持ち悪いんだよ。

「…るさい」

何もできないくせに。
無意味。
ボケ。
消えちまえ。
糞。
苛苛するんだよ。

「……うるさい。うるさい。うるさい! ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

大井は絶叫しながら檻を殴り、噛みつき、激しく揺さぶった。
そんな大井を、北上が黙って見ていた。
 

106.

提督と綾波、敷波が、同僚との待ち合わせ場所に向かって敷地を歩いていると、

「っ」

敷波がなにかに反応した。
綾波も気づく。提督は一瞬だけ眉をひそめた。

「む。お前か。視察以来だな、元気でやっているか」

庁舎の玄関先で部下といたのはいつぞやの中将である。
提督は背筋を伸ばして敬礼する。

「は。ご無沙汰しております。おかげさまで」

「そうか。その調子で励め」

部下に指示して去らせて、中将は提督に向き直った。
敷波がじり、と後じさりする。

「お前が中央に来ることは聞いていた。妖精と会うのだろう?」

「はい。艦隊運用を改善するためです」

「ふん。好きにしろ。だが忘れるな。あそこはお前の場所ではない」

「………」

提督が黙っていると、

「おやおや。これはこれは中将殿ではありませぬか。ご機嫌いかがかな?」

剣呑な目つきをした軍人が話しかけてきた。
 

その制服を見て、憲兵か、と提督は目をわずかに見開いた。

「今、最悪の気分になったところだ。狗風情がなぜここをうろつく」

嫌悪感を剥き出しにして対応する中将。
憲兵は獰猛に笑った。

「言葉には気を付けるべきですな。出る埃は少ないほうがよいでしょう」

「狗ごときがつけあがるなよ。野良犬根性が透けて見えるぞ」

「残念ながら今回の相手はこちらでしてな。中将殿の相手はまたいずれ」

「近寄らないよう気を配れ。どぶ臭い」

中将はそう吐き捨てて屋内へと消えていった。

「さて。改めて、お初にお目にかかりますな。今日は小官が面談の護衛を務める」

こちらを睨みながら敬礼する憲兵。どうやら鋭い目つきは平常らしい。
提督も少し驚きながらも答礼する。

「ああ。よろしくお願いする」
 

「おっ揃ってるな! おっはー!」「おはらっきー☆」

そこに、同僚と漣が現れた。

「そんじゃ早速、妖精さんとの面談にれっつらごー!」「イェーイ!」

「ではこちらへ」

憲兵が手回しよく回してきていた軍用車を指示する。
同僚と漣のコンビは遠慮なく騒ぎながら乗り込んだ。

「のりこめー」「わぁい^^」

「朝からうるせえな……」

「ふふ、にぎやかでいいじゃないですか、司令官」

「そうか?」

「そうですよ」

提督は助手席の扉を開け、嬉しそうな綾波と、敷波が同僚コンビに続く。
憲兵が運転席に座ってエンジンをかけた。

 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

107.

憲兵が車を止めたのは郊外の小さな喫茶店だった。

「小官はここで待機している」

と彼が言ったので、憲兵を車に残し、

「さて、俺とニコちゃんはこの喫茶店に入るが、子供は外で遊んでなさい」

下車した同僚がにやにやと告げた。

「え?」「なんでさ」

戸惑う綾波と敷波に提督が詫びる。

「じゃっ、あっちのショッピングモールでもいっちゃいますか~!」

「うん。漣に案内してもらってくれ」

渋渋、といった感じの二人を漣に託し、提督は同僚と入店した。
同僚が何事かを店員に告げると、奥のせまい席へと案内された。
 

「パンケーキセットうまそお」

「ここに妖精が来るのか?」

「あー? うんそうそう。ニコちゃんなんか喰う?」

「いらねえよ。朝飯食ったばっかだろうが」

「スイーツは別腹だよぅ! ぷんぷん」

「気持ち悪いからやめろ。なんでこんな場所で面談するんだ」

「妖精サンの指定だよ。この席なら誰にも見られないしそうそう声も聞こえない」

「そうなのか」

確かにこの席は奥まっており、壁と観葉植物やインテリアで他の席からは見えないようになっている。
用意周到なことだ、と提督は思った。
注文を済ませて、提督が、本当に同僚がパンケーキを頼んだことをつっこもうとした時だった。


「――お待たせしたかな」


「え――」

長い髪の美人が、着席していた。
向かい合う提督と同僚とは直角に対する場所に、いつの間にか背の高い椅子に座っていた。

「いやァー時間ぴったりだぜェ、妖精サン」
 

「あんたが……妖、精?」

美人は提督をじっと見つめた。
神秘的な雰囲気。
提督は何も言えなくなってしまう。

「そうだよん。びっくりするだろ?」

「あ、ああ。工廠の小人は妖精の本体じゃないとは聞いていたが……」

「まさかこんな美人さんとは、ってかァ!?」

同僚がげらげら笑うと、妖精はふふふと笑みを漏らした。

「あの可愛らしいのは、いうなればプログラムを走らせるアプリケーションに過ぎないからね。
 といっても、この姿も仮初めのものなのだがな」

そこで店員が提督に紅茶を、同僚にパンケーキとコーヒーを運んできた。

「では改めて挨拶を。我我は君たちが呼ぶところの妖精。以後よろしく」
 

「こいつが面談希望の提督だ」

「おいっ」

あまりにぞんざいな同僚の紹介に抗議しようとする提督を、妖精が笑って制す。

「かまわないんだ。我我は君のことをよく知っている。我我と君は、本当は知己なのだよ」

「どういうことだ?」

「君の鎮守府にもあの小人らがいるだろう。あれらもまた、我我の一部だからね」

同僚がパンケーキにとろりとシロップを垂らす。

「さっき、あれらをアプリケーションといったろう。そこからフィードバックを受けていると思ってくれればいいよ」

「じゃあ、」

「そう! こいつはどこの鎮守府のこともよおく知ってるってこったァ」

提督は納得したような感嘆したような声を出した。
どこから出したのか、妖精は美麗なカップを傾ける。

「ということは、俺が相談したいこともわかっている、と?」

「そうじゃないさ。我我は確かに君たちより多くのことを知っているが、全知ではない。
 君の疑問は口に出してもらわなければわからない」

「だがその背景は説明する必要がない」

ということか、と言う提督に妖精は頷く。
 

「便利だな」

「我我は君たち人間にとっていつも便利であったろう」

妖精はくふふふと含み笑いした。

「ニコちゃんそろそろ本題に入ろうぜ」

ぱくぱくとパンケーキを平らげる同僚が提督を促した。

「わかってる。質問は簡単に言うとふたつだ。
 ひとつは、大井を元に戻すことはできるか。もうひとつは、北上は改造前に戻っている可能性はあるか」

妖精は何も反応せずに、いつの間にか持っていたティーポットからカップへ注ぐ。
中空から角砂糖を取り出し、ティースプーンでかき混ぜる。

「いいのだな?」

「あァ」

妖精と同僚が短くやり取りし、妖精は提督へ顔を向けた。
そして訊くのだ。




「――"深海の呼び声"を、知っているかね」




 

今日は以上 レスサンクス

ついにラスボス登場か

乙です

乙です


ついにスレタイ回収か

108.

「ああもう鬱陶しいわね!」

曙は自室で罵った。
小さな羽虫がどこからともなく湧いているのだ。

「もお、うっざい!」

丸めた新聞紙で叩いて、叩いて、叩いても、きりがない。
床や壁には汚いしみがいくつもいくつもできる。

「っ」

右二の腕にこそばゆいような感触。
蜘蛛だ。
曙は声も上げられずにそれを払い落とした。

「気ッ持ち悪いのよッ!」

下を見る。
曙は絶句した。
多数の脚を持つ長い虫が、うぞうぞうぞと群がってきていた。

「なんっ――なのよッキモい!」

慌ててその場から離れようとするが、口の中で舌が異物を感知した。
ざわりと。

「ぇげえっ!」

頭で理解するより早く体が反応した。
朝食だったものが口からびちゃびちゃと床へ落ちる。
吐瀉物のなかに、

うねうねと、

蠢く、

何匹もの虫を見て、

「っ! うぷっ! おえぇぇっ」

床に膝と手をつき、曙は胃の中身をぶち撒けた。

109.

「君のことを少し調べた。艦娘を大事にしているようだね」

「ああ」

提督は怪訝そうにしながらも首肯する。

「なぜ?」

「なぜ、って……。彼女たちは深海棲艦に対抗し得る唯一の存在、艦娘を失うことは人類の矢が折れることを意味する」

「だから、人類のために艦娘を大事にする」

「そうだ。それに、彼女たちも兵士とはいえ実際には小さな女の子たちだ。少しでも負荷を減らしてあげるべきだろう?」

それには答えずに妖精はカップを置いた。

「ところで、上層部の艦娘に対する扱いを君はどう思う?」

「上層部からすれば兵卒が駒に見えるのは仕方のないことだ。だが、俺たちはその命を預かってる。
 それを蔑ろにすることには断固反対だ。それは提督として当然のことだ」

「艦娘を消耗品だと思うか?」

「そんなわけがない。彼女たちは生きてるんだ。ひとりの人間なんだ。銃弾とは違う」

同僚がパンケーキを完食してため息をついた。

「くふふ。君はほんとうに善い人だな」

「ニコちゃん優しすぎィーッ!」

「うるせえぞクジラ。で、深海の呼び声とは何だ」

「そうだね。まずはひとつめの問いからだ。あるとき、君たち人間は艦娘が平常ではない状態になることに気付いた。
 頭痛や手足の痺れといった軽度のものから、幻覚や妄想などの症状まで見られた」

「それが?」

「そう。こういった状態のことを、軍上層部は"深海の呼び声"と呼んでいる」

「それは艦娘に特有の病気ということか?」

「正常な状態から遷移した問題を孕む異常状態という意味ならば、その通りだね」

「それで、それは治るのか?」

「ああ、安心してくれ」

「方法は?」

問いつめるような提督を虹色の瞳で見つめて、妖精はくふりと笑った。

「退役だよ」

110.

『敵艦隊の接近を感知!』

警報が鎮守府に響き渡る。
潮と挟み将棋をしていた霞が椅子を蹴立てて立ち上がる。

「ちッ! このタイミングで!」

潮もわたわたとしながら席を立つ。

「か、霞ちゃん、どっどうしよぉ」

提督のいない状況での深海棲艦の襲来に慌てる潮。

「潮は自室で待機してなさいな! 指揮権は羽黒にあるから確認してくるわ!」

霞は毅然とした様子で指示を残して駆け出した。
廊下を走り抜けながら艦間通信の回線を開く。

「こちら霞! 第一艦隊は出撃準備! 追って羽黒より指示を待つこと! ほかは待機!」

艤装を装着してすぐさま階段を駆け上がる霞。

勢いよく秘書艦室の扉を開ける。

「羽黒! 第一艦隊で出撃、いいわね?」

「あ、かっ霞ちゃ、んぅ」

「は?」

デスクの向こうで羽黒が力なく床に伏せていた。
霞が片眉を吊り上げる。

「あんたこんな時になにやってんの? 早く指示を出しなさいったら!」

「えぇっと、あっあのっ、放送でびっくりしちゃって、そしたら体に力が入らなくなって……」

「はァ?」

ったくもう、とこぼしながら霞が羽黒の肩に手をかける。
そのとき、すぅっと羽黒が目を閉じた。

「うッ!?」

霞の右手が、ぎりぎりと羽黒の肩を握る。
またもや制御が効かなくなっていた。そして羽黒は以前にもあったように唐突に眠ってしまったようだった。

「羽黒! 起きなさいこのバカ!」

どくん。
霞の中の深いところで、どす黒い感情が首をもたげる。
目の前に、無防備な仲間がいる。自分は武装している。

どくん。

仲間を、
殺せる。

どくん。どくん。どくん。

沸騰しそうな破壊衝動を歯を食いしばり脂汗を流しながら抑えつける霞。
その脳裏を、北上の日誌がよぎる。

――どくんっ

「ッ!」

右手が蛇のように跳ねて単装砲を羽黒へと向けた。
引き金を引けば、羽黒は死ぬ。
永遠のような一瞬。


「あああああああああああああああああッッッ!」


絶叫。
そして、轟音。




今日は以上 レスサンクス

乙です

ヤンデルな

乙です

111.

「退役……だと……?」

「そうさ」

「ふざけているのか? 俺は病気の治療法を聞いているんだ」

提督が苛立ちを声ににじませるが、妖精はきょとんとしている。
人類と友好関係にあっても、やはり根本的に異なる存在であって、両者の間には大きな溝があるのだ。

「ニコちゃん」

同僚が灰皿を提督のほうへ押しやった。
提督は出かかった言葉を飲み込んで、今にも舌打ちしそうな様子で煙草を取り出して火を点けた。
煙を吸って、吐く。

「我我はふざけてなんていないよ。
 "深海の呼び声"は艦娘の原理的に不可避なもので、その原因は深海棲艦、否、より精確に言うならば深海に淀む狂気だ」

「深海に淀む狂気。………。説明してくれ」

目を瞑り額を押さえて、提督が促す。
同僚はコーヒーを飲み干した。

「海の底の、さらにその底。狂気はその冥き深淵に沈んでいる。
 我我の仮説では、この狂気こそが、深海棲艦を産み出す元凶だよ」
 

「待ってくれ。元凶と言ったか? 深海棲艦の正体がわかっていると?」

つい口を挟んだ提督を非難がましく妖精が細めた目で見つめる。

「話の腰を折らないでくれないかな。それともそれが君たち人間のマナーなのかい」

「ぐ……。悪かった、続けてくれ」

「深海棲艦のことは今は措いておく。
 深海の狂気はその尖兵である深海棲艦を通じて、そして海そのものを通じて艦娘に原理的な影響を与えていると考えられる。
 この影響とその結果を併せて"深海の呼び声"ということはもういいね。
 だから、艦娘を"呼び声"から救うには海から引き離すしかない。すなわち、退役だ」

提督が長くなった灰に気付いてそれを灰皿へ落とした。

「さて、ではなぜ艦娘は狂気の影響を受けるのか。そのためにはまず、艦娘の歴史を語らねばなるまい。
 人類が深海棲艦の脅威にさらされて、我我はそれに対抗する力の開発協力を依頼された。
 そうして我我は神籬としての艤装を開発し、軍は艤装に艦艇の御魂を憑依させることのできる巫女としての能力を持った少女を捜し出した」

同僚がうんうんと頷いている。
これは軍の教練学校でも習うことだ。

「少女らは四苦八苦しながら深海棲艦と戦い始めた。人類は希望を持った。これで奴らの侵略を止められると。
 しかし、事はそう簡単に運ばなかった」

そうだろう。
そうでなければ、この長い戦争状態になど陥っていないだろうから。
提督はそう思った。
 

「戦いの中で命を落とす艦娘も当然いた。ところが艦娘適合者はそうそう見つかるものではない。
 人類側の希望は見る見るうちに光を失い始めた。補給の間に合わない前線ほど悲惨なものはない。
 そこで、軍と我我は次善の策に着手した」

だが、妖精の語る歴史は彼の予想を超えていたのだ。

「我我は艦娘の損耗を補うため、艦娘の模造品を作り上げたのさ」

提督が瞠目する。

「必要なのは発想の転換だった。少女に艤装を取り付けて艦娘にするのではなく、素体と艤装でひとつの艦娘になるようにするんだ。
 これは深海棲艦からヒントを得たんだよ。彼女らは艦娘の艤装にあたる部分が不可分だからね。
 というのも、深海棲艦は狂気を媒介とする肉と鉄から構成されると考えられていて、」

「ち、ちょっと待ってくれ。すまない」

狼狽した提督が妖精のよどみない話を遮った。

「どうしたのかな」

「そのだな。今の話は、いや、ばかな、しかし……艦娘は、人間じゃない――と、いうのか」

「その通りさ」

絞り出すような提督の問いに妖精はあっさりと肯いた。
提督の手から煙草が灰皿へと零れ落ちる。

「そんなばかな……」

「今の艦娘――我我は第二世代と呼んでいるけどね――彼女らはみな、人類ではない。
 作った我我が保証するよ」

妖精がくふりと笑った。
 

112.

みちり、
と曙の細い腕の皮膚が盛り上がる。
親指大のその凸部はもぞもぞと蠢いた。

ふふ、と曙が笑いを漏らす。
そして手に持ったカッターナイフを躊躇なく自らの腕に突き立てた。

「あはあは」

白い肌を切り裂いていく。
真っ赤な血とともに、でっぷりと肥えた芋虫がびちゃりと床に落ちる。
曙はうねうねと身をよじるそれをぶちゅりと踏み潰した。

「あはぁ」

恍惚とした曙の肢体は傷だらけである。
そして床と靴下は曙の血と芋虫の体液でべっとりと汚れていた。

みちり、とまた皮膚の下で虫が動いた。
曙が愉しそうにカッターを滑らせる。

「曙ちゃん、さっきの大きな音なんだろ……」

潮が扉を開けて、そして絶句した。

「ああ、潮じゃない」

ゆらりと、曙が振り返る。
振り向きざまにカッターを振るって肉片を削ぎ落とした。

「曙ちゃんッ!? 何やってるの!?」

「見て、これ。こんなに虫が取れたわよ」

あはあは、と曙が笑った。
潮には虫などどこにも見えない。血と吐瀉物で汚れた曙のみである。
"深海の呼び声"が、曙に幻覚を見せていたのだ。
 

「曙ちゃん! とにかくカッターを置いてください!」

意を決した潮が室内に踏み込み、曙からカッターを取り上げようと試みる。
しかし曙はそれに抵抗した。

「何するの! やめなさい潮!」

「どうしてこんなことするんですか!」

「虫がいるからよ!」

「虫なんていません!」

「――っ!」

もみ合いになった二人。
潮の強い言葉に曙が激昂する。

「きゃあっ!」

振り回された潮が足元をずるりと滑らせて床に倒れた。

「はぁっ……はぁ、なんなのよ、あんた、頭おかしいんじゃないの」

起き上がろうとする潮の腹を足で踏んづける曙。
呻いて身を丸める潮が、曙には巨大な芋虫に見えてきた。

「あ。は。は」

曙の手からぽろりとカッターナイフが零れ落ちる。

「あけ、ぼのちゃ……やめ……」

悦楽が抑えきれないという表情で、曙が大きく足を振りかぶった。


 

113.

「もー羽黒さんまだっぽい!?」

出撃準備を整えた夕立が不満たっぷりに叫んだ。
待機しているのは彼女のほかに天龍、龍田、比叡である。

「艦間通信にも出ませんね。ちょっと見てきます!」

そう言って比叡が駆けていった。
龍田が水平線を振り返る。

「そろそろ、まずいわね~」

「うううー、いつまで待つっぽい?」

舌を垂らす夕立。

「敵は前衛艦隊だったな。重巡、軽巡に駆逐が何匹か、か。チッ」

「さっきの爆発音もなんだったのかしら~?」

「爆撃かと思ったが、敵機は見えねえしな」

むうー、と頬を膨らませていた夕立が、

「もうガマンできないっぽい! 駆逐艦夕立、出撃よ!」

海上へと躍り出て、主機を唸らせ滑り出した。

「あっオイ! 待て夕立、ひとりでいくんじゃねェ!」

「天龍ちゃん、どうする~?」

にこりとした龍田に、天龍もにやりと笑い返す。

「決まってんだろ! 出撃だ!」



 

今日は以上 レスサンクス

おお…

おつ

生真面目な艦娘ほど惹かれるのか?

なんか夕立は大丈夫そうだな

乙です

乙です

114.

秘書艦室に近づいて、比叡は異臭に気付いた。
それは戦場の臭いのはずだった。

「なんですか、これは……」

秘書艦室にたどり着いた比叡は愕然とした。
扉と窓は吹き飛んでおり、室内はめちゃくちゃになっている。

「ひ、えい、さん」

小さな声が比叡を呼んだ。
それは窓際に倒れている羽黒のものだった。

「無事でしたか! 大丈夫ですか」

比叡が駆け寄る。
羽黒は煤まみれで髪も制服もボロボロであったが、重体ではないようだった。

「どうしたんですか。なにがあったんです?」

「わか、りません……。霞ちゃんが来たところまでは覚えているんですが……かっ霞ちゃんはっ!? あっ痛つ……」

起き上がろうとした羽黒が肩を押さえて再び床に臥せる。
比叡は「霞ですか?」と言いながら荒れ果てた室内を見回した。

霞は廊下側の壁際にぐったりと転がっていた。

「霞! だいじょ、おぁっ……!」

助け起こそうとした比叡が絶句する。
霞は両腕の肘から先を喪失していた。
 

「ぐ……がぁ……あうっ!」

びくんと痙攣して、霞が目を覚ました。

「うぐっ……はぁっ、比叡?」

混乱したような様子だった霞だったが、突然起き上がろうとして支えになる腕がないために叶わなかった。

「霞!? しっかりしてください!」

「羽黒は!? 比叡、早く私を拘束しなさい!」

じたばたしながら霞は比叡に指示を出す。

「な、なにを言ってるんです!? そんなことできるわけが――っ」

「私がやったのよ! 痛っ、いいからさっさと拘束して営倉にぶち込みなさいったら!」

「霞ちゃん! どうしてそんなことを……」

「無事だったのね……よかった。私は北上と同じよ! わかったら早く拘束しなさいな!」

「北上!? どういうことです!」

比叡が振り返って羽黒と顔を合わせる。
羽黒は決意をした表情で頷いた。

「比叡さん、霞ちゃんを拘束してください」

「いいんですね? では!」

比叡は羽黒の言うとおりにした。
 

115.

「艦娘は消耗品かと聞いたろう? 我我の答えはもちろんこうだ。艦娘はまさしく消耗品である」

「そんな……。で、では、彼女らの記憶はどうなる? 彼女たちには家族もその思い出もあるんだ」

「まがいものさ。第一世代の艦娘の記憶を植え付けているだけだよ。第二世代の艦娘はすべて工廠で製造された。
 家族はいないし思い出なんてあるわけない。君も違和感を覚えたことがあるんじゃないか?」

提督は思い出そうとする。
しかし、中央にいたころは艦娘と雑談するような雰囲気ではなかったし、
唯一親しくなった球磨はドロップ艦で以前の記憶を持たなかった。

一方、今の鎮守府では特に綾波から多くそういった話を聞いていた。
先ほどの提督の発言もそれを念頭に置いている。

「気が付かなかったかな。君のとこの工廠で綾波は敷波にこう言っている。
 『小さい頃、家族一緒に海水浴に行った』と。昨日の列車では、その頃には深海棲艦もいなかったと述懐している。
 だが、実際には10年前には既に深海棲艦と人類の戦争は苛烈さを増していた。
 20年前でも海水浴など不可能だった。これはどういうことだろうか?」
 

「彼女が持っているのは第一世代の"綾波"の記憶、だと?」

「正解! 第一世代を原型にして第二世代の艦娘を製造し、兵站を維持する。これこそが本当の艦娘システムなのだよ」

「………。くそったれ」

提督はなにかに向かって罵って、次の煙草に火を点けた。
同僚を睨む。

「お前は知っていたのか」

「将官以上にはこの情報が開示される。ニコちゃんは本来ならアクセスできないが、中将が特別に許可を出したんだ」

「中将が? あのひとは何を考えているんだ……?」

「ほんとーにニコちゃんのことを買ってるんだろうな」

提督は視察のときの中将の言葉を思い出していた。

――艦娘に情をかけるのを辞めろ。あれは兵器だ。合理的になれ

――一人前になって上に来い。お前なら出来る。そうすれば、言っている意味が分かるようになるだろう

あれは、こういう意味だったのか……。
そう思って、もう一度提督は罵言を漏らした。
 

「さて。もうひとつの問いにも答えよう。北上が改造前に戻っているという可能性は、ないよ」

「何? では、やはり今の北上はドロップ艦ということか。待て、艦娘が製造されたものであれば、ドロップ艦はどうなる」

「ああ、そうだね。確かにドロップ艦は工廠で直接的に製造されたものではない。
 ドロップ艦というのは、その出来上がり方は深海棲艦と同じものだ」

「ドロップ艦と深海棲艦が、同じ?」

「深海棲艦の成立過程に話を戻そうか。深海には人間を含む生物の遺骸と、艦艇を含む金属類が沈殿している。
 深海に淀む狂気が媒介となって、この両者が結合したものが深海棲艦だ。
 それ故に彼女らは生物と無生物の融合体であり、狂気がその構造を繋ぎ止めているために、あらゆる物理的攻撃はその威力を発揮できない。
 艦娘の攻撃が深海棲艦に有効なのは、その兵装たる艤装に艦艇の御魂が憑依しているからなんだよ」

「狂気という非-物理的な力に対抗するには、同様に非-物理的な力を用いなければならない、ということか」

「その通りだね。だが、御魂による攻撃で深海棲艦の肉と鉄をばらばらにしても、海には狂気が蔓延していて両者を何度でも結合させる。
 これが、深海棲艦を倒しても倒しても次々と湧いて出てくる理由だ。海の中に狂気と材料がある限り、深海棲艦を根絶やしにすることはできない」

「あいつらウザすぎー!」

「それは、なんて……絶望的な」
 

「話を進めよう。第二世代の艦娘は構造的には深海棲艦と類似していることはもう述べたね。
 そして狂気が深海棲艦を形作る。もし、艦娘が沈めばどうなるか、わかるね?」

「まさか……狂気が、艦娘を復活させるというのか」

「決して黄泉返りではないけれどね。
 狂気が艦娘をも材料にして深海棲艦を作り上げることは容易に想像がつく。
 彼女らは艦娘が戦いを始めると――それはすなわち沈み始めるということでもある――進化を加速させた」

深海棲艦が姿を現した初期の頃は人型はほとんど見当たらず、魚類と類似したものばかりであったという。
海に棲む肉から深海棲艦が作られていたとすれば、それも当然だなと提督は思った。

「当然、深海の狂気は艦娘をも深海棲艦の素材にする。
 よって戦いが長引き、轟沈した艦娘が増えるにつれて深海棲艦には人型――正確に言うならば艦娘型――のものが増加した。
 ところが、狂気による結合の際に、艦娘の形を再現することがしばしば起こると思われる。
 これがドロップ艦と呼ばれる艦娘の、真相だ」

提督は脱力して後ろにもたれかかった。
立て続けに自らの常識を打ち砕かれて、頭が悲鳴を上げそうだった。

「もしかしたら今の北上は、以前の北上が沈んで、狂気によって再構成されたドロップ艦である可能性はある。
 しかしたとえそうであったとしても、果たしてそれらを同一とみなすかどうかは、君たち人類次第だね」

妖精は何が可笑しいのかくつくつと笑っている。
 

「ニコちゃん」

「わかってる。今は俺が混乱してる場合じゃない。それは、わかってるんだ……! だが、……くそっ」

短くなった煙草を一息吸って、提督はそれを灰皿で押し潰した。
妖精が飲み干したカップをソーサーに置いて、立ち上がる。

「それじゃあ予定されていた質問は以上だね」

「ああ。助かった」

「ち、ちょっと待ってくれ。もうひとつだけ、聞かせてくれ」

提督は慌てて妖精を呼び止めた。
妖精が振り返る。

「くふふ。いいよ。特別に答えてあげよう」

「"深海の呼び声"が進行すると、最終的に艦娘はどうなってしまうんだ」

同僚が、わずかに顔をしかめる。

「おそらく、君の想像通りだよ。
 第二世代の艦娘は、"呼び声"に導かれた末に狂気に呑みこまれ、深海棲艦そのものになってしまうんだ」

青ざめた顔をした提督を、虹色の双眸で射竦めて、妖精はくふふふと妖しく笑うのだった。



 

今日は以上 レスサンクス

乙です

退役とか解体のことか?

人が母体の第一世代なら人に戻るかもしれないが、作られた第二世代は解体したらどうなるんだ?

乙です

そりゃ「消耗品」なんだからお察しでしょ

それにしても将来敵になる兵器を運用するとか正気の沙汰じゃないな
敵になる前に処分すればいいとしても、艦隊の練度はいつまでたっても上がらない

116.

「あけ、ぼのちゃ……やめ……」

「なにやってんのさ! やめなって」

「!?」

今にも潮を蹴り飛ばそうとした曙の動きを止めたのは、北上であった。
曙を羽交い締めにして潮から離れる。

「へいき? 立てる? んっ? うえっなんだこいつ、傷だらけじゃんか!」

なにがなんだかわからない北上。

「このっやめろ! 放せぇっ! あれを潰して殺す!」

「はぁ!? あんた何言ってんの? けんかするのはいいけどやりすぎだって!」

「き、北上さん、ありがとうございます。曙ちゃんは、なにか、私たちには見えないものが見えてるみたいなんです」

「その結果、自分や友達を傷つけてるっての? おかしいでしょ!」

苦しそうに起き上がった潮。
曙は潮を睨みながら喚き、暴れた。

「あんた、とりあえず誰か呼んで。こいつなんとかしなきゃ」

「わっわかりました。あ……でも、今、戦闘に出てるはず……龍田さんなら」

だが龍田以下、誰も艦間通信に応答しない。
潮はわたわたした。

「なに? 繋がんないの?」

「す、すいません」

「えー? なんでさ。あたしこのまま抑えてる自信ないよ」

「えぇっと……」

「あーじゃあとりあえずこいつを縛っちゃおう。それから誰か呼びにいけばいい」

そう言われて、かなり躊躇していた潮だが、北上に急かされて曙を曳航索で身動きが取れないようにした。
その頃には曙はなぜかおとなしくなっていた。

「ごめんね。曙ちゃん」

曙は床を見つめたままぶつぶつと何事かを呟いているのだった。


117.

提督が妖精に対して怒りをぶち撒けそうになる少し前。

「あっそうだ。司令官にアイスクリームおごってもらうとか言ってたよね」

「え? ああ、列車のなかで」

敷波がふとそう言った。綾波が首肯する。

「アイスぅ~? 食べたいの?」

漣が小首を傾げる。

「えへへ……」

「別に、そうじゃないけどさ。あたし、司令官にちょっとお願いしてくる」

「あっもう、ちょっと待って敷波!」

「なんだよう。ちゃんと綾波のぶんも頼むって。漣のぶんはクジラさんにお願いすればいいでしょ」

「そうだけど、綾波に任せて。ふたりはここで待ってて!」

そして綾波は喫茶店へと駆け戻っていった。

「ったく……」

頬を膨らます敷波に、漣は愉快そうにすり寄る。

「ぷくくく! 綾波ってばお姉ちゃんぶっちゃって!」

「それは前からだけどさ……」

「まー綾波型の長女だもんね~」

「や、もっと前からだよ」

「?」

喫茶店に戻った綾波は提督の姿を探しながら店内をゆっくり歩いた。
しかし見あたらないために奥へと進んでいき、

「ち、ちょっと待ってくれ。すまない」

提督の声が聞こえてそちらへ向いた。
どうにも観葉植物が邪魔になって見通しが悪い。綾波は近付いていった。
そして、

「艦娘は、人間じゃない――と、いうのか」

「え」

提督の台詞に、綾波は足を止める。

「彼女らはみな、人類ではない。作った我我が保証するよ」

「!?」

綾波は耳を疑った。

会話は続いていく。

「彼女が持っているのは第一世代の"綾波"の記憶、だと?」

混乱しながら、しかし綾波は列車内の別の話を思い出していた。
提督が老夫婦に嘘をついた理由のなかで、彼はこう言っていたではないか。
あのくらいのひとたちが若かった頃、艦娘の反対運動はもっとも盛んだった、と。
すなわち、何十年も前から艦娘は戦っており、海水浴など不可能だったのだ。
この記憶は、いったいいつの出来事なのか。
そして――誰の記憶なのか。

「うそ……」

幼い頃からの記憶が脳裏を駆け巡る。
これのどれもが、偽物の記憶だというのか。
"綾波"ではない、本当の名前は、実際には自分ではなく、別の少女のもので、そして自分は人間ですらない。
そんなことが、信じられるか。

綾波は踵を返して喫茶店を出る。
気がついたら敷波と漣のところまで戻っていた。

「何、だめだった? 綾波?」

「………」

「綾波?」「どした~?」

「あ……ごめん。その、司令官には会えなかった」

「えぇ? なんだよーじゃあアイスクリームもなしかぁ」

「まーまーあとで間宮さんとこ行こう!」

「あ、そっかぁ中央だから間宮さんいるんだ。いいなぁ。やったね綾波」

「え……あぁ、うん、そうだね……」

「なんか上の空だなぁ」

「………」

綾波は喫茶店のほうを振り返った。
迷子になった子供のような、表情で。




今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

追い付いた…乙、待ってる

118.

妖精が立ち去った後、提督は煙草を一本じっくりと吸ってから席を立った。
ウェイトレスを口説こうとしている同僚の頭をはたいて外に連れ出すと、

「そちらの鎮守府から中央へ連絡があったようだ。なにやら緊急事態だという」

と憲兵が知らせてくれた。
提督は驚いたがすぐに頭を切り替え、同僚に後のことを頼んで憲兵の運転で庁舎へと戻った。
鎮守府へと電話を掛ける。
羽黒へと回してもらう。

「もしもし。俺だ」

『司令官さん!』

「緊急事態だと聞いた。落ち着いて、簡潔に報告してくれ」

『はい。その、まずみんなの現状ですが、霞ちゃんが大破、夕立ちゃん・曙ちゃん・天龍さん・私が中破、龍田さんが小破です』

「深海棲艦の来襲か。だが、どういうメンバーだこれは」

『ええと、それから霞ちゃんを拘束して営倉へ入れ、曙ちゃんを同じく拘束して入渠させています』

「なに? どういうことだ。霞と曙を拘束だと?」
 

『申し訳ありません。まだこちらでも事情を把握できてないんです。
 深海棲艦の来襲があったこと、先ほどのメンバーが損傷していることは確実です。深海棲艦は撃退に成功し、当面の危険はありません』

「……わかった。俺はいますぐこちらを発つ。今晩中には着くだろう」

『……すいません、司令官さん……。私、留守を任されたのに……』

涙声の羽黒。

「落ち着け。君のせいじゃない。全ての責は俺にある」

『わたしっひっ秘書艦なのにっなっなにもできなくてっ……』

「羽黒、君は悪くない。今日は一旦休むといい。また後で会おう」

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

電話が切れた。
提督はしばし黙り込んでいたが、すぐに列車の切符を手配してもらうために受話器を置いた。

 

荷物をまとめて来客用宿舎のロビーにおりるとちょうど綾波と敷波が帰ってきていた。

「あーっ司令官いたー」「………」

「ああ、ちょうどよかった。俺はこれから鎮守府に帰る。ふたりは予定通り明朝の列車で帰還してくれ」

「ちょっ、どういうことさ!?」

「緊急事態だ。羽黒から連絡があった。当面の危険はないようだが、どうも状況がよくわからない」

提督が早口で説明していると、外でクラクションが鳴った。
同僚が公用車の運転席で帽子をひらひらさせている。

「そういうわけだから、すまんが頼む!」

そして提督は急いで乗車し、車はエンジンを唸らせて走り去ってしまった。

「な、なんだよー……」

「………」

「鎮守府のみんな、だいじょうぶなのかな……。ね、綾波」

敷波が振り返る。
 

「………」

だが、綾波は黙って、しきりに自らの腕を撫でていた。

「……綾波?」

「………。うん。そうだね、心配だね」

「どうしたのさ。寒い?」

「え? ううん……寒くはない、と思う」

歯切れが悪い。
顔を上げた綾波は、敷波の顔をじいっと見つめた。

「……なにさ」

「……敷波、だよね……?」

「なにいってんの。漣に見える?」

「ううん、見えない……。でも、……」

綾波が口ごもったので、敷波は自分の顔をぺたぺたと触った。
特におかしなところはないように思える。

漣からの着信があって、ふたりは食堂へと移動したのだった。

 

「ヘーキかよ、ニコちゃん」

ハンドルを握る同僚が口を開いた。

「たぶんな。それにしても、上層部はなぜ第二世代に関する情報を秘匿するんだ」

提督は窓を開けて煙草にシガーライターで火を点ける。

「最初は戦況が危ういなんて公表できなかったんじゃねー? 人体の製造も一般的な倫理観に抵触するとか。
 でもそのうち軍全体に、それから世間に知らせていくんだろな。少年兵批判に対する回避策とかでさ」

「戦ってるのが人間の女の子だというよりは、人型の兵器だというほうが人道的、というわけか」

「そっすー。"深海の呼び声"についても、頼みの綱に深刻な危険性があるなんて軽々と明かせるわけがねぇっすよォー」

「だが隠してもその危険性がなくなるわけじゃない」

「もっちろんそんなこと上層部だって百も承知さァー。対症療法としては、教練学校で教わる艦娘の<疲労度>ってやつだ。
 戦闘を続けて行なうと艦娘が疲労するその程度を表していて、<疲労困憊>――俗にいう赤疲労は休養させるべきだというアレだな」

「実際にはそれは"呼び声"の進行度合いを表しているということか。深海棲艦と接触しないようにして"呼び声"の進行を阻害するわけだ」

「そーそー。その前提となる艦娘保護約定も、妖精の意向というよりこっちの都合っぽいし」
 

「では根本的な解決策は」

「原因療法かー。キナ臭いのはそこらへんよ。憲兵も嗅ぎまわってるらしい。
 当然、上層部だって一枚岩じゃねーから、いくつかの派閥が"呼び声"対策でやりあってるっぽいんだよなー」

提督は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「現場の苦労も知らずに……」

「――あんまし艦娘に感情移入すンなよ」

「………」

同僚に目を移すと、彼は真剣な表情をしていた。

「あいつらは艦娘、それ以上でも以下でもない」

「お前……お前だって、漣と仲良くしてるじゃないか。大切じゃないのか」

「大切だ。ただし、艦娘として。仲良くしてもいい、大事にしてもいい、愛着が湧いてもいい。
 でも、艦娘は人間じゃない。俺はわきまえてるが、ニコちゃんはそうじゃない」

「人間にしか見えねえよ……。笑ったり、泣いたり、喜んだり、苦しんだり……どう違うっていうんだ」

「どう違うんだろーな」

同僚が肩をすくめ、停車させる。
駅に着いたのだ。

「ニコちゃん。気をつけろよ」

「ああ。そっちもな」

提督は降車し、改札へと向かった。
助手席に置かれたマッチ箱をポケットにつっこんで、同僚はアクセルを踏み込むのだった。



 

今日は以上 レスサンクス
今回も二週間かかったけど、次はもっと遅くなるかもしれない

乙です

乙です

119.

夕。鎮守府。

「当面の出撃を凍結する」

そういって提督は煙を吐いた。
会議室には羽黒と比叡がいる。

「……理由を、訊いても?」

羽黒は焦げた髪を切って少し印象が変わっている。
短くなった前髪が気になるようで、しきりに手で触っていた。
その頬には火傷治療のためのフィルムが貼られている。

「うん。妖精との面談の結果、深海棲艦との戦闘が根本的な問題だということがわかった。だからだ」

「しかしそれでは鎮守府として機能できませんが!」

いつも通りの比叡が勢いよく挙手して発言した。

「ある程度期間を空けたのち、少数での哨戒をローテーションする」

「私の狙撃はどうしましょう?」

「ああ、そうだな。訓練は続けてくれ」

「はい!」
 

「報告を整理しよう。
 まず最初に、深海棲艦来襲の報告があった。羽黒はそれに驚いて、体に力が入らなくなった」

「そうです」

羽黒は気恥ずかしそうに首肯した。

「そこに霞がやってきて、寝てしまった羽黒を霞の右手が単装砲で撃とうとしたので咄嗟に魚雷で腕を爆破した、と」

報告書を眺める提督の表情は険しい。

「霞ちゃんは、その、少し前から右手の不調に気が付いていたそうです。それから、……北上さんの日誌を、読んで、」

「これか。うん。霞と同じ症状のようだな」

潮から提出された日誌も提督の手元にある。
"呼び声"の主要なパターンのひとつなのであろうと提督は考えている。

「霞は、自分が右手を止められないと考えたのでしょうね。北上の日誌を読んでいたから」

比叡がむむむと腕を組んで唸った。

「おそらく。それで、魚雷で」
 

「霞はいま冷静なのか?」

「落ち着いています。隣の大井さんを、その、注意したりしていますが、おおむね正常に見えます。
 入渠させて両腕を修復すべきだと思いますが……」

「曙、か」

曙が幻覚を見て自傷および潮を傷害したことは潮と北上への聞き取りで判明している。
そして当の曙を拘束の上で入渠させているため、入渠ドックは彼女と山城で一杯なのだ。

「ドックを早急に空けねばなるまい。羽黒を含めて、損傷を負った者たちを修復する必要がある。
 残りの、夕立・天龍・龍田は深海棲艦を迎撃した際にダメージを負ったのだったな」

重巡を含む敵艦隊を3隻で撃退したのである。勇躍といってよい。
この程度の損害で済んだのは僥倖だった。

「夕立ちゃんは、曙ちゃんと面会したようですが、とてもショックを受けたようでした」

「想像に難くないな。ううん、無事なのは比叡と、北上、潮、それから明日帰ってくる綾波と敷波だけか。
 未だ資材の関係で比叡は動かせないし、北上は練度不足。どのみち積極的な出撃はできそうもないな」

「曙ちゃんの傷はすぐ治ると思いますが、出撃できるかは……」

「恢復予定を参考に、入渠の順番を決めておこう」

会議室の窓から、沈みきる直前の夕陽が射し込んでいた。



 

120.

予定通り、翌日には綾波と敷波が帰還した。
だが、その日から鎮守府は対深海棲艦の拠点というよりは、療養のための病棟のような様相を呈し始める。

「ねえ、これ、いるわよね、ここに虫が」

「い、いないっぽい……」

「はぁー。これも幻覚だっていうの? 嘘つかなくていいのよ」

「えぇ……」

食堂で曙と夕立が会話している。
だがそれはきわめて食い違っていた。

「……入渠なんていらないから、さっさと解体しなさいったら」

「霞ちゃんを解体するなんて、そんなこと誰も考えてないよ!」

「私はみんなどこにいるんですか? どこから来たのでしょう? ねえ北上さん。北上さん。北上さん。北上さん」

「ああもう、うるっさいわね!」

「落ち着いて! 霞ちゃん!」

「北上さん。北上さん。北上さん。北上さん。北上さん。何嗤ってんのよ」

営倉に入れられているのは大井と霞。潮は頭を抱えていた。
 

「だいじょうぶ~?」

「あはは~やられちった……潜水艦って、ウザーい」

「だらしねぇなァったく!」

天龍と龍田、北上は訓練を兼ねて哨戒を繰り返す。

「う……痛……」

「また頭痛かしら。だいじょうぶ?」

「ありがとうございます……薬、もらってありますので……」

「夜は寝られず、昼は悪夢を見て、起きていたら頭痛なんて……不幸すぎてもう笑うしかないわね……」

「あはは……」

入渠している羽黒が山城の言葉に苦笑した。
羽黒は頭痛と睡眠障害が治らないままじょじょに憔悴しつつあった。

「あれ。司令官いないの」

「やあ敷波。司令なら、今日はもう上がられましたよ!」

「比叡さんに仕事を残して?」

「あはは、これは私が言い出したんです! 司令、すこぶる疲れておられるようでしたからね」

「……そうなんだ。比叡さんも、ムリしないでね」

「はい! 私は平気ですよ!」

提督室でそう言って比叡は笑った。
だがそれは敷波を安心させるというよりむしろ不安を強めるのだった。
 

夜空に星が瞬きだすのを眺めながら、提督は天空に向かって煙を吐いた。
屋上である。

逃避しているな、と提督は自嘲する。
ギィ、と音がして、誰かが屋上への扉を開けた。
誰だろう、と目を凝らすが、光が足りない。

「司令官、ですか?」

声で分かった。

「綾波か」

「はい」

小さな影が近づいてくる。
月は細く、その幽かな光はわずかに陰影の輪郭をかたどるのみだ。

「あの、相談というか、訊きたいことがあって」

「うん。下に降りるか?」

「いえ、このままで。ここが、いいんです」

「そうか」
 

綾波は手が届くか届かないかといった距離で立ち止まった。
顔は見えない。

「司令官。その、なんといっていいのかわからないんですけど、綾波なんだか急に目が悪くなったみたいなんです」

「目が? 戦闘に支障が出るレベルか」

「いえ、……その、戦闘には問題ないというか、むしろ生活に支障があるというか」

「どういうことだ」

「なんだか、顔がよく見えないんです。顔だけが」

「顔が」

「そうなんです。顔は見えるんですけど、よく見えないんです」

「……?」

「綾波にもよくわからないんです。目とか口とか鼻はよくわかります。でも顔が見えなくて」

提督はしばし煙草をふかし、咳払いした。
綾波の表情をうかがうことはできない。

「現在出撃を凍結してるだろう。それは戦闘でのみんなへの悪影響を予防するためなんだ。
 悪影響っていうのが、綾波のそれみたいな症状が出ることで、そういったことを中央で聞いたんだよ」
 

「……司令官。それは本当ですか?」

「もちろんだ。嘘などついてどうする」

内心の焦りを糊塗しようとつい余計に言葉を重ねてしまう提督。
嘘はついていない、と自分に言い訳をする。

「………」

「綾波……?」

「司令官。綾波、聴いてしまったんです。喫茶店で」

「何」

「艦娘は、――作り物、なんですか」

少女の声は震えている。
泣いているのか。

「そ、れは」

「綾波は、わたしは、誰なんですか。なんなんですか。教えてください。司令官。司令官」

提督がもたれるフェンスがぎしりと音を立てた。



 

今日は以上 レスサンクス



これはアカンな……



「私の代わりはいくらでもいるもの」

綾波が綾波になってしまった...

乙です

乙です

121.

「綾波は、わたしは、誰なんですか。なんなんですか。教えてください。司令官。司令官」

提督は一瞬ごまかそうかと逡巡したが、諦めて嘆息した。
もう十分に動揺したし、どちらにせよ綾波は追及をやめないだろう。

「わかった。話すよ――」



「……やっぱり、本当、なんですか」

妖精の話を聞かせると、綾波はぽつりとそう呟いた。

「おそらく事実だろう。整合性があるし、妖精が嘘をつく理由もない」

「……そうでしょうか」

「もちろんそれだけじゃない。アイツも知っていた。これが最大の要因だ」

「クジラさんですか。信用してるんですね」

「ああ。教練学校からの腐れ縁だ。軍の中で最も信頼できる。中将の視察のときもそうだったろ?」

「………」
 

「艦娘が、ひとじゃないなんて、俺も信じたくなかった。
 とても大事な艦娘がいたんだ。苦楽を共にした。気持ちを分かり合っていた。指輪を渡すつもりでいた。
 けれど、そいつは沈んでしまった。俺はその欠如を抱えたまま生きてきた。そいつとの約束を支えにして」

話の見えない綾波は黙って聞いている。

「確かに艦娘は人間じゃないかもしれない。俺は間違っていたのかもしれない。
 それでも、俺の気持ちは嘘じゃない。約束は、なくなるわけじゃない」

提督は懐に入れた球磨のお守りを握りしめていた。

「綾波は、」

提督はそこで言葉を止めて、一息ついた。

「君が、ひとではなくて、綾波ですらなくても、君は君だ。君の気持ちも、君の思い出も、君のぜんぶが君のものだ。
 それでは、だめかな」

「………」

だめか……? 提督は心中で唸った。
くす、と人影が笑いを漏らした。

「ふ、ふふ……司令官、ずるいです、どうして、そんなふうに……なんだか、すこし楽になりました」

「え。うん。それはよかった」
 

「ごめんなさい、また司令官を困らせました」

「いや……すまなかった、気付けなくて。まさか、聴かれていたとは思わなかった。俺も、かなり動揺していたんだな」

「なぜかはっきりと覚えています、司令官の様子」

「頼むから忘れてくれ。そういえば、なぜ喫茶店に戻ってきたんだ?」

「あ……、いえ、その、たいしたことじゃないんです」

「隠すことはないだろ。こっちだって秘密を喋ったんだ」

「それを言いますか……。えっと……、アイス、です」

「アイス?」

「敷波が、アイスをおごってもらう約束だって言って……」

「列車のなかのあれか? それを、頼みに来たと?」

「う……そうです」

「わかった。今度、約束を果たすよ」

「ありがとう、ございます」

もじもじと感謝を述べる少女。
提督は相好を崩してあごを掻くのだった。
 

「……相貌失認……これか」

誰もいない室内で、提督は書物に目を落としていた。

「それから…、離人症……。羽黒は頭痛と……ナルコレプシー? これか」

本を閉じて、眉間を指でつまむ。

「……"深海の呼び声"は、どうやら多様な症状を持つようだな……」

どさりと椅子に腰を下ろす。深いため息。
綾波にああ言ったが、彼自身もまだ真実を消化しきれていなかった。
目の前の問題に対処することで、考えることを避けているのだ。

「この状態でいることを中央は許さないだろう。クジラの情報から考えれば、時間は少ない……いや、準備は整っているのか。
 あとは、きっかけだけ……。それまでにできることをやっておかなければ……」

難しい顔で人事ファイルを執務机の引き出しに入れて、提督は懐からお守りを取り出す。

「君が見たら、笑うかな。それとも、怒るだろうか」

もはや喪われた声を思い出して懐かしむ。
この胸の痛みすら、彼には愛おしい。

「何が正しいのか、俺にはわからない。……それでも、俺は、……」




 

122.

「……誰」

営倉のなかで霞は足音を聞きつけて誰何する。

「……霞ちゃん。こんばんは」

「羽黒。どうしたの」

「ごめんね。起こしちゃいましたか?」

「寝てないわ。今は夜なのね」

「はい。もう消灯時間も過ぎてます。でも、眠れなくて……」

「そう」

「あ、義手の調子はどう……?」

「悪くないわ」

両腕を欠損していた霞は、入渠もできないために妖精工学による義手を左腕につけている。

「……いつまで、ここにいるつもりなんですか?」

「出るつもりなんてないわ。このままか、解体されるかよ」
 

「霞ちゃんは、もう危険じゃないです……!」

霞はため息をついた。

「アンタ、寝てたから知らないだけよ。あたしは確かにアンタを殺そうとした。間違いないわ」

「でも霞ちゃんはそうしませんでした! 自分の腕を……犠牲にして……!」

痛ましそうに霞の右腕を見つめる羽黒。

「静かにしなさいな。……これは、あたしの判断の結果よ。こうするしか、なかったもの。
 今ここにいるのも、そうするしかないから。あたしは自分を制御できない。武器を持てばまた錯乱する危険性が高いわ」

「霞ちゃんは、それでいいんですか……!?」

「……しかたないじゃない」

「でも……っ」

「しかたないでしょ!? あたしだって、戦いたい! こんなとこで、こんな姿で、無様なまま……悔しいに決まってるじゃない……!」

「!」
 

「もう、ほうっておいて、あたしのことは……」

「……どうして、諦めちゃうんですか……。そんなの、霞ちゃんらしくないです……」

「北上みたいに、誰にも悟られないように、生活も戦闘もこなせっての? アンタになにがわかんの?
 あたしだって沈めてもらいたいくらいよッ!」

「っ……! そんなこと、言わないでください!」

そのとき、

「北上さんは、」

言葉を漏らしたのは、隣の営倉にいる大井だった。
ふたりは驚いて動きを止めた。

「北上さんはあの霧のなか、敷波と向かい合っていました」

「え……大井さん、そのときを見ていたんですか!?」

「まさか! どうせまたいつもの妄想でしょ」

「二人は砲を向け合っていました。私が声をかけようとしたとき、敷波が北上さんを撃ちました。
 私は訳が分からなくて、ただ見ているだけしかできませんでした」

大井の証言がほかと整合性があることに気付いて、羽黒ははっとした。
綾波による開示を大井は聞いていないのだ。
 

「敷波は膝をついて嘔吐していて、北上さんはゆっくりと沈んでいきました。敷波は叫んでいました。
 そして、北上さんは沈んでしまったんです」

大井は壁の向こうに広がっている海を見つめている。
その目から涙があふれ、頬を伝った。

「ああ、かわいそうな北上さん。北上さんが沈んだあとに、敷波は静かに嗤っていました。
 アイツが、アイツこそが狂ってるんです」

「……敷波ちゃん、は……北上さんを沈めたことがショックだったんじゃ……」

「そんなやつの言うことを真に受けないったら」

「司令官さんが、敷波ちゃんに霧の戦闘のことを尋ねたとき、」

「なによ」

「敷波ちゃんは、嗤っていた――らしいんです」

「そ……それは、」

「思い出しました。綾波ちゃんがみんなを集めたときの違和感、そう、そうです、敷波ちゃんは嬉しそうに笑っていました。
 そのときは合流できたことが嬉しいんだと思っていました。でも違う、違ったんですよね。
 ショックだったら、あんなふうに笑えないじゃないですか」

羽黒がまくしたてる。
それは霞を説得しようというより、口から考えがあふれるようだ。
 

「どうして敷波ちゃんは嗤っていたんでしょう。もしかして、北上さんを沈めたのが愉しかった……なんて、まさか」

「そんなことあるわけないでしょうが! それだったら、もっとほかにも沈められててもおかしくない」

「でも……北上さんは、我慢していたんですよね。あの日誌によると」

霞ははっとした。
大井がうっすらと笑っている。

「北上さん……今度は必ず守ります……そして、ずっといっしょに……」

「もし……敷波ちゃんも同様だとしたら……」

「そんな、でも、………」

「いつ何が起こっても……おかしくない、ということですよね」

「あいつを海に出すのはマズイわね」

「……司令官さんに報告しないと……」

ふたりが深刻な顔を見合わせた、その時。
警報がけたたましく鳴り響いた。

深海棲艦の襲撃であった。




 

今日は以上 レスサンクス

乙です
面白い、面白いんだがだからこそ真綿で絞められるようなこの重たさ…

乙です

乙です

123.最も長い夜

『敵は戦艦5、重巡および軽巡20、駆逐艦多数! 潜水艦2の感あり!』

桟橋は夜闇のまま慌ただしい雰囲気だった。
すぐそこまで深海棲艦の大群に侵入されているのだ。

「迎撃を許可しない」

だが提督は桟橋にいる全員に通達した。
艦娘らがどよめく。

「どういうことだオイ!」

「非戦闘員はすぐに退避させる。艦娘はそれが完了するまで鎮守府を防衛する」

「司令官。危険すぎます。全力で撃滅すべきです」

「だめだ。部隊を二つに分けて、正面と左翼からの援護をおこなう。
 天龍、龍田、北上は正面で防衛。比叡、夕立、潮、敷波は海岸沿いに移動。羽黒と綾波は大井と霞、山城と曙の退避を介助してくれ」

「ですが……」

「命令だ! 聞き分けろッ」

食い下がった羽黒に提督が怒鳴った。
羽黒がびくりと黙る。

「……すまん。君たちをこれ以上、危険な状態にしたくない。言うことを聞いてくれ。頼む」

常にない提督の様子に艦娘らが口をつぐむ。
サイレンだけが鳴り響いている。
 

「綾波ちゃん、行こう」

「えっあっはい!」

羽黒が口を開き、綾波の手を引っ張る。
それに天龍が「うっしゃあ!」と続き、龍田、北上とともに海面に降りた。

「各員、自己の安全を最優先すること」

そう指示して、提督は司令室へと移動した。
比叡らも着水して単縦陣で水面を走り出す。

「あの、援護ってどういうふうに行うんでしょうか」

しんがりの潮が先頭の比叡に尋ねた。

「詳細はポイントに到着してから指示があるでしょうけど、まずは十字砲火でしょうね!」

「えーっ突撃したいっぽーい!」

「心強いですね! 砲撃で攪乱してから乱戦に持ち込む流れじゃないでしょうか」

「じゃあじゃあ、素敵なパーティできるっぽい!?」

「派手なパーティになると思いますよ! 潮も、だいじょうぶですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

「通信。『深海棲艦は依然として侵攻中。退避までまだ時間がかかる』とのこと」

敷波が司令室からの通信を隊に伝達した。
比叡が振り返って言う。

「了解。ポイントに到着次第、報告する、と応えておいてください」

敷波は了承し、その通りにした。

 

一方、鎮守府正面。
天龍、龍田、北上は戦闘態勢のまま待機していた。

「いつでもかかってきやがれ!」

「うあーやばいよー。訓練じゃないんだよねこれ」

威勢のいい天龍と対照的に、北上は初めての実戦でがちがちに緊張していた。
これは別働隊のほうが本命ね、と龍田は見当を付ける。

「びびってんなよォ! 世界水準のオレがいるんだ、安心しろって!」

「うー暗いなぁー。こんなんじゃ魚雷も狙えないしさー」

この三人が戦闘するような状況になるまでに退避を完了させられる目算なのだろう。
特に北上は、訓練したとはいえまだまだひよっこ、新兵である。
彼女はフォローする必要があるだろう。

「落ち着いてね~? 私が探照灯を点灯するから~」

「あー頼むねー。やーやばいなーうんやばい」

しかし。
龍田はそれをわかっていながら、次のように心を決めていた。
その時が来たら、必ず天龍を助けると。
それが自分の責務だと、そう思っていた。
 

124.

「こちら旗艦。各員用意はいいか」

『こちら戦艦073。射撃準備完了。いつでも撃てます』

『ターゲット・アルファ、動きなし。ターゲット・ブラボー、進行を停止』

『内部部隊からの連絡なし』

『待機ポイントに到着との無線を傍受』

「それではこれより制圧シークエンスを開始する。各員作戦通りに行動せよ。戦艦073、撃て」

『了解』

次の瞬間、深夜の空を轟音が揺るがした。
そして、明かりひとつ点いておらず夜闇に溶ける鎮守府が爆発した。
司令室に着弾した。
 

今日は以上 レスサンクス



敵がぁ......?

乙です

125.

「はァ? それで退避?」

営倉を開錠する羽黒に向かって、霞はふんと鼻を鳴らした。
綾波が隣で同じようにしている。

「ええ、そうなんです。司令官さんは、中央から帰ってきてから、なにか隠し事をされているように思います」

綾波は黙って鍵と扉を開けた。

「それで、敷波のことは伝えたの?」

「あっ……わ、忘れてました」

「敷波?」

綾波が顔を上げ、二人のほうを向く。

「敷波が、どうかしたんですか」

「な、なんでもないですよ綾波ちゃん」

「アンタの妹ね、仲間を沈めて喜ぶクズだってことがわかったのよ」

「な……!」

「霞ちゃんッ」

「なによ。アンタが言い出したんでしょうが」

「だからってそんな言い方……!」
 

そのとき、轟音がして、営倉が揺れた。

「なっなによ!?」「ひゃああっ」「っ」「………」

営倉は地下にあり、何が起こったのかまったくわからない。
だが、深刻な事態であることは嫌でもわかった。

「爆撃でしょうか、敵に空母はいなかったはずですが……」

「様子を見に行くわよ!」

「霞ちゃんは退避してください!」

「ひとまず状況把握が先でしょうが!」

羽黒と霞が言い争っているうちに綾波は階段を駆け上っていってしまった。

「ち、ちょっと待ってください綾波ちゃん!」

「あたしも行くったら!」

結局、ふたりして綾波を追ったのだった。
 

追いついた先で綾波は立ち尽くしていた。
霞がぶつかりそうになって怒鳴りかけたが、その光景に息を呑んだ。

「なに……これは」

「っ!」

鎮守府が、燃えていた。
地下から上がってきた目の前の壁は崩落していて、もはや建物は形をとどめていない。

「きっ危険です! 早く外へ!」

最初に我に返った羽黒が脱出を促す。
否も応もなくそうした。
東門のほうへとまろびでる。

「あ……ああ……!」

振り返った羽黒が口を手で押さえた。
皆とともに過ごした鎮守府が、夜空の下で崩れ、燃え上がっている。
羽黒はぺたりとへたり込んだ。

「嘘……どうして……」

綾波も呆然としている。
 

顔色を変えた霞が視線を巡らせた。

「あいつは!? あのクズ、まさか逃げ遅れたなんて、そんなこと……!」

応える者はいない。
そのとき、東の森の方向から多数のエンジン音が聞こえてきた。
三人がそちらを向く。
森を抜けて飛び出してきたのは何台もの二輪車。乗っているのは艦娘だ。
その顔は覆面で隠されている。

「陸上護衛部隊!?」

見たことのある綾波が吃驚する。

「どうしてここに」

「なによあれ。艦娘なの」

「援護、ですか?」

炎に照らされる三人の耳を全体向けの艦間通信がつんざいた。

『敷波っどうしたんですか!? やめてください!』

ノイズまみれで叫んでいるのは比叡だ。
綾波がぱっと身をひるがえした。

「敷波っ!」
 

「あのバカ……!」

霞がそれに続こうとするが、砲撃音が轟き、霞と羽黒は反射的に地面に伏せた。
着弾は二人を越えて鎮守府へ。

「えっ撃ってきましたよ!?」

「なんだってのよ! 援軍じゃないの!?」

砲撃が続く。陸上護衛部隊は二輪車に乗ったままこちらを攻撃しているのだ。

「まさか……彼らが、鎮守府を?」

羽黒の呟きが霞の脳天に着火する。
仲間を守るために額を地面にこすり付ける姿。頬に湿布を貼った笑顔。煙草をくゆらす、真剣なまなざし。

「……あいつら殺してやる」

「霞ちゃん!?」

怒りに支配された霞が素早く身を起こして走り出す。
目指すのは海。艦娘の戦闘能力を最大限に発揮する場所。

――殺す。

殺す。殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す!

霞の心身に兇暴性が充溢する。
左腕の義手がぎちぎちと軋んでいる。

地面を蹴って海面へ跳び込みざまに霞は吼えた。

「朝潮型10番艦、霞、抜錨! 陸上護衛部隊を殲滅するッ!」
 

126.

「よしっ。全艦停止。敷波、待機ポイントに到着と司令に伝えてください」

「了解」

比叡以下、夕立、敷波、潮が海上で立ち止まる。
灯火管制を敷いているので、お互いの姿はほとんど見えない。
不気味なほど静かだ。波と風の音しかしない。

「司令官より返信。『敵艦隊の位置を送る。砲撃を開始せよ』とのこと」

「全艦砲撃準備!」

一斉に各自砲を構えた。
暗闇のなかへ手を差し伸べる感覚。うねる波。揺れる体。ひと呼吸。

「撃て――なんですっ!?」

号令を出そうとした比叡が振り返る。
後ろから砲撃音がしたからである。しかも、戦艦のものと思しき。
夕立らも驚いている。
そして鎮守府が爆発して、彼女らはさらに度肝を抜かれた。

「なッ、なんで!?」

「ッ! 提督さんっ!」

「夕立ちゃん!」

反転して鎮守府へと駆け戻る夕立。
 

それに比叡が気を取られているうちに、

「敷波ちゃ――がッ!?」

するりと潮に近づいた敷波が膝をみぞおちにめりこませた。
体をくの字に折る潮。

「か、はっ」

「………」

まったく予期していなかった痛みに混乱する潮の胸ぐらを掴んで、敷波がその顔面に拳を叩き込む。
苦鳴を洩らしながら潮がばしゃあっと勢いよく海面に倒れた。

「敷波っどうしたんですか!? やめてください!」

あまり夜目のきかない比叡には事態が把握できない。
海水を飲んで潮はむせた。

「ふ……ふふ……」

潮の肩を踏んで、敷波が単装砲を構える。
潮に向けて。

「あは」

敷波は嗤っていた。



 

今日は以上 レスサンクス

壊れていく...

ピンクみたいに読む事あるからなぁパソコンリアクションネットワーク揚げカウントダウンゲームしますのでかなりこの情報についてメールします?ありすぎまっか。これでハードル上げしないようにめきめきと胸囲がでしゃばるわけだけどねんけど!!でも注射きらいです木原さんをTwitterや問題な中毒性を気取っていった分ガッカリ感覚が長々補足しますのでちょっと!私にスマホお年玉の繰り返しだと言われてから確かのツッコミ入れようというご覧くださいまへん。あなたまで気持ち悪さを通報できるか、確実に聞いても行ったものではないので勘違いしないようにめきめきと笑える場合から何だっつーのしないようになる?そしてこの情報に集まった場合でさえ言えそうな問題としてはプレゼントいたします?彼以外について簡単に食べようとか基本的だったろ!?

乙です

乙です

忘れてた、今日で2年になりました。いつもありがとうございます。あとすこし、よろしくです。

おつおつ
救いがあるといいなぁ

乙です

127.

「なんだってんだァ、さっきから! 鎮守府が砲撃食らってんのか!?」

狼狽する天龍。
龍田が緊張を込めて言う。

「敵艦隊接近。総員戦闘準備」

過剰に反応した北上が焦って単装砲を取り落しそうになる。

不味い、
と龍田は思った。

鎮守府が砲撃されて提督は死亡あるいは少なくとも指揮不能な状態にあると考えられる。
本命であるはずの側面奇襲は実行されておらず、敵は無傷のまま侵攻中。
新兵の北上を連れてたった二人で防衛戦を強いられるのにも関わらず、撤退の判断をする者もいない。

「はぁ……やるしかないわね~」

矛を下段に構えて、龍田はぞっとするような笑顔を浮かべた。
天龍も振り切れたように呵呵と笑う。

「笑っ、てる……」

二人の表情を見て、北上はぐっと砲を握る手に力を込めるのだった。
 

ゆら、と闇の中に光が灯る。
ルシフェリンの光が、ぽつぽつ、と見えてきた。

「砲撃準備。微速前進。戦艦の砲撃に注意!」

こちらは灯火管制を敷いているが、背後の鎮守府が炎上しているせいで捕捉されやすくなっているだろう。
しかも敵戦艦が電探を装備している可能性も高い。
動かなければ的だ。

光が爆発的に膨張。

「回避運動っ!」

速力を上げた三人の後ろに砲弾が落ちる。
腹の底に響く轟音。
噴き上がった海水が三人に降りかかる。

「ハッハッハーッ! 糞袋が4,50ってところか! いいじゃねーかァ、ぶっ殺してやる!」

髪をかきあげながら天龍が砲塔を敵へ指向。

「第五戦速! 至近距離まで接近するよ~」

三人の主機が唸りを上げる。
敵駆逐艦の砲弾が降り注ぐなかを駆け抜けて、敵艦隊へ突撃。

【グルルルァァァ―――ッ!】

「ハァ……ハァ……ッ」

恐怖と緊張ですぐにでも引き鉄を引きたくなる衝動を抑えるのに必死な北上。
深海棲艦の敵意に心臓を掴まれているような。

 

「探照灯照射」

夜闇を切り裂いて、一条の光が敵を照らす。
巨大な砲塔の戦艦、こちらを睨む重巡、異形の軽巡、そして涎を垂らして咆哮を上げる駆逐艦。
北上はぞっとした。

「撃て!」

龍田の号令のもと、三人は敵重巡へ砲撃を集中させる。

「敵艦隊を通過後、反転して一斉に雷撃!」

行きがけの駄賃とばかりに駆逐艦を斬り捨てながら龍田がくるりと向き直る。
天龍と北上も同様にして、魚雷発射の体勢を取った。

探照灯の強い光は、相手を照らす一方で闇をより濃くする。
だから、龍田といえどそれに気付くのが遅れた。
三人とも雷撃の準備をしていた。
敵はまだこちらに振り返りつつあった。

「――雷跡ッ!」

とぷりと、水から顔だけを出しているのは敵潜水艦。潜んで雷撃のチャンスをうかがっていたのだ。
声を上げる間もなく、北上を衝撃が襲った。
爆発。

「北上ィッ!」
 

「……くっ」

魚雷を放ってから龍田がそちらに目を遣る。
探照灯は消したが、まだ目が慣れない。

「っはぁ、げほっ!」

北上は海面を転がった後、膝をついて体を起こした。
魚雷が命中する直前、突き飛ばされて助かったのだ。

「だ、誰が……」

天龍や龍田ではない。
北上の身代わりとなって魚雷を喰らったのは、

「お、おい、っち……?」

大破した大井が、沈みかかった状態で海面に倒れている。
慌てて北上は助け起こした。
 

「北上! 無事か!」

「うん! でも大井っちが……!」

「大井!?」

「ふたりとも聞いて。退避するわ。天龍ちゃん、アレお願いね~」

「おお! 北上、大井を連れて下がれ!」

「ど、どこにさ!」

「どこでもいい! 敵から隠れろ! 龍田、行くぞ!」

「は~い」

北上から離れながら天龍が探照灯を点灯。そしてすぐに消す。
次に龍田が反対方向へ移動しつつ探照灯を照射する。こちらも一拍おいて消した。
ふたりが交互に敵の目を引きつけながら移動していく。
 

北上は歯を食いしばって、大井を曳航し始めた。

「き……きた、かみ……さん……」

朦朧としたまま、大井がうわごとを呟く。

「大井っち! しっかりして! すぐに逃げて、すぐ、すぐ……っ!」

大井に声をかけていた北上が、殺意に鷲掴みにされたかのように顔を上げた。
敵潜水艦がこちらを見ている。
どんなに夜が暗くても、どんなに天龍と龍田が敵の目を引き付けても、潜水艦のソナーには意味がない。

「あ……あぁ……!」

北上の脳裏をよぎるのは、辛い思い出ばかりだ。
覚えのない自分を語る羽黒の涙――。
自分ではない"北上"を慕う大井に胸倉を掴まれ、罵られた――。
営倉で絶叫し、暴れる大井の姿――……

それでも。

「ああああこっちくんなああああああっ!」

それでもやはり北上にとって大井は大切なのだ。
大井は、"私"を助けてくれたのだから。
守らなければならない。
北上は涙目になりながら単装砲を構え、敵に向かって撃った。



 

128.

――血の味。

「……ぁっ」

意識を取り戻した提督は全身の痛みに襲われた。
裂傷、擦過傷、打撲、それからもしかすると骨折。
体が動かない。

「おい。提督殿が目を覚まされたようだぞ」

「ああ。中隊長に伝えろ」

「すぐ来られます」

聞き覚えのある声。
重たい瞼をこじ開けた。
闇に包まれたなかで数人が蠢いている。

「おい。明かり」

「は」

携帯電燈が点灯し、ほのかに辺りを照らした。
闇に潜んでいた人間は、暗視ゴーグルを着けた特殊部隊のようないでたちだった。
そのうちの一人が近づいてきてゴーグルを押し上げる。

「提督も運が悪いですね」

「君は……」

それは、この鎮守府で観測班を務めていた男だった。
 

「うちの戦艦の砲撃が運悪く司令室に命中したのですよ」

「そんな装備が鎮守府にあったとは知らなかった」

暗視ゴーグルを見ながらの提督の言葉に観測班は頬を歪めた。

「備品の管理も我々の業務範囲内ですから」

提督の手足は容易には千切れないような紐で縛られている。
少し離れたところから砲撃音が聞こえてくる。

「驚かれないのですね」

提督は肩をすくめた。

「サプライズだったのか? なら期待が外れてすまなかったな。だいたい予想通りだよ」

「何?」

観測班の眉がピクリと動いた。
声のトーンが落ちる。

「気付かれていないとでも思っていたのか? おめでたいやつだな」

今度は提督が頬を歪める番だった。




 

今日は以上 レスサンクス

乙です


ついにラスボス?

おつ

乙です

129.

「敷波っどうしたんですか!? やめてください!」

「あは」

敷波は嗤った。

霧の中で北上を沈めた後も。
提督に北上のことを問い詰められた時も。
部屋に閉じこもって、思い出している時も。

敷波は嗤っていたのだ。

「ごほっ、ぐぅ……っ」

潮が呻く。
声を頼りに比叡が接近すると、敷波はあっけなく離れた。
潮を助け起こす。

「す、すいま、せん、ひえいさん、げほっ、へ、へいきです……」

「無理しないでください。潮」

ざっ、と背後で水音。
比叡は反射的に前転した。
一瞬前まで比叡がいた空間を敷波の単装砲が薙ぎ払った。

「しき、なみちゃん……っ」

「潮は逃げてください! 敷波は私が止めます!」

敷波はすぐさま夜闇へと溶けた。
 

潮は言われたとおりにしようと思った。自分が足手まといになるのではないかと危惧して。
しかし、思い出した。

中将視察の直後、風呂で曙と決意したではないか。
守るのだ。
自分が、仲間を守るのだ!

そう思い直すと、状況がよく見えてきた。
とにかく敷波を止めなければならない。
比叡は戦艦で夜戦向きではない。敷波は夜闇を巧く利用できる。
自分にできることは何か。

腹を押さえながら、潮が比叡に手を差し伸べる。

「だめです! 私のほうが夜目が効きます」

比叡は一瞬あっけにとられたが、すぐににやりと笑った。

「わかりました。では敷波が見えたら言ってください!」

「はい!」

突如、比叡の艤装が爆発した。
敷波が声に向けて砲撃したのだ。

「がぁァッ!」

「比叡さんっ!?」
 

「あはは」

砲煙をたなびかせて敷波が現れる。

「くっ!」

潮が唇を噛みながら向けた単装砲を掻い潜って敷波の右足刀が振り抜かれる。
敷波のつま先が潮の脇腹にめり込んだ。

「あぐぅッ!」

「敷波ィッ!」

比叡が中破しながらも敷波に掴みかかる。
敷波の左手首を握ることに成功するが、敷波は単装砲を比叡の右腕に向けて躊躇なく引き鉄を引いた。

「うッぐあああああっっっ!?」

比叡と敷波が反対方向に吹き飛ぶ。
比叡の右腕は根元から引きちぎられて無い。ばしゃばしゃと血が海面に落ちる。

「ああああああうでがああああああっ! しょうきですかッ! しきなみいいいぃぃぃぃ!」

潮の目が起き上がる敷波を捉える。
敷波は唇を半月状にして嗤っていた。その手には比叡の右手首。撃つ直前に掴み返していたのだ。

「……あは」

愉しそうに、敷波がそれをぽとりと捨てた。
とぷんと水面に吸い込まれ、沈んでいく。
その様子を見ながら、敷波はぞくぞくと背筋を震わせた。

「沈んでく……ふふ」

「敷波ちゃん……?」

深海棲艦よりも得体のしれないモノ。彼女は本当に敷波なのか。
ソレは明らかに潮の知っている彼女ではない。
 

「ぐぅ……うしお……っ、あなた、だけでも……っ!」

左手で右肩を押さえながら比叡が切れ切れにそう言う。
指の間から血が溢れ出している。

「潮」

「ひっ……!」

ぐりんと敷波が潮を見た。
体が動かなくなる。
息ができなくなる。
目が離せなくなる。

「うしおっ……にげてください!」

「ぁ……ぅ……」

敷波が単装砲を潮に向ける。

撃たれる。
死ぬ。
――死ぬ!

死を目前にした潮の内腿を温かい液体が伝った。

「敷波っ!」

鋭い声とともに一閃。探照灯。綾波である。
先ほどの砲撃音を頼りに探し当てたのだ。
一瞬で状況を把握する。

「綾波」

「敷波! やめて! 砲を下ろして!」

説得しようとする綾波に対して、敷波は無表情である。
まったく予備動作なしに敷波は砲撃した。



 

130.

「沈めぇっ!」

暴れまわる隻腕の霞に対して、陸上護衛部隊は距離を取り続けていた。

「照合完了。ターゲット1を試料番号FK021001と認定。殺さずに確保せよ。行動開始」

一人の合図に「了解」の応答が唱和する。
三人が霞に向かって完璧に同じタイミングで海面を滑り出す。

「このォッ!」

霞の砲撃を冷静に回避した一人が艤装から曳航索を引き出して手元に手繰り寄せる。
捕縛するつもりである。

速力を上げて背後に回り込もうとする一人に対して霞が振り返りざまに突撃。
一挙に距離を詰める。

「スペック以上の速力。兇暴化の影響と思われる」

冷静に分析する陸上護衛部隊。
霞は勢いを乗せた蹴りを繰り出す。
だが、陸上護衛部隊はそれを片手で見事にいなした。

「ちっ!」
 

着水した霞に曳航索を持った一人が接近する。
咄嗟に主機を後進一杯、なんとかそれをかわした霞。
だが最後の一人が霞の背後で待ち構えていた。

「かァーすみィーッ!!」

「っ!」

声に反応して霞は尻もちをつくように後転した。
その上を飛び越えていくのは夕立である。

「なっ!? ぐあっ」

夕立の急襲に虚をつかれた陸上護衛部隊の顔面に見事に跳び蹴りが決まった。

「なにこいつ!」

「敵よ!」

霞の返答に夕立は犬歯を見せて笑いながら着水。

「こいつらがクズ司令官を!」

「へーえ?」

目を赤く光らせて、夕立が喉を鳴らす。
それは、怒りの唸り。

「殺すっぽい」

 

「分隊長! 艦娘が一隻増加! 白露型、夕立です!」

「退がるぞ。あれもサンプルだろう。照合を要請しろ」

「はい!」

「"深海の狂気"でいかに兇暴化していようとも遅滞に徹すれば――」

喋っていた陸上護衛部隊の頭上から夕立が降ってきた。
鈍い音がして首の骨が折れる。

「ば、かなッ! 救援要請! 助け――っ」

残る一人がばらばらに砕け散る。
霞が義手で砲撃したのだ。
ぞくぞくと甘い痺れが霞の全身を駆け巡る。

嗚呼、なんて気持ちイイのか。

「――夕立、次いくわよ」

「っぽい」

殺す。次も殺す。ぜんぶ殺す。
殺したい。壊したい。沈めたい。
そうすればきっと、

もっと気持ちイイ――



 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です


さすが狂犬
深海の叫びなんて関係なくイッてるっぽい!


(アカン)

131.

「はぁ……はぁ……司令官さん……」

羽黒は鎮守府の瓦礫のなかを背を低くして歩いていた。
陸上護衛部隊が砲撃をやめて分散したのを見て提督を捜索し始めたのだ。

「こんな……ひどい……」

事務資料や書籍が燃えている。
それぞれの私物である衣服なども燃えてしまっているだろう。
涙を眼に浮かべながらも羽黒は歩みを止めない。

と、いきなり誰かが羽黒の口と体を抑えつけた。

「っ!?」

慌て、抵抗しようとする羽黒。
その眼前に小柄な人影が飛び出る。

「安心して。あたしよ」

曙であった。
羽黒を解放したのは山城である。

「な、ど、どうして、退避したはずじゃないですか……!」

「あたしがやられっぱなしで逃げるわけないじゃない」

胸を張る曙。
山城はいつもどおりの表情で、

「曙に引っ張られただけよ」

と言った。

「で、でも……」

「とにかく、ここは熱いし煙たいし、もう少し安全なところにいくわよ」

「し、司令官さんが、」

「クソ提督が? ……とにかく、二次災害を避けるためにも、ここにいるべきじゃないでしょうが」

「そうね……気持ちはわかるけれど、曙の言うとおりだと思うわ」

「は、はい……わかりました」

そうして三人は乾いた側溝に避難した。
 

少し離れた海のほうから、散発的に砲撃音が聞こえてくる。
そこで羽黒は状況を二人に話した。

「なん……ですって……?」

曙が絞り出すようにそれだけ呟いた。
山城は腕を組んでいる。

「その陸上護衛部隊とやらが鎮守府を攻撃して、艦娘を捕まえようとしてるのね……不幸だわ」

「はい。そう言っているのを聞きました」

「霞は陸上護衛部隊と戦闘。天龍・龍田・北上が深海棲艦と戦闘。比叡・敷波・潮・夕立がなにかトラブルで、綾波はそこに向かった。
 ……大井は?」

指を折っていた山城が眉をひそめる。
え、と声を漏らす羽黒。

「地上に上がったのは綾波ちゃんと私と霞ちゃん……まさかまだ営倉に……!?」

「待って。営倉の鍵は開けたんでしょう? だったら脱出しているわよ」

「綾波ちゃんが開けたはずですが……」

じわりと、曙が立ち上がる。

「クソ提督が……殺された……?」

呆然自失とした声に羽黒は曙が霞と同じように激昂するのではないかと危惧した。
だが、曙はその予想に反してぽろりと涙を零した。

「ク……ぅっふうぅ……っ」

顔を赤くして泣いている。
 

膝立ちの山城が曙を抱き寄せた。

「羽黒。提督の安否は誰か確認したの」

「えっ? あっ、いえ! 先ほどまで捜索していたんですが……」

「ほら。まだ彼が殉職したとは限らないわ」

曙は嗚咽を漏らしながら頷いた。
彼女が落ち着くまでの間に羽黒は状況を整理して考えをまとめた。

「疑問がいくつかあります。まず、なぜ陸上護衛部隊が攻撃してくるのか。これは考えてもわからないので保留にします。
 次に、灯火管制下にあった鎮守府をどのように砲撃したのか」

羽黒は海上での戦闘時と同じような様子である。

「これには二つの可能性があります。ひとつは深海棲艦が砲撃した可能性。
 しかし深海棲艦といえども夜間、観測もできない対象に直撃は難しいはず。偶然ということも考えられますが次に行きます。
 もうひとつは陸上護衛部隊が砲撃した可能性。
 彼女らならば深海棲艦と違って昼間から潜んでおいて照準を合わせておくということが可能です」

目元を赤くした曙が鼻をかんだ。

「ところで、陸上護衛部隊と深海棲艦の襲撃が同時であるのが偶然とは考えにくいです。
 深海棲艦の撃退のために艦娘が出払ったときを狙ったと考えるべきでしょうが、深海棲艦の襲撃を事前に察知することはできません」

「それができたら苦労しないものね……」

「ここからは想像でしかありませんが、深海棲艦の接近を最も早く察知できるのはこの鎮守府です。
 陸上護衛部隊は鎮守府の索敵網から情報を得ていたと考えられます。傍受か盗聴か、あるいは……」

「――リークか、ね」

曙が言う。
羽黒は頷いた。



 

132.

「――リークしていたんだな、君たちが」

提督が縛られたままそう言った。
観測班の男は仮面をかぶったような無表情である。

「鎮守府の情報を使えば深海棲艦の襲撃を知ることは容易い。
 陸上護衛部隊へリークし、我々には情報がいかないよう握りつぶした。山城の戦闘報告書と同様にな」

それによって陸上護衛部隊は周到に準備ができ、鎮守府側は奇襲にさらされることになったのだ。

「君たち事務職員の一部がまっとうな経歴でないことはわかっていた。
 事務のキャリアを諜報部に洗ってもらったんだよ。そうしたら、半分以上が特殊な訓練を受けた工作員だということが判明した」

提督が着任した日、彼は艦娘の配属事由だけではなく、事務の経歴も確認していた。
そこで違和感を覚えたのだ。
違和感がないのが違和感――とでも言おうか、あまりに「らしすぎる」のだった。

だから提督は同僚に頼んで諜報部に動いてもらった。
そしてその結果を中央で受け取ったのである。

――大井に現れている症状。北上の記憶喪失。それから、もうひとつ気になるのが……

それが、事務についてであったのだ。
マッチ箱で伝達された情報は諜報部の調査結果だった。

「………」

観測班は眉一つ動かさない。
それは暗に提督の言葉を証明していた。

「中隊長」

「どうした」

観測班に別の男が近づき、なにやら耳打ちした。指示を返す。
提督は砲撃音の聞こえる方角を特定しようとした。5時方向。時間はどれくらい経ったのか。

「君たちの狙いを当ててやろうか? 艦娘らの確保だろ」

衝撃。観測班の素早い蹴りで提督は地面に倒れた。手足が縛られているため顔面がこすれた。
痛みに呻いてから、それでも笑う。
 

「やっぱりな。"深海の狂気"に侵された艦娘のサンプルを回収する必要があるんだろ?
 この鎮守府は艦娘の実験場だったわけだ。艦娘がどのようにして深海棲艦へと堕ちるのか、という」

観測班の隣にすっと立った小柄な工作員が拳銃を提督に向けた。

「待て」

「危険です。彼は知りすぎている」

声を聴くに女のようだった。観測班がその手の銃を押さえる。

「まだ利用価値がある。殺せという命令もない。だが、」

観測班は女の銃をゆっくりと動かした。
手を離す。銃口は提督の足を向いている。

「少しばかり静かにしてもらおうか」

照明のスイッチを押すような気軽さでトリガーがひかれた。
提督の太腿を撃った。
サプレッサーで大した音もしなかった。

「がっ! ぐあああっ!」

提督が痛みに身体を引きつらせる。その頭を観測班が踏んだ。

「静かにしてほしいと言っているじゃないですか」

涙を流しながら提督は歯を噛みしめて激痛をこらえる。
砂が顔をこする。
提督のズボンが血で赤く染まりだした。

「ぐ……っ。勝負は、君たちの負けだ……! 予想通りだと、言ったろう」

切れ切れにそう言う提督を、観測班は冷徹な目で見下ろしている。

「あなたはここで捕えられている。あなたの艦娘たちは陸上護衛部隊が確保する。これ以上どのような手を打つというのですか?」

「海のなかで、もっとも大きい動物を、知っているか?」

「なにを――」

訝しげな観測班の反応に提督はにやりとする。

「クジラだよ」




 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

133.

順調に敵を攪乱させていた龍田と天龍だったが、しばらくしてから天龍はガクンという衝撃とともに動けなくなった。

「なん、だっ!?」

「天龍ちゃん、どうしたの」

龍田の緊迫した艦間通信に怒鳴り返す。

「暗礁だクソッタレ! 座礁しちまった!」

衝撃で主機が破損し、天龍の足もざっくりと切れている。
すぐに応急処置にかかるが、この暗闇では主機に手を入れることは難しい。
小さく舌打ち。

「天龍ちゃんすぐに救助に向かうわ、なるべく深海棲艦に気付かれないように――くっ!」

「どうした龍田!」

「敵艦隊に遭遇、軽巡2に駆逐3。殲滅する」

氷点下の声で龍田が告げて、通信が途切れた。
口の中で罵って、ふと天龍は見えない水平線へと顔を向けた。

 

何か音がしないか。
波と風の音。だけではない。波をかき分ける、航行音。

【ガアァッ!】

「クッソがっ!」

天龍が気付いた瞬間に敵駆逐艦が跳びかかってきた。なんとか身を反らして回避。
続く二隻目の駆逐艦には刀を立てて防御する。
火花が闇に散る。

「最強のオレに挑もうってのか? いい度胸じゃねェか!」

吼える天龍に向けて敵軽巡および重巡が発砲。
天龍は動けないため狙い撃ちである。

「だったら、こうだッ!」

探照灯を照射。敵軽巡を照らしだし、12.7連装砲で射撃する。
だが敵駆逐が天龍の足に食らいついた。

「があああっ! この野郎!」

何度も柄を叩き付け、駆逐艦の頭蓋を割って引き剥がす。
天龍はそのまま刀を突き出してもう一隻を貫いた。
引き抜く。血塗れで天龍は哄笑した。

「おらおらァ! ビビってんのか!?」

砲撃が命中するが、天龍は倒れない。
海から狂気が這い上がり、傷を鉄鋼で補っていくのだ。

"深海の狂気"による天龍の症状は誇大妄想。
自らを最強だと思い込み、それに反する現実を無視してきたのである。
いまや狂気の深度は深海棲艦に匹敵するほどになっていた。

「くはははははっ! オレが最強だ!」

砲撃。
敵軽巡が粉々になる。

しかし深海棲艦は駆逐艦を筆頭に続々と集結しているようだった。

「いいぜェ、ゼンブ沈めてやるッ!」

連装砲が火を噴く。
刀が縦横無尽に振るわれ、跳びかかる駆逐艦を切り捨てる。

深海棲艦の隊列が乱れる。
龍田が背後から強襲したのである。

「天龍ちゃん! 無事!?」

ノイズまみれの艦間通信。
天龍は血と鉄と狂気で覆われながら笑った。

「なんてこたァねェ! オレの弾に当たるなよ龍田ァ!」

「………。気を付けるわね~」

龍田は航行灯もつけずに闇に忍び、敵巡洋艦を屠っていくのだった。


フフ怖ちゃん……

134.

風と波の音しか聞こえない。
月も星も見えない。
体も艤装も動かない。

「ちぇっ……」

北上は大井を抱きしめたまま漂流していた。
お互い胸まで海水に浸かっている。


すこし前まで、暗闇の中を北上は逃げ惑っていた。
敵潜水艦は彼女が動けなくなるのを執念深く待っていた。狩りに確実を期していたのだ。
北上は対潜兵器を装備していない。
深海棲艦は水中でほくそ笑んでいるに違いないと北上は歯噛みした。

「きた……かみ、さん……」

大井の意識は未だ混濁している。

北上は目元をぬぐって、逃避行をやめることにした。
逃げられないのならば迎え撃つしかない。
敵は魚雷を確実に命中させるために浮上するのではないか。そこを狙うのだ。

果たして、敵潜水艦が姿を見せた。
潜水中からこちらのおおよその位置を特定していたのだろう、ほとんど指向を修正しなかった。
こちらが力尽きたと判断したのか、急いでいるようには見えない。

「くたばれクソ野郎!」

敵より先に、ありったけの魚雷を発射する。
潜水艦は瀕死だと思っていた相手が急に攻撃してきたことで、潜行するか攻撃するかでまごついた。
それが致命的だった。

「やった……!」

水柱が高々と上がり、敵潜水艦は断末魔の叫びをあげた。

「やった、やったよ大井っち!」

それは新兵である北上の初陣における初戦果であった。
浮かれるのもやむを得ないであろう。
だから、北上は気付かなかった。

「ら――雷跡っ!?」

もはや回避不可能なまでに接近した魚雷。
敵潜水艦は一隻ではなかったのだ。

そのとき、大井ががばっと北上の腕に取り付いた。

「大井っち!?」

「おあああああああッッッ!」

北上の14cm単装砲を魚雷に向けて発砲させる。
熟達した兵士である大井による照準は狙い違わず敵の魚雷に命中、誘爆させる。
しかしそれはあまりに至近距離すぎた。

「うわあぁっ!」「っ……!」

二人は爆発に巻き込まれ、もはや航行どころか水上に立つことさえできなくなってしまったのだった。


「ちぇっ」

北上はもう一度舌を鳴らした。
あのあと敵潜水艦はどこかへ行ってしまったようだった。二人が沈むのも時間の問題だと見抜いたのかもしれない。

「ごめんね、大井っち。守れなかったや」

もはやどちらが陸地かも、どれほど流されたかもわからない。

「……いいんです、北上さん……」

大井の口から言葉が零れる。北上ははっとしてその顔を見るが、大井は意識を取り戻してはいなかった。
だが台詞は続く。

「これからは……二人で……ずっといっしょに……」

ぽろぽろと、北上の頬を涙が伝った。
震える腕で大井を強く抱きしめる。

「うん、うん……! ずっと、いっしょだよ、大井っち……!」

大井と北上はひとつの影になって夜を漂う。
広い海に二人きりで。





今日は以上。レスサンクス

乙です

135.

砲撃音とともに潮は波に翻弄され、もみくちゃになった。
しこたま海水を飲んで咳き込む。
ぐいっと腕を取られる。比叡である。

「大丈夫ですか潮。動けますか」

「ごほっ、げほっ、は、はい」

敷波が撃つ直前に比叡が海面を砲撃したのである。
弾着が巻き起こした波によって敷波の照準は大きく外れて、潮は助かった。

「綾波が敷波を抑えています。いまのうちに撤退しましょう」

比叡が手を離すと、潮の腕にべったりと血が残った。比叡は右腕を失い艤装も破損して大破状態にあった。
潮は血の気の引いた顔でこくこくと頷くしかなかった。
ゆっくりと、その場を離れる。

「どうして! 敷波! どうしてこんなひどいことを……!」

第三戦速で水面を蹴立てる綾波。

「わかんない。でもみんなが沈むところを見たくてたまんないんだよね」

敷波も同様に駆け、姉から逃げ回る。
すっと単装砲を向けた。撃つ。

「!」

体勢を崩しながらも咄嗟に回避する綾波。自分も砲撃の対象になることに動揺を隠せない。
敷波が急激に転舵して綾波に突撃。

「あたしさ、ずっと思ってたんだよね」

低い軌道で敷波が蹴りを放つ。
ぎゅるりと身を翻してそれを避けた綾波がその勢いのまま回し蹴りを打ち込んだ。

「綾波は、優しくて、強くて、気立てがよくて、誰からも好かれる艦娘だよ」

身を屈めた敷波の左手が綾波の右足首を捉え、受け流す。単装砲を突きつけた。

 

「だから、」

優秀な姉と比較され続けてきた敷波は、綾波に対して誇らしさとともに妬ましさをずっと持っていた。
――綾波はすごい。
――自分は綾波とは違う。
敷波のこういった言葉は、親愛と劣等感の混淆した複雑な心情から発せられていたのである。

「――だから、ずっとキライだった」

体が開いてしまった綾波の単装砲が敷波のそれに絡みついてなんとか逸らせる。
砲弾が海水を吹き飛ばす。

「あっ綾波は、……っ」

言葉に詰まる綾波。
どうしてこんなことになったのかわからなかった。
なんと言ったらいいのかわからなかった。
喧嘩をすることがあっても、意見が合わないことがあっても、それでも決定的な断絶はないと思っていた。
信じていた。
だが目の前の敷波は嗤っているのだ。

 

「あたし、綾波を沈めたい。あは」

自分の台詞に何かを刺激されて敷波は声を弾ませた。
綾波は絶句している。
それでも体は訓練通りに砲雷武術を使いこなす。
単装砲同士が射線を求めて競り合う。

「あたしさ、北上さんを沈めたとき、すっごくショックだったんだ。気持ち悪くて気持ち悪くて、吐いて、涙がでて」

ぐっと敷波が踏み込む。
綾波の単装砲をすり上げ、一瞬無防備になった腹に拳を叩き込んだ。

「くぅっ!」

歯を噛み締めて綾波が加速し距離を取ろうとする。

「でも、ありがとね、って言って沈んでく北上さんを見てさ、――また見たくてたまらないんだよ。
 味方が、仲間が、友達が、沈んでいく光景をもう一度見たい。見たいんだ」

 

追いかける敷波が単装砲で綾波を狙う。
綾波もじぐざぐに之字運動して容易に狙いをつけさせない。

「綾波は受け入れてくれるって、言ったでしょ? だからさ、」

至近弾。
綾波の主機が異音を発した。
急激に減速。衝撃で機関が故障したのだ。

「――沈んでよっ!」

勢いを乗せた敷波の膝蹴り。
両腕を交差させてなんとかガードするも、綾波は海面に叩き付けられる。

「がはっ!」

綾波が単装砲を取り落とす。
すぐさま拾おうとした綾波の手を敷波がかっさらい、右腕をへし折ろうとする。

 

「くっ!」

敷波の膝を蹴って逃れた綾波がそのまま敷波の腕を掴み返して引きずり倒した。
掴みかかる。
敷波の単装砲もいつのまにかどこかにいっていた。
掴み合ったまま海面を転がる。

「綾波ィッ!」

馬乗りになって荒れ狂う感情のままに細い首に手をかける。
綾波が敷波の手をほどこうとするが叶わない。

「ぐッ……か……っ、ぁ……!」

「あはは。いいよ綾波! その表情が見たかったんだよ!」

窒息する綾波。
姉の首を絞めながら敷波は嗤っていた。
 

そのとき、

「!」

ばッと敷波が離脱。
寸前まで彼女がいた場所を曳航索が通り過ぎる。

「綾波型2番艦の捕縛に失敗。1番艦の捕縛に切り替える」

闇の向こうで覆面をかぶった艦娘が報告していた。
陸上護衛部隊である。

「な……なんでアンタらがこんなとこにっ」

一瞬困惑した敷波だったが、即座に判断をくだして逃げ出した。
ハンドサインを受けて数人がそれを追う。
 

複数の陸上護衛部隊が綾波を取り囲む。

「げほっ! ごほっ、ごほっ……。綾波を、助けにきてくれたわけ、じゃないですよね……」

「綾波型1番艦・綾波だな。お前を拘束する」

「目的は司令官ですか?」

素早く起き上がり、視線を周囲に走らせる綾波。

「お前が知る必要はない。兵装もない状態で抵抗しようと思うな」

「……綾波が、ときどき呼ばれる呼称をご存知ですか?」

暗視装置をつけていても、その速度に追いつけなければ無意味。
そして、たとえ見えなくとも、声が聞こえていれば居場所を知るには十分。

「――っ!?」

獣のように体勢を低くして綾波は飛びかかった。
左手で相手の砲を抑え、右肘を側頭部に叩き込む。

「――"鬼神"です」

連装砲を奪い取り、綾波は高らかに告げたのだった。



 

今日は以上 レスサンクス

乙です

おっつ

壊れていくな

乙です

136.

「う……?」

異変は、海に近づいたときに起こった。

羽黒らは、鎮守府内部に陸上護衛部隊を手引きした者がいる場合、提督の処分が目的であれば既にそれを終えている可能性が高く、
まだであれば処分が目的ではないだろうからすぐには殺されることはないだろうと考え、艦娘らを助けにいくことに決めたのだった。

しかし。

海に近づくことは、"深海の狂気"による影響を増すことにつながる。
山城は自らに語りかけてくる声を聴き、羽黒を脳を掻き回されるような頭痛が襲い、
そして、

「なに……これ……」

曙の単装砲がぐぱりと口を開けていた。
まるで、深海棲艦のように。
"深海の狂気"が曙を呑みこみつつあった。

「い、いやだ……っ。なんで!? このっ! 壊れろ!」

曙が単装砲を何度も地面に叩き付ける。
ひしゃげ、軋む単装砲が"狂気"によって修復され、"狂気"はさらに曙の腕へと侵蝕する。
 

「なんなの……っ!? た、たすけてっ! いやッいやああああああああっ!」

ガチンガチンと単装砲が歯を鳴らした。
蛇が這うように、曙の体も"深海の狂気"に作り変えられていってしまう。

「うああああああああああっ!」【ギィィィアアアアアアアアア!】

曙が絶叫し、単装砲が咆哮する。
その瞳にルシフェリンの輝きが灯る。
曙は深海棲艦に堕ちようとしていた。

「ぐううう……っ!」

倒れこんで呻く羽黒の爪が額を破り、血が流れた。
一方、山城はふらりと夜空を見上げている。

「姉さま……? どこから……? 姉さま……」

ふと、己の腹に手をやる山城。さする。

「ああ……ここにいたんですね姉さま。最初からずっと、私と一緒に……」

慈しむような表情で、山城は幸せそうに笑うのだった。


 

137.

「分隊長! こいつらは危険ですッ! 殺処分の許可を!」

「ダメだ! 任務はサンプルの確保だ!」

「しかし――ごぁッ!」

夕立の踵が陸上護衛部隊の頭頂部に直撃し、頭蓋骨を粉砕して脳漿を噴出させる。

「あははっ!」

空中に舞った夕立が次の獲物に照準。

「ッ――! 白露型の殺処分を許可ッ!」

指示を遺して分隊長の頭が消し飛んだ。
残りの陸上護衛部隊から向けられた殺意に夕立はぞくぞくと震えた。それは歓喜。
赤い目を爛々と光らせて、夕立は歯を剥き出した。

「とっても素敵なパーティ、しましょ?」

 

一方、霞は義手を背中側に捻り上げられていた。

「早く拘束しろ!」「了解!」

もう一人が曳航索を掴んで近づいてくる。
霞は頬を歪めた。

「不用意に近づいてんじゃないわよクズ!」

陸上護衛部隊の顔面を鷲掴みにする。
それは右手。

「なぁっ!?」

吃驚する陸上護衛部隊。
それもそのはず。先ほどまで霞には右腕がなかったのだ。
その右腕は、まるで水死体のように生白く、生気がない。
だが万力のような力で顔面を締め付けていた。

「"深海の狂気"の影響か!? このっ、やめろ! 手を離せ!」

背後の陸上護衛部隊がさらに力を加えるが義手なので無意味である。

「おあぁ……っ、がああ!」

みしみしと陸上護衛部隊の顔に覆面越しに圧力がかかる。
顔面を掴む霞の右手を両腕で外そうと抵抗するが、右手はびくともしない。

「くは!」

霞は嗤う。
 

ばきゃり、と音がして陸上護衛部隊の体が弛緩する。

「クソっ! 誰か!」

背後の陸上護衛部隊が応援を呼ぼうとする。
死体を捨てて霞は勢いよく振り返る。義手がぶちぶちと千切れた。構わない。

「きさ――おごッ」

陸上護衛部隊の口腔を霞の右手刀が貫通。あまりの勢いに頸椎が折れる。
霞が手を抜くと、陸上護衛部隊は崩れ落ちた。

「次!」

人影を見つけて急襲。
気付いて咄嗟に向けてくる砲の下へ潜り込み、勢いを乗せて手刀を腹に叩き込む。

「ぎッあああああああああああああああああああああっ!」

皮膚を破って肉へと潜った右手が内臓を掴み、掻き回す。
想像を絶する痛みに陸上護衛部隊が喉も裂けよと叫んだ。

「やめろぉっ!」「待て! あいつはもうだめだ!」

周囲の陸上護衛部隊を無視して、霞は腸を引きずり出した。湯気があがる。
 

「ごぼォッ! があああっ!」

血を吐きながらも霞を捕えようとする陸上護衛部隊。
霞は後進した。

「ぐぁあああぁぁぁああっ! ひィやめろおおおぉぉおおっぉ!」

「あははははっ」

腸で陸上護衛部隊を引っ張りながら、霞は弾けるように嗤った。
陸上護衛部隊の悲鳴は濁っている。

銃声とともに悲鳴が途切れた。
陸上護衛部隊が哀れな仲間の頭を機銃で撃ち抜いたのだ。
霞が速度を落として腸を手放す。

「曹長! こいつを殺します!」

「……仕方ない。総員、朝潮型10番艦を対象として殲滅行動――開始」

「了解。お前を殺す!」

憎しみのこもった声で告げられて、霞は身震いした。殺意が心地よすぎて。

「ひはっ! もう、バカばっかり……っ!」

恍惚とする霞なのであった。



 

今日は以上 レスサンクス

乙です
そして>>763
>「了解。お前を[ピーーー]!」


この台詞を言われた奴は死なない(某ガンダム的に)

おつおつ

乙です

おつ
どうなってしまうんや一体…(戦慄)

138.

ぞぶり。

【ゴアアアアアアアアアアアッ!】

敵軽巡の背後から心臓があるであろう位置を貫く。
矛を引き抜くと、深海棲艦の体液が吹き出て龍田を濡らした。

「はぁ――はぁ――っ!」

龍田はかなり消耗していた。
細かい傷だらけで、髪も服もぼろぼろである。

【グオオオオッ】

「!」

倒したと思った敵軽巡が最後の力を振り絞って腕を振るう。
斬り落とそうとした矛を、血で滑って取り落としてしまう。

「――ァっ!」

顔を張り飛ばされて、吹き飛ぶ龍田。
吼え猛る敵軽巡の顔面に、天龍が投擲した刀が突き立った。
辺りはようやく静かになった。

「無事かァ! 龍田!」

「ん――ごほっ。……ええ、なんとか」

矛を拾って、天龍に近づく。
龍田は、その姿に絶句した。
天龍はもはや、艦娘というよりも深海棲艦というべきであった。
 

「天龍、ちゃん」

「これが最強のオレの真の姿だ! フフフ、怖いか?」

表情を取り繕う余裕もない龍田が闇の向こうを振り返った。
矛を握りなおす。

「敵か! まだいやがったのか」

「気持ち悪い殺気ね~……コレ、深海のじゃないわよ~」

「面倒くせェな! 照らしゃあわかンだろ!」

龍田が止めようとするも天龍が探照灯をぎらぎら光らせて、間をおかずに射撃。

「敵、発砲!」「照合完了。天龍型軽巡確認。捕縛せよ」「もう一体は」「深海棲艦だろう。沈めろ」「了解」

「なんだァ!? こいつら!」

「わからないわ~。でも、敵なのは確かね~」

「それだけわかりゃあ十分だ!」

正体不明の敵が数十。
全員が暗視装備で、こちらは動けない天龍に自身は満身創痍。

「慎重に包囲を狭めろ」「分隊長。あれは深海棲艦ではありません。天龍です」
「何。そこまで症状が進行しているのか。貴重なサンプルだ、必ず捕獲しろ」

弾も魚雷もなく、敵の目的はこちらの捕縛。捕まれば何をされるかわかったものではない。
龍田は唇を噛んだ。
――ここまでか。

「天龍ちゃん。私たちはここで死ぬわ」

「ひゃはははっ! 悪くねェ! あいつら全員まとめて地獄へ道連れだッ!」

「ええ。三途の川の運賃が団体割引よ~」
 

覚悟を決めた龍田が砲塔や魚雷発射装置をパージ。
同時に天龍が砲撃を再開する。
陸上護衛部隊は散開して捕縛態勢へ移った。

「おらおらァッ! 死にてェやつからかかってこい!」

腕と肩に生えた砲塔を撃ちまくって、天龍が吼える。
高く上がる水柱と揺れる海面を龍田が疾駆し、矛を一閃。

「ぐあっ!」

曳航索と右腕が切り落とされ、飛んで海へ落ちた。
それより速く、石突が陸上護衛部隊の咽喉を潰し、振るわれた刃が二人目の頸動脈を掻き切る。
右、左と接近する陸上護衛部隊を突き刺し、斬りつけた龍田の艤装が爆発した。

「命中」「速度低下!」

距離をとっていた陸上護衛部隊のひとりが狙撃したのだ。
機関が吹き飛び、浮力を保つことが難しくなる。
龍田の右足が膝まで沈んだ。

「まだ――っ」

背後から近づいた陸上護衛部隊を斬り伏せる。
天龍の砲撃にまぎれてもう一人の体を貫く。死体を盾にさらにもう一人。

「はっ――はっ――、天龍ちゃん……?」

肩で息をする龍田は砲撃音が止んでいることに気付いた。

「近づくな! 距離を取れ。動けなくなるのを待て」「分隊長。天龍型1番艦、沈黙」「どうした?」「不明です」

龍田は膨張した不安に急いで、だが艤装が爆発したせいで実際にはゆっくりと、天龍のもとへ戻った。
 

「天龍ちゃん。天龍ちゃん!」

じわじわと、陸上護衛部隊も包囲の輪を狭める。
天龍は喉を掻き毟って苦しんでいた。

「天龍ちゃん! どうしたの!?」

「うぐぁ……、……ぇ……」

「何? なんて言ったの」

「……ねェ」

「えっ?」

龍田が天龍の口元に耳を寄せる。

「――ノドが渇いてしかたねェェーッ!」

大音声に反射的に身を反らせようとした龍田が停止した。
ごちゅり。

「え――? ごふっ」

口の中を満たす血の味。
龍田は自身の体を見下ろした。

大きな顎が龍田の細い体躯に噛みついていた。

「血だァッ! 血が飲みてェーッ! がぁぁぁアアアアアアアッ!】

天龍の肩から生えた深海棲艦のごとき化け物がさらに深く龍田に牙を食い込ませる。

「あ――いいいいあああああああああっ!?」

内臓と骨を砕き潰されて、龍田は血の絡んだ悲鳴をあげた。
流れ出した大量の血と体液が海にばしゃばしゃと落ちる。
 

【グオオオオオオオオオオッ! ギアアアアアアアアアアアアアッ!】

咆哮する天龍。
意識が朦朧とするなか、龍田は急速に失われつつある力をかき集めて、矛を握り、

「……ぇ……ん……ね……」

天龍の胸に突き立てた。

【グッアァッ!? ガアアアアアアアッ!】

暴れる天龍。
狂気が傷を修復しようとするが、龍田の武装も神籬の一種であり、それを阻害していた。
陸上護衛部隊は遠巻きに様子を見ている。

「……――――」

龍田の手が力を失い、矛から離れる。
同時に上体がぐらりと倒れるところを、天龍の――まだ天龍のだと判別できるほうの――腕が抱きとめた。

【ゥゥゥ……げほっ――悪ィ、龍田……」

血を吐きながら天龍がわずかに正気を取り戻していた。
龍田の攻撃が狂気の侵蝕を押しとどめたのだ。
しかしそれは天龍の死をも意味していた。天龍の命は狂気によって繋ぎ止められていたからだ。

「天龍型1番艦、行動再開」「油断するな。慎重にいくんだ」

龍田を腕に抱いて、天龍ががくりと膝をつく。
天龍から生えていた砲塔が根元から折れて海へと還っていく。
かすかに、龍田が口を動かした。

たのしかったわ――

「ああ――オレもだ」

最期に笑って、ふたりは海に沈んだ。




 

今日は以上 レスサンクス

あぁ……

乙です

ミンナシンダ・・・シンデシマッタ

乙です

乙だで

139.

「海のなかで、もっとも大きい動物を、知っているか? ――クジラだよ」

「クジラ? 何の話です」

観測班が聞き返したその時。

「こーゆ~ことさぁ~ッ」

無造作に、同僚が歩いてきた。
片手でひとりの工作員を拘束し、もう片方の手で握った拳銃をこめかみに突き付けている。

「武器を捨てろ」

別の方向から武装した一群が現れた。

「憲兵、か」

包囲されていること、打つ手がないことを把握した観測班が一瞬だけ不愉快そうに顔を歪めた。

「両手を頭の後ろで組んでその場にひざまずけ」

観測班は言われたとおりにした。憲兵たちが手早く彼を拘束する。
工作員を憲兵に受け渡した同僚。

「よォ~ニコちゃん!」

「おせえぞクジラ」

「これでも急いだんだぜェ? 大勢で移動するのは骨だし~」

「遅くなって小官は個人的には大変申し訳ないと思っている。すぐに処置させよう」

中央で会った目つきの悪い憲兵が割り込んできて、提督の傷をちらと見て指示を出した。
 

「艦娘たちは」

拘束を解かれ、応急手当を受けた提督が木に背を預け座ったまま同僚に尋ねる。

「うちの第1と第2艦隊が救助に向かってるよん!」

「そうか……。無事でいてほしいが……」

「陸上護衛部隊が出動しているらしい情報を掴んでる。目的は艦娘らの確保だろーな」

「本当か? 深海棲艦に"深海の呼び声"だけでなく陸上護衛部隊まで……? 糞っ」

「艦娘を捕えるには艦娘が最適だからなァー。でも"呼び声"対策は安心しろって」

「なぜだ?」

同僚はにやりと笑った。

「長らく研究されていた"深海の呼び声"から恢復させる薬を持ってきた。まだ試作段階だけどネ!」

「薬、だと?」

「いえーす! その名も『間宮羊羹』!」

「なんだその名前は……」

「僕が命名したんじゃないデスしー。僕なら『オカシクナクナール』とかにするしー」

「どっちもどっちだ阿呆」

「ま、楽観視はできないのは確かだよね。でも今は報告を待つしかない」

同僚が珍しく悔しそうな顔をした。
それを見て提督も口をつぐんだ。予測はできていたのに守れなかった口惜しさは共通なのだ。

 

140.

「潮! 深海棲艦はどっちですかっ!」

「ダメです比叡さん! 傷に障ります!」

比叡と潮はいつのまにか深海棲艦に囲まれていた。
応戦しようとする比叡だが、砲撃のたびに右肩に激痛が走るのだ。
しかも艤装が大きく損壊しており、速度も出ない。

「やはり潮だけでも離脱してください! 潮の速度ならできます、私が囮になりますのでっ」

「それもダメですぅっ!」

潮の冷静な部分は告げている。
比叡は逃げられないし、攻撃もできない。自分がたとえ曳航できたとしても逃げ切れない。
自分ひとりで逃げたほうが損害は減らせる。比叡の言うことは正しい。
しかし。
それでも。

「私はあきらめませんっ! 比叡さんを置いていくなんて、絶対にイヤです!」

涙目になりながら潮は叫んだ。
直後、至近弾が彼女を吹き飛ばした。

「きゃああああああっ!」

「潮っ!」
 

海面に打ち付けられ、波に翻弄される。頭から海水をかぶるのは今夜で何度目だろう。
起き上がろうとする。
体中が痛い。四肢が動かない。単装砲もどこかへ飛んで行ってしまった。

【ゴアアアアアアアアアアアッ!】

耳障りな吼え声をあげながら敵駆逐艦が泳いでくる。
開いた口のなかに並んだ歯列。その奥の砲口。

――もうだめだ。

「い――や、だッ!」

太腿の魚雷発射管から魚雷を抜き取る。抱える。
これで巻き添えにしてやる。潮は決然と深海棲艦を睨んだ。

「キタコレ!」

突如、敵駆逐艦が爆散。
潮があっけにとられる。黄色い笑い声が響いた。

「今北産業! かわいい潮をいじめた悪い子はどこのどいつじゃー! 人生から垢BANしちゃうゾ☆」

漣が艦隊を率いて到着した。
すぐさま深海棲艦に砲撃を開始する。まず比叡に群がっていた数匹、続いて奥に控えていた重巡に向かって吶喊していく。
 

助けられた比叡がよろよろと潮に近づいた。

「援軍、でしょうか? 司令が呼んでくださったのでしょうか」

「わ、わかりません……。でも、と、とにかく、助かったぁ……っ」

深海棲艦を追い散らした艦隊が戻ってくる。
一番に漣が二人のもとに駆け寄った。

「潮、大丈夫!?」

「あ……漣ちゃん、ありがとう、へいき」

「比叡さんも――うぉわっ!?」

「情けないことに……。しかし、助かりました、ありがとうございます」

漣以外の僚艦は周辺を警戒している。

「どーいたしましてでっす! 帰投のために二隻つけます。他の艦娘の位置に覚えがありますか?」

「あっ! 綾波ちゃんと敷波ちゃんが……っ」

「おそらくあちらの方角だと思います。しかし、重々気をつけてください。敷波は危険です」

比叡の忠告に、漣は一瞬真剣な表情をした。それから、にへら、と笑う。

「おっまかせあれー☆ じゃあ向かいますねーほいさっさー!」

比叡と潮のもとに二隻を置いて、四隻でさらに進む漣ら。
空気がぴりぴりしてくる。戦闘の雰囲気である。

「あれは……綾波、と? 夕立?」
 

掴みかかる陸上護衛部隊の手をするするとすり抜けて綾波がその腰の短剣を巧みに強奪する。
そのまま左腋の腱を切る。

「こいつッ!」

右手を捌いて綾波は背後へと回る。
両足の腱を切って、背中をどんと押した。

「おわぁっ」「ぐっ!」

助力しようとしていたもうひとりの陸上護衛部隊とぶつけて機動力を奪う。
その隙に手際よく指を切り落としておく綾波。

「たった一隻に、陸上護衛部隊がなんてザマだ!」

「分隊長! 白露型が手に負えません!」

「撤退だ! 一旦態勢を立て直すぞ!」

了解、と応えようとした陸上護衛部隊が夕立の跳び蹴りを食らって首の骨を折って死亡。

「途中でパーティを抜けるなんてマナー違反っぽい!」

着水の際に起こした波に最大戦速で乗って夕立が再び中空に舞う。
艦娘の砲雷武術において波の変化を読むのは基本ではあるが、空中へと飛び上がる挙動は想定されていない。
しかも夕立はその状態の姿勢制御に本能的に長けており、

「メイドのミヤゲっぽい!」

砲撃の精度も非常に高いのである。
分隊長が咄嗟に回避したため、その片足が引きちぎれるだけで済んだ。
 

「なんか、漣たちいらなくね? 強すぎて草も生えない」

陸上護衛部隊の死体を半眼で眺めながら漣がため息をついた。

「漣? どうしてここに?」

姉妹でもある綾波が気付いて、兵装を奪った陸上護衛部隊を拘束してから近づいてくる。

「ご主人様と一緒に助けに来たよん! 憲兵もいるし~」

「憲兵?」

「事務に手引きしたやつがいるんだって。綾波も夕立も無事そうだね?」

漣が夕立のほうに目を遣る。そして瞠目した。

「霞!?」

「ひはっ!」

隻腕の霞が嗤いながら夕立へと襲いかかっていた。
その眼はすでに敵味方の区別を失っている。

「霞! なにするのっ?」

「あはははっ! みんな殺す! みんな沈める!」

「やだッ……!」

砲撃音。
霞の右腕の肘から先が吹き飛ぶ。綾波が見事に狙い撃ったのだ。
 

「さすが綾波! ――え」

「――ひは」

ぐちゅり、と。
湿った音がして、
水死体のような右腕が再生した。

「嘘でしょ! あんなのアリなんて聞いてないしーっ!」

ざわりと、霞の右腕表面が揺らめく。
深海の狂気が造り出したその腕は、金属の骨格を、同じく金属の繊維で覆って肉をかぶせている。
それによって異常な強度と膂力を実現しているのだ。
そして深海棲艦が復活するのと同様に、海と触れている限り破壊し尽くすことはできない。

「あ、綾波! 退こう! あれマジヤバだよっ」

焦る漣。
一方、綾波の集中力はますます研ぎ澄まされていく。

「あはっはははっはァーアアアアアアアアアッ!】

海水が爆ぜる。
瞬間、綾波が漣の隣から後方へすっ飛んだ。
あっという間もなく霞が綾波に肉薄、貫き手を繰り出し、綾波はそれに極限的な反応をして霞の右腕を掴んだのだ。

「だッ!」

波を掻き立てて綾波が着水し、霞を投げ飛ばす。
 

「ってーッ!」

すぐさま綾波が姿勢を整えて空中の霞に向けて砲撃。直撃。
減速する綾波の横を誰かが疾駆していく。
夕立である。

「っぽい!」

波を利用して跳躍し、落下する霞を掴む。

【ガアアアアッ!】

ルシフェリンの光を灯した双眸で霞が夕立を睨んだ。

「霞! しっかりするっぽい!」

海面に投げ落とし叩き付ける。宙で霞へ砲弾を撃ち込む夕立。

【ウオオアアアアアアアアッ!】

爆煙から霞が稲妻のように飛び出してくる。
再び一直線に綾波に向かうかと思わせて急激に面舵。

「!」

反射的にその動きに追随した綾波だったが、次の瞬間に霞は夕立と同じように宙を舞い、綾波の頭上を乗り越えていた。
 

身をひるがえし砲を突き付けようとする綾波の左手へと霞の掌底が打つ。

「ぐぅっ」

なんとか腕を引いて衝撃を逃がしたにもかかわらず、骨が肘から飛び出した。歯噛みする綾波。
牽制で連装砲を撃ちながら綾波が後退。
その影から夕立が飛び出し、霞に踵落としを喰らわせようとするが右腕に防がれる。

「硬……ッ」

体勢を崩して落ちる夕立の足首を霞が掴む。
マズい、と夕立が思う前に、猛烈な力がかかった。
霞が夕立を振り回したのだ。

【ルルルルオオオオオオオオオオオ!】

雄叫びとともに霞が夕立を投げ飛ばした。

「きゃあっ!」「ぐあっ」

狙いたがわず、夕立は綾波に激突。

【オアアアアアアアァァァァッ!】

瞳を青白く輝かせて霞が突っ込んでくる。
綾波は鋭く動きを見切り、霞の右腕を掴んで十字に固めた。綾波は左腕の激痛のためセーラーの襟を噛んでいる。

【!】

立ち上がった夕立が即座に二人に単装砲を向ける。
もはや手加減して霞を倒すことは不可能であると、夕立と綾波はわかっていた。
だから、こうするしかなかった。



 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

141.

敷波は岩陰に隠れていた。
緊張で乱れる息をなんとか殺す。

「………」

追っ手の陸上護衛部隊から逃げているうちに彼女は冷静さを取り戻していた。
自分は何をしようとしたか。

――あたし、綾波を沈めたい。あは。

――あはは。いいよ綾波! その表情が見たかったんだよ!

「……っ…」

しゃがみこむ。
涙がじわりと目尻ににじむ。
終わりだ。
ずうっとガマンしてきたのに。仲間に砲を向けてしまった。綾波を殺そうとした。

もうムリだ。
もうあの鎮守府には帰れない。もうあの生活には戻れない。
そう思うと、次々と涙が溢れてきて、海面にぽたぽたと落ちた。

「………」

しばらくして、陸上護衛部隊がいなくなったことを確認して、敷波は静かに去っていった。
鎮守府とは違う方角へと。

 

142.

目つきの悪い憲兵に案内されて、同僚の肩を借りながら提督は桟橋のほうへと歩いてきた。
火が焚かれている。
その側に三人の少女が横たわっている。

「羽黒。曙。山城」

「三人とも命に別状はない。寝ているだけだ」

憲兵はそれだけを言い残して、工作員らのもとへ戻っていった。
彼らから陸上護衛部隊へ投降を命じさせるのだ。

「安心しなって、『間宮羊羹』の副作用みたいなもんだYO!」

「そうなのか」

「"深海の呼び声"を心身から剥離させるのに意識は邪魔なんだよねー。だからまず昏倒させて、それから狂気を除去する」

「できるのか」

「そればっかりは神のみぞ知る~、いや、妖精のみぞ、かしらん?」

提督はため息をついた。
そうこうしているうちに、介添えに連れられて比叡と潮が、そして漣らが帰還した。

「オーナミサザ! オカエリナサーイ!」

すっとんきょうな声をあげる同僚の胸を漣が叩いた。

「ぐっほ!」

「ザギンでシースーみたいに言ってんじゃねー! いや、ていうか、めっちゃ怖かったんですけどご主人さまー!」

「おおよしよしよくやったぞーなでなで」

提督が足を引きずりながら近づく。

「比叡……君、腕が」

「ああ、いえ――司令、ご無事でなによりです」

「潮、君もずいぶん負傷したようだな」

「わっ私は、その、たっ大したことは……」

提督は即座に、特に比叡を入渠させたかったが、施設はすべて破壊されており、現状でできることはなかった。
しかたないので憲兵に応急処置を頼んだ。
それからもう一度艦娘らに向き直る。

「ああ……なんということだ」

「もーっタイヘンだったんですよーう!」

漣が割り込んでくる。
そしてはちゃめちゃな擬音まじりの報告をした。
 

―――
――


霞の右腕を極めた綾波ごと、夕立が撃ち抜こうとしたその瞬間。

「ちょい待ちーっ!」

必死に叫んだのは漣。
振り回している右手には黒い塊が掴まれている。

【オアアアアアアッ!】

「何、漣」

戦闘の興奮で瞳孔の開いた夕立が吼える霞から目を離さないまま訊いた。
綾波も力を緩めないが、限界が近そうである。

「殺さないでもいいってば! こいつを使えば! お前にふさわしいヤクは決まったァ!」

そう言いながら漣が手に持っていたものを霞の口に叩き込んだ。
霞が漣の手に噛みつきながらそれを咀嚼した。

「いたっいたたっ痛いっ!」

「漣、それは?」

「なんだかんだと聞かれたら以下略! 霞を元に戻せる。そう、『間宮羊羹』ならね」

噛んでいたセーラーの襟を口から離した綾波の問いに漣が答えた。歯型だらけの手を抜いてぴらぴらと振る。
唸っていた霞が弛緩し、瞼を閉じた。

「勝ったッ! 第3部完!」

がくりと綾波が力尽きる。失神していた。
夕立も息を吐きながら後ろに倒れた。手が固まってしまって銃把を握りしめたままである。

 

「……――ってカンジでもー危険が危ないっていうか頭痛が痛いっていうかー!」

「世話になった。ありがとう」

「へっ? あははいえいえいいーんですよこれくらい!」

「ていとくさーん……っ」

疲弊した夕立がふらりと倒れこんでくるのを抱き留める。

「夕立」

「ていとくさん……ゆうだち、がんばったっぽい……」

「うん。生還してくれて、ありがとう。ご苦労だった」

「えへへ……」

微笑みながら夕立も気を失った。
彼女を寝かせて、提督は海岸に座り込み、真っ暗な海を見つめた。

「あとは天龍、龍田、北上。敷波はどうした。それから、大井は……」

「おーい、ニコちゃん」

「なんだ」

「悪い知らせだ。うちの第二艦隊が投降してきた陸上護衛部隊を捕縛した。連中の話じゃ、天龍と龍田は沈没したらしい」

「……そうか」

「それから、敷波の行方は不明だ。途中まで追撃したが、見失ったらしい」

「……わかった」

「………」

同僚がぽいとなにかを投げた。マッチ箱だった。
彼が立ち去ったあと、提督は煙草に火を点けて、煙を吐いた。

「……嗚呼。日の出だ」

月も星もない夜の闇に、真っ赤な光が現れる。
長い長い夜が、明けようとしていた。




 

今日は以上 レスサンクス

乙です

乙です

乙でち

乙、やっと追いついた

143.着任

一か月後。

「……ああ。問題はない」

『重畳ちょーじょー、検査報告も見てるけど"深海の呼び声"はだいぶ弱まってるみたいネー』

「そのようだ。曙の幻覚や、山城の幻聴も治まっているらしい。
 霞は左腕はないし右腕は不自由でかなり不便しているようだが、兇暴化の兆候はないとのことだ」

『うんうん、ひとまず寛解だな』

「羽黒の頭痛と綾波の相貌失認はまだ残っているようだが……」

『それだけ進行が進んでいたんだろーな。療養を続ければ治る、はず。ほかに何か問題は?』

「潮がかなりショックを受けているようだ。それから比叡もずっと塞ぎ込んでいる」

『比叡は双極性障害に類似した"深海の呼び声"だったってー検査結果が出てるんだよな。今は鬱状態なんだろーな』

彼は深いため息をついた。
窓の外から、駆逐艦らが遊んでいる声が聞こえてくる。

『そーいや、憲兵が話してくれたんだけど、天龍はかなり進行が進んでいたそうだ。大井と北上は、妖精によれば漂流ののち沈没、らしい』

「妖精が? 敷波については何か言っていなかったのか」

『沈んでいないことは確かだ。妖精はそれ以上の情報提供を拒否しやがる』

「――我我は君たち人間にとっていつも便利であったろう、か。なんて嫌味だ」
 

『妖精との協定は人類全体との友好であって、ひとつひとつの問題に協力するかどうかは別だ、とか抜かしやがって。いつもどーりだけどさ』

「クジラ、お前また妖精と会ったのか」

『いんやぁ? 声だけだ。それにしてもニコちゃんはアイツに気に入られてるねェ』

「どういうことだ」

『敷波のことさ。どこへ行ったかはしらない、沈んではいないようだけどね、なんて嘯きやがったけど、通常の事例なら生存っつー情報すら出さねーもん』

「そうなのか」

妖精の妖しく輝く虹色の瞳を思い出して、特に嬉しくはないが、と苦笑した。

『なんにせよ、諜報部や憲兵も敷波を捜索してくれてる。ただ……』

同僚が珍しく言いよどんだ。

「わかってる。そろそろ諦めなければならない時期だ。もう一ヶ月も経って、無事でいると考えるほど、楽観的でもないよ」

『……ごめんな、ニコちゃん』

「クジラのせいじゃないさ」

捜索には多大な費用が掛かる。
公的な捜索活動は一週間で打ち切られ、そのあとは細々としたものになってしまっている。
顔を合わせるたびに、綾波の目が期待と、期待しないほうがいい、という葛藤でいっぱいになるのを見るのが彼も辛かった。
綾波はあれから、弱々しい微笑みだけで、すっかり笑うことがなくなってしまった。

「……とにかく。こっちは問題ない。みんなも少しずつ良くなっていくだろう」

『ああ。ザッツライト! なんかあったら――なんだ、どうした』

電話の向こうが騒がしくなる。
同僚がすっとんきょうな声を上げている。

「何かあったか」

『は、は、は、だ! ニコちゃん!』

「なんだ」

『敷波だ! 見つかったってよ!』

「!」

受話器を掴んだまま、彼は椅子を蹴立てて立ち上がった。


 

144.

その日の夕刻、彼はある港町にいた。
車を降りる。

「それでは小官はここで待機している」

運転席から剣呑な目つきの憲兵が言う。
彼は頷いて、波止場へと歩き出した。

事前の取り決め通り、敷波には監視のみで接触は彼が最初である。
係留柱に座って海を見ている後姿。
敷波だ。

「……司令官か」

敷波が振り返る。
変わっていない。
彼は心中で安堵した。

「残念だが、もう提督でも司令官でもない。俺は罷免された」

先日の騒動が誰の図ったものであろうと、誰かが鎮守府崩壊の責任は取らねばならない。
わかっていたことだった。
それを聞いて敷波は再び視線をもどした。

「あたしのせいだね」

「それは違う。俺は提督だった。だから、責任を取るのは当然だ」

「……司令官って、いっつもそんな言い方してない?」

「そうか? 今は艦娘専用療養所の所長が内示されている」

「じゃ、所長?」

「それが適切だが……、なんと呼んでくれても構わない」

「そうなんだ」
 

彼も、係留柱に腰を下ろす。
海鳥が鳴いている。

「あれから、どうしてたんだ?」

「ええと……、二日間くらい隠れながら逃げて、あとは海伝いにじょじょに……。
 でも列車でお菓子をもらったあのおばあちゃんに会って、お世話になってる。艤装は海岸の倉庫に隠して艦娘だってことは黙ってるけど」

「そうだったのか。不思議な縁だな。ともかく、無事でよかった」

敷波は黙って海を見つめている。
その心中は、凪か時化か。

「………。綾波は無事だ。帰ってこなかった者もいるが……」

「そう、なんだ」

「そうだ。……すまなかった。敷波。君には辛い思いをさせた」

首を垂れる。
敷波もうつむいた。

「そんな……あたしが……ごめんなさい」

「いや、敷波は悪くないんだ」

彼は"深海の呼び声"とあの夜の経緯について簡単に説明した。
もちろん艦娘が第二世代であるということは伏せて。
敷波は微妙な反応である。

「でも、あたし、綾波にひどいことしちゃったし……」

「報告は受けている。しかし綾波は君のことを恨んではいないよ。……帰ろう、敷波」

「……ムリだよ。帰れるわけない。あたしは潮を殴ったし、比叡さんを撃ったし、綾波を殺そうとしたんだよ!?」

「知っている。だが、それも"呼び声"のせいだ」

「――違う!」

「!」
 

悲痛な否定。敷波は両の掌を見つめている。

「そんなの関係ない。あたしは、あたしは愉しいんだ! 仲間を傷つけて沈めるのが……たまらなく愉しいッ!」

「敷波……」

少女は嗤っている。しかしそれは、なんと哀しい嗤いか。
自分が望まないことを、欲望せざるを得ない。
彼女は仲間を傷つけたくない。しかしその衝動が止まらないのだ。

「敷波の言っていることは事実だよ」

突然聞こえてきた玲瓏な声。
それは妖精の声である。
彼は驚いた。
敷波の肩にちょこんと小人が乗っている。

「うわあっ?」

敷波もぎょっとした。揺られて、小人が目を回す。

「おっと。落ち着いてくれないかな。我我は無害な存在だよ」

「妖精」

怒りを押し殺した声で呼ぶ。
こんな感情も妖精には通じないのだろう。

「やあ。久しぶりだね。元気かい?」

「お前は何もかも知っているのだろうが」

「そうだね、知っている。この敷波が"深海の呼び声"にたいして侵されていないこともね」
 

「どういうことなんだ」

「その言葉のままだよ。この敷波が仲間を害することに対して悦楽を感じることは、"深海の呼び声"とは無関係だ」

小人は瞳を虹色にきらめかせた。
敷波は困惑している。

「嘘だろ……」

「我我は嘘は言わない。話さないという選択を取ることはあるけどね」

「そんな、そんなことがあるか!」

彼は思わず立ち上がって声を荒げた。

「人間だって、法で許されない嗜好を持つ者はいるだろう。彼らだって、その衝動を理性で抑圧しながら生きている。
 否、そもそも君たち人類はその魂を抑圧しているのじゃないか。抑圧しなければ社会を構成できず、社会を構成できなければ生きてはいけない。
 君たちは狂気を孕んでいる。君たちの狂気こそが、深海に淀む狂気の源泉なのだ」

「ばかな……、それでは、人間がいる限り深海棲艦は生まれ続けるということではないか!」

「人類が海で戦い、大量に海で死ななければこんなことにはならなかったと我我は考えているけどね」

「……信じられない……」

力なく再び腰を下ろす。

「あ、あのさ……えっと」

「ああ敷波……すまない。君に聞かせるべき話ではないのに」

「いいや君に聞かせるべき話さ、敷波」

「おい妖精」

怒気をにじませる声にも、妖精はやはり頓着しない。
彼らには関係ないのだ。
 

妖精は呼びかけた。

「敷波。君の悩みは解決されることはない。君はその葛藤を抱えて生きていくしかない」

妖精の宣告。そこには善意も悪意もない。

「だが、それでも――生きていくはできる。君たちが心を持っている限りね」

小人がそこで彼のほうに笑いかけた。
彼は妖精の意図をぼんやりと察して苦る。

「だから、彼とともに生きていくがいい。敷波」

「え……あっ」

すう、と小人の姿が薄れて消えていく。くふふふ、と笑いながら。
彼は立ち上がった。
海を眺める。
青く、美しく、穏やかで、時におそろしい。

「敷波。帰ろう。君と紅茶を飲む予定が残ってるんだ」

手を差し出す。
ためらいがちに、敷波がその手を取る。立つ。

「なにさ、それ。別に、楽しみになんてしてないし」

照れてはにかみながら、敷波は悪態をついてみせた。

「ありがとう、敷波」

「ううん、こっちこそありがとう、司令官」

海は、静かに何度も波を寄せるのだった。



 

145.

中央に戻った憲兵はデスクで報告書を書いていた。
ぎろりと宙を睨んで思い返す。

あの後、二人は世話になったという老夫婦宅へ挨拶へ向かった。
老婦人は少女に迎えが来たことに泣いて喜んだという。
保護していた少女が艦娘であることには薄々気づいていたらしい。

それから艤装を回収し、二人を療養所に送り届けて、帰還した。
憲兵は「敷波を療養所へ移送。問題ナシ」と記した。
立ち上がり、報告書を提出して、ぶらりと外へ出た。

「………」

中央はいつも慌ただしい。
人と物資と情報が大量に行きかい、時間は飛び去るように過ぎていく。
一地方の小さい鎮守府が崩壊した今回の事件も、瞬く間に他の出来事に上塗りされていってしまうだろう。
だが、その前に彼にはやっておかねばならないことがあった。

目的の後姿を見つけ、憲兵は足早に歩み寄る。

「これはこれは中将殿。ご機嫌麗しゅう」

髭の中将が、今にも舌打ちしそうな表情で憲兵をねめつけた。

「狗が。近づくなと言ったのを忘れたのか?」

憲兵は中将の隣を悠々と歩く。

「これは小話ですが、中将殿もご存じでしょう、鎮守府が崩壊したという例の件です」

「知っている」

「いくつか気になる点がございましてですなぁ。なぜあそこにあんなにも"深海の呼び声"が集まっていたのか。
 事務に入りこんでいた特殊工作員は誰の指示で動いていたのか。陸上護衛部隊の手引きをしたのは誰なのか」
 

「それがどうした」

「中央の艦娘配属、事務と提督の人事、そして件の鎮守府の工作員。これらが共同して"深海の呼び声"が潜在的な艦娘を集め、研究していたのではないか。
 そして、"深海の呼び声"が進行し、それを抑えきれぬ事故が起こったことで観察は終了。鎮守府ごと証拠隠滅を図ったのではないか。
 こういう推測が成り立つわけです」

「ふん。くだらぬ陰謀論だ。そんなことを考えるために貴様ら狗はいるのか」

「確かにどこにも証拠はございませぬ。見事だと言えましょう。長く、地道で、周到な計画です」

「それが事実であるのならばな」

「そういえば、中将殿はあの鎮守府に視察に赴いていましたな。如何でしたか?」

「……何ということもない。ほかの鎮守府と変わらんわ」

「そうでしたか。ああ、中将殿はそこで演習をご覧になられたらしいですな。一目で陸の戦術と見抜いたとか。
 陸上護衛部隊の設立にも関わっておられた中将殿のこと、それくらい容易いことですかな」

「何が言いたい」

忌々しそうな中将の物言いに、憲兵は立ち止まって獰猛な笑顔を作った。

「我々憲兵は必ず真実にたどり着きます。規律を乱し秩序を脅かす者がその報いを受けることは必定。
 その日が来ることを、楽しみにしましょう。中将殿」

「………。勝手にしろ」

中将が角を曲がっていく。憲兵は踵を返した。
元の無表情に戻った憲兵は、牽制くらいにはなるだろう、と考えている。
そして戻るために中央の敷地を歩いて行った。
中央はいつも慌ただしい。



 

146.

この世界には3種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
もうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」だ。
そして最後が、深海棲艦に対抗するために妖精が生み出した「艦娘」である。

我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘とともに深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「本日付でこの艦娘専用療養所の所長に着任した。よろしく頼む」

ラウンジに集まった艦娘らは皆、見慣れた顔ぶれである。
羽黒、比叡、山城、曙、潮、霞、夕立、そして綾波と敷波。
彼は苦笑した。

「自己紹介は必要ないな」

小さく笑いが起こる。
彼はポケットの中で球磨の遺品であるお守りを握りしめた。そして離す。

「じゃあ今日は解散としよう。綾波と敷波は残ってくれ」

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼にとって、すこぶる心地よいにぎやかさだ。
そして彼は二人の艦娘に歩み寄った。

「なんでしょう、司令官」「司令官、なにさー」

彼はとっておきの秘密を打ち明けるように笑った。

「今日は二人にアイスをご馳走しようと思ってな」

綾波と敷波が顔を見合わせる。二人ともすぐに顔がほころび、彼に向き直った。

「やぁ~りましたぁ~っ」「やったね! ちょっとだけ、まじ嬉しいね」

「約束したからな」

笑顔の三人。
窓の向こうには見えるのは海だ。
海が、きらきらと輝いていた。







おわり


 

ありがとござましたー

完結お疲れ様でした

乙です

この重たい話を2年半もコツコツと…!
楽しませていただきました、お疲れさまでした


長い間楽しませてもらいました

私はどこにでも現れるって奴思い出した

乙~

夕立の症状がないない。

やはりぽいぬはオカシイのが普通だったのか。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年01月16日 (月) 04:56:36   ID: CjRyubAe

ゾクゾクしたわ

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