輿水幸子「ボクの手はあなたのために」 (16)
戻ってみると、なんだか事務所はしーんとしていました。
いたのは自分の机でめそめそと泣くプロデューサーさん一人。
「電気もつけずになにをしているんです」
そんな風に声をかけると、
「……ごめん、幸子、ごめん」
ちょっと洒落にできないような失敗をしてしまったそうです。
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「……とりあえず、電気くらいつけましょうよ……」
「いや、不要ですかね。カワイイボクが戻って来たんですから、こんなものを使わずとも事務所は自然と明るくなりますか!」
いつもより、少し大げさに言ってみました。
一瞬くすりと笑ってくれたようでしたが——じんわりと、染みるように、プロデューサーさんの顔には再び情けない表情が戻って来ます。
まったく、本当に頼りにならない人ですね!
「他のみなさんはどうしたんですか?」
と聞くと、
みんなもう帰っちゃったよ。
俺の失敗のせいで、今日の仕事は、全部なしになったからな、とのこと。
なるほど。
ですが、それで本当に帰宅してしまうのも、薄情な話です。
慰めるなり、次の手を一緒に考えるなり……。
逆に気を遣ったのかもしれませんが。
……いや、これほど泣き腫らす彼を置いて帰るんですから、みなさんさぞかしご立腹だったと思うべきですかね。
ふと……どこか自分が、他人ごとのように状況の把握に努めていることに気がつきました。
一応、ボクの仕事も——それも、大きな仕事が、一つ、台無しになってしまったわけです。
アイドルという仕事ですから当然、一つの失敗、損失は、他の仕事に驚くほど影響します。
要は、こんな風にのんびり考えている場合では、正直ないですし——感情的になって、プロデューサーさんに罵声の一つでも浴びせるくらいは……自然なことで。
「……ぅぅ……」
実際、彼がこうして縮こまっているのは、一つと言わずいくつかの辛辣な言葉を浴びたからでしょう。
一つでも十分壊れてしまいそうな、その頼りない身に、いくつもの罵倒を。
自分よりよほど幼いボクを前にしても、漏らす嗚咽がいつまでも止まる気配のない、意気地のないプロデューサーさん。
けれどどうでしょう。
さっきも思った通り——ボクは、そんなプロデューサーさんを見て、苛々すると言うよりは——……なんだか、そう、守ってあげたくなるような、少し違うような。
「大丈夫ですよ、プロデューサーさん」
それは果たして優しさなのかは分かりません。
ボクは、彼の背中にそっと手を当てて、ゆっくりと上下させます。
「ボクだけは何処にも行きません」
するとますますプロデューサーさんの目からから涙が溢れて来ます。
ああ、中学生のボクに慰められる、背広姿のプロデューサーさん。
幼いボクの手に収まるくらいに背を縮めたボクのプロデューサーさん。
ボクの行為に対照するに、ボクの背中を、何とも言えない不思議な感覚が這い回ります。
ぞくぞくします。
「……ごめんな、情けないとこ……見せちゃったな」
ようやく、プロデューサーさんの嗚咽が止まりました。
少し名残惜しく思いながら、ボクは彼の背中から手を離します。
「今さらなにを言っているんです」
「プロデューサーさんの情けない姿なんて、もう見飽きたくらいですよ! たまにはシャキッとした姿も見せてください!」
「……うん」
そんなしょぼくれた返事では信じられませんよ!
「……うん、ありがとう。ちょっと、元気出たよ」
「挽回できるように、頑張るな」
それでいいんです。
頑張ってください。
いえ……頑張りましょう。
ボクがついていますので!
「なあ、幸子」
「? なんです?」
「……もしまた失敗したときは、……その」
今から失敗したときのことなんて考えていてはだめですよ!
……と、一喝してあげたいところですが……いえ、まあ、今日くらい——ボクくらい、思う存分優しくしてあげましょう。
いいですよ。
これからは、ボクの手はあなたのために、ふふ。
・
・
・
「幸子」
「おや、プロデューサーさんですか。どうかしましたか?」
「……あ……えっと、その。今日、……ちょっと、辛いことがあって、さ」
「……またですか? くす……もう、プロデューサーさんは、本当に仕方のない人ですね!」
「……すまん」
「いいですよ、別に。……でもこんな風に、いつまでもボクに頼りっきりでだめだめなプロデューサーさんは、……」
「一生、カワイイボクのプロデューサーさんですからね!」
おわり
ヤンデレ幸子、共依存的な。
短かったですが失礼しました。
スレタイは、「ボクの手はきみのために」という小説からです。
乙です
おっつおっつ
えらい短かったけどよかったよ
終わったら依頼よろしくぅ
乙
今さらだけど誤字ひどい。とりあえず、
>>6
するとますますプロデューサーさんの目からから涙が溢れて来ます。
→「から」多い
ボクの行為に対照するに、ボクの背中を、何とも言えない不思議な感覚が這い回ります。
→対照するように(もしくは対照的に)
>>11 本のタイトルは、「ボク」ではなく、ひらがなの「ぼく」が正しいです。
>>13 ありがとう、ちゃんと出したよ。
おつ
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