輿水幸子「ぶちんっ」 (72)

 
 異様な物音で、ボクは意識を取り戻しました。
 背中に当たる冷たい感触が、もやのかかった視界を徐々にはっきりとさせていきます。
 
 狭くて、真っ暗で、ちょっと鉄臭いロッカーの中。
 換気のために空けられているのか、小さな隙間はボクの頭よりも高い位置にあって、中から外をうかがう事はできません。
 
 ボクはまだ少し混乱している頭で、今までに起きた出来事を思い出そうとしていました。
 
 ボクの名前、輿水幸子。歳は14歳。職業はアイドルをやっていて。
 そうです、カワイイボクは、その魅力を世間の人たちに教えてあげるために、アイドルになったんです。
 
 それで、そんなボクは今、息を殺してこのロッカーに隠れて……
 あれ? どうしてボクは、ここに隠れていたんでしたっけ?

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 ※ オリジナル設定 キャラ崩壊を含みます
 
 ※ ホラーっぽい描写がありますので、苦手な方はご注意を

 
「幸子……どこにいるんだー?」

 ボクを探す、彼女の声を聞いて、ようやく思い出しました。ボクは、美玲さん……同じアイドル仲間の、
 早坂美玲さんに見つからないよう、この更衣室にある、使われていないロッカーの中に逃げ込んだのです。
 
「隠れたってムダだぞー。だって、ウチには幸子の……」

 あぁ、また、美玲さんがボクを探す声が聞こえてきます。
 それと同時に、忘れていた左腕の痛み……半そでのシャツから出ている、
 むき出しの可愛い柔肌につけられた、三本の痛々しい大きな切り傷。

 
 それはまるで、何かの動物に引っかかれたかのようで。
 押さえている右手に、流れ出る血液がその温かさと、凝固しはじめて生まれる、
 ねちゃねちゃとしたなんともいえず気味の悪い感触を伝えてきます。
 
 ガチャリと更衣室の扉が開く音がして、ゆっくりと、小さな足音がボクの隠れているロッカーに近づいてきました。


「匂いが、わかるんだからな」

 その足音が、迷うことなくボクの隠れたロッカーの前へとやって来て止まると、
 今度はその扉が軋むような音をたてて開かれます。
 そうして、ボクの目の前に現れる、動物を模したピンク色のフードをかぶった、眼帯を付けた少女。
 
 いつもと変わらぬ可愛らしい笑顔の隣、ロッカーの縁に置かれた左手。
 そこには、まるで肉食動物を思わせるような鋭いカギ爪が付けられていて。

 
 ボクはまるで、誰かに弾かれたかのように彼女に体をぶつけると、勢いよくロッカーから飛び出しました。
 でも、その瞬間に背中に走る鋭い痛みと、広がる熱。
 
 そのまま押し倒されるように、床へとうつぶせに倒れこむボク。
 その上に、ボクを逃がさないよう、素早く美鈴さんが伸し掛かります。
 柔らかな彼女の重みと、傷口を圧迫される事で、より一層大きくなる背中の痛み。
 
「ふふっ……みぃつけた~」

 首筋に突きつけられたカギ爪の、ヒヤリとした感触に、ボクの体がまるで金縛りにあったかのように強張りました。

 
 その切っ先が、ゆっくり、じわじわと、その肌の弾力、そして感触を確かめるように、上から下へと移動していきます。
 やがて、切っ先が倒れたボクの喉元まで降りてきたとき……
 ボクの耳、頭、そしてうなじの辺りにかけられる、美玲さんの熱っぽい吐息。
 
 顔を見る事はできませんが、きっと恍惚とした表情をしているのではないでしょうか。
 
 ボクはもう、彼女のされるがまま……
 どうあがいても逃げ切れない、草食動物のように震えながら、今か今かとその時を待つばかりでした。

 
「――じゃあ、引っかくぞ?」

 艶のある、優しい彼女の囁きと共に、首筋に走る激痛と、全身を駆け巡る寒気。
 目の前の床が真っ赤に染まっていき、指の先がどんどんと痺れていって……再び、ボクの意識が朦朧としていきます。

――そもそも、事の発端が何だったのか。
 
 今となってはハッキリと思い出す事もできませんが、ボクの覚えている限り、
 きっかけはあの休憩室での出来事だったのかもしれません。


 その日のボクは、事務所にある休憩室のテーブルにノートを並べ、学校で出された宿題と睨めっこをしていました。
 
 アイドルとして活動している以上、普段の生活において、自由に使える時間というのは限られたもの。
 
 なので、仕事とレッスン。その間に生まれる僅かな空き時間を使って、
 ボクのような学生組は、勉強や宿題をちまちまと進めるのが日課になっていたのです。


 そんなボクの隣、同じくソファーに座って熱心に図鑑を覗き込んでいるのは、
 お魚大好きアイドルとして活動中の、浅利七海さん。
 
 よほど集中しているのか、いつも肌身離さず持ち歩いている魚のぬいぐるみも、今は彼女の隣に置かれています。
 
「随分と熱心に読んでますけど……その図鑑、そんなに面白いんですか?」

 食い入るようにして図鑑を見ている七海さんが気になって、ボクはなんとなく、そう彼女に聞いてみたのです。
 すると彼女は、「おもしろいれすよ」と答えると、ちょうど読んでいたのであろうページを、ボクに向かって開いてくれました。
 
 そこには、船よりも大きな魚や、半漁人に人魚、さらには得体の知れない生き物達の、妙にリアルなイラストが並べられていて。
 不思議に思ったボクが、そのページに書かれた見出しを確認すると「空想上の海の生き物」の文字が。

 
「この図鑑には七海も知らない、見たことのないお魚さんが沢山載ってて……見てるだけでとっても楽しいんれす~」

 なるほど。どうやら七海さんは、架空の海の生き物を見て、それが実際にいるとしたら……
 そんな想像をして、楽しんでいたといったところでしょうか。

「確かに興味深い内容です。もしかしたら、その図鑑に載っている生き物のいくつかは、本当にいるのかもしれませんね」

「幸子さんも、そう思いますか? 海は、広いれすからね~」


 その時、Pさんが――Pとは、ボク達のプロデューサーさんの名前です――七海さんを呼びに、休憩室へとやって来て。
 二人が出て行ってしまうと、部屋には宿題をするボク一人。
 
「さてと。ボクも、ささっと宿題を終わらせませんとね」

 気持ちを入れ替えるために、ボクは一人そう呟いて、机の上のノートへと向き直りました。
 しばらくの間、静かな室内には、ボクがノートに文字を刻む、カリカリといった音だけが響きます。

 
「――なんでしょう?」

 やがてボクは、奇妙な感覚に襲われました。なんだか、誰かに見つめられているような……そんな気がしてきたのです。
 
 けれど、顔を上げて辺りを見回してみても、休憩室には、ボク以外誰もいません。
 
 部屋の扉はきっちりと閉まっていますし、机の近くに置いてあるテレビだって消えています。
 誰かが隠れるにしても、人の入れそうなロッカーや箱なんて、そんな物はこの部屋の、どこにも置かれてはいませんでした。

 
「気のせい……かな」

 しかし、その奇妙な感覚は薄まる事なく、むしろ、先ほどよりもよりハッキリと感じられるようになった気がして。
 
 その頃にはもう、ボクの頭はちょっとしたパニック状態です。誰も居ない部屋、なぜだか重たく感じる周りの空気。
 いつの間にか、額にはじんわりと汗が浮かび……それでもボクは、怖くってノートから顔を上げる事が出来ません。

 
 一心不乱に手に持ったシャープペンシルを動かしながら、
 早く誰かがやって来てくれないか――そんな事ばかりを考えていました。
 
「あっ」

 緊張の余り、つい、力が入りすぎたのでしょう。ぽきりと音を立てて、あっけなく折れるシャープペンシルの芯。
 
 途端に辺りを覆いつくす静寂。
 その静けさに耐え切れなくなったボクは、慌てて新しく芯を出そうとして――ソレに気が付いたのです。

 ボクの座る隣、視界の隅に映った、大きめの魚のぬいぐるみ。
 その感情の無い目が、確かにボクのほうを向いていて……でも、まさか。

 
 きっと、静かな部屋に一人きりだったので、このぬいぐるみに見られているような……
 そんな勘違いを、知らず知らずのうちにしてしまったのでしょう。
 
 けれど、いくら作り物だと分かっていても、何も言わずじっとこちらを向いていられるのは、
 あまり気持ちの良い物ではありません。
 
 ボクがぬいぐるみの視線をずらそうと、そっと手を伸ばした時でした。

 
「あ~、やっぱり忘れてました~」

 いつの間に戻ってきたのか、七海さんがボクの目の前で、ぬいぐるみをひょいと抱きかかえます。

「あ、あぁ。七海さん……Pさんとのお話は、終わったんですか?」

「えへへ。まだれすけど、サバオリくんを忘れてたのに気が付いて~」

 そう言って、彼女がぬいぐるみを強く抱きしめました。
 くたっと、その体をゆがめる、サバオリくんと呼ばれたぬいぐるみ。
 
 その目が、何かを訴えかけるように、ボクを見つめます。


――助けてくれ。

「えっ?」

 突然、どこからか聞こえてきた助けを求める声。
 七海さんがくるりと体を翻すと、彼女の体に隠れて、ぬいぐるみが見えなくなります。
 
 それと同時に、鼻をつく、独特の臭い。
 ソファーの上、先ほどまでぬいぐるみの置いてあった場所に出来ている、何かが染みたような跡と、
 その上できらきらと光を反射する、あれは一体――。

 
「海は、ひろいれすから」

 顔を見せずに、そう言う七海さんの服が、ぐっしょりと濡れています。
 スカートの裾から、ぽたりぽたりと雫が零れ落ちて……。
 
――あぁ! どうしてボクは気が付かなかったのでしょうか? 彼女のスカート、その下から見えているそれは、まるで、まるで!
 
「色んな生き物が、いるんれすよ?」

 振り返った彼女の顔は、先ほど見せてもらった図鑑に載っていた、アレにそっくりで……
 ボクはそこで、気を失ってしまったのです。


『あちゃ、またやられちゃった!』

――真っ暗な世界の中、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきます。
 瞼を開くと、いつもの事務所の休憩室。ソファーに座っているボクの体は、なぜだか自分の意思では動かせなくって。

『やっぱり、定番の隠れ場所はダメだね~。もうちょっと、捻った隠れ方をした方がよかったのかな……』

 まるで誰かに操られるようにして、ソファーを立ち上がるボク。
 すると同時に、休憩室の扉が開かれて、美玲さんが姿をみせます。

 
 再び、左腕に走る痛み。あぁそうだ、さっきの「ボク」は、彼女に首を裂かれて……。
 何度目かの、鬼ごっこが始まりました。

――鬼ごっこの舞台となっている事務所は、そう大きな建物ではありません。四階建ての、どこにでもあるようなビル。

 その中を、ボクは必死になって、出口を求めて逃げ回ります。
 でも、問題が一つ。それは、ボクの体を、ボク自身が自由には動かせない事。

 
『ここ、なんかアイテムがあるかも!』

『あー、階段塞がれてるじゃん』

『エレベーターを動かすにはイベントをこなさないといけないのかなー?』

 頭の中に流れ込む、見えない誰かの声。どうやら、この声の主が、ボクの体を操っている張本人のようで。
 まるでゲームの中のキャラクターのように、ボクは操られながら事務所の出口へと続く道を探し続けているのです。

 
 そんなボクを追いかけてくる、美玲さんはさながらホラー映画の怪物役と言ったところでしょうか?
 どこに隠れても、何度やり過ごしても、いつまでもどこまでも、ボクを探して追いかけてくる……。
 
 廊下の曲がり角を曲がったところで、ボクはその先に立つ美玲さんの姿を見つけました。
 
 背中を向けて立っている彼女は、どうやらまだボクの存在に気づいていないようです。
 ボクはゆっくりと慎重に、彼女に気づかれないよう、手近にあった部屋へと逃げ込みました。

書き溜めが終わったので、一旦中断します

信者の方に「新スレあったの気づかなかったけど荒らしてくれたから気がつけたわ」と感謝されたので今回も宣伝します!

荒らしその1「ターキーは鶏肉の丸焼きじゃなくて七面鳥の肉なんだが・・・・」

信者(荒らしその2)「じゃあターキーは鳥じゃ無いのか?
ターキーは鳥なんだから鶏肉でいいんだよ
いちいちターキー肉って言うのか?
鳥なんだから鶏肉だろ?自分が世界共通のルールだとかでも勘違いしてんのかよ」

鶏肉(とりにく、けいにく)とは、キジ科のニワトリの食肉のこと。
Wikipedia「鶏肉」より一部抜粋

信者「 慌ててウィキペディア先生に頼る知的障害者ちゃんマジワンパターンw
んな明確な区別はねえよご苦労様。
とりあえず鏡見てから自分の書き込み声に出して読んでみな、それでも自分の言動の異常性と矛盾が分からないならママに聞いて来いよw」

>>1「 ターキー話についてはただ一言
どーーでもいいよ」
※このスレは料理上手なキャラが料理の解説をしながら作った料理を美味しくみんなで食べるssです
こんなバ可愛い信者と>>1が見れるのはこのスレだけ!
ハート「チェイス、そこの福神漬けを取ってくれ」  【仮面ライダードライブSS】
ハート「チェイス、そこの福神漬けを取ってくれ」  【仮面ライダードライブSS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1456676734/)



 ブラインドが降りているせいで、夕方だというのに薄暗い室内。
 長机がロの字に置かれているところから考えるに、この部屋は会議室かなにかのようです。
 
 ボクはとりあえず入り口から離れると、閉め切られた窓の下に膝を抱えて座り込みました。


 左腕からは、相変わらずだらだらと血が流れ続けていて。
 きっと、この匂いと血痕を頼りに、美玲さんはボクを見つけているに違いありません。
 
 なら、この左腕の傷さえ何とかできれば、美玲さんに見つかる可能性を、
 少しは低くする事ができるかもしれない……だけど、一体どうやって?
 
「だったら、縫っちゃえばいいんだよ……!」

 突如、暗がりからヌッと現れた小さな手が、ボクの左腕を捕まえました。

 
 余りの驚きに、腰を抜かし、声にならない悲鳴を上げるボク。

 薄暗い闇の中、膝立ちで座り、ボクの腕を掴む、柳瀬美由紀ちゃんの姿が、徐々に浮かび上がってきて。
 この状況にとうてい似つかわしくない、彼女の屈託のない笑顔に、ボクは言いようのない不安を覚えます。
 
「みゆきね、こういうの得意なんだよ? おうちでもときどき自分で直してるんだ!」

 やはり、どこかおかしい。彼女はボクの事を、先ほどから瞬きもせずに見つめていました。

 
 そして、左手はボクの左腕を掴み、空いた右手には、光り輝く縫い針を持っていて。
 
「だいじょうぶ、いたくないからね?」

 彼女の右手に握られた、糸もついていない縫い針がボクの左腕に突き刺さりました。
 余りの激痛に、顔が歪み、体がビクリと跳ね上がります。それでも、彼女は針を動かす手を止めようとはしません。

 
「だいじょうぶだいじょうぶ……みゆきにぜんぶまかせてよ」

 耳元でそう呟き続ける彼女の声を聞いている余裕なんてありませんでした。
 
 一縫いされる度に、意識を持っていかれそうになるほどの苦痛がボクを襲い、
 それをどうにか堪えようとしているのか、ボクの体は、座っている足をもじもじと閉じたり開いたり……。

 
「だいじょうぶだいじょぶだいじょぶだいじょうぶだいじょうぶ――――」

 まるで呪文を唱えるように「だいじょうぶ」を言い続ける美由紀さん。
 ボクの左腕は縫い針の通った跡で穴だらけ、やがてその穴が、ぶちぶちと近くに空いた穴と繋がって、より大きな穴に広がって。
 
「あ、あう……あうぅ……」

 ボクの左腕が、真っ直ぐに開かれて、中から大量の綿が飛び出します。
 その綿を、ずるずるずるずると美由紀さんが引っ張り出しながら、楽しそうに彼女は笑うのです。

 
 ボクはもう見ていられなくなって、思い切り瞼を閉じると、
 歯を食いしばって反響する彼女の笑い声、そして痛みに耐えようとしました。
 
「古い綿はぜーんぶ入れ替えなくちゃ……じゃないと、ぺったんこのままだもんね」

 ボクの頭の中に、繋がっていた何かが千切れるような音が鳴り響いたのと、
 別の誰かの声が聞こえたのは、殆ど同時だったと思います。

「おぉ! 戻って来たか!」

 すっと、左腕の違和感が消えたのと同時に、眩しい光が顔に当てられたのが分かりました。

 
 薄目を開けてみると、目の前に、赤縁のメガネをかけた、白衣を着た少女の姿。
 
「晶葉ちゃんー。このゲームちょっと難しすぎないー?」

 休憩室のテレビに向かって座り、白衣の少女に文句を言っているのはゲームが好きな三好紗南さんで……。

 
「そうは言うが。紗南、お前がこの天才、池袋晶葉に、体験した事も無いゲームを作ってくれと頼んできたのだろう?」

「でもでも、これってただ理不尽な運ゲーじゃん! 何度やっても怪物から逃げらんないし」

 そう言って紗南さんが指差したテレビには、巨大な爪を持つ怪物と、その怪物に倒された女の子の姿。


「ふふん。これだから技術に興味の無い者は困る。いいか? 
 この『ドリーム晶葉ゲームキャスト』はだな、今幸子が頭につけているデータ入力用の装置から、
 対象の意識をゲーム中のキャラクターとリアルタイムでシンクロさせることで――」

「だからぁ~。そうやって幸子ちゃんに仮想体験させるんだったら、それをプレイヤーである私に体験させたらいいでしょ?」

「あのな、そんな危険な事をしたら、プレイヤーがゲームと現実を区別できなくなって、
 元の世界に戻って来れなくなってしまうではないか!」


 そして、二人の顔が、同時にボクへ振り返り。
 
「まるで、今の幸子ちゃんみたいに?」

「その通り、今の、幸子のようにな」


 今度は、頭を鈍器で思い切り殴られたような、そんな痛みと共に、ボクは寮にある自分のベットから跳ね起きます。
 
 窓からは朝日がもれ、枕元においてある時計が、かちかちと音をたてていて。
  寝汗によって体に張り付いた肌着の感触が、べちゃべちゃとしていて、ボクの不快感を高めていました。
 
 とても、嫌な夢。とりあえず、着替えて……できれば、シャワーぐらいは浴びてから。


――身支度を整え、少し遅い朝食をとり、事務所へと向かうボク。

 ですが、今朝の夢のせいでしょうか? その足取りは、とても軽やかというワケにも行きません。
 なんとなく下を向いたまま、どこかふらふらとした足取りで、事務所の入り口までやってきます。
 
「おはようございます、幸子ちゃん」

 声に振り返ると、心配そうな顔の、美羽さんがそこに立っていました。

 
「どうかしたんですか? なんだか、元気がないようですけど」

「いえ、ちょっと……今日は変な夢をみたせいか、目覚めが悪かったものですから」

 二人で一緒にビルに入り、階段を上がって最上階である三階へ。
 ここに、普段ボク達が使っている休憩室があるのです。
 
 扉を開くと、まだ誰も来ていないようで。

 
「珍しいですね。いつもなら、誰かしらはいるのに」

 美羽さんが不思議そうにそう言って、持っていた荷物を棚にしまいに行きます。
 ボクも、自分の荷物をしまおうと部屋に入ったとき、ソファーの上に置かれたソレに気が付きました。
 
「ひょえっ……!」

 思わず、なんとも情けない悲鳴が漏れます。

 
 だってそこには、夢で見たあのぬいぐるみ――七海さんの、魚のぬいぐるみが置かれていたのです。
 
「これ、七海ちゃんのですよね」

 美羽さんが、ぬいぐるみを持ち上げて、その頭をこちらに向けました。あの何ともいえない目玉が、ボクの視線と重なって。

 
「助けて、くれよぉ」
 
 ガタガタと部屋の窓が揺れ、はめ込まれているガラスが、ぴしぴしと音をたてながら細かいヒビで覆われていきます。
 
 その向こう側……足場等何もない場所に漂う、七海さんの姿が見えた時には、
 ガラスは粉々に砕け散り、部屋の中へと大量の水がなだれ込んでくるところでした。
 
 信じられない事に、外から入って来た大量の水で、ボクの体は押し流され、そのまま廊下へと放り出されます。
 そして、尽きること無く入って来る水は、そのかさをどんどんと増して行き、
 あっという間に廊下は水で覆い尽くされてしまいました。

 
 廊下で溺れるという、わけのわからない状況。
 
 水中の中でおぼろげに見える七海さんの全身が、覆われた鱗でぎらぎらと輝いて……
 その周りを、何匹もの魚のぬいぐるみがぐるぐると回って。
 
 まだ、夢の中なのかな。

 そう思った時には、ボクの体は押し寄せる波に乗って廊下の窓を突き破り、ビルの外へ。

 
「――それから……どうなったの?」

「どうって……それで終わりですよ。今度こそ、本当にそこで目を覚ましたんです」


 食い入るように目を光らせて、小梅さんが聞いてきましたが、
 ボクはそう言うと、テーブルの上に置いてある紅茶を手に取ります。
 
 話が終わった事を知って、つまらなさそうに唇を尖らせる小梅さん。

「なんだ……そこからもっと……怖い話に、なるかと思ったのに」

 小梅さんも、運ばれてきたケーキに、持っていたフォークを差し込みました。


 番組の収録前、いきつけの喫茶店でとる、しばしのティータイム。
 怖い話や不思議な話が好きな小梅さんに、ボクは今朝の夢の内容を話してあげていたのです。
 
「それで……その夢、幸子ちゃんは怖かった?」

 お皿に顔を近づけて、犬食いのような姿勢でケーキを頬張る小梅さんが、上目遣いでじっとボクを見つめます。


「ま、まぁ。多少なりと驚きはしましたが、あのぐらい、ボクにとっては全然平気でしたよ!」
 
 その顔に浮かぶ、「本当に?」の表情に、ボクは引きつった笑みを返します。
 
 だって、そうでしょう? 本当は凄く――怖かったですけど――とはいえ、それも夢の話。
 一度夢から覚めてしまえば、何の心配もいらないのです。

 それに、友達とはいえ年下の彼女に、怖がっている自分の姿を見せたくは無いという気持ちから、
 ボクは少し、見栄を張ってそう答えたのでした。

 すると、残念そうにため息をつき、しょんぼりと下を向いてしまう小梅さん。

 
「そっか……幸子ちゃんは、怖くなかったんだぁ……」

 そんな小梅さんに、何か一声かけるべきかと迷っていると、
 ゆっくりと顔を上げた彼女が、ボクにむかってにこりと微笑みかけます。
 
「だったら……今度はもぉっと、怖い夢……見れるといいね?」

 その瞬間、店内の喧騒が嘘のように静まり返りました。
 
 それだけではありません。目の前の小梅さんも、周りにいるお客さんも、
 みんな時間が止まってしまったかのように動かなくなって……。

 
「小梅さん……? ど、どうしちゃったんですか?」

『だから言っただろう? データと現実の区別がつかなくなるから、危険だと』

 声をかけられたボクが驚いて振り向くと、そこには晶葉さんが立っていて。
 
『まったく、一度にこれだけの情報を処理させると、動作が重たくなっていけない』


 つかつかと小梅さんの隣に立つと、その顔に、両手をやります。
 
 何か硬いものが折れるような、そんな鈍い音を鳴らしながら、
 晶葉さんが捻るように彼女の頭を持ち上げると、その頭と首の断面からあらわになる、何本ものケーブルと電子部品。
 
『おっと、こっちの幸子も、異常が出てるな』

 小梅さんの頭を小脇に抱えたまま、今度はボクの顔を見る晶葉さん。

 
『接続を切るスイッチは、えぇっと確か……』

 伸びてきた彼女の手が、ボクの頭に触れると、いつかきいた音と共に、真っ暗になる視界。
――――いえ、違います。真っ暗になったのではなく、初めからここは、真っ暗だったんです。

「幸子……どこにいるんだー?」

 あぁ、また、美玲さんがボクを探す声が聞こえてきました。

 
 更衣室の狭いロッカーの中、ボクは血の滲む左腕を押さえながら、物音を立てないようにじっと息を潜めて……。
 
『さっきはここでやられたから……他の隠れ場所の方がいいのかな?』

 頭に流れ込んでくるこの声の主も、今だったらわかります。きっと、ボクの体を操っている、紗南さんの声でしょう。
 
 つまり、ここは晶葉さんの作ったゲームの中。
 現実のボクはきっとあの妙な装置を頭につけて、晶葉さん達と一緒に休憩室にいて……。

 
――おかしい。それでは、辻褄があいません。

 ここがゲームの中ならば、本物のボクがいる世界は現実でないといけないのに、
 あの世界は美羽さんのいる世界のボクの夢でした。
 
 なのにその世界には変わり果てた七海さんがいて、
 その七海さんとの休憩室でのやりとりをゲームの中のボクは記憶として持っていて

 
 それに、大量の水で流されてしまった後で、喫茶店で話をしていたボクは? 作り物だった小梅さんは? 
 一体どこからが現実で、どれが夢の出来事なのか……。

 
 左腕のじくじくとした痛みに思考は邪魔をされ、境目の区別もあいまいになり、もはや何がなんだか……。
 
 もしかしたら、今まで起きた出来事はみんな夢の中の出来事で、本当のボクはまだ、深い眠りの中にいるのかもしれません。

 
『とりあえず、ここからでなきゃ』

 それも、ボクの声なのか紗南さんの声なのか。言いながら、ロッカーの扉を開くボク。

 呆気にとられました。だって、扉を開いたその先は、更衣室ではなく事務所の外。それも、地上からはるか高くの空中で。
 身を乗り出した事で空中に飛び出すところだった体を、ロッカーの縁を掴む事でギリギリ留め、落ちないように座り直します。

 
「覚醒の時は来たか、偶像の表現者よ」

「目覚めしは、自己肯定のエンターテイナーと言ったところかな」


 目の前にそびえる、見慣れた事務所のビル。
 
 そしてボクの入ったロッカーとビルの間、
 その何も無い空間に浮いた古めかしいテーブルを挟んで、装飾の施された木製の椅子に座る二人の少女。
 
 片方の少女は、黒を基調としたゴシックスタイルの、フリフリが大量にあしらわれた服を、
 もう片方の少女は、黒に近い蒼を基調としたパンクな感じの衣装を身につけて。

 
「死界の探求者はかような遊戯で戯れを試みた」

 いつものように黒い日傘を差した、蘭子さんがそう言うと。


「けれど誤解はしないで欲しい。彼女はただ、観客の微笑が欲しかっただけだから」

 厳しい装丁の本を開いた飛鳥さんも、彼女と共に話しかけてきます。


「されど、得られしは驚愕の叫びでは無く、平然なる虚言」

「でも、人は基本的に相容れぬ生き物。混ざり合わせるのは、容易じゃない」

「探求者は思慮する。ならばさらなる悪夢を用いて、歓喜の叫びを上げさせようと」

「だから、彼女は悠久の輪廻にキミを誘い込んだのさ」

「表現者よ、受け入れよ。さすれば狂乱の宴も終演を迎えようぞ!」

「あぁ、頃合だね……そろそろこの劇の幕も引く事にしようじゃないか……」


 そうして、飛鳥さんが開いていた本を音をたてて閉じると、同時に奥にあるビルの窓が割れ、中から勢いよく溢れ出す大量の水。
 そして、その水に流されるようにして外へ飛び出したのは。
 
「あれは――ボク?」

 ビルから飛び出したもう一人のボクが、驚いた顔でボクに向かって手を伸ばします。
 届く事は無いと分かっていても、ボクはその手を掴もうとロッカーから身を乗り出して――。
 
「危ないっ!!」

 ふわりとした浮遊感の後にやって来た、左腕への衝撃。そして間髪入れず聞こえる、甲高い金属音。


 閉じていた瞼をゆっくりと開くと、目の前には、心配そうにボクをのぞき込む光さんの顔が。

「大丈夫か幸子ちゃん……怪我はないか?」


 空にいたはずのボクは、今度は彼女に抱えられるようにして、地面の上に倒れていました。
 
「ボク……どうしちゃったんですか? 確か、空の上から落ちたと思ったんですけど……」

 ボクの質問に、怪訝そうな顔になる光さん。

 
「空って……覚えてないのか? ぼぉっとした顔でふらふら歩いてると思ったら、急に車道に飛び出そうとして……」

「間に合ったからよかったけど……気をつけないと、もう少しで車に轢かれるところだったんだからな!」

 見ると、車道には真新しいブレーキの跡がクッキリと残され、その上に、しゃがれてぺたんこになった革靴が落ちていました。
 
そして、左腕に走る痛み。きっと、倒れた時に地面ですりむいたのでしょう。その怪我からは、血が滲んでいます。
 
 どうやら寝不足でふらふらと歩いていたボクは、そのまま車道に出そうになり……
 そこを、偶然通りかかった光さんに助けてもらったようでした。

 
「幸子ちゃん……大丈夫?」

 その時、光さんの後ろに立つ、もう一人の人影の存在に気が付きます。。
 
「小梅さん……? えぇ、なんとか……大丈夫です」

「……よかったぁ」

 ボクの言葉に、ほっと胸をなでおろす小梅さん。
 そんな彼女を見ていると、あの喫茶店での出来事が頭に浮かんできて……。


「これって……今は、現実……ですよね?」

 光さんが、不思議そうな顔をする横で、小梅さんが笑って言います。
 
「歩きながら……夢でも見てたの?」

 どこか、遠くから囁くような、小梅さんの声。
 
 頭を起こすと、目の前には、事務所の入り口も見えています。
 ボクは光さんに支えてもらって、ゆっくりとその場に立ち上がりました。


「でも気をつけなきゃ……死んじゃったら、大変だもんね。えへへ」

「それでね、幸子ちゃん。今度は――」

 ですが、その時のボクに、彼女の言葉は半分も聞こえていませんでした。
 
 なぜなら、目の前に建つそのビルは五階建てで――。


 
「今度は、どんな夢だったのかな?」






 
 
 ぶちんっ。


 突然ですが、今敏さんの描く、夢と現実。妄想と真実がごっちゃになって
 お話が語られていくあの作風が大好きです。
 
 そんな作者が、幸子と小梅。そして14歳組を使って何か書けないかと真似をしてみたら、
 こんななんだかわからないホラーもどきが出来上がっていました。

 夢と現実の境界線ってどこなのか。今いる世界は本当に現実か。
 多少なりとも「怖かった」と思っていただければ、嬉しい限りです。
 
 それでは、非常に読みづらかったであろう話をここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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