ましらのしずの (35)
けいりゅうに、わかあゆがはねだすころのことです。
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ここはおおえどはっぴゃくやちょう、ほんじょのよつめ。
ここのいっかくに、やごうもなく、ただのれんに「めし」とかいてあるだけのちいさなめしやがあります。
ところの人たちは「しずのめし」とか「しずめし」とかよんでいます。
いつもあるのは、だいこんのはをたっぷりとまぜこんだ、なめしとあついみそしる、それにみそでんがく、おさけ。
また、このじきはあゆをやいて、こまかくさいたものと、きざんだあおねぎとあおじそをたっぷりとまぜこんだあゆめしをだしています。
おかみのなまえはしずのといい、みためはじゅうよんさいくらいのこがらなおんなのこにみえますが、じつのねんれいは、にじゅうしのとしまのおんなです。
それと、もうひとり、これもしずのとおなじとしかっこうで、あわいというおんなもいて、このふたりでおみせをきりもりしています。
みせをあけるのはななつ(ごごよじ)からで、よるからあさまでやっています。
それというのも、ほんじょふかがわには、ばくちばがたくさんあって、ぶらいのろうにんやらところのやしが、いれかわりたちかわりくるのですから、あさまでやらないともんくをいわれてしまいます。
とくにこのじきは、あゆめしにつかうあゆを、あさはやくからかいつけにいかないといけないので、おかみのしずのはてんてこまいです。
このひも、しずのはあけななつ(ごぜんよじ)ごろにみよしちょうのさかなうり、おせいのところにいって、あゆをよつはん(こぜんじゅうじ)にもってきてほしいと、はなしをつけてきました。
そして、とみおかはちまんぐうのちかくをとおったときのことです。
おおだなのあぶらどんや「すがや」のおもてどがすこしあいていました。
それをみたしずのは、からだからいやなふるえがおこるのをかんじました。
しずのはこうみえても、「ひとりばたらき」のとうぞくで「ましら(さる)のしずの」とよばれています。めしやではたらいている、あわいもおなじとうぞくで「ゆうづつのあわい」とよばれています。あわいは、ぬすみにはいるところのしたしらべをする「なめやく」です。
ふたりで、いちねんにすうかい、ひゃくりょうからにひゃくりょうのおつとめをしているのです。
とうぞくであるしずのは、すこしあいているおもてどをみると、なかでなにがあったのかいっぺんにわかってしまいました。
ふるえるからだを、ゆっくりとうごかし、おともなく、おもてどへちかづいてゆきます。
しずのはなかをすこしのぞきみました。
ひとのけはいはありません。
いや、あるはずもありません。
みせのものがみな、ちをながしてたおれていました。
しずのはとってかえして、ちかくのばんやへいこうとおもいましたが、ぐっとこらえました。
とうぞくが、ばんやにかけこんでなんになるというのか…。
そう、おもいなおして、めしやにかえりました。
鬼平かな?
いいね
そのひのばんは、くるきゃくみなが、すがやのいっけんをはなしていました。
なんでも、すがやはさいきんだいがわりしたばかりでわかいむすこふうふがきりもりをしていたそうです。
あるじのきょうたろうとつまのおゆきは、それはもうなかむつまじく、まっとうなあきないをしていたと。
きゃくのひとりのろうにんがぽつりといいました。
「あのめおともかわいそうに、あさまでふたりはいきがあったそうな。つまのほうがさきにいきをひきとり、おっとのもろうでのなかでしんだそうだぞ。おっとのほうも、ひるまえにばんやにはこばれて、つまのなまえをつぶやきながらしんだときいた。なんともむごいことよ」
それをきいたしずのは、わなわなとふるえ、かおはちのけがうせ、あおじろいさっきをただよわせました。
これをみたあわいが、しずののうでをひっぱり、にかいへおしこみました。
そのひは、あわいひとりでみせをきりもりしました。
あさになって…。
あわいは、しずのをといただしました。
「なにが、あったのさ。しずのらしくもない、みなごろしの「ちくしょうばたらき」なんてこのえどじゃあよくあるはなしじゃないか」
しずのはおもく、かすれたこえでこたえます。
「わたし、きのうのあさにね、すがやにいってるんだよ。わたしらみたいのがばんやにかけこむわけにはいかないとおもって、みてみぬふりをしたんだ。あのめおとは、わたしがころしたようなものだよ。わたしがばんやにさえかけこんでいればもっとはやくに、てあてができたかもしれなかったのに」
あわいはそれをきいて、にがむしをかみつぶしたようなかおをしました。
なおも、しずのはつづけます。
「わたし、さいきんのおつとめがいよいよいやにおもえてきたよ。いやなやつからとるならともかく、あんないいひとたちをみなごろしにしてうばうなんてとうぞくのかざかみにもおけない。ゆるしちゃいられないんだ」
あわいは、おしころすようにこえをだしてしずのにききました。
「しずのは、おしいったやつらをどうしたいの」
「あのめおとのかたきをとらなきゃいけない。できることならころして…」
「あのみせをなめてたやつなら、わたし、しってるよ」
「えっ…」
「おすえってやつでね、にしのことばまじりのこまものうりだよ。いろんなところにかおだして、にんずうとはやりぐあいだけしらべて、いそぎばたらきのやつらのところにうるんだ」
「じゃあ、そいつをとっつかまえれば…」
「うん、おしいったやつらもわかるとおもうよ」
そうときまれば、ふたりのこうどうは、はやいものです。
さっそく、めしやのおもてどに
「ほんじつはとりこみごとがおこり、きゅうに、みせをやすむことにあいなりまして、まことにもうしわけもございませぬ。みっかごにはみせをあけますので、にぎにぎしくおいでくださるよう、おねがいもうしあげます」
とはりがみをしました。
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