阿笠「できたぞ新一、『エミレオの書』じゃ!」(53)

阿笠「これは約二百年前、エミレーデ家の第十三代頭首エミュレリオが」

阿笠「流浪の賢者ヨナカンムンの協力の元、九十九体の<異貌のものども>を封じた本じゃ」

阿笠「長らく散逸しておったが、ワシの手元にいくつか集めることができたぞい」

コナン「サンキュ博士!」

阿笠「くれぐれも悪用するんじゃないぞー」



※おーぷん2chのVIPに投稿途中だったものが書き込みできなくなったため、こちらで再開します。

咒式、それは魔法の域まで発達した超科学。

六.六二六〇六八九六三×一〇の負の三四乗(J・s)と定義されていた作用量子定数hを操作し、

局所的に変化させることが可能ならば、Δq・σp+Δp・σq+Δp・Δq≧h/(4π)によって、

熱量と時間の不確定性の積分が作用量子定数hより少なくならない。

また、中間子のエネルギーが陽子や中性子より大きくなる原理と同様に、存在する時間が短いのであるならば、

エネルギーの不確定性、つまり物質の大きさは増大するという原理が導き出せる。

解明された物理干渉能力は、古来より魔法使いと呼ばれるものたちの全ての欺瞞を暴き、

特殊きわまりない才能を持たない人間であっても、学習と訓練、機械の補助によって操ることが可能になった。

超物理現象を頭の悪い<魔法>という名称で呼ぶことは無くなり、

<咒式>という単なる科学技術体系の延長のひとつとして理解されるようになった。

コナン「おっ、いたいた」

コナン「おーい、光彦ー!」

光彦「コナンくんじゃないですか、どうしましたか?」

コナン「殺人作法の十二、私と出会った君は絶対的に殺される」

光彦「え」


コナンの右手が翻る。手には革表紙の書物。錠前と鎖が解除。

エミレオの書が開かれ、〇と一の数列が絡まった二重螺旋の青白い咒印組成式が空中に湧きあがる。

量子的に分解されていた<異貌のものども>が召喚される。

まず現れたのは大量の頭蓋骨、その数は優に百に達する。

髑髏の群れは重力に逆らい空中で停止、白骨の群れがお互いに絡み合い、犇めき合い、融合してゆく。

完成したのは通常の百倍の体積を持つ巨大な髑髏。

遅れて背骨、肋骨、上腕骨、骨盤、大腿骨と次々に形成。

産み落とされたのは王冠を戴く巨大な骨格標本、その眼窩の闇に青白い燐光が燈る。

巨大髑髏の白い指先には骨で構成された柄、その柄の先には白々とした三日月の刃、大鎌が続く。

咒式の存在を前提としてしか存在し得ない生物、人はそれを畏怖と嫌悪を籠めて<異貌のものども>と呼ぶ。

コナン「いけ、<寂寥のクインジー>!!」

光彦「うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


巨体が、通常の人間と同じ挙動で動く。

即ちその末端速度は拡大比率に比して莫大な増加を受ける。

光彦の左腕に大鎌が着弾、鎌に咒式が発動。

分子間力のなかでも帯電したイオン間に働く相互作用に干渉し、同種の荷電を発生させて反発。

同時に、フッ素や酸素や窒素など電極陰性度の高い原子に水素が共有結合しているときに極性分子を生じさせているが、水素原子を一よりも小さな正電荷に帯電させ、

付近の他の分子に含まれる酸素など、負に帯電した原子と相互作用を起こし、安定した水素結合そのものを破壊。

二つの作用で対象を分解し、破砕する。

ただの小学生の肉体には過剰な威力が炸裂、熱したナイフでバターを切るように抵抗なく滑らかな断面で上半身と下半身が分断。

腹腔から桃色の腸や赤黒い肝臓を零しながら光彦の上半身が宙を舞う。

上半身がアスファルトに落下、断面から臓器と大量の血液が流出。

下半身も思い出したかのように倒れ、同じく断面から臓器の断片と血液を吐き出す。

黒々としたアスファルトに赤黒い色彩が広がってゆく。

光彦「危ない危ない、死ぬかと思いましたよ」

コナン「ッ!?」


光彦の分断された肉体が蠢き、繋がってゆく。

発動されたのは生体変化系第五階位<浸和合同軀>の咒式。

戦場用の移植咒式により、一度バラバラにされた肉体が、高速で融合してゆく。

光彦の肩には肉の塊。赤黒い球体に目や鼻が出鱈目に配置されている。

それは確かに生きていた、光彦に寄り添うその<異貌のものども>の名は――――


光彦「助かりましたよ<肉腫のニニギ>」

コナン「光彦、テメェもエミレオの書を……ッ!!」

光彦「ええ、博士から盗み出しておいて正解でした」

光彦「それではコナンくん、ここは一端退かせて貰いますよ」


言い捨てると共に光彦の体がアスファルトに溶け込んでゆく。

<異貌のものども>の常識外れの咒力により、有機物だけではなく無機物との融合さえも可能としたのだ。

光彦はそのまま地中を移動することで何とかコナンの追撃を逃れたのだった。

光彦「ふう、酷い目に遭いました」

歩美「あ、光彦くんだ」

光彦「歩美ちゃんじゃないですか、こんなところで会うなんて奇遇ですね」

歩美「そうだ、光彦くんチョコレートいる?」

光彦「くれるんですか?」

歩美「うん、ほら」


歩美の言葉と共に、チョコレートが降ってきた。

ただし縦横厚さと通常の二十倍もあるチョコレートの板は、通常の一万八千倍の四八〇キログラム。

カカオマスに砂糖、ココアパウダーに練乳、さらにレシチンやバニラ系香料や糖質、植物油脂に甘味料を加えた単なる菓子は、

組成を変えられ、大きさは扉の板を超えている。

光彦の脳天に直撃、圧倒的な質量による運動エネルギーに頭蓋が砕け、脳漿が飛び散る。

頸椎が砕け頭蓋骨が胸部に陥没、重量が背骨を伝わり大腿骨が骨盤を突き破り体幹を貫通し両肩から抜ける。

内臓が圧力により潰れ、腹腔の内圧に耐え切れずに腹部が裂けて膨大な血液と共に挽肉を噴出。

更に圧搾、薄くなった光彦の肉体を挟んでチョコレートが終に地面へと到着。

少年の肉体を噛み砕いただけでは消費しきれない威力に自らを粉砕、黒い破片と甘い香りが周囲に飛散する。

歩美「よくできたね<菓子屋敷のモコポコ>」


少女の肩には丸い毛の塊。三角の耳に丸まった手足。

かわいい体だが、土気色をした老人の顔が嵌っていた。口からは喘鳴が漏れる。

見間違えようもなく、エミレオの書に封じられた<異貌のものども>のひとつであった。


歩美「流石の光彦くんも脳みそを潰されちゃ死んじゃうよね」

光彦「いや、そうでもないですよ」

歩美「ッ!?」


既に人としての原型を留めないまでに破砕された光彦の肉体は、それでも再生していた。


光彦「<肉腫のニニギ>の咒式で脳を細分化して全身に散らしておいて正解でした」

光彦「頭や心臓だけ狙ってもボクは殺し切れませんよ!」

歩美「嘘だ、歩美そんなの信じられない!!」


追撃の巨大なショートケーキによる爆撃を再びアスファルトに同化することで逃れ、

またもや光彦は歩美の追撃から逃れるのであった。

光彦「まさか歩美ちゃんまでエミレオの書を手に入れていたとは」

元太「光彦じゃねえか、こんなところでどうしたんだよ」

光彦「げ、元太くん……」

元太「あー、腹減ってきたなぁ」

元太「うな重食いてえけど、まあ光彦で我慢すっか」


元太から発される狂気にすぐさま反応し、光彦が後方に跳躍。

鼻先を容赦なく振り抜かれた包丁が掠る。

ここも危険だと判断し、と距離をとってすぐさま逃亡に入ろうとした瞬間、後頭部に熱。

空中から生えた腕が刃の切先を光彦の頭蓋に埋めていた。

肉を抉り取った刃が元太の手元へと戻る。

おにぎり頭の少年は、その肉片を恍惚の表情で頬張った。


元太「おっ、思ってたより美味えじゃねえか、お前の肉」

光彦「ひいいいっ!!」

周囲の組織を集めて傷口を再生させながら、光彦は自らの肉体を咀嚼される圧倒的な嫌悪感に苛まれる。

先ほど攻撃を食らった背後を確認すると、一枚の紙片が浮いていた。

よく見れば右にも、左にも、足元にも、さまざまな色と形の紙片が散らばっていた。


元太「けっこうやるじゃねえか、この<長き手のランペリン>ってヤツはよお」

光彦「元太くん、君までエミレオの書を手に入れたんですか!?」

光彦「博士は一体なにを考えてるんです!!」


巨体の少年の上空には、本が浮遊している。本から伸びた数式の鎖に縛られた女が足で元太の体に絡みついている。両腕は無い。

首から先、頭部は一冊の本となっていて、開かれていた。

細かい文字が並ぶ見開きに、兎のような赤い円の目があった。

どこからどう見ても<異貌のものども>だった。

発動していたのは数法式法系第五階位<喰間躍跳撫手>の咒式。

咒符を出口に、自らを亜原子段階まで分解し、電送することで超高速移動を成し遂げる技だった。

光彦「元太くん、どうして君までこんなことを!」

元太「んー、そうだな……」

元太「これからお前は首の後ろに手鉤を刺され、吊り下げられる」

元太「次に足に手鉤を刺されて逆さになり、生きているうちに喉を切られて、血抜きをされる」

光彦「なっ……ッ!!」

元太「お前の肋骨は赤葡萄酒と香草で煮込んで、甘味を出す。肋骨の間の肉がまた甘くて美味い」

元太「肋骨にこびりついた肉をしゃぶるのは、下品だが美味しい食べ方だ」

元太「または、玉葱と大蒜を弱火で炒めて香りを出して、そこに薄く切った肝臓を合わせる」

元太「香ばしいし、ビタミンAのような脂溶性の栄養素を摂取しやすく、そしてビタミンCのように熱に弱い栄養素もあまり損なわずに摂取できる」

光彦「うえぇ……」

元太「美味になり栄養面も補強できる人肉食に興味が出てきたか?」


楽しそうな元太の解説を聞くと、美味しそうな肉料理に思えてくる。

自分や人肉を使った料理の妄想だと思い出せば、嫌悪感と嘔吐感しか湧かない。

光彦を喰うことを本人に誘う元太の頭脳は、明らかに論理機能が破綻している。

元太「さあて、料理を再開すっか!」

光彦(恐ろしい咒式ですが……使役している元太くん自身は戦闘の素人!)


前方へと跳躍し、背後から心臓を貫こうとした刃を見ずに回避。

戻った元太の右手が再び分解されるのを見てから、今度は肝臓狙いの脇腹への一撃を回避。


元太「チクショウ、なんで当たらねえんだよ!」

光彦「初撃から急所狙いの連発なんて目を瞑っていても避けられますよ!!」

元太「へえ、じゃあこういうのはどうだ?」


元太の右手が再度の分解、電送と再構築を読んで前方に逃げるが、目前に刃。

首を振って回避するがその視線の先にも刃、更にその左右に、上下に、刃の群れ。

四方八方に数万のうち百の咒符から、百の腕が伸び、百の手に握られた百の刃が煌く。

発動されたのは数法式法系第六階位<喰間躍跳百撫手>の咒式。

情報として分解し発現する腕と刃を、百もの咒符で複製してきたのだ。

次の瞬間には、百の刃に光彦の全身が貫かれていた。

光彦「ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!」


刻まれた肉片を突き刺した刃が元太の手元に戻る。

再び人肉を咀嚼、肉体が失われていく恐怖。

食人行為という禁忌そのものに対する嫌悪感が臨界点に達する。


元太「うな重と比べちゃ微妙だけど、十分に美味いぜ、お前の肉」

元太「全部……俺が喰ってやるからよお」

光彦「ひいいっ!!!」


光彦が選んだのはまたしても逃げの一手であった。

細胞融合により百の刺し傷を修復しつつコンクリート塀を同化することで直線で通過。

障害物を利用しながら元太の認識が届かない、咒符が設置されていない安全圏まで逃亡する。

光彦「どうして、みんなボクを狙ってくるんですか……」


度重なる戦闘で、肉体の傷は修復できていても精神の疲弊までは癒せない。

<肉腫のニニギ>を使役し続けたために咒力の消耗も激しい。


光彦「こうして隠れていればひとまずは安全ですかね」

コナン「バーロー、そんなワケねえだろ」

光彦「ッ!!?」


光彦の目前には、再び現れたコナン。


コナン「殺人作法の七十三、殺しは途中でやめない」

コナン「存分に喰らえ、<大喰らいボラー>」


まず最初に出現したのは、ビルの三階に届くほどの巨大な朱色の柱が二本。

双子の柱の上部には水平渡された木材が横たわっている。

丹塗りの表面に、白い斑点があった。斑点は長方形の紙片。夥しい数の咒符が貼り付けられていた。

咒符が燐光を放つ、全ての咒符に描かれた凄まじい数の咒印方程式が、同時並行展開。

咒符が焼切れた、浮かんでいた咒印方程式は封印術式。

朱色の門扉の間、四角形の空間が虹色に歪む。虹色が砕ける。

現れたのは、青黒い塊だった。

巨大すぎる顔面。全体としては目も鼻も無い流線型。

生物だが、異質過ぎた。

巨大顔面に亀裂。唇が開かれていった。

長槍の穂先のごとき牙が並び、白煙を上げる唾液が糸を曳く。

顔面が見えなくなるほどに開かれ現れたのは、まるで洞窟のように大きく、深き淵のように暗い口腔だった。

鳥居の空間から迸る津波のように異形の首が伸びる。吐息が高温の蒸気となり光彦に吹き付ける。

断頭台の速度で上顎と下顎が閉じられ、光彦の右肘が消失、断面から鮮血が噴出する。


光彦「なんですかこの怪物は!?」

コナン「俺が持つ二冊目のエミレオの書に封じられた<異貌のものども>」

コナン「硅金化合物の肉体を持つ<古き巨人>、その一体である<大喰らいボラー>さ」

再び黒い大口が奔り、回避し切れずに光彦の下半身が消失。

体内の変換炉により量子分解された肉体が重力の穴に吸い込まれ質量が蒸発、エネルギーへと変換。

遅れて大量の血液と桃色の腸が零れる。断面には魚卵のような黄色い体脂肪。


コナン「削り取っちまえば再組織化なんてできねえだろう?」

コナン「今度こそ光彦、おまえ死んじまえよ」

光彦「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


組織閉鎖により止血を行うが、容赦なくボラーの追撃。

胸に着弾、食い損ねた首が宙を舞う。

気分が悪くなる音と共に両腕が枯れ木のように圧し折れ内臓が咀嚼される。強酸の涎がアスファルトを溶解させる。


コナン「しぶとかったがやっとこれでお前もお陀仏だな……ん?」


コナンが怪訝の声を上げる。その視線の先には開かれた革表紙。

青白い咒印組成式が噴出。数列は繭のように紡がれた組成式となる。

球体に亀裂が入り、割れた。

内部からは鱗粉。巨大な蝶の翅が広がってゆく。

穢れなき素肌に、額。通った鼻筋に、甘い吐息を吐いた蕾のような唇が続く。

繭からは美しい全裸の少女が生まれていた。

ただし、細い胴体は全て鉄格子。巨大な鳥籠が女性の乳房や細い腰となり、肉を取り戻す下半身へと繋がる。

鳥籠の内部には止り木が用意されている。止まっているのは、黄色い金糸雀。

鳥籠の上、美しい少女の顔に収まるのは、昆虫の複眼。数百の目が光彦を捉える。


光彦「助けてください……<天秤のキヒーア>……」


既に肺がないため、最期の呼吸で紡がれた懇願の言葉だった。

応えるように異形の少女、<天秤のキヒーア>が生体生成系第四階位<胚胎律動癒>の咒式を発動。

生成された未分化細胞が消失した肉体組織の代わりを急速に作り上げる。


コナン「光彦、お前まで二冊目のエミレオの書を……」

光彦「ふう、キヒーアのエミレオの書があって助かりました」

光彦「それに、肉体の補充が可能ならこういう戦い方もできます!」

コナン「なんだ……うわっ!!」


光彦の左腕の肉が溶解し、沸騰したように内部からぼこぼこと大量の気泡を産む。

終には液状化した左腕が弾け、飛沫となってコナンに襲いかかる。

大きな塊は避けたものの、細かな肉汁の粒が足に着弾。

針で刺したような痛み、確認すればズボンを貫通して皮膚に点々と赤く血が滲んでいる。

目前でも肉汁の洗礼を受けたアスファルトが酸を浴びたスポンジのように溶解している。

コナン「光彦テメェ、細胞融合のチカラをこんな形で利用しやがって……ッ!!」

光彦「どうですか、ボクの肉体に触れた物質は有機物、無機物を問わず取り込まれ溶解する!」

光彦「追撃しますよキヒーア、左腕の再生を!!」

キヒーア「供犠ヲ捧ゲヨ」

光彦「え?」

キヒーア「人ヲ癒スノハ人ノ命ダケ」

キヒーア「アナタノ腕ニハ多クノ供犠ガ必要」

光彦「えっと、誰かを殺して命を捧げないともう再生してくれないんですか?」

コナン「どうしたんだよ光彦、こないんならこっちから……」

光彦「くっ、仕方ないですね!!」


光彦は四度逃げ出した。

光彦「供犠……人間の生贄ですか……困りましたね」

園子「ちょ、ちょっと!!」

光彦「え?」

園子「アンタ、そんな恰好でなにしてんのよ!!」


突如として現れた園子が声を荒げる。

首だけになった後に再生したため、今の光彦は全裸だったのだ。


園子「本気で止めてよ!!」

園子「アンタに悪い噂が立ったら眼鏡のガキンチョ通じて蘭にまで被害が及ぶのよ!?」

光彦「ああ、そういえば蘭さんのご友人でしたか……」

園子「あれ、全裸に驚いてたけどよく見ればアンタの左腕」


周りを見渡しても人影は無い。

相手が知人とはいえ、好機だった。

迷わず光彦の右手が園子の細い首を掴む。

園子「なっ……にを……っ!?」

光彦「安心してください、すぐに楽にしてあげます」


後は細胞融合の能力で頸動脈を手のひらに癒着させ、そのまま引き剥がせば大出血を起こして園子は死ぬ。

キヒーアの供犠として園子を殺害することに躊躇いなど無かった。

が、しかし。


蘭「園子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

光彦「は?」


<肉腫のニニギ>による咒式が発動する直前、光彦が黒い大質量によって弾き飛ばされた。

電磁磁場系第五階位<磁流金砂巨蹴>の咒式によって生まれた巨大な足が、光彦の横腹に着弾。

金属粒子の黒い流砂は強力な電磁力により操作され、液体金属に近い挙動となる。

巨大質量の衝突により園子の首から手が離れ、肉体が破裂し鮮烈な赤い花として開花。

すぐさま細胞融合によって再組織化を図るが蘭の牽制が続き園子に近づくことは既に不可能。

蘭「大丈夫園子!?」

園子「げほっ……まあ、なんとかね……」

蘭「許さない」

光彦「ら、蘭さん……?」

蘭「何があったかは分からないけど、さっき光彦くんから感じた殺気は本物だった」

蘭「ならば私の震電流空手で完膚なきまで叩き潰すのみ!!」

光彦「そんな、また敵が増えるだなんてっ!!」

蘭「問答無用!!はあああああああああああああああっ!!」


発動されたのは電磁磁場系第五階位<磁流金砂巨掌>の咒式。

指の一本一本が電柱程の太さもある巨大な拳が、再び光彦を襲う。

しかしそれを読んでいた光彦が事前に準備しておいた細胞融合咒式により、その拳と融合することで威力を減殺。

逆に拳の中を通って蘭に肉薄する。

蘭が咒式を解除し、解けた黒の流砂の中から光彦が出現。

先ほどコナンに放ったものと同じ、肉汁の溶解液を至近距離から放つ。

今から金属粒子の壁を構築することは不可能、光彦の顔には勝利を確信した笑み。

蘭「私を……舐めないでっ!!」


裂帛の怒号と共に、蘭の角が弾ける。

現れたのは漆黒の金属光沢を帯びた円錐、表面には頂点に向かう螺旋が描かれていた。

螺旋の正体は、化学鋼成系第五階位<穿剛硬螺旋突>の咒式。

超硬合金に結合相であるコバルトやニッケルを使わず、タングステンカーバイドに炭化チタンや

炭化タンタルなどを加え、高温時の硬度低下を減少させる。

さらに窒化チタン、炭窒化チタン、アルミクロムナイトライド、チタンアルミナイトライドを表面に蒸着させ、

摩耗にも強い超々硬合金の螺旋を生成。


光彦「そんな、バカなああああああああああああっ!!!」


顔面を覆う程巨大化した黒鋼の螺旋が悲鳴のような甲高い音を立てて高速回転を開始、すぐさま射出。

光彦の放った肉汁は超々硬合金を侵すことも叶わず弾き飛ばされしぶき、螺旋はそのまま光彦の頭部に着弾。

ソバカス混じりの赤い肉片と黄色い脂肪細胞、白い頭蓋骨の骨片と桃色の脳髄が弾ける。

頭部から撒き散らされた肉片が原生生物のように蠢動し、失われた形を再び取り戻す。

潰れた眼球に硝子体が充填され膨らみ、視神経を引き摺って眼窩に収まれば、その先には蘭の憤怒の形相。

再生したばかりの光彦を再び潰そうと、既に<磁流金砂巨掌>の<古き巨人>に匹敵する巨大な腕が掲げられていた。


光彦「くっ、再生のための供犠は他をあたるとしましょう」

光彦「ここは再び戦略的撤退です!」

蘭「待ちなさい光彦くん!!」


蘭の叫びも空しく、光彦の肉体がアスファルトに溶け込んでゆく。

アスファルトごと地面を抉ろうが光彦の逃走を止めることは不可能。

逃走成功の確信に道路に張り付いた光彦の顔が嘲笑の形をとる。


灰原「逃げては駄目よ、円谷君」


光彦は表情を変え、停止。まずは驚愕に、そして瞬時に苦悶へと変化。

眼窩、鼻孔、耳孔、そして口からも血を吹き出す、眼球が迫り出して破裂し血涙と水晶体が混じりながら頬を流れる。

アスファルトから突き出した右手で自らの喉を掻き毟る、その行動は自傷行為となり首からも出血。

何これ支援

灰原の背後には半透明の薄青い霧。極度の肥満体の巨人が浮遊していた。

発動されたのは化学錬成系第六階位<吸血負圧無間圏>の咒式。

限定された空間内で発生した波形構造を持つ負の気圧は、正圧持続時間の長さに比例して二乗の長さを持つ。

マイナス一〇気圧という負の圧力がかけられると、肺や内臓が破裂して出血。

さらには眼窩や口、鼻孔や耳孔から血が体外へと吸い出される。

また咒式による負の気圧によって、酸素濃度が低下していた。

酸素呼吸をする人体は肺胞で呼気交換を行い、肺胞毛細管から肺胞腔に出る酸素濃度は平均で十六%となっている。

一回でも酸素が十六%以下の大気を吸うと、肺胞毛細血管中の酸素が濃度勾配によって引き出される。

血中酸素濃度が低下すると延髄の呼吸中枢が反射的に呼吸させ、さらに血中酸素を失わせる。


灰原「<絶息の巨人エンゴル・ル>、よくやったわ」

コナン「灰原、足止めご苦労さん」

灰原「あら、遅かったじゃない」

光彦「コ゛……コ゛ナ゛ン゛……く゛ん゛……ッ!!」

いくら再生を続けようと陰圧の結界がある限り体を動かすこともままならない。

血塗れで絶望に歪む光彦の顔、逆にコナンの顔には喜悦。


コナン「蘭姉ちゃん、光彦を空中にぶん投げて!」

蘭「分かったわコナンくん、ほらっ!」


<磁流金砂巨掌>の巨大な指先がアスファルトごと融合した光彦の肉体を道路から抉り出し、空中高くへと投擲。

そのとき既に、コナンの眼前で一冊のエミレオの書が展開していた。

今まで見たことのない、赤い革表紙の書。コナンから膨大な咒力が展開し、本へ注がれている。

開かれた頁の間から赤い咒印組成式が溢れて、コナンの頭上に展開していく。

赤い鱗に覆われたのは、蛇のように長い胴体。

短い手足の先には、鉤爪を備えた四本の指。掴むのは宝珠。

空中にうねる首の先には、鰐のような蜥蜴のような頭部。

左右に三つ、合計六つの燃える炎の目。王冠のような数十本の巨大な角。

膨大な重力咒式の発動で大気が歪む。槍の穂先の牙が並ぶ巨大な顎からは高温蒸気の吐息。


コナン「東方で、一つの都市と八つの町、二十三の村を滅ぼした、悪竜ホン・ロンだ」

竜の口腔に咒式の緋光。

水素に中性子が一つ余計についた重水素と、二個余計に突いた三重水素を極低温で液化させ、負の電荷を持ったミューオンを照射。

負ミューオンが原子核を束縛し、核の電荷を中和する。

そこでは原子核内部で陽子と中性子を繋ぎ止めているパイ中間子などの束縛、世界が世界であり、形作られている核力という神の縛鎖からの解放が起こる。

原子核同士が衝突し、ヘリウム核が生まれていく。

質量が熱量に変換されると、たった一個の原子から一七・六メガ電子ボルトもの熱量が放出される。

錬成したわずか一グラムの重水素と三重水素の水滴が核融合爆発を起こすと、三億ジュールを超える莫大な熱が発生する。

発動したのは化学錬成系第七階位<重霊子殻獄瞋焰覇>の咒式だった。

位相空間から転移する際にほとんどの熱量が吹き飛ぶが、それでも数千から数十万度という超々高温の炎と衝撃波となった爆風が前方に放射。

空中の光彦に回避は不可能。重金属すら瞬時に沸騰し蒸発させプラズマ化させさせる圧倒的熱量は防御も無意味。


コナン「死ねぶぉけえええええええええええええええええええええええええええええっ!!」


コナンと悪竜の咆哮が重なる。

空を貫く核融合の白い炎の柱。光彦は瞬時に炭化し、衝撃波で砕けて、さらに分解されていった。

不死身の一歩手前の光彦であっても、核融合の炎で全身を焼失させれば、治療も復活も不可能。

蘭「光彦くん、死んじゃったの?」

コナン「もう大丈夫だよ蘭姉ちゃん」

灰原「流石に全身を数十万度の炎で焼き尽くせば、流石の彼も復活できないわよ」

光彦「それはどうでしょう?」


背後を振り返るコナンの顔には驚愕の表情。

勝利に弛緩した空気が一瞬で硬化し、大気に緊張感が張りつめる。


アムプーラ「やれやれ、夜会の途中で囚われた上にこのような者に使役されるとは」

光彦「そう言わないでくださいよアムプーラさん」

アムプーラ「こうなった以上はエミレオの契約に従うまでですよ、<大禍つ式>としてはね」


光彦の傍らには貴族めいた青白い顔。笑む口元で青い舌が踊る。

青銀の格子柄で塗り分けられた華美な装いは、毒々しい地獄の道化にも見えた。


コナン「なんだ、なんなんだそいつは……」

アムプーラ「私は墓の上を這う者、秩序の第四九八式、アムプーラと申します。以後お見知りおきを。」

丁寧に答えるアムプーラに対して、コナンは<寂寥のクインジー>を召喚。

大鎌が振るわれ、白刃がイオンの相互作用と水素結合を破壊し光彦と従者の道化をまとめて両断。

動きを封じた所で<大喰らいボラー>を追加召喚。

百トン近い巨体が黒の弾丸となり、宙に浮く二人の上半身を喰らい消失させる。

遅れて少年の下半身から赤が、道化の下半身から青が噴き出し、紫色に混合されながらアスファルトを濡らした。


アムプーラ「酷いなぁ。これでは美味しい料理も味わえない。」

コナン「ッ!?」


腰から下だけの姿のどこから声が出ているのか、アムプーラが嘲弄するような声で喋った。


アムプーラ「はい、新品アムプーラ。従来製品より、派手さが、なんと当社比で一・四六倍!」


一瞬で、光彦とアムプーラは、攻撃を食らう前の完全な姿に戻っていた。

さらにはアムプーラの左半面が石仮面に覆われ、道化服もなお毒々しい濃緑色と鮮紅色に変わっている。

コナン「超再生、か?」

蘭「いや、再生過程など全く確認できなかったわ」

灰原「まさか、アムプーラは<軀位相換転送移>を連続使用しているというの……!?」

アムプーラ「正解正解、ご名答」


先ほど発動されたのは数法量子系咒式第七階位<軀位相換転送移>の咒式。

自己の体を環状抑制力場で包み、量子段階まで情報化し、非物質化させる。

自らの肉体を抑制力場で包んで、電子や陽子などの亜原子粒子段階に導き、分解して波動に変換する。

元の座標と転移先が相対的に運動しているために起こる、光や電磁波などの波動の偏移を演算し、情報と物質波動を転送。

統合させ、自己を咒式で再生する。<長き手のランペリン>の<喰間躍跳撫手>の咒式を全身に発動するようなものである。


コナン「バカな、<大禍つ式>であるアムプーラはまだしも、光彦は人間だぞ!!」

コナン「元の自分と転送先の自分は、完全に同一の記憶と肉体を持ってはいるが、全くの別人だ!!」

コナン「そんな自己同一性の保存を無視した咒式、人間の精神が耐えられるワケ……」

光彦「え、どうしてですか?」

コナン「ッ!!?」

光彦「こうしてボクはボクとして存在してるんですから、連続性が途切れたところで何の問題もないですよ?」

光彦「人間の肉体の原子は骨で約二年、その他の部位で約半年で完全に入れ替わるというじゃないですか」

光彦「ならば自分の肉体を分解して再度組み上げた今のボクに何の問題があると?」

コナン「……光彦、テメェは精神の怪物だ!」

蘭「光の速度で移動し延々と再生する相手をどうやって倒せばいいのよ!?」

アムプーラ「いやはや、この少年は想像以上に見込みのある人属だったようですね」

光彦「それではアムプーラさん、やっちゃってください!!」

アムプーラ「断ります」

光彦「え?」


光彦どころか、その場にいた全員が数秒間固まった。

アムプーラ「いやだって、私が本気をだしたら圧倒的すぎて面白くないでしょう?」

アムプーラ「それでは遊戯にならないではないですか」

光彦「な、何をいっているんですか!?」

アムプーラ「それと皆さんにヒントを」

アムプーラ「いくら彼の精神が他の人属を凌駕していようとも、我ら<大禍つ式>には及びません」

アムプーラ「私も攻撃には参加しませんが再生の手伝いはしますので、壊すなら精神から攻めた方がよいかと」

光彦「え、ちょ!?」


アムプーラの裏切りともとれる言葉に、光彦が狼狽する。

一方でコナンがアムプーラからの攻撃が無いことに安堵し、次いで嗜虐的な笑みを浮かべる。


コナン「なるほど、そういうことなら……<胎天使ニョルニョウム>!」

コナンの新たなエミレオの書の縛鎖が解かれ、青白い一と〇の数列が二重螺旋を描いて解放。

咒印組成式が紡がれ終わった後には、コナンの片側、向かって左に銀色の肌を持つ胎児が浮かんでいた。

背中には蝙蝠の翼。尻からは蛇の尾。足を畳んで、丸々とした親指を唇に銜えている。

重い瞼の下には、無表情な胎児の目。間違った天使の戯画のようだった。

ニョルニョウムの寸詰まりの指先には、赤い光。

禍々しい咒式の赤い数列が光彦に絡みつく。

次の瞬間には光彦の全身が破裂、大量の赤い飛沫が宙に舞う。

手が、足が、顔面が木端微塵に噛み砕かれ、全身の骨も全て破砕され消滅してゆく。

空中に残ったのは光彦だったものの神経系と臓器。

宙に浮く桃色や臙脂色の塊が歪み、人体とは呼べない形にねじ曲がってゆく。

最期には完全な立方体と化し、その周囲をガラス板で覆われた。

発動したのは生体生成系第五階位<魑魅筺生贄牢>の咒式。


コナン「ニョルニョウムの素敵な咒式だが、この状態でも光彦は生きている」

コナン「栄養補給に消化、排泄までできる」

箱は一辺四〇から五〇センチほどの正六面体。

少年とはいえ人間一人分の中身が、骨格と筋肉を排除することでこれほどの大きさに収まってしまったのだ。

咒式により表面のガラスに桃色の泡が生まれ、固まってゆく。

咒式で生成されたのは、唇だった。

箱の内部の気管や肺、横隔膜に繋がる発声器官が作られた。口が開く。


光彦「ちょっとなんですかコレ、早く元に戻してくださいよアムプーラさん」

コナン「……普通なら内臓剥き出しの痛みと肉体を失った喪失感なんかで精神が失調をきたすんだけどなあ」

アムプーラ「長期間このまま保存したところで精神崩壊もありそうにないですね」

アムプーラ「この人属は存外と精神が頑丈なようです」

アムプーラ「あ、いちおう助けを求められたので元に戻していいですか?」

コナン「仕方ねえなあ」


箱の中から<軀位相換転送移>の咒式によって再生された光彦が助け出された。

生きたまま箱詰めにされる悪夢を経験してなお、光彦の金剛石の精神には傷一つ見当たらない。

光彦「もう解ったでしょうコナンくん、もうボクを殺すことは諦めて下さい!!」

コナン「うるせえ黙れ死ね!」


コナンの左手の五指の根元が裂け、掌が五つに分かれ、腕や肩まで割れていく。

分かたれた肉のそれぞれが急速膨張。鱗をまとった五条の濁流となって前方に迸る。

生体変化系第五階位<乱散它蛇髑牙>によって生み出された五匹の大蛇だった。

次いで繰り出された右腕から金色の波濤。

口腔に並ぶ牙、濡れた獣の鼻と猫科の眼球、豊かな鬣、しなやかな筋肉、鋭い爪を備えた前肢が続く。

臀部でコナンの右肩に接続されたのは生体変化系第五階位<五咆獅子猛牙>の咒式による五頭の雄獅子。

さらには靴が弾け、足の指だったものが変化し、連なるは甲殻類の体節。

側面には数十もの歩脚がうねる。先端の橙色の頭部には、長い触角と鋭い大顎。

生体変化系第四階位<大百足太刀>の咒式から産まれた百足が顎を噛み鳴らし禍々しい硬質な音を立てる。

躊躇なく、コナンの四肢から生じた生物たちが光彦の四肢へと喰らいついた。

蛇の牙が光彦の右腕に喰らいつき、骨を砕きながら牙を通じて毒液を注入。

溶血作用のあるホスホリパーゼA2がリン脂質のSN-2アシル基を切断、脂肪酸とその他の親油性物質に加水分解することで細胞壁を破壊。

出血作用がある非末端アミノ酸のペプチド結合を分解するエンドペプチターゼ、すなわち血液凝固に関する繊維素タンパク質である

フィブリンを分解するプラスミンが血管系の細胞を破壊、内出血と骨格筋の変性により咬傷部位が一気に赤黒く腫れる。

通常でも四五〇キログラム、咒式で強化されたことでそれを遥かに上回る咬合力で獅子が光彦の左腕を粉砕。

肉食動物の牙が骨膜を裂き緻密質を割り海綿質を砕き骨髄を潰して尺骨と橈骨が破砕し浅指屈筋、深指屈筋、長拇指屈筋などをまとめて切断。

筋繊維と神経と血管を曳きながら前腕の半ばからが千切れ筋肉の赤と脂肪の黄色が断面に鮮やかに浮かぶ。

百足の大顎が閉じられ足首を切断。太腿に突き立った牙から毒液が流入。

ヒスタミン、ヒアルロニダーゼ、サッカラーゼ、セロトニンなどのヒスタミン様物質や溶血タンパク質の作用でアレルギー反応を引き起こしリンパ節が腫脹。

黄色の漿液であるリンパ液が炎症で膨潤した骨格筋から溢れ、赤黒く壊死した腐肉を散らしながらクチクラの凶刃が傷を抉っては拡大。

光彦が激痛に絶叫。蛇と百足の毒により微小血栓による急性腎皮質壊死を始めとする多臓器不全を発症。

四肢と、壁側腹膜と腸間膜を経た内臓の痛みに脳内で白光が迸り意識が断絶するも自閉できない痛覚にすぐさま覚醒。

再び絶叫、コナンの顔には愉悦の表情。

コナン「おっと、でもこんなこと続けてても光彦は死んでくれねえんだよな」

コナン「精神から殺さないと……つうワケで出てこい!!」


縛鎖が宙に身をくねらせ、さらなるエミレオの書が紐解かれる。

咒印組成式の青白い光を纏って顕現したのは、灰色がかった銀の肌を持ち、黒い外套を着こんだ巨漢。

髑髏のような金属の顔に嵌るのは、六つの青い目の輝き。


コナン「好きにしていいぞ、<古き巨人>の怨帝の十三の嫡子たちが一人、賢人ゲヒンナム・ム!!」

ゲヒンナム・ム「人属に捕らえられたことは業腹ですが……こうなれば仕方あるまい」

ゲヒンナム・ム「そんなことより目の前の実験です、こんな目に遭ってからは自由に研究もできなかったですからね」


次の瞬間、ゲヒンナム・ムの肉体が破裂した。

否、飛散するのは肉片ではなく液体。

肉体を構成するガリウム六八.五%、インジウム二一.五%、錫一〇%、融点-19度で常温で液体である共晶合金ガリンスタンを、

化学鋼成系第一階位<錬成>の咒式による金属分子制御によって変形させたのだ。

ガリンスタンの銀色の波濤が元のゲヒンナム・ムの体積を上回る量に増大。

否、先ほど顕現したゲヒンナム・ムの体が人間に合わせてその身を縮小させていたのだ。

二百トンを超える質量が四肢を失い瀕死の痙攣をする光彦を取り囲むように展開。

液体金属の檻の中、鎖が形成され、残った肩口や鎖骨、臀部をその先端の鉤が貫き、少年の体を宙に吊る。


光彦「なに……を……」

コナン「なあ光彦、こいつの『研究』ってなんだか分かるか?」


コナンの手がおもむろに取り出したのは、数枚の写真。

そこには異形が写されていた。

金属の肌を持つ赤子。肌の表面では腫瘍のような泡がいくつも生まれては消えている。

芋虫のような指を持つ右手の肘から、さらに右手が生える。

五つの眼は<古き巨人>の複眼のような眼と人間の瞳で、顎や額に配置されていた。

左頬では縦になった口が開かれ、乱杭歯の間から、蛇のような舌が零れる。

それが人間の女性の肚から、仰向けに捻じれて出産されている様子を撮影したモノだった。

光彦「なんですか……なんですかこれはッ!!」


写真は一枚では終わらなかった。

鮮血に塗れた、三つの顔がつながった赤子。周囲に伸ばされたのは蛸の脚のような触手。

次の写真では、天使のような愛らしい赤子の顔が、大蛇のように長く側面に芋虫の歩脚が連なる体に接続。

母体の肚を食い破って生まれ、耳まで裂けた口で自分を産んだ母親の頭部を呑みこまんとしている。

泣きながら眼球が十個ある粘液を出産する女性。

絶望の顔で、脳が存在しない一つ目の赤子を産み落とした女性。

精神が崩壊し、狂気の笑みで数十本の腕だけの赤子を死産する女性。

青黒い肌と六つの複眼、縦に割れた犬歯の並ぶ口、虫の手、魚類の尾鰭を持つ赤子を、

出産しながら自らの子宮や産道ごと刃で滅多刺しにしている女性。

恐怖の声を上げる光彦に、液体金属の巨人が心外そうに告げる。


ゲヒンナム・ム「残酷な趣味でこうしているのではない」

ゲヒンナム・ム「私は賢人、<古き巨人>における生物学者なのだ」

ゲヒンナム・ム「私が考える<古き巨人>という種族の問題は、まず地層と同じくらい長く生きることだ」

ゲヒンナム・ム「それゆえに繁殖能力が異常に低い」

ゲヒンナム・ム「さらに近年は人属に追い立てられ、紛争で消滅し、個体数が減る一方なのだ」

ゲヒンナム・ム「そこで、私は生物学者として同属の将来を憂い、対策を考えた」

光彦「つ、つまり……?」

ゲヒンナム・ム「<古き巨人>の繁殖能力の低さを、繁殖能力が高い人属の肚を使って補おうというのだよ」


液体金属の触手が、光彦の臀部を左右に押し広げる。

露わになった肛門に咒式で生成された二本の鉗子が挿入され、肛門括約筋を押し広げる。

歯状線で肛門上皮と結合された腸粘膜が外気に触れる冷たさと、それ以上に脊髄を冷やす悪寒。


光彦「待ってください!!ボクは男ですよ!?」

光彦「こんなことをしても赤ちゃんなんてできません!!」

ゲヒンナム・ム「炭素基生物の雄を妊娠させる程度の技術は、すでに二百年も前に完成している」

光彦「ッ!?」

息をのむ光彦の尻に、新たな触手が伸ばされる。

おぞましい形状をした金属の男性器だった。


光彦「た、助けてくださいアムプーラさん!!」

元太「一番美味い食い物っていったらやっぱりうな重だよな!」

アムプーラ「ふむ、アンギラ属の魚類の死骸を加熱処理したものですか、舌に心地よいですね」

歩美「チョコレートやケーキが食べたいなら出してあげるよ!」

アムプーラ「食べきれないので小さいサイズでお願いしますよ?」

光彦「アムプウウウウウウウウウウウウウウウラアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

アムプーラ「まあまあ、まだ死にはしませんでしょうし」

アムプーラ「生命活動が停止すれば即座に復活させてあげます」

アムプーラ「それまでは私の味蕾神経の機能と、人属の飽くなき食への探求の結果を確かめて待っていますよ」

光彦「ちょ、おま」

ゲヒンナム・ム「それでは続きといこうか」

光彦「ひいっ!!」

再び銀色の触手が動き始め、先端を肛門に宛がう。

金属光沢の表面が<古き巨人>の石油から精製された油類の体液に濡れて妖しく光る。


光彦「やっやめてやめろやめやめやめやめ」

コナン「殺人作法の十四。捕らえた女はその気がなくても必ず犯しましょうと決めている」

コナン「お前は男だけどな、まあいいや」

ゲヒンナム・ム「さあ、実験開始ですよ!」

光彦「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


涙を零す光彦の肛門を、金属の性器が容赦なく貫く。心が砕けるような絶叫。

ゲヒンナム・ムの性器は光彦の腹を内部から破らんばかりに深く突き入れられ、抽送せずに回転した。

肛門括約筋を引き延ばされ腸粘膜を削る痛みと恥辱の苦しみに光彦の叫びがいつしか嗚咽に代わる。

光彦「もうやめてください……お願いします……」

ゲヒンナム・ム「私もやりたくてやっているのではないのです」

ゲヒンナム・ム「科学と<古き巨人>の未来のためゆえ、仕方のない実験なのです」

光彦「いやだッ!!もうこんなのはたくさんです!!」

ゲヒンナム・ム「言葉とは裏腹に、男性器海綿体に血液が流入、膨張し始めていますね」

光彦「ちがう、これは……」

ゲヒンナム・ム「快楽を示すフェニルエチルアミンや、不安定な興奮を示すテストステロンの分泌も認められます」

光彦「やめろ、言うな!!」


少年の幼い性器は、それでも前立腺への強制的な刺激により性的興奮を得て勃起していた。

包皮から覗く桃色の亀頭の先端には透明な尿道球腺液が溜まり、重力に耐えられず糸を曳いて零れる。

陰嚢は未熟な睾丸から精子を送り出そうとするかのように拍動し、汗腺からは雄の臭いが吐き出される。

ゲヒンナム・ム「もう体は出来上がっています、すぐに妊娠させてあげますからね」

光彦「いやだ!バケモノの子供なんて孕みたくないです!!」


ゲヒンナム・ムの回転する性器が一層深く突き入れられた。

獣の咆哮のような絶叫と共に、光彦が射精。

ゲヒンナム・ムの妊娠術式の影響で第二次性徴が強制的に訪れ、睾丸が精子の生産を始めたのだ。

苦痛に満ちた精通による肛門括約筋の収斂が刺激となったのか、ゲヒンナム・ムも同時に達した。

金属微粒子を含む石油類の銀の体液が、<古き巨人>の性器と光彦の肛門の隙間から溢れて股座を濡らす。


光彦「ほ、本当に、なかに出し……」

ゲヒンナム・ム「ふう……私の遺伝子を体内に散布完了」


直後、光彦の白い腹が膨れた。

ゲヒンナム・ムの咒式により、受精したばかりの胎児の体組織の分裂増殖を加速したのだ。

光彦の肚が本人よりも巨大になる勢いで膨らんでゆく。

ゲヒンナム・ム「何がでるかな、何が出るかな♪たらららんらん、たらららん♪」

光彦「こんなの嘘です!!」

光彦「怪物の子供なんて生みたくない!!産みたくない!!」

ゲヒンナム・ム「産まれる、産まれる。新しい命が産まれる!」

光彦「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


すでに何度目になか分からぬ絶叫と共に、産道と化した肛門が開く。

内部の圧力により肛門括約筋が千切れ、肛門上皮が会陰まで裂けた。

血を噴く光彦の尻を押し広げながら産み落とされた赤子の姿は――――――













阿笠「ワシじゃよ」

光彦「は、博士……?」

ゲヒンナム・ム「貴様ッ!!我が子を、<古き巨人>の希望の子をどうした!?」

阿笠「なに、ワシの遺伝情報をゲヒンナム・ムの生殖器に仕込んでおいたのじゃよ」

阿笠「おかげで光彦君という優秀な母体と、<古き巨人>の肉体と咒力を得た新しい体ができたぞい」

ゲヒンナム・ム「貴様ァアアアアアアアアアアアア!!!」


自らの遺伝子を持つ子供を、何より研究成果を奪われたことに憤怒したゲヒンナム・ムが液状化した巨体を震わす。

その動きに呼応して博士の指先に赤い光、無造作に一閃。

次の瞬間には怒れる賢人の動きがとまり、波濤となりかけた液体金属は重力に従って崩れ落ち、量子分解されて書へと還ってゆく。

阿笠博士が発動させた数法式法系第一階位<虚刃>は通常では剣ほどの大きさしかないが、目の前のそれは十メートルを優に超えている。

数式による量子干渉効果によって単に物質を切り離すだけの低位咒式が、強大な<古き巨人>の体を主要な臓器ごと両断し瀕死に追い込んだのだ。


阿笠「さて、光彦君、ワシを産んでくれてありがとう」

阿笠「もう用済みじゃ、死んでくれ」


左右の五指に赤い数列の刃が生み出される。

振るわれた刃は光彦を二十五の細片に分割した。

光彦「アムプーラァ……ニニギィ……キヒーアァ……」

阿笠「無駄じゃよ光彦君」


刻まれた舌と喉で無理やり言葉を作り懇願するが、<異貌のものども>は応えない。

代わりに阿笠博士に傅き、開かれた書すら博士の手中に納められた。


光彦「な……んで……」

阿笠「まだ分からないのかのう?」

阿笠「実はの、これは正しくはエミレオの書ではなくエルシェロの書なのじゃよ」

阿笠「そしてエルシェロはフランス語読みでの発音、ドイツ語読みではヒラシェとなる」

コナン「嘘だろ、それじゃ……」

阿笠「最初にいったじゃろう、『できたぞ新一』と」

阿笠「そう、その名が示すのは阿笠博士(ひろし)……つまりワシじゃよ」

資産家による<異貌のものども>の蒐集という狂った道楽の賜ではなく、一人の科学者の狂気の産物。

盗まれたかどうかなど関係なく、最初から書の支配権は阿笠博士が握っていたのだ。


光彦「お願……助け……」

阿笠「まだ死に切っておらんのか、しぶといのお」


阿笠博士が一瞥をくれると、刻まれた光彦の顔面にアムプーラの両の拳が叩き込まれた。

右手から滴るは生体強化系第四階位<溶髑解蝕牙>の咒式による蛇毒。

金属プロテアーゼが血管の基底膜を破壊し、トロンビン様酵素は血中のプロトロンビンを活性化させ、血管内に微細な凝固を起こす。

同時に凝固因子を消費し尽くし、出血を止まらなくさせる出血毒が光彦を蝕む。

左手に宿るは化学錬成系第四階位<石骸触腫掌>の咒式。

シラフィンという酸化珪素の結晶を作る酵素を相手の細胞膜に発現させる。

細胞膜に珪酸沈着を起こさせ、ついには全身の細胞を珪酸質に置換していく石化咒式だ。

光彦の顔面の左半分は壊死し出血して赤黒く腫れた皮膚が肉ごと崩れ、

右半分は木賊の葉のような煌きを持つ白い結晶質へと置換され恐怖と絶望の表情のまま彫像と化している。

あれほどの激戦を生き抜いた光彦のあっけない死に様であった。

阿笠「さて」

コナン「くっ……!!」

阿笠「何を身構えておる?」

コナン「だ、だって博士は俺たちを殺して書の回収を……」

阿笠「そんなことはせんよ」

コナン「え?」

灰原「では何故円谷君を殺したの?」

阿笠「なんとなくじゃ」

コナン「なんとなくか」

灰原「なら仕方ないわね」

歩美「だって光彦くんだもんね」

蘭「そっか、死んだのは光彦君だものね」

園子「そそ、そういうこと」

元太「ああ、安心したら腹減ってきた。うな重食いてえ」

阿笠「ではワシの誕生祝にうな重を食いにいくかのお」

アムプーラ「ならば是非にとも私めにもお伴させてください」

阿笠「よいよい、蘭君と園子君もくるとよいぞい」

元太「さすが博士、太っ腹!!」

阿笠「元太君にだけは太っ腹などと言われたくないのお」

灰原「何を言ってるの、博士だって五十歩百歩じゃない」

阿笠「いやはや、哀君は手厳しいのお」

歩美「ぷっ……うふふ」

コナン「ははっ!」

全員「「「「「あははははははははははははははは!!!」」」」」

阿笠(……ふむ、みな自分が何故光彦君の命を狙ったのか、その死を受け入れられるかに気づいておらんのう)

阿笠(精神支配咒式の理論は立証できた、そして<古き巨人>の寿命と咒力を得ることもできた)

阿笠(肉を持つ神の御使い、主人を支配する奴隷、<小天使>の誕生への道筋はこれで整った)

阿笠(ワシは楽園への扉を既に叩いておる、研究の大成が今から待ち遠しいわい)

コナン「どうしたんだよ博士、ニヤついて」

阿笠「……いや、なんでもないぞい」







(完)

すげー中二心をくすぐられたわ
原作読んでみるわ

され竜要素のあるssは初めて見た
続編希望

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