律子「私はアイドル……?」 (14)


「ねえ、律子……さん。どうしてステージに立たないの?」

 美希から突然そんな質問を投げかけられたのは、ある日の昼前の事だった。
 昼寝……朝から寝ていたわけだが……から起きてきたばかりの寝ぼけ眼のまま、美希はそんな事を口走った。

「当たり前でしょ、私はプロデューサーなんだから」
「そんなこと、聞いてないの」

 美希の口調は、寝起きの子供特有の、まだ覚醒していないはっきりしない発音だったけれど、私の胸に突き刺さる気がした。

「律子さんは、どうしたいの?」


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「……美希、アンタ寝ぼけてるんじゃないの?」
「……あふぅ」

 そのまま何も言わずに、美希はまたソファに戻って行ってしまった。
 夢でも見ていた美希が、寝ぼけて私にあんなことを?
 しかし、あの美希の口調、完全に寝ぼけているだけには思えなかった。

「……ステージ、か」

 765プロのプロデューサーとして、今の私は竜宮小町を率いる立場にある。だからこそ、私はステージに立つことをせず、後ろから彼女達の後押しをすると決めた。
 だけれど、それは本心?
 本当は、まだステージに……なんて考えが頭をよぎった。
 憐みからプロデューサーになったと言ったら、伊織辺りが怒りそうだなと思いながら、過去のライブで撮った写真を取り出す。

期待

 七彩ボタンがリリースされた頃に新調した衣装には、一度しか腕を通していない。今にして思えば自分の分を作っていたこと自体が不思議なくらいだった。
 もう一枚は2ndライブの時の集合写真。
 まさか途中で呼び出されるとは思わなかったけれど、あれはあれで良かったと思う。
 最後の一枚はこれだけ大事にラミネートされた写真だ。

「……Cast a spell on me」



 私が765プロに入って最初に貰った曲「魔法をかけて」は鳴かず飛ばずのまま、そのままお蔵入りに近い状態でもある。
 その後のいっぱいいっぱいが売れたかと言えば……まあ、それはそれなりに。
 でも、私はこの自分の最初に歌った曲がとても好きだ。
 歌詞の一つ一つが、何だか自分を重ねてしまうようで。

「……溜息がひとつ、ねぇ」


 教科書がボーイフレンドな時は過ぎ去り、今では仕事が恋人。
 それも悪くないかなとは思うけれど、それとは違う気持ちもある。

「あの子達みたいに、輝くステージで、ねぇ」

 考え事をしていても始まらない。私はパソコンのモニターに目を落として仕事に気持ちを切り替える。
 それでも気になるのは、やはり美希のあの言葉。

『どうしてステージに立たないの?』

 どうしてもなにもない。
 今、私はプロデューサーだから。
 今……?
 じゃあ、未来は?


「それもないわね」

 自分はあくまで裏方に徹すると決めた身だし、今のこのプロデューサーと言う仕事に不満がある訳でもない。
 それでも、私の心の奥底には、ひょっとするとまだアイドルとしてやっていきたいという気持ちがあるのではないか?
 でも、それはあくまで私の、一個人としての欲望に過ぎない。
 今、それを表に出すわけにはいかないのだ。
 その理由が、手元の資料にあった。

「……ハリウッドにアリーナライブか」

 高木社長から渡された資料には、765プロ初となる大規模なアリーナでのライブの計画と、プロデューサーのハリウッド研修に関する事が記されていた。
 765プロは、つい最近までこんなに仕事が来るような事務所では無かった。
 アイドル達の成長速度には凄まじい物があるけれど、それに相応の会社の組織となっているかはまた別問題だった。

 相変わらず、プロデューサーは2名体勢だし、私が本格的にプロデューサーとして動き出してからは事務処理も小鳥さん一人に任せきりになって負担も大きい。
 取り敢えず、まずはプロデューサーのスキルアップを図るという社長の方針もあって、ハリウッド研修が決定したらしい。

「……この時期だからこそ、か」

 アリーナライブを終えれば、きっともっと765プロには仕事が来る。
 それを見越しての事だろう。
 そうなれば、プロデューサー不在の間は、私が765プロ唯一のプロデューサーになる。


「……だからこそ、私が」
「んー、よく寝たのー」
「あっ、美希」

 大きく伸びをしながら美希が起きてくる。
 その声音はただただひたすらに長閑なものだ。

「あの、美希。さっき」
「え?何、律子……さん」
「あ、いえ……別の、良いの」
「ふーん、何だか変なの」
「う、うるさいわね。ほら、そろそろ収録の移動時間でしょ」
「うん。それじゃあ行ってくるね」

 美希は先程の事を覚えてないのだろうか?
 もしかすると、夢を見ていたのは私なのではないだろうか?


「あっ、そういえば律子さん」
「何、美希」
「律子さんと、また同じステージに立てる日が来るって信じてるの。だから、忘れちゃ駄目だよ、アイドルで居たいって言う気持ち」
「な、何言ってるの、別に私は」
「じゃーねー、律子さん」

 ……見透かされてる?まさかね。
 でも、間違っている訳では無い。
 きっと、私の中にはアイドルとしての秋月律子と、プロデューサーとしての秋月律子の両方が存在していて、今はプロデューサーの秋月律子が表に出ているだけ。
 あの時点で、アイドルを引退してプロデューサーになった時点で、私はアイドルを諦めていたのか?


 
 いや、それはないだろう。
 私はアイドルをあきらめてはいない。
 でもそれは、優先順位で言えば現状では下の方になるのは嘘偽りのない事実だ。
 今、私がやるべきなのは、この子達が最高のステージに立てるようにバックアップをしてあげる事なのだから。

「ほらー、あんた達、次のスケジュール確認してー。移動時間の子は用意しておくのよー」

 はーい、という声を聴きながら、私も準備をする。
 そう、今の私はプロデューサー。
 それが今、私の立ち位置なんだから。





乙です

プロデューサーのりっちゃんもアイドルのりっちゃんも大好きだー
乙でした

ハ リ ウ ッ ド

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