【艦これ】進め、百里浜艦娘隊! (109)
はじめまして。
艦これSSを投稿させていただきます。
とある基地で生活している艦娘たちを描くお話です。
基本的にまったりとした日常話を中心に書いていく予定です。
コメディ、パロディ要素が多めです。スイカにかける塩程度にシリアス成分はある予定です。
戦闘描写は気が向いたら。
また、独自設定やオリキャラカッコカリが多めなので、あらかじめご了承下さい。
純粋なオリジナルキャラクターはまず出てきませんが。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403610503
第1話 不知火、お散歩します
海から吹き付ける潮風。波の音が静かに、大きく響いている。
海辺の平地に作られた大きな施設。土地は広く、周囲は高い塀で囲まれている。一般的
な公的施設に比べると古めかしい作りになっていた。
国防海軍対深海棲艦百里浜基地と書類には記されることが多い。
とことこと敷地を歩く小柄な少女。
後ろで縛った紫色の髪の毛と、ぴしっと着こなせた制服。スカートの裾からは黒いスパッツ
が覗いていた。青い瞳には鋭い光が映っているものの、今はどこか眠そうでもある。
少女はふらふらと敷地を歩いていた。
- - -
こんにちは。不知火です。
午後の風が気持ちよいです。
今日はお休みなので、ゆったりと基地内をお散歩です。外出許可書は貰っていないので、
基地内の探検ですね。もう少し練度を上げられれば外出許可も簡単に取れるのでしょうが、
あいにく不知火はまだ建造後半年にも満たない見習いです。
「殺風景な場所ね」
基地といっても、観光名所のようなものはありません。
とりあえず、行き先を決めずぶらぶら歩きます。
朝に起きる予定でしたが、昼過ぎまで寝ていました。同じ部屋の陽炎に八時に起こしてく
れと頼んだのですが、彼女も不知火同様お昼前まで寝ていました。
今度は目覚まし時計を買おうと思います。
「ヘイ!」
声を掛けられました。
が、無視しましょう。
「ヘイッ!」
再び声を掛けられましたが――
どうしましょうか? 振り向くべきか無視するべきか。重要度の低い難問です。
「ヘイ、レッスン! ルゥゥック!」
はぁ。不知火の負けです。
大きくため息をついて、不知火は視線を上げます。
基地の西側。工廠近くに置かれた荷物運搬用の大型クレーン車。普通の工事現場のもの
よりも頑丈そうな作りです。そして、今はクレーンを上げた状態で停まっていました。
「ようやくこっち向いてくれましたネー。無視はノーセンキューデース」
クレーンのフックに引っかけられた艦娘が一人。
金色のカチューシャと茶色い髪の毛、水干のような白い着物に黒いスカートと、巫女っぽ
い服装をしています。自称イギリス生まれの帰国子女。金剛型一番艦、金剛さんですね。後
ろ手にがっちりと縛られ、宙吊りにされていますが……。
ちなみに我が百里浜基地の金剛さん、余所の鎮守府や基地の金剛に比べて、ちょっと背
が低くアホ毛が二本あります。そのあたりは同じ種類の艦娘の個体差らしいです。
「不知火に何か御用ですか?」
見てしまった以上、無視するわけにもいきません。
「というか、何をしているのですか? 金剛さん。新しい遊びですか?」
ジト目で不知火は尋ねます。
百里浜鎮守府の主力の一人が、宙吊りにされている。意味が分からない。
金剛さんはゆらゆらと揺れながら、楽しそうに語り始めました。
「いやー、実はデースネー。お昼休みに提督の部屋に書類を持って行ったら、提督がお昼
寝してたんですヨー。お昼寝ー。英語で言うとシエスタデース」
なるほど。
うちの司令官はお昼ご飯を食べた後に、軽く昼寝をする習慣があります。
金剛さんは不満そうに唇を尖らせ、
「せっかくなのでバカボンのパパのヒゲを書き込もうとしたんデースヨゥ。でも……あっさり見つ
かっちゃいましてサー! それから全力全開エスケープしたんですケド、見ての通りの宙吊り
デース。しばらく反省しろ――と」
ゆーらゆーら。
いじけたように揺れています。この人は。
「事情は飲み込めました」
不知火は自分の額に手を当て、こっそりとため息をつきました。
昼寝の最中にバカボンのパパのヒゲを描く。そんな事されたら、誰だって怒りますね。未
遂ですが。宙吊りのお仕置きで済ませている司令官は、寛大だと思います。不知火だったら、
絶対に額に「肉」とか「金」とか描いてしまいます。
「金剛さん」
「なに?」
とりあえず何か言うべきでしょう。慰めでも非難でも励ましでも。
不知火は口を開き、告げます。
「なお、余談ですが、バカボンのパパのヒゲ、あれ鼻毛だそうです」
「レアリィ!?」
両目を見開き、二本のアホ毛をぴんと立てる金剛さん。やはり驚きでしたか。驚いてもらっ
て不知火はとっても満足しました。
不知火は落ち着いて続けます。
「冗談です。あれは正真正銘ヒゲだそうです」
「笑えないジョークはノーセンキューネ」
安心したように金剛さんは息を吐いています。手が自由だったら、額をぬぐっていたかもし
れません。バカボンのパパは作中であれをヒゲと言っているようです。しかし、これで終わり
ではありません。
人差し指を立て、不知火はさらに続けました。
「鼻毛なのはワンピースのゴールドロジャーでした」
「マヂで!?」
かっと目を剥き、口を四角く開ける金剛さん。
「こっちはマヂです。設定は変わっているかもしれませんけど」
不知火の無慈悲な言葉に、金剛さんは仰け反って空を見上げています。
「うーぁー。知りたくない事実を知ってしまったのデース……。たった今私は、意味もなくとっ
てもイヤーな大人の階段登っちゃったネェ……」
ぐねぐねしながら、悶えています。
退屈な休みの日の午後ですが、意外と暇が潰せました。さすがは戦艦の面白い担当。
「それでは不知火はこれから散歩の続きをしますので。さようなら」
「ウェィツ、ア、ミニッツ!」
しかし、あっさりと呼び止められてしましました。
不知火は再び金剛さんを見上げます。
「助けて下さいヨー。ヘルプミー、不知火ちゃーん。私たちの仲じゃないですカー」
困りました。これはどうしたらいいのか?
数秒黙考してから、不知火は答えます。
「ぶっちゃけ面倒くさいと、不知火は正直に言います。それに、そのワイヤーもかなり頑丈そ
うですし、外すのは工具が必要だと思います。不知火たちは力があるといっても、陸上では
たかがしれています」
見た目は普通の女の子の艦娘。しかし、人間ではありません。普段は人間と変わらないく
らいの膂力に抑えていますが、本気を出せばオリンピック選手並の身体能力を発揮できま
す。海上では海の力を得て、さらにパワーアップします。
逆を言えば、陸上ではあくまで人間レベルの力が限界です。頑強なワイヤーを引きちぎる
ような怪力は出せません。
「むーぅ。仕方ないデース」
残念そうに肩を落としている金剛さん。
その時でした。
ズンッ!
下腹に響く重い音と衝撃。
「む!」
不知火は息を止め、音のした方向に向き直りました。
爆発のようです。
登場人物など
不知火
陽炎型 2番艦 駆逐艦。
半年ほど前に建造された見習い。レベルは8くらい。
散歩が趣味。朝は苦手。
金剛改
金剛型 1番艦 戦艦
かなり昔から基地の主力の一角を務めている高速戦艦。
レベルは80くらいだが、改二ではない。
余所の金剛に比べて少し背が低く、アホ毛が二本あるのが特徴。
イタズラ好きで、不知火曰く艦隊の面白い担当。
第2話 ウィークリー・エクスプロージョン
土煙を伴って吹き抜ける風。風と言うより、空気の壁が流れていくような感じです。衝撃波
なので、まさに音の壁ですね。あまり陸上では体験したくないものです。
「へ……クシュン――!」
小さなくしゃみ。
「うーん、やっぱり爆風は鼻に来るネー……」
鼻をすすりながら、金剛さんがぼやいています。
他人の作った爆風を受けると反射的にくしゃみが出る体質らしいです。深海棲艦との戦い
では、地味に鬱陶しい癖と以前愚痴っていました。
「これは」
煉瓦造りの工廠棟。その奥の方に作られた古い小型倉庫。物置――というよりもがらくた
置き場と貸しているのが現状ですが。その倉庫がひとつ無くなり、煙が舞い上がっています。
そこが爆心地のようですね。
ぱらぱらと砕けた木材やらが落ちて来ます。危ない……。
「デ、デン! イッツ、ア、クエスチョン! 三択デス! 何が起こったのでSHOW!」
唐突に、やたらハイテンションな声を上げる金剛さん。
不知火が顔を向けると、片目を瞑って、
「答え1、むっちゃんエクスプロージョン!
答え2、大鳳ちゃんエクスプロージョン!
答え3、いつもの」
「どう考えても3ですね」
ため息とともに不知火は答えを決めます。いつもの。この百里浜基地には、気が向くと爆
発起こすトラブルメーカーが一人います。
「あら」
不知火は空を見上げました。
青い空を背景に、人間がくるくると回りながら宙を舞っています。さきほどの爆発に巻き込
まれて吹き飛ばされたのでしょう。地上からの高さはおよそ五十メートル。
「オー、提督がお空を飛んでマース」
白い帽子に、白い詰め襟。白いズボン。
標準的な制服を纏った男。
我が百里浜基地の司令官です。一応一番偉い人です。
おそらく爆発に巻き込まれて空中散歩をしているのでしょう。
司令官は壊れた人形のような格好で落ちていき、
ゴンッ
埠頭の荷物運搬用小型橋型クレーンに激突。
そして。
ぼちゃん。
海に落ちました。
「人間ってこういう音も出せるんですね。不知火、初めて知りました」
「えーと、不知火ちゃん。手が空いてそうなところでお願いなんだケド、ちょっと提督拾って貰
えるかな? そんなに深くはないと思うからサー」
金剛さんが視線で司令官の沈んだ辺りを示しています。
不知火は足を持ち上げ、茶色い靴を指差しました。
「靴の艤装はあるので海の上ならどうとでもなりますが、海面下は管轄外です」
深海戦艦と戦う力を生み出す艤装。砲や魚雷発射管などから、靴や服も艤装に含まれま
す。今も艤装の制服と靴は身につけていますので、海上移動はできます。が、不知火の艤
装に海中移動能力はありません。
艤装外せば素潜りできますけど、不知火は泳ぎがそんなに得意ではないです。
「むー。私もダイビングは苦手デース……」
眉間にしわを寄せ、金剛さんが首を捻っています。
不知火達は艦娘。極端に言ってしまえば、人の姿をした船です。海面下は基本的に管轄
外なのです。泳ぐ程度はできますが、泳ぎが得意な娘は少ないと思います。
「ここが潜水艦の子たちに頼むべきですね」
「それがいいデース。モチはモチ屋に頼むのデース」
不知火の提案に、金剛さんが頷きます。
海面よりも下は潜水艦のお仕事です。
おや?
カラン、カラン――
と、近づいてくる下駄の音。
「おーい。不知火ちゃんに金剛ちゃん、無事かい? ワシの倉庫が爆発したようだけど」
やってきたのは一人のお爺さんです。
わらわらと足下に着いてくる工廠の妖精さんたち。多分数十人。
この人は、百里浜基地で働いている、数少ない人間です。余談ですが、普通の人間が長
時間艦娘といると、「当てられてしまう」そうです。そのため同じ場所で働くには適正が必要と
言われています。当てられるというのがどういう状態かは知らないのですが。小さい神様と
長時間一緒にいるのは、生身の人間には危険、らしいです。
閑話休題。
不知火と金剛さんは、ジト目でやってきた爺さんを眺めました。
「敷嶋博士……」
「ドクター・シキシマ……」
この騒ぎの張本人です。
背広の上に古ぼけた白衣を纏った、やや猫背気味の老人。
両足は裸足に下駄履きです。年齢は六十歳くらいでしょうか。そして一番重要な事。この
人まともではありません。横のみ白髪の残った禿頭には、何故かネジが一本ぶっ刺さってま
すし、年齢不相応に目付きがギラギラしています。何よりも全身から立ち昇るマッドサイエン
ティストオーラ。実際、マッドです。
厄介な事に、この見るからに危ない科学者が、不知火達の百里浜基地の工廠長です。皆
からは敷嶋博士と呼ばれています。下の名前は知りません。ついでにうちの爆発担当です。
気が向くと何か爆発させています。
「不知火たちは無事です。それよりも今度は何をしたんですか?」
一応確認しておく必要はあるでしょう。
不知火は爆発した倉庫を指差します。
どこからか持ってきた予算や資財で変なものを作って、大抵最終的に爆発させるのが日
課です。それだけならただの危ない人なのですが、装備職人としての才能と技術と、工廠妖
精たちとの相性は天才的です。この人の作る装備は本当に高性能なんです。厄介な事に。
厄介な事に――! 大事な事なので二回言いました。
博士は黒煙を上げる倉庫を一別し、両手を腰に当てて大笑いましました。
「カッカッカァ! 心当たり多すぎて分からんわい。まっ、おおかた提督のヤツがワシの倉庫片
付けようとして、うっかり自爆スイッチでも押したんじゃろ。前から倉庫をがらくた置き場にす
るなとか騒いでたしのう」
「それで倉庫壊したら本末転倒だと思います」
無駄と分かっていても言わないといけません。
本部棟や寮から出てきた人たちが、消火活動を初めています。博士の爆発癖に対して、
みんな慣れたものです。新入りの不知火はまだ慣れてませんけど。
「あと、何にでも自爆装置組み込むの辞めて下さい」
「細かい事は気にしちゃいかんよ、不知火ちゃん。それに自爆装置は男のロマンじゃ!」
拳を天に突き上げ、博士は断言しやがりました。
まったく、この人は――!
司令ががっちり釘を刺しているのに加えて、陸奥さんと大鳳さんの猛烈な抗議のおかげで、
博士が不知火たちの装備に自爆装置を組み込むことはありません。が――自分で作るもの
には、躊躇無く組み込みます。
「ロマンではありませんし……。週一で爆発騒ぎ起こすのは止めて下さい」
人の話を聞かない人というのは理解していますが、抵抗する意志というのは大事だと不知
火は信じています。
「ヘイ、そこ! 何してるデース!」
じたばたと暴れる金剛さん。
うん……?
見ると博士が金剛さんの真下に移動し、によによと笑いながら鼻の下を伸ばしていました。
実に幸せそうな表情ですね!
「いやー、今日はピンクか。ふむふむ。絶景絶景」
まったく、このエロジジィは……!
「何勝手にスカートの中覗いてるデース! セクハラデース! 軽犯罪法違反デース! と
いうか、エロジジィはゲットアウェイ! あっち行けっ、しっしっ」
クレーンに釣るされた金剛さん。
激しく揺れながら叫んでいますが、効果は無しですね。
真下から覗けばスカートの中は丸見えです。金剛さんはがっちり拘束されて身動きも取れ
ず、逃げることも反撃することもできません。
「女の子が吊されてるのに、覗かん男は男じゃないわい!」
鼻息荒く、エロジジィが断言します。
人間正直なのはいいことですが、正直すぎるのは問題です。
「参りました」
不知火は明後日の方向に目をやり、こっそりと独りごちます。今日は大切なお休みの日で
すし、これは見なかった事にして散歩の続きをしましょうか? 抵抗する事は大事ですが、
人生諦めも肝心と言いますし。
もうゴールしちゃっていいよね?
かなり本気でそう考えていると。
ガン。
固い音。
ぽて。
「あら」
不知火が振り向くと、博士が仰向けに倒れました。
脳天にはたんこぶができています。固いもので脳天をぶん殴られたようです。ひくひくと痙
攣しているので死んではいないでしょう。殺しても死ぬとも思えませんし。
「……何してるんだ?」
黄色い隻眼が周囲に向けられました。
灰色の刀身と赤い刃。船首を模したと思われるサーベル型の剣――こんなSF風味の接
近専用武器を持っているといったら、この人しかいませんね。
ショートカットの青みがかった黒髪と左目を覆う眼帯。頭には耳のような艤装を付け、背中
には大きな戦闘用艤装。軽巡とは思えない豊満なプロポーションを黒い制服で包んだ、百
里浜基地の遠征番長にして事務仕事の帝王です。
どうやら遠征帰りのようです。
「うーん……」
左手で頭を掻きながら、首を傾げています。
吊された金剛さん、爆発した倉庫、足下で倒れているエロ博士。工廠妖精さんたちは離れ
た場所に避難しています。
「どこから訊けばいいのか俺もよくわかんねーけど、何なんだ、この状況……?」
右手に剣を持ったまま、困ったように左手の人差し指で頬を掻いています。
ま、困りますよね。
登場人物など
敷嶋博士
オリキャラカッコカリ。
基地で働いている数少ない人間の一人。
役職は工廠長。艦娘の扱う艤装の制作と整備が主な仕事。
自他共に認めるマッドサイエンティストで、何にでも自爆装置を付けたがる。
どこからか予算と材料を持ってきては何かを作って、最終的に爆発させている。
装備職人としての才能と技術と、工廠妖精たちとの相性は天才的で、作る装備はどれも高性能。
エロジジィ。
敷「島」じゃないよ。
以上です。
続きはそのうち。
第3話 私はここにいる
「天龍さん」
不知火は声をかけます。
とりあえず事情を説明しておく必要はあるでしょう。
天龍さんが不知火に目を向けて来ます。先ほどまであった困惑は薄れ、疑問の眼差しに。
つまりそれは、この不知火が状況説明が可能だと、認めてくれているということですね。自
称最新鋭軽巡の姉さん。
「私もいるよー?」
不意に。
天龍さんの後ろから現れたもう一人の軽巡娘。
背丈や体格は天龍さんとさほど変わりません。頭の上に浮かんだ輪っかのような頭部艤
装。中分けボブカットの青みがかった黒髪。優しそうな笑顔には、しかしどこか影があります。
豊満な胸を強調する、アンミラ風の黒い制服。両手で抱えるように持った槍。
「龍田さん。こんにちは。遠征お疲れ様です」
不知火は一礼しました。
天龍さんの相方。龍田さんです。いつも天龍さんと一緒にいます。たった今まで居なかった
ように思えるのですが、まぁ細かい事は気にしてはいけません。
「ふふふ、そんなに疲れるような事はしてないよー? ねぇ、天龍ちゃん」
「遠征は、ここからが本番だろ?」
にこにこ笑う龍田さんに、天龍さんが釘を刺します。
よく言われる事ですが、遠征の本番は報告書作成です。深海棲艦討伐任務に比べて遠征
は危険度が少ないですが、逆に報告することはかなり多いです。
天龍さんの肩に寄り添い、龍田さんがにっこりと頬笑んでいます。
「頼りにしてるわよー、天龍ちゃん」
「自分の報告書は自分で書けよ……?」
そんな会話をしていると。
前触れ無く。
がばっ!
仰向けに倒れていた敷嶋博士が飛び起きました。頭にたんこぶできていますけど、元気そ
うです。バネ仕掛け人形のような速度は、はっきり言って老人のソレではありません。
「いきなり何するんじゃ、天龍ちゃん!」
かっと目を見開き、天龍さんを睨み付けます。
「ワシの行動に非があることは認めよう! だがしかぁし、刀で斬りつけるのはさすがにどう
かと思うぞ、ワシは! もし、万が一、脳神経とか脳血管がアレしてコレしれ、装備が作れな
くなったらどうするんじゃ!」
と自分の頭を指差します。
武器、装備開発にかけては国内屈指と言い張る頭脳。何故かボルトが刺さっていますが。
実際、博士の作る装備は高性能です。万が一脳に障害が残るようなことがあっては、我が
百里浜基地は、それなりに困るでしょう。
「大丈夫だろ、峰打ちだし。力も入れてない」
ぱたぱたと手を動かしながら、天龍さんが苦笑いをします。
ちょこんと小首を傾げ、龍田さんが口を開きました。眉を内側に傾けつつ、
「でも、天龍ちゃん。刀はマズいかもねー。敷嶋博士は私たちと違って生身の人間なんだか
ら、固いもので頭叩いたらダメだよ? 打ちどころが悪いと死んじゃうし」
不知火たち艦娘は、頑丈です。生命活動を肉体のみに依存していないため、多少無理が
利くとのことです。また単純に身体自体が頑丈という特性もあります。船の化身やら憑喪神
やらのようなものですし。
龍田さんが博士に声をかけました。転んだ子供に接するように優しく。
「ケガは無い、先生?」
「うぇーん、痛かったよー。龍田ちゃーん!」
満面の笑顔で両腕を広げ、涙を迸らせながら龍田さんの胸めがけて飛びついて――
あ。死んだな、これ。
どすっ。
「おぅ!」
龍田さんの左腕がエロ博士の脇腹に突き刺さりました。
笑顔のままのリバーブロー。それなりに手加減はしているようですが、肝臓に一撃食らっ
て博士が、白目を剥いて前のめりに崩れていきます。
ゴスッ。
そこに迷わず右アッパーカット。
跳ねる髪の毛と大きな胸!
下がった顎を打ち上げられ、博士は後ろに仰け反り。
ばたっ。
仰向けに倒れました。
ノックアウトです。一発です。カウントすら必要ありません。確実に脳震盪起こす殴り方で、
実際起こしました。仰向けのままピクピク痙攣しています。
「でも、素手なら大丈夫よ」
黒いグローブに包まれた拳を持ち上げ、楽しそうに言ってのけます。明らかに天龍さんよ
りも酷いことをしていますね……。
「それは、刀でドツく方がまだ安全だと思うネ……」
「相変わらず容赦ないですね、龍田さん」
金剛さんと不知火は正直に感想を述べました。
いつもにこにこと穏やかなように見えて、やることは基本的に容赦も躊躇も無い人です。
今回は思い切り胸に飛びつこうとした敷嶋博士が悪いですが。
「大丈夫か、爺さん……」
冷や汗を流しつつ、天龍さんが倒れた博士の側に屈み込みました。
「だ、だっ……じょぶ――じゃ」
天龍さんに顔を向け、博士はおもむろに右手を挙げました。脳震盪のせいで腕が震えて
います。しばらくはまともに動けないでしょう。その状態でぐっと親指を立ててます。
見えてるんですね……。天龍さんは気付いてないようですけど。
龍田さんは頬に手を当て、博士を見下ろしました。
「ふふふ、大丈夫よ。死んだり後遺症残ったりしないようにちゃんと加減してるからぁ。それ
に、問題あっても間先生に頼めば大体治してくれるわ。一回死んだ人を生き返らせたなんて
逸話があるくらいの名医さんなんだから」
嬉しそうに槍の刃先を指でなぞります。
「…………」
素早く天龍さんのスカートの中から目を逸らすエロジジィ。
ちなみに、間先生とはうちの基地で従軍医師を務めている方です。名前は間玄男。主な
仕事は不知火たち艦娘の治療と体調管理です。入居ドックの管理もしています。医師として
の腕は天才的で、一度死んだ人間を蘇生させたという逸話まであります。真偽のほどは不明
ですが、腕は確かです。
博士がヤバいことになっても、間先生に頼めば問題なく治してくれるでしょう。
ガシッ。
「ん?」
聞こえた固い音に、全員が振り向きました。
岸壁に作られた柵を、真下から伸びた手が掴んでいます。今の音は柵を掴んだ音のよう
ですね。白い手袋と白い長袖。ここから海面までそれなりに高さがあるようですが、頑張って
登ってきたようです。
「司令――」
実を言いますと、不知火すっかり忘れ去っていました。
無言のまま――柵を掴み身体を引き上げ、そのまま柵を跳び越える若い男。全身ずぶ濡
れで、肩に藻が引っかかっています。白い軍帽と詰め襟という標準的な服装。
我が百里浜基地の司令官です。
名前は鈴木一郎。有名な野球選手とほとんど同じ名前ですが、野球は苦手だそうです。
特徴は……何も無いです。本当に、何も無いです。一度見たら次の瞬間には顔を忘れてい
そうなほどモブい容姿が特徴と言えば特徴ですね……はい。もし制服以外の格好をしてい
たら、それが司令と気付かない自信が、不知火にはあります。
「オーゥ。提督ゥ、元気そうですネェ!」
クレーンに吊されたままの金剛さんが元気に声を上げてます。
「チョーットお願いがあるんだけどサー、いい加減下ろしてくれないかナー! もう十分反省
しましたネ! それにベリーベリー退屈で、おへそでティーを沸かしそうデース!」
「あまり反省していないようだな……」
金剛さんを見上げてから、司令はため息ひとつ。肩に付いていた海草を掴んで海へ放り
投げます。それからこちらに向かいながら、天龍さんと龍田さんを見ました。
「天龍、龍田。海上護衛は終わったか?」
いくらか引きつつも、天龍さんが答えます。
「予定取り無事終了だ。深海棲艦との接触は無し。チビたちは風呂に行かせた。これから
報告書作るから、そうだな二時間待ってくれ」
「分かった。報告書を作ったら、ゆっくり身体を休めてくれ」
頷く司令官。普通に仕事の会話しちゃってますけど――
「司令。お怪我はありませんか?」
不知火は平静を装いつつ声を掛けます。不知火の認識が正しければ、生身の人間が空
飛んだり落ちたりすれば無事では済みません。普通死んでます。
「ケガはないよ、不知火。私も鍛えているからこれくらいでは何ともない」
「人間ではありませんね」
思わず本音が漏れますが、司令官は気にしていないようでした。
「しかし敷嶋先生」
「ぎくっ!」
死んだふりをしていた敷嶋博士が震えます。
倒れたままの博士を司令は片手で持ち上げました。荷物を担ぐように肩に担ぎ上げてい
ます。ぐっしょりと濡れた司令の身体に、博士は露骨に嫌そうな顔をしています。しかし司令
は無視して歩き出しました。
「色々とお話があります。一緒に来ていただきたい。今回のはさすがにやり過ぎです。工廠
施設と倉庫の私物化も、いい加減見過ごすわけにはいかないので」
「あー。めんどいのぉ」
げんなりと呻く博士。始末書なり反省文なり書くのでしょう。でも、それに懲りず一週間くら
い経つとまた爆発起こすのでしょう。うちの基地ってその辺りの軍規とかどうなっているので
しょう? 割と本気で謎です。
「行ってしまいました」
去っていく司令の背中を眺め、不知火は呟きました。
「提督ゥ、結局私のこと下ろしてくれなかったネー」
唇を尖らせながら、金剛さんがぼやいています。
でも、それは自業自得ですよね?
登場人物など
天龍改
天龍型 1番艦 軽巡洋艦
レベルは50くらい。百里浜基地では古参組。
軽巡とは思えない豊満ボディが特徴。
口は荒いが面倒見は良く、駆逐艦たちには好かれている。堅実な遠征を得意とする遠征番
長にして、報告書作成など事務仕事の帝王。縁の下の力持ち。
龍田改
天龍型 2番艦 軽巡洋艦
レベルは50くらい。天龍とは同期。
おっとりにっこりとした性格だが、天龍に危険が迫った時は、容赦も躊躇もない行動を取る。
変に刺激しなければ優しいお姉さんです。
提督
百里浜基地の提督。一応一番偉い人。
名前は鈴木一郎。野球選手のイチローとは、郎の字が違う。
標準的な制服を纏った若い男。特徴がない事が特徴と言えるくらいに、特徴が無い。稀に
見るモブ顔。不知火曰く、制服以外の格好をしていたら司令と気付かない自信がある。
普段から鍛えているため、非常に頑丈。
以上です。
続きはそのうち。
間玄男…一体誰ックジャックなんだ…
爆風を受け宙を舞って落下しても無事とは...やはり奴も鈴木ICHIROの名を冠するか
投下します。
今回は三人称です。
第4話 大井と北上と――?
百里浜基地の西側――丘側に並んでいる艦娘寮。
そのひとつである第二艦娘寮。艦娘たちからは巡洋艦寮と呼ばれている。呼び名通り、軽
巡と重巡が暮らしていた。二階建ての建物で、外見は学校校舎を小さく切り出したみたい、
と言われている。なお、かなり頑丈に作られている。
北側の廊下を歩く二人の少女。
「いやー、大井っちの雷撃は凄かったねー」
緑色の制服を着て、長い黒髪を三つ編みにしている少女。趣味なのか、長いもみあげも
緩く三つ編みにしている。軽巡洋艦北上。
のんびりと笑いながら、隣の少女に話しかけていた。
「北上さんにそう行って貰えると、嬉しいわ」
そう返すのは、同じく緑色の制服を着た、明るい髪の毛の少女。軽巡洋艦大井。
雷巡コンビと言われるが、まだどちらも練度が足りず軽巡である。
「早くあたしたちも改二になりたいねぇ。全四十門の魚雷発射管から放たれる超雷撃。空母
も戦艦もバシバシ沈める、みんなの憧れパイパーズ――!」
右手を持ち上げ、ぐっと拳を握りしめる。
桁違いの雷撃値から繰り出される、大火力の魚雷。直撃すれば戦艦だろうが沈める格上
殺し。火力は凄まじいが、意外と装甲が薄いので運用には注意したい。
「甲標的が本体なんって言っちゃダメだぞ」
表情そのままで北上が付け足す。
大井は苦笑いをしながら足を止めた。
四角い木のドア。そこが二人の部屋である。基本的に艦娘寮は数人で一部屋を割り当て
られている。一人部屋もあるが、多くは二人部屋から四人部屋である。
「まだ私たちは改にもなってないから、先は長いわね」
大井がドアを開け、部屋に入った。小さめの玄関で靴を脱ぎ、室内用のサンダルに履き替
える。午後の演習を終え、自由時間である。
「でも、気長に頑張りましょう。ああ、早く酸素魚雷が撃ちたいわー」
両手の指を組んで、きらきらと大井は瞳を輝かせていた。
まだ見習いであるため、支給されるのは三連装魚雷や四連装魚雷である。酸素魚雷や艦
首魚雷は見るだけでまだ撃ったことがない。
「いいよねー。酸素魚雷」
しみじみと同意する北上。
靴を脱ぎ部屋に入る。
寮はアパートのような部屋割りだった。床は板張りで、壁紙はシンプルな白である。ダイニ
ングキッチンと小さめの風呂、トイレ。そして寝室。もっとも、食堂もトイレも大浴場も別にあ
るので、部屋の設備を使うことは少なかったりする。
「そうだ。北上さん、先にお風呂いただいてもいいかしら?」
大井が風呂の扉を指差した。部屋にある風呂は小さいが、一人でゆっくり使うことができ
る。大浴場でのびのび疲れを取るのもいいが、一人で気ままに浸かるのもいい。
「いいよー」
ぱたぱたと手を動かし、北上は答えた。
が、ぽんと手を打ってから、声を掛ける。
「そうだ。大井っち、一緒にお風呂入らない?」
「一緒に?」
大井が瞬きをした。
部屋の風呂は一人用である。二人で入るのにはさすがに小さすぎた。しかし、多少無理を
すれば二人で入れるほどの大きさはある。
「いやー、姉妹だし裸の付き合いって大事だと思うよ、あたしは」
両手を広げて、北上が笑った。頬が少し赤く染まっている。よく見ると口元が緩み、目には
怪しい光が灯っていた。
北上の様子には気付かず、大井は首を傾げる。
「そうねぇ」
ばたん。
寝室のドアが開いた。
「くまー」
緩い声とともに部屋に入ってきた少女。
腰辺りまで伸ばした茶色い髪の毛。触手のような大きなアホ毛が飛び出している。水色の
縁取りのなされたセーラー服と、ハーフパンツという出で立ちだった。
球磨。大井、北上の姉であり先輩であり、この部屋の室長でもある。
「あら。球磨姉ぇ。いたの?」
眉を持ち上げ、大井が驚いていた。部屋には誰もいないと思っていたのだ。誰かいるよう
な気配もなかった。しかし、現実として球磨はここにいる。
「………」
こっそりと北上が渋い顔をしていた。
とことこと球磨が二人の元に歩いてくる。
「部屋のお風呂はそんなに大きくないクマー。二人で入るとさすがに狭いクマー。それにお
風呂は一人でゆっくり浸かるものクマー。無茶言っちゃ駄目クマー」
ぐっ。
と球磨が北上の肩に右腕を回しつつ、大井に向かって片目を瞑る。
「そうねぇ」
頬に指を当て、大井は天井を見上げた。白くきれいな天井。建物自体はかなり古いが、時
折工廠の妖精たちが修理をしているため、汚れなどもなくきれいである。
北上に目を戻し、にっこり笑う。
「それじゃ、北上さん。お先にお風呂いただいていいかしら?」
「うん、いいよー。あたしはちょっと球磨姉ぇと話があるからさ。ゆっくりたっぷりのぼせるくら
い浸かってきてよ」
手を動かしながら、北上が笑う。
「のぼせちゃ困るけど」
苦笑いをする大井。
後の行動は速やかだった。寝室に移動し着替えを持って来てから、脱衣所へと入る。ぱた
りと閉まるドア。換気用の鎧窓のついた木のドア。上部に小さな磨りガラスが嵌められてい
る。当然だが脱衣所内部の様子は見えない。
北上はダイニングの隅に移動した。肩を組んだ球磨と一緒に。
「球磨姉ぇ――」
「何クマ?」
低い声音で唸る北上に、球磨はしれっと訊き返す。
「どういうつもり?」
「お風呂に入るときは、誰にも邪魔されず自由で、なんというか……そう、救われてなければ
いけないんだクマー。たとえ姉妹でも、それを邪魔するのはマナー違反クマ」
両目を閉じ、球磨は蕩々と語った。子供に言い聞かせるような優しく穏やかな口調で。し
かし、北上の肩に回した腕にはしっかりと力を込めて。
「………」
「…………」
沈黙。
風の音や、海の音。演習による砲撃音などが聞こえてくる。どこからか他の艦娘たちの話
し声も聞こえた。誰の声か、何を言っているかまでは分からない。
脱衣所からは大井が服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてくる。
そちらを数秒凝視してから、北上は球磨に目を戻した。
「で、本音は?」
ジト目で北上が訊く。
優しげな――胡散臭いくらいに優しげな表情を引っ込め、球磨は北上に顔を近づけた。鼻
が触れあうほどの距離。こちらも妹同様ジト目で告げる。抑えた声音で。
「妹が越えちゃいけない一線越えるのは、ぞっとしないクマ……!」
「むぅ」
きっぱりと告げられ、北上が視線を逸らした。
肩から腕を解き、球磨が一歩下がる。両手を腰に当てて、
「それに提督にも言われてるクマ。北上が大井に変な事しようとしたら、砲撃してでも止める
クマって。それでもどうしようもないなら、自分を呼べって言ってたクマ」
「くっ、やはりあたしたちの前に立ちはだかるのは、提督か……」
右手を力任せに握りしめ、北上は呻く。瞳に怒りの炎を灯しながら。影の薄い提督だが、
噂によるとかなり強いらしい。
「あー。まったく昔を思い出すクマ……」
その様子を眺め、球磨は肩を落としている。眉を寄せ、陰鬱に。
球磨に目を向け、北上が呟く。
「前の大井っちはかなり問題児だったみたいだね」
先代大井である大井改二。同じく先代北上改二とともにハイパーズとして暴れまくったらし
い。その後、艦娘としての寿命を迎え、二人一緒に解体された。そして、今の北上たちはそ
の後継である。まだ見習いであるが。
一度北上に顔を向け、
「くまぁ……」
球磨は両手で頭を抱えてうなだれた。
登場人物など
北上
球磨型 3番艦 軽巡洋艦
三ヶ月ほど前に建造された見習い。レベルは大体7くらい。
まだ練度が足りないため、改にはなっていない。
緩い性格に見えるが、大井に対してはかなり危ない感情を持っている。
もみあげを緩く三つ編みにしている。
大井
球磨型 4番艦 軽巡洋艦
北上と同じ時期に建造された。レベルは大体7くらい。
大人しく素直な性格であるが、魚雷に対する思い入れは強い。
北上は気の合う相棒という認識。
球磨改
球磨型 1番艦 軽巡洋艦
レベルは大体55くらい。軽巡たちのまとめ役のような立ち位置でもある。
適当そうな性格だが、やることはちゃんとやる。かなり苦労人。
北上、大井の先輩であり姉であり、生活指導のため同じ部屋に住んでいる。提督からは
北上の暴走を止める役割を任せられている。
先代大井には相当に苦労していたらしい。
以上です
続きはそのうち
大井 → 北上 はたっぷり見たが、
北上 → 大井 は初めて見た
乙
先代大井の生まれ変わりが今の北上の可能性
投下します。
今回は独自設定多めに出て来ます。
第5話 色々な過去
くたりと、しおれているアホ毛。
「だいじょぶ、球磨姉ぇ?」
若干引きつつ北上は姉の様子を眺めていた。球磨型姉妹のネームシップとして、妹たち
の面倒を見ている長女。色々癖の多い姉妹であるため、気苦労は絶えないのだろう。
頭を抱え、球磨はぶつぶつと呻いている。
「あれはかなりヤバかったクマ……。ついでに先代の北上も、あのクレイジーサイコレズと普
通に接するよーな、まるで太平洋の心の広い――というか超鈍感系だったクマ。球磨も胃
が痛かったクマ」
と、お腹を押さえる。
(凄かったんだねぇ)
同じ北上として、先代の話は聞いている。北上至上主義の大井と、それを意に介さない超
絶マイペースな北上。話半分に考えていたが、球磨の様子を見るにおおむね事実のようだ
った。強烈な性格だが二人の間で関係が完結していたので、他の艦娘に迷惑はかけていな
かったらしい。
(これは、やっぱりね。前々から思ってたんだけど)
十数秒、天井に視線を泳がせてから、北上は口を開いた。
「あのさ、あのさ。あたしたちって、大規模更新組だよね。あたしも大井っちも」
「球磨型姉妹じゃ、木曾もクマ」
顔を上げ、球磨が付け足す。
艦娘にはその能力を維持できる時間に限界がある。いわゆる寿命のようなものだ。短い
者では数年、長ければ数十年。寿命の限界を迎えた艦娘を解体し、その素材で新しい艦娘
を建造する事を更新と呼ぶ。
百里浜基地では約半年前から三ヶ月前までの四半期で、所属艦娘の三割が更新された。
全国的に類を見ない大規模更新である。
本来なら定期的に行う更新だが、諸事情により百里浜基地では力の限界を迎えても解体
されずに仕事を行う者が多かった。重要航路防衛を行う横須賀鎮守府の補助が仕事の主
という立ち位置が災いしたのだろう。結果、基地としての機能に支障が出始め、その事態を
重く見た防衛省上層部は一斉更新を決断、今に至る。
その際には各基地の担当地域の再編や、人事の再編などもなされた。百里浜基地は新
造艦娘が戦力として成長するまで、教育に力を入れるように方針が変更された。
閑話休題。
「艦娘更新ってさ、艦娘の力ほとんど失って人間の女の子に生まれ変わるか、素体と艤装
失って、別の艦に生まれ変わるか……どっちかだよね?」
北上はそう尋ねる。
艦娘の最後は二種類ある。ひとつは艤装を外し、核と素体を完全に融合させ、生身の少
女を作り上げるというもの。その際には艦娘としての能力をほぼ全て失う。
もうひとつは、核を抜き取り、艤装と素体は資材に分解されるというもの。こちらは実質的
な死だ。身体も艤装も全て一度消えるが、多くの場合別の艦娘として再建造される。つまり、
更新――生まれ変わりである。
球磨は腕を組み、右腕を顎に添える。
「大体の娘は、次の世代の艦娘に生まれ変わることを望むクマ。球磨も限界が来たら、更
新するクマ。でも、艦娘辞めて人間になった子も知ってるクマ」
多くの艦娘は更新によって別の艦娘に生まれ変わることを望む。球磨も限界が来たら解
体され、別の艦娘に建造されるつもりのようだ。
もっとも強制ではなく、それぞれの理由から普通の女の子になる者もいる。
球磨の言ったことを噛み締めてから。
北上は口を開いた。少し慎重に。
「先代の私と大井っちも更新を選んで、別の艦娘になったんだよね?」
先代のハイパーズは更新を選んだ。一度解体され、それによって作られた開発素材によ
って別の艦娘に生まれ変わる。
「大抵の場合、所属場所で新しい別の艦になるっていうけど――」
特に理由が無い限り、解体された艦娘は、所属する鎮守府や基地、泊地にて新しい艦娘
として建造される。
球磨の頬を冷や汗が流れ落ちる。
一度息を吸い込み、北上は訊いた。
「あたしって、もしかして前世、大井っちだった?」
「………」
何も言わず腕を組み、球磨は壁に背を預けた。
「艦核や装核の扱いは最高機密クマ。球磨は知らないし、調べる権限も持ってないクマ。そ
っちの管理は提督の仕事だから、提督に訊くクマ。でも、答えるとは思わないクマ」
北上は自分の胸に手を当てる。心臓部に組み込まれた核。この核が具体的に何なのか、
それは最高機密として扱われている。
疲れたような眼差しを、球磨は北上に向けた。
「でも……北上は、多分あの大井だったと、球磨は考えてるクマ」
「そう」
目を閉じ、北上は苦笑する。
一応、自分が大井に強烈な執着心を持っている自覚はあった。本来"北上"にはそのよう
な事は起こらないはずだが、自分を構成しているのが先代クレイジーサイコレズだと考えれ
ば、自分の感情にも納得がいく。
そして問題がもうひとつ。
「じゃ、大井っちは――」
ぎらりと目を輝かせ、北上が球磨に問う。
先代大井はおそらく今の北上になった。なら、先代北上は? 先代北上の性格とよく似た、
今の大井。先代北上は更新によって今の大井になったのではないか? そんな考えはた
やすく浮かぶ。
「そこまでは何とも言えんクマ」
投げやりに、球磨は首を振った。
艦娘の核は最高機密である。情報は解析されているらしいが、一艦娘がその情報に触れ
るのは不可能だ。
「ま、あたしは大井っちが元々誰だろうと気にしないけどねー」
肩をすくめ、北上は笑った。
前世が誰であろうと北上は北上である。そして、大井は大井である。現在そこにいるのは、
前世でも来世でもなく、今を生きている北上と大井なのだ。
ガシ!
球磨の腕が北上の肩を掴んだ。
「とか言いながら、どこ行くクマ?」
ごく自然な動きで脱衣所に向かっていた北上。
球磨に捕まれ足を止める。
肩越しに振り向き、北上は球磨をまっすぐ見据えた。頬を赤く染め、瞳に意志の輝きを灯
し、口元を引き締め、きりっと眉を内側に傾けている。
「大井っちのパン――」
言い切るよりも早く。
バンッ。
「よう。ちょーっといいかい?」
部屋のドアを開け、女が一人入ってきた。
それだけで、空気の重さが増す。
「あ、寮長……」
北上は息を呑み、入ってきた女を見上げた。
歳は四十ほどだろう。背は高い。ウェーブのかかった濃い灰色の髪をポニーテイルに結い
上げ、赤いビジネススーツを着崩し、火の点いていない葉巻を咥えている。顔や胸元、腕に
は大きな火傷跡が走っていた。背中には、布とベルトで縛った巨大な十字架のようなものを
担いでいる。
どう見てもカタギではないこの女が、艦娘寮を管理する寮長である。
「則捲寮長。見回りお疲れクマ」
球磨が挨拶をする。
寮長は球磨に軽く手を振ってから、玄関で靴を脱いだ。近くにあった適当なスリッパを引っ
かけ、北上の目の前まで歩いてくる。
少し腰を屈め、北上と視線の高さを合わせた。口元に浮かぶ凶暴な微笑。
「何となく危ない気配がしたから、来てみたんだがな。まー、あれだ。イチャイチャするくらい
なら誰も何も言わないし、キスくらいまでは大目に見よう。ちょっと危ないシスコンなんてのは
――アタシが現役だった頃から普通にいたしな。はは」
横を向いて、呆れたように空笑い。
それから再び北上に向き直る。茶色い瞳がまっすぐに北上の瞳を貫いていた。
「ただ、その先の一線越えるのは見逃せないな。いくら仲がよかろうと双方合意の上だろと
何だろうと。お前らの生活を預かる身としちゃぁなァ?」
にやりと口元を歪め、背負った十字架に親指を向ける。布とベルトで包まれたデカブツ。
本人曰く、問答無用調停装置パニッシャーくん1号らしい。2号、3号もあるとか。
音もなく、北上の頬を冷や汗が流れ落ちた。
「それに、憲兵さんの世話になるのは、イヤだろ? ん?」
「はい」
硬い口調を、北上は返す。
何か言い返したいが、どうすることもできない。突きつけられる気迫に、北上は固まってし
まっていた。艦娘は艤装無しでも人間より数段強い。しかし、北上が寮長と戦ったら確実に
負ける。そう確信させるだけの凄みがあった。
脱衣所のドアが開く。
「あら寮長さん。こんにちは。どうかしました?」
身体にバスタオルを巻いた大井が、寮長の姿を見て瞬きをしている。バスタオルの胸の部
分は大きく押し上げられ、バスタオルの縁からは谷間が覗いていた。お湯で濡れた両足は
無駄なく引き締まっている。
ごくり。
と北上は喉を鳴らす。
(やっぱり大井っちは大きいねー! これは、思い切り揉みたいねー! 生で揉みしだきた
いねェ! あと、太股すりすりぺろぺろしたいね! うん、決めた。あたし、決めた! やる。
いつか絶対やる! 球磨姉ぇも寮長も提督も憲兵さんも超える! 超えてやるからね! 今
は無理だけど、必ず――!)
表情は微動だにさせず、静かに決心していた。
「うんや、騒がしかったから覗いただけだ。邪魔したな」
寮長は片手を上げ、大井に笑いかける。北上に向けた威嚇の表情ではない。気さくな笑
顔だった。見た目はどこぞのマフィアな寮長だが、真面目に生活している子には普通に優し
く面倒見も良い。顔は怖いが。
「っと、そうだ。演習の疲れはゆっくり休んで明日に残すなよ?」
軽く手を振ってから、北上を睨み付け、
「お前は自重しろ」
しっかりと釘を刺してから部屋を出て行った。
ドアが閉まり、大井も風呂に戻っていく。
ダイニングに残された北上と球磨。
「ねえねえ、球磨姉ぇ」
北上は球磨を見やり、問いかけた。
「寮長ってさ、元艦娘なんだよね?」
艦娘は艦娘の能力を失うことで、生身の少女になることができる。もっとも、完全な人間に
なるわけではない。寮長は艦娘の能力を失い、生身の少女になったという過去を持ってい
る。二十年以上も昔の話らしいが。
「そう聞いてるクマ」
頷く球磨。
「……あんな子いた?」
艦娘から人間になっても、普通は元は何の艦娘だったか分かるものだ。髪型や身長体型
が変わっても、艦娘の気配は確実に残る。寮長には艦娘の気配がある。だが、元々何だっ
たのかは分からない。今は存在しない種類の艦娘かと思うほどに。
「というか、あんなに変わるものなの?」
「むーぅ」
球磨は眉間にしわを寄せ、話し始めた。
「球磨の聞いた話だと……大昔に則捲さんて偉い学者さんの養子になって、しばらくしてか
ら世界を見てくるとか言って一人旅に飛び出して、一回音信不通になって何年か経ってふら
っと戻ってきたらあんなんなってたみたいクマ……」
簡潔に語られる無茶苦茶な物語。
球磨自身、寮長の変化が納得できていないようだった。
「本人の話だとロシアの方で色々遊んでたらしいクマ。具体的に何してたかは知らないクマ。
で、なんやかんやあって十年くらい前からうちで寮長やってるクマ」
「まさに人生波瀾万丈だね……。自叙伝書いたら絶対に売れるねぇ」
どこか投げやりに、北上は呟いた。
登場人物など
先代北上、先代大井
超絶鈍感マイペースとクレイジーサイコレズのハイパーズコンビ。レベルは80くらい。
どちらも性格に難ありだが、当人たちの間で関係は完結していたので、他の艦娘に迷惑を
かけることはなかった模様。球磨の胃痛の種。
大規模更新に伴い解体される。
『更新』
オリジナル設定。
艦娘を解体し、その素材で新しい艦娘を作る事。平たく言うと生まれ変わり。
艦娘の力は数年から数十年で限界を迎える。いわば寿命であり、寿命を迎えた艦娘は、艦
娘の力を失い生身の女の子になるか、解体されて別の艦娘に生まれ変わるかのどちらか
を選ぶことになる。後者を更新と呼び、多くの艦娘は更新を選ぶ。
百里浜基地では半年前からの四半期で、基地内の艦娘の三割を更新した。
寮長
オリキャラカッコカリ。
球磨には則捲寮長と呼ばれる。名前は不明。
濃い灰色の髪の毛をポニーテイルにした四十ほどの女。顔や腕、胸元など全身に削ったよ
うな火傷跡がある。布とベルトを巻いた巨大な十字架をいつも持っている。十字架は問答無
用調停装置パニッシャーくん1号という名前らしい。2号、3号もある。
寮の風紀を乱す者は容赦なく制裁するが、真面目に生活している艦娘には優しい。
元艦娘だが、元は何の艦だったのかは不明。世界を見て回る一人旅の最中、ロシアで色々
遊んでいたら別人になっていたらしい。
以上です
続きはそのうち。
一瞬天龍かと思ったが、その名字だとあの子しかいないじゃないですかw
乙
投下します。
第6話 百里浜正規空母部隊
百里浜基地沖合、海上演習場。
黒髪をサイドテールにした、淡々とした表情の女が立っている。大きな弓を持ち、白衣に
青い袴風のスカートで、胸当てを付け、左肩に飛行甲板を装備していた。
百里浜基地所属の正規空母、加賀。
水上を走り、弓を構えながら加賀は静かに呟いた。
「まずい――」
青い空を切り裂き、飛翔する艦戦。
加賀の操る数十の艦載機が、次々と落とされていく。撃墜された艦載機は、海面に落ちる
前に消えていった。矢や紙などを媒介にして艦娘の力で実体化されたものなので、支えを失
えば消えてしまう。
視線の先に佇む一人の空母。
「なかなかいい動き。でも甘いわ」
黒髪のツインテールに、藤色の上着と柿渋色のスカートを纏った正規空母。左肩に迷彩
模様の飛行甲板を装備している。五航戦の瑞鶴だった。
三本の矢を弓に番え、放つ。邪道とも言える三本撃ち。しかし、効果は本物だった。三本
の矢が艦戦へと姿を変え、空中へと飛び上がっていた。
瑞鶴操る艦戦が加賀の艦戦を圧倒している。
「そんな……」
静かに、加賀は息を呑んだ。
強い。
最近建造された自分と、練度の高い瑞鶴。
普通に考えれば瑞鶴の方が強い。しかし、その強さは予想以上だった。
「くっ」
飛来する艦爆、艦攻。
艦爆は大きく上昇し、一転急降下してくる。艦攻は海面すれすれを飛びながら、魚雷投下
のタイミングを狙っていた。上下から撃ち込まれる攻撃。
避けるしかない。
加賀は弓を下ろし、走る。
だが、無駄だった。
急降下から放たれる爆撃、そして水面下を走る雷撃。
「馬鹿な――」
ドッ!
爆発に飲み込まれ、加賀は吹き飛ばされた。
意識が吹き飛び、視界が白く染まる。重力が消え音も消えた世界で、空の青と海の青が
入れ替わり、何度か衝撃を受けた。他人事のようにそれを実感する。
音が戻り、重力が戻る。
加賀は水面に倒れていた。
(訓練弾だから多少痛いだけだけど、実戦だったら大変ね……。よくて大破かしら?)
冷静に自身のダメージを判断する。
ふと瑞鶴を見ると、満面の笑顔で飛び跳ねていた。
「見た! これが五航戦の本当の力なのよ!」
◇ ◆ ◇ ◆
「大丈夫、加賀?」
陸に移動した加賀を迎えたのは、そんな言葉だった。
長い黒髪、白衣と赤いスカートという出で立ちの女。右肩に飛行甲板を装備し、背中に矢
筒を背負っている。正規空母、赤城。
「問題ありません」
背筋を伸ばし、加賀は答える。多少身体が痛むが、訓練弾なので大したことはない。
基地の北側にある演習場。艦娘用桟橋が並んでいる。艤装があれば水面を歩ける艦娘
用のため、海面に続く坂道のような見た目だ。陸上にはグラウンドなども作られている。
加賀たちがいるのは、東屋のような休憩所だった。屋根と柱、木の長椅子と机。休憩だけ
でなく簡単な食事もできる。
「あなた、強いのね。思っていた以上だわ」
椅子に腰掛けたまま、加賀は向かいの瑞鶴を見つめる。
きっかけは単純だった。新米空母とは別行動をしている五航戦がどれほどの実力なのか
知りたかったのだ。結果は予想以上である。手も足も出ずに倒されてしまった。
「当然よ――」
両手を腰に当て、瑞鶴が頷く。
おもむろに椅子から立ち上がった。口を三日月型に歪め、目蓋を半分下ろす。瞳からハ
イライトが消え、全身を黒い凶暴なオーラが包み込んだ。息が詰まるほどの気迫。
どこか壊れたように肩を震わせながら、瑞鶴は怨嗟の言葉を吐き出す。
「あのサディスト空母に、もう笑えるくらいに扱き倒されましたからねェ! いや、本当に。もう
冗談のようにね。吐いても泣いても気絶しても、叩き起こされてバケツぶっかけられて次の
無理難題……! フフフ……。お前はどこの鬼軍曹だってーの!」
がしっ!
振り抜いた拳が、木の柱に叩き付けられる。拳を引くと、柱に拳の後がくっきりと残ってい
た。一方拳の方は無傷である。
加賀は無表情のまま、赤城は苦笑いをして、瑞鶴を眺めていた。
両腕を持ち上げ、十指をわきわきと蠢かせながら、
「あァ、あの焼き鳥製造器ィ! 思い出しただけではらわたが煮えくりかえるわ!」
茅葺きの天井に向かって吼える。
それから腕を下ろし、大きく息を吐いた。両目を閉じ、燃え上がった怒りを収めるように深
呼吸を繰り返している。
「先代に相当に鍛えられたらしいわね。手紙に書いてあったわ」
淡々と、加賀は告げる。
大規模更新の際、加賀が建造された直後に先代加賀は解体されたらしい。時間や予定
の都合で顔は合わせていないが。自分が解体される前に後継者ができたと知った先代は、
加賀宛に簡単な手紙を残していた。
そこには瑞鶴を鍛えまくっておいたとも書かれていた。
「加賀さんてば自分がもう限界だからって、やり過ぎなくらいに鍛えたのよ。私がいなくなった
ら、あなたがこの基地を支えるんだって」
赤城が瑞鶴を見る。先代加賀は百里浜基地最強の空母だった。しかし、寿命を迎え、最
強空母としての力を維持できなくなると悟り、伸び代のある瑞鶴を鍛え上げた。文字通り、
最強空母の後継者を作るために。
「でも、瑞鶴。あなたが加賀さんを沈める気になれば、沈められたわ。あなたにはそれだけ
の力と技術がある。加賀さんが限界を迎えていた事を差し引いても、あなたは加賀さんより
強くなってるわ」
「そうね。確かに、その事には感謝してるわ……!」
額を拭うような動作をしつつ、瑞鶴は頷いた。ジト目で。
先代加賀によって無茶苦茶な鍛え方をされた瑞鶴は、既に先代加賀の全盛期を超える力
を得ていた。名実ともに百里浜基地最強の空母となっている。
わきわきと五指を蠢かせながら、
「だからこそ、この手で沈められなかった事が心残りなのよ――!」
青黒いオーラを纏いつつ、不吉な笑みを浮かべていた。眼に映る本気の殺意。非常識な
鍛え方をした代償として、先代は相応の恨みを買っているようだった。
その様子を眺め、加賀は静かに決心する。
「なら、私は瑞鶴を超えなければなりませんね」
「ほほう。言ってくれるじゃない。ひよっこが」
瑞鶴が不敵な眼差しを向けてきた。
その目を真正面から見つめ返し、加賀は宣言する。
「私は先代と同じ加賀として、あなたの恨みや憎しみは受け止める義務があります。今はま
だ無理ですが、首を洗って待っていて下さい。いずれ決着は付けます」
「楽しみに待ってるわ」
にやりと凶暴な笑みを見せる瑞鶴。
唐突に。
「ご飯の匂いがする」
赤城が呟いた。
「みなさーん。お昼持って来ましたよ」
手を振りながら歩いてくるのは、小柄な少女だった。
腋の開いた白い上着と、黒い胴当て。赤いスカートと黒いスパッツという格好だ。装甲空母
の大鳳である。ボウガンを腰に差しているだけで、他の艤装は装備していない。
そして、その横を歩いている背の高い男。
「お嬢様方、少々遅めのランチをお持ちしました」
黒い高級スーツに身を包んだ男。中分けにされた明るい色の髪の毛。長く伸ばした左前
髪が、左目を隠している。右目の上にある眉毛は、どういう構造なのか先端がくるんと丸ま
っていた。
「山路さん! お待ちしていました」
きらきらと光を纏いながら、赤城が声を上げる。
山路料理長。それがこの男の肩書きだった。間宮さんの上司と言えば、その実力はわか
りやすいだろう。艦娘、および職員の食事を一手に引き受ける男である。
料理長は両手で風呂敷に包まれた大きな弁当箱を抱えている。演習前に注文したものだ
った。二十人前くらいに見えるが、加賀たち四人ならば普通に全部食べてしまう。
「演習で疲れた後に、こう暖かい海辺で食べるお弁当は最高っすよ」
東屋の机に、料理長は慣れた手つきで料理を広げていく。
大きなランチ用マットを机に広げ、弁当箱を空け、並べていく。大量のおにぎり、卵焼き、
ウインナーソーセージ、漬け物、サンドイッチ、食べやすく切った果物。高級品は無いものの、
まさにお弁当だった。
さらに小型のウォーターサーバーを机に乗せた。中身は麦茶である。ガラスのコップに麦
茶を注いでから、それぞれの前に並べる。
「すごい……」
並べられた料理と手際の良さに、加賀は息を呑んでいた。
「料理長。いつもありがとうございます」
大鳳が料理長に一礼する。
「可愛いお嬢さん方のために精一杯美味しい料理を作るのは、俺たち料理人の義務であり
権利であり喜びですよぅ! はーはっはー!」
恥ずかしいのか頬を染めながら、料理長は明後日の方向に笑っていた。
加賀
加賀型 1番艦 正規空母
四ヶ月ほど前に建造された。レベルは大体15くらい。
見習い期間は終わり、現在は主に赤城と一緒に深海棲艦の討伐を行っている。
瑞鶴改
翔鶴型 2番艦 正規空母
百里浜基地最強の正規空母。レベルは大体95くらい。
先代加賀によって行われた地獄の鍛錬によって、百里浜基地最強の空母の力と技術を得
る。自分を強くしてくれた事には感謝しているが、恨みはそれ以上。先代加賀の事を思い出
すと、殺気と怨念が駄々漏れになる。この手で沈められなかった事が心残りらしい。
先代加賀
四ヶ月ほど前に解体された。
レベルは大体80くらい。元百里浜基地の最強空母、艦娘としての寿命を迎え、自分の戦力
が落ちる前に、伸び代の大きい瑞鶴を徹底的に鍛え上げた。相当に無茶な事をやったらし
く、瑞鶴には殺したいほどに恨まれている。
赤城改
赤城型 1番艦 正規空母
かなり昔から百里浜基地で正規空母を勤めている。レベルは65くらい。
空母たちのまとめ役であり、今は加賀の先輩として戦闘を教えている。
食べ物には敏感。
大鳳
大鳳型 1番艦 装甲空母
一年ほど前に建造された装甲空母。レベルは30くらい。
普段は瑞鶴とともに行動している。
礼儀正しく真面目な性格。爆発は嫌い。
山路料理長
オリキャラカッコカリ
基地の食堂を仕切る料理長。山路を何と読むかは人によってそれぞれ。長い前髪隠した左
目と、くるんと巻いた眉毛がチャームポイント。
以上です。
続きはそのうち。
蹴りだけで艦娘と渡り合えそうな料理長でつね
いつも異常な場所で改行挟んでるけど意図的にやってるの?
メモ帳でセーブすると一時的に改行されるという仕様を使った改行です。
大体40文字くらいで改行されるように調整しています。
改行せずに投稿すると文章が後ろに伸びて読みにくくなってしまい、
一行づつの改行では、手間がかかってしまうので、
このような形になっています。
投下します
もっ、もっ、もっ。
むしゃむしゃむしゃ。
「外で食べるご飯は美味しいわ」
「身体を動かした後の食事も、最高です」
お弁当箱の中のおにぎりを、満面の笑顔で食べている赤城と、無表情のまま静かにだが
確実に胃に収めている加賀。三十個入っていたおにぎりは、既に二十個になっている。
「あんたたち、本当によく食べるわね……」
サンドイッチを齧りながら、瑞鶴は二人を眺めた。
理由はよく分からないが、赤城、加賀の二人は大食いである。元気に食べる姿から赤城
は有名だが、加賀は静かにだが着実に食事を勧める。
「食事は基本です」
「だって、料理長の作るご飯は美味しいじゃないですか!」
二人して顔を向け、それぞれ言ってくる。
ため息をつき、瑞鶴は呟いた。
「大鳳……」
咀嚼していた卵焼きを飲み込んでから、小柄な少女が眼を向けてくる。
「何でしょう? 瑞鶴さん」
「自分の分は早めに確保しておかないと、無くなるわよ……。本当に。一航戦の食欲ははっ
きり言って異常よ。空母のくせに、長門型以上に食べるし、少しは節制というものを理解して
ほしいものね……」
動くために大量のエネルギーを消費する戦艦勢は、大食いである。艦娘用の燃料弾薬だ
けでなく、人の肉体を維持するために大量に食べるのだ。空母も戦艦ほどではないが、大
食いである。もっとも、普通は戦艦ほど食べる必要はない。
「はぁ」
困ったような顔の大鳳に、瑞鶴は皿を差し出した。
「それに料理長もちゃんと、こういう取り分け皿用意してくれてるしね」
「では、遠慮無く」
大鳳は弁当箱に箸を伸ばした。
用意された弁当を全て食べ終わった頃。
ガッ!
赤城の箸と、加賀の箸がぶつかる。
「赤城さん……。これは譲れません」
「加賀。一航戦の誇りは――甘くありませんよ?」
瞳に暑い炎を燃やしながら、赤城と加賀が睨み合っていた。箸と箸が微かに軋んだ音を
立てている。殺気を纏った視線が絡み合い火花を散らしていた。
弁当箱に残っていた卵焼きが一切れ。それが火種である。
「とぅっ!」
先に動いたのは、赤城だった。
素早く箸を翻し、加賀の箸を払いのけ卵焼きを掴み上げる。
だが、加賀も引かない。巧みな箸裁きで、赤城の箸から卵焼きを奪い取る。
一瞬二人の顔に壮絶な笑みが映った。
ガッ、カカカカカカカッ
空を走る四本の箸、そして中を舞う卵焼き。
残像を画いて箸が踊り、卵焼きが跳ねる。箸の激突する固い音。しかし、卵焼きは傷ひと
つ無く柔らかな形を維持していた。
「楽しそうですね」
麦茶を飲みながら、大鳳が笑っている。
デザートのパイナップルを口に入れながら、瑞鶴は半眼で一航戦を眺めていた。
「そうかしら……?」
いつの間にか両手に箸を構え、椅子の上に立ち、目にも留まらぬ勢いで箸を振り回してい
る。まるで紙吹雪のように舞っている卵焼き。決着はしばらく付かないだろう。
「でも、卵焼き相手に箸で空中戦するって、そう見られる光景じゃないわよね」
麦茶を一口飲みながら、瑞鶴がぼやいた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ん?」
眼を開けると白い天井が見えた。
鼻をくすぐる消毒液の匂い。
加賀は自分の置かれている状況を確認する。白い天井と周囲を覆う白いカーテン。清潔
そうなベッド。自分はそこに寝かされていた。船渠棟にある医務室である。服は入院服に着
替えさせられていた。
カーテンに映る小柄な影。
「電……?」
その呟きが聞こえたのだろう。
少女が入ってきた。
十代前半くらいのどこか気弱そうな女の子。長い茶色の髪をアップヘアーにしている。服
装は暁型のセーラー服だった。右腕に『看護係』と記された腕章を付けている。
暁型4番艦駆逐艦、電。
艦娘は深海棲艦討伐だけではなく、基地内での仕事を持っていることもある。電の場合は
従軍医師である間先生の手伝いだった。
電は加賀の姿を見つめ、
「あっ。加賀さん、起きました? 無理に起き上がらないで下さい。まだ、体力は完全に回復
していないのです」
「分かったわ」
加賀は淡泊に返事をする。言われてみると、確かに身体が鉛のように重い。腕を動かす
だけでも、骨や筋肉が軋むような感覚がある。酷く消耗しているようだった。
「先生ー」
電がカーテンの隙間から出て行く。
そして、十数秒。
「お目覚めかね。加賀くん」
カーテンの隙間から入ってきた男。
顔を斜めに走る大きな縫い跡。その左右で肌の色が違っている。髪の毛も半分が黒髪で
半分が白髪だった。服装は普通の白衣と医師のそれである。
百里浜基地従軍医師の間玄男。皆からは間先生と呼ばれている。
「私は一体……」
加賀の問いに、先生は応えた。苦笑いとともに。
「演習場で倒れているのを、提督が発見して連れてきたんだ」
「この程度で気絶してしまうとは、私も未熟ですね」
乾いた笑みとともに、加賀は吐息する。思い出した。
演習場で一人で訓練を続けていたのだが、途中から記憶がない。身体が動かなくなるま
で訓練を続けて、そのあと一線を突き抜けナチュラルハイ状態になった。さらに続けていた
のだが、そのまま限界を超えてしまったらしい。
額を抑える間先生。
「君らしい台詞だ。しかし、過剰な鍛錬は逆に身体を壊してしまう。お勧めはできない。強くな
るために鍛えて、戦うことすらできなくなっては意味は無いのだよ」
「そうですか……」
両目を閉じ、答える。
にやりと間先生が笑うのが分かった。
「しかし、だ。この百里浜基地には私がいる。この間玄男がね。気絶しても血を吐いても、骨
が折れても心臓が止まっても、元通りに治してあげよう。私はそれができる」
右手を持ち上げ、不吉な笑顔で言い切る。百里浜基地での従軍医になる以前、どこで何
をしていたのかは知らない。しかし、その腕は超一流だ。絶対に助からないと言われた人間
を蘇生させたのは、一度や二度ではない。
「だから気が済むまで鍛えなさい」
「ありがとうございます」
加賀は頭を下げた。
これは間先生なりの優しさなのだろう。どんなに無茶をしても自分が治すから、好きなだけ
無茶をしなさいという、奇妙な方向を向いた優しさ。支えてくれる者がいるということは、安心
できるものだ。
緩く腕を組み、間先生が横を向く。
「ただし、他人への強要は禁止だ。肉体の回復は私の感覚だけど、削れ落ちた精神の回復
はさすがに管轄外だ。人に無理矢理鍛えられて強くなっても、心が付いていかなければ、真
に強くなることはないのだからね」
「………」
おそらく、先代加賀と瑞鶴の事だろう。
一拍置いてから、加賀は答えた。
「分かりました」
「あと、身体を鍛える前には、これを飲むといい」
すっ。
と、ジョッキを差し出してくる。何故か得意顔で。
「……なんですか、これは?」
眉を寄せ、加賀は出された液体を凝視する。
謎の液体。そうとしか表現できないものだった。色は青緑で、薄く向こう側が透けている。
発泡成分でも入っているのか、時々小さく泡の弾ける音がしていた。
本能が告げる。身体に入れるな、と。
「間玄男特性栄養ドリンク、間汁――!」
ジョッキを掲げ、間先生は断言した。何故か勝ち誇ったように。
加賀の瞳を見据え、朗々と説明する。
「数々の薬草と食材、各種栄養素とその他諸々を絶妙なバランスで配合し、じっくりことこと
煮込んで濾過した栄養ドリンクだ。滋養強壮に効果的で、新陳代謝を高め、疲労回復や持
久力強化の効果もある。単純に栄養価も高いから、緊急時の食事代わりにもなる。さあ、飲
んでみなさい。ああ、違法薬剤は入れていないから安心していい」
「し、失礼します」
気圧されるがままに、加賀はジョッキを受け取った。
匂いはそれほどでもない――と思う。青汁のような生臭さに、薬品臭を足したくらいだろう。
もっとも、それで十分危険と理解できる匂いだった。
しかし。
一度大きく深呼吸してから、
(南無三――!)
加賀はジョッキの中身を一気に喉に流し込んだ。
「……ぐっ!」
強烈な不味さが舌をえぐり、喉を削り胃まで落ちていく。薬品やら何やらをごちゃ混ぜにし
たような味だ。他に表現方法も浮かばない。そんな凄まじい不味さである。およそ身体に入
れていいようなものではない。
目元から涙が一筋こぼれ落ちた。
「くはっ……! はっ……はぁ……」
軽い吐き気を抑えるように、何度か呼吸を繰り返す。
しかし、効果はすぐに現れた。身体の奥が熱くなっている。体温が上がり、心拍数が微か
に上がっている。手足に指に、乾いた土に水が染み込むように力が満ちていった。
身体に溜まった疲労が、血液に乗って流されていくような感覚。
「言い飲みっぷりだ。さすがは一航戦」
腕組みをしながら、間先生は満足げに頷いていた。
「これは、効きますね。いただきます」
先生を見上げ、加賀は不敵に笑った。
電改
暁型 4番艦 駆逐艦
レベルは30くらい。
前線で戦うことは少なく、主に医務室で間先生の手伝いをしている。
間玄男
オリキャラカッコカリ。
百里浜基地従軍医師。通称間先生。
顔を斜めに走る縫い跡。その左右で皮膚の色が違う。髪の毛も半分が黒髪で半分は白髪。
百里浜基地に来る前は何をしていたのかは不明。医者としての腕は超一流。絶対に助から
ないと言われた人間を蘇生させたのは一度や二度ではないらしい。
謎の栄養ドリンク間汁を加賀に渡す。
以上です。
続きはそのうち。
あと、タイトル書き忘れました。
「第7話 加賀さん頑張る」
です。
投下します
第8話 加賀さんの秘密
「よい湯加減でした」
扉を開け、加賀は自室に戻った。
青と白の寝間着姿である。髪は解いていた。自主訓練を終え、大浴場で身体を休め、部
屋に戻ったところである。
空母寮の一室。赤城と同じ部屋である。畳の敷かれた和室だ。壁のスイッチを入れると天
井の灯りが点き、部屋が白く照らされる。
時刻は夜の十一時。普通ならば皆眠っている時間である。
「間先生の栄養ドリンクは効きますね」
限界まで無茶をしているはずだが、まだ身体には余力が残っていた。先日間先生より渡さ
れた栄養ドリンクを飲むようになってから、持久力が増加している。味は酷いが、医者の作
ったものだけあり、効果は本物だ。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップを持ってちゃぶ台の前に座る。
コップに麦茶を注ぎつつ、寝室の扉を見た。
「……赤城、さんは……寝ていますね?」
小声で確認する。よく寝て良く食べる赤城。大体十時くらいには寝てしまう。一度寝たらぐ
っすりと起床時間まで眠っている。急に起きることはないだろう。
「誰も見ていませんね?」
きょろきょろと部屋を見回す加賀。
部屋にいるのは自分だけ。赤城は眠っている。入り口の鍵は閉めているので、他の空母
が入ってくることもない。部屋に監視カメラが付いていることもないだろう。
「よし」
頷いてから、加賀は座布団を一枚掴んだ。
心持ちくたびれた四角い座布団。それを頭の上に乗せる。頭の頂点に座布団の中心が来
るように。左右に落ちることもなく、座布団は加賀の頭の上で安定した。
「やはりこの体勢は落ち着きます」
麦茶を飲んでから、息を吐き出す。
ちゃぶ台の前に座り、頭に座布団を乗せながら麦茶を飲む。傍から見れば滑稽な姿であ
ると断言できる。他人に見せられるものでもないし、見せようとも思わない。
いつ気付いたかはよく覚えていない。
頭にそこそこ重さのあるものを乗せていると、落ち着くのだ。これは加賀だけの秘密であり、
今まで他人に言ったことはない。赤城にも言ったことはない。
麦茶を一口飲み、天井に眼を向けた。
「私も正規空母ですから、練度が低くとも即戦力として使えます。それなりに危険度の高い
海域に行くこともあります」
誰へとなく呟く。
建造したてで練度が低くとも、とりあえず即戦力となる正規空母。加賀も基本的な訓練を
終えてすぐに深海棲艦討伐に参加するようになった。それなりに強力な深海棲艦の出る海
域に向かうこともある。そういう場合は、赤城や他の空母と一緒だが。
「そういう場所で時々頭に大きな帽子を乗せた深海棲艦見ますけど……」
何度か対峙したことがあった。
厄介な相手だったと記憶している。
白いボディスーツに黒いズボン。大きなマントを羽織り、杖を持った深海棲艦。色合いを除
けば、人間の少女とそう変わらない見た目。頭に大きな黒いクラゲのようなものを乗せ、一
部で揚げると美味しそうと言われる艦載機を操る敵空母。ヲ級。
「私……絶対アレでしたよね」
目蓋を半分下ろし、呻いた。
頭に座布団を乗せていると、前世というものを実感する。
加賀たち艦娘と深海棲艦は、本質的に同じもの。沈んだ艦娘が深海棲艦になることもあり、
深海棲艦から取り出した艦核から艦娘を作ることも可能である。
おそらく加賀は、ヲ級の核から作られたのだろう。
もっとも、艦娘が今の艦娘になる前に何であったかは、公開されることはない。ただ、時々
前世の名残が現れることがある。名残の形は人それぞれだ。身体的な特徴や性格として現
れる場合が多いらしい。
加賀の場合は頭に何か乗せると落ち着くという、奇妙な癖として。
それはそれとして。
「ああ、もう少し重いものが欲しいですね。丁度いい物はないでしょうか?」
首を動かしながら考える。
座布団では重さが足りない。何も乗せていない状態よりは落ち着くのだが、物足りないと
いうのが本音だった。畳んだ布団は以前試してみたのだが、逆に微妙に重い。
ぱっと思いついたのは、黒いクラゲもどき。
「アレ、鹵獲するのは――無理ですよね……」
ため息とともに、加賀は第一案を却下した。
以上です。
続きはそのうち。
前世がそうなら仕方ないけど、絵面はマジでシュールだなw
投下します
第9話 川内は夜戦がしたい
あらすじ
百里浜基地最強の軽巡、切り込み隊長の名を持つ神通。
深海棲艦討伐に向かったその夜、ふと夜空を見上げ、基地に残した姉と妹の事を考える。
神通の予想通り、川内と那珂は派手に夜戦タイムを満喫しようとしていた。
月の照らす静かな海。
オレンジ色を基調としたワンピースを纏った少女が、海の上を走っていく。前分けの茶色
い髪の毛と、額に巻いた鉢金。腰に魚雷を装備し、左足に探照灯を取り付けている。川内
型二番艦、神通だった。
通常の装備の他に、腰の後ろに一本、白樫拵えの刀を差していた。
「九時――」
神通はふと空を見上げた。雲のない空には、半月が浮かんでいる。時計は見ていないが、
時間は漠然と分かる。深海棲艦発生海域まではまだ時間がある。
「姉さんたち、大丈夫かしら……?」
ふと、そんな事を呟いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「現在時刻フタヒトマルマル時! これより、我夜戦に突入する!」
八畳の居間の真ん中で、あたし元気に声を上げる。晩ご飯は食べたし、お風呂も入ったし、
コンディションは万全! 普通はこれから寝る時間だけど――あたしたち川内型にとって
は夜戦の時間です!
「イエーイ!」
隣では妹の那珂が元気にマイクを振り上げている。
あたしも那珂も服装はいつものオレンジの制服。部屋に居るときは部屋着に着替えちゃう
んだけど、夜戦といったらこのスタイルだよね。
軽巡寮二階の東の角部屋があたしたち川内型の部屋。畳敷きの和室で、卓袱台が置い
てあったり。あたしとしては洋室の方がいいけど、和室は和室で風情あると思うな。
両手の指を組み、あたしは感慨深く呟いた。
「嗚呼。平穏な夜戦ターイムが満喫できるって一体何年ぶりかな……!」
「神通お姉ちゃん、今日は出撃だからね。那珂ちゃんたちは、お姉ちゃんが帰ってくるまでフ
リー! 朝までノンストップライブだってできちゃうよー!」
那珂が元気にマイクスタンドを振り回している。神通がいたらこんなにはっちゃけられない
からね。絶対に止められるし、でも今日は止める神通はいない。
神通。あたしの妹。
腕組みしながら普段の様子を思い返す。
「あの子は真面目だからねぇ。うんうん。真面目なのはいいことだけど、『夜に騒いだらみん
なの迷惑になるですよぉ!』って涙声で言いながら、裸締めするのはやめて下さい。お姉さ
んってばマジで死ぬかと思いました……」
思い出して脱力する。
いつだったかまでは覚えてないけど、夜戦突入しようしたら問答無用で首締めて来ました、
あの子。一瞬で背後を取られ、抱え込むように腕で頸動脈と気道を同時に圧迫。あ、ヤバ
イと思ったら、落ちてたし。気がついたら朝になってたし……。
「神通お姉ちゃんって、言ってる事と行動が時々あってないよね」
頭を押さえながら、那珂が苦笑いをしている。
真面目で大人しく、ちょっと気が弱いように見える神通だけど、何か行動起こす時は凄く速
い。しかもやることが容赦ない。わかりやすく言うなら、ぶっ[ピーーー]と心の中で思った時はスデ
行動は終わってるんだッ! って感じ。
「うちの軽巡最強の切り込み隊長だしね。妹が立派になってお姉さんは鼻が高いよ。早くあ
たしも改二になって、ばしばし夜戦やりたいね!」
ぐっと左手を握る。妹が最強の軽巡と呼ばれるのは嬉しいけど、やっぱり妹に抜かれるの
は気に入らないのよ。同じ時期に建造された姉妹としては、なおさら。
頬に手を当て、那珂は身体を傾けていた。
「那珂ちゃんも、早くクラスチェンジして可愛さに磨きを掛けたいんだけど――。このあたり
からキツくなってくるんだよねー。神通お姉ちゃん凄いよね」
数値にしてて40くらいからかな? その辺りが軽巡の練度の壁って言われてる。壁を越え
るには、地道な実戦か、無茶な鍛錬か。神通は後者でそれを乗り越えたみたいだけど、あ
たしたちにはちょっとムリかな……?
まっ、そういう小難しい話は後にして。
「さて、それじゃ派手に夜戦と行きますか!」
「おーっ!」
あたしと那珂はドアに向う。夜戦といっても誰かと戦うわけじゃなくて、夜通し騒ぐだけなん
だけど。夜はあたしたちの時間だしね!
「はい。盛り上がってるところ、ごめんな?」
不意に。
ドアが開き、一人の女が入ってきた。
年齢四十ほどのスーツを着崩した長身の女。ウェーブのかかった濃い灰色の髪に、顔や
胸元に除く削ったような火傷後。口に火の付いていない葉巻を咥えている。そして、背中に
は布とベルトで締められたゴツイ十字架を背負っていた。
「寮長!」
「どうしてここにいるんですか!」
あたしと那珂は同時に叫ぶ。
数十人は殺していそうなこの女極道が、百里浜基地の寮長だ。元は艦娘だったらしいけ
ど、艦娘やめて人間になって、紆余曲折会ってここで寮長やってるみたい。北上は自叙伝
書いたら売れるよね、とか言ってたけど。
入り口を塞ぐように十字架を起き、にやりと笑う。
「寮長が寮の中にいても何もおかしくはないだろう? なにせ寮長なんだからな。寮の整備と、
寮に住んでるヤツの面倒を見るのもアタシの仕事さ」
あたしと那珂は数歩後ずさる。
いきなり強敵出現。夜戦ターイムを満喫するには、この寮長を退けなきゃいけないってわ
けね。かなりキツい条件かな――!
「それに神通に頼まれててな。姉と妹が騒ぐと思うから、止めてくれってよ?」
「さすが神通お姉ちゃん、対策はばっちり!」
那珂が両腕を振り上げる。
あたしは歯を食い縛り、
「くっ、神通め! あたしたちの事を全然信用してないのか!」
「実際騒ごうとしてるだろ、アホ」
「…………」
力を抜いて、そっと眼を逸らす。
いや、おっしゃるとおりでございます。あたしたちもがっつり夜戦しようとしてるし、あたしと
神通が逆の立場でも寮長か誰かに止めるように頼むよねー。
寮長が十字架のベルトに手を掛けた。
「夜戦したいならアタシが相手になってやるよ」
バチッ、ばさっ。
ベルトの留め金を外すと、十字架に巻き付いていたベルトが弾け、ベルトに引っ張られる
ように布が剥ぎ取られる。
「……うわ」
「これが、パニッシャーくん一号……」
思わず後退るあたしと那珂。
現れたのは、巨大な白い十字架だった。墓石を思わせるような無骨さで、あちこちに傷や
欠けた跡がある。それらの傷がタダでさえ大きな威圧感を、さらに大きくしていた。中央部に
は穴が開けられ、髑髏を模した板がはめ込まれている。名前は問答無用調停装置パニッシ
ャーくん一号。寮長の獲物だった。二号、三号もあるみたいだけど、寮長はいつも一号を持
ち歩いている。
寮長は中央のドクロ部分――銃握に手を入れ、十字架を持ち上げた。
足があたしたちに向くように。
ガシャン――。
内部機構が動き、外側のカバーが上下に開いた。
顔を覗かせる銃口。内部に仕込まれた12.7mm重機関砲だった。噂には他にもいくつかの
武器が仕込まれている。思いっ切り銃刀法違反だと思うんだけど、捕まるとか没収されると
かは無いみたい。
ヤバいね……。これは、かなりヤバいね。
「安心しろ、中身は模擬弾だ。当たっても凄く痛い程度だ」
サドい笑みを浮かべつつ、寮長が左手でぺしぺしと十字架の足を叩く。
演習や訓練なんかに使われる模擬弾。海上で艤装ありなら当たってもそんなに痛くない。
陸で装備が制服だけなら……凄く痛い程度ね。凄く痛いをどう考えるべきか。
「そうですか。なら――」
あたしと那珂は視線を交わす。
那珂はマイクスタンドを両手で槍のように構えた。
「那珂ちゃんは、この程度じゃ絶対に路線変更しないんだから!」
「我、夜戦に突入する――!」
あたしは静かに、だがきっぱりと宣言した。
登場人物など
神通改二
川内型 2番艦 軽巡洋艦
百里浜基地最強の軽巡にして、斬り込み隊長。レベルは75くらい。
標準装備の他に白樫拵えの刀を一本持っている。
大人しく生真面目な性格だが、時折言ってる事とやってる事がズレる。川内曰く、「ぶっ[ピーーー]
と心の中で思った時はスデ行動は終わってるんだッ!」という性格。
無茶苦茶な自己鍛錬によって、現在の力を得る。
川内改
川内型 1番艦 軽巡洋艦
自他共に認める夜戦マニア。レベルは40くらい。
神通、那珂とはほぼ同じ時期に建造された、中堅艦娘。
姉として立派になった神通は誇らしいが、一方で劣等感も少なからず感じている。改二にな
ってばしばし夜戦するため、地道に自己鍛錬中。神通のような鍛錬をする気は無い様子。
那珂改
川内型 3番艦 軽巡洋艦
自称艦隊のアイドル。歌と踊りはそれなりに上手い。レベルは35くらい。あまり大声で言うこ
とはないが、川内同様夜戦好きで夜に騒ぐのも好き。
以上です
続きはそのうち
投下します。
前回のあらすじ
「現在時刻フタヒトマルマル時! これより、我夜戦に突入する!」
「イエーイ!」
神通が出撃した夜、川内と那珂はひさしぶりの夜戦タイムを満喫しようとしていた。
「はい。盛り上がってるところ、ごめんな?」
「寮長!」
「どうしてここにいるんですか!」
しかし、二人の前に現れたのは艦娘寮の規槙寮長だった。削ったような派手な火傷跡が
特徴的な、マフィアか極道然とした出で立ちの女。噂によると昔は艦娘だったらしい。神通
があらかじめ、姉と妹が騒がないよう頼んでおいたのだった!
「安心しろ、中身は模擬弾だ。当たっても凄く痛い程度だ」
問答無用調停装置パニッシャーくん一号を構え、川内と神通を威嚇する寮長。
「那珂ちゃんは、この程度じゃ絶対に路線変更しないんだから!」
「我、夜戦に突入する――!」
しかし、二人は勇気を振り絞り、強敵との決戦に挑む!
第10話 寮長を撃破せよ!
相手は寮長ひとり。対してこっちはあたしと那珂の二人。状況は二対一で一見有利だけど、
簡単に勝てるような相手じゃない。
それでも、逃げるわけにはいかないよ。
「では!」
「行きますっ!」
たっ!
あたしと那珂は視線を交わさぬまま、横に跳んだ。あたしは右に、那珂は左に。ちょうど二
人で立っている位置を交換するように。基本的な攪乱方法。
寮長の目に一瞬躊躇いの色が浮かぶ。
そして、あたしは寮長に向かって床を蹴り。
「那珂ちゃん、センター! 回避には自信あります! 突撃いいいっ!」
元気に声を上げながら、マイクスタンドを振り上げ、那珂が突っ込む。スタンドはこういう使
い方するものじゃないけど、今は細かいことは言ってられない。
「上等!」
寮長はすぐさま反応した。
十字架の銃口を那珂に向け、銃握部分の引き金を引く。
あたしは無言で拳を固め、寮長めがけて突進す――
どぐぉん!
ガゴォン!
ぱらぱら……。
止まる。
全てが止まる。
世界が、時間が、思考が、意志が。
なにもかもが止まって。
「…………あれ?」
拳を固めて駆け出した体勢で、あたしは固まっていた。えっと、これ……。
十字架の銃口から立ち上る硝煙。そして、飛び込みのように床に突っ伏してる那珂。顔を
上げて、呆然と見つめる先には――
大きな穴の開いた壁があった。近くの窓ガラスが砕け散っている。
「リョウチョウさん、カベにアナあいちゃってるンデスケド」
身体と声を強張らせながら、あたしは寮長を凝視した。どう考えても、これは模擬弾の威
力じゃないですよ! 実弾のそれですよ! 壁に大穴空いちゃってますよ!
「ちっ、あー。しまった……」
寮長は十字架を抱えたまま、空いた左手で気まずそうに頭を掻いていた。
「提督用の実弾から艦娘用の模擬弾に変えるの忘れてた。めんごめんご。てことは、こっち
もグレネードのままか。マズったな、こりゃ……」
十字架の頭部分を眺め、眉を寄せる。咥えていた葉巻の先が揺れていた。
つまり、この十字架には実弾がわさっと入っている事になるよね。あたしたち艦娘は人間
に比べれば頑丈だけど、それでも限度がある。陸上で艤装無しで実弾食らったら、さすがに
大破は免れないね。
というか、気になった言葉が――
「提督用って、テイトクヨウ?」
提督っていうのはうちの提督だよね? 存在感の薄さとひたすらモブい容姿が特徴の鈴
木一郎提督。このどこぞのマフィアな風貌の寮長さん、これで提督を撃つつもりだったみた
い。いいのかな? 普通に考えればよくないよね!
寮長は一度瞬きしてから、あたしたちに向き直り。
「ほら、五日前に間宮で特製プリン売ってたろ? アタシも柄にも無く並んで買おうとしてたん
だよ。美味いからな、間宮のプリン」
と、重々しく頷く。
本当に美味しいよねー、間宮さんのプリン。ほとんど不定期で販売とほぼ同時に売り切れ
ちゃうから、艦娘からは幻のプリン扱いになってる。あたしは二回食べた事あるけど、あれ
は美味しかった。うん、凄く美味しかったなぁ。また食べたいよね。
で、それがどう提督撃つ理由に繋がるの?
あたしの疑問の視線に、寮長は額に青筋を浮かべわきわきと左手を蠢かせた。
「それでよぉ、あと三人で買えるって時に、あのクソ提督ッ! いきなり呼び出しかけやがっ
た! なんでそのタイミングなんだよ! え? あと三分待てよ! でもな、こっちも仕事だ、
涙を飲んで列を離れたよ! 戻って着た時には当然売り切れだったけどな!」
ドン! と床に足を叩き付ける。
……ご愁傷様です。提督を撃ちたくなる気持ちは分かるかも。
ふっと力を抜き、寮長はぱたぱたと十字架を叩いて見せた。
「で、軽くお礼参りしようと準備してたんだけど、寮長さんも忙しくてなー」
と、肩をすくめる。仕方ないね、って感じに。
なるほど。大体理解できたわ。提督を襲撃しようと思って準備したけど、仕事が忙しくて提
督襲撃は後回しになって、そのまま忘れちゃったってことね。そして、あたしたちにその提督
襲撃翌用実弾が向けられているわけか。うん、理不尽な!
「ま、どこにでもある12.7mm弾だ。お前らの12.7cm砲とそう変わらん威力だし、艦娘が食らっ
ても死にはしないだろ。朝までドックでおねんねだけど」
凶悪な微笑みとともに、巨大な重機関砲があたしに向けられる。
まずいね、これは……。
模擬弾なら何とかなるけど、実弾じゃマズいわ。
あたしたちが使っている装備、15.5cm三連装砲や20.3cm連装砲。名前に付いている単位
はセンチだけど、実際は10分の1くらいの大きさで、威力も同口径の銃砲とほぼ同じ。もっと
も、あたしたちの装備の本質は他にあるんだけど。
寮長の12.7mm砲を食らうことは、駆逐艦の12.7cm砲を食らうようなもの。大したダメージ
にははらない。――あくまで海の上なら。だけど、ここは陸上で艤装も無し。
「回避には自信あるんだったか――」
寮長が銃口を那珂に向ける。
「夜更かしはお肌に悪いので、那珂ちゃんはお休みします!」
高々と宣言しながら、那珂はマイクスタンドを掲げた。眉を内側に傾け、瞳を輝かせ、威風
堂々と。先端には白いハンカチが結びつけられている。
びしっと那珂を指差し、あたしは全力で叫んだ。
「こら、那珂ッ! 路線変更しないとか大見得切っといて、あっさり白旗降るな!」
「だってえええ!」
堂々とした表情を崩し、那珂は両目から滝のような涙を流した。
「お姉ちゃん! あれは無理でしょおおっ! どう考えても無理でしょおおお! 艤装付けた
海の上ならともかく、ここであんなの当たったら、痛いじゃすまないよおおお!」
「確かに……」
那珂に向けていた指がしおれる。
構造上、艦娘は海上でこそ、フルパワーを発揮できる。海上で艤装装備なら、12.7mm弾
を食らっても、さほど問題はない。十分痛いけど。
だが、ここは陸である。
しかも艤装も制服しかない。艦娘は人間よりもかなーり頑丈だけど、それでも限度っても
のがある。死にはしないだろうけど、身体に穴が空くくらいは覚悟しないといけないし、手足
が千切れる可能性もある。ま、それでも早々死なないんだけどね。
ちなみに生身の人間が12.7mm弾なんて食らったら木っ端微塵です。
目蓋を少し下ろし、あたしは寮長を睨め付けた。
「でも、ここで大口径実弾ぶっ放して寮壊すのはどうでしょうか、寮長……? 流れ弾が誰か
に当たったら、洒落になりませんよ? 艦娘ならケガで済みますけど、人間が食らったら挽
肉確実ですよ? 百里浜基地始まって以来の大不祥事じゃないですか」
「言うねぇ、小娘」
ガシャン。
上下に開いていた十字架の外装が閉じる。
よし、交渉成功! 見た目も行動も危ない人だけど、寮長の根っこは常識人! こういう
脅しは通用する! だけどこれだけじゃ足りないわね。
そして――あたしは腰のポーチに手を入れた。
「はあっ!」
カン、カカン!
寮長が素早く十字架を引き戻す。
盾となった十字架に当たり、床に落ちる十字型の金属の刃。手裏剣。
「なんだそりゃ?」
それを見つめ、寮長が思い切り怪訝な顔をする。手裏剣を知らないわけじゃないはずだけ
ど、いきなり投げつけられるとさすがに驚くよね。
「手裏剣アーンドくない!」
あたしは右手に持ったクナイをかざしてみせた。刃渡り十五センチほどの短剣。全体に艶
消しの黒い塗料が塗られ、柄の部分には暗い赤色の布が巻いてある。
「どこで拾った、ンなもん」
胡乱げな眼を向けてくる寮長に、あたしはウインクを返した。
「ふふん。あたしってばこう見えても友好関係は広いんですよ。これは前に知り合った忍者さ
んから貰ったものです。+激しくプレゼント+って一セット貰いました」
街で知り合った忍者さん。忍者然とした少し小柄な人で、名前は知らない。時々鶏みたい
な人にマウントパンチ連打されて連れ去られたりする愉快な忍者さんです。友人というよりも、
気が合う親戚のおじさんみたいな感じかな?
「じゃ、頑張ってソレで防いでくれや」
ゆらりと寮長が踏み出す。
えっ?
「ふせ――ぐっ、て……!」
喉を引きつらせ、あたしは眼を見開いた。
アッ、コレムリカモ。
寮長が十字架を横に構え、思い切り振り抜いてくる。轟音を立てて迫る巨大な塊。外装は
セラミックの複合装甲、中身は改造重火器と実弾がいっぱい! 総重量はおそらく数百キ
ロ! 鈍器としての機能は十分! 何でこんなもん振り回せるの、この人!
「ッ!」
バオゥン!
爆音が目の前を通りすぎた。
「えっと……」
クナイを構えつつ、脂汗を流す。咄嗟に待避していたから助かったけど……助かったけど
――これは、防ぐとかそういう次元じゃないデスヨ……! 12.7mm弾よりはマシだけど、一
発大破は確実デース!
「お姉ちゃん、頑張って! 那珂ちゃんがしっかり見守ってるからね!」
白旗構えた那珂が、固い笑顔で応援してくる。
無茶言わないで!
タッ。
寮長がさらに踏み込んできた。重要も硬度も墓石そのものな十字架を振り上げ、それを
袈裟懸けに振り下ろしてくる。無茶苦茶な重量物だってのに、木の棒でも振り回すように軽
々と扱っていた。どういう原理かは分からないけど!
「無理無理無理ムリ、それ、絶対ムリ……!」
泣きながら、あたしは首を振った。極限の緊張の中で、思考だけが加速していく。逃げら
れない。避けられない。このまま殴り倒されて、あたしの夜戦は終わる……!
ごめんなさい忍者さん、あんなデカブツ相手にクナイも手裏剣も無力です……。
ズンッ。
「!」
あたしは息を呑む。
十字架が止まった。
脈絡無く。
がっしりした腕が、十字架の脚を掴み止める。
あたしの目の前に飛び出し、十字架を止めたのは、見慣れた人だった。
白い帽子に白い制服。短く切った黒い髪の毛と、目の前にいるのに位置の定まらない存
在感の希薄さ。何故か制服の右半分がずたずたに破けれ、筋肉質の腕がむき出しになっ
ている。さながら、中破! って有様。
ぺたり
と、あたしはその場に腰を落とした。
ヤバイ、腰抜けた……。
肩越しにちらりと振り向いてくる。
「提督?」
十字架を受け止めたのは、うちの提督だった。有名な野球選手とほとんど同じ名前の、ひ
たすらモブい人。でも真面目で仕事はきっちりこなす事で有名だったり。
今は何か重要な書類の作成に追われてるって聞いたけど。
「も、もしかして、あたしのこと……た、助けに来てくれたの?」
ちょっと頬を赤く染め、あたしは提督を見上げる。これは、あれですか! ヒロインの窮地
に現れるヒーローってヤツですか――!
提督はいつもの落ち着いた口調で答えた。
「いや、別にそういうわけではない」
ですよねー……。
以上です
続きはそのうち
乙ん。
投下します
前回のあらすじ
ガゴォン!
寮長の放った大口径弾が部屋の壁をぶち抜いた。
「提督用の実弾から艦娘用の模擬弾に変えるの忘れてた。めんごめんご」
提督にお礼参りをするために、パニッシャーくんに実弾を仕込んだまま忘れていた寮長。
「ま、どこにでもある12.7mm弾だ。艦娘が食らっても死にはしないだろ」
「夜更かしはお肌に悪いので、那珂ちゃんはお休みします!」
那珂は白旗を振りあっさり降参する。
「でも、ここで大口径実弾ぶっ放して寮壊すのはどうでしょうか、寮長……? 流れ弾が誰
かに当たったら、洒落になりませんよ?」
「言うねぇ、小娘」
一方川内は脅迫めいた交渉で寮長の武器を封じる。
そして、クナイと手裏剣を取り出した。
「ふふん。あたしってばこう見えても友好関係は広いんですよ。これは前に知り合った忍者
さんから貰ったものです。+激しくプレゼント+って一セット貰いました」
「じゃ、頑張ってソレで防いでくれや」
寮長は重火器入りの十字架そのものを鈍器に、川内へと襲いかかった。
「無理無理無理ムリ、それ、絶対ムリ……!」
がしっ。
川内めがけて振り下ろされた十字架を受け止めたのは、提督だった。
「も、もしかして、あたしのこと……た、助けに来てくれたの?」
「いや、別にそういうわけではない」
川内の呟きに、提督はいつもの落ち着いた口調で答えた。
第11話 流れ弾は突然に
時は少しさかのぼる。
本部棟二階の東にある提督執務室。
落ち着いた雰囲気の大きな部屋だ。窓からは、夜の海が見える。執務机に着き、黙々と
書類を書き込んでいる鈴木提督。時折顔を上げ、傍らのキーボードを叩いていた。机の上
には大量の書類とファイルが山のようにそびえている。
「司令官、終わりました」
吹雪は声を上げ、提督の前に移動した。白いセーラー服と紺色のスカートという普通の
中学生のような少女。吹雪型一番艦吹雪。艤装は付けていないが、ベルトを付けた12.7cm
連装砲を肩から提げている。
「ご苦労」
提督は顔を上げ、吹雪の差し出した書類を受け取った。
紙をめくり、書かれている内容を大雑把に確認してから、判子を押す。
それから、机に積んであった書類の一束を吹雪に差し出した。
「次はこれを頼む」
「分かりました」
ため息は呑み込み、吹雪は書類を受け取る。
普段は提督と秘書艦一人から三人が仕事をしているのだが、今日は普段の二倍の艦娘
が集まっていた。執務室に置いてある机に加え、組み立て式の簡易机を置き、さながら締
め切り間際の漫画家のような修羅場が繰り広げられていた。
「こんな時こそ天龍の出番クマ……。何やってるクマ、事務処理の帝王……」
「天龍さんなら、一昨日から沖縄まで遠征に行っています。帰ってくるのは、明日のお昼過
ぎの予定ですね。援軍は見込めません」
泣きそうな顔で書類にペンを走らせている大きなアホ毛の軽巡。隣では深緑の制服を着
た長い黒髪の重巡がパソコンのキーボードに指を走らせていた。
軽巡球磨と、重巡利根。このような事務仕事になると呼ばれる二人だ。
(天龍さんがいれば助かるんですけど――)
二人と同じ感想を心中で呟く。
困った時の天龍――事務仕事だけでなく、料理洗濯裁縫、機械の故障から兵站の管理、
人生相談、その他諸々。何かしら困った時は、天龍に助けを求めればとりあえず何とか
してもらえる。百里浜基地の天龍はそんな万能薬だった。現在は遠征中だが。
「吹雪」
声を掛けられ、いったん立ち止まる。
「何でしょう、霧島さん」
背の高い女性。黒髪に眼鏡と、巫女服のような白衣と黒いスカート。金剛四番艦、霧島だ
った。他の艦娘同様、修羅場の時は引っ張り出される一人である。
流れるように書類にデータを書き込みながら、視線で提督の机を示す。
「提督、ちゃんといるかしら? また行方不明になったりしてない?」
「大丈夫です」
頷いて、吹雪は提督を見た。
さきほどと変わらぬ姿で、机に向かっている。いつもと変わらぬ真面目に仕事をする姿だ
った。何も変わったところはない。今のところは。
「君たちは人を何だと思っているんだ。行方不明って……」
顔を上げ、提督がぼやく。
吹雪はジト目で提督を見つめた。
「いえ、本当の事を言っているまでです。仕事片付けていたはずなのに気がつくと気配もな
く居なくなってたり、姿を探したらやはり気配もなく戻ってたり。そういうのは非情に心臓に
悪いです。せめてドア開ける音くらい立てて下さい」
百里浜基地の提督は、割とよく消える。執務室で仕事をしていたはずなのに、脈絡も無く、
前触れも無く、気配もなく、いなくなる。しばらくするとまた唐突に元の場所に戻っているの
だ。別に仕掛けなどはない。ただ普通に資料を探しに行っていたり、単純にトイレに行って
いたり、そんな理由である。
元々存在感が薄い上に、足音も立てずに歩いたり、無音でドアを開けたりする癖があるた
め、居なくなる時も戻る時もまともに認識できないのだ。
誰が言ったか、提督の不在証明〈パーフェクトプラン〉!
一度目を閉じてから、提督が反論してくる。
「一応声は掛けているはずなの――」
ガァン!
突如、爆音が轟いた。
鉄鋼を巨大なハンマーで殴りつけたような、轟音。
「!」
吹雪は息を止める。あまりの事に何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
しかし、思考とは別に身体は速やかに動いている。腰に下げていた連装砲を構え、安全
装置を外した。周囲を見る。北側の壁に大きな穴が空き、壁やガラスの破片が部屋に散
乱していた。何かが北西側から飛び込んできたようだ。
球磨も筑摩も厳しい顔を見せている。
壁の穴から「何か」の機動を予想し、そちらに視線を移す。提督の席。
「司令官――?」
椅子に座っていたはずの提督がいない。
視線を移すと、穴が空いた壁と反対側の壁にめりこんでいた。制服の右半分が吹き込ん
で、壁にいくつもの亀裂が走っている。壁を貫通してものが直撃したのだろう。
「敵襲ですか……。誰かは知りませんけど、いい度胸ですねぇ」
静かに囁き、霧島がどこからとなく巨大なリボルバーを取り出している。室内では大型の
艤装を使えないため、通常の武器を持っているらしい。
「いや、違うようだ……」
霧島の言葉を否定しつつ、むくりと提督が起き上がる。
身体に張り付いた木の破片や埃を手で払いながら、立ち上がる。その動きに淀みや遅
滞はない。まるでちょっと転んだだけとでもいうような気楽さだった。
「司令官、大丈夫――です、か?」
何かが飛んできた穴へと警戒は解かぬまま、吹雪は提督に声をかける。壁を貫通して飛
んできたものが直撃したのだ。正体がなんであれ、生身の人間がそんなものを食らってら
無事であるはずがない。
提督は破けた制服を眺め、ため息をつく。
「あまり大丈夫ではないな。一週間前に新調した制服が破れてしまった……。直すにしろ新
しく買うにしろ、痛い出費だ。この辺りは経費で落ちないからな」
「いえ、そちらではなくて――」
脱力しそうになりつつも、気合いで緊張を維持しつつ、吹雪は提督を観察する。服は破け
ているものの、身体にケガらしいケガはない。
普段から鍛えているおかげで頑丈――というのは提督の弁であるが。
「相変わらず頑丈ってレベルじゃねークマ……」
あきれ顔で提督を眺め、球磨がぼやいている。
提督が右手を持ち上げた。手を開く。
潰れた弾丸が手の平に乗っていた。拳銃などに使われる小さなものではない。長さのあ
るライフル弾である。しかもかなり大口径の。
「.50口径弾だ。この辺りでこの弾を使う輩は、寮長しかないない。で、そこの壁を貫通して
私に命中したということは、撃ったのは――巡洋艦寮二階東の角部屋。つまり川内姉妹の
部屋だ」
と、壁に空いた穴を見る。
「あらあら……」
口元を押さえ、筑摩が冷や汗を流している。
吹雪は無言で連装砲を下ろした。何が起こったのかは大体分かった。寮長が川内姉妹
の部屋でパニッシャーくんを発砲し、流れ弾が提督を直撃したようである。
「三十分で戻る。片付け頼む」
言うなり、提督は壁に空いた穴から外へと飛び出した。
◆ ◇ ◆ ◇
あたしはその場にへたりこんだまま、提督を見上げていた。
白旗を持ったまま、那珂も呆然と提督を見つめている。
いきなり現れた提督。あたしめがけて振り下ろされた十字架を受け止めた。内部の重火
器と外装、合わせて数百キロはある十字架を、無造作に素手で掴んでいる。
常日頃から鍛えてるって言ってたけど、こうして見ると凄いね、うちの提督……。
「どういうつもりだ。提督ゥ?」
凶暴な笑みを見せつつ、寮長が提督を睨み付けている。でも、頬には薄く冷や汗が浮か
んでいた。さすがの寮長でも提督と対峙するのは分が悪いみたい。
提督が十字架を横に払いのける。
「重要な仕事を片付けていたら、流れ弾が飛んできて私に直撃した。何があったかは大体
想像が付くが――ここで実弾をぶっ放すのはさすがに感心できないな。始末書はきっちり
出して貰うから、一緒に来なさい。今すぐに」
淡泊な眼差しで寮長に最後通牒を突きつけた。
「うぅ」
顔を引きつらせて、寮長が一歩後退る。
アレだね。一番最初に那珂めがけてぶっ放したアレ。壁貫通した後のことは気にしてな
かったけど、よりによって提督に直撃していたみたい。ま、どこかの人間なり艦娘なりに当
たるよりは、提督で良かったと思うよ。あたしは。あの人凄く頑丈だから、12.7mm弾くらいじ
ゃびくともしないしね。
……提督って人間かな? かなり本気で人間じゃないと思うんだけど。
「しゃあねぇ」
寮長は十字架を下ろし、左手でがしがしと頭を掻いた。
ドゥ。
提督の腹に、十字架が押しつけられた。
え?
唐突な行動に、あたしは瞬きをする。寮長が口にした台詞、そして居合いよろしく下ろし
ていた十字架を提督に突きつけたという現実。それらが導くのは――
「35mmパイルバンカー!」
ドゴォゥ!
躊躇無く攻撃仕掛けたッ!
爆音と爆炎が部屋を埋め、提督の姿がかき消える。壁の砕ける破壊音。一瞬だけ見え
た光景を信じるなら、十字架の脚の先端から撃ち出された白い杭が、提督に突き刺さり、
そのまま外へと吹き飛ばした。壊れかけた壁をさらに破壊して。
十字架の先端下側には、丸い穴が空いている。そこが射出口らしい。こういう武器も仕
込んであるんだ……。あたしも初めて知ったわ。
「せっかくだ! ここでくたばれええええええっ!」
うわっ、もの凄く嬉しそうに叫んでるよ! この人!
前へと突き出していた十字架を、寮著は引き戻しざまに振り上げた。縦に一回転させて
から、肩に担ぐ。ロケットランチャーのように。銃握を操作すると、頭部分の外装が上下に
分かれ、40mmの砲口が現れた。全ては流れるように速やかに行われる。
「40mmグレネェェド!」
引き金を引くと同時、爆音とともに撃ち出される榴弾。十字架の頭部分は、榴弾砲をかな
りコンパクトに収めているみたい。こういう兵器って誰が作ってるんだろう? あたし気にな
ります。……工廠のエロ博士かな?
あたしがちょっぴり現実逃避している間に。
榴弾は空を裂いて突き進み、空中を舞う提督を直撃する。
ゴガァァン!
轟音とともに赤い炎の花が咲いた。月明かりとライトが照らす基地が、爆炎に赤く照らさ
れる。昼間のように明るく染まる第三広場。もう無茶苦茶――。
赤い炎を巻かれて地面に落ちていく人影。
寮長は肩に構えていた十字架を下ろした、前後を入れ替え、銃握を掴む。
ガシャリ。
十字架の脚の外装が上下に開き、重機関砲が姿を現した。弾数は知らないが、コンクリ
ートの壁くらいならたやすく貫く12.7mm弾である。
見ると、地面に降り立つ白い人影。提督。静かに寮長を見上げている。あれだけ食らっ
て普通に着地する余裕あるみたい。
「まぁ、死なねぇわなぁ? これくらいじゃあ」
壊れた壁の縁に脚をかけ、寮長は銃口を提督に向けた。吹き抜ける風に、濃い灰色の
髪の毛が跳ねる。猛獣のような凶暴な笑みを口元に貼り付け、声なき哄笑を上げながら。
火の付いてない葉巻が揺れている。
明らかに殺意全開だよね……。
そして、迷わず引き金を引く。
ドガガガガゴゴゴゴゴゴ!
爆裂音とともに、大量の銃弾が撃ち出される。提督めがけて。
提督に降り注ぐ大量の重機関砲弾。着弾したコンクリートの地面が砕け、土煙が巻き上
がり、弾ける衝撃派に空気が渦を巻く。身体全体を叩く爆音。薬莢が床にこぼれる。
生身の人間がこんな攻撃食らったら、挽肉どころか肉片すらのこらない。
「いやー、これはやり過ぎってレベルじゃないですよ」
床に伏せ、近くに落ちていたクッションで頭を守りながら、あたしは寮長を見上げる。絶対
に[ピーーー]気で攻撃を仕掛けている寮長。普通に考えれば、銃刀法違反に殺人罪、器物破損
にその他諸々で逮捕だよね。
でもねぇ、あたしもそれなりに長くここにいるから分かっちゃうんだよねぇ。
うちの提督はこれくらいで死ぬような常識人じゃないって。
「全然足りないねェ!」
高々と言い切り、寮長は半壊した壁から外へと身を躍らせていた。
登場人物
吹雪改
吹雪型 1番艦 駆逐艦
かなり前から百里浜基地にいる駆逐艦。レベルは50くらい。
実戦に出ることは少なく、普段は提督の秘書のような事をしている。連装砲は室内でも持
ち運びできる大きさであるため、ベルトで肩から提げていることが多い。
時々唐突に姿をくらます提督が悩みの種。
筑摩改
利根型 2番艦 重巡洋艦
中堅の重巡洋艦。レベルは50くらい。事務仕事の修羅場になるとよく呼ばれる。
霧島改
金剛型 4番艦 戦艦
艦隊の頭脳を自称する眼鏡戦艦。レベルは65くらい。筑摩同様事務仕事の修羅場によく
呼ばれる。艤装が大型であるため、秘書艦の仕事をする時などは外している。その代わり、
護身用にスミス&ウェッソンM500を携帯している。
前回のあらすじ
ガァン!
「司令官、大丈夫――です、か?」
執務室での仕事中、突如提督を襲った銃弾。
不安がる吹雪たちに、提督は自分を襲った銃弾を見せる。
「.50口径弾だ。この辺りでこの弾を使う輩は、寮長しかないない。で、そこの壁を貫通して
私に命中したということは、撃ったのは――巡洋艦寮二階東の角部屋。つまり川内姉妹
の部屋だ」
川内姉妹の部屋で寮長が撃った流れ弾が当たったのだ。
「三十分で戻る。片付け頼む」
「始末書はきっちり出して貰うから、一緒に来なさい。今すぐに」
寮長の十字架を掴み止め、提督がそう告げる。
「せっかくだ! ここでくたばれええええええっ!」
しかし寮長は迷わず提督を攻撃した。
35mmパイルバンカー、40mm榴弾、12.7mm重機関砲。巨大な十字架に組み込まれた兵
器が提督を襲う。
状況から放り出された川内は、ただ呻く。
「いやー、これはやり過ぎってレベルじゃないですよ」
「全然足りないねェ!」
寮長は壊れた壁から外へと飛び出した。
第12話 ヤセンカッコ――
あーあ、どうしようこれ?
東側の壁が半分無くなっちゃった。修理代いくらになるんだろう。でも一応、壁を壊したの
は寮長と提督なのであたしは一切悪くありません。
あたしはもぞもぞと起き上がり、壊れた壁の外を見る。
艦娘寮横の第三広場で繰り広げられる決闘。
バババッ!
ドッ、ゴォーン!
巨大な十字架を構え、提督めがけて重機関砲を乱射している寮長。一発でコンクリート
の壁を貫き、並の防御物すら無視し、人間を文字取り粉砕する大口径銃弾。
しかし、提督は飛来する弾丸を見切り、避け、手で弾いている。
うーん、こんなの絶対におかしいよね。おかしいよね! おかしいよねェ!
――!
足音もなく。
提督が一気に間合いを詰める。
ガァンッ!
小細工なしの正拳突きを、寮長は引き戻した十字架で受け止めた。それでも威力を殺し
きれず、寮長の足がアスファルトを一メートル近く削っている。
やっぱり、この人たちそこらの艦娘より強いわ!
ガッガッ、ガァン!
続けて放たれる拳打を十字架で受け止め、
「こん、クソ司令官ンッ! 人間辞めるのも大概にしろやァァァッ!」
ドゥ!
寮長の蹴りが、提督を吹っ飛ばした。つま先がみぞおちに突き刺さり、そのまま大人一
人を空中へと蹴り上げる。提督ほどじゃないけど、こっちも非常識な馬鹿力!
宙を舞う提督に、寮長は十字架を担ぎ。
ゴッ、ガァンッ!
榴弾が爆裂する。赤い炎が燃え上がり、熱風が吹き抜ける。
騒ぎを聞きつけた人が、遠巻きに寮長と提督の私闘を眺めていた。
「いいなぁ、夜戦……」
ため息とともに、呟く。
夜戦いいよねぇ。夜戦。夜の闇に紛れて、大火力で殴り合い。砲撃翌力の弱い駆逐艦や軽
巡でも、戦艦や空母を一撃で沈める、あたしたち軽巡の最大の見せ場! あー、重巡の方
が夜戦強くない? とか言っちゃダメだよ。
あたし、現実逃避中。
ん?
そういえば、あたしたちを止めるって言ってた寮長は今、外で提督とケンカ中。
「これは、チャンスかも!」
寮長は提督に全意識を向けている。今なら、好きなだけ夜戦タイムを満喫できるよね!
生真面目な神通はいないし、寮長もあたしたちを完全に忘れ去ってるし。この機を逃しち
ゃ川内の名が廃る!
「那珂、一緒に夜戦行こう!」
部屋の隅で丸くなってる那珂に声を掛ける。
しかし、那珂は白旗マイクスタンドを持ったまま、気の抜けた笑みを浮かべた。
「那珂ちゃんはとーっても嫌な予感がするので、このままお休みします」
「ま、ムリには誘わないけどね」
12.7mm弾で撃たれかけたり、目の前で寮長が十字架振り回して暴れたり、壁ぶち抜いた
り、提督と寮長が決闘始めたりしちゃ、夜戦する気力も無くなるかもね。
しかーし、あたしは川内。川内と書いてヤセンと読むくらいに夜戦大好きです。
「というわけで、レッツ夜――」
ばたん。
入り口のドアが開く。
「ッ!」
あたしは慌てて後ろに飛び退いた。
コレハ、ヤバイカモ。
「て、提督……」
提督が入り口に立っている。きれいな白い制服は見る影もなく破れ、焦げ、まさに大破状
態。帽子も半分焼け切れている。むき出しの皮膚からはあちこち出血してるみたいだけど、
本人は気にしていないみたい。右肩には気絶した寮長を担ぎ、どこからか持ってきたロ
ープで寮長の十字架を背中に縛り付けている。
提督が勝ったみたい。
あれ……?
もしかして――
寮長に足止め食らった時より状況悪化してない、コレ!?
落ち着いた提督の瞳が、あたしに向けられる。
「ちょうど人手が足りなかったところだ。これから朝まで夜戦をするから、川内も私と一緒に
来てくれないか? 元気が有り余っているなら丁度いい」
「え、えと……その夜戦って――」
夜戦という響きは魅力的だけど、それ絶対あたしの好きな夜戦じゃないよね!
「ヤセンカッコショルイ」
無情に提督が告げてくる。
つまり、現在執務室で修羅場しているみんなのお手伝いデスカ……。
コレハ、ニゲナイト――
「って!」
逃げようとした時は既に手遅れだった。あたしの身体は、提督の左脇に抱え上げられて
いる。さながらバックか何かの荷物のように。身体に腕を回してるだけだっていうのに、ま
るで鋼鉄製の高速具をはめ込まれたみたい。提督の腕を引っ張っても身体を叩いてもびく
ともしない。
「いやああああ! カッコショルイはイヤああああ! 那珂、助けてええ!」
あたしの助けを求める悲鳴に。
しかし。
那珂の姿は無くなっていた、
寝室のドアに『那珂ちゃんお休みCHU』と書かれた札が掛けられている。下手に起きてる
と巻き込まれると思って、さっさと寝ちゃったみたいだ。さすが、回避には自信のある那珂
ちゃん。我が妹ながら、できる!
提督が歩き出す。
「この裏切り者おおおおぉ……」
あたしは泣きながら寝室のドアを見つめていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「朝……か……」
時計を見ると午前六時。
提督執務室では、提督に吹雪、球磨に筑摩さん、霧島さんが書類相手に修羅場してた。
逃げることもできず、あたしはその一員に加わった。というよりも強制参加です。
艦娘が作れる書類はあらかた作り終わり、今はみんな片付けをしている。
「もう限界、クマ……」
「ふぁ、眠いです……」
眠そうにしている吹雪や球磨。意識は半分夢の世界に行っちゃってるみたい。
一方、筑摩さんや霧島さんは、まだ目に意識と気合いの光を灯している。うーん、大型艦
は強いねぇ。でも、一番最初参加していた金剛さんは、途中で思いっ切り居眠りして、また
どこかに吊されているらしい。
さすが、百里浜基地の面白い担当……。
寮長はアタシの隣ですんすんと泣きながら始末書を書いていた。始末書に加えて大量の
修理養成書類……。自業自得とはいえ、ご愁傷様です。
ふと――
提督を見る。
予備の制服に着替え、執務机に向かい、書類にペンを走らせ、パソコンのキーボードに
指を走らせている。あたしが見る限り、六時間以上ぶっ続けて事務処理をしているというの
に、全く勢いは衰えていない。こういう所は素直に感心できるよね。
「ふぁ……」
眠い。凄く眠い。ヤセンカッコショルイは予想以上の強敵だったわ、うん。もう二度とやり
たくないね。普通の夜戦なら大歓迎なんだけど。
あたしは目を擦り、書類の一枚を眺める。
『百里浜基地、戦艦武蔵建造指令書』
どうやら、近々うちで武蔵建造するみたいだね。
以上です
続きはそのうち
艦娘は通常兵器、人間は最終兵器っすね
投下します。
沖縄にある国防海軍工廠に資材を取りに行った天龍。そして卯月、弥生、菊月、長月の四人。
資材の詰まったドラム缶を引っ張り百里浜基地に帰る道すがら、
ふと卯月がひとつ疑問を口にした。
第13話 卯月遠征中だぴょん!
青い空。白い雲。
吹き抜ける潮風。
海面を滑るように進みながら、天龍は静かに目を閉じていた。腰に差した剣の柄に右手
を起き、頭に装備された電探艤装に左手を触れさせている。大きな獣耳のような電探。電
探を用いて周囲の状況を探っていた。
遠くを走る貨物船、漁船が一集団。
水平線近くを移動する、余所の基地の艦娘たち。遠征だろう。
ごく普通の海である。深海棲艦発生海域ではないので、敵影はない。
「異常無し、と」
目を開き、息をつく。電探による広範囲の探査は意外に疲れるのだ。性能控えめな基本
艤装による探査ならば、なおさらである。
しかし、安全海域でも定期的に広範囲の探索は必要である。
天龍は輸送用ドラム缶の紐を握り直した。
「天龍さぁん」
声を掛けられ視線を移す。
ピンク色の髪の駆逐艦が天龍を見上げていた。小柄な身体を濃紺の制服で包み、三日
月と兎の髪留めを付けている。輸送用ドラム缶のロープを艤装に結びつけていた。
「どうした、卯月?」
天龍とともに遠征に出ている睦月型四番艦、卯月である。
両手を持ち上げ、卯月が元気な声で言ってくる。
「ちょーっと訊きたいことがあるぴょん」
天龍が視線で続きを促すと、引っ張っているドラム缶を指差した。輸送用ドラム缶。見た
目はただのドラム缶だが、非常に頑丈に作られている。
「このドラム缶って、中に何が入ってるのぉ? ずーっと前から気になってるぴょん。こうや
ってうーちゃんたちが運ぶ意味あるのかなぁ?」
「確かに……不思議だ」
卯月の言葉に続いたのは、白い髪の駆逐艦だ。卯月とよく似た濃紺色の制服で、表情
が硬い睦月型三番艦、弥生。睦月同様、ドラム缶を引っ張っている。
「これくらいの大きさの荷物なら、陸路でも十分運べるし。海を使うなら普通の輸送船を使
った方が効率もいい」
と、ドラム缶を見る。
沖縄の国防海軍工廠から百里浜基地まで。ドラム缶程度の荷物を運ぶのなら、陸路で
十分だ。荷物が多ければ海路でもいい。主要海路の安全は完全に保証されているため、
荷物を運ぶには陸路も海路も普通に使用できる。
「私たち艦娘が運ぶ必要性は薄いということか。それでも運んでいるということは何かしら
の意味があるということだな」
腕組みをしながら、呟く少女。黒い制服に身を包んだ、銀髪の駆逐艦。睦月型九番艦、
菊月である。重々しい口調を使う事が多い。
「一艦娘である私たちが、任務の内容をあれこれ詮索する必要はないが……言われてみ
れば気になるな……」
黒い制服に身を包んだ、緑色の髪の駆逐艦がドラム缶を見る。睦月型八番艦、長月。菊
月と似ているが、こちらが堅苦しい言い方を好む。
天龍を旗艦とした、合計五人が今回の遠征メンバーだった。
「天龍さんなら何か知ってるはずぴょん!」
元気よく挙手しながら、卯月は赤い目を輝かせている。
ドラム缶の中身。工廠では密閉した状態で渡されるため、輸送している艦娘は中身を見
ることもなく、中身を知らされることもない。基地に戻って開封する所も見ることはないので
、中身が何なのか知らない者は多い。
「うーん、俺は全部知ってるけど、コレどこまで言っていいものかな? 機密情報ってわけ
でもないけど、そうべらべら喋るのもよくないぞ……」
首を捻りつつ、天龍は呻く。ドラム缶の中身は機密とされているわけではない。が、あま
りおおっぴらにするようなものでもない。喋るべきか否か、少し考える。
潮風が頬を撫でた。山や森、建物など遮るもののない海上は、風が強い。卯月と弥生の
の髪の毛が踊っている。長月や菊月の髪の毛は毛質が固いのか、あまりなびかない。
じっと見つめてくる四対の瞳。
「そうだな――」
天龍は手元に引き寄せたドラム缶をぺしぺしと叩いた。
百里浜基地にて建造されそれなりに時間が経ち、練度も経験も積んでいる四人。半分く
らい話しても問題無いと、天龍は判断した。
「こいつはちょっと特殊な『資材』が入ってるんだよ。俺たち用の燃料や弾薬みたいな、燃
料だけど燃料じゃない、弾薬だけど弾薬じゃない、そんな資材の一種だ」
四人の目が好奇心の輝きを帯びる。
燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト――と名前は付いているが、実際の石油や鋼鉄、弾丸
ではない。艦娘という存在を動かすための、特殊な材料。ドラム缶の中身もそのような資
材だった。
「で、俺たちがこうして海上輸送している理由なんだが、至って単純だ。こいつは特にナマ
モノで品質維持が面倒臭い」
天龍はため息ひとつ吐き出す。
卯月が首を傾げた。
「ナマモノ、ぴょん?」
「例えば、連続で十五分、海面から二メートル以上離すと『効果』が無くなる。さらに同質の
もの――ようするに俺たちが半径十メートル以内に存在しないと、これまた約三十分で効
果が無くなる。他にもいくつか品質維持条件がある。つまり、陸路輸送は無理、普通の貨
物船でも無理」
「それは、奇っ怪な性質だな」
菊月が顎に手を当て、ドラム缶を見る。海から離れることを極端に拒むような特性。奇っ
怪と言いたくなる気持ちも理解できた。
普通の資材は陸路でも海路でも輸送できるし、実際に輸送しているが、このドラム缶の
中身は艦娘でないと移動させることができない。面倒くさい性質だと思う。しかし、そういう
ものなのだから仕方がない。
「名前は一応言うのは止めておくわ。知りたきゃ提督に訊け。答えるかどうかは、俺は保証
しないけどな。用途は、そうだな――主に特殊な装備作る時にも使われる資材だ」
天龍は腰に差した剣の柄を撫で、
「こいつの材料も今輸送してるドラム缶の中身なんだぜ」
「え?」
それは誰の呟きか。
四人は眉をひそめ、引っ張っているドラム缶を見る。好奇心の度合いが一段下がった。
そんな、そこはかとなく冷めた眼差しである。
「……他にも、神通の刀もな」
天龍は付け足す。神通が持っている白樫拵えの刀。標準艤装とは別に作られたもので、
侍じみた出で立ちの神通によく似合う。また、かなりの業物で切れ味も高い。
「おお……」
四人の瞳に驚きの光が灯った。
天龍はジト目で四人を見る。
「その反応はかなーり腑に落ちないのだが……。開けるなよ、くれぐれも」
「わっかりましたぁ! ぴょん!」
びしっと敬礼をする卯月。
色々はっちゃけた性格の多い艦娘たちだが、根は真面目である。開けるなと言われてい
るものを開けることはない。それでも一応釘を刺しておく。
ふと、脳裏に弾ける何か。
「おっと。定時連絡の時間だ」
太陽の位置を見上げてから、天龍はポケットから時計を取り出した。短針は九を差して
いる。艦娘としての特性なのか、時間はかなりはっきりと分かるものだ。
随伴艦の四人を順番に眺め、
「そういえば、通信機持ってるのは――」
「うーちゃんですぴょん!」
勢いよく挙手する卯月。遠征や出撃に必要なものは、それぞれが分担して持つことにな
っている。鞄などに入れることもあるが、艤装に組み込めるものは、組み込んでしまうこと
が多い。通信機は卯月の担当だった。
「え……っと。大丈夫か?」
頬に一筋汗を流しつつ、天龍は卯月を見る。自分の記憶が確かなら、卯月が通信機を
持って定時連絡を行うのは、これが初めてだった。
他の三人も不安そうな顔で卯月を見ている。
「お任せ下さいっぴょん!」
自信満々に言い切ってから、卯月は艤装から通信機を取り出した。見た目はゴツイ電話
の受話器である。ボタンを操作し、卯月は軽く咳払いをした。
それから通信機を起動させる。
「司令官。第八艦隊の卯月です。サンキュウマルマル時の定時連絡を行います」
普段とはまるで違う、固い口調で話し始める卯月。
独特の喋り方の多い艦娘だが、その気になれば普通に話すこともできる。通信などの場
合は、普通に喋る事が決まりとなっている。素の口調で話されたら、何を言っているのか
分からない事があるからだ。
「はい。通信係は卯月です」
卯月は提督との会話を続ける。
「現在、紀伊半島潮岬を越えました。安全海域ということもあり、深海棲艦との交戦はあり
ません。また天候も良好であるため、特筆すべき事故も起こっていません」
「…………」
無言のままじっと卯月の様子を眺める天龍。その顔に浮かぶのは不安だった。普段は
弾けた喋り方をしている卯月も、普通に喋ることができる。それは天龍も知っている。知っ
ているが、その先の事も知っているのだ。
「はい。分かりました」
提督と話している卯月。頬に汗が滲んでいる。
「お、おい……」
「大丈夫か、卯月――?」
菊月と長月が心配そうに声を掛けている。
「はい。気をつけます」
通信機に向かい報告を続けている卯月。普段とは違う真面目な顔付きである。しかし、
それだけではない。空いた左手の指がわきわきと蠢いている。ぴょこぴょこと、髪の毛が逆
立つように跳ねていた。
「いえ、大丈夫です」
あくまで落ち着いた口調で会話を続けている。しかし、声と身体があっていない。額や頬
に汗が滲み、視線も不規則に泳いでいた。嫌いな食べ物を無理に食べたら、このような反
応をするかもしれない。卯月の頭から薄く白い湯気が立ち上っていた。
「それでは引き続き輸送任務を続けます」
無線を切り、受信を艤装にしまい込む卯月。
「………」
何も言わぬまま、天龍たちは卯月を見つめていた。
はぁぁぁ……。
と、卯月が息を吐き出す。薄い白煙の混じった吐息を。
笑っているような怒っているような奇っ怪な表情で、手足や指など身体のあちこちが不規
則に蠢いている。普段とはまるで別人のようだった。ピンク色の髪は逆立つように跳ね上
がり、全身から薄い白煙を立ち上らせている。
数秒して。
「ぷぅっぷくぷー!」
糸が切れたように、卯月が叫んだ。両目をきつく閉じ、思い切り声を吐き出す。
海面を思い切り蹴って、空中で一回転。見た目は少女でも、海上ならば宙返りくらいは造
作もない。着水と同時に、両手を頭の上にかざした。兎の耳のように。
「ぴょんぴょんぴょぉん! うーっちゃんはぁ、うっうー、うーぴょんぴょん!」
騒ぎながら、跳ね回る卯月。
「これは、一体――何が……」
「う、卯月……大丈夫か?」
「天龍さん、司令官に連絡した方が――」
明らかに異常な様子に、弥生たちはおののいている。このような艦娘の姿は始めて目に
するだろう。そう見るものではない。何か壊れてしまったと不安になるのも当然だ。
「でぇっす、でえっす! ぴょんぴょん、ぷっぷくぷっぷっぷー!」
「いや、安心しろ。卯月は大丈夫だ。でも、落ち着くまでそっとしておいてやれ……」
三人を少し離れた場所に移しながら、天龍は跳ね回る卯月を眺める。今は混乱状態だ
が、数分すれば元に戻るだろう。
「変わった喋り方の艦娘が普通に喋るのって、凄く疲れるらしいんだ。俺たちが思ってる以
上にな。球磨も多摩も愚痴ってたし」
「…………」
説明する天龍に、弥生たちが何とも言えない眼差しを向けてきた。
艦娘の癖のある喋り方は、根本的な気質である。変わっていても本人はその喋り方が一
番落ち着くのだ。無理に普通に喋るのは、大きな負担となる。比較的普通の喋り方をする
天龍などは負担が少ない。逆に、元々かなり弾けた卯月は、人一倍負担が大きい。
結果が、この大騒ぎである。
「金剛は――」
顎に手を添え、天龍が続ける。独り言のように。
「デースデース鳴きながら、ブリッジしてかさかさ虫みたいに動き回ってたし。正直あれは怖
かったぞ。比叡のやつ、ちょっと泣いてたし」
その呟きに答える者はいなかった。
登場人物など
卯月
睦月型 4番艦 駆逐艦
レベルは20くらい。はっちゃけた性格と喋り方の元気な少女。普通の喋り方をすることもで
きるが、かなりの負担になる様子。
弥生
睦月型 3番艦 駆逐艦
レベルは20くらい。表情と口調が固い。
菊月改
睦月型 9番艦 駆逐艦
レベルは25くらい。重々しい口調で話すことが多い。
長月改
睦月型 10番艦 駆逐艦
レベルは25くらい。堅苦しい口調で話すことが多い。
ドラム缶(オリジナル設定)
資源輸送用のドラム缶。高品質の鋼鉄を使ったり、二重構造になっていたりと、強度を優
先して作られている。中身は基本四種の資源とは別の特殊な資材らしい。天龍の剣や神
通の刀は、この資材で作られている。詳細は提督に訊くように。
以上です
続きはそのうち。
乙。斬新な設定だ
投下します。
第14話 深海棲艦を討伐せよ
深海棲艦はどれくらい強いか?
単純な火力だけを言うなら、大口径銃を持った人間くらいかしら。実はそれほど強くはない。
いや、十分に強いけど、実物の艦ほどの攻撃翌力はない。ただ、無茶苦茶固い。幽霊みたい
なものだから、物理攻撃がまともに通じないし、レーダーにもほとんど映らない。
護衛艦あちこち走らせて、目視で深海棲艦探して、対艦ミサイル撃ち込む――というのは
あまりにも効率が悪いので、私たち艦娘が深海棲艦と戦っているのよね。そもそも私たちも、
私たちの装備も、深海棲艦を止めるために存在しているようなものだし。
大きな時代の変化の後に現れる怨念の具現と、それを止めるために現れる意志の具現。
この国でも、余所の国でも、過去何度も繰り返されたこと。ここまで大規模なのは初めてみた
いだけどね。
犬吠埼から東に八十海里。
深海棲艦出没海域として進入禁止海域として指定されている場所である。その海域に出る
深海棲艦を撃沈し、海域を安全化させるのが、艦娘の仕事だ。
瑞鶴旗艦の百里浜基地第一艦隊は、海域鎮圧に向かっていた。
「海域危険度4……ね」
私は周囲を眺めながら、海域を進む。危険海域として指定されているので、他の船の影も
ない。静かな海ね。天気は晴れ。雲は多いけど、雨が降るという予報はない。雨が降ると艦
載機飛ばしにくくなるから、晴天はありがたいわ。
それはともかく――。
「って割には、静かよね? いつもなら深海棲艦の一隊くらいは出会ってるはずなのに。羅針
盤の調子が悪いのかしら?」
ポケットから取り出した羅針盤を見る。
ふっと空中から現れた魔法使いっぽい妖精さんが、びしっと前方を指差した。
こっちに進めって事ね。
深海棲艦の出現する海域は決まっている。深海棲艦は地縛霊みたいなものだから、海域
から動くことが出来ないみたい。そして、出現海域は防衛省の特殊なレーダーか探知機か何
かで、かなり正確に把握されてる。そこの仕組みはよく分からないんだけど。
さらに正確な深海棲艦探知機がこの羅針盤。有効範囲はそんなに広くないんだけど。海域
内で深海棲艦の艦隊を探すには、この羅針盤と妖精の力が必要になる。……回すのは使い
方としておかしいと思うけど。
「そういう事もありマース」
インチキ外国人みたいな声。
かき消えるように、羅針盤の妖精が消えた。
羅針盤をしまい、眼を移した先にいたのは、白衣に黒いスカートの戦艦金剛だった。百里
浜基地の面白い担当とか言われてたりする。余所の金剛よりも少し背が低くて、アホ毛が二
本あるのが特徴。艦娘の個体差ってものね。
「もしかしたら海域が変化してしまったのかもしれないネー。そういう事は時々あるようデース。
危険海域の再調査と情報の書き換えが必要になるので、帰ったら提督に報告しておく必要
がありマス」
人差し指を動かし片目を瞑る。
人差し指に嵌められた指輪が、薄く光った。飾り気のない銀色の輪。昔提督に貰ったものみ
たい。何か特殊な指輪みたいだけど、何の指輪かは聞いたことがない。ケッコンの契約指輪
じゃないみたいだけど。
かなり長く百里浜基地にいるから、この人も色々秘密や謎が多いのよね……。
「何もないのに越したことはないねぇ。さって、帰ったら何飲もうかな?」
大きな巻物を指の上で回しながら、隼鷹がにやけている。少年漫画みたいな紫色のツンツ
ンヘアーと、洋服と巫女服を混ぜたような白赤緑の服装。隼鷹改二。
ノリは軽いけど、軽空母で一番の実力者と言われているわ。焼き鳥空母の突貫鍛錬で強く
なった私とは対照的に、地道な実戦で練度を上げていったタイプね。
「何は無くとも、紅茶は大事ネー!」
ばっと右腕を上げ、金剛が騒ぐ。
金剛は紅茶好きって言うけど、紅茶中毒って言わないかしら……?
「任務中に帰った後の食事の話をするな。気を引き締めろ」
「そうよ。何も無い場所から潜水艦でドーン!なんてこともあるからね。今のところそういう気
配は無いけど、油断は禁物よ」
二人に声を掛けたのは、長門と五十鈴だった。
SF風な露出多めの白い上着とスカート。大型の砲を装備した戦艦ね。正攻法な戦い方で
は百里浜基地で最強の戦闘力を誇る実力者。
そして大きなツインテールに白い上着と赤いスカートの五十鈴改二。三式ソナー二機に三
式爆雷という完全対潜装備で固めている。私たち空母、戦艦は潜水艦苦手だしね。対潜要
員は大事よ。
「我が輩の索敵機が、何か発見したぞ!」
大きな声が上がった。
少し離れた所に立っている、深緑色のワンピースを纏った小柄な重巡。利根だった。さっき
から水上機を飛ばして周囲を偵察していたようだけど、何か見つけたみたい。
「木製コンテナかしら?」
利根が見つけたモノを見上げ、私は首を傾げる。
ゆらゆらと海面を流れる大きな箱だった。かなり古ぼけた木箱で、あちこち欠けたり変色し
たりしている。元々何に使われていたのかは分からないし、興味も無い。
「こういうの不法投棄する人いるのよね……。まったく迷惑な話よね」
腰に手を当て、私は愚痴った。
海を移動しているとこういう投棄物を見かけることがある。捨てられたものか落ちたものか
は知らないけど、迷惑な話よね。私は体験したことないけど……水死体見かける事もあるみ
たい。
どうしようかしら? このゴミ。持って帰るわけにもいかないし、ここで解体するわけにもい
かないし、放置なんだろうけど。まったく――
パンパン。
と手で叩いてみる。
木箱は少し揺れて。
バシャン。
何かが水面に落ちる音がした。木箱の向こう側。
「ん?」
多分、木箱の上に乗ってたものか、横に引っかかってたものか。何かが落っこちたんだと
思うけど、一応確認しておかないとね。
そう考えて木箱の横に回り込んで。
「………!」
私は動きを止めた。
これは……!
すっと背筋が冷える。
そこにあったのは小柄な少女――のようなモノ。
灰色の肌と黒いフード付きコート、首には縞模様のストールを巻いている。コートは前を開
いて、控えめな胸とビキニトップが露わになっていた。背中から伸びた尻尾には、装甲で覆
われた獣のような頭がついている。
「――?」
それは目を開け、私を見た。眠そうな青い瞳。
「戦艦レ級……!」
その名を鋭く囁き、私は後ろに跳び退る。
艤装内で妖精たちに戦闘準備を命じながら、私はレ級から距離を取った。
さすがにこの距離は戦闘するには近すぎるわ。航空戦にも砲雷撃戦にも適切な間合いと
いうものがある。最低でも数十メートルの距離は欲しいところ。
他のみんなも気付いたようで、距離を取りつつ陣形を組み直す。
「ビンゴ! オオモノが来ましたネェ!」
「こんなバケモノが。何故この海域に……?」
私と一緒に距離を取りながら、金剛と長門が緊張した言葉を口にしている。
危険度5の海域深部で本当に稀に見かける、規格外の深海棲艦。危険度4のこの場所で
見かけるのはおかしいけど、いるんだから仕方ない!
「我が輩の索敵機も、えらいものを見つけてしまったの! これは帰ったら筑摩に自慢してや
らねばいかんな!」
連装砲を構えながら、微かに震えた声で利根が叫ぶ。
利根が見つけたのは木箱だけみたいだけど、レ級が一緒に出てきたのは予想外ね。
「どうすんだい? 瑞鶴。逃げる? 戦う? 相手は一匹、こっちは無傷で六人。燃料も弾も
十分。相手がレ級でも、さすがに負けるとは思わないけどね――」
飛行甲板の巻物を広げながら、隼鷹が訊いてくる。深海棲艦は大抵隊を組んでるけど、こ
のレ級は一人みたい。六対一。普通に考えれば、私たちが圧倒的に有利……
「眼が青くなければ……ね? あれ、フラグシップ改よ……おそらく」
五十鈴が指差すレ級の目。
もぞもぞと寝ぼけたように身体を起こしているレ級。私たちに向けられた瞳は鮮やかな青
色。あれはフラグシップ改の特徴ね。現在レ級はエリートまでしか確認されていないけど、そ
れ以上がいたって何もおかしくはないわ。
グガァァァァォォォ!
私たちに向かって威嚇するように吼える尻尾。
「――。―――? ――?」
一方身体の方は眠そうに目を擦りながら、何かを呟いている。
何を言っているかは分からない。深海棲艦は思考も言葉もあるけど、私たちとはかなり違う
構造をしている。意味を聞き取るのは無理だし、翻訳も極めて困難。
こいつ寝ぼけてる? というか、そこの木箱の影で寝てた? 深海棲艦が海上で昼寝なん
て聞いたことないけど、現実は目の前にある!
私たちに牙を剥いていた尻尾が、おもむろに頭に向き直り。
がぶっ!
あ。噛まれた。
「――、――! ……?」
いきなり頭を噛まれ、レ級が尻尾に文句を言っている。頭と尻尾で別々の意識があるみた
いね。ひとつの身体に複数の意識を持つ深海棲艦はいるみたい。
「――――!」
「……。―――!」
二言、三言言い合ってから、レ級はその場に跳ね起き私たちに向き直った。にまりと壊れ
たような笑みを浮かべながら、身構える。
ただ、すぐには攻撃してこない。艦娘であれ深海棲艦であれ、戦闘準備には若干の時間が
かかるもの。普通は戦闘態勢を整えながら双方接触なんだけど、今回は急過ぎた。
矢立から屋を抜き、私は弓につがえる。威嚇の意味を込めて。まだ艤装の妖精たちの準
備は終わっていないけどね。無理矢理艦載機飛ばすことは、可能だけどしたくはない。
「ここで沈めるわよ。あいつは危険な気配がするわ」
「了解……」
静かに答える長門。
レ級は不吉な笑みとともに、私たちを順番に眺めてから――
「――?」
不意に笑みを消した。
横の空に目を向けたまま、ぴたりと動きを止めてしまっている。ぱちぱちと瞬きをしながら、
惚けたような表情を見せていた。何、これ?
「うん?」
一瞬、意識を逸らす振りをするフェイクかとも思ったけど、多分違う。レ級は本気でそっちに
意識を向けていた。攻撃するべきか否か?
私は長門にハンドサインを出して、レ級の視線を追った。
「何?」
思わず声が漏れる。
遙か空の向こうから、何かが飛んでくる。レ級が見ていたものもこれだ。
重力に引かれて落ちてくる何か。最初は白い点だったその物体も、こちらに落ちてくるに従
い、はっきりと見えるようになっていた。
「どうした、瑞鶴?」
困惑した長門の声に、私は正直に答えた。多分レ級と同じような顔をしたまま、
「人が……飛んでくる……」
「はい?」
気の抜けた長門の声。
だって事実だもん! しょうがないじゃない!
その姿はもうはっきりと見えていた。白い詰め襟と白いズボン。いわゆる提督の制服を纏っ
た男が一人。くるくると周りながら落ちてくる。ただし、その提督の頭はTだった。首に黄色い
Tの字が刺さったような頭――
ドッバアァンッ!
「―――!」
爆音を立て、提督が海面に激突する。
ちょうどレ級が立っていた場所だが、レ級は素早く横に飛んで避けていた。
「いやいやいや……」
私は冷や汗を流しながら、否定の言葉を口にする。
周囲に雨のように降り注ぐ、無数の水しぶき。
いや、どうしろってよ、これ……!
落下の衝撃で、提督は再び空中に舞い上がっていた。高速で移動する物体に対し、水面
はコンクリートの堅さを発揮する。跳ね返るのは当然だ。両手両足を明後日の方向に投げ
出した、壊れた人形のような体勢で飛んでいく。
バッ、バシャッ!
何度か海面を跳ねてから、
ばしゃん。
止まった。
「あれって……」
私はおずおずと左手を上げる。突然すぎて色々と意味不明だけど、分かる部分から解決し
ていかないといけないわね。
人差し指を向けた前、五百メートルほど前にうつぶせに浮かんでいるT頭の提督。
「目立基地のTノ字提督――よね?」
「あんな不思議な頭は、そうそういるものではないぞ」
長門が、頷きながら、視線を動かす。
「―――……」
私たちと同じように呆然と、Tノ字提督を見つめているレ級。
百里浜基地の北隣にある目立基地。そこの提督さんね。Tノ字提督と呼ばれているけど、
本名かどうかは不明。昔はアイドルのプロデュースをやってたみたい。そのプロデューサー
が何で国防海軍で提督を務めているのかは知らないけど、人生紆余曲折というし。
あと、変態大人。スケベ大魔王、歩くセクハラ野郎、憲兵隊ブラックリスト最筆頭、少年誌の
エロ漫画の主人公、などなど。悪い噂が絶えない人でもあったり……。平たく言ってしまえば
ただのスケベ野郎なんだけど。
金剛がアホ毛を指で弄りながら、浮かんでいるTノ字提督を眺めている。ジト目で。
「そもそもお隣の提督が、どうしてこんな所に降ってくるんデスカ? ファフロツキーズの一種、
ってわけじゃないよネェ? まぁ、提督は空を飛ぶものだけどサー」
蛙や魚が降る怪雨現象。提督が振るのも、怪雨に含まれるのかしら? でも提督は空を飛
ぶものって認識はどうなのよ? うちの鈴木一郎提督も、時々空飛んでるけどね。主に爆発
に巻き込まれて。
ばしゃっ。
「あ。起きた」
五十鈴が声を上げる。
うつぶせの体勢から、Tノ字提督が上半身を持ち上げた。目も鼻も口も無いけど、この人ど
ういう構造してるのかしら? 仮面じゃないわよね。
ゆっくりと周囲に視線を動かし。
「!」
びくっ。
レ級の肩が跳ねた。
目があったみたい……。
そして、Tノ字提督が動いた。
バンッ!
爆裂するような音を立て、海面を叩き空中へと飛び上がる。身体を丸めて空中で一回転し
てから、両足を海面につき――そのまま間髪容れず海面を走り始めた。両手両足を凄まじ
い勢いで動かし、レ級めがけて海面を突き進む。
「ふおおおおおおおお! レ級ちゃん、お腹ぺろぺろさせろおおおお!」
欲望駄々漏れの台詞を叫びながら。
うわぁ、キモい……。
登場人物
瑞鶴改
深海棲艦討伐部隊旗艦
レベル95くらい。
装備 烈風/紫電改二/彗星一二甲/流星改
金剛改
レベル85くらい。
装備 41cm連装砲/試製36.6cm三連装砲/水上観測機/三式弾
提督に貰った銀色の指輪を右手人差し指に付けている。その指輪がどのようなものなのか
は不明。百里浜基地にかなり昔からいるから秘密や謎が多いとは瑞鶴の弁。
隼鷹改二
飛鷹型 2番艦 軽空母
レベルは85くらい。
酒好きでノリも軽いが、堅実な仕事をすることに定評がある。軽空母一番の実力者。無茶苦
茶な訓練で鍛えた瑞鶴とは対照的に、地道な実戦と鍛錬で鍛えたタイプ。結構古参。
装備 烈風/紫電改二/彗星一二甲/彩雲
利根改
利根型 1番艦 重巡洋艦
百里浜基地では中堅。レベルは60くらいで、妹の筑摩よりいくらか練度が高い。索敵と得意
としており、よく索敵機を飛ばしている。
装備 20.3cm連装砲/20.3cm連装砲/水上偵察機/水上観測機
長門改
長門型 1番艦 戦艦
レベルは90くらい。
正攻法では百里浜基地で最強と言われる戦艦。性格は真面目。砲撃の威力、精度ともに非
常に高い。危険度の高い海域の調査や深海棲艦討伐によく駆り出される。
装備 46cm三連装砲/試製41cm三連装砲/水上観測機/91式徹甲弾
五十鈴改二
長良型 2番艦 軽巡洋艦
レベルは55くらい。百里浜基地の対潜番長。百里浜基地の対潜番長。潜水艦が出そうな場
所には、対潜装備を持って随伴することが多い。やや皮肉屋。
装備 三式水中探信儀/三式水中探信儀/三式爆雷投射機
戦艦レ級
縦横無尽に多数の大火力攻撃をばらまく、規格外深海棲艦。本来なら危険度5の海域の深
部にしか現れない。
大きな木箱の影で寝ていたらしく、偶然瑞鶴たちと接触し戦闘に入る。瞳は鮮やかな青であ
り、確認されていないフラグシップ改ではないかと瑞鶴は予想している。
身体と尻尾は個別の人格を持っている。尻尾の方がしっかり者らしい。
Tノ字提督
百里浜基地の北にある目立基地の提督。頭が黄色いTの字になっている。原理や構造は不
明。難しく考えてはいけない。以前はアイドルのプロデューサーをやっていたが、色々あって
現在は国防海軍の提督を務めている。
変態だのセクハラ野郎だの、かなり酷い噂が立っている。なお、大体事実。
以上です
続きはそのうち。
第8話 加賀さんの秘密
「よい湯加減でした」
扉を開け、加賀は自室に戻った。
青と白の寝間着姿である。髪は解いていた。自主訓練を終え、大浴場で身体を休め、部
屋に戻ったところである。
空母寮の一室。赤城と同じ部屋である。畳の敷かれた和室だ。壁のスイッチを入れると天
井の灯りが点き、部屋が白く照らされる。
時刻は夜の十一時。普通ならば皆眠っている時間である。
「間先生の栄養ドリンクは効きますね」
限界まで無茶をしているはずだが、まだ身体には余力が残っていた。先日間先生より渡さ
れた栄養ドリンクを飲むようになってから、持久力が増加している。味は酷いが、医者の作
ったものだけあり、効果は本物だ。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップを持ってちゃぶ台の前に座る。
コップに麦茶を注ぎつつ、寝室の扉を見た。
「……赤城、さんは……寝ていますね?」
小声で確認する。よく寝て良く食べる赤城。大体十時くらいには寝てしまう。一度寝たらぐ
っすりと起床時間まで眠っている。急に起きることはないだろう。
「誰も見ていませんね?」
きょろきょろと部屋を見回す加賀。
部屋にいるのは自分だけ。赤城は眠っている。入り口の鍵は閉めているので、他の空母
が入ってくることもない。部屋に監視カメラが付いていることもないだろう。
「よし」
頷いてから、加賀は座布団を一枚掴んだ。
心持ちくたびれた四角い座布団。それを頭の上に乗せる。頭の頂点に座布団の中心が来
るように。左右に落ちることもなく、座布団は加賀の頭の上で安定した。
「やはりこの体勢は落ち着きます」
麦茶を飲んでから、息を吐き出す。
ちゃぶ台の前に座り、頭に座布団を乗せながら麦茶を飲む。傍から見れば滑稽な姿であ
ると断言できる。他人に見せられるものでもないし、見せようとも思わない。
いつ気付いたかはよく覚えていない。
頭にそこそこ重さのあるものを乗せていると、落ち着くのだ。これは加賀だけの秘密であり、
今まで他人に言ったことはない。赤城にも言ったことはない。
投下ミス
失礼しました。
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