【艦これ】進め、百里浜艦娘隊! (109)

はじめまして。
艦これSSを投稿させていただきます。

とある基地で生活している艦娘たちを描くお話です。
基本的にまったりとした日常話を中心に書いていく予定です。
コメディ、パロディ要素が多めです。スイカにかける塩程度にシリアス成分はある予定です。
戦闘描写は気が向いたら。
また、独自設定やオリキャラカッコカリが多めなので、あらかじめご了承下さい。
純粋なオリジナルキャラクターはまず出てきませんが。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1403610503

第1話 不知火、お散歩します


 海から吹き付ける潮風。波の音が静かに、大きく響いている。
 海辺の平地に作られた大きな施設。土地は広く、周囲は高い塀で囲まれている。一般的
な公的施設に比べると古めかしい作りになっていた。
 国防海軍対深海棲艦百里浜基地と書類には記されることが多い。
 とことこと敷地を歩く小柄な少女。
 後ろで縛った紫色の髪の毛と、ぴしっと着こなせた制服。スカートの裾からは黒いスパッツ
が覗いていた。青い瞳には鋭い光が映っているものの、今はどこか眠そうでもある。
 少女はふらふらと敷地を歩いていた。


 - - -


 こんにちは。不知火です。
 午後の風が気持ちよいです。
 今日はお休みなので、ゆったりと基地内をお散歩です。外出許可書は貰っていないので、
基地内の探検ですね。もう少し練度を上げられれば外出許可も簡単に取れるのでしょうが、
あいにく不知火はまだ建造後半年にも満たない見習いです。

「殺風景な場所ね」

 基地といっても、観光名所のようなものはありません。
 とりあえず、行き先を決めずぶらぶら歩きます。
 朝に起きる予定でしたが、昼過ぎまで寝ていました。同じ部屋の陽炎に八時に起こしてく
れと頼んだのですが、彼女も不知火同様お昼前まで寝ていました。
 今度は目覚まし時計を買おうと思います。

「ヘイ!」

 声を掛けられました。
 が、無視しましょう。

「ヘイッ!」

 再び声を掛けられましたが――
 どうしましょうか? 振り向くべきか無視するべきか。重要度の低い難問です。

「ヘイ、レッスン! ルゥゥック!」

 はぁ。不知火の負けです。
 大きくため息をついて、不知火は視線を上げます。
 基地の西側。工廠近くに置かれた荷物運搬用の大型クレーン車。普通の工事現場のもの
よりも頑丈そうな作りです。そして、今はクレーンを上げた状態で停まっていました。

「ようやくこっち向いてくれましたネー。無視はノーセンキューデース」

 クレーンのフックに引っかけられた艦娘が一人。
 金色のカチューシャと茶色い髪の毛、水干のような白い着物に黒いスカートと、巫女っぽ
い服装をしています。自称イギリス生まれの帰国子女。金剛型一番艦、金剛さんですね。後
ろ手にがっちりと縛られ、宙吊りにされていますが……。
 ちなみに我が百里浜基地の金剛さん、余所の鎮守府や基地の金剛に比べて、ちょっと背
が低くアホ毛が二本あります。そのあたりは同じ種類の艦娘の個体差らしいです。

「不知火に何か御用ですか?」

 見てしまった以上、無視するわけにもいきません。

「というか、何をしているのですか? 金剛さん。新しい遊びですか?」

 ジト目で不知火は尋ねます。

 百里浜鎮守府の主力の一人が、宙吊りにされている。意味が分からない。
 金剛さんはゆらゆらと揺れながら、楽しそうに語り始めました。

「いやー、実はデースネー。お昼休みに提督の部屋に書類を持って行ったら、提督がお昼
寝してたんですヨー。お昼寝ー。英語で言うとシエスタデース」

 なるほど。
 うちの司令官はお昼ご飯を食べた後に、軽く昼寝をする習慣があります。
 金剛さんは不満そうに唇を尖らせ、

「せっかくなのでバカボンのパパのヒゲを書き込もうとしたんデースヨゥ。でも……あっさり見つ
かっちゃいましてサー! それから全力全開エスケープしたんですケド、見ての通りの宙吊り
デース。しばらく反省しろ――と」

 ゆーらゆーら。

 いじけたように揺れています。この人は。

「事情は飲み込めました」

 不知火は自分の額に手を当て、こっそりとため息をつきました。
 昼寝の最中にバカボンのパパのヒゲを描く。そんな事されたら、誰だって怒りますね。未
遂ですが。宙吊りのお仕置きで済ませている司令官は、寛大だと思います。不知火だったら、
絶対に額に「肉」とか「金」とか描いてしまいます。

「金剛さん」
「なに?」

 とりあえず何か言うべきでしょう。慰めでも非難でも励ましでも。
 不知火は口を開き、告げます。

「なお、余談ですが、バカボンのパパのヒゲ、あれ鼻毛だそうです」
「レアリィ!?」

 両目を見開き、二本のアホ毛をぴんと立てる金剛さん。やはり驚きでしたか。驚いてもらっ
て不知火はとっても満足しました。
 不知火は落ち着いて続けます。

「冗談です。あれは正真正銘ヒゲだそうです」
「笑えないジョークはノーセンキューネ」

 安心したように金剛さんは息を吐いています。手が自由だったら、額をぬぐっていたかもし
れません。バカボンのパパは作中であれをヒゲと言っているようです。しかし、これで終わり
ではありません。
 人差し指を立て、不知火はさらに続けました。

「鼻毛なのはワンピースのゴールドロジャーでした」
「マヂで!?」

 かっと目を剥き、口を四角く開ける金剛さん。

「こっちはマヂです。設定は変わっているかもしれませんけど」

 不知火の無慈悲な言葉に、金剛さんは仰け反って空を見上げています。

「うーぁー。知りたくない事実を知ってしまったのデース……。たった今私は、意味もなくとっ
てもイヤーな大人の階段登っちゃったネェ……」

 ぐねぐねしながら、悶えています。
 退屈な休みの日の午後ですが、意外と暇が潰せました。さすがは戦艦の面白い担当。

「それでは不知火はこれから散歩の続きをしますので。さようなら」
「ウェィツ、ア、ミニッツ!」

 しかし、あっさりと呼び止められてしましました。
 不知火は再び金剛さんを見上げます。

「助けて下さいヨー。ヘルプミー、不知火ちゃーん。私たちの仲じゃないですカー」

 困りました。これはどうしたらいいのか?

 数秒黙考してから、不知火は答えます。

「ぶっちゃけ面倒くさいと、不知火は正直に言います。それに、そのワイヤーもかなり頑丈そ
うですし、外すのは工具が必要だと思います。不知火たちは力があるといっても、陸上では
たかがしれています」

 見た目は普通の女の子の艦娘。しかし、人間ではありません。普段は人間と変わらないく
らいの膂力に抑えていますが、本気を出せばオリンピック選手並の身体能力を発揮できま
す。海上では海の力を得て、さらにパワーアップします。
 逆を言えば、陸上ではあくまで人間レベルの力が限界です。頑強なワイヤーを引きちぎる
ような怪力は出せません。

「むーぅ。仕方ないデース」

 残念そうに肩を落としている金剛さん。
 その時でした。

 ズンッ!

 下腹に響く重い音と衝撃。

「む!」

 不知火は息を止め、音のした方向に向き直りました。
 爆発のようです。


登場人物など

不知火
陽炎型 2番艦 駆逐艦。
半年ほど前に建造された見習い。レベルは8くらい。
散歩が趣味。朝は苦手。

金剛改
金剛型 1番艦 戦艦
かなり昔から基地の主力の一角を務めている高速戦艦。
レベルは80くらいだが、改二ではない。
余所の金剛に比べて少し背が低く、アホ毛が二本あるのが特徴。
イタズラ好きで、不知火曰く艦隊の面白い担当。

第2話 ウィークリー・エクスプロージョン



 土煙を伴って吹き抜ける風。風と言うより、空気の壁が流れていくような感じです。衝撃波
なので、まさに音の壁ですね。あまり陸上では体験したくないものです。

「へ……クシュン――!」

 小さなくしゃみ。

「うーん、やっぱり爆風は鼻に来るネー……」

 鼻をすすりながら、金剛さんがぼやいています。
 他人の作った爆風を受けると反射的にくしゃみが出る体質らしいです。深海棲艦との戦い
では、地味に鬱陶しい癖と以前愚痴っていました。

「これは」

 煉瓦造りの工廠棟。その奥の方に作られた古い小型倉庫。物置――というよりもがらくた
置き場と貸しているのが現状ですが。その倉庫がひとつ無くなり、煙が舞い上がっています。
そこが爆心地のようですね。
 ぱらぱらと砕けた木材やらが落ちて来ます。危ない……。

「デ、デン! イッツ、ア、クエスチョン! 三択デス! 何が起こったのでSHOW!」

 唐突に、やたらハイテンションな声を上げる金剛さん。
 不知火が顔を向けると、片目を瞑って、

「答え1、むっちゃんエクスプロージョン!
 答え2、大鳳ちゃんエクスプロージョン!
 答え3、いつもの」
「どう考えても3ですね」

 ため息とともに不知火は答えを決めます。いつもの。この百里浜基地には、気が向くと爆
発起こすトラブルメーカーが一人います。

「あら」

 不知火は空を見上げました。
 青い空を背景に、人間がくるくると回りながら宙を舞っています。さきほどの爆発に巻き込
まれて吹き飛ばされたのでしょう。地上からの高さはおよそ五十メートル。

「オー、提督がお空を飛んでマース」

 白い帽子に、白い詰め襟。白いズボン。
 標準的な制服を纏った男。
 我が百里浜基地の司令官です。一応一番偉い人です。
 おそらく爆発に巻き込まれて空中散歩をしているのでしょう。
 司令官は壊れた人形のような格好で落ちていき、

 ゴンッ

 埠頭の荷物運搬用小型橋型クレーンに激突。
 そして。

 ぼちゃん。

 海に落ちました。

「人間ってこういう音も出せるんですね。不知火、初めて知りました」
「えーと、不知火ちゃん。手が空いてそうなところでお願いなんだケド、ちょっと提督拾って貰
えるかな? そんなに深くはないと思うからサー」

 金剛さんが視線で司令官の沈んだ辺りを示しています。
 不知火は足を持ち上げ、茶色い靴を指差しました。

「靴の艤装はあるので海の上ならどうとでもなりますが、海面下は管轄外です」

 深海戦艦と戦う力を生み出す艤装。砲や魚雷発射管などから、靴や服も艤装に含まれま
す。今も艤装の制服と靴は身につけていますので、海上移動はできます。が、不知火の艤
装に海中移動能力はありません。
 艤装外せば素潜りできますけど、不知火は泳ぎがそんなに得意ではないです。

「むー。私もダイビングは苦手デース……」

 眉間にしわを寄せ、金剛さんが首を捻っています。
 不知火達は艦娘。極端に言ってしまえば、人の姿をした船です。海面下は基本的に管轄
外なのです。泳ぐ程度はできますが、泳ぎが得意な娘は少ないと思います。

「ここが潜水艦の子たちに頼むべきですね」
「それがいいデース。モチはモチ屋に頼むのデース」

 不知火の提案に、金剛さんが頷きます。
 海面よりも下は潜水艦のお仕事です。
 おや?

 カラン、カラン――

 と、近づいてくる下駄の音。

「おーい。不知火ちゃんに金剛ちゃん、無事かい? ワシの倉庫が爆発したようだけど」

 やってきたのは一人のお爺さんです。
 わらわらと足下に着いてくる工廠の妖精さんたち。多分数十人。
 この人は、百里浜基地で働いている、数少ない人間です。余談ですが、普通の人間が長
時間艦娘といると、「当てられてしまう」そうです。そのため同じ場所で働くには適正が必要と
言われています。当てられるというのがどういう状態かは知らないのですが。小さい神様と
長時間一緒にいるのは、生身の人間には危険、らしいです。

 閑話休題。

 不知火と金剛さんは、ジト目でやってきた爺さんを眺めました。

「敷嶋博士……」
「ドクター・シキシマ……」

 この騒ぎの張本人です。
 背広の上に古ぼけた白衣を纏った、やや猫背気味の老人。
 両足は裸足に下駄履きです。年齢は六十歳くらいでしょうか。そして一番重要な事。この
人まともではありません。横のみ白髪の残った禿頭には、何故かネジが一本ぶっ刺さってま
すし、年齢不相応に目付きがギラギラしています。何よりも全身から立ち昇るマッドサイエン
ティストオーラ。実際、マッドです。
 厄介な事に、この見るからに危ない科学者が、不知火達の百里浜基地の工廠長です。皆
からは敷嶋博士と呼ばれています。下の名前は知りません。ついでにうちの爆発担当です。
気が向くと何か爆発させています。

「不知火たちは無事です。それよりも今度は何をしたんですか?」

 一応確認しておく必要はあるでしょう。
 不知火は爆発した倉庫を指差します。
 どこからか持ってきた予算や資財で変なものを作って、大抵最終的に爆発させるのが日
課です。それだけならただの危ない人なのですが、装備職人としての才能と技術と、工廠妖
精たちとの相性は天才的です。この人の作る装備は本当に高性能なんです。厄介な事に。
厄介な事に――! 大事な事なので二回言いました。
 博士は黒煙を上げる倉庫を一別し、両手を腰に当てて大笑いましました。

「カッカッカァ! 心当たり多すぎて分からんわい。まっ、おおかた提督のヤツがワシの倉庫片
付けようとして、うっかり自爆スイッチでも押したんじゃろ。前から倉庫をがらくた置き場にす
るなとか騒いでたしのう」
「それで倉庫壊したら本末転倒だと思います」

 無駄と分かっていても言わないといけません。
 本部棟や寮から出てきた人たちが、消火活動を初めています。博士の爆発癖に対して、
みんな慣れたものです。新入りの不知火はまだ慣れてませんけど。

「あと、何にでも自爆装置組み込むの辞めて下さい」
「細かい事は気にしちゃいかんよ、不知火ちゃん。それに自爆装置は男のロマンじゃ!」

 拳を天に突き上げ、博士は断言しやがりました。
 まったく、この人は――!
 司令ががっちり釘を刺しているのに加えて、陸奥さんと大鳳さんの猛烈な抗議のおかげで、
博士が不知火たちの装備に自爆装置を組み込むことはありません。が――自分で作るもの
には、躊躇無く組み込みます。

「ロマンではありませんし……。週一で爆発騒ぎ起こすのは止めて下さい」

 人の話を聞かない人というのは理解していますが、抵抗する意志というのは大事だと不知
火は信じています。

「ヘイ、そこ! 何してるデース!」

 じたばたと暴れる金剛さん。

 うん……?

 見ると博士が金剛さんの真下に移動し、によによと笑いながら鼻の下を伸ばしていました。
実に幸せそうな表情ですね!

「いやー、今日はピンクか。ふむふむ。絶景絶景」

 まったく、このエロジジィは……!

「何勝手にスカートの中覗いてるデース! セクハラデース! 軽犯罪法違反デース! と
いうか、エロジジィはゲットアウェイ! あっち行けっ、しっしっ」

 クレーンに釣るされた金剛さん。
 激しく揺れながら叫んでいますが、効果は無しですね。
 真下から覗けばスカートの中は丸見えです。金剛さんはがっちり拘束されて身動きも取れ
ず、逃げることも反撃することもできません。

「女の子が吊されてるのに、覗かん男は男じゃないわい!」

 鼻息荒く、エロジジィが断言します。
 人間正直なのはいいことですが、正直すぎるのは問題です。

「参りました」

 不知火は明後日の方向に目をやり、こっそりと独りごちます。今日は大切なお休みの日で
すし、これは見なかった事にして散歩の続きをしましょうか? 抵抗する事は大事ですが、
人生諦めも肝心と言いますし。
 もうゴールしちゃっていいよね?

 かなり本気でそう考えていると。

 ガン。

 固い音。

 ぽて。

「あら」

 不知火が振り向くと、博士が仰向けに倒れました。
 脳天にはたんこぶができています。固いもので脳天をぶん殴られたようです。ひくひくと痙
攣しているので死んではいないでしょう。殺しても死ぬとも思えませんし。

「……何してるんだ?」

 黄色い隻眼が周囲に向けられました。
 灰色の刀身と赤い刃。船首を模したと思われるサーベル型の剣――こんなSF風味の接
近専用武器を持っているといったら、この人しかいませんね。
 ショートカットの青みがかった黒髪と左目を覆う眼帯。頭には耳のような艤装を付け、背中
には大きな戦闘用艤装。軽巡とは思えない豊満なプロポーションを黒い制服で包んだ、百
里浜基地の遠征番長にして事務仕事の帝王です。
 どうやら遠征帰りのようです。

「うーん……」

 左手で頭を掻きながら、首を傾げています。
 吊された金剛さん、爆発した倉庫、足下で倒れているエロ博士。工廠妖精さんたちは離れ
た場所に避難しています。

「どこから訊けばいいのか俺もよくわかんねーけど、何なんだ、この状況……?」

 右手に剣を持ったまま、困ったように左手の人差し指で頬を掻いています。
 ま、困りますよね。



登場人物など

敷嶋博士
オリキャラカッコカリ。
基地で働いている数少ない人間の一人。
役職は工廠長。艦娘の扱う艤装の制作と整備が主な仕事。
自他共に認めるマッドサイエンティストで、何にでも自爆装置を付けたがる。
どこからか予算と材料を持ってきては何かを作って、最終的に爆発させている。
装備職人としての才能と技術と、工廠妖精たちとの相性は天才的で、作る装備はどれも高性能。
エロジジィ。

敷「島」じゃないよ。

以上です。
続きはそのうち。

投下します

前回のあらすじ

 ガゴォン!

 寮長の放った大口径弾が部屋の壁をぶち抜いた。

「提督用の実弾から艦娘用の模擬弾に変えるの忘れてた。めんごめんご」

 提督にお礼参りをするために、パニッシャーくんに実弾を仕込んだまま忘れていた寮長。

「ま、どこにでもある12.7mm弾だ。艦娘が食らっても死にはしないだろ」
「夜更かしはお肌に悪いので、那珂ちゃんはお休みします!」

 那珂は白旗を振りあっさり降参する。

「でも、ここで大口径実弾ぶっ放して寮壊すのはどうでしょうか、寮長……? 流れ弾が誰
かに当たったら、洒落になりませんよ?」
「言うねぇ、小娘」

 一方川内は脅迫めいた交渉で寮長の武器を封じる。
 そして、クナイと手裏剣を取り出した。

「ふふん。あたしってばこう見えても友好関係は広いんですよ。これは前に知り合った忍者
さんから貰ったものです。+激しくプレゼント+って一セット貰いました」
「じゃ、頑張ってソレで防いでくれや」

 寮長は重火器入りの十字架そのものを鈍器に、川内へと襲いかかった。

「無理無理無理ムリ、それ、絶対ムリ……!」

 がしっ。

 川内めがけて振り下ろされた十字架を受け止めたのは、提督だった。

「も、もしかして、あたしのこと……た、助けに来てくれたの?」
「いや、別にそういうわけではない」

 川内の呟きに、提督はいつもの落ち着いた口調で答えた。

第11話 流れ弾は突然に

 時は少しさかのぼる。
 本部棟二階の東にある提督執務室。
 落ち着いた雰囲気の大きな部屋だ。窓からは、夜の海が見える。執務机に着き、黙々と
書類を書き込んでいる鈴木提督。時折顔を上げ、傍らのキーボードを叩いていた。机の上
には大量の書類とファイルが山のようにそびえている。

「司令官、終わりました」

 吹雪は声を上げ、提督の前に移動した。白いセーラー服と紺色のスカートという普通の
中学生のような少女。吹雪型一番艦吹雪。艤装は付けていないが、ベルトを付けた12.7cm
連装砲を肩から提げている。

「ご苦労」

 提督は顔を上げ、吹雪の差し出した書類を受け取った。
 紙をめくり、書かれている内容を大雑把に確認してから、判子を押す。
 それから、机に積んであった書類の一束を吹雪に差し出した。

「次はこれを頼む」
「分かりました」

 ため息は呑み込み、吹雪は書類を受け取る。
 普段は提督と秘書艦一人から三人が仕事をしているのだが、今日は普段の二倍の艦娘
が集まっていた。執務室に置いてある机に加え、組み立て式の簡易机を置き、さながら締
め切り間際の漫画家のような修羅場が繰り広げられていた。

「こんな時こそ天龍の出番クマ……。何やってるクマ、事務処理の帝王……」
「天龍さんなら、一昨日から沖縄まで遠征に行っています。帰ってくるのは、明日のお昼過
ぎの予定ですね。援軍は見込めません」

 泣きそうな顔で書類にペンを走らせている大きなアホ毛の軽巡。隣では深緑の制服を着
た長い黒髪の重巡がパソコンのキーボードに指を走らせていた。
 軽巡球磨と、重巡利根。このような事務仕事になると呼ばれる二人だ。

(天龍さんがいれば助かるんですけど――)

 二人と同じ感想を心中で呟く。
 困った時の天龍――事務仕事だけでなく、料理洗濯裁縫、機械の故障から兵站の管理、
人生相談、その他諸々。何かしら困った時は、天龍に助けを求めればとりあえず何とか
してもらえる。百里浜基地の天龍はそんな万能薬だった。現在は遠征中だが。

「吹雪」

 声を掛けられ、いったん立ち止まる。

「何でしょう、霧島さん」

 背の高い女性。黒髪に眼鏡と、巫女服のような白衣と黒いスカート。金剛四番艦、霧島だ
った。他の艦娘同様、修羅場の時は引っ張り出される一人である。
 流れるように書類にデータを書き込みながら、視線で提督の机を示す。

「提督、ちゃんといるかしら? また行方不明になったりしてない?」
「大丈夫です」

 頷いて、吹雪は提督を見た。
 さきほどと変わらぬ姿で、机に向かっている。いつもと変わらぬ真面目に仕事をする姿だ
った。何も変わったところはない。今のところは。

「君たちは人を何だと思っているんだ。行方不明って……」

 顔を上げ、提督がぼやく。
 吹雪はジト目で提督を見つめた。

「いえ、本当の事を言っているまでです。仕事片付けていたはずなのに気がつくと気配もな
く居なくなってたり、姿を探したらやはり気配もなく戻ってたり。そういうのは非情に心臓に
悪いです。せめてドア開ける音くらい立てて下さい」

 百里浜基地の提督は、割とよく消える。執務室で仕事をしていたはずなのに、脈絡も無く、
前触れも無く、気配もなく、いなくなる。しばらくするとまた唐突に元の場所に戻っているの
だ。別に仕掛けなどはない。ただ普通に資料を探しに行っていたり、単純にトイレに行って
いたり、そんな理由である。
 元々存在感が薄い上に、足音も立てずに歩いたり、無音でドアを開けたりする癖があるた
め、居なくなる時も戻る時もまともに認識できないのだ。

 誰が言ったか、提督の不在証明〈パーフェクトプラン〉!

 一度目を閉じてから、提督が反論してくる。

「一応声は掛けているはずなの――」

 ガァン!

 突如、爆音が轟いた。
 鉄鋼を巨大なハンマーで殴りつけたような、轟音。

「!」

 吹雪は息を止める。あまりの事に何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 しかし、思考とは別に身体は速やかに動いている。腰に下げていた連装砲を構え、安全
装置を外した。周囲を見る。北側の壁に大きな穴が空き、壁やガラスの破片が部屋に散
乱していた。何かが北西側から飛び込んできたようだ。
 球磨も筑摩も厳しい顔を見せている。
 壁の穴から「何か」の機動を予想し、そちらに視線を移す。提督の席。

「司令官――?」

 椅子に座っていたはずの提督がいない。
 視線を移すと、穴が空いた壁と反対側の壁にめりこんでいた。制服の右半分が吹き込ん
で、壁にいくつもの亀裂が走っている。壁を貫通してものが直撃したのだろう。

「敵襲ですか……。誰かは知りませんけど、いい度胸ですねぇ」

 静かに囁き、霧島がどこからとなく巨大なリボルバーを取り出している。室内では大型の
艤装を使えないため、通常の武器を持っているらしい。

「いや、違うようだ……」

 霧島の言葉を否定しつつ、むくりと提督が起き上がる。
 身体に張り付いた木の破片や埃を手で払いながら、立ち上がる。その動きに淀みや遅
滞はない。まるでちょっと転んだだけとでもいうような気楽さだった。

「司令官、大丈夫――です、か?」

 何かが飛んできた穴へと警戒は解かぬまま、吹雪は提督に声をかける。壁を貫通して飛
んできたものが直撃したのだ。正体がなんであれ、生身の人間がそんなものを食らってら
無事であるはずがない。
 提督は破けた制服を眺め、ため息をつく。

「あまり大丈夫ではないな。一週間前に新調した制服が破れてしまった……。直すにしろ新
しく買うにしろ、痛い出費だ。この辺りは経費で落ちないからな」
「いえ、そちらではなくて――」

 脱力しそうになりつつも、気合いで緊張を維持しつつ、吹雪は提督を観察する。服は破け
ているものの、身体にケガらしいケガはない。
 普段から鍛えているおかげで頑丈――というのは提督の弁であるが。

「相変わらず頑丈ってレベルじゃねークマ……」

 あきれ顔で提督を眺め、球磨がぼやいている。
 提督が右手を持ち上げた。手を開く。
 潰れた弾丸が手の平に乗っていた。拳銃などに使われる小さなものではない。長さのあ
るライフル弾である。しかもかなり大口径の。

「.50口径弾だ。この辺りでこの弾を使う輩は、寮長しかないない。で、そこの壁を貫通して
私に命中したということは、撃ったのは――巡洋艦寮二階東の角部屋。つまり川内姉妹の
部屋だ」

 と、壁に空いた穴を見る。

「あらあら……」

 口元を押さえ、筑摩が冷や汗を流している。
 吹雪は無言で連装砲を下ろした。何が起こったのかは大体分かった。寮長が川内姉妹
の部屋でパニッシャーくんを発砲し、流れ弾が提督を直撃したようである。

「三十分で戻る。片付け頼む」

 言うなり、提督は壁に空いた穴から外へと飛び出した。


  ◆ ◇ ◆ ◇

 あたしはその場にへたりこんだまま、提督を見上げていた。
 白旗を持ったまま、那珂も呆然と提督を見つめている。
 いきなり現れた提督。あたしめがけて振り下ろされた十字架を受け止めた。内部の重火
器と外装、合わせて数百キロはある十字架を、無造作に素手で掴んでいる。
 常日頃から鍛えてるって言ってたけど、こうして見ると凄いね、うちの提督……。

「どういうつもりだ。提督ゥ?」

 凶暴な笑みを見せつつ、寮長が提督を睨み付けている。でも、頬には薄く冷や汗が浮か
んでいた。さすがの寮長でも提督と対峙するのは分が悪いみたい。
 提督が十字架を横に払いのける。

「重要な仕事を片付けていたら、流れ弾が飛んできて私に直撃した。何があったかは大体
想像が付くが――ここで実弾をぶっ放すのはさすがに感心できないな。始末書はきっちり
出して貰うから、一緒に来なさい。今すぐに」

 淡泊な眼差しで寮長に最後通牒を突きつけた。

「うぅ」

 顔を引きつらせて、寮長が一歩後退る。
 アレだね。一番最初に那珂めがけてぶっ放したアレ。壁貫通した後のことは気にしてな
かったけど、よりによって提督に直撃していたみたい。ま、どこかの人間なり艦娘なりに当
たるよりは、提督で良かったと思うよ。あたしは。あの人凄く頑丈だから、12.7mm弾くらいじ
ゃびくともしないしね。

 ……提督って人間かな? かなり本気で人間じゃないと思うんだけど。

「しゃあねぇ」

 寮長は十字架を下ろし、左手でがしがしと頭を掻いた。

 ドゥ。

 提督の腹に、十字架が押しつけられた。

 え?

 唐突な行動に、あたしは瞬きをする。寮長が口にした台詞、そして居合いよろしく下ろし
ていた十字架を提督に突きつけたという現実。それらが導くのは――

「35mmパイルバンカー!」

 ドゴォゥ!

 躊躇無く攻撃仕掛けたッ!
 爆音と爆炎が部屋を埋め、提督の姿がかき消える。壁の砕ける破壊音。一瞬だけ見え
た光景を信じるなら、十字架の脚の先端から撃ち出された白い杭が、提督に突き刺さり、
そのまま外へと吹き飛ばした。壊れかけた壁をさらに破壊して。
 十字架の先端下側には、丸い穴が空いている。そこが射出口らしい。こういう武器も仕
込んであるんだ……。あたしも初めて知ったわ。

「せっかくだ! ここでくたばれええええええっ!」

 うわっ、もの凄く嬉しそうに叫んでるよ! この人!

 前へと突き出していた十字架を、寮著は引き戻しざまに振り上げた。縦に一回転させて
から、肩に担ぐ。ロケットランチャーのように。銃握を操作すると、頭部分の外装が上下に
分かれ、40mmの砲口が現れた。全ては流れるように速やかに行われる。

「40mmグレネェェド!」

 引き金を引くと同時、爆音とともに撃ち出される榴弾。十字架の頭部分は、榴弾砲をかな
りコンパクトに収めているみたい。こういう兵器って誰が作ってるんだろう? あたし気にな
ります。……工廠のエロ博士かな?

 あたしがちょっぴり現実逃避している間に。
 榴弾は空を裂いて突き進み、空中を舞う提督を直撃する。

 ゴガァァン!
 轟音とともに赤い炎の花が咲いた。月明かりとライトが照らす基地が、爆炎に赤く照らさ
れる。昼間のように明るく染まる第三広場。もう無茶苦茶――。
 赤い炎を巻かれて地面に落ちていく人影。
 寮長は肩に構えていた十字架を下ろした、前後を入れ替え、銃握を掴む。

 ガシャリ。

 十字架の脚の外装が上下に開き、重機関砲が姿を現した。弾数は知らないが、コンクリ
ートの壁くらいならたやすく貫く12.7mm弾である。
 見ると、地面に降り立つ白い人影。提督。静かに寮長を見上げている。あれだけ食らっ
て普通に着地する余裕あるみたい。

「まぁ、死なねぇわなぁ? これくらいじゃあ」

 壊れた壁の縁に脚をかけ、寮長は銃口を提督に向けた。吹き抜ける風に、濃い灰色の
髪の毛が跳ねる。猛獣のような凶暴な笑みを口元に貼り付け、声なき哄笑を上げながら。
火の付いてない葉巻が揺れている。
 明らかに殺意全開だよね……。
 そして、迷わず引き金を引く。

 ドガガガガゴゴゴゴゴゴ!

 爆裂音とともに、大量の銃弾が撃ち出される。提督めがけて。
 提督に降り注ぐ大量の重機関砲弾。着弾したコンクリートの地面が砕け、土煙が巻き上
がり、弾ける衝撃派に空気が渦を巻く。身体全体を叩く爆音。薬莢が床にこぼれる。
 生身の人間がこんな攻撃食らったら、挽肉どころか肉片すらのこらない。

「いやー、これはやり過ぎってレベルじゃないですよ」

 床に伏せ、近くに落ちていたクッションで頭を守りながら、あたしは寮長を見上げる。絶対
に[ピーーー]気で攻撃を仕掛けている寮長。普通に考えれば、銃刀法違反に殺人罪、器物破損
にその他諸々で逮捕だよね。
 でもねぇ、あたしもそれなりに長くここにいるから分かっちゃうんだよねぇ。
 うちの提督はこれくらいで死ぬような常識人じゃないって。

「全然足りないねェ!」

 高々と言い切り、寮長は半壊した壁から外へと身を躍らせていた。

登場人物
吹雪改
吹雪型 1番艦 駆逐艦
かなり前から百里浜基地にいる駆逐艦。レベルは50くらい。
実戦に出ることは少なく、普段は提督の秘書のような事をしている。連装砲は室内でも持
ち運びできる大きさであるため、ベルトで肩から提げていることが多い。
時々唐突に姿をくらます提督が悩みの種。

筑摩改
利根型 2番艦 重巡洋艦
中堅の重巡洋艦。レベルは50くらい。事務仕事の修羅場になるとよく呼ばれる。

霧島改
金剛型 4番艦 戦艦
艦隊の頭脳を自称する眼鏡戦艦。レベルは65くらい。筑摩同様事務仕事の修羅場によく
呼ばれる。艤装が大型であるため、秘書艦の仕事をする時などは外している。その代わり、
護身用にスミス&ウェッソンM500を携帯している。

前回のあらすじ

 ガァン!

「司令官、大丈夫――です、か?」

 執務室での仕事中、突如提督を襲った銃弾。
 不安がる吹雪たちに、提督は自分を襲った銃弾を見せる。

「.50口径弾だ。この辺りでこの弾を使う輩は、寮長しかないない。で、そこの壁を貫通して
私に命中したということは、撃ったのは――巡洋艦寮二階東の角部屋。つまり川内姉妹
の部屋だ」

 川内姉妹の部屋で寮長が撃った流れ弾が当たったのだ。

「三十分で戻る。片付け頼む」



「始末書はきっちり出して貰うから、一緒に来なさい。今すぐに」

 寮長の十字架を掴み止め、提督がそう告げる。

「せっかくだ! ここでくたばれええええええっ!」

 しかし寮長は迷わず提督を攻撃した。
 35mmパイルバンカー、40mm榴弾、12.7mm重機関砲。巨大な十字架に組み込まれた兵
器が提督を襲う。
 状況から放り出された川内は、ただ呻く。

「いやー、これはやり過ぎってレベルじゃないですよ」
「全然足りないねェ!」

 寮長は壊れた壁から外へと飛び出した。

第12話 ヤセンカッコ――



 あーあ、どうしようこれ?
 東側の壁が半分無くなっちゃった。修理代いくらになるんだろう。でも一応、壁を壊したの
は寮長と提督なのであたしは一切悪くありません。
 あたしはもぞもぞと起き上がり、壊れた壁の外を見る。
 艦娘寮横の第三広場で繰り広げられる決闘。

 バババッ!
 ドッ、ゴォーン!

 巨大な十字架を構え、提督めがけて重機関砲を乱射している寮長。一発でコンクリート
の壁を貫き、並の防御物すら無視し、人間を文字取り粉砕する大口径銃弾。
 しかし、提督は飛来する弾丸を見切り、避け、手で弾いている。
 うーん、こんなの絶対におかしいよね。おかしいよね! おかしいよねェ!

 ――!

 足音もなく。
 提督が一気に間合いを詰める。

 ガァンッ!

 小細工なしの正拳突きを、寮長は引き戻した十字架で受け止めた。それでも威力を殺し
きれず、寮長の足がアスファルトを一メートル近く削っている。
 やっぱり、この人たちそこらの艦娘より強いわ!

 ガッガッ、ガァン!

 続けて放たれる拳打を十字架で受け止め、

「こん、クソ司令官ンッ! 人間辞めるのも大概にしろやァァァッ!」

 ドゥ!

 寮長の蹴りが、提督を吹っ飛ばした。つま先がみぞおちに突き刺さり、そのまま大人一
人を空中へと蹴り上げる。提督ほどじゃないけど、こっちも非常識な馬鹿力!

 宙を舞う提督に、寮長は十字架を担ぎ。

 ゴッ、ガァンッ!

 榴弾が爆裂する。赤い炎が燃え上がり、熱風が吹き抜ける。
 騒ぎを聞きつけた人が、遠巻きに寮長と提督の私闘を眺めていた。

「いいなぁ、夜戦……」

 ため息とともに、呟く。
 夜戦いいよねぇ。夜戦。夜の闇に紛れて、大火力で殴り合い。砲撃翌力の弱い駆逐艦や軽
巡でも、戦艦や空母を一撃で沈める、あたしたち軽巡の最大の見せ場! あー、重巡の方
が夜戦強くない? とか言っちゃダメだよ。
 あたし、現実逃避中。

 ん?

 そういえば、あたしたちを止めるって言ってた寮長は今、外で提督とケンカ中。

「これは、チャンスかも!」

 寮長は提督に全意識を向けている。今なら、好きなだけ夜戦タイムを満喫できるよね!
 生真面目な神通はいないし、寮長もあたしたちを完全に忘れ去ってるし。この機を逃しち
ゃ川内の名が廃る!

「那珂、一緒に夜戦行こう!」

 部屋の隅で丸くなってる那珂に声を掛ける。
 しかし、那珂は白旗マイクスタンドを持ったまま、気の抜けた笑みを浮かべた。

「那珂ちゃんはとーっても嫌な予感がするので、このままお休みします」
「ま、ムリには誘わないけどね」

 12.7mm弾で撃たれかけたり、目の前で寮長が十字架振り回して暴れたり、壁ぶち抜いた
り、提督と寮長が決闘始めたりしちゃ、夜戦する気力も無くなるかもね。
 しかーし、あたしは川内。川内と書いてヤセンと読むくらいに夜戦大好きです。

「というわけで、レッツ夜――」

 ばたん。

 入り口のドアが開く。

「ッ!」

 あたしは慌てて後ろに飛び退いた。
 コレハ、ヤバイカモ。

「て、提督……」

 提督が入り口に立っている。きれいな白い制服は見る影もなく破れ、焦げ、まさに大破状
態。帽子も半分焼け切れている。むき出しの皮膚からはあちこち出血してるみたいだけど、
本人は気にしていないみたい。右肩には気絶した寮長を担ぎ、どこからか持ってきたロ
ープで寮長の十字架を背中に縛り付けている。
 提督が勝ったみたい。

 あれ……?

 もしかして――

 寮長に足止め食らった時より状況悪化してない、コレ!?

 落ち着いた提督の瞳が、あたしに向けられる。

「ちょうど人手が足りなかったところだ。これから朝まで夜戦をするから、川内も私と一緒に
来てくれないか? 元気が有り余っているなら丁度いい」
「え、えと……その夜戦って――」

 夜戦という響きは魅力的だけど、それ絶対あたしの好きな夜戦じゃないよね!

「ヤセンカッコショルイ」

 無情に提督が告げてくる。
 つまり、現在執務室で修羅場しているみんなのお手伝いデスカ……。

 コレハ、ニゲナイト――

「って!」

 逃げようとした時は既に手遅れだった。あたしの身体は、提督の左脇に抱え上げられて
いる。さながらバックか何かの荷物のように。身体に腕を回してるだけだっていうのに、ま
るで鋼鉄製の高速具をはめ込まれたみたい。提督の腕を引っ張っても身体を叩いてもびく
ともしない。

「いやああああ! カッコショルイはイヤああああ! 那珂、助けてええ!」

 あたしの助けを求める悲鳴に。

 しかし。
 那珂の姿は無くなっていた、
 寝室のドアに『那珂ちゃんお休みCHU』と書かれた札が掛けられている。下手に起きてる
と巻き込まれると思って、さっさと寝ちゃったみたいだ。さすが、回避には自信のある那珂
ちゃん。我が妹ながら、できる!
 提督が歩き出す。

「この裏切り者おおおおぉ……」

 あたしは泣きながら寝室のドアを見つめていた。


  ◆ ◇ ◆ ◇

「朝……か……」

 時計を見ると午前六時。
 提督執務室では、提督に吹雪、球磨に筑摩さん、霧島さんが書類相手に修羅場してた。
逃げることもできず、あたしはその一員に加わった。というよりも強制参加です。
 艦娘が作れる書類はあらかた作り終わり、今はみんな片付けをしている。

「もう限界、クマ……」
「ふぁ、眠いです……」

 眠そうにしている吹雪や球磨。意識は半分夢の世界に行っちゃってるみたい。
 一方、筑摩さんや霧島さんは、まだ目に意識と気合いの光を灯している。うーん、大型艦
は強いねぇ。でも、一番最初参加していた金剛さんは、途中で思いっ切り居眠りして、また
どこかに吊されているらしい。
 さすが、百里浜基地の面白い担当……。
 寮長はアタシの隣ですんすんと泣きながら始末書を書いていた。始末書に加えて大量の
修理養成書類……。自業自得とはいえ、ご愁傷様です。

 ふと――

 提督を見る。
 予備の制服に着替え、執務机に向かい、書類にペンを走らせ、パソコンのキーボードに
指を走らせている。あたしが見る限り、六時間以上ぶっ続けて事務処理をしているというの
に、全く勢いは衰えていない。こういう所は素直に感心できるよね。

「ふぁ……」

 眠い。凄く眠い。ヤセンカッコショルイは予想以上の強敵だったわ、うん。もう二度とやり
たくないね。普通の夜戦なら大歓迎なんだけど。
 あたしは目を擦り、書類の一枚を眺める。

『百里浜基地、戦艦武蔵建造指令書』

 どうやら、近々うちで武蔵建造するみたいだね。

以上です
続きはそのうち

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