にこ「私は……アイドルなんだから……っ」 (47)

 いつのことだったか、とても小さい頃。
 お父さんとお母さんは仕事で忙しくて、あまり私に構ってくれなかった。
 お父さんとお母さんが私を愛してくれていないなんて考えはしなかったけど、幼稚園のお遊戯会に来てくれる予定だった二人は、急な仕事で来れなくなってしまい、私は寂しい想いをした。
 普段から蓄積されていた鬱憤が破裂したのか、私は部屋に閉じこもって泣き続けた。
 ひとりぼっちの家で、外も暗くなっていて、寂しさと悲しさが心を締めつけた。
 よく覚えていないけど、泣き疲れたからか、私はテレビをつけた。
 映し出されたそこにはかわいい女の子が歌って踊っていた。
 きらきらと煌くスポットライトを浴びて、ふりふりのかわいらしい衣装に身を包み、笑顔でとても楽しそうに歌う女の子。
 段々と楽しくなってきて、悲しかったことも忘れて、私は笑った。
 お父さんとお母さんがケーキを買って帰ってきてごめんと謝ったので、私は口を尖らせて言った。
 
「つぎやくそくやぶったら許さないんだからっ」

 だけど私はもう怒っていなかった。
 たった数分で悲しみを取り除いて、笑顔にしてくれた女の子。
 そんな存在に、心から憧れたんだ。

鮭うめえまで読んだ

読みづらい

「はっ……はっ……はっ……」

 日課のランニング。
 隣町の人気のない公園に行って、軽く柔軟体操。
 まだオリジナルの曲があるようなアイドルじゃないから、以前九人で踊った数々の曲を元にダンスの練習をする。
 ベンチの上にデジカメを置いて、撮影したものを後でチェック。
 どうにも一人だから効率が悪いけど、なにもしない訳にもいかない。

「ダンススクールに通いたいなぁ……」

 ぽつりと溢れた望みを振り払う。
 下に三人も妹弟がいるから、お金のかかる我侭は言う気になれない。
 大学に行くお金だけでも大変なはずだから。

「わん、つー、すりー、ふぉー」

 小声でリズムを取りながら五曲通して踊っていく。
 私の周りに八人はもういない。
 でも、寂しいと俯いている暇はない。

鯖くせえまで読んだ

 u`sの活動を終えた後、残った何人かはスクールアイドルを再開した。
 卒業した三年生組のあの二人は、アイドルを目指すことなく大学生をしている。
 それでも私はやっぱりアイドルになりたかった。
 子供の頃からの夢を、たった一年の活動で満たせることはなかったから。

「にこはやっぱりそうでなくちゃね」
「カードの通りやね」

 と、二人も理解してくれた。
 それに、もし叶うなら……。

「よしっ、次!」

 一時期注目を浴びたとはいえそれはあくまでu`sでの話。
 卒業後にソロでアイドルを目指せば、矢澤にこ単体に力はない。
 アイドルは簡単じゃないんだ。

秋刀魚なげえまで読んだ

「にっこにっこにーっ♪ みんなのアイドル、矢澤にこだよーっ♪」

 インディーズアイドルライブ会場で、何度目か解らないライブをする。
 ここでの活動が私にとっての最善だ。
 何度もライブをこなしているお陰か一定数のファンもできた。
 けど、そこから先が崖のように高い。

「今日もいっぱい楽しんじゃおーっ♪」

 流れだす某アイドルグループの曲。
 決してu`sの曲は使わない。
 u`sの時に作られた私メインの曲も使わない。
 今の私はu`sじゃないから。
 矢澤にこ、一人のアイドル志望だから。

「あー……もうっ!」

 家に帰る途中の公園のブランコに座り、顔を隠して頭を抱えた。
 まただ、また失敗した。
 その失敗はとても些細なもので、観てくれた人達は気にしないかもしれない。
 だけどそれじゃ駄目なんだ。
 それじゃ嫌なんだ。
 アイドルはいつも笑顔で楽しそうにしているけど、人を笑顔にするためにミスは許されないのに。

「なんでなんだろう……」

 u`sを終えてからというもの、一人でアイドル活動をするようになってから、私はなにかしら失敗をしている。
 酷い時にはマイクを落とすという失敗もした。
 こんなこと、u`sでやっていた時にはなかったことなのに……。

「……っ」

 嗚咽が漏れそうになった。
 泣いちゃ駄目だ、こんなことで泣いてちゃ駄目だ。
 私はもう一人なんだ。
 あの時のように私を支えてくれる人はいない。
 一緒に踊る仲間はいない。
 だから、あの時よりもずっと気丈に、困難には力強く立ち向かわなきゃいけない。
 あの時以上に失敗は許されない。

「私は……矢澤にこなんだから……っ」

 自分に言い聞かせる。
 アイドルを誰よりも理解して、アイドルに誰よりも憧れて、誰よりもアイドルらしく、そして強い。
 失敗に後悔して泣いたりなんてしない。
 それが矢澤にこなんだと。

 零れかけた涙の粒を、喉の奥に飲み込んで。

「にっこにっこにー」

 力無い声で、小さく私は呟いた。

イカ臭ぇまで読んだ

 妹弟を寝かしつけてから、私も布団に寝転んだ。
 ぼうっと天井を眺めながら、今日のライブを反省する。
 どうして些細なミスをしてしまったのか。
 もっと改善できる点があるんじゃないか。
 本格的な反省はスタッフにお願いした動画データを見ながらだけど、今日起きたことを忘れないように頭の中で整理した。

 ライブの夜はどうしても弱気になる。
 自分を奮い立たせようと努力しても限度がある。
 次いで膨らむ想いは泣き言だった。

 それでも私は成長したよね? という、弱さだった。

 思い返せば一年生だった時の私は一人でアイドルをするという考えを持たなかった。
 無意識に排除していたんだろうけど、一人でアイドルをするという勇気がなかった。
 グループでなければ、という考えもあったけど、それ以上に一人であることが恐かった。
 それを思えば私は今、一人で活動をしている。
 だから成長したよね、と考えてしまう。

 ……本当にそうなのかな?

 実のところ、私は知っていた。
 誰よりも私のことだから知っていた。
 どうして一人で活動をすることができるのか、その理由を知っていた、けど。

 それは矢澤にこじゃなかった。
 アイドルになることを夢見た矢澤にこじゃなかった。

 だからその考えを否定する。
 とっくに出ている答えを間違いだと切り捨てる。
 でないと私は成長していないし、そうなると私は私に自信が持てない。
 自信を持たないアイドルが人を笑顔にできるはずもない。

「……」

 おかしいな。
 私ってこんなに弱かったっけ。
 変だな。
 成長どころか、u`sを終えてから弱くなってる気がするよ。

 でも、私は認めない。
 私は矢澤にこだから。

 季節が一つ過ぎて、夏。

「オーディション?」
「うん、夏にここでやるんだって! にこも出るでしょ?」

 よく同じ日にライブをしている内に仲良くなった彼女が教えてくれた。

「う、ん」
「歯切れ悪いなー。アイドルなりたいんでしょ? ここでライブする人で、にこ以上にアイドルになりたがってる人いないよ?」
「そりゃそうよ!」

 そりゃそうよ、なんだけど。

「じゃあ後で一緒に参加希望だそうよ! ね?」
「ふっふっふっ、遂に私が認められる時がきたようね!」
「負けないよーっ」

 本当なら胸馳せるはずなのに。
 私は今ひとつ乗り気になれなかった。
 あれ? 矢澤にこはそうじゃないでしょ?

「にっこにっこにー♪」

 お決まりの挨拶、お決まりの笑顔。

「みんなのアイドル、矢澤にこにこーっ♪」

 お決まりのポーズ、お決まりの声。

「今日も一緒に、私とにこにこー?」

 お決まりの煽り、お決まりの反響。

「よーっし。一曲目、いっくよーっ♪」

 お決まりのにこ。お決まりの矢澤にこ。

 矢澤にこはアイドルが大好き。
 矢澤にこはアイドルになりたい。
 矢澤にこはアイドルでいたい。
 アイドルは人を笑顔にする、素敵な存在だから。

 だけど、だけど、だけど、だけど、だけど。

 ねえ、矢澤にこは、笑えてる?

 ブブブッ、とスマートフォンが震えた。
 表示された名前を見て、私は出ることを少し躊躇った。

「なに?」

「ひっさしぶりーっ!」

「……相変わらずうるさいわね」

「ええ!? いきなり酷いよにこちゃん!」

「忙しいのよ。それで、なに?」

 大丈夫、絵里じゃないから。
 穂乃果ならまだ私は、矢澤にこでいられる。

「最近どうかなー? って。アイドルしてるって聞いたからさっ!」

 アイドルしてるってなに?
 ……アイドル、してるのかな?

「別に、普通よ普通」

「じゃあライブとかもよくしてるの?」

「当たり前じゃない。今日もライブだったわ」

「ええ~! 教えてよー! 毎回見に行くのに!」

「鬱陶しいから嫌」

「酷いよーっ」

「じゃあさ! 今度はいつライブするの?」
「まだ決まってない」

 嘘。

「決まったら教えてよ! 絶対見に行くから!」

 嫌だ、見にこないで。

「はいはい、それじゃね」

 こんな私を見にこないで。

「あ、待って!」
「……なによ」
「あのさ、えっと……んー……やっぱいいやっ」
「……なにそれ」
「ごめん! それじゃ絶対だよ! 教えてね!」
「はいはい」

 オーディションまでにあと二回ライブがあるけど、別に大丈夫だろう。
 この辺りは会場も多いし、そう易々と私が拠点にしている会場は解らないはずだ。

 だから、絶対に来れないはずだ。
 ……それでいいんだ。

 そしてそれは次のライブで起こった。
 起こった、というと語弊があるかもしれない。
 もうずっと前から起こっていたことなのかもしれないから。

「にっこにっこにー♪」

 違和感があった。
 だけどお構いなしに私は続けた。

「みんなのアイドル、矢澤にこだよーっ♪」

 おかしい、妙だ。
 いつもならここで「にこちゃーん!」と数名のコアなファンが応えてくれる。
 けど、今日は静まり返っている。
 奇妙なざわめきが空気を迷う。

「今日もみんなで一緒ににこにこー?」

 応えはない。
 逆にそれは心配からだろうか、コアなファンの一人が叫んだ。

「風邪でも引いたのー?」

 風邪?
 矢澤にこがライブ当日に体調を崩すなんてありえない。
 身近な例もあってとても気をつけていることだ。

sid風に書いてるのか?
あの可愛い挿絵がないと読む気失せるわ

すまんがsid知らん

「にこは今日も元気だよー?」

 あまりにもおかしかったので、私は応えた。
 それぐらいならまだしも、一筋の小さな悪寒を得た私は、聞いた。

「どうしてかな?」

 この問いに応えはなかった。
 コアなファン以外にもファンはいる。
 その全員がざわめいた。
 不安そうに、心配そうに私を見詰めた。

 そして中にはファン以外の客もいる。
 私の単独ライブじゃないのだから当然だ。
 その、やや中傷めいた声がやけに響いて聞こえた。

「なんだあいつ、全然笑ってねーじゃん。そんなキャラ?」

 私は耳を疑った。

地の文形式とはこれまた珍しい
支援


 嘘だ、私は笑っている。
 いつもと同じ矢澤にこだ、満面の笑みでお客さんを迎えている。
 一人でもたくさん笑顔になってもらえるように、元気いっぱい笑っている。

 それなのに。

「にっこにっこにー♪」

 笑っているでしょ? という、私なりのアピールだった。
 大丈夫だよ、心配しないで、といつものポーズに想いを乗せた。
 だけど一層ファンの不安は表面化した。

 違う、違うんだ、やめて。
 私はアイドルだから。
 そんな風に心配そうな顔をさせちゃダメなの。
 笑ってほしいから。
 あの日の私を笑顔にしたアイドルのように、笑ってほしいから。

「にこ!」

 舞台袖でアイドル仲間の彼女が手を招いている。
 私を見るためにチケットを買って来てくれた人も相当数いるのに、なにもせずに引き下がるなんてあっちゃ駄目だ。
 だけど、今にも膝から下が崩れ落ちそうで、立っているのもやっとだった。

にこちゃん頑張れ

 堪らず彼女が舞台に来てくれて、私の肩を抱いた。
 歌わなきゃ、と思う反面で、どう足掻いても歌えそうにない自分に打ちのめされる。

「待ってるよ!」
 ファンの一人が言った。
「風邪、治してね!」
 他の人も続いて言った。
 何人も、何人も。
 続けて大丈夫だよ、と私を案じた。

 ごめん、ごめんね、ごめんなさい。
 ただ一言伝えたかったから、重い口を静かに開く。

「……ごめんなさい」

 マイクを通してスピーカーから抜けた声にぞっとする。
 それはあってはならない声だった。
 アイドルが出していい声じゃなかった。
 生気のない、幽鬼のような声だった。

 矢澤にこの欠片もない声だった。

 アイドル仲間に凄く心配された。 
 けど、私の耳にはなにも入ってこなかった。
 会場の店長に頭を下げた。
 店長も私を心配してくれているようだった。

「あの……私、ほんとに……」

 聞こうとした言葉を飲み込んで、私は店長に言った。

「映像、ありますか?」

 家に帰るまで気が気じゃなかった。
 私が笑っていなかっただなんて、嘘に決まっている。
 きっといつものように些細な失敗をしただけだ。
 そうに違いない。

 そう思い込むこともできずに自室のパソコンで再生した映像の中で。
 彼女は最初から最後まで、一度も笑っていなかった。

「お姉ちゃん……?」

 いつの間にか妹が帰ってきて、落ち込んでいる私を不安そうに見上げていた。

「あ、ごめん、おかえり」

 途端に笑顔になった妹は、いつものように。

「ただいまっ! にっこにっこにー♪」

 と彼女を真似た。
 対して、私はそれをせず、頭を撫でた。
 笑ってあげたかったし、笑ってあげたけど。

「……お姉ちゃん?」

 妹の反応を見るに、私は笑えていないんだろう。
 縋るように小さな体を抱きしめる。

「……ごめんね」

 私はもう、アイドルじゃないみたい。

「すみません、次のライブなんですけど……はい、はい。お願いします」

 それから一週間、二週間と過ぎても私に笑顔が戻ることはなかった。
 笑った気になって鏡を覗いてもそこに彼女はいない。
 いや、彼女どころか、私は私ですらあれていない。

 お風呂の湯船に浸かって丸まった。
 アイドルに憧れてアイドルを目指して、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
 私はとことんアイドルに向いてなかったのかな。
 恥ずかしいな……私が一番アイドルを知ってるって風にみんなを指導したのに。

「……うっ」

 もうアイドルじゃないなら、泣いてもいいよね。
 我慢しなくてもいいよね。
 弱くってもいいよね。
 だから私は今の気持ちを涙で流してしまおうとした。

「……?」

 悲しかった気がするんだけど。
 妙に心はからっぽで、涙が溜まる気配もなかった。

「はっ……はっ……はっ……」

 日課だから、と言い訳をして続けるランニング。
 日課だから、と言い訳をして続けるダンストレーニング。
 未練ったらしく続けるこの行いに意味があるんだろうか。

 家に帰ると一番下の弟が駆けてきた。
 私が笑わなくなって、一番心配してるのはこの子だろう。

「おねえちゃん、おーでぃしょんするの?」

 そういえばすっかり忘れてた。
 参加希望を出したものの断っていないから、家に確認の電話が来たんだろう。
 私がこんな状態だし。

「それはね……」

 首を振ろうとしたものの止まった。
 弟が瞳に涙を浮かべていたから。

「おねえちゃんは、すーぱーあいどるなんでしょ?」

 舌っ足らずな口が問いかけてくる。
 少し離れて、二人の妹が私を見詰めていた。
 ごめんね、と出しかけた言葉を振り払い。

「当たり前じゃない」

 もう一度だけ頑張ろうと心に決める。
 私をアイドルだと信じてくれている、三人のために。
 例え、笑えなくたって。

 オーディション近日までがむしゃらに練習した。
 笑えないなら代わりが必要だ。
 今までよりももっと踊れて、もっと歌えれば問題ない。
 
 笑えなくたってアイドルになれる。
 笑わないアイドルだって極少数だけどいる。

 突然の方向転換だったから十全ではなくても最低ラインに届いた。
 あとはオーディションで精一杯やるだけだ。
 それで駄目なら終わりにしよう。
 妹弟は泣いてしまうかもしれないけど、アイドルは辞めたんだと伝えよう。

 ……u`sのみんなにも伝えよう。
 特に、スクールアイドルじゃなくなってもアイドルをやるって言ったあの子には、ちゃんと伝えなくちゃいけないね。

http://i.imgur.com/Ygs4Uvy.jpg

 オーディション当日。
 こなしたライブの数は十や二十じゃないけど、こんなに緊張した日はない。

 オーディションはお客さんも観に来ている。
 順番にアイドル志望が歌っていき、最後に審査発表という簡単な手順だ。
 それだけに一曲の価値は重い。

 客席には妹弟も観に来ている。
 今日で最後になってしまうかもしれないから、笑えなくても観て欲しかった。
 お姉ちゃん、頑張ったよ、って知ってほしかった。

「エントリーNo.4! 矢澤にこ!」

 さ、精一杯やろう。
 悔いを一つも残さないように。

「にっこにっ………………」

 ステージの中央で私は立ち尽くした。

 来て欲しくなかった。
 見て欲しくなかった。
 あんた達だけには、絶対に知られたくなかった。

 客席に八人がいた。
 数ヶ月振りに見る顔は、生涯忘れることのない八人だ。
 ライトの逆光で表情が解り辛いけど、面持ちは暗い。
 なにかしらで私の現状を知ったのだろう。

「なんで……」

 でも、来て欲しくなかった。
 私を心配したとしても、今の私を絶対に知られたくなかった。
 u`sのメンバーには死んでも知られたくなかった。

 会場は静かだ。
 本来あるはずのない静寂に満ちている。
 私が作ってしまった静けさ。
 アイドル、失格だな……。

 俯くことしかできない。
 最後のライブを妹弟に観せてあげたかったけど、歌えそうもない。
 帰ろう。
 もう二度と、誰も笑顔にはできないだろうから。

「にこは!」

 それは絵里の声。

「一人じゃない!」

!!

「にこっちはなんでも一人で抱えすぎやからなぁ」
 と希が微笑む。

「馬鹿っ!」
 真姫らしくもなく泣いていた。

「そうにゃ! にこちゃんはほんと馬鹿にゃ!」
 凛はどちらかといえば怒っていた。

「全くです、そんなに頼りないですか? 私達は」
 怒っているといえば海未が如実だった。

「にこちゃん! 無理しすぎです!」
 と花陽は今にも泣きだしそうなのをぐっと堪えている。

「にこちゃんっ!」
 らしいと言えばことりはことりのままだ。

「そうだよ!」
 そして穂乃果が言う。

「九人揃ってu`sなんだから!」

 ああ、なんでだろう。
 どうして穂乃果は、八人は知っているんだろう。
 私がしていたことを。
 なんで私が一人でアイドル活動をすることにしたのかを。

 絵里にも希にも言ったことなかったのに。
 誰にも悟られないようにしていたのに。
 無理なら叶わなくてもよかったのに。

 u`sが九人揃った時のために。
 
 沢山のお客さんが迎えてくれるように。
 
 私達のことを少しでも忘れられないように。
 
 そのために必死で一人でアイドル活動をしてきたことを、
 どうして知っているんだろう。

 私はu`sを経て弱くなった。
 一人じゃなにもできなくなってしまった。
 そんな気がする。
 だから夢が変わってしまった。

 アイドルになりたかった矢澤にこはもういない。
 九人揃って、u`sでアイドルをやりたい矢澤にこだけがそこにいた。

「だって……だって……っ」

 忘れた涙が今頃やってくる。
 笑えないのに、泣くことだけはできるアイドルなんて、誰も笑顔にできないじゃないか。
 それなのに。

「u`sは……もうないじゃない!」

 涙が止まらない。
 終わったんだ。
 私達が卒業して、u`sは終わったんだ。
 納得したはずなのに。
 わかっていたはずなのに。

 そのあともこうしてずるずると私は、u`sを忘れられなかった。
 大好きな八人を忘れられなかった。

「やろう!」

「……え?」

「もう一度! u`sをやろう!」

「カードは……見るまでもないな」

「四年生になるまでは、割と時間あるしね」

「やるにゃー!」

「やりましょう!」

「仕方ないですね」

「にこちゃん!」

 柵から身を乗りだして、真姫が叫んだ。

「にこちゃんは! アイドルでしょ!」

 熱い矢のような言葉が胸に突き刺さる。
 それは真姫なりのエールだったんだろう。
 もちろん、その後に続く言葉も解っている。

 アイドルは笑顔を見せるんじゃない、笑顔にするんだ。
 だけど人を笑顔にするなら、アイドルは笑顔でいるべきだ。

「私は……アイドルだから……っ」

 笑え!
 矢澤にこ!

「にっこにっこにーっ♪ あなたのハートににこにこにー♪ 笑顔届ける矢澤にこにこーっ♪」

「心配かけちゃってごめんねっ♪ でももう大丈夫、大復活にこっ♪」

「そしてっ♪ 一人でするライブは、今日が最後になりますっ♪」

「だからみんなっ! 最後のライブ、最後の曲! おもいっきし楽しむにこっ♪」

 u`sの曲は一人じゃやらないって決めていた。
 私はu`sじゃないから。
 だけどごめんね、みんな。

 このライブが最後になると思って。
 だから、最後ぐらいはいいかなって、使わせてもらったんだ。

「"僕らのLIVE 君とのLIFE"!」

 それじゃあ私のライブ、始めようっ!

~二年後~

「そういえば穂乃果、ずっと前になにか言いかけてやめてたけど、なんだったのあれ」

「え? いつ?」

「……ずっと前よ、ずっと前。私が大学入った夏ぐらいの」

「……ああっ! にこちゃんが病んでた時の!」

「病んでた言うな!」

「ごめんごめん。えっと、なんだったかなぁ」

「流石に覚えてないか……いいわ、昔のことだし」

「あ、覚えてないけど、でも、なにを言おうとしたかは解ってるよ!」

「……なに?」

「みんなが言ってくれたこと!」

「……?」

「にこちゃんは一人じゃないよ、って。だから一人で頑張りすぎないでねって。そういうことだよ」

「……あっそ」

 私達は円陣を組む。

「……一言だけいい?」

「はいにこちゃん!」

「えっと……私の我侭みたいな形で再開させちゃって、ごめん。それだけ言いたかったの」

「……ばっかじゃないの?」

「ほんと馬鹿だにゃー」

「にこが言い出さなくても誰かが言い出してたわよ。穂乃果とかね」

「確かに言いそうです」

「ほんとだね~」

「うん! 言っちゃいそう!」

「……それもそうね」

「でも、なんだかんだで期間内にここまで来れたことには驚いたわ」

「私達もう三年生やもんね」

「来年からは就活か……にこはどうするの?」

「私は永遠のアイドルに決まってるじゃない!」

「もう一人じゃないですしね~」

「べ、別に真姫がいなくてもアイドルやってるわよ!」

「はいはい」

「お願いしまーす!」とスタッフさんが出番を教えた。

「よーっし! それじゃ行くよ! u`s!」

「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」


 これが本当のラストライブ。
 悔いを残せる暇なんてない。
 この日は一生刻まれる。

 u`s、最初で最後の武道館単独ライブ。
 私は最高の仲間達と共に前へ進んだ。
 最高の笑顔と共に、最高の笑顔にできる仲間達と共に。

「にっこにっこにーっ♪」

 宇宙No.1アイドル、矢澤にこ。
 今日もみんなを一番の笑顔にするわよっ!


end

一つ言わせてもらうとやっぱなんだかんだ名前付けてほしい

11話を見てほのきちな俺がにこにー愛爆発して書いてしまったすまん
暇潰しになれば幸い

>>45
正直名前付けるのが面倒でSS書くの辞めたんだわごめん
九人集まると混乱するわな

おつおつ

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