数歩先のキミ (49)

「先、行くぞ」

キミにそう言われるようになったのは、いつ頃からだっただろうか
決してゆっくり歩いているわけではないのだが、と心中で思いながらも小走りで追う
少し先で待っているなら、歩幅を合わせて歩けばいいのにといつも思うが

「……なんだ?人の顔ジロジロ見て」

ただでさえ不機嫌に見える顔を、わざわざ歪める必要もないだろう


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そんな風に歩いていると、またもやキミが数歩先へ
なんとか合わせようとさらに小走り

「……」

悪気がないのは、分かっている
ただ、キミの歩幅がボクよりも少し先へ行けるようになっただけで
気を遣わない理由も、分かってる
分かってる、つもり

「……どうした?」

思わず立ち止まってしまっていたらしい
なんでもないよ、と手を振るとボクはまた歩きだした
もちろんキミは、数歩先

ボクの家の前で立ち止まるキミ
今度はボクが数歩先へ出て振り返る

それじゃ、また

「……また、明日」

挨拶短く、キミは反対方向へ歩きだした
そんなキミの背中が小さくなるまで、ボクはキミの方を見ていた
逆方向なのだから、と言いたいけれど
言いたくない気持ちのほうが勝ってる今の状態……いいのやら、悪いのやら

考えても仕方ない、か

湯船に浮かぶキミの顔に、ぱしゃりとお湯をかけてボクはお風呂を後にする

毎朝ボクは、鏡を見る
自分の顔が好きなわけじゃない
むしろ変な事になってないか、確認するためだ

……よし

朝食を終え、母と挨拶を交わすとボクは家の外へ向かう
朝の道は一人、別に寂しくなんかない
学校までの辛抱なのだから

「……」

眠そうに歩くキミの背中を見つけて、ボクはそっと隣を歩く

「……うす」

平素より数段不機嫌そうな顔を、少し上目に見つめ

うす、おはよう

見上げるようになったのがいつだったかは、もう覚えていない

「……それで足りんの?お前」

積んだパンの山からつまみ上げたカレーパンを齧りながら、キミが問うので
ボクはその問いに答えず小さなお弁当箱の中を空にして、箸を置くことで答えとする
その間にキミはパンの山を崩し、最後の一つを食べ終えていた

「……もう少し買ってくりゃよかった」

机に両手を組んで乗せながらそう言うキミに、ボクはやれやれと言った顔で栄養食品系のお菓子を取り出す

「いいのか?」

別に構わないけれど

ボクの返答を聞くやいなや、手を伸ばすキミ
このために持ってきたのは、もちろん秘密

続く

勤務先のキミに見えた

午後の授業は……いや、授業と言うのは実に退屈で
ボクは欠伸を我慢する方に必死だった

「……」

キミも同じで、授業はそっちのけで机とスキンシップを取るのに忙しいようだ
決定的な違いは、キミは勉強も嫌いってことだろうか?
そんなキミを眺め続けて、気付けば放課後だった

「……ん」

……お?

帰りの下駄箱で、キミの棚から落ちてきた一通の手紙
ボクは指先でヒョイっと摘み上げ、キミに渡す
今月の一通目だ

「……」

無言で封を破り、一通り目を通したキミは

「……悪い、少し待たす」

とだけ言って、旧校舎の方へと向かった
ボクはそんな彼に背を向けて、正門へと向かう
門の壁にもたれて、ふぅと息を一つ
なかなか慣れない、この間は

しばらくして、ボクの背中に

「待たせたな」

というキミの声が聞こえた
ボクは首だけ動かし、横目でキミの方を見る
キミの横には、顔を赤くした女の子
顔を見たことないので、多分1年生

「……送ってあげたい、構わないか?」

なんでボクに聞くのかね、キミは
返事なんて分かりきってるくせに、ボクが駄々をこねたらどうするつもりなのさ

並んで歩く三人に、会話はない
無ごんは好きな方だが、こういう無言は得意じゃない

「……」

ちらり、と横を歩く女の子を見る
可愛らしいツインテールを揺らしながら、終始俯いて歩いている
好きになった相手がキミじゃなきゃ、上手く言ってたと思う
少なくともボクはボクよりもいいと思う

「……ありがとうごさいました」

知らない家の前で、後輩ちゃんがぺこりと頭を下げた
多分、ここが後輩ちゃんの家なのだろう

「いや……構わない」

「……」

最後にキミをじっと見てから、家の中へと走っていった後輩ちゃんの背中を見送ると、ボクはそのまま歩き出した
付いてこようとしたキミを、指だけで制して歩き続ける
今日は一人で帰りたい気分だ
こんな表情見せたくない

今回のようなことは初めてではなく、もう何度もあったことで
きっと今後も起こりうる事なので、慣れねばいけないとは思うのだけれど

……ボクだってなぁ

なんで断るのか、聞いてみたいけど
分かりきってるつもりの答えが、違った時が怖くて

……てい

ボクはこうして、宙に浮かぶキミの顔に手刀を入れることしか出来ないわけだ

続きはないのか?

……今何時だろ

寝ぼけ眼を擦りながら、愛用の無骨な目覚ましを掴むと、針が6と12を指していることを確認した

……はぁ

別に早起きしたいわけではないのだが、ボクは休日に早く目が覚めるタイプなのだ
眠気はまだあるが、ここで寝てしまうと今までの経験からおそらく昼を越えてしまう

散歩でもしよっかな……

朝の散歩というのは、思わぬ発見があったりするものだ
軽い服装に着替え、僕は家を後にして

「……やけに早いな」

数分で後悔することになる

公園に並んで座るキミとボク
汗を拭うこともせず、先ほど自販機で買ったスポーツ飲料を一気に飲み干すキミを、ボクは複雑な気持ちで見ていた
キミに会えたのは喜ばしいことなのだけれど
パジャマと変わらぬ格好に、ぼさぼさの頭
こんな姿、見せたことなかったのに
すぐにでも帰ってしまいたかったけど

「……?」

汗で少し濡れたキミの横顔を、もう少し見ておきたかった

再び走り出そうとするキミに、ボクは聞いてみる
運動部でもないのに、なぜ走っているのか?と
キミは立ち止まり、振り返るとボクの方をしばらく見ていたが、やがてあらぬ方を向きながら

「……自己鍛錬」

とだけ短く答えて、去っていった
昔からキミはそう……嘘をつくとき視線を逸らす

……ふふ

時計を見ると、そろそろ朝食によい時間だ
軽い足取りで、ボクは帰路についた

その日もいつもと変わらず登校し、退屈な授業の後に下駄箱へ

……ん

いつもとは違う位置から落ちてきた手紙は、ひらひらと舞いキミの足元へ
キミはそれを指先で摘み、くるりと回すと

「……お前宛だ」

悪い冗談だと思いたかったが、宛名の名はたしかにボクの名だ

「……待ってた方がいいか?」

キミの言葉に、ボクは溜息混じりに

なるべく早く戻るよ

としか言えなかった

……ここ、かな?

待ち合わせの場所は、体育館の裏
少し奥の所とはいえ、人目に付いてしまいそうで少々気がかりだ

「あっ、せ、先輩……」

どうやらボクのお相手も後輩らしい
背はボクより高いが、男の子の平均としては高い方ではなさそうで
立たずまい的にも、少し女々しい感じの男の子だ

「その、手紙……読んでいただけました?」

ん、あぁ……これ?

確か中には待ち合わせ場所しか書いてなかったきがしたけれど……

「えと……来て下さったって事は、その……?」

あぁ、なるほど
来るかどうかを返答代わりに考えていたのか
こういう時どうしたらいいんだろう、聞いておけばよかった

「……」

ボクがああでもないこうでもない、と指をくるくる回しながら考えていると
何かを察したのか後輩くんが

「……もうすでに付き合ってる方とか、いらっしゃったりしました……?」

と、恐る恐る口を開いた
言われてパッと浮かんだのは、もちろんあの顔
でも付き合ってるかと聞かれると、はっきり答えられるわけでもなく

別にいないけど……返事はOKでも無い、かな

浮かんだ顔をくるんっと回ってかき消しながら答えたボクの言葉に
後輩くんはガクン、と肩を落とした
実に分かりやすい子だ、キミとは大違いだ

「……友達から」

ん?

肩を落としたと思った後輩くんが、ぐっと拳を握りながら
ボクの方をじっと見つめて、言葉を続けた

「友達からなら、いいですか!?」

「……」

「……」

並んで歩く三人に、またしても会話は無い
両手に花、とでも言おうかこの状況
どことなくピリピリしているように感じるのは、気のせいだろうか?

「あ、自分の家ここなので……」

ボクの家からも、キミの家からも中間の辺り
それが後輩くんの家だったらしい
ボクの方に手を振って来たので、ボクもそれに答えると
駆け足で後輩くんは引っ込んで行った

「……帰るぞ」

短くそう言って、歩き出すキミの背を
ボクはいつものように追った
だけど、今日はなかなか追いつけなくて
こんな風に拗ねるキミが面白くって、ボクは呼び止めずしばらく背中を見ていることにした

続く

「先輩、お昼は既に取られましたか?」

久しぶりにキミのいないお昼、背中から掛けられた声に立ち止ると
弁当を小脇に抱えた後輩くんの姿がそこにあった
キミがいないせいで、お昼をどうしようか迷っていたボクのお腹がきゅるりと鳴ると
後輩くんはすぐにササッと包みを開き、ボクに差し出した

……これは?

丁寧に作られたおかずは、冷凍食品のそれではなく
いわゆる手作り弁当、というやつがそこにはあった

「た、食べてくださいっ」

それだけ言って立ち去ろうとする後輩くんの腕をくいっと引き
ボクはお気に入りの屋上へと歩を進める
一人で昼食というのはちと寂しいし、何より弁当箱そのままは困る

「どう……ですか?」

ぱくり、とボクが一口食べたところで
後輩くんは心配そうにボクの方を見つめた
悔しいが、ボクの作ったお弁当の数段上の出来
そもそもボクは食べれたら別にいいや、ぐらいなので味は二の次なのだ

いや、言い訳か……

「?」

言葉と一緒におかずを飲み込み
半分ほど食べたところで、箸を置く

「あの、やっぱりお口に?」

やたらと心配そうにする後輩くんに、ボクは小さく笑みを返して

味は素晴らしいよ。ただ……ボクは小食でね

そう答えて、お腹を擦る
後輩くんは「あぁ、すいません」と頭を下げると、弁当を畳み始めた

畳む前にキミも食べてみるといい、ほら

風呂敷に包まれかけていたお弁当を再び開くと
先程まで突いていた箸でおかずを掴み、後輩くんの口元へと運ぼうとする
しかし後輩くんは顔を真っ赤にして「わわわっ」と声を上げると

「べ、弁当箱は明日でいいですーっ!!」

と言い残し、ピューッと去って行った

……おかしな子だ

箸をぺろり、と舐めながらボクはそう呟く
中身、どうしよう

「……なるほど、うまい」

空の弁当箱に手を合わせるキミに

な?

と相槌を打ち、弁当箱を風呂敷に包むボク
結局、あの後キミが教室へ戻ってきたので
食べきれなかった中身を処理してもらう事にしたのだ

そう言えば、補習はもう?

「……あぁ、ずっと寝てたら帰らされた」

当然のように言い放つキミに、ボクは溜息で返す
勉強に不真面目なのは構わないが、呼び出されるほどとなると考え物だ

勉強、教えてあげようか?

「……」

眠そうな顔で、ボクの視線から目を逸らすキミ
まぁ、押しかけてやれば嫌でも勉強してくれるだろう

「……む」

……ん?

放課後、帰り支度を進めていると
ひょこっと教室の入り口に、黒い髪の毛が見え隠れした
教室に残っている同級生などほとんどいないので、こんな時間にここへ来るのは……

行ってあげなよ、ほら

「……うむ」

キミの姿を見て、嬉しそうに髪を振る後輩ちゃん
なんだか小動物みたいだ、と視線を送っていると目が合った

「……」

……あはは

ジトーッとこちらを見つめた目は、見つめると言うより睨み付けると言ったもので
実に分かりやすく敵対されたものだ、とボクは溜息を一つ

「……帰るぞ」

そんなことを知らずか、はたまた知った上でか、キミがボクを手招きした

……はいはい、今行くよ

結局の所、ボクとキミって一体何?
なんて思っても仕方ないから、ボクはキミの数歩後ろを歩くしかないわけだが

続く

いい……

後輩ちゃんとボクでキミを挟んで、三人で並んで歩く
今日も会話は……

「あ、あのっ、先輩っ」

「……ん?」

キミに向けて、後輩ちゃんが声を掛けた
かなり勇気を振り絞った結果なのだろう、声が少し震えている

「あ、えと、その……す、好きな食べ物はなんですか!?」

「……食べれるもんなら、大体」

「えっ、じゃあ、じゃあ……好きなスポーツ、とかは!?」

「……体動かすのは、大体好きだな」

「あぅ……」

横で見ていて、そのやりとりが面白くて
ボクはついクスリと笑ってしまう

「……むー」

……おっとと

後輩ちゃんに睨まれて、慌てて笑みを手で押さえる
好きになった相手がキミじゃなければ、もっと楽だったろうに
いけないいけない、また笑みが……

後輩ちゃんを家まで送り、キミが背を向けた所で
その後に続こうとしたボクの袖が、くいっと引かれた

「……」

……なんだい?

明らかに敵意に満ちた後輩ちゃんの視線を真っ直ぐ見つめ返しながら
ボクは小さく言葉を返す

「……私、負けませんからっ」

ビシッ、とボクの方に指を向けてから
くるりと踵を返し、後輩ちゃんは家へと戻って行った

……やれやれ

今までキミに告白してきた子は、大抵ボクとキミの様子を見て諦めていた
だから……今回のようにむしろ燃える、という子は初めてだ

ライバル登場、かね?

「……む?」

しかしそういう視線で考えてみると、キミとボクの関係は不思議な感じで
付き合っているわけではないが、こうして一緒に帰るのが当たり前のようになっている
以前は並んで歩いていたのだけれど、今はキミが数歩先
ボクは早足でキミの隣に並ぶと、キミを見上げた

……じー

「……?」

やっぱりキミがどう思ってるのか、目を見ただけじゃ分かるわけもなく
不思議がるキミを残して、ボクの家の前で別れた
たった一言、聞けば解決すること
それはずっと前から、分かってるし……聞かなければ解決しない事も、分かってる

……後輩ちゃんの方が、よっぽど潔いねこりゃ

壁にもたれて、ふーっと溜息

……でも

でも、もう少しこのままで……続く限り、このままで
そんなことを思ってしまうボクは、後輩ちゃんのように強くはなれない

次の日、昼休み
今日はキミの姿を見失わないよう、目を光らせておく

「先輩、今日も作り過ぎちゃって……」

「……ん」

……

何を咄嗟に隠れているんだボクは、これじゃまるで覗きではないか
そうだ、別にキミがどうしようが自由……
ボクの思い込みの答えは、必ずしも100%合ってるかなんて分からないんだ

「……先、輩?」

……っ

目の前に、後輩くんが現れた
後輩ちゃんと同じでボクを探していたのだろうか
いや、それも思い込みか?

……すまないね、情けない顔を

「……いえ」

気まずい沈黙、嫌いな空気だ

「お弁当、食べます……?」

ちらり、と一瞬キミの方を見て
もうすでにキミの姿が無いことを確認して、ボクは答える

……ありがたく頂戴しようかな

「……先輩、やっぱりあの方の事が好きなんですか?」

……む

弁当を半分ぐらい食べた所で、後輩くんが口を開く
ちょうどよかったので箸を置いて弁当を畳むと、ふぅと息を吐く
第三者から改めて聞かれると、どうなのだろうか?
いや、わざと難しく考えて誤魔化すのはやめよう

そうだね、キミの申し出を断ったのはそれが主な理由だ

キミに向けてじゃなければ、こんな簡単に言えるのに
ボクはぎゅっと草を握りしめる

「……」

後輩くんは、どう言葉を掛けていいのか分からずにボクを見つめている
キミとは正反対の、弱弱しい瞳

……逆にキミは、どうしてボクを?

「えっ」

またボクは誤魔化すように、そんなことを言う
近いうちに聞こうと思っていたが、この状況で言うのは卑怯だ

「……えと、その……不純に思われるかもしれませんが……」

そう前置きしてから、後輩くんは少しボクの方へより

「……瞳の綺麗さに、一目惚れを……」

……一目惚れ、か

「……はい」

後輩くんは素直に気持ちを打ち明けてくれた
別に不純だとは思わなかったし、それで後輩くんを嫌ったりはしない
だけど、これだけ好意を向けられても

……

キミの事が心から離れない
こういう機会が無ければ、一生このままだったかもしれない
この言葉は、後輩くんを傷付けてしまうのだろうけど

……後輩くん、ありがとね

「……はい」

返答だけ残して、ボクは歩き出した
後ろは向かない
向いても何も変わらないし、きっともっと傷付けることになる

……ごめんね、後輩くん

続く

案外あっさり、キミは見つかった
教室の前でボーッと突っ立っていたもんだから、こちらとしては拍子抜けで

「……よう」

……ん

いつも通りのキミに、ボクだけ覚悟を決めてきたのがなんだか不服で
ムスッとした顔をしていると、キミがボクの顔を覗き込み

「……あいつと何かあったか?」

と、不機嫌そうな表情をした
なんだ、ボクだけじゃなかったのか
少し意地悪そうにボクは笑って

何にもないよ、何にも

と意味ありげに答えてみる
みるみる不機嫌さを増していくキミの顔
いけない、こんなことをしたいわけじゃない

……キミの方こそ、何かあったんじゃないか?

「……あぁ」

ボクの質問に、少し間を置いてキミが答える
続く言葉にボクはつい身構える

「……気になるか?」

少し意地悪そうに笑うキミ
しまった、やり返された
しかしどうやらキミもそういう事がしたかったわけではなく
微妙な表情でボクらは見つめ合ってしまった

こうして改めて意識しだすと、どうも変な感じで
その後なんだかんだで会話が続かず、放課後まで持ち越してしまった

「……」

……

今日は久々に二人での帰り道
相変わらず会話は無くて、キミはボクの数歩先
でも、これじゃダメなんだ

……

「……?」

キミの隣まで、早歩きしてから
ぎゅっと握ったキミの手は、ボクよりずっと大きくて

……温かいね、キミの手

「……そうか」

久しぶりのキミの隣は、とても居心地がよかった

居心地のよい時間と言うのはあっという間なもので、気付けばボクの家の前

「……じゃあ、この辺で」

そう言って去ろうとするキミだったが
ボクが握った手を離そうとしないと分かると、すぐに立ち止ってこちらを見た

「……」

……

ここで手を離したら、またキミが先へ行ってしまうような気がして
勇気を振り絞ろうと、ボクが口を開こうとしたところで

……っ

「……」

言葉が、塞がれた
突然過ぎて、全く行動出来なかったが
別にというか、もちろんと言うか……嫌ではなかった

続く

消しても消しても、次から次にキミが現れるものだから
ゆっくり風呂にも入っておれず、ボクはすぐに湯船を後にした

……

まだ顔が赤い
物事には順序と言うものがある
それをキミは突然……あんな……

……っ

思い出す過程でまた湧いてきたキミを、今度はパンチで吹き飛ばす
こんな寝た方がいい、経験則がそう告げる
明日が休みで、本当によかった

「……うす」

……

休みでよかった、と思っていたのに
目の前に現れた『本物』のキミにボクは唖然となる
早朝に来客など珍しいとは思ってはいたが、まさかキミだなんて

ちょ、ちょっとそこで待ってて

「……おう」

とりあえずどたばたと二階へ上がると、急いでパジャマを着替える
鏡を見て髪型を整えていると、こんな姿でキミの前に出てしまったのかと顔が赤くなる
いけない、こんな顔でキミの前に行くわけには……

……お待たせ

結局、キミの前に戻って来たのは数十分経ってからで
キミはそんな時間を意にも介さず、突っ立っていた

「……」

無言でこちらを見つめるキミ
そんな視線、今までしたことがなかったじゃないか
変にこっちまで意識してしまう

……

「……」

こういう沈黙、実に苦手だ
どちらかが言葉を発しなければ、ずっとこのまま
でも、何を言えば……

何を言えばいいかなんて、決まってるじゃないか
キミに先を越されてばかりでは癪だ
これぐらい、ボクが先に行っておきたい

ボクの事、好きかい?

我ながら素直じゃない物言いだが
キミはやはりそれを気にする様子も無く
真っ直ぐとボクの視線を見つめ返して

「……あぁ、好きだ」

とだけ、短く答えた

……そっか

こんな簡単な問答をずっと先延ばしにしていたのか、と
心の中で苦笑しながら、ボクはキミに近づいて
玄関の段差を利用しながら背伸びをした
こういう沈黙は、嫌いじゃない

続く

あんな事があったにも関わらず、ボクらの関係が大きく変化することはなく
毎朝一緒に登校する訳でも無く、キミの肌が触れる時間はボクよりも机のほうが長い
かと言って、なんだかんだボクから何かできるわけでも無く
今もこうしてキミはボクの数歩先を……

「……どうした、行くぞ?」

当たり前のように差し出された手に、面食らうボク
不機嫌そうなキミの顔も、今日は少し赤い

「……嫌なら、いい」

すぐに手を引っ込めようとしたキミの手に、ボクの手を絡めて
満面の笑みで、キミの隣に立つ

さ、帰ろう

「……ん」

キミの口元にも、笑みが浮かぶ
これからも、キミの隣で……ずっと


笑ったほうが可愛いよ

「……む」

終わり

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