千早「あまやどり」 (20)
近所のスタジオでのボーカルレッスンの帰り道、雨に降られた。
私と一緒に来ていた真と、シャッター街の中で見つけた小さな公園の屋根の下に駆け込んだ。
「すごい雨だね、びしょ濡れだよ」
「そうね……風邪は引いてない?」
「どうだろ。千早は?」
「私は平気そう。タオルを持っていれば良かったのだけれど……ごめんなさい」
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屋根の下の砂場は使われていないのか、ブルーシートが被せられている。
他の遊具もところどころ色が落ちて、雨に当たって、なんだか物悲しさがあった。
「……雨、やまないわね」
「うん」
真は濡れていなかったベンチに腰を下ろした。
「千早は、さ」
「え?」
「プロデューサーが765プロを辞めること、どう思ってるの」
真は目を合わさず、砂場の方をぼーっと見ている。
問うことに興味が無いのではなく、無理やり興味を逸らしているような。
「私は……仕方のないことだと思う」
プロデューサーは何人ものアイドルを導いてくれた。
私と真は残念ながら、あまり日の目を見ていないけれど。
「アイドルに対する考え方とか、そういうのを教えてくれたのはプロデューサーだから」
「……うん」
「プロデューサーが夢を追いかけるなら、幸せになってほしいって思うわ」
真は伸びをして、
「千早は大人だなぁ」
「大人?」
「うん。ボクはまだ、ちゃんと頭の中、整理出来てないからさ」
背中をベンチに預けて、真は立っているままの私と目を合わせた。
隣に座ってみる。
「……これからプロデューサーはさ」
「ええ」
「他の事務所に行って、ボクたちのライバルを育て上げるんだよね」
「そう、なるわね」
どこかのアイドル事務所に行って、765プロの経験を活かしたい――と聞いた。
プロデューサーが765プロにやって来た時、私もプロデュースしてもらえるのか、と少しだけ気になっていた。
けれど、私は担当アイドルには選ばれなかった。
「ボク、プロデュースしてもらえなかったのに、オーディションで対決する、ってなったら勝てるのかな」
真も同じ。
春香と萩原さん、我那覇さんのユニットは売れに売れて、今は向かう所敵なし。
「私は、勝ちたいと思う」
「勝ちたい?」
「ええ。私を担当アイドルに選ばなかったこと、悔しがらせるぐらいに」
「……」
真は黙ってしまった。しばらくして、「そっか」と腕を組んだ。
「真」
「うん?」
「私、鳥みたいに羽ばたいていきたい。アイドルから、ヴォーカリストになりたいの」
今はまだ、飛ぶ力が足りないけれど。飛び方を教わって、大空に向かって行きたいと思っている。
鳥は親鳥が教えてくれる飛び方の享受がなければ、空を見られない。
「もし、良ければでいいのだけれど」
「うん」
「私と一緒に、デュオとしてトップアイドルを目指さない?」
「……デュオ?」
「ええ」
律子から聞いた興味深い話がある。
世の中には、セルフプロデュースで成功しているユニットがいくつもある、と。
「で、でもプロデューサーは……? 律子は竜宮で手一杯だし」
「私が、兼任しようと思う」
「それ、セルフプロデュースってこと?」
「そう」
もちろん、プロデュースの勉強が必要になる。
私はプロデューサーに選ばれなかったから、あの人の手腕は分からない。
律子に勧められた、この話。千早なら両立できるかもしれない、と言われた。
本当は律子がプロデューサーをしてくれれば、一番良いけれど。
「……ボクで良いの?」
「真が良い」
真は照れくさそうに頬をかいて、「よしっ」と立ち上がった。
久しぶりに、真の笑顔を見たと思う。
「よろしくっ、千早」
「ええ、よろしく」
差し出された手を握って、私も立ち上がる。
「……急いで事務所に帰って、みんなに言おうと思ったけど」
真が屋根から少し飛び出して、商店街の方を見やる。
「雨、やまないね」
「……そうね」
調子狂っちゃうな、と真は溜息をついた。
「それなら、こういうのはどうかしら」、と提案をする。
「え? なになに?」
「どんな曲を歌って、踊りたいか。案を出してみるの」
生まれたばかりのデュオが、殻を突き破って、大空へ羽ばたけるように。
「通り雨だと思うし、気づいたら止んでると思うけれど」
「千早、名案だね! それじゃ、雨が止むまで話そっか」
「ふふっ、そうしましょう」
再びベンチに座り直して、将来の希望を楽しく語りだす。
未来はまだ見えないけれど、雨屋で鳥たちは一歩、踏み出した。
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