春香「明日が来るなら」 (31)

疲れたな

今日も1日働きづめだった

事務所から実家までの終電を待つホームで私の携帯が鳴る

千早ちゃんからのメールだ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
お疲れさま
明日は何か予定あるのかしら
もし空いているようであったら買い物に付き合って欲しいのだけど…
ダメかしら?

そんな聞き方ずるいよ

ただでさえ千早ちゃんから誘ってくれるの珍しいのに

断れる訳ないじゃん

少し口元が綻んだのが自分でも分かった

千早ちゃんへ急いでOKの返事を打つ

金曜の夜はどうしてこんなにもうきうきしてしまうのだろう

ホームにいるサラリーマンは皆顔を赤らめて

楽しそうに話し込んでいる

どこかでいっぱい引っかけてきたのかな

私も早くお酒飲める歳になりたいな

「えーまもなく1番ホームに各駅停車…」

アナウンスが私を現実に戻し

ホームの左奥から電車のライトが眩しく視界に入ってきた

うほっ

えほっ

携帯のランプが点滅している

いつの間にか千早ちゃんからメールが来てたみたい

ポケットから携帯を取り出して開いたその時

ドン

左肩に衝撃

春香「きゃっ…」

ぶつかった方をとっさに見ると赤ら顔のサラリーマン

私はきっと驚いた顔をしていたと思う

相手も驚いた顔をしていた

そのままサラリーマンは列車がやってくる線路へと

沈んでいく 落ちていく

間髪入れずに電車がホームへ入ってくる

私の前を通過する電車 上がる血しぶき

顔に感触を感じて拭ってみると紛れもない鮮血が体温を放っていた

駅員「き、君今…」

駅員に声をかけられてハッとする

周りの人が皆私を見ている

春香「わ、私じゃない…」

駅員「君、と、とりあえず一緒に駅員室へいこ「私じゃない!」

気がつくと私は公園のベンチにいた

どうやら走って逃げてしまったみたい

もう帰りの電車はない

我に帰って携帯を見るとメールが4件もたまっていた

一通はさっき開こうとした千早ちゃんからのメール

次のも千早ちゃん
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ごめんなさい
明日の事だから早めに連絡が欲しくて
忙しかったら大丈夫だからね?
催促するようで本当にごめんなさい
返事待ってるわ

もう謝ってばかりなのは千早ちゃんの悪い癖だよ

しえん

次はお母さん

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
帰り遅いけど大丈夫?
今晩はあんたの好きなコロッケだからね
気をつけて帰ってきなさい

次もお母さん

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
電車乗り遅れたのかしら
それとも友達のうちに泊まってくるの?
連絡下さい

ごめんねお母さん
お父さんも心配してるよね
連絡しなきゃな

最後は

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
親御さんから連絡あったが大丈夫か?
千早も連絡とれないって言ってるし何かあったのか?
事務所にいるから出来る時に連絡してくれ

春香「プロデューサーさん…」

電話帳にお気に入り登録されているプロデューサーさんの番号

すがるように発信ボタンを押す

P「は、春香か! どこにいるんだ!?」

間髪入れずに聞こえてきたプロデューサーさんの声は

とても心地良くて心をくすぐってくれる

P「春香? 何かあったのか? 何か言ってくれ!」

春香「…プロデューサーさん、私……」

落ち着いてきたはずの心が再び揺れる

P「お前…泣いてるのか?」

春香「私……私…!」

目を閉じると落ちていったサラリーマンの顔が浮かぶ

私を見ていた周りの人々の視線が浮かぶ

P「と、とりあえず深呼吸しろ! 今どこにいるんだ?」

春香「……公園です」

結局プロデューサーさんは公園の場所が分からず

公園の近くのコンビニに迎えにきてくれる事になった

泣いてしまったせいでまた心がざわついて

私の身体が私のものじゃないように言う事を聞いてくれない

足が震える

全部夢だったら良いのに

何も特徴の無い普通の私

今日も忙しかったけど普通の1日で

明日も友達と買い物に行くっていう普通の過ごし方をして

アイドルをしている時点で『普通』の人生は送れないのかもしれないけど

普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に死んで ̄ ̄ ̄ ̄


死んで


死んで

きっとプロデューサーさんに話したら

私は悪くないっていうんだろう

じゃあ誰が悪いの?

事件はもちろん、事故でも加害者がいるよね

エレベーターが落下したっていう事故でもエレベーター会社が謝罪している

航空機が墜落したら航空会社が謝ってる

今日の出来事は誰が悪いの?

私だよね私しかいないよ

私があそこに立っていなければ

私がこの時間に帰ってなければ

私がアイドルをしていなければ

私が


私が生まれてこなければ


「春香!!」

振り返ると涙で歪んだ視界の奥にプロデューサーさんが見える

コンビニで待ち合わせって言ってたのに

探しにきてくれたのかな

公園の場所分からないって言ってたのに

私の事探してくれたのかな

思わず走り出す

公園を出て道路を挟んだ向こうにいるプロデューサーさんの元へ

「プロデューサーさん!!」

あと5m

私は光に包まれた

あれ、私なんで道路に寝てるんだろう

すぐ目の前にプロデューサーさんの顔がある

あ…今私抱きかかえられているんだ 恥ずかしいな

でも何故だろう 何も聞こえない

それになんでそんなに泣いてるんですか? プロデューサーさん

泣かないでくださいよ

さっきまで泣いていた私が言うのもなんですけど

笑ってくださいよ

春香はドジだなっていつもみたいに

私も笑わなきゃ

えへへ、転んじゃいました

笑顔とポジティブだけが私の取り柄なのに

なんか上手く顔が作れない

笑えているのかな 私

プロデューサーさんの涙を拭おうとした腕があがらない

逆に身体の力が抜けていく

視界がぼやけていく

ようやく私気づいたよ

普通の明日が欲しいよ

特別なんていらないただ普通の明日が

ごめんね千早ちゃん

明日買い物行けないよ

ごめんねお母さん

お母さんのコロッケ食べたかったなぁ

ごめんねプロデューサーさん

アイドルとしてこの感情は間違いなのかもしれないけれど

大好きです

大好きでした
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「昨夜24時半頃、〇〇町の道路で
765プロ所属の天海春香さん17歳がトラックに撥ねられ
まもなく死亡しました
現場は見通しの良い道路で
目撃者の証言によると
隣にある公園から天海さんが飛び出した所
通りかかったトラックに撥ねられた模様です
現場には高橋レポーターが行ってい」ブツッ

おしまい

支援&お付き合い下さり有り難うございました

え、ちょ…

どんな内容でも春香は可愛いな

乙乙

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