時雨「誰が為海原を駆ける」 (54)

乱暴な描写、ゲームの仕様を無視した描写あり
 ※場合によっては死人も
行き当たりばったりで長編予定
軍事あんま詳しくない

 以上ががありならどうぞ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1395400706

 暖かさを感じさせない灰色い通路の中を、靴と地面が擦れる微かな音だけが響く。

 気温は低くない。が、この空間に対しては『冷たい』という印象を覚える。
 冬の大地が見せる、自然の厳しさを感じさせるような冷たさでなく、もっと無機質で無感情な。
 何も持たないからこそ感じる冷たさ。

 ともすればこの空間は不届者を戒める懲罰房にも、これから僕を死へと誘う断頭台、その道のりにさえ思えた。

 先程僕が誕生した工廠からここまでというもの、ずっとそのような空間が続いている。
 工廠こそ数十人の男性からの笑顔に出迎えられたが、通路を歩く度にそのような顔ぶれは減っていき、ついにはこの建物が本来持つ不気味な圧迫感のみが残された。

 そんな圧迫感に包まれ、吐き出す吐息さえ押し込まれてしまいそうだ。

 ふと、先程の断頭台という言葉を思い返す。

 その表現は、あながち間違いではないのかも。
 これから僕が赴くのは、文字通り死地。
 その第一歩になるかも知れないからだ。

 そんな事を考えれながら歩を進めていると、遂にその時は訪れた。

 何度立ち止まろうと思ったか。
 だが、僕はそれどころか、ペースを落とすことさえしなかった。
 出来なかった。『歩け』と言われたから、歩かなければならないような気がして。心の最も深いところに直接命令されているような気がして。

 執務室と書かれた木製の扉の前に立つ。

 そこで僕は握りしめた拳が、汗でじっとりとしていることにようやく気が付いた。

 木製の扉を二度叩く。

『どうぞ、入りなさい』

 事前に連絡が行っていたのか、所属を聞かれるまでもなく部屋に招き入れられた。

「っ……失礼します」

 手が汗で滑らないよう気をつけながら、ドアノブを回した。

 

「ようこそ、我等が鎮守府へ」

 僅かな恐怖感と共に扉を開けた僕を出迎えたのは甲高い破裂音と、火薬の臭いだった。

「っ!?」

 突然の出来事に、僕の体は反射的に身を隠す。
 驚愕しながらも、先ずは身の安全を確認した。胴脚腕手頭。良かった、外傷はない。

 何故撃たれた?此処は敵に占拠されていたのか?
 それにしては工廠の様子は……異様だ。暢気にも程がある。不自然だ。


 ……不自然?
 思い、周囲の壁を見やる。
 弾痕は、無い。

 不自然だ。本当に撃たれたのか?
 恐る恐る、部屋の中を覗き込んだ。

「むぅ……お気に召さなかったかな」

「………迎撃されなかっただけマシだと思ってください」

 其処に居たのは敵ではなく、心底残念そうな顔をした男性と、頭を抱えて呆れた様子の女性だった。

 取り敢えず、中に入る。
 隙を晒さないよう、一歩一歩慎重に。
 中に居た二人の様子を伺うのも忘れずに。

「そ、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな」

「……敵ですか?味方ですか?」

「参ったな……」

「当たり前でしょう……申し訳ありません、彼なりに歓迎しようとしたのです」

 火薬の匂いのする歓迎など、聞いたことがないが。

「提督さん、もう立ってるのつかれたっぽい…」

「ダメじゃない、こんな事で根を上げちゃ……くっ」

 その声で初めて、この部屋に後二人の少女が入室していることに気が付いた。
 長い金髪の少女と、肩にかかるぐらいの茶髪の少女。金髪の子はよく見ると、僕と同じ制服を着ているようだ。
 彼女も僕と同じ、新造の艦娘だろうか。 

「ああ、すまないな」

「全く、自分で掃除してくださいね…」

「……わかりました」


「………くすっ」

「…ん?」

「…あ」

 女性のはっとしたような顔と、男性の少し間抜けな顔がこちらを覗き込む。
 それは僕が笑いを零したからだという事に気が付いくのには、少し時間がかかった。

 こんな漫才のような風景を見せつけられては、警戒する気など起きないという物だ。といっても破顔までするのは、自分としても予想外ではあった。

「……おお!高翌雄君!私のクラッカーで新人歓迎作戦は成功したようだ!」

「成り行きでしょう……全く」

 先程までの浮かない顔とは打って変わって、嬉しそうな笑みを浮かべる。どうやら女性は高翌雄と言うようだった。

「……高雄?」

 聞き覚えがあった。高雄と言えば確か……

「ええ、そうです。高雄型重巡洋艦一番艦、高雄。あなた方と同じ艦娘です」

 そう言うと彼女は、優しくにっこりと笑う。
 それを見た僕は、少しばかり安堵した。

「えー…おほん、待たせてすまなかったな」

 男性は場を仕切り直すように咳込み、今度は背筋をのばし真面目な顔をして話し始めた。
 本当に、表情豊かな人だ。

「雷」

「はい!」

 元気よく返事をしたのは、茶髪の少女。
 その目に宿るのは期待か自信か。
 どちらにせよ、通路を歩くだけでも鬱屈とした感情に捕らわれていた僕には、縁のなさそうな物だ。

「そして……夕立、時雨」

 はっとした。
 その名前は、聞き覚えがあるなんてモノじゃない。

「夕立!?」
「時雨!?」

「うん、うん。姉妹艦同士、仲良くやるといい」

 満足そうに頷く男性をよそに、僕と夕立は再開を喜び合った。

「……なにこれ、私蚊帳の外?」

「はっはっは!雷よ、そうむくれるな。母港に行けば第六駆逐隊の面々と再開出来ることだろう」

「司令官!それは本当!?」

「本当だとも……はっはっは!」

「……司令、官?」

 そう言えば、さっき夕立も彼のことを提督さん、と呼んだか。
 と、いうことはこの男……

「ふん、時雨君には紹介がまだだったな」

「いかにも!私がこの鎮守府の………まぁ、司令とでも提督とでも、好きなように呼ぶといい」

 そう言うと提督は大きな胸を思い切り張った。心なしか自らの肉体をアピールしているようにも見える。

 ……なんというか、この鎮守府の提督は僕が思っていたよりずっと愉快な人物のようだ。

 僕は提督という存在に対して、もっと違うイメージを持っていた。

 例えばエリート然とした青年。

 きっと生真面目で、若さ故周りの助けを借りながらも立派に司令官を成し遂げてくれるのだろう。

 例えば荘厳な老兵。

 培われた経験と迫力、そして未だ衰えぬ眼光でもって隊を纏め上げ、やはり立派に司令官を成し遂げてくれるのだろう。

 では、この男は。

「そうだな……よし!私が直々に母港を案内することにしよう!」

「……仕事からは逃げられませんよ」

「うう、む……そうだな……」

 なんなんだろう。

 エリート、と言う感じはしない。
 かと言えば荘厳さを感じさせる訳でも無し、若くも老いてもいない。
 特に、威厳がない。
 彼が高雄さんから受けているのは助けなどではなく、ツッコミだ。夫婦漫才だ。
 これではただのちょっと面白い中年のおじさんだ。

「母港までは私が案内します。……すぐに戻ってきますよ」

「うむ、頼む……」

 僕は、僕達はこの先、大丈夫なのだろうか。

「……では、こちらですよ」

艦コレか

 それからしばらく、また無機質な通路を歩いた。
 お互いのこと、この鎮守府のこと。
 そしてあの提督の事を話ながらゆっくりと。
 冷たさは感じなかった。きっと一人ではなかったからだろう。

 断頭台への道程は、何時の間にかもっと前向きで、もっと暖かくて、明るい何かに変わっていた。
 もしかしてこの鉄の通路は、まっさらなキャンパスのように心の持ちよう一つでどうとでも表情を変えるような、そんな物なのではないかと思った。

「この先が母港です」

 高雄さんはそう言って、物々しい鉄扉の前で立ち止まった。

「この先ではまた別の人があなた達の面倒を見ます」

 怖がらなくてもいい。
 僕達を見渡すその優しい瞳は、口外にそう付け加えているような気がした。

「では、私はあの人の仕事を手助けしなければなりませんから、これで」

 全くあの人は私が居ないと……
 そんなことを呟きながら一人で執務室に戻っていく。
 言葉を取れば呆れているようだけれど、とてもじゃないが僕にはそう見えなかった。

「ねーねー、あの二人どんな関係なのかな」

「なんか夫婦っぽい?」

 訂正、『僕達』にはそう見えなかった。
 

 二人が母港への入り口を開けるのを躊躇っていたため、しびれを切らした僕が扉を開ける。 
 母港。というと僕が記憶しているのはまさしくでかい物入れといったような、必要なスペースのみを確保した窮屈な空間だ。
 僕達はこんな姿をとっているとはいえ曲がりなりにも兵器だ。当然そんな扱いを受けてもおかしくはない。
 はたしてこの鎮守府ではどうか。
 高雄さんを見る限り冷遇はされていないと思うけど。


「遅ォいッ!」

 僕が扉を開けると、この鎮守府での扱いを確認するよりも先に、大音量に身を縮ませる事になった。
 何を叩くような小気味良い音と共に発せられた怒声は地面からつま先に振動を伝え、全身を駆け巡った後に鼓膜を揺らし頭のなかで幾度も反響した。
 頭を軽くトンカチで叩かれたような感覚だ。

「並べぇ!」

 また小気味良い音が鳴る。どうやら音の正体は竹刀のようだった。

 再び怒声を聞いた僕達は二つ返事で横に並んだ。

「俺がどれだけここに立っていたと思ってやがる!」

「「「も、申し訳ありません!」」」

 竹刀が床を叩く。
 切り開かれたような鋭い視線にすっかり萎縮した僕達は、何をするまでもなく先ず謝った。

 

「返事は一流だなぁ!」

「「「はいっ!」」」

「よーし!よく聞けお前等……俺の名は……」
「ちょっと天龍うるさい」

 僕達がまさしく訓練校的なやり取りをしていると、背後にある扉の一つから色素の薄い髪の少女がひょっこりと顔を出した。

「島風お前……いまいいところなんだから引っ込んでろ」

「なんでよ、うるさいもんはうるさいんだもん」

 島風と呼ばれた彼女は天龍さんの制止を気にすることも無く周りをうろちょろしている。

「誰?廊下でフルメタルジャケットやってんの」
「トランプタワーが崩れるじゃん」
「静かにしてくれ」
「うるさい」

 少女が顔を出したのを皮切りに周囲の扉から次々に非難の声が飛ぶ。

 矢面に立たされた天龍さんは、まるで文化祭の出し物を決める会議の最中、一人だけ熱くなって空回りしている奴のような、そんな疎外感と哀愁に包まれたいた。

「お前等少しは黙───」
「お前が黙っていろという話をしてるんだ」

 天龍さんが再び竹刀を振り上げると、何時の間にか背後に忍び寄っていた女性に後頭部を軽く叩かれた。
 いい音が鳴った。叩き慣れているのだろうか。

 同時に天龍さんへの印象が一瞬にして変わったことは言うまでもないだろう。

「俺は木曾、こいつは天龍、まぁお前達にとってはいろんな意味で先輩だな」

「こんなナリしてはいるが……なんだかんだで面倒見が良くて、いい奴だ。怖がらなくてもいいぜ」

「お前っ…!余計なこと言うんじゃねぇ!」

 木曾と言った人はそれだけ言うと、軽く手を挙げて自室に戻って行った。

「……くそっ……せっかくよぉ……」

 残された天龍さんは頭を掻きながら何やら呟くが、内容までは聞き取れなかった。
 ただ、ひどく悔しそうなのは伝わってくる。

「ん゙っ……じゃあ改めて!」

「これからお前達の生活指導を行う天龍だ!」 
「覚悟しておけよ!」

 また竹刀で地面を叩くも、今回は僕達に恐怖感を与えることなく周囲に虚しく響き渡る。

 僕は思う。
 きっとこの竹刀が僕達を叩くことは無いのだろうな。




 怒られない程度に早足で、母港の通路を行く。
 ……まぁ、母港というよりは、寮と言った方がしっくりくるのだけれど。

 途中何人かとすれ違ったけれど、今の私には関係ない。天龍さんに貰った地図を頼りに一つの部屋を目指す。

 あった。ここだ。

 はやる気持ちを抑えきれず、ノックもせずにドアを開けてしまう。

「ちょっと、ノックぐらい……って、あなた」

「ハラショー、今日はいい日だ」
「それと、姉さんドローフォーだよ」

「はわわ!雷お姉ちゃん!?」

 胸の中に暖かいものが広がるのを感じた。

「この中じゃ私が最後なのね、ちょっぴり残念だわ」

 暁、響、電。
 私以外の暁型駆逐艦が既に揃い踏みだ。

「順番なんてどうでもいいじゃない!早く入ってよ!」

「姉さんは早く雷も来ないかって、建造の度にそわそわしていたんだよ」
「それとドローフォー」

「ちょ、それは言わないでよ……」

「どっちの意味でです?」

「……わかったわよ、八枚引くわよ……」

「姉さん負けてるの?」

「そうよ!この子達ったらひどいのよ………」

「ふふん、姉さん、勝負の世界は」

「非情なのです」

 そう言うと二人は悪い笑みを浮かべる。
 どうして暁姉さんが負けているのかなんとなくわかった気がした。

 

「雷、途中どんな人と会った?

「あ……ここに来ることしか考えてなかったの……」

「どんな人が居たか覚えてないのですか?」

「え、へへ……」

 今になってぞっとしてきた。
 思えば挨拶をされていたかも知れない。それを無視してきたのだ。印象は良くないだろう。

「ちょっと、そんなので大丈夫?」

 全くだ。ぐうの音も出ない。

「そう心配する事もないよ」

「へ?」

 思わず気の抜けた声が出る。
 それは一体どういうことだろう。

「雷なら知り合いなんて呼吸するように出来るさ」

「もし躓くようなことがあれば私達を頼ればいい」

「私達は姉妹だろう?」
「ドローツー」

 姉さんはそう言うと私に向かって微笑む。

「響姉さん……」

「妹の私も頼って欲しいのです!」
「あ、ドローツーなのです」

「言うじゃない、あなた達」

 目頭が熱くなった。
 なんて幸せ者なんだろう。

 そう、心配する事なんて無い。
 私にはこんなにも暖かい、信頼できる姉妹達が居るんだから。

 ……そうだ、一つ確認しなきゃならないことがある。

「じゃあ早速なんだけれど、一つ質問いいかしら」

「何ですか?」

「ツーにフォーって重ねてもいい?」

「えっ!?」

 暁姉さんの優しい表情が一変、血の気の引いた青い顔になる。
 ごめんなさい。心の中で謝っておく。

「いいと思うのです」

「いいんじゃないかな」

「だっ、ダメ!大人しく四枚引いてよ!」

「姉さん、みっともないよ」

「多数決なのです」

「暁姉さん……私四枚も引きたくないわ」

「雷ぃ!恨むわよ!?」

 潤んだ瞳も、必死の懇願も気に留めず手札から件のカードを抜く。

「あ……あ…」

 暁姉さんは開いた口が塞がらない様子だった。

「もうあんた達なんて信用しない!!」

 私は確かに幸せ者だ。
 が、それとこれとは話が別だ。




「ここで間違いないっぽい?」

「そうだね、記憶が正しければここだ」

 本当のところ、ここで会っている自信は無い。
 何せ何十もの部屋が規則正しく並んでいて、それらを識別するのは扉に刻まれた数字とアルファベットだけだ。
 中には標識のような物を取り付けているところもあるけれど、少なくともこの扉には見当たらない。

「…開けるよ」

 ちょっぴりの不安と期待を胸にドアノブを回す。


「………うん、正解だ」

「……おそい」

 扉を開けた中には、部屋の真ん中でむくれている白露が居た。

「白露!!」

 夕立はそれを見るなり、まるで『待て』を解除された犬のように白露に飛びついた。

「二人ともおそいよー!あたしは一番は好きだけど、だからって寂しい思いしたいわけじゃないんだよー!?」

 そして白露は夕立を見事正面から受け止めると夕立の長い髪をがむしゃらに掻き回した。
 見ていると、正に主人と飼い犬のようにも見えた。

「時雨もあたしの胸に飛び込んでいいのよ!」

「……僕は遠慮しておくよ」

「あ、そう?」

 確かに再開は嬉しけれど、それは流石に気恥ずかしい。僕は夕立みたいにアクティブじゃないから。

「それで、どう?」

「どうって、何?」

 白露と夕立がひどく抽象的な問答をする。
 どうやら質問の対象には僕も入っているらしい。

「この鎮守府でやっていけそうかってことー!」

 それならそうと、最初から言ってくれればいいのに。
 このやっていけそうか、はおそらく人間関係を指してのことなのだろう。それは非常に重要な問題である。
 艦隊の士気はおろか、連携そのものにさえ直結し得る問題なのだから。

 僕達に”人間”関係という表現を適用してよいのかどうかは些か疑問ではあるけれど。

「んー…まだわからないっぽい?」

「そうだね、まだこれから先の事さ」

「そっかー」

 僕や夕立、さっきの雷はここに来てからまだ一夜を越してさえいないのだから。
 これからの事を聞かれても、困ると言えば困る。

「あ、でもここなら結構規模も大きいし、馴染みの皆も居るかもね」

「へぇ」

 この鎮守府、規模が大きかったのか。
 いまいちそれを確認する機会がなかったので、僕からすれば意外だった。
 どうやら僕はあのちょっと面白い中年のおじさんへの評価を改めなければならないらしい。

「例えばあたしなら……一緒に比叡を……の乗員を助けた雪風」

「夕立は……ソロモンで戦った仲間とか」

「おお!」

「時雨は……そうそう!」


「西村艦隊!」

「っ、」

「白露…」

「え……あ、ごめん」

「いや、いいんだ、むしろここに居るって分かって良かったよ」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫さ」




 日はどっぷりと水平線の向こうに沈み、僅かな街灯のみが辺りを照らす時間帯。
 それはこの部屋の中でも例外ではなく、白い光を放っていた円環状の蛍光灯は既に消え失せ、小さな豆電球が優しい橙色の光で僕達の寝顔を照らす。

 一体何分、いや何十分ベッドの中でこうしているのだろう。
 意味もなく天井を眺めながら考える。

 枕元に置かれた時計を見る。
 四つの足で支えられた赤いアナログ時計の針は、八時を少し過ぎた位を指している。
 僕としてはもう少し起きていてもいいのだけれど、白露に言わせればそれは甘い考えらしい。
 曰わく、未だ建造されて日が浅い艦娘は鬼教官達による早朝訓練が実施されるらしい。
 どれほどの物かは教えてくれなかったが、それを話す白露の表情は、それは生半可な物ではないという事を雄弁に語っていた。

 なので早く寝る。寝なければならない。

 だけど、寝れない。

 理由は判っていた。
 西村艦隊の事だ。

 過去の事だと言ってしまえばそれまでだ。
 だけどそれはひどく無責任で、当事者じゃないからこそ言える意見だと思う。

 目を閉じるのが怖かった。

 瞼で閉ざされた闇の中にまたあの光景が浮かび上がってきそうで。
 僕にとってあの出来事は焼き付けたように、それこそ烙印のように刻み込まれていた。

 僕と同じような思いをした艦娘。
 彼女達も、こんな思いをしたのだろうか。
 或いは、過去の事と割り切り、明日の訓練へ備え瞼を閉じることが出来たのだろうか。

 僕は弱い艦娘なのだろうか。

 

 



 あたしがいつも起きるのは目覚ましをセットした時間の、その十分前。
 そしてそれは今日も変わらない。それを確認したら、目覚まし時計の針を見てしばらくニヤニヤする。
 気持ち悪いと思うなら勝手にしなさい。
 誰が何と言おうとこれはあたしの大事な日課なのだ。

「……今日もあたしの勝ち」

 早めに目覚ましをセットして、あたしはそれよりも早く起きる。
 目覚ましよりも早起く、一番に起きる。
 これがあたしの日課。密かな幸せの時間なのだ。
 流石にお日様には適わないけれど、あれはずっと起きているようなもんだから、ノーカンって事で、ね?

 あたしはこの為に誰が大体何時に起きるか把握済みだ。つまり、この鎮守府での早起き一番はあたしという事になる。やったね!

 これを達成するまでには様々な努力があったんだけど、それはまた別の話。

 兎に角、あたしはちょっとした優越感に浸るのもそこそこに、他の娘に先を越されないためにもベッドを出るのだ。

期待

「あれ?」

 ベッドから出たらカーテンを開ける。そして日の光を浴びる。これも日課。
 なんだけど、今日は何時の間にかカーテンが開いていた。昨日閉め忘れたのかな。

 まぁなんでもいっか。

 当然、寝起きも気持ちのいい物にする。
 一番になるのは好きだけど、だからって訓練や出撃を疎かにすることは出来ない。
 初めの頃は慣れなかったけど、慣れてしまえばこんなに気持ちのいい事はない。
 一番になると言うことはいいことずくめだ。

 次に洗面台に向かう。目脂や、寝癖があったりすれば乙女の恥だからね!
 そんなわけだから窓の外から部屋の中に向き直るわけだけど、そこであたしは衝撃的な光景を目にした。

「─────ッ!?」

 居ない。時雨のベッドに誰も居ない。

 そんな、嘘。有り得ない。あってはいけない、そんな事、断じて、あってはならないのだ。

 時に現実という物はなんて───

 どれだけベッドを睨みつけようと、どれだけの可能性を考慮しようと。
 雑に剥がされたシーツは。温もりを残したクッションは。主人を無くし、ただその残り香だけを漂わせる寂しいベッドは。

 率直に、単純に、容赦なく、残酷な真実を、瞳に、脳裏に───何よりも、心と誇りに刻みつける。

 いくら拳を握り締めようと、定められた因果に逆らうことは出来ない。不気味に微笑む死神をその拳で殴ることさえ。
 虚しいだけだ。何も意味をなさないどころか、自らの無力をただ引き立たせるのみ。

 ────何だ。あたしに出来ることは。

 考えた瞬間には、既に拳の中には質量が二つ。

 櫛と寝癖直し。

 やがて少女の体が廊下に飛び出すまでに、果たして思考は介していただろうか。

 ……せめて。せめて。せめて。
 せめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめてせめて。


 ────顔を洗う事ぐらいは。一番に。

 廊下を駆ける。まだ誰も起きてはいない。
 彼女を諫める者は存在しなかった。

 それが今の少女に出来る、ただ一つ。
 
 運命に対する一つの、とてもささやかな───しかし、彼女にとって、それなり以上の意味を持つ───抵抗だった。



「……白露?朝、早いんだね」

 あたしの気も知らないで、鏡と睨めっこしながらそんな事を言ったのはやっぱりというか、予想通りというか、時雨だった。

「どうしたんだい?息を切らせて、怖い夢でも見たの?」

「いや……別に」

 なーにやってんだろ、あたし。バッカみたい。
 時雨を見ていると、なんだかそんな感情が湧き上がってきた。

 しかし思わぬ伏兵だった。
 まさか昨日来たばっかりの時雨に先を越されてしまう、あたしの努力を越されてしまうとは…
 伊達にあたしの姉妹艦じゃないね。

「ふーん……」

「時雨はなにをそんなに睨めっこしてんのー?」

「……見てくれた方が早いかな」

 そう言うと時雨は心なしか不満そうな顔をこっちに向けた。

 ……あー、凄い寝癖。
 特に両サイドの髪が目立っていた。
 面白いぐらい重力に逆らって、同じようにぴょこんとしている。
 これは確かに気になるかも。

「水と櫛だけじゃどうにもならなくて……」

「……しょーがないなー、どれ、あたしに任せてよ!」

 時雨をあたしの前に立たせて、櫛と寝癖直しをあてがっていく。
 背はあたしの方が高いから、あまり苦は無かった。
 

「…少し恥ずかしいな」

 そんな事を言いながらほんのりと赤みがかった顔を少し俯かせる。可愛いやつめ。
 あたしから一番を奪った罰と知れ。うけけ。

 さらさらの黒髪を丁寧に梳いでいく。

 ふと、鏡の中の自分と目が合う。
 そうして思いつき、時雨にも目を落とした。

 こうしていると、なんだか本当の姉妹みたい。

 本当の姉妹というか、姉妹艦なんだから本当の姉妹みたいな物なんだけど、あたし達白露型にそういう認識は無い。 
 姉妹ってより、、同僚とか、仲間とか、親友とか。そんな絆であたし達は結ばれている。
 だからお互いを呼ぶときは呼び捨てだ。
 それはきっと、まだ来ていないけれど、村雨や、五月雨、涼風も同じなんだと思う。

 こういう認識は、艦種によって違うらしい。
 例えば暁型なんかは、お互いを完璧な姉妹そのものとして認識している。
 電ちゃんが『暁お姉ちゃん』とか『響お姉ちゃん』なんて言っているのは、この鎮守府の密かな癒し要素だ。
 まぁ、姉妹揃って全く似てないんだけどね。
 そういえば、時雨と夕立と一緒に来た……雷、も暁型だったはずだ。彼女はどうなんだろうか。

 うん、細かい跳ねっ返りはあらかた片付いた。
 後は両サイドにある耳のような曲者さえ均してしまえば、あの黒髪サラサラヘアーが蘇るだろう。
 そう、この耳さえ…………

 ………耳?

「……………」

「………どうしたの?」

「あのさ……」

「………なにかな」

「”これ”直さなくてもいい?」

「何でさ!?寝癖そのまんまなんて恥ずかしいじゃないか!」

「いーじゃんいーじゃーん!これ犬みたいで可愛いじゃん!」

 件の寝癖をしきりに引っ張る。

 今になって気付いたが、目立つ両サイドの寝癖は丁度それが犬の耳のようになっているのだ。
 このまま梳かしてしまうのはなんだか勿体ない。

「今日だけ、今日だけでいいからさー!」

「寝癖に今日も明日も無いよ!」

「時雨のケチー…」

「っ、もういい、自分でやる」

「あっ」

 時雨はあたしから櫛と寝癖直しを奪い取ると、鏡にふくれっ面を映しながら耳を直し始めた。
 みるみるうちにあの可愛い犬耳は萎えていき、昨日見たようなまっさらな髪になっていく。

「ああー………」

「はいこれ、返すよ」

 可愛げの無い返事だ。まだむくれているらしい。
 暫くは触れない方がいいかな……


 ……あ、だめ、一つ聞いておかないと。

「待って時雨!」

「なにさ」


「今日何時に起きた?」

前にも時雨のSSはあったがエタっちゃったから、時雨スキー提督としては大いに期待しているぞ

いいスレじゃあないですか、期待感や支援したいって気持ちがむんむん湧いてくる…応援してる





 駆け足で鎮守府の外に設けられた広場………訓練場らしい、に向かう。
 そこには既に時雨、夕立を含めた数人の艦娘が居た。


「遅ォい!」

 竹刀が空を切る音と、それを掻き消さんばかりの怒号が私の全身を揺さぶった。
 一度聞いた事があるとはいえ、やはりこれは酷く堪える。一体どれほどの声量があの体に押し込められているのだろう。

「しゅ、集合時間には間に合って……」

「口答えはいらねぇ!」

 ニ度目の怒号が頭の中で何度も反響する。全くいい目覚ましだ。

「いいか!?時間に間に合わせるなんてぇのは必要最低限、やって当然なんだ!」

「ちったぁ白露を見習いやがれ!十五分前にはここに来てたぞ!?」

 そこに居た皆の視線が白露に集まり、視線の先には腰に手を当ててどや顔をする白露。
 十五分前は流石に早すぎるんじゃないか。
 何が彼女をそこまで駆り立てるのだろう。

「あー…ん゛ん、雷」

「はいっ」

 私を呼んだのは少し長い髪の眼帯を付けた……確か昨日、木曾と名乗った人だ。
 そういえば隣に居る天龍さんと二人して眼帯をしている。

 ……少し笑いそうになったので、全力で思考の隅に追いやる。

「こいつ言ってることは……まぁ、語気は強いが間違っちゃいねぇ」

「そうだな……十分…いや五分程度だな、それぐらいを目安にしろ」

「はい!」

「何も雷だけじゃねぇぞ!なんなら三十分前から自主訓練したっていいんだからなぁ!」

「この馬鹿に付き合う必要はねぇが、そういうこった、分かったか!!」

「「「はい!」」」

 その場の艦娘が一斉に返事をする。
 白露のどや顔がより憎たらしくなっている気がした。

「あー、そうだ……夕立、時雨、雷。お前等は初めてだったな」

「はい」

 さっきから『はい』しか言っていない気がするが、今は考えないことにする

「まぁ……この訓練は体力測定みたいなもんだ、暫くすれば免除もされるし……そう気張らなくてもいい、気楽にいけ」

 木曾さんはそう言ってくれたけど、とてもじゃないが従う気にはなれなかった。

 私たちに集まる同情めいた、或いは哀れんでいるような視線を考えれば。



「はぁっ……はぁっ……」

「一、ニ!一、ニ!」

「ひっ……はっ……」

「オラオラァ!声が出てねぇぞォ!」

 背後から檄が飛ぶ。逆に聞かせてほしい、なんでまだ声が出るんだ。
 こっちは呼吸をするだけで精一杯だというのに。

 先頭を走る木曾さんにしても呼吸が乱れる様子が全く見られず、一定のペースを維持し続けている。

「”まだ”二十五も走ってねぇぞ!?」

 さっきからずっとこんな調子だ。
 ”まだ”とは一体何なんだ。まだ走り足りないとでも言うのか。

「お前等なら出来る!そういう風に造られたんだからなぁ!」

 走りながら激を飛ばすって、かなりの肺活量が要る筈なんだけれど。
 それも『そういう風に造られた』からこそ成せる技なのか。

「だらしねぇ……仕方ねぇな!ここいらで休憩だ!」

 それを聞いた瞬間、先ず何をするまでもなく膝から崩れ落ちた。多生の差異さえあれど、それは他の娘にしても同じ。
 弱音の代わりに出てくるのはただ荒い呼吸だけだ。

「次は腕立て伏せだ!しっかり休んどけ!」

「弱音は禁止だ、一戦で活躍してる空母や戦艦連中も昔は同じ事をしたんだ、お前等だって出来る!」

 体格からして違うだろう、と言ってはいけないのか。
 それともそれを見越した上での発言なのか。

「ふ…ふふ……ふ、ふ……」

 こんな時に不気味な笑い声を漏らしているのは………確か、白露と言ったか。周りの視線を一手に集めながら続ける。

「ふふ……今日は…あたしが一番…」

 それは周囲に向けられたものではなく、特定の個人に向けられたものと知る。
 白露に真っ直ぐ見据えられた少女の眉がピクリと動くのを見た。

「一番……?この不知火を差し置いて…?」

 名は不知火と言うらしい。

「ふっ……思い上がりも甚だしいわね」

 二人して結構な自信家らしい。せめてダウンしていなければまだ画になった物を。

 そもそも、何をして一番とするのか。それさえ見えてこない。

「なら……ふんっ!……む…」

「何……はっ……ん!……」

 張り合おうと言うのか、二人が震える脚に鞭打って立ち上がろうとする。
 私はそんな彼女等に、生まれたての小鹿の影を見た。

「何やってんだお前等!そんな足で立てるか!寝てろ!」

 見かねた天龍さんから声が飛ぶ。こちらは対照的に元気だ。

「止めないで下さい……!」

「これは……私達の……!」


「くっだんないわね……」

 二人には聞こえないように呟く。
 小鹿の意地の張り合いなんて、見れば見るほど滑稽だ。一通りの訓練が終わってからじゃ駄目なのか。

「か、はっ………!」

「ぐっ………!」

 走り疲れた足では体を支えるに至らず、やはりと言うべきか膝から崩れ落ちた。

「お前等……」

 今なら天龍さんの気持ちを代弁出来る。

 いわんこっちゃない。






「百九十七ァ!」

「うあぅ……」

「百九十八ィ!」

「……ふっ……」

「百九十九ゥ!」

「…………!」

「ニ百!」

「ぐっ、は………」


「よぉーしお前等頑張ったなぁ!今日のところはここまでだ!」

「………」

「どうした!?嬉しくねぇのか!?」

「……いえ…」

 わずかな返事を絞り出す気力さえ残っていなかった。

 あれから続いた腹筋も、懸垂も、腕立て伏せも私の常識を遥かに超える量だった。少なくとも小柄な少女にこなせるものではないと思った。 

 だけど私の、私達の体は思った以上に頑丈らしい。
 地獄のような訓練メニューもなんとかやり遂げる事が出来た。これも深海棲艦に対する切り札としての役割を期待された私達の、そのポテンシャルという事か。

 まぁ、結果、それでも死にかけているんだけれど。

「なんだぁ?まだやりたりねぇってのか!?嬉しいなぁおい!」

「おい、毎度のことだろう、あんまりいじめてやるなよ」

「だーはっはっはっ!!冗談だよ冗談!」

 冗談じゃなくてたまるか。

「ん……時間は……よし、まぁだ余裕があるな!」

「木曾!」

「わかってる、行ってこい」

 それを聞くと、天龍さんは弾け飛んだように走り出した。
 速い。少なくとも私達と一緒にあのメニューをこなした後とは思えない程には。

 見る見るうちに小さくなる背中を、私は建物の陰に隠れるまで見つめていた。
 

「どうした、雷」

「え……あ、いや」

「はははっ!言ったっていいんだぜ?体力馬鹿だってな!」

「流石の俺もあそこまでの元気は残ってねぇ」

「あ、はは……」

 体力馬鹿。イマイチ否定出来ず、愛想笑いを返すことしかできなかった。

この章の語り部は雷だったのか

話しは面白いけど視点の主体と切り替わりがわかり辛いっす


「ぅぉぉぉおおおおお!」

 建物の中から出てきた天龍さんが、やはりと全速力でこちらに向かって来る。
 もしやと思うが、中でも全力ダッシュだったのだろうか。

「お前等!喜べ、風呂が使えるぞ!」

「風呂……?」

 周囲からは、次々に喜びの言葉が出てくる。
 私にはうまく事態が飲み込めず、皆のテンションから置いてけぼりにされる。

「お風呂?」

「気持ちよさそうっぽい!」

「ああ、いい汗かいた後の風呂は格別だぜ」

「いちいち許可取らなきゃならねぇのがメンドくせぇがな」

 そう語る二人の表情はとても明るくて、見ていると期待に胸が膨らんでくる。

「時間が勿体ねぇ、早く行くぞ!」

 そう言うと天龍さんは皆に見せていた顔を母港の方へ向ける。

 後頭部にはタンコブがあった。

 

 

 脱衣所で服を脱いだら、皆して風呂場に駆けて行く。
 洗濯かごに入らず、周囲に散乱した衣類が彼女等の高揚をよく表している。堅物そうな不知火ちゃんさえ、仏頂面で高速かつ正確に服を脱ぎ捨てていたのが印象的だった。

「ダメじゃないの……」

 思わず呟きながら衣類をかごに収める。
 誰も気にしないなら私が気にする。誰もやらないなら私がやるのだ。

 少し遅れて浴場に行く。皆忙しく体を洗っていた。
 幾らいち早く風呂に浸かりたくても、汗くさい体でそのまま浴槽に入るような人は居ないらしい。良いことだ。

「いっちばーん!」

 白露ちゃんが風呂の楽しみと、おそらくは一番への執着も含めて、言うとおり一番に浴槽へ向かう。

「待ちなさいっ!」

 広い浴場に私の声が反響する。
 一瞬時間が止まり、視線が私に集中する。

 私は見逃さなかった。

「ちゃんと体流してから入りなさい!」

 彼女の髪にはまだ泡が付いている事に。

「いちば……」
「いいから!こっち!」

 半ば強引に近くのシャワーへ連れ去る。
 近くにあった椅子を引っ張り、髪を流していく。

「別に自分でも……」

「だったら最初からやればいいじゃない!」

「天龍さんも木曾さんも何とか言って下さい!」

「す、すまねぇ……」

「悪いな…」

 後ろめたそうにする二人の体には、まだ泡が付いていて。
 仮にも年長者がそれでいいのか。
 流石に口には出せず、心に留める。

 そうして泡を流す過程でとんでもないことに気付いてしまった。

「そもそもちゃんと洗って無いじゃないの!」

 彼女の頭皮が、僅かにではあるが、まだぬるりとしていた。これはいけない。
 手元のシャンプー液を泡立てて、髪の毛にあてがう。この分だと体も洗わなくてはいけない。

「あーっ!」

「何よ?」

 首を浴槽に向けて叫ぶので、私も同じようにする。
 白露ちゃんを除けば一番に体を洗い終えた不知火ちゃんが浴槽に入っていくのが見えた。
 やっぱり仏頂面だったけど、なんだかしたり顔をしているように見えた。

 そうする間にも続々と浴槽に浸かっていく。

「ああー、一番が……」

「だったら一番綺麗にして入ればいいでしょ!」

「ぁうあぅあぅぁう……」

 よりいっそう強く頭皮を洗う。真下から聞こえる呻き声も気にせずに。


シャンプーきちんと落とさないと禿げるぞ

艦娘だから禿げないし太らないしウンチだってしないよ

 

 
「ぉおおお!いっちばーん!」

「走ったら転ぶわよ!」

 一番に浴槽から上がり、一番に脱衣所へ向かう。
 そのまま一番に髪を乾かして、一番に着替えを済ませる。

「急ぐのはいいけど、ちゃんと乾かしなさいよ」

「わかってるよー!」

 わかってる。そんなこと、言われなくても。
 下手に済ませてまた雷に捕まってしまえば、余計な時間を過ごしてしまうことになる。
 
 …そう言えば、今まではしっかり乾かしていたっけ。

「ふふ、白露、雷に目を付けられちゃったね」

「雷、お母さんっぽい!」

 時雨と夕立は気楽そうに。
 あたしにとって一番を逃すというのはかなり由々しき事態なんだよ!
 …だからどうって言われても困るけど。

「お母さんか!はっはっはっ!随分とちんまい母親も居たもんだなぁ!」

「もう!そもそも天龍さんが……」

「ワリィな!はっはっはっ!」

 細かい事は気にすんな、とでも言うような笑い声が、豪快に響く。

 思うに天龍さんに雷のような、それこそ母親の役割はこなせないだろう。
 男らしいし、どちらかと言えばお父さんだ。おっぱい大きいけど。

 それを眺める間にもあたしの着替えは一番に完了した。そして急ぐまでもなく一番に脱衣所を後にした。

病的にまで一番を求める理由は何なんだ?
島風とかいたらお互いストレスがマッハだよな

駆逐艦沢山いるから埋もれない為に個性出すって小説に書いてあった気がする

「よし、お前等、忘れ物は無いだろうな?」

 木曾さんの言葉を聞き、体をぐるりと見回す。大丈夫、忘れ物はない。他についても同じらしい。
 と言っても、忘れるような物なんて持ち歩いてないけど。

「……大丈夫そうだな。ならいつも通り別命があるまで待機だ、疲れただろうからゆっくり休め」

「だからって気ぃ抜くんじゃねぇぞ、何時出撃命令が出るかわかったもんじゃねぇからな!」

「「はい!」」

 勢いのいい返事が返ると、二人は満足そうな顔をして解散の号令を出した。

「あの、天龍?」

 皆が疲れた脚を引きずって自室へ戻ろうとした時、角から長い黒髪の女性が現れた。
 扶桑さんだ。

「扶桑か、どうした?また変な虫でも部屋に入り込んだか?」

「もう、からかわないでよ」

「はっはっはっ!ワリィな、……山城は一緒じゃねぇのか」

 ちょっと困り顔をする扶桑さんと、それを笑い飛ばす天龍さん。端から見たら正反対な二人だ。

「いつも一緒ってわけじゃないわよ」

「そうか、そうだなぁ!」

「で、何か用か?」

「ええ、時雨は一緒じゃないかと思って……」

「なんだ、昨日の内に顔合わせなかったのか?」

「そうなの、都合が合わなくて……」

「まぁいいか、…時雨ェ!……時雨?」

「白露、夕立、時雨どこ行った?」

「え?」

 あれ?さっきまで後ろにいたはずなのに、何時の間にか居なくなっていた。
 どこに行ったんだろう。

「時雨なら、疲れたから先に休むって言ってたから、先に部屋に戻ったっぽい?」

 口に出すまでもなく、夕立が答える。

「なぁんだ、タイミングの悪い奴」

「そう……」

 呟く扶桑さんは、心なしか残念そうに見える。

「そう気にすんな!ほっといてもあっちから来るだろうよ!」

「そう…そうよね、今日は出直すわ」

 多少笑顔を取り戻し、道を引き返していく扶桑さんを見送る。
 戻ったら時雨にもこの事を伝えておこうか。


「そうだ、白露」

 思い付いたように天龍さんが言う。何故だろう、あんまりいい予感がしない。

「急がなくていいのか?」

「……へ?」

 思わず素っ頓狂な声が出る。
 でも理解出来なかったのは一瞬だけ。すぐにその意味を理解する。

「……今はいいや」

「そうか!そんな日もあるわな!」

 流石に、この足で追いかける気にはなれない。
 仕方ない、今日のところは一番を譲ろう。
 少し残念だけど、無理な物は無理だ。人生、諦めも肝心である。

「………それと、な」

 途端に、声のトーンを下げる。

「夕立も聞いてくれ」

「重要な話っぽい?」

「ああいや、そんなわけじゃねぇが……」

 なんて、首を掻きながら言う。

「時雨の奴の事……その、さ」

「……ちゃんと、面倒見てやれよ?」

 ……なんだか淀みのある言い方だなぁ。
 心配してるんなら、そう言えばいいのに。不器用な人だ。


「……大丈夫!まっかせて!」

「お?」

「だってあたしは一番艦だからね!」

 天龍さんは、一瞬だけ目をぱちくりさせていたけど。
 すぐにまたいつもの高笑いが聞こえてきた。

「……くっ、はっはっはっ!!意味わかんねぇな!」

「そうかそうか!だったら大丈夫だな!」

「夕立も忘れないで欲しいっぽい!」

 ひとしきり笑い終えたら、天龍さんは大股で通路を歩いていった。

 天龍さん、あたしの言葉がどう聞こえたかまではわからないけど。
 大丈夫、あたしはそこまでニブい女じゃないよ。

「よーし!夕立、早速作戦会議だ!」

 ここは一つ、先輩の威厳を見せてやろう。
 小娘の悩み一つくらい、すぐに吹き飛ばしてしんぜよう!


「………へ?何の?」

 えっ。

「わ、わかってて返事したんじゃないの!?」

「単に疲れて帰ったんじゃないの?」

 こ、これは……

「あ、疲れには甘い物が効くっぽい?」

「マッサージとかしてあげた方がいいっぽい?」

 ……だめだこりゃ。



「飲み物はこれでいいっぽい?」

「うむ、ご苦労」

 夕立が持ってきた缶ジュースのプルタブに指をかける。そのまま缶を開ければ、気の抜ける気持ちのいい音が鳴る。
 これで爪を剥がしそうになった事もあったが、今は昔。コツさえつかめばこっちのもんだ。
 そこに僅かな達成感を感じつつ、空いた穴に口を付けて傾ける。
 舌の上で甘い炭酸が弾けて、そのまま流れ落ちて喉を刺激する。
 口に含んだ分を飲み干したあたりで、胃袋の温度を僅かに下げる。
 たまらん。

 因みに夕立はジンジャーエールを飲んでいた。
 まじかよ。

「ごめんねー、パシリみたいなことさせちゃって」

「ふっふっふっ……」

「な、何さ」

 返事の代わりに返ってきたのは悪戯っぽい笑み。なんだ、絶対にろくな事考えてない。

「貸し一つっぽい!」

「えぇっ!?何それ聞いてないよ!」

「言ってないっぽい♪」

 夕立……!思ったよりしたたかな奴っ!

「そんなの無効だからねー!?」

「ぽいぽい♪」

 聞いてよ!

「……そんな事より時雨の事が聞きたいっぽい!」

 話を逸らすなって言いたいけど、本題はそっちだからイマイチ反論し辛い。うう、なんかもやもやする……。

「むぅ……じゃあ話すよ?」

「うんうん」

 そんなに難しい話じゃないけどね。

「だーかーらー、時雨が扶桑さん……ってより三村の皆を避けてるんじゃないか、って事」

「ええーっ!?」

「声が大きいよ!」

 でも、驚くのも無理は無い………の、かな?

「何で!?夕立なら直ぐに会いに行くっぽい!」

「夕立がどうって言ったって……現に時雨は会いに行ってないじゃん」

「でも……」

「多分、そんな単純な問題じゃないんだよ」

 あ、今のあたし先輩っぽい?

「…………」

 夕立は少し俯いて、暫く黙り込んでしまった。
 取り敢えず、理解してくれてると嬉しいけど。


 ぶっちゃけ、なんで避けてるのかなんて聞かれてもあたしにもわからない。
 でも、会いんだったら夕立の言う通り、直ぐにでも……それこそ昨日あたしの部屋に来る前にだって会いに行ったと思う。

 まぁ、あたし達の杞憂って事も有り得るんだけど。

 でも、今朝時雨の……

 ……ん?

「わかったけど、わかってないっぽい……」

 不意に顔を上げたと思ったら、なんというか、複雑な表情の夕立が居た。

 それで良いんだと思う。人の気持ちなんて割り切れなくてナンボなんだろう。


「それで」

 そんな表情を振り払って、夕立が真っ直ぐこちらを見据えてくる。
 いい顔だけど、ちょっと恐い。

「作戦ってどんなの?」

「うっ……」

 あたしが言いあぐねていると、夕立の顔が段々……
 ええい、やめい!あたしをそんな目で見るな!

「それは…だから作戦会議をしようと……」

「……なーんだか先が不安っぽいー?」

「うるさいなー!だったら夕立も考えてよー!」

「声が大きいっぽいー」

「このおっ!?」


──────……………




「たっだいまー!」

「ただいまー」

「……おかえり」

 自室の扉を開けると、盛り上がったベッドからくぐもった返事が聞こえてきた。
 壁の方を向いていて、顔はこちらから確認できない。でも、なんだかダウナーな声音だし、間違っても笑顔では無いんだろうね。

「時雨お疲れっぽい?」

「……うん」

 時雨と夕立の他愛のないやり取りをあたしは黙って見守る。

「本当に大丈夫?」

「……どうかな」

 そこは冗談でも大丈夫って言って欲しかったね。
 はてさて心か体か、どちらかは完全に参ってるとあたしは見たよ。
 出来れば後者、あたしや天龍さんの心配が杞憂だったって事だと嬉しいけれど。
 まぁ楽観視してそのまま放置っていうのはやっちゃあいけないよね。どっちにしろあんな状態の時雨放っておくなんて出来ないし。

「きつかったらちゃんと言いなよー?ここには頼れる人がいっぱい居るんだからさー」

「心でも体でも力になれると思うよ」

 先ずは軽いジャブ。の、つもり。
 なんかさっきの天龍さんみたいなことやってるな、あたし。

「……何考えてるかは知らないけど、今は心配してもらわなくても大丈夫だよ」

「………そ、」

 突き飛ばすような言い方、ちょっと傷ついちゃう。

 でもね時雨。そんな言い方、何か抱えてますって言ってるようなもんだよ。
 あんたみたいな奴なら特に。

「……………」

 微妙に気まずい沈黙が続く。

 ……どーしよっかなー。その気になれば悩みの種を掘り出す事も出来なくは無いけど、今の時雨下手に刺激したら怒っちゃうかも知れないし。
 いっそ喧嘩して吐き出させるって手もあるけど。それは最終手段にしたいかなあ……
 

 

乙乙

三村じゃなくて西村じゃないか?

そうだよ西村だよ、何で間違ってんだ俺

毎回間違い見つけて凹む俺のSSよりはずっと良いよ
がんばって続けてくれ

「時雨」

 沈黙を破ったのは夕立だった。
 何を言い出すかはわからないけど、フォローに入る準備はしておいたほうがいいかな。

「なにさ」

 低い声で抑揚もなく答える。
 威圧するような声音は普段の彼女が出すそれじゃない。きっと口には出さないだけで『ほっといてくれ』だとか言いたい気分なんだろう。

 けれども夕立は怯まない。それは彼女が鈍いからか、単純に強い子だからか。

「夕立、嘘は嫌いっぽい」

「…………」

 迷ってるあたしとは違って、夕立は正面から行くことに決めたらしい。
 その強さは良いことだけど、今回はどう出るかなぁ……

「何でわかるんだよ」

 口調まで攻撃的になってきた。流石にちょっと怖い。

「私、あんまり頭良くないっぽい……でも、ただ疲れてるだけでそんなに怖くならないことぐらい私でもわかるっぽい」

「…………っ!」

 ついに言ったか。
 問題はこの先なんだけど……


「………ならさ…」

 時雨が不意に布団を投げ飛ばし、状態を起こす。


「わかってるんだろう!?だったら尚更ほっといてくれよ!!」

「知ってるよ!自分が冷静じゃないってことぐらい!!だから落ち着くまで一人になりたいんじゃないか!どうしてわかんないかな!!」

 掛け布団をぎゅっと握りしめて、ヒステリックに喚き散らす。

「っ………!」

「それでも……」


「それでも!泣いてる時雨ほっとくなんて出来る訳ないよ!!」

「……ぇ…」

 夕立に言い返されて、はっとしたように目元を探る時雨。自分でも泣いていることに気付いてなかったらしい。

「…………っ!」

 また沈黙が場を支配したのも束の間、時雨はばつが悪くなったように部屋を出て行ってしまった。

「時雨っ!」

 追いかけようとする夕立をあたしは片手で制する。
 今追っかけちゃだめだ。

「白露……」

「今度こそ、あたし達は関わっちゃだめ」

「頭冷やす時間をあげないと」

 諭すように、優しくなだめる。
 すると今度は夕立が俯いてしまった。

 さっきまでは良かったが、今はだめだ。
 例え関わるとしても、それは第三者じゃなきゃいけない。

「私、時雨の事怒らせちゃったっぽい……?」

 途端に小さくなった声で、申し訳無さそうに。

 さっきは夕立に場を譲ったけど、ここからはあたしの番だ。

「夕立は間違った事はしてないよ」

 そっと俯いた頭を撫でてやる。
 さっきと言い、友達思いの良い奴だ。

 夕立は間違ってなかった。
 時雨はやっぱり悩んでた。だったら誰かがぶつかってあげなきゃあいけない。
 一人で考えこませたら、きっと自己嫌悪に陥ってもっと酷いことになってしまう。だからこそぶつかるか、ゆっくり話を聞くかして吐き出させて、その後で受け入れてやらなくちゃ。

「…それにさ」

「………?」

「時雨だって本心からああ言った訳じゃないよ」

 こっちはもっと単純な話。

 本当に一人になりたいんだったら、最初からあたし達の部屋に籠もったりしない。それこそ今みたいに外に出て行くだろう。
 素直じゃないと思うけど、あたし達ってそんなもんでしょ。

「……今朝、時雨の枕さ」

「濡れてたんだ」

「………え?」

「だから、あたし達が力になってあげないとね」
 
 あたしがにっこり笑いかけると、夕立の顔がぱっと明るくなった。

 大丈夫。部屋に帰ってくる頃には頭も冷えてるさ。
 なんたって時雨は他人のことで枕を濡らせるような優しい子なんだからね。

「はぁ………」

 多くの艦娘の家代わりというだけあって、母校の内装はとても気が使われていると言える。
 隅々まで清掃され、小綺麗な廊下を明るい蛍光灯が照らす。所々には観葉植物が置かれ、殺風景を作り出さないよう配慮がなされている。

「何やってんだろ……」

 そしてそんな片隅に縮こまる僕は、それとは裏腹に酷く辛気臭いんだろうと思う。

 本当に、何やってるんだろう。

 夕立は、白露は、僕を気遣ってくれたんじゃないか。
 それを変な意地張って、僕は───

 とてもじゃないが、合わせる顔が無い。


 でも、だからって何時までもこうしているわけにもいかないだろうに。

 でも…

「情けないな……」

 どうしてか扶桑から逃げ出して、一人で自分にむかついて、気を掛けてくれた仲間にストレスをぶつけて、また逃げ出して……

 ああ、なんだか悲しくなってくる。

 

時雨は真面目かわいいね

中々来ないね、待ってるよ。

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