深夜で書いてたのを改変してこっちでやります
内容としては、オティヌス戦後のパロです。
頭のいっちゃってるインさんとか上条さんとか出てくる予定です。
鬱要素あり。カプはイン→上条、美琴→上条で、みこイン要素ありです。
汚れた空に向かって私は走っている。
冷たい雨が頬を打つ。
泥水や雨水を吸った服が重い。
その分抵抗が生まれ、動きが鈍くなってしまっている。
だから、とにかく走っている。
黒子がいれば、なんて都合の良い考えが頭を過る。
一刻も早く病院へ。後輩を頼りたい気持ちを抑えるのは私欲であるからだけではない。
上条当麻がこの街に帰ってきた。
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なら、自分の足で会いに行きたい。
少しでも気を緩めて止まってしまったら、彼にもう会えないような気さえする。
不安で胸が張り裂けそうになるかと思えば、安堵で吐き気が引っ込んだような気持ちになる。
これも全て彼のせいだ。
私の中に溜まっている、この心配を全て彼の中に打ち込んでやりたいくらいだ。
そんなことを考えたところで、結局、彼に会ったら電撃を飛ばすのだろう。
少しでも素直でありますように。
彼はどこから帰って来たのか。それはわからない。
彼は何と戦ってきたのか。それもわからない。
分かっているのは、彼が彼のまま戻ってきている、五体満足でこの街のカエル顔の医者の所にいるということ。それだけだ。
妹達が、昨晩遅くにわざわざ寮まで来て伝えに来てくれたのだ。
聞いた瞬間、私は長い間待ち続けていた、そんな徒労を覚えた。
本当になぜなのかわからないが。
彼が戻ってきたという妹達の事務的で機械質な声音で、涙がこぼれたのだ。
私は何を知っているというわけではないのに。
脳だけは何かを感じ取って、私より先に心を揺さぶった。
だから、真っ直ぐに彼の元へ走っている。
前方、病院の入り口に見覚えのあるツンツン頭。
「お、おいビリビリ!?」
「ビリビリ言ってんじゃないわよ!」
いつもの掛け合いだ。
「ば、ばか、お前無茶苦茶濡れてるじゃねえか……!」
彼は持っていた傘を開いて、私の方へ走り寄ってくる。
水たまりを避けて、転げそうになる彼の足取りはどこか覚束ない。
「あ、あんた怪我とかは」
「んなことより、早く傘入れ! たぶん、病室にタオルならたくさんあったから……おわ、ずぶ濡れ……インデックスに服買ってきてもらうか」
「私のことはどうでもいいわよ! 何もなかったのかって聞いてんの!?」
「おいおい、怒るなよ……」
「怒ってんじゃないわよ……心配してるんじゃない……」
彼は、頬を人差し指で軽くひっかいた。一度、こちらを見降ろしたが、瞬間、バツの悪そうに視線をずらす。
「なに?」
「……す、透けてますことよ……」
「……ッ?!」
傘の内側で電気が放射状に延びる。
「のわ!?」
彼が右手を突き出す。私はとっさに、両腕で胸を覆い隠した。
「見た!?」
「み、見てません!」
と、大きく水を弾く音。
「と…う…まぁ?」
白い修道服に身を包んだ女の子――インデックスが修道女らしからぬ顔で立っていた。
「とうまのえっち!」
「まてまてまて! 不可抗力だ!」
「はッ……っくしゅん!」
私が知っている彼らだ。そんなやり取りを数分繰り返した後、私はとりあえず、彼に急かされるように暖房の効いた院内に入り、そこでやっと寒さと震えを覚えた。
「インデックスさん、とにかくですね、こいつこのままにしておくと風邪引くから、このお金で服を買ってきてくれ」
ポケットを漁りインデックスに財布を渡し、彼はそう指示した。
「いいわよ、別に」
「短髪、そのままだととうまの劣情が大変なことになるから、着替えることをお勧めするんだよ」
「インデックス、おまえ……」
「違うの?」
「そういうこと、どこで習ってくるんだ……」
「ぷッ……はいはい、分かったわよ。お金はいいわ、自分で買ってくるから。病室どこよ?」
「409号室だ」
「オーケー。後で行くから、待ってなさいよ」
「お見舞いはメロンでいいかも」
「こらこら、そんな図々しく育てた覚えはありませんことよ」
「育てられた覚えもないんだよ」
私は、そのどこか場馴れした応酬に多少妬けながら、
「メロンね。期待せずに待ってなさい」
「わ、わりいな」
「いいわよ。見舞いの品とか持ってきてなかったし」
「さんきゅ。でも御坂、来てくれるのは嬉しいけどせめて雨に濡れないように来いよ?」
「あー、はいはい」
「とうま……他には誰を呼んでいるのかな?」
「御坂さんは自発的にお見舞いに来て下さったんですよ?」
「そうなの?」
「そうだけど、なに? 他にも誰か来たの?」
「何か金髪の小っちゃい奴が来てたんだよ」
「だから、知らない子だって言ってるじゃないですか」
「でも、あのオティヌスって女の子に鼻の下伸ばしてたんだよ」
「記憶にございません」
オティヌス。聞きなれない名前だ。きっと、彼がどこかで無意識に助けた子なのだろう。
「あんた、その話後で詳しく聞かせてもらうから」
私は彼らを背にして、そう言い残す。後ろで、彼がまたインデックスに何か言われている。
元気そうで良かった。相変わらずのようで良かった。
「……」
オティヌス。それは、何かひっかかる言葉だった。
記憶にはない。まるで、眺めていた景色の中に意識せずに映り込んだ鳥のような印象だった。
私が見たという認知がなされていないもの。
なんなの?
答えは出なさそうだった。私は考えを止め、院内を見渡して、衣料品コーナーに小走りで向かった。
インデックスと上条当麻は、確か同棲しているのだったか。
ジャージとトレーナーを交互に眺めながら、私はふと思い出す。
それも、二人の距離の近さを嫌でも感じていたからだ。
彼への嫉妬は今に始まったことではないが、ああも見せつけられるとイライラしてくる。
そうすると、電撃をお見舞いしてやりたいとか、殴ってやりたいとか、短気で単純な自分が出てきて、
二度とこいつに会って嬉しいなんて思わないようにしてやる、とかそんな感情を抱きたくなる。
けれど、時間が立つとまた会いたくて寂しくなる。
一昔前の私ならそんな色恋沙汰は無縁だと思っていたが。
私は手に取ったジャージを握りしめて、肩を落とす。
これで片思いじゃなかったら、こんなに惨めな気分にもならないのだが。
彼の前でジャージを着ると言う辱めに耐えなければと思うと、泣けてくる。
インデックスの可愛らしい仕草に、女として腹が立つ。ああ、好意なんて抱くもんじゃない。
そんなことを考えながら、衣料品コーナーを後にする。
次に向かった先は、食料品コーナー。
メロン? そんなのあるわけないじゃない。
あの大食い子狸にはメロンパンでも与えておくに限る。
一つじゃ足りないだろうから、他の総菜パンも3つ程手に取る。
別に余ったら、彼にあげようかなどとは考えていない。はず。
自分の中でさえ素直になれない。馬鹿馬鹿しくて泣けてくる。そこだけは、インデックスを見習いたい。
自嘲気味に笑って、買ったパンをレジへ運ぶ。
「お願いします」
「400円だ」
おかしい。
「400円だ」
目の前の金髪の幼女の恰好もおかしいが、なにより、
「バーコード……使わないの?」
「それは、400円だ。そのような価値しかない」
「はい?」
少女は、右手を差し出して私にお金を出せと要求する。
「……はあ」
私はその要求にしぶしぶ答える。いくらで買おうがかまわないけれど、この売店はこれでいいのだろうか。
彼女の小さくて青白い手に私はそっと小銭を乗せた。
「毎度あり」
彼女の北欧的な風貌からだと、その言葉はあまりにも似つかわしくなかった。
結局、本来なら1050円相当のパンを400円で買うことになった。
売店の幼女はその後、さらに奇怪な行動をとった。
「メロンだ」
「……は?」
「受け取れ」
彼女はどこからともなく取り出したその丸い果実を、私に手渡した。
この子は、先ほどのインデックスとの会話聞いていたのかもしれない。
だからと言って、受け取るいわれはない。
「いやいや……」
拒否すると、彼女の眼光が鋭くなり、何も言わずにメロンを私の手に押し付けてくる。
「困るんだけど……」
「ならいい」
彼女は一歩引く。
「しかし、彼はもらう」
そして、意味不明な言葉を告げて、瞬きしたその瞬間に私の前から姿を消した。
私は、今の今まで彼女はそこにいたという認識をしていた。
けれど、まるで出会ってすらいないかのように、すっと少女の印象が薄らいでいった。
どうでもいい。そんな気さえした。実際、少女のことを考えている暇はない。
そうだ、上条当麻の病室に急がなければと、足早に売店を後にした。 そう、上条当麻のお見舞いに来たのだ。
病室の前で立ち止まって、改めて私は納得する。
まるで、昨日食べたものを思い出すときのような感覚だった。
実は食べていなかった――そんなボケた老人のような気分。
(なに……かしら)
ふと、ドア越しにインデックスと彼のいつもの口論が聞こえた。
白色の引き戸をノックしたら、声がピタリと止む。
人影がドアの磨りガラスに映った。勢いよく扉が開く。
「みこと、メロンは?」
インデックスが満面の笑みで尋ねてくる。後ろのベッドから、上条当麻の大きなため息が聞こえた。
「インデックスさん、そんなことより御坂さんにタオルでも渡してあげてください」
「わかってるんだよ」
少女は、はっとしてから気まずそうに、タオルを私に差し出してくる。
「さっき着替えてる間に、けっこう渇いたから大丈夫だけど」
「そうか? あと、そこにドライヤーあるから適当に使ってくれ」
「ありがと……」
ホント、過保護と言うか。私はベッドで上半身を起こしてこちらを見ている彼に、内心で笑みを漏らす。
インデックスからタオルを受け取り、代わりにメロンパンの入った袋を渡してやった。
「ありがとうなんだよ!」
満面の笑み。
「わりいなあ」
「別に、余ったらあんたも食べれば?」
「余らないに100円」
それもそうか。
可愛げもなく、豪快に袋を開けるインデックスを見て、半笑いで返した。
一心不乱で食物を漁る辺り、よほどシスターのイメージとはかけ離れている。
そんなことを言おうものなら、また喧嘩になるので、彼も私も何も言いはしなかった。
「インデックスと仲良くしてくれて、ありがとな」
「え?」
私は聞き返してしまった。
「何、いまさら。てか、あんたは父親か」
彼は天井を見上げる。そういう素振りをした。
「や、改めてお前がいたからインデックスってこっちの世界でもやっていけてるなあーって」
「科学の方でもってこと?」
「ああ……まあ、大雑把に言うとそんな感じかな」
「あのシスターの性格なら、どこに行っても図太くネズミみたいにのさばってると思うけど」
「はは、間違いないな」
彼は微笑んだ。
「あんたさ……」
どこから帰って来たのか、何をしてきたのか。
「なんだよ」
今何を考えているのか。それだけを聞きたかった。
考えていたいくつかの単純な質問は、喉元に来る前にまた胃の方にすとんと落ちて行ってしまった。
「前にもまして、頭ぼさぼさね」
「ひ、ひどい! これは、上条さんのアイディンティティーなんですことよ!」
彼は、片手で隠しながら手ぐしで髪をさっと整える。実は気にしていたのか。
と、インデックスがのそっとこちらを振り向く。口の周りにはパンくずがついていた。
「ふー、ご馳走様でした!」
「お粗末様」
「ありがとうなんだよ。当麻のいない間、ろくなものを食べていなかったから助かったんだよ」
「何を言う。ティーチャー小萌の所で焼肉でも食ってたんだろ」
「そ、それは、まあそういう日もあったけど、喉に通らない日もあったりなかったりで」
「……インデックス、お前太ったか?」
彼は眉根を寄せながら、インデックスのお腹辺りを触った。
「あ……と、とうまぁ?!」
「あ、あんたねえ……!?」
上条当麻がきょとんとして、自分の右手をびくりとさせた。
「え?」
彼はそのアホ面のまま、インデックスの振りかざした拳の餌食になった。
「入院、長引きそうね」
「そうだね。とうまが悪いんだよ」
「とほほ……」
あ、そうだ。
「そう言えば、いつ退院するの?」
「明日だって、カエルは言ってたけど」
すでに、カエルしか残っていない所に突っ込むべきか悩んだが、面倒くさいので止めた。
「ふーん。良かったじゃない」
彼はふっと息を吐いた。
「外傷は特にないってさ。精神がうんたらかんたらって言ってて、まあ大丈夫だろうって」
「自分の身体の事でしょうに、適当にも程があるわよ」
私は溜息をついた。
「気にするな」
それから、もう一度溜息をついた。
それから、暫く私は他愛もない話をして、夕方くらいにインデックスと病室を後にした。
もう、雨も上がっていた。雲間から、斜陽が散乱して家々をオレンジに染め上げていた。
「あいつ、本当に大丈夫なの?」
「詳しいことはあんまり話してくれなかったから……わからないんだよ」
「なによそれ」
見ると、インデックスは少し頬を膨らませていた。怒っているようだった。
「とうまのこういう所は今に始まったことじゃないんだよ」
「そりゃ、まあ……」
とは言っても、やはりこの少女も心配なのだろう。
「何かできなかったのかなとか、考えてる?」
あまり深く考えずにそう問いかけると、彼女は急に道端で立ち止まった。
そして、すぐにこう言った。
「何もできなかったんだよ」
彼女は、真っ直ぐに私を見た。
私は息を吸い込む。
「そう……」
「バカ野郎なんだよ……」
その罵倒は、自分自身に向けてなのか、それとも上条当麻に対してなのか。
「あいつはそういう奴でしょ」
彼に対してだろうと検討をつけて、私は肩をすくめる。
インデックスは、放っておくと手近なものを放り投げそうな雰囲気だ。
「怒ったってしょうがないじゃない」
私自身、むしゃくしゃしている。でも、この少女を慰めることもできる。気持ちとは反対のことをやってのける。人間ていうのは、本当に複雑にできていると思う。複雑すぎて、単純なことには気付かない。私も少女も、上条当麻の異変に全く気付くことができなかったのだ。
そのサインは、すでにあったのかもしれない。
彼は、いつから私たちに助けを求め始め、いつから助けを求めなくなった?
彼がなにも言わずに、私たちの前から去ることは多かったけれど。
次の日、彼は退院した。
しかし、彼は寮の部屋へと戻ってはこなかった。
今日はここまでです。
面白そうなスレ発見
スレタイどういう状況なんだ・・・?
支援でーす
彼――上条当麻がいなくなってから、3週間が経とうとしていた。
私はシスターズに土下座して、アクセラレーターにも頭を下げ、アンチスキルに頼み倒し、ありとあらゆる人脈を頼った。
けれど、誰一人この1週間彼を見た者はいなかった。
カエル顔の医者に聞いても、退院する時は特に異常は見当たらなかったと言うだけであった。
今、私は彼がいた病室にいる。換気のための小窓が開いている。
純白のベッドは清掃されており、影も形も彼がいたという痕跡はない。
携帯を見る。後輩――黒子からのメールが入っている。
――また、授業をおさぼりになって……――
ここ最近、同じような文章ばかりだった。それを打たせているのは、他ならぬ私自身だったが。
午後の生暖かい風を頬に感じながら、小窓から街を見下ろした。目を瞑る。
「……なんで」
そんな言葉が漏れる。
アンチスキルの人間に頼んだ時、言われた言葉を思い出す。
――可哀相に。
2週間経ってもどこにもいない彼を、必死に探す私に向かっての慰めだった。
その瞬間、溜まっていた鬱憤が電撃となって放出してしまいそうになった。
その時は、かろうじて、深呼吸をして自分の熱を冷ました。
磁石のようにして、私は無理やり身体をその場から引きはがした。
そして、常盤台の寮に帰って、ベッドで泣き喚いた。
それから、ふと不安に襲われこうやって彼のいた病室に戻ってくる。
カエル顔の医者は、何も言わない。時折、無言で私を見てくるだけだ。
「………」
ここに来て、いつも後悔を繰り返す。
もっと、素直に色々聞いておけばよかったとか。
彼が最後に言っていた事を、よく考えるべきだったとか。
「……お願いだから、戻って来てよ」
誰にともなく呟く。風に運ばれて、届けばいい。
そんな奇跡はありはしないけれど。彼がいなければ、奇跡なんて起こらない。
私は小窓に足をかける。後ろを振り返る。
かけた足を、今度は思い切り蹴り出して何もない空間へ飛び出した。
訂正:この1週間→この3週間
百合か?ならゴミスレだな
エレ速にまとめられてたSS読んだけど評価が散々でワロエナイ…
敗けるな>>1!!
この人のシリーズ本当に好き。
応援してます
>>19、20
ありがとう。エレ速の人ら正直過ぎてワロタ。下手くそだけど、良ければどうぞ。
――落ちる。落ちていく。
浮翌遊感。足元がすくむ。
病院の白壁を蹴る。電気を放出する。パリッと肌が泡立つ。
自身を磁石化させ、目下のビルの屋上へと吸い付くように着地した。
「……ちッ……」
私は小さく舌打ちした。そして、笑った。
自分が可笑しいのは分かっている。だから、可笑しい自分を吐き出すように、笑ったのかもしれない。
可笑しくて可笑しくて、この可笑しいものが早く消えてしまえばいいのにと思った。
「ッ……はッ」
笑いすぎて、喉が痛い。お腹が痛い。頬が顎がピリピリと痛い。笑うのも疲れる。死んだら、そんなことも感じなくなるだろう。
だからと言って、死にたいわけじゃないのだ。死にそうになったら、彼が来てくれるだろうとか、死んだら逢いに来てくれるだろうとか考えているのだ。彼が、以前とある男と交わした「私と、私の周りの世界を守る」なんて約束を後生大事に期待しているだけなのだ。
「……」
そんなことあるわけがないのに、そんなことばかり最近は考えてしまっている。
変な話だ。彼を、スーパーマンか何かと思っているみたいだ。
ピンチの時に必ず現れる。そういう人。この世界を構成する上で絶対に必要なヒーロー。
彼を必要としている人は山ほどいる。
反対に、彼が必要としている人は一体どれくらいいるのだろう。
私は、その中に入っているだろうか――。
翌日、寮のベッドに腰掛けて、私は暫く鬱屈とした気分と頭痛に耐えていた。
黒子が心配そうにこちらを見ていた。やっとのことで、作り笑いで誤魔化し、先に授業へ行くように伝えた。
最近、食欲が減退したせいか日に日にめまいやふらつきが多くなっているような気がする。
制服や寝巻が前よりも緩くなった。
このままではダメだ。そう思い立って、楽しいことを考える。やるべきことを考える。
妹達のことを考える。黒子のことを考える。将来のことを考える。
時間が立てば、この不安や焦燥も消えるはず。
そう言い聞かせる。
すると、彼を想うこの気持ちが薄らいでいってしまうという恐怖が、襲ってくる。
繰り返し、躁鬱を味わって、気が狂いそうになる。
昨日の夜は、ベッドで泣いていた私を気遣って、黒子が何も言わずに手を握ってくれた。
私が眠るまで、彼女は手を握ってくれる。
黒子がいなければ、本当に狂っているかもしれない。
足音が聞こえ、ドアがノックされた。
黒子が忘れ物でもしたのだろうか。
「はい」
私は小さく返事をする。ドアが開いて、顔を覗かせたのは、寮監だった。昨日、遅くに帰った時、確か何か言っていた気がする。
少しだけ、会話の内容を思いだして、寮監の顔をうかがった。眼鏡のふちを上に上げて、私を見据える。
「感心せんな……御坂」
「ごもっともで……」
「朝食は?」
寮監はそう言って、小さな風呂敷を差し出した。
「いえ、食べてないです。それは……?」
「朝食だ」
「そうですか……すいません。でも、今は食べたくないんです」
「……そうか。お前、どこか具合でも」
「いえ、違うんです。ちょっと、色々あってショックで食欲なかっただけなんで、大丈夫です」
「そうか……これなんだが、とある後輩が、お前のことを心配していてな。消化に良いものを選んであると言っていた」
「黒子ですか……?」
「サービスだと思って受け取ってやれ」
「あはは……そんなサービスだなんて。感謝の言葉しかないですよ」
「なら、たまには授業にも顔を出せ」
私は笑いながら、すいません、行けませんと謝った。もう、笑ってなかったかもしれない。
寮監はバツの悪そうな顔をして、そうか、と言って包みだけは置いて部屋から出て行った。
ドアが閉まって、寮監のハイヒールの音を聴きながら、目を瞑った。
ハイヒールの音はすぐ傍で止まった。誰か、他の寮生が捕まったのだろうか。
軟弱な自分に、寮監は何を思っただろう。いつもなら、こういう人間には背負い投げてでも外に連れ出す人だ。
それをしないということは、それ程私が滅入っているように見えたのか。実際、否定はできない。
私は、ふと自分が普段着のままだったことに気が付いた。昨日帰ってから、お風呂にも入らずベッドに入ったのだと思う。
寮監と昨夜話した内容はそれだったか。記憶が曖昧だ。脳に栄養が行き届いていないのかもしれない。
なら、連帯責任で黒子が寮監に呼び出されている可能性もある。その時に、私の事を相談したのだろうか。
私はどこまでも、配慮されて遠慮されて世話を焼かせている。けれど、その罪悪感が自制心に働きかけることはなかった。
こんな姿を彼が見たら、勇気づける言葉の一つや二つくれるだろう。いつものように、身を呈してお説教をかますだろう。
絶対に、「何、やってんだ」と叱ってくれるだろう。
ここにいない彼のことを、何度思い返せば気が晴れるのだろう。切なくて、苦しいだけなのに、ダメだと分かっていても心は彼を追っている。
息を深く吸い、吐き出す。目を開く。目の前には、黒子の作った弁当があった。
それが、私を現実に引き戻す。食べなければ、まともな思考さえできない。
カエル柄の包みを開き、お箸を取り出す。二段弁当の蓋を開けると、
「あ……」
ゲコ太が食材を使って描かれていた。メッセージつきだ――LOVE MIKOTO――。
馬鹿馬鹿しくて、下らなくて、笑いそうになった。目頭急に熱くなって、ものの数秒で涙があふれた。鼻の奥がつーんと痛くなる。
私は口元を手で押さえて、声に出して泣くのを必死で我慢した。口もとを占めると、わなわなと上唇が動いた。震える手で、箸を握る。
「……ッ」
たぶん、食べたら吐く。それが分かったので、手が止まった。
でも、食べたい。食べなければ。
卵焼きを口に運ぶ。久しぶりの塩気。美味しい。
喉が衰退したように張り付いて、うまく飲み込めない。
よく噛む。吐いた時にもその方が出やすいかもしれない。
一通りお弁当を食べ終わった。空の弁当を、洗面所で洗う。
「……」
その後、胃からせり上がってくる衝動のまま、トイレに駆け込む。全て吐いて楽になりたい。
それでも、もしかしたら外で立ち止まった寮監は、もしかしたら黒子と話しているんじゃないかとか、食べた物を全部戻してしまったことを告げれば、また心配をかけさせるんじゃないかととか、そう言った疑心や良心が胃に張り付いて、飲み込めと訴えていた。
だが、やはり、我慢できずなかった。
私は、しばらく、洗面台に懺悔するように両手と両膝をついて頭を垂れていた。申し訳なさに、また涙が出ていた。
そして、落ち着いてから、シャワーを浴びて、制服に着替えた。
漸く、何食わぬ顔で部屋を出たのは、正午の頃だった。
向った先は、食堂だ。広い食堂には、生徒一人座っていなかった。
それもそのはずで、今は授業中なのだ。
生徒はいなかったが、背中をこちらに向けて食堂の調理人と会話しているメイドを発見した。
土御門舞夏だった。何気なく、彼女に近づいた。すると、足音に気が付いたのか、舞夏は踊るようにこちらを振り返った。
「おお、元気か」
「ええ」
私は笑いながら言った。
「そりゃ、嘘だろう」
舞夏も半笑いで返す。
「冗談よ」
「身体を張ったギャグだな。で、何をご所望で? できることがあれば言ってくれ」
舞夏が言った。気の良い子だ。
「ありがとう、お水頂けるかしら」
「そりゃ、もちろん」
くるくるとフリルを揺らして、1分程で少女が水を運んでくる。
と、同時に食堂の調理人がこちらに顔を出して、
「食べれないのかい?」
と聞いてきた。噂にでもなっているのか。
「なんなら、おかゆでも作るよ」
「あ、いえありがとうございます。まだ、ちょっと食欲ないので」
「そうか」
調理人は明らかに肩を落として、奥に引っ込んでいった。
「彼、ファンなんだって」
少女が、横から告げ口する。誰のとは聞かなかった。その前に、
「うるせえ!」
とぶっきらぼうに奥から声が返ってきた。
「あはは……」
「スープだけでもどう?」
「ごめん……気持ちだけ受け取っとく。心配してくれてありがとね」
私は先ほどよりも柔らかく笑って、食堂を後にした。食堂を出た所で、授業終了の鐘が鳴り響いた。
次の授業には出なければ。それこそ、次は母親にも迷惑をかけることになる。
廊下で立ち止まり、冷たい空気を吸った。
頭は冴えない。一歩前に進む。ゆったりと身体が足に乗ってついていく。
このまま後ろに倒れて、仰向けになって倒れてしまいたい気持ちをこらえ、私は教室へ向かった。
――――――――
授業に出たとき、周囲から心配されると予想していたが、案の定だった。
ベタベタの作り笑いで、その場を誤魔化し、波風が立たないように自身の状況を説明した。
親戚に不幸があって、落ち込んでいた――と。
授業は吐いた後のだるさもあって、あまり身は入らなかった。
それでも、ほんの少し日常に包まれ安堵したのも事実だった。
その日の夜も、私は彼を探しに出かけた。彼の学校の生徒全員のクラス名簿と寮の部屋番号を入手して、寮へ向かう。
彼の部屋は何日も前にすでに調べつくした。その時はインデックスも一緒に手伝ってくれた。
いや、インデックスも必死に手がかりを探していた。彼女は、今どうしているだろうか。
確か、小萌という小学生のような容姿の先生の家に同居すると聞いたような気がする。
この気持ちを分かり合えるとしたら、彼女だけかもしれない。
調べつくしたと言っても、やはり寮に来るともしやと思ってしまう。私は周囲に人がいないかを確認する。
ついで、上条当麻が住んでいた部屋の扉の前の「KEEP OUT」と書かれたテープが巻き付いたポールをまたぐ。
届出を出す前に、事前に合鍵を作っておいて正解だった。生活感の抜け落ちた扉をぼんやり眺める。
(……)
それから、ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
ガチャリ、とロックが閉まった。はっとして、私は再度鍵を捻る。焦りながらも扉をゆっくり、音を立てずに開けると、瞬間、中から、
「とうま!?」
と、叫ぶ声があった。インデックスだった。
今日はここまでです。
乙ですのー
ゴミスレ以下
乙です
飛び出そうとして、私だと分かった瞬間に少女の勢いが失速する。
「なんだ、短髪だったの……」
「悪かったわね……」
「そんなことないんだよ。とうまを探すために、来てくれたんだよね?」
「……ええ」
電気も水道も止められているため、部屋は真っ暗だった。小窓から、外の街灯の明かりが差し込んで、足場がどうなっているのかくらいは把握できた。インデックスのいつもの修道服もぼんやりと浮かび上がっている。
「あんたさ……」
私は自然に脳裏に浮かんだ疑問を口にする。
「いつからいるの?」
「えっと……」
私を招き入れ、少女は扉を閉めながら言いよどむ。
彼の部屋は、ひんやりと底冷えした。それは鼻をつんと刺激する。
「ずっと……」
「それは、あいつがいなくなってからずっと……ってこと?」
「うん……」
どういうことだろうか。確か、電気・ガス・水道は全て止められているはずだ。
「あんた、確かここの高校の教師の所に世話になるって言ってなかった?」
「うん……」
締まりの悪い返答だった。
「で、今はどこに住んでるって?」
「ここ……かも」
小窓がガタガタと揺れた。風が強くなってきたようだ。少女がびくりと肩を震わせるのが分かった。
私は暗がりのインデックスを凝視する。もともと、線の細い印象だったが、どこかやつれているように見える。
「あんた、ご飯食べてる?」
この部屋の家具家電は全てそのまま。
冷蔵庫の中の物も、たぶんそのままだろう。
私は気になって、冷蔵庫の扉を開けた。
「……」
中は空っぽだった。
「全部食べきったんだよ……」
こいつの食欲を考えると、この小さな冷蔵庫にいくら詰め込もうが、4日分はきつい。
もうすでに何日も経過しているのだ。
「あんた、今日はお腹に何入れたの?」
「水とか」
「どこのよ……」
「公園なんだよ」
「トイレとかは?」
「公園なんだよ……」
「どうして、そんな生活してんのよ……行く当てがあるんなら、そこにいなさいよ……」
私は、極力声を落としながら言った。私が言えた義理ではないのは、重々承知している。
少女に近づいて、両腕を掴む。やはり、どこか細い。
「とうまが、帰ってきた時に、誰もいなかったら寂しいんだよ……」
「本気……?」
インデックスは頷く。暗がりでも分かる。彼女の瞳は氷のように枯れていた。
「とうまは必ず帰るんだよ……いつもそうだったから」
そういうことは何度もあった。でも、今回は明らかにおかしい。
退院すると言って、次の日には行方をくらませるやつがいるだろうか。
彼なら、そういう事があるかもしれない。でも、いくら探しても軌跡ひとつ追えない。
異常だ。非常事態だ。
「おかしいじゃないッ。探しても何の情報も得られないなんて」
「1週間以上、戻らなかったことだってあるんだよ」
彼女の常識が正しいのだろうか。頑なに意見を曲げないインデックスに、自分の感覚がおかしいような気もしてくる。
「だからって、あんたこんな生活してたら身体壊す方が先でしょ……?」
沈黙。私は、ため息をつく。
インデックスの腕を掴む。
「行くわよ」
「どこへ?」
「どこって、その先生の所よ」
「嫌なんだよ……」
少女は弱弱しく私の腕を振りほどこうとしたが、振りほどくには至らなかった。
「あんた、今、自分がおかしいって分かってる?」
「おかしい?」
乙
時間を見るに寝落ちかね
あっ、酉つけてくれよ
<<34
寝落ちしました。すいません
酉、ですか、つけたことなかったのでつけてみます。
トリップテスト
「おかしいのは、とうまのいないこの状態であって、決して私がおかしいわけではないんだよ」
「この状態がおかしいことなんて、分かってるわよ……」
「腕を離して欲しいかも」
「いいから、行くわよ」
「どこへ行くの?」
「だから」
「確かに、こもえの所にいれば養ってくれると思うんだよ。きっと、お腹が空くことだってないかも」
「だったら……」
「それでもなお、ここでとうまを待ちたいと思うのはそんなにいけないことなのかな?」
「いけないってゆーか、あんたの身体がもたないでしょ。あんたがダメになったら、あいつ絶対悲しむんだから、こんな分かり切った押問答をこれ以上する意味ある?」
「……どこにいるかわからないけど、本当にとうまがそう思ってくれるなら、きっとどんな場所にいても駆けつけてくれるんだよ。でも、来てくれない。それって、何が足りないのかな? 危機的状況かも?」
狂ってる。私は思った。自分だって、突然降って沸いた得体の知れない状況に混乱している。けれど、そんな不条理や理不尽に振り回されて身を潰していく少女を見過ごすことなどできない。私に言える資格はないし、それは、きっと、私の役割ではない。
無理やりにでも、ここから出すしかない。そう思って、彼女の腕を強引に引っ張った。
突如、右腕に痛み。
「ッッ!?」
私は思わず叫びそうになった。跳ねるように腕が引っ込む。
「な……」
「行かないって、言ってるんだよ?」
今の痛みは、彼女が噛んだのだ。とっさに、私はそう思った。
彼女は、何か叫んでから奥に走っていく。
「ちょッ」
彼女はそのままトイレらしき扉に手をかけて、入るなり鍵を閉めてしまった。
「はあ!?」
私は駆け寄って、扉を叩く。
「バカやってないで」
「帰って! ここから出ていって欲しいかも!」
くぐもった声が中から聞こえる。嗚咽交じりに、少女が文句を言っている。
涙声で、途中からはよく聞き取れない。
「あいつ……戻ってくるから。だから、一緒に」
最後まで言い切る前に、私の口が小刻みに震えだした。
「ま……」
待ってなさいよ――寂しさが急に込み上げてくる。
今日はここまでです
乙です
美琴もインデックスも痛々しいわ
上条さんどうしてオティなんかと行ってしまったんや…
乙!
H ///// ~`‐-、 ,..、
ヾ~ヽ __,,,,---''"")))))ヾー-、 ~\ / ノ
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ヽ ⊂⊃ ノ
`ヽ、_,,,,-'
く^ゝ // `ー、
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ヽ -===- / `ー-'
ヽ `ー" ノ
`ヽ、_,,,,-'
朝、だと気付いたのは小窓から差し込む暖かい光が顔に当たっていたからだ。
誰かが、身体を揺さぶっている。
はっとして、私は身体を起こす。
「短髪……のいて」
後ろから声がする。驚いて振り返ると、半開きの扉からインデックスの手が見えた。
「……へ……あ」
しまった。あのまま寝てしまったのだ。体の節々が痛い。フローリングの床ががやけに固く感じる。
寮生を調べるつもりだったのに、大きく時間をロスしてしまった。
私は、のろのろと立ち上がる。何か夢を見ていたような気もする。ゆっくりと、インデックスが扉を開ける。
瞼はまだ磁石のようにくっついたり離れたりを繰り返している。夢の内容はどんなものだったろうか。
悲しい夢だった気がする。不愉快なものだったような気もする。触れると、瞼は少し濡れていた。
「……」
まだ、頭が覚醒しない。昨日のことを思い出す。そうだ、眠ってしまう前に、私がやろうとしていたこと。
そろそろと、トイレから出てきたインデックスの腕を掴む。
「な、なにかな」
「待ちなさいよ」
「離して……欲しいかも」
既視感。
「また、噛みつく?」
痛みを思い出しながら、私は聞いた。
「離さないなら」
「噛みつかないでよ、痛いんだから」
そう言うと、じゃあ離して、と視線だけでインデックスは訴えてきた。
それは無視する。すると、インデックスは躊躇なく、私の腕を噛んできた。
「……ッ」
まるで野良犬だ。遠慮がない。
彼女歯が骨に当たって、ゴリゴリと削られるような感覚。
私は、一瞬で目が覚めた。声は出さなかった。今度は、ただ耐えた。
「なひゃんで……」
歯の隙間から、少女が何か呟いている。
痛かった。さっさと噛むのを止めて欲しい。それともこちらが腕を離せばいいのか。
否、彼女をここに置いておくことはできない。きっと、上条当麻もそれを望むだろう。
「……ッ」
だから、我慢した。だんだんと感覚が鈍くなってきた。インデックスは、まだ噛みつくのを止めない。
今日は、朝から授業に出ようと思っていたが、無理かもしれない。
ガチャ―バタン。やけに外の音が響く。
隣の部屋の扉から寮生が出て行ったらしい。どっちにしろ、この時間はこの部屋にいるしかないけれど。
登校中の学生に見つかれば、不審がられてしまうから。
だんだんとインデックスの噛む力も弱まっていた。顎が疲れてきたのだろう。後は、目的など関係ない。
どちらの意地が通るかだけだ。
身体がぶるりと震えた。寒い。
この時期に、暖房器具なしでよく生活できたものだ。
風邪をひきかねない。
「……ッ」
インデックスが動く。ぴくぴくと動いている。
なに、どうかしたの。
「……っくしゅん!」
瞬間、拘束が外れた。
すいません、今日はここまでです
乙です
切ないな
乙
とうまの霊圧が……消えた……!?
乙
>>47
sageろ
この人、ただ百合を書くだけに上条さんをひたすら排除してるんだよな
二人の気持ちなんて完全に無視
そりゃ酷評されるのも仕方ないわ
百合厨の気持ち悪さが溢れる作品
SSなんて基本そんなもんだろ
インデックスに噛まれた部分は、歯型から少し血が滲んでいた。
なんとなく、これは罰のようにも感じた。いつも、あいつに全てを任せていた。守られることに慢心していた。
そんな自分へ、誰かが叱責しているのだ。
インデックスを見た。
「とうま、どこにいったのかな……とうま、もう、帰ってこないのかな……ッ?」
「わかんないって……私には」
「短髪、もしかして、とうまをどこかに隠してる?」
「は?」
「とうまと最後に会ったのは、私と短髪くらいでしょ……あ、だから、私の事探しに来たの?」
氷の張った湖が割れるような音が、頭の奥で聞こえた。
「何言ってるの、んなわけ」
私は少女に手を伸ばす。
「ひッ……」
小さな悲鳴。右手を叩かれる。呆然と、私は右手を見た。
所在気なく、宙に留まっている。
「触らないで欲しいかも……!」
「なッ」
私は、何かの芝居でも見ているのだろうか。
インデックスを含めた周囲のものが、一つの喜劇のように感じられた。
「とうまを、返して!」
冗談にも程がある。
昨日から、インデックスの言動はおかしかった。それを真に受けることは、ただ精神を消耗してしまうだけだと思った。
それでも、私の中に沸々と湧き上がる、怒りがあった。怒りに身を任せて、彼女に正論を被せれば、楽になるだろうか。
何に対する苛立ちなのか。
「知らない……」
「嘘……嘘、なんだよ。短髪、もしかして、私を消しに来たの?」
「は……?」
少女の頬が、てらてらと光っている。
「とうまは、どこ? どこにいるのかな? ねえ」
目がかすんだ。
「……」
眠すぎるので、また明日です。
すいません
インデックスに両腕を捕まれて、ぐらぐらと揺さぶられる。
少女の質問は私に投げかけられている。
「ねえってば……」
揺さぶれば、彼女の望む答えが吐き出されるとでも思っているのだろうか。
私は彼女の冷たい手の平を握る。
「落ち着けってッ……現実逃避してどうすんのよ!」
「短髪が隠したんだ……絶対そうだ……」
「なんで私がそんなことしなくちゃいけないの!?」
「とうまを独り占めしてるんだよ……そうなんだよね。一緒に探してくれたのも演技なんでしょ?」
誤解だ。妄想にも程がある。
精神に異常があるとしか思えない。
「違うのよ……聞いて」
インデックスは嫌々するように首を振った。
「そうだって、言って……お願い」
「そんな……」
言えるわけがない。なぜ、そんな悲しい芝居を演じなければならないのか。
私が何も言えないでいると、インデックスはとぼとぼと後ずさりしてキッチンの壁にもたれかかり、ぺたりと座り込んだ。
可哀相――少女の絶望する姿に、アンチスキルの言葉が蘇る
可哀相なインデックス。ぽっかり空いた穴に、必死に何かを詰め込もうとしている。
詰め込もうとした何かは、砂でできたお城のようにさらさらと零れ落ちて行くだけだった。
その夜、私はインデックスが世話になるはずだった小萌という先生の住むアパートに訪ねて行った。
私と黒子と、それから初春さんも一緒だった。もし、少女があの寮から出ないというなら、こちらも強制力を行使するしかない。
「御坂さん、そこの部屋みたいです」
「ありがと」
おおよそ、女性が一人暮らししているようには見えない。よく言えば、レトロ。
インターホンを押して、しばし待つ。中から足音が聞こえた。ドアが開く。
「はい」
私は顔を上げる。そうしなければ、目線が合わなかったからだ。
「あ、あの、こちらに小萌先生は」
「へ? 俺、一人ですが」
「え?」
男性は不審そうにこちらを見ている。
「嘘をつかれているなら、こちらも考えがありましてよ?」
黒子が肩を乗り出して、喧嘩腰に言った。
「ちょ、待ちなさいよ。すいません、ちょっと部屋を間違えてしまったみたいです」
「お姉様ですが」
「いいから。……すいません」
「はあ」
男は無精ひげをぽりぽりと掻いて、首を傾げて扉を閉めた。
「どういうことでしょうか」
初春さんが、自前のノートパソコンで検索をかけてくれながら言った。
「どうもこうも、今の熊みたいな顔の殿方が隠蔽工作をしているとしか」
ここの住所は、インデックスに漸く吐かせたものだ。
嘘を吐いている可能性もある。しかし、それくらいしか情報源がない。
なにせ、私自身能力を使って探したにも関わらず、該当するアパートを見つけることができなかったのだから。
「み、御坂さん……月詠小萌という人物の検索結果が……ゼロなんです。セキュリティーがかかっているわけでもないですし……」
おずおずと初春さんが、こちらに画面を向けてくる。
「どういうことですの?」
「小萌という人物自体、学園都市にいないということです」
「じゃあ、インデックスさんが架空の人物と、架空の所在地をお姉様にお伝えしたということですか」
「そうとしか考えられないです。それか、スペルにミスがあるとしか」
二人が、こちらを見る。
「学園都市から出て行ってしまった、ということも考えられるわよね……」
それなら、インデックスがあのアパートにいる理由にもなる。
「なるほど、教育機関関係で検索範囲を広げてみます」
「ありがとう」
しかし、上条当麻の言葉を思い出すと、小萌先生は彼のいない間、インデックスの世話をしてくれていた人だ。
そんな彼女が、果たしてインデックスを置いていくだろうか。何かしら、保護措置をとっていくのではないだろうか。
「……み、御坂さん。やっぱり、該当する人物はいないようです……それらしき人が異動したというのもなくて」
「初春に探せないというのなら……やはり、インデックスさんの記憶に齟齬が生じているとしか」
「そうね……」
「一度、お医者様に診て頂いた方がよろしいのではないでしょうか」
「うん、言ってみる」
聞く耳を持つかは別として、やはりそれは必要だろう。
もはや、ここにいる理由もなかったので、私は二人に夕飯を奢ってから黒子と常盤台の寮に戻った。
就寝時、ベッドに身体を預け目を瞑りながら、上条当麻のアパートを脳裏に思い浮かべた。
あそこで食事を作り、布団を干し、ゲームをしたり生活している彼も加える。
そんな彼の作った料理を食べているインデックスも加える。
私は実際にそれを見たわけではないので、想像しかできない。
けれど、いつかの日常だ。インデックスにとってはそうなのだ。
少女が欲するのはその日常だけだ。それに向かって、意識や記憶を操作しているのだろう。
私たち能力者は、自分の理想を観測することで、自分だけの現実をこの世界に映している。
それと同じことかもしれない。彼女の中では、未だ彼は存在しているし、存在していないのだ。
絶望しながら希望に満ちているのだ。それは、何よりも地獄だった。
「……ッ」
「お姉様?」
「なんでもないの……」
私は、少女の哀しみに取りつかれているだけだ。
自分自身のすすきれた感情も二重三重に折り重なる。
ギシッ――
ベッドがひずんだ。見ると、黒子が座っていた。長い髪がはらりと揺れている。
幼さの残る目元は、心配そうにこちらを見ていた。
「……そうだ、お弁当ありがとう。悪い、言うの遅くなったわ」
「いえいえ、言って下さればいつでも。まあ、言わなくてもお作りするのが黒子の役目ですが」
「何よそれ」
私は笑う。黒子も微笑んだ。
黒子は、きっとまた私が眠るまでそんな風にして安心させてくれるのだろう。
自分だけならば狂っていた。そう思う。時間の経過や、周囲の人間や環境の変化。
そんなことが、もし、自分だけにしか分からないならば、その反動も自分にしか現れないだろう。
一人、宇宙空間にいる時のような。
上も下も、右も左も、傾いているかも分からない。軸のない世界がぐるぐると回る。それを感じて、意識は混乱する。
変動する世界を認識するには、軸や変わったという基準がやはりどこかになくてはならないし、認識した世界を腹に落とすためのレセプターがなくては情報は無意味だ。そして、理解できないカオスに押しつぶされてしまう。
変っていくこと、変わっていかないことを認識し、変わっていいのだ、変わらなくていいのだと言う声。そんなことを、外側に求めなければ私たちは真っ直ぐに立つのも難しい。
「お姉様、黒子はずっと離れませんから……諦めないでくださいまし」
黒子が、何か言っていた。私は安堵からうとうとして聞き取ることができなかった。
※変更
変っていくこと、変わっていかないことを認識し→変わること、変わらないことを認識させてくれる存在。
いったんここまでです。たぶん、また夕方くらいに
読んでいただいてる方ありがとうございます
っていうか何の事情も話さずにインデックスを学園都市に一人残していくってありえなくね
―――――――
俺は走っていた。なぜなら、鬼ごっこをしていたからだ。
そして、あいつらから逃げていた。
「おい、そっちに逃げたぞ!」
「捕まえろー!」
肺が痛かった。
後ろを振り向くと、同じクラスの背の高いリーダー格の少年と子豚のような体型の少年が、挟み込むように両脇につこうとしていた。
「はあッ……」
早くこんなゲーム終わってしまえ。
どうせ、ゴールはいつも同じなのだ。
敗者は決まっている。俺だ。
「うわッ!?」
何かに躓く。こんな時に。なんだよ、ちくしょう。
地べたに転がるようにして、俺は砂だらけになった。
「どんまーい!」
のっぽが笑いながら言った。俺は立ち上がろうとして、左足を挫いていることに気が付いた。
鈍い痛みに、顔を歪めた。チンチン、と言う音が鳴った。ガラス瓶に鉄格子を当てゴングの代わりにしているのだ。
それが、ゲーム終了の合図だった。
「上条君、捕獲!」
虫取り網で、頭を押さえつけられる。
そんなもの振り払ってしまえばいいけれど、それが頭に被さったら捕まったことになるのだ。それがルールだ。
「じゃ、明日の掃除当番も上条君に決定な」
「ああ」
のそりと立ち上がりながら、俺は返事した。
「毎回負けるとかありないっしょ」
デブが笑っている。
「お前絶対呪われてるって。家に塩まいとけよ」
「そうするよ」
残念だけど、それはもう親父が試しているんだ。
「じゃなくてさ、お祓いしてもらった方がいいって。おまえんとこ全部」
「そうだな」
それも、全部したさ。
「じゃ、明日も夕方にここ集合な! 遅れんなよ」
「分かってるよ」
二人の少年が、黄色い帽子を被って、黒のランドセルを背負って手を振っている。
俺も振り返す。膝についた土を払う。この鬼ごっこで、俺は例外なく負ける。
あいつらもそれを分かって楽しんでいる。
勝ちたいと思ったこともあった。
ずっと前に。もう、諦めたけど。
「いてッ」
右の手の平をすりむいていた。少し血が滲んでいる。
とにかく綺麗にしてから帰ろう。そうじゃなきゃ、また母さんが心配する。
よく洗っておけば、、次の日には傷痕すらなくなる。
怪我をしたことさえばれない。どんな怪我もよく洗っておけばすぐ治った。
俺はゲームは好きだった。怪我をするのは嫌いだけど。
もっと小さい頃は、負けてもそれなりに楽しかった。
みんな、何も言わなかったからだ。負けることは普通だった。だから、俺も何も考えてはいなかった。
でも、他人は勝手で残酷だ。親父が、母さんとリビングで話していた時に言っていた台詞だ。
辞書で調べたらひどいこと、と書かれていた。
俺の覚えている範囲で、最初にしでかした事件は、小学1年の雨の日の下校中のことだった。
友達と傘で突きあっていた時に、偶然通りかかった自転車の車輪に傘を突っ込んでしまった。
幸い載っていた人に大きな怪我はなかったけれど、俺は挟まれた傘と一緒に引きずられて水たまりにダイブした。
他にも、缶けりの最中に蹴った缶が運悪く犬に当たって、追いかけられて足を噛まれたり、駄菓子屋で盗んでもいないものを盗んだと言われたり、自転車の補助輪が急に壊れて、コントロールが効かなくて隣の家の花壇を中破させたり――。
別にやりたくてやってるわけじゃないんだ。不注意だ、意識が散漫だと散々言われた。
学校の先生が家庭訪問に来た時にこっそりと聞いていた母さんに言った言葉がきっかけで、俺は自分が変なのだと自覚させられた。
『当麻君は、よく言えば影響力があり、悪く言えば他人を巻き添えにしてしまうといいますか……おそらく、こうしたら、こうなっちゃうんじゃないかというような未来のことを考える力が他の子よりもゆっくり身についているんじゃないかなと思うんですが……』
言葉の意味は分からなかったが、自分が人よりも違っているのだと言っていることだけは分かった。
みんながどうなのか、そんなことは分からない。ただ、俺はみんなと比べて例外だってこと。
それは、別にどうでも良かった。みんなと同じだとは思ってなかったから。
ただ、その違いを変なものだとは感じてはいなかった。
その時、ふと近所のじいさんが険しい目で俺を見ていたのを思い出した。
じいさんは塩を俺にまき散らしてこう言った。
『疫病神!』
老いぼれの偏屈じいさんのボケが始まったんだって、その頃の俺は思った。
言葉の意味は分からないが、きっとあの人も、俺を変だと言いたかったに違いない。
俺が遊んでいる時に、もしかしたら何度か迷惑をかけられていたのかもしれない。
今は、じいさんの家の前を通るたびに、また塩をかけられると思っていつも遠回りして家に帰っている。
最近は、ゲームももっぱら家の中でしかしていない。
親父が買ってきたメキシコのビンゴを母さんとしたり、テレビゲームで遊んだり。
俺がじいさんに何をしたのか、それは俺にはわからなかった。
でも、俺はまた同じように誰かを傷つけたり周りを巻き込んで失敗を繰り返すんじゃないかと思うと、怖くなった。
何もしないのが一番だった。その方がよっぽど安心だった。
家に帰ると、親父が泥の人形をせっせとこしらえていた。
「ただいま……何してんの?」
「これはな、トルコの言い伝えによるとこうやって作ったやつにお前の髪の毛を1本入れることで、不幸を身代わりしてくれるそうなんだ」
「その気持ち悪い人形に俺の髪の毛が入ってることが、もうすでに不幸だよ……」
次の参観日に、親父を呼ぶのは止めようとなんとなく思った。
そのまま、家に入ろうとすると、
「バカ、お前も一緒に作るんだよ」
親父に捕まり、二体目を作る作業にやむなくとりかかることになった。
その日の夕飯は、得体の知れない野草のスープだった。
親父曰く、体内の悪い要素を吐き出してくれると言うのだ。
俺の中には、悪いものがたくさん詰まっていると信じて疑わないらしい。
母さんが穏やかな声で、
「お腹を壊すのは嫌だわ。二人とも、先に味見してね」
と間の抜けた事を言っていた。
「おいおい母さん、作っている最中に味見しなかったのかい」
親父は笑いながら、お椀に手をかけて緑色のスープをスプーンで一すくいした。
「うまい! やっぱり、何を作っても上手い!」
「あら、やだ」
母さんが照れたように、口もとを手で隠す。
「ホントに?」
俺は、多少疑いながらお椀ごとスープをすすった。
「……」
最高にマズかった。
とある日曜日。俺は土手に捨てられていた犬に、給食でこっそり残しておいたパンを食べさせていた。
その犬は俺によく懐いていた。俺とそいつは友達だった。鬼ごっこがない日は、こいつと追いかけっこをして遊んでいた。
犬の食事が終わってから、一緒に土手を走り回った。
息を切らして、犬が俺の後をついてくるのが可愛くて同じところをぐるぐると回っていた。
犬が喜んでいるような気がして、嬉しかった。
その土手はほとんど人が来ないので、俺はそこを基地にしていた。
ただし、今日は小さなお客さんが来ていた。斜めの土手に座って俺たちを見ていた。
いつの間にそこにいたのか。俺は声をかけることはしなかった。だって、そいつは女の子だったから。
女の子には優しくしろ、楽しませろと親父に散々言われていた。
だから、こんな汗臭い遊びに誘っても喜ぶはずがない。
少女は日本人ではなかった。外人さんだった。
俺は珍しくてちらちらと盗み見ていた。金髪の長い髪の毛。レースの洋服。
こんな土臭い場所にいるのが不思議だった。
どこの子だろうか。
「おわっと!?」
その子に気を取られて、俺は自分の足で犬を踏んでしまいそうになった。
とっさに身をよじって、犬とは反対側に倒れこんだ。
「んが!?」
数秒、目を瞑っていたようで、開けると眩しい空が――いや、空を背景に少女がこちらを覗いていた。
ちょっと、抜けます
俺は彼女の吸い込まれるような瞳を見て、動けなくなった。
さっきとは違う呼吸のテンポ。少女との距離は近い。
「上条当麻」
少女が突然話しかけてきた。大人びた口調だった。
俺は動転した。日本語がお上手ですね。とっさにそう言いそうになった。
それをこらえて、
「は、はい」
と答えた。
「犬は好きか?」
「え」
な、なんだこの子は。
「どうなんだ」
少女の気分を悪くさせるのも、気が引けたので俺は答える。
「好きだけど」
「どんな所が好きだ?」
俺は目を何度か瞬かせる。幻じゃないみたいだ。彼女は消えてくれない。
のそりと身体を起こし、少女から離れるようにして立ち上がった。
彼女は答えを早く聞かせてとでも言うように、ずいと近づいてくる。
「可愛い所」
「なぜ可愛いと思う?」
そんなこと言われても。
「なぜって……」
「餌を与えれば、懐くからか? 自分より弱い生き物を見て、安心するからか?」
「?」
意味がわからずに、俺は首を傾げた。少女の顔を見る。
「わからないか。ならばいい。では、父や母は好きか?」
「そりゃ」
「なぜ?」
「理由がいる?」
「それが、答えか。では、友は好きか?」
「ああ」
「なぜ?」
「だから理由が」
「なぜ、嘘を?」
少女は無表情で言った。
「嘘なんかじゃ……」
「お前には友と呼べる者がいるのか?」
俺は何も言えなかった。
「友が欲しいか?」
「俺にはこいつがいるし」
足元ですり寄ってくる犬の頭を撫でる。
「そうか、ならばいい」
少女は、くるりと踵を返す。
「君は……」
もしかして、彼女は友達が欲しかったのかもしれない。
俺がここへ遊びに来るのを、どこからかいつも見ていてそれで話しかけようと思ったのかもしれない。
それって、けっこう勇気がいることだと思う。
どこかへ行こうとする彼女の背中に、俺は問いかける。
「君は友達が欲しい?」
「いや」
少女は足を止めずに首を振る。
「上条当麻がいればそれで構わない」
そう言い残して、俺をそこに棒立ちにさせて、さっさと土手を上がって行ってしまった。
明くる日、俺は彼女のことが頭から離れなくて、鬼ごっこの後に走って土手へ向かった。
もうすぐ晩御飯だから、早く帰らないと母さんに叱られてしまう。
少しだけ、いるかいないかだけでも確認して帰ろう。
果たして、少女はあの土手でぽつりと座っていた。
「はあッ……ッ」
膝に手を着いて、彼女の近くで息を整える。
「どうした?」
少女が言った。
「君って、家このあたりなの?」
「家はもうない」
「なんですと?!」
なんてことだ。いや、待てそんなバカなことがあるだろうか。
「給食の残りのパンでもくれるか?」
「え、いるなら」
「冗談だ」
「……」
「どうして、今日も来た?」
「君がいるような気がして」
「そうか」
「……違うな。なんか、待ってるような気がした」
「あの犬のようにか?」
「ううん、あいつはさ……俺の持ってくるパンが欲しいんだ。でも、君は俺を待っているような気がした。だから来たんだ」
少女は静かに立ち上がって、俺の頭に手を置いた。
「今回は素直だな。ありがとう」
まるで、大人の女性に撫でられるようなくすぐったさを覚えた。
「な、なんだよ」
気恥ずかしさから、俺はすぐに少女の手を右手で押しのけた。
瞬間――ガラスの割れるような音が、耳から耳へと突き抜けていった。
「ッう」
痛みに目を瞑る。
「何度塗り替えても、お前はいつも私を追いかけて来てくれるな」
はっとして、俺は少女――否、オティヌスを見た。
周囲はいつの間にかまっさらな白壁に囲まれていた。
「今度は子ども時代か……満足したか?」
「いや、まだ」
「次はどこに?」
「お前がじじいになった所も見てみたい」
「しわくちゃの雑巾みたいになってると思うぜ」
自分の祖父の顔を思い出している時には、すでに俺はロッキングチェアに揺られながら木々に囲まれたテラスで紅茶をすすっていた。
「今度は記憶が残っているんだな」
「ああ」
「なんで、お前もそんなにしわくちゃになったんだよ」
「お似合いだろ?」
老婆が微笑むと、顔に幾重にもしわができた。
「ここはどこだ」
「私の生まれた国だ」
空になったティーカップを机に戻すと、オティヌスは骨ばった手でゆっくりと紅茶を注ぎ足してくれた。
「良い所だな」
辺りは森林。街から離れた所だろうか。
少し開けた所から、白煙が上がっていた。
「ここはな。一歩森から出れば、血で血を洗うような生臭い戦場が待っている。今は、戦争中だ。私が普通の人間のように歳をとって入れば、あの戦乱で死んでいたかもしれないな。まあ、少なくとも友は亡くなってしまった」
「友達の話、聞かせてくれるか?」
「いいだろう。昔話だ」
遠くの方で投石のような音が聞こえた。
「この世界の最も古い友人は、魔術師であり通訳者でもあった。彼女は人が良くてな。捕虜の面倒も、頼まれもせずによくやっていた。軍部の者をよく困らせていて、私はとばっちりをよく受けていたものだ」
「お前を困らせるなんて、相当の大物だな」
「ああ、だが彼女の隣はすこぶる居心地が良かったんだ。彼女がいれば、あの世界は平和だった」
オティヌスは自分のティーカップにも紅茶を注ぐ。
湯気が風に吹かれ、俺の鼻孔をくすぐった。
「この世界で、私は繋がりを見つけた」
彼女は森を見つめる。目を細めて、遠くを見ているようだ。
いや、その友人の事を思い出しているのだろう。
「彼女もまた基準点だ。最初は心を破壊するつもりで近寄ったんだがな」
俺は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。
「ごほッ……ごほ」
「誤飲か? 高齢なんだから気を付けろよ」
「お前が言うなって……で、続きは?」
生糸のふきんを俺に手渡して、彼女は何か呟く。
指で目の前の何もない空間をなぞると、光のアーチが生まれた。
「目を瞑れ」
彼女が言った。俺はそれに従う。
広がっていた森林が無くなり、草原になった。
その後、バイクか車に乗っているかのように景色が後ろに流れていく。
川の堤防にあがって、鉄橋が近づいて来て、そこに赤やオレンジの灯りがたくさん見えた。
「彼女の優しい心に触れるうちに、好きになってしまった。彼女の心を破壊する所か、彼女を守りたいとさえ思うようになったよ。彼女と生きてみたいとさえ思ったさ」
橋を渡っていくと、そこにあったのは商店街だった。道の真ん中に、鈍色のトラックが止まっていた。
「ここは?」
「彼女の生まれた街だ。私は、まずここで彼女をさらった」
オティヌスは――無意識だろうか、自分の右目を触っていた。
右目を潰すように触るものだから、俺はとっさにその手を掴んだ。
「おい」
「すまないな」
力を抜く。平たい建物の上に、俺たちは着地する。その建物の向かい側から、妙に甲高い声。赤ん坊の声だった。
「あの赤ん坊が、私の友だ」
「な……」
つまり、赤ん坊をさらったのか。こいつは。
「許してもらいたいとも思わない。私には、その選択があの時なによりも優先されたから」
俺は握っていた拳に気が付く。
これで、彼女を殴ろうっていうのか、俺は。
「私はすぐにでも彼女を潰すつもりだった。なのに、あいつの声が……あまりにも煩くて……あの時、私にはまだ人としての心がわずかにあったのかもしれないな。いや、あるわけはないのだが……彼女を生かしてしまった。生かし続けてしまった。そうせずにいられなかった」
そうして、オティヌスは自分の理解者を育て上げた。
その世界に、オティヌスは生きた証を見出すことができた。
しかし、終わりはあっけなかった。
「流行病にかかってな。死んでしまった。捕虜の一人が、感染していた。まあ、いわゆる細菌自爆テロというやつだな。すぐに治療しておけば良かったのだが、彼女は捕虜の治療を優先した。死に際を見れなかったのは幸いだったのか、不幸だったのか今でも分からないな」
オティヌスは何度も語りつくした台詞のように、ゆっくりとそこまで言い終えた。
俺は彼女の骨と皮でできているような、しわくちゃでカサカサの手を握ってやった。
「人は残酷だ。その命はあっけない。私はその世界を見限って、また次の位相に移った」
大きく、神々しささえ感じられる山々が、眼前に広がった。
圧倒され、俺は背筋を逸らした。
「次の世界に、私は彼女の墓標を作った。右手のある彼女ではなく、私の友であり、子であり、世界との繋がりである彼女のな。それが、あの山だ。インド最北部の、今はザンスカールと呼ばれている。誰も足を踏み入れることができないようにした」
今日はここまでです。
ありがとう
ちなみに、上条さんは好きなんですが、百合を書くと必然いなくなってしまいますね
乙
上条嫌いと思われたのは前作の扱いが原因でしょ、無理あるもん
百合を書くんだから無理にならない方がおかしいだろ
ってか百合自体が気持ち悪いわけで
特にここの>>1が書くものは
仲のいいみこインは割と需要があるけど、ガチはちょっとな
完全パラレル世界で美琴とインちゃんイチャイチャなら上条さん嫌いなんてまず思われなかったでしょ
正直俺も相当嫌いなんだと思ったよアレ
上条さんがいながらどうやって百合に発展するかっていう過程も書くと、無理やり感が出るんですね……
力量不足ですわ
またアンチ認定してスレ潰すのか
気に入らなきゃ黙って離れろ
好きな様に書かせとけ
別に上条さんアンチだとは思わないけど、本来そういう要素が全くない上に百合というカップリング
ただ単に気持ち悪いなと
わかったから黙って消えろ
嫌なら見るな、黙ってそっ閉じ
何度もいわせんな。学習しろ
あたりはいつの間にか夜に変わっていた。底冷えるような闇。その山の中腹に大きな亀裂があり、そこから吹き上がった風が頭上でうねりを上げている。闇から逃げるように、星のきらめくところへ登っていくようだ。山が呼吸しているようにも感じられた。
「いく年か、私はこの山と共に生きた。何をするでもなく、ある夜は暗い谷底で、ある朝は葉擦れの音を聞いて……」
それから、夜はすぐに光にかき消され、霧のように晴れていった。
万物が映し出されていく。
「……ッ」
俺は眩しさに目を細めた。光を打ち消すように右手を額の上にかざす。目の前の背の曲がった老婆が光に溶けていく。
オティヌスはその年輪のような顔をこちらに向けて、どうだ、美しいだろう、と言わんばかりに両手を広げていた。
山々の頂きに後光が差した。
「すげえ……」
高校生らしい感嘆だったと思う。
老婆の皺が徐々に延びていき、数秒後には元の若いオティヌスに戻っていた。
「彼女に触れられなくなった後の喪失感は、この美しい山と何年も過ごす内に薄れていった。哀しい記憶は確かにあった。ただ、今は古いアルバムのようなものだ。美化され断片的に想い出す」
確かにそうかもしれない。記憶は美化される。
良い所ばかり目につく。
「辿り着きたかった世界も、きっと、私の頭の中で洗練されてしまっていたのさ。だから、どこにもなかった。同じような世界でも、どこか歪んで見えたのはそのせいだろう」
例えば、絵画のイミテーションのようなものかもしれない。本物を見てきた者には違和感を覚えさせる。
しかし、本物への憧れがいくつもの偽物を作り出させてしまうのだ。
偽物だ、と認識できるのは本物を見てきた者だけだ。それ以外の人間にとってはそんなことはどうでもいい。
疑う余地がなく、なにせ全てが本物なのだから。それが現実だ。彼女はその現実を歪め、逃げている。自分を押しつぶそうとする、寂しさや悲しみも、駄々をこねて拒んでいる。それも本物だと、分かっていながら。だからこそ、こんな壮大な幻想のバカンスに俺を連れ出したのだ。
そんな彼女に俺は何をしてやれるだろうか。
目の前の、たった一人の女の子。彼女に、優しさや思いやりといった己のエゴを通して、救ってやることができるのだろうか。
そんな醜いものでいいなら、俺はそれを使う。この右手を握る。
彼女には、もう力はない。これは彼女が見せているイメージにしか過ぎない。
それは薄々感づいていた。しかし、それでもなおこの芝居に付き合わなければならない。
なにせ、それができるのは俺だけだからだ。
俺の勝手な自己満足が彼女を救えるなら、そうしたい。彼女の願望は人類の常軌からとことん外れてしまっている。
おそらく、こいつはどんどんどんどん、自分の求めていた物から遠ざかっているんだ。
もう、何を求めていたのか、どこからが始まりだったのか覚えていられないくらいには。
消しゴム消しただけなら、まだ消しカスが元のばしょに残っていたかもしれない。
石でも投げつけ破壊したなら、まだ破片が残っていただろう。
けれど、上から塗りつぶしてしまったら、もう何がどこにあったのかすらわからない。
使った絵具はそれぞれでは意味をなさない。折り重なって、調和して、相反して、均一化して、そして一つになる。
それはまっさらなキャンパスから生まれる芸術だ。
視線を下げる。オティヌスが笑っている。
「何を考えている? まさか、帰りたいとでも思っているのか?」
「そうだな、帰って焼きそばパンでも食いたいよ」
俺の言葉に、オティヌスは面食らったのか、肩をずらした。
「なんだそれは」
「知らないのか? むっちゃ上手いぞ」
「知らんな」
「世界を作り替えれるくせに、そんなことも知らないんですか?」
俺は茶化した。
「見聞きしたとしても、興味を持たなければ残らない」
すると、とても真面目な顔で――怒っているようだ――淡々と説明された。
「へー……そんなもんなんだ」
それから、俺はオティヌスにまるで同級生と授業中で話すように、色々なことを話してやった。
購買のパンを一通り教えてやった。その後、即席ラーメンの説明もしてやった。
眼下には、朝日を浴びて雪解けがはじまり、音もなく崩れていく峰々が広がる。
俺はいまだにしわくちゃの手をしている。早く元に戻して欲しい。
だが、それも後回しだ。
俺は、こいつに教えてやらなきゃいけない。
こいつが帰った後に待っている普通ってやつを。
いったんここまでです。
また、夕方か夜くらいに
次に目を開けると、計測機器や操縦桿が目に入った。
手の指を開いて、閉じる。俺はどうやら飛行機、それも戦闘機のパイロットのようだった。
「……ここは」
ぽつりと呟くと、
――おい、前を見ろ。死ぬぞ
「は?」
窓を見ると、遠くで旋回する別の飛行物体が見えた。
俺の手はそれを見て、勝手に操縦桿を握り直し、体を傾けて方向を変えていく。
「のわ?!」
エレベータを引いて、急上昇する。浮遊感に胸がざわついた。
なぜ操縦できるのか全くわからない。
前の飛行機がロールし、自機の背面についた。
『ドッグ1、狙われている。速度を上げろ』
突然の無線。
「狙われてるって……誰に」
――私だよ
俺は後ろ振り向く。
誰も乗っていない。
――前だ。前にいる。敵は前にいる
声は直接脳に響いているようだった。
「オティヌスか? 今度は一体何を……」
スロットルを押し上げる。機首を敵の方へと向けた。
敵? 敵とはなんだ。誰のことだ。
目の前の何もない空に、光の帯がいくつも現れる。
背筋がびくりと震えた。折り重なり、槍のように細くまとまっていく。
――撃たなければ死ぬぞ
敵が射程に入る。俺の手は意思に反して、迷わず撃った。
すぐに反転して高度を下げる。離脱。
直後、爆発音。
「……俺は、今何を撃ったんだ?」
緩やかに旋回して、俺は着弾点を観察する。
影がぐらりと傾いた。
『ブラボー! さすが救世主!』
無線から何人かが、歓声を上げているのが聞こえた。
影は急速に落下していった。下はビル群が広がっている。
直感的に、ここは東京の上空だと悟った。
物体が落ちた所に人だかりができていた。俺は出力を下げて、着陸できる所がないか探す。
河川敷を見つけ、進入コースを確認。誰かいる。こちらが来るのを分かっていたのか、旗を振っている。
そこになんとか機体を滑り込ませた。
飛行機を転がるように降りて、俺は走った。
物体が落ちた所に集まっている連中は、魔術師や自衛隊もいれば、官僚みたいな奴もいた。
俺は、落ちたのが一体何だったのかを確認するため、人込みをかき分ける。
「お疲れ、とーま!」
聞き覚えのある声。インデックスだ。レッサーと一緒に横から手を振っている。
「あんた……また無茶して、ほんとに生きてて良かった」
御坂が後ろから俺の肩を叩く。少しよろける。
2歩、3歩とつんのめりながら、人だかりが開けた所に体をねじ込ませた。
バードウェイがしゃがみ込んでいた。彼女の体の横から二本の足が伸びていた。
足は所々黒く焦げていて、微かに焦げ臭さが鼻を歪ませる。
すぐ横に俺は立った。その物体――人間の四肢は落ちた衝撃もあったのか、断裂していた。
「あ……」
声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
胃のあたりからめりめりと何かがせり上がってくる。
「オティヌス……?」
そこで、漸く俺は名前を呼んだ。
バードウェイが、腕を伸ばし俺の口に人差し指を当てる。
「呼びかけるな。死者がこちら側に戻ってきたらどうする」
俺はそれを無視して、膝をついてかき集めるようにオティヌスの体を抱き寄せた。
固まり始めていた血糊が剥がれた。周囲にもどよめきが起こる。
手が震えて、上手く支えれない。いや、そもそも骨が砕けていて、重力のままぐにゃりと曲がってしまうのだ。
「おい、何をして……」
これは、オティヌスなのか。
俺はこの手でオティヌスを殺したというのか。
「おい……ふざけるな。冗談だろ……」
悪い夢だ。また、こいつが見せている世界に違いない。
と、首根っこを引っ張られる。
「よくやった。が、お前のその甘さはどうにかならないのかな?」
バードウェイがやれやれと首を振った。なんだこいつ、何も感じないのか。
人が一人死んだってんだぞ。インデックスも美琴もレッサーも、ほかの奴らも何がそんなに嬉しいんだ。
俺は人を殺したんだぞ。
「何してる?」
「なんで、なんで……」
「は?」
「なんで、お前が死ななきゃならないんだ! なんで、俺の手で殺した!? 何がしたいんだよ!? なあ!?」
そんなに俺を縛り付けておきたいのか?
元の世界はそんなに嫌か?
両脇からスーツの男達、恐らくバードウェイの部下達が青色のビニールを地面に敷き始めた。
銀色の石のようなものを取り出して、並べ始める。
「邪魔だよお前。マーク、この頭のおかしな男を連れていけ。最後に精神操作でもされたのかしらんが……」
「オティヌス! 何か言えって! オティヌス!」
叫んでも死体はぴくりともしない。
「とーま?! どうしたの?!」
「くそッ!」
インデックスが俺を制止させるように抱きしめてくる。
今にも泣きだしそうなシスターの瞳。
「とーま、ごめんね。辛いよね。こんなのとーまが一番辛いはずなんだよ……でも、救われる人数で決めようってみんなで決めたよね……何の慰めにもならないかもしれない。でも、みんなで決めたんだよ」
俺は、そんな作戦にどうして参加しちまってるんだ。
「……あの時、オティヌスと一緒に行っちゃうかもって怖かったんだよ」
「インデックス俺は……」
「とーま、自分を責めないでね。とーまは最後の最後まで彼女の味方だったんだから。それでも、とーまが私を、私たちを選んでくれたことが本当に嬉しいかも」
俺は言葉を返すことができなかった。
わけもわからず、それを否定することができない。インデックスの笑顔を歪められない。
それをするには、俺はインデックスを大切に思い過ぎている。
俺はこの世界と敵対してしまったオティヌスを守らなかったのだ。
代わりに、上条当麻が守ると決めた少女を守ったのだ。
それは裏切りだ。
オティヌスに対する裏切りだ。
でも、どうだ。インデックスのいる世界を守らなければ、それこそ上条当麻に対する裏切りだ。
おれは絶望を抱えたまま、視界が暗転していくのを感じた。
心臓が止まっていたかのように、俺は呼吸を思い出した。
辺りは暗い。体が前に進んでいる。見覚えのある景色。
病院の中庭を歩いているようだった。
「とーま……見て見て、短髪がくれたんだけど、三人で映画に行かないかって……」
隣にはインデックスがいる。
「とーま?」
生暖かい風が頬を撫でる。それは、今まで忘れていた日常を思い出させる。
今まで浸かっていたぬるま湯。記憶が引き継がれている。まだ、オティヌスは生きているようだ。
この日常を俺に戻して、自分は死んだように生きている。
そんな日常を、俺は彼女に教えてやりたいんだ。
だが、その日常が彼女を受け入れることはない。
それを、俺に突き付けてどうしたいのか。
決まっている。勘違いでもいい。そんなの一つしかない。
それでもなお、俺に救いを求めている。
「さっきの女の子のこと思い出してるのかな?」
「え?」
「さっき、オティヌスって言う子がお見舞いに来てたでしょ?」
俺はインデックスが何を言っているのか分からなかった。
「インデックスさんてば何を」
「鼻の下伸ばしてたもんッ……ガルル」
「こ、こらこら、なぜ臨戦態勢に入っていらっしゃるんですか……」
「ふんッ!」
ここは、また違う位相なのか。
「全く、毎度毎度人を怒らせて…才能すら感じるんだよ」
「ははッ……」
「ねえ、とーま」
「ん?」
「……昨日までどこにいたの?」
俺は自分の体を見る。擦り傷だらけだ。頭の方を触ると、包帯が巻かれていた。
「どこだろうな……」
「……噛んでいいかな?」
「ちょ、タンマタンマ!」
少女の歯噛みする音。
「ずっと、たぶん近くにいたかな……」
「もう……何なのかなそれ」
我ながらくさかったな。
ため息。ついで、彼女はこちらを見上げる。
怒っている、戸惑っている、悩んでいる、訴えている。
何かをくみ取ろうとしてくれている。彼女は、俺を理解しようとしてくれている。
それが、どうしようもなく落ち着く。安心する。俺の日常。インデックスは、俺に聞きたいことがたくさんあるのだろう。
俺だって、彼女に言いたいことがたくさんある。どの世界にいてもインデックスはインデックスで、いつも変わらず俺の傍にいる。
ひどいぜ、オティヌス。
俺にこれを見せつけた上で、放棄しろっていうのか。
さすがだよ。それでも、なお俺はお前を救ってやるよ。
手が震えた。びびっている。
インデックスが俺の手を握る。
俺は彼女を抱きしめてやりたかった。インデックスもたぶんそれを望んでいただろう。
そうすることは簡単だった。離れた時、どれだけ辛いかを考えると躊躇してしまうのだ。
それは諦めた者の考えだ。
俺は手を放し、両腕を思い切りインデックスの背に回した。
「と、とーま……? 苦しいかも……」
俺の帰る場所は間違いなくここなんだ。
ここに、お前も連れてきてやるよ。待ってろよ、オティヌス。
「……こ、こらとーまってば」
俺の胸の中でもぞもぞとインデックスが動く。
「もちっとこのままでもいいですか……?」
「う……」
少女は抵抗を止める。
「インデックスさんって、あったかいよな。安心する」
「い、いきなり真顔で何を言っているのかなッ」
インデックスが恥ずかしがっている。やや嬉しそうだ。それが、少しおかしい。それも俺がさせている。
何万と世界を繰り返そうと、記憶を失おうと、見知らぬ自分に怯えても、なお俺にはそれができる。
指を銜えてそれを見ているか、オティヌス。
俺の理想は、俺の夢想で終わらせてなんかやらない。
お前すら巻きこんで、現実にしてやる。必ず。
「もう、とーま……誰かに見られたらどうするのさ」
「ああ……悪い」
俺は体を離す。ふくれっ面のインデックスに笑いかける。
「とーまって……たまに大胆で変態で困るかも……」
「失礼な! 今のどこに変態要素があったんだ!」
「自覚無し……手に負えないかも」
呆れた声でインデックスが一歩前に進む。
「まあ、五体満足で戻ってきて良かったんだよ」
表情は見えない。俺は少女の背を見つめる。
必ず、戻る。この日常に。
だから、今は――さよならだ。
信じて待っててくれ。諦めてもいい。泣き叫んでもいい。
それでも、信じて待っていてくれ。
俺の勝手を許さなくていいから。
お前が何も言わなくてもただ待ってくれているなら、それが道しるべになる。
そしたら、俺はどの世界でもきっと迷わないから。
ちょっと抜けます。
乙
――――――
この間、インデックスに言われたことを思い出して、私は足が止まった。
――泥棒猫
(なんか違うか……なんだっけ)
心にいつまでも留めておくとストレスになる。
都合よく所々忘れているのはそのせいかもしれない。
今夜はやけに風が冷たい。
早く入ろう。
身を震えさせて、私は上条当麻の部屋のカギを開け、扉を押す。
静かだった。変だ。
この間は、犬のようにインデックスが飛びかかってきたのに。
「インデックス?」
外に出たのだろうか。公園かもしれない。
私は一度寮の1階まで降りて、端末で地図を出す。
放置自転車を一台拝借して、公園へ向かった。
昼間とは違って不愛想な遊具が夜の公園を不気味にさせていた。
(あいつ……どこに)
キイ――
錆びた金属のこすれあう音。
びくりとして、音のした方をすぐさま振り向いた。
街頭に照らされたブランコに誰か乗っている。
「インデックス?」
にしては服装が黒々としすぎている。まるで悪魔だ。
それは見覚えがあった。病院で見た、ショップの店員だった。
声をかけるべきか悩んだが、時間も惜しいので意を決して話しかけた。
「……あの、この辺りで修道女見ませんでしたか?」
「お前の妹が連れて行ったじゃないか」
「は?」
予想外の返答。
「どうやら、少しは骨のある奴もいるようだが……まあ、あの娘が自我を保てるのも残りわずか」
「あんた……あのシスターに何したのよ」
私は左ポケットに手を入れる。指先にコインが当たった。
「何も。あの娘が勝手に壊れていってるだけだ」
インデックスの状態を分かっているならば、むろんそれを取り巻く環境も知っているわけで、それを理解していて傍観できるというなら、こいつは――敵。
「……あんた、知ってること全部吐いてもらおうかしら……」
宵闇に光が弾ける。
今日はここまでです
乙
「知っていること?」
少女がとぼけた声を出す。
「そうね、まずは……上条当麻はどこ?」
「その質問に答えてもいいが、そもそもお前はそこにたどり着くことはできないだろう」
はぐらかしている、というわけではなさそうだった。
「そ、じゃあ連れて行って」
「いや、できない」
「はー……予想できる答えをありがとう。ま、力づくで案内してもらうだけなんだけど……ね!」
言い終えて、私は周囲の砂鉄を砂嵐のようにかき集める。
「言っておくが、お前と私の間にある個体値はアリと象のようなものだ。やめておけ」
そんなのわかってるっつーの。こちとら、先ほどから肌が痛いほど鳥肌立ってるんだから。砂鉄を一纏めにして、一本の剣を形作り、正面に掲げた。その個体差というものが例え真実だとしても、世の中絶対なんてない。最弱が最強を倒してしまうなんていうこともあるのだから。少女が一つため息を吐く。
「……やはり馬鹿な女だ」
まるで、私を知っているかのような口ぶりだった。
すいません、ちょっとスランプ中で、この続きは期待せずにお待ちください。
待ってくれていた方、申し訳ないです。
乙
乙乙
最後が4/13か
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