平安貴族「殺人事件……だとッ!?」 (62)

時は平安時代中期。

この頃は電気が無く、あるとすれば蝋燭のか細い火や、松明などが唯一の明かりとして頼られていた。

それでも明かりの無い道は真っ暗で前も見えず、人々は物の怪を恐れながら松明を持ち、通ったのだった。

そして今、一人の若い貴族が牛車に乗り、妻の元へと向かっていた。

うんこ食いてー

うんこ

今日の牛若丸スレはここですか?

彼の名は藤原秀尚、役職は近衛中将。当年十七歳。

秀尚とその妻は京一の中睦ましい夫婦として有名だった。

ちなみに近衛中将とは近衛府の次官の事を指す。

近衛府とは律令制の官司の一つで、左近衛府と右近衞府に別れており、武器を装備し宮中を警護したり、朝議に参列して威儀を整え行幸に共奉したりする。

話は戻り、今、秀尚は牛車に乗り妻の屋敷に出向いている最中である。

辺りは暗闇で色白の下人の持つ松明が、ぼんやりと薄暗く照らしているだけ。

道の右側は土塀がどこまでも長く続き、左側は深い竹林が続いていた。

近頃この辺りで何者かによる辻斬りが多発していると聞いた秀尚は

早く妻の家へと急いだが、

牛は元来非常に足が遅い動物であり、その為牛車の動く速度も遅く、

秀尚は恐怖のせいかイライラし始めた。

秀尚「おい、もう少し早く進めないのか?」

秀尚は色白の下人に、もう少し早く進めないかと急かしたが、言われた下人は無言で、牛車の速度も変わらなかった。

気の短い秀尚は、色白の下人が自分を無視した事に怒り、罰を与えようと牛車から外に飛び出した。

秀尚「お前、何故俺の言うことを無視した? お前は俺の部下であろうが!」

下人は秀尚を無視し続けた。

堪忍袋の緒が切れた秀尚は、下人を殴ろうとしたが、それより前に刃が一閃暗闇の中を煌めくと共に秀尚の背中に刀が深々と突き刺さっていた。

秀尚「き……さま……ッ!」

秀尚の背中から刀を引き抜いた色白の下人は、不敵に微笑みながら秀尚の死体を見詰めていた。

その様子を牛車の陰からもう一人の気の弱そうな下人が震えながら眺めていた。

佐守「坊ちゃん! 事件ですぞ!」
 早朝の検非違使庁内に藤原佐守の大声が響き渡る。
検非違使別当・大伴赤実は胡散臭そうに身を起こした。

彼は由緒正しき大伴の血統でそのためか人から「坊ちゃん」とも呼ばれている。

赤実「一体今度は何だ? もしや最近、京で流行っている辻斬り事件か?」

佐守は青ざめた顔を縦に勢い良く振って答えた。

佐守「そうです、その辻斬り事件ですよ。今度は近衞中将の藤原秀尚様が襲われました!」

佐守「それに今回は斬りつけられたというよりかは、背中を深く刺されておりまして……」

赤実はさほど衝撃を受けた様ではなく、淡々と言った。

赤実「報酬は幾らだ?」

赤実は報酬によって動く男だ。

幾ら身分の高い者が被害を受けようが報酬が少なければ仕事はしないのである。

佐守は息巻いて答える。

佐守「金貨百両、大金ですぞ!」

赤実「ならば良し!」

赤実は頷き玄米に菜っ葉少量などという簡単な朝食を取った後、白狩衣に着替え、弓を片手に検非違使庁から飛び出した。

赤実はまず、事件現場である郁芳門付近を視察した。

平安京には十五の門があり、郁芳門は大内裏の丁度東南東の位置にあった。

事件現場には野次馬達が集まっており、先に進むのが困難だった。

佐守の報告通り、秀尚には背中を刀で深々と刺された痕があった。

赤実はまず秀尚がどの様な武器で背中を刺されたのか調べ始めた。

短剣なのか、それとも日本刀なのか。

刺された傷の深さからどのような種類の武器で殺害したかが分かる。

例えば短剣で刺した時よりも日本刀で刺した方が傷口は深い。

赤実の入念な調査によって、殺害に使われた武器は日本刀である事が判明した。

次に赤実は牛車に損傷はないかを調べ始めた。

牛車のどの部分に損傷があるかで被害者がどの位置で斬られたかが分かるのだ。

赤実は地面に顔をつけて輪の部分を調べた。

その様子を人々はまるで奇異な物を見る目付きで一言も話さず見守った。

牛車に損傷は見られず、それを確認すると赤実は立ち上がり、背後の竹林を確認しに行った。何者かが竹林に潜んでいたかどうかを調べるためである。

足跡は見当たらなかったが、その代わりに、赤実の身長程の高さに、二本の太い木に挟まれた竹を発見した。

赤実「これは……!」

赤実はそれを見た瞬間、事件の一連を理解した。

多分この装置で、竹のしなりを上手く利用して弓を作り、刀を飛ばしたのだろう。

確かに竹には弾力性があり、弓としても使える。

次に赤実はこの事件に下人が関連しているかも知れないと考えた。確かに貴族が牛車に乗る時は必ず下人が護衛などをしている。

それに平安の夜は何も見えない完全なる暗闇だ。

松明でも振ってそれを目印にしたのだろう。

おそらく下人が持っていた松明を振り、その動きを竹林に潜んでいたもう一人の下人が確認し、

手に持っていた糸を引っ張ったと推測するのが良い。

そしてその先の糸に括り付けられ、刀を押さえていた太い木に隙間が生じ、刀が放たれたのだ。

しかし事件の一連が解けた赤実に複数の疑問が生じた。

何故近衛中将が殺されねばならなかったのか? そして一体誰が近衛中将を殺したのか? 勿論下人が殺した可能性は高い。

だがもし下人が犯人とすれば一体誰が殺害を命じたのか? 

それとも下人が自ら殺害の計画を立てたのか?

手がかりを探す為赤実は同行してきた佐守と共に

秀尚の一番身近な存在である秀尚の妻の家に向かった。

赤実は扉を叩き、侍女が出るのを待った。

やがて侍女がそっと扉を開けてきた。

赤実「検非違使別当の大伴赤実と申します。是非近衛中将の奥方にお会いしたく、参りました」

侍女は怪訝そうな目つきをして赤実の顔を見た。

侍女「少しお聞きしたいのですが……年はいくつですか? 検非違使別当など二十歳で就く事は出来ない筈なのですが……」

赤実は微笑んで答えた。

赤実「こう見えて私は三十路です。童顔なので実際の年齢よりも若く見られてしまうのですよ」

侍女は安心したのか、赤実と佐守を妻の元へと案内した。

秀尚の妻は目を真っ赤に泣き腫らしており、何日も寝ていないのか、目の下にははっきり隈が出ていた。

妻「夫は少し短気な所もありました。しかし私にはいつも優しく接して下さりました」

赤実「ほーん」

妻「何故夫は殺されなければならなかったのですか? あの優しい夫は何か人に恨まれる様な事でもしましたか? 私にはとても信じられません! 必ず……必ずや犯人を捕縛して下さい!」

か細い声でそう言うと妻はさめざめと泣き出してしまった。

そんな妻の様子を無表情で見つめる赤実に佐守が囁いた。

佐守「いつも優しかった夫が突然殺害され一人取り残される。ここまで哀れな妻がいますかね?」

赤実「……」

佐守「赤実殿、まさかこの方を犯人と疑っているのではありますまいな。

犯人を捕縛する検非違使にとって人を疑う事は確かに正しい事です。

しかしこの方は被害者の妻なのですぞ? 犯人な訳ないではありませんか」

赤実は佐守の方を振り向くと囁き返した。

赤実「私にはこの人が犯人にしか思えてならない。

あの口調といいどこかしら演技臭いのだ」

佐守にはどうしても妻の様子が演技には見えなかった。

暫くして赤実が頭を掻きながら言った。

赤実「奥さん、私もう捜査止めます」

この爆弾発言に誰もが驚愕した。

佐守に至っては大きく口をあんぐりと開けて赤実を見つめている。

赤実は周りの反応に狼狽せずに続けた。

赤実「何かですね……。証拠が全然見つからなくて事件の全体像が掴めないんです」

すると赤実は侍女を呼んでこう言った。

赤実「ちょっとすみませんが酒を貰えませんか? 

捜査を断念する不甲斐ない自分へのヤケ酒ですよ」

侍女は台所に戻るとすぐに漆器に並々と酒を注いで持ってきた。

赤実は酒を一気に飲み干すと侍女におかわりを要求した。

赤実「おかわり、お願いします。ああ、あと酒は別の漆器に注いで下さい。私、いつも酒を飲む時は漆器は毎回変えているので」

侍女は怪訝な顔つきをしながら器を変えて酒を持ってきた。

その後も赤実は漆器を変えて酒を飲み続けた。

時代考証がしっかりしてそうなSSだな
この頃って貴族の女性は初対面の男と仕切り無しで向かい合えるのか

誰かなんか言ってやれよ

そして最終的には家中の全ての漆器で酒を飲み、酔い潰れて寝てしまった。

佐守「なんたる事だ、完全に典型的ダメ人間ではないかッ!」

佐守は赤実の珍妙な行動に頭がおかしくなったのかと呆れて検非違使庁に帰ってしまった。

太陽が地平線に沈みそうな頃、赤実は目を覚ました。

部屋には赤実と積み上げられた大量の漆器が西日で赤くなっていた。 

赤実の顔は西日ではなく酔いで赤くなっていたのだが。
 
眩暈をしながらも赤実は飲んだ漆器の中から一つを取り出した。

そしてふらつきながら秀尚の妻の名を大声で呼びながら廊下を歩いた。

すると慌てながら秀尚の妻が駆けつけて来た。

妻「もう、そんなに酔ってしまって……。牛車で検非違使庁までお送りしましょうか?」

赤実はよろよろと手を前に出した。

赤実「いえ、その必要はございません。お酒美味しかったですよ。

それより少し気になる事がございまして」

そう言って赤実は茶色の漆器を懐から取り出した。

赤実「この漆器、手に取ってよくお確かめ下さい」

秀尚の妻は漆器を手に取ると首を傾げて赤実に聞いた。

妻「……全然分かりませんわ。

もしこれが欲しいのなら申し訳ありませんが、あげられませんの。

これは先祖から代々受け継がれて来た漆器でして」

赤実は首を振って答えた。

赤実「違います。奥さん、漆器の内側を見て下さい。

黒い煤の様な跡がありますでしょう」

秀尚の妻はまだ赤実の言っている事が分からない様子だった。

赤実は言い聞かせる様に言った。

赤実「これは……鉛の跡ですね」

その言葉と同時に秀尚の妻の温厚な表情が消えた。

赤実「奥さんは長い間酒に粉末状の鉛を溶かして飲ませていたのでしょう。

確かに鉛は世間では毒で、飲み続ければ死に至る物と言われています」

赤実はそこまで言うと顔を上げて秀尚の妻を見据えた。

すでに酔いは覚め、赤面した顔も元に戻っていた。

妻「お引き取りください」

赤実「……ふん」

能面の如き表情をした妻に赤実は半ば追い出される様に屋敷を出た。

月の雫なんだにゃ!

次に赤実は近衛中将・秀尚の家に向かった。

邸宅内には秀尚の下人がせわしなく働いていた。

赤実は邸宅内を清掃している色白の下人に質問した。

赤実「お前、昨夜牛車に乗った貴族が背中に日本刀を喰らって

死んでいるのを見かけ無かったか? 場所は郁芳門付近だ」
 
それを聞くと色白の下人はいきなり赤実に向かって嘲笑した。

化粧に金属粉を用いていた時代に金属中毒の概念があったとは信じ難い

赤実は下人に嘲笑された事が癪に障ったが、

感情を抑えて下人に嘲笑の意味を質問した。

すると下人はへらへら笑いながら答えた。

色白下人「ああ、知っていますよ。

その通り、貴族の背中に刃物が突き刺さっていましたね。それも豪快に。

血も勿論大量に噴き出していましたよ。それにしてもあの光景は実に愉快だった。

人を一人殺めるのがこれ程愉快とは知りませんでしたよ」

赤実は咄嗟に腰に差した刀の柄に手をかけた。

その姿を見て色白の下人は更に笑い始めた。

色白下人「ははは、その刀で私を斬り捨てるのですか。

良いでしょう、斬り捨ててみなさい! しかし貴方は知っている。

いくら罪人でも人を斬り捨てれば自分も罪に問われる事くらいね!」

赤実は柄にかけた手を放し、

腰から常時携帯している罪人を縛る為の縄を取り出した。

その様子を見ていた気の弱そうな下人が急いで止めに入った。

弱下人「お止め下さい検非違使様! こいつはいつも嘘をつき、人を騙すのを趣味としている者でして……。

確かに僕ら二人は事件現場にいました。

しかしこいつは左手に松明、右手に牛車の手綱といった所でして

到底旦那様を背後からさせるというわけには行きません。

こいつはただ嘘をついているだけなんです。

ですからどうか検非違使庁には連行しないで頂けませんか?」

赤実は気の弱そうな下人の言葉を聞き

松明を振ることで竹林の中の仲間に合図が送れる事を思い出した。

そして赤実は気の弱そうな下人の弁解を無視して色白の下人の手首を縛り上げた。

そして赤実は色白の下人を検非違使庁へと連行して行った。

翌日の裁判を傍聴人として控え検非違使庁の畳の上で休息している赤実の元に

秀尚の妻の侍女からある荷物と手紙が届いた。

包みの中には漆器が入っておりそれを見た赤実は

やはりか、と口に含み笑いを浮かべた。

翌日、郁芳門殺人事件の裁判が検非違使庁で行われた。

白髪の老齢な検非違使大尉の前に三人の人物が立っている。

検非違使大尉は通常の検非違使とは違い、裁判も取り扱うのだ。

その三人は被害者・秀尚の妻と秀尚の下人二名である。

色白の下人は現在容疑者候補として挙げられている。

赤実と検非違使佐は傍聴人として出席した。

まず最初に検非違使大尉は赤実から最も犯人だと疑われている

色白の下人に質問した。

大尉「あの時本当にお前はその場所にいたのかね?」

色白の下人は検非違使大尉を一瞥もせずに答えた。

色白下人「はい、いました。その時私は左手に松明、右手に牛車の松明を持っていました。

そして旦那様は牛車の速度が遅いと私をお叱りになりました。

ですから私は持っていた松明を振り、今私の隣にいる下人に合図を送りました。

隣の下人は私の合図を確認したのか、装置についていた糸を引っ張りました。

そして装置が稼動し飛んできた日本刀が旦那様の背中に突き刺さったという訳です。

ですから私が犯人です」

検非違使大尉は気の弱そうな下人の方を向き語調を強めて質問した。

大尉「今の話は本当かね? 嘘をつけば罪は重くなるぞ」

気の弱そうな下人は青い顔を更に青ざめさせ、

観衆に凄まじい狼狽ぶりを十分見せつけた後に震える声でこう言った。

弱下人「い、いえ。僕は故意に殺そうとした訳では無いのです。

僕は奥方様に命じられたままに行った訳で……。

そういう点からして全ての元凶は奥方様にあるわけで……。

それに僕は本当は旦那様を殺したくは無かったのです。

しかし奥方様に命じられれば従わない訳には参りませぬ。

僕は奥方様に雇われていた下人なのですから」

いきなり自分の名前が出てきた秀尚の妻は

憤怒に顔を真っ赤にさせて気の弱そうな下人に怒鳴りつけた。

妻「何を言いますの! 私があの人を殺せと命じたなんてよく言えますわね! 

嘘も大概にしなさい!」

なんでハヤシライス売切れてんだよぉ

ため息をついた検非違使大尉は下人二名を見てこう言った。

大尉「とにかくこの下人二名は藤原秀尚を殺害した事に変わりは無いのだな?」

秀尚の妻と父が同時に頷く。

気の弱そうな下人が叫んだ。

弱下人「い、いえ! こいつは殺人などしてはいないのです。

ただその場に居合わせただけだったのです。本当です! 信じて下さい!」

しかし必死な弁解も空しく二人は捕らえられ、

牢獄へと引きずられていった。

検非違使大尉の目の前には秀尚の妻だけが残った。

ふと隣にいた佐守が赤実に質問をしてきた。

佐守「では赤実殿、あの色白の下人は何故自ら自分が犯人だと名乗り出てきたのでしょう? 

普通の犯人なら名乗らずに隠し通そうとする筈です」

赤実は微笑んで答えた。

赤実「おしまい!」

こんなのってないよ

新章は近々始めますが、それにあたって作者からお願いがあります。
といっても、単に「作品の連載中、読んでる人は随時コメントをして欲しい」という、それだけです。
連載が終わってから纏めて、とかではなくて、“連載中に”コメントが欲しいのです。

ここでもmixiのコミュニティでも再三言ってることですが、私はSSの作者として、
「SSとは読者とのインタラクションの中で作っていくものである」というポリシーを持っています。
つまり、読者からの声がなく、作者が淡々と書いて投下しているだけという状況では、全く意味がないということです。
それなら「書かない方がマシ」といっても大袈裟ではありません。

特にこの平安時代SSは、本来3年前に終わっている作品を、需要があると言われて新たに書き続けているものです。
投下しても1件2件しかコメントが付かないのでは、その「需要」があるのか否かさえ曖昧になります。

全ての読者にレスを求めるのは酷な事だと思いますが、出来る限り「ROM専」というのはやめて下さい。
少なくとも、一夜投下する度に10~20件くらいのレスは付いてほしいです。
この数字は、私の考える、SSが正常に連載の体裁を保てる最低限度のレス数です。

連載を続けるにあたり、そのことだけは、皆さんにお願いします。

で、無視……と。

このスレで連載する必要はもうなさそうですね。
以後はmixiとサイトだけでやっていきます。

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