雪歩「みなみの島のくりすます」(168)
拝啓
プロデューサー殿
お久しぶりです、萩原雪歩です。プロデューサー、お元気でしょうか。
今回は近況報告と、プロデューサーにご相談したいことがあって筆を執りました。
私は今――南の島にいます。
いきなり何を言っているのか、って、思いますよね…。
でも、本当のことで、もうずいぶん長い間この島で生活しています。
ここは本州よりずっと南にある、沖縄県に属する小さな島。響ちゃんの故郷です。
どうしてこんなことになっているのかと言われれば、一言ではちょっと説明できない事情がありまして……。
きっかけは、IA後はじめてのお仕事でした。
いえーい
地の文ありだし、いろいろ突っ込みどころが多くて
どちらかというと何でもいける、っていう人向きのSSだと思います
ただ割と気合は入ってるので是非見てって、ツッコンでってくらさい
登場人物は
(メイン)雪歩>響>春香(サブ)
いいから続けろ
IA大賞を受賞して、プロデューサーがハリウッドに発った後、私たちはファンクラブ会員限定の感謝ライブをすることになりました。
私たちが賞をとれたのは勿論、ファンの皆さんの応援があったからですし
受賞後で気が抜けているかも知れない分、気心の知れたお客さんとっていう意味もあったみたいで
どっちの面でも、受賞後最初のお仕事に相応しかったと思います。
なのに……プロデューサー、私、おかしいんです。
本番が近付くにつれて、思ってしまったんです。
逃げ出したい、どこかに隠れていたい、穴を掘って埋まってしまいたい、って……。
私たちはIA優勝ユニットで、私だって昔より強くなって、こんな風に思うことは減ってきてたのに
相手はずっと応援してきてくれたファンの皆さんで、失敗したって優しく受け止めてくれるって分かってるのに
一体どうしてこうなってしまったのか、今でもよく分かってません。
みんなに迷惑かけちゃダメだって、その時は何とか、逃げ出さずにやることは出来たんです。
でも、私だけじゃなくて、みんなも何だかIAのときとは違って……。
歌詞を忘れたりとか、ステップを間違えたりとか、そういうことじゃないんです。
誰も何もミスはしてなくて、けど何かが違うんです。ちぐはぐで、噛み合っていないような…。
歌
踊り
表情
同じ曲なのに、あの日の私たちには遠く及ばないステージでした。
終わったあと、歓声がいつもよりほんの少しだけ小さく不揃いで
私の気持ちを映したみたいな表情が客席にもちらほら見えました。
怒ったりとか、がっかりしたりとかじゃないんです。そのほうがむしろ楽だったかもしれません。
ただ、戸惑ったり、不思議そうだったり、心配そうだったり。
何だろう? どうしたんだろう? 大丈夫かな?
そんな声が聞こえてきそうでした。
うまくいかなかったこと以上に、その疑問に答えられない自分が嫌で、ますます逃げ出したくなってしまいました…。
最後の挨拶のとき、さすがの響ちゃんの笑顔にも、少し苦みが混じってました。
『ごめんね、自分達、まだまださー』
そんなことない、最高だよ、なんて歓声が上がって
この日のステージが失敗だったって気付いた人は、そんなに多くないようでした。
『IA大賞を貰うことが出来たのは、みんなのおかげ』
『もっと強くなって、絶対また、みんなにありがとうって言いに来るから……それまで、待っててくれるかな』
打ち合わせになかったこの言葉を聞いて、今度は私たちも含めて、響ちゃん以外のみんなが同じ気持ちになったように思います。
響ちゃんはこの時にはもう、色々悩んで、半分決心していたみたいです。
欝展開かどうかだけ先に教えてくれ
社長や律子さんは、勿論、今回のステージが成功ではなかったと気付いていました。
『あれだけのことを成し遂げたんだ、少しくらい気が抜けてしまっても無理もないというものだよ』
『プロデューサー殿がいなくなって、最初の仕事だもの。まだまだこれからよ』
それほど心配はしていないようでした。
わざとそういう風に振る舞ってくれたのかも知れません。
それからみんなで何度も話し合って、一緒に練習してみたんです。
けど次のお仕事も、そのまた次も、同じ調子でした。
客観的には、失敗しているというほどではないんです。
数字の上では今まで以上の活躍をしていて、ディレクターさん方も満足してくれて
でも、その、違うんです。
うまく言えないんですけど、本来の私たちのパフォーマンスではないんです……。
そうして四回目のお仕事が同じように終わって、そろそろ反省会も何を言ったらいいのか分からなくなってきていた頃のことでした。
『雪歩、春香』
私たちを見る響ちゃんの目は真剣そのもので
『アイドル活動休止して、自分と一緒に暮らさない?』
それでも耳を疑ってしまうような告白でした……。
>>10
まあ、騙されたと思って
『ひ、響ちゃん? どういうこと?』
『あのさ、自分達、昔に比べるとすごく仲良くなったよね』
『う、うん……そうだね、最初はしょっちゅうケンカしちゃったりしてたけど』
今では迷いなく、最高の仲間で、親友だって言えます。
『でも、今はなんかさ……うまくかみ合ってないっていうか』
『……うん……』
『思ったんだ。自分達、こうして仲良くなってIA大賞もみんなの力でとった』
『だから、だからこそ、この関係が崩れるのが嫌で、無意識に遠慮しちゃってるんじゃないかなって』
『ぶつかったとき間でとりなしてくれてたプロデューサーも、今はいないし、さ』
それが合ってるのかどうか、私にもよく分かりません。
ただ、何も言わなくても息が合うようになっていたのが、何度やっても違和感を感じるようになってしまったのは確かなんです。
『だから、もっともっと仲良くなるために、一緒に暮らしてホントの家族みたいになれないかって!』
響ちゃんも、そんなに自信があるわけではなさそうでした。
それでも私たちはそれに賭けてみることにしました。
他に方法も浮かばなかったから、というのもありますけど……。
『でも、アイドル活動を休止することはないんじゃない?』
一緒に暮らしながら、三人で活動してけばいいんじゃないかっていう
春香ちゃんの指摘はもっともなものでした。
『せっかくプロデューサーさんがハリウッドで成長して戻ってくるのに、私たちが変わってなかったらプロデューサーさん、がっかりしちゃうかも』
『ん……それはそうだけど』
手を組んで目をそらして、鼻の頭をかいて
困ったときのいつものクセを一通り見せてくれた後で、
響ちゃん、考えを打ち明けてくれました。
『なんていうかね』
『自分たち、今のままでも上手くいっちゃうと思うんだ。現に最近の仕事でも、違うなって思ってるのは一部の人たちだけみたいだし』
『今の自分達は一人一人、それこそジュピターくらいでないと勝てないくらい実力が付いてるし、波にも乗ってる。普通に売り出す分には、きっと今の状態でも今まで以上に成功できちゃうよ』
『でも、それじゃダメだ』
『それは、自分と、雪歩と、春香がうまくいくだけ。それじゃ、前のジュピターと同じだよ』
『今走り出しっちゃったら、みんなが離れていってるのを直せないまま、てんでばらばらなとこに着いちゃう気がするんだ』
すごく感覚的で、抽象的な説明は
けれど私たちのために一所懸命考えてくれてるのが分かって、まるで、、、
『……その、でも、そんな気がするってだけで』
『ううん、私たち、響ちゃんを信じるよ』
もう私たちは迷いませんでした。
響ちゃんは時々突飛な行動もするし、
どうしてかって説明するのもあんまり上手じゃありませんけど
それでもいつでも一所懸命で、頼りになって。
何より、ここまで連れてきてくれた、私たちのリーダーですから。
……ですよね。プロデューサー
えーとまあ、そういう感じで……。
私たちはアイドル活動を休止して響ちゃんと暮らすことにしたんです。
場所をここにしたのは、響ちゃんがお礼を言い損ねて待ちたいおじさんがいるとかで……。
でも、ここで良かったと思ってます。
みんなと遠く離れてしまったのは寂しいですけど、その分気を遣うこともなくて
もし家と近くだったらしょっちゅうお父さんやお弟子さんたちが様子を見に来て大変だったと思います。
せ、説得するのも大変でした……。
この島は走って一周するのに30分もかからないくらい小さな島で、
勿論暮らしている人たちも少ししかいません。
島の人みんなが顔見知りで、響ちゃんいわく『家族みたいなもの』です。
他所の人がいればすぐそうだと分かりますし、みんな顔見知りなので悪いことも出来ません。
安全で、落ち着いて暮らせる場所。
そうでなきゃ、お父さんは説得できなかったと思いますぅ。
とは言ってもはじめは、慣れない環境で、ただ暮らしていくだけでも大変だったんですけど…。
やっぱり気候も東京なんかとは全然違いますし、
人より動物さんたちのほうが多くて、日差しは強くて、台風がすっごく、すっごく怖いです。
ここならではの文化やマナーみたいなものも沢山あって、今でもまだよく分かってないことも多いです。
プロデューサー、ご存知ですか? こっちの人達って、泳ぐとき水着にならないんですぅ。
もっとも、私なんかだと、ひんそーでちんちくりんですし
お肌も弱いので、そのほうがいいですけど…。
ここでは日差しがすごく強いので、暑い時期だと肌をさらしてるとほんの数時間で火傷みたくなっちゃうんです。
だからここの人達は服を着て泳ぐのが当たり前で……
あんまり肌を出す習慣がないので、水着なんて来て泳いでると、はしたないくらいに思っちゃうみたいです。
仕事ほっぽり出して未成年が共同生活って、よく周りが許したな
そういう古風というか奥手と言うか、うち風なところも、お父さんには良かったみたいで
狭いところなので男の人と女の人が二人でいると、
ただ並んで歩いてただけでも色々噂されちゃったりするみたいですし…。
そもそも、若い人はあんまりいないんですけどね。
ここには高校がないので、別の島の学校に行って、そのままそっちで就職することがほとんどだそうです。
ただ、こっちの人達は家族や親戚同士の繋がりが強くて、そういう風にして島を出ていった人達も
お祭りの時とか、なにかあるとみんな島に戻ってきて集まるんです。
そうして集まると、お祭りでなくても、みんなで歌って、踊って、お喋りをして、大人はお酒を飲んで……
すごいんですよ。
ほとんどの人は、何かやれって言われると、踊りだったり歌だったり楽器だったり
何かしら出来て、やってみせてくれるんです。
子供でもみんな、大人に言われたら踊ったり、歌ったり……中にはビックリするくらいうまい子もいます。
みんなに褒めてもらえるし、お小遣いが貰えたりするから普段から練習したりしてるらしいです。
私なんて、昔は人前で踊るだけでドキドキだったので
あんな風に度胸をつけられて、ちょっとずるいな、なんて思っちゃいました。
響ちゃんのダンスの上手さとか、行動力とか、そういうのの秘密がちょっと分かった気がします。
夜這いの風習が残っていそうな島だ
そういう地域は表向き性風俗に厳しい法則
私たちも、響ちゃんの親戚や島の人だけの時には参加して、歌ったり踊ったりしました。
評判は、なかなか良かった、はずですたぶん……。
そういう集まりは、楽しいんですけど、酔っぱらったおじさんたちが怖くて怖くて……。
うう、プロデューサーのおかげで男の人にもある程度慣れたと思ってたんですけど、まだまだですぅ。
普通のときは、お話したり、歌を披露するくらい大丈夫なんですけど…。
うちでもよく大勢集まる宴会があったんですけど、
進むにつれて怒鳴り声とか、物が壊れる音がたびたび聞こえてくるような宴会で……
お父さんは、絶対私を近寄らせませんでした。
遠くから聞こえる怒鳴り声が、子供心に怖くて怖くて……今でも、酔った男の人はとくに苦手なんです……。
そんな私に比べて、響ちゃんはやっぱりすごくて、酔ったおじさんたちでも強気にあしらっちゃいます。
何度も助けてもらっちゃいました…。
あ、でもでも、最近はやめてくださいって、自分で言えるようになりました!
私が言うと、ちょっとビックリするみたいで、慌てて下がってくれて
もしかしてそういう才能があるのかもしれません、なんて。
まだダメなことも多いですけど、他にもいろいろ少しずつ、出来るようになってきてます。
アイドル活動はしてないんですけど、自主レッスンはしていて、
ヴィジュアル以外はけっこうパワーアップ出来たんじゃないかと思います
こっちの音楽の音の合わせ方とか声の出し方を取り入れてみたり、ダンスに新しいステップを入れてみたり……。
みんな響ちゃんの提案なんですけどね。
響ちゃんはこっちに来てからずっと、夏場の雑草みたいにイキイキしてます。
島の人達、家族のみんなに会えて嬉しそうですし
なんだかアイドルをしていた頃より頼もしいような。
肌の色まで1.2~1.5倍(当社比)くらい濃くなってる気がします。
ああいう健康的な肌って、ちょっと憧れちゃいます。私は肌が弱いので…。
あっ、でもでも夏は、さすがの私もほんのり小麦色になってました!
もう、戻っちゃいましたけど…。
春香ちゃんはまだ色が残ってます……うぅ……
さるさん気をつけてな
夏場の雑草って何気にひどい
夏場の雑草て他に表現あるやろ……
日差しの強いあったかい時期は島にお客さんが大勢来ていて、私たちもそれなりに大忙しでした。
私たち、響ちゃんちでやっている民宿のお手伝いをしてるんです。
アイドルがやってる、なんてバレちゃったら騒ぎなので、裏方がほとんどですけど。
夏はお手伝いが忙しいだけじゃなくて、暑いですし、虫さんがすごく多かったり、台風が来ると停電しちゃったり、いろいろ大変でした……。
でも夏場一番大変だったのはいぬ美ちゃんだと思います。
雪山の救助のお仕事もしちゃうような種類なので
私たちも気を付けてはいたんですけど一、二度熱中症で本当に危ないところでした。
いぬ美ちゃん!
プロデューサー、聞いてください!
私、いぬ美ちゃんに触れるようになったんですよ!!
ずっと一緒にいるのに怖がってばっかりじゃいられないので、ちょっとずつ訓練して、今では一緒に散歩にいける仲なんです!
プロデューサーに助けてもらっていた頃を思い出して、頑張ればちょっとずつでも出来るようになるって自分に言い聞かせて――
そうやって、新しい生活にも大分なじんで来れましたっ
……あれ? 雑草だと悪口、ですかね……
水を得た魚?
でも、私の中ではしっかりしててへこたれない感じがお魚さんより素敵で、響ちゃんらしいと思うんですぅ
って書いてたけどテンポの都合でカット
1のメールとか見る限り雪歩はけっこう雑草好き
なかなかに才能のない文ですね
こうなってくると、ここでの生活もそんなに悪くないなって思えます。
それにイメージほど不便な場所でもないんですよ
ここ十数年でどんどん便利になっているらしくて、
ちゃんとしたスーパーなんかはないんですけど、普通の生活用品は買い物代行サービスで手に入れられますし
●マゾンなんかもちゃんと来ます。
昔はテレビのチャンネルも一つしか映らなかったりしたみたいですけど、地デジ化があったのもあって、普通のチャンネルも五つくらい映りますし
響ちゃんちなんかだと、どこでやっても活躍を見逃さないようにって、CSに入ってたりして、むしろ私の家より見れる番組は多いです。
携帯電話の電波もちゃんと入ってます。これは会社にもよるんですけど。
島を出たい時は、定期便は風に弱いので欠航しやすいんですけど、
今の時期は北風が吹いてお天気も安定しないので、定期便はしょっちゅう止まっちゃいます。
海に入れる時期でもなければお祭りもありませんし、お客さんはほとんどいません。
島にいるのは元々住んでる人のほかは、私たちみたいな長くいる民宿のヘルパーさんくらい。
すごく平和です。
民宿のお仕事もなくて、畑や家事の手伝いに自主レッスン
ほとんどそれだけで一日一日が過ぎていきます。
もう随分長い間
テレビに出ることはもちろん、記者さんに追いかけられることも、ファンの人に会うこともなくて……
自分がアイドルだって、忘れてしまいそうです。
そのせいでしょうか、せっかくここの暮らしにも慣れてきたのに
最近はなんだか、少し寂しいような、満足できないような、そんな気持ちになってしまっています。
IA大賞の後にアイドル活動がうまく出来なくなったり
島の暮らしに慣れたら違和感を感じてしまったり
私、あまりにずっとダメダメだったから
何もやりとげられないようになってしまったんでしょうか
プロデューサーに頼ってばかりじゃダメなのは分かってるんですけど、どうしたらいいのか分からないんです…。
プロデューサー、私、
「雪歩―! レッスンしよー」
「ごめん響ちゃん、今行くよー」
アニメからのにわかだけど、雪歩かわいい
「ふぅ」
ペンを置くと、自然と溜息が出てしまった。
風はすこし冷たくて
けれど、常夏の島の冬は、私のよく知る白い冬とはまるで違う。
私はここでは異邦人。同じ日本なのに、どうしてもそんな気持ちになってしまう。
もうすぐクリスマス
けれどなんだかここまでは、サンタさんも来てくれなさそうな……。
いつ抜いた
閑話『家族続々』
―――船上
春香「沖縄に入ってからも、けっこうかかるんだねぇ」
響「うー、田舎だからね」
雪歩「遠くに来ちゃったなぁ……」
響「あ、見えてきたぞ」
響「……ん?」
春香「えっ、あれって、島の人たち?」
響「ホントだ……いいって言ったのに……」
春香「うわーすごい、総出でお出迎えだ」
響「今日からみんな、家族だぞ!」
春香「あはは、大家族だ」
響「うん、向こうじゃ、ハム蔵たちがいてもまだ少ないくらいだったんだ」
雪歩「うちもお弟子さんたちを入れたら……うーん……でも、家族とは違うのかな」
春香「どんな感じなの?」
雪歩「私には優しいけど、ちょっと怖いかも」
響「男の人だから、ってことじゃなくて?」
雪歩「うぅん、うちのお弟子さんたちって……あ、お弟子さんだけじゃなくてお父さんもだけど、血気盛んというか……」
雪歩「しょっちゅうケンカとかしてるみたいで、怒鳴り声が聞こえたり、笑ってても顔に血がついていたり」
響「うぎゃー…」
春香「それは怖い…」
雪歩「それにね、お父さんからいろいろ言われてるんだと思うけど、すっごく過保護で…」
雪歩「私をいじめてた男の子が急に逃げ出したと思ったら後ろで睨んでたり、修学旅行にこっそり付いてきて地元の悪い人とケンカしたり」
春香「目つきの悪いがっしりしたおじさんがね」
響「伊織んちみたいだな」
春香「でも、まあ、優しいんだね」
雪歩「優しいよ。でもだからこそ、男の人って優しくても…折った道路標識もって血だらけになりながら笑ってるイメージなの…」
春香「なるほど…」
響「そりゃ、男嫌いにもなるね」
雪歩「響ちゃんの家族は……島の人たちって、どんな感じ?」
響「うーん、小さい島とはいってもあれだけいるからね。付き合いやすい人、ぶっきらぼうな人、色んな人がいるぞ」
春香「でも、ああしてみんなで出迎えてくれるんだもん、すごくいい人たちだよね」
響「うん、みんなで助け合ってやってるから……家族の大切さを、よく知ってるんだ」
雪歩「ふふ、響ちゃん、嬉しそう」
響「き、気のせいだぞ! あ、ねぇ、春香は?」
春香「私?」
雪歩「春香ちゃんの家族はどんな感じ?」
春香「え……お父さんと、お母さんがいます。おばあちゃんも」
雪歩「うんうん」
響「それで?」
春香「え……なんだろ、たまにケンカもするけどけっこう仲良しで…。あ、ときどき一緒にカラオケしたりするよ!」
響「………」
雪歩「………」
春香「な、なに!? いいでしょ!?」
響「うん、何よりだと思うぞ」
雪歩「素晴らしいよね」
春香「ちょっとぉ!」
アハハハハハ…
ヒドイヨッ
…
http://i.imgur.com/2KAuz9i.jpg
閑話休題
「春香ー、グースー取ってー」
「はい響ちゃん」
「あれ、雪歩、また腕あげた?」
「むむ、塩の使い方を覚えたね」
「そ、そうかな? えへへ……」
今日の晩ご飯は私の担当。
こっちに来るまでそんなにしてなかったから、最初はお掃除もお料理も失敗ばかりだったけど…。
最近はこうして、沖縄料理なんかもかなり作れるようになりました。
※グースー:コーレーグース。沖縄名物の辛い調味料
支援は紳士のつとめ
「チャンプルーまで勝てなくなったら自分の立場がないぞ」
「そ、そんな、私が勝ってるのなんて、あってもお茶くらいだよ」
沖縄関連でも、お茶だけは響ちゃんにも負けないって思ってます。
私は断然緑茶派ですけど、こっちの気候、特に暑い時期には、爽やかなさんぴん茶は合うなぁって思うようにもなりました。
「元々雪歩ちゃんのがうまいさー」
「にーにーは黙ってて!」
「『塩の使い方を覚えたね』」キリッ
「うぎゃーっ、やめてよっ」
「またうぎゃーが出たぞ、まーんちゅか?」
響ちゃんやお兄さんは普段そんなに方言は使わないけど、熱くなっちゃうと何を言ってるのかよく分からなくなります。
たまにお互いでも分かってなかったりするみたい。
沖縄の言葉は島ごとでも違って、
特に響ちゃんはアクターズスクールの頃からあちこちの言葉に触れてるので…。
島の雰囲気的には、つるかめ助産院みたいな感じなんだろうか
※
>>1は別に沖縄人じゃないので沖縄弁についてはいい加減
なんか分かんない言葉を話してる、ってのを感じてもらえればおk
まーんちゅか?:どこのひと?
沖縄の人は「あがーっ」は言うけど
「うぎゃーっ」は聞かないので…
響の口癖に、お前何者だよ、と響兄がからかってます
「いみよー! たっぴらかすよ」
「たーにいってるばぁ」
「ぬー」
「ぬー」
「いったーいい加減にしれよー。くるさりんどー」
「「ごめんなさい」」
アハハハ
バウワウ!
ブー
響ちゃんちの食卓は、こんな風にいつもすごく賑やかです。
私たち三人の他に、響ちゃんのお母さんとお兄さん、ハム蔵くんたちも集まるので…。
うちはあんまりこういう感じはなかったなぁ…
でも、お母さんが一番強いのは一緒かも。
「意味不! ぶっとばすよ」
「誰に言ってんだ」
「なんだよ」
「なんだよ」
「おまえらいい加減にしろよ。殺すぞ」
「でも雪歩、本当にすごいよ。最近どんどん何でも出来るようになってない?」
「そ、そうかな」
「うんうん、そうそう」
「最初は雪歩はここで暮らしてけるのかな、死んじゃうんじゃないかな? って思ったくらいだったけど」
「そ、そこまでっ!?」
さすがにショックです…。
あ、でも……いぬ美ちゃんに、おじさんに、虫さんに……
数えてみたら何回泣いたか分からないや……
そのたびに心臓がドキドキして、ホントに寿命、縮んじゃってるかも
やっぱり私、だめだめかなぁ……。
支援は紳士のつとめ
「そんなことないよ、私だって虫は今でも嫌だし」
「えっ? わ、私今、口に出してた?」
「雪歩のことだもん、そのくらい分かるよ」
「自分だってゴキブリはやだぞ」
「そっかぁ……そうだよねっ」
ちょっとだけ安心。
今でもゴキブリは苦手ですぅ。
「あい! 響、ねこ吉がまた」
「ねこ吉! とってきちゃダメだってば!」
「にゃーん」ポテ
「そういう問題じゃないぞ!」
ねこ吉くんに生け捕りにされてきた鳥さんが家の中を飛び回り始めました。
これも、慣れちゃったなぁ……
「にーにー、網持ってきてっ」
落ちてくる羽から守りながらご飯を終えると、いつものように三人で集まってお喋りの時間です。
「雪歩、今日も詩を書いてたの?」
「あ、ううん、今日は違うよ。プ――」
あれ? 何で私今、言うのをやめたんだろう?
「プロデューサーに、お手紙書いてたの。響ちゃんも全然連絡してないんだよね?」
「あ、うん、まあね。でも……」
「プロデューサーさんかあ……もう随分声も聞いてないなー。元気にしてるかな」
お仕事の邪魔になっちゃいけないから、プロデューサーの携帯には連絡しない。
これは、自分たちで決めたことです。
私たちも、しばらく仕事からは離れるっていうことで、お仕事用の携帯は置いてきてます。
でも…
「ちょっと、相談したいことがあって」
「そっか」
「う、うん」
あれ? 思ったより、反応が薄いというか…。
怒られるか喜ばれるかするかな、と思ったのだけど
「………」
「………?」
「……あのさ雪歩、自分たちじゃダメなこと…」
「え?」
「悩みがあるなら、私たちも相談にのるよ?」
――そっか。
言われるまでそれを思いつかなかったのは自分でも驚きです。
「そう、だよね……聞いてもらってもいいかな、よかったら」
「「もちろん!」」
二人につられて、私も何だか笑ってしまいました。
話し終えると、二人は難しそうな顔をして黙ってしまいました。
それでもいつものように、じきに沈黙を破ったのは響ちゃんです。
「慣れたからこそ、なんじゃないかな」
「慣れたからこそ?」
「慣れるまでは、やってくのに精一杯でけっこう気付かないんだよ。自分に何が足りないかとか、何が欲しいかとか」
響ちゃんの言葉にはなんだか重みがこもっていました。
「ほら、自分も一人暮らししたりしたからさ」
私なんかまだ一度も一人暮らしもしたことないのに、響ちゃんは二年前にはもうやっていた。
そういうのを考えても、やっぱり響ちゃんはすごいなって思います。
今ならともかく私が響ちゃんと同じ年の頃、絶対そんなことは出来なかったろうから。
支援は紳士のつとめ
「自分も、一人暮らしを始めてしばらくしてからなんだか息苦しいような気がしてきて……平気だったときと比べて考えてみたんだ」
「うん」
「そしたら一人になってからだったから……家族がいないからかなって思って、それから、どんどん家族を増やすようにしたんだ」
響ちゃん、ちょっと恥ずかしそう。
そうだよね、自分が寂しい思いをした話なんて…
響ちゃんの気持ちに応えるために、私も考えなくちゃ。
「何が足りないか……」
ぱっと思い浮かんだのは『自信』の二文字。
それが欲しくてアイドルを目指したようなものですし…。
でも、ここのところは失敗も減ってきてるのに自信が無くなってきてるっていうのは……違うかなぁ
家族……お父さん、お母さん、お弟子さんたち。
たしかに会えなくてさみしい気持ちもない訳じゃないけど、これもきっと違う。
私でも家から離れてやっていけるんだって、むしろ嬉しかったもの。
真ちゃんや、765プロのみんなに会えてないから……かな。
でも、何度か遊びに来てくれたし、全然会えてない訳じゃないよね。
このもやもやが、あの時のと同じなら――
「しょうがないんじゃない?」
――え?
「春香? 何がしょうがないんだ?」
「分かんないのが。だって、去年と今じゃ違うことが多すぎるもん」
「それは……」
「ずっとトップアイドルを目指してやってきたのに、今はお仕事もしてない。頑張って色んなことが出来るようになっても、見てくれる人がいつも同じじゃ嬉しさも半分じゃない?」
「そう、かな」
あれ……なんだろう。この感じ、似てる。
どこか覚えのある嫌な感じの沈黙。
さえぎるみたいに、響ちゃんが笑顔になりました。
「でもさ、だったらもうちょっとだね!」
「もうちょっと?」
「四月になればプロデューサーは帰ってくる、そしたら、しばらく一緒に暮らしながら準備して、活動再開!」
「「えっっ」」
言葉を失いました。
驚く私たちに気付かないくらい、響ちゃんは嬉しそう。
でも、そんなのって…!
「そこまで待つのは、このままうまくいかなかったらでしょ?」
「春香……そうだけど」
「まだ時間はあるし、もっと頑張って練習すれば」
「ひ、ひ、ひ、響ちゃん!」
「ゆ、雪歩?」
「プロデューサーと一緒に暮らすってどういうこと!?」
「……あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてないよぉ!」
「プロデューサーもユニットの仲間だし、みんなでホントの…家族みたいにやれたらなって」
「むっ、無理無理無理! 絶対ダメですっ!」
「な、何でだよーっ」
「お…男の人と一緒に暮らすなんて」
「にーにーとだって暮らしてるでしょ?」
「お兄さんは夜はおじいさんのところじゃない」
「よ、夜って、別に一緒に寝るとかそんなことは…」
「い、いいいいい一緒に寝!!?」
「やがましーっ!」
「いつまでもゆんたくしてないで、ゆーふるんかい」
「「「はい……」」」
怒られちゃいました……・。
※
ゆんたく:おしゃべり
ゆーふるんかい:風呂にしなさい
―――寝室
暗くて狭くてあったかい。布団の中って、落ち着きます……。
今日のおはなし、結局うやむやになっちゃった。もう少しで何か分かるような気がしたのに。
春香ちゃん、なんだかちょっと様子が変だったな…。
「見てくれる人、か」
……
………あれ?
何が足りないかとか、何が欲しいか――
………。
いやいやいやいやいやいや、違うよ!
何考えてるの私っ
こんなの、こんなの……
…。
どうしよう
胸が……熱い
私、もしかして、プロデューサーのこと―――
そんなハズないよ。
たしかにプロデューサーは、大事な人
ただひとり、そばにいて安心していられる男の人、だけど…
仮に、仮にだよ、百歩譲って私がプロデューサーのことをす、好きなんだとしたら、こんなに長い間気づかなくて、一緒にいられなくて平気なんておかしいよ。
……うん、そうだよ。
『逃げてたんでしょ。勝ち目がないから』
頭の中の意地悪な私がそっと囁いて
思い浮かんだのはあの眩しい笑顔。
どつして気付いちゃったんだろう
多分、気付かないほうがよかった……ううん、
こんな気持ち、気付いちゃいけなかった。
響ちゃんは、きっと、プロデューサーのことが好き
それが分からないほど浅い仲じゃない
プロデューサーも、多分……。
今更実は私もなんて、ばからしすぎて、穴の中でだって言えるはずない。
でも、もし二人がそういう関係なら、一年間も会えないなんて平気なものなのかな
私だったら、絶対心配だけど…
プロデューサーカッコいいし、あっちでいい人ができちゃったり――
やだ、な…。
ハリウッドとか、きっとすごく魅力的な人がいっぱい……
ううん、響ちゃんなら負けてないよ。
でもプロデューサー、ちょっと鈍感なとこあるから、もしかして響ちゃんの気持ちに気づいてなかったりしたら
なかったりしたら
もし私が…………。
………約束破って、今から電話して――
私の馬鹿。
そんなことしたって、嫌われるだけ。
ちゃんと聞いて、響ちゃんもいるところで……あれ?
そんな話だったっけ。
……。
会いたいな……
アメリカって、すごく遠い。
一年って、すごく長い。
遠距離恋愛って、雑誌や友達の話ではうまくいかないことが多いって
でも、戻ってきたら一緒に暮らすんだよね
一緒に、暮らす…
朝起きてきたらプロデューサーの声がして
すぐそばで一緒にご飯を食べて
お休みって、笑ってくれて
でもそれは―――
「……………はぁ」
何度目か分からない溜め息
とおくにきこえる風の音にまぎれて、暗い部屋に消えていく
閑話『夜海月』
雪歩「わぁ………」
春香「すごい………」
響「ね、言ったとおりでしょ?」
ザァ……
ザザァ……
イメージ画像:http://i.imgur.com/l3HLCAm.jpg
雪歩「月の光が海に映って、光の中を泳いでるみたい」
春香「ここなら、夜の海でも寒くないしね」
響「さすがに夏以外はやらないけどね」
春香「波に揺られながら星を見てると、宇宙にいるみたいだね」
雪歩「うん……ぷかぷか、ゆらゆら、からだが楽……」
響「自分も、内地から来たにーにーに教えてもらったんだ。あ、にーにーって、兄貴のことじゃないぞ?」
春香「分かってるって」
雪歩「おにーさん、ってことだよね」
響「うん。泳ぐのは苦手でもこうして夜の海に浮かぶのは大好きだって」
雪歩「私夜の海って、なんとなく、もっと怖いものだと思ってたよ」
春香「本当。こんなにキレイなら、また、夜に来たいね」
響「日焼けの心配もいらないし」
雪歩「人目も気にしなくていいし」
春香「……なんか、落とし穴がありそうだよね」
「「「………」」」
春香「……あんまり聞きたくないんだけどさ」
響「なに?」
雪歩「ぅぅ……」
死ぬほどきれいだなしえん
春香「…………あのさ、ウミヘビ、って、夜行性じゃなかったっけ」
響「うん。多分周りにもいっぱいいるよ」
春香「ええええっ」
雪歩「ひっ!?」
響「だいじょうぶ、こっちから攻撃しない限りかんだりしないぞ!」
春香「ムリだよ! は、早く上がろう?」
雪歩「あ、あわあわ、わわてちゃダメだよ春香ちゃん!」
響「平気なのに…」
雪歩「あ、ところでさ、家に入るのにどうするの?」グッショ-
春香「そういえば着替え持って来てないし、さすがに夜じゃ乾かないよね」
響「………あ…」
雪歩「あー…余計な仕事増やして、怒られちゃうね…」
春香「どうせ誰もいないんだから、水着で良かったんじゃない…?」
雪歩「というか、海に入るってのも教えてくれなかったもんね」
響「………」
春香「……」ジー
雪歩「……」ジー
響「わ、罠だこれは罠だ」
春香「大人しくみんなで怒られようかー」
雪歩「響ちゃん、一番髪長いし、待っててね。タオルとってくるから」
響「わ、わっさいびーん…」
雪歩「ぐぶりーさびたん」
閑話休題
※
わっさいびーん:ごめんなさい
ぐぶりーさびたん:どういたしまして
今日の午前のレッスンはボロボロでした……
昨日はほとんど眠れなくて、レッスンの間もいろいろ考えてしまって……
「そういえば雪歩、プロデューサーさんにもう手紙は出したの?」
「あー、えっと、まだ」
「出しちゃえば?」
「う、うん……そうだね……」
違うの春香ちゃん、出す前に自己解決しちゃったというか…。
「ところで、プロデューサーの住所知ってるの?」
「え……あっ」
自分の馬鹿さに呆れてしまいます……そんなことも考えないでお手紙を出そうとしてたなんて…。
「自分も知らない、ゴメンね」
「私も。社長に聞けば分かるんじゃない?」
「うぅん、いいの……やっぱり、私たちのことは、私たちで解決しなきゃだし」
「……まあ、ね」
やっぱり春香ちゃんも、なんだか考え込んでるみたい。
「まぁでも、してもいいんじゃない? もうずっと連絡してないし、どうしてるのか私も心配」
それも、そうなんだよね…。
病気やケガなんかしてないかな、一人で寂しくしてないかな、なんて
これは前から考えちゃってました…。
「んー、元気そうだったよ」
……えっ?
「なに、響ちゃん、プロデューサーさんと連絡とってるの?」
「いや、自分からは連絡してないけど……誕生日のとき電話くれたんだ」
「…そうなんだ? なら私たちにも教えてくれれば良かったのに」
「ゴメン、言うの忘れてた……」
「へぇー」
あぁ、やっぱりそうなのかな
あの日はみんなでお祝いして、ほとんどずっと一緒にいたのに、そんな様子は全然なかった。
多分、夜遅くなってから内緒でお話して
きっと二人はそういう関係で
私なんかって、今はもう言いたくない
でも、相手が悪すぎるよ
初めて会った時、自分の事を完璧って言えるなんてすごいなって思って
今では見方も変わったけど、やっぱり自分の事を完璧って言えるなんてすごいなって思う
プロデューサーさんと寄り添ってやっていくのを、きっと誰よりそばで見てた
二人が私たちを夢の舞台に連れていってくれた
二人の間に私の入る隙間なんて………。
………。
「ちょっと、お散歩してくるね」
「ん、分かった」
一人になって考えたい、そう思ったのに
海の色
飛んでる蝶々の羽の色
どこへ行っても、響ちゃんが見ているみたいで……。
もう少ししたら、プロデューサーはここに来るのかな。
そしたら、きっとすぐに響ちゃんを見つける。
私のことは……。
ここにいるのは辛い。
でも、帰りたくはない。
あ…………
雨…………
※
飛んでる蝶々:リュウキュウアサギマダラ
http://i.imgur.com/b3PLRJH.jpg
戻っていく間も雨粒はだんだん増えていきました。
なんとかそんなに濡れずに帰れたけれど、しばらくやみそうにない雨模様に私達の表情も曇り空です。
「むー、ちゃんと降り始めちゃったね」
「雨は明日って予報だったのにね…」
「ね、公民館、お願いしようよ」
雨の日で、行事がないときは、お願いして公民館を貸してもらってレッスンしたりします。
でも、今日の響ちゃんはあまり乗り気じゃないみたい。
「んー、この前新しいステップを安定して合わせられるようになったばっかだし、そこまでしても、いまはそんなやることがないぞ」
「……そうかな」
「そうそう。それよりさ、そろそろクリスマスツリー、出さない?」
「えっ? ここでもクリスマスのお祝いするの?」
「当たり前でしょ! 雪歩は沖縄をなんだと思ってるんだよーっ」
「あ、ご、ごめんね……」
初めて島のお年寄りと話してる響ちゃんを見たとき、外国の人みたいに見えちゃいました。
今でもちょっと、ここって日本じゃないみたいって思っているのは
内緒にしたほうが良さそう。
「あのさ…………今日の雪歩、ちょっと、調子悪かったね」
「あ……うん、ごめんね春香ちゃん…響ちゃん」
返す言葉もありません…。またみんなに迷惑かけちゃった。
「やっぱり公民館借りて練習しよっか、私、もっとがんばらなきゃだよね…」
「なんくるないさー」
「プロデューサーが帰ってくるまで、よんなーよんなーやればいいさー」
ガタン!
私のドキ、をかき消したのは、イスが乱暴に押し出された音でした。
「春香……?」
「ねえ……いつまでこうしていたらいいの…?」
※よんなー:ゆっくり
「は、春香ちゃん?」
「……私達、アイドルなんだよ!? ファンの人たちを放ってこんなに長く……」
春香ちゃんがこんなに声を荒げるなんて、どれくらいぶりだろう…
一言一言から、ひりひり、痛みが伝わってくるみたい
「どうして急に……今までがんばってきて、それでもまだ納得いってない、そうでしょ?」
「そうだけど…! 最近なんか、何をするんでもない時間ばっかり増えて……」
「む……」
「みんなが期待してるし、待ってる! もっとしっかり頑張らなきゃ!」
春香ちゃん……
こんなに真剣に悩んで
そんなとき、私は……
「ああ、そっか」
ポツリと、漏れ出したような声は響ちゃんのものでした。
「…………多分ね、ううん、やっぱり、それなんだよ。自分達が、噛み合わなくなったのって」
目を見張る私たちに、響ちゃんは指折り数えていきます。
大きな目標を達成しちゃった。
プロデューサーはあっちでがんばってる。
私たちはIA優勝ユニット。
「頑張らなきゃ、しっかりやらなきゃ、ってどうしても思っちゃう。自分だってそうさー」
「じ、じゃあなんで……だって、悪いことじゃないでしょ?」
完結させてくり
「頑張る、しっかりやる……それ、実際、何をすればいいんだ?」
「え、えと……それは……」
「自分たち、自分たちなりに考えて、目標を決めてみたり、練習時間をすっごく増やしたり、色々やってみたよね」
「でも、こう頑張ればいいんだって、みんなでは思えなかった。だからみんな、気持ちだけが空回りしてバラバラになっちゃう…」
「ね、二人に見せたいものがあるんだ」
ちょっと見てて。そう言って響ちゃんが披露してくれたのは
家の中の狭いスペースをいっぱいに使った華麗なステップ
それは、響ちゃんがずっと前に見せてくれて、長い自主レッスンの末、やっとみんなで合わせられるようになったものでした。
「このステップ、IAのグランドファイナルの前に出来るようになった」
「ジュピターと戦うのが怖くて、自分、リーダーとして頑張らなきゃって、このステップを身に着けたんだ」
「でもね、これをプロデューサーに見せたら……怒られた」
「成長はみんなでしなきゃ意味がない。焦っても仕方ない、自分達のやってきたことを信じるんだ、って」
自然と、懐かしい声が頭の中に響きました
「ね、春香、雪歩」
「なんくるないさーって、本当は、まくとぅーそーけーなんくるないさって言い回しをするんだ」
「これはね、人としてちゃんとやることをやってれば、なんとかなるよって意味」
「言い訳なんかじゃなくて、自分たち、目の前のことにいつだって全力を尽くしてきた」
「自分は、自分達にいま必要なことは、離れないで、仲間を大切にすること、家族を大切にすることだと思うんだ」
「そうすればきっと焦らなくても、すぐまた活躍できるようになるよ」
そっか、響ちゃんは……
信じて――
ほんとうに、わたしはだめで
「だからさ、春香が本気でアイドル活動を再開したいなら――やろう」
え?
「っ」
「ここなら業界の人にも会わないし、よんなーよんなーやってけるかなって思ったんだけど……ゴメン、逆効果だったみたいだね」
「……再開、したいよ」
「だって、大勢の人の拍手に応えて、ステージに登って歌って……それが私の夢だったんだもん」
「でも」
「みんなを待たせてるのは、みんなが待ってるのは、四人で一つだったあの日の私達だもんね」
そう言って春香ちゃんは小さく笑って
「ちょっと……ごめん」
駆け出した春香ちゃんを追いかけずにはいられなかったのは、優しさのせいじゃないと思います…。
「春香ちゃん……」
「雪歩……」
春香ちゃんの目には、涙が浮かんでました。
「私、最低だ」
「響ちゃん、一生懸命私たちのこと考えてくれてたのに」
「私、信じるって言ったのに」
「ただ家族と暮らしたいだけじゃないか、自分が……」
「響ちゃんがプロデューサーさんのこと好きだから、待ちたいだけじゃないかって」
ズキ
私に向けられてないはずの言葉が、深く刺さっちゃってます。
「春香ちゃん……最低なんかじゃないよ」
「雪歩…私、雪歩のことも、ダシにして」
「大丈夫。みんな、悪くないよ」
「ただ……友達でも家族でも、やっぱり言わなきゃ伝わらないこともあるってだけで。ね」
うまく、笑えたかな
ずうっと一緒にやってきて、どうして気付いてあげられなかったんだろう
春香ちゃんより一年、響ちゃんより二年、多く生きてきたはずの私は、何をしてきたんだろう
私たちが戻ってくると、響ちゃんはそのまんまの姿勢で、出ていく前と同じようにそこにいて
誰に促されることもなく、私たちは自然と元の席に着いていました。
「あのね」
切り出したのは、春香ちゃん。
「律子さんが、特別、って、こっちの電話に連絡くれたんだ」
「去年一人でやったお仕事でね、来年もやりたいなって言ってたのがあるの」
「その仕事が今年もうちに来てて、ディレクターさん覚えてくれてて、是非私にって言ってくれてるんだって」
「…行ってきていい?」
……えっ!?
だって今、焦っちゃダメって
響ちゃんの話に納得したんじゃ
「そっか……うん、オッケー♪」
ええ……そんな、軽い感じでいいの?
「ありがと! みんなにそろそろ会いたくてさ、ファンの人たちにも一言あいさつしたいし……あ、雪歩も来る?」
クエスチョンマークで埋まりそうな私に
春香ちゃんがくれた笑顔はそれは素敵なものでした
「終わったらまたすぐ戻って、こっちで年越しするね。ちょっと息抜きしてくる」
「ゆっくりしてきて大丈夫だぞ」
「っと、ごめん……雪歩の誕生日のお祝い、出られなくなっちゃうんだけど」
「あ、ううん、そんなのは全然……大丈夫だよ。気にしないで」
春香ちゃんは何かに気付いたみたいで、それからの自主レッスンで、春香ちゃんと響ちゃんの息はピッタリでした……。
吐いても吐いても、心の奥からため息が湧き出てきます。
本当に最低なのは……私
春香ちゃんみたく待ってるファンのみんなのことも考えないで
響ちゃんがあんな風に考えてくれてることも知らないで
ただ自分のためだけに
くよくよして、うじうじして、失敗して
こんなはずじゃなかったのに
プロデューサーに選ばれて踏み出して
いつの間にか
プロデューサーに見て欲しくて
プロデューサーに誉めて欲しくて
ここまで走ってきてた
私が足を止めそうになっていたのはどっちも
ただプロデューサーが今ここにいないから、だったんだ
でも、プロデューサーは
……ほ」
「雪歩!」
「えっ、あっ、ゴメン響ちゃん。何?」
「や、別にたいした話じゃないけど……大丈夫? さっきから呼んでたのに、全然気付かないからビックリしたぞ」
「ごめんなさい……その、ボーッとしてて」
「何の話だっけ?」
「いや、次郎が島宿のヘルパーさんは目つきが悪いって言うから、雪歩見たことあるかなって」
「多分、ないよ」
「………」
「………」
「春香のこと? それとも、ユニットの」
「……うぅん。私の個人的なこと」
※次郎:響の従兄弟。公式キャラだけどアニマスにはいないので一応
「…そんな顔してないでさ、悩みがあるんだったら相談して欲しいぞ。自分たち、家族でしょ?」
何度も助けてくれた響ちゃんの笑顔
なのに今は、私をじりじり焼いちゃう夏のおひさまみたいで、はやく隠れたくてしかたありません
「……家族にも言えないことも、あるよ」
「……そうだね。うん、自分もそう思う」
「けど、自分はいつだって、雪歩の味方だからな!」
一瞬浮かんだ意地悪な考えは、すぐに押し込めました。
私だって、こう言ってくれる響ちゃんの味方でいたいから。
ああ、もうぜんぜんどうしたらいいか分からない
私、やっぱりだめだめだなぁ……
「ダメじゃない」
!
「ダメじゃない……ああ違うな、ダメでいいじゃない」
そ、それって、全然意味が違ってくるような
「雪歩のダメは、まだ、がついてるダメだもん」
「自分の知ってる雪歩は、いつだって全力で、何度転んでも最後には立ち上がって壁を越えてきた」
「頼もしいけど、その分、一番てごわいライバルだと思ってるし…」
「自分、雪歩のそういうとこが大好きなんだ!」
「………ぽぇ…」
へ、変な声出ちゃいましたっ
まっすぐすぎだよぅ、響ちゃん……
でも……そうだ。そうだよ
私だって何もない訳じゃない
いつまでもみんなに助けられなきゃダメな子じゃない
プロデューサーのためでも私のためでも、ずっとがんばってきた
色んな人が応援してくれて
色んなことを出来るようになって
昔とは違う。
犬にだって触れるようになったし
酔った男の人にも下がってもらえる
お父さんたちに守られてばかりだった私じゃない
「うん、響ちゃん……私、ガンバってみる」
「その意気だぞ!」
私は――
プロデューサーに会いたい。
できれば、その、意識して貰いたい。
でもそれは、響ちゃんと戦うってこと
勝っても負けても悲しいし、やっぱり…
響ちゃんみたいに、私の誕生日にも連絡をくれたら、どんなに嬉しいだろう。
でもそんなの有り得ない。
響ちゃんはプロデューサーが選んだリーダーで、ずっとプロデューサーと一緒にがんばってきた特別な人で
………
そんなに有り得ない、かな
私の知ってるプロデューサーはどんな人だっけ?
優しくて、ちょっと鈍感で、でもとても頼りになる人
不器用でみんなに優しいから
こういうことで特別扱いは、しない。
はず
例えもし響ちゃんと特別な関係だったとしても
そのせいで私達がギクシャクするようなやり方はきっとしない
信じて待ってみよう
きっとそれが出来て初めてスタートライン
確かめなきゃ
プロデューサーに、響ちゃんに、気持ちを打ち明ける前に
単なる恋への憧れなのか、
本当に好きな人が出来たのか
きっと昔とは違う自分を、信じて
閑話『長釣白死』
春香「雪歩、大丈夫?」
雪歩「………ダメかも」
響「薬呑んだ?」
ノンダンダケド…
響兄「ムリしないで、とられにくいエサに替えとくから、休んでるといいさー」
春香「今日は765プロの一部のメンバーで魚釣りにやってきました!」
真「誰に話してるの?」
春香「予行演習! こういうお仕事だって来るかもでしょ?」
響「春香は船、大丈夫そうだね」
春香「島で暮らし始めてよく乗るから慣れたかな?」
ググッ
春香「わ、わわっ、引いてる?」
響兄「巻いて巻いて」
キリリリ…
春香「見て、ついてるよ! なんか派手な魚…」
響「カーハジャーだね。刺身とかでもオイシイぞ」
春香「やった! よーし、自慢がてらみんなの様子見てこよっと」
http://i.imgur.com/L7CSUV4.jpg
春香「真ー、私釣ったよー」
真「おめでとう、やるね春香」
春香「それ、餌じゃないよね? 何投げてるの?」
真「メタルジグ……ルアーの一種だよ」シュッ
キリリリリリ……
パシャッ
春香「…釣れてないね」
真「はは、フィッシュイーターじゃないと釣れないからね」
春香「?」
響「つまり、真はマグロが来るのを待ってるんだ」
春香「そうなんだ! さっすがぁ!」
真「………いいけどさぁ」
※フィッシュイーター:他の魚を捕食する魚のこと。
春香「貴音さんは……あれ?」
響「魚釣りあげて……もう食べてる……」
貴音「ひほひほふまふにひへはひへまへん」
春香(なんかいい顔してるけど何言ってるかぜんぜんわからない…)
やよい「ダメですよ貴音さんっ!」
貴音「ふ?」
やよい「釣果を分けるのはテガエシの速さです! 釣らなきゃジアイを逃しますよ!」
春香(やよいの目が本気だ)
響兄(完全に数釣りの態勢に入ってるなぁ…)
※テガエシ:釣れた魚を仕掛けから外して、また仕掛けを入れなおすまでの一連の作業
ジアイ:魚がよく餌を食うタイミング
……
真「やたっ! GTフィーッシュ」
響「おー、ちょっと小ぶりだけどガーラだね」
やよい「うっうー! このおっきい金魚みたいなお魚は食べれますか?」
http://i.imgur.com/uHU0tDx.jpg
響兄「勿論! ミーバイだ、高級魚だぞ」
貴音「なんと面妖な……海の一部を釣ってしまったようです」
響「イラブチャー、揚げると美味いぞー」
雪歩「ぅぅ………みんなすごいなぁ…」
ピクン
雪歩「…あれ?」
グィィィ
雪歩「わっ、わっ、だれか」
真「雪歩!」
貴音「気をつけて」ガシ
やよい「すごい、どんどんひっぱられますっ」ググ
響「相手の力に逆らわないで、こっちへ向くとき巻くんだ」
響兄「タモ……いやカギがいるな!」ドタドタ
春香「見えたよ!」
※
タモ:タモ網。魚をすくいあげる長い網
カギ:魚鉤。魚をぶっさして持ち上げるバールのようなもの
「「「せーの!!!」」」
ビタン!
ビチビチ
「「「おお~」」」
響「タマンだ、でっかいぞ!」
http://i.imgur.com/pkuIqYG.jpg
響兄「今日はご馳走だな」
春香「お手柄だね、雪歩」
雪歩「やっ、た……――」フラ
「「「雪歩!!!」」」
閑話休題
あっという間に、その日はやってきてしまいました。
昨日の夜は、もしかしてを期待してずっと起きてるつもりだったんですけど、気がついたら日が昇っちゃってました…。
でもやっぱり着信記録はなくて……
不幸中の幸いというか……全然幸いじゃないですけど…。
今日はみんなで、島の人までほとんどみんな集まって誕生日のお祝いをしてくれました。
何人か来てなかったのはみんな他の宿をやっている人です。
沖縄は年末の休みに向けてお客さんが増えがちらしくて、ここにもお客さんが少し来ているみたい。
今日はほかにも765プロのみんなからプレゼントが届いたり
ファンの皆さんからのプレゼントも送ってもらったり
すごく嬉しいことばかりなのに、それでもやっぱり心は晴れません。
ある人にほんの少し指と口を動かしてもらえれば、それだけでいいんですけど
ケータイが鳴らない間、五分に一度はため息が出ちゃいますし、鳴ったら鳴ったでメール一通見るのにもすごく勇気がいります…。
メールで一言お祝いを貰っても多分、たったそれだけで私のお話は終わりになってしまうから
だから、着信を知らせる音楽を聞いてケータイを落としそうになってしまったのも仕方ないと思います
「もっ、もしもし!?」
でもそれは、希ったものではありませんでした
「だーれだ」
「あ……」
一瞬、振り返りそうになっちゃった
「……春香ちゃん?」
「あたりー」
ああ……そうだ、あっちにいるんだっけ。
「ごめん、今忙しかった?」
「あ、うぅん、大丈夫だよ」
ついこの間まで一緒にいたのに、今は遠く彼方にいると思うと、なんだか不思議です
そのせいか、久しぶりみたいな気がして話が弾んじゃいました。
春香ちゃんは無事お仕事も終えたらしくて、すっかりリフレッシュしたみたい
「こっちはホワイトクリスマスだよ」
「雪が、散ってく花びらみたいですっごくキレイ」
懐かしい雪景色が浮かびます。
きよしあの夜、今よりずっと無邪気に、でも、やっぱり待ち望んでた。
白くて優しい朝。枕元のプレゼント
「そっちもホワイトクリスマス、ってことはないよね」
「うん。今日はお天気もいいし、相変わらず草も木も元気に緑色で花も咲いてるよ」
「あはは」
ふいに、電話ごしの春香ちゃんが真面目な顔になったような気がしました
「……雪歩」
「……?」
「がんばってね」
!?
「なっ、なにが?」
「んーなんとなく」
……。
えっ、えっ、私、何も言ってないよね?
もしかして、私の気持ち、みんなにバレバレなんでしょうか…。
>>1は島の研究でもしてるのか
カラスさんに負けない早さでお風呂から上がって、じっとケータイとにらめっこ。
それでも、まだ、電話は鳴りません。
「ふぁ……そろそろ寝よっか?」
何も聞かずに側にいてくれた響ちゃんがそう言っても、まだ諦められませんでした。
それに、あの日の響ちゃんの様子を思えば、まだでもおかしくは……
そう、思わないといられないんです
「……私、ちょっと、散歩してくるね」
「えっ、こんな時間に?」
「うん、ちょっと……」
「分かった、自分も付き合うぞ」
「……一人が、いいんだ」
負けないようにまっすぐ見たら、響ちゃんの力強い目にうつった私も、ほんの少し強そうに見えます。
「……。……大丈夫?」
「大丈夫だよ、さすがにもう、島の危ないところとか全部分かってるもん」
この島にはハブがいないから、気をつけなきゃいけないのは転んでケガすることくらい。
小さなこの島の地形は、もう目をつぶってても分かるくらい頭に入ってる
「そっか……うん、でも、気をつけてね」
考えてみれば、特に出かけられる場所もないここで、夜に一人で出歩いたのなんて初めてかも
でも、やっと一人で歩かせてもらえるようになった感慨も、今は二の次。
ほとんど明かりのないこの島の空は、いつものように満天に星々を湛えていました。
たくさんの星が見えても、私に分かる星座はほんの少しだけ。
あれは多分、ふたご座。真美ちゃん亜美ちゃん、元気にしてるかな
反対側は、小学校で習ったオリオン座。
ここから見ると星が多く見えるせいかなんだかたくましくて怖いです。
もっと……プロデューサーくらいの……
「…………はぁ……」
また、こんなこと考えちゃった……。
島には浜辺がいくつもあって、それぞれちょっとずつ感じが違います。
お気に入りの浜辺にたどりつくと
静かに白い絨毯のうえには、何日か前の私の足跡がそのまま残っていました
星明りしかない浜辺で電話を取り出すと、小さな明かりが目に染み
「おーい、キミ?」
……!
飛び上がりそうになりました。
こんなところでこんな時間に知らない声がするなんて、まったく思いもしてなくて
ライトで照らされて、逆光に目をすぼめて、男の人の影がかろうじて見えました。
「ああビビった、幽霊じゃないよね」
大声なわけじゃないけれど、静けさとそぐわない軽い調子の声が、なんだかいやに感じちゃいます
「何、地元の子?」
「いえ、あ、あの……地元ではなくて」
「カンコーキャク? 俺もそー」
「うおっ、よくみたらキミ、かわいーね」
困ったな、どうしよう…。
出ていってください、なんてさすがにヒドいし……しょうがないや。別のところへ行こう。
「ごめんなさい、私そろそろ…」
「まぁそうゆーなって」
イヤです、って、相変わらずすぐには言えない私です…。
「本当ならさー、隣の島の宿で女の子たちとクリスマスパーティーのハズだったのによ~」
「船が出ねぇとかさ。こんな年寄しかいねーとこで、ってらんねーよ」
「なぁ、キミもそうだろ?」
腕を肩に回されて、近づいた男の人からは鼻をつくお酒のニオイがしました
「やっ、やめてください!」
真正面から拒絶するのはとっても勇気が要って、でも、その分伝わるはずで
けれど、その人の笑みは広がるばかりでした。
「やめてください~」
振り払おうとしても、私の力じゃびくともしなくて
「やめねぇよ」
引き離そうとする姿勢のまま、背中が砂浜に押し付けられて――
「っ、やだっ」
「おら静かにしろよ」
ウソ
いや
なんで?
だって
はっきり嫌だって
「こんな時間にこんな場所だ。誰もこねーよ…」
違う
違うよ
こんなはずじゃ
だれ、か――
響ちゃん
お兄さん
島のおじさん
プロ、デューサー
プロデューサーのこと思い出すと、勇気が湧くんです
プロデューサー、私、絶対こんな人に泣いてあげません
プロデューサー、私、強くなれましたか
プロデューサー、ほめてくれますか
プロデューサー
たすけて
レイプかよォ!
「おい、お前何してやがる!」
「あ? なん――だばっ」
目の前で赤いしぶきが散って、私の体は自由になりました。
「おい……何とか言ったらどうだ?」
「だーめだ、パツイチでもうおねんねだぜ?」
「ちっ、もうちょっとでも手ぇ出してたらトドメくれんだがよ」
――
なん、で?
予想も期待もしていなかった、けれど知った声に
恐怖も安心も感謝もなくて
ただただビックリとハテナで頭がいっぱい
落ちた明かりに照らされて浮かび上がった人たちは、小さいころからちょくちょく世話を焼いてくれていた、お父さんのお弟子さんたちでした。
どうして……
「あー………は――初めまし」
「いやっ、雪ちゃん、グーゼンだな!」
「あっ!? 合わせろ馬鹿ゾウがっ」
「てめーがだ、少しは考えろクマ!」
お芝居の良し悪し以前に、地元の人みたいによく焼けた肌が、答えを示していました。
つまり、お父さんがここに来るのを許してくれたのは監視の目を置いたからで
私が男の人相手に逃げなくて良かったのも、にらみをきかせていた人がいたから
それに、この島で、こっそり暮らしてくなんてできない
みんな、知ってたんだ。少なくとも、島の人はほとんど…
「まーなんだ、ともかく行こうぜ」
「ああ、みんなシンパイしてんよ?」
そうなんだ。強くなれてなんか、なかったんだ
トップアイドルの一員になって、お父さんを説き伏せられるくらい強くなったと思ってた
家事もできるように、トラブルも避けられるように……一人で歩けるようになった気でいた
……ばかみたい。
あはは
やっぱり、
私、
ダメダメで――
『『『――――』』』
あ………………
もう、少しだけ
一人じゃ歩けなくても、一緒に歩いてくれる人がいる
一人じゃ立っているのも難しくても、私はいつだって、一人じゃない
「待ってください」
「え?」
「もう少しだけここにいたいんです」
「けどなぁ」
男の人は苦手です。
私はやっぱり、弱いです
でも私を知ってくれてる人がいて
私も目の前の人を、ちゃんと見ようと思います
「いくらほとんど人がいないっつっても、こいつだってそのうち目ぇ覚ますし」
「あぶねーっすよ」
「はい、だから…」
「お願いです、私を、守ってください」
言って、びっくりしました
小さい頃から見てきた二人が、見たことないくらい嬉しそうな表情をしていたから
「そういうことなら任せろ雪ちゃん!」
「ちんぴらだろうが米軍だろうが、雪ちゃんにゃ指一本触れさせねえ!」
「とりあえずこいつ目ぇ覚ましたらうるせえだろーし、埋めとくか」
「だな」
迷惑がるどころか、本当に楽しそうに笑って…
……
………
プロデューサー、私、馬鹿ですよね
強くなるって、一人で歩けるようになることだと思ってたんです
プロデューサー…あなたと、みんなのおかげで
私、強くなれました
プロデューサー、お電話、くれますよね。
うぬぼれじゃなくて
優しくて、鈍感で、
離れていても私達みんなのことを気付かってくれる
信じてますから
……
…………
……あ、れ?
……おかしいな…………
もうすぐ、日が変わっちゃいますよ…?
まだ、ですか
早くしないと
えっ
嘘
うそ
だって、だって
みんなが助けてくれて
きっと
だから
おはなしではこういう時、絶対うまくいく
時計の針が、12時を指し
細身の針が順調に周回を重ねていっても、私の頭はからからからまわり
何も考えられません
「……雪ちゃん? 大丈夫か? なんか…」
お化けでもみたみたいなお弟子さんの顔を見て、やっと気づきました。
そっか、もう魔法の時間はおしまいなんだ
もしかしたらって夢から覚めなきゃいけないんだ
「ありがとうございました」
自分でも思わなかったくらい落ち着いた声が出せました。
「帰りましょう」
「い、いいのかい?」
「俺達なら大丈夫だぜ…?」
なんでそんな不安そうに言うんだろう。
だってしょうがないんですよ
そうでしょう
私は、プロデューサーのことを見えてなかった。
響ちゃんと並べてもらえるなんて、私の願望だった。
もしかして、誕生日すら覚えてもらえてなかったのかも
「いいんです、もう――」
【~~~♪】
【~~~♪】
………。
……え?
【―――っとずっと忘れないで♪】
なんで?
もう魔法はとけたはずなのに
もしかして、幻聴?
「…出ないのかい?」
番号表示はきっと見間違い。
手が震えてうまく押せない
きっとこれは夢で、間違えて切っちゃって目を覚ますんだ
「…………もしもし」
『お、通じた。雪歩、今大丈夫か?』
「………プロデューサー」
しえ
『うん、俺だよ。久しぶり』
話したいことがたくさんあったはずなのに
なんでだろう、何も出てこない
『雪歩、誕生日おめでとう』
………おかしいな
ほしくてほしくてしょうがなかったはずなのに、ちゃんとうけとれない
私は、
『あー……今、何日?』
……は?
「25日、ですけど…」
『うぐ……間に合わなかったか、スマン』
『こっちは今、24日の朝なんだが……』
『ゴメンな、本当は当日のうちに電話しようと思ったんだけど、昨日忙しくて……その、寝過ごしちゃって…』
『その日になってから気付くんじゃ遅いって、響んときで懲りたつもりだったんだが……』
――
そうだった
優しいけど、うっかりで
ちょっとだけ、かっこつけきれない
「ふふっ……あははははっ」
プロデューサー。
ああ、プロデューサーだ。
私たちの、プロデューサー
『ゆ、雪歩?』
ポカンとするプロデューサーの顔
響ちゃんに怒られてしゅんとなる顔
いろいろ思い浮かんじゃって笑いが止まらない私を、プロデューサーは困った様子で待っていてくれました
『そんなに笑うなよ……』
「プロデューサー、私今どこにいると」
『あーっ、言わないでくれ!』
「えっ?」
『いや、もし、相談したいことがあるとかなら聞くんだけどさ』
『こっちにいる間は、こっちに集中出来るように、あんまり今のそっちのことは聞かないようにしたいんだ』
それなら電話しなきゃいいのに、なんて、思わないです
とっても頼りになるのに、どこかツメが甘くて
そんなところも、大好きだから
「プロデューサー、今はまだ、何も言いません」
『ありがとう……? でもな、もし』
「でも」
プロデューサーの言葉、遮っちゃいました。だって、これだけは譲れないもの。
「次会う時には、困らせちゃうかもしれません」
「覚悟しててくださいっ」
プロデューサーには何のことだか分からないと思いますけど
『……ははっ』
「な、なんで笑うんですかぁ!」
人の決意をなんだと思って
『いや、元気そうな雪歩の声が聞けて、なんというか、嬉しくて』
「っ――――」
『首を洗って待ってるよ』
『今ニュースやってるけど、ニューヨークじゃ今年も大雪みたいだ。そっちもホワイトクリスマスかな?』
「はいっ!? あっ、はい、あの、そんな感じで――」
『――――』
「――――」
明日は少し怖いけど
今はただただ、嬉しくて
雪の代わりに雨が降り
白い砂浜に落ちていく
ハッピー・メリー・クリスマス
④
これで一応の終わりです。
こっから先はおまけ
追補『蛇靴下』
響「おかえり、雪歩」
雪歩「……ただいま」
響「いいこと、あったみたいだね」
雪歩「……」
雪歩「……――」
雪歩「響ちゃん、私…プロデューサーのことが、好き」
響「……うん、そっか」
雪歩「……気づいてた?」
響「もしかして、とは……」
雪歩「響ちゃんと、プロデューサーって…」
響「うー…違うよ」
雪歩「……えっと」
響「……うん、自分も、その、好きだぞ」
響「多分、プロデューサーも、気づいてくれてるとは思うんだけど……」
雪歩「ちゃんとお付き合いしてるわけじゃ、ないんだ」
響「うん、だから、ダメだとか、そんなことは言えない」
雪歩「私…………ごめんね、響ちゃん」
フルフル
響「ライバル、だね」ニッ
雪歩「……手加減しないでね…!」
響「モチロンだぞ!」
弟子1「すいやせん、せっかく黙っててもらったっつーのに」
弟子2「バレちまいやした」
響母「あい、仕方ないね。いちかーばれることさぁ」
響母「ごめんねー雪歩ちゃん。子供たちにはナイショにって頼まれてたんだよー」
雪歩「はい…」
響母「信じてないわけじゃないんだよ? それでも心配なのが親ってもんさー」
雪歩「……大丈夫です。もう」ニコ
響母「ん、雪歩ちゃん、ちむびるーやさー」
響「全然知らなかったぞ……」
いぬ美「ばうあう」
響「いぬ美も知ってたの!? ひ、ヒドイぞ! こっそり教えてくれたってよかったのに!」
ワウ…
カオニナンカデナイ!
※ちむびるー:心が広い
―――数日後
タン
~♪
タタン!
響「よしっ、やったね!」
春香「タイミングばっちり!」
雪歩「私達、完璧だぞっ」
春香「この調子ならなんだってできちゃいそうだね」
雪歩「うん、ハリウッドデビューだって出来ちゃうかも」
響「音楽チャート三十週連続一位くらいやれちゃうぞ」
春香「でも、プロデューサーさん、待つでしょ?」
雪歩「え……ぅ…」
響「できれば……」
春香「そんな顔しなくても、大丈夫だよっ」
春香「もうちょっと、プロデューサーさんが帰ってくるまで待とう!」
雪歩「春香ちゃん」
響「いいの?」
春香「当たり前だよ。だって私達、家族だもんね!」
春香「それに私達が三人だけですごく活躍しちゃったらさ…」
雪歩「あ、うん。きっと、喜んで、褒めてくれると思うけど」
響「でもきっとちょっと寂しがっちゃうよね」
春香「俺はもう用無しなんじゃないか、みたいな感じでさ」
響「春香、似てるぞw」
アハハハハハハ…
P「ぶぇーっくしょん!」
P「うあー…なんだか悪寒が…風邪ひいたかな……」
良いよ~
おまけ期待!
―――数ヶ月後
P「あ……あの、雪歩さん……? 」
雪歩「はいー…」ギュッ
P「背中が熱い……というか、や、やらかいのが、当たってるんですが」
雪歩「あ、当ててるんですぅ…」
P(……おうふ)
P「……えーと、響さんは何をして……」
響「な、なんだよ、自分はダメ…なの?」
P「いや、あの、胸に胸が……」
響「当ててるんだぞっ」ギュ
P(どうしてこうなった)
本当に終わり
書き溜め出してっただけなのに謎の消耗
もえつきた
レスくれた人たちありがとう
寝る
おつ
少女漫画だな 真がよろこびそう
乙
乙
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません