「助けて」 (31)


ただ一言そう書かれたメールが届いたのは、雨の降る気だるい午後。
差出人は――――

「萩原さん…?」



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着信自体珍しい私の携帯に、珍しい人物から届いた一通のメール。
何かあったのかしら?
いいえ、助けてって書いてあるのだから何かあったのよね。
そう考えてクローゼットから上着を取り出して着込む。
ブーツを履き、傘をさして部屋を飛び出す。

そこで気がついた。
萩原さん、どこにいるのかしら?
コンビニの軒先を借りて雨宿りしつつ携帯電話を操作する。


何度目かのコール音が聞こえたあとにぷつっという音。
良かった、繋がったみたいね。

「萩原さん、今どこにいるの?」

『千早ちゃん…。あ、あのね、今は家の近くの空き地にいるんだけど…。』

「家の近くね、分かったわ。すぐに行くからそこから動かないでちょうだい。」

「う、うん。ありがとう…。」


居場所は分かったわ、すぐに向かいましょう。
通りに出てタクシーを拾い、手帳を取り出して萩原さんの家の住所を告げる。
待っててね、萩原さん。

動き出したタクシーがスピードを上げる。
窓の外は相変わらずの雨。
何があったのかくらい聞けば良かった。
自分でも分からないくらいに焦っているみたい。
今電話するのも運転手さんに悪いし、会えば何があったか分かるわよね。


焦る気持ちと裏腹に車はゆったり走る。
こちらの事情なんて関係ないもの、仕方ないわね。
分かっていても、心は逸る一方だった。

動き出してから30分。
やっと目的地に到着、会計を済ませすぐさま電話をかける。

先程よりも早く電話が繋がった。


「もしもし、萩原さん?今、貴女の家に着いたわ。場所を案内して欲しいのだけど。」

「う、うん。」

通話をしながら道案内を受け、指示通りに進むと空き地に到着した。
しかし萩原さんの姿が見えない。


「萩原さん!どこにいるの?」

少し張った声で呼びかけると、置いてあった土管からひょっこり顔を出す人物がいた。
そこにいたのね。

「ううぅ、千早ちゃぁん…。」

「無事で良かったわ、萩原さん。」

顔を見て一先ずほっと胸を撫で下ろす。


「それで、一体何があったの?」

「あ、あのね…。」

私の問いかけに萩原さんがおずおずと口を開いた。

「ちょっと、こっちに来てもらっていい?」

先ほどの土管に近寄っていく萩原さん。
私も後に着いて行く。

「これなんだけど」


そう言って土管の中を指差す。
中を覗くと小さなダンボール箱が一つ置いてあった。
蓋は開いており、中にはタオルが敷き詰められている。
その真ん中に、茶色い物体が鎮座していました。

「……子犬?」

「うん……。」

「くーん…。」

可愛らしい豆柴がそこにいました。


「えっと、何があったの…?」

「あのね、お買い物の帰りにここを通ったら雨の音に混じって鳴き声が聞こえたから

 声のする方に来たらこの土管の中にこの子が…。」

俯きながら話す萩原さん。


「そう、そういう事だったのね…。助けてって書いてあるからもっと大変な事かと。」

「ううぅ、ごめんね千早ちゃん。でも、私犬は怖いけどこんなにちっちゃいのに

 こんな雨の中捨てられてるこの子が可愛そうで…だから…。」

「大丈夫よ萩原さん。まず貴方が無事でほっとしたわ。大きな問題も無いみたいだし。」

ダンボールを土管の中から引っ張り出す。

「くーん?」

「ここにいても仕方がないわね、一度事務所に向かいましょう。」

箱を抱えてその場を後にします。
傘は萩原さんと同じ傘に入れてもらいましょう。


途中何度か休憩を挟み事務所に着いた。

「千早ちゃん、大丈夫?」

「えぇ、平気よ。」

階段を上りながら萩原さんが気遣ってくれる。
上りきって事務所のドアを開くと音無さんが出迎えてくれました。


「あら、千早ちゃんに雪歩ちゃん。いらっしゃい、どうしたの?今日はお休みでしょ?」

「あの、音無さん。実は…」

手に持った箱を突き出し蓋を開ける。

「きゃんっ」

「わっ。……犬?」

「はい。」

「この子、どうしたの?」

音無さんの問いかけに萩原さんが説明する。


「って事があったんですぅ。」

「なるほどねぇ。」

「それで、他に手が思いつかなくて事務所に連れてきてしまったんですけど。

 まずかったですか…?」

「う~ん、まずくはないけど、流石に事務所じゃ飼えないし…。」

「あぅ、そうですよね…。」

音無さんの一言に暗くなる萩原さん。


「あ、で、でも誰か飼える人がいるかもしれないから!ね?」

「小鳥さん…。」

「お姉さんも飼い主探し協力するわ!」

「あ、ありがとうございますぅ!」

「私からも、ありがとうございます。音無さん。」

飼い主が見つかるまでという制約の下律子を説き伏せて暫くは事務所で飼うことになりました。


「ウチはマンションだから残念だけど無理ね。」

律子には断られてしまいました。
私も同じ理由で無理なのだけれど…。

「春香はどう?」

「ウチも…。ごめんね千早ちゃん。」

「ううん、いいのよ。」

高槻さんのお家はペットどころではないだろうし、他に飼えそうな人は…。
我那覇さんかしら?


「うぁ~。ごめん!ウチはもう今の家族だけで手一杯なんだ…。

 エサ代もバカにならないし…。」

どうしよう、我那覇さんにも断られてしまったわ。
その後、何日かかけて社長を含む皆に当たってみたものの飼い主は見つかりませんでした。


「う~ん、力になってやりたいけどウチはペット禁止だしなぁ…。」

頼みの綱のプロデューサーも、この件に関しては力になれないようです。
一体どうしたら…。

「あ、あの…!」

どうしようか考えていた時、何かを決意したように萩原さんが声を上げました。


「どうしたの、萩原さん?」

「わ、私。飼うよ!」

「……え?」

「その子、私が飼う!」

「でも、萩原さん犬が……」

「うん、苦手だけど。でも、このままだと保健所に…!」

そう、いつまでも事務所で飼い続けるわけにはいかない。
飼い主が見つからない以上保健所に連れて行く事になる。


「それに、私が拾ったんだから私が最後まで面倒見なきゃ。それが、この子に対する責任

 なんだと思う。さ、最近はいぬ美ちゃんで少しは犬にも慣れたから…。」

「そう…。そうね。少し心配だけど、それなら萩原さんに任せるわ。」

「うん!」

恐る恐る子犬に近づく萩原さんを見守る。


「きょ、今日からウチで飼うからね~。」

「わんっ」

「ひぅ!や、やっぱり怖いですぅ!」

「落ち着いて、萩原さん。よく見て。」

「え?」

子犬はとても嬉しそうに尻尾を振っていました。


「きっと、萩原さんに飼ってもらえるのが嬉しいのね。こんなに尻尾を振っているんだ

 もの、間違いないわ。」

「そ、そうかな…?」

「えぇ、そう思うわ。」

震えながら子犬に手を伸ばす萩原さん、その手を子犬はぺろんと舐めた。

「ひゃっ!」


怯えながらも、子犬と触れ合おうとする萩原さんを見ているとこちらも緊張してきます。
再び震える手を伸ばすと今度は頭を撫でる事ができた。

「ふぁ~。さ、触れた!触れたよ、千早ちゃん!」

「えぇ、よく頑張ったわね。萩原さん!」

涙を流しながら喜ぶ萩原さん。
私も、自分の事のように嬉しい。

「わんっ」

撫でられて気持ちよさそうに尻尾を振る子犬を微笑ましく眺める。


「そうだ萩原さん、飼うのなら名前を決めないと。」

「な、名前!?」

「えぇ、貴女が飼い主なんだから決めてあげないと。」

面食らったような顔を見せたけど、すぐに名前を考え始めました。
私だったらどんな名前を付けるかしら?

ゴ…

「うん、決めた!」

大きな声で思考を遮られる。
もう名前が決まったのね。


「決まったの?」

「うん、今日からこの子はむぎ茶だよ!」

「……むぎ茶?」

「毛の色がむぎ茶に似てるからむぎ茶に決めたんだぁ。」

……萩原さんらしいネーミングね。
まさかお茶から取るとは思わなかったわ。


「キミは今日からむぎ茶だよ~。」

「きゃんっ」

大きく尻尾を振っている所を見ると、嫌なわけでは無さそうね。
そもそも分かっていないのだろうけど。

「えへへ、むぎ茶~。」

さっきまで触れることすら躊躇っていたのが嘘みたいにじゃれている。
もうすっかり慣れたみたいね。


「萩原さん。」

「なあに、千早ちゃん?」

「時々、むぎ茶の様子を見に行ってもいいかしら?」

「勿論!大歓迎だよ!」

「ふふ、ありがとう。それじゃあその時を楽しみにしてるわね。」

「うん!」

「それじゃあ、また。」

別れを告げて事務所を出る。
空は晴れて、夕陽で綺麗に赤く染まっていました。

おわり。

おわりです。

ちはゆきっていいですね。
独特の空気感を持つ二人だと思っているので書いていて楽しかったです。


それではお目汚し失礼致しました。

スレタイがアレだから少々開くのが怖かったけどいい話でよかった

>>29
冒頭でホラーを期待した俺涙目

なんだ、いい話じゃん!

乙!

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