貴音父「娘はアイドル」 (27)


それは、町も寝静まった、月が高く上った深夜だった。
月を眺めながら、何をするわけでもなく、月光浴をしていた私に、娘が声を掛けてきた。

「私は、もっと高みを目指し、見てみたいのです、その先にある景色を。このように、囲まれた場所からではなく、何もさえぎるものの無い、高みから……」

突然の娘の言葉に、私は、しばし外の景色を眺めながら考えた。
山の中腹にあるこの家からは、市中が一望できる。月明かりに照らされた街並みを見ながら、娘の言う事を反芻する。
そう、娘の言う「囲まれた場所」というのは、私が当主を勤めるこの一族のことを言っているのだろう。
私は、その娘の言葉に、頷いた。


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「では、父上。私は……いえ、やめておきましょう」

そう言うと、気付けば娘の気配は消えていた。
高みを目指す手段は人それぞれ
少し冷たい風が、私の傍を吹きぬけた。

「……行って、しまいましたね」

変わって、妻が、私のすぐ後ろに立っていた。
風になびく髪は、娘と同じ銀色。
銀細工のように美しく、しかし、しなやかに風に任せて踊る。

「ああ…………貴音も、もう外の世界を見に行くのにいい年頃かも知れん」

「そうですね…………」



「旦那様、旦那様はどちらに?」

それから、一年近くたったある日の事だった。
興奮した様子の女中が、私の部屋に駆け込んできた。
どうしたのかと問うと、一冊の雑誌を私に見せてきた。普段なら、手に取ることも、そもそも存在さえも知らなかったものだ。

「ここに、貴音様が」

最近、とみに悪くなってきた視力をもどかしく思いつつ、手元の眼鏡を掛けて、女中の指差す先を見てみる。
CDの発売を知らせるその広告には、少し、柔らかな表情をするようになった娘の姿が見て取れた。

「765プロ、という芸能事務所だそうです」


世間の流行や情報とは、殆ど隔絶されたこの家だけに、その名を聞いても分からなかった。
その小さな広告の中の娘の姿に、私は引き込まれていた。
何が、娘を変化させたのか……
私は、少し考えると、執事の原を呼び出した。


「まさか、旦那様がテレビをお買い上げになるとは思いませんでした」

驚いた様子で、運び込まれてくる液晶テレビを見ている老執事が、目を白黒させている。
まるで、私がテレビを知らないかのような驚き方でもあったので、そのことも軽くたしなめておいた。
単純に、必要がないから今まで置いていなかっただけで、少しは娘の近況が知りたくなるというものが親心というものだろう。
搬入を済ませ、量販店の従業員達が出て行くと、女中も執事も集まって、テレビを見始める。
そう珍しいものではないはずだが、こうしてこの家の中で集まるのは、もう何年となかったことだろう。

「……しかし、最近の芸能界というのは、何とも分かりませんな」

私と然程歳の変わらない執事が、不思議そうに画面の向こうで踊る少女達を見ている。
昔と比べて、芸能界も様変わりしたようだ。
そんな場所に、自分の娘が居るというのは、まったく想像もできない。

「旦那様?」


女中が不思議そうな顔でこちらを見ている。
余程、怪訝な顔をしていたのだろう。
何でもないという風を装うと、私はそのまま自分の書斎へ戻る。

「あなた、気になるんじゃありませんこと?」

何時の間に、隣に立っていた妻の言葉に、私も自らの心の内を考えてみる。
貴音のことか、と妻に問えばあっけなく、妻は首を縦に振った。
勿論、気にならぬわけでも、ない。

「見に行きませんか?」


しかし、それは、貴音の好きにさせるという私の意に反することだった。
四条たる者、自らの力で事を成し遂げる事が出来なければどうするか。

「……私は、あなたの思うとおりにすればいいんじゃないかと思っているのですが」

無言で頷いただけで、妻は全てを察してくれたようだ。

「はい。原に手配をさせます、時期は……」

いつでも良い、というと、妻は苦笑しながら部屋を出て行った。

数日後、私は車中の人となったわけである。


付き人もつけずに出かけたのも久々だが、東京まで出たのも久々だろう。
あふれんばかりの人の波を進みながら、調べさせておいた、765プロダクションへと向かってみる。
鉄道の乗り継ぎを何か生かした後、ようやく、そこへたどり着いた。
小さな雑居ビルの中に入っている事務所の窓には、「765」と書かれていた。
事務所へ行ってみるか、どうするか。考えているうちに、階段からぞろぞろと、少女達が降りてきた。

「ねーねー、はるるん、この後さー、駅前のパフェ食べに行こうよー」
「ああ、あそこの?でも、ダイエット中だし……」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そのくらいは問題ないよー」
「そーそー、大体はるるんはちょっとくらいお肉が付いてた方がいいってにーちゃん言ってたし」


家の者に調べてもらった雑誌に載っていた娘達と同じ、と言う事は、彼女達が、あの765プロのアイドルと言う事か。

「あのぉ……どうか、されましたか?」

突然、後ろから声を掛けられ、振り向くと口元のほくろが印象的な、ショートカットの女性が立っていた。

「あ、私、765プロで事務員をしております、音無小鳥と申します。何か御用があれば、お伺いいたしますが」



招き入れられた事務所の中は、こじんまりとしていた。
ある意味では、生活観の滲み出ている空間である。
音無と名乗った女性の入れてくれたお茶の味は、何だか落ち着くものだった。
彼女だけに名乗らせても不公平だ、私も名乗ることにした。

「……貴音ちゃんの、お父さん!?」

驚いた様子の彼女だが、何が不思議なのだろうか。

「……いえ……貴音ちゃんは、自分のことをあまり話さない子ですから、その……」

だろうな、と思った。
昔から、娘はあまり言葉数の多い子ではない。

「でも、びっくりしました、雰囲気といい、やっぱり貴音ちゃんのお父様ですね」

そんなに似ているのだろうか?

「申し訳ありません、本来なら担当のプロデューサーとお話していただくのが良いんですが、生憎、まさに今、貴音ちゃんのロケに付き合っていまして……あっ!そうだ、確かお昼の番組だから、今やっているかもしれません!」

そういうと、あわてて応接間の近くのテレビを点けに行ってしまった。

「あっ!これです!」

テレビのほうから、聞こえてくる声に私もソファから立ち上がり、テレビを見に行く。


『懸想文、抱え待つ身に、積もる雪。出張版、四条貴音のらぁめん探訪。皆様、いかがお過ごしでしょうか。暦の上では大寒と言う事で、皆様、寒さに体調を崩されたりはしていないでしょうか』

娘の、アイドルとしての仕事ぶりを見て、私は安堵した。
本当のところ、何をしているのか分かって居なかった。
だが、この事務員の女性の表情を見る限り、多くの人に娘が人気を得ていると言う事なのだろう。
しかし、想像していたアイドルというのと、大分違うといえば違う。
心底美味しそうにラーメンを啜る娘の姿に、不思議な気持ちを覚えた。
娘が活躍している姿が確認できればそれでいい。
失礼する、と一言告げると、事務員の女性は少しあわてた様子で私のことを引き止める。

「ま、待ってください、会われないんですか?」

その問いに、私は短く答えた。
その必要は、ない、と。



765プロを後にした私は、東京の旧知の友人の家に立ち寄った。

「君が私のところに来るのは、もう10年ぶりではないかな」

そういって話し始めれば、お互い積もる話もある。
時を忘れて話に華が咲いていた。
それまで、懐かしげに私の顔を見ていた友人が、思い出したように一冊の雑誌を私に見せる。

「君の娘が、まさかアイドルとはな。最近、私の孫もな、見ているらしいのでな。少々かじってみた」

思ったよりも、世間は狭かったようだ。

「貴音嬢がああいう子になるとは、私も想像できなかったね。良い子に育った。君に似なかったのだろうな」

大きなお世話だと言い返そうとしたが、それもそうだと合点が言って、結局何も言わずに、彼の妻が入れてくれたコーヒーを啜る。

「ところで、今日はどうするんだ?」

そのまま帰るというと、彼は不可解そうな顔をしている。

「いいのか?娘と会う為に来たのではないか?」

娘が、アイドルを勤め上げている、と言う事さえ分かれば、私にはそれ以上のことを求めることはない。


「君がそういうのなら、まあ……駅まで送ろう」

しかし、久方ぶりの東京だ。
自分で行く、というと、彼もまた、その方が良いだろう、と頷いた。
玄関を出ると、いつの間にか暗くなっていた。
冷え切った空気が肌を撫でる。
鉄道に乗るのも億劫だとは思ったが、ここで乗らなければ、また何時乗るのか分かったものでもない。
駅へと向かおうと、足を向けると、私は思わず目を見開くことになった。


「父上……」

貴音。そう、娘が、目の前に立っていた。

「お久しぶりです」

どうして、私の居場所が分かったのかと問うと、娘は唇に指を当てて、怪しげな笑みを浮かべた。

「それは、とっぷしぃくれっと、です」

娘の長い銀髪が、月明かりに照らされ、風に靡いている。
突然のことに、何を言ったらいいものか分からず、しばらくの間、無言の対面が続く。


「来て、いただけたのですね」

娘の声に、私は頷いた。

「私は、まだ、高みを目指す道半ば。まだ、帰ることは叶いません」

当然だろう。
まだ、帰るときではない。
そして、私は考えていた。彼女が、家に帰ることが、本当に幸せなのだろうかという。

「私は、もう少し、こちらで頑張りたいと思います……どうか、見守っていてくだされば、幸いです」


娘は、私のことを、抱きしめた。
暖かな感触に思わず、小さな頃の貴音を思い出し、大きくなったものだと感じた。
その後、貴音はどこへと行くでもなく、不意に姿を消した。
我が娘ながら、不思議なものだ。
そして、私は予定通りの時刻に家路へと着いた。
短い、ほんの短い娘との邂逅だったが、娘の気持ちは、私に伝わってきた。
帰りの電車の中、私は娘の表情が、しばらく忘れられそうになかった。
日付が変わる頃に家にたどり着くと、私の帰宅を待っていたらしい妻が、玄関口に立っていた。


「お帰りなさいませ。どうでしたか?」

どう答えたものかと、思案に暮れていると、妻はにこりと微笑んで、私の手を引いた。

「さあ、お疲れでしょう、湯浴みの準備は整っております、今日はゆっくり、お休みください」

全てを察してくれた妻に感謝をしつつ、私は、湯浴みして、そのまま床に着いた。
娘の笑顔を、思い出しながら。



翌朝、朝食をとっていると、テレビの向こうから765プロのアイドルの声が聞こえてきた。

「おお、今日も貴音様はお美しいですなぁ、旦那様」

そういう執事に、昨日の出来事を話した。

「ほぅ、旦那様、貴音様と会われたのですか」

軽く頷くと、ようございましたな、としわくちゃに顔をゆがめて執事が頷いた。
貴音は、きっとこの家を継ぐに足る人間になって、いずれ帰ってきてくれるだろう……
そのときまでは、あの子には、こうして輝いていて欲しいものだ。




おつたか

あ、貴音の誕生日には少しだけ早いですが…貴音、お誕生日おめでとう!

とっぷ乙ーくれっとです

乙!

貴音の妹も見たかった
本当にいるかはわからんが

(家の方は妹がいるのでは…いや、よそう、俺の予感だけでみんなを混乱させたくない)

途中で送ってしまった……

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