ちひろ「きんようろーどーしょー」 (25)
アイドルマスターシンデレラガールズのSSですが、やまなし・おちなし・いみなし の予定。
――
ガチン、というタイムカードの打刻音が広くない事務所に響く金曜の夜8時。
ブンという音と共に自動的にパソコンのアプリが起動する。
「ちひろさん、マイクOKですよ」
「……世間は花の金曜日なんですけどねぇ」
「まあ、上手くいけば明日の夜には上がれますからね」
「先週みたいにサタデーナイトフィーバーしないよう気をつけましょうねプロデューサーさん」
――私の名前は千川ちひろ。旦那はまだいない。
――これはとあるアイドル事務所に勤める美人で気だてのいいアシスタントの金と名誉と自由を求める話である。
――なーんてね
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「気がつけばすっかり週末残業の定番になっちゃいましたねぇ、この放送」
「こんな深夜のテンション聞いて何が楽しいんですかねぇ……」
プロデューサーさんは初めてこの放送を流すことになった時以来、放送の度に口にしている疑問を呈する。
が、それは相変わらずプロデューサーさんが乙女心が分かっていないことを示すだけのセリフでしかないことになぜ気が付かないのか……。
「プロデューサーさんが過労で倒れていないか手っ取り早く確認するには生放送が一番ですからね」
――ウソです。事務所でプロデューサーとアシスタントがギシギシアンアンしてないということを証明するためです。
――事務所のためにアイドルのために身を粉にして働いているのに、そのアイドルに疑われているという笑えない状況。
――プロデューサーさんのために粉骨砕身しているのにプロデューサーさんから御褒美が貰えないという笑えない状況でもあるんですけどね?
ギシアンしなきゃ(使命感)
「……こっちも準備ができましたし、今週も始めましょうか」
「そうですねプロデューサーさん。裸ネクタイがとっても似合ってますよ」
私の言葉にプロデューサさんの大胸筋がピクリと反応する。
遠回しどころか直接的なアプローチにすら反応しない神経の持ち主だというのに、勝負事に関してはその神経は抜群の冴えを見せるのはどういう仕様だろう?
「写真だけでセクハラ裁判に勝てそうなぐらいお似合いですよ」
「上半身だけだからセーフですよ、きっと。っていうか今週こそ勝って次回水着で仕事させますからね」
「現実を見れないなんて可哀想なプロデューサーさんですねぇ。今週はついにズボンまで失うんですよ?」
「ちひろさんこそ、もうスカートはないんですよ? 残すはワイシャツ一枚。覚悟は出来てますよねぇ」
まだ8時だというのに事務所に私たちの不敵な声が響き渡る。
「まだ8時なのに、なんかもう深夜のテンションになってるんだけど。プロデューサーとちひろさん」
「っていうか、なんでまだ脱衣勝負してるわけ?」
凛と加蓮がスピーカーの前で困惑した表情を浮かべている。
「そりゃ、アレだ。その方が捗るんだろ」
何が、とは言わない。
「「奈緒」」
言わなかったが、あたしの部屋に二人の低い声が響く。
――やばい、既に冗談が通じない
トライアドプリムスメインのイベントが無事明けたということで貰った玉の休日。
その前夜祭ってことで貯まりに貯まったアニメを一気に消化しようと思ったのに。
――どうしてこうなった……
『そういえばですねプロデューサーさん』
『なんですか?』
『水着といえば、こないだの愛海ちゃんの水着なんですけど、なんでああなったんですか? 愛海ちゃんに聞いたら対プロデューサー用の決戦水着なんだよ、とよくわからないことを言われたんですが』
ああアレか、という表情があたしら三人に揃って浮かぶ。
愛海がハワイに持ってきた水着はそれこそ大正ロマンかというような横縞の全身水着だったんだが、
「アレってどこで売ってたんだろうね?」
「普通の店じゃ買えないんじゃないかアレ? って、加蓮ポテチ一人で全部食べようとすんなよ」
「だってこれ美味しいんだもん。というかアレがプロデューサーさん用ってのは?」
こっちの疑問に答えるようにラジオから彼の声が聞こえる。
『バリ島の時にアイツの暴走を止めたんですよ』
『止まるんですか? 愛海ちゃんが? 呼吸をするより胸を揉みたいとか言ってるあの愛海ちゃんが?』
――……ちひろさんも結構大概だよな?
『胸を揉むには両手が空いていないとダメじゃないですか』
『まあ、そうですね』
『なら、両手を塞いでしまえばいい、ということでダイジェスト的に言えばですね』
★★★
「うひひひひ。プロデューサー、ゴホウビ!! ゴホウビの時間なんだよ!!」
「すまんが手ブラで帰ってもらうぞ」
★★★
『ということがありまして』
『は? え? 手ぶらで帰れって言うだけで手ぶらで帰るんですか? 愛海ちゃんが?』
『いえ、ですから手ブラで帰したんですよ愛海を』
彼の言葉に三人揃ってクエスチョンマークを頭の上に浮かべ、顔を見合わせる。
スピーカーから聞こえてくる声からちひろさんも同じ顔をしているんだろうなあ、と思ってたんだが、そんな困惑も、
「ひょっとして、こういうこと?」
加蓮が両手を胸に当てて持ち上げる仕草によってどこかへ吹き飛ぶ。
――た、確かにそれは手ブラだけど
「……ちょ、え、ちょっと待とうよ加蓮。少し落ち着こう」
「そ、そうだぞ加蓮滅多なこと言うなよ。どうせプロデューサーの冗談だろ? バリん時の愛海の衣装ってデビリッシュゴシックだぞ? あれ脱がせるなんて」
そこまでフォローしたのに、スピーカーからちひろさんの悲鳴と、
『ふ。これでも信じませんか?』
『ぷ、プロデューサーさん!! 分かりました! 分かりましたから、さっさとその指に引っ掛けてるモノを返してください!!』
『はははは、猫耳ー』
彼の高らかとした声が聞こえてくる。
――あー、うん。アレだ。昨日から徹夜してたろ、このテンション
「つまり、こういうこと?」
凛が見慣れたブラジャーを頭に、にゃんとか言って、
「って! おぃ!! なんであたしのタンス漁ってブラ出してるんだ!!」
「なんでって……」
「なんで分からないの、みたいな困惑顔するなよ! っていうか人のブラ被るのやめろよ!」
「……凛は自分を曲げないにゃ」
「い・い・か・ら・か・え・せ!」
加蓮がポテチを摘まむ手を止めると肉球ポーズの凛を一瞥する。
「凛、奈緒はツンデレだからさ」
「そっか、そうだよね。ゴメンね奈緒」
「今何かツンデレって単語で納得できる状況だったか?!」
――ヤバイ、薄々感じてはいたけど、凛と加蓮が感染してやがる。こうなったら報復で凛の肉球ポーズだけでも写メるか?!
「凛が持ってるそのブラ、ワインレッドなんて奈緒にしちゃ攻め攻めだけど……、ひょっとしてプロデューサー用のブラじゃない?」
「勢いで買ったはいいけれど、いざ自宅で着けようとして、誘ってるように見えたんでタンスの肥やしにしちゃったのかな? 勿体無いよ奈緒」
まるで見ていたかのようなことを言いながら、ニヤニヤとした笑みを凛と加蓮が浮かべている。
『……あの、プロデューサーさん。付け直しをガン見するのはやめませんか?』
「っていうか、スピーカーの向こうも大概だよな!」
――ちくしょう! こんな状況で今晩過ごすのか?!
私のブラでプロデューサーさんが猫耳モードに突入してわずか20秒、事務所にある電話が一斉に鳴り響いた。
結果、プロデューサーさんはさっきから電話口で冷や汗を流しっぱなしである。
一本目の電話はみくちゃんからでネコミミをなんだと思っているのかというクレーム、二本目の電話は愛海ちゃんからでプロデューサーさんだけ私の胸を見るのは狡い酷いというクレーム、そして三本目がまゆちゃんからで。
私はと言えばプロデューサーさんから奪還したブラを寄せて上げての着け直し真っ最中。
「うん、うん。そう、だからまゆが心配するような事態は、まったくこれっぽっちも起きてないから安心して休みなさい。うん? どのぐらい安心できるかって? ……そうだな、愛梨が脱がないとか志乃さんが飲まないとか愛海が揉まないと春菜が薦めないとかそんなレベルだな」
――ペラっぺらの安心感じゃないですかソレ
これでヤってないって誰が信じられるのか
案の定言われた意味に気がついた電話口からはまゆちゃんの悲鳴に近い声が聞こえてくる。プロデューサーさんはといえば、そんなまゆちゃんの悲鳴をひとしきり堪能すると冗談だとなだめにかかっていた。
――いいですねぇ。慕われてて
「プロデューサーさん、そろそろ仕事に戻りましょうか?」
「あ、そうですね。じゃあまゆ、ゆっくり休めよ? っと、そうだ。先週も聞いたと思うんだけどさ」
プロデューサーさんが僅かに言いよどむ。
――正確には、先週どころか今年に入って通算五回目の質問で、それはプロデューサーさんが
「……どこに住んでたっけ?」
「……プロデューサーさん、もうここが自宅でいいんじゃないですか?」
――ところで私の自宅を覚えている人って誰かいませんかね?
前作あるんですかね…?
何だこれ、期待
これってPとちひろテンションが妙に高いクリスマスSS書いてたのと同じ人?
『そうそうプロデューサーさん、遂にこないだこんなものを見つけまして』
『「渋◯凛◯5歳。……プロデューサーだけど愛さえあれば関係ないよね」「北◯加蓮◯6歳。私、この撮影が終わったらプロデューサーと……」に「神◯奈緒◯7歳。べ、別にプロデューサーに脱げって言われたから脱ぐ訳じゃないんだからな?!」ですか……』
『あの娘達は嫌がるでしょうけど……、こういうコバンザメ商法が出てるのをみると、やっぱり人気が出たんだなぁって実感しますね』
ポテトチップスを摘まもうとする加蓮の手をガードしながら、「……ああ、あのAVか。本当に出演してないか校長室で聞かれたなぁ」と奈緒が苦笑する。
加蓮も同じように、「私の学校で持ってきてたのがバレて没収されたのが居たよ。……教師だったけど」と苦笑している。
二人の言葉にどんなものかと気になってプロデューサーが読み上げたタイトルで検索してみれば……
「……私のコレ……どういうこと?」
『加蓮や奈緒以降は頑張って似せてるのに、凛のは、……コレなんでしょうかね? ◯5歳って、35歳ですか? ってくらい老けてません?』
『多分ですけど、ブームに乗っかってみるかどうするか迷ったんで適当に一作目作って、思いの外当たったんで二作目から本腰入れたんじゃないんですかね? 加蓮ちゃんからそれなりに似せてきてますから』
『一本目ハメ撮り風なのはひょっとして……』
『ハズしたら痛いからって機材費ケチるためにハンディカム使う口実として、ってところですかね』
プロデューサーとちひろさんのコメントを他所に「アタシは凛が15だって信じてるからな」「あ、私も私も」奈緒に加蓮がニマニマとした笑い顔で言ってくるのが腹立たしい。
「私も神谷奈緒さん17歳だって信じてるから」「おぃ!!」
――せめてこのぐらいは言い返さないと
実際、デビュー以降どういったことがあり得るかをプロデューサーから散々聞かされていたのでAVが出てきたという話も、ついに来たかという程度でそれほどショックじゃないんだけど……、うん、ウソ。これはない。
『……ところでこの『安部菜々さん◯◯◯ななさい。これは成人ですか? いいえリアルJKです』って女優がどうみてもアラ……』
「「「『それ以上いけない』」」」
――多分、ラジオを聞いてた全員が声を揃えたんじゃないかなコレ。
トライアドの掛け合いはやっぱり面白い
期待
『でもなんで相手役がプロデューサーばっかりなんでしょうかね?』
スピーカーからはプロデューサーのボヤキが聞こえてくる。「あー、そういやコレだけタイトルあるのに全部そうだな」奈緒がタイトル一覧を下まで眺めながら同意する。それに合わせるように「枕営業モノが無いんだねぇ」加蓮が何人かのハイライトを消しそうなことを言う。
『これ……、枕営業モノがないのはプロデューサーが原因なんじゃないんです?』
『えっ?』
『プロデューサーですよね? 即売会で話題になり過ぎた枕営業モノ作ったサークルって』
『話題って何が話題になったんですかねぇ』
ワザとなのかわからないけど、プロデューサーがどうでもいい嘘をつくときはなぜか語尾を震わせる癖がある。「プロデューサーがやらかしたのか」「プロデューサーがなんかしたんだね」「またプロデューサーかぁ……」と、全会一致でプロデューサーが犯人に決定する。
――でもプロデューサーが枕営業モノを作るって結びつかないんだけど……
『話題って言ってもたいした話題じゃないんですけど……、「フルカラー アイドル枕営業モノ」の直球タイトルに釣られて買ったハズが出てくるのは脂ぎったオッサンによるチャラ男の強姦物とかどんな罠、から始まって、アイドル抱きにきたはずのチャラ男がオッサンに抱かれてアイドルデビューしてた何を言ってるのかと思うが俺も何を見せられているのか分からない、オッサンの弛んだ腹の波打ち方とかリアル派通り越して野獣派、チャラ男の堕ち過程が姫騎士物より精巧でもう男でいいやと思いました、このオッサンホクロの位置まで俺の上司そっくりとか』
『かっとなってやった、いまははんせいしている』
『せめて嘘でも「この作品はフィクションです」の単語ぐらい入れてください。誰がオッサンで誰がチャラ男だって特定が終わっちゃったおかげで枕営業を要求してくるお偉いさんがパタリといなくなって……、お偉いさんにユスリができなくなったんですよ?!』
『……ここ、ドン引きするところですか?』
『収入源が減りましたねって笑うところです。プロデューサーさんのおかけで、日替りで下着を履き替える生活から月替りで下着を履き替える生活に転落しそうなんですから!』
――道理で最近ちひろさんのお弁当が白一色になってた訳だ
「でも……」
珍しくプロデューサーさんが言いよどむのをみて「なんですか?」と助け舟を出したのが失敗だった。
AVのパッケージを見ながら、
「こうしてみると、ちひろさんいい身体してますよねぇ」
さらりと、言ってくれる。
その次の瞬間、及川雫から『着信アリ』……。
「褒め言葉も時と場合を選んで言っていただけると嬉しいんですが?」
――これで誤魔化せないかなー、って
「いやー、いつも言ってるじゃないですか」
――ですよねー。所詮プロデューサーさんですもんねー。
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