岸波白野「来いっ! >>2!!!」 (19)
一瞬か、それとも永遠か。何も比べるもののない空間での落下は、無重力に似ている。
もう日の光すら思い出せない。かつていた地上は、もう何億光年もの彼方になった。
けれど
気のせいだったとしても、希望にすがった心が見せた幻でも、その声は聞き逃せない。
遥か遠くからこちらに呼びかけてくるその声は――
∩___∩
| ノ ヽ
/ ● ● | クマ──!!
彡、 |∪| 、`\
/ __ ヽノ /´> )
(___) / (_/
| /
| /\ \
| / ) )
∪ ( \
\_)
ギルガメッシュ
忘れかけていた喉の使い方を模索する。
肺に活を入れ、身体に力を入れ、心から声を振り絞る。
「クマー!!」
ああ、忘れるはずもない。
その特徴的な鳴き声は、紛れも無くアサシンのものだ。
「クマー!!」
――そうして、無辺際の闇の向こうに手を伸ばし
たしかに、アサシンの暖かな腕に届いた。
「――ぱい! 先輩!」
この安寧は、身体に染みついた感覚と一致しない。
彼の体毛はもうすこしゴワゴワとしていて、もう少し温かいものだった。
一定の周期で上下運動するお腹は、最高級の安楽椅子だったのだ。
岸波白野のベッドはずっとそこだったはずで、ならばここはどこだろう。
「よかった。他の人よりも昏睡状態が長かったものですから、私、もう無理かもって……」
見慣れない保健室と、見覚えのある少女。
どうやら心配をかけていたようなので、頭を下げて礼を言う。
いくらかの問答の後、記憶の欠落が発覚しても、それほどショックは感じなかった。
たとえるなら、始めから準備ができていたようだった。
「あ、生徒会室から通信みたいです >>7さんからですね」
黒豹
たまもたんが出てきたら呼んで
「よーうキシナミ! 寝起きで悪いんだけど、早速生徒会室に来てくれるか?」
どういうことだろう。寝起きに蒔寺。しかも生徒会。まったく繋がりが見えない。
「クマさんが2階の教室で待機しているので、先にサーヴァントと会っておくといいですよ」
ともかく、状況を把握するためにも、まずはクマさんと合流して黒豹に備えるとしよう。
「クマー!」
熊はくまくまと鳴くから熊なのだ、と聞いたことがある。
とはいえ、ここまでくまくま鳴くものだっただろうか。
そんな疑問を抱いてしまう自分は、やはりクマさんとの経験を喪失してしまっているようだ。
「クマー」
くまくま叫びながら駆け寄ってくるクマさんに一瞬怯えて身を固めると
それに合わせたようにクマさんの動きが止まり、両手を挙げて「こわくないよ」とでも言うように鳴く。
なんだかその声がとても悲しそうで、胸の奥に疼きが残った。
「クマー……」
クマさんに抱き着いて、大きな背中に手を回す。
獣の臭いと体温は、すぐに胸のしこりを消し去ってくれた。
岸波白野とクマさんは、きっとこういう関係だったはずだ。
fate Exのss支援
④
俺をかばうように前に出ようとするクマさんを制し、意を決して扉に手をかける。
なんだか藤村先生の声が聞こえた気がするし、この先にはきっと恐ろしい空間が広がっているはずだ。
深呼吸。落ち着いて、心構えをしておこう。
「怯えるのが早すぎると思うのだが……」
扉の先から声がして、仕切りは向こうから開け放たれた。新聞部三人組の氷室さんだ。
「ほぅ。あれか、キシナミ特有の動物的勘で、今の危機的状況を察知して怯えているわけか!」
黒豹が人を動物的と評するのはどうなんだろう。
前門の黒豹。後門のクマさん。そして部屋の奥に待ち構える真打ちタイガー。
どうやらここは動物園と化してしまったらしい。
わくわく
「ふふふ……説明しよう! 由紀香が!」
「ええっ、私!? ええと、ここは月の裏側、虚数空間と呼ばれるエラー処理領域で……」
「ええい! ひかえおろう! 説明は教師の仕事、ワクテカ図面にひれふすのだー」
とそんな調子で大変まどろっこしいやりとりを経て現状を説明されたのである。
……ところで、上級AIの黒豹、マスターの氷室さんはともかくとして
この場合、NPCの三枝さんが帰還を望むのは、どうなのだろう。
聖杯戦争が終われば消されてしまう存在だが、この時間の歪んだ旧校舎なら
すくなくとも、いつ終わりが来るのかは分からないまま。
人間同様に、見えない道を歩き出すことができるのではないだろうか。
「いえ、私のロールは、マスターの皆さんをサポートすることですから」
ところで、俺のクマさんがいるように、氷室さんの後ろにもサーヴァントが控えているのだろうか?
「あー、それは人によって違うみたいでねー。岸波くんみたいに
サーヴァントを連れてくることができたマスターもいれば、
サーヴァントを連れて来れなかった子もいるみたいなのよ」
「ちなみにこのメ鐘はだな……」
「ああ、私のサーヴァントは >>18」
アーチャー(ヘラクレス)
「アーチャーと申します。お嬢様のサーヴァントを務めております」
紳士服を着たマッチョが鮮やかな礼を披露していた。
あのサイズ、明らかに特注品である。
わざわざサーヴァントの情報を書き換えるなんて、この非常時にリソースの無駄使いなのでは。
「申し訳ありません。この通り、素敵なお嬢様方に囲まれる間、あの服では少々居心地が悪かったものですから。
リソースを私に割いていただいたことには、感謝の念が堪えません。
その分、今後はこの月海原学園生徒会のため、真摯に恩返しに励むことを約束いたしましょう」
……うん。まあ、クマよりは普通のサーヴァントだ。なにもおかしいことはない。
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