【諸注意】
・覚醒の二次創作SS
・ストーリーに若干の尾鰭と背鰭
・地の文あり
・サーリャ×ルフレ、だけではありません
・タイトル通りのR-18、陵辱要素あり
0時より投下します
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1389019337
陵辱の度合いによる
いわゆる戦火的なあれです
NTRには至りません
期待
「……ん……ぅ」
薄闇の中、サーリャは目を開いた。
木目の天井。普段は倉庫に使われていそうな、殺風景な部屋。
床板が腐っているのか少し黴臭くて、微かに波のような音も聞こえてくる。
ここはどこ?
そう言ったつもりだったが、くぐもった声しか出せなかった。
知らぬ間に口の中に捻じ込まれていた布きれのせいで。
咄嗟に口へ手を伸ばそうとし、しかし動かすことはかなわなかった。
(――ッ!)
右手首と右足首を。
左手首と左足首を。
それぞれ麻縄できつく固定されていた。
四本の縄の先端は頭上の結び目で合流し、天井の滑車から垂れ下がっている鎖と繋がれていた。
そして――
(な、何なの、この格好!)
まったくもって許しがたい、屈辱的な格好を強いられていることにようやく気がついた。
まるで男を迎え入れるかのように、大きく開脚している状態で宙に吊り下げられているのだ。
「くっ……ふっ!」
あられもない格好をどうにかしようと、サーリャは拘束された手足に力を込めた。
歯を食いしばり、必死に身を捩ってもみた。
そうするたびに、整った乳房や肉付きのいい尻が上下に揺れた。
だがしかし、金属同士が擦れ合う音が響くばかりで、一向に状況は改善しなかった。
よほど固く結ばれているらしい。
(……悪趣味ね)
非力な魔術師、ましてや女の力ではどうにもならなかった。
口を塞がれていることも手伝ってすぐに息が上がってしまい、やむなく手足の力を抜く。
現状では、少なくとも自力での脱出は不可能だということだ。
無駄な足掻きをやめた後も、何故か微妙な揺れは収まらなかった。
不自由な体勢を強いられていること以外、体にこれといった変調はなかった。
空腹感も、尿意も差し迫ってはいない。
意識を失ってから取り戻すまでの間、そんなに時間は経っていないはずだ。
身につけているタイツは何カ所か伝線し、右肩と左太ももが剥き出しになっていた。
が、無理やりに脱がされたといった風でもない。
ゆっくりと深呼吸し、今の状況を頭で整理する。
この部屋は十中八九牢に使われている。それくらいしか、天井にある滑車の利用価値が思いつかない。
壁は板張りだし鉄格子もなかったが、目と鼻の先にある扉は金属製で、ノブの辺りに錠らしきものもついている。
囚われの身になっているという実感が湧き、気を失う前の出来事が少しずつ頭に蘇ってきた。
ヴァルム帝国との海戦で後方から前線へ魔法での支援攻撃をしている最中、後方から奇襲を受けたのだ。
ただならぬ気配を感じ、後背を振り向いたサーリャの目に映ったもの。
それは、今まさに船べりを乗り越えんとするヴァルム兵たちの姿だった。
慌てて魔道書を開き直したところでいち早く接近してきた敵兵に腕を取られ、詠唱する間もなく羽交い絞めにされた。
それでもなんとか拘束から逃れようとしたはずだが、そこから記憶が途切れている。
周りには自分以外にも味方の兵士たちが大勢いた。
とはいえ、不意打ちを食らったに近い状況では乱戦は必至。
連れ去られる自分を助ける余裕があったとも思えない。
ことに、一緒にいた王妹のリズや名門貴族の息女マリアベルの身に何かあれば
護衛についていた兵士たちの責任は計り知れない。
元敵兵で、不気味な邪術師で、根暗な少女。
優先順位で、損得勘定で、後回しにされるのは致し方ない。
だから、それについては恨み言を口にするつもりもない。
そうしたところでこの状況が好転するわけでもない。
室内が揺れているのは未だ敵船の中、つまりは海上にいるということ。
味方の船が追いかけてきているかは、期待しない方がいいだろう。
しかし、それでも。
(……ルフレ)
寝返った自分に分け隔てなく接してくれた男の横顔を、思い浮かべずにはいられなかった。
ルフレの肩書きについては枚挙するに暇はない。
イーリス軍では新参といって差し支えないサーリャだったが
彼についてだけは人一倍情報を網羅しているという自負があった。
黒の短髪。やや痩せ形。幼さを残した顔立ちで、普段は底抜けのお人好し。
当人曰く、イーリスに来るまでの記憶を失っているらしく
呪いに不可欠な誕生日や星座などは残念ながらわからない。
蛇足だが、身長は174センチ体重61キロ。胸囲や座高や腕や股下の長さも把握している。
意外と肩幅があるので服は黒系のゆったりとしたものを好んで着ている。
というのは彼行き付けの仕立て屋から聞き出した情報だ。
一方で剣と魔法の扱いに長け、戦場では卓越した戦術を駆使するイーリス軍の参謀として皆から頼られている。
二年前、当時はまだ皇子だったクロムと共に、ペレジア軍を破った立役者でもある。
ルフレと初めて出会った日のことを、サーリャは今でも鮮明に思い出すことができた。
その日は同時に、ペレジア側に人質に取られていた女王エメリナが横死した日でもあり
国の象徴の死に混乱をきたした軍を咄嗟に立て直したのが彼だったからだ。
元来、敵地からの撤退戦というのは損害を抑えるのが非常に難しい。
地の利があるわけではなく、糧食にも余裕がない状況ではなおさらだ。
一手でも差し間違えれば分断された部隊が確保撃破されてしまうという重圧の中。
ルフレは殿の軍を巧みに指揮し、見事にペレジア軍の追撃を振りきった。
冷静な判断を積み重ねるのがどれだけ難しいかは、軍略に疎い自分にも察することはできる。
後の戦いでペレジア王ギャンレルを討ち取ったフレデリクの功績に隠れてしまっているが
内実にはそれに匹敵する働きだろう。
そう、出会ったその日から。
自分の目はずっと彼を追い続けてきたのだ。
――二年前
「ね、姉さん……そん、な……!」
「クァーッハッハッハッハッハッ! 気高い! 実に気高いぜぇ、エメリナ!
この世にきれいな死なんざねぇと思ってたがよ!いくらか考えを改めてやる!
イーリス聖王エメリナ! てめぇは愛する者たちのために、美しく死んだ女だ! んでもって―-」
世界でいっちゃん無責任なクソったれ女だぁ!!
ペレジアの暴君ギャンレルの哄笑がイーリス軍の、両膝をついた青髪の青年の頭上に投げかけられる。
「……ギャン、レルぅ。……貴様、よくも」
「クロム! ここは退くぞ! 俺の部下たちが退路を確保できている間に――」
「退く? そんなのダメだ。姉さんを、連れて帰らなければ……」
先ほどまで姉が立っていた崖の淵を見上げながら、クロムがふらついた足取りで前へ歩み出す。
色黒隻眼の逞しい男が両腕を広げてその前に立ち塞がる。
「どいてくれバジーリオ。俺は、俺が姉さんを、それに……奴を」
「しゃんとしやがれバカ! もたもたしてたら敵兵に囲まれちまう! テメエはこの軍の指揮官だろうが!」
「いやだ! こんな寂しいところに、姉さん一人を置いて行けるわけがない!」
「辛ぇのはわかる。だがな、お前にとっての姉同様、兵士たちにだって国に残してきた家族が――」
「残れと強制するつもりはない! 命が惜しい者たちは先に退却させればいいだろう! 俺はたとえ一人でもここに残る!」
撤退を説くフィリア王バジーリオに、あくまで首を縦に振ろうとしないクロムを、ルフレはしばし沈痛な表情で見つめていた。
だが、次には表情を消し
「悪い、クロム」
クロムの肩を引いて、振り向かせざまに拳を振るった。
「ぐぁっ!?」
どっと倒れた主君を見て、彼に近しい仲間や、混乱してどよめいていたはずの兵士たちが、一瞬で静まり返った。
目の前で起きた、あるまじき暴挙に。
「な、何をする!」
赤くなった頬を抑えながら睨みつけてくるクロムに、ルフレは冷たく言い放った。
諦めろ、と。
「な、ん……」
唇を戦慄かせるクロムを無視し、ルフレは天馬に跨る伝令兵たちを見上げると声高らかに告げた。
「全軍撤退する! 三波状陣でフェリア軍を前面に展開! ヴィオール、弓部隊を率いて前線の援護を頼む」
「……心得た」
いかにも優男といった長髪の男が、言葉少なに同意を示す。
「本隊を中軸に、左翼は定位置、右翼はやや中央寄りに展開。我が隊は殿を務める! さぁ、行けっ!」
「は……、はっ!」
白い翼をはためかせて各隊に軍令を伝えに行く天馬の群れをクロムは呆然と見送り――
立ち上がりざまルフレの胸倉に掴みかかった。
「貴様っ、何を勝手な真似をっ!」
「勝手? 戦術的にも戦略的にも妥当な判断だ。少し頭を冷やしてくれ」
「ふざけるな! 大切な家族を目の前で殺されて、どうして冷静でいられるものかっ!」
「……、」
「あまつさえギャンレルのやつは姉さんの尊い行いを哄笑し、侮辱した! 我が国の象徴たる聖王を笑い者にしたんだ! たとえこの身がどうなろうと、八つ裂きにせねば気が済まん!」
いきり立つクロムに、ルフレはあくまで冷静に応じた。
「……復讐の機会ならこの先いくらでも作ってやる。俺の戦術知識を総動員して、全身全霊を懸けて。
お前が望むのであれば、とびっきり惨たらしい死に様をやつに与えてやる。だが」
今は無理だ。目を瞑ったまま、ルフレが頑なに首を振った。
「お、お前はこの俺に……。救出作戦に失敗した挙句、女王の亡骸すら持ち帰ることなく、おめおめと国へ帰還しろと?」
「そうだ」
「……おっ、俺が姉さんをどれだけ尊敬しているかを知っていて。お前自身が、姉さんの人柄に、触れていて、そっ、それで、も!」
嗚咽混じりのクロムの声を、親友の嘆願を、
「……あぁ、そうだ。何か問題あるか」
ルフレは無情に切り捨てた。
「き、さまぁ……」
怒気を漲らせ、今にもルフレに拳を振り被らんとするクロムの前に、泣き腫らしたリズが割って入る。
「お兄ちゃん、やめて! やめてよ! ルフレさんも、そんな言い方……」
「そこをどけ、リズ! この冷血漢が! 今すぐその腐った性根を叩き直してやる!」
鍛え抜かれた体に物を言わせて前へ進もうとするクロムの腕が、今度は日焼けした巨腕に掴まれる。
「たいがいにしとけよお前ら! 仲間同士で揉めてどうするんだ!」
「口を挟むなバジーリオ! これは俺たち二人の問題だ!」
「ど、どうしちゃったの、お兄ちゃん。そんなんじゃ、お姉ちゃ……だって……」
目に大粒の涙を湛えたリズが、しゃくるように身を震わせた。
「リズ様。バジーリオ殿も、構いません」
「……ル、ルフレ、さん?」
険しい顔のバジーリオに視線で応じ、リズの細い肩をそっと手で引いて、ルフレがクロムの前まで進み出た。
「あの高さから落下したんだ。生きている望みは、ない」
「……ッ!」
「生きている人間を大勢犠牲にしてまで死体を持ち帰ることに、いったいどれだけの意味がある」
「ぐっ! うっ、がぁぁぁ!」
眼前に迫る拳を、ルフレは避けなかった。避けようと動きかけた体を、歯を食いしばってその場に留めた。
リズが短い悲鳴を上げ、居並ぶ兵士たちが殴ったクロムと殴り飛ばされたルフレを交互に、おっかなびっくり見比べた。
息を荒げるクロムに、ルフレは切れた唇から垂れてきた血を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
顔に隠しきれぬ落胆を浮かべてルフレが呟く。
「……お前がしようとしているのは、ギャンレルがやったことと同じだ」
「な、なんだとッ!?」
「……ファイアーエムブレムを守れという遺言を無視し、イーリスを、俺たちを守るために命を賭けたその気高さを」
一歩一歩近づいて来るルフレのただならぬ迫力に、クロムが怯む。
「継ぐべき彼女の意志を、実の弟であるお前が。彼女が守ろうとした仲間たちの命で踏み躙るのか。答えろ、クロム」
「お、俺は……そんな。……ただ、姉さん、姉さんを……」
「姉さん姉さんって、馬鹿の一つ覚えみたいに。今のお前の姿を、エメリナ様がご覧になったらどれだけ失望されるか」
「ルフレさん! 言いすぎです! 弁えてください!」
クロムの胸に人差し指を突きつけるルフレを、傍らに控えていた近衛、フレデリクが引き止める。
だが、ルフレもその場を簡単に譲ろうとはしなかった。
「こうしている間にも敵は殲滅戦の準備を整えています。しかも正体不明だった屍兵までもが敵に利する行動を取った。
わかっている情報が少なすぎるのに、一か八かの賭けに出られるはずが――」
「それしきの理屈、クロム様だってわかっておられます! ですが! ご友人ならば察してやってください! クロム様にとって、エメリナ様は……」
「バジーリオ殿は」
「……え」
「バジーリオ殿や、別働隊を率いているフラヴィア殿も、少なからずフェリアの兵士を連れて参戦しています。この意味がわからないあなたではないでしょう」
予想の外からの言葉だったのか、フレデリクが呻いた。
援軍で駆けつけてくれたフェリア軍に対して、著しく配慮を欠いていたことにやっと気づいたのだ。
それは、彼自身が冷静でなかったことの証明でもあった。
救出作戦が頓挫し、フィレインという掛け替えのない仲間を失っていたがゆえに。
本来自分が諌めねばならないところを、ルフレが代行しているにすぎなかった。
未帰還兵の数が増えればそれだけ王への求心力は下がる。
いかに個々の能力に優れるイーリス軍でも、動揺が大きい現状で先陣を切ったら不覚を取ることだってあるかもしれない。
苦渋の判断で、フェリアに先鋒を担ってもらうしかないのだ。
犠牲が出るのを承知の上で。将来的に負い目を背負うことを承知の上で。
そして他ならぬバジーリオが、その提案に一切不服を申し出ていないのだ。
王を失ったイーリスを、それでも立ててくれているのだ。
もし包囲網が完成する前に突破できなければ、真っ先に甚大な被害を被るのは彼らだ。
判断が一秒遅れるごとに、死者の数が一人増える。
激情に身を任せ、今後の同盟関係にまで遺恨を残すわけにはいかない。
誰よりエメリナが、王として、姉として、そんな結末を望むはずがない。
ルフレは舌鋒鋭く、完膚なきまでに、二人の反論を封じ込めた。
「……理屈は、そうでしょうが、しかし、そう簡単に割り切れるものでは」
「感情論を持ち出したらキリがないですよ。上に立つ者は、時に私情を殺さねばならない。
他ならぬ聖王様が自己犠牲をもって示した。違いますか」
「…………」
「フレデリク、もういい」
「ク、クロム様……」
「……姉さんの意志をないがしろにしようとしていると断じられたら、悔しいが、返す言葉がない」
「……お、お兄ちゃん。……う、ううぅ」
腕に縋りついたまま再び嗚咽を上げ始めた妹をクロムはそっと抱きしめ、そして顔を上げた。
「……すまなかった。俺が不甲斐ないばかりに、お前たちに嫌な役回りをさせた」
「問題ない。そういう部分も含めて、俺の仕事だ」
ルフレが顔を背け、そこでやっと、クロムの表情がわずかに緩んだ。
バジーリオもどこかほっとした表情を浮かべ、リズが泣き腫らした目を袖で擦っている。
「フレデリク、悪いが隊の指揮を頼んでいいか。混乱した頭では、兵士たちをまともに動かす自信がない」
「……はっ、了解しました」
「それと、ルフレ――」
「クロム様! ルフレ様!」
上空より飛来してきた天馬から声が発せられる。
遅れて伝令兵の統括役、紅い長髪の女騎士が降下してきた天馬からひらりと降り立った。
「ティアモ。状況は?」
「各隊ともにほぼ陣形は整ったようです。西側から騎兵が雪崩れ込んできていますが
即席の拒馬柵でどうにか時間は稼げています。あと」
「なんだ」
「その、イーリス軍はもちろんなのですが、ペレジア軍もどこかまとまりを欠いているというか
展開速度が鈍っているように見受けられるのですが」
「……ペレジアが?」
フレデリクが訝しげに首を傾げた。
頂く王を失ったイーリス軍が動揺するのは当然として、どうして敵軍まで挙動がもたつくのか。
「……なるほど。いや、即断は禁物か」
「……ルフレさん?」
「……エメリナ様が身を投げ打った姿に、敵方の兵士たちも何かしら思うことがあったのかもしれないな」
ささやくようなルフレの声に一同が沈黙する。
そして、その沈黙を破ったのもやはりルフレだった。
「いずれにしてもその推測が正しいなら好都合だ。包囲網が狭められぬうちに退散しよう」
あくまで打算的な発言に、今度は周りの兵士たちの顔が険しくなった。
射抜くような数多の視線を身に浴びながら、ルフレはティアモに向き直った。
「フィレイン隊の生き残りはスミア隊の指揮下に入るよう通達。天馬も行軍と熱砂で疲弊している。
無理はしないで、接近してくる敵飛行部隊の牽制のみに徹するよう言い含めてくれ」
「わ、わかりました!」
「後は……と」
おもむろにルフレが魔法書を広げた。
すわ敵兵の接近かと兵士たちが慌ただしく武器を手にする中、
詠唱と共に巨大な雷が軍勢から外れた場所、誰もいない崖の上に突き立った。
ギガサンダーによる落雷の音が轟々と響き、兵士たちの顔が一気に引き締まる。
「ルフレ隊、後方に回るぞ! 以後は各隊長に戦術選択の権限を委譲する! イーリス兵は各々彼らの判断に従え!」
黒い外套を翻しながら、ルフレが伝令兵に最後の指令を伝え終えた。
「待て、ルフレ! ……俺は」
「感傷に浸るのはこの場を脱してからだ」
「……ッ」
後背にいるクロムに一瞥だにくれず、ルフレが大きく肩をすくめてみせた。
「今のうちに気の利いた恨み言でも考えておいてくれ。イーリスでなら、いくらでも聞いてやる」
「……ッ! あ、ああ! イーリスで!」
先ほどよりも目に力を取り戻したクロムが、腰に下げた封剣ファルシオンの鞘を力強く握り締めた。
この日を境に、軍師ルフレは名実ともに、イーリス軍の精神的支柱となった。
由々しきことだが、貴族一般を問わず、彼に熱を上げる女性たちも後を絶たないらしい。
だが、一部始終を遠巻きに見ていたサーリャは知っていた。
この話には、誰も知らない続きがあることを。
降りしきる雨の中、ルフレは一人、小高いに設けられたエメリナの墓の前に佇んでいた。
脇に抱えていた花束を碑文の手前に、傘を畳んで足元に置く。
そして音もなく跪き、手を組んだルフレがそっと目を瞑った。
ずいぶん長いこと、そうしていたように思う。
あの日見た頼りがいのある背中が、その日ばかりはとても小さく、儚げに見えて。
気づいた時には、彼の傍にまで歩み寄っていた。
「……サーリャ、か。後をつけてきたのか」
「……別に、人目を忍ぶように出ていったから、ちょっと気になっただけよ」
「……そっか」
「……それより目を瞑ったままで、よく私だってわかったわね」
「つけている香水と、足音の小ささでね。猫足だからわかりやすい」
サーリャは満更でもなさそうに髪を後ろに流した。
「……慕われていたのね、この国の王は。……あれから一月近くも経つのに、献花がこんなにたくさん」
「記憶がなく、出自も定かでない僕を、快く迎え入れてくれた。本当、王様らしかぬ人だったよ」
「……親しくしていたの?」
「それなりに。記憶がなかったから身内がいるって気持ちがいまいち想像できなかったけど」
その姿を明瞭に思い描いているかのように、ルフレは墓石を見つめた。
亡骸の埋まっていない墓石を。
「クロムやリズ様を慈しむように見守り、心配なさっている姿を見ているうちに、
俺にももし兄弟姉妹がいたら、こんな感じだったのかなって」
「……不器用な人」
「そう、かな」
「……聖王への想いをひた隠しにして、仲間たちの反感まで買って」
「……前者はともかく後者は俺の性格的な問題かな。それに」
組んでいた手をほどき、ルフレがゆっくりと立ち上がる。
「あの時俺は、一つ嘘をついてしまった。決して許されざる嘘を」
そして、彼は滔々と、自戒するように語った。
もし墜落地点が砂地であれば、エメリナが生き長らえていた可能性はゼロではなかったのだと。
当時は砂が高々と舞い上がるほどの強風が吹いていて、彼女の着ていた服も風をはらみやすい形状だった。
何かの幸運が積み重なれば、あるいは――
「生存の可能性は、あったんだよ。それを知っていながら確認を怠った。心情的には見殺しにしたも同然さ」
「……でもそれは、あくまで墜落した直後の話でしょう」
ルフレが口を噤み、頭に手をやった。
「……敵兵がひしめいているのを無理に突破したって、とても治療が間に合う状況じゃなかった」
「……そう、だろうね」
「……たとえ直前まで迫ったところで、万一息があったとして」
彼女が逃げることは叶わなかっただろう。
ならば結末は同じだ。
近くにいるペレジア兵にその場でとどめを刺されたに違いない。
たとえ一般の兵士たちに動揺があっても、あの場にはギャンレルが、彼直属の部隊がいた。
どうしたって、連れ帰るのは絶対に阻止されたのだ。
「……わかっている。頭では、わかっているんだ」
「…………」
「それよりは大分高い確率で、原型を留めていない、誰のものともわからない肉片を、クロムに見せたくなかった。
見せるわけにはいかなかった、あいつだけには」
確かに、潰れて飛び散ったトマトみたいな姉の姿を見せつけられれば、クロムは壊れていただろう。
クロムだけでなく、聖王を敬愛していた兵士たちも狂戦士と化したかもしれない。
それこそ、大惨事だ。
怒り心頭の状態では誰の説得も聞き入れなかっただろうし、そんな状態で統制を保ったまま戦えるはずがない。
ルフレは疑いなく正しい判断をし、皆を窮地から救ったのだ。
「……なのに、あなたは悔やむのね」
「悔やんではいない。悔やむとしたらその前、彼女を飛び降りさせてしまったことだ」
「……屍兵のことを言っているなら、誰だって予想できなかったと思うけど。
……ペレジア軍に籍を置いていた私ですら、知らなかったくらいだし」
実を言えば、その件についてはずいぶんと軍の者に疑われた。
寝返ったときに屍兵の存在を伝えてくれていれば聖王様は助かったに違いない。
と、そのように非難されたことは何度もある。
そんなことを言われても、本当に知らなかったのだから仕方がない。
だから、罪悪感を覚えてやる謂れもない。
やり取りの不快さを思い出して眉をひそめるサーリャに、ルフレは自嘲の笑みを浮かべた。
「実を言えば、一度関連付けたことはあったんだ」
「……なんですって?」
「時系列でね。あの正体不明の化け物が出現し始めたのは、ペレジアが不穏な動きを見せ始めた時期とほぼ一致している」
「……でも、それまではただの一度も、共闘していなかったんでしょう?」
ああ、とルフレが小さくうなずいた。
「遠くに近くに奴らを観察した結果、どう見ても理性のある、制御可能な類の化け物だとは思えなくてね。
因果関係はないだろうと判断した。みっともない言い訳だよ」
「……だったら、仕方ないじゃない。……人は、万能じゃないんだもの」
「その通りだ。きっとどの時代の軍師たちも、こんな煮え切らない思いを抱えていたんだろう」
「……あなたの機転で、私たちが助かったのも事実なんだけど」
「はは、あのサーリャが普通に慰めてくれてくれるなんて、なんかくすぐったい感じだな」
「……べ、別にそういうんじゃ。……へ、変なこと言っていると、呪うわよ!」
「ごめん。でも、うん、確かに君の言う通り、あの時エメリナ様の回収に動いていれば、未帰還兵は数百を下らなかっただろうね」
数百名。動員された救出部隊のおよそ半数。ほとんど壊滅といっていい状態だ。
もちろん、あの場における戦力比だけで考えた数値ではなく、最終的な数字だろう。
エメリナが助かったとして、民の王家に対する信頼は地に落ちた。
救出が成功しようとしまいと、そうしようとした時点でイーリスの滅亡は免れなかったのだ。
「……過去はきちんと対象化できているのね。……なら、そろそろ自分を責めるのはやめたらどう?」
「別に、責めてないよ」
「……うそつき」
「うそじゃない」
「……だったら、どうしてそんな」
辛そうな顔をしているの?
サーリャがルフレの頬を撫でた。伝っている涙ごと。
「……ぁ」
「……うふふふふ、仕方のない人。……泣きたいなら、もっと堂々と泣けばいいのに」
「……そう、か。これが、涙か」
「……ええ、今のあなた、いかにも悪魔が好みそうだわ」
後でこの時のやり取りを思い返してみれば。
記憶を失ってから、あるいは彼は、このとき初めて泣いたのかも知れなかった。
どこまでも計算高く、不器用極まりない青年。
あえてきつい言い方で友人を叱咤し、聖王エメリナの死以外に、つまりは自分自身に。
打ちひしがれるクロムの感情を向けさせた。
彼を、イーリスを救うには、それしかなかったのだ。
仲間たちが喪に服し、喪が明ける中。
彼は一人、煮え滾るようなエメリナへの想いを抱え込んでいた。
そんなルフレが初めて見せた、戸惑うような泣き顔が、サーリャの胸に深く沁みた。
生じた共感が、口数の少ない少女にたどたどしくも言葉を紡がせた。
「……知ってる? 笑う門には福が来るように、泣く門には呪いが来るのよ」
「……サーリャ? ――っ」
後ろに回るや、身を預けるように両腕で首を抱きすくめると、ルフレの体が面白いように強張った。
「……だから早いとこ、立ち直ってもらわなくては困るわ。……辛気臭い顔を見てると、今にも呪いたくなりそうだもの」
「さ、さらりと怖いこと言わないでくれ」
「……あら? まだ筋肉が固いわね。……うふふふ、緊張しているのかしら?」
「い、いや、その。胸が、当たってるんだけど」
それくらい知っている。
唯一他人に自慢できそうな乳房は彼の背中に押し付けられて、半ば潰れている。
「……ふぅん、そう。……私みたいな女にも、男って欲情するのかしら?」
「あ、あのな! 俺だって男なんだから、そういうのは致し方ない部分もあるというか」
耳たぶを甘噛みするや否や、ルフレが勢いよく身を捻って抱擁から逃れた。
「なっ……、い、い、いきなり何するんだ!」
「……うふふふ、唾つけたわ」
笑顔は不得手だったが、不思議とこの場では自然に微笑むことができた。
「……この呪いは簡単には解けない。……隠し事ばかりしているとすぐに発動してしまうから、注意して」
「……な、なぁ。それって発動すると、どうなるんだ?」
「……さぁ、どうなるのかしら?」
「なんで楽しそうなの!? すごく怖いんだけど!?」
本気で怯えていそうなルフレに、サーリャは口元に人差し指を当てて意味ありげに笑った。
それから一週間後。ルフレはかねてからの有言を実行した。
自ら指揮する少数精鋭の軍を敵陣深くに進め、包囲陣形を敷こうと動いたペレジア軍に外側から逆包囲を仕掛けた。
片翼に兵力を集中させた上で電撃作戦を敢行し、ギャンレル王は先陣を買って出たフレデリクに討ち取られた。
万が一にも敵の王を逃がすまいという、執念が滲み出るような苛烈な戦術だった。
あるいは、クロムに負けないくらい、ルフレも聖王エメリナの死を重く捉えていたのかもしれない。
身よりが定かではない今の彼にとって、クロムたちは最も家族に近しい存在なのだから。
かくして、自分が所属していたペレジア軍は消滅した。
戦いから二年近くが経った今も、二人の関係は以前とさして変わっていない。
さすがにデートくらいは何度かしていたが、せいぜいがキス止まりだ。
ある意味冒涜的なことだが、聖王エメリナの墓標の前で抱きついたとき以上に甘い行為には及べなかった。
元来が積極的ではないサーリャの性格に加え、ルフレが政務に忙しいのも災いしていた。
不幸中の幸い、自分以外の、彼に熱を上げている女たちも、その憂き目にあっていたのが救いではある。
それでも、いつかは彼に。
そう思っていたのに。
「――ふぐっ! ……んう゛っ! ……んんっ、んむううぅぅッッ!!」
(……ル、ルフ……レ)
どこかも定かではない海の上で独り。
サーリャは異国の兵士たちによってたかって嬲られていた。
前置き長かったけど今夜は以上です
次回からきつめの描写が入るので苦手な方はスルーをお願いします
エロに飢えていたので期待。やっぱりただエロ描写するんじゃなくて過程があるからいい感じ。
NTR要素あるとやっぱり荒れるのかな
ntrは多少許容範囲だがレイプは…
嫌なら見なければ良いだけの事 好きなように書いて下さいな
続きを楽しみに待ってる
で、続きはいつですか?
エタったか 期待していただけに残念
続きをどうか
あ
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