リコ「私は蝶になる」(301)
リコが片思いしています
捏造ありです
リコの名前は、アニメのスタッフロールに掲載の、ブレツェンスカとさせていただいてます
別マガ1月号までのネタが入る予定です
何時の頃からだろう
あの人を目で追うようになったのは
無事であるかを真っ先に確認するようになったのは
視界に入る度に、心臓が震えると錯覚する様になったのは
所属兵団も違う
考え方も、多分正反対
私は保守派だ
現状維持が最優先だと思う
駐屯兵団はもとより保守派が殆どを占めているのだ
唯一の例外が、ピクシス司令だろう
あの人は…
調査兵団という変人の集団にいて、常に先陣を切って変革を求めている
何を変えようとしているのかはわからない
だが、何か大きな流れを変えようとしているように見える
…私にはわからない、何かを…
「リコ、リコ」
私を呼んだのは、ピクシス司令の副官アンカ
通称しっかりしたお孫さん
…まあ本人と司令はそう言われている事は知らないだろう
「アンカ、おはよう」
相変わらずぶっきらぼうだ
可愛いげなど全く無い
自覚しているが、変えようとも思わないし、変える必要も無い
アンカは凄いと思う
大人しそうなかわいい顔をしておいて、あのピクシス司令の頭を叩いたり、酒を取り上げたり、説教したり、凄い勇気だ
普段はとても女の子らしいのだが
「明日、休暇でしょう?私もやっと一日司令が休暇をくれたの♪町に買い物に行かない?たまにはお洒落をして出掛けなきゃ、女じゃなくなりそうなんだもん」
…ほら、女の子だ、ごく普通のね
「…リコ、何か用事がある?」
しばらく返事が無かったからだろう
心配そうな表情で聞いてくる
かわいいな…と思う
「いや、何も無いし、付き合うよ」
そして相変わらず可愛いげの無い自分の返事
「良かった!じゃあ、明日兵舎前に朝食後ね!?」
「了解。アンカ」
ビシッと敬礼をして、駆け足で去って行ったアンカを見送る
明日は買い物か…
きっと女の子なら、何を着て行こうか、たまには化粧をしようか、なんて考えるんだろう
楽しみに、胸をときめかせるものなんだろう
私は、無頓着すぎるのかもしれない
それが私なのだから、構わない
私は私
でも…ふとあの人の姿が脳裏に浮かぶ
…やっぱりたまにはお洒落をしようかな?
…そう言えば、お洒落ってどうするんだろう?
…だめだ、やはり私は女の子にはなれそうにないな…
これは珍しい組み合わせ
期待
兵舎の食堂で、夕食を摂る
今日は野菜スープに細い麺が入っている
…熱々だ
蒸気で眼鏡が曇る…煩わしい
「はぁ」
自然とため息が出た
隣に座っていた兵士がビクッとしたのがわかった
私の日頃の行いのせいか、気軽に声をかけてくる兵士はあまりいない
私は厳しいらしい
仕方がないと思う
班長なんて肩書きを貰っている以上は、それ相応の働きをしなければならない
…兵士の教育だって、しなければならない
手本にならなければならない
…沢山の事が私にのし掛かる
でも…
あの人は、もっと沢山のとてつもないものを背負っている
それに比べたら私の背負っているものは、米粒くらいの小ささかもしれない
しかし、私も班長として、部下の命を背負っている
出来うる限り守りたいと思う
その為には、兵士自身が自らを律して、鍛練する事が必要だ
野菜スープのために、眼鏡をはずした
隣の兵士がちらりと私を見た
目があった
「何かついてる?」
「いえ、何も付いていません、班長!すみません!」
…何故か謝られた
きっと怖い顔だったんだろう…
兵士は慌てて食べ終えて、食堂を飛び出して行った
「はぁ…」
本日何度目かのため息をついた…
今日は早く寝よう…
明日着ていく服、どうしよう…
やっぱり少し悩んでみよう…か
私はいつも朝が早い
兵舎の敷地内にある屋外訓練場でのジョギングが日課だからだ
よほどの有事で無い限りは、毎日欠かさず行っている
「ハァハァ…」
15分程走り続けて、座り込む
ふと、空を見上げた
…朝日が眩しい
吹き抜ける風が心地いい
「んー!」
大きく伸びをする
そのまま寝転びたい衝動に駈られる
だめだ。今日は買い物に行くんだった
…急いで兵舎に戻って着替えよう
昨夜は中身の少ないクローゼットを開けて、服を探したが、やはりお洒落な服なんてなかった
…当たり前だ、買ってないんだから
「はぁ」
本日一度目のため息が出た
「リコ!!おはよう!お待たせ♪」
アンカがやってきた
待ち合わせ時間きっちり
私はいつも少し早く待ち合わせ場所に着く様にしている
「おはよう、アンカ。私も今来た所だよ」
「そっか!!ならよかった♪」
アンカの服、少し胸元の空いた、薄紫…ラベンダー色のワンピース
ふんわりとしたスカートの下から、細身の綺麗な脚が伸びる
胸元には綺麗な石の付いたペンダント
…かわいい
「アンカ、ワンピース良く似合ってるね、かわいい」
正直な感想を淡々と言う
「リコもワンピース着たらいいのに!!絶対似合うのに!今着てるジーンズも似合ってるけどね?」
アンカ、それは無理
私は人前でスカートなんて履けない
筋肉がしっかりついてる私の脚…
だめだめ、人に見せるなんて無理…
「私はスカートは似合わないから…ジーンズが楽でいいんだ」
「そんなことないのに!!リコ、勿体ないよ!?」
アンカは優しい
こうやっていつも、私を思いやってくれる
心配してくれる
ありがたい、友人だ
町は活気に溢れている
服屋、宝石屋、帽子や靴の店など、沢山の店が軒を連ねている
「リコ、これはどうかな?」
アンカが本日5着目くらいの試着をして、試着部屋から出てきた
「…かわいいと思うよ。」
ごめんアンカ、私にはどれが似合ってるとかわからない
お洒落の意味すらわからないような私なんだから
「さっきのピンクのと、この白いレースの襟のワンピースならどっちがいいかな?」
真剣に悩んでいる様子で聞いてくる
…女の子ってこれが普通だよね
私も少し悩んでみよう
「うーん、私は今着てる白いレースの方が好きだけど…どちらも似合ってたよ」
当たり障りのない返答
「なら、この白いワンピースにするわ♪リコありがとう!!」
やっぱりアンカは優しい
アンカみたいに仕事も出来て、お洒落もできるのはやっぱり憧れる
「リコも何か買いなよ?ワンピースかスカートしか駄目よ?」
「私は脚を出したくないから…」
「駄目だよリコ!!」
この押し問答は買い物の時はいつもやっている気がする
「ほんとにリコは勿体ないよ!!」
頬を膨らませて怒るアンカはほんとかわいい
でもスカートは履かない…
それから、靴屋と雑貨屋に行った
私は一つだけ買い物をした
ジョギング用のスニーカー
アンカには盛大に叱られて、ヒールのある靴や、リボンが付いた靴などを無理矢理試着させられた
…買わなかったけどね
「そろそろお昼だね♪お腹すいちゃった!!」
「うん。何か食べよう」
二人で食事処を探していた、その時…
「ねえ、リコ、あそこにいるの、調査兵団の人達だよ」
アンカの何気ない一言に、心臓がドキッとする
アンカが指差す方向には、確かに調査兵の制服を着た人が数人いた
「…あ、本当だ。買い出しかな」
調査兵団って聞くだけでドキッとしていたら、いつか心臓が潰れる気がする…
極力調査兵のいる方は見ないようにしよう
「あ、スミス団長もいるね。あとはリヴァイ兵士長」
アンカの言葉に耳を疑った
ちょっとまて、それはまずい…
でも、少し見たいような…
「挨拶してこよう♪」
「え!?」
アンカ、スカートを翻して駆け出して行ってしまった…
そうか、アンカはあの人ともたまに顔を合わせているよね
ピクシス司令といつも一緒なんだから
とはいえ、どうしよう私
逃げたい…
チラッとアンカが行った方向を見る
…案の定、アンカはあの人と思わしき背の高い人物に話し掛けている
距離にして5メートルほど…立ち去っても怪しまれない位置だと思う
…心臓のためにも、ここは逃げ…
「リコ!!リコ!!」
…名前を呼ばれてしまった…
ここで逃げたら完全に怪しい人になるかな…?
「リコ!?」
また呼ばれた…
行くしかないか…
距離にして5メートル
この間を移動する間に、おかしな挙動の心臓をなんとかしなければならない
自分を律する…
私が普段部下にきつく指導している事だ
5メートルの間に自分を律する…ことは出来そうにもない…
「リコ、スミス団長と、リヴァイ兵士長だよ」
うん、わかってる
わかってるんだけどね…
挨拶しなきゃ…
「駐屯兵団所属、リコ・ブレツェンスカです!!」
見事な敬礼をした、と思う…
制服だったら決まっていたはず
でも今は私服だった…
死にたい…恥ずかしい…
あの人の顔を思い切って見た
…少し目を見開いて、驚いている感じ…?
それはそうだ、私服姿でプライベートなのに、気合いを入れすぎた敬礼をしてしまった…
あの人は、そんな私に敬礼を返してくれた
「見事な敬礼だったね、リコ・ブレツェンスカ」
そう言ってにっこりと笑った、あの人
…今死んでもいいかもしれない…
このリコさん可愛すぎだろ... 支援
「あの時の、眼鏡のちび」
そう言ったのは、リヴァイ兵士長
あなたもちびだろう、と言いたい所だが、言えない
リヴァイ兵士長の戦いぶりを、目の当たりにしたから
エレンという名の巨人になれる少年達の窮地を、神業としか思えない技で救った、人類最強の男
「リヴァイ、失礼な言い方をするな。すまないね、リコ。悪気はないんだが、口が悪くてね」
…あの人に謝られた
私は今どんな顔をしているんだろう
アンカが私の顔をじっと見ている
…何かついてるのかな…
「スミス団長、司令がまた話し相手になってほしいと言っていましたので、またお暇な時によろしくお願いします」
と言って頭を下げるアンカ
仕事の顔になっていて凛々しい
「了解した。酒は持参しないほうがいいかな?」
「はい。お酒は無しでお願いします。最近飲みすぎなんです。今日は私もいないので、きっと水がわりに飲んでいますよ」
「ははは。おちおち休暇もとれないか、まあ今日はゆっくり楽しむといい。私服姿は見たことがなかったが、よく似合っているよ」
「ありがとうございます♪」
スカートの裾をつまんでお辞儀するアンカ
…ほんとにかわいい
そして、あの人とリヴァイ兵長は人混みに消えていった
あの人が立ち去った後をしばらく見つめていた
動けなかった
多分膝がわらっていると思う
顔は、言うまでもないだろう…
「リコ…?」
アンカが私を覗きこんでいる
「あ、何?」
やっと絞り出すように声が出せた
いつの間にかのどがカラカラになっていた
「リコ、顔が真っ赤…」
アンカが、私の顔を両手で挟みながら、驚いたように言う
「えっ、そんなことないと思うけど…」
隠さなきゃ…やばい
でも、自分を律する事が出来なかった私には、真っ赤な顔を元に戻すなんてできない…
「熱でもあるのかな、声もおかしいよ」
アンカ、そうそう、そうなん…
「もしかして恋の病かなあ!?」
うっ…アンカ、恐るべし洞察力…
でもここは認めるわけにはいかない
「風邪をひいたのかも、のどが痛いし…」
そう言ったら、私の額に手をやって…
「熱はないよ?」
…アンカの鋭い視線が痛い…
でも…
「熱はなさそうだけど、少ししんどいから、お昼食べたら戻るね」
ごめんアンカ…
嘘、ついてる私
「うん、了解!!風邪は引きはじめが肝心だしね。大事にしなきゃ!!」
にっこり笑って言ってくれた
昼食は、アンカお勧めのパン屋に行った
「サンドイッチが美味しいの!」
アンカ、とっても嬉しそう
でも私は、正直今食欲が無い…
あの人に恥ずかしい所を見せてしまった…
思い出せば思い出すほど、胸が苦しくなる
でも、食べなきゃ心配されちゃうよね
「美味しそうだね、ほんと」
食べられる時に食べる
兵士には当たり前の事
いつ巨人が攻めて来るかわからない今、ここで昼食を食べなかった事を後悔したくはない
「ここで座っていてね♪」
アンカは私が体調が悪いと思って、先に椅子を勧めてくれた
ほんとに、よく気がつく子
私が男だったら、絶対アンカみたいな子を好きになると思う
アンカが戻ってきた
トレーにサンドイッチと紅茶を乗せて
「お待たせ♪さあ食べよ!!いただきま~す♪」
「ありがとう、アンカ。いただきます」
サンドイッチ、野菜と魚のほぐし身が入っている
一口食べた
甘い味…ソースが甘いんだろう
「美味しい」
そうつぶやいた私を見て、アンカはにっこり笑った
「ねえリコ、ところで」
サンドイッチを食べ終わって、紅茶を残すのみになった時、アンカが突然切り出した
…何だか嫌な予感がする…
「スミス団長、かっこいいよね!!」
ほらきた…
女の子って、こういう会話好きだしね…
「うん」
とりあえずうなずいておく
かっこいい事は間違いないから
「駐屯兵団にはいないタイプだと思わない?ミステリアスというか…」
ミステリアス…なのかな、あの人
私はあの人の事はなにもかも知らないから、そういう意味ではミステリアスかもしれない
「私はよく知らないから…」
そう言いながら、また脳裏に今日間近で見たあの人の笑顔が描き出される…やばい…私の顔が…
「リコ、また顔が赤くなってるよ?」
心配そうに顔をのぞき込むアンカ
「そんなこと、ないよ。大丈夫」
少し笑顔を作って言ってみた
「何でも相談に乗るし、話も聞くから、頼ってよね?リコ」
そう言って私の頭を撫でた
…これは、ばれてしまっているんだろうな…
「うん、ありがとう、アンカ」
今の私はこう言うしかなかった…
結局兵舎に帰宅したのは、夕方だった
部屋に入るなり、ベッドに吸い込まれるように倒れこんだ
「はぁ…」
本日数度目のため息をついた
あの人に会えた…恥ずかしいけど、嬉しい
…でも、私服で敬礼なんてやってしまったし、よく考えたら、ジーンズにブラウスという服装だった…
かたや、アンカはワンピースが似合ってると誉められていたな…
完全に引き立て役だ…
ワンピースやスカートを着なさい、といつも一生懸命勧めてくれたアンカの言う事を聞かなかった私が悪い
でも…似合わないんだから、仕方がない…
哀しいけど、それが現実
いいんだ
私はワンピースが似合わなくてもいい
その代わり、兵士としてもっと精進しよう
もっと強くなろう
…でも、あの人の事を思い出すと…
少しは綺麗に、なりたい…
夕食の時間
今日は根菜をトマトスープで煮た物だ
このトマトスープが絶品
…しかし、また眼鏡が曇る
いつものパターン…
「はぁ」
いつものため息
面倒なので、眼鏡が曇ったまま食べてみる
…うん、全然見えない
あきらめて、結局眼鏡をはずす
隣に座っていた兵士が、また私を見た
「私の顔に、何かついてる?」
聞いてみた
「…いえ、何もついていません…」
「そう…」
兵士は何か言いたそうにしていたが、私が怖かったのか、また黙々と食事を再開していた
早く食べて、早く寝よう
明日は立体機動訓練だ
睡眠が少なくて事故でも起こしたら、取り返しがつかないしね…
何の飾り気もないパジャマに身を包み、ベッドに飛び込む
私は、ベッドに飛び込むのが好きだ
…人前ではやらないけど…
なんとなく、一日にあった嫌なことを忘れられそうな気がして…
でも今日は、忘れたい事と忘れたくない事が起こった
あの人の事…だめだ、眠れなくなってしまう
思い出してはだめだ
…結局、思い出してしまう
背が、高かったな
私は見上げないと、あの人の顔が見れなかった
立派な体つきだった…逞しい…
端正な顔立ちから繰り出される、優しい笑顔
あの人の、必殺技…
私は一撃で、ダメになりそうだった…
ああ、今日は眠れそうに無い…
立体機動訓練は、郊外にある森で行う
訓練兵時代とかわらない手法だが、巨人に見立てた木を相手に、いかにうなじを抉るか、いかに無駄な動きをしないか、を確認していく
「うなじへの侵入角度が甘い!!」
「ガスを吹かせ過ぎだ!!ガス欠は命取りだぞ!!」
「アンカーを出すタイミングが遅い!!」
気がついたことはすべて言う
うるさいかもしれないが、命懸けの戦いは、些細な事が生死を分かつから…
私は体が小さいからか、立体機動は得意な方だ
リヴァイ兵士長も体が小さいな、そういえば
まあ、リヴァイ兵士長は別格だけど…
そういえば、明日から調査兵団は壁外遠征らしい
もちろんあの人も、先頭切って出発していくのだろう
見送る立場の私
少しでいいから、姿をみられたら、いいな…
午後からは、壁の哨戒任務
私は壁の上から、壁外からの脅威を警戒する
私は壁の上が好き
空が遥か遠くまで続いているのがわかるから
鳥が壁を越えて飛び去っていく
…人は何故外に出られないのだろう
鳥も、うさぎも、牛も、馬も、人以外の生物は壁外でも自由なのに
あの人が背負う自由の翼
人も自由に壁の外に羽ばたく
そんな崇高な理念の象徴
調査兵団は、その翼を広げて、壁外へ飛ぶ
人が自由を手に入れるために、抗う
…その翼は、時に傷つき、時には絡めとられて地に落ちる
しかし、何度その翼をもがれようとも、諦めない
何度も何度も運命に抗う
犠牲を覚悟の上で…
強い信念と、精神力、技術、そして信頼関係で成り立っている
それが、あの人が率いる調査兵団
このリコは調査兵団のことを死に急ぎ集団とは思ってないんだな
>>27
コメントありがとうございます!
リコは保守的なので、調査兵団は無茶してると思ってます
あの人が背負っているので憧れもある感じです
なんというか……
もう少しこの話は>>1が年を食ってから書くべきじゃないかな
アンカもリコも言動が幼く見える。あの二人ハタチはもう超えてるよね?これじゃあ中高生にしか見えない
とはいえ結末が気になるから見てる
>>29
コメントとご指摘、ありがとうございます!
確かにキャッキャし過ぎですよね
一応続けますね、すみませんm(__)m
とても私得な組み合わせです、楽しみにしております!
>>31
楽しみにして下さって、ありがとうございます!!また書きますので、お付き合い頂けたら嬉しいです!
私の世界は壁の内側
人は鳥のように飛べない以上、壁と、壁の内側を守る事が最重要だと思う
私はこの薔薇の紋章を誇りに思う
壁を守る事は人類を守る事だ
私は全ての力を守る事に注ぐ
夕焼け空は遥か遠くの地平線まで続く
人類はいつか、あの地平線の、もっともっと遠くまで行ける日がくるのだろうか
…私には想像すらつかない、夢ですらない
非情な現実が目の前には無数に転がっているから…
巨人の前に散った仲間達の最期の顔
敵を討ちたいと思わなくはない
だが、現実は甘くはない
私に出来ることは、せいぜい壁を守るための人柱になることだろう
それでもいい、何かを成すために死ぬなら…
今日の夕食は、いつものパンにジャガイモと人参と玉ねぎの入ったスープだ
スープを前に、やはり眼鏡が曇る
いつもの事だ、眼鏡を先に取ればいい話なのに、私はいつも…忘れる
眼鏡と私の付き合いの長さは半端ないから
一心同体なのだから
だから仕方がない…
「…」
無言で眼鏡をはずす
チラリと隣を見ると、やはり隣の兵士がこちらを伺っていた
「…何かついてる…?」
ほぼ毎回聞いてる気がする
「あ、いえ、何も…すみません」
兵士はバツが悪そうに、目を伏せた
「何か変?」
多分凄く不機嫌な顔をしていると思うが、気にしない
不躾に人の顔を見ている方が悪い
「いえ、すみません!!失礼しました!!リコ班長…」
兵士は案の定、慌てて席を立って頭を下げた
そのままトレイを持って片付けようとしている
「座って、ちゃんと最後まで食べて」
「はい。リコ班長」
焦ったように食べ始めた兵士
食事を残すなんて、あり得ないから!
まあ、私が怖かったせいだけどね…
朝、いつものジョギングの後、早々に食事を平らげて勤務につく
今日はエルミハ区の警備任務だ
調査兵団は、東のカラネス区から出立する
あの人を、今日は見送ることはできなかった
少し残念に思う…少しかな…?
駄目だ、集中しなきゃ…
頭を左右に数回振ってみた
「班長、どうかなさいましたか?」
私より頭二つ分は背が高い兵士が心配そうに見ている
「ああ、なんでもない、大丈夫」
平静を装う
「エルミハ区は活況を呈していますね、商人も多いですしね、班長」
「ああ、そうだね」
あちこちに商店が建ち並び、行き交う人も多い
ウォールマリアが壊される前は、シガンシナ区もかなり賑わっていたのだが…
マリア破壊によって避難してきた住民が、やっと平静を取り戻しつつある昨今、もしまた壁を壊されたら…
ピクシス司令の言う、人類同士が殺し合う世界になるのだろうか…
昼頃、エルミハ区の駐屯兵団詰所に戻ると、ある話題で持ちきりになっていた
「調査兵団がもう戻ってきたらしいな」
「早いな…朝出ていったんだよな」
「リヴァイ兵士長が怪我をしたらしいぞ」
「何があったんだ…?」
あの、リヴァイ兵士長が怪我?
本当ならば大変な事だ
リヴァイ兵士長に変わる人は存在しないから
人類最強の看板を背負っている男だ
怪我をして動けないとなると、戦力的には勿論、兵士達の士気にも影響するだろう
あの人は、無事だろうか
また、考えてしまった…
無事を祈るくらいは、バチは当たらないよね…
夜、少し遅めの夕食を摂る
今日はクリームスープに少しだけ鶏肉が入っている
勿論野菜の存在感を消すほどの量ではないが
そしていつも通り眼鏡を曇らす
今日は時間が遅かったから、隣で食べている兵士もいない
なんだか調子が狂う…
眼鏡をはずし、スープを口に運ぶ
結局昼間得た情報は正しくて、リヴァイ兵士長は足に怪我を負い、調査兵団はまた多数の死者と怪我人を出した
そして、あの人や幹部、エレンが王都に召集される事が決まったらしい
調査兵団の命運が尽きた…
仕方がない、犠牲と成果の割合が伴わないから…
命を賭して壁を塞いだエレン
このままだと処刑になるかもしれない
何が正しくて、何が間違っているか、正直私にはわからない…
久々のリコさんスレ
>>38
お久しぶりです。また細々と書いていきますので、よろしくお願いしますm(__)m
今日は非番だ
予定は特に無し
いつも通り早朝ジョギングで身体をほぐし、朝食を摂り、部屋に戻る
散歩がてら外を歩こうか
考え事をしたい時には、外を宛もなく歩く事が多い
前の非番の日に、アンカと行った商店街に向かった
偶然あの人に出会った場所
今日は流石にいないだろう
調査兵団は今、蜂の巣をつつくような騒ぎになっているはず
怪我をしたというリヴァイ兵士長は大丈夫なのかな
何となく気になった
見舞いに行くような間柄でも立場でもないけど
あの人は怪我をしていないのかな…
大丈夫なはず、うん
ぼーっと歩いていた
前は見ていたけど、注意力散漫だった
だから、突然横合いからきた衝撃に耐えきれず、体が空を舞い、尻餅をついた
「ご、ごめーん!!大丈夫?!大丈夫?!」
しゃがんで私の顔を見ながらそう言ったのは…
「分隊長!!だから走るなっていったでしょうが!!」
副官らしき人物に叱られている、調査兵団のハンジ・ゾエ分隊長
牛乳のブリキ缶を抱えているハンジ分隊長
「怪我はないかな?ほんとごめんね、急いでて…」
「いえ、大丈夫です」
私が立ち上がると、副官らしき人物が慌てだす
「大丈夫じゃないですよ!?眼鏡が…」
え?私の眼鏡…
フレームが歪んで、レンズが外れていた…
さっきの衝撃のせいか…
「うわぁ!!ごめん!!眼鏡破壊してしまった!!モブリット、弁償しなきゃ!?」
「当たり前ですよ!!ハンジさん!!」
謝るハンジ分隊長、焦ってる
急いでてって言ったよね…
「あの、直しに行くので大丈夫ですから。では失礼します」
さっさと立ち去ろうとしたけど、手を引かれた
ハンジ分隊長の副官、モブリットに
「きちんと弁償させていただきますので、連絡先を…」
「モブリット、連絡先は駐屯兵団だよ。そうだよね?リコ班長」
ハンジ分隊長は私の事を知っていたのか…
あまり接点はないのに…たまに顔をみる程度だ
しかも私服だから、わからないかなと思った
「はい、そうです」
「眼鏡だからさぁ!!覚えてるんだ!眼鏡の可愛い子は全員把握してるよ~ウフフ!」
変人と言われている人だけど、やっぱり変人だ…
「はぁ、そうですか…」
「眼鏡、夕方まで借りてていいかな?ちゃんと作り直して持っていくから!!」
別に自分で直すのに…とは思ったけど、結局壊れた眼鏡を渡してしまった
「じゃあリコ、また後でね!」
というが早いか、ブリキ缶を抱えて走り去っていった…
「走るなっていってるでしょうが~!」
モブリットが後を追っかけて…と思ったらこっちを振り向いた
「本当にすみませんでした!!」
と頭を下げて走り去った…
嵐が去った、そんな気分
眼鏡もないから、なんだか落ち着かない…
さっさと兵舎に戻ろう
やっぱり私と眼鏡は一心同体なんだよね
いつもあるものが無いと不安だ
視界も勿論良くない
兵舎に戻ると、何故かすれ違う兵士が皆私の顔を見てくる
何なんだろ…
またなにか付いてるのか、不機嫌な顔をしてるからなのか?
とにかく早く部屋に戻ろう
眼鏡が戻るまでは読書でもしよう…
31で書き込んだものです!続き来ててとても嬉しいですー!支援!
リコさんの、恋愛慣れしていない初々しい感じがいいわ~
読んでいてにやにやしてしまう
昼食までは部屋で読書をしたり、新兵の素養などを記録したり、眼鏡はなくてもなんとか過ごした
替えの眼鏡は一応あるけど、一つはゴーグルタイプで普段には使えないし、一つはかなり前のもので、これまた傷だらけで、余計に視界が悪くなる
こんなことならもう一つまともな眼鏡作っとけば良かったな…
昼食のために食堂に行くと、兵士達の顔が私に向けられたが、気にしない事にした
いつもの席に座ると、やはり隣にいつもの兵士がいて、大きく目を見開いてこっちを見た
「班長、眼鏡はどうされたんですか…?」
今日は向こうから声をかけてきた
「壊れて、修理してもらってるから…」
「そうですか…」
「変かな?眼鏡かけてなきゃ」
聞いてみた、いつも思っていた事
兵士はまた目を大きく見開いて、首を横に振った
「まさか…リコ班長は眼鏡でも眼鏡を外しても…その…」
何か言いにくそうにしてる
「ごめん、変なこと聞いて」
残ったパンを手に取って、食堂を後にした
>>44
31さんでしたか!!お待たせしてすみませんでした(TT)
またこれから書いていきますんで、お付き合い頂けたら嬉しいです♪
>>45
コメントありがとうございます!!
恋愛慣れしていない感じを出したかったので、嬉しいです♪
パンを手に、部屋に戻った
眼鏡外した顔か…
鏡でも見てみようかな
うん、いつものげじげじ眉毛
上手く処理出来る気がしないから、眉毛の手入れは一切した事がない
目は、顔の割には大きい方だと思うけど、なんだかきつい感じ
目がいつも座ってるって言われるんだけど、怖いって意味だよね
目の横に擦り傷ができてた
さっきの衝突の時にできたんだろう
まあほっといても治る、こんなのは
ベッドに横になった
さっきのハンジ分隊長とモブリット、走って何処に行ったんだろ…
ブリキ缶には牛乳が入ってるんだろうけど
買い出しにしては急いでた…
あの人は、きっとあちこち駆けずり回っているんだろうな
ピクシス司令にも会いに行ってそうだ
…アンカなら多分知ってるだろうな
とはいえ、アンカにそんなこと聞けるはずがない
あの人が健在ならそれでいい
そして、また遠くからでいいから、姿が見れたらそれで十分…
もしかしてエルリヴァハンの話を並行で書いてる人?
>> 50
多分、そうです!!
やっぱりそうか
悪いことは言わないから半年ROMるか、深夜じゃなくて進撃BBSとかSS Noteで書いた方がいい
若い感じのコメントや全レス、コテはここでは叩かれやすい
>>1の話自体はどっちも好きだから応援はするけど、できればちゃんとカラーの合ったところで書いて欲しい
>>52
アドバイスありがとうございますm(__)m
数少ないありがたいコメントなので、全部にレスつけさせてもらってました
不快な思いをさせてすみません
とりあえず、この話とあちらは最後まで書いた上で、考えさせていただきます
文章自体は面白いし好きよ
続けて、どうぞ
コンコンと、ドアをノックする音がした
ドアを開けると、新兵が敬礼をしていた
「リコ班長、外にお客が来られています」
「誰かな」
「調査兵団の、ハンジ分隊長です」
もう来たのか、早いな
「そう、ありがとう」
まだ敬礼をしている兵士に向かって敬礼を返し、兵舎の外に向かった
やっと眼鏡が戻ってくる
少し嬉しい…足取りが軽くなる
兵舎の外に出た
兵舎の門に背を持たれかけている人物が見える
背が高くて、すらっとした体系
何だか絵になる
…少し羨ましいかも
「ハンジ分隊長、お待たせしました」
「あ、リコちゃん!!こっちこそ待たせてごめんね!?」
両手の平を合わせて頭を下げるハンジ分隊長
…リコちゃんって呼ばれた気がしたような
深くは考えないでおこう…
「あのね、リコちゃん」
…やっぱりリコちゃんて呼ばれてる
気のせいじゃなかった
そんな呼ばれ方、子どもの頃以来だ
背中が無図痒い…
「はい、なんでしょうか」
「眼鏡さ、作ってもらったんだけど、ちゃんと顔に合わせないといけないからさ、一緒に来てくれるかな」
え、適当に自分で調節するからいいのに…
というか、今忙しいはずなのに、調査兵団
「いろいろお忙しいと思うので、一人で行きますよ?」
「あ、大丈夫。忙しいのはエルヴィンだから。私たちは言われたように準備するだけ!!」
スミス団長、やっぱり忙しいんだ…
でもなんだろう、ほんの少しだけど近況が知れて嬉しい
ほとんど接点が無いから、どんな些細な情報も貴重だしね
ここまで言ってくれてるのに、これ以上断るのも失礼だよね
「では、お言葉に甘えて…」
「よし、レッツゴ~!」
ハンジ分隊長が私の手をとった
「!?」
「迷子にならないように!!」
…迷子になんかならないってば!!
子どもに見えてるのかな?
「もうすぐ日が暮れるから、女子は危ないよ。こうしてれば誰も寄ってこない!!」
…この人なりの気遣いだったのか
確かに調査兵団の制服を着た人に手を引かれてたら安全だろうけど
やっぱりこの人変わってる
でも、嫌いじゃないかも
ハンジ分隊長に半ば強引に手を引かれて、商店街を歩く
周囲の人々から、好奇な視線を感じる
全く意に介さず、闊歩するハンジ分隊長
多分そういう視線に晒される事に慣れているんだろう
私は慣れていない…だから少し恥ずかしい
かといって、握られた手を離す事も出来ずにいる
不思議と、手を引かれている事が嫌ではなかった
眼鏡店に入った
副官のモブリットが眼鏡店の店員に話をしている
2種類の眼鏡を手にして…
「モブリット、お待たせ!!リコちゃん連れてきたよ!!」
「分隊長、御苦労様です。私が迎えに行きましたのに…」
眼鏡を両手に1つずつ持ったまま、こちらに歩み寄るモブリット
眼鏡が二つある
一つは破壊された物と似ている眼鏡
一つは…フレームがピンクで、サイドに小さなリボンがあしらわれている
まさか、これ…
「リコちゃん、お詫びに二つ眼鏡をプレゼント!!こっちは普段用、こっちのリボンはお出掛け用ね?」
「…二つも、申し訳ないです」
というか、ピンク、ましてやリボンって…
「いいのいいの!!久々に人にあげるもの選ぶの楽しくってさ!!遠慮しない!」
にこにこしながら、私に眼鏡を掛けるハンジ分隊長
いやいや、ピンク似合わないから…
有無言わさず、ピンクの眼鏡を掛けさせられた私
「よくお似合いですよ、リコ班長」
モブリット副長が手を叩く
「やはり私のセンスに狂いはなかった!!」
「いえいえ、あなた最初は黒い縁の厳ついのを選んでたじゃないですか、ハンジさん」
「それも似合うと思ったんだ…」
「そんなわけないじゃないですか」
この二人、阿吽の呼吸だ
ピクシス司令とアンカの様
こういう関係になるには、まず上官の度量が広くないといけない
ハンジ分隊長も、部下に対して度量が広いんだろう
おおらかな心
私も見習わないと…とは思うけど、なかなか真似はできない
そんな事を思っている間に、眼鏡の試着が着々と進んでいた
「眼鏡、かけ心地は如何でしょうか」
店員に声をかけられた
「あ、大丈夫です。丁度いいです」
軽く頭を振ったりしても、ずれない
丁度よいフィット感
今日は擦れ防止のストッパーも着けていないので、着ければほぼずれる事はないと思う
「どちらを着けて行かれますか」
店員に聞かれて、答えようとした矢先
「ピンクの方で!!」
ハンジ分隊長が答えた…
いやいや、普通のいつもの眼鏡の方でいいのに
「今日はお出掛けしてるし、ピンクの方だよね、リコちゃん」
ハンジ分隊長は何故か凄く嬉しそう
なんでだろう?
「はい、そうします」
ハンジ分隊長の顔を見ていると、何だか反論する気が起こらなかった
「リコさん、ピンク似合いますね」
と、モブリット副長
それはないと思うけどな…
「そうですかね」
「うんうん、似合う!!かわいい!!まあリボンは髪の毛に隠れてあまり見えないけど、それもまたいいよ!!チラリズムってやつ!!」
ハンジ分隊長が屈んで私の顔を見てそう言った
「男はね、こういうチラリズムに弱いんだよ?ワンピースからちらりと覗く脚…とか。ね、モブリット!?」
「私に聞かれても…人それぞれですよ」
「またまたぁ!!好きなくせに~!」
「まあ、嫌いじゃないですが」
「ほらね、やっぱり!」
この二人の掛け合い、やっぱり絶妙だ
ほんとに仲良し
もしかして、上官と副官だけの関係じゃないのかな
「リコちゃん、そろそろ行こっか!!」
そう言うと、またハンジ分隊長は私の手をとった
「手、繋がなくても大丈夫です」
さすがに気恥ずかしくてそう言ってしまった
ハンジ分隊長は少し寂しそうな顔をした
「そうだよね!?リコちゃん強いだろうし、へんなヤツが寄ってきてもこてんぱんにのしちゃうよね?いやぁ、なんだか妹みたいに思えてさあ!!ついついね。眼鏡だし!」
恥ずかしそうに頭をポリポリと掻くハンジ分隊長
眼鏡繋がりで妹扱いなのか…やっぱり人とは少しネジの具合が違いそう
でも、この人は優しい人だ
それはこの短時間でもよくわかった
久々に楽しい時間を過ごした気がする
自分に似合ってるとは思えないピンクの眼鏡
ハンジ分隊長がわざわざ選んでくれた眼鏡
大事にしよう、そう思った
「いやあ、すっかり夜になっちゃったねぇ」
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた
眼鏡店に結構長居していたらしい
「眼鏡ありがとうございました」
私は二人に頭を下げた
「こちらこそ、眼鏡破壊しちゃってごめんね!」
「すみませんでした」
二人も私に頭を下げる
「では私はここで失礼します」
もう一度頭を下げて、踵を返そうとした
「あ~待って、リコちゃん」
ハンジ分隊長に呼び止められた
なんだろう…駐屯兵団の兵舎まで送るとかなのかな
…一人で平気だけど
「今からよく行く料理屋さんにご飯食べに行くから、一緒においで?ご馳走するよ!」
…え?さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない
「いえ、お忙しいと思いますし、眼鏡を二つも頂いているのでこれ以上お世話には…」
「気にしない気にしない!!皆で食べた方が食事も旨い!!」
ハンジ分隊長、私の手を握り、離さない…
「ハンジさん、私は一足先に本部に戻りますね。残った仕事ささっと片付けてますので、今日くらいはごゆっくりなさって下さい」
モブリット副長は、そう言って敬礼した
「ありがとうモブリット!!」
「リコさん、すみませんがハンジさんをよろしくお願いします」
そう言い残して、副官殿は走り去った
待って、お願いされても…困る
「よし、行こう!!」
結局、握られた手をそのままに、ハンジ分隊長行きつけの店に行くことになった
料理屋は酒場を兼ねていて、個室も幾つかあった
雰囲気のいい店
大人が静かに語らうにはうってつけだと思う
カウンターにいた店員は、ハンジ分隊長を見るなり
「いつもの奥の部屋です」
と言った
「了解!!」
そしてハンジ分隊長に手を引かれ、店の奥の部屋に入った
数瞬後、私の心臓が破裂…しそうになった
部屋には、今ここにいてはいけない人物がいた
…いや、ここにいてはいけないのは私だ…
間違いなくそうだ
「やあ、お待たせ!!エルヴィン!」
ハンジ分隊長、軽く団長を呼び捨て…凄い
と、そんな事を感心してる暇はなくって、回れ右で帰らないと…やばい
「私も今来たところだ、ハンジ。やあリコ、ハンジが失礼したね」
回れ右をするタイミングを逃してしまった…
また名前を呼ばれた
私の心臓がまた挙動不審になってる
あまりの衝撃に、声が出ない
「リコちゃん、座ろ?」
立ちつくす私を座らせたハンジ分隊長
…あの人の正面に
無理です…耐えられそうにない
「ハンジ、ちゃんと眼鏡弁償しただろうな?」
厳しい口調のあの人
「うん。ほら見てよ!!かわいいだろ?ピンク!!」
ハンジ分隊長はそう言って私の顔を指差す
…そうなると、当然あの人の視線は私の顔に向けられるわけで、しかも正面に座っているわけで…
私の心臓ごめん…耐えて
「でさ、ただのピンクじゃないよ!!ほら、このサイド…」
と言って、私の横の髪をさらっと分ける
「リボンがついてるんだ!!」
「かわいいじゃないか。よく似合っているよ、リコ」
そう言ってくれたあの人
そういえばまだ挨拶すらしてなかった…
最大限の勇気を総動員して、あの人を見る
…そしてすぐに目をそらす
やっぱり無理…でも
「スミス団長、こんばんは」
やっと、言葉が出た
かすれたしゃがれ声だったけど…
「こんばんは、リコ」
優しいあの人の声
思いきって前を向いた
最高の笑顔のあの人がそこにいた
「リコ、ハンジが本当に悪い事をしたね。眼鏡は勿論だが、他に怪我はなかったか?」
また、名前を呼ばれた
話してくれている内容が、なかなか頭に入ってこない…
「大丈夫です」
その一言だけ、返せた
「そうか、なら良かった」
あの人は優しくそう言ってくれた
笑顔で…
私の心臓が、また落ち着きをなくす
心臓から太鼓を叩くような音が漏れてるかも、と心配になるくらい
「エルヴィン、リヴァイのお見舞い行ってきたよ。牛乳沢山持っていったよ!!足は捻挫らしい」
ハンジ分隊長が胸を張って言った
「捻挫か、しばらくは立体機動は不可能だな。しかし牛乳を持っていくとは、また何故だ?」
そうか、私とぶつかった時に持っていたブリキ缶、やっぱり牛乳で、しかもリヴァイ兵士長への差し入れだったのか
「骨が折れてると思ってさ。牛乳飲んだら治り早そうじゃない?それに身長高くなるかもだしさ!!」
ハンジ分隊長…骨折は牛乳ではなおらないかと…
「ははは、またそうやってリヴァイをからかいに行ったわけだな」
あの人は困ったように苦笑した
「いやあ、元気だったよ…てめぇはまともに見舞いも出来ねぇのか、クソメガネ…って言われて首閉められた!!」
「ははは」
この二人、ハンジ分隊長とあの人も仲がいい
調査兵団って、上官に敬語は使わないのかな
あの人の事も呼び捨てだし
やっぱり、変わり者の集団と言われているだけあるのかもしれない
でも、何だか温かくて優しい空気に包まれている、そんな気がした
調査兵団の幹部二人に、駐屯兵団の私、という不思議としか言い様がない組み合わせの食事会
テーブルに並べられた料理を、取り分け皿に盛っていく
こういう事は、立場が一番下の者がやるのが鉄則
先ずはあの人に、続いて分隊長に、料理を盛って渡した
「ありがとう、リコ。それにひきかえハンジ、君は…」
ハンジ分隊長、私が料理を渡す前に直接大皿から料理をつまみ食いしていた
「うんまい!!」
そう言ってガッツポーズ
その姿を見て、不覚にも
「あはは」
と声を出して笑ってしまった私…
だって、ハンジ分隊長面白いから…そして何だかかわいい
「リコちゃんに笑われたっ!!」
「ははは、それは笑われて当然だ、ハンジ」
あの人も笑った
「リコちゃん笑ったら最高にかわいい!」
突然私の頬を撫でてそう言うハンジ分隊長
…自分の顔が急激に熱を帯びて、赤くなるのがわかる
恥ずかしいんですけど!?
「ああ、かわいいな」
あの人の言葉に、一瞬気が遠退いた…
あの人の言葉にますます私の顔が紅潮し、心臓の動きも激しさを増した…気がする
「リコちゃん、顔が真っ赤だよ!?まだ酒飲んでないのに」
ひい、指摘されてしまった…
ハンジ分隊長、余計な事を!
「本当に赤いな、熱でもあるのか?」
あの人の手が私の額に当てられる
ひんやりと冷たい…氷の入ったグラスを持っていたせいか
しかし、そんな事をされればますます私の顔が赤くなる
茹で蛸の様になっているかも…
「熱はないな」
「ちょっとお、エルヴィン!!私のリコちゃんに気安く触らないでくれる!?」
ハンジ分隊長…私のリコちゃんて…
「ああ、すまんついうっかり」
「セクハラするな!!審議所に訴えるぞ!!エルヴィン」
「ああ、これ以上問題を増やさんでくれよ…頼む」
あの人が頭を抱えた
「やはり、かなり厳しい状況なんですか?調査兵団は」
つい言葉に出してしまった、後悔先に立たず
出過ぎた真似だ…
「ああ、いつも厳しい状況だから慣れているけどね」
そう言ってあの人はほほえんだ
「そうそう、常に崖っぷち!!それが調査兵団!!」
胸を張って言うハンジ分隊長
「偉そうに言う話でもないと思うが…」
あの人はこめかみの辺りを指で抑えて呟いた
「まあ、なんとかするんでしょ?」
「一応、手は打った。後は…」
「行き当たりばったりの出たとこ勝負だよね」
「…ま、そういう事だな」
不敵な笑みを浮かべるハンジ分隊長と、あの人
きっと何か策を用意しているんだろう
それは私が知るべき話ではない
そう思ったから、二人から視線を外して俯いた
すると、ハンジ分隊長が私の肩にポンと手を置いた
「ごめん!料理が冷めちゃうね、食べよう!!」
「そうだな、頂こう」
「いただきます」
しばし食る事に専念することになった
赤くなった顔と、心臓の動機が収まるいい機会になりそう
「しかしハンジ、私のリコちゃんとは一体どういう意味だ?」
口に運んだスープを思わず吹きそうになった、危ない危ない…
「眼鏡繋がりで私の妹!!」
私の肩をガシッと掴むハンジ分隊長
「似ているのは眼鏡を掛けている所だけだが」
首を傾げるあの人
「かわいい所も似ているよ」
「…すまんハンジ、聞こえなかった」
「だから、かわいい所がだね!!」
「ああ、持病の耳鳴りが…」
「エルヴィン…!?そんな持病持ってないよね!?」
そんな二人のやり取りを見て、また私としたことが
「あはは」
と笑ってしまった
「やっぱりかわいい!!」
ハンジ分隊長が私の頬に頬擦りした
恥ずかしかったが、嫌ではなかった
「ハンジ分隊長はかわいいと思います。私はかわいくないです」
また余計な事を言ってしまった
今日の私は何かが変だな
「リコ、君は可愛い。ハンジは…まあ可愛い…のかな?」
あの人が私を可愛いといった
さっきも言ってくれた…お世辞でも嬉しい
「リコちゃんにかわいいと言われた!!」
ハンジ分隊長はガッツポーズをした
もしかしてオーストラリアの人…?
とにかく続き期待
「あ、そうそうリコちゃん!!私の事はハンジちゃんて呼んでくれていいよ!!」
またとんでもない要求をしてくるなあ…
そんな呼び方できるわけない
「それは無理です、ハンジ分隊長」
きっぱりお断りした
「ハンジ、無茶言うんじゃない。君にちゃん付けは無理だ」
あの人がやんわり苦言を呈する
「えー、呼ばれてみたかったのに…」
頬を膨らまして拗ねるハンジ分隊長
「あと、リコの事もちゃん付けは辞めたらどうだ?駐屯兵団の精鋭部隊の班長だぞ、リコは」
「え~!!リコちゃんて呼ぶのも駄目なのかな…?」
ハンジ分隊長、私を上目遣いで見てる
目でお願いお願いって言ってるのがわかる…
「…現場でなければ、構いませんよ、それでも」
さすがに部下の前でリコちゃんは厳しいけど、普段なら構わないかな?と思ったから
それに、ハンジ分隊長のお願いは何故か断れなかった
「じゃあ、私の事はゾエちゃんで!!」
「却下だ、ハンジ!!しつこい!!」
ついにあの人に叱られたハンジ分隊長だった
>>72
はい、そうです!
料理はとても美味しい
でも何だか胸がいっぱい
勿論食べられる時に食べる、は当たり前だからなるべくバランス良く口に運ぶようにした
「リコ、酒は飲まないか?」
あの人がお酒の瓶を片手に聞いてきた
「少し、いただきます」
私が手にしたグラスにお酒を注いでくれるあの人
…まさかこんな日が来ようとは、夢にも思ってなかった
お酒を口に含むと、冷たくて少し甘くておいしい
「おっリコちゃんいける口~!」
ハンジ分隊長は先程から瓶一本軽く空けている
「ハンジ、君は飲みすぎだ。明日も忙しいぞ?」
あの人が心配そうな顔をする
「モブリットが今日はゆっくりどうぞって言ったからいいの~」
うふふ、と笑うハンジ分隊長は、何だか色気がある
「あまり副官を困らすなよ、ハンジ」
「はいは~い」
といいながら、2本目の瓶の栓をあけた
「リコちゃんはさあ、飲んで酔っぱらったらどうなるの?」
私の頬をつつきながら聞いてくるハンジ分隊長
うーん、酔うほど飲んだ事がないかも
「酔う前に、眠たくなります」
「ええっ!!それは危ない!!でもかわいい!!」
ハンジ分隊長、何故か悶えている
何がかわいいんだろ?
「酒飲まされて、寝ちゃったら狼どもが襲ってくるよ!!かわいいんだから!!」
ハンジ分隊長、まだ私の頬をつついて遊んでる
「普段はあまり飲まないので、大丈夫です」
酒に飲まれるなんて兵士としては失格だしね
でも今日は、折角あの人についでもらったんだから飲まなきゃ
「今日は私達がいるから大丈夫だよ。無理しない程度に飲むといい」
あの人は穏やかな笑みを浮かべてそう言った
「は、はい」
また、心臓が落ち着きをなくしはじめた
少しは慣れたと思ったけど、あの人の笑顔には何か魔力でもあるのか…
顔も熱を帯びてきた、幸いお酒のせいにできるから良かった
「エルヴィンが送り狼になったりして、ねぇ~!?」
ハンジ分隊長がいたずらっぽく言う
「ははは、そんなことしようものならそれこそ審議所行きだな」
あの人はそう言って、空になった私の事はグラスに酒を注いだ
「眠らせる気まんまんじゃないか!!エルヴィン」
「まだ寝ません、大丈夫です」
私はそう言って、また口に酒を運んだ
「ああー食べた食べた!!」
テーブルの料理を殆ど三人で片付けて、お酒で一息つく
ハンジ分隊長はお酒もガブガブ飲んで、食事もかなり食べている
体はスマートに見えるんだけど、一体どこに料理が入ってるんだろ
「久々にまともな食事をしたな」
「エルヴィンは今日呼び出さなきゃ、また部屋に籠ってガサゴソしてて、ろくな物食べなかっただろうからさ、無理にでも呼び出して良かったよ」
なるほど、忙しいのには変わりないんだ
「忙しいとはいえ、しっかり食べなきゃ体が持ちませんしね」
私の言葉にうんうんと頷くハンジ分隊長
「しっかり食べなきゃ体がじいさんになって使い物にならなくなるよ!」
眉間にシワを寄せて言うハンジ分隊長
「ははは、それは困るな」
あの人はテーブルに片手で頬杖をついて、微笑みながら答えた
あの人はおじいさんになってもきっと素敵だと思う
…そう心の中で思っただけなはずなのに
「スミス団長はおじいさんになってもきっと素敵です」
ってなに言ってる私!?
つい口が滑った…お酒のせいかも
収まっていた心臓の動機が、また激しくなってきた
「リコにそう言って貰えて、歳を取るのが楽しみになったよ」
たぶんかなりの茹で蛸状態になっている私に、優しくそう言ってくれた
「リコちゃんはエルヴィンに甘いなあ!!じじいクソくらえぐらい言ってやらなきゃ!!」
「クソくらえって…ハンジ、君は一応女性なんだから言葉使いをなんとかしたらどうだ」
はぁ、とため息をつくあの人
片手で頬杖、片手はお酒のグラス
スケッチブックがあれば描きたいくらい、絵になる
…絵にはきっと表せないだろうけど…あの人の素敵さは
「団長を見習って口が悪くなった!!団長の育て方が悪い!!」
「君の口調まで育てた覚えはないぞ?ああわかった、リヴァイと一緒にいるからそうなるのか。仲良しだしな」
「仲良しじゃないよ!?腐れ縁なだけさ」
そんな二人のやり取りをぼんやり眺めながら、私も両手で頬杖をついた
目を閉じた
場違いだったはずなのに、何故か心地いいこの空間に包まれて…
…あの人が、私の頭を撫でている
可愛いと、そう言って
春風満面、幸せに心が躍る…
「うぅーん…」
うっすら目を開けた
見慣れた天井
辺りを見回す…見慣れた私の部屋
そうか、夢だったのか
夢ならもう一度寝たら、続きが見れるかな…
また目を閉じようとした
「はっ!えっ!?」
がばっと体をベッドから起こす
我に返った
そうだ、昨日思いがけなくあの人とハンジ分隊長と食事して、飲んで…
そこから記憶がない…
服は昨日のままだ
ボタンは二つほど外れていたけど…
「ええっと…思い出せ思い出せ…」
呪文のように言い聞かせたが、全く思い出せない
「やってしまった…」
あろうことか、酒に飲まれてしまったみたい
…というか、ここに連れてきて寝かせてくれたのは、だれ?
顔面が蒼白になった
思い出せないものは仕方がない…
時計を見た、七時だ
朝食の時間
良かった、今日の任務には間に合う
急いで制服に着替えた
ふと机を見ると、小さな紙袋と眼鏡ケース、それと小さな紙が置かれていた
紙袋を開けると、中にはもう一つ眼鏡ケース
取り出して開けると、普段に着けている眼鏡と同じタイプの眼鏡が入っていた
それを顔に装着し、小さな紙を見る
《昨日は楽しかったね!!寝ちゃうまで飲ませてごめん。ちゃんと部屋まで送り届けたから安心して。ちなみに、エルヴィンがリコちゃんの寝顔を可愛いと言って頭撫でてたから、審議所に訴えておくね☆
ハンジ・ゾエ》
げっ!!とりあえず安心はしたけど、寝顔が可愛いって…
どんな顔で寝てたのかな…自分で把握できないから不安しかない…
顔が限界まで赤くなった…と思う
洗面所に駆け込んで顔を水で洗って、少しでも赤みを柔げる努力に勤しむ事にした
やっと顔の赤みが治まって、食堂に行った
いつもの席に着いて、トレイの上のパンに手を伸ばす
視線を感じて振り向くと、いつも隣で食事をする兵士がこちらを見ていた
「おはようございます、リコ班長」
「おはよう」
挨拶だけ交わし、また視線を食事に向けた
「あの、昨日の夜…」
その兵士が小声で聞き捨てならぬことを言った
「な、何?」
ドキッとした
「ハンジ分隊長とエルヴィン団長と出掛けられていたんですか」
兵士は私にだけ聞こえるように、耳元に顔を近づけてそう言った
「ああ、そうだよ」
「私は昨夜たまたま兵舎の門の見回り当番でして…リコ班長はエルヴィン団長に背負われて帰ってこられて」
うわ…部下に凄い失態を見られた…
しかもあの人におんぶされていたとは…
絶句していると、兵士が話を続けた
「ハンジ分隊長が、部屋まで案内して、と仰いましたので、部屋にお連れしました」
「そう」
「寝静まっていたので、多分私しか見ていないと思います」
「ありがとう…迷惑かけたね」
少しホッとした…でもこの兵士には見られちゃった…
まあ仕方ない、自分を律することが出来なかった私が悪い…
とんだ大失態を演じてしまった
部下に対して全く申し訳が立たない
はぁ、とため息がもれた
柄にもなく浮かれていた
その一言に尽きるだろう
…でも、浮かれるのも仕方がないとも思う
あの人とまた話ができて、食事をご一緒できて、お酒をついでもらって…
有り得ない経験をさせてもらったのだから
昨日はきっと神様がくれたご褒美とでも思って、今日からまた自分を律する努力をしよう
…待って?私は神様など一度も信じたことがないのに
やっぱり私の中で何かが変わった?
いかんいかん!!
しっかりしろ、自分!
両頬をバチンと音をさせて両手で叩いたら、隣の兵士が目を丸くして驚いてた
…さっさと食べて任務につこう
今日の任務は、トロスト区の壁の哨戒任務
そして、ピクシス司令から召集がかかっていた
壁の哨戒任務は特別変わった事もなく、平穏に過ぎる
班員を昼食に行かせ、私は一人トロスト区の駐屯兵団本部へ向かう
トロスト区は以前の戦いでかなり損傷を受けており、建物の修理なども行われてはいるが、なかなか進まないのが現実だった
人々も疲弊しているのだ
もしこのまま巨人という存在が人々の精神までも犯し続けたら、人類はどうなるだろう
ウォールマリアはいとも簡単に破壊された
巨人がその気になれば、ウォールローゼも…
そうなれば、人類は…
大変な事になるのは解っていても、だからどうしたら良いのかが、私には考えが及ばなかった
駐屯兵団本部の司令室
入室すると、すでに班長、部隊長クラスの面々が顔を揃えていた
ピクシス司令はまだいない
「よう、リコ。久々じゃねぇか?」
と声を掛けてきたのはハンネス
私の頭を撫でながら…会うといつもそうされる
「ちょっとハンネス、やめて」
慌てて手を振り払う
「撫でやすいからついうっかりな」
だははと笑うハンネス
私は背は低いけど子どもじゃないのに…
憤慨しかけた所で扉が開く
ピクシス司令とアンカが入ってきた
「全員敬礼!!」
その誰かの言葉に従い敬礼をする
ピクシス司令が敬礼を返す
アンカがチラリと私を見てウインクした
司令は窓際にある執務机に向かいながら話し始めた
「すでにお前たちも耳にしていると思うが、調査兵団の幹部と、エレンの王都召集が決まった。明後日じゃ」
周囲がざわつく
召集が決まったのは知っていたが、えらく早急だ
「そこで、護送団の警備の任務に、各々就いてもらう。詳しくは指示書に記載されておる通りじゃ。目を通しておいてくれ」
アンカが指示書を配っていく
目を通す
私の班はストヘス区外壁待機…
「では、明日は予定通り勤務をこなしてくれ。以上、解散」
ピクシス司令はそう言うと、胸ポケットから酒を取り出して…アンカに奪われる
「少し飲ませてくれんかのぉ…」
「だめです。先程少し飲みましたよね!?私の目を盗んで!!」
ははは、と皆が笑い、緊張感のあった雰囲気が和らぐ
そして各々、各自の任務につくため解散した
司令室を出ると、後ろから声がかかった
「リコ!!」
アンカだ
振り向くと、司令室の扉を閉めてこちらに歩み寄ってきた
「アンカ、どうしたの?」
「リコ、調査兵団が大変な事になっちゃったね。スミス団長も…」
アンカが心配そうにそう言った
「うん、そうだね」
昨日のあの人の話では、何か手は打っているみたいだけど…
その事をアンカが知っているかはわからないけど、今言うべきではないよね
アンカはしばらく私の顔をじっと見ていたが、にっこり笑って言った
「リコ、午後からはどこの任務?」
「トロスト区の壁上なんだ」
「わ、いいな~壁の上!!気を付けてね?」
アンカはそう言って私の顔を覗きこんだ
「今度休暇が合ったら、また一緒に出掛けようね?」
「了解、アンカ」
アンカは手を振って、司令室に戻っていった
アンカ、多分私のあの人への気持ちに気が付いてるから、何か聞きたかったのかもな…
でも、もう自分を律すると決めたから、何も言わない、というか言えない…
口に出したら、思い出したら、またおかしくなりそうだから
期待
少し遅めの昼食は、サンドイッチとコーヒーを買って、壁の上で食べる事にした
普段は壁の上で食べるなどしないが、交代時間までまだ少しあるし、かといって食べに行く暇があるほど時間はない
壁の上では、班員達が大砲の点検と、壁外の様子の確認を行っていた
私の姿を見つけた兵士がこちらに向かって走りよってくる
「リコ班長、ご苦労様です!!今のところ異常は確認できません」
敬礼をしてハキハキと伝える
「そう、ご苦労。はい差し入れ」
人数分買ってきたコーヒーを兵士に手渡す
「班長ありがとうございます!!お~い皆、班長から差し入れだぞ!!」
と言いながら、他の班員にコーヒーを配りに行った
ふぅ、と息をついて、壁の上に座り込む
サンドイッチを口に放り込む
うん、美味しい
コーヒーは…しまった、砂糖を入れ忘れて苦い…
勿体ないから我慢して飲もう
「班長、ピクシス司令のお話って何でしたか?」
一人の班員が突然後ろから話し掛けてきた
「んっ!?ゴホゴホッ…」
びっくりして、口に入れていたサンドイッチの欠片を喉に詰めた
「わ、班長すみません、水、水!!」
班員が慌てて私の背中をトントンと叩きながら、水を口に入れてくれた
「ん…はぁ~」
喉のつっかえが取れて深呼吸をする
「班長すみません、すみません!!」
班員が土下座で謝ってる
私はそんなに怖いのか…?
「もう大丈夫だよ。そんなに謝らなくていいから」
泣きそうになってる班員の肩をポンと叩く
「了解です、すみませんでした!!」
「…また謝った…私はそんなに怖いわけ?」
兵士がまた頭を下げる
「いえっ、怖くないです、すみません!!リコ班長!!」
また謝った…ちょっと面白い…かも
「あはは、謝りすぎだから」
思わず笑ってしまった
班員はびっくりしたのか、私の顔を目を大きくして見つめたが、やがて照れ笑いに変わった
「班長…笑うとその…いえなんでもないです!!」
と言って走って大砲の点検に戻った
…結局質問の答え聞いてないじゃない…
「班長、ピクシス司令のお話って何でしたか?」
一人の班員が突然後ろから話し掛けてきた
「んっ!?ゴホゴホッ…」
びっくりして、口に入れていたサンドイッチの欠片を喉に詰めた
「わ、班長すみません、水、水!!」
班員が慌てて私の背中をトントンと叩きながら、水を口に入れてくれた
「ん…はぁ~」
喉のつっかえが取れて深呼吸をする
「班長すみません、すみません!!」
班員が土下座で謝ってる
私はそんなに怖いのか…?
「もう大丈夫だよ。そんなに謝らなくていいから」
泣きそうになってる班員の肩をポンと叩く
「了解です、すみませんでした!!」
「…また謝った…私はそんなに怖いわけ?」
兵士がまた頭を下げる
「いえっ、怖くないです、すみません!!リコ班長!!」
また謝った…ちょっと面白い…かも
「あはは、謝りすぎだから」
思わず笑ってしまった
班員はびっくりしたのか、私の顔を目を大きくして見つめたが、やがて照れ笑いに変わった
「班長…笑うとその…いえなんでもないです!!」
と言って走って大砲の点検に戻った
…結局質問の答え聞いてないし…
>> 90は二重投稿です、飛ばして下さい、すみません
夕方まで壁上任務をこなし、交代時間になったのでリフトで下に降りた
リフトの中で、明後日の任務について説明する
「しかし、護送団につくのは憲兵ですよね、我々も必要になるとは思えませんが…」
班員が疑問を呈する
「不測の事態に備えて、とあるからね。何が起こるかは私にはわからないけれど、油断はせず備えよう」
と言う私の言葉に、班員たちは敬礼で答えた
正直な話、私にも不測の事態なんて起こるはずがないと思えるんだけど、昨日の話…あの人とハンジ分隊長の話もあったし、万が一何かがあれば、少しでも事態を好転させられたらいいな、と思う
ま、私の力なんかで事態を動かすのは無理だけど、きっと何か出来ることがあるはずだ
あの人…私をおぶって部屋まで送ってくれたあの人…いつも、嵐の真ん中にいるような人
きっとハンジ分隊長や、リヴァイ兵士長などの優秀な部下があの人を守るだろう
あの人は本当に慕われているから
私には、あの人を守れる強さはない…
乙、ストヘス区の女型捕獲戦か
エルヴィンすら出番少ないけどリコをどう絡めるのか展開が全く読めない
ので楽しみに待ってる
壁から降りて班員たちを解散させると、一人商店街に向かう
生活必需品で足りない物があったからだ
夕暮れ時から夜に移り変わる時間
食事処や露店からは食べ物の良い匂いが漂ってきて、食欲を誘う
活気があるとは言い難いが、それでも出来うる限り食事を楽しむ人々がいる
買い物をさっさと終えて、帰路につく
食事処では、駐屯兵団の制服もちらほら見られた
勤務終わりに酒でもひっかけているのだろう
お酒…暫くは飲まない
昨夜の失態で、懲りたから
思い出すだけで顔が赤くなる…
しかし、明後日の王都召集
調査兵団がどうなるかわからないし、あの人も処罰の対象になりそうだし、エレンは処刑になる可能性が高そうだ
明後日は、指示書によるとある程度班長に行動を任せるとあった
その辺りの判断を委ねられると言う事は、責任重大だ
あらゆる可能性を想定していなければならないのだろうけど、ほんとに予想がつかない
やっぱり現場で判断するしかなさそうだ
そんな事を考えながら歩いていると、聞き覚えのある声がした
「だから~おんぶしてあげるって!!」
「いらねぇクソメガネ」
「遠慮はいらないよ~大事な体だからさ、リヴァイ一人の体じゃないんだよ!?」
「邪魔だ、クソメガネ」
また、会ってしまった
調査兵団…ハンジ分隊長とリヴァイ兵士長
なんでこんな時にこんな所をうろうろしてるの…?
周囲の人間が遠巻きにそのやり取りを見ている
私は気が付かれないようにそーっと立ち去る事にした
あと一息、という所で…
「リコちゃん!!じゃなくてリコ!!」
ハンジ分隊長が、駐屯兵団の制服をばっちり着用してる私を、リコちゃんと呼びとめた…
勿論、周囲の視線も私に移動する…
「いやあ、昨日はごめんね!?今日は勤務だったんだね。ご苦労様!!」
「昨日は送って頂いて、ありがとうございました。すみませんでした」
ぺこっと頭を下げる
「いいのいいの!!そんなこと!!今日はリヴァイの病院に付き合ってやってたんだ~寂しいって言うからさぁ」
「…一言も言ってねぇが…」
不機嫌そうなリヴァイ兵士長…
「リヴァイ兵士長、脚の具合は大丈夫ですか」
とりあえず、差し障りのない会話を投げた
「大丈夫だ。あー、チビメガネ」
…ん?何か言われた気がしたんだけど…?
チビメガネ…?
「リヴァイ!!名前知らなかったっけ…?この間会ったんじゃなかったのか?」
「名前は聞いたが、忘れた」
「ばかだなあ!!それにさっきリコって私が言ったろ?」
眉をひそめるハンジ分隊長
「ばかじゃねぇよ、クソメガネ。お前はクソメガネで、そっちの駐屯兵団はチビメガネだ」
チビって、あんたに言われたくないぞ…?
「リヴァイ、あんた人にチビなんて言う資格ないだろ!?」
「うるせぇ、俺よりチビじゃねえか」
「相変わらず背丈に拘るねぇ…」
ため息をつくハンジ分隊長
「拘ってねえ!!それより急がねぇとやばいぞ」
そうだ、この人たちはこんなところでコントじみたことをやってる暇はないはず
「私はこの辺で失礼します」
二人に頭を下げて今度こそ立ち去る
「リコ、今度また遊んでね!!」
ハンジ分隊長の言葉に振り返り、もう一度会釈をした
兵舎に帰宅する頃にはすっかり日が暮れていた
買い物袋を部屋に置き、ジャケットを脱ぎ、ベッドに腰かける
指示書にもう一度目を通す
何度読み直しても、不測の事態が起こるようにはやはり思えなかった
けど、何かが起こるような気だけはした
エレンの存在を危険だと思う
だけど、私の目の前で命を賭して戦ったエレンは、確かに人類に初めて希望の光をもたらした
…沢山の犠牲は孕んだが
処刑されて良いものなのか?
わからない…
先のトロスト区奪還作戦では、仲間の判断のお陰で作戦自体は成功した
私の判断では到底その成功は掴めなかっただろう
きっとその判断を下した仲間と、私のどこか根本に違いがあるんだろう
それが何かはわからない…だけど
私はその仲間が託してくれた希望を、守りたい
その気持ちだけは本当だ
必死に足掻こう
あの時そう決めたのだから
今日の夕食は温かい野菜スープトマト煮込み、肉は無し
しかし、デザートにプリンがついてる!!
ちょっと嬉しい
野菜スープを飲もうとする
眼鏡が曇るが、今日はプリンのお陰か苛つかない
眼鏡を外した
トマト煮込みにパンをちぎって浸す
それを口に入れる
「うんまい」
つい言ってしまった、ハンジ分隊長の真似…
なんだか可愛くて、耳に残ってたんだよね
案の定、いつもの隣の兵士がギョッとした表情で私を見た
「リコ班長もそんな風に言うんですね」
ギョッとした顔は一瞬で、兵士ははにかんだ様な笑みを浮かべてそう言った
「変かな」
私がそう問うと、兵士は頭を横に振った
「いいえ、か、可愛いと思いますよ」
今度は私がギョッとする番だった
「変じゃないなら良かった」
俯いて、食事に集中する事にした
まさかここで可愛いとか言われるとは…恥ずかしいじゃない
「ご馳走さまでしたっ!!」
と隣の兵士は凄く威勢良く言うと、食堂から出ていった
…道すがら他の兵士につつかれていた様だけど…
折角の絶品トマト煮込み…
ゆっくり食事をしようと思ったが、周りの視線が何となく気になったので、プリン以外をさっさと平らげた
プリンは部屋でゆっくり食べよう…
部屋に戻ると、机にプリンを置き椅子に腰を下ろした
「はぁ~何だか疲れたな…まさか可愛いといわれるなんて」
ため息をついた
鏡を見なくてもわかる、顔が赤くなってるのが
恥ずかしかったからね…
周りの兵士達も見てたし
でも、不思議と嫌ではなかった
ただほんとに恥ずかしかっただけ
プリンをスプーンで掬って一口食べる
「うんまい!!」
また言っちゃった
ハンジ分隊長も、あの人も、明後日に向けて忙しいんだろうな
そういえば、リヴァイ兵士長…チビメガネはないよ…
今度言われたら、何か言い返してみようかな?
パジャマに着替えて、買い物の荷物を片付けた
ハンジ分隊長が書いてくれた机の上のメモも、手紙入れになおした
そういえば、朝あの兵士が言うには私はあの人におんぶされてたんだよね…
なんて迷惑かけてるんだろう
あの店からここまで、結構距離あるのに
恥ずかしいし、申し訳ないし…
次にもし話す機会があったら、謝らなきゃな…
ベッドに横になる
…次にまた話す機会、あったらいいな
そのまま目を閉じた
いい夢見れますように
乙です
いつも覗いてます
翌朝、昨日出来なかった…というか忘れていたジョギングに精を出す
やっぱり朝から体を動かすのは気持ちがいい
それに身も心も引き締まる気がする
「ふぅ~」
ノルマより少し長い時間走って、座り込む
ついでにストレッチもしておく
今日はカラネス区の哨戒
昼食時に班員を集めて、明日の任務についての最終確認
そしてそのままカラネス区の駐屯兵団兵舎に泊まる
明日の早朝にはストヘス区に移動しなければならないからだ
忙しい一日になりそう
頑張らなきゃね
朝食は軽く済ませて、部屋で荷物をまとめる
一日泊まれる準備だ
ささっと鞄に積めていると、扉がノックされた
「どうぞ」
「リコ班長、ピクシス司令から伝令です!!」
ドアを開けると兵士が封書を持って立っていた
「ありがとう」
受け取って扉をしめ、封書を確認する
「…女型の巨人?」
という言葉が書かれていた
奇行種ではない、知性のある巨人
要するに、エレンと同じか
中身が人間…か
その女形巨人の捕獲に先日、調査兵団は失敗した
どこに隠れているかわからないが、今も人間に紛れてどこかに存在しているから、油断なきよう、と書かれていた
実は、先日から駐屯兵団内でも噂になってはいた
他にも巨人になれる人間がいるんじゃないかと
…ほんとうにいたのか
いつ寝首をかかれるか、わからないんだ、人類は
言い様の無い不安感をつのらせつつも、足掻いてやる気持ちは変わらなかった
カラネス区に到着し、宿舎に荷物を置いたあと、カラネス区内門に向かう
道すがら、町の様子を確認する
トロスト区と比べてやはり賑やかである
道行く人々も明るく、活気に満ち溢れている
巨人に町を蹂躙される前は、トロスト区もカラネス以上に賑やかだった
そうだ。いつどこで、誰が何のために壁を壊すのかわからない今、この活気も一瞬にして泡のように消え去る事態も起こりうる
明日、何が起こる?
何かが起こるのか?起こらないのか?
幾度となく考えを巡らせたが、相変わらず答を導き出す事は出来ずにいた
はぁ、とため息をついた
本日1度目
そういえば、最近ため息の数が減った気がする
…気のせいかもだけど
とりあえず、答えは出なくても思考だけは止めずにいよう
考える事を放棄する事だけはしないでおこう
それが今の私に出来ることだから
カラネス区の内門の警備任務を班員に任せ、区内の巡回を行う
今日は女性班員と二人で巡回だ
私の後をスキップしながらついてくる
「ちょっと、スキップしない」
と窘める
「わ、すみませんリコ班長!!ついつい…楽しくって」
この子は街の巡回が好きだ
雑貨屋や洋品店を見ては目を輝かせている…仕事中なんだけどね?
「駐屯兵団の制服着てるんだから、スキップは目立つよ」
「はい、班長!!」
大きな声で返事をし、敬礼する
素直で可愛い子だ
「リコ班長、あれ見てくださいよ!!」
班員が指差す方向には洋品店がある
「あのワンピース、可愛くないですか!?絶対可愛い!」
だから今仕事中だというのに…
窘めようとした時
「リコ班長に絶対似合う!!」
と私とワンピースを交互に指差す
「似合うわけないじゃない」
即答する私
「えー!!似合いますって!!」
「似合わない」
「試着しましょうよ!!」
「仕事中だよ!?ばか」
「絶対似合うのになぁ~」
まだ未練たらたら私の顔を見ている班員
「絶対似合わない」
「班長可愛いから、あんなワンピース着たら男どもを総なめ出来ますよぉ!!」
ブッ…盛大に吹いた
何言ってるんだこの子は…
「冗談言ってないで、ちゃんと巡回して…?」
「冗談じゃなくて本気なんですけど…」
恨めしげな目付きの班員
「わかった、わかったから仕事して」
「じゃあ、仕事頑張ったらワンピース着てくださいね!?」
「何言ってんの!?ばか!!」
軽くゲンコツで小突いてやった
「じゃあ、明日の任務頑張ったら、ワンピース着てください!!」
「どんな罰ゲームなんだ!?」
「罰ゲームじゃないですってば!!」
結局巡回中、着る着ないの押し問答が続いた…
「じゃあ、約束ですよ!?」
「…はいはい」
結局班員に押しきられる形で、明日の任務を凄く頑張ったら、ワンピースを着ると約束させられてしまった…
罰ゲームとしか思えないが、余りにもしつこいので了承せざるを得なかった
まあ、班員が凄く嬉しそうだったからいいか…
と思ったのだが
「リコ班長が明日凄く頑張ったらワンピース着てくれるから、皆頑張ろ~!」
って何言ってる!?
他の班員たちに…
「本当か!?」
「よし、やってやる」
「頑張ろうぜ、おい!!」
気合いを漲らせる班員達
「ちょっと!あんた達!もう、ばか!!」
私は頭を抱えるしかなかった…
カラネス区の任務を終えて、班員と共に宿舎へ帰還した
夕食後、明日の打ち合わせを行う
私の部屋に班員を集めた
「ピクシス司令から、今朝伝令が届いた」
班員達に封書を渡す
「女型の巨人…」
「中身が人間の巨人、やっぱりいたんだな」
「どこに潜んでるだろ…怖い…」
皆口々に不安を漏らす
それはそうだ
壁の外ではなく、内側にも巨人がいると書かれているんだから
しかも普通の巨人とは違って、知性を持っているらしい…エレンと同じだ
敵にするならあまりにもやっかいだ
ただ、不安ばかり口にしても仕方がない
建設的に話し合わないと
「その伝令が明日のストヘス区に関係があるのかはわからないが、正直な話、いつ何時巨人が現れても可笑しくない事はわかるよね?」
班員達は不安そうにしながらも、頷く
「だから、常に用心しよう。そして自分が出来る範囲で考えて行動しよう。言っておくが…」
ここで班員達の顔を一人一人見据える
「無茶はしないで。自分の出来ることを精一杯考えよう、私もそうするから」
「はい!!班長!!」
皆の瞳に力が宿ったように見えた
班員達が各自部屋に戻っていくと、急に眠気が襲ってきた
だが、まだ寝るわけにはいかない
眠たくて、今にも落ちてきそうなまぶたを必死に上げながら、明日の服や立体機動装置などの用意をした
パジャマに着替えてベッドに飛び込む
不安を紛らわすための、ベッドダイブ
ついに明日だ
運命の日
調査兵団がどうなるのか
エレンは、リヴァイ兵士長は
そしてあの人は…?
逮捕されたりするのかな…
胸が締め付けられる様な気がした
「ふぅー」
大きく深呼吸する
落ち着こう、私が心配して事態が変わるわけじゃない
だけど、やっぱり心配…
どうか大事には至りませんように
翌朝、ストヘス区外壁上に立体機動装置を取り付けた班員を引き連れて任務についた
全員に単眼鏡を持たせている
皆緊張した面持ちで単眼鏡を覗いたり、大砲の整備をしたりしている
もうすぐ、憲兵団に護送されるエレンやあの人が真下を通る
そのまま中央大通りを通り、王都ミットラスに向かう
「護送団が見えてきました!」
班員の言葉に単眼鏡を覗くと、確かに二台の馬車がこちらに向かって来ているのがわかる
憲兵が先導し、道の左右には駐屯兵団の兵士が待機している
ストヘス区の門から中は、憲兵団の兵士達が左右に別れて整列していた
護送団の先頭で馬を操っているのは、憲兵団師団長ナイル・ドークだ
あの人とは犬猿の仲に見える…端から見れば、だが
二台の馬車には、多分あの人とエレンが乗っているんだろう
胸が締め付けられそうになるのを、ぐっと唇をかんで耐える
そうこうする間に護送団は門をくぐり、中央大通りを進んで行った
遠くに過ぎ去って行く馬車を眺めている
ストヘス区は建物が入り組んでおり、しばらくすると大通りをそれたのか、護送団は見えなくなった
「とりあえず、無事済んだようですね、この任務」
班員がふぅっと息をつく
「緊張したけど、何も無さそうだよね」
班員達から安堵の声が洩れる
「油断はしてはいけない、昨日話したよね?」
私は単眼鏡を覗きながら班員に言った
「はい、すみません班長!!」
「いつ何が起こるかわからない、ですよね」
「うん。だから警戒は怠らないで」
私の言葉に班員達はまた視線をストヘス区内に向ける
その時だった
ドオォォォォ!!
大音響が、ストヘス区内に鳴り響いた
同時に稲妻のような光りが地面を揺らした
「な、なんだ?!」
班員達が慌て出す
区内を目視すると、北の方で立ち上る煙が見えた
単眼鏡で確認すると…
「リコ班長!!巨人です!!巨人が現れました!」
「あれが、女型…」
全員が呆気に取られた
単眼鏡で確認すると、女型の巨人は地面を踏み潰すかのような動作をしていた
周りには…まだ民間人がいた
避難が追い付いていない?
やがて、またドオォォォォ!!という音と共に、二体目の巨人が出現あれは…
「エレンだ」
私はそう呟いた
女型とエレンは建物を薙ぎ倒しながら戦う
まさに、縦横無尽に
区内のあちこちに煙が上がる
その建物には、道には、まだ民間人が…
調査兵団らしき兵士たちがあちこちで避難誘導をしているが、追い付いていない
憲兵団は何をやっているんだ!?
「班長、どうしますか?」
「班長、指示を!!」
私は考えを巡らせる
女型と戦う…?いや、私たちでは無理だろう、足手纏いになりかねない
ならば何ができる?
…私たちにも出来ることがあった
「壁を立体機動で降り、民間人の避難を最優先に行う!!女型とは戦うな!!」
ストヘス区内を指差し、叫ぶ
「立体機動をストヘス区内で使用しても構いませんか?」
班員の質問に矢継ぎ早に答える
「緊急事態だ。一人でも多くの人を助けるためだ。ピクシス司令からも任されている。心配いらない!!絶対に無理はするなよ!?さあ、行くぞ!!」
「了解!」
班員に檄を飛ばし、自ら先陣をきってアンカーを射出して壁を降りた
各々散らばって、避難が遅れた民間人を探す
立体機動で移動している間にも、憲兵は屋根の上でぼーっとしているようにみえる
慌てて立体機動装置を装着している集団もいる
…手際、悪すぎ…エリートなんじゃないの!?
心の中で毒づきながら、角を曲がると、民間人が道をふらふら歩いていた
まだ子どものようだ
身なりがいい
貴族か、有力商人の子かな
とりあえず道に降り立った
「君、大丈夫?怪我はない?」
子ども…少女の肩を抱いて顔を覗く
顔には血の跡がついてはいるものの、怪我は無さそうだ
少女は瞳に涙を溜めていた
何も言わない、ただ私を見つめていた
「とりあえず、誰かに預けなきゃ…憲兵を探そう」
片手に少女をしっかり抱いた
「暴れないでつかまっていてね」
「…はい」
やっと言葉を発した少女は頷く
アンカ―を射出して、立体機動で屋根に上る
憲兵が集まっている場所が近くにあったので、そこに向かうことにした
その間にも避難していない民間人がいたので、誘導しておく
少女を抱いたまま、憲兵がいる場所についた
憲兵が集まっている場所には、調査兵団もいた
憲兵が集まっているはずだ、護送団の一行だった
ナイル・ドーク師団長に、あの人もいる
あの人には手錠が掛けられていた
強く唇をかんだ、多分血が出たと思うが気にしない
「駐屯兵団が何の用だ?!お前は誰だ」
と私に詰め寄る師団長
答えようとすると
「駐屯兵第一師団精鋭部隊班長、リコ・ブレツェンスカ
だ」
あの人が代わりに答えた
「エルヴィン、知り合いか、こいつも仕込んでたのか?この馬鹿げた作戦に」
「知り合いだが、作戦には無関係だ。ピクシス司令の指示だろう」
「ナイル師団長、この子をよろしくお願いします」
時は一刻を争う
ここで話を聞いてる暇はない
何故か離れたがらない少女を諭し、師団長に押し付けた
「貴様、立体機動の許可は…」
「ピクシス司令から頂いております。それに…憲兵の皆さんが立体機動装置着用に手間取っておられたので、自ら避難誘導するのがスムーズかと思いました」
敬礼をして言ってやった
ナイル師団長、不服そうだったが言い返してこなかった
「憲兵と協力して、避難誘導に勤めてくれ」
ため息混じりにそう言った
「了解いたしました。では失礼します」
敬礼をし、踵を返す私の後ろから声が掛かる
「リコ」
あの人の声
振り向いたら、真剣な眼差しで私を見つめていた
「気を付けてな」
あの人の手に嵌められた手錠は腹立たしいが、その瞳は力強く輝いている様に見えた
気合いの入った敬礼を返事がわりに、今度こそ踵を返した
立体機動を駆使して、町中を飛び回る
巨人同士の戦いはどうやら南側に移動しつつあるようだ
民間人に、街の北側に移動するように伝えつつ、南側に向かう
南側にまだ民間人がいれば危ない
「班長!!」
横合いから声がした
「よかった、無事だったんだね」
班員が屋根の上にいた
「民間人は、南側には少ないようです。避難誘導を調査兵団がしていたようで。立体機動をつけていない憲兵ならまだいましたが…」
呆れた表情の班員
「そうか、取りこぼしがないか確認しよう。南側に戦いが以降しつつある。充分気を付けて」
「了解!班長!!」
班員は力強く敬礼をすると、立体機動で飛んでいった
私もアンカーを射出する
そういえば、馬鹿げた作戦って師団長が言ってたけど、女型とエレンの戦いが仕組まれたものだっていう意味なのかな…?
その作戦を実行したのが、あの人って事?
民間人にも被害が及ぶ作戦…
もしそうだとしたら…だめだ、私にはやっぱりわからない…
当初の予定通り、自分が出来ることをしよう
女型対エレンの、南側での戦いは熾烈を極めた
轟く咆哮が地面を、空気を揺らす
時折建物の破片が飛んでくる、当たり所が悪ければ死ぬかもしれない
そんな中、避難が遅れた民間人を安全な場所へ誘導していった
立体機動装置を着けずにいて、戦いに巻き込まれて地面に転がっている憲兵の息を確認し、蘇生術を駆使した
生きている憲兵にも避難や蘇生をを手伝わせた
ひととおり終えて、立体機動でその場を離れると、南側の橋の上に、護送団の一行がみえた
女型対エレンの戦いが橋に近づいていたので、報告に向かった
橋の上に降り立った私は、ナイル師団長に歩み寄る
「師団長、南側の民間人の避難は見た限りでは完了しています。憲兵が10数人負傷していましたので、避難と蘇生措置を行いました」
「そうか、ご苦労」
ナイル師団長は顔色が悪く、汗だくになっている
「あと、ここは危険です。戦いに巻き込まれます」
「リコ、私たちは大丈夫だ。それより君の班員たちの無事を確認しておいで」
あの人がそう言った
大丈夫って、手錠がかけられてたら立体機動出来ないじゃない…
万が一があっても逃げられないじゃない
また、唇をかんだ…
その様子を見たあの人はもう一度
「大丈夫だよ。リコ」
と笑みを浮かべた
何も出来ない自分に腹が立ったが、あの手錠は私にはどうすることも出来ない
「スミス団長、気を付けて下さい」
そう言って、迷いを振りきるようにアンカーを射出した
先ほど南側の屋根で出会った隊員をまた見つけ、北上しつつ避難誘導をすることを伝える
立体機動で屋根に上ると、先ほどまで私がいた、南側の広場のあたりの屋根に調査兵団の姿が見えた
ハンジ分隊長もいるようだ
ハンジ分隊長、無事でよかった
あの人も、どうか無事でありますように…
北上していると、女性班員が憲兵と一緒に小さな子ども達を避難させていた
そばに行くと、私の姿を見つけた女性班員が駆け寄ってきて抱きついた
「リコ班長!!リコ班長!!ご無事だったんですね…よかった…」
私は班員の背中をさすってやった
「あなたも、無事でよかった。子どもたちを避難させていたんだね」
「はい。幼稚舎があって、まだ避難出来ていなかったので…憲兵さんと一緒に避難させていたんです」
女性班員は少し涙ぐみながら話した
その両手を子ども達がこぞって握りにくる
「薔薇のお姉ちゃん、泣かないで、僕たちが一緒にいるからね」
小さな子どもに励まされている
微笑ましいな、自然と頬が緩む
「お姉ちゃんをよろしくね」
その子の頭を撫でてやり、班員に指示を伝える
「北側に向かいますね!!班長!!」
私は頷くと、一緒にいる若い憲兵を見た
「よろしくお願いね」
と言うと、
「了解しました!!」
と言って敬礼をしてきた
なかなかきっちりした憲兵だ
私も敬礼を返して北に向かう
どう展開するのか読めない…
乙
リコいいね
恋もその他も応援したくなる
班員達は北側の避難所に全員集まっていた
…良かった、皆無事で
体の力が抜けそうになった
そんな私の手を誰かが握った
「お姉ちゃん…」
ナイル師団長に預けた少女だった
私はしゃがんで頭を撫でてやった
「よく頑張ったね。偉かったよ」
「お姉ちゃんありがとう」
少女は私を抱き締めて、頬にキスをくれた
「班長、伝令です!!」
班員が封書をもって駆けてきた
「ありがとう」
受け取って中を確認すると、トロスト区へ帰還せよとの事だった
ストヘス区内の避難もほぼ完了しているようだし、巨人同士の戦いの情勢はここでは把握できないが、どうやら終息に向かいつつあるようだ
「よし、トロスト区へ帰還するぞ」
班員達を集め、指示を伝える
少女が握った手に力をこめて
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの…?」
可愛らしいことを言ってくれた
「うん、お仕事だからね。行ってくるね」
少女は手を離し、敬礼をした
「頑張って!!お姉ちゃん!!」
私も敬礼を返した
ストヘス区内を南へ移動する
どうやら戦いは終息したようで、兵士が後始末に追われていた
しばらく進むと、護送団と鉢合わせた
…良かった、あの人は無事だった
手錠はそのままだったけど…
リヴァイ兵士長が、兵服姿に立体機動装置をつけてあの人の側にいた
…足怪我してるのに
そのリヴァイ兵士長と目があった
「チビメガネ」
また言われた!!
班員達がざわめきだす
「今チビメガネって言わなかったか…?リコ班長の事」
「さすが人類最強…」
「あなたに言われたくありません!!」
とついうっかり言ってしまった
とりあえず逃げるように立ち去ろうとしたが
「リコ」
と呼ぶ魔法の言葉が私の足を動かなくした
「無事で良かった」
あの人の顔をしっかり見ることができなかった
涙が込み上げてきたが、精一杯我慢した
「スミス団長こそ、よくご無事で…」
辛うじてそれだけ言えた
とりあえず、これ以上この場にいると自分を律する事が出来なくなるのが明白だったので、もう一度だけあの人の顔を見て、敬礼して立ち去った
無事が確認出来ただけで良かった
まだ手錠が掛けられているあたり、処罰云々はこれから決まるのだろうけど…
後ろからついてくる班員達がまだざわついている
「リコ班長って、エルヴィン団長とも知り合いなんだな」
「リコ、なんて呼ばれてたよね!!羨ましい!!」
「リヴァイ兵士長にも反論してたし、やっぱりリコ班長は凄いな」
…ああ、もう!!
「無駄口叩かないで!!」
後ろを振り向いて叫ぶ
「はい!!班長!!」
…返事だけはいいけど、皆顔が緩んでるよ!?
ストヘス区の門を出て、そこからは街道を通り、一路トロスト区へ…
夕刻には着くだろう
その頃には、調査兵団や、あの人の処遇も決まるだろうか
きっと大丈夫…
一抹の不安を抱きながらも、前を向いて進む
トロスト区に到着し、一先ず兵舎に戻った
荷物を置き、一息つく
さすがに疲れたので、兵服を脱いで楽な服に着替え、ベッドに横になった
目を閉じて今日のストヘス区での出来事を反芻する
今日は班員達はよく頑張ってくれたと思う
不測の事態が本当に起こったが、パニックにもならず、しっかり避難誘導をしてくれていた
憲兵よりよく働いたと思う
やはり、ワンピースを着る羽目になるのかな…
あの人はどうなっただろう
ナイル師団長の言葉も気になる
馬鹿げた作戦…なんの事だろうか
まだ情報が少なすぎてわからない
けれど、あの人に何度か名前を呼ばれた
気を付けてと言ってもらえた
そういえば、私の代わりに自己紹介までしてくれてたよね…?ナイル師団長に
知り合いだとも言ってくれた
どうしよう、不謹慎なんだろうけど、嬉しかったな…
数時間後…
ドンドン!!
扉を叩く音で目が覚めた
「リコ班長!!」
と呼ぶ声もする
「ちょっと待ってね」
慌ててベッドから飛び起き、扉を開ける
「ピクシス司令から、伝令です。巨人がトロスト区の東側辺りに出現、直ちに防衛線を張るようにとの事です!!」
「巨人が出現?!」
「はい、どうやらウォールローゼが壊された様で…」
「急いで向かう!!」
大変な事になった…
ついに来るべき時がきたのか…
しかも、壁の扉が壊されたのではないらしい
…どこに穴があるかもわからないが、巨人が多数出現したらしい
私の所属する第一師団は、東側防衛線を任された
とにかく、急がないと…
しかし不測の事態って何故こんなに頻繁に起こるのかな…
東側防衛線にて行う巨人掃討作戦
先ずは巨人の位置を確認し、囮役が馬に乗って巨人を防衛線に誘き寄せる
そして、ギリギリのところで大砲をうち、怯んだところで、うなじめがけて叩き切る
これならば人的被害を最小限に抑えられる
…勿論一体づつ来てくれなきゃ厳しいが
何体かこの方法で駆逐したが、あまり巨人がこない
トロスト区の攻防では、沢山巨人が次々入って来たのに、今回はほんとに少ない
また一体誘き寄せられた
キッツ司令の合図で大砲が放たれる
「…」
目を皿にして狙いすます
アンカ―を射出、体に捻りを加え、一気にうなじを削ぐ
バシュッ!!
そんな音と共にうなじは巨人から切り離される
スタッ…と屋根に降り立った私を誉める班員
「班長、これならここは守れそうですね!!」
うーん、何だか違和感がある
なんだろう…
壁が壊されている割りには、巨人が少ない…?
他の防衛線に多数襲来しているのかな
いずれにせよ、情勢がわからない今は、ここで睨みをきかすしかない
数時間こんな調子で討伐をしていたが、ここ一時間はめっきり巨人が現れなくなった
キッツ隊長が、私に歩み寄る
「リコ、お前はどう思う?」
「はっ!!壁を壊されたにしては、何かがおかしいと思います。巨人の数も少なすぎます」
キッツ隊長はしばし思案を巡らせているようだ
「しかし、現実に巨人が出現しているからな…」
と、キッツ隊長
「もしや、女型のように、人間が巨人になるパターンの…」
と言ったのは、班員だった
「それにしては、女型のように知性は無さそうだったね。人を補食対象としか見ていないようだったし…」
結局、答えは導き出されなかった
あと数時間巨人が策敵にひっかからなければ、私の班はトロスト区へ移動する事になった
結局、夕刻から明け方近くまで巨人が現れる事はなく、私の班は状況報告も兼ねてトロスト区へ帰還した
班員達の顔色もすぐれない
昨日のストヘス区からほぼ休みなく動いているのもあるが、ローゼが崩壊したかもしれないという恐怖と、巨人の現れ方の不自然さで、疑心暗鬼になっているせいもあるだろう
少しでも休ませないとな、と思うが、状況がそれを許すか…?
とりあえずピクシス司令の元へ急ぐ
トロスト区に入ってまず驚いたのが、完全武装した憲兵団が馬を連れて待機していた事だ
…どういう事!?何が起こってるの…?
私の心の中の疑問は、班員達が代弁する
「憲兵団がこんなところに…」
「どういう風のふきまわしなんだ?」
そんな中、自由の翼を背負った一団を見つけた
自由の翼の一団の中に、あの人の姿を見つけた
…良かった、手錠が掛けられていない
それだけでざわついていた心が落ち着いた気がした
「エルヴィン団長、無罪放免だったみたいだな」
「調査兵団もな」
「憲兵団を率いてるのがエルヴィン団長に見えるよね!?」
などと話している班員達に、仮の野営宿舎で休むよう指示する
ほんとは顔でも拝みたい所だけど、今はそれどころじゃないから、我慢
私はピクシス司令を探さなければ
きょろきょろと辺りを見回してみる…いない
兵士の詰所にでもいるだろうか
とにかくピクシス司令は司令らしくなく、いつも前戦や突拍子もない場所にいるために探すのにしばしば苦労する
とりあえず兵士の詰所に行こうとした私の肩に、誰かがポンと手を置いた
「リコ、ピクシス司令を探しているのか?」
すぐ背後から聞こえるこの声は紛れもなくあの人だ
と言うことは、肩に置かれた手はあの人の手だよね
場違いに顔が赤くなる私
…落ち着け!!自分を律するんだ、私!
部下を先に野営宿舎に入れた事だけは、いい仕事をしたと思う…
こんな顔見られたら、上官の威厳なんか総崩れだ
何とか、鏡を見なくてもわかる顔の赤みを取ろうと頭を振ってみるが失敗する
諦めて振り向くと、凛々しい表情のあの人と目があった
心臓が飛び跳ねた気がした
「…スミス団長、はい」
絞り出すような声で答えた私の肩に、再度手を置くあの人
「ピクシス司令は壁の上だよ。ストヘス区では心配を掛けたみたいだね、ありがとう」
そう言って微笑するあの人
目をそらさないと心臓がやばいのに、あの人の顔に釘付けになってしまう
こうなったら荒療治、思いきり見つめ返してみた
「いいえ、私は何も…本当にご無事で良かったです」
作戦失敗…やっぱり心臓の挙動は落ち着くことはなかった
「リコ、君たちの班の活躍は素晴らしかった。上でもかなりの高評価をもらっていたよ」
上の評価なんてどうでも良かった
あの人に評価されたのが一番嬉しい
あ、ピクシス司令に評価してもらえたらそれが一番だよ、勿論…
「私たちは出来るだけの事をしただけです。それよりも憲兵団がこんなところに…もしかして、スミス団長が引っ張って来られたんですか?」
少しだが心臓が落ち着いてきたので、質問を投げ掛けてみた
「どうだろうな、上が判断して決めたことだよ。まあ、匙は投げたかもしれないがね」
と言って不敵な笑みを浮かべた
憲兵団をここまで動かすって、どんな匙を投げたんだろ
しかし…どの表情でも絵になるなあ
っといかんいかん、見とれてる場合じゃない。ピクシス司令の所に行かなきゃ
「では、ピクシス司令を探してきます」
そう言う私に、右手を差し出すあの人
「本当にありがとう、リコ。君も本当に無事で良かった」
…不意打ちの言葉に涙が出そうになった
差し出されたあの人の右手を、自分の右手でしっかり握って、踵を返した
私の心の中で、あの人の存在が凄く大きくなっている様に感じた
…不相応はわかってるんだけど、想うのは自由だよね
乙
更新がマメだし読みやすいわ
期待してる
珍しいエルリコ期待
投げたのは匙じゃなく賽?
立体機動を利用して壁の上に行くと、あの人のいう通りピクシス司令がアンカを伴って立っていた
遠くをみたり、時計を見たりしている
「ピクシス司令、ただいま東側防衛線より帰還いたしました!!」
歩み寄り、敬礼をした私の肩をポンと叩くピクシス司令
「リコ、よく無事で戻ったのう。ストヘス区から休みなしじゃから疲れたじゃろ」
「いえ、まだ大丈夫です。部下達は一足先に休ませましたが。それより司令、東側防衛の件ですが…壁が壊されたにしては、巨人の出現が少なく、違和感を覚えました」
「やはりのう…」
しばし思案を巡らせているような司令の背後で、アンカは私をじっと見つめていた
ほっとしたような表情だ
「ところで、リコよ。ストヘス区では柔軟に対応してくれたようじゃの。ストヘス区長も誉めておったようじゃ」
そう言って私の肩をポンともう一度叩いた
「出来るだけの事をしただけです、司令」
ピクシス司令に頭を下げた
「アンカが心配しておったぞ。ちいと相手してやってくれ」
アンカが前に進み出て、私に抱きついた
「リコ…良かった、無事で…」
「アンカ、心配してくれてありがとう」
私を抱き締めるアンカの背中を撫でてあげた
しばらくアンカと立ち話をし、もう一度壁を降りた
兵士の詰所に行き、ガスと刃の補給をするためだ
詰所には調査兵団は勿論、憲兵団もいた
…リヴァイ兵士長もいた
さすがに私服で、立体機動装置もつけていない
リヴァイ兵士長の向かい側にはウォール教の司祭…なんでこんな所に?
とりあえず刃とガスを補給し、そのまま詰所を出ようとしたが…
「よう、チビメガネ」
…そんな名前じゃないってば!!
「リヴァイ兵士長…私とあなたとでは背丈に殆んど差がありませんが」
「あぁ?」
凄まれたけど気にしない
「ちゃんとリコという名前がありますので、名前を覚えて下さい」
「チビメガネ、と呼ぶことにしたんだ。チビメガネ」
ああもう、取りつく島もない
ハンジ分隊長にはリコちゃんと呼ばれ、リヴァイ兵士長からはチビメガネ…
私は一体何なんだ!?
調査兵団恐るべし…
そんなくだらないやり取りをして、兵士詰所を出て、班員達が休んでいるであろう野営宿舎に向かう
私も少し休んでおこうかと思った
さすがに体がいう事をきかなくなってきている
しかし、事態が動いた
壁の調査をしていた先遣隊が帰ってきたのだ
何やらただ事ではない様子で…
ピクシス司令や、あの人、調査兵団が集まって、先遣隊の報告を聞く
私もその中に混じって聞く…情況を少しでも把握したい
「壁に穴はありませんでした!!」
その言葉に司令がやはり、と相づちをうつ
「しかし、大変な事態になりました!!トロスト区へ報告に向かう帰路にて、ハンジ率いる調査兵団と遭遇しました!その中に装備をつけていない 104期の新兵数名いたのですが…」
「その中の3名の正体は、巨人でした!!」
えっ!?3名…?どういうこと!?
周りがざわめきたつ
「正体が判明してどうなった?」
あの人の問いに、先遣隊の兵士が答える
「調査兵団は超大型巨人、鎧の巨人と交戦。我々がその戦いに加わった時には既に決着が…」
事態は急転直下の様相を呈した
超大型巨人、鎧の巨人との戦いでハンジ分隊長やモブリット副長などの精鋭が負傷で動けなくなった
しかも、超大型と鎧の巨人はエレンともう一人の巨人になれる人間を壁の外に連れ去ったのだという
直ぐ様、あの人とピクシス司令のもと、作戦会議が開かれた
現場に急行し、エレン奪還のために兵を送り込む
出入口のない部分なため、リフトで馬と兵を壁の外に移動させる
兵は壁の上を移動させる…いまは壁の内側も安全とは言い難いからだ
班員たちも飛び起きてきていた
まずはリフトで馬や兵を上にあげて行く
班員達にリフトの昇降を手伝わせる
平行して、壁の向こう側に下ろすリフトの移動を指示する
私は直ぐに壁の上に移動し、兵士達の隊列を整えてゆく
憲兵団も勿論加わる
不安そうで不服そうだが
全員上げたところで、馬で現場に向かった
現場は想像以上に凄惨だった
戦いの跡だろうか、真下に有り得ないほど大きなクレーターができていた
あの人の姿を見つけて、現場に待機していた調査兵が喜ぶ
そして、負傷者の中にハンジ分隊長が…
ハンジ分隊長は、動かない体を無理矢理動かし、地図を広げて考えを伝える
小規模な巨大樹の森に夜までに着けば、エレン奪還に間に合うかもしれないと…
あの人は勿論、ミカサやアルミン、 104期調査兵団、憲兵団そして…
「俺も行くからな。今こそ恩を返すときだ。エルヴィン」
と言ってるハンネス
「ハンネス、ほんとに行くの!?」
私が言うと、また頭をぐしゃぐしゃと撫でる
「ああ、行くぞ。エルヴィンいいよな」
あの人は頷く
私も…行きたい
あの人と一緒に…そんな言葉が頭に浮かんだ
壁外に行きたいだなんて思う事があるなんて、私の中でやはりなにかが変わってきてる
そんな私の心の中を知ってか知らずか、あの人か私に言う
「リコ、ハンジ達をよろしく頼むよ」
その眼差しが私を捉え、壁外へと移動する
「了解しました。団長、どうかお気をつけて」
私の絞りだすような言葉に、あの人はまた視線を私に戻し、一瞬だけ微笑んだ
そして、私の頭をハンネスがしたより随分優しくくしゃっとした
一緒に行きたい…でも私には翼がない
あの人の隣で飛べるような翼が欲しい
…無い物ねだりはしても仕方がない
私は私に出来ることをしよう
班員達や他の駐屯兵達とリフトでの降下作業に従事する
あの人を先頭に、小規模な策敵陣形が組まれる
全員を下ろすと、あの人の号令で出立していった
どうか、どうか無事で…
私には祈ることしか出来なかった
出立を見送った後、すぐにハンジ分隊長達負傷者の元に向かった
「リコ…ちゃん、エルヴィン達は行ったかな」
ハンジ分隊長は苦しそうにしていた
「はい、出立されましたよ。ハンジ分隊長を私に頼むとおっしゃって。トロスト区の病院へ私が責任もってお連れしますからね」
班員達に担架を用意させ、負傷者をトロスト区に壁上から運ぶ
ハンジ分隊長は、ぐっと唇を咬んで辛そうにしていた
きっと、怪我だけのせいじゃないんだろう
気持ちが分かる気がして、ハンジ分隊長の頭をくしゃっと撫でた
「リコちゃん…」
「大丈夫ですよ。絶対」
「うん、そうだよね」
安心したのか、目を閉じて眠りについた
トロスト区の病院に、ハンジ分隊長以下調査兵団の負傷者達を送り届けた
同じ部屋のベッドに皆横たわっている
看護師が慌ただしく部屋を行ったり来たりしていた
私はハンジ分隊長のベッドの横に腰を下ろしていた
ハンジ分隊長がベッドに横たわりながら私に手を伸ばす
「リコちゃん…少し休まなきゃ駄目だよ。疲れが顔に出てる」
そう言って私の頬を撫でた
「大丈夫ですよ、私は。それよりハンジさんは自分の体を心配なさって下さいね」
ハンジ分隊長の頭をそっと撫でた
そして、立ち上がる
「リコちゃん、もう行くの…?少しここで休んでいけば?」
心配そうに私の顔を見るハンジ分隊長
私は首を横に振った
「スミス団長達がいつ戻ってもいいように、準備しておきます」
「他にも人は…」
また首を横に振る私
「…リコちゃんもしかして…。いや、エルヴィン達をよろしく頼むよ」
そう言って右手を差し出すハンジ分隊長
私はその手をしっかり握った
班員達には休むよう指示し、私は現場に戻った
壁の上でふぅ、と息を吐く
救護用担架や医療品を用意して、万全の受け入れ体制を整えた
後は無事に帰るのを待つだけだ
壁の向こう側が夕焼けに染まり出す
間に合っただろうか…
疾風の如く走り去っていったあの人の後ろ姿を思い出す
いつも通りだった
私がこっそりあの人の姿を見ていた、いつもの壁外遠征と同じ
先頭に立ち、雄々しい号令をかけ、その背中で隊を率いる
その背中には自由の翼
だからきっと、帰ってくる
いつも通り自分の足でしっかり地を踏みしめて、帰ってくる
ただ何か不安だった
なんだろう、いつもとは違う何かが私を不安に駆り立てる
いや、余計な事は考えない!!
今まさに死闘を繰り広げているであろうあの人と仲間たちの無事を祈って、遠くに目を凝らそう
私に出来るのは、帰還してくるあの人達をいち早く見つける事だ
やがて、夜の帳が下りる
辺りが暗闇に包まれる
松明を片手に単眼鏡を覗く
まだ、戻らない
夜の闇に心まで染まったかの様に不安に苛まれる
ふぅ、ともう一度息を吐く
心を落ち着かせる
目視で目を凝らす
その時、…平原の奥にちらちらと灯りが見えはじめた
単眼鏡で確認…
「戻ってきたぞ!!回収準備、急げ!!」
私は叫ぶ
あちこちから聞こえる了解の声
慌ただしく動き出す兵士達
灯りが近づいてくる
馬で此方目掛けて掛けてくる兵士達
単眼鏡無しでも確認出来るほど近づいた時、その兵士の数に驚く
…少ない、 100人程で出ていったはずが、半分くらいしか把握出来ない
壁のすぐ外側に、兵士達が帰還してきた
怪我人が多数いる、リフトを使って上にあげていく
私は立体機動で登ってきた兵士の介抱をする
「大丈夫だ、ここにはもう巨人はいない」
私が抱き止めたのは、私よりも小さな少女の調査兵だった
憔悴しきっている、水を飲ませた
少女の他にも、 104期の調査兵達が立体機動で上がってきた
皆自分の足で立ち上がる
あの人はまだ姿が見えない
きっと怪我をしていないから最後なんだ
そう言い聞かせた、その時
「団長!!エルヴィン団長!!」
背後で叫ぶ声
思わず振り向く…
「聞こえますか!?まずいぞ、意識が…早く運べ!!」
いつもどんなにぼろぼろになっても、自分の足で地を踏みしめて帰ってきたあの人が、意識を失って倒れこんだ
直前まで意識があったのだろう、あの人手から松明がこぼれ落ちたのが見えた
思わず駆け寄りそうになる
…その衝動を必死に抑えつける
私はこの勇敢な子達を安全な所へ…
あの人は大丈夫…誰かが運んでくれる
唇をぐっと咬んだ
兵士の回収を終え、勤務交代の時間になった
休息しなければならない時間…だけど私は、トロスト区へ急いだ
あの若い調査兵達の話によると、あの人は右腕を巨人に持っていかれたらしい
その状態でエレンを救いだし、自ら先導して帰還したらしい
馬にのって…
絶句した…片腕を無くしながらそんな事をやってのけたあの人…尋常じゃない精神力…
しかも馬に揺られた…生きて帰還したのも奇跡に近い
意識を無くしたあの人
右腕を無くしたあの人
お願いだから、助かって…
祈りながら病院へ急ぐ
病院に駆け込む
あの人の病室を聞き向かうと、部屋の前に誰かがいた
…ハンジ分隊長だった
「ハンジさん、体は大丈夫ですか?」
私がそう声を掛けるやいなや、私に抱きついてきた
ハンジ分隊長は、震えていた
泣いているのだ
「ハンジさん…?」
病室の中でなにが起こってるの…?
あの人はどうなったの?
聞くのが怖い
「リコちゃんごめん、しばらくこのままで…」
私は何も言わずにハンジ分隊長の背中に手を回し、ゆっくり撫でた
ハンジ分隊長のこの様子から察するに、あの人はきっと危ないのだろう
病室に駆け込みたい気持ちもあったが、ハンジ分隊長をこのままにはしていけない
しばらく背中をさすっていると、ハンジ分隊長は顔をあげた
「リコちゃん、部屋に入ろ」
「…はい」
ハンジ分隊長に手を引かれ、あの人の病室に入った
あの人は眠っていた
右腕は、なかった
痛みのせいか、表情は苦しそうで、顔に大量に脂汗をかいていた
高熱によるものだろうか、うなされているようだ
いつも整えられた髪は乱れていた
「今日明日が峠だって…」
ハンジ分隊長は両手で顔をうずめた
私は、立ち尽くす事しか出来なかった
「うっうっ…」
また泣き出すハンジ分隊長
「私のせいだ、私の…私があそこで仕留めていたら…」
私は目を閉じた
考えて…今私が出来る事は…
ベッドサイドの机にタオルと、水をはった洗面器がある
タオルを水で浸し、絞る
あの人の枕元に行き、そっと汗を拭き取っていく
「スミス団長、沢山汗をかいているから、ちゃんと汗を拭いてあげないと」
「リコちゃん…」
ハンジ分隊長が私に歩み寄ってきた
「大丈夫ですよ、きっと大丈夫ですよ…」
ハンジ分隊長が後ろから私を抱き締めた
「リコちゃん、泣かないで…」
そう、私もいつの間にか涙を流していた…
戻ってきて欲しい…
腕が無くてもいいから、戻ってきて…
溢れる涙を止める事は出来なかった
泣きながらあの人の汗を拭う私を、ハンジ分隊長が抱き締める
「リコちゃん、やっぱりそうだったんだね。エルヴィンの事が好きだったんだ」
いきなり言われて心臓が跳ねた
「え…秘密です…」
「秘密ってことはハイそうですって言ってるのと同じだよ?リコちゃん」
ハンジ分隊長が私の目をじっと見る
「こんな時に不謹慎ですよ、ハンジさん」
「おーいエルヴィン!!リコちゃんが言いたいことあるから早く目を覚ませよ~!」
「やめてください!!」
「これくらい賑やかにしてればエルヴィン寝てられないよ!」
涙が吹き飛んでしまった…
「好きと言うか、憧れてはいますよ…」
正直に言うしかなかった…
「そうか、そうか!!」
ニヤニヤしているハンジ分隊長…
はあ、とため息がでた
それから、ハンジ分隊長に104期の調査兵から聞いた話をした
「エルヴィン、無茶しすぎだよ…」
「ですよね…」
あの人が少しでも心地よくなるよう、タオルで小まめに汗を拭きながら…
「ハンネスも、死にました…」
「そうか…」
私の目から、また涙がこぼれた
今は我慢しなくてもいいよね…
もう、頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれるハンネスはいない
悲しい…
「でも、エレンを救いだすことができた…きっと無駄死にじゃないです」
「うん、そうだよ」
ハンジ分隊長は立ち上がり、ぽんと私の肩を叩く
「よし、リコちゃんのお陰で元気でた!!仕事してくるよ!!リコちゃんはもう少しここにいてやって」
「はい。わかりました」
涙を拭って頷いた
「なんかあったら、外に見張りの調査兵いるから言ってね!!じゃあまたね!!」
ハンジ分隊長はそう言って部屋から出ていった
部屋にあの人と二人になった
あの人は相変わらず息は荒く、汗も止まらない
戦っているんだと思う…体が無意識に…
頑張って…
洗面器の水を取り換えるため、席をたつ
窓の外は静かな夜
朝まではまだ時間がある
明日は午前中は休みなので、少し時間に余裕がある
午後からはウォールローゼ内地の哨戒任務だ
まだ巨人の驚異が収束したとはいえないからだ
壁に穴がないとはいえ…
水を取り換えた洗面器を机に置き、あの人の枕元の方の椅子に座る
額を触ってみる…かなり高い熱がある
そういえば、私もあの人に熱を見てもらったよね
つい最近の話なのに、随分昔のように感じる
私の指先が冷たかったのか、あの人が身動ぎする
「うう…」
わ、ごめんなさい…慌てて手を離した
立ち上がり、少しずれた布団を掛けなおす
右腕…やはりなかった
痛々しい傷跡は見えず、しっかり包帯で巻かれていた
再度椅子に腰を下ろし、濡れタオルで丁寧に汗を拭く
私にはそれくらいしか出来ないから…
すると、コンコンと扉がノックされた
「どうぞ」
と言うと、医者と看護師が入ってきた
扉の外には調査兵が一人立っているのが見えた
「意識はどうですか」
と医者に聞かれた
「私がいた間はずっと眠っていました」
看護師は血圧や熱を手際よく計っている
「呼吸も血圧も、先程よりかなり落ち着いてきましたね」
その看護師の言葉に少しほっとした
「この分だと、期待が出来るかもしれませんね。さすが普段鍛えられている方なだけありますよ。まだ油断は出来ませんが」
と、顔色や傷口を見ながら言う医者
「では、また何かありましたらすぐお呼びください」
「ありがとうございます」
立ち上がり、医師達に頭を下げた
医師達と入れ替わりで、人が入ってきた
…リヴァイ兵士長だ
「よう。チビメガネ」
「…リコです」
「エルヴィンの具合はどうだ?メガネ」
「…今日明日が峠だそうですが、先程よりはかなり落ち着いているようです」
名前を呼んでもらうのは諦めて、タオルを濡らしてまた汗を拭う事にした
「チビメガネ、お前寝てねぇだろ。目が死んでるぞ」
「もともとこういう目なんです」
「少し休め」
「ハンジ分隊長に頼まれたので…」
ああ言えばこう言う…という押し問答になりかかっているけど、悪いのは私だ
リヴァイ兵士長は口は悪いけど、気遣ってくれているのがわかる
「後は俺が見ててやるから大丈夫だ。めんどくせぇがな。お前は休め」
「…わかりました。そうします」
確かに体力が限界にきていた
素直に甘えるべきだろう
…あの人の側にいられないのは心残りだけど…
汗を拭いたタオルを洗面器にいれた
「…エルヴィンが気になるなら明日また来い。話は通しておいてやるよ」
リヴァイ兵士長はポンと私の肩を叩いた
「はい、ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
「ああ、任せとけ。リ…チビメガネ」
「リコです…おやすみなさい」
兵舎に帰って休んで、鋭気を養う事にした
自分の部屋に帰るや否や、ジャケットとベルトを脱ぎ捨てベッドに寝転んだ
そのまま眠りの世界へ…
「ん…」
目を覚ましたら、窓から朝日がもれていた
時計を見ると、7時、久々にゆっくり休めた
兵服に着替え、食堂へ
今日はジョギングは無し
あの人の病院に行く時に走ろうと思ったから
病状が気になって仕方がなかった
早く行きたい
ただ、食事はきちんと摂らなければね、急がば回れ…
食堂のいつもの席に座ると、いつもの隣の兵士がこちらをみた
「リコ班長、おはようございます。先日からお疲れ様です」
「おはよう。あなたも大変だったんじゃない?」
「壁は破壊されていないのはほぼ確定ですが、まだ安全宣言を出せず、市民の避難がかなり難航しました」
「そう…ウォールシーナの地下街だよね、暴動が起きなきゃいいけど…心配ね」
はあ、とため息をつく
ほんとに問題山積だ
「エレンは、取り戻す事に成功したのですよね」
「ああ。犠牲者は多かったけどね…」
スープをささっと飲み、パンも飲むように食べた
「じゃあ、お先に」
「リコ班長お気をつけて」
足早に食堂を後にした
あの人の病室の前に行くと、見張りの兵が声をかけてきた
「リヴァイ兵士長からお聞きしております。どうぞお入り下さい」
リヴァイ兵士長、ほんとに話通してくれてたんだ
口は悪いけど、いい人なのかも
扉を開けると、枕元の椅子に座ったまま寝ているリヴァイ兵士長が見えた
そっと部屋に入り、あの人のベッドに歩み寄る
昨日よりは息も楽そうで、汗も少ない
熱は…
手が冷たくない事を確認してから、あの人の額に手を当てる
少し下がっているみたい、良かった…
心からホッとした
それから、寝ているリヴァイ兵士長に自分のマントをかけて、ベッドの向かい側の椅子に座った
ふぅ、と息をついた
とりあえず今のところは落ち着いてるみたい
あとは意識が戻れば…
こればかりは焦らず様子を見るしかない
昨日はハンジ分隊長にあの人への気持ちがばれてしまった
大失態だった…墓穴を掘ったというか…
まあ、過ぎた事は仕方がない
あの人にそれがばれたわけではないしね…
少なくなったとはいえ、まだ汗をかき続けているあの人
洗面器の水を換えて、タオルを濡らしてそっと絞る
音を出したら折角寝ているリヴァイ兵士長を起こしてしまう
タオルでそっと汗を拭うと、少し表情が穏やかになったような気がした
布団がずれていたのも直す
後何か出来ることはあるかな…?
しばし考えた後、私は布団の下に手を入れてあの人の左手を握ってみた
温かい、間違いなく生きてる温かみがある
大きな手だ
この左手が、エレンを救いだした
また涙が溢れてきた…
誰も見ていないし、いいよね…泣いても
しばらくあの人の手を握ったまま、俯いて泣いていたが、視線を感じて顔をあげると、リヴァイ兵士長がじっとこちらを見ていた
「!!」
慌てて涙を拭った
「よう、チビメガネ。よく眠れたか?」
「おはようございます。起こしてしまいましたか?リヴァイ兵士長」
「別に起こされてねぇよ。目が覚めただけだ。…これはお前のか?」
少し不機嫌そうなリヴァイ兵士長が指差すのは、体に掛けられた私のマントだ
「はい、そうです」
「…そうか、助かった。何か寒いなと思いながら寝ちまってた」
「いえ、兵士長に風邪をひかれては困りますから」
あの人の左手を握った手をそっと外して布団から出す
「エルヴィンはあれからもまだ目を覚ましてない。まあ少し寝ちまってた間はわからねぇが」
「そうですか…」
リヴァイ兵士長は立ち上がると、マントを几帳面に畳んで椅子に置いた
「少し寝すぎた。出てくる。やらなきゃいけねぇ事が山積みだ。エルヴィンがいねぇ分仕事が鬼畜なほど増えた」
そう言って、体を伸ばすリヴァイ兵士長
「手伝える事ならやりますよ」
「大丈夫だ。お前はとりあえずエルヴィンの手でも握っててやれ」
…ばれてた…顔が赤くなったのが自分でもわかる
「リヴァイ兵士長お気をつけて。足もお大事に」
立ち上がって頭を下げる
「じゃあよろしく頼む」
そう言って部屋から出ていった
…はぁ、リヴァイ兵士長にまでばれてそうだな…
午後からの哨戒任務まではあの人の様子を見ていよう
リヴァイ兵士長も、ハンジ分隊長も、あの人がいない代わりにかなり忙しいだろう
私に出来ることはしたい
調査兵団は、かなりの数の精鋭を失ったらしい
憲兵に至っては、ほとんど生還しなかった
本当に、地獄の様な戦いだったらしい
聞けば聞くほど、あの人は自分の身を捨てているのではないかと考えてしまう
もう一度、あの人の手を握る
…戻ってきてください
皆待ってますよ
「私も…待ってます」
呟いた
その一瞬後、握っているあの人の左手が、微かに動いたような気がした
…気のせいか
手を握ったまま、目を閉じた
私の体力を、生命力を、あの人に少しでも分けてあげられたらいいのに…
結局そのまま手を握り続けていたが、意識は戻らなかった
でも、呼び掛けには微かに動いたので、きっと後少し…
午後からの任務の時間になった
「哨戒任務に行ってきますね。また来ます、スミス団長」
話し掛けると、やはり微かに手が動いた気がした
…話しかけた方がいいのかな?
とりあえず、汗を綺麗に拭いてあげてから、部屋を後にした
午後からの哨戒任務は、トロスト区からクロルバ区の間の、ウォールローゼ内地である
馬で巨人がいないかを確認しにいく
数班で散開し、異常がないかを調べる
「リコ班長!!どこか行かれてたんですか?兵舎の部屋にいらっしゃらなかったから…」
と馬で近づいてきたのは班員の女子だ
「うん、ちょっとね」
言葉を濁す
「ワンピース買いに行こうと思ってたんですよ!!」
「まだ、忘れてなかったの?」
「当たり前です。約束なんですから~。今度の休みに買いに行きましょ!!」
班員の熱意に圧された私は
「はいはい…」
と言うしかなかった…
馬で疾走する
心地いい…風を切り、街とは違う空気を吸う
常に警戒はしているが、今のところ全く異常はなく、勿論巨人の姿も確認できない
平行して走っているであろう他の班からも、異常を示す信号弾は上がらない
三時間ほど走り、休息する
「やはり、巨人いないですね」
班員が水を片手に話しかけてきた
「そうだね。今のところ全く異常はないね」
ふぅ、と息をついた
「休息後、トロスト区へ引き返すよ」
「了解!!」
結局、復路でも異常は確認できなかった
駐屯兵団本部…
今日の哨戒の結果を報告するため、ピクシス司令の元を訪れた
「おお、リコ。どうじゃったかの」
ピクシス司令は胸ポケットに手をやる…酒はなかったらしく、寂しそうな表情になった
「司令、やはり異常はありませんでした」
「やはりのお…」
ピクシス司令は顎に手をやり、思案している
「安全宣言はまだ出せませんか…」
「そうじゃの…もう少し調べねばの…ところで、エルヴィンの具合はどうじゃ」
ピクシス司令からの不意打ちにビクッと体が震えた
「…意識はまだ戻りませんが、小康状態といった所です」
なんで司令が、私が見舞いに行ってるのを知ってるんだろ…
「今日ハンジにあってのぉ、お前が世話してくれてると喜んでおったからな」
「は、はあ…そうでしたか」
ハンジ分隊長また余計な事を!!
「エルヴィンと知り合いだったんじゃな、リコよ」
「はあ…まあ…」
ふとピクシス司令の背後を見ると、アンカがニコニコしている…
「また様子を聞かせてくれ、リコ」
「…はい、了解しました」
そして逃げるように司令室を後にした
駐屯兵団本部を後にしたその足で、病院に向かう
夕食は屋台で買った揚げた芋のフライと、野菜のスープ
手軽に食べれて美味しい
ささっと食べて、病院に急ぐ
あの人の部屋の前にいる見張りの調査兵に頭を下げる
「ご苦労様」
「どうぞ、ハンジ分隊長が来られていますよ」
ノックして、部屋に入った
「リコちゃん今晩は!!」
椅子に座っていたハンジ分隊長は、わざわざ立ち上がって敬礼した
私も敬礼を返す
「こんばんは、ハンジさん。スミス団長はいかがですか」
「うーん、相変わらず寝てるよ」
困ったような表情のハンジ分隊長
「そうですか…」
あの人の顔を伺うと、朝と同じ様な状態だった。少し顔が赤いかな…
「はぁ…」
ため息をついて椅子に座るハンジ分隊長
かなり疲れているのか、顔色がすぐれない
「ハンジさんは体は大丈夫ですか?」
ハンジ分隊長だって重症を負っていたのだ
「大丈夫だよ、やらなきゃならない事が山積みだからね、寝込んでられないしね。エルヴィン呑気で羨ましいよ」
はは、と力なく笑うハンジ分隊長
「ハンジさん、少し休んでいて下さい。何かあれば起こしますから」
部屋のソファを指差して言った
「え~、リコちゃんと話もしたいしさあ…」
ふて腐れるハンジ分隊長
「話はいつでも出来ますよ。休むのは今しか出来ません」
ハンジ分隊長の手を引っ張って、ソファに連れて行く
観念したのか、ソファに体を横たえるハンジ分隊長
「じゃあ少しだけ…」
「はい。おやすみなさい」
ハンジ分隊長の体にマントを掛けた
「リコちゃんごめん、よろしくね」
ハンジ分隊長は眼鏡を外して私に手渡した
そしてそのまま目を閉じた
眼鏡をテーブルに置き、あの人の枕元の椅子に座る
寝息は静かで落ち着いているみたい
「スミス団長、こんばんは」
話しかけてみる
顔を見ると、唇が乾いている様だ
水差しの水を少しだけタオルに落とし、口を拭く
「お腹がすきませんか?しばらく何も食べてないんですよ」
もう一度、水を含んだタオルを口に持っていった
「ピクシス司令も、心配されていましたよ。皆心配していますよ」
布団の中のあの人の手をそっと握る
「そういえば、私お礼を言ってませんでした。背中に背負って部屋まで連れて行って下さったんですよね?ご迷惑おかけしました」
「後から聞いて、恥ずかしかったんですけど…嬉しかったです。ありがとうございました」
そこまで言って気がついた
ハンジ分隊長、起きてないよね…?
ソファの方を見ると、ぐっすり寝ている様だった
…良かった…
もう一度あの人に向かう
「今日、部下にワンピースを着る約束をさせられたんです。呑気でしょう。上官だと思われていないのでしょうか、私」
「沢山お聞きしたい事もあるんです。でも上手く話せる自信が無いので、多分聞けないです」
「私には勇気がないです…」
そして、少し握る手に力を込めた
「とにかく、戻ってきてください…あなたの代わりになんて、誰もなれませんよ」
目を閉じたら、瞼から涙が溢れた
またいつの間にか泣いていた
俯き涙を流していると、ふと左手が握り返されているのに気がついた
微かな力だが、確かに握り返している
もしかして…
「スミス団長、わかりますか?聞こえますか?」
しっかり手を握りしめて問い掛ける
「エルヴィン…団長!!」
名前で呼ぶ…またあの人の手が動く
その声で、寝ていたハンジ分隊長が飛び起きてくる
「リコちゃん、何かあった!?」
「ハンジさん、スミス団長が手を握り返してきます」
布団を捲って、握った手を見せる
「エルヴィン!!そろそろ起きてよ!!頼むよ!!」
ハンジ分隊長が、あの人の頬をペチペチと叩く
「ハンジさんが呼んでますよ!!スミス団長」
握る手に力を込める…戻ってきて…!
「う…」
あの人の声…そして、私たちの呼び掛けに応えるように、あの人は目を開けた
「エルヴィン!!起きた?!」
ハンジ分隊長が顔を覗き込む
「スミス団長、誰だかわかりますか?見えてますか?」
その私の問いかけに
「ハンジ…リコ…」
微かな声
戻ってきた…!
あの人が、戻ってきた…!
「医者を呼んできます!!」
私は素早く席をたち、部屋から飛び出した
医者と看護師、そして見張りの調査兵も部屋に入っていった
私は廊下に座り込んだ、体から力が抜けたように…
良かった、本当に…
後から後から涙が溢れた
これは嬉し泣きだから、隠さなくてもいいよね…
しばらくそのまま座り込んでいると、ハンジ分隊長と見張りの兵が部屋から出てきた
二人とも嬉しそうだ
「リコちゃん、もう大丈夫だって。まだ少し意識朦朧とはしてるけど、日にち薬だって」
私に手を差し伸べるハンジ分隊長
その手を取り、立ち上がった
「良かったです、本当に…」
「リコちゃんのおかげだよ、きっと。手、握って話しかけてくれてたから…」
私は首を横に振った
「何もしていませんよ…私は。本当に良かった…」
涙を拭いながら呟くように言った
そして、病室に背を向けて歩き出す
「ちょっとリコちゃん、どこ行くの!?」
「明日、朝から任務なので失礼します」
「ちょっとぉ!!エルヴィンに会ってやってよ!?」
ハンジ分隊長の呼び掛けを背に、病院を後にした
自分の部屋のベッドに突っ伏して泣いた
本当に良かった…
私にはこれ以上望むことはない、それくらい嬉しかった
思えば不相応にも関わらず、優しく接してくれたあの人や、ハンジ分隊長
見張りの兵にしてもそうだ
本来なら私などに面会は許されないだろう
兵団も違う私に…
それを、ハンジ分隊長やリヴァイ兵士長が、心遣いでねじ曲げてくれていた
だから私はここまででいい、ここからはあの人の直接の部下達に任せるべきだ
でも、本当に良かった…
神様ありがとう…
私は明日から任務をしっかりこなそう
出来ることをしよう、私に出来ることを
人の役に立てる何かを…
>>31です、支援支援!
翌朝…
いつも通り早く起きてジョギングに精を出す
最近サボっていたから、多めに走った
眩しい朝日…心地よい風
いつもの朝
また日常が戻ってくる
座って水を少し口に含む
ふと、左手を見る
あの人の手をずっと握っていた手
その手を握りしめる…そして目を閉じる
あれから話が出来るようになっただろうか
体はまだ動かせないはず
熱は下がったかな…
誰かが側に、いてくれているだろうか…
ふるふると、首を振る
考えてはダメ
何故かそんな気がした
理由はわからないけど…
きっと大丈夫
優秀で忠実な部下が沢山いるしね
朝食のために食堂へ
いつもの席に座る
今日は芋のスープ、よく煮込んである
案の定眼鏡が曇る、うんいつも通り
パンとスープを交互に味わっていたら、隣の兵士が声を掛けてきた
「おはようございます、リコ班長」
「おはよう」
ちらっとだけ兵士の顔を見る
嬉しそうな顔をしている
「何かいい事でもあったの?」
兵士に問いかけてみた
「えっ、何故ですか?」
「嬉しそうな顔をしてるから」
と言うと、兵士は顔を赤らめた
「あ、いえ…あの…その…」
「言いたくないならいいよ」
また食事に視線を戻す私
「リコ班長がワンピース着られるって聞きまして…」
「はぁ!?」
「楽しみにしてますね」
「しなくていいから!!」
何て事、班員以外にも知れ渡ってるなんて…
公開処刑もいいところ…
はぁ、本日一度目のため息をついた
今日も昨日に引き続きウォールローゼ内地の哨戒だ
昨日は西に向かったが、今日は北部の方の安全を確認しに行く
皆不安を隠しながら任務にあたっている
ウォールローゼは多分破られてはいない
でも、巨人が中に現れた
訳がわからない…
そして、ウォールローゼ内地の人々をウォールシーナの食料備蓄で養うのは、一週間が限度であった
一週間が過ぎて、まだ安全宣言を出せない状態ならどうなる
もし、本当にローゼが破壊されたらどうなる
人類は、人同士殺し合うのか…?ピクシス司令の言うように…
とりあえず出来ることは、ウォールローゼ内地をくまなく調べ、安全だと証明することだ…
結局今日も問題は見当たらず、トロスト区へ帰還したのは夜だった
兵舎に戻り、報告書をまとめる
これを持って駐屯兵団本部に行かなければならない
ふう、とため息がもれた
とりあえず、人が少なくなった食堂でスープだけを飲み、パンを片手に本部に向かう
辺りは暗くなったが、家々には明かりが灯り、窓越しに家族団欒の光景が伺えたりする
そんな幸せも、壁を壊されたら一瞬で消え去る
なんとか守りたいと思う
…私には何が出来るんだろう
今のところ、言われた任務を遂行することしか思い付かない
本部に行き、ピクシス司令の部屋へ
司令は留守だったので、報告書だけ机に置いた
その旨を見張りの兵士に伝えて、本部を後にした
帰る道すがら、いろいろ思いを馳せる
人類を守るため…あの人には何か考えがあるんだろうか
ピクシス司令が一目置くほどの人だ、きっと常人なら思い付かないような事を考えていそうではある
そして、私は無意識のうちに病院の前にいた
あの人の部屋はあの辺かな
明かりが灯っているようだ
意識ははっきりしてきたかな…
はぁ、とため息をつく
もう私の出る幕ではないから、考えないようにと思ったのに、何でまた来てしまっているんだろ
どうしてあの人に会いに行けないのか
それは…私に勇気がないからだ
また、涙がこぼれた
情けない、なんで泣かなきゃいけないの…?
腹が立ってきた…訳がわからない
私は何だかおかしい…
病院を背に、兵舎に帰るために歩きはじめた
すると、私が向かう方向から見知った人が歩いてきた
ハンジ分隊長だ、手にはマントを持っている
何となく気まずくて、俯き加減で歩いていると
「リコちゃん」と声がかかった
ハンジ分隊長を見る
いつも通りの優しい笑顔だった
「これさ、借りたマント返すの忘れちゃって。今駐屯兵団の兵舎に行ったけどいないっていわれてね」
…そうだ、マントをハンジ分隊長にかけたまま忘れてたんだった
「わざわざすみません、ハンジさん」
マントを受け取り頭を下げた
「リコちゃん、エルヴィンの所に行ってきたの?」
私は頭を横に振った
「いいえ、たまたま通りがかって…」
嘘ではないよね、知らない間に来ちゃってたんだから…
「そっかぁ。エルヴィンあれから意識が戻ったり混濁したりを繰り返してるんだ」
「そうですか…」
意識、はっきりはしてないんだ…
心が冷たくなった気がして、震えた
マントを羽織った
「リコちゃん寒いの?」
「少しだけ、大丈夫です…」
ハンジ分隊長は心配そうに私を見つめている
「あのね、一緒に病室に行かない?今から行くんだけどさ…」
ハンジ分隊長の誘いに、首を横に振り、俯いた
「すみません、明日も朝から任務なので…」
「じゃあ、私も今日は行かない」
「え!?」
驚いて振り返った私の顔を両手で包むハンジ分隊長
「だってリコちゃんの方が様子がおかしいから。リコちゃんの方が心配」
私の頬を涙が伝うのに、時間はいらなかった
結局、兵舎に戻る道すがら、ハンジ分隊長と話をした
ハンジ分隊長や皆の心遣いが嬉しかった事や、自分がこれ以上は甘えられないと思っている事を。
「リコちゃんを甘えさせてるなんて、思ったことがないよ!!寧ろリコちゃんにあまえてたのは私たちだよ。エルヴィンの世話させたりさ」
ハンジ分隊長は、ずっと私の手を握っていた
手を握らないと逃げるからだそうな…
「リコちゃんはあのエルヴィンに憧れてるんだよね?いや、憧れから気持ちが先に進んじゃった感じだよね」
ビクッ…
「憧れが恋に変わったんだよね!!」
「ちょっとハンジさん!!声が大きい!!」
私は慌ててハンジ分隊長の口をふさいだ
「そんなのじゃありませんよ…まだ。それに不相応すぎるじゃないですか…憧れているだけで良かったんです」
「なるほどね。憧れがいつしか恋に変わったんだね。それが愛に変わりかけてる、なんてめくるめくラブファンタジー」
ハンジ分隊長はいきいきしていた…
「ふざけないで下さい…!」
私はいきり立った
「ふざけてないって、リコちゃん。でもさ、不相応っていうのはおかしいよ。エルヴィンなんかしがない崖っぷち調査兵団の団長なんだからさ」
「ハンジさん!!しがないってなんですか!?」
「リコちゃん怒ったら怖い…」
「よく言われます!!」
あはは。と笑い、私の気持ちにも頭を撫でるハンジ分隊長
「とりあえずさ、気が向いたらエルヴィンの顔見てやって」
「考えておきます…」
兵舎についた
ハンジ分隊長は私の肩にポンと手を置いた
「まあ正直、私はエルヴィンの色恋沙汰って聞いたことなくてさ、かといって朴念人て感じでもない。要するに謎だ」
「はあ」
「だから研究して教えてよ!?リコちゃん!!」
「な、何言ってるんですか!?ハンジさん!!」
顔が真っ赤になった
「リコちゃん頑張れ!!」
ポンと背中を叩くハンジ分隊長
「ご自身で研究なさって下さい!」
「やだよ~エルヴィンなんかやだやだ」
「ハンジさん!!」
「あはは、リコちゃん怖いから退散~!」
ハンジ分隊長は手を振りながら走り去っていった
「ハンジさん、ありがとう」
私は手を振りながら、この気持ちに対して素直に向き合おうと決めた
朝、ジョギングを済ませて朝食を摂る
今日はトロスト区の外壁哨戒
壁の上の任務だ
私が一番好きな任務
単眼鏡で外の様子を覗いていると、背後からつんつんと背中をつつかれた
後ろを振り向くと、アンカがいた
勿論ピクシス司令も…
「ピクシス司令!!おはようございます!!」
敬礼をする
「リコ、外はどうじゃ?セクシー美女の巨人はおるかの?」
「今のところ、確認できません、司令」
「そうか、残念じゃの」
胡座をかいて座るピクシス司令
胸ポケットを探ったが、酒は取り上げられたようで、ため息をついた
「司令、散歩中に飲酒はダメですよ」
アンカが酒の入った入れ物を胸ポケットから出した
「リコ、また取り上げられてしもうた…」
「司令の体を思うからですから、我慢なさってください」
と、私からも言った
「エルヴィンの具合はどうじゃ。意識は戻ったとは聞いたが…」
「意識ははっきりしているときと、混濁している時があると聞きました」
「そうか、はやく良くなるといいんじゃがのう」
アンカが口を開いた
「リコ、またお見舞い行かなきゃね!?」
「そうだね…」
「ワンピース着てね?」
うふふ。と笑うアンカ
「…なんの話かな!?」
「さっきリコの班の子が嬉しそうに教えてくれたの」
…またかっ!!どこまで広めるつもりだ!!
「私がすすめても着なかったのに、班員の子の言うことは直ぐ聞くのね…?」
恨めしげな表情のアンカ
「いやいや、無理矢理約束させられただけだよ…?」
「じゃあ、ワンピース着てお見舞いにいく約束ね!」
「ちょっと、アンカ!!嫌だってば!!」
「約束!」
結局アンカは折れず、約束させられてしまった…
昼からは非番だ
兵舎に戻れば、ワンピースワンピースと言われそうなので、その足で病院に向かうことにした
病室前には見張りの兵士がいた
私を見て敬礼する
「リコさんどうぞ。今は誰もいらっしゃいません」
「ありがとう」
敬礼を返して、部屋に入る
一日ぶりだ
そっとベッドに歩み寄ると、寝息が聞こえてきた
顔を見た…顔色も良く、熱もなさそうだ
少し汗をかいていたので、タオルを水で濡らして絞り、丁寧に拭いた
「ん…」
と声をもらすあの人。目を開けた
「起こしてしまいましたか…?スミス団長」
あの人の顔を覗きこんで聞いた
「リコ…」
とだけ呟くように言ったあの人
「はい、リコです。スミス団長」
最大限の笑顔で言ってみた
「リコ…」
もう一度私の名を呼んだ
手に漏っていたタオルを洗面器にもどし、あの人の左手を握った
「はい、スミス団長」
しっかりと握り返してきた、あの人の手
暖かい温もり
また涙が出そうになるのを必死で堪える
「あり、がとう」
微かだがはっきり聞き取れた
私は涙を堪える事が出来なかった
「お礼を言われるような事はしていませんよ」
泣き笑いの様な表情で言った
「リコ…」
「はい、スミス団長」
左手はあの人の手を握り、右手は額や頬を撫でた
嬉しかった、あの人が名前を呼んでくれたのが
ただただ嬉しかった
それだけで良かった
いいぞもっとやれ
しばらく額を撫でていると、またあの人は眠りについた
左手はしっかりと、私の手を握りしめたまま…
あの人の意識ははっきりしていた
本当にほっとした
もう大丈夫だろう
ほっとしたからか、急に眠気がおそってきた
手を握り合ったまま、布団に突っ伏した
一時間くらい寝てしまっただろうか
手は相変わらず握ったまま
…私の背中にはマントが掛けられていた
自由の翼の紋章入りの
眼鏡も外されていた
誰か来たのかな
全然気がつかなかった
手を握っているの、見られただろうな
…誰だろ、ハンジさんならいいんだけど
あの人の手をそっと離し、眼鏡をかけ、マントを丁寧に畳んだ
マントからは洗いざらしの石鹸の様な匂いがした
立ち上がってマントを机に置き、大きく伸びをする
「ンー!」
窓から外を覗く
窓の外の景色は、何故か凄く眩しい気がした
また、あの人の枕元の椅子に座る
汗を拭こうかな、と思ったが、折角気持ち良さそうに眠っているし、起こしたら申し訳ない
布団をそっとかけ直す
右腕の包帯が汚れてきている
換えてもらわないといけないかな…痛いだろうな
でも、本当に鬼神の様だよね
腕を無くして直ぐに馬に乗って、立体機動して…
腕を食われた状態で、怯む周りの兵士たちに進めと鼓舞したらしいし
あの人の真似は誰にも出来ない
だから、戻ってきてくれて良かった
布団の中のあの人の左手を、またそっと握った
私の手より随分大きな手
あの人の手は、一体何を掴もうとしているんだろう
私にはわからないけど、あの人の無くした右腕の…いや、右手の小指くらいの代わりにはなれるかな…?
握っていた左手を、また握り返してくるあの人
「スミス団長?」
少し身を乗り出し、あの人の顔を覗く
「リコ」
先程よりは比較的しっかりした口調で私の名を呼んだ
青い瞳が、私の姿を捉えていた
「やあ…」
そう言って、口角を少しあげたあの人
「スミス団長、お帰りなさい」
私は笑顔でそう言った
「うっ…」
起き上がろうとして、身をよじり、苦痛に歪むあの人の顔
慌てて制する
「スミス団長、まだ動いてはいけませんよ。じっとなさってください」
そっと体をベッドに横たえた
私は立ち上がって、タオルを水で濡らし、絞る
あの人の枕元へ行くと、あの人が真っ直ぐ私を見つめていた
「汗をお拭きしますね」
ちょっと恥ずかしくなった、今更ながら…
そういえば、よくぞ自分から手を握ったり出来たよね…
火事場の馬鹿力とでもいうのかな…?
そっと汗を拭いていると、あの人が呟くように言う
「リコ、ありがとう」
「いいえ、冷たくないですか?気持ち悪くないですか?」
「ちょうど、いいよ」
そう言って微笑んだ
あの人が、帰ってきた…
まだ声は弱々しいけど…嬉しい
また涙が出そうになったけど、きっと今泣いたらあの人が混乱するだろう
我慢我慢…
汗を拭き終わり、また椅子に座る
さすがに手は握れない…
やっぱり私は勇気がないな
「リコ」
「はい、何でしょう、スミス団長」
「俺は、どれくらい寝ていた…?」
「今日で丸3日たちますね…日付でいいますと、4日目になります」
「…そんなにも、寝ていたか…」
ふぅ、と息をついたあの人
そして、また苦痛に顔が歪む
「それだけ寝ていなければならないお怪我だったんですよ。まだ、寝ていなくてはいけません」
「皆に迷惑を掛けているだろうな…」
あの人はため息をついた
「たまには休めという事ですよ。スミス団長は頑張りすぎなので」
心の底からそう思う
「そうかな…?」
「はい、そうです」
あの人はしばらく私の顔をじっと見ていたが、目を閉じた
そして微笑む
「リコは、優しいな」
息をするのを忘れるくらい、どきっとした
「しかし、体が全く言うことを聞かんな…情けない」
またため息をつくあの人
「スミス団長…やっと意識が戻った所なのに、いきなり動こうなんて無理ですよ?大怪我なんですから。これで動けたら人間辞めてますよ」
ついついいつも通りの口調で言ってしまった…
「ははは、そうか、そうだな」
「そうです、焦ってはいけません」
そう言って、あの人の額に手を当てる
「…まだ少し熱もありますね。やっぱり動いてはいけませんよ」
「了解した」
あの人はそう言って、微笑を浮かべた
「あ、そうだ。スミス団長、お腹はすきませんか?ずっと何も食べていらっしゃらないから…何か食べられそうなら持ってきますよ?」
「食欲は無いが、食べておこうかな…?」
「無理はだめですよ…?食べられそうな物、見繕ってきますね」
そう言って、立ち上がり扉へ
「リコ」
呼ばれて振り返る
「はい。何でしょう、スミス団長?」
「ありがとう」
顔から火が出そうなほど赤くなった…と思う
「お礼はいいので、じっとなさってて下さいね」
逃げるように部屋から出た
食べられそうな物を医師に尋ね、その足で病院の厨房へ
シチューを少し温めてもらい、部屋に戻った
「只今戻りました」
と言い、ベッドに近付くと
「おかえり、何か旨そうな物はあったかな」
とあの人が言った
枕元の椅子に座り、シチューの入った器を見せる
「ありましたよ、シチューです」
「そうか、ありがとう」
あれ、そういえば、どうやって食べてもらえばいいのかな…
考えてなかった…というか、あれしかないじゃない
だめだ、恥ずかしくなってきた…
「あの、スミス団長…」
「なんだい、リコ」
うーん、は、恥ずかしい…
「…はい、どうぞ…」
私は目を閉じて、シチューの入ったスプーンを差し出した
「リコ…」
「は、はい…」
「目を開けてくれないか?シチューを鼻にでも入れてくれるつもりなのか?」
目を開けると、確かに見当違いの所にスプーンを差し出していた
「す、すみません…」
恥ずかしくて泣きそうになった…
「リコ、恥ずかしいのはお互い様だから、頼むよ」
そう言ってはにかんだ様に笑うあの人
そう、そうだよね
あの人だって恥ずかしいよね
よし、子どもにご飯を食べさせてると思ってみよう
「はい、あーん」
あの人の口にシチューを少し入れた…やっぱり子どもには見えそうにない…
「どうですか?お味は」
「美味しいよ。リコが食べさせてくれるから」
…なっ、何を言ってるんだ、もう…
「誰が食べさせても、味は変わりませんよ!!」
「ははは、そうかな」
愉しげに笑うあの人
完全に遊ばれてる気がした…
「からかう元気がおありなら、さっさと食べて下さいね!」
「わかった、すまない。リコを怒らせたな」
と言いながら笑うあの人は、やっぱり素敵だった
すったもんだでシチューを平らげたあの人
歯も磨いて、とりあえず一段落
この調子で食べられるようになったら、体力も回復して体も起こせるようになるだろう
冗談をいえるくらい元気になって、良かった
あの人は、また眠っている
まだ体力もないはずだもんね
ゆっくり休んでほしい
そういえば、私も朝食べたきりだった
お腹すいてきたな…もう夕方だ
何か買い出しに行こう、とそっと扉を開けると見張りの兵士が紙袋を差し出した
「リヴァイ兵長から差し入れです。伝言は…俺たちは忙しいから世話を頼む…です」
なるほど、見張りの兵士に持たせてくれたのか…
やっぱり忙しいんだ
パンやら水やら缶詰めやら果物が沢山詰め込まれていた
まるで泊まり込めと言わんばかりの量…
私も明日は任務があるんだけど…
まあ、できる限りは側にいるつもりだけどね
二人の仲の良さに頬が緩む
部屋に戻り、リヴァイ兵士長からの差し入れを机に置く
ソファに座り、中からパンを取り出してかじる
上に贅沢にもチーズが乗ってる
奮発してくれたのかな…美味しいパンだ
兵舎のパンもこれくらい美味しいといいのにな
結局パンを二個も食べて、お腹いっぱいになった
水を飲んで一息つく
今度リヴァイ兵士長にお礼を言わなきゃね
チビメガネと呼ぶのも、まあ仕方ないからいいか…
立ち上がり、窓の外を見ると、夕暮れから夜に移り変わっていた
カーテンを閉めて、ベッドサイドの明かりを灯した
あの人はまだよく眠っている
穏やかな寝顔
枕元の椅子に座って、そっと額に手を当てる
熱ももうないみたい
この分だと、明日は無理でも明後日には体を起こせるかな?
動けるようになれば、私がここに来る必要もなくなる
こんな時間は今だけ、わかってる
それでいいと思う…寂しくないと言えば、嘘になるけど…
穏やかだったあの人の寝顔が、突然苦悶の表情に変わる
「うっ…」
痛むんだ、右腕の傷口が
「スミス団長、大丈夫ですか!?痛み止めの薬…」
慌ててサイドテーブルにある薬と水差しを手にして、あの人に飲ませる
痛み止めは直ぐには効かない
私は布団の下の左手をしっかり握り、空いた片手は濡れたタオルを持って、汗を拭く
少しでも他の場所に刺激を与えれば、痛みも紛れると思ったから
「スミス団長…」
辛そうな表情に、胸が締め付けられる
左手を強く握ると、あの人が握り返してきた
「リコ…大丈夫だよ」
そう言って微笑んだ
…無理をしてるのくらい、私にも分かる
「痛かったら、痛いと言って下さい。我慢しないで…」
「すまない、かなり痛い…」
あの人は力なくそう言った
「私が代われるものなら代わりたい…」
ついに、我慢していた涙がこぼれ落ちた
「それは、駄目だ、リコ」
あの人の手が、強く私の手を握りしめた
そのまましばらくは辛そうにしていたあの人だったが、やっと痛み止めが効いてきたのか、呼吸も表情も穏やかになった
「リコ…すまない。泣かせてしまったな」
申し訳なさそうに言うあの人
「いいえ、私がすぐに泣くのがいけないんです。謝らないで下さい」
泣きたいくらい痛いのはあの人なのに、私が泣くなんて…自分に呆れた…
「いや、俺のために泣いてくれたんだろう?」
あの人はそう言って、私をじっと見つめている
「…代われるなら代わりたいと思ったのは本当です」
俯いて、小さな声で言った
「リコ」
あの人の左手が、私の手を強く握りしめた
「ありがとう」
私の涙腺が決壊した…
布団に突っ伏して泣く私の頭を、あの人の左手が優しく撫でていてくれた
どうしてこんなに泣き虫になってしまったんだろう…
自分がわからなかった
いつも乙
もう終盤かな?
更新いつも楽しみにしてる
コメント下さった方ありがとう
励みになってます
やっと涙が収まって顔を上げると、あの人の優しい眼差しと目が合った
「リコ、落ち着いたかな」
「…はい、すみません」
「…謝るな」
くしゃっと私の頭を撫でるあの人の手
青い瞳に吸い込まれそうになる
でも、何だか視界が悪いと思ったら、眼鏡にまで涙の跡がくっきりだった
あの人の顔をしっかり目に焼き付けたいから、眼鏡を綺麗にしなきゃ
眼鏡を外して、胸ポケットに常備している眼鏡拭きで磨く
「リコ」
「はい、なんでしょう」
眼鏡を拭きながら、視線をあの人へ向ける
あの人は私の顔をじっと見ていた
「もう少し顔をよく見せてくれないかな」
「はあ」
眼鏡を掛けていない顔にも全く自信はないから嫌なんだけどな…
しかしあの人に嫌とは言えるはずもなく…
あの人の顔を覗く様に、顔を近づけた
あの人の顔が近い、それだけでも心臓がうるさいのに
「可愛いな」
と言われて、多分心臓が止まった…ような気がした
「か、からかわないで下さい…!」
顔を真っ赤にして言う私の頬に手をやって
「からかってなどいないよ」
と言うあの人の表情は、穏やかで優しかった
「なあ、リコ」
「はい、なんですか?スミス団長」
相変わらず顔が近いので、緊張する…
あの人が私の頬を撫でながら、呟くようにささやく
「もう少し近くに」
「それは…む、無理です…!」
これ以上近くになんて、心臓が止まる…
「そうか、残念だ」
と言いながらも、私の頬を撫でる手はそのままだった
「何を、考えてるんですか…?」
多分顔は茹で蛸状態になりながら、あの人に問う
あの人は少し困った様な表情になった
「本当に、何を考えているんだろうな…?」
はは、とあの人は自嘲気味に笑った
「し、知りませんよ、そんな事…!」
頬を撫でるあの人の手を振り払うかの様に、頭を振った
「リコがまた怒った」
「当たり前です!!」
「…泣いたり怒ったり、忙しいな、リコ」
ははは、と笑って私の髪をグシャグシャと混ぜた
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「誰のせいなんだ?」
もう!!
「…帰ります!!」
と言って立ち上がろうとした私の手を掴む、あの人
「もう少し傍にいてくれ」
…その言葉に抗う術を、私は持っていなかった
「スミス団長は、私をからかうのがお好きですね」
立ち上がるのを止めて、改めて椅子に座った私
手首を掴んでいたあの人の手は、私の手を握りなおす
「そうかな…そんなつもりはないぞ」
首を傾げるあの人
「また腕が痛むかもしれませんから、大人しくしていて下さい」
「ああ、リコが怖いからそうする」
「…スミス団長…?」
目を皿のようにする私。怒った顔は得意だからね
「怒った顔も可愛いな」
…だめだ、完全に掌の上で遊ばれてる…
「口はよく動く様ですから、体も早く動くと良いですね」
ため息混じりにそう言った
顔は真っ赤になっているけど…
「本当だな。口くらい体が動いてくれたらな…」
ため息をつくあの人
「焦りは禁物ですよ。そうだ、体力をつけるためにも何か食べないといけませんね。また取りに行ってきますね。今夕飯を配っているみたいですから、丁度いいです」
「ああ、頼む」
立ち上がり廊下を見ると、丁度給仕が来ていたので、夕飯を受け取って、部屋に戻った
見張りの兵士に、リヴァイ兵士長からのパンを一つ渡しておいた
「お待たせしました、スミス団長」
椅子に座った私は早速、よく煮込んである柔らかい根菜類を少しずつ、口に入れていく
「美味しい」
と言って顔を綻ばせるあの人を、とても愛おしく感じた
「食べられるだけ食べて下さい。無理はしないで下さいね」
「ああ、わかった」
結局夕飯は野菜煮込みは勿論、パンまで平らげた
「これだけ食べられたら、きっとすぐに体力も戻りますよ」
食後の歯磨きも済ませて、一段落
ふぅ、と息をついた
「リコ、疲れただろう。すまないな」
「いいえ、大丈夫ですよ。座っているだけですから」
そう言って微笑んだ私
私にもこんな表情ができるというのが、発見だ
「リコ、明日は早いのか?」
「明日は朝からですね。トロスト区から東へ。哨戒です」
「そうか、どの様な状況だ?」
あの人の瞳に力が宿る
「今の所ウォールローゼが破られた形跡もなく、巨人も、3日間確認できていません」
「そうか…」
何かを思案しているようだ
頼もしい、調査兵団団長の顔になる
…寝たままだけど
「明日は馬だな。疲れが出てはいけないし、そろそろ兵舎に戻る方がいいな」
あの人の言葉に頷く私
「はい、そうさせて頂きます」
立ち上がろうとすると、あの人にまた手を握られる
「なあリコ」
「はい、なんですか?スミス団長」
あの人の顔を覗きこむ
あの人はしばらくじっと私の顔を見ていたが
「いや、何でもない」
と言った
「言いたいことがおありの様ですが…?」
「言ったら怒られるから言わん」
「…何なんですか!?その奥歯に物が挟まったみたいな言い方は!!」
「ほら、怒られた」
「怒りませんので、ちゃんと言って下さい。スミス団長」
ため息をついて、そう言った
「…まあ、気にするな」
「明日気になって落馬しますよ!?」
「それは困るな…」
あの人もため息をついた
「なんですか?スミス団長」
「リコ、明日も来てくれるか?」
「…夜になると思いますが…」
そこまで言って、唐突に恥ずかしくなった
慣れたと思ってたのに…
「そうか、無理はしてほしくはないが、もし来れそうなら…」
「はい。わかりました、スミス団長」
無理してでも来ますよ…勿論…
あの人の手が、私の頬を撫でる
「おやすみ。ゆっくり休むんだよ」
優しくそう言うあの人に、私は精一杯の勇気を振り絞る
あの人の額に、唇を落とした
今の私に出来る精一杯だ
「おやすみなさい。スミス団長」
恥ずかしかったから、直ぐ様立ち上がった
「おやすみ、ありがとう、リコ」
あの人の優しい声が、私を何処までも連れていってくれる気がした
兵舎に帰るなり一目散に部屋に飛び込み、ベッドにダイブした
枕に顔を埋める
あー恥ずかしかった…本当に
よくぞあんな行動が出来たものだと思う
雰囲気って怖い
普段なら絶対出来ない…
少し勇気を出せた
今の私には最大級の勇気
それに、明日も来てくれと言われたよ…
嬉しいんだけど、恥ずかしいし、夢じゃないかと思う
あの人もかなり元気になってきて、良かった
あの人が元気になるために、私は私に出来る精一杯の事をしよう
私に出来る事なんて限られているけどね
今日は、トロスト区からカラネス区の区間の壁に異常がないかを確認しに行く
途中で引き返すことにはなるが、馬での移動は長丁場になる
十分準備し、出立する
二時間ほど馬を走らせ、休憩をとる
今のところ平和だ…
「リコ班長~」
女の班員が話しかけてきた
「なに?」
「昨日お昼から非番だったのに、いらっしゃらなかったですよね!?何処に行ってたんですか!?」
何だか怒っているみたいだ
「少し用事がね…」
まさかあの人のお見舞とか言えない
言ったら最後、駐屯兵団全体に広まるだろう
…考えるだけで恐ろしい…
「ワンピースどうするんですか!?次の非番の日は絶対朝から兵舎にいてくださいよ!?」
「…ねぇ、なんでそんなに私にワンピースを着せたいの…?」
ほんとに疑問なんだ
服装なんて放っといてくれたらいいのに…
「リコ班長に似合うからですよ!それは、兵服姿もかっこよくて大好きですよ。でも、イメチェンでワンピース着たらきっと違うリコ班長を見れます!!」
「そうか…」
「はい!!」
「まあ約束だからね、あなたが選んだ服を着るよ」
「やったあ!リコ班長とお買い物っ!!」
ほんとに呑気だなあ…これはさっさとワンピース着てしまった方がいいな、しつこいしね
またしばらく馬を走らす
人里もあるが、今は避難していて誰もいない
壁も今のところ大丈夫だ
巨人も発見できない
油断は禁物だが、やはり壁が壊されたのではなく、何か別の理由で壁内に巨人が出現したのかもしれない
巨人については、まだわからないことだらけだ
だから、何が起こっても不思議ではない
早朝から昼まで東に走らせ、引き返す
さすがに疲れてくる、馬もだ
帰りは休憩を少し用事多めにとった
結局、トロスト区に帰ってきたのは夜の10時
班員達を帰らせたり、報告書を出したりしているうちに、日付が変わってしまった
…今日行くといったのに、間に合わなかったな
とりあえず、病院に兵服のまま向かう事にした
あの人の部屋の前にいる見張りの兵が、私を見つけて敬礼する
「リコさん、どうぞ。今日は団長は食事も沢山食べられていました!!」
「ありがとう、ご苦労様」
敬礼を返し、そっと扉を開けて部屋に入った
部屋は真っ暗だった
窓のカーテンが開いたままで、月明かりが部屋を多少明るくしている
ジャケットを脱いで、ソファに置く
洗面所で手を洗い、少しでも清潔にする
…一日馬にのって駆けずり回っているんだから、清潔なんて言えないけど、気持ちだけね
そっとベッドに近付くと、あの人は穏やかな表情で眠っていた
汗もかいていないし、息も荒くない…よかった
ふぅ、と息をついて椅子に座る
遅くなってごめんなさい…
心の中で謝った
手を握ろうか…?いや、起こしたらだめだしね
今日はこのまま、しばらく側にいよう
あの人の寝顔を見ているだけで、何だか心が暖かくなる気がした
一時間ほどそのまま様子を見ていた
時折寝返りをうとうと体を動かしていたあの人
その度に布団をかけ直した
かなり体が動くようになってきたんだろう
私がこうしてのんびりあの人の寝顔を見る時間も、もう残り少ないだろう
あの人には翼が生えている
きっと怪我が治れば何処かに飛んでいくだろう
壁外にはもう行けないかもしれないけれど、あの人が戦っている何かは、多分壁外の巨人だけではないと思うから
何かと聞かれても、私にはわからないけど…
ピクシス司令ならわかるのかな…
でも、短い間だったけど、十二分に幸せだった
本当に
こんなに側にいられたんだから
あの人が飛んでいったら、私はまた自分に出来る事を一生懸命こなそう
一緒には飛べなくても、ほんの少しでも役に立てればそれでいい
そう、自分に言い聞かせる
寂しいと思う気持ちは、心の奥に鍵をかけて閉じ込めてしまえばいい
あの人の枷にだけはなりたくないから
そろそろ帰ろうかと思い、椅子から立ち上がる
また布団がはだけていたので、そっとかけ直した
「おやすみなさい、スミス団長」
小さい声で呟く様に言った
「…リコ」
寝ていたあの人が私の名を呼んだ
顔を覗くと、うっすら目を開けていた
「起こしてしまいましたか…」
私は椅子に座り直した
「いや、目が覚めただけだよ。もう夜中じゃないか、無理して来なくていいといっただろう」
あの人の手が、私の頬に伸び、そして優しく触れた
「顔だけ見て帰ろうと思いました」
「そうか…ありがとう」
あの人は笑みを浮かべた
「今日は、というか昨日はかなり体も動くようになったみたいですね」
「ああ、起き上がれる様になったよ。手伝ってもらってだが…」
あの人の手は相変わらず私の頬に触れている
ちょっと恥ずかしい
「寝返りもされていましたからね。でも余り無理はなさらないように、徐々にですよ」
「了解した」
「そうだ、今日は午前中にピクシス司令がくる。あと、リヴァイもだ」
あの人の瞳は、確実に遠くを見据える力強い目に変わっていた
「そうなんですね。久々に頭をフル回転できそうですね」
「ああ、気を引き閉めんとな。ところでリコ、今日の予定は?」
「今日はトロスト区の内壁ですね。後、午後からはピクシス司令に呼ばれています。明日は休暇です」
「そうか、明日も任務なのに引き留めてすまんな」
私の頬から手を離し、申し訳なさそうに言うあの人
「私は来たくて来たので、謝られては困ります」
「そうか…ありがとう」
微笑むあの人
「そろそろ失礼しますね。明日ふらふらで壁から落ちるかもしれませんので」
「…頼むから落ちないでくれよ?ゆっくり寝なさい」
「了解しました、スミス団長」
あの人の頬に手を伸ばして、そっと撫でた
「リコ、おやすみ」
「おやすみなさい、スミス団長」
そう言って、部屋を後にした
朝、いつも通り起きてジョギング
そして朝食までは良かったのだが…
「リコ班長!!おはようございます」
朝食中に声をかけてきたのは、女の班員だ
「おはよう」
と言って、スープを口に入れる
「明日非番ですよね!?明日午前中に買い物行きましょうね」
…やっぱりこの話しか…
「わかった。行くよ」
「よろしくお願いします!!」
と敬礼して、食堂を出ていった…
はぁ、と本日一度めのため息をつくと、隣の兵士が
「買い物いいですね。班長のワンピース、楽しみです」
と言うので
「楽しみにしないで!!」
と叫んで、パンを口に放り込んで食堂を出た
はぁ、本日2度目のため息が出た
トロスト区内壁の任務はつつがなく終え、昼食を班員達と食べた後、駐屯兵団本部に向かった
ピクシス司令は、いつも通り飄々としていた
班長、隊長クラスが集まる中、司令が話をはじめた
「本日、ウォールローゼの安全宣言を出した。避難民もローゼに戻ってきておる」
皆から安堵のため息がもれる
「諸君らの毎日の哨戒によっても、異常は確認できなかったからのう…」
そうだ、それにこれ以上はシーナの食料備蓄が底をつく
「諸君らの思っている通りじゃ。安全宣言を出さざるをえん状況じゃ」
「わしからの話は以上じゃ。解散」
皆に混じって部屋から出ると、アンカがついてきた
「リコ、あなたスミス団長の所に通ってるらしいね?」
「…誰から聞いたの?」
「今日、本人から…世話になってるって…」
…そうか、今日は司令と話すって言ってた
「リコってば、なんで教えてくれないの!?」
「教える様な事でもないかな、と」
アンカが私の額を小突いた
「教える様な事よ!」
と言って笑った
結局、アンカに根掘り葉掘り聞かれたが、報告するような事は何もないよと言って、なんとかその場を収めた
だってほんとに何もないしね
でも、安全宣言は少しホッとした
とはいえ、安心できる状況とはいえないけど…
あの人の復活で、また何かが動き出すのかも知れない
そういえば、ハンジ分隊長とも全然会えてないな…
きっと凄く忙しいんだろうな
またゆっくり食事できる日が来るといいけど…
トロスト区内壁の哨戒任務を終え、その足で病院へ
夕暮れ時、屋台にはいい匂いの食べ物が並んでいる
少し奮発して、ベーコンサンドを食べた
美味しいなあ…食べてる時って幸せだ
食後に甘いコーヒーをのんで、病院に向かった
部屋の前の見張りの兵に、差し入れのコーヒーとベーコンサンドを渡して部屋に入った
部屋に入ると、ベッドの上で体を起こしているあの人が見えた
「こんばんは、スミス団長」
と言ってベッドに歩み寄り、椅子に腰を下ろす
「やあ、リコ」
笑顔でそう言うあの人
手には書類の束を持っていた
「早速仕事ですね」
「ああ、沢山たまっているよ」
書類の束を私の頭にポンと乗せた
「重たいですね」
「ああ」
そのまま書類をパラパラとめくり始めるあの人
「退けて下さい、スミス団長」
「丁度良くてな」
「スミス団長!!私の頭は机ですか!?」
「すまん、冗談だ。またリコに怒られたな」
ははは、と笑って書類を頭から退けた
「…元気になられたようで何よりです」
私ははぁ、とため息をついた…多分不機嫌を絵に描いたような顔をしていると思う
「すまん、機嫌をなおしてくれ、リコ」
書類をベッドに置き、私の頭を撫でた
「スミス団長、今日は体の調子はいかがでしたか?」
「今日はずっと起きていたよ。午前中はピクシス司令が来ていたし、昼からは部下が沢山書類を持ってきたから、ずっと目を通していた」
「…あまり無理はなさらないようにして下さいね。病み上がりですよ」
私はあの人の額に手を当てた
「熱はないみたいですね、良かった」
「ああ、無理はしないように気を付けるよ。体を自分で起こせるようになったから、少し無理をしたかもしれん」
私の手を握りながら言うあの人
「歩いてみましたか?」
「ああ、少しだけな。割りと歩けたよ」
「…良かったです」
着実に元に戻ってきている
右腕以外は…
「腕の傷は痛みますか?」
「たまに痛むが、我慢できない程ではないよ」
「そうですか、良かった」
ふぅ、と息をついた
「心配してくれていたんだな、リコ」
「当たり前です。私だけではなくて皆心配していましたよ?」
「そうか…ありがとう」
あの人はにっこり微笑んだ
「なあ、リコ」
「はい、なんですか?スミス団長」
「明日は休暇だったよな、確か」
「はい、午前中に少し用事があるんですが…部下に買い物に誘われていて…」
…買い物の約束しちゃったしね…ワンピース…
「そうか、部下とゆっくり楽しんでおいで」
あの人は笑顔でそう言ったが、何となく引っ掛かった
「もしかして明日、私に何か用がありましたか?」
「いや、またいつでも良いから来てくれたら…」
私の手を握るあの人の左手に、少し力がこもったように感じた
「わかりました。昼から伺いますね」
「明後日、病院を出る」
唐突に放たれた言葉からは、ただ単に退院するという意味だけではない何かを感じた
「おめでとうございます。驚異的な回復力でしたもんね」
「リコ、君のおかげだよ」
そう言うあの人の真摯な眼差し
「私は何もしていません…」
その眼差しを受け止めるには、私の心も勇気も、余裕がなかった
だから、あの人から視線を外した
視線を外した私の頭を優しく撫でてくれる、大きな手
私は本当に勇気がない
もし夢ならば、きっとあの人の眼差しを受け止められただろう
そして、本当の気持ちも言えただろう
でも、現実は…もう少し勇気が欲しい…
私にはやっぱり勇気が足りない…
「リコ」
名前を呼ばれる
いつの間にか、あの人に名前を呼ばれる事が当たり前になっていた
少し前まではあり得ない事だったのに
頭を撫でていた大きな手は、私の頬に、そして私の顎に
顎に掛かった手は、私の顔を正面に向ける
「リコ」
「はい…スミス団長…」
かろうじて返事をした私の顔に、あの人の顔が近付いてくる
目をぎゅっと閉じた時、私の唇にあの人のそれが触れた
「リコ」
と呼ばれて目を開けると、あの人が心配そうに私を見ていた
「はい」
かろうじて声は出せた
「顔が赤いぞ?大丈夫か」
あの人の手が私の頬に触れる
「だ、誰のせいだと思ってるんですか…?」
非難めいた眼差しをあの人に向ける
「俺のせいかな…?」
あの人は首をかしげる
「あなた以外にいますか?」
「いないな。すまん、顔をリンゴみたいにしてしまって」
「…言わなくていいです!!」
いきり立つ私の頭をグシャグシャと混ぜたあの人
「俺はリコを怒らせるのが得意だな」
と言ってははは、と笑った
「そんな事を得意にならないで下さい!!」
「ほらな、また怒った」
あの人は、とても愉しそうだった
「それよりも、今日1日中起きていらしたなら、そろそろ横になっておやすみ下さい」
「まだ大丈夫だよ」
「いいえ、いきなり働きすぎです。明後日退院出来なかったらどうするんですか?」
あの人の無理を諌める私
「それは困るな…」
「やらなければならない事が沢山おありなのはわかりますが、体が急にはついて行きませんよ」
「わかったよ。とりあえず横になろう」
と言うと、私が補助するまでもなく自分で身体を横たえた
私はあの人の体に布団を掛けて、枕元の椅子に座る
「明後日お戻りになるなら、髭も剃らなきゃいけませんね」
あの人の顎の無精髭を触る
結構好きかも、髭の感触…勿論口には出さない
「明日やってもらうよ。髪も一緒にな」
「そうなさって下さい。後は兵服を着れば、泣く子も黙る調査兵団の団長の完成ですね」
「隻腕になってしまったがな」
自分の右腕があった場所に目をやるあの人
言葉とは裏腹に、悲壮感も後悔もなさそうだ
「あなたには右腕はなくても、知略があります。指揮官としてまだまだやれます。兵団の皆さんが首を長くして待っていますよ」
「ああ。そうだな、まだやるべき事はある」
あの人の瞳は、遥か遠くを見据えている様に見えた
もうすぐ、またその遥か遠くを目指して飛ぶのだろう
私には追い付けない速度で…
「ハンジ分隊長や、リヴァイ兵士長も待っていますよ!!仕事をたっぷり抱えて…」
「そうだな、あいつらにも迷惑を掛けた。何か奢らされそうだ」
そう言って笑うあの人
「お酒と美味しい食事ですね」
「それで済むといいが…そうだ、リコ。君にも迷惑を掛けているし、何かご馳走しようか?それとも欲しい物はあるか?」
あの人は、私の手を握って言った
「私は何も要りませんし、迷惑掛けられてもいません。それに、迷惑を掛けたといえば私の方が、ですよ」
「ん?何かあったか?」
「以前ご馳走になった時です。私が寝てしまったから…」
「ああ、あの時か。君を背中におぶって兵舎に行ったな」
「…はい。すみませんでした、ご迷惑をお掛けして…」
私は頭を下げた
「迷惑ではないよ。むしろ役得だろう?ハンジにはセクハラだと罵られたが」
「役得…セクハラ…?」
「ああ。だから気にしなくていい」
あの人は笑顔でそう言った
「何が役得なのか、何がセクハラなのか…」
「リコ、それも説明した方がいいか?」
「…いいえ、何となくわかった気がするので、いいです」
想像してしまって、恥ずかしくなった…
私の手を握っているあの人は、とても愉しそうで、それは私も嬉しい
束の間の休息くらい楽しんで欲しい
明後日になれば、また忙しくなるのだから
「そうだ、スミス団長こそ退院されるのですから、お祝いを用意しないとですね。何がいいですか?」
「いやいや、それこそ何もいらないよ」
「遠慮はいりませんよ?明日買い物に行くので。お酒がいいですか?それともお肉?」
「もう充分貰っているからな」
あの人はそう言って、私の頭を撫でた
「何もあげていませんよ?」
怪訝そうな顔つきの私に微笑むあの人
「いや、貰っているよ」
あの人は唐突に身体を起こし、私の唇を奪う
「ほら、貰った」
「……」
何が言おうと思ったけど、びっくりし過ぎて言葉が浮かばなかった
「リコ、怒ったか?」
「いいえ。びっくりしただけです。ただ…私をあまりからかわないで欲しいです」
「からかってなどいないんだが、そう感じたならすまない」
あの人は私に頭を下げた
「謝らないで下さい。私にも訳がわからないんです」
何だか泣きそうになった
自分がわからない…
そんな訳のわからない私の言葉を、真摯な眼差しで受け止めて、頭を優しく撫でてくれるあの人
「なあリコ」
「…はい、なんですか?」
「明日色々話をしよう」
真摯な眼差しを私に向ける
今度は私もしっかり受け止める
「はい。私もスミス団長にお聞きしたい事があります」
「俺が分かることなら何でも話すよ、リコ」
「はい、話せる範囲で構いませんけど」
「わかったよ」
あの人が優しい笑顔でそう言った
「では、今日は帰りますね。明日はお昼に来ます」
「ああ、待っているよ」
「おやすみなさい、スミス団長」
「おやすみ。いい夢を、リコ」
今日は何だか煮え切らないまま病院を後にした…
あーー続き気になる!!
自分の部屋に戻るなり、涙が溢れてきた
どうして泣いているんだろ…
あの人にキスをされたのが嫌だったからか…?そんなわけない
寧ろ嬉しかったはず、恥ずかしかったけど…
じゃあ何故涙が出るんだろ…
嬉し涙じゃない涙
何の涙なのかもわからない
布団に突っ伏した
涙が止まらなきゃ、冷静に考える事ができない
…でも、私の意思に反して止まらない涙
いろんな感情が涙と一緒に溢れて流れる
…このまま泣いていたら、楽になるのかな…?
情けないな…私は本当に、泣き虫だ
勇気もないし…考える事もできてない
そんな私に優しく接してくれるあの人
それに対して私の態度ときたら…
我ながら腹が立つ
こんなことなら、ただあの人の姿をこっそり眺めていた頃の方が良かったのかな…
何も考えなくて良かったよね
そうだ、私にはこの気持ちは荷が重いのかもしれない
…ちょっと待て、自分の気持ちと向き合おうと決めたはずじゃない?
考えれば考えるほど、どつぼに嵌まってる
でも涙が止まってきた
きっと何かが引っ掛かって、自分の気持ちに素直になれないんだ
…それは、なんだろう
そうだ、わかった
心の奥にしまったはずの、寂しいという気持ち
もうすぐ一緒にはいられなくなる現実に付き纏う感情
これをあの人にぶつけてしまいそうだからだ
我慢しないといけないのに、あの人の優しさが私を我が儘にする
それが怖いんだ…
このスレいつも楽しみにしてる
結局なかなか寝付けなかったが、色々考えている間に知らない間に寝ていて、朝になった
食堂に行った
何時も通りの席で、全く食欲の無い体に食べ物を無理矢理押し込む作業
隣の兵士の存在も全く気にならない
ため息ばかりが出る
その時、明るい元気な声が私をよんだ
「リコ班長!!おはようございます!!」
「おはよう」
今日買い物に行く班員の女子だ
「今日は非番なのに兵服ですか?班長」
…そういえば、なにも考えずに兵服着てた
まあいいか、着替えるのも面倒だし
「ああ、服を考えるのが面倒で…」
「班長ったら!!まあ今日買ったのをそのまま着てればいいですよね!」
…そのままワンピース着てうろうろは勘弁して欲しい…
「今日はアンカさんもこられますよ!!」
…なんと…
「そ、そうなんだ」
「先日話をした際に、私も非番だから行くっておっしゃって!!構わないですよね?」
「構わないよ」
「では、後から兵舎の門で待ち合わせですよ!!」
「了解」
兵舎の門に寄り掛かって、本日数度目のため息をつく
アンカも来るのか…
私のこの顔を見れば、おかしいのがばれるだろうな
…目のまわりが赤くて腫れぼったかったし…
眼鏡である程度隠せるのだけは良かった
「班長~お待たせしました!!」
班員の子が待ち合わせより早くやってきた
偉いな
「待ってないよ、今来たところ」
と言っていたら、アンカもやってきた
「皆お待たせ!!司令のお酒を奪うのに時間がかかっちゃって」
というアンカは兵服姿だった
「あれ、アンカ仕事だったの?」
と言う私の問いに
「昼から少し用事があるから、兵服きてるの」
と言って敬礼する
「アンカさんこんにちは」
班員の子が敬礼を返した
「こんにちは!じゃあ行こうか?」
「了解!」
…二人ともテンション高いなぁ…
私の着るワンピースを、私の意思とは関係なく選んでいる二人
…凄く楽しそうだなあ
他人事の様に眺めていたりするんだけど、二人が手に取るワンピースを見て、顔が歪みそうになる…
いや、それはフリフリしすぎでしょ…
それはスカート丈が短い…
でも、選んでもらったのを着ると約束したので黙ってる
またため息をつきかけて、やめた
折角二人が楽しそうに、私のために服を選んでくれているのに、ため息なんてついたら失礼だよね
「リコ、リコ」
呼ばれたので行ってみた
二人が手にしていたのは、淡いブルーのワンピースだった
綺麗な色だ
襟元とスカートの裾に同じフリフリがついているが、派手ではない
「これどうかな!?綺麗でしょ?」
「班長~着てみて下さい!!」
二人にワンピースを手渡される
「ん…わかった。待ってて」
私は大人しく試着室に入ってワンピースを着た
鏡はなるべく見ない様にした
「リコ!!似合う!!」
「班長かわいすぎる!やばい!!」
試着室から出た私を大絶賛の二人
「そんなわけないでしょ」
「そんなわけあるよ!?靴が兵服のブーツは変だから、これも履いてね」
と、アンカが差し出した白いサンダル
「もしかして、このまま店を出るの?私」
「班長当たり前でしょう?朝そう言ったじゃないですか」
「リコ、本当に似合うからそのままがいいよ。兵服とブーツは袋に纏めてもらうから」
と言うが早いか、アンカは私の兵服一式を持って行った
「アンカさんさすがだなあ、仕事が早い!」
「そうだね…」
機転がききすぎるよ…
「班長、班員や、兵舎の兵士達にも見せてあげて下さいね!?」
「いやだよ」
「だめですよ、約束です!!」
はぁ、とため息をついた
結局、足がスースーする格好で店を出た私
恥ずかしいけど、もうここまでくれば腹をくくるしかない
ワンピースを着ていると、気のせいか体が軽くなった気がした
昼食は三人で、パンにハムと卵が挟まった物を公園のベンチで食べる事にした
「班長、ほんとかわいいですよ!というか、綺麗…」
班員の子の目がうっとり私を見つめる
「やめてよ、恥ずかしい」
私は首を横に振った
「リコ、本当にいい感じ。空色がまたリコによく似合うわ」
アンカが顎に手をやってき頷く
「そうだ、私は昼からデートなんで!!後はアンカさんにお任せしますね」
「デート、いいわね。どんな人なの?」
とアンカ
「憲兵なんですよ。年下の」
「もしかして、この間のストヘス区の?」
記憶をたどり、思い出す
「はい、そうなんです」
と言う彼女の顔はとても嬉しそうだった
それから三人で他愛もない話に花を咲かせ、班員の彼女はエルミハ区に行くために、この場を後にした…エルミハ区で待ち合わせらしい
「さて、リコ」
アンカがベンチから立ち上がった
「行こうか、病院」
「…え?」
「私、司令から預かった信書をスミス団長に直接渡さないといけないから、ついてきて」
と言って、ベンチに座る私の手を引っ張り立たせる
「アンカ、お願い、着替えさせて…?」
「ダメ。約束でしょ?」
私の切実な願いも空しく、病院に連行される事になった…
更新乙です
期待してます!
コメントありがとう
皆さんの言葉が嬉しいです…!
病院に着いてしまった
あの人の部屋の前に行くと、見張りの兵士が
「リコさん、アンカさんこんにちは。リコさん、今日はイメージチェンジですか!?よくお似合いです!!」
と言って敬礼した
私達も敬礼を返した
…しかし恥ずかしい…
アンカが部屋の扉をノックする
「スミス団長、失礼します」
とアンカが言うと、中からどうぞ、と返事が返ってきた
私の足は床にくっついて動きたくなさそうだった…
けど、結局アンカに手を引っ張られて中に入らされた
「やあ、アンカ、リコ」
あの人は書類の束を手に、窓際に立っていた
無精髭も綺麗に剃られ、髪も整えられていた
スラックスにシャツという出で立ちだが、兵服のジャケットを羽織っていた
自由の翼を背負ったあの人は、軍神のようにみえた
「スミス団長、ピクシス司令から信書を預かっております。お納め下さい」
アンカはあの人に歩みより、信書を手渡した
「ありがとう。わざわざすまないね。明日本部に戻り次第返事を書くよ」
あの人は、信書をジャケットの内ポケットにしまいながら言った
「宜しくお願いいたします。そういえば、明日退院なんですね。おめでとうございます」
「司令にも迷惑をお掛けしたと思う。またお酒でも持って伺う…いや、酒はやめたほうがいいか」
アンカは頷く
「飲み過ぎですので…司令はスミス団長と話をしたがってますので、また覗いて下さい」
「了解した」
あの人は笑ってそう言った
私はその間、とりあえず洗面所に行って手を洗い、後はなるべくあの人の視線に入らないように、という無駄な努力をしていた
「それでは私はこの辺で。失礼いたします、スミス団長」
「ゆっくりしていって構わないよ?リコもいる事だし」
「いえ、これからまた仕事がありますので…リコを宜しくお願いします」
そう言うと、敬礼をして部屋から退出した
すれ違いざまに私に小声で
「頑張れ」
と言い残して…
わーー!!続き気になります、ううう!支援支援!
頑張れって何を頑張るんだ…
こんな格好でここにいるという事だけでも、十分頑張ってると思う…
「リコ」
あの人が私の名前を呼ぶ
私の胸がチクリと痛む
あの人が私の方に歩み寄る
私は動けない、返事もできない
こんな格好でここにいる自分が恥ずかしいのもある
でもそれだけじゃない
私の心の中の何かが、堰を切って溢れ出さないように、耐えなければ
目を閉じて、気持ちを落ち着かせる
「リコ、よく似合っているよ。綺麗だ、本当に」
私が目を開けると、目を細めて私を見つめるあの人がいた
私はあの人を直視する事が出来なかった
目をそらす
あの人の優しさにこれ以上触れているのが怖かった
「スミス団長、ごめんなさい…」
涙が頬を伝った
「リコ、とりあえず座りなさい」
意味のわからない涙を流す私を、ソファに座らせたあの人…自らは私の隣に座る
「大丈夫か、リコ?」
優しく背中を撫でてくれるあの人
温かくて大きな手
私の手を何度も握ってくれた手
私の大好きな…手
そうだ、私は…
あの人の事が好きだ
どうしようもない程好きになっていた
「スミス団長、あなたが好きです…」
涙と一緒に、言葉が自然に溢れ出た
あの人は、私を引き寄せて抱き締めてくれた
「ありがとう、リコ。嬉しいよ」
耳元で囁くように言うあの人
しばらくそのまま、あの人はずっと私を抱きながら、背中を撫でてくれていた
「リコ、落ち着いたか?」
自分の腕の中にいる私に、心配そうな声を掛けるあの人
恐る恐る顔を上げると、言葉通り心配そうな表情のあの人と目が合った
「はい、スミス団長。すみません、私…」
「リコ、もう謝らないでくれ。君は謝るような事をしていないだろう?」
「…名前を呼んでもらっているのに返事も出来ず、泣くし…折角服を誉めてくれたのに何も言えないし…」
また視線を外して俯く
「そんな事で謝らなくていい」
きっぱりいい放つあの人
「リコ、君が昨夜から何かを考えて迷っている事くらいはわかっていたんだ。だから今日は何でも話して欲しいんだ。いいかい?」
真摯な眼差しのあの人
「スミス団長の迷惑になるような事もですか…?」
「そんな事は考えなくていい」
あの人はそう言って、私の頭をくしゃっと撫でた
「そうだ、リコ。君の話を聞く前に一ついいか?」
あの人は私をもう一度きちんと座らせながら言った
「なんでしょうか?スミス団長」
あの人の言葉のお陰か、気持ちに少し余裕が出来てきた私
あの人の言葉や態度は、私の心すら軽くしてくれるのかもしれない
「リコ、そこに立ってみてくれないか?」
「はあ、わかりました」
気が進まなかったが、言う通りにした
「今日の買い物とは、服を買いに行ったんだな。本当によく似合っているよ。綺麗だ」
目を細めるあの人
「服が綺麗、ですよね」
「いや、君が、だよ。兵服姿もいいが、たまにはスカートもいいな」
顎に手をやって満足げに頷くあの人
「あまり見ないで下さい、恥ずかしいんです」
目を皿のようにして私を見るあの人に耐えかねた…
「そんな、俺にできない相談をするな、リコ」
「スミス団長!?」
「リコが怒った。やはり怒らせるのが十八番になったな」
あの人は楽しそうに笑った
いつも更新乙
続き気になる
期待
「リコ、君は友人にも部下にも恵まれているな。君のために選んだ服、君の雰囲気にピッタリだ。君の事をよく理解しているんだろうな」
私を隣に座らせたのはいいが、未だに目を細めて私を見てくるあの人、恥ずかしい…
「はい、アンカも部下も良くしてくれます。ありがたいです」
「君にワンピースを着せて、ここに連れてきてくれるというのもいい仕事だな」
あの人は満足そうに頷いた
「スミス団長、着替えてきていいですか…?」
やっぱり恥ずかしくて、聞いてみた
「何故だ?よく似合っているのに」
「恥ずかしいですし、脚がスースーして風邪をひきそうです」
「大丈夫、今日は寒くないぞ。それに何が恥ずかしいんだ?俺しかいないのに」
…あなたに見られてるのが恥ずかしいんですってば
「着替えるのはだめですか…?」
「ああ、却下だな。友達が折角選んでくれたのだから、今日は着ていなさい」
私を諭すように言うあの人
「わかりました。スミス団長もあまりじろじろ見ないで下さいね?」
「…それは約束できないな」
「スミス団長ずるい!」
「リコ…目の前にいるのに、見るなは無理だ」
あの人は私の手を握り、微笑んだ
「ところで、リコが聞きたいことって何だ?遠慮せず言ってみてくれ」
あの人の左手の温もりを右手で感じながら、気になっていた事を聞いてみる
「あの…ストヘス区の時に、ナイル師団長が言っていた作戦と言うのは、スミス団長が考えたんですか?」
あの人は頷く
「女型捕獲作戦立案は他の調査兵だが、実行する決断をしたのは俺だよ」
「民間人にも被害が及びました。それでも決断されたのは…女型を追い詰めるためですよね。放置しておけば被害が拡大するかもしれないから」
あのストヘス区での一件から、自分なりに考えた事を話す
「そうだな、それもある」
「後は、ウォールシーナ内地も安全ではないと証明したかった…ですか?」
「ちなみに、この壁の中に安全な場所はあると思うか?リコ」
「残念ながら、無いと思います…いつ何処で巨人が現れてもおかしくないですから…先日の不可解な巨人出現もありましたし…」
不安な胸の内を語る
「そうだな、だから敵より先手を打つ必要があるんだよ…誉められたやり方ではないのは承知の上で」
「敵…ですか」
「ああ、そうだ」
あの人の瞳が遠くを見据える
どこに敵がいるのかはわからないが、壁外の巨人ではなさそうだ…私にはこれ以上は理解できないだろう
「ありがとうございました。少しわかった気がします」
「そうか、それは良かった」
あの人はそう言って、私の頭を撫でた
「次はスミス団長の番ですよ?何が言いたいことがおありならどうぞ、遠慮せず言って下さいね」
「そうか、なら一ついいか?」
あの人はそう言って、私の手を握る
「はい、どうぞ。何ですか?」
私はあの人に微笑みかけた
「なあリコ、あのな」
「はい、なんでしょう」
「…さっきの、もう一度言ってもらえないかな?」
何だか言いにくそうにしているあの人
「さっきのって何ですか?」
キョトンとする私
「ほら、さっき言ってくれただろう?スミス団長好きですって。あれをもう一度聞きたいんだ。よく聞こえなかったしな…」
「いっ、嫌ですよ!!何言ってるんですか!?よく聞こえなかったって、しっかり聞いてるじゃないですか!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ…
顔が赤いのは怒ってるからであって、恥ずかしいからじゃない!!と思う…
「リコ、お願いします」
「却下です!!真面目な話の後にこれですか!?もう!!」
「真面目に頼んでいるのに…」
「頼み事が真面目じゃないです!!」
あーもう、やっぱり恥ずかしい…穴があったら入りたい…
「絶対に駄目かな?」
「はい。もう二度と言いません」
「もう二度とって…リコ、君は…」
こめかみの辺りを指で抑えるあの人
部屋に入った時には髭も髪も整えられて、自由の翼も背負っていて軍神の様に見えたのに、今のあの人は…
「ふふっ」
つい笑ってしまう程可愛く見えた
「リコ、今笑っただろう?酷いな…一応泣く子も黙るらしい調査兵団の団長なのに」
「でしたらそれらしくなさって下さいね、スミス団長。ふふっ」
「また笑われた…」
恨めしげな目付きのあの人の頬に手を伸ばし、そっと撫でた
「また言うかどうかは、考えておきますね」
「前向きに頼むよ」
あの人が笑顔になった
こんな他愛もない穏やかな時間は、明日が来れば終わるのかもしれないけれど…
今を大切に過ごす事の方が大事だよね
明日は明日の風が吹くのだから
「リコが少しは元気になったみたいで、良かったよ。昨夜からなんだか元気がなかったからな」
あの人が、ほっとした様子で言った
「すみません、いろいろ考えすぎてしまって…」
「リコ、出来ればそのいろいろ考えた事も教えてくれないか?言った方が楽になると思うしな」
あの人が私の手を握ったその時…
ドンドン!!と扉を叩く音と共に、唐突に扉が開いた
「エルヴィン、入るよ」
部屋に入ってきたのはハンジ分隊長
「ハンジさん、だめですってば!!きちんと確認してからって言ったでしょうが!」
それと、モブリット副長だった
ハンジ分隊長と、モブリット副長が固まる
あの人は丁度私の手を握っていた…
「ほら、言わんこっちゃない…」
モブリットさんが頭を抱えた
「リコちゃんこんにちは!!エルヴィンがセクハラしてるけど大丈夫!?」
と言って私たちを指差すハンジさん
「エルヴィン団長、リコさんこんにちは。お邪魔してすみません…ハンジさん、団長にも挨拶してくださいよ!?」
「ハンジさん、モブリットさん、こんにちは」
私は慌てて手を引っ込めようとしたが、握られていたので無理だった
「モブリット、ご苦労。ハンジ、セクハラじゃないぞ、人聞きの悪い。大体人の部屋に確認も無しに入ってくるな」
「て言うかさ、リコちゃんかわいい格好してるねぇ!!似合ってるよ」
あの人に握られている私の手を無理矢理引き離して、自分が握りしめるハンジさん
「あ、ありがとうございます、ハンジさん」
「エルヴィンに嫌なことされたら直ぐに言いなよ?」
心配そうなハンジさん
「はい、わかりました。今のところは大丈夫ですが」
「了解!!」
ハンジさんはそう言って、私の頭を撫でた
「団長、明日までに目を通して貰いたい書類と、明日の着替えを持参しましたので、よろしくお願いします」
「ありがとう、モブリット」
モブリットさんは、書類を机の上に置き、服はポールハンガーにかけた
「よし、じゃあ戻るね!!リコちゃんまた遊ぼうね!?」
「はい、是非!」
「団長、リコさん、失礼いたしました!!」
「ご苦労だったな。帰りも気を付けてな」
「了解!!エルヴィン」
私はハンジさん達を送るために一緒に扉へすると
「リコちゃん、頑張れ」
とハンジさんが小声で耳元で呟いて、部屋から出ていった
何を頑張ればいいのかなあ
とりあえずは、あの人と出来るだけ沢山話をしよう
「全く、ハンジはわざと部屋に乱入してきたぞ…油断も隙もないな」
あの人は立ち上がって、扉の鍵を閉めた
「スミス団長、明日までに目を通しておく書類、先に片付けないといけませんよね。私はコーヒーでもいれてきますね」
「すまないな、リコ。さっさと終わらせるから…」
申し訳なさそうなあの人
「いいえ、きっちりしっかり終わらせて下さいね。まだまだ時間は沢山ありますから」
「わかった、頑張るよ」
あの人はそう言うと、ソファにもたれて書類とにらめっこをはじめた
私は給湯室に行って、コーヒーを入れて部屋に戻った
「はい、どうぞ、スミス団長」
ソファの前のテーブルにコーヒーを置いた
「ありがとう、リコ。そういえばコーヒー久々だな」
「飲めますか?コーヒー」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
コーヒーを一口すすり、また書類に目を通すあの人
私は邪魔にならないように、窓際に椅子を持ってきて座った
コーヒー美味しい
窓の外はまだ明るかった
書類とにらめっこをするあの人を見る
まだ少し痩せてはいるけれど、やはり立派な体躯だ
真剣な眼差しは本当に絵になる
あの人の青い瞳に何度吸い込まれそうになったか…
本当に、あの人に好きだなんてよく言えたと思う
勇気…?いや、なにも考えていないのに言葉が勝手に出てきた感じ
調査兵団の団長としていつも先陣を切って勇ましいあの人と、もう一度好きだと言って欲しいなんていうかわいいあの人
どちらが本当のあの人なんだろう?
私はどちらのあの人も、好きなんだけど…
しばらくぼーっと外を眺めていると、ハンジ分隊長とモブリットさんが病院から出てきたのが見えた
多分他にもまだ入院している兵士がいるから、お見舞いをしていたのかな…と思っていたら、突然こっちを向いて手を振ったハンジ分隊長、なんと投げキッスをしてきた
「ふふ」
思わず笑ってしまう
とりあえず手を振り返した…ハンジさん面白いな
「リコ、窓の外におもしろい物でもあったのか?それとも思い出し笑いか?」
私の笑い声が聞こえたのだろう、あの人が首をかしげて私を見ていた
「面白い人ならいました。ふふ」
「ハンジだな。間違いない」
「はい、そうです…投げキッスをしてました…あはは」
堪えきれずに思いきり笑ってしまった
まだしつこく投げキッスをしてくるハンジさんに、投げキッスをお返しした
ハンジさんはガッツポーズをして、病院から走り去っていった…
モブリットさんがお辞儀をして、慌てて後を追っていく
「ハンジに投げキッスをしたのか?リコ」
「そうですよ。何度も送ってくるのでお返しです」
「そうか…リコ、あのな」
「お仕事に集中なさって下さいね」
私は何か言いたげだったあの人の言葉を遮った
「…了解」
あの人はまだ何か言いたそうだったけど、諦めたのかまた書類とにらめっこをはじめた
またしばらく窓の外を見る
走り回る子ども、追い掛ける母親らしき人
手をつないで仲良しのカップル
買い物袋をさげている主婦
いろいろな人の生活が見える
この他愛のない日常を守るために私は戦う
あの人も、同じ
ただやり方が違うだけ
進む速度が違うだけ、方向はきっと同じ
「…やっと終わった」
ふう、とため息をつくあの人
背筋を伸ばして、少し顔を歪める
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄った私
「ああ、大丈夫。たまに痛むんだ」
「そうですよね…無理をさせすぎたかもしれませんね。ごめんなさい」
うなだれる私を隣に座らせるあの人
「謝らなくていい、大丈夫だから」
と言って、優しく抱き寄せた
「なあ、リコ」
私を抱き寄せたまま呼ぶあの人
「はい、なんでしょう」
あの人の胸に頬を寄せたまま返事をする私
このまま時が止まるといいのにな…
温かい腕の中が心地良い
「明日は朝から仕事か?」
「はい。明日は朝からトロスト区の外壁ですね。壁の上ですよ」
「そうか…」
ふう、とあの人は息をついた
「スミス団長も明日からはもっと忙しくなりますね」
「ああ、そうだな」
「…くれぐれも、あまり無理をし過ぎないようにして下さいね」
あの人の胸に耳を当て、目を閉じる
トクトクと、心臓の音が聞こえる
このまま眠ってしまいたい
明日なんて来なければいい…
私の我が儘が、また再発しそうだ…
今を大切にするだけでいいと思ったのに
明日からの事なんて、明日考えればいいと思ったのに
どうしようもなく寂しくて、悲しくなった
でも涙は我慢できた…
「リコ」
「はい。なんでしょう、スミス団長」
表情を悟られないように、あの人の胸に頬を寄せたまま返事をする
「リコが昨夜にいろいろ考えた事、と言うのを話してくれないかな。さっきはハンジに乱入されたから、聞けなかった」
…それは、言ってしまっていいものか迷う…
だって私の我が儘だから
言えば困らせるかもしれない
返事をしない私の背中を優しく撫でるあの人
「言いにくい事か?俺に遠慮をしていないか?何でも話して欲しいんだが…」
「私の我が儘の話なんです。あなたを困らせるかもしれません…」
あの人の腕の中から離れた私は、俯きかげんで呟くように言った
「リコの我が儘を聞かせてくれ。困らせてもかわまないよ」
あの人は私の頭をそっと撫でた
私が思いきって顔をあげると、あの人は全てを包み込むような優しい笑みを浮かべていた
私は目を閉じた
そして深呼吸をし、あの人の目を見た
全てをさらけ出す心の準備を整えた
「まだちゃんと頭の中で整理が出来ていないので、上手く伝えられないかもしれませんが、話しますね」
「ああ、大丈夫だよ。ゆっくりでいいからな」
「はい」
私はぽつりぽつり話始めた
「…私は随分前からあなたに憧れていて、あなたが壁外遠征に出立されたり、帰還されたりする姿をこっそり見てました…そんな人は大勢います。私だけではありません、珍しくもなかった」
「ただ遠くから見ているだけで、あなたの姿を確認できただけで、嬉しかったし、ドキドキしました」
「それが何の巡り合わせなのか、今こうしてあなたの前にいて、あなたに話し掛けてる、不思議なものです」
ふぅ、と息をついた
「見ているだけで良かったはずなのに、いつの間にかそうじゃなくなっていました。何度もお会いして、あなたの優しさに触れる度に…」
「私はあなたを好きになっていました。同じ時を同じ場所で過ごしたいと思うようになりました」
「でも、あなたには成すべき事がある。そのためには自らすら犠牲にしようとする。そんなあなたに、私の気持ちは重荷にしかならないと思いました」
「だから、あなたが動けるようになったら、私はまた以前の、あなたに憧れていただけの頃に戻ろうと思いました」
「でも、あなたに優しくされる度にその気持ちが揺らぎました。迷惑はかけたくないのに…さびしい、側にいたいという気持ちを抑えていなきゃいけないのに…」
「あなたに優しくされるのがこわかった。側にいたいという気持ちを、あなたにぶつけてしまいそうになるから。あなたにその気持ちを悟られたくなかったから」
「あなたの枷にはなりたくない、でもあなたの側にいたい…それが私の我が儘です…」
全てを語り終えた時、私の目からいつの間にか涙がこぼれ落ちていた
あの人は、私を真摯な眼差しで見つめていた
その手が、私の流した涙を何度も掬う
「リコ…ありがとう。よく全て話してくれたな」
私の涙は留まることを知らなかった
「リコがまさかそこまで考えてくれていたとはな…俺は、本当に軽率だったな。すまない」
私はふるふると横に首を振った
涙のせいで声が出せない…
「リコにそこまで想われて、俺はなんて幸せ者なんだろうな…本当に、幸せ者だ。俺には過ぎた幸せだ」
首を振ることしか出来ない自分…
両手で顔を覆って泣いた
「リコ、君は我が儘なんか言ってない。普通じゃないか…側にいたいと思うのは。決して我が儘なんかじゃない」
あの人の手が私の顔を覆っている両手を退かす
そして、眼鏡も外した
「でも、あなたが飛ぶのに足枷になります…」
「大丈夫だよ、リコ」
あの人は、そう言って私を優しく抱いた
「だから…もう泣くな」
…その優しい言葉に、余計涙があふれた
続きはよはよ
あの人の胸に顔を埋めて泣いている私
あの人はずっと、私の背中をさすってくれていた
あの人の心臓の音が聞こえる
その音に耳を傾けるうちに、だんだん涙が収まってきた
「リコ…」
あの人に名前を呼ばれる
「はい、スミス団長」
私は残った涙を絞り出すべく瞬きをし、あの人に顔を向けた
「涙は収まったか…」
ホッとした様子のあの人
長い間泣いていた…心配してくれていたんだろう
「もう大丈夫です、すみません…シャツがびしょびしょになってしまいました…」
私の涙はあの人の服に沢山染み込んでいた
「いいさ、すぐに乾く。それより…リコ、本当にありがとう。君の気持ちが嬉しい」
あの人は私の頬を撫でながら微笑んだ
「迷惑ではなかったですか…?」
「迷惑なわけがないだろう?君の想いを全て聞けて、本当に良かった。沢山悩んでくれていたんだな」
私の手を握るあの人
「しかし、もう少し早く気が付いてやれば良かったのにな…リコ、すまなかった」
あの人は目を伏せ、肩を落とした
「悩んでいる事は隠しているつもりだったので…早く気が付かれては困ります」
私の手を握るあの人の手の上に、もう片方の自分の手を重ねた
「そんなに悩んで苦しんでいる君に、キスをしたり抱き締めたり、甘えたりしていたんだな…」
はぁ、とため息をつくあの人
「いいんですよ、それは。そういう事をされるのは嫌ではなくて…むしろ嬉しかったんで」
肩を落として元気のないあの人の頬を、手を伸ばして撫でた
「そうか…なら良かった」
あの人は、はにかんだような笑みを浮かべた
「それより、私はちゃんと自分の気持ちを全てあなたに言いましたよね。ですから、あなたの気持ちもお聞きしたいんですが…」
「…言わなきゃ駄目かな?恥ずかしいんだが」
「言わなきゃ駄目です。私はちゃんと言いましたよ?それに、あなたの恥ずかしがってる顔も見たいですし」
「変な趣味だな…リコ。男が恥ずかしがる姿なんか見たいのか…」
「もう!!つべこべ言わずに話して下さい!!」
あの人の頬を軽くつねった
「痛い…わかったよ。ちゃんと話すよ、リコが怖いから…」
「スミス団長!!私帰りますよ!?」
「すまん、冗談だから帰るな」
あの人は私の手をしっかり握った
「そうだな、何から話せばいいかな…まずは一番気になった事なんだが、君は自分の気持ちが私の枷になると言ったよな」
あの人が私につねられた頬をさすりながら言う
「はい、言いました。あなたが自由に飛び回れなくなるのではと思って…」
「それはリコが気にする事ではないよ。そうだな…強いて言えば、俺自身の気持ちが、これからの行動の枷になるかもしれないが…」
思案するようなあの人の表情
「それは、どんな気持ちですか?」
「…ん?」
「スミス団長…?あなた自身の気持ちをお聞かせ下さい」
「ああ、わかった。要するに、俺には何よりも大切にしたいと思うものができた。だから、歩みが鈍る事もあるかもしれん」
「何よりも大切にしたいものって何ですか?」
「…わからないのか?」
「はっきりおっしゃって下さい、スミス団長」
詰め寄る私を抱き寄せるあの人
「君だよ、リコ」
私の耳元でささやいた
…恥ずかしい、自分が言えといったんだけど、実際に言われると凄く恥ずかしい…
顔も真っ赤になっていると思う
けど、嬉しいな…
あの人の表情を確認したかったが、あの人の腕にしっかり抱き締められていて見られない
「スミス団長、力を入れすぎです。緩めて下さい」
「ああ、すまない」
あの人の腕が少し緩まったので、顔を見上げた
「顔が真っ赤になっていますよ?スミス団長」
「…熱でもあるんだろう」
顔を背けるあの人の額に手を当てる
「熱はないようですよ。ふふっ」
「リコに笑われた…」
「ふふふっ」
「……」
「スミス団長、ありがとう」
私はあの人の首に腕を回して、頬にキスをした
「でも…考えたんですけど」
私はきちんとソファに座り直してから言った
「ん?どうした、リコ」
「あなたの気持ちが、あなたのこれからの行動の枷になるかもという話しなんですが…」
「ああ」
「私を大切に思って下さっているんですよね?」
「ああ、そうだよ」
「でしたら、やはりあなたは歩みを鈍らせる訳にはいきませんよね。だって人類をこの状況から脱却させないと、どのみち私も死ぬでしょうし…」
私はあの人の手を取った
「あなたが前に進むことが、私を、人類を守ることにはなりませんか?」
「…ああ、そうだな、そうなるか」
あの人は頷いた
「私はあなたのように速くは飛べませんが、あなたと同じ方向にむかってゆっくりですが、飛ぶつもりです。あなたと同じ場所にいたいから、これから先も」
「リコ…」
あの人の手が、私の手を握り返した
「あなたは鳥です。背中には翼がはえていて、速く遠くまで飛べます。私には立派な翼はないから速くは飛べませんが…」
「私は蝶になります。ゆっくりですが、高く、遠くまで飛べます。あなたと同じ方向を目指しますから、道標になって下さいね」
「…わかったよ、リコ。俺は全力で進もう。約束する」
「はい、頑張って下さいね、スミス団長」
あの人の顔が近づいてくる…私は目を閉じてあの人の唇を受け入れた
すごくいい
ここでタイトル回収か!!
コメントありがとう
タイトル回収済み、ラストに向けて走ります
唇が離れても、まだ私をじっと見つめるあの人
恥ずかしい…でも、目をそらすことが出来ない
青い瞳に吸い込まれる様に見つめ返してしまう
あの人は私の眼鏡を器用に外して、机に置いた
「リコ」
私の名前を呼ぶ
「はい…スミス団長」
辛うじて声が出せた
「おいで」
とあの人が指をさすのは自分の膝の上
「…な、何ですか!?」
思わず後ずさる私
「いや、何でと言われてもな。ここに座って欲しいだけだよ」
「…嫌ですよ、恥ずかしい!それに重たいです!」
ソファの縁限界まで後ずさった
「…ああ、こんな時に右腕があればひょいっと乗せられるんだがなあ…」
右腕があった場所に寂しそうに目をやるあの人…
「そんな事で悔やまないで下さい!!」
「残念だ…」
「もう!!」
結局言う通りにしてあげる私は、ずっと前からあの人の虜になっているんだ
私を膝の上に横向きに座らせて、先ほどの続きと言わんばかりに唇を重ねてくるあの人
「ん…」
強く求められ、無意識に変な声が出た
そんな様子に気が付いているのかわからないが、唇は一向に解放される気配がない
「んんっ…」
また変な声が…
すると唇が解放されて、かわりに抱き締められた
そして耳元に口を寄せて
「そんな声を出されると、歯止めがきかなくなるぞ?」
と艶っぽい声で囁くあの人
「…し、知りません!出したくて出していませんから…」
「そうか…」
「だいたい誰のせいで…」
と言おうとして、また口を塞がれた
「な?膝に乗るとキスがしやすいだろう?」
「ス、スミス団長のばか!!」
膝の上で怒る私…
「心配するな、ばかは今だけだから」
あの人はイタズラっぽい笑顔でそう言った
「しかし、右腕が無いのも不自由だな…リコが言うように、俺は本当に遠くまで飛べるのかな?」
右腕の有り難みをひょんな事で感じたあの人は、少し元気がなさそうだった
「飛べますよ。翼ならここにあるじゃないですか」
私はあの人のジャケットの背中に手を回して撫でた
「自由の翼か…」
「そうですよ。それに私もなるべくあなたの右腕のかわりになれるように頑張りますから」
背中に手を回したまま、あの人を抱き締めた
「心強いな。ありがとう、リコ」
あの人はまた私に顔を寄せる
今度は唇は一瞬だけ一つになり、すぐに離された
「なあ、リコ」
「はい。何ですか、スミス団長」
「何故こんなにキスをするか分かるか?」
真剣な眼差しでそう問うあの人
「何故ですか?」
「…君を沢山、刻んでいたいからだ、私自身に」
「…はい」
「だから、今日は帰るな」
「…わかりました」
帰りますと言おうとしたのに、あの人の目を見ていると違う言葉が口をついて出てしまった
「でも…一旦兵舎に戻って構いませんか?明日の任務に使う立体機動装置と、着替えを取りに帰りたいです。何も用意してこなかったので…」
明日は朝から壁上だから、立体機動装置は必須だ
ここで一晩明かそうが、何をしようが、明日の任務は放棄できない
…班員達に示しがつかないしね
「ああ、構わないよ。本当はずっと膝の上にいて欲しかったが…」
「そろそろ脚が痺れてくる頃だと思いますよ?」
「そんな柔な鍛え方をしていないよ」
「…はいはい」
あの人の膝の上から降りて、脚をぽんぽんと叩いた
「では少し出てきますね。ついでに何か美味しいものを買ってきます。一緒に食べましょう」
服屋でアンカにまとめてもらった荷物を片手に、部屋の扉に向かった
「気を付けてな、リコ」
背後から掛かる優しい声
「はい、行ってきますね。スミス団長」
振り向いて敬礼をし、部屋を後にした
町は夕焼けに包まれていた
しかし夕焼けに浸る暇もなく、急ぎ兵舎に戻り部屋に向かおうとしたら…
「リコ班長が!」
「か、かわいい!!」
「はじめて見たよ…俺…」
等の声が聞こえてきた
はっ!!ワンピースのままだった…
しまった、ついうっかり…
恥ずかしい…
幸いにも声を掛けてくる兵士はいなかったので、急いで部屋に入り、必要な物をまとめた
部屋の外がざわついているが、急いでいるから気にしないで部屋を出た
「班長、今からまた外出ですか?」
声をかけてきたのは、私の班員だ
「ああ。朝の任務には直接行くから、皆にそう伝えて」
「了解!!ワンピース最高に似合いますよ、班長」
「…ありがとう」
ああ、とんだミスを犯してしまった
恥ずかしい…
でも何だろう…前よりも恥ずかしくなくなっている気がする
…そうか、もっと恥ずかしい思いをしているからか、あの人のせいで…
兵舎を出て足早に病院へ
夕焼けから、夜に変わりかけていた
商店街を抜ける際に、魚のフライやパン、奮発して炙ってある肉も買った
ワンピースで、立体機動装置の入ったケースを持っている私の姿はかなり目立つが気にしない
人の視線も気にならなかった
それよりも急がなきゃ
足早に歩きながら、ふとなんとなく視界が悪いなと思ったら、眼鏡をかけ忘れてる
私の相棒の存在を忘れるなんて、舞い上がりすぎだよね
そうか、兵舎ではワンピースで眼鏡無しの私を見られたんだ…
恥ずかしがる暇も無かったしね
病院のあの人の部屋の前につく
見張りの兵士にパンと、少しお肉をおすそ分けして部屋に入った
部屋は明かりが灯されていて、あの人はテーブルで何かを書いていた
「お帰り、リコ」
「すみません、遅くなりました。スミス団長。お仕事ですか?」
「ああ、いくつか指示書をね。前に進まなければいけないしな」
あの人は調査兵団団長の顔に戻っていた
「そうですね。休んではいられませんね」
私は持ってきた兵服をハンガーにかけながら言った
「そういえばリコ、なんだかいい匂いがするな」
「ああ、魚のフライにお肉があるんですよ?今日は奮発しました」
お肉の入ったトレイをあの人に見せた
「それは嬉しいな。早速頂こうか」
あの人はペンと書類をポケットにしまった
テーブルにトレイを並べていく
「肉が沢山あるな。高かっただろう?」
「大丈夫ですよ。あなたに体力をつけて貰いたいですし、退院祝いのパーティーも兼ねていますから」
「酒はないけどな」
「お酒はまた後日ですね」
私はコップに水を入れながら言った
「よし。じゃあ頂こうか」
「はい、どうぞ召し上がり下さい」
あの人はお肉をぱくっと食べて
「美味しい!」
と嬉しそうな笑顔を見せた
私はその顔を見ているだけで、幸せでお腹がいっぱいになった気がした
「いやあ、旨かった」
魚も肉もパンも沢山食べたあの人
今は、満足そうに食後のコーヒーを飲んでいる
「喜んでもらえて良かったです」
私は後片付けを終えて、立体機動装置の点検をしている
一昨日も着用はしたが、使用していないのでガスも十分だった
でも、いつ有事になるかわからない状況だから、日頃から点検は徹底している
あの人がソファに座って
「リコ、点検が終わったらこっちにおいで」
と、また膝を叩くので
「膝の上には乗りませんよ」
と言っておいた
…重たいし、恥ずかしいしね
トリガーの固さもバッチリ、立体機動装置の点検完了
またケースにきちんとなおした
明日も使わずに済むといいんだけど…
ふとソファを見ると、あの人はまた書類にペンを走らせていた
真剣な眼差し
明日からの事…これからの事を考えている顔
それはいつも私が盗み見していたあの人だった
邪魔をしたくなくて、ベッドサイドの椅子に座った
枕元の椅子…あの人の帰りを祈り続けて手を握った椅子
布団に突っ伏してみたら、いろいろ思い出した
しばらく目を閉じていろいろ思い出していると、ふいに髪を撫でられた
「リコ、眠たいのか?」
いつの間にかベッドに腰かけていたあの人
大きな左手で、優しく髪を撫でてくれている
「はい、少し」
私は布団に突っ伏したまま言った
本当に、こうして撫でられているのが心地よくて、このまま寝られそう
「寝るならちゃんとベッドで寝なさい。その前に着替えないと、折角のワンピースがしわになるぞ」
私は体を起こして、あの人の膝に頭を乗せた
「まだ寝ませんよ、あなたともっと話がしたいから…」
あの人の膝に頭を乗せたまま、目を閉じた
「どんな話がしたい?リコ」
あの人は髪を、頬を、耳を、優しく撫でている
「あなたの話です…一つ聞いてもいいですか?」
私はあの人の膝から頭をあげて、顔を見上げた
「いいよ、なんだい、リコ」
「スミス団長は、結婚されていませんが…今までに考えたことはありますか?結婚したいと思う人はいましたか?」
実は私が長年疑問に思っていた事
見た目も良くて、とても人気があるのに何故結婚していないのかな、と不思議だった
「勿論いたよ。ただ、調査兵団に入ってからは…特に団長になってからは、結婚を考えたことはないな」
「そうですか」
「いつどうなるかわからないからな、調査兵団にいれば」
「はい」
あの人はまた私の髪を撫でた
「リコは結婚したいのか?」
「…それは、いつかはしたいですよ。一応女ですし。その…ウェディングドレスも着てみたいですし…」
「リコに似合いそうだ」
あの人は目を細めた
「でも、今すぐと言うわけではないです。だってまだやらなきゃならない事があるから」
「そうか…」
「まずはこの不安定すぎる状況を何とかしなければ、安心して寿引退出来ません」
あの人の顔をじっと見つめた
「だからやっぱり前進あるのみですね」
私は笑顔で言った
あの人は真摯な眼差しで、何も言わずに私を見つめていた
「スミス団長…?」
あの人がまるで時が止まったかの様に私を見つめているので、思わず名前を呼んだ
「…リコ、俺はリコのウェディングドレス姿の為にも頑張らなければな」
やっと、あの人が紡いだ言葉だった
「はい、私も一緒に戦いますから。ドレス着たいですしね」
「ありがとう、リコ」
あの人は目を伏せた
私は椅子から立ち上がって、あの人の唇に自分のそれを重ねた
「あ、でも…」
唇を離して、ベッドに腰をかけるあの人の横に座りながら言葉を発する私
「あんまり私を待たせ過ぎたり、浮気をされたりしたら、私は他の人にウェディングドレスを着せてもらいますから…だってもしかしたら他にいい人が現れるかもしれませんよ?私にだって」
イタズラっぽく言ってみた
「そうか…それなら仕方がないな…」
あの人は肩を落とした…かに見えた
「そうなったら頭をフル回転させて、リコ奪還作戦でも立案実行するかな。俺の持てる知略すべてをその作戦に集約させてな。リヴァイやハンジも巻き込もう」
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべながらそう言った
「そんな事に頭を使わないで下さい!!」
「そこで使わず、いつ使うんだ…?言っておくが、俺は本気だからな」
「わ、わかりました!ごめんなさい!私は待ってますから…と言うより、一緒に進みますから…」
謝る私を抱き寄せる、あの人
そのままベッドに体を押し倒された
「リコ、愛しているよ」
耳元で囁く声…そのまま首筋に吸い付くあの人の唇
「私も、愛しています…スミス団長」
そのまま私はあの人と、体を重ねた
ふと目が覚めた
あれは夢だったのかな…と思ったけど、一糸纏わぬ自分の姿と、下腹部の違和感で現実だと理解した
あの人は隣で心地よさそうに眠りについている
あの人も、私と同様右腕の包帯以外は何も纏っていない
そうだ、私が脱がせたんだから間違いない
このまま寝かせたら風邪をひくだろうか
起こすのも可哀想だし…折角良く寝ているからそのままにしておこう
とりあえず、自分の寝巻きを荷物から引っ張り出して着て、ベッドに散らばっている脱いだ服をたたんだ
あの人の寝顔…愛しい
そっと手を伸ばして、髪を撫でる
あんなことをして、腕の傷に響かないだろうか
私の制止を無視したのだから、あの人が悪いけどね…
経験があって無いような程度の私に、本当に手取り足取りだった、何時でも優しいあの人
私も守りたいと思う…あの人の事を
自分すら犠牲にしてしまうあの人を守りたい
もっと強くなろう、もっと視野を広げて思考を巡らそう
わからなくなったら、また聞けばいい…
人類の叡知の結晶の様な頭脳を持つあの人が側にいるのだから
何も怖くない、そう思えた
そうだ、私は蝶になるのだから、高く飛んでいろんな物を、いろんな事を沢山見る努力をしよう
その沢山の事柄から、思考を広げて…少しでも足掻こう
私に出来る事…きっと沢山あるはず
そうですよね…エルヴィン・スミス団長
私の愛する人…
ベッドに眠るあの人…エルヴィン団長の頬にそっと唇を落とし、隣に潜り込む
左手を握る…大好きな手
体を寄せると、温かかった
「おやすみなさい、エルヴィン団長」
今まで生きてきた中で、一番幸せな夜になった
「うーん…」
目を開けると、カーテンの閉まった窓から光が洩れていた
朝だ…時計を見ると、まだ7時にはなっていなかった
あの人…エルヴィン団長は、まだ眠っていた
…本当によく寝るなあ
私はそっと頬に唇を寄せて、軽く触れた
「おはようございます、エルヴィン団長」
そう囁いて、私はベッドから降りた
寝巻きを脱ぎ、ハンガーにかかっている兵服を着ようと手を伸ばした時
「おはよう、リコ」
ベッドから声がした
「おはようございます、エルヴィン団長…あっ」
振り向いて挨拶をしたが、自分が下着姿だったので慌てて兵服のシャツで体を隠した
「隠さなくてもいいだろう?昨夜全部見せてもらったよ」
笑顔でそう言うエルヴィン
「そ、そんな事わざわざ報告しないで下さい」
慌ててシャツを羽織ってボタンをとめた
ああ、なんだか恥ずかしい…
「俺は何も着ていなくて、それこそ恥ずかしいぞ」
「…少し待ってて下さいね、恥ずかしいなら」
「やっぱり恥ずかしくないからベッドから動いていいかな?」
「動かないでじっとしていて下さい!!」
私は急いで兵服を着た
自分の着替えのあと、エルヴィン団長の着替えの手伝いをする
下着は自分で履いてもらったが…
「リコ、すまないな。服くらい自分で着たいんだが…」
「いいえ。大丈夫、きっと慣れれば着れるようになりますよ」
シャツを着せて、ボタンをとめながら言った
スラックスも履き、ジャケットも羽織った
髪を整え、ブーツを履けば、調査兵団団長のエルヴィン・スミスの完成だ
「完璧ですね。調査兵団の皆さん、喜ぶでしょうね」
ループタイを調節し、エルヴィン団長の顔を見上げた
「早速書類が机に山積みになっていそうだけどな」
困った様な表情を見せるエルヴィン
「頑張って下さいね」
「ああ、頑張るよ、リコ」
エルヴィン団長は、身を屈めてキスをしてくれた
「立体機動装置着けなきゃ…」
ケースから慣れた手つきで立体機動装置を着用する
「リコの立体機動が見たいな…俺も一緒に壁に行こう」
「…え?早く本部に戻らないと…」
「パンとコーヒーを上で食べたいな、リコと一緒に」
「ピクニックみたいでいいですね」
そう言って笑顔になる私に、またキスをくれた
部屋を出ると、見張りの兵士が敬礼して出迎えた
「エルヴィン団長、お帰りお待ちしておりました!!」
兵士は若干涙目だった
「待たせたな、すまなかった」
エルヴィンは兵士の肩をポンと叩き、敬礼を返した
「リコさんも、ありがとうございました」
私にも敬礼をしてくれた
「いいえ、こちらこそ見張りありがとうございました」
笑顔で敬礼を返した
こうして、長いようで短い病院生活が終わり、病院を後にした
パンとコーヒーを買って、トロスト区の壁に向かった
あの人の手には緑のマントが、私の手にはパンとコーヒーがあった
壁に着き、早速リフトで上に登った
まだ交代時間まで時間があるため、班員は誰も来ていない
壁の外を見ながら、二人で食べるパンはとても美味しい
「私、ここが大好きなんですよ、エルヴィン団長」
「奇遇だな、俺も好きだ」
二人で顔を見合わせて、笑った
他愛のない会話が、私の心を暖める
幸せな二人の時間
「クシュッ…」
くしゃみがでた、少し寒いかな…
そういえばマントを忘れてきたな
…そう思った矢先、私の背中にふわりとマントが掛けられる
「リコ、風邪をひくといけない。それを着ておきなさい」
「…エルヴィン団長、でもあなたが」
「俺は寒くないから大丈夫だよ。そうだ、それは君にあげよう」
私の背中に掛けられたマント
自由の翼のマント
私の憧れていたあの人の背中にあった翼
…私の背中にも、翼がはえた
私は立ち上がる
壁の外に手を伸ばす…今なら何処までも飛べる気がした
ふと隣を見ると、眩しそうに目を細めて私を見るエルヴィン団長がいた
「君にも翼がはえたな」
私の大好きな人は、立ち上がって頬にキスをくれた
任務時刻が近づいた
壁の内側を見ると、班員達が下にいるのが見えた
「君の班の子達か?もう来ているとは、きっちりしてるな…班長のしつけ振りが伺えるよ」
そう言って私の頭を撫でるエルヴィン団長
「厳しくないですよ?多分…ちょっと呼んできますね」
私はアンカーを射出して壁を降りた
私が壁から降りると、班員達が敬礼をした
「おはようございます!!リコ班長!!」
「おはよう、全員揃ってるね。あら、眠たそうな子が一人…」
私が指をさしたのは、昨日デートだったはずの女班員だ
「班長すみません…昨日遅くなってしまって…でも大丈夫ですよ!!」
と敬礼をした
「寝ぼけて壁から落ちないでね?さあ、皆早く壁に登って」
全員を壁に上げた後、私も立体機動で壁を登った
上まで昇りきり、空中で体を一回転させてスタッと壁の上に着地した
「リコ班長かっこいい!!」
「さすがだな、俺たちの班長は可愛いしかっこいいんだ」
「ちょっと、余計なこと言わない!!」
可愛いとかかっこいいとか、恥ずかしいじゃない…
「…確かにリコ班長はかっこいいんだけどさ、マントがでかすぎて、埋もれてますよ」
「しかも、バラじゃなくて自由の翼じゃないですか!?誰のですか誰の!!」
「あそこに調査兵団のエルヴィン団長がいるぞ…まさか」
「えー!!エルヴィン団長のマントなんですかぁ!?どうなんですか!?」
詰め寄る班員達…
「う、うるさーい!!仕事仕事!!散りなさい!!」
「あれ絶対エルヴィン団長のだよ…」
「私もそう思う…団長に聞いちゃおっか…」
し、しつこいな…
「早く仕事する!!」
真っ赤になりながら班員達を仕事に追いやった
ちらりとエルヴィン団長を見ると、向こうも私を見て愉しそうに笑っていた…
エルヴィン団長が私に歩み寄って、耳元で囁く
「リコ、行ってくるよ。君の立体機動、見せてくれてありがとう」
「エルヴィン団長、行ってらっしゃい。気を付けて」
エルヴィン団長は、私に軽い口づけをし、リフトで下に降りて行った
壁を降り、調査兵団本部に向かって歩き出す私のかけがえのない人
壁の上からだけど、敬礼で見送った
「いま、エルヴィン団長にキスされてなかった?」
「みた、見てしまった」
「凄い…」
「…こらあ!!さっさと仕事しろっていったよね!?」
顔を赤くしてるのは、恥ずかしいからじゃなくて怒っているからなんだ、多分
私の背中の自由の翼が風にはためく
あの人が託してくれた翼
私は風に乗って何処までも飛ぼう
あの人と同じ未来を共に過ごすために
ー完ー
読んで下さった皆さん
アドバイス下さった皆さん
レス下さった皆さん
感謝しております
本当にありがとうございました
乙
更新途絶える事なかったからいつも見てた
他にも書いてるのあったら教えてほしい
>>292
いつもありがとう
今はエルヴィン「世界の果てまでいってよし」を書いてます
ギャグ風味なのでこちらとは雰囲気が違いますが…
真面目なのは、また同じ88で書きます、その時はよろしくお願いします
呼び方の変化いいな
後半、エルヴィンに死亡フラグたってるのかとドキドキしながら読んでた
>>294
呼び方拘ったから嬉しいです
>> 295
ドキドキさせてすみません
これどこかでまとめられてる?
何回も読みたい。
>>297
嬉しいコメントありがとう
まとめ速報にも全部載っていないので、ssnoteか何処かに再度あげますね
>>297
SSnoteに投稿しておきました
よろしくお願いいたします
ありがとう!
これ進撃SSの中で一番好きだから嬉しい。
また読みに行ってきます。
>>300
嬉しすぎます…ありがとうございますm(__)m
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