商人?いいえ何でも屋です。 (256)

注意
オリジナル パクリ多し 遅筆 地の文 etc




ミャア....ミャア....

ウミネコが今日ものんきに泣き声を上げながら空を行く。
いや、行くという表現は適切ではないかも知れない。彼らは何代も前からここに住みそして死んでいったのだから。

「いい風だ。そろそろ来るかね……」

岬を一望できるこの高台はこの辺りの海が一望できる。
この辺りは決して海上交通量が多いわけではない。首都からの定期便は1ヶ月に2本しか来ないし、何より陸路を行くほうが楽なのだ。
ここへ船で来ようというものは大方が大規模な荷物を抱えた大型の貨物船か
もしくは対岸の―といっても距離はかなりある―小さな村からの客ぐらいだろう。
定期便は昨日出たところだ。あと2週間はこない。

海上には普段は漁師の船がまばらにいる程度だが、水平線からのっそりと小さな点がこちらに向かってくるのがわかる。
定期船を除けばこの近辺に就航している最大の船。
エルヴィン・マストラ号。対岸との渡し船だ。
特徴的なマストは水平線から見ただけでも男に待ち人が来たことを知らせた。




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一方エルヴィン・マストラ甲板上では

「旦那、岸がみえてきやした後三時間もすればサントヘルマンですぜ」
「あぁ、わかった。」

この国では見ない風体の男。船員もその足作りから行商人かきこりの類だとしかわからない。
おそらくは前者であろう。出稼ぎのきこりはその国の者から見てどこの者かわからない格好はしていない。
そのような遠くまでは出稼ぎには出ないだろう。

「さって、今日はいい天気だしゆっくり甲板で昼寝も悪くない」

フードを深くかぶり甲板に寝転がる。
春の日差しと心地よい潮風が甲板を占領していた。

「あっ!こんなところにいたんですね!もぅ探したんですから」

甲板に寝転がる男に少女が声をかける。

「何だ?俺がどこにいようと勝手だし、勝手についてきたのはあんたの方だ」
「そりゃ、そうですけど……今日こそは教えてもらいますよ!あの秘術を!」
「だから秘術でも何でもないって言ってるだろうが。それにアレは一族の秘伝だ他者に漏らすことはできん」

「いいじゃないですか、ケチ」
「いいか、お嬢ちゃん。俺は仕事だからやっただけだ。誰もあんたを助けるためじゃない」
「別にわかってますそれぐらい。あと私は今年で22です。お嬢ちゃんなんかじゃありません。
 今年で帝立大学をちゃんと卒業した立派な大人です!」

「自分が子供だといわれてムキになるならそれは子供だと宣言しているのと同じだ」
「なんですか!話をそらさないでください!それにあなたのほうが年下でしょう?」
「さぁ、どうかね?」

むすっと膨れる少女に見向きもせず、甲板に横になったまま男はじっとしている。
その傍で少女もあきらめたように踵を返す。

「そういや、あんたの実家はあの港から近いのか?」
「えっ、ええ山を二つ越えたところですから三日もあれば……今日はあそこで一泊してですから四日後には帰れますね」
「じゃあ五日だな」
「えっ?」
「五日だ、出発は一日遅れることになる。」
「何でですか?」
「嵐がくる」

雲ひとつない空を見上げながら答える男に不思議そうな顔を返す。
だが、この得体の知れない男の言がなぜかあたりそうな気もする。少女は心の端でそう感じた。


――港

「よぉ、予定通りだな。まぁここらじゃよほどのことがない限りは遅れるなんてことはねぇが」
「まぁな、ちょっと予定外のことは起きたが時間には間に合わせた。」
「予定外ねぇ、珍しいこともあるもんだ」

船から下り、顔を合わせると軽い会話を交わす二人。片方は先ほどまで甲板に立っていた男
もう一人は岬の見える丘でに立っていた男。

「もうっ、先に行かないでってアレほど言ったのに」

「コレが予定外かい?ルイ?」
「あぁ、不本意ながらな」
「不本意って何ですか!こんなかわいい子がついてくるんですよ!お得じゃないですかってはじめまして。この人の知り合いですか?」

「知り合いですか?じゃねぇよ俺はこいつの旅連れだ。お嬢ちゃんこそ誰だい?」
「私はアリアンノ・カルノーです。帝立大学を今年ちゃんと卒業したんですからお嬢ちゃんじゃありません」
「あぁ、そうかい。んでこいつとはどういう?」
「ただアッチで夜盗に襲われたのを助けてやっただけだ」

「ほ~珍しいことをするんだな。なんだ?好みか?」
「もう少し熟れたほうがいいな、何よりまな板は好みではない」
「なっ」

「それに、付きまとわれてほとほと困ってる。何とかしてくれ」
「いいねぇ、見た目が若いってのは。で、こいつのどこに惚れたんだ?」

「違います。ただ、少し珍しい魔法を使うのでそれを見せてもらいたいだけです!それに私は名乗ったんですからソッチも名乗ったらどうですか?」
「おっと失礼、俺はモンドってんだ。んでコッチはルイテルだ」
「おい」
「いいじゃねぇか減るもんじゃなし。それにどうせマトモに名乗っちゃいねぇんだろ?」

「必要がないからな」

船着場の荷役の喧騒の中、3人は奇妙な自己紹介を交わした。
それから時を待たずして、ルイテルとモンドは町へと向かう。それをアリアンノが追いかける。
ルイテル本人は不本意そうな顔をし、モンドは不適な笑みを浮かべながら。
二人は何も言わず、アリアンノが付いてくるのをただ黙っていた。


カランカランとドアを開けると宿屋の店主が元気に声をかけてくる。

「らっしゃい、三人かい?」

「二人だ」
すばやく帰すルイテルそこにモンドが割ってはいる。
「あぁ、すまねぇ三人でいいぜ。部屋、空いてるかい?」
「この宿が満室になるように見えるかい?ま、満室になるのは嵐がきて船が足止め食らったときぐらいさ」
「なら、明日は満室だな」
「変なこと言うねぇ。確かに今は船が来てるが、こんなにいい天気だってのに?」

窓の外を見ながら主人は笑って見せた。

「店主、こいつの言うことは信じておいたほうがいいぜ?けっこうあたる」
「ホントかい?お客さんなんだい?占い師かなんかかい?」
一泊おいてルイテルが答える

「なに、ただの行商人だ。満室になると言って悪いが二部屋頼むぞ」
モンドとアリアンノに目配せをする。その顔には『あきらめた』と書いてある。

「だが、宿代までは出さんからな。自分でまかなえ」
「それぐらい持ち合わせはありますよっ!」


――数時間後

「本当に嵐がきやがった。さっきまであんなに晴れてたってぇのに」
宿屋の店主がぼやいているころ、食堂では件の三人が卓を囲んでいた。

「で、結局俺はまだどうしてこうなってるか聞いてねぇんだがなぁ?ルイ」
「だからさっきも言っただろう」
モンドのときにルイテルが帰す。

「あのなぁ『ヒシャヒシャヤキトリ』『アレソレいのしし』でわかるわけねぇだろ」
「ん?事情を説明するときの魔法の言葉だと聞いたが違うのか?」
「それを言うなら『カクカクシカジカ』『コレコレウマウマ』だっつの!しょーもない覚え方しやがって」
「ふむ、そうか。次からはそうする」

黙々とまでは行かずとも目の前の皿からルイテルの口へと食べ物が放り込まれていく。
大げさな身振り手振りでそれを負けじと帰すもただの漫才にしかならない。

「んで、結局何があったんだ?予定じゃこんなオマケはついてこなかっただろ?俺はまぁ華があるのはいいことだと思うが」
「オマケって何ですか!オマケって!」
「お前以外の何かに聞こえたのならば耳の医者に行けばいい」
「そういうことじゃないです!もっと言い方ってモノがあるんじゃないですか?」

オマケ扱いをされたアリアンノが一人声を荒げる。
「そうだな、まぁ詳しく話をすると。船にのる二日前だから今から五日前だな……」

「知ってのとおり俺はあの時、向こう側――ポートスミス――の森の中にいた。」

―五日前 ポートスミス 

「さて、明日には帰れるな。ずいぶんと時間を食ってしまったが目的のものは手に入れたし予定の船には間に合う」
「予定より多くはなったが、結果は変わらんしな」
「モノが入れば後は次の依頼主からの依頼も受けねばならんし……」
深夜の森の中、ルイテルは一人ごちながら港町へ向かっていた。

「いかんな、どうも独り言が多い。歳をとると多くなると聞くが本当らしい」

この近辺は港町が近いとはいえ、交通量が昼間から多くはない。対岸のサントヘルマンと比べれば鉱山があるため人や鉱物を運ぶ
貨物船があり、更に内地には大学がある学園都市を含め人通りは多いほうだが
夜も更けたこの時間ともなると人っ子一人いないという表現がぴったりかみ合う。

たまにガサガサと音を立てては動物が前を横切ることはあれど彼にとっては普通の道だった。
この近辺には街道もあり、魔性のモノを寄せ付けないための結界もある。
また、立地としても魔性の領域からは離れておりそのモノ自体が居ない。

結果として森や山に山賊の住処を与えてしまうこととはなるのだが、それでも夜中に泥棒が入った
というのが近隣の村から2ヶ月か3ヶ月に一度報告される程度である。
山賊としても大規模な活動は行えず。夜間にここを通る無知な旅人から身ぐるみをはぐのがせいぜいで

結果として夜間ここを通るものも少なくなり、山賊をするより港で荷役でもするほうが実入りがよいというのが実情だ。

「山賊が出るらしいが、聞き及んでる程度のものなら何とでもなるしなぁ」

また独り言かと思った瞬間に甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「ちょっと!何するんですか。やめて、触らないで!」

少し先を見ると数人の男がローブをかぶった人―背格好から女性と推定される―を囲んでいる。
ルイテルにとっては進む先にソレがあっただけだった。
特に意識をするわけでもない、山賊に襲われようとソレはこの時間に自衛手段も持たず
このようなところに居るほうが悪い。彼にとってはまさにソレ程度の存在だった。
特に歩調を変えるでもなくスッと横を通り過ぎようとしたとき。

「おっと、俺たちが見えないのかい?」

一人の山賊が山刀を振りかざしながら行く手をさえぎる。

「見えるが何か問題でもあるか?」

「俺達は山賊よぉ、命がおしけry……ウグッ」

乾いた音、そして一瞬の閃光が走った瞬間目の前の山賊は膝から崩れ落ちる。

「てめぇ、何しやがった」
女性を囲んでいるほかの者も異変に気づき、一斉にルイテルめがけて突進する。
続けざまに乾いた音が5回響いた後 その場に立っているのは少女とルイテルだけだった。





「とまぁこんなところだが」
話終えたという風に目をつぶるルイテル

「ほ~ってぇことはこのお嬢ちゃんの白馬の王子様ってわけだ」

とすかさずモンドが茶々を入れる

「ち、違いますっ。私魔法科専攻でしたけど、あんなのは一度も見たことがなくてだから、秘密が知りたいんです」

「ま、そういうことにしとこうか」
笑い声に包まれながら嵐の夜は更けてゆく


呼んでいただければ幸い 一発目はこんなところで

よし、いい感じだ

ほう、これは面白そう

作者はフィルタを解除するためにメール欄に「saga」入れておくといい
入れないと特定の単語が別の単語に変換されしままうぞ




「お、すっかり晴れたな」
宿屋の店主が空を見上げながら伸びをする。昨日一日中吹き荒れた嵐は見る影もなく、雲ひとつない空が広がっている。

「お客さん、あんたの予言当たったよ。すげぇなどうやったんだ?」
「なに、匂いがしただけだ」
「匂い?」
「あぁ、コイツはななんだかよくわかんねぇがそういうカンがいいのよ言葉にするには難しいがな」
主人と嵐を言い当てた客―ルイテルとモンド―がそんな会話を交わしながら三人で伸びをしている。

「さて、店主世話になったないくらだ?」

「そうさねぇ、お前さんのおかげで嵐にも備えられたし今回はサービスでこんだけだな」

宿屋の主人が指を3本立てる

「おいおい、それじゃいつもとかわんねぇだろ?ココはそんなに高い宿だったか?」
「なに、言ってんだ。一人分サービスしてやってんだからこっちはこれがギリギリよ」
「一人分?おい、一人でそんなにとるのか?」
主人とモンドが宿代に対しての攻防を繰り広げる。
「なに言ってんだい三人から一人引いて二人分だろ?ウチはこれでも良心的な方だと思うがね」

「ん?」

「あのお嬢さんあんたたちのツレだろ?まだおきてはいないようだが」
「あぁ、そういうことかい。ま、勘違いされてもしゃーねぇし説明するのも面倒だ」
「違ったのかい?」

「勘違いされても仕方ない。説明も面倒だ、モンド準備は?」
「あぁ、できてるぜ」
「店主、世話になったな。また近くに来たときはよらせてもらう」
「あいよ、毎度アリ」

「そういやぁよぉ、俺達これからセルヤの街に行くんだがなんか気をつけることはあるかい?」
「いんや、ねぇよここから先はフリンシの本土だからな。魔物もでなけりゃ賊だってめったにはいねぇ
 ここからほぼ一本で首都ハーリスだからな治安は至っていいほうさ」

「なるほどね、昨日の嵐で少々道は傷んでもまぁ何とかなるだろ」

旅支度をすませた男二人は宿を後にする。

「おい、あの嬢ちゃんは?」
「ゆっくり寝かせてやれ。なんならもう一晩泊めてやってもいいぞソレぐらいは持ってるだろう」

主人の問いにそれだけを答え、港町を後にする。





「本当に置いてきてよかったのか?ルイ?」
「かまわん、仕事を優先する」
「まさかお前があんなおぼこいのが好みだとは思わんかったがね」
「いくら何もないからといって話題を少し考えろ。それにどうしてそうなる」
「お前が流れとはいえ道連れを連れてきたことが一度でもあったか?」


街道を北へと進む嵐が去ったばかりのためか辺りには人はまったく見られない。
会話を交わす二人だが、今回はモンドがやや優勢のようである。

「道連れぐらい連れたことはあるさ」
「ほぉ?いつ、どこで、誰だ?」
「今、ここで、目の前にいる」

「なんでぇ、俺かよ」


「ま、お前と会う前には何度か仕事上ではあったがな」
「ケッ、それなら何度かあるぐらい知ってらぁ。俺が言ってるのはそういうのじゃねぇんだよ」
「あんまりボケるのもいい加減にしておけ、あの娘の名前をもう一度思い出すんだな」

ニヤニヤとしながら話しかけるモンドの顔にハテナマークが浮かび上がる。

「アリアンノだろ?それがどうした?」
「そっちじゃない、ファミリーネームだよ」


「カルノーだっけか?それがどうし……ん?」

「次の依頼主の名前は?」



「知ってたな?」

「さてそろそろ休憩にしようか」
「ごまかすんじゃねぇよ」


すでにルイテルは背負った荷物を降ろし、休憩の体制をとっている。


「相変わらずだな、ったくよぉ食えねぇやつだぜ」
「なんだ?昼飯は食わんのか?」

かばんの中から宿で受け取った昼食を手に取り、モンドを振り向く

「食うよ、ったく。んで弁当のメニューは?」
「ベーコンエッグだな」
「そいつはうまそうだ」


山道に入る前に道端の石に腰掛け、弁当を受け取りながら靴紐を緩める。


「さて、こっから山か。ったく、昨日の嵐でところどころ崩れてなけりゃいいが」
「街道として整備されている分通るのに支障はないだろう」

今後の行程を話しながらベーコンエッグが挟まったパンをほおばる。
空には雲ひとつなく、これから超えようという山の木々がわずかに揺れる音だけが響いていた。

その静けさの彼方から蹄の音が響いてくる。

「誰か来るな」

最後のひとかけらを口に放り込み緩めた靴紐を縛りなおす。
治安はよいといっても首都からはまだ距離がある田舎町
昼間とは言え、山賊や盗賊の類がいないとも限らない。
それに蹄の音はこちらにだんだん近寄ってくる。


「あ、いたー!」

馬上にいたのはアリアンノだった。どうやら彼らを追いかけてきたらしい

馬を止め降り、二人に正対する。

「ひどいですよ、置いていくなんて!」

「誰も連れて行くとは言っていない」

即とうするルイテル、ソコにモンドが口を挟む

「いやぁ、もてる男はつらいねぇルイ」
「茶化すな」
「いいじゃねぇか、ついてきちまったもんは仕方ねぇどうせ同じ道を行くんだからよ」
「勝手に決めるな。足手まといだろう、整備されているとはいえ緩んだ山道を馬を連れて歩くのもな」

アリアンノが騎乗してきた馬を見て答える

「この子なら大丈夫です、貸し馬ですから」

アリアンノが馬の尻をたたくと来た方角へと走ってゆく
この地域の貸し馬には魔玉が取り付けられており、客が乗り終えたら自ら店に帰ってゆく。

「そういう問題では」
「いいじゃねぇか、ルイ旅は道連れってね」

「そうですよ、ほらぁ置いていっちゃいますよー」

「おまえら……」

「どうせ、行く道は一緒なんだってさっきいったろ?」

モンドがウィンクをしながらアリアンノと先に行く。
諦め顔でその後を追いかける形で三人の旅が始まった。

思いっきり一件誤爆しましたが今回ココまで…… 誤爆先のスレの方申し訳ない

おつ
中々良い雰囲気、完結ガンバレ

セルヤへの道中にある峠道は深く生い茂った森が日の光をさえぎり薄暗い
だが、道はなだらかで広く取られている。街道の一部分には時折日が差す箇所もあり
ぬれた敷石がきらきらと光を放っている。

「なるほど、整備はされてるようだな。王が変わって随分と治世が行き届くようになったらしい」
「なんでぇ?ルイ来たことあるのか?」


「まぁな」

「え、ルイさん来た事があるんですか?」

「昔の話だ」

「へぇ、私より若く見えるのに……それに王が変わったのって私が小さいころのハズ」

「なぁに、ただの若作りの爺だからな」
「うるさい、貴様に言われたくはない」

モンドの発言に即座に切り返すルイテル。見た目は普通の青年だ――10代の少年といわれても通じるほど――
見た目は若い、だが発言の端々を取ると、実年齢はわからなくなる。

「ま、見た目"は"だからな」

「誰に対して言っている」

「さぁて、誰だろうね……」

そんなやり取りを見守りながら後ろをあるくアリアンノ
だが、その前の二人が急に歩を止める。

「あの、どうしたんですか?」

「こりゃ、珍しいな」

「あぁ、海が近い上昨日の雨だからなこちらまで出てきても珍しくはない」
「だが、コイツァもう少し南の地域にいるヤツじゃなかったか?」

「さぁな、普段どおりなら害はないがコイツは……」

視線の先には亀がいた、ソレは通常の亀大きさをゆうに超えた巨大なものだ。

「あれ?装甲亀じゃないですか、まだこの辺にもいたんですね」

二人の間から顔を出したアリアンノをモンドが制する

「ちょっと、別に装甲亀はそんなに危ない生き物じゃないですよ?」

「いいから下がってろこいつは装甲亀なんて生易しいもんじゃねぇ」

「よく似てはいるがな」

言いながらルイテルは腰に手をやる

「どうするよ?ソッチがやるのか?」

「どちらでもかまわんがな、コイツの甲羅と胆石はいい素材になる」

「んじゃ、お前に任せるわ」

「そうか……」

短く返したあと腰から剣を抜き出す。いや、剣と評するにはその刀身は短くそしてあまりにも刃厚がある。
剣というよりは鉈と表現をしたほうがよいだろう。

一歩踏み込むと亀はその甲羅から一斉に棘を表に出す

「わっ、あ、アレなんですか?」

「装甲亀とよく似てるがな、こいつぁ刺甲亀だ」

「刺甲亀?でも、アレってこんなに大きくなるんですか?」

「南のほうの属ならコイツよりも大きいのはいるがね、コイツも装甲亀と同じくおとなしいハズなんだが」

首をすぼめ棘を一斉に出した甲羅を見てモンドは続ける




「どうやら虫の居所が悪いらしい」

解説をよそに首をすぼめた刺甲亀にルイテルは対峙したまま動かない
その棘は鋭く、一般的なやりの数倍の硬さを誇る

「おいおい、随分と間を取るじゃねぇか手伝ってやろうか?」

モンドが声をかけ、続けざまに

「ただし真っ二つだぞ?」

その言を聞いてか聞かずかルイテルは鉈を横になぎ払うと甲羅の前半分の棘がきれいになぎ払われた

「真っ二つにされては困るな、ココまでの上物はめったに無いのだから」

「へいへい」

棘を失った刺甲亀は甲羅から首を出し狂ったように首を振る
切り離された部位に痛覚は無いはずだが痛みに狂ったような表情をしている。

「誰だぁ?コイツを蹴飛ばしたのは」

答えるものはいない、だがその代わりに亀の首が飛ぶ
狂ったように振られた首にルイテルの鉈が振り下ろされた。
胴体と泣き別れになった首は街道脇の木を直撃する
胴体はそのまま何事も無かったようにたたずんでいる、首から多量の血を噴出してだが

「うわ……」

「また少し早くなったんじゃないか?」

「さぁな、特に修行なんぞはしてない」

首と泣き別れになった胴がずしんと崩れ落ち、辺りには血の池ができ始めた。


ルイテルはソレを確認し甲羅に近寄ると鉈で棘を一本一本薙ぎ始めた

「ちょ、何を?」

「ん?あぁこいつの棘はそのへんの精鉄よりも硬いからないろいろと使い手はあるのさ」

手を止めずにアリアンノの問いに答える、最後の一本を刈り取ったあとそれにと付け加え
刺甲亀をひっくり返すと首元から一気に鉈を振りおろした。
先ほどからもにおってはいたがむせ返るような血のにおいがさらにあたりに立ち込める

切り裂かれた胴からは内臓がどろりと出てくる。誰が見てもその手際は鮮やかだった。
返り血を浴びる前に甲羅を逆手にほうり中身と甲羅を分離する

「想定外だがいい収穫だな」
「おい、女の子の前なんだから少しは気を使えよ」

「死後硬直が始まると解体しにくいんでな」

慣れているといった表情で、ケロっとしているモンドと相対的にアリアンノは青い顔をしている。
気にしないといった風体で外套を脱ぎ、モンドに投げてよこす


「汚れると手間だからな、持っててくれ」

「あんまりエグいことすんなよ」

「すぐ済む、それに近くに川か湧き水があるな。水の気配がする」

亀の死骸から出た内臓に鉈が入る。少しして何かを見つけたかのように手を突き入れる。
手に握られていたのは拳よりやや大きめの石だった。

「それは?」

「コイツは胆石だ、刺甲亀は生まれつきこの胆石を体に蓄積する。普段はおとなしいが」
「蹴り飛ばされるとコイツが神経を刺激して凶暴化する」

モンドがすかさず解説を入れる。

「もっとも、こんなところに普通はいないんだがなぁコイツは」

「あぁ、だがいい収穫だった。この胆石はそこらの鉱物や金よりも価値があるからな」

「あとは甲羅か、どうする?」

「先に行っててくれすぐに追いつく」

「あいよ、んじゃ行くぞ嬢ちゃん」

「は、はひぃ」

刺甲亀の死骸を迂回しながらモンドとアリアンノは旅路を進む

今回これまで、語彙力の無さに絶望

>>7 >>14ありがとうございます、あんまり更新の量・質そろいませんがお付き合いいただければ幸いです

地の文ありで固有名詞ありとか俺得

乙。頑張ってくれ。楽しみなんだ

乙です

>>20
同意!



三人から二人連れになった道中は重い沈黙に包まれている。
無理も無い、先ほど見た光景は普通に生きるただの少女には衝撃的過ぎた。

「まだ青い顔してるが大丈夫か?」

「へ、平気ですよぉ。大学では解剖の授業だってちゃんとあったんですから!」

「そうか、まぁ商売柄こういう場面が多くてなぁ」

「そういえばお二人は何の仕事を?」

「んー特に何も」

「何も?でも商売柄って」

「特に決まった業種じゃねぇからな」

「でも行商人でしょ?」

「いんや、強いて言うなら何でも屋だな。それにこんなに身軽な行商人がいるもんかい?」

「ソレもそうですねぇ」

短い会話が続き、そして途切れる。
アリアンノの顔色は先ほどよりはマシになったように思えた。

「そういえば……」

「何だ?」

「あのっルイテルさんってどこかの高名な魔術師さんなんですか?」

「なんでそんなことを聞くんだ?そりゃ、多少魔法は使えるが高名になるほど極めちゃいねぇ」

「いや、だって私が助けられたときは何かの魔法を使ったと思うんですがその。」

「魔法ねぇ……?ま、あいつが秘密にしてるんならわざわざ教えてやることも無いな」

「えっ知ってるんですか?門外不出だとか言ってたのに」

「付き合いは長いからな」

「何の話だ?」

後ろから急に声が飛んでくる。いつの間にかルイテルが二人の列に加わる。
アリアンノが驚き腰を抜かすと同時にモンドが切り返した。

「いいところだったのによぉ、もう少しで口説き落とせたもんを」

「ちがっ、い、いや、早い!っていうか急に声をかけないでくださいっ!びっくりした」

「いまさらか」





途中凶暴化した刺甲亀に出くわした以外はその後の道のりは順調に進んだ。
三人は予定より少し遅れて山と山の間の町フォートマジンに着く
この町は周囲を山に囲まれており、南から来る者はすべからくココを通ることになる。
首都へ向かうにはココか山を越えて東に1週間はかかるフォートゼクトを通るしかない
いわば首都への第一関門である。海外からの来訪者はココを通ることが多く関が設置されていた。

「ふぅー何とかつけましたねぇ」

「もう日もほとんど落ちている宿をさがさんとな」

「その前にやることがあるだろうに」

「それもそうか」

一行が門へ近づくと門兵がけだるそうに立ち上がる。

「よし、止まれ。通行証は?」

アリアンノが出した通行証を先に確認する。
あくびをしながら門の中を指差した。

「ほらっ、もう日が暮れるから門を閉めるんださっさとしてくれ」

ルイテルが懐から通行証を差し出す。

内容を改めた門兵の顔色が急激に変わってゆく。
ばたばたと詰め所へ駆け戻ったかと思うと一人を伴って帰ってきた。

「失礼いたしました、どうぞお通りください」

またか、といった表情でそれを見送りながら門をくぐる。

「しっかし、毎度の事ながら扱いが違うねぇ」

「いい加減にやめてほしいものだ。まぁ使えるのがコレしかないから仕方が無いが」

門兵が連れてきた身なりのいい男が問いかける。
「本日の宿はお決まりですか?」

「いや、まだだ」

「では狭いところではございますが、われわれの」

「結構、あいにく通行証はアレでもただの旅人だ。気遣いは不要」

「左様ですか。ではよいたびを」

一礼をし、身なりのいい男はその場を去る。
ルイテルの懐に一通の手紙を差し込んで


「相変わらずスゲェな」

「毎度のこととは言え面倒なだけだ」

「どうしたんですか?たしかあの人あの門の守衛長だったはずですよ」

アリアンノがその場に合流する。先ほどの身なりのよい人物の事を知っているのか
その態度に少し驚いているようだ。

「驚かされてばっかりですね、いい加減慣れたと思いましたけど」

「ほぉ、ただの守衛長にしちゃ随分身なりがいいな」

「この町は首都へ通じる街道の要衝ですから、ひとつの門の守衛長だけで中隊長から大隊長の権限があるんです。
 それに、今通った正門はこの町で一番大きい門ですから彼の直属の上長はこの町の軍の確か南側を束ねる隊長だったはずですよ」

「よく知ってるな」

「コレでも、帝立大学出ですからね。魔法科はその中でも軍部の影響が強いですから」

「ほぉ、じゃあ君もそのうち軍のお偉いさんになるのかい?」

「一応は大学卒業者は軍の士官の資格がありますから。けど……」

「けど、なんだ?」

「さて、話はいったんソコまでだ。宿に着いた」

三人が足を止めたのは町の中にある一見普通の民家だ。とても宿には見えない
ルイテルはその様子も決めずにドアをノックする。トン トン トン……トトトンと
ドアは沈黙をたもっている。少したって足元からキィンと音がする。

「ん?これは……」

「コイン……ですねぇ」

ルイテルはソレを拾うとドアにあるくぼみへとはめ込んだ。
くぼみからしたへとコインは吸い込まれる。少したってカチャリと鍵が開く音がした。


「よぉく出来た仕掛けだこと」

「すごい、何かの秘密基地みたいですね」

「あながち間違いではない、行くぞ」

ドアをくぐると暗い廊下がある、ルイテルを先頭にアリアンノ、モンドと続く。

「中は案外奥まであるんだな」

「まぁな」

奥へ進むと階段へとたどり着く。窓は無く、暗い空間を点々と配置されたろうそくだけがただ照らしている。

「ようこそ、正直お越しいただけないかと不安でしたよ」

「あんな熱烈なラブレターを受け取ってはこないわけにもいかんだろう」

「えっ、あの?守衛長さん?」

ろうそくの明かりが声をかけた男の顔を照らす。
先ほどの身なりのよい男がソコには立っていた。

「お二人と聞いていましたが、そちらのお嬢さんは……」

「あぁ、あながち部外者でもないのでな」

「そうですか、では部屋へご案内いたします」

「えっと、あの……どういうことですか?」

「おっと、申し送れました。フォートマジン南門守衛長リュッケ・リンドールと申します」

「あ、アリアンノ・カルノーです」

「ほう、カルノーの……なるほどあながち部外者ではないですな」

「それって、どういう」

「とりあえず部屋へいくぞ話はそれからだ」

乙!
いい雰囲気だ


おのおの部屋へ荷物を置いた後使用人から食堂へと案内される。
建物には一部採光用の窓があるもののほとんど窓が無く光源は燭台のろうそくのみだ。
薄暗い中に先ほどのリュッケ・リンドールと名乗った男がいた。
先ほどの兵士の姿ではなく、礼服をまとった姿でテーブルの奥に座っている。

「どうぞ、おかけください」

「しっかし随分と凝ったことをするんだな守衛長さんよぉ」

椅子にかけながらモンドが口をひらく。
それにしたがってルイテルとアリアンノが腰をかける。

「随分と熱烈なラブレターを持ってきたもんだ」

「いや、失礼いたしました。あなたに連絡をつけるにはああするほかありませんでしたので」

「あ、あのっ!守衛長さん」

「どうぞリンドールとカルノーのお嬢さん」

「えっとその……リンドールさん」

「はい、何でしょう?」

「私のことをご存知なんですか?」

「えぇ、あなたのお父様シャルル……んんっカルノー殿とは幼馴染でして」

「別にかまわんシャルル・ド・カルノーだろう?」

「えっ?何で……」

「えぇ、その子女アリアンノ・ド・カルノー彼女はれっきとしたわが国の貴族ですから」


「なんだ?そのドとかなんとかってのは?」

「いうなれば貴族号だ、お前の国にもあるだろう何とかのカミってのが」

「あぁなるほどな」

「話を戻しましょう。ココまできているということは準備が出来たということでよろしいですかな?」

「今回に関してはな」

「なるほど、結構です今回に関してはですね」

「あぁ、だが準備が出来ただけでな。モノはまだ用意していない」

「問題ありません、そのために我々がいるのですから」

「ここはもともとまだ南のサントヘルマンがわが国の領土で無かったころからある要塞都市ですから
 武器の修理や供給のために今よりも多くの鍛冶屋がありました。」

「ほう」

「その跡地のひとつがココです」

「なるほどな、つまり」

モンドがなるほどといった顔で柏手をひとつ打つ

「えぇ、今回の準備はココで済ませて頂きます」

「材料はそろえてあるからな。少し忙しくなるぞ」

「あいよ、ったくそれならそうと早く言ってくれりゃいいのによぉ」

「あ、あのっ」

「何でしょう?」

「まったく話が見えないのですが……」

「おや、知りませんでしたか。まぁ御家の事情とは言え女人にはあまり話はされませんからね」

リュッケが意外そうな顔をしながらも納得したように話す。
続けてルイテルが口を開く。

「君の家がどういう貴族なのかは知らないのか?」

「え、えぇ確か軍人の家系であるものの一方で商会も持ってますから。父はその商会を主な仕事としていますし」

「なるほど、知らぬまま軍人の道へと進む大学まで行ってたとはな」

「それ、どういう意味ですか?」

私から説明しましょうと、リュッケが口を挟む。


「あなたの家は帝国が設立されてからの騎士の家系……というのはご存知ですよね?」

「はい」

「あなたのお父様は確かに職業は商会長です。では、先代あなたのおじい様はいかがですか?」

「祖父は、私が生まれる前に」

「やれやれ、ここまで何もご存知でないのか……」

「単刀直入に言ったほうが早いだろう」

「そうですね」

「あなたの家系は本来はわが帝国の竜騎士の家系……それも第一位のね」

「えっ?」

リュッケの口から放たれる竜騎士という単語にアリアンノは絶句する。
竜騎士とは皇帝から指名を受けた18人の特別な騎士のことを指す
その中にも序列はあり、第一位の騎士ともなれば宰相の位を与えられるような
高位の存在なのだ。とてもひとつの商会の長に納まるような存在ではない。

「でも第一竜騎士は空位のはずじゃ……」

「その通り、先代の第一竜騎士は先の戦で命を落としました。その方の名前をご存知ですか?」

「はい、確かオーレリアン・ド・カルール・ロングビルだったはずです」

「えぇ、よく学んでいらっしゃる」

「はい、大学の授業だけではなく小学校ですら教えている名前ですから」

「実はその方こそあなたのおじい様オーレリアン・ド・カルノー様です」

「おじい様の名前はたしかにオーレリアンですが……でも、そのおじい様がなくなったのは私が生まれる3ヶ月前と聞いています」

「そうですか、ですが事実です。どのような事情があって隠されていたかは知りませんが」

話を続けます、と一言断り淡々同じ口調で続ける

「先ほどおっしゃったとおり第一竜騎士は現在空位です。本来ならあなたのお父様がその座を継ぐというのが正道なのですが
 あなたのお父様は入り婿ですからね、同家の正当な男児ではありません。ソレを理由に継ぐことが出来ないのですよ」

「今までも世継ぎを残さず当主が死んだ例はありました。もちろん騎士は戦が職ですからそのようなことは日常茶飯事といっても過言ではありません
 だが、貴重な竜騎士の座を遊ばせて置くわけにも行かない……」

「おじい様が……竜騎士で……お父様が婿?」

「あぁ、シャルルは私の子供からの親友でしてね。よくいたずらして怒られたものですよ」

「続けましょう。空位の竜騎士の座は一代までと決まっております。そして、正当な竜騎士の座を継ぐには儀式が必要なのですよ」

「儀式?」

「竜換の儀、最近行われたのは30年程前だな確かアレは……」

ルイテルが口を挟む。

「えぇ、よくご存知で。あの時はゴール家の子息で当主が死亡した直後に行えましたので今回とは少し事情が異なりますが」

「で、具体的に何をするんですか?」

「竜騎士の当主というのは本来長寿です。なぜなら竜の力をその身に宿すからなのですが……」

「そういえば、竜騎士って言うぐらいなんだからお嬢ちゃんの家にも竜がいたんじゃねぇか?」

「えっと、家には竜はいなかったんですが……確かに他の竜騎士の家には竜がいたはずです」

「えぇ、竜騎士というぐらいですから各家には竜がいます。そしてそのしたの竜騎兵たちも」

「ではなぜ我が家にはいないのですか?」

アリアンノの疑問に対しルイテルが口を開く

「竜と竜騎士というのは、命がつながっていてな。主が死ねば竜もその命を終える
 本来は先代から竜の紋を継ぎその力を受け継ぐことで代替わりをするのだが」

「えぇ、先代の竜がいないということは新たに契約を結ばねばなりませんから」

「主を失っても竜には少しの時間が与えられる、その竜とともに儀式を進めるのが本道なのだが」

「今回は、その竜もいない……」

「えぇ、ですので今回の儀は竜換と申すより契約の儀に近くなります」

「契約……それって、竜騎兵が行う儀式のことですよね?」

「えぇ、ですが竜騎士の身である以上条件が異なります。ひとつ今まで契約していた竜と同等もしくはそれ以上の力を持つ竜を選ぶこと」

「そして、もうひとつの条件が補助の人数に制限がかかることだな」

「なるほどやはり博識ですねフィゾロフの称号を持つだけはある」

「フィゾロフ?」


「その話は別だろう。たしか、補助は最大で4名までだったか?」

「えぇ、すでにあなた方二人ともう一人補助者が決まっているのですが……」

「最大だからな、こだわることはないこちらとしても問題はないが」

「はい、ですがその補助者の方からもひとつ注文がありまして」

「それがあの手紙って言うわけかい?」

黙って聞いていたモンドも声をかける。

「そういうことだ、せいぜい頼むぞ相方よ」

「まいったねぇ」

「お話はコレまでです。では食事と参りましょうか」

「あ、あの私はまったく状況が理解できないんですが」

「まさかお二人もですか?いやはやお人が悪いこのお二人は最高錬金術士の称号フィゾロフと最高工匠の称号アルティザンを持つ……」

「そこまででいい、あまり自分のことを他人に言われるのは好きではなくてな」

「左様ですか。では食事を用意しますのでしばらくお待ちください」

乙。

乙!

リュッケが使用人に合図をすると、使用人が食事を運んでくる。
食事の内容は、守衛長という職がよいのか一般庶民からすればかなり豪華な内容だ。

「さて、重要な部分は話し終わりましたのであとはゆっくりと楽しみながらということで」

「あの、私はまったく理解が出来ないんですが」

「すぐに理解しなくてもいいそのうちわかる」

「そうですね、特に今回の儀は貴方のお兄様のお話ですし」

「兄はこのことを知っていたのですか?」

「えぇ、一家の家督を継ぐ身ですから」

「そんな、兄さまはそんなことまったく……」

「そうですね、家族といえどもあまり話をする内容ではありませんから」

「とりあえずよぉ、飯にしようやぁ俺腹減っちまったよ」

「そ、そうですね」

そういいながら、運ばれてきた料理を口にする

「おいしい……やっぱり守衛長さんって良い生活してるんですね」

「いやいや今回は特別ですよ」

「でも、このスープって養老貝ですよね?この辺りじゃなかなか採れないし特別だって言ってもなかなか出せるものじゃないですよ」

「よくわかりましたね。さすが、わが国でも1.2を争う商家のお嬢さんなだけある」

リュッケとアリアンノの料理話に花が咲く一方でルイテルは仏頂面のままもくもくと食事を口に運んでいた。
そんな彼を見てモンドが横から耳打ちを入れる。

「いいのかねぇ、知らぬは彼女だけって事だぜ?」

「伝統というのはばかばかしいものでもあるが必要なことだ」

「そうは言うけどよ……」







「このメインディッシュもおいしい……お肉は普通の牛ですよね?」

「えぇ、隠し味にヤパスのセーユという調味料を使っているんですよ」

「セーユ……たしか豆から作るソースですよね?」

「やはり、博識でいらっしゃる。わが国にはあまり入ってきている量も認知度も低いのですがルートを知っていましてね」

「向こうは向こうで楽しそうじゃねぇか、どうだ?話の輪に入るのは」

「遠慮しておく、趣味が合わん」

「さよか」

「ソレよりさっさと食え、明日は早い」

「おいおい、せっかくのマトモな飯だぞ、もう少し味わって食えよ」

「そうのんびりしている場合でもなかろう」

「日が落ちたとはいえまだこの時間だぜ?」

「相槌が寝不足なんて目も当てられん」

「おいおい、マジかよ……」

「そういえば先ほどのお話なんですが……」

「まだ、何か不明点でも?」

料理話から急にアリアンノが話題を換える。

「えぇ、ルイテルさんも知っているようでしたが知らないのは私だけってことで……」

「俺もよくわかんねーよ?」

「だって、モンドさんはこの国は初めてでしょう?」

「まぁな」

「さて、そろそろ寝るぞ。馳走になったな」

「おいおい、随分はええじゃねぇか」

「明日に備える。途中で収穫もあったからな、整理も必要だ」

「はぁ……まじめだねぇ」

「お前がやる気が無いだけだろう?」

「はいはいっと……」


「では、寝床をご用意いたしましょう。あと、アリアンノ女史もしばらくとどまっていただきます」

「なぜですか?」

「一応今回の件に無関係ではありませんし、女性一人で山を越えさせるのも……」

「はぁ……」

「護衛をつけるのもやぶさかではないのですが、彼らより役に立つものをしりませんので」

「それに……いえ、何でもありません」


食事を終えた4人はおのおのの部屋へと戻る。
モンドは明日の打ち合わせのためにルイテルの部屋を訪ねた。

「で、明日の打ち合わせの前にひとつ聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「お前、まだ隠し事してるだろう?」

「さぁな」

「やっぱりな、気づいてたか?お前が嘘をつくときは左目を閉じる癖がある」

「知ってるさ。だからこそ対応できる」

「かわいげのねぇやつ」

「それに今までの状況から大体わかってるだろう?」

「まぁな、彼女が狙われてるってのと……生死にはかかわりが無いってことぐらいはな」

「あとはお前の想像でまかなえ」

「ったく、めんどくせぇ事を言いやがって……」

「それより、明日の準備は?」

「あぁ、予定が少し変わった」

「予定なんてあってないようなもんだろうによ?」

「そうか、じゃあ明日は一日働きづめだ」

「マジかよ・・・」

「本数が倍になったからな」

そういいながら懐から先ほど受け取った手紙を出す。

「ほぉラブレターは一通だけじゃなかったのかい?」

受け取った手紙に内容をモンドは改め始めた。

データ吹き飛んだ。そして復旧できている分だけとりあえずsageつつ投下続きはもうちょっと後で

それはご愁傷さま、大変だったな
焦らず続きを投下してくれ

乙乙


「この国の言葉は読む分にゃあんまりわからんのだが成程、確かにこりゃ2本必要だな」

「さすがに"彼"に手ぶらというわけにもいかんだろ」

「知ってるのかよ?」

「いや、知らん。話を聞いているだけだからな」

「さよか。んじゃまー俺は寝るとするわ」

「あぁ」


――翌朝

カーン……カーン……という音にアリアンノは目を覚ます
見慣れない光景だと、感じながらも伸びをし体を起こす。

「おや、お目覚めでしたか」

ベッドで伸びをする彼女に声がかかった。昨夜歓待を催したリュッケだ。
門守衛の制服を着込んだ彼のそばにはもう一人少年が付き添っていた。

「私はこれから出勤ですのでこの後のことは彼に何なりとお申し付けください」

そう言って付き添いの少年を指差す。綺麗な金髪に青い瞳の美少年といった感じだ。
少年は礼をし、アリアンノに自己紹介を始めた。

「レイモンド・エマールと申します。在泊中のお世話一通りを承ります。御用がありましたら何なりとお申し付けください」

「おそらく今日と明日はこちらにいらっしゃるでしょうから。私は本日から自宅へ帰りますので」

「えっ?ここはリンドールさんのお屋敷じゃないですか?」

「いえいえ、あくまで今回のような件にのみ使う秘密の屋敷ですよ。中は少々うるさいですが外に出るとあまり音はしませんよ」

「そういえばこの音は何なんですか?」

「彼らですよ。どうやら仕事に取り掛かったようだ」

「あの人たちは何者なんですか?」

「彼らは他人から話されるのを嫌うようですからご自身で聞いてください」

「あの、旦那様そろそろお時間です」

「おっともうこんな時間か。では、失礼いたします」

リュッケはそのままその場を去る。残されたのは少年と少女だけ

「朝食になさいますか?他のお二人はもう召し上がりましたが」

「は、はい。」

「準備が整いましたら食堂へお越しください。失礼します」

カーンという音が響く中少年は部屋を出る。
アリアンノはまずベッドから起き、着替えを始める。
ここ数日のことが夢のようだと思いつつも、質素だが決して悪くない調度品に包まれた部屋を見渡す。
華美な感じはなくともよく手入れされておりセンスもいい。この屋敷の持ち主はかなり高位の者と推測できた。

「これでよし……この音は、多分あの二人ですね……朝早くから何をしてるんでしょうか」

一人ごちながらも食堂へと足を運ぶ。
窓はほとんど無いはずなのだが屋敷の中にはある程度の光があった。
陽の光を取り入れて反射させている採光窓があるのだろう

「いらっしゃいましたね、お口に会うかどうかはわかりませんが」

食堂の戸を開けるとレイモンドが食卓に朝食を並べていた。
昨夜の夕食を考えると内容は普通だ。

「ありがとうございます。おいしそうですね」

「さすがに、カルノー家の朝食のように豪勢にはできませんでしたが」

「あら、私の実家でも朝食はこんな感じですよ?」

「そうなんですか?てっきり毎朝シェフが作っているものかと」

「一応ウチはただの商家ですから。食事は確かに接待なんかで外食も多いですし、商会の人が作ってくれたりはしますが
 まったく作らないってわけでもないんですよ?」

「そうなんですか、てっきり僕は毎日豪華な食事をしているとばかり」

「ふふっ、そうですね。でも実際はそんなところなんですよ。ところで」

「何でしょう?」

「あの二人は?」




屋敷の地下には昔ここが重要拠点だった名残―鍛冶場―が残っている。
今はもう野鍛冶や生活用品を扱っている鍛冶師ぐらいしかともしていないその場所に
もうひとつ赤々と炎がともっていた。

「よし、一度休憩するか」

「おう!ったぁくさすがに地下にあると風通しが悪くていけねぇや」

「仕方なかろう、使える設備はここぐらいしかない」

「暑いのには慣れてるが、空気がこもっていけねぇや」

「確かに空気がこもるのはよくは無いが……」

モンドが着物をはだけさせ、パタパタと仰ぎながら文句を言う。
その端でルイテルが水を飲む。

「しっかし、普通の剣と違ってコイツァ随分かてぇな」

「そのためにわざわざ船で対岸まで渡ったんだ当たり前だろう」

「こんなに硬くして折れねぇのかい?」

「こいつ本質は硬軟一対だからな。まぁ、バランスを間違えると粉々になるが」

「おいおい、打ってる途中に粉々なんてことはねぇだろうな?」

「配合は合ってるからな、問題ない……ただし」

「なんでぇ?」

「儀のためにコイツを混ぜるからな」

そういって赤い鉱物を取り出す。見た目はまるで赤い琥珀のようだ

「めんどくせぇ工程がまだあるのかよ・・・」

「面倒なのはコッチだけだもう一本はある程度は普通だからな。そろそろ休憩も終わるぞ」

「へいへい」





――交易都市セルヤ

フリンシ帝国の首都の南東に位置するセルヤはこの国で一番の経済都市だ。
首都に近いことと海上交通網に加え4つの街道が通るこの都市には多くの商会・商人が集まる。
フリンシの者だけではなく、他国の商人や果ては亜人までもがこの町を行き来しているのだ。

街の周囲には連なるようにいくつかの町や村がある、中でももうひとつの街といえるのが軍都市リスヴィオだ
セルヤが発展するまではこの都市が交易も担っていたのだが、港の収容能力や軍を置くためのキャパシティから
交易機能がこの都市に移った。いわば姉妹都市の妹といったところだろうか。
そして、この都市に不似合いな軍人がひとつの商館の戸をたたく

「いらっしゃいませ、軍人の方は珍しいですね。荷物の発送か何かですか?」

「こちらはカルノー商会でよろしいですか?」

「はい、お届け物から異国の珍品までカルノー商会ですっ」

受付嬢は満面の笑みで軍人に答える。
だが、軍人は厳しい表情を崩さない

「至急商会長に面会したい」

「お約束はおありですか?」

「いや、至急だ。黄色の場合が発生したといえばわかる。そう伝えてくれ」

「かしこまりました」

久しぶりに来た!

乙です




受付嬢が中に入り、しばらくすると髭を蓄えた男性が出てくる

「お待たせいたしました、中へどうぞ」

「恐縮です」

「黄色の場合とおっしゃいましたな……」

「えぇ」

「まだこちらの準備が整っていないというのに」

「詳しくは中でお話しましょう」

――夕刻 

「あーあ。ったぁく結局一日仕事じゃねぇか」

「むしろ一日ですんでよかったというべきだろう」

汗だくになりながら打ちあがった剣を見据えるモンド
夜明けから休憩もそこそこにひたすら槌を振るった結果が底にあった。

「あーもう腕上がらん」

「なら晩飯も食えんな」

「そういうなよ、飯が楽しみでやってたってぇのに」

「そうだな、鞘は明日で良いだろう」

「面倒だから変な装飾とかつけるなよ?」

「そうだなぁ、貴族の剣だからな」

「マジかよ」

「さぁな?」

二人が会話を交わしているときに鍛冶場の戸が開く
姿を現したのはレイモンドだ

「お疲れ様です。夕食の用意ができております」

「おっ、いいねぇ。だがその前に」

「はい、湯屋の準備もできていますよ」

「ありがてぇ、一日中この暑さの中だからなぁ」

「そうだな、先に湯を浴びてから食事にするか」






「あーさっぱりしたぁっ」

「今日はゆっくりと酒でも飲んで寝るとするか」

「おうよ」

食堂へ4人が集まる。昨夜と同じく豪華な食事が用意されていた。
レイモンドはなれた手つきでそれぞれの前に配膳をしてゆく

「おっ、嬢ちゃん良い子にしてたか?」

「ちょっとモンドさん!?上半身裸でうろつくのはやめてくださいよ」

「いいじゃねぇか、こう暑いとなぁ?」

「暑苦しいのはお前のほうだ、いい加減服を着ろ」

「いいじゃねーかよぉ一日仕事のあとだぜ?」

そういいながらもはだけさせた着物の上半身を着なおす
食事の準備はすでに終わっており、3人は席につく。
レイモンドは入り口で控えており、彼らの会話の邪魔にならぬようにしている

「お二人とも一日中どこにいたんですか?」

「なに、仕事だ屋敷の中にはいたぞ?」

「おうよ、ってぇか音が聞こえなかったのかね?」

「音は聞こえてましたけど、そんな場所一切無いじゃないですか」

「君が気づかんだけだ、あるにはある」

「ちょっと!私が鈍いみたいな言い方やめてくださいよ!」

「違ったのかい?」

「違います!」

「こりゃ失礼」

仕事を終えた夕食はなんともにぎやかに進



―――

「で、黄の件だが具体的にはどういう状況下かね?」

「まずはこちらをご覧ください」

そういって、軍人が広げたのは周辺各国の地図だった。
中央に書かれているのがフリンシそしてその周辺各国の様子が詳細に記されている。
ただひとつ違う点といえば、各国の名前が赤や青と色分けされているといった点だ。

「現在の我が国の外交状況を示している地図です」

「これは……話には聞いているが事態はどこまで進んでいる?」

「なんとも言いがたいですな、今は外交使節団も送っているところですのでその回答待ちではありますが」

「ここまでになった原因は?」

「正直なところわかりません、ケイステルとは因縁もありますしポーリャとは何とかホットラインを維持している状態ですが」

「1位の騎士がいないとなると、国の威信にもかかわる・・・か?」

「おっしゃる通りです、すでに危機的状況にある我が国で一部の高位騎士からは不満の声も上がっています」

「そうだろうな、大方2位のペタン卿の差し金だろうが」

「それだけならばいいのですが」

「成程、儀を急がせる必要があるというわけだな」

「おっしゃるとおりです、準備のほどは?」

「伝書鳩によるとあと2日はかかるそうだ」

「左様ですか、なるべくこちらも日付を伸ばせるように努力いたします」

「頼む」

――

「おはようございます、ルイテル殿」

「ん?リンドール氏か?今日は来ないものだと思っていたが?」

「いえ、状況が変わりましたので。モノの本体の進捗はいかがです?」

「昨日であがってはいるが、鞘がまだだ」

「左様ですか、では本日出立なさってください。馬を用意しますなるべくお急ぎを」

「どういうことだ?」

「先ほども申し上げましたが、状況が変わったのです。急ぎセルヤへ向かってください」

「わかった、準備はする。念のために状況の説明を」

「こちらにしたためてあります。私も長居できない状況ですので」

「わかった」

「おい、ルイ?どうした?こんなに早くから」

「状況が変わった出発の用意をしろ」

「あぁ!?マジかよ今日はゆっくりできると思ったのによぉ」

「ぐずぐず言うな、あとあの娘を起こして来い」

「へいへいっと」

「馬は北門へ用意させます、こちらが引き渡し証です」

「わかった」

屋敷の中があわただしくなる、ドアをたたく音がけたたましく鳴り響いた。

「おい!おきろ!」」

まだあさも早い時間の中部屋の少女は目をこすりながら身を起こす

「なんですか?もう朝ごはん?」

そこに現れたのは屋敷の差配をする少年ではなくいかめしい顔をした男
朝一番の寝起きで見るには最悪の顔である。

「ちょ、モンドさん?いきなり寝室にってまさか・・・」

「良いからさっさと出る支度だ、よくはわからねぇが状況がまずい方向にいったらしい」

「えっ?でも私は無関係じゃ」

「話を聞いただろう?まったくの無関係じゃねぇし説明するヒマもするほどの状況もしらねぇ」

いいからさっさと支度をしろといっていそいそと出て行くモンド
その彼も寝巻きの着流しなのだからイマイチ状況がつかめない。
だが、彼らについてここまでやってきたのだから従わないわけにもいかなかった。
いそいそと着替えをはじめ、合わせて荷物もまとめる。

「まったく、あの人たちはなんて勝手な」

「準備はできたか?」

「ちょ、ルイテルさん?まだですよ!勝手に入ってこないでください」

「事情が変わったと聞いているだろう?余計なものは持たなくていい」

「勝手に決めないでくださいよ!っていうか何なんですか?事情って」

「着替えは済んでいるな、守り刀と少しの荷物でいい」

「ソレくらいならすぐですが・・・なら今すぐ持て」

「はいっ!」


一喝されるとアリアンノは守り刀と鞄を持ち抱えた。
するとそのまま彼女の体が宙に浮く。

「えっ、ちょ……」

「急ぎだ、このままいくぞ」

使用人の少年がドア付近で待機する

「主人からの預かり物と弁当です」

「すまんな、後は頼む」

「はい、滞りなく」

朝もやがかかる街は澄んだ空気が包んでいる。初夏とは言えまだ朝方は少し冷える
冷えるといっても苦になるものではなくむしろさわやかなものではあるが。
そのさわやかな空気の中を鳥が飛び、そして三人の男女が行く
打ち一人の表情はあまりよろしくない。


――北門

街の北門には兵が多数詰めている。
ここから北へ行けばすぐ首都なので外よりも内側への警戒が強い。
万が一南門を抜けた不審者通さないためだ。

「まて、通行証を」

兵士が一行を止める。ルイテルが懐から受取証を取り出した

「話は聞いているとは思うが、急ぎの用だ早く頼む」

「受取証をみた兵士の顔色が変わり、急に気をつけをする」

「はっ!伺っております」

「なら用意を頼む、だが公用とは言え街道を駆けるのはな」

「了解いたしました、すぐ用意いたします。一着ではありますが公用のマントも用意があります」

「わかった、では彼に渡してくれ」

「おい、俺かよ」

「お前が一番様になるだろう、俺に似合うと思うか?」

「はっ、十分似合うと思いますがね」

「外套を二枚も重ね着することになるんだぞ?」

「そりゃぁちぃとかっこ悪いな」

「じゃあ決まりだな」

「あぁ、頭がいてぇ」


話しながらもルイテルは外套の中をごそごそと動かしている。
知らぬものが見ればどこかかゆいところでもあるのか、ズボンがずり下がっている程度にしか思わないだろう。

「おい、なんだそりゃ」

「何、一応準備をな」

「おいおい、そんな準備が要るような道なのかよ」

「本来なら要らんのだがな、念のためだ」

「それだけか?おめぇは今回いろいろと隠しすぎなんだよ」

「悪いな」

「ったく、調子が狂うな。まぁいい俺にもひとつ貸してくれ」

「嫌いなんじゃなかったのか?」

「あぁ、好かんがないくさ場でもねぇのに馬上槍というわけにもいくまい」

「珍しいこともあるもんだな、まぁいい予備は二つだ無駄にするなよ」

「わかってらぁ、使ったところでうまくいくとはわからんがな」

二人が会話をしているところに兵士が戻ってくる。
アリアンノは兵士の態度や空気感に呑まれただ呆然としている。

「お待たせいたしました、馬は目的地近くの軍施設に返していただければ結構です」

「世話をかけた、行くぞ」

ここまで、遅筆ながら毎度ごらん頂ありがとうございます。
最低隔週ぐらいでは更新できるようにがんばります

おつおつ



朝もやの掛かる山中に一見普通の山小屋がある。
登山客と行ったものは無いにせよ、樵や山菜などをとりに来る地元のもの
街道を通っていて夜を迎えてしまった者にとっては欠かせないものだ。
今日もその小屋には客がいるようだが、その格好などは少し違っている。

「動いたか」

山小屋に降り立った鳩を放しながらつぶやく人影がひとつ
中から二人さらに人影が現れる。

「おやぁ?どうやら動きがあったみたいですねぇ」

「おう、やっと出番か随分待たせてくれるじゃねぇか」

でてきた二人がそれぞれ好きに言葉を発する。
ソレをとがめるように先に外にいた男が声を発する

「随分と寝坊だな、そろそろ仕事の時間だ」

「ったく待たせすぎなんだよ。わざわざ待ち伏せなんぞせずにコッチからたたきつぶせばいいだろうが」

片方がそのようなことを言うとぎろりとにらみを利かせながら「馬鹿が」とつぶやく

「あぁ?馬鹿つったな?」

「まったくディクソンさんはもう少し考えたほうが良いですねぇ?」

「お前もか」

「そんなことをしてみろ、あの街で我らも足止めを食い最悪さらし首だ」

「軍のヘタレ共なんぞ俺一人で」

「万単位で詰めてる全兵士を全員倒せるのか?」

「それは……」

「なら山中で3人、いや事実上二人を殺った方が手っ取り早い」

「殺すんなら多いほうが良いんだがなぁ」

「いやぁ、それで捕まったり殺されたら元も子も無いじゃないですか」

「俺様が捕まるわけねぇだろ」

「言ってろ」



朝靄の掛かる街道には三頭の馬が駆けていた。
街道として整備されてはいるが山の中の道は決して広いとはいえない。
まして片側だけの通行であるはずが無いので通常は馬を駆けさせることは禁じられていた。

「大丈夫なんですか?こんなに馬を走らせて」

中央の馬に乗ったアリアンノが大声で叫ぶ。
それに答えるように先頭を走るルイテルが馬に鞭をいれさらに隊列は加速する。

「ったく、何あせってやがんだか」

つぶやきながらも三頭の隊列はさらに加速しながら山中を駆け抜けてゆく


――

怪しい来訪者が来た翌日だが、商会はいつもの喧騒をたもっている。


「会長、伝書鳩が来ています」

「そうか、中身は?」

「赤紙ですのでつれてきました」

「ご苦労、下がっていい」

「はい」

事務用にしては豪華な椅子に深く腰掛ける男性は葉巻をゆっくりと吹かしながら鳩から紙をはずす
商会長室と書かれたプレートを掲げられた部屋の中一人と一羽が見詰め合うという奇妙な光景が広がっている。
ため息を吐きながら鳩からはずした書簡をため息交じりに開き始める

「お前に愚痴っても始まらんしなあ」




――

山中の街道は朝靄も晴れ、ようやくいつもの景色を取り戻してきたという風体だ
時刻はまだ早い為そこを通るものは数多くはいないが、ちらほら樵や行商人が出入りを始めている。
そこには早朝に山小屋にいた三人組も存在する。

「蹄の音だ」

「ん?蹄の音?一応山の中ったって街道だからなぁ珍しくもねぇだろう」

「そうですねぇ、でもソレをわざわざ言うということは少し状況が違うんではないですか?」

「いちいち癪に障る野郎だな、それに何にも聞こえねぇし気のせいなんじゃねぇのか?」

「数は2・・・・・・いや、3だなこのままだと20分といったところか」

「馬で20分の距離の蹄の音が聞こえるだ?とんだハッタリだな」

「いやぁ、ディクソンさんは最近組んだから知らないでしょうがユーカスさんは実際に聞こえるんですよ」

「コレだけ大きな音を出していればわかる。随分と飛ばしているようだしな」

「は?駆け足で20分だと?」

「そういうモンですよ、気にせず準備しましょう」


――


三頭がひたすら道を行く、山をひとつ越え次を越えればセルヤへと至る道中
たまに驚いた顔で樵や猟師がこちらを避けるのを飛び越えながらもその脚を止めない


「この先で待ち伏せだ。数は3人か?」

「あいよ、どうする?先行するか?」

「頼む、いつでも抜けるようにしておけ」

「えっ?どういうことですか?」

「コイツは結構鼻が利くんだよ、待ち伏せされてっから驚かないように準備しときな」

「えっ、あのっ」

「脚が鈍ってるぞ。ビビることは無い俺たちで処理するあと20分ほどで接触するからよういしておけ」

「はっ、はいぃ」

朝からの走りとおしでアリアンノには明らかに疲労の色が見える。
だが、ここで脚を止めるわけにも行かぬ徒歩なら一日二日かかる道を6時間程度で行こうというのだから無理ははじめから承知だった。
まして、一般人の少女を連れているのだからなおさらだ


「おい、ちょいと休みを入れねぇか?嬢ちゃんが」

「休みを入れるにしても相手から近すぎる場合によっては感づかれる距離だからな」

「馬で20分だぜ?」

「俺が感づいてるんだ、相手にそういうのがいないとも限らん」

「いや、俺だってケツがいてぇんだが」

「街に着けばな、あと3時間って所だろう」

「ゲロゲロッ」

「文句を言う前に準備しろ何のために渡したと思ってる」

「あいよ、つってもいつでも抜けるし弾もはいってらぁ」

「セィフティをはずし忘れるなよ」

「素人じゃねぇっつーの。てめぇこそ腰だけじゃなくてその肩からかけてる物騒なもん使う気かよ」

「保険だよ」



――

「来るぞ、もうすぐだ」

「ここまで近けりゃ俺にもわかるっての」

「準備はできてますからいつでもどうぞ」

山の街道の出口付近の大きくカーブしている藪の中から馬に向けてボーラが飛び出す
だがその役目を果たす前にボーラは地へと叩き落される。

「なんだ?はじけ飛んだぞ!?」

驚く間にも馬はこちらへ近づいてくる。先頭の男が片手を話し何かを構えている瞬間
雷鳴が山中へとどろいた。

いったんココまで、次はやっとこ戦闘シーンになる!・・・かも


これは楽しみだ、はよ

「来るぞ出……ぐっ」

さらに雷鳴がとどろく。風切り音が彼らのそばを通り過ぎ
そしてユーカスの腕を血で染める

「おい、どうした?何の魔法だこりゃ?」

戸惑っている間にも先頭の馬は目の前を通り過ぎ、それに張り付くようにもう一頭が駆けて行く
標的は3人、そのうちの二人をもう逃してしまっていた。

「問題ない、逃がすなあと一頭遅れた奴がいるだろう、そいつをまず殺せばいい」

「そうですねぇ、我々三人に一人とは運が悪いです。かわいそうですがココで死んでもらいます」

三人が藪から踊り出る。相手は1人……こちらは一人負傷したが楽勝だ馬に乗った相手だろうがこの狭い街道ならば
脚を止めざるをえまい。
おのおの同じようなことを考えながら得物を出す。

馬は彼らを視認するとゆっくりと近づきそして歩みを止めた。


――数分前

「もうすぐだ、位置を少し変えるぞ」

「どうするんでぃ?」

「アリアンノ、君はヤツにぴったり張り付いていけ疲れてるとは思うが少しの我慢だ」

「へっ?は、はい!」

「頼むぞ、おそらくこの距離なら常人でも気づくやつはいるからな。馬で移動している時には馬の脚に注意しろ」

「脚だぁ?」

「脚を止めるために何らかの投擲武器は用意されているだろう、とにかくそいつを打ち落とせ、できるな?」

「ったく、お前ぇと違ってこちとら素人だぞ?」

「ソレぐらいはできると思って言ってるんだがな」

「努力しましょ」


――


「随分と勇ましいじゃねぇか、1人で殿とはなぁ」

「コッチは怪我を負ったとはいえ三人ですよぉ?どうするんです?」

「かすり傷だ、少し驚きはしたがな」

「おや、案外軽症でしたか」

ジリジリと距離をつめる。先ほどの男は雷鳴を鳴らす奇妙な武器を持っていた。一人殿に残ったこの男が同じもの
いや、それ以上のものを持っていると踏んでまず間違いない。

「しゃらくせぇ、慎重に行き過ぎるのは性に合わんのでな!」

ディクソンが痺れを切らしたように短槍を突き出しながら突貫を行う
次の瞬間にはキィィンと甲高い音が山中へ響いていた。
数秒二人が硬直する。そこには槍を突き出したディクソンと外套を翻し、鉈で受けているルイテルがいた。

「ほぉ、俺の槍を受けたのはお前で3人目だ」

「そうか、その割には動きが鈍いな」

「んだとぉ!?」

一瞬の会話の後に二人が距離をとる。瞬間――

















パンッ











乾いた音がまた山の中を走る。
次の雷鳴は武器を弾くわけでも無い。

かすり傷を与えることも無い。


ただ、一人の男が槍を持ったまま崩れ落ちた。








何が起きた?








ヤツは俺の槍をただ受けただけだ。









その後雷鳴が響いて。






何だ?筒?そんなモン向けてどうするってんだ?





そこで彼の思考は終わった。

「大口をたたいていたわりにはあっさりと殺られましたね」

「あぁ、だが種はわかった」

「ご存知なので?」

「アレは銃だな、ならば対処も簡単だ一発撃つごとに装填に時間がかかるからなおそらく外套の中には弾薬をつめているのだろう」

「そうですか、なら……」

「あぁ」

そう言い放つとユーカスはルイテルの横を通り過ぎ、手に持った棍で彼を飛び越える

「挟み撃ちですねぇ、どう対処するんでしょうか?」

丁寧な話し方をしていた男が鎖鎌の分銅をまわしながらいやらしい笑顔でルイテルを見つめる。
直後その鎖分銅が放たれた。
とっさの反応だったのか、彼は手に持った銃を投げつけることしかできずに右腕を封じられる
投げつけた銃は男のはるか後方へと着地した。

「さて、片手は封じた。どうするかね?前に対処をすれば俺の棍が」

「後ろならば私の鎌が」

『貴様を捉えるぞ!』

そういいながら二人は距離をつめる。先ほどの光景を見ていれば慎重にならざるをえないのは当然だろう
ジリジリと慎重に包囲を狭めてゆく。だが、その瞬間ルイテルは手に持った鉈を地面に突き刺した。

「諦めたか!ならば苦しまず一息に殺してやろう!」

「あれだけやっておいて案外潔いんですねぇ」

二人が一斉に飛び掛る。第三者の目から見ればそれはスローモーションのように見えたかも知れない。
次の瞬間ルイテルは外套に手を入れ、そして振り向きざまにバララララと先ほどとは比べ物にならないほどの速さで
雷鳴が何度も鳴り響いた。

「そんな手がまだあったとはな……だが、俺を殺ったとなれば後ろががら……あk」

「うぐっまさか、そんな私の後ろには誰もいなかったハズ」

彼らが見た最後の光景は煙を吹く銃を持ったルイテルと得体の知れない土人形
背中に風穴を開けられた鎖鎌の男もまたその場に倒れることになった。

とりあえずココまでです。戦闘シーンは難しい、淡々と書きすぎちまいますね。

銃撃と分身か?面白い戦い方だな。単独での複数戦闘を考慮した戦術、確かに独り身慣れした戦い方だ。

乙。今後も期待してます。

おつ
こういうシリアスな戦闘を待っていたぞ

「あの、ルイテルさんは大丈夫なんですか?」

「ん?なぁに大丈夫じゃなかったらこんな手はとらねぇよ」

「でも、三対一じゃ」

「大丈夫だよ、あの程度の相手じゃ20人相手にしたって負けやしねぇよ」

「すごい自信ですね」

「とりあえず心配せんでいいって事よ。ほれ、飛ばすぞしゃべってると舌を噛むぜ?」

そういうとモンドはひとつだけ馬に鞭をいれて脚を早める。
早駆けと前日の疲労で悲鳴を上げる自身の体にも同時に鞭を打ち、さらに速度を上げる。

「たまには使わんとな。久々につかうと精度が落ちる」

硝煙の匂いが立ち込めるなかルイテルはそんな独り言をつぶやく。
襲撃してきた相手の様子を確認する。自身が撃った相手は12個の風穴を体に開けられてすでに絶命していた。
背後を襲った鎖鎌の男は背中にひとつ風穴が開いているだけだ、そのまま胸を抜けたのだろうか、地面に血溜まりができている。
まだ息はありそうだ。

「おい、まだ息があるだろう?誰に雇われた?」

「言うと思ってるんですかねぇ?一応我々もプロですよぉ?」

「肺をやられている割には随分と元気じゃないか」

「えぇ、まさかあんな手があるとは知りませんでしたがコレでも頭脳と体の丈夫さは他の二人に勝りますので」

「そんなことはどうでもいい、貴様らの目的はわかる。ならば誰に雇われたかだ」

「先ほども申しましたがいえませんねぇ、それに私はもうすぐ死ぬ身なのですから、静かに逝かせてくださいよ」

そういいながら男が体を返す。懐に手を忍ばせている。
身構える、ルイテル。油断したとその瞬間に思うが遅かった。
その瞬間彼の体が爆ぜ、空に赤色の煙が立ち上ってゆく。

「しまっ」

男の体が爆ぜると同時に赤い煙がもうもうと上がる。攻撃ではなかったがその煙が狼煙となって待機していた兵に伝わる
致命的なミスだったルイテルは自身の油断を後悔する。間髪をいれず、上空を何かが通り過ぎた。
ふとその影を見上げる、竜だ。ソレも三頭なかでも一頭はうろこの色が違う。
竜騎兵だけではない、場合によってはその上位の準騎士もしくは騎士もいるということだ。

「いかん!」

飛び立ったのを見送ったあとに自身が遅れたことに気づく。急いで馬を呼び戻す。
土人形から銃を回収する。たちまち直立不動の姿勢だったその人形はその瞬間に土へと戻ってしまった。
馬が戻って来るまでに彼はどこからか拳銃ではなく、一般的に流通している銃よりもさらに巨大な
黒い銃らしきものを取り出し肩へとかける。見た目は銃のようだが巨大で、さらに引き金の前にも巨大な装置がついているようだ。

ルイテルは馬に乗り込むと颯爽と馬へ飛び乗り山道を駆けてゆく。

先に走る2人は山道をひた走る
襲撃を受けた地点から30分は走っただろう。森を抜けて平原へと出る。

「抜けたぞ、ここからなら後1時間ぐらいだ!がんばれ」

「もうヘトヘトですけど……あと1時間ですね」

「走りっぱなしだからな、ほら水だ山を抜けたからすこし脚を落としていい飲め」

「助かります」

水を口にし、乾いたのどを潤した彼女の顔色も少しはよくなったように見えた。
その様子を見ながら馬の脚を止めずなお目的地まで進む。だが後方を見ながら走っていたルイテルは山から赤い煙が上がるのを視認する
狼煙だ。その意味はわからないが先ほどの襲撃者のものと考えれば第二陣があるのだろうか
前方に罠がないかを確認しながら慎重に進む。

だが、それが来たのは後方からだった。
竜――騎馬や歩兵より強く、そして高く空中から敵を襲撃する空の王者。巨鳥隊などを編成する国もあるが各国家最強の兵と呼ばれる――
ソレが三頭彼らの頭上を通り抜ける。

「ちっ、二の矢を用意してやがったか」

「どうするんですか、アレ。さすがに私も竜相手の魔法なんて」

「んなもん俺も持ち合わせなんざねぇよ。こんなことなら配置を入れ替えておいたらよかったぜ」

「愚痴ってる場合ですか、どうするんです!?」

2頭が走る、平原というフィールドでは上空から襲う竜が遺憾なく発揮される場所だ。このままでは追いつかれる。

「あそこの岩場に逃げ込むぞ、このままだと鷹に狩られる鼠だ」

「はい!」

平原の中に岩が立ち並ぶ岩場がある。石切り場だったのだろうか?ところどころに大きなくぼみも見られる。
上空からその動きはハッキリと見えるだろう、だが竜の弱点というべき巨体では岩場の中に切り込むこともできない。

「嬢ちゃん、ありゃ騎士か?」

馬を降り、岩場に身を潜めながら問いかける。

「いえ、騎士じゃないですね一般兵です。ただ、準騎士が一人いますけど」

「なら、まだマシだな聞いた話じゃ騎士は魔法・魔術まで使えるらしいじゃねぇか」

「でも、準騎士のアレは……普通の竜じゃないです」

「あん?」

三頭の竜を見ると一頭だけ見た目が明らかに違う。おそらくソレが準騎士なのだろうとモンドは推察する。
一方の彼らは岩場の上を先回し、様子を伺っているようだ。もしくは……

「狩りでも楽しんでるつもりかねぇ?」

「そんなっ、でもどうしましょうかこのままじゃ時間の問題ですよね……」

「ルイの野郎が追いつけばまだ何とかなるが、さすがにコイツじゃあなぁ?」

手に持った銃を見つめながらつぶやく。いまだに上空には竜が円を作っている。
対抗手段はひとつ、ほかの手といえば石を投げる程度か
だが、その程度で竜のうろこを貫徹できるとは思わない。横っ腹から殴りつけるとしてもそこにあがる手立てが無い。

「万事窮すか。こっちには対抗する手段がねぇ」

「でもっ、こんなところでやられるわけには行かないんですよね!」

「おそらく連中の狙いは嬢ちゃんだ、俺にかまわず奥へ逃げなここよりも複雑に入り組んでるからな隠れるところもあるだろう」

「でもモンドさんはどうなるんですか?」

「なぁに、地面に降りてきさえすればなんとかならぁ」

「でもソレをおろす方法が……」

「なに、そのうちルイが来るさ、そうなりゃ形勢逆転だわな。ソレまで足手まといは隠れてな」

言い切ると彼女の背中を押し、自身はその場に残る。
手元にある弾倉は予備が1つしかない。やれるだけのことはやると心に決め
上方で旋回中の竜へと銃口を向ける。

見上げるといまだ優雅に上空を旋回している、その1つに向けて狙いを定め引き金を引き絞る。

乾いた音が響き、弾が竜へと一直線に飛んでゆく。
早い初速で発射された弾は瞬時に目標を捉えその体をえぐろうとするが……


キィンと甲高い音と火花を散らすだけにとどまる。

「チッやっぱりダメか。さすがに竜の鱗までは抜けねぇぜ」

銃撃を受けた一騎がモンドに向け急降下を開始する。
先の攻撃は寝た子を起こしたようなものだったのだろうか。
ダメージが無かったとは言え、はるか上空を飛行する自身に攻撃を当てたのだから逆上したとしても不思議ではない。
竜の体が一直線に地面へと、いや、自身へと向かってくる。

「おい、マジかよ」

岩場の傘があるとはいえ、あの勢いではあまり傘の意味を持たないと判断した彼は
瞬時にその場から離れようとする。
数瞬の後に、岩が大きな音を立てて崩れ去り地面には4~5mのくぼみができていた。
衝撃がモンドを遅い、岩へとたたきつける。

「おっかねぇなぁ……だが、あちらさんの攻撃方法がアレなら何とかなるか?」

急降下した竜は再び高度を上げて上空での旋回を開始する。
今の様子を見て余裕と判断したのか、その行動は悠然たる物だった。

(しっかし、もう一度敵さんをおろすにはどうすりゃいい?銃を使ってれば間に合わん)

(ならいっそダメ元でもやってみるか?今はその手しかないだろうしな)

「ダメ元だ、最悪うけりゃ死なんか」

そうつぶやいた後外套を脱ぎ捨て、自身の腰にある剣を握る。

「やい、竜に乗ったぼんくら共!俺はまだ生きてるぞ!大層なモンにのっちゃいるがその程度か
 地面に這い蹲る俺ぐらいなら一人でなんとかして見やがれ!それとも上からたたくしか能がなくて俺様が怖えか?」

一分ほど立ったろうか、その言葉に応じるようにして一騎がまた急降下を始める。
見たところ先ほどの竜だ。どうやら、しとめ切れなかったことに今の挑発が加わり
そのまま自身が息の根を止めるつもりらしい。急降下の前上空ではこのようなやり取りが交わされていた。

「おい、何の抵抗もできない馬鹿がなんか叫んでるぞ」

「左様ですね、ローレル様。しかしちょっとばかり蚊が刺した程度で激情し、その上蚊をしとめそこなった愚か者も居ります故」

「それもそうか、あのような者に我ら三騎で掛かるのもいわば殺しすぎというやつだな。おい、ルクレール貴様のしとめそこないだ次ははずすな?」

「はっ!必ずや」

そういって、一騎がモンドに突撃する。
先ほどとほぼ同じ動き。だが、速度は先ほどよりも速く竜の頭が先端から尾までが矢のように鋭く形を変える。

「いくら早くても同じ動きじゃあなぁ……」

つぶやくと、モンドも動く。崩れた岩を足場にさらに高い岩へと飛び移ってゆく


「左側に出られた!?くそっ、この速度じゃ向きを……」

二人が交差する瞬間、モンドは竜の左へと踊り出て。腰に差した剣を一線する。
金属と金属がぶつかるような音を立てながら、そのまま竜は地面へと堕ちることになる。
だが、瞬間モンドも同じくしてバランスを崩し、地面にたたきつけられた。













土煙が舞う









竜が堕ちた地点には大穴が開いていた











そして、少し離れた地点には血まみれになったモンドもいる。


「モンドさん!?」

血まみれになった彼に少女が駆け寄る。
地面にたたきつけられた体勢のまま、ピクリともうごかない様子を見るとかなりの重症だ。

おぉ、嬢ちゃんか着地に失敗しちまったよ。おぉいてぇ」

「そんな、血まみれで何が着地に失敗したですか!早く手当てを。死んじゃいます!」

「あぁ、この血か?これなら心配ねぇ」

「どこが!?」

「返り血だからな」






「ルクレールがいともたやすく……」

「だがヤツは我ら三騎の中でも最弱の木っ端者よ」

「ですが、半端者とはいえ竜を一太刀で倒すとは侮れません」

「そうだな、少し攻めてを変えるとするか」

「はっ、スピアで攻めるのがよろしいかと」

「うむ」

一騎やられたという動揺が少しあるものの上空の二騎はすぐに対応策を話し合う。
接近戦をすれば先ほどのようなたちを浴びせられる危険もあるため上空からの投擲による攻撃に
切り替える。
彼らはそのために竜にくくりつけられた槍へと手をかける

「まずは小手調べだ」

「はっ」

竜から一投目が放たれる。その槍は岩場に阻まれ、目標へ届くことは無かった。
だが、岩を削り破片と土煙があがる。


「ふむ、岩が邪魔だな」

準騎士が手を頭に当て、少し考えるしぐさをする。
お供の兵士はその様子を見て、一言

「ここはロレーヌ様のお力でなにとぞ」

思考がまとまったのか、準騎士と思しき竜から二投目が放たれる。その槍も同じく目標を捉えることは無く岩へと突き刺さるだけだ。
だが、次の瞬間強烈な音とともに岩が砕け散った。

「岩が吹き飛びやがった」

「魔法の……爆砕槍ですね」

「なんでぇそりゃあ?」

「投槍に魔力をこめて投擲するんです。するとやりに着いている玉が刺さった後に爆発する者です
 本来は攻める城戦なんかでもっと大きなものが使われるのですが」

「成程、そんなものまで用意してるってこたぁ連中殺る気しかねぇってことか
 しかし、参ったな。この様子だと降りてきてくれそうにもねぇし」


打つ手無し、さらに二発の槍が自身の岩場へと突き刺さり岩を削る。
破片と土煙が二人を襲った。次は上空に傘となる岩も無い。

「嬢ちゃん、まだ俺は動けんから逃げな」

「でも」

「簡単にはやられねぇよ」

上空から槍が振り下ろされる。痛むからだに鞭を打ち、右腕を持ち上げる
一直線に彼らに向かっていた槍は空中で爆発四散した。

「な?あんだけでかけりゃ撃ち落すぐらいできらぁ」

涙目になっているアリアンノの顔をひとなでし、言い聞かせるように自分から離れるように言う。
打ち身の体も少しはマシに動くようになってきた。まだ何とかできる


「なんだ?到達前に爆発したぞ」

「魔玉を撃って迎撃するなんて味な真似をしますね」

「ちっ、なら次は二本同時だ」

そういうと二本の槍がモンドの元へと向かってゆく。
投擲の勢いに自由落下の力が加わりどんどんと加速しながら向かってゆく
それを見て、右腕を上げながら銃撃を加える。
先ほどの一撃はまぐれだったかと上空の二人は思いながらその行く末を見守る。

とたん、二本の槍が同時に爆発四散した。

「驚いた、一本目の爆発に二本目を巻き込んだか」

「ロレーヌ様爆砕槍を使わず通常のものを使ってはいかがですか?アレなら爆発に巻き込まれることもございません」

「そうだなシャルよし、同時に行くぞあわせろ」



今ので随分弾を使った。もう予備の弾倉は無い。次は何とか防げるかもしれないがその後が持たない
そう考えながら空になった弾倉を出し、予備の弾倉を銃に叩き込む
空を見上げれば高度を上げながら悠然と滞空している二頭の竜がいるのだ
旋回をやめ、こちらの様子を伺っている。さらに槍を持つ手からそれが放たれるまでの様子がハッキリと見える。

弾倉の交換が終わった銃を空に向け、モンドはまた迎撃を始めた。

「チッ、今の二回で気づきやがったか」

今度のやりは爆発しない一本の槍は銃撃により軌道がそらされる。バランスを崩しひらひらとあさっての方向に飛んでゆくのが見える。
だが、もう一本の槍にかかったときだ。

ガチン


音を立てて銃撃が止まる。スライドが固定され銃身があらわになる。
一方のやりは悠然と自身へ向かっており、もはや目の前からだをよじって避けることもできぬ距離まできていた。
コレまでかとモンドが今までの人生に思考をめぐらせようとした瞬間――




風を切る音が聞こえた。槍が真っ二つになり、吹き飛ばされる。

残骸が宙を舞うのを見た後、乾いた大きな音がモンドの耳に入った。

いったんココまででございます続きは今日明日中にいけるかな?
いろいろと文章おかしい。もうちょっと厚みを持たせて書きたいですね。
アドバイスご意見あればいただければ幸いです。

ヨーグルトでしょうか?いいえケフィアです。

乙、面白いです

たまに誤変換があるのでそれだけ注意してくれれば今ので十分だよ


「遅ぇじゃねぇか」

そうつぶやいてモンドはバタリとその場に倒れこんだ。
上空の二人が驚いているヒマもなく二射目が竜を捕らえる。
もう一人の竜騎兵は自身の竜に音も無く銃撃を加えられ体勢を崩す。
いや、遅れて乾いた音が平原に響いた。加えて三射四射と騎竜に受けると次第に高度が下がり始める。

「おい、どうしたふんばれ!」

すでに3発の銃弾が体に食い込み、血を流し始めた竜は辛いのかふらふらと何とか飛行状態を維持しているに過ぎない。


「高度が下がって自身の身が晒されているのに気づかんとは、とんだ三流だな」

言いながら引き金を絞る。大きな音とともに銃口が火を噴き、巨大な薬きょうが排出される。
音が標的に届くころには既に体が真っ二つになり、はじけとんだ後だった。
ロレーヌと呼ばれた準騎士は何が起きているのかわからない。
ただ、味方から血が噴出しその後に音がするという怪奇現象が目の前で繰り広げられるだけだ。

「魔術の類か?だが、どこから!?」

高度を上げ、周囲を見渡すロレール。ここに来て従えていた僚騎を一度に二騎も失った。
今までであれば僚騎を失ったのは大きな野戦だけ、しかも200騎いれば片手で数える程度である
竜に対抗しうる者など、大魔術師や同じ竜騎ぐらいだった。
バリスタなどの大型投擲兵器で落ちたこともあるが事故の範囲程度だ。



たかが2人や3人のそれも素人に二騎もやられるなどあってはならない

「たった……コレだけの時間に……この程度の素人に」

「どうなってやがる!楽な仕事じゃなかったのか?」

「そもそもたかが三人にあの傭兵共がクソッ」


堕ちる味方を見ながらロレールはいらだっていた。
魔術の類だとすれば竜の体を傷つけることができるのは相当な術師だろうが
上空から見えぬということから隠匿術と同時使用してのこの威力だ。



風を切る音が聞こえる。


ターンッ


音が響いた。



とどめと言わんばかりにシャルの竜の頭部がはじけ飛ぶ。

「クッ」

衝撃が自騎にも走る。魔術がこちらに向けられたのか。
だが、己の竜は血を流していない。魔術が中ったところには金属片が付着している。

「金属を使った魔術?それにこの音……」

状況を考えればコレも銃撃だろう、だが見えない距離からの銃撃などありえるのか?
それに、地上の男の使っていたものと桁違いの威力だ。
槍をそらすのが精一杯のはずのものが下級とはいえ竜の鱗を穿てるだろうか。
それに付着している金属片があまりにも巨大だ。こんな大きな弾を撃ち出せるものがあるはずがない。

「ありえん。あり得たとしてもわが火竜の鱗を穿つのは不可能か。だが……」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
致命傷にならずとも蚊に刺されるのは気になるものだ。
火竜は大きく動きを変え、蚊を探し始める。

「ルイの野郎、効いてねぇじゃねぇか」

上空を見上げながらモンドはつぶやく。打ち身からもある程度動けるようにはなった。
岩場に隠れるアリアンノと合流し、行く末を見守る。

「さっき倒した二頭はただの竜でしたけどアレは多分火竜ですから」

「火竜?」

「竜と一口に言っても種類があるんです、さっき倒したのは普通の……といっても一頭倒すだけでも大変なんですが」

「そうか?簡単に斬れたぜ?」

「それはモンドさんが異常なだけです。で、話を戻しますと。あの竜はその上のクラスの火竜……おそらくはクラス2だとは思いますが」

「クラス2?」

「竜には種類とクラスがあるんです。クラスを使うのはさっきの普通の竜と単属の竜だけなんですが……」

「さっぱりわからん」

「モンドさんが倒した竜とさっき堕ちた竜は無属のクラス1つまり竜の中でも最弱種なんです」

「ほう?それであんなに弱かったのか?」

「普通クラス1の竜でも倒すのには2個大隊は必要なんですけど
 あとは属種で木火土金水のそれぞれが与えられるんですが……単属竜はその中でもひとつの属性を持つ竜です」

「あぁ、火竜とか水竜とかそういうがいるってことか」

「そうです、その中のクラス2……クラスが大きいほど竜は強くなるんですが」

「なら、さっきのとさほど変わらんだろう?」

「無属と属性付じゃ力がぜんぜん違いますよ!それにクラスが1つあがるごとに力も5~8倍は変わると言われてるんです」

「ってぇことは……」

「えぇ、スピードも防御力も攻撃力も段違いのはずなんです……」

上空の火竜はその速度を上げ、射撃の主を探す。
飛んできた方位からおおよその位置は特定できるもののこの広い平原の中で上空から姿を視認できないとなると
よほど注意してみなければ判別はできないだろう

「どこだ、どこに隠れてる」

注意深く地上を探るも見えない。あたりは土と草がうっそうと生える平原
そして街道のみだ。だが、1つだけ違うものが見えた。
鞍のついた馬……その上には人はいないが、間違いなく近くにいる瞬間彼の右にきらりと光るものが見えた。




「水竜や木竜なら厄介だが、自身が火竜の使い手だったのが災難だな」

ルイテルはつぶやく、先ほどまで構えていた銃を地面にうち捨てて肩に巨大な筒を構えている。
筒には羽飾りのようなものがついており、彼が使う武器にしては機能のみを追及したようには見えない
遠眼鏡越しに火竜を見つめる。

火竜はその光に気づいたのか、彼に対し攻撃の態勢をとる。
見たところ肩に構えている筒以外は大きな剣や槍も無い。
先ほどの男とは違い接近戦は得意ではなさそうと判断したロレールは好機とばかりに接近する。

「よし、もう少しだもう少し来い」

ルイテルは遠眼鏡を覗きながらつぶやく。竜との距離はおよそ4~5km離れているだろうか
この距離なら上空から彼を見つけるのはたやすいだろう。動きからしておそらく気づいているに違いない
頭がこちらに向いている。
筒についている引き金が引き絞られた。


筒が煙を吐き出した。ロレールは煙を吐きながら飛翔する槍をハッキリと見た。
早い。だが、先ほどの攻撃とは違いハッキリと目で追うことはできる。
彼は落ち着いて竜の手綱をさばき自身に向かう槍を回避した。

「それが貴様の奥の手か!俺をコケにしてくれたことを後悔させてやるわ!」

ロレールは大声で叫ぶ、火竜は射程に入ったといわんばかりに突撃の姿勢をとる。

「三流のセリフだな、そういうセリフを言った直後にやられるというのがお芝居の相場だ」

加速を始める火竜だが、その加速は遅すぎた。
槍を避けて油断をしたのか、それとも本当に三流でその存在に気づけなかったのか。
先ほどの槍が向きを変え火竜の後方を襲う。

「何?後方!?」

爆風と火炎が火竜を襲うとバランスを崩し、高度を下げ始めた。
火をつかさどる竜である、この程度では堕ちない。遠方から見ていたアリアンノはそう確信し
不動のルイテルに対し逃げろと伝えようとする。が……

「大丈夫だ、ルイが動かねぇってことはキッチリしとめてる。竜は知らんが少なくともあの準騎士はあの爆発じゃ無事じゃねぇよ」

「でもっ、あの程度の爆風じゃ火竜は……」

「少しは信用しろよ、生身で竜を倒せる男の相方なんだぜ?」

火竜は高度を下げ続ける。回復の気配は一切無いあと地面までは10メートルといったところか

9



8



7



6



5



4



3



2



1


土煙と轟音が辺りに響き渡り鳥が一斉に羽ばたいた。



ココまでごらん頂きありがとうございます。
対三竜騎 戦闘は終了です。
次からはまた移動&平常パートとなります。

おつおつ

多忙につき更新遅れております、25日ぐらい目処に少量ではありますが投下できるかと存じます

待ってますー

「火竜を……おと……した……」

「だから言ったろ?少しは信用しろって」

「貴方たち本当に何者なんですか?あんなでたらめな方法で片方は一刀両断
 もう片方はよくわからない方法で火竜を落とすなんて考えられないです」

「なぁに、ただの旅の何でも屋だ」

「ただの何でも屋が竜を落とせるわけがないじゃないですか!」

「ま、俺は言ってもいいんだが勝手に言うとルイが怒る。アイツにきくこったな」

「何の話だ?」

唐突に声が彼女らに降りかかる。顔を上げると泥だらけになったルイテルがそこにいた。

「よぉ、随分遅いじゃねぇかあの程度にこんなに時間食いやがって」

「すこし油断はしたがな、お前こそ血だらけじゃないか」

「返り血だ。着地に失敗して少し腰を打ったがな」

「間抜けか」

「間抜けって言うなよ、生身で竜を倒せるヤツなんてなかなかいねぇんだとよ
 少しはほめてくれても良いんじゃねぇか?」

「はいはい、ご苦労さん。とりあえず行くぞかなり足止めを食ったしな」

「ちょっと私を無視しないでくださいよぉ」

「コイツがついてるんだ無事に決まってるだろう。とにかく急ぐ馬に乗れ。後1時間もすればつくだろう」

先ほど竜を落としたばかりとはいえないほど冷静で冷淡な口調で答える。
竜を単独で落とすほどの技量と武器、彼らは一体何者なのか。
なぜ自分を護ってくれているのか彼女には一切理解ができない。


「馬を呼び戻すからちぃと待ってくれや」

口笛の音が平原にこだまする。蹄の音を響かせて2頭の馬がこちらへ駆けてくる。
頑丈な馬だ、ココまで5時間走りっぱなしの上、あの戦闘があってなおおびえる様子は無い
その上、疲れの色は見えるもののつぶれる気配がない。

「確かに上物の馬みてぇだなこいつら」

「なんなら買うか?貴様の金でだが」

「おいおい、冗談だろ?」

「軍馬ですから、許可の下りてる商会を経由しないといけませんね。ウチの商会なら安くしますよ?」

「嬢ちゃんまでかよ……勘弁してくれ……」

三人は馬に乗り、進んでいた街道へと戻る。道中撃ち落された竜が見える。まだ一頭は息があるようだ。

「ちょっと待ってください。あの竜まだ生きてますよ!」

「主を失った竜は脅威ではない、そのうち野生に還るだけだ」

「でも、怪我をしてますし……」

言いながらアリアンのは傷ついた竜へと近づいていく。
彼の主は上空で体を真っ二つにされ堕ちた。自身も主を失ったままバランスを崩し堕ちたのだろう
巨大な体を地に横たえていた。

「我に何か用か?小娘」

「うわっ、しゃべった」

「幾多の生物の中でも頂点たる我が人の言葉を解せぬと思ったか?」

「し、失礼しました」

「して、何用か?主を失い我が身を傷つけてはおるが、その小柄な体を八つ裂きにするなどたやすいことだが」

「えっと、あの怪我をしているみたいですしその治療を」

「これは異な事をいう小娘だな。先ほどまで自身を殺そうと迫ってきたものを助けると?」

「悪いのは人であって竜じゃありません。貴方も契約があったからあの場にいただけです」

「主を殺されたと逆上するかもしれぬぞ?」

「それをするならとっくにしているでしょう?」

「妙な娘だ、許す。好きにするが良い」

そういうと竜は目を瞑り首を横たえる。口では強気に答えているもののかなりの重傷だ。
体には小さな穴が開いているだけだが、そのうちの1つは心臓の傍にある。

「少し痛みますが我慢してくださいね」

懐から短い杖を取り出し、精神を集中する。
杖の先に光が集まり、傷口から煙が出だす。精神力と自然の力を集中し誠意力へと変換するのだ。

「待て、そのままでは少しまずいな」

「どうしてですか?」

「あまり時間が無いので手短に……と行きたいが、まずは弾を抜く必要がある」

「止めないんですね」

「竜騎士の一族が竜を粗末にするほうが看過できんさ」

「でも弾を抜くってどうやって……」

「俺たちがやろう、モンド!手伝え」

「あぁ?急ぐんじゃねぇのかよ?」

「かまわん、善行を積まんと貴様の国では地獄に落ちるんだろう?」

「ケッ、んなもんこの程度でチャラになるかよ」

「治癒術ではなく、麻酔……いや、麻痺の類は使えるか?」

「えぇ、一応ですが……」

「では痛覚を麻痺させておいてくれ」

「は、はい……」

「おそらく痛むぞ覚悟はいいか?」

竜に話しかけながらルイテルは鉈と小型のナイフを抜く。

「ふんっ、竜に痛みを耐えよとは大層な人間よの……ほぅ?」

再び竜が目を見開く、先ほどアリアンノにとっていた態度とは少し違うのがルイテルには見て取れた。

「あまり余計なことは言わないほうがいいぞ、貴様の心臓は俺が握っているようなものだ」

「ふんっ、珍しいこともあるものだな。まさか……」

「同じことは二度言わん」

そういいながら、ルイテルは傷口に鉈を入れる。
表現としては剣鉈のほうが適切だろうか、切っ先が鋭く竜の傷口に吸い込まれてゆく。
竜は閉じた目を再び見開いて、表情を変える。

「だから痛むといっただろう、暴れるなよ。傷口が広がるからな。」

そして、小刀を無造作に傷口に突っ込んだかと思うとカランと音を立てて弾が摘出された。

「こんな大きなものが……」

「ぼやぼやするな、この傷口は問題ない。塞いでもかまわん」

血まみれになった左腕と鉈の血を払いながらルイテルは告げる。

「次に行くぞ、おい」

「あぁ?てっきり出番はねぇかと思ったんだが……」

「手伝えと言ったからには働いてもらうさ、この傷だがな」

「あぁ?さっきと一緒でやりゃいいじゃねぇか」

「そうもいかん、心臓に近いからな。傷を少し切るから支えてくれ。少し切った程度ではすぐに肉の圧力で戻るからな」

「さっきより痛むぞ、暴れるなよ。心臓に刺さるぞ」

「万物の長たるワシにたいした物言いだ」

「その割にはさっき痛がってましたよねぇ……」

「ふんっ」

鉈が傷口に吸い込まれる。鱗が数枚とび、地面に散らばる。
竜の肉から血が噴出し、ルイテルの体を赤く染めてゆく。

「いまだ、支えろ」

合図とともにモンドが刀を抜き放ち、広げた傷口へ入れる。
裂かれた肉が集まり傷を修復しようと働くがその勢いを抑え、筋が切れていく。
間髪をいれずルイテルは左腕を突っ込んだ。

「グゥッ!」

「あと少しだ……耐えろ……」

ルイテルがさらに傷の奥へと左腕をねじ込む。
数秒後、血まみれになった彼の腕が抜き出され傷口から勢いよく血が噴出した。

「早くふさげ、心臓に近いからな。動脈を傷つけたかもしれん」

「は、はいっ」

アリアンノが傷口の治療にあたる。自然回復力を魔力によって増強された傷口は
血を噴き出しながらふさがってゆく。肉に押し出されるようにして中にたまっていた血の塊が
最後に出ると、鱗までもが完全に修復される。

「まだ痛みはあるだろうがもう大丈夫だろう。時間を食ったな、行くぞ」

「ったぁく全員血まみれじゃねぇか、こりゃ着いたら風呂だな」

「到着してからだがな」

「あぁ、行くぞ馬に乗れ」

「待て」

治療を終え血まみれになった体を馬上に移した直後に声がかかる
声の主は竜だ。

「貴様ら急いでおるのだろう、余計な手間を掛けた返礼と言ってはなんだが送ってやろう」

「ずいぶんな気まぐれもあるものだな」

「それは貴様らとて同じだろう」

「こっちは気まぐれでも何でもないとは思うがね?」

と、ルイテルはアリアンノを指さした。

「たとえ敵対していた相手といっても、傷つき、戦闘力のない相手を放ってはおけません」

「ふん、言いよるわ。治療することによって戦闘力も回復することを忘れておるなワシのように気のいい者ばかりではあるまい」

「んで、くっちゃべってねぇでどうすんだ?」

「そうだな、急がねばならんのも事実だ野竜が自ら載せるというのも珍しい話ではあるからな」

「あれ?野生なのか?さっきまでバリバリ背中に人を載せてたぜ?」

「主たるものがおらんようになったでな、竜騎兵の契約ならばその程度のモノよ」

「よくわからんが……まぁ行くとするか」

三人は馬を降り、竜へと騎乗する。鞍はまだついたままになってはいるが、主を持つ証である契約の印も消えている。

「はぁ~しっかし、騎乗者を殺しただけで竜が野生にもどるなんてぇなぁ」

「竜騎兵だからだ、騎士の契約とはまた違うからな。それに、竜騎兵の乗る竜というのは竜騎士の契約に巻き込まれて堕ちた者も多い」

「へぇ?つまり堕ちたらどうなるんだ?」

「元は竜騎士の竜より強い竜が契約の魔力によって最下層まで落とされることもあるってことだ。なに、こいつがどうかはわからんがな」

「当事者の上でよくよくしゃべりよる」

「構わんだろう、貴様が人に使役されていたのは事実だ。あともう少し低く飛べないか?目立つと色々と厄介だ」

「承知した」

「高い……それに……早い!私、今飛んでるんですね!」

「落ちるなよぉ?お前さんが落ちたってさすがに助けられねぇからな」

「私そんなドジじゃありませんよ!」

「何、儀式が終われば竜に乗ってより高い高度を目指すことだってできる」

「兄さんが無事に儀式を終えれば……ですね」

「そういうことだ」

「見えたぞ、貴様らが目指していたのはあそこで合っているのだろう?」

「そうだ、手間を掛けさせたな」

短い言葉を交わすと巨大な街が視界を埋め尽くした。
巨大な塔を中心に港には大小の帆船が所狭しと並んでいる。
その間を縫うように小さなボートが行き来しているところまではっきりと見渡せた。

「随分とこの辺りも変わったな、前はもう少し山手で港もあんなに大きくなかった」

「そうか、ルイテルさんは来たことがあったんですね。以前は確かにもう少し山側、それに港は北にあったんです
 でも5年前の戦争で、爆撃を受けて……」

「そうか」

「この5年でここまで大きく育ったのも商人たちがたくましかったからですよ」

「そのうちの一人が君のお父さんというわけだな」

「えぇ、国も大分手助けしてくれましたけどね」

話している間にもみるみる街は近づく、ここまでくれば徒歩でも小一時間といったところか
街の塔は近づくにつれ、その巨大さがよく分かるよう見る見る視界を埋め尽くす
街から塔へ視界を埋め尽くすものが変わってゆく

「よし、あの丘の陰でいい、これ以上近づくと騒ぎになるからな」

「よかろう、これで借りは返した。ワシも久方ぶりに故郷に戻れるというものだ」

「その久方ぶりというのはいつぶりなのかな?」

「貴様の知ったことではない」

前に引っ張る感覚と、ともにふわっとした浮遊感が3人の体を襲う
直後再び地面に引っ張られ、大地と接したと衝撃で知った。

「ま、ロスした分は取り戻したってことかぁねぇ?」

「そうだな、世話になった……というのも変な表現だが、助かったのは事実だ」

「ふん、さらばじゃもう会うこともあるまいて」

「どうかね?」

「どこまでも可愛げのない犬っころじゃな」

言い放つと同時に、翼を広げ竜は飛び立つ。
彼を縛る契約という鎖から放たれ、故郷の山に帰るのだろうか。
血まみれの三人はそれを見送った。

「予定は狂ったがなんとかなったな」

「なぁに、予定は不定で未確定ってぇだろ?」

「でも、血でベトベトです……」

「君の家はあそこにあるのだろう?つけば風呂に入れるさ」

「俺達もたいげぇひでぇ格好だなぁ街にいれてくれるんかね?」

「何、街一番の商会のお嬢様がいるんだ、問題なかろう」

一旦ここまで

乙でした

生存報告 1ヶ月たちましたが全然進んでいません。
かなり忙しい状況ですが地道にやるしかありませんね

まあ、ゆっくりやってくれ
落とさない程度にな

待機

待つよ




「何?襲撃者が伏せているだと?」

週末ながら騒がしく動く商館の奥、商会長室では男が二人テーブルを挟んで話をしている
上質な服を着、葉巻を加えながら口を開くのはシャルル・ド・カルノー
アリアンノの父であり、このカルノー商会の長である人物だ

「はい、先ほど入ったばかりの情報ですが、街道方面に竜が3騎飛び立つのを見たものがいるそうです」

相対するはカリュー・ド・エラン帝国軍情報部の新進気鋭の少佐である
21歳の若さにして少佐に叙せられるのは彼の家柄のこともあるが、彼が上げた功績によるところも大きい
2年前彼が着任したばかりの頃大規模な盗賊集団の拠点を襲撃する際その情報を本部へと流し続けたのは彼であり
近しいところで言えば、つい2ヶ月前の帝弟の横領の証拠を掴んだのも彼の指揮によるところであるとか無いとか
そんな傍から見ればどうにもミスマッチな二人が紫煙の中話をしているのだ。

「しかし、竜騎が目撃されただけでは襲撃されたとは限らんだろうただ移動していただけかもしれん」

「帝国の状況が著しく不安定なこの時期にですか?仮に下級の準騎士や騎兵を用いても竜を動かすことの意味はおわかりでしょう?」

「ソレはそうだが……で、君はアレが死んだと?」

「そこまでは申しません、聞くところによると大変優秀な護衛が付いているとか」

「あぁ、フィゾロフとアルティザンか……彼らの噂も真実かどうか信じがたいがね」

「そうでしょうか?」

「なんでも最高位の錬金術師たるフィゾロフの称号を持つものがまだ10代そこそこの若造というではないかね?」

「はぁ、確かにそのような報告書は受けてはおりますが」

「ソレにアルティザンといったところで所詮鍛冶屋だろう?作るのは得意でも闘うのは……」

シャルルが言い切ろうとした時に会長室のドアが勢い良く開かれる。
入ってきたのは商会員の中でも事務方や受付を主とする女性だった。

「なんだ、今大事な話を」

「商会長!お嬢様が、アリアンノさまがご帰宅されましたよ!」

「何!?」

「でも…」

「どうしたのだ?」

「その……いらっしゃったのが男性の方とご一緒だったのですが」

「あぁ、で、なんだ?はっきりと言い給え」

「その、お三方とも血まみれでして」

「カルノー殿、どうやら間に合わなかったようですな」

「くっそ、なんてことだ」


商館の前はちょっとした騒ぎになっていた。野次馬が小規模ではあるが人垣を作り
中からは怒号や悲鳴のようなものまで聞こえる。
血まみれの旅人装束をまとった三人がこの街いや、この国1,2を争う商会の商館前に姿を表したのだ
それだけならばまだしもそのうちの一人はこの商会の長の娘だというのだ
怪しい風体の男二人に血まみれのお嬢様という構図ならば商会に関わる者の怒号の一つや二つ不思議ではない


「てめぇら、お嬢様に一体何を!」

「話は後だ、まずは着替えと湯を用意してくれ。あと、至急商会長に目通りを願う」

「ふざけたことを言ってるんじゃねぇ!てめぇみたいな馬の骨をなんで」


「アリー嬢様こんな格好で……何があったというのですか?」

「いやぁ、話すと少し長くなっちゃいますから」


「おいおい、随分な騒ぎになっちまってらぁなどうするんだよ」

「そりゃそうだろう、この国随一の豪商の令嬢だからな。お前が軍使の外套を着ていなければふたりともお縄だ」

そんな会話を交わしていると怒号飛び交う会館前の人垣が割れる
人垣の道とも言うべきものができた先には二人の男が立っていた。
先ほどまで会長室で話をしていたシャルルとカリューである。

「よく無事に帰った。とにかく中に入りなさい」

シャルルがアリアンノに声をかけるまさか彼も血まみれの娘を見るとは思っておらず
顔がやや青ざめてはいる
だが、そんな状態であっても場所は己の商会館の前
このままでは悪い風聞もたつし、騒ぎをこれ以上大きくしたくないという商人の気質が先に出たのだろう。

「あちらのお二人にも中に入ってもらいなさい。あと、風呂と着替えを」

「商会長!いいんですかい?こんなどこの誰とも……お嬢さんだってこの格好じゃ何をされたか……」

「いや、ソレは返り血だな。そんな量を浴びるとは何人斬ったのかは知らんが大したものだ」

カリューが口をはさむと商会員の男も黙って引き下がった。

「おう、とにかく着替えと風呂だ。伝言は後でいいな?」

「はい、ご足労をお掛けし申し訳ありません」

そのやりとりだけで人だかりが波を返すように引いてゆく。
多数集まっていた野次馬の群れも事態が収束したのを認識すると己の仕事場へとそれぞれ散っていった
人もまばらになってきた頃に、一人長身の男が姿をその場に残していた。
まだ夏も過ぎ去ったばかりというのにロングコートに厚手の帽子をかぶったいかにも異国風情といった出で立ちだ

「あれが、フィゾロフとアルティザンか」

カリッっと音をさせ、ポケットから出したモノを口に含むとそのまま
裾をたなびかせて商館の中に入る。


「いらっしゃい、なんだい今日は変な客が多いね……さっきの騒ぎみてたろ?今日は仕事にならねぇよ他所にあたりな」

「仕事ならある」

「あぁ?てめぇ言葉通じてんのか?ねぇつってるだろうに」

「仕事ならあると言ったんだ、そっちこそ言葉が通じてるのか?」

「てめぇ、喧嘩売ってやがるのか」

「やめないか、みっともない」

受付の前でまたもや騒ぎが起きかけた頃古参の商会員が止めに入る

「さっきの騒ぎでみんな気がたってるんです、お許し下さい。で、仕事をされに来たとかお名前は?」

「ナット・シャフトだ」



「いやーやっぱり風呂はいいなぁ」

「そうだな、疲れた体をほぐすには湯浴みがちょうどいい」

「いや、そういう冷静な分析はいいからよぉそれにさすが大商会だけあって広い」

「まぁな、大風呂ではあるが本来は船乗りのための風呂場だからな下っ端用だ」

「あのな、夢もなんにもないこと言ってくれるなよ……」

「だが、一番風呂で良かったかどうかだ、風呂場とは言え血の匂いが相当するからな」

「そんなもんかねお前の鼻が特殊すぎるだけじゃねぇの?」

「さぁな」


「お嬢様、危険なことはやめてくださいとあれほど……」

「仕方ないじゃない。私が普通に帰ってきてたってああなってたでしょ」

「ですが、せっかくお戻りになったのですからお兄様の手伝いをするなんて……」

「心配をかけてゴメンねマイア……でも私あの人たちにあわなかったら何も知らないままただ過ごしていたわ」

血と湯気の匂いがまだこもる中少女が白い肌を湯で洗い流してゆく侍女のマイアはその傷一つない肌を心配そうに見つめながら言葉をつなぐ

「ですが嫁入り前のお嬢様にもしものことがあれば私は」

「それ以上は言わないで、それにそもそも家の中の問題のはずなのに関係のない助っ人にだけ助けてもらうのはおかしいと思うのよ」

「はぁ、そのようなものでしょうか」


男湯と女湯での会話、本来であれば逆のようにも感じる流れが展開されてゆく
一方は風呂と文化を語り一方は家柄や道を説く
だが彼らには時間はあまりない血で汚れた体を流すと同じようなタイミングでどちらの風呂からも人は消えた。

風呂上がりの彼らを待っていたのは冷たい牛乳ではなく3人の男性だった。
一人はこの商会の長シャルル・ド・カルノー
もうひとりはエリート候補のカリュー・ド・エラン
このふたりは先ほどの騒ぎで3人と面識があるがもうひとりに面識がない。

「お前さんの兄貴はこの国の人しては随分変わった格好をするんだな」

モンドが軽い口調でアリアンノに問う
そう、この場にいるであろう男性で揃っていない役者は彼の兄アベル・ド・カルノーぐらいだろう

「いえ、兄ではないです」

「へっ?」

「ナット・シャフトか初めて会うが随分噂と違って大きいな」

「まだ名乗ってもいないというのにな」

「彼の兄でなければあとひとりはその人物ぐらいしかいないのでな」

奥の椅子に座るシャルルが口を開く

「でだ、用意の程は?」

その言葉に応じルイテルがふた振りの剣を取り出す
片方には鞘に華美とまでは言えないが一定の装飾がなされていた
もう片方には何もないただの剣だ

「あのナット・シャフトが使うに耐えるかはわからんがな、あとこっちが今回の重要品の」

「契約の剣ですか……我々が普段目にするようなものと違うのですね」

「エラン君今回のは本来の契約とは話が違うからね、それなりに形式も必要なのだよ」

「そんなものですか」

「ところで……顔合わせも済んだことだ。腹が減った」

腹が減った。そう口を開いたのはナットだった。
その言葉に促されるようにシャルルが答える

「そうだったな、今回の主役アベルも君たちに会うのを楽しみにしているんだ
 食堂の方もそろそろ用意が出来るころだろうそちらへゆこうか」

「いや、ここでいい」

「は?」

「ここでいい、ハラペコなんでな。それに」

そう言うと彼は己の分の剣を手にしおもむろにかじりついた。
いや、かじりつくというよりはがっつくと言ったほうが正しいだろう。
あっという間に硬い素材で作られたはずの剣がかれの胃袋へと収まってゆく
すべてを平らげたあとナットは口を開いた

「他人とは食生活が合わない」

遅くなり申し訳ありません ここまでです。
次回はもっと早くなるようになればいいなぁ

おつでした


「こりゃ、確かに食生活は合わんわな……」

目の前で繰り広げられた後継にモンドは空いた口がふさがらないと言った表情のまま声をだす。
この国の住人3人は驚いた表情のまま時を止められたようだ
一人ルイテルだけが驚きもせず無表情のまま彼を見ている。

「話には聞いていたが実物を見ると興味深いな」

「昔からだからな、話ぐらいにはなっていたのか」

「んんっ、さて話の軸がぶれたな。紹介しよう息子のアベルだ」

そう言われて入ってきた人物はさわやかな空気を纏わせた青年だった。
年齢はおそらく20代半ばといったところか、これが今回の主役であり、アリアンノの兄だということをモンドとルイテルは瞬時に理解し、ナットは素知らぬ顔で懐から鉄の塊を出しかじりついている。

「アベル・ド・カルノーです。よろしく」

そういってはにかみながら挨拶をする。これが世のご婦人方であれば即座に心をうばわれていたであろう好青年の笑顔だ。だが彼らはあるものは先ほどの驚きから立ち直れずあるものは食事に夢中になりあるものは無表情のままそれを受けた。

「お、おう俺はモンドだ、よろしくな」

真っ先に返したのはモンドだった。先ほどの剣を食べた衝撃からやっと立ち直り口を開いた。

「兄様!」

「やぁ、アリアンノ久しぶりだねまた少し大きくなったかい?」

「もう、そんな歳じゃありません!それよりこんな大事なことをなんで話してくれなかったんですか?」

「いやぁ、済まない私も知ったのはここ2年ぐらいのことだからねその時にはもう海の向こうだったろ?」

「兄妹の再会はそこまでにして話を続けてくれ」

ルイテルが口を挟むそれに応じる形でシャルルが話をはじめる

「うむ、すまない本来ならあと2週間は猶予があった話なんだがな……」

そう言い放ちながらカリューに目配せをする

「その点については私から説明しましょうまずはこちらをご覧下さい」

そう言いながら壁のボードに地図が広げられた。

「つい先日、ケイステルの使者から我が国に対しこのリュクシリー地方を割譲せよとの要求がありました。もともとこの地域は我が国が300年前の戦乱期に勝ち取ったモノで大元はリュクシリーという国だったそうです」

「なんでぇ?300年も前の戦争の話を何で今更持ってきやがる」

「公式にはリュクシリーの末裔をケイステルが保護し、元来の土地を取り戻してやる……というのが大義名分だそうですが、簡単に言えば言いがかりですね。もともと我が国とは対立していましたし、リュクシリーの末裔が本当にいるのかさえ疑わしいものです」

「そんなもん適当にあしらっちまえばいいじゃねぇか」

「政治の世界はそんなに簡単ではないってことだ少し黙っていろ」

カリューの説明にツッコミを入れるモンドをルイテルがたしなめる。
次に地図には赤いピンと青いピンが差し込まれた。

「おっしゃるとおり当然我が国も突っぱねました。今現在ですが、ヘボンを中心に国境地帯に軍が配置されていると急報が入ったのが一昨日のことです。そして、今回の儀が行われるのがここ」

そう言って指差されたのはミシのやや東にある山岳だった

「なるほど、大規模な戦闘が発生すれば儀を行うための移動は困難になると、ならば儀自体を延期すれば良いのではないか?」

「ことはそう簡単ではありません。竜山は国の宝です。それに国家の危機に1位騎士がいなくてはと別のものを1位につけよとの声も多く上がっております。それに期限も近いものに」

「期限……ですか?」

ここでようやくといった感じでアリアンノが口を挟む

「えぇ、竜換の儀は対象の者の年齢が25までとなっており」

「それじゃ今年中に儀を執り行わないと……」

「カルノー家は廃家、財産や土地は全て没収されても文句は言えませんねまして、名誉ある1位騎士を廃家にしたとあっては……」

高位の位にあるものはその厚遇を受けるがために、それ相応の義務もある
どの国家においてもある精神ではあるがフリンシにおいては傾向も強く権力を利用し横領していた貴族が市民に私刑に合うなどという自称もあったぐらいだ。

「最悪の場合は……」

「で、時間的な余裕は実際のところどれぐらいだ?」

「一触即発の状態ですからね。何日もあるとは言えません正直なところ今すぐにでも発って欲しいぐらいです。」

「流石に今すぐってわけにゃぁなぁ?」

「そうだな準備として3日は必要だが……」

「流石にそこまでは持ちませんよ……」

「わかった、今からいうものを今日中に用意してくれ。あと鍛冶場の手配もなすぐに用意できるのなら明日の昼には出立できるだろう」

「分かりました。アリー君も兄様を助けてやってくれ」

「へ?わ、私?」

「流石に補助者に一族の者がおらんのも問題があるだろう?」

「分かりました、兄様……ふ、不束者ですがよろしくお願いします」

「まるでお嫁さんに行くみたいだねアリー」

「ひゃへっ!?」

「話はまとまったみてぇだな……」

「あぁ、一つ言っていないことがある」

「なんでぇ?」

「契約と少しズレが出てきたからな。この分はまた別料金だ」

「はい、手前共も商人ですからそれは承知しております」

「よし、準備にかかる。シャルル殿と話があるからな、あとは好きにしてくれ」

「あいよ」


――フリンシ帝都ハーリス――

帝国の政治の中心たるヴェサイア宮殿では隣国との緊張関係から緊急会議が連日開かれており、好戦派と慎重派が日々議論を勧めていた。

「我が国の行商隊がケイステル国内を通過中に襲撃にあったそうではないか」

「その上海上では臨検と称し海軍が略奪行為まで行っている」

「さらに、ヘボンの軍勢は今にも国境を越えんばかりの勢いだというではないか」

「やられる前にこちらから先制を期すしかない」

日に日に緊張を増す両国の現状を上げ好戦派と呼ばれる人たちは異口同音に先制攻撃を主張した。
正規軍にはまだ動員令は出されていないが、一部貴族や議員の私兵たちは既に準備を終えたものまであるという。
その中でも強烈に開戦を主張する一派がある。
帝国第2位の騎士であり、武官の中では現状最高位のパトリック・デ・ラ・クールニュ竜騎士伯爵である。
武門の誉高い家柄の彼は現状が我慢の限界だと言わんばかりに強い口調で言葉を紡ぐ

「現状はまだ戦端は開かれておりませぬが、早期に手を打ちませぬと万が一にも国境付近の部隊が敗走した場合我が国には多大な被害があると予想されます。また、現在の国境配置では仮に専守に務めるとしてもあまりにも脆弱です、最低でも国境付近の部隊を増やしていただきたい」

「だが、国境付近の軍を増やせばいやでも彼らを刺激する」

「そうだ、暴発の引き金になるやもしれんぞ」

「おっしゃることはごもっとも、だがことが起きたあとでは遅い!」

「伯爵のおっしゃることはわかる。だが、軍を大規模に動かすとなるといくら2位竜騎士とは言え少々権限を超やるじゃろう……」

声を荒げる伯爵をなだめるように声をかけたのは副宰相のレノー・ド・ラ・フォートリエ候爵だ。
豊かに蓄えた白ひげを撫でながら柔和な笑みを浮かべつつパトリックを諭すよう語りかける。
皇帝・宰相を除けばこの国における政治的決定権の最高位。開戦ともなれば権限は宰相は将軍達に劣るが
この手の規模の会議では実質的な最大の権力者だった。

「分かっております、しかし1位騎士が空位の今統制を取るものがおらんのです」

「左様じゃな……だが、秩序を乱すのは良うないたとえ今が緊急事態といえどもなそれにカルノーの子息はそろそろいい年頃じゃろうて」

「待てませぬな、当代限りであれば期限がない儀式など万一失敗したときはまた次の機会を待つことになるそれがいつになるやら」

「あいわかった。なら期間を区切ればよいのであろう?わしの一存では決められぬがおおよそ今から2週間か3週間といったところかのぉ?皇帝陛下の裁量も仰がねば行かぬがゆえの……」

「そういうことならば待ちましょう、ですが私の私兵だけでも準備はさせます故」

「それは貴君の軍じゃて好きにするが良い」

久しぶりの投下キターw

おつ

カルノー商会執務室には先ほどの7名から3名減り、4名の男が残っていた未だに話し合いは続いている
モンド アリアンノ ナットの三名が辞去したあと初めに口を開いたのはカリューだった。

「しかしシャルル殿良かったのですか?」

「何がだ?」

「いえ、儀のためとは言え騙すようなことを……」

「しきたりには逆えん、仕方なかろう。アベルよアリーを頼むぞ」

「はい、父上」

深刻な顔をした3名に対しルイテルも続ける

「急に事情が変わったからな、何があった?」

「その点については私から」

カリューはわざとらしく咳払いをするとテーブルに置いてあった水を一口飲み、話し出す。
ここ数日のあいだに帝国で、いや、帝都であった出来事を

「先ほどお話した隣国ケイステルとの緊張状態というのは事実です、ですがそれに絡みましていささか厄介な状況になっております
 帝都の上層部ではこの緊張状態において1位騎士がいないというのは深刻であり、かつ本来であれば軍事を統括すべき立場にありながら
 国難に不在をなす不忠をどうするかという論が議場にあがりまして……」

「なるほど、本来であれば期限のないこの儀に期限をつけてさっさと継承者を出せと無理難題を押し付けられたか」

「はい、左様です。我々としてももともと用意はしておったことですからある程度は進めることができますですが……」

「肝心の竜山は隣国との緊張状態の真っ只中、しかしこの国には竜山がひとつしかないのか?」

「いえ、竜山自体はほかにもございます。ですが期限内かつ先代を超えるものとなりますと今回のモン・ピク・ジャール山しかありません」

「全く面倒なことだ、どうせそのような論をふっかけてきたのはせいぜい2位のクールニュか5位のババヤールぐらいだろう」

その言葉を聞いてカリューは閉口した。
確かに竜騎士は外交や広大な領地を持っている関係上有名になる
だが、その人となりや正確な順位・名はあまり知られていないのだ。
2位のクールニュ家はともかく5位のババヤール家は最近その座を手にした新参でもある
まさかその名が出るとは彼も思っても見なかった。

「で、結局のところ残りの期限は?」

「残り10日です。儀を終えて、任命式を終えるまで」

「ほとんど時間がないな、わかった出立までの間に少しでも用意をしたいある程度の質の銅と亜鉛がいる
 なるべく多めにな、用意できるか?」

「銅と亜鉛ですか?それなら倉庫にある程度はあるはずですが」

「見せてもらおう」

量がないんで下げつつ投下継続していきます ある程度上がってからあげます

流れるように設定が出てるんだけど、これって何か元ネタあるんですか?次も待ってます

おつー


「ねぇ、モンドさん……」

「なんでぇ?」

「モンドさんは身近な人が急に遠くなるって経験はありますか?」

「いきなりどうしたってんだ、ないことはねぇが」

「わたしあの話を聞いてからもどこか違う気がしてたんです。でも兄様の姿や態度を見て」

「なるほどな、実際にいつもと違う身内の姿を見てやっと実感したわけか」

アリアンノはうつむいたまま神妙な声で自身の重いを語りだしてゆく
うつむいたままでは表情までは確認できないが、明るい顔はしていないだろう
そんなことを思いながらモンドは次に続けるべき言葉を探す。

「遠くつったって関係が大きく変わることもねぇ、ましてや死に別れるわけでもねぇだろう?」

「それはそうですけど、でも商家として育った人間が急に1位の竜騎士なんて」

「俺たちの世界でもそれぐらいはよくある話だ、一山当てて大金持ちになったやつ
 逆に大損して無一文になったやつ……ってぇのはちょっと違うか」

そう言うとモンドは大きく咳払いをし、続けた

「なら一つ面白い話をしてやる、ある国の王の話だ」



「ある国で双子の王子が生まれた
 
 どこの国でもよくある話だがだいたい王家の双子ってのは歓迎されねぇもんだ

 片方は良くてどこかに放逐されるか、もしくは……殺される

 国を割るって言われてるからな、まぁ同い年の後継候補が二人もいりゃあ対立勢力がそれぞれ擁立するなんてことは簡単に考えられるわな

 だが、その国の王はその習わしに逆らった。習わしつっても迷信みたいなもんだしな、だがどっちも王にするわけにもいかねぇどうしたと思う?」


「どうしたんですか?」

「そう簡単に教えちゃあ面白くねぇじゃねえか。それに」

「それに?」

「時間切れみてぇだ、話の続きはまた今度な。その時までに考えときな」

そこまで言うとモンドは自分たちが出てきたドアを振り返った。

「仕事だ、行くぞ」

「へいへい、ったくいつ休めるんだ?」

「2~3時間後には休める。すこし鋳造を手伝ってもらうだけだからな」

「まーた鍛冶仕事かよ、さっき風呂に入ったばかりだぞ?」

「風呂なんぞまた入ればいいだろう。そのあとは一日休みだ」

「飯は?」

「食事に関しては用意させておりますよこちらです」

あとから出てきたシャルルが

「メシは先にモノをみてからだ行くぞ」

>>114
一部には元ネタがあるのもいますし
元ネタがないのもあります。
元ネタなくてもなんかの影響は受けてるのでおそらく意識しないでパクってるってのは多いかもしれません


セルヤの街は貿易港を中心として発達してきた交易街である。
商館や取引商が立ち並ぶ商業地区を抜けて港へ出るとそこには巨大な倉庫街がある
カルノー商会の管理する多くの倉庫の中で3人はA-8区画の鉱石・工業品管理倉庫にいた。

「しっかしでかい倉庫街だなぁ、これだけの倉庫を満タンにしたら国一つ一年ぐらいもつんじゃねぇか?」

「そうだな、確かにこれだけの備蓄物資があれば1年は持つかもしれんな……平時ならの話だが」

「ここセルヤは帝国経済の心臓部ですからね各地の名産品がここに集まりそして出てゆく。その繰り返しが我々の日々の糧となるのです」

そう言いながらシャルルが一つの倉庫の扉に手をかける
倉庫の扉の色は茶色、倉庫にはそれぞれ色が割り振られ中に何が収められるかを示している

「必要な品質の鉱石があればいいのですが……」

開けなはたれた倉庫は太陽が高く登っているとはいえ薄暗く中の様子も見にくい
その中を三人の男がゆく倉庫の主は慣れた風に中をあるき設置されていた明かりを付けた。

「この灯りはランプじゃないな?」

「えぇ、天井に光鉱石を配置してあるんです。さすがにこの大きさの倉庫ですと手元の灯りだけでは心もとないですし、
 かと言って明かりをつけて回るのも手間な上に火事が心配ですから」

「よく考えてあるなぁ、しっかし鉱石とは言え魔石に近いもんだろ?こんなに使ったら費用がバカにならんのじゃねぇか?」

「いえ、光鉱石はフリンシの名産の一つですから。ここセルヤの近くにも鉱山は二つありますよ」

話をしながら倉庫内の銅鉱石が蓄えられているブロックへと差し掛かる。出荷準備だろうか一部は袋詰めされて積み上げられていた。
幸いなことにそのとなりには亜鉛やそのほかの卑金属の元となる鉱石はてには少量ではあるが武器素材として珍重される
高金属や希少金属まであった。

「はぁ~こりゃここを自由に使っていいって言われたら並みの鍛冶師じゃ涙を流して喜ぶか考えあぐねるかのどっちかだな」

「だが今回は使える品質のものがあるかが問題だな、使える鍛冶場は並みの鍛冶師より少しいい程度だからな」

「なるほど、混ぜもんが多いのはあんまりよくねぇってか」

「そうだな、なんとか使えそうだが問題は亜鉛だな」

「亜鉛はひとつ左の区画です」

言われた方に目をやると銅ほどではないがうずたかく積まれた鉱石がある。
手にとって質を確認する。

「なるほど、最悪ここの鉱石を使えれば問題がない。あとは生成済みの金属を見せてもらうとするか」

「はい、こちらへ」



一人残されたアリアンノは未だに自宅に帰るでもなく商館の屋上に設置されたハンモックに一人ぶら下がっていた。
青い空を眺めながらここ数日の激動とも言える出来事を振り返る
はじめはただ単に帰省の道で野盗に絡まれたところを助けられただけだった。
あとからわかったことだが目的地が同じ・・・・・・というよりは自分の家の商館だったことには驚きはしたが
その過程で何度も今までの自分の経験が覆されるようなことが起こり、その段階では驚きすらなかった。

見知らぬ術のようなものを使い、凶暴な獣や果ては下級とはいえ竜騎まで墜とすことが出来る
その上自身はただの何でも屋だと名乗る二人組

彼らは一体何者なのか最高職工と錬金術師とマジンで出会った守衛長は言った
その彼が父との幼馴染だったことにも驚きはしたが。

なんといっても兄がこの国の1位竜騎士を継ぐ存在だったという事実

自身がそれにつながる者だということ

物心ついた時から確かに普通の商家とは少し違うという気がしていた。

商家の生まれの友人は多いが、大学まで進学するよりも前に職人へ丁稚に出たり
花嫁修業をさせられるといったことが多かった。
早い者などもう二人目の子供すら生まれるそうだ。
それに普通の商会よりも軍人と思しき人の出入りが多く買い物や調達だけをして言っている風ではなかった。


そんななか自分は帝立大学へそれも難関と言われる魔法科への入学が決まり
兄は家督を継ぐためか日々経理や商会の実務をこなしていゆく日々が過ぎていった。

あくまでここに並べた事象は自分がしる事実であって、実際は知らない。
兄や父ほかの家族や商会員のみんなが日々どのように暮らしていたかなどは
ハイスクールへ通い寮生活を始めた15歳の頃からはほとんどわからない。

「商家じゃなくて騎士か・・・・・・」

そうひとりごちても聞いているのは鳥ぐらいなものだろう

そしてまた空を見ながら考えても仕方ないことに思考を巡らせる

「何をしている?」

突然・・・・・・予想もしない声がかかった。

驚いて声の方向に勢いよく体を向けるアリアンノそこには季節に合わない異国のコートに風をはらませながら
先ほど剣を軽く平らげた謎の大男がいた。

「な、なにってただの考え事ですよ。びっくりさせないでくださいここは関係者以外は入れないはずなんですが」

「今は俺も関係者だからな、それにあれは上等のシロモノだったがうまいモノを中途半端に食ったらさらに腹が減った」

「お腹がすいた・・・・・・ですかもうすぐご飯もできますからそれまで我慢してっていっても意味がないですよね」

「あぁ、他人とは食生活が合わんからな他にも何か上等なモノがあればいいが」

色眼鏡の奥の瞳がすこし笑ったように見えた
どういった人物かはわからない、ただルイテルも知っていた人物のようなので
彼も相当の大物なのだろう

「あなたは今回の儀がどういうものかは知っているの?」

「ん?儀というのはなんだ?」

「補助者として呼ばれたんじゃないの?」

「たしかにそんな内容の依頼だったようだが、良くはわからん。ただお前らに害が無いように
 それをするものから守り排除するように言われているだけだ」

「なにか言ってることがめちゃくちゃじゃないですか?依頼はちゃんと受けたんでしょう?」

「何、言われたことを実践すればそうなるというだけだ」

会話が交わされた直後にしたから声がかかる
どうやら食事の用意と出かけていた父たちが帰ってきたようだ
兄と私そしてであって間もない三人の男性
これからのことを考えるがアリアンノはただひとりの身内として
兄を助け儀を成功させることを心に決め階段を駆け下りていった。


食卓に集まったのは6人先ほどの商会長室のメンツの中からナットを除いただけで大きな変化はないと言える
長いテーブルの上に用意されたのは3人分ルイテル・モンドとアリアンノの分だ
テーブルにならべられた食器を見ると4人分用意されていたのであろうが先ほどのナットの奇行からか
本人がいないためか中身は入っていない

「さて、食事をしながらで結構ですこのあとの簡単な流れを打ち合わせいたしましょう」

「お父様達は食べないの?」

「僕たちは先に済ませてしまったからね。ちょうど君たちがくる少し前かな?」

「ほぉー国一の商家って事で期待してたがなかなかだな」

「行儀が悪いぞ」

「冷めてまずくなるよりゃあマシだろ?」

「えぇ、冷めないうちに召し上がってください」

先に食事をはじめるモンド
シャルルの言葉でルイテルとアリアンノも手をつけだす。

「さて、情勢に関しては先ほどおはなししたとおりです」

「わかっている。これ以上何を話すというのだ?」

流れの確認は先程もしたばかりだと言わんばかりの口調で睨みを返す
不安そうなそれでいてバツの悪そうな表情をしたシャルルが返す

「はい、その・・・・・・」

「なんでぇ?ハッキリ言やぁいいじゃねぇか」

「父は間に合うのかどうかを心配されているんですよ」

「あ、いやそういうわけではないんですよただ・・・・・・」

「ただ?」

「追加料金についてはあらかじめ話しておこうと思いましてね」

「ったぁく成功もしてねぇのにそっちの話か」

「商人としてはそちらが気になるか」

「えぇ必要経費とはいえあれだけの量の鉱石を使うとは思ってもいませんでしたし」

「なるほどな、確かに俺たちに加えて世界一の冒険屋まで雇っていれば経費は馬鹿にならんか」

「左様で」

「そうだな、成功報酬だが元のものと合わせて5000万ディーだな」

「ごっごせんまんっ!?」


アリアンノが思わず口に出す
5000万ディーといえばこの国随一の商会であるカルノー商会の年商そのものから1.5倍ほどはあるだろう
この規模の都市の年間予算のおよそ20分の1だ

「ディーですか・・・・・・タルではなく」

「別に現金で一括支払いをしなくても構わん物納である程度は掛けにしてやってもいい」

「なるほど確かに払えない額ではないですなですが始めが1000万ディーだったはず追加がその5倍というのは」

「払えないなら降りる時間的余裕がなさすぎるからな。時は金なりと言う短縮された分とそのほか娘の護衛
 竜騎士がでてくるという話は一切聞いていなかったからな」

「い、いえせめて3000万では」

「4500だ」

「3800!」

「4200だなこれ以上はまからんぞ?」

「分かりました、ですがそれでも我が商会の年商をはるかに上回る金額分納はいただけるのですね?」

「あぁ、それに4200ぐらいならすぐに稼げるさ」

「それはどういう」

「今回の件が終わってから詳しく話そう」

目の前でふっかけと値切りの激しい交渉が行われていてもモンドは気にせず食事を続けている
金額についてはルイテルが受けた依頼なのだから自分は口に出すべきではないと判断しているようだ
アリアンノは想像もつかない金額にただ圧倒されたといった表情を

カリューとアベルはこの展開をある程度予想していたといったふうな顔をしている
もしかすればシャルル自体も実際はそのぐらいの要求は当然と踏んでいたかもしれない

「アリー驚いた顔をしているね?」

「そんな金額想像もできないですよ」

「そうだね、でもこの食卓こそが親父殿の戦場だからね本当の戦場にでない分わかりにくいけど」

「本人たちを目の前にしていうこっちゃねぇだろうに」

「いやー僕たちもいますからねぇ主には僕に見せるのが目的だと思いますよ?」

ニヤニヤとしながら場を見守るアベル
モンドは呆れ顔カリューは関係がないといったふうに無表情を崩さない
アリアンノがただひとり聞かされた金額に驚いていただけだ。

そのあとは特にこれといった話も無く
シャルルやアベルがアリアンノから学校でのできごとや成績を少し聞くぐらいだった。

「では工房を借りるぞ」

「おい、食休みなしかよ?」

「時間がないのはわかっているだろう、早くしろ」


――工房

用意された工房には必要であろう道具が整理された状態になっていた
普通の工房と違うのは材料が置かれるであろうスペースにはたようなものがあるはずなのだが

「しっかし随分もってきたな」

「あぁ、在庫はほぼ空だからな何があるかわからん」

置かれているのは主に2種類の袋
中に入っているのは亜鉛と銅だ加えてもともと置かれていたのだろうか鉛や鉄鉱石もある

「まずは火を起こすところからか?まったく2~3時間で済む話なのかね?」

「なに、インゴットにしてしまえばあとは一人でこなす」

そう言いながらルイテルは懐から銀色に輝く金属塊を出した

「量がたりなさそうならこいつも使う」

「おいおいそんなもん使って大丈夫なのか?」

「適さないがはじめから合金を作るよりは時間短縮は出来るさそれに使えないことはないからな」

「ったく、そいつは貴重品なんじゃねぇのかよ?売ったら金や白金よりも高ぇだろ?」

「後生大事に持っていても意味がないからな」

そう言いながら作業を進める真鍮の製法は一般的に広まっているためここにある道具でも作業に扱うには問題ない
通常の工程と少し変わるのはそこに魔力を込めることで普通の冶金よりも成分抽出がスムーズでそれでいて
素早く行われていることぐらいだろう。
錬金術師と言われるひとつの所以はここにある
あくまで卑金属を貴金属へと変えるのが本来の意味ではあるが冶金そのほかにおいてその力をいかんなく発揮するのが
一般的な錬金術師だ。

「しっかしいつ見ても不思議なもんだな」

「何がだ?」

「いやよぉ普通この量の冶金なんぞ1日どころか3日仕事だぜ?それを3時間でやっちまうのがなぁ」

「そうか?いつものことだからな。自分でする分には多少魔力を使った程度で楽ができるのならいいだろう?」

「ま、楽ができるのはいいことですよっと、で?だいたいインゴット・・・・・・っつーか塊はできたけどよ」

「あぁ、ご苦労だった。あとはこっちでやる」

「そうかい、だいたい終わってるがパウダーがなけりゃ作れねぇんじゃねぇか?」

「それについてはもともと十分な量があるから大丈夫だ」

「あいよ、そいじゃあ俺は先に休むぜ」

材料は揃った、あとはもう一度熱し型へ流し込む
成型には一番気を使うところだ。ムラや歪みがあればそれは使い物にならない
一つ一つ丁寧に溶けた真鍮を型に流し込みそして冷やす同時に鋳造した鉄もまた別の型に流し込む

金属を溶かす炉の熱と冷却水から立ち上る蒸気で工房内の温度は一気に上がっていく
ルイテルの額からはひたすら汗が吹き出し、体を滴り落ちていく

作業は夜半まで続きひたすら熱と水が蒸発する音だけがその場を支配し続けた。

「おーお日さんがもうあんなところまであがってらぁ」

翌日モンドが目を覚ますとすでに日は高く上がっていた
海風が吹き抜けるこの街はまだ夏の日差しを残す太陽の熱も大きくは感じない
建物の配置も中央広場から海へと向かうよう放射状に配置されており風が通り抜けるよう街全体が設計されている

「潮風か、夏が終わったばかりだってぇのに暑くねぇのはいいもんだ」

「随分と寝坊だな」

宿の屋上で伸びをするモンドにルイテルが声をかける

「なんでぇ、そっちは今からか?本番は明日だがでぇじょうぶなんだろうな?」

「大丈夫だそれにさっき少し寝たからなそれに昨日の分の試験もしておきたい」

「真面目なこったな、今日は早めに寝とかねぇともたねえぞ?」

「わかっている、そのための2日だ。お前こそ道具の手入れはしておけよ」

「おうよ、今から一応研ぎだ」

「そうか」



――帝都ハーリス クールニュ邸

クールニュ邸では
ここの主パトリックと国軍省所属の情報官が会談を行っていた。

「ふむ、で?首尾は」

「ケイステルは現在国境付近に軍を集結中であり我が方の国境警備及び周辺部隊との戦力差は3:5でややあちらが優勢といったところでしょうか」

「なるほど先発させた歩兵隊の位置は?」

「第4連隊は現在モルセヤを通過、到着まであと半日ほどでしょうか?」

「しかし随分とかき集めてくれたものよな、これでは万が一対抗しきれなかったときに拡大するではないか」

「あちらも我が国の領土を狙っているのですからこれぐらいの配備は当然では?」

「ん、いや良いよくわかった。下がっていいぞ」

「はっ」

軍服を翻し一礼をし情報官は辞去する

「確かに成功すれば一部は奴らにくれてやるつもりだが流石にこの配備速度はまずい何か手を打たねば」

クールニュは顎に手を当てながら苛立たしげな表情を浮かべ思案する
ケイステル側の配備があまりにも早い、それでいて軍勢も多い
ポーリャが便乗してきた事が原因の一端であると考えても非常にまずい状況だ
だが、数が少なければさして問題にもならなかっただろうことを考えると
状況は五分と五分あとはどのように生かすべきか・・・・・・そしてひとつの行動に移す

「誰ぞある!」

ここまで、小更新を少ししたあと最後まで書ききってから投下できればと思っております。

おつー

追いついた
世界一の冒険屋とは懐かしい



軽い食事をとったあとルイテルは旧市街の廃墟にいた。
当初はスラムになることも懸念されたが大都市故の雇用の多さと
国からのテコ入れによりがれきが撤去されていない無人地区といっていいだろう。

適当な広さを確保し、的を設置する。距離にしておよそ50m
昨日作成した弾薬は旧製造で設備も整っていない中でのものなのでテストを行う
まずは立射からだ。弾倉に5発装填し、照準を覗く

ふーっっと息を吐いたあとに引き金が引き絞られ、無人の静寂の中に乾いた音がこだまする。
槓桿を起こし手前に引くと真鍮で作られた薬莢が排出される。
一発目は問題ない弾丸の精度もこの距離では近いだろうがまずますだ。

「面白そうなことをしているな」

声の方を見るとそこにはナットがいた。

「なんだ、ここにはうまいものはないぞ?」

「あいにくと今は満腹だ」

「そう言うとナットはルイテルの射撃を興味深そうに見ている」

単射から連続射撃へ移行する乾いた音がリズム良く槓桿を操作する音と共に響いてゆく。
結果からしてこの弾薬は問題ないだろう。
次に先ほどよりやや小型の銃を取り出すと弾倉を装着した。
銃声が響き渡る。パララッと何度か途切れ止まる。

「これも問題ないな」

言葉に出し確認した上で次を出す。
先ほどとことなり取り出した弾薬は金ではなく銀色に輝き、弾頭が無いものだった。
先ほどと比べればやや寸胴で直径が大きい。取り出したのは拳銃だ。
これまで使っていた拳銃とは違い本体に丸いシリンダーが取り付けられたいわゆるリボルバータイプ
一発ずつ弾を入れてゆく。その銃はルイテルの体に比しても大きい

7発全て入れたところでまた的に向かって筒先を向ける。
撃鉄を起こすとレンコン状のシリンダーが回転し、そして前に押し出される。
トリガーを引きキルト大きな反動と共に弾が出る。7発全て撃ちきった時には新しく用意された的はボロボロになっていた。

銃身のエジェクションレバーを引き一本ずつ薬莢を出してゆく。
危惧していた薬莢の裂けや割れはないようだ。

「いつまで見ているつもりだ?もう終わるぞ?」

ずっと眺めているナットに声をかけると彼はおもむろに立ち上がった。
そして、右腕を的に向かって差し出す。

「なんのつもりだ?」

ルイテルが尋ねた直後何もない右腕から銃が出てくる。
先ほどとは比べ物にならない大きな銃声をあげながら的の残骸が弾き飛ぶ
それを撃つと地面へ捨て、次から次へとまた銃が出てくる。

足元がいっぱいになれば移動しさらに打ち続ける
彼の足元にある銃は100や200では利かなくなった。

「随分と器用な芸だな」

火薬の煙が視界を支配しいまは5m先も見えない
そこにあるのは大量の銃と硝煙の匂い、そしてコートをはためかせたナットとルイテル

「なに、お前も似たようなことは出来るんだろう?」

「貴様とは根本的に違うようだがな」

そう言いながらナットは物欲しそうな顔でルイテルを見る。
色眼鏡をかけた瞳の表情は読めるようで読みきれない

「芸を見せたら腹が減った。何かないか?」

「いまお前が出したばかりのモノが足元に転がってるだろう?」

「拾い食いは行儀が悪いからな、それにこれはまずかった」


何かよこせと譲らないナットにルイテルも思案した。
金目の物ならなんでもいいのだろうか?しかし今持っているものに大した持ち合わせは無い。
仕方なく腰に下げていたもう一丁の銃を彼に渡した。

「これはどうやって使うんだ?」

渡した銃を受け取り使用方法をレクチャーする

「まずは弾を入れるが、銃本体にある左側・・・・・・ここのレバーを押すと銃身が折れてシリンダーが出る
 弾が入っていたり空薬莢がある場合は銃身が折れると同時にシリンダー内部の弾が排出されてまた弾を入れられる」

「シリンダー自体はそのまま交換もできるからな、こんなふうに簡単に外れる」

そう言いながら中折式のリボルバー銃を見せつつ弾を入れてゆく

「この銃はお前が撃っていたフリントロックタイプのものではなく連発が出来るからな、撃つときはハンマーを上げて引き金を撃つ」

親指でハンマーが起こされまだ立ち込めている硝煙へと向ける

「そのまま引き金を引ききれば弾が出る、別にそのまま引き金を引けば自動で撃鉄が起きて撃つこともできるが銃身がブれるからな狙って打つときは撃鉄を起こせ」

説明をしながら弾と一緒に銃を渡す。
受け取ったナットは手早い動作で弾をシリンダーの中へと詰めていった。

「なかなか面白いそれに」

弾を一発口に含み咀嚼する。

「刺激的な味だ」

「味はどうでもいいだろう、とりあえず撃ってみろ」

口の中のものを飲み下すと言われるがまま装填が終わった銃を構えて引き金を絞る
乾いた音と反動がナットの腕に伝わりどんどん弾をはじき出していく
6発の銃声が響き終わったあとレバーを操作して弾をリロードする。

「なるほど、連発できる分楽だな」

言い終えるや否や、ナットは手に持った銃を口に含んだ
バリバリと硬い音を立てて彼の井の中に鉄の塊が収まってゆく
そしてそのまま右手を差し出す

「弾が足りん、もっとくれ」


――翌朝


「アベル、どうか気をつけて」

「お母様そんなに心配しないでくださいと何度も言っているでしょう」

朝焼けがさし、薄靄が立ち込めるセルヤの街の一角にあるカルノー邸では
アベルをはじめとした一隊が出立の挨拶を交わしていた。

「アリアンノ、あなたも十分に体には気をつけてね」

「マリーそのへんにしないか、確かに危険はあるが死ぬようなことはまずないさ」

「そんなこと言ったって嫁入り前の娘に何かあったらどうするんですか」

「私は大丈夫ですよお母様。これでも大学では治癒学の成績は上の方だったんですから
 何かあったら私がみんなを治療します。それにルイテルさんからこれもいただきました」

アリアンノの手には杖が握られている。杖先には宝石が仕込まれており魔力を増幅する媒体になっているであろうことは
素人のシャルルたちにもよくわかった。

「挨拶はそのへんでいいだろう。準備もできた」

「とっとといかねぇと時間がねぇんだろぉ?」

邸宅前に幌馬車を回したルイテルたちが促すとカルノー兄妹は馬車へと乗り込む。

「ルイテル殿どうか、よろしくお願いいたします」

「全力は尽くそう」

そういうと馬車が走り出す。セルヤの街から東へと伸びる街道を目指して
整備された道は旧式の幌馬車でもそれほど揺れることはなく乗り心地はまぁまぁといったところだ。
交易を重視する現皇帝の元大々的に整備された街道は周辺国から見ても群を抜いている。

「しっかし、なんでまたこんなデカイ馬車なんだ?たったの5人しかいねぇってのに」

「父が言うには用意できたのが隊商用の大型馬車か貴賓用の送迎馬車しかなかったそうで」

「なんだそりゃ、大は小を兼ねるつってもでかすぎだろうに」

セルヤの朝もやに馬車は消えゆく――――

ここまで、現在最終までの進捗10%ぐらいです

乙でした

ちょっと忙しいので進んでないです。 あまりにも遅くなるようなら前みたいにsageて投下するかもしれません

了解
ごゆっくり

はい




フリンシ帝国南東部の都市ビィセイユはごく凡庸な都市である。
名産と呼べるものはないが、未だ群雄割拠する隣国デノヴやヘネティア諸国との交流が深いため
あえて言うならば傭兵だろう。特に海路を重視する国柄か陸上部隊の育成がはかどらず
抗争にはもっぱら隣国を含めた傭兵が主兵力を務める
その影響あってか、この都市には多くの傭兵宿とギルドが建てられている

「親父、調子はどうでぇ?」

「ん? 悪くはないさ、それに今日はそこそこ大口が入ってね」

「大口? おいおい、俺にも一口かませてくれや」

「生憎と埋まっちまってるんだなコレが。それにお前さんたちはデノヴから帰ってきたばかりじゃないか」

「頼むよ親父ぃ、こちとらカミさんが3人目を身ごもってるんだ稼がせてくれよ」

「そうさな、わしに頼むより依頼主に直接頼んだほうが早いんじゃないか? 」

「誰かは知らねぇが依頼人のところまで出向いてちゃ時間がかかりすぎんだろうがよ。親父と俺の仲じゃねえか、な?」

「ワシからねじ込んでやってもいいんだがな?それに依頼人はこの街の人間だ」

「それを先に言ってくれよ。んで、誰に話をつけに行きゃいいんだ?」

「ピエールの大旦那さ」

「うげっ、やっぱりなかったことで頼むわ」

街の1ギルドでそんな会話が交わされている中で”大口の依頼”の準備が着々と整えられている
物資集積地のあるブロックでは人々が右へ左へと走り回り、馬車の群れが己の順番を待ちわびていた。

「しっかし、国からの要請があったときはヒヤッっとしましたが前金で支払いとは豪気なもんですね」

「ま、今回のはお国というよりは伯爵様個人の依頼って色の方が濃いからな。ヤツも領地の経営者だ商人と一緒で信用は大事さ」

豪快に笑いながら馬車の流れを眺めるヒゲをはやした大男
彼こそがこの都市と地域の領主であるピエール・ドゥ・ラ・アンジュである。

「貴族にしちゃ珍しいですね、昔は散々踏み倒されたりもしましたけど」

「さすがに俺たちへの支払いを踏み倒すのはあのオヤジにも無理だな、今後傭兵を雇えなくなるどころか自領が焦土になっちまう」

「先払いの割引でもつけてやったんですか?」

「おいおい、これでも俺は今や立派な貴族様だぞ?人聞きの悪いことを言うなよ。それにこれだけの大部隊を揃えるんだ支度金はキッチリもらわんとな」

「支度金と出ましたか、あのうえでさらにふんだくる気ですね」

「へそくりでもつくらねぇと、嫁さんが夕食のワインすら飲ませてくれねぇや」

「ちげぇねぇ」


ゆく馬車たちを見送りながら男たちが笑い声をあげる。

戦争の季節は未だ続いてはいるが、いつまでもそれが保たれるわけではない
冬が来れば蓄えもいる
この時期の大口の依頼は冬に備えるための食料や資材を蓄えるためには重要だ。

伯爵の依頼は二つ
ひとつは、自己の私兵で賄えない兵力を傭兵で増強すること
もうひとつは彼の部隊と駐留軍に対する兵站を確保することだ。

駐留部隊は国軍であるため、独自の補給体系を持ってはいる
私兵部隊にも同じことは言えるだろう。
だが、今の状況ではその兵站へ策人員すら惜しいし、輸送の際には護衛もつけねばならない

その点傭兵は便利だ。小規模な部隊でも馬車は必ず3つは持っているし
輸送人員自体が戦闘にも長けている。
別で護衛の人員を手配することなく多くの物資を輸送できる。

その上、今はこのビィセイユが大規模な傭兵の斡旋をすることができる傭兵都市となっているのだ
一声かければ雇うことは容易だ。通常の料金よりも割高で、しかも過分な前金まで支払うことにはなったが
この急場を凌ぐためには仕方がない出費だろう



「まったく、忌々しい傭兵どもめ!」

館の中にこだまする大声に使用人たちは肩をびくつかせる。
早馬と馬車を急いて金を運んだが、そのほとんどをむしり取られ
なおかつこれが前金だと抜かすのだ。傭兵上がりの俄貴族がこの大貴族たる自分に対してなんたる態度か
そのことを思うだけでハラワタは煮えくり返る思いだ。

その様子を使者に出された者たちはビクビクとしながらただ見守るしかない。

それに加え彼をイラつかせたのは己の私兵の準備が遅延している点だった。
すでに足の遅い歩兵部隊は向かわせつつあるが各地に散った一族郎党の騎兵部隊
虎の子の竜騎部隊の招集がおくれ、未だに必要な装備が整っていない

最悪騎兵は援軍扱いとし足の速い竜騎のみで向かうことも考えた。

「貴様らはいつまでそこで雁首を並べておるのだ。仕事が終わったらもうゆかぬか!」

いらだちの矛先は使者たちへ向き、その声を聞いて一目散に部屋から退出する。

「随分と苛立っている様子ですね。伯爵閣下」

急にかかる声にパトリックが振り返る。
面を付けた人物がいつの間にかいた。

「なんだ貴様か、驚かせるな。」

「申し訳ありません。随分と前からご報告に上がったのですが
 いささか取り込んでいたご様子でしたので、不躾ではございますが中でお待ちしておりました」

「よい、首尾は?」

「お言葉と書面は確かに先方に、しかしビィセイユの角持ちには随分やり込められたようですな」

「ヤツらも多少は使えると思うたのだがな、だが今は些事にこだわる余裕もない
 悪いが貴様の出番はしばらくないぞ?」

「では、私はしばらく待機ということですね?」

「うむ、別命があるまではゆっくりしておるがよい」


―帝都―

政治と経済の中心地であり、いくつかの巨大都市と各貴族の直轄都市を除く全ての交易や税を管理するこの都市には
巨大な官公庁街がある。
皇帝の居城を取り囲むように配置された各省庁からは人が四六時中出入りし、時にはランプの明かりで埋め尽くされることすらある。
この日も早朝にもかかわらずまばらながらもここに影を表すものが動いている。
だが、その中に街中にかかわらず馬が駆け足で走り抜ける光景は普段とは違っていた。

「緊急伝令である、道を開けよ!」

緑と赤の套を纏った騎乗者が城門の兵を一喝し、道を開く。
街中まで馬を乗り入れるということはよほどの緊急事態か
今の情勢は一兵卒である彼らですらわかる。
この報が場合によってはケイステルとの全面戦争の切欠になるかもしれぬということを

彼らには何もできない。

号令がかかれば彼らはただ命令のままに動き、殺し、そして殺されるだけなのだから
だが早朝の空気の中さらに国境地帯の緊張という情報は彼らでも承知の事実

通り過ぎたあと門兵たちはお互い言葉を発しないままお互いをそれぞれ見合っていた。


通り過ぎた伝令は城内へと続く第二門の前に降り立つ。
いや、降り立つというより放り出される格好になる
そこまで来て馬は自分の役目はここで終わりだと言わんばかりに地に崩れ落ちた

「この騒ぎは何事か!」

城内より、身なりの整った男がひとり騒ぎを聞きつけて出てくる。
不寝番のため、その顔に眠気をたたえそれもまもなく終わるというタイミングでの騒ぎである
機嫌がいいはずがなかった。

「はっ、ヘボンよりの緊急伝令でございます。詳細はこちらに」

「ご苦労ヘボンよりだとだいたい3日半といったところか?」

「いえ、1昼夜。はじめは増速が利いていておりましたので」

「早いな。下がってよし」

まだ?



セルヤを出て馬車に揺られること三日ルイテル達一行は竜山を目前に見るまでの距離にいた
神聖とされるその山には邪気を遠ざける性質がある。
だが、戦乱の世と守護者の不在がその雰囲気をガラリと変えていた。

「竜山という割には随分と荒れているな」

「あぁ、竜が居るってぇことで魔性は住み着いちゃいねぇがちぃと厄介かねぇ?」

「竜山に来たことがあるんですか?おふたりは」

「俺ァ初めてだけどよ、ルイはどうだかな?」

「以前に一度きたことはある、その時には神威がまだあったはずだが」

「そんなことよりも兄様早くしましょう、時間がありません」

「アリーそんなに焦らなくてもいいよ、まずは入山前に社に行かないと」

そう言ってアベルが指差すのは年季が入った小屋のような建物だ。
社と呼ばれたその建物にはわずかながら神聖な気が感じられる

「儀を行う前にはここで入山中の祝福と竜と魔力的なつながりを作るための祝詞を受ける」

そう言い放つと一行は社へと向かってゆく。儀が終わるまではまだ時間がかかりそうだ。



ヘボンの地ではケイステルを主戦力とする連合軍とフリンシ帝国軍との対峙が続いている
季節はまだ残暑がのころうという秋口、大規模攻勢にでるにはもう遅いだろう。
だが、この国境地帯はケイステルとの国境のなかでも首都から近く対応を間違えれば
一気呵成に軍勢が流れ込むことすらありえる要衝である。

フリンシ側は国境警備の常備軍の歩兵隊と騎兵隊に加え、急遽クールニュ伯爵が手配した傭兵隊
合わせて6万の兵力を擁し、要塞線にこもっている。
対するケイステル連合軍は重騎兵を中心に攻城兵器を含むおよそ20万が集結していた。

この兵力差で彼らが対峙し続けていられるのはひとえに目の前を流れるペティーノ川と
その先に見える堅固な要塞線にある。加えて大軍が配置するには狭く、配置できそうな箇所にうまく要塞群を配している
故に今まで彼らは攻められなかったのだ。






対岸へと軍配置されて3週間になろうかという日にそれは突然始まった。







川を挟んで轟音が響きわたり鬨の声があがる。
前面にある要塞群の内の一つが悲鳴を上げるように城壁に穴を穿たれ崩れ落ちた。
その動きに詰めていた兵士は慌てて動き出す。一部とは言え崩れた部分の壁には十全な機能は果たせない。
ここに配された守将クリストル・マラルメは即座に後方隊に伝令を出し、自身は対岸からの攻勢を防ぐべく各隊に指示を出していた。

不幸中の幸いか、2日前に伯爵率いる私兵隊と第2竜騎兵旅団を含む増援が到着しており前線の兵力は十全であった
突然の攻勢にもかかわらず彼らは冷静に自らの持ち場につき、次の指示をまつ。

「第一要塞からの反撃は諦める、進入を防ぐため第8旅団の第2連隊と第3連隊を当てろ」

「はっ」

「左右の第四と第三要塞は弩による迎撃態勢を取れ、奴らが川の半ばに入ったときに集中射撃」

「第二要塞に詰めている隊をそれぞれ増援で回せ、配置は任せるあと、司令部を第二要塞に移す旨を各部隊に通達しろ」

「了解いたしました」

マラルメ将軍の令を受け、伝令がそれぞれ駆けずり回る

「君は先に行って第二要塞の主砲を準備させるように伝えてくれ、ここの城壁の状態だとここのは使えんからな」
将軍はそう言い放って彼の副官たるラファエル・ヴォリに付け加えた

「あとの指揮はクールニュ伯爵が来るまでは君に任せる」

「閣下はいかがなさるので?」

「城壁が崩れたからといって私だけ逃げ帰るわけにもいかん、この状況の責任は取らねばならん」


対岸の要塞の一つに大穴が空いた、いや、空いたというよりは正面城壁が崩れ落ちたと言ったほうが正しいだろう。
今彼らの目の前にあるのは今まで何度も煮え湯を飲まされたヘボン要塞の前面第一要塞
この地に幾度も同朋の血が流されペティーノの水を赤く染めたのだ

だが、その歴史も今日で終わる。ケイステル大元帥イェスタ・ルドバリは確信した。

「全部隊へ攻勢に移るように指示を出せ。次の砲撃を用意させろ!第三要塞の射撃塔をねらえ」

「はっ、各隊へ通達!渡河し、敵の要塞へ攻勢をかけよ」

「次の砲撃用意開始!目標、第三要塞射撃塔」

「しかし、ここまで苦労して運んできた甲斐がありましたな」

「うむ、本国連中が布告を渋ったおかげで持ち運ぶ時間があったからな
 王宮こもりの爺どももたまにはいいことをする」


下令された各隊の中で早くも鉄舟をもつ舞台が渡河を開始し始めていた。
先陣を切るのは工兵を伴うケイステル第7師団を中心とした歩兵2万だ
正面の要塞へと切り込みを行った上左右への牽制を行い友軍の渡河を支援する
川幅はおよそ30メートル、最近は雨も少なく流れも早くはない

最大の障害である正面主砲もこの様子では沈黙しているだろう

「よし、渡れ!何よりも早く渡れ!、主砲はなくても矢は飛んでくるぞ」



渡河開始からおよそ20分、第7師団は川を2/3渡りきったといったところだろうか
先頭集団に矢の雨がふりかかる水上では打ち下ろされる矢に抗う術はない
ただひたすら櫂を漕ぎその脚を早めるのみである。

防御用の天板があるとは言え鎧通しの矢には役に立たない、船内の中ではひとり、またひとりと倒れてゆく

「密集するな!散れ!」

一部の船が下流へと流れ散開する。ひとところに集まればそこに集中砲火を受けいらぬ損害をだす
ならば的を絞らせなければいい、流れに逆らうよりは流れを利用して下流へ落ちるほうが労力は少ない。

その一部が対岸へあとわずかという距離に達した時、巨大な水柱がその一団を襲った。

「阿呆どもが、迂回ルートなんぞはじめからつぶしてあるに決まってるじゃろうが」

続けて2発、3発と轟音が響き渡る。
上流にいた船に乗った彼らは大人が15人がかりでやっと持ち上げられる鉄舟が空中高く放り投げられる姿を目撃する
直撃した船に載っていたものは助からないだろう。

「機雷か!?」

「まさかこの正面にもあるんじゃ」

爆発に怖気付いたかのように速力を落とす船が戦列から置き去りにされる
速力がおちた分その船に矢が集中し、あっという間に乗員をハリネズミにする
天板も処理能力を超えた矢を打ち込まれ、れば亀裂が入り割れて晴空をさらすことになる。
それたやが隙間から入る 鎧通しがいくつも鉄の船体に穴を船を流れに沈めてゆく



「あの数を相手に粘りおるな」

「まだ、先陣ですから焦りは禁物といったところでしょう」

「魔砲の用意できました!」

「よし、しっかり狙いを定めろ弾はたんとあるが損害が大きくなりすぎるのも困るからのぉ」

黒い筒先が要塞を狙う、指示された照準は第二要塞射撃塔
そこでは多くの兵がひな壇状の射撃座から弓を射かけている

砲兵が弾を込め、照準をつけたことを合図すると術師が砲座に据え付けられた巨大な魔結石へと魔力を込め始めた
火薬や鉄砲といった技術は存在するが、魔術師や魔法使いの加護が一般化したこの時代の武装では
そう言った飛び道具は術を付加するのがむずかしく運用には難がある
とくにこういった要塞には多くの術付加がかけられておりそれを破るのは並大抵の兵器では足りない

魔砲は据え付けられた4つの結石より砲弾に魔力を充填することでそれすらを食い破る
彼らが考えられる中でも最高の威力を発揮するものだが


「しかし、威力は申し分ないんじゃが装填と照準に時間がかかるからのぉ」

「えぇ、持ち運びにも重く苦労する品物ですからもう少し軽量化すればいいんですが」

「かと言ってこれ以上小さくすれば威力不足じゃ、バリスタやカタパルトじゃあの城壁は破れんぞ」

「照準よし!いつでもどうぞ」

ルドバリ将軍とその副官がそんな会話を交わし、
兵士が果敢に渡河する中に完全に準備が完了したと報告が入る

「よし、撃て!」


轟音が響いたその数秒後には先程まで地上へ矢を放ち、這いずる兵士や向かい来る船を沈めていた塔があったはずの場所の向こう側が見える。
射撃構築部へと詰めていた数百の兵士がこの一発で一瞬にして消え去った。
破片は要塞内部へと飛び散りその下敷きになったものも多く損害は計り知れない

「命中!敵第三要塞の射撃塔消滅!」

「これで多少は抵抗が止むだろう、後詰も全て渡河をさせるように伝えよ!今が攻めどきじゃ」

騎兵隊の渡河を支援するための工兵を伴っていない歩兵隊が全て渡河を開始する。
川下寄りの進路を取れば、第三要塞からは射程外である。
あとは機雷にさえ気をつければいい川上にいた先行部隊もその様子をみて一気に川下へと落ちる



「閣下、敵が先鋒が渡河を完了し上陸し始めています、また第二要塞の射撃塔が機能停止川下から回り込まれます」

「ここまでは予測済じゃ、第二要塞へ狼煙をあげよ、ここの主砲も打つぞ発砲地点はわかるな?」

「主砲を!?ですがここのはその・・・」

「わかっとるわ、一発撃てば次はない敵の魔砲周辺へ届く火力を全てぶちこめ」

「あと、10分後に第四要塞へ向け狼煙をあげよそれであちらさんの初手は防げるわい」

そう言うと後方地点へと狼煙が挙げられた。白く上がる煙は対岸からも見えるだろうが被弾による火災に見えるだろう
万一狼煙であることに気づかれたとしてこれがどういった意味を持つのかは彼らは知らない

「あとは伯爵の竜騎隊がいつ来るかの勝負じゃ」

「全砲射撃準備完了しました」

「よし、総員退去用意!第一要塞は放棄し第二要塞及び第三第四へと遅滞陣をしく」

「はっ、ですがよろしいのですか?それではみすみす敵にここをくれてやるようなものです
 まだ西側の城壁は機能しますが」

「さすがに、無理だからのぉスマンが500ほど決死隊を見繕ってくれ。指揮は私が執る」


川岸の砂地が血で染まる、まだ崩れていない城壁からは弓矢ばかりか
銃を持ち出して自分たちへその殺意の塊を飛ばしてきている
自分たちの武器ではあそこにはとどかない、川下の要塞が吹き飛んだおかげで
味方の攻城兵器が射撃を開始したようだが精度が悪く遠くへとそれていくばかりだ
このままでは自分たちの頭上に先に落ちるか 自分の頭上へ矢がふるか

それとも相手に当たるがさきか

上陸した兵士たちは散会した味方と合流をし、戦列を形成する
一番前には体格がよく、巨大な盾を構えた、重歩兵隊が列を作り、その動きになんとか対応しているのが現状だ
後ろからは友軍が雲霞の如く迫っており、ここにとどまる暇はない
列を作った隊から前進を開始し始める。


残った歩兵たちも射撃能力を喪失した川下から迂回するような動きをしており、もう一つの人の川がそこにはできていた
飛来する矢弾を避ける位置というのがこの狭い川下の一部分だけだったからである。

そこですら、なお生き残っている正面とや川下からの散発的な攻撃が飛んでくる

自分たち先鋒で生き残るのは何割になるかを想像すると自然と駆け足になり
少しでも射撃の死角になる位置を目指した。

その時、前方第一要塞の内部が爆ぜた。
まだ残っていた城壁は完全に崩れ去り、高々と土煙が舞う
上陸したばかりの要塞正面が見えた歩兵たちは巨大な黒い円筒が宙に舞うのをみた。

その兵がその光景を目撃したあと、後方でさらなる爆音が響くのを感じた。



「何事だ!?」

「正面第一要塞から砲撃です」

「何?あそこの主砲は破壊した壁に据え付けてあったはずだろう打てるはずがないほかの地点の間違いじゃないのか?」

「無理やり発砲したようです。砲身が宙に上がるのをこちらでも確認しました」

「被害は?」

「着弾自体は本陣には程遠く兵にも損害は出ていない模様ですが」

「報告!」

「どうした?」

「敵砲弾は砲陣地へ弾着、魔砲台座に被弾し発射は困難です」

「やつらめ、要塞一つ潰してこっちの切り札を潰しおったか」

「ですが敵に渡河を止める手段は現時点でありません。兵力はこちらが優っております」

「それもそうじゃな、ゆっくりと引き潰してやるか」

総攻撃へと移行し、渡河を完了した部隊もかなりの数が揃っている。
途上ではあるがあと30分もすれば対岸には4千は兵力を揚陸できるだろう。

「あの音にはびっくりしたがどうやら連中最後っ屁のつもりのようだぜ?」

「そうらしいですね、敵の矢もあんまり飛んでこねぇし先行した部隊は貧乏くじですぜ」

「おかげでおれたちゃ無傷のまま敵さんと渡り合えるんだ、感謝しなくちゃな」

渡河の船上では敵の矢弾が減ったためか兵たちが雑談を交わしながら対岸へつくのを待つ

「隊長ちょっと上流から妙なもんが流れてきてるんですが、ありゃあ一体なんでしょう?」

「あぁ?」

船団の上流からは川面を埋め尽くさんばかりの樽が彼らへ一直線に流れてくる
全力で攻勢に出ている中、川の上ではどこにも逃げ場がない。

「まずい、船首を上流へ向けろ!」

気づいた船は船首を上流へ向け、やり過ごそうとするがそこに後続の船が追突する
そこへ樽と接触し、水柱と乗員を空中高く放り投げる
また、運良く追突をまぬがれた船も・・・・・・

「よし、少し左だよけられるぞ」

樽との間をなんとかすり抜けたかに思った瞬間に水柱がまた上がった。
二つひと組で樽のあいだに縄が張ってあったのだ。
間をすり抜けたとしても運悪くその縄へ絡め取られ、爆沈してゆく
運のいいものは川へ投げ出されなんとか川岸へと泳ぐことができるだろうが
この攻撃で渡河中の2割が失われた。

「閣下、渡河中の部隊の2割を損失。魔砲も沈黙している状態です一度ここは退いては」

「いまさらおめおめと引き下がれるか、それに戦端を開いた以上竜騎がくるわ、その前に橋頭堡を確保するんじゃ」

「予備の3師団と翼竜隊を投入しろ、流石にそこまではさばききれんじゃろ」

「閣下」

「言うな、ここで敗走すれば逆侵攻を許すばかりじゃなんとしてもここは勝たねばならん」


「渡河中の船舶に打撃あり、漂流機雷はかなりの戦果を上げています」

「わかった、これである程度時は稼いだはずじゃあとは伯爵がいつ来てくれるかじゃな」

「この規模の戦闘であれば向こうも察知しているはずですから竜騎の足ならそう時間はかからないでしょう」

「そうじゃな。諸君聞いてくれ」

戦果を確認したあとマラルメ将軍は怒鳴るわけでもない
だがよく通る声で話し始めた。

「敵の遅延に打てる手はもう無い。次はこの要塞へと渡河を完了した敵兵が殺到するじゃろう
 わしは、諸君らの命に責任がある。じゃがあえて命令しよう”死ね”と
 ここを突破されてしまえば首都フリンシまでは騎馬で3日とかかるまい、皇帝・国民 いや、家族のために死ね」

遠方の怒声や悲鳴、火薬が爆ぜる音が混ざりながらも残された決死隊およそ500名は
その一言一句を漏らさず聞き取る。
国に家族を残してきた者、天涯孤独のもの、個人的なものは様々だが
ここには一つの絆がある。この先の戦闘で彼らのうち生き残るのが何名かはわからない
文字通り全滅するかもしれぬ恐怖が、演説によって挙げられた士気によって凌駕する

「諸君らは死兵じゃ、死人は死を恐れぬ。果敢に戦って共に散ろうぞ、わしも共に逝く」


「やっと、中腹ですか」

一行が山を登る中息を切らしながらアリアンノが山頂を見据えていう。
山に入っておよそ3時間、彼らが目指す先は

「何も山頂まで登らないといけないわけじゃないんだよ、アリーもうすぐだ」

「もうすぐって?」

「そうだな、あと15分も登れば竜のいるあたりに入るなここで小休止としよう」

登山としては道具が少ない。
古くから神聖とされていたため登山客はほぼないに等しいが
人の手が入っているためか登山道は整備されていた。
彼らが行く道は、ほかの山の街道よりも整備されているという印象を抱くくらいだ。

「ここまで広い道なら馬車を持ってくれば良かったのに」

「嬢ちゃん、そいつぁちょいと野暮だぜ?それに馬は臆病な生き物だからな」

「へ?」

「ここは整備されていて気づかないかもしれないが、少し道を外れれば野犬や大型の獣はいるからな」

アリアンノのつぶやきにモンドとルイテルが返す
二人共腰に下げた水筒から水を飲んでいる最中だ。

「そうなんですか?いないのは魔物だけってことでしょうか?」

「正確には、弱い魔物といったところだな。魔物なんてものはこのあたりには大したものは居ないからいないと同義だが」

「そういうこと、だから心配しなくていいんだよアリー それに儀式と言ったっておとぎ話にあるような我に力を見せよ。なんて展開はないからね」

ひとり、ナットのみが岩に腰掛けただ道の先を見据えている
会話に混ざるわけでもなく、水分をとるわけでもない。
彼にとっては間食のネジを口に含むこともない。

「でも、そんなに簡単だったら私たちが補助につく必要もないじゃないですか」

「そこはしきたりってぇやつだろうよ、俺の故郷にも似たような感じのモンはあるぜぇ?」

「儀式というのは形式が大事だからな、形式を崩すと成り立たないものもある」

「さて、十分休んだからそろそろ行こうか」

「そうだな、一応腰のものの確認はしておけ」

ルイテルがアベルに促すと彼も返事を返す前に腰から剣を抜き放った。
特に問題は無い、真新しい剣故の血を吸っていない輝きがただそこにある
そう言いながら5人はまた山を進む。

竜がいるという山の中腹よりやや上に差し掛かると早速彼らの前に一頭の竜が現れた

「ここから先は人が立ち入ってよい場所ではない、なにゆえ貴様らはこの先を目指すか」

「我が名はアベル・ド・カルノー古の約定に基き竜換の儀を行う者なりこれなる者は我の同行者
 良き竜との交わりを求めここに馳せ参じたり」

「竜換の儀か、相分かったならば通るがよい、良き約を結べんことを」

「感謝する」

彼らが最初の竜と会ってから20分ほど道を進んだ頃だろうか
目の前に広がるのは竜の群れだった。
別段こちらを気にする風もなく、食事をしているものもいれば大地に寝そべっているものもいる
それぞれ鱗の色や頭の形が少し違うといった程度で詳しくなければ大きな違いはわからないだろう

「さて、ここが目的地だね」

「この中から契約を結ぶ竜を探すんですね」

「おいおい、結構数がいるな。襲ってくるわけでもねえし適当に見繕っちまえばいいんじゃねぇか?」

「そうだね、とにかく良さそうなのを探そう」

龍の群れの中に入る、そしてアベルは一頭ずつに挨拶をし尋ねた

「我が名はアベル・ド・カルノー竜換の儀を行いし者なり貴殿の竜格と齢を尋ねたい」

尋ねた竜が20頭を超えた、そこまで聞いては礼をいい立ち去るアベル
そして彼らが出会ったのはそのあと25頭目のことだった。

「我が名はアベル・ド・カルノー竜換の儀を行いし者なり貴殿の竜格と齢を尋ねたい」

「我は四方竜に属す者なり、齢は357」

四方竜、竜格にして木火土金水の4つを統べ且つその均衡を保てる者
今まで尋ねた竜の中では格が段違いの相手だ。良くて水のクラス3がいた程度
先代の同格または格上の条件も満たす。

「相分かった、我が剣と古の約定によって尋ねる。貴殿の名を」

「我が名はフィーア、良いのか?我は最近まで他者に使えていた身だ」

「あれ?その傷もしかして・・・」

「ん?あの時の小娘と犬っころか?」

アリアンノは彼の体に傷があるのを見つける。頭、首筋そして胴体にそれぞれ穴をうがったような跡がある
その部分の鱗だけが真新しく、傷跡もまだ癒えぬといった感じで

「えっ!?でも、あの時はたしか普通の竜だったはずじゃ」

「契約している竜は主との魔力的なつながりのために成長はせんからな
 おかげであの時はまだ通常のままだったというわけだ。誰かのおかげで転生までかかりおったからな」

「転生ってなんでぇ?」

「そこのが一番よくわかっとるはずじゃが?」

「あぁ、確かにあの時俺は頭を吹き飛ばしたはずだ」

「でも、落ちたときには傷はあったけどちゃんと生きていました」

「説明すると長くなるでな、それに説明するよりは」

「儀式の最中だろう?続けたらどうだ?」

ナットが口を挟みまた会話がアベルとフィーアへと戻る

「私はそういったことは気にしないんですよねぇでもいいんですか?一代間を置いた当主ですが」

「約定に従えば拒否はできんよ、別にこだわることでもない」

そうですか、とつないでアベルが剣を天に向け陣を切る

「古の約定の元フィーアに命ずる、我アベル・ド・カルノーと契約し我が翼となれ」

「約定の元契約に合意する。さて、最初の段階は終わったぞ竜換の儀の始まりじゃな」

「始まり?」

そうフィーアと名乗る竜が言い放ったあと気づけば視界を埋め尽くさんばかりにいた竜が
彼を残していなくなっていた。

「あれ?竜が?それに、この雰囲気」

「随分早いな」

「やはり、四方竜との契約だと影響が大きすぎますか」

「どういうことでぇ?」

天高く登っていたはずの日は暗雲により隠され薄暗くなっている。
先程までの神聖な雰囲気をたたえていた山はいつの間にか魔界にも似た
邪悪さすらをたたえていた。

「おい、これじゃまるで」

「魔界の地に似た感じだな」

モンドの問いかけにナットが答える。
過去の大戦で残された魔性の者がはびこる土地
今もなお、人類が踏み込むにはその障害は大きく、また彼らがこちらの領域を犯さぬよう
境界線には強固な要塞が築かれ監視を続けているという。その先に進めるのは一部の許された者と
腕自慢の向こう知らずが関を抜けたときだけだという。

「この流れですとそろそろですねぇ、おそらく地震が来ますから備えてください」

アベルがいうや否や彼らの足元が振動し、それを足から彼らへと伝える。
彼らの目の前の地が裂け、その裂け目から異形の者が現れる。

「おいおい、竜騎士ってのはいっつも契約するときはいつもこんな化物を相手にするのか?」

「今回が特殊なだけですよ、契約の儀とは少し異なりますので」

「なるほど、それで補助がいるってぇ訳かい」

「そういうことです」

「呑気に話をしていていいのか・・・?来るぞ?」

ナットの声がわずかにしたかと思うと。
異形が姿を全て表した。
大きさはほかの竜よりやや大きい程度だが、額の部分には赤い結石がある
体毛のような黒く太い触手のようなものが全身を覆っている。

異形の獣は四肢を大地へ付けると一行とそこに加わったフィーアを見下ろす。
それを目にしたフィーアはやれやれといった感じで口を開く

「随分とまたえらいのを引いたの」

「の、ようだね」

「なんで、こんな・・・竜山は神聖なはずじゃ」

「あぁ、普段は神気を保ってこういう奴らを封じている
 だが今回のように山のバランスが崩れると地下からの瘴気に耐えられなくなるからな」

「あぁメンドくせぇ!とりあえずこいつをぶっ倒せばいいんだろうがとりあえず行くぜ」

モンドがいうや否や腰から剣を抜き放ち斬りかかる
その刃は獣の毛を刈り取りはしたものの本体に効果的なダメージを与えたとは言い難い

「手応えがねぇどころかかてぇし滑るな」

「あまり突っ走るな、どういう攻撃があるかわからんのだぞ」

攻撃を受けた巨体は痒いと言わんばかりにモンドに視線を向けかえる
そしてその前の足を振り下ろした。
土煙がもうもうと舞い上がり、地面に大穴を作った。

「あっぶねぇ、図体がでけえ割に速いぜこいつぁ」

そう言いながら距離を取る。モンドが携えた剣の刀身から赤く錆を作っている。
その錆は刹那の時をおかずあっという間に広がり、全てを赤茶色に染める。

「モンドさん、その剣!」

「っちぃ、結構いい業物だったんだがな。家宝じゃないだけマシか」

錆びた刀剣を捨て、二本目の腰のものに手を付ける。
だが、予備として使うにしても同じ材質であればまた同じことだろう。
そこに第二?が振り下ろされる。武器転換の隙を突かれモンドは動けない

だがその前足が振り下ろされることはなかった。

「契約して最初がこれか、まったくさきが思いやられる主じゃ」

フィーアがその前足を止める。そのままの態勢から異形へ向けて火炎を放つ
その火炎が異形の毛から毛へと燃え移り火だるまになる。
重低音の咆哮が彼らの体をビリビリと振動させる。
その熱の苦しみを伝えるような重低音の響きに並のものならば竦んで動けなくなるだろう。

「ひっ」

「うまくいってるじゃないか。僕たちの相性も悪くないさ」

「これが、竜換の儀の試練・・・」

「ぼやぼやするな、死にたいのか」

体をおおった毛が放たれた火炎により焼け落ち、異形の正体が現れる。
その姿、顔立ちは竜のそれだった。

「なるほど、大元は竜が邪気か何かに当てられたものだな」

ナットが冷静に解説を入れる。

「冷静に突っ込んでねぇでなんとかできねぇのかよ?」

「俺の手持ちじゃこいつには歯が立たん、お前のもな」

「言いやがるぜ、ったぁく」

半分正体を表した邪竜がフィーアへと突進し、二つの巨体が互いを制するように組み合い
その口腔から火炎や、雷電を放つ
人たる身の彼らにはただその趨勢を見守るしかなかった。

ただその中でも険しい表情をするアベルを除いて

「兄様!?」

「竜と契約者は魔力的に深くつながる、その分ダメージも自身にフィードバックするがな」

力と力のぶつかりあい、その中で人の身としてのダメージを負うのは負担が大きい
アベルは契約したばかりのため竜からの魔力による体力強化も得られない
その分身にかえるダメージも少なくはある

「準備はできた、一度退かせろ!」

声をかけたのはルイテルだ。どこから出したのか右肩に大型の筒を担いでいる
平原で出したものとは少し形は違うが火竜を落とした時のものの類似品だろう。

フィーアがその身を引き2体の距離ができる。
ルイテルは担いでいた砲の引き金を引き絞った。
ポンッと軽い音がしたあとに弾体が勢いよくと飛び出すと敵の体を捉える。

大きな閃光と音が彼を捉え。その左前足を落とす。

「やったぜ、攻めるぞ!」

モンドとナットが追撃をかける。
強固なウロコがあるとはいえ、体毛を失ったその体にモンドの刃と
ナットの出した槍が通り、その傷口からは赤黒い体液が流れ出す。

「なんでぇ、化物つっても血は赤なんだな」

腕を失い、血を流す獣を見て彼らのあいだにあった絶望的な空気が少し和らいだ瞬間。
その直後モンドとナットを反撃の右前足が捉える。
彼らはそろって吹き飛ばされ地面へと叩きつけられた。

「モンドさん!ナットさん!?」

すかさずフィーアがカバーに入るが遅く、追撃が彼の頭部を捉える。
さらにその首筋を顎が捉える。

「ぐっ」

フィーアからダメージの共有を受けアベルが地面へと伏した。

「この距離では同じ手は使えん。ほかの手段でも有効手が俺にはない」

「そんな、じゃあ兄様は・・・」

「だから君がやるんだアリアンノ」

「えっ?」

「竜騎士との血縁の君の魔力ならアレに対しても有効だろう、君にもたせた杖は?」

「はい、ここに!」

「仕込みだ、その切り目を少しずらしてみるといい」

アリアンノが自身のもつ杖に力を込めるとそこから刃が覗く
杖にしては短いが短剣としては少し長い。
柄に当たるところにある宝石がきらりと彼女を勇気づけるように光る。

「分かりました、やります」

「よし、あいつを踏み台にして頭の玉をねらえ。おそらくあれがヤツの核だ行け!」

そうルイテルが指示を飛ばすとアリアンノもその足を竜と異形の獣へと向けた。
一歩

二歩

歩みを進めるが。届かない。
五歩歩いたところでそのあゆみを止めてしまった。

「どうした?」

「ルイテルさん私」

そこまでいったアリアンノは地面へと崩れ落ちる。
今までであったことのない恐怖、それは平原で襲われたときの何倍にものぼる
失敗すれば自分はおろか兄や助けてくれたルイテル・モンドたちのも危害が及ぶ

「私、できない」

「アリー、大丈夫だよ。失敗を恐れないで・・・・・・」

「でも、兄様。私が変に手を出したら。それこそ・・・・・・」


自身の首を押さえつけられているとは言え致命的なダメージは与えられていない。
だが、彼女が竜を踏み台にバランスを崩した場合。押さえ込まれている異形が
フィーアをさらに傷つけてしまう恐れもある。

「アリアンノ!ここで倒さなきゃ僕たちだけじゃない。こんな怪物を野に放ったらそれこそ何人の人が死ぬかわからない」

「だからここで倒すんだ。もし君がミスをしたって大丈夫だよ。だから、ね?」

「兄様」

アリアンノが静かに立ち上がる。
その表情は先ほどの恐怖に染色された顔とは少し違っていた。
そして何かを決断したかのように仕込み杖のさやを払った。

彼女が突撃する姿に気づいたのかその顎でフィーアを捉えながらも人睨みする。
だが、その脚を今度は止めることはない。
彼もフィーアを顎に捉えたままはなさない。そしてその硬いウロコで覆われた首へと自身の牙を深く深く突き入れようとする。

アリアンノが一気にフィーアの尾から背中そして首まで駆け上がる。
軽い彼女とはいえ今の態勢で勢いよく取り付いた分だけ体の軸がぶれる
ほんのわずかだがそのずれに合わせて獣が牙をもう一度食い込ませる。
倒されまいと、踏ん張るフィーアここで倒れてしまえばアリアンノを巻き込みかねないと
アベルもあるだけの魔力を伝え彼を助ける。

そして、アリアンノが邪竜の頭をその剣で捉えた。

ここまで、ラストの折り返しを回って少し経ったぐらいです。
遅筆で申し訳ない。
落とさないよう頑張ります。

おつでした

マラルメ将軍率いる決死隊は、友軍の砲声にかろうじて勇気づけられながら
いまだ前面城壁に空いた穴から敵の侵入を食い止めていた。
選抜された中の数少ない魔導隊は敵の矢弾をうまく防ぐよう各々が防壁を貼り
急ごしらえの防柵と槍衾が敵の侵入を防いだ。

渡河による後続部隊の遅れによって敵兵士の士気も低い。
何より彼らの司令官たるマラルメが共に死すとまで言い放ったのだ。
前線部隊の中でも精鋭として選抜された彼らは死兵となりまばらにくる敵を屠りその士気を挫く

何度か侵入を試みた敵部隊が来てはそのことごとくを追い返していた。


「左翼隊あと10歩前進せよ!弓隊は左翼と右翼の見方の隙間から狙える位置に付け」

「閣下、あまりもう矢も弾も残っておりません」

「そうか、そろそろ潮時じゃな。射手を半分に減らし白兵武器を取らせよ」

「敵第五波来ます。重歩兵と軽歩兵の混成部隊のも」

塔にたって報告をしていた兵士の声が途絶えた。
おそらく敵の射手によるものだろう。
敵の攻勢が始まってかなりの時間が経過した、友軍魔導部隊による防御術もそろそろ限界だろう

「魔導士を全員後方へ下げよ」

「閣下、ですがそれでは敵の矢弾に」

「もう限界じゃ、これ以上は彼らの魔力も体力ももたんならば被害は少しでも少ないほうがええて」

その決断は遅かった。飛来したのは矢ではなかった
それが地面へと到達したとき、巨大な音と火炎そして閃光が彼らを襲う。
最前線にいた兵士が火だるまになり、地面を転がっていた。

槍衾の防壁に穴が空きそこから敵兵が殺到する。

「殺せ殺せぇ、ここを突破しちまえばあとは一気に見方が押し寄せるぞ」

「敵は少ない。穴のあいた地点から突入して侵食しろ!」

防壁を突破した舞台が槍衾を展開している兵士を横から襲撃する。
後方へ控えていた兵士がそれを防ぎ、激しい斬り合いへと発展する。

防御は破られ要塞内では混戦が繰り広げられた。
こうなってはたった500人しかいない彼らになすすべはない。

「よくもたせたほうじゃな。伯爵は間に合わんかったが後方へ入るまでには来るじゃろ」

「命に変えましても閣下はお守りいたします」

「バカモンわしだけ生き残ってもなんにもならんわ。左翼が押されとる。加勢するぞ」











「何?前方から狼煙?内容は?」

「はっ、敵が渡河を開始第一要塞の城壁を破壊され阻止は絶望的な模様」

「悪い冗談を申すな、そんなはずがあるわけが」

突如響く轟音、その音の方角は第一要塞方面
そこから大きな土煙が上がっている。

クールニュ伯爵は不愉快そうな表情を浮かべながら観測兵へ状況を確認する。
帰ってきた答えは第一要塞方面で砲撃を受けた模様だという事実だけ
具体的な戦況は何一つわからない。

「我が隊の兵を集めよ。状況が不明なために第2大隊と第3大隊にいかせる。斥候騎を出せ」


伯爵が短く指示をすると兵は走り出し指示を伝えにゆく。
貴族とその門弟、そして家臣でも才あるものだけが選抜された伯爵の私兵
クールニュ竜騎士団の機動力をもってすれば最前線へはあっという間に到着するであろう。
歩兵で半日はかかる行程をものの30分とかからず到達する機動力が彼らにはある。
だが、到着直後で疲労している彼らが最大限の戦果を挙げられるか。
また、出撃までの準備をいかにして縮められるかが今の問題だった。

ここでの竜騎部隊の運用は想定されておらず竜はいるが、彼らの主武器である投擲槍がない
近くの輸送隊から運んできて一体どれほどの時間がかかるのか。伯爵は苛立ちを隠さぬまま伝令兵がいったあとをひとりごちた。

「ケイステルの阿呆共が、これでは脚本と違うではないか。それとも前線の指揮官が読み間違えたのか?」

移動の疲労で休んでいた隊の招集や装備の調達が完了したのは斥候が戻ってきてから
およそ4時間経過したあとだった。
斥候の報告によると、既にてきの一部は渡河を完了し、各要塞に攻勢しつつある。
今現在ならば、多くの隊を整え攻勢をかけているであろう。
最悪のシナリオは既に前面要塞群は陥落し、敵が前面に迫りつつあるということだ
その場合は重要戦力の竜騎を出すわけにはいかない。

「伯爵閣下、既に第2第3大隊の他竜騎師団麾下の部隊は全て準備が完了しております」

「うむ、分かった」

「ですが、敵とすれ違った場合はここが落とされる可能性もあります」

「前面展開の兵力はおよそ1万8千だ、時間経過があるとは言えまだ持ちこたえておるはずじゃ」

その言葉のあと伯爵は少し間を置き号令する。

「全竜騎を持って出撃する。先行した騎馬隊と合流またはそれに先んじて敵の攻勢を砕く
 歩兵隊は全て待機じゃ、留守居は任せた」

号令が終わり、竜が空高く舞う
中央司令部へこもっているときとは違い一気に視界が開け
川沿いの前面要塞まで見渡すことができる。もうもうと煙を上げ
目のいいものは飛び交う攻城兵器の弾や矢までも見ることができる。

第2大隊と第3大隊を先行させ、自身の直衛隊が上がったあと。伯爵も先行した隊よりゆっくりと
進路をペティーノ川へと取る。



血の匂いと怒声そして金属がぶつかり合う音を聞きながらマラルメ将軍はいまだに大地にしっかりと二つの足をついていた。
かつては、ハーリス一の武辺者として鳴らした怪力は今はもう見る影もないが
その分を技術でカヴァーしている。
優れた戦術家として、指揮官としての彼よりも前線に身を置き敵の剣?を捌き、それを返す
その方が本領であると彼自身は感じている。

「どうした!ケイステルの重装歩兵が聞いて呆れるわ!この老いぼれの槍一つとめられんか」

ひとりの胸甲を貫き、その体を蹴り倒したあと挑発するようにこの老将は叫ぶ

「閣下、あまり無茶をなさらないでください」

それに対して、決死隊の中でもただひとり残った参謀のコレットは気が気ではない
参謀の中でも比較的年齢が高めだし、腕に覚えもある。
決死隊と銘打たれているが最悪この老将を殴ってでも離脱させる気でここに残ったのだが

「ふん、これで18人目じゃわしもまだまだイケるわい」

「渡河の影響で疲労しているだけですよ。油断しないでください」

「わかっとるわ、貴様は中央隊を第二ラインまで退かせろその間はワシが抑える」

しれっと乱戦の中で無理を要求する上司に嫌な顔を仕掛けたが
その表情を出す前に敵が切り込んできた。
顔色を変えたのを見られなかったことは幸いだ。万が一生き残ったらこの老人に何を言われるかわかったものではない。

「無茶を言わないでください。ここを抑えるだけでいっぱいですよ」

「そうか、では射手だけでも下げいどちらにせよそう長くはもたん」

「はっ」

「しかし、伯爵閣下はいつきてくれるもんかのぉ。斥候は始まってすぐきよったからそんなに時間がかからんと思ったんじゃが」

「情報が錯綜しているんでしょう、もうかなりの時が過ぎているはずですからそろそろですよ」

会話を交わしながらも雪崩のように入り込んでくる敵兵を切り伏せ、次へと対峙する。
見方の兵士がだが、負傷兵や戦死者もではじめいよいよ戦線ももたなくなってきた。

「限界じゃ、兵を退かせよ」

「ダメです、このままでは追撃で壊滅します」

「万事窮すか」

老将が最期を迎える覚悟を決めた時上空に大きな影がいくつも飛来する。
その影た通り過ぎたあと前方ではいくつもの爆発が巻き起こり
そして、敵兵やその一部が宙を舞う。

「やっときおったか、遅すぎるわい」

上空に飛来した竜騎兵たちを見上げ、ほっと一息ついたところで
左脇に激しい痛みが走る。
突破した敵兵が彼に近づき、そしてその剣を突き入れた。

痛みというよりは熱いという感覚が老将の体を駆けずり回る。
だが、マラルメはその敵兵を人睨みすると右手に持った槍でひとなぎした。
首が宙高く放り上げられ泣き別れになったからだが剣を放して崩れ落ちる。

「閣下!」

「情けない、やっと勝ち目が見えたというのにこれでは攻勢に参加できんわい」

自身に刺さった剣を抜くでもなくしっかりとした足取りでコレットへ言い放つ。

「悪いが、後方へ下げてくれ。医療兵が居ればよいがこの状態では流石にひとりで行くのは難しそうじゃ」

そう言ってマラルメ将軍はそのまま地に伏した。








赤い光が空間を埋め尽くす。
剣を突き刺した瞬間、獣の額に埋められた秘石が砕かれそしてその光はアリアンノの体を包み込んだ。

「なに……これ……」

次第に収束する光、獣の顎から開放されたフィーアはその傷の深さを確認している。

「おい、どうなってやがる。こいつぁまずいんじゃねえか?」

「大丈夫だ、そのまま見ていろ」

「なるほど、竜換の儀とは大した芝居が必要なんだな」

「そう言われると、でも私とフィーアの契約は本物ですから」

彼らの会話はアリアンノには届かない。
ただ彼女はその光に包まれ、そして徐々に集まってゆく。
まるで解放された魔力が集まるかのように
少し間をおいて、それらは全て彼女の体の中へ消えていくように弱まってゆく。

赤から緑、茶、青そして黄金色へと色を変えたかと思うと
今度は彼女自身から虹色の光が放たれた。
その光にあてられた異形の獣はそのおぞましい黒い毛を滅し全ての体表が顕になる。
その背から翼が生え、黒い色をした鱗も同じように色を替え虹色そして最後に白へと姿を変えた。

「我が名はファラク 星を守護し、害なす者へ滅びを与えるもの也
 汝が我の封を解き新たに竜騎士たる資格を得たるものか?」

「えっ?」

「貴様が我が身に剣を突き立てた者かと問うておる」

「は、はい!」

「よろしい、ならば約に従い契約する。我を御身のために御身を我のために」

そう言うと、ファラクと名乗った竜はそのまま地に伏し
アリアンノの言葉を待つようだった。

そう言うと、ファラクと名乗った竜はそのまま地に伏し
アリアンノの言葉を待つようだった。

「よし、これで竜換の儀は完了だな」

「あのっ、えっとこれは……」

「騙して悪かったねアリー、竜換の儀は本来その当人には伏せて行わないといけないんだ」

「なんだって?つまり、嬢ちゃんが本当の竜騎士サマって訳かい?」

「なかなか見られんものを見せてもらったな。ついでに要らんものもだが」

そう言うとナットは自分の腕についた印をコートの袖をまくって彼らに見せた。
気づけばその場にいたルイテルやモンドにも同じようにそれぞれ形は違うが印がついている。

「うおっ、何だこりゃ?」

「やっぱりそうなっちゃいましたか」

「成り行き上仕方ない。何、不要であれば外すこともできる」

彼らについた印は赤や黄色に光を放ち、そして次第にすべての力を放ったかのように暗く
印ごと肌へと消えていった。

「兄様?どういうことですか?兄様が当主で竜騎士を継ぐのでは?」

「アリー、もうそろそろいい頃だ、"思い出して"ごらん?」

そう言うとアベルはアリアンノのまぶたへ手を載せそっと目を閉じる

アリアンノが見たのは広い平原で戦う男女
その目線はいつも空を縦横に飛び、そしてそのしたにはその姿を見て喝采を上げる人々がいた
あぁ、そうか……これは過去のカルノー家の記憶だ。
その映像とともに流れる知識や、感情の全てを受け止めそしてその血によって全てを理解した。
自分が大事に育てられ、年頃にならないうちに遠くへと学業のためとはいえ送り出されたのも
すべてこの瞬間のためだったのだと。

その中で一つ、彼女とその先祖の記憶に該当しないものが見えた。
ここは、どこだろう?大きな要塞がいくつもたち川を挟んで戦をする人々
ひとり知っている顔がある。とは言ってもその記憶の中でも幼少からのもので
その人物の風体は大きく変わっていたが

あぁ、この人は確か……そう、マラルメ家のクリスおじさんだ
小さい頃は一度だけ遊んでもらったことがある。
彼の息子と遊んで迷子になって、怪我をしたとき、その大きい背中の中で夕暮れの草原を街までおぶってもらったことがある。

でも、この光景はなんだろう?人が死んで、建物が燃えている?
戦争?でも、見たものにはそんなものはなかった……

そこでアリアンノはハッと目をあけた。

「兄様!」

「なんだい?」

「クリスおじさま、いえマラルメ将軍って今どこにいらっしゃるかわかる?」

「確かヘボンの要塞線に赴任しているはずだけど」

「ヘボンって、川はあるのかしら?」

「あぁ、確かにあそこにはペティーノ川って川があるけどそれがどうかしたのかい?」

「なるほど、千里眼まであるのか」

そこでルイテルが口をはさんだ。腕の印に気を取られていたが
彼女が契約した竜の各や種類ははっきりとしていない。

「つまり見たのさ、そのマラルメとやらに何かがあるのを」

「でも、千里眼ってことは月竜以上じゃないと」

「あいつが言っていたセリフはなんだった?星の守護者だ」

「星の守護者?ですが、竜換のときは竜格は表さなくてもいいんですそれがそのままとは」

その話にフィーアが口を挟み語りだす。

「星の守護者と名乗るということは星竜か、その中でも守護者を名乗るのはひとりいや、一柱」

「ん?柱?竜ってのは頭数えじゃねぇのかい?」

「名前はなんと名乗ったのだ?」

「えっと、確かファラクです。間違ってないよね?」

そう尋ねるアリアンノに、白い鱗を持つ竜は静かに肯首した。

投下終了
次回はまた予定不明ですが。今回のように早めに投下できればと思います。

なんか凄い
続き待ってるぞ

期待


初めに世界は一つの塊だった。
生まれ落ちたばかりの世界は陸と海と空の区別なくただひたすら混ざり合う塊だったという
そこで生まれたエネルギーが彼らを作り出した。

最初に生まれた彼らはの名はバンとグゥ
彼らはまずすべてが混ざった塊を整理し陸と海を分かち空を今の高さまで押し上げた。
次に現れたのはスレゥ彼は太陽の光を導き昼と夜を作った。

「なんだ、そりゃ?神話か?」

「えぇ、フリンシに伝わる創世神話ですね。といってもこの神話はこの大陸北部ではかなりポピュラーです」

「で、その話が今何の関係があるんでぇ?」

「えぇ、その神話の中に出てくるんですよ。生と死を管轄し時の概念を作った
 竜……いえ、神竜ファラク」

神竜であると告げた瞬間にアリアンノの表情が一気に変わる
ファラクと名乗ったその竜は相変わらず地に伏したまま動じない

「神竜が、私と契約を?でもどうしてこんなところに」

「それは俺も興味がある」

ルイテルが口を挟むが、それに応じる気配はない

「アリー、尋ねてみてごらん?契約者は君だよおそらく、今言ったのが事実なら彼女は主からの問いかけにしか答えないだろう。なにせ神格だから」

「ねぇ?ファラクさん今の話は本当?」

「肯定する、あとさんは良さぬか我が主よ忌々しい呪より解き放ったのは貴殿だ。我は貴殿に付き従う」

「そ、そうごめんなさい。ということはあなたは神話に出てくる創世の12竜の内のひとりなの?」

「人間界の神話は分からぬが、確かに我が知己にバンとグゥやスレゥは存在する」

「なるほど、伝説の神竜との契約か。これは間違いなく竜格はクリアだな」

「よし、急ごう。もう時間がない」

そう言ってアベルが山を降ろうとする。
それをみて呆れたふうにフィーアが口をはさんだ

「主よ、我らは既に契約状況にあるのだ、何も徒歩にて移動をせぬとも既に疾風よりも速き移動手段があるではないか」

目の前には契約したばかりの竜そう、正当に契約された竜であればたしかに
この世に存在するいかなる移動手段よりも速い
そう、風よりも早くこことハーリスの距離ならば半日とかからないだろう
伝説の内の者ならばもっと早いかも知れない。制限時間まであと2日
馬車を捨て馬で全力でかけたところで間に合わないかもしれない。

「そう、じゃあファラク私を乗せてヘボンへ連れて行って!」

「アリー?何を言っているんだい?」

「私見たんです、多くの人が戦っているのを。しかもそれが今起きてることだってわかるんです」

「確かにわかるよ、それに本来だったら軍を率いる立場になるんだから救援に行くのは悪くない
 でもね、時間がないんだよアリーまずは帝都に戻って任命式をしないと何もできない」

「でも、私の知ってる人が死ぬのは……イヤです!」

「ならば、俺が行こう」

ルイテルが二人のあいだに割って入り、続ける

「ここに竜は二頭いるんだ、それに任命式を受けるのは君にしかできん」

「でも、それでは兄様が危険に」

「自分自身が危険になるのは構わないのか?それに戦慣れしていない分足でまといになる
 アベルは俺とそうだなそこの大食らいのでくのぼうを連れて飛んでくれ」

「俺はどうするんでぇ?ルイ」

「貴様は彼女の護衛だ。何かあっても困る」

「そりゃねぇぜ」

「その獲物じゃ何もできんだろう」

そう言うとルイテルは外套のしたからさらに一本の大きな杖を出しアリアンノへ手渡した。
杖にしては形状が複雑で、手にすっぽり収まる部分があまりない

ルイテルはこれは銃だと一言放ち、使い方を説明する。
この世界の銃にしても形状が異なる。弾倉や銃剣を付けたもの
弾がなくなれば弾倉を交換し、レバーを引くそしてまた打ち続ける。

「餞別だ、持っていけ。竜騎上では今の獲物じゃ役に立たないだろうしな」

「でも、私だって魔術師の端くれです!」

「まだ契約して間もない、竜との魔力のフィードバックも難しいだろうしまともに飛ぶだけで大変だ
 いいから持っていけ、コイツだって万能じゃないからな」

「へっ、そりゃ獲物がなけりゃどうしようもねぇぜ」

「分かりました、ところでこの銃って珍しい形状ですね。見たことがないです」

「あぁ、SVTという機種だ。ここいらには出回ってないだからあまり人には見せないようにな」

「分かりました。では私たちの国の人たちを頼みます」

「半人前が気取るんじゃない、まずは自分の責任を果たしてこい」

「じゃあ、僕は大丈夫だから。アリーしっかりやるんだよ!」

「はい!兄様」

そう言ってアベルとルイテルそしてナットを乗せたフィーアは飛び上がり
二人の視界からあっという間に消え去った。

「じゃあファラクお願いね!」

「了承した」




ケイステル・ポーリャ連合軍の攻勢は第2竜騎師団の登場で失敗に終わった。
総指揮官のクールニュ伯爵は敵が撤退した好機に追撃を決定
一気呵成に渡河を敢行し逆侵攻をかけることを決断する。

敵が残していった船舶や要塞に残された資材を利用し、後続の騎兵部隊もペティーノを渡る
ここにはピエールら傭兵隊も組み込まれた。

残された歩兵隊は破壊された要塞の修繕や進行した部隊のための兵站を確保するために架橋作業に入っている。
連合軍本体は撤退し、わずかに残された殿も竜騎の頭上からの攻撃により壊滅した。
だが、そのわずかな時を惜しむように残された大軍は元きた道を引き返していった。

アベル達を乗せたフィーアが要塞に到達したのは逆侵攻に入ってからおよそ半日後である。

「ずいぶんとひどくやられているな、で彼女の行ってたおじさまというのは?」

「おそらく、前衛守将のクリストル・マラルメ閣下のことだと思われます。おい君!」

突如飛来した竜騎士と思われる一団に呼びかけられ兵卒の少年は姿勢をただして答える。

「はっ、何用でありますか?竜騎士殿!」

「ここの守将であるマラルメ閣下は何処か?」

「閣下は先の戦闘において負傷され、現在は療養中であります」

「何?怪我はいかほどだ?」

「自分にも委細はわかりませんが、後送することもできない状態だとか」

「なるほど、今はどこに居られる?」

「はっ、自室にて今は静養されているとのことです」

「行っていいよ」

その言葉を聞くとぎこちない敬礼を残して彼はその場を立ち去った。
いまだアベル自身も任官は済ませておらず。この場で自由に行動するのは難しいだろう

「おや?まだ竜騎兵が残ってって君はカルノー!アベル・カルノーじゃないか」

「コレット先生?お久しぶりです」

「どうしたんだ?確か君は今……」

「はい、事情は追って。マラルメ閣下が負傷なされたとか?」

「あぁ正直あの人がああなるなんて想像もつかなかった。そちらは?」

「こちらの方々は我が家の事情を助けてくださる方々で」

「紹介はいい、で、そのマラルメ将軍とやらは?」

「あぁ、今は自室のベッドにいらっしゃるが……」

そういってコレットは言葉を濁す。
その表情から察するにどうやら将軍の様態は相当悪いらしい

「では一つ進言願いたい。俺とコイツを閣下付きの傭兵隊として先の戦線に加えてはくれんか?」

「急に妙なことをいうね?勝ち戦に乗って稼ぎを増やしたいってところかい?」

「どうとでもとっていい」

「アベルの紹介なら特に問題はないだろうしなんとかできるけど。そうだな今から補給隊を出す予定だからそいつらと一緒って事でいいかい?」

「構わん」

「俺も、入っているんだな……」

「貴様は今回何の仕事もしてないだろうが。少しは働いてもらう」

「補給隊だからそんなに活躍出来るところはないと思うけど」

「いや、上空から見ていて少し気になったんでなそれでいい、アベルはその将軍の方へいってやれ」

「えっ?でも、いいんですか?僕も行かなくて」

「用が終わったら君もハーリスまで戻れ。彼女一人じゃわけもわからないことも多いだろう」

「わかりました、ご無事で」

「報酬はまだもらってないからな。帰らんわけにもいかんよ」

「それは、俺もだ」


ペティーノ川へ臨時の橋がかけられ、そこを馬車の一団が征く
彼らのほとんどは傭兵だ。馬車自体は自前のものを使用しているのか
大小様々な大きさのものがある。その中でも目立つ大型馬車の一団は司令部にあった
正規軍のものをそのまま徴発してきたものだ。

その馬車には先陣にたったピエールに置いてきぼりを食らった直属の部下たちがつく
もともと彼らはピエールの傭兵隊でも歩兵や弩兵で騎兵を中心に先行した部隊には当然足が追いつかない。

そこで主力部隊であったはずが急遽歩兵隊へと回された。
そこに今回飛び入り参加のルイテルとナットが随伴する

「しっかし、マラルメの爺もなんたってこんな胡散臭い連中を雇い入れたのかねぇ?」

「なんでも、爺の知り合いの坊ちゃんの口入れだとかで」

「へぇ?ま、どうせ俺たちには獲物は回ってこねぇんだからゆっくり行こうや」

補給隊の傭兵たちは楽な仕事だと言わんばかりに馬車に揺られながらも
各々リラックスしている様子だ。

なにせ、補給の仕事に戦闘は無い
この規模の部隊につけるには過分な練度を持つ彼らとしては途中散兵や山賊に出会ったとしてもたちまちのウチに返り討ちにしてしまう。

「ったくとんだ貧乏くじだぜ、この先のモンはみんな戦闘部隊に配属された奴らの取り分じゃねぇか」

「仕方ねぇだろ、てめぇは馬に乗れねぇんだからよぉ。俺だってそうだがな」

「したって、馬車隊も少しはついてるんだろ?」

「ありゃ旦那の直属だ」

「なぁら仕方ねぇ」





追撃戦開始からおよそ1日が経過しようとしている。
伯爵は苛立っていた。
彼らが残した殿軍は彼らの進行ルートをことごとく把握しているかのごとく散発的な戦闘をしかけては逃げ去る。
まさか、敵の部隊にここまでやれる指揮官がいるとは思わなかった。
先ほども打ち上げられる矢弾へ対抗し、自身の術を持って広範囲を丸焼けにせねばならなかった。
消耗が激しい上にまだ要塞から20kmも進めていない

「閣下、平原に出ましたし此処から先はましになりましょう」

「うむ、少し進んだところで野営する」

副官はその令を受け、部下たちへの準備指示とともに遅れて進発した補給隊への伝令を出す。
後方ではその前に出発した騎兵が残存した敵兵を掃討しにかかっているだろう
2日もすれば再編した歩兵たちが防御陣地を構成しに進出する。

尤も後方を固めるのは強欲な傭兵たちだ。信用できるとは限らない
金銭次第で転がる下劣な連中だ、奴らに言いくるめられて裏切らなければ良いが

「閣下、斥候が戻りました。周囲に敵影なし、5km先の地点に野営に向いた盆地があるということです」

「分かった、全騎に通達せよ、そこで後続と補給を待つ」

そこに残ったのは二人と一頭

するべきことははっきりしている。帝都ハーリスへと向かい任命を受ける
時間はあと3日しか無い。尤も彼女の速度を持ってすればハーリスまで1日とかからないだろう

「さて、時間もあんまりねぇことだし行くか」

「そうですね、ファラク首都まで飛びますよ」

「承知した、しかしその男も一緒か?」

「なんでぇ?一応護衛って体だからな」

「我の力があれば護衛なんぞ要らぬというのに」

「そのでけぇ図体で首都の中に入れるならな、俺の出番は首都についたあとだ」

「ふむ、仕方ない。乗るが良い」

二人を載せてファラクが空を駆る。あっという間に山頂の高度を超え眼下には
フリンシの本土すべてが見渡せそうかというほどの見晴らしが待っていた。
帝都は地平線のはるか先か。大地は見えても都市までは見えない。

「おい、こんなに高く翔ぶこたねぇだろ」

「すごい、すごいですファラク!」

「なに、厄介なハエ共が上がってこれん高度にまで上がっただけだ」

「あん?」

「気付かずに護衛とは大したモノだな」

「てめぇ、何言ってやがる?」

「さぁ、目指すはハーリスです。頼みますっ」

「うむ、黙っていろ舌を噛むぞ」

高度を上げたファラクは進路をハーリス方面―北西―へと取る
急加速によってモンドとアリアンノの体は後方へと吹き飛ばされかけ、なんとか彼女の身にしがみつく

この速度で追いつけるものは同じ竜騎士ソレもかなり高位の者しかついてこれないだろう

「おい、チッたぁ気をつけろ落ちたらどうするんでぇ」

「落ちるような飛び方はしておらぬ、騎士の契約をしたとはいえ鞍もまだつけておらぬしな」

「へいへいっとこれじゃ敵がいたとしても追い付きようがねぇしな」

先行する友軍部隊を追いかける馬車の列へ前方から竜が飛来する。
どうやら追撃部隊の主力の竜騎隊からの伝令のようだ。
補給部隊の責任者らしき男が、隊列に停止を指示し着陸を待つ。

「伝令だ、この先に谷間がある。その中ほどの地点で補給を行う
 補給部隊はこの地図に記載したルートを通って合流するように」

そう伝え所持していた地図を責任者に渡すとまた竜を駆っていった。
森林内には後続の歩兵隊も一部入ったようだという情報もある。
待ち伏せにあって壊滅するようなことは無いだろうが陣地構築もしていない上での補給だ
その先はどの地点になるかはわからない。


久しぶりだな、おつ

いいね おつん


「閣下、補給隊の到着は早くとも3時間ほどは掛かりそうです」

戻った伝令兵は伯爵へと伝えると教練書通りの敬礼を決め、自分の竜とともに回れ右をする
補給部隊は想定より早く進んでいるようだ。野営の準備を完了させたあとに到着するにしても
食料の受領と前線本部の設置をする余裕がある。

「今日は携帯食になるかと思ったが、傭兵の割にはやりおるな」

「はっ、あの携帯食は腹にはたまりますが味に少々難がありますから」

「うむ、ここに仮設本部を設置するとしようかさすがに損傷した要塞を補給拠点とするのもよろしくは無いだろう」

「重軸部隊にもそのようにいたしましょう」

昼夜を通した追撃戦で兵は多少は疲労している日はまだ高いが哨戒のローテーションを組み
天幕を貼って仮眠を取るものもいる。彼らのパートナーの竜の強さにもよるが
それぞれ魔力的フィードバックによる身体強化によって実情は普段よりも疲れた程度だ
だが、敵にも竜騎はいる。
この地域の特色とも言える竜騎は他の地域も含めて最強の兵科だと言っても過言ではない

矢弾はその魔力保護と高度によって弾かれ強靭な肉体によって兵を襲う
一つの竜騎中隊を撃破するのに必要な歩兵は1個旅団とも言われていた。

ソレが一個連帯いるのだ、空騎兵を除いたすべての兵科に強いと言われる重騎兵部隊も
彼らの前では赤子も同然だった。
ただ、気がかりなのはケイステル連合には総計でも1個師団規模の竜騎と2個旅団はくだらない空騎兵がいるはずなのだが

副官も野営の指示へと去り一人伯爵は歯噛みする自身が軍の最高司令官であれば
自身の私兵のみを投入することなく国軍の全隊を指揮する立場にあれば
フリンシの誇る竜騎兵すべてを率いることができればこのような心配をせずともよいものを

「閣下」

唐突に声を書けられる、ソコにいた、いやあったのは影だ。

「なんだ貴様か、良くもまぁソコまで気配を殺せるものだ」

「はっ、ケイステルが動きます。先方からの報によると竜騎を中心に空騎兵部隊を派遣したようです」

「ふむ、何か伝言は?」

「前線指揮官の失態の詫びと、うまく立ちまわるようにと」

「なるほどな、しかし手ぶらで返すわけにもイカンが空騎兵が来るのであれば全力退却もできんな」

「その部分に関しては予備の騎兵と歩兵を回すとのことです」

「分かった、先方には明日の朝に合わせるように伝えてくれさすがに一晩は休みたい」

「承知」





「首都が見えたぞ」

ファラクがそう告げると目の前にはフリンシ帝国首都ハーリスがあった。
放射状に広がる大通りとソレに沿うように配置された水路
石畳のモノクロと水の青が生み出すコントラストの中心に白く輝く宮殿がある

まるで上空から見ることを前提とされた町並み

「きれい……首都へは何度か足を運んだことがあるけど上から見たのは初めて」

「まるで竜に乗って上から覗くのを前提にしたみてぇな作りだな」

「ハーリスかずいぶんと大きくなったものだ」

「あん?知ってるのか?」

「我を誰だと心得る、そうだなその名の町があった時は今の20分の1ぐらいの大きさだったがな」

「創世の神竜様とやらはどれだけの時を生きてるんだ・・・」

「さぁな、封じられていた時間もあるゆえなんとも」

「でも、ファラクがいるんなら他にも神竜がいるのよね?」

「他の者の行く末は知らん、あの大戦から何年たっているかわからんがあの時は我の他に2頭いたが」

「やっぱりいるのかぃ」

「さて、もうすぐ到着するがどこへ降りる?」

「その任命だか着任ってのはどうすりゃいいんだ?」

「えっと、私も突然のことで何も」

「主よわかるはずだ、我と同じ千里眼を持つものならば心の目で見るが良い」

そう言われアリアンノは目をとじる

光が道筋を作り先ほどまでの像と重なる。
その光の行き着く先は宮殿の中
だが……

「場所は宮殿だけど、かなり中心からはずれて……ここで合ってるの?」

「主が見たところが間違いがない、我も場所は大体把握した降りるぞ」






補給は滞り無く、仮設本部の設営を残すのみである
空荷になった補給部隊はそのまま要塞へと戻る。
本部と言っても僅かな柵を立て、本部設備として天幕を貼って物品の管理をするのみである
竈はすでに昨夜に作り終え、あとは別働隊が合流し、補給を整えた後備蓄物資を持って更に前進する

伯爵が立てた今後の戦術は至ってオーソドックスなものだ。

「竜騎部隊はすべて出立しました。あとは別動の騎兵隊を待ってから前線を押し上げるだけです」

「しっかし、伯爵もずいぶんゆっくりした行動だな、一晩おけば大分先まで退かれただろうに」

「たしかにそうだが散兵を展開されてろくに前に進めねぇんじゃ逆に時間をおいて疲弊させたほうがいいってこったろ」

「敵だってローテーションで休むぐらいするだろうに、それにこっから先はずいぶん開けてて待ちぶせにゃ向いてねぇぞ」

「その分俺達がらくできるってもんだからいいじゃねぇか」

「ちげぇねぇ」

そう言って傭兵たちは馬鹿笑いする。
どこまでの進撃かわからぬため補給物資は潤沢にある。
そのうえここから要塞の間のピストン輸送であれば大して手間もかからない
食料を持ちだして宴会を開こうとしたものすらいたが、さすがに傭兵とは言え責任者にソレは止められた。

「おかしいな」

「何がだ?」

ルイテルがこの状況にわずかながらの違和感を感じる
確かに休息と補給を終えた上で、自分より多い戦力を相手取るのだから全力出撃はうなずける
だが、傭兵たちに貴重な物資を預け、その上本部の見張りも護衛も付けずの全力出撃は
彼の戦闘の常識からは大きく離れていた。

「なに、戦闘能力の低い少数の補給部隊に護衛も付けずにそのままというのは不用心じゃないか?」

「実際には俺とおまえがいるからいいだろう」

「そんなこと司令官は知らんさ」

「何が来たところで死ぬつもりはない。ソレよりも腹が減ったなにかないのか?」

「食料なら大量にあるだろう?」

「他人とは食生活があわない」

「そうだったな」

乙です

岩場の影に複数の騎兵達が息を潜め立つ
天幕を貼り、その上に草を盛りつけて上空からはただの岩場と草地にしか見えないよう偽装をしている

「0900敵竜騎隊の出撃を確認」

「どうやら気づかれていないようですね」

「音を殺して進むのにいささか苦労しましたがね」

「通信兵、空騎兵へ連絡せよ行動を開始する」

「はっ」

「さすがに精鋭の竜騎といえど竜騎混じりな上倍の数の空騎兵を相手にはできまいて」

森から光が送られ、準備が完了したとの報告が入ってくる。
伏兵の数はおよそ1個大隊ほどだが、そう時間を置かずして増援も来るだろう
コレでもただの補給部隊には過分すぎる量だ、護衛に竜騎の一個中隊でもいれば話は別だったが
戦闘部隊はすべて出払っている。

「これより敵後背へ進出し、退路を遮断する友軍が敵の前方へと回り次第これを挟撃する」

「了解」

「森林潜伏部隊へも連絡せよ」



「おい、何だありゃ?」

補給部隊の傭兵が気づく、自分たちが通ってきた森の前に多数の騎兵が駆けてゆく
友軍の騎兵本隊だと思われたが、ソレにしては様子がおかしい

「畜生ケイステルの騎兵隊だぜありゃ」

「全員を叩き起こせ!防御を固めろ!」

「あのバカ貴族め、こんなことになるなら1個中隊でも護衛を置いて行きやがれってんだ」

「とりあえず槍を引っ張り出せ!柵の周りを固めるんだ!」

敵は数だけで言えば自分たちの3倍はいるだろう
その上ご丁寧に魔導騎兵つきだ、これではこちらの矢弾は効果が無い
柵を挟んでいるとはいえ容易に突破されるであろうことは明白だ

「逃げるぞ!」

「逃げるっていったってどこへだよ!退路は塞がれちまってるぞ!」

混乱する傭兵たちをよそにルイテルとナットは平静を保っている

「慌てるな、所詮は軽騎兵だこちら突破するほどの突撃力はない」

「にしたって、これで向こうから敵が来たら挟み撃ちだぜ」

彼らの言ったことが本命らしく、騎兵たちは隊列をただ整えて補給部隊の退路を塞ぐだけにとどまる

「で、どうするんだ?」

「どうするもこうするも、自分が生き残る分には自信はあるが」

「助けるのか?」

「仕事だからな、仕方ないか」

ナットの問いかけにルイテルも仕方なしと言った感じで答える。
混乱している最中に隊の責任者を探す

「おい」

「何だ?今お前の相手をしているヒマは無い」

「このまま指を加えて見てるだけではただ死ぬだけだぞ?」

「わかっている、だがあの数相手にどうしろと言うんだ」

「あるだけの弩と射手を集めてくれ、あと残ってる連中の中で100人ほど見繕ってくれ」

「何をするつもりだ?」

「任せろ、策はある後の連中には槍を持たせておいてくれ」

数瞬考える、だが今の状況を打開する策も
救援が来る見込みも無い。

「わかった、特に手は無い任せよう」

かき集めた戦力・武器をすべて合わせてみると
弩とその射手が30名 陣地防衛に砲が2門あるが肝心の砲兵がいない
ルイテルに集められた兵100人は全員が銃を与えられて急増の戦列歩兵となる
あとは馬車部隊と重軸その他で200名 合計でおよそ350名といったところだ。


「で、そっちの策はどうなんだ?うまくいきそうか?」

「こんなもんは博打だ、砲があるにしたって砲兵がいないんじゃあな」

「仕方ない、というか伯爵の部隊を待つわけにはいかんのか?」

「もしその展開になったら先にあれが突撃してきて終わりだ」

「今突撃してこないというのは?」

「おそらく逆側にも伏兵がいてソレを待ってるんだろう」

「なるほどな」

「そっちの準備は?」

「一応はできたがうまくいくのか?」

「行かなかったら死ぬだけだ、尤も自分は助かる気のやつが2人はいるがな」

「誰のことだ?」

「俺とおまえだ」

とぼけ顔のナットにそうルイテルが返したあと急造の傭兵部隊が
騎兵へと立ち向かう数だけで言えばやや1.5倍の差が戦力評価では3倍の敵だ

「よし、砲を前に出す臨時編成の部隊は前へ」

そうルイテルが指示を飛ばすと二門の砲が柵の前へと出る。

「おい、こんなんで大丈夫なのかよ」

「俺は知らねぇぞ、数だって向こうのほうが多いんだ」

「いいぜ、逃げちまおうか」

「隊列を崩すな、隊列を崩すと死ぬぞ」

「お、おい!いつの間に」

「逃げても構わんが、敵の刃より先に俺の銃弾が貴様を殺すことになる」

「おい、マジかよ」

「安心しろとは言い切れんがこれが一番マシだソレに怖いんなら歌でも歌ったらどうだ?」

「はっ、誰が怖いもんかね」

「おい、確か楽器を持ってた奴がいたよな?」

「あぁ、確かニコラとマルセス辺りが持ってたはずだが」

「こっちに呼んでくれ」

ニコラと呼ばれたニコラとマルセスが説明を受けたあとそれならと
何人かを連れたって急造の軍楽隊を作った。
演奏する曲目は彼らに任せる。このあたりの曲やそもそも行進曲なんて概念もないだろうから

「ずいぶんと陽気なもんだな、これから死ぬかもしれねぇって時によぉ」

絶望的な気分の中で音楽を伴いながら集団は列を作る
横隊三列に加えその両脇に砲を携えた馬車隊と弩の射手達。
戦闘を行くルイテルの合図で全体が止まる。

「よし、隊長出番だ」

「本当にいいんだな」

「あぁ、少し時間をおいていいぞ砲の準備をするからな」

全体が止まったあとうまから砲が切り離され前方を指向する
火薬袋と釘袋が中に詰められた。

「よし向きを調整する始めてくれて構わんぞ」

「良く聞け、ケイステルの腰抜けども!俺たち傭兵達はお前らのことなんぞ屁とも思ってねぇ
 悔しかったらその間抜け面を携えて突撃でもしてこいってもんだ」

唐突な挑発だが彼らは応じない調整を終えてルイテルが集団の中央へと戻る
だが彼らの指揮官は当初の予定を変えるつもりは無いようだ動く気配は全くない

「よし、いいぞ弩を撃ちこめ」

両サイドから勢い良く馬群へ矢が放たれるが、その矢が上空へ到達せんというところで
何かに接触したかのように弾かれる
その光景を見ても馬上の彼らは微動だにしない
魔導兵が保護をしている限り彼らに矢弾が届くことは無いと思われたその時
大隊長の横で保護の術を行使していた魔導兵の頭がはじけ飛んだ。

騎兵部隊へと動揺が広がる

「ほれみろ、お前らの鎧なんて簡単にこっちは剥ぐことができるんだ
 来ないならとっとと、ケツまくって道を開けな!」

動揺し、判断を迫られる大隊長その間にも分散配置していたはずの魔導兵が次々と倒れてゆく

「まったく、人使いの荒いやつだ」

少し離れた丘の上から銃を構えたナットがぼやく
あと先ほどの矢で魔導兵の配置はだいたい把握した
あと一人倒せば自分のしごとは終わる

そして、照準にとらえたあと静かに引き金を引き絞りあとはその銃を自身の胃袋へ放り込んだ


状況が変わり追い詰められたのは騎兵側だった。
もはや矢弾から彼らの身を守るものはなく、取れる選択肢は限られていた
――突撃か撤退か――

この場に留まるということは常に飛来する弩の矢を受けねばならない
かと言って撤退をすれば敵前逃亡とも言われかねないだろう。

そして500を超える騎兵が一斉に突撃を開始した。

ここまで、すぐ終わると思っていたらかなり長引いてしまっています・・・

おつ
別に1000まで行っても構わないぞ


構えろ!

その号令で最前列が膝を付き手に持った銃を迫り来る騎馬たちへ向ける

狙え!

次の号令がかかると全員が引き金に指をかけ肩に力を入れる



1秒が10秒にも感じられ、地を揺るがしているはずの蹄鉄の音も無く
銃を構えた傭兵たちはひどく静かな空間に感じられた。
そして最後の号令を待つ


撃て!

総勢100門の銃火が 引き絞られた弩から放たれた鎧通しがそれぞれ騎馬へ兵へと穴を穿つ 刺さる

もはや魔導兵の保護はなく、銃弾に穴を穿たれた兵たちは体制を崩し、地に落ちる。

それでも勢いはとどまることはなく彼らの前へとただ馬の津波が迫り来る。

銃を撃ち終わった前列に変わり槍を構えた最後尾が前に変わり彼らを待ち受ける。
しかしまだ一つの号令が残っていた。

散弾放て!


両脇にある砲が火花を散らせる。その火花が血の花に代わって迫る馬達を人を
その区別なく染め上げてゆく
前方が一気に崩れた後衛はソレを避けるために速度を殺さねばならず
軽騎兵の最大の武器である突撃の勢いは死んだまま構えられた槍衾へと入りゆく

飛来する飛び道具でその兵力の半数以上を失い更に槍衾に串刺しにされた騎兵達の士気はあっという間に下がり
敗走する。

騎兵に対してはさすがに追撃はできないが退路は開かれた。

「やったぞおおおおお」

「へっ!ざまあねぇや!」

「よし、帰るぞ!」

「負傷者に手を貸してやれ」

上がる士気先ほどの戦闘で少なからぬ被害が出たにも関わらず
全員意気揚々と前方の森を目指す。

「後ろを見ろ」

ソコには一歩遅れてやってきた主力の重騎兵隊と歩兵隊が野営陣地を襲わんとしていた。
急がなければ追撃戦の憂き目に会うだろう。

「ぼやぼやしてるな、森へ逃げろ」

「つったって相手は騎兵だぜ?追いつかれる!」

途端に悲惨な声を上げ始める傭兵隊達先ほどの浮かれきったところからの急転直下だけに
パニック状態になったものもいる。

「落ち着け、俺が殿を持つお前らは早く逃げろ!ただし道は避けてな」

「分かった、なるべく分散しろ!負傷者は馬に乗せて運べ!」

補給隊の責任者もその任を全うしようと各員に指示を飛ばしていく
大規模な突撃で負傷者も多数いる。使えるのは砲を引っ張ってくるのに使った馬ぐらいだ
重傷者が馬へと担ぎあげ手綱を引く

「さっさと行け、奴らまだ空の本部を荒らしてるところだもう少し時間が稼げる」

「あんたも一緒に来い!」

「大丈夫だ、多少は進軍を遅らせて合流する。先にいけ足手まといはゴメンだ」

「死ぬなよ」



時系列は少し遡る。夕日が指す帝都に竜が降り立ち、その身を茜色に染め上げる。
普段ならば所属不明なそのものが近づいただけで帝都を守るべく迎撃部隊が上がってきてもおかしくはないが

「ここでいいのかな?」

「さぁな、俺は全く知らんぜ?っと、誰か来る」

人の気配はあまりしないとはいえ宮殿に不法侵入した状態である。
誰かに見つかればただでは済まない
見つかれば厄介なことになる。ファラクもそのまま木の影にその身を隠した

「隠れんぼか?鬼はどこじゃ?」

その言葉にビクッっと体を震えさせるアリアンノ
モンドもやってしまったといった顔をしている。

「確かに断りなく宮殿に入りましたのは誤りますでも、あの……その」

「よいよい、儀式の締めをしにきたんじゃろ?」

「はいっ、でも何故それを?」

「何故も何も儂がこのハーリスの竜官じゃほれ、ソコのも隠れておらんでさっさとせんか」

「竜官?」

「なんじゃ、なんも聞いておらんのか竜換の儀の最後任命式をするぞえ」

「任命式って、あの皇帝の前で行うんじゃ……」

「そっちは任官登用式じゃ、似たようなものではあるがの」

さて、と言いつつ突然現れた老人は綺麗に整えれた庭には似合わない
ボロボロの椅子へと腰掛けとさて、といった具合に彼女たちの様子を見た。

「さて、お前さん竜に乗るときの得物はなにかあるかの?」

「えっと、その私武器とかは」

「目の前に大層な物があるじゃねぇか」

「でも、コレはルイテルさんに借りたもので無事についた今じゃ」

「アイツは餞別だっつってたぜ?別に返せなんて言われねぇよ」

「珍しい得物じゃな、しかもそりゃ太古の……なるほど」

「どうしたんですか?」

「どうやら嬢ちゃんは過去の英雄に助けられたようじゃな」

「えっ?」

「よい、アリアンノ・ド・カルノー」

「はいっ!」

「そなたを古の契約に則ったフリンシの竜騎士として認めコレを任ずる」

「はいっ」

「なんじゃ?まだ何か言いたそうじゃが?」

「あの、続きは?」

「無いぞえ、任命式はコレで終いじゃ……そうじゃなでは儂からもひとつ」

続く言葉をアリアンノは待つ。竜官が何たるかは分からないが
任命式はコレで終わりだというがこんなに簡単に終わるものか
もう一つと言うのは何かを期待する

「その得物をと比類なき力を持つ竜に敬意を表しドラグナーと称するを認める」



場面はルイテルたちに戻る。
ひと通り仮説本部を設置した周辺を制圧した連合軍の兵たちはもぬけの空になったその地を見て歯噛みした。
加えて退却中の部隊を発見するがこの時指揮官は包囲部隊が敗走したことに苛立ちを隠さず
やはり所詮は三等国の兵かと漏らしたという

だが彼我の兵力差は蟻と象程も有り、そのうえこちらの半数は騎兵で構成されている。
今追撃をすれば森のなかへ入る前に撃破はたやすい

「総員整列」

その掛け声に周囲に散っていた隊員たちが集まり始める。
5分後隊列が整ったことを知らせる副官の声が隊長の耳にも入る。

「よし、撤退中の敵部隊に追撃をかける多少は包囲隊も奴らに損害を与えてるだろう速度は遅い」

「しかし森に入られると厄介ですな」

「なに、森のなかだろうとあの速度ではすぐに追いつくわ」

前進の掛け声を隊長がかけようとした時


残された物資から巨大な音と衝撃、熱の波が迫る。

整列した彼らの後列に当たるものはその破片や爆風によりなぎ倒され
将棋倒しのように前列へと広がる。


「ぐっ何があった?」

「敵も姑息な真似を、おそらく置き土産でしょう」

「爆弾か、もう少し注意スべきだったな……」

「いかがなさいますか?現状でも彼我の戦力は大きく上回っておりますが」

「いや、一度再編と負傷者の手当をする。別に多少時間を割いたところでにげきれるものでもない」

「はっ」



後方の爆発を確認したルイテルは丘の上から降りてきたナットと合流する。

「驚いたな、ずいぶんと用意がいい」

「あんなモノに引っかかるほうが間抜けなんだむしろ驚くのはソコだと思うぞ?」

「さてと、俺達二人でどれ位時間が稼げるかだな」

「さぁな、所在不明の騎兵部隊がいつ来るかだが……」

「だが?」

「今ので敵の足が止まったからな、アテはある」

「ご自慢の銃か?アレで減ったとは言えかなり数がいるぞ?」

「さすがに平地じゃあな、弾薬にも限りがあるとりあえず森へ入るぞ」

伯爵達の竜騎士隊が飛び立ってから時間はたっているとはいえ日はまだ天頂へと達していない
森のなかは薄暗く、入った途端に彼らの姿をその外からは隠してくれる。
だが、差し込む光が先行した傭兵たちの足あとをそのまま視界へと映し込む。

「さてと、これから起こることは他言無用だ。お前さんのことだから驚くことは無いだろうが」

そう断りを入れたあと響く遠吠え、人の声帯から発せられる音ではなく
犬や狼そのものの声である。
その声を受領したかのように遠方で幾つもの声が響く。


「おい、この森狼がいるのか……」

「血の匂いに寄せられてこっちに来ちまうんじゃ」

「せっかく助かったのにおい、嫌だぜ俺は狼の腹の中なんてこれじゃ首をはねられたほうがマシだ」

先行している傭兵たちは遠くから響くその声に怯えながらも要塞へと進む。
重傷者の容態はあまり良くない、どこかで一度停止して手当をしなければならない。
あの戦力差からすれば僅かではあるが亡骸をそのままにしてきたものもいる。
狼や野犬の餌にするというのはひどく彼らには心苦しかった。


「狼の真似か?ずいぶんうまいな」

遠吠えを終えたルイテルにナットがそう声をかける。

「真似かどうかはそのうち分かる少し待っていればな」

その言葉を最後に二人の間に沈黙が訪れる
静寂と無言が場を支配し、ルイテルとナットはその中に身を潜める
10分ほど立った頃ガサガサいう音がその静寂を破り彼らの前に現れる。

「ずいぶん遅かったな」

姿を表したのは一頭の狼。
全力で走ったのか息をせき切らして彼らを見つめ
その反応を見定めたかのようにまた別方向へと歩き始める

「行くぞ」

「分かった」

その狼が案内をするように前に立ち歩いてからおよそ30分
森の中に少し開けた場所があり、狼の群れがいた。
きれいな赤毛が目立ち他のそれより大きい狼が彼らの中心に座っていた。

「号令をかけたのは貴様か、人の姿たるものが我らの声を使うとは珍しい」

「なんだ、狼だと思ったら話せるのか」

「ふん、おまけまで伴ってわざわざあのように呼びかけたのは余程のことがあってだろうな?」

「急に呼び出しをかけたことをまず詫びよう。大陸北領の王赤狼ベオとお見かけする」

「いかにも、して我が名を知りわざわざ呼び出しの令まで使用した貴様は何者だ?ただの人間ではあるまい?」

「こちらが名乗らんのも確かに礼を失していたな」

そう言うとルイテルはかぶっていた帽子を取り、その顔をすべてさらす。
ソコには人であれば無いはずのものがある。狼のソレによく似た耳が

「なるほど、混獣人かならば先程の声もわかる。だが、そレだけでは我らを呼び出した理由にはならんぞ?」

「わが名はルイテル・フィゾロフ・フォン・レンテンベルグいや……
 オルハン・カァディルと行ったほうがあなた達にはわかりやすいかな?」

「オルハン・カァディルだと?面白い、彼の者は500年前の大戦の英雄ぞ証たるものは持って居るのだろうな?
 騙りであれば、すぐに八つ裂きにしてくれよう」

それに答えてルイテルは懐から紋章の刻まれたリーフのようなものを取り出す。
そこには狼と鉾の絵が描かれており普通の土産物屋にでもあるようなシロモノに見える
ただ一点中央に埋め込まれた宝石を除いて

「これでは不足か?」

「これは……失礼した!確かに本物のようだ白狼帝どののお話は父から良く聞かされました」

「君の父は……いや、やめておこう下手にイメージを崩すのも問題がアリそうだ」

「そうですな、あまり人のことを居ない場所で言うのはよろしくない」

「父上!?」

「なんだ、まだ生きていたのか」

「生憎と娘が王を引き継ぎはしたもののまだまだ未熟でななかなか死ねんで、今回も助けがいるのか?」

「話が早くて助かるな、馬と人が食い放題といったらどうするかね?」

「馬は頂きたいところだが人はいらんね、その辺の熊にでもくれてやる」

「頼んだ」


日が天頂よりやや傾いた頃再編を終えた連合軍の歩兵と騎兵部隊は森への侵入を始める。
薄暗い森の中に伸びる一本の街道騎兵はその街道を中心に進み周りを歩兵が固める。

先に入った傭兵たちは仲間の手当のため、中にはいってしばらくしたところで負傷者の手当を行っている。
このままのペースでは日が落ちるまでには彼らは追いつかれ、蹂躙されるだろう。

何事も無ければだが。

「来た時はあまり気にならなかったが、敵を探しながらとなるとこの深い森は厄介だな」

「隊を散開させてはいかがですか?どうせ手負いの非正規兵ですここまでの大軍で当たることもないかと」

「そうだな、歩兵は散開して展開させろ伝令に騎兵を2~3つけてな」

「はっ」

散開した歩兵たちは木々の一本一本を確認するようジリジリと前進を続ける。
途中獣道がわかれていたりすることから更に分散、広範囲において展開することになる。
連隊がまず大隊へさらに中隊から小隊へと最終的には分隊規模にまで別れて進まねばならなくなった。

とはいえ敵を発見すれば友軍を呼べば数の劣勢は問題ない


「しかし包囲してやがった連中も情けねぇな」

「本当によぉ、お陰でこっちは山狩りするはめになっちまったぜ」

「あぁかったるいったらありゃしね……バッ」

「ん?どうした?」

「小便でも催したんじゃねぇか?」

「ったく、そういう時は一声かけろっつうんだわっ!」

隣で話していたものが一人、二人と消えていく。そこで初めて彼らは何かの異常事態が起きていることに気づいた。

「おい、なんか少なくねぇか?」

「あぁゴズ!ベルト!リエーラ!」

「なんだ?」

「いるのはベルトだけかよ」

「確かにゴズとリエーラはどこだ?」

「ツレションってわけでもなさそうだな……」

そういった一人の頭がはじけ飛び、辺りに血をまき散らす。
急に繰り広げられたその光景に同僚たちは戦々恐々とした。

「なんだ!魔法か?どこからだ?」

「畜生、伝令は小隊本部に付いて行きやがった退け!」

そう言ってきた道を交代しようとした彼の足元に何かが引っかかる。
足をかけるためのロープかその勢いで転倒しかけた時地面が盛り上がり彼をサンドイッチにする

板の先に杭を付けられた板が彼を挟み込み胴体に風穴を開けられた彼はそのまま絶命した。

「嫌だ~死にたくねぇ!」

ついにパニックを起こしたのか残りの者が構わず走り始めるが
あるものは落とし穴のソコに仕掛けられた竹に串刺しにされ
またあるものは体に風穴を開けられその全てが絶命した。

「師団長閣下、中にはいった一部の部隊との連絡が取れません」

「ん?分散しすぎて各個撃破されたか?とは言え、敵も疲労と損害が蓄積しているだろう会敵した場合は本隊への連絡を徹底させよ」

鎧を外し軽装になった騎兵達が伝令に走る。
重装騎兵の彼らがこの中を駆け巡るのは整備された街道を除いてかなりの負担がかかる。
軽騎兵も内部に投入している都合上装備を外すしか無いのだ。
彼ら全員がソレをすれば良いのだがまだ未発見の騎兵部隊がいる。
そして、撤退させたと報告は入っているが竜騎兵に見つかった場合はやはり魔術的保護のある鎧の有無で生存率は雲泥の差が出る
彼らの生存本能が大多数である重騎兵の投入を阻んだ。


「さて、そこそこ数は削ったと思いたいが」

そう言いながらルイテルは手に持った拳銃から一発一発空薬莢を抜き新たな銃弾を入れていく
作業が終わると7つの役目を終えたソレをその場に捨てることなく腰につけた袋へと入れてゆく。

「わざわざ使い終わったものを回収するんだな」

「あぁ、こいつは貴重品でな本来なら捨てて構わんのだが洗浄してまた鋳潰すんだ」

「俺の使ってるのはいいのか?」

「構わんよ、お前さんのモノは真鍮薬莢だしな。とはいえずいぶん量は渡したが」

そう言うとルイテルが銃の先につけた円筒を取り外し新しいものに交換する。
彼らの敵が音もなくその身に風穴を開けたのもこの装置に因るところである。

「しかし、銃声が消えるとは便利なもんだ、俺のには付けられないのか?」

「あぁ、こいつは特別でな、リボルバーというタイプの銃は本来これをつけても効果はあまりない
 シリンダーとバレルの間に隙間ができるからな」

「お前が使ってるのは違うのか?一見同じようだが……」

「特別なのはその隙間が殆ど無い構造になってるんだ、隙間がない分音ももれない」

「なにもないところから一方的にやられる方はたまったもんじゃないな」

「弓を使っても同じことができるだろう、お前だって結局銃を使わず弓を使ってるじゃないか」

「音をだすなというから仕方ない」

そう話している彼らの耳に悲鳴が入る。距離はそう遠くない

「次のお客さんだ、行くぞ」

乙でした


おかしい、連絡が途絶した部隊があまりにも多すぎる。
すでに日は落ちつつある。本来であれば敵を殲滅して帰投を始めているはずだ。
森の中で無残な姿で発見される部下たちの報告がまばらながらに入ってきている。

「敵の殿はかなりの手練のようだな」

「えぇ、すでに2個中隊規模でやられているようです少し損害が大きすぎますその上日が落ちては」

「罠が張ってあるのであれば奴らの思うツボか」

「よし、ここで野営する全部隊を一度引き上げさせろ」

「了解、信号手 喇叭鳴らせ」


喇叭による信号は各地で鳴り響き森の中にいた部隊は引き上げてくる。
一夜でどれ位の距離を稼がれるかが勝負だが徒歩の彼らならば要塞手前で追いつくことができるとの結論にいたり
野営陣地を構築し始める。集結した部隊は数を数えるとおよそ7分の1の数を減らした量だ
信号が届かなかったのか敵に敗れたかは分からない。

ソコに一騎の騎馬が彼らに近づいてくる。

「伝令!部隊長殿はどこにおられるか!」


伝令はその場で敵竜騎隊が敗走したことを告げ、残存部隊の殲滅を急くよう伝える。
部隊長はそれに応じ、罠があることを伝え後詰の増援部隊を要請するよう彼に伝えると
少し休んだ後彼は元きた道を帰っていった。

その後彼は本隊に帰投することはかなわなかったのだが……。


夜の帳も降り、一昼夜駆け巡ったその疲れを癒やすように馬上の兵たちはその身を休めている。
交代で立つ歩哨も敵の数少なしとして、多くのものを休めるため数を減らしての任務だ。
だが彼らの姿が一人、また一人と消えてゆく。

休む兵たちに異変を知らせたのは歩哨ではなく彼らの愛馬だった。

「何事か!」

「狼です、狼の群れに囲まれてます」

「狼ぐらいさっさと追い払わんか!」

「数が多すぎます、普通の群れの20倍はいます」

そう答えながら寝込みを襲われた彼らも徐々に体制を整えつつあり
狼と人間の戦いが始まる。3頭で一人に対し立て続けに襲いかかりその数を減らしていく。

「糞っ!数はこっちのほうが多いんだ怯むな」

「何だこの狼は、連携がとれすぎて手強いぜ」

「4人組を組んだ上でツーマンセルを崩すな味方がやられたらカバーしろ!」

彼らが苦戦を強いられている最中谷から篝火が見え近づいてくる。

「おい、アレを見ろ!」

「助かった!増援か」

「よし、死なないように体制を整えろ」

ソレを見た彼らは活気付き、体勢不利と見た狼の群れは彼らの前から姿を消し去っていった。

「要請から到着まで随分早いですね」

「かまわん、今は少しでも増援がほしいところじゃ今のでかなり数も減ったろう?」

「被害状況を各隊長はまとめ報告せよ」

「しかし妙ですね、明かりの数にしては蹄の音が大きいような」


「急場でたいまつが足らなかったんだろう、そんなことより片付けをせんとな」

「ええ、まったく面倒なけだものどもです」

おつんつん

即死回避に報告を近日中に更新予定っす おそらく一週間いない

よかったよかった

ヨビォ

友軍の死骸を片付け、骨が折れたテントを火にくべる。
使い物にならない武器や物資がうずたかく積まれていく。

「森の罠の次は狼の襲撃か……たまったもんじゃねぇ」

「増援もきたんだ、俺達は片付け終わらせてとっとと休ませてもらおうぜ」

「あーあ明日になったらまたあの中か」

「ま、罠を仕掛けてるっつっても寡兵に仕掛けられる量は知れてるさ」



「大体片付いたか?」

「はっ、一部を残して兵は休ませたほうがよろしいかと。歩哨は申し訳ないですが彼らにやってもらいましょう」

「うむ、引継ぎ業務は任せるぞ。わしも休む」

「かしこまりました。しかし随分ゆっくりとすすんでくるものですな」

「歩兵を伴っているか物資輸送でもしているんじゃろう、わざわざ来てくれたのだ文句を言うものではない」

「それもそうですか、では後はお任せください」

「さすがにいったり来たりの強行軍は身体にこたえるわい、貴様も処理が終わればしっかり休めよ」

「はっ、ありがとうございます」




「あせるな、じっくりつめてけよぉ」

「しっかし、あいつら気づいてねぇんでしょうかね?」

「伝令まで飛ばして、それにあの様子を見てるとどっかの部隊が夜襲でも仕掛けてたんだろう」

「見事にかんちがいしてくれたってことですかい」

「勘違いした味方には悪いがな」

雲が月を隠し、彼らの姿を映すのは彼らが持つたいまつぐらいしかない
だが、その量は兵の数に比して少ない。
等間隔に並べられたたいまつではあるがその量がかれらのかずを 遠方からは少なく移しているであろう。

「旦那ァ、動きがあんまりねぇようですが歩哨が少ないんじゃねぇですかい?」

「そうだな距離もだいぶつまったか」

そういうと中ほどにたつピエールは懐から笛を取り出し軽く鳴らす。
その音を聞いた各中隊長がさらに笛を出し、小隊長も笛を吹く。
小さく自身の回りに響いた音は隊全体に行きわたり、その音に促されるように武具を持ち直すものもいる。

ピピッと軽く二回笛が鳴らされソレが更に伝播する。
しばらくするとピーピーピーと長い音が返ってきた。その音を聞くや否やピエールは周囲に目配せをした後
勢いよく笛を鳴らした。


「いくぞぉ、皆殺しだ!」

鳴り響く笛の音と怒声そして馬の蹄の音に片付けを終えやっと休息に入った連合軍兵士はたたき起こされた。
天幕から躍り出ると目の前に広がった光景は焼き払われるほかの天幕や資材の炎と切り倒される味方のみ
あわてて武具を着けようとするもその後ろから走りこんできた騎兵の剣に首を背中を切り刻まれ倒れてゆく。
完全な奇襲に生き残った兵たちは着の身着のまま森の中へと壊走した。

朝になって彼らにもその惨状が明らかになった。
兵はおよそ1000から1500が死傷し、積み上げられた物資はほぼ消失。
跡に残されたのは死体の山と焼け跡のみ。
馬の死体を巨大な狼を含んだ群れが掻っ攫っていった。
そして、森の中へと逃げ込んだ指揮官以下の兵士たちの末路は……


あるものは罠にかかり、木に吊りあげられ。
跳ね上がる板に押しつぶされ、落とし穴のそこで串刺しとなった。

「くっ、なぜこのように。敵の竜騎隊は引き上げたのではなかったのか
 なぜ後詰の空騎がこん、よりによって森の奥で」

真っ先に逃げ出した指揮官も友軍とはぐれ、一人暗闇の森の中をさまよっていた。

「狼どもの気配は無いが、少しでも離れておらんと……」

彼の目の前で明かりが一瞬きらめいて消えた。

「何じゃ?人か?」

はじめは1つだったものが立て続けに3つ
間をおいてまた3つしばらく光は見えなくなる。

「そこに誰かおるのか?」

叫びとも怒声ともつかないこえが闇にこだまする。返事は無い
既に光の華は咲かなくなり、彼の目に見えるものは鼻先程度の木々だけだった。

「妖精の類かなにかかよ……驚かせてくれる」

そうつぶやいた直後に彼の平衡感覚は奪われ、地面に伏していた。
何が起きたか把握する暇もなく彼は後頭部に硬いものが押し付けられ
そのモノからの声を聞く

「貴様が指揮官だな、部隊は壊滅した。おとなしく捕虜になるかそれとも」

「わ、わかった殺さないでくれ!」

驚くほどあっけなく決着はついた。
これでペティーノ川を挟んだ後にヘボンの戦いと呼ばれる戦闘は終結した。

良いねよいね


「随分あっさり終わったなこれからどうするんだい?」

「わかりません、家に戻ったとしても任官しなければいけないようなことを言ってましたし」

そういいながらアリアンノ先ほど渡された紋章を見つめる
3つ頭の竜が刻まれその背後に槍だろうか?
石突の辺りが少し曲がっている変わった形をしたものがその背でクロスしている。

「フラクレア様先ほど……む?」

彼女らが次の行動を思案している最中に身なりの良い男性がやってくる。
はずれとはいえ宮殿のなかなのだから、軍人以外はたいてい身なりは良いだろうが
それでも一般的なものより頭1つ抜けた装飾品や衣服をまとっている。

「なるほど、先ほどのは貴方たちでしたか」

「はい、無断で宮殿に入り込んだことは謝罪します」

「成程ということは貴方が次のカルノーの?」

「アリアンノ・ド・カルノーと申します、任官の儀を終え継承いたしました」

「そうですか、フラクレア様にはもうお会いしたのですね?」

「あの、これからどうすればよろしいのでしょうか?」

「正式に1位騎士継承をしたということであればまずは謁見の任官が必要ですね
 ですが今日はもう日も沈まんという時刻です、こちらで宿を用意しますので明日謁見をしていただきます」

「わかりました」

そういうと男性はその場を立ち去った。
用意された宿は、帝都の中でも上位に属するものでサービスや食事は申し分ない
ただ、いつ使者が来るかがわからない状態だったので外に出るわけにもいかず
ここで2日待たされることになる。
任官については3日後に謁見の機会を設けることになるという通知
正式な式典についてはその際にまた設定するが、現在戦時であることを鑑みて仮に設定する
という旨の通知がきた。

あと3日すれば彼女はこの国で一番の武官であり騎士になる。
それははたから見れば異常なことである20歳そこそこの少女が
全軍を指揮することができうる立場になるのだ。

「さてと、お達しも着たことだし外でメシでも食いに行くかい?」

「えぇそうしましょう。ココのご飯も美味しいんですけどなんだか食事のたびに肩がこっちゃいますし」

「俺ぁここはよくわからんから案内頼むぜ?」

「私だってあんまり知りませんよ?」

重苦しい空気を取り払って二人は街へと繰り出した。


――???――

「現在高度3万フィート行程に異常なし」

<<こ....ら....トロール....や...あり...調整..よ>>

銀翼のソレが空を行くその高さを飛べるのは高位の竜だが
その翼をはためかせている様子はない。
もっとも地上を行くものたちにとっては轟音を響かせていること以外それに気づくことはないが

「まったく、ポンコツめさすがにまだ追いつかんか?」

「いや、無線はとっくの昔に何とかなってるんだ。大気のほうに問題があるんじゃないのか?」

「問題ってどんなだよ?」

「そうだな、魔力的な揺らぎがあるとか?」

「けっ、まぁテスト飛行だからな無理はせんでいいのが救いだ」

「そうだな」

そう答えると右側に座っている男が何やら手元の機械を操作する。

「ナイアルラットよりCT応答せよ」

<<こちらCT、ナイアルラット送れ>>

「T行程108を消化、異常なし」

<<了解、感度も戻っているな。今日の分は終わりだ>>

「了解した、では切り上げるぞ?」

<<OK、ナイアルラットRTB>>

「ラジャー ナイアルラットRTB」

太陽を反射する銀の翼を翻してソレは来た道を戻っていった。



――帝都ハーリス 宮殿内 謁見の間――

「陛下!ごきげんうるわし

「斯様な戦況を聞かされていて麗しいとでも思うたか?」

玉座に座るのは
フリンシ帝国第37代皇帝 アンベール・ジョエル・エヴァリスト・オリエ・ハーリス
通帝名は覇紅竜帝 成熟し衰退しかけた帝国経済の改革を実施し、さらに周辺諸国との争いを
その力を持って抑え平安をもたらした稀代の辣腕皇帝である。
眼下にいるのは2位騎士伯爵たるパトリック・デ・ラ・クールニュである。

一言で出鼻をくじかれ、更に頭を押さえつけられるような重圧に耐えながら次の言葉をつなごうとする。

「して、今回の件はどう始末をつける気か?」

「はっ、我が国の領土は侵されておらず戦線自体は安定しております
 陛下の兵を賜れば奴らをはるか東へと追いやることも可能でございます。
 そのために是非、私を空白たる1位騎士に任命いただきとう参上仕りました」

その言葉を聴き皇帝たちの側近は笑みを浮かべた――ただ一人を除いては。

「1位騎士の任命期日は既に2日前に過ぎております是非私めに」

側近たちもわかっていることとはいえ笑いをこらえきれず露骨にニヤニヤしているものたちもいる。
何が起きているかわからず困惑しているものも一部いるがそれは伯爵本人から話がいっていないものであると
だが、この緊急時においてはそれもやむなしといったスタンスをとるようだ。

唯一呆れ顔をしていたのは先日アリアンノ達と顔を合わせた竜宰官の
ラウル・ロドリグ・ニコラ・ブスケだけである。
副宰相のフォートリエ卿は無表情というより憮然とした顔をしている

「確かに聞いておる」

皇帝の次の言葉をニヤけたいやらしい顔を更にゆがめる。

「しかし、期日までに儀は完了したそうだが?」

伯爵とニヤけていた一部の陪臣たちは驚いた表情に瞬時に変わった。

「は?」

「余は儀はつつがなく終わり、明日簡易ではあるが任官式を行うと聞いておるが?」

「さ、左様でございましたか。では陛下より承った仕儀については1位騎士たるカルノー卿にお任せすればよろしいのでは」

「今回の件は貴殿が国境周りの警備に責を持っていたとは思うがまぁよい、一旦領地に帰り準備をするのも良かろう
 だが、始末に関しては貴様に任せるものとする」

更新来てるやん!
やったぜ。

一時の宿舎としてあてがわれた宿の中でモンドとアリアンノはそれぞれ違った思いで窓の外を見る
片方は不安と希望、自身の知らなかった階位へあがることへの不安とその職務に対する希望
対するは倦怠感と開放感まもなく終わる職務に対する開放感と長くかかったことに対する疲れ。

だが、モンドはソレとは別に1つ懸念を抱えていた。
ルイテルと離れ、手元に持っているものは良くても略服なのだ
皇帝に謁見するための服の持ち合わせはない。

「ったく、こんなことになるんならルイがコッチにくりゃよかったんじゃねぇか」

「気づいたんならお店を回ればよかったのに」

「あいにくとコッチのドレスコードは俺は良くわかっちゃいねぇし
 そういうキッチリした礼服を用意するにも時間がなさ過ぎるぜ?」

「3日も時間があったのに」

「あのな、嬢ちゃんはもう商会の娘ってだけじゃないんだぜ?
 っと、そうだ嬢ちゃんの分の服はどうするんでぇ?」

「えっと、エランさんが届けてくれるそうです」

「なんでぇ、ソッチはきっちり用意してたってのかい?」

そこまで話終えてモンドは状況を考え直す。
彼女一人をあの場に連れて行った場合にどうなるか?
宮殿の中だから大それたことはできないだろうが、権力が大きく絡むと人は狂う
最悪捨て駒になった暗殺者が彼女を襲わないとも限らない
単身死地に向かわせるには経験も覚悟もなさ過ぎる。

考えをめぐらせているとドアがノックされる。
日はとうに落ち、夕食も沐浴の時間も過ぎている
人が尋ねてくるには不自然だ。応じようとするアリアンノを片手で制し
モンドは腰に脇差を差しながらドアへと向かう

「誰だ?」

「俺だよ」

帰ってきたのは男の声妙に聞き覚えがある。

「なんだ、随分早かったじゃねぇか」

そう返しながらドアを開く。
ドアの前にはルイテルとアベルがいた。

「おい、あのでっけぇのは?」

「アイツか、別の仕事を頼んである。今回分はこれで最後だろうな」

「なんでぇ、結局雇う必要があったのかよ?」

「それはあの旦那に聞いてくれ、状況は?」

「上々だ、明日謁見する」

「そうか、ならば今日はもう休むかすこしつかれた」

「お前が疲れたなんていうってことは相当だったんだな?」

『あんた、相当無茶をやったね?』

アリアンノのほうから聞こえるもうひとつの声
だが彼女の声ではない

「あぁ、"少し"無茶をした。どこぞの竜なんぞには相当無茶になるかもしれんがな」

『あんまりなめた口を利くと食ってしまうぞ?』

「できるならやってみな?」

そうして夜は更け行く

ここから不安定にリアルタイム(?)更新です

――翌朝

心配された暴漢の襲撃などもなく、そのまま平穏に朝を迎えた。
朝食を済ませると、宿の支配人が浴場の用意をしたことを告げに来る
アリアンノとモンドはともかくあとの二人は戦場から昨夜到着したばかりということで
体中に汚れが目立つ。これには全員が流石御用達の宿といった感心をした。
アベルが心づけとばかりに支配人に金貨を渡そうとするが

「お心はありがたく存じますが、その礼は竜宰官のブスケ様へお返しなさるのがよろしいでしょう」

とやんわりと断られてしまった。

使者が来たのは彼らが入浴を済ませ、正装へと着替えたちょうど1時間後
3人の使者は神聖不可侵たる皇帝への謁見の許可を与える旨の書類と簡単な謁見時の説明を行い
謁見できるのはアリアンノとその血縁者たるアベルのみであることを伝えた。

宮殿までの道中の馬車で

「"護衛の傭兵共は宮殿に入ることができるだけ皇帝陛下へ感謝せよ"だとよ!
 はいはい、感謝賜りますともアーメンブッダアクバル」

とモンドが悪態をつきそれをひたすらアベルがなだめるといったやり取りが展開され
御者も普段よりにぎやかにソレでいて聞こえてくる悪態に肝を冷やしながら馬車をかけさせた。



今回彼女が任官の儀を受けるのは紫水晶(アメジスト)の間である
その控えの間として使われている黒真珠の間に四人は通された。
廊下からはあわただしく人が行き交う音が聞こえつづけ、その音がひとしきり落ち着くと
定期的に足音がその前を通り過ぎていった。

最後に彼らが控える黒真珠の間のドアがノックされ

「アリアンノ・ド・カルノー殿 アベル・ド・カルノー殿
 皇帝陛下のお召しである、身なりを整え紫水晶の間へ来られよ」

その言葉を聴き互いに服装を確認し、その両脇を固めるようルイテルとモンドが列を成す
彼らは傭兵身分と見られているとはいえ1位騎士の護衛である
衣装は異国のもので異形なれど、その服には少なからずの品位があった。
腰に佩いた剣も装飾こそないものの鞘のうえからでも業物であるという気迫がそこから感じられた。

「護衛の方はこちらへ」

紫水晶の間の前に来るとルイテルとモンドは他の貴族の護衛と同じように
付添い人の控えの間へと誘導される。

「あぁ、ここで離れるのはかまわんのだが――」


最後のほうの言葉をアリアンノたちは最後まで耳にすることはなかった。

玉座へ続く絨毯の途中、アベルとアリアンノはそれぞれ両脇に控えた小姓に剣を預け
案内人が導くままに進む。簡易的な儀といっても宮殿につめていた上級官吏や貴族たちが相応の数居並んでおり
その環視の中を進む内アリアンノは緊張に身体をこわばらせてゆく

その中でもヒソヒソ声が彼女には聞こえてくる。
本来は聞こえぬはずの声量で話しているはずなのだが彼女には聞こえてしまうのだ。

(あれが、小娘のほうが継承者とは)

(まだ子供ではないか)

(よくもまぁ陛下もお認めになったものだ)

(何、これから認められるかはわからんて)

その声を聞きながらもこわばるからだを何とか玉座の前へと持ってくる
二人は膝をつき、そのときを待つ

「我が偉大なる皇帝!アンベール・ジョエル・エヴァリスト・オリエ・ハーリス陛下のおなーりー」

その声が響くとヒソヒソ声も収まり、みな頭をたれて皇帝の出座を待った。

「みなのもの、大儀である」

玉座に音もなく座ると皇帝は静かに、だがよく通る声で一言声をかけた

「貴様が、カルノーの後継者か面を上げよ」

その言葉にアリアンノが皇帝の姿を見る、そして二者の視線がゆっくりと重なる。

「成程、いい目をしておる。竜格などはまだ聞いてはおらぬがその様子では期待できそうじゃ」

その言葉を聴いて気が気でないのは同席した。クールニュ伯爵を筆頭とした上級貴族である。
新任の竜騎士へ直接声をかけた例はないではない、だがこの皇帝がそれをするのは2度目のことで
その騎士もいまや8位まで順位を上げているのだ。

「では、祭儀官勧めよ」

そういうと厳かに儀は始められた。
はじめに帝国に対する忠誠を誓う文書が読み上げられこれに同意すること
このほか騎士の心得など、読み上げるものが非常に多い。

そして事はこの儀が始まって40分ほど経ったころに起こった

多分今日はここまでです。
いつもご覧頂き感謝に耐えません。
皆様にレスをもらえるとやはりやる気が出ます!

エンディングまで一気に行くと言ってからだいぶ時間が経ちますがもうすぐ終わると思います。

続きモノにする予定だったので予定通りそれっぽいものも入れてみてはいますが
予定通り最後までいったら完結はいつになるやら。

でも今の竜換の儀編とでも言えばいいのでしょうか?こちらはまもなく終わりますので最後までお付き合いいただければ幸いです。

おつです~
完結楽しみにしてます

おつん


「ではこれより授官へと移る。この儀に異議があるものはこの場で名乗られい」

祭儀官が宣誓文を一通り読み上げ、最後の締めくくりの口上を奏上する
本来であればここで異議を唱えるものはおらず、そのまま続くのだが

「異議あり」

「私もだ」

それに続くように2人3人と異議を唱えるものが増える。
その中にクールニュ伯爵が含まれているのは言うまでもない
他の者も伯爵と交流が深い軍事官僚や貴族たちであった。

500年以上続く帝国の歴史においてもこの口上を額面どおりに受け取ったものは存在しないであろう。
だが、その場合にも口上は存在した

「異議があると申されたおのおの方に問うその所以を述べられよ
 また、神聖な儀に異を唱えることに覚悟のないお方は今すぐあげた手を下げられよ」

「まだ、小娘ではないか。戦時の今1位騎士としての役割が果たせるのか?」

「そうだ、簡易といえども国外にも知らせておらず来賓もない
 このまま任官を許しては我が国の竜騎士の威信は地に落ちるぞ」

「どうしても任官したいというのならばまずは己の力量を示していただきたい」

おのおのが好き好きに発言をする。
彼らの主張の大筋
・戦時下にある状態での指揮能力への疑問
・諸外国に対する威信性の低下

この二点にあった。
だが、無官の者に力量を示せということも無茶な話である。
彼女一人で万を超える軍を相手取れとでも言うのか
この点については道理が通らぬためと祭儀官は異議を却下した。
だが、威信については彼らの言わんとする道理は通る
本来、儀に望み緊急時であっても任官するということであれば外国の使節の一人や二人は招かれているべきであろう
この異議を通し、任官を遅らせることに彼らの狙いはあったのだが……

「いけません、幾らそれが本物だったとしてもお通しするわけには?」

「なんだ?この国は慶事に馳せ参じた使節に斯様な扱いを行うのか?
 ならば仕方ない、本国へ報告ししかるべき対処を取らざるをえぬかな?」

「通しておいたほうが身の為だそれとも戦闘国家と名高い彼の国と戦端を開いた責任を問われてもかなわんだろう?」

紫水晶の間の戸前もなにやら騒がしくなり、そしてしっかりと閉じられたその戸が再び開かれた。
入ってきたのは二人の男性のようだが装束は彼らのものとはまったく異なる
だが、皇帝をはじめそれが異国の正装であるということに気づく。

「あれ?ルイテルさん?モンドさん?ですよね?」

パチリとモンドがアリアンノにウィンクを投げアベルがそのままうなづく
先ほども十分に正装といえる格好であったがそれはあくまで護衛の傭兵としてのもの
今モンドはたくした袴ではなく、すっと筋の入った袴をはきその上半身には裃を身につけ
先ほどまでは長髪を束ねただけの髪型は綺麗に結い上げられている。
腰には無骨な大刀ではなく、礼節として脇差と扇子が差されており
この国の装束からは異質なれども涼やかな気配が感じられる。

対してルイテルはすその長い上位にガウンのような上着を羽織り
頭にはターバンを巻いている。
その装束にはいたるところに金糸による豪奢な刺繍が施されており
彼の胸から下げられた金の首飾りには狼の紋章がかたどられている。
腰には曲刀を帯びており、モンドのシンプルだが上品なこしらえと対象に
鞘から柄まで見事な装飾が施されている。

あっけにとられる貴族や官僚たちを尻目にアリアンノたちの傍で皇帝の前に膝を着き
モンドは普段の口調からは思いも着かない爽やかなよく通る声で口上を述べた

「まずは、今回の慶事の前に遅参の儀をお詫び申し上げまする
 1位騎士カルノー様の任官の儀まことにお喜び申し上げ候、我が国としては今後とも現在と変わらぬ
 いや、いっそうの友誼を深めるためヤパス大元老家が一人 吉村主水 負かりこしましてございます」

大元老の名乗りに当たりがざわつく
だが、それを無視するようにしてルイテルも口上を述べる

「同じく、遅参の不義をお詫び申し上げる
 我がラービャ竜国と狼国の違いはあれどお喜び申し上げる
 過去の大戦より続く友誼を失うことなく今日まで至ったことにいっそうの喜びと
 この機によりいっそうの交流を期待するものでございます。
 私が名乗らぬは失礼かと存じますが続けてラービャとは別に
 ハイルラークの長としても世界の安定のため必要なこととして今後の躍進を期待するものでございます」

ハイルラークの長の単語に更に場がざわつく
その長とは、最高錬金術師であり、世界の護り手たる者を意味する。

「ルイテル・フィゾロフ・フォン・レンテンベルグ
 またの名をラービャ皇帝が兄オルハン・カァディルの名において
 アリアンノ・ド・カルノー侯の竜換の儀しかと見届けたことをこの場に宣言する
 この言葉を聴いて異議を唱えられるものは我が国と一戦交えることをお覚悟願いたい」

「同じく、大元老吉村家 吉村主水!
 国は巻き込めぬともわが一族郎党が海を越えこの地に降り立つことあると覚悟されよ」

こうなっては異議を唱えていたものも引かざるを得なくなる
そして、急なことではあるが外国からの上級使節という扱いを受け臨時に彼らにも席が設けられた。

おつです


途中異議が唱えられまた、他国の慶事使節が乱入するというハプニングはあったが
その後の儀はスムーズに進められた。
祭儀官はこれ以上自分の管轄を荒らされないためにもややあせりは見え、進行は早かったが
それ以外は通常通りのものと代わりがないといって差し支えないだろう

「まったく面白うない!」

控え室に戻った伯爵は荒れていた。ここまで打ってきた手をことごとく砕かれ
開いた戦端の責任を問われ、あまつさえ異議を唱えたもののそれが通らなかった。
すべてが裏目に出ている。
それもこれもすべてあの小娘が悪いのだ。そういった思考に至るまでに時間はかからなかった。

己の屋敷へ戻るまでには彼にはどのように彼女を害するかで頭がいっぱいだった。
公然と排除するのが失敗した今残る手段は暗殺者を投入するしかない。
それも実戦経験のない今しかない。

彼は一度暗殺に失敗している。竜騎を差し向けたにもかかわらず撃退されてしまったのだ。
彼女についている護衛はそれだけ強い。つまり、まずはそれを遠ざけねばならない。
だが、儀が終わった今となっては彼らの契約が切れるであろう事も容易に想像できる。

次の手を打つと決心した矢先に次の問題が彼を襲った。

「やぁ、伯爵随分早くお戻りだったようだな?」

「貴様っ!何のようだ?」

伯爵邸の前に数騎彼を待っていたものがいる
その中で話しかけてきた男に彼は十分すぎるほどの覚えがあった。
ピエール・ドゥ・ラ・アンジュ彼が雇った傭兵はまだ生きていたのだ。
あの兵力差を生き残ったのか伯爵の予定では後方を遮断された彼らは補給部隊ともどもケイステル連合軍が葬ってくれるはずだった。

「いやぁ、急な撤退戦で我々も苦労いたしましたよ。危うく全滅するところだった」

「無事で何よりじゃして、何用か?」

「なぁに、世間知らずの伯爵殿に勉強をしていただきたいと思いまして」

「何だと?」

「我々は善戦した、だが本隊である閣下が撤退したため思わぬ被害を受けた」

「それがどうした?戦うのが傭兵の仕事であろう?」

「あぁ、だがなこれは明確な契約違反だぜ?その分も含めて払ってもらおうか?なぁジャンルイ?」

「えぇ、我々が被った損害と本来請求されるべきだった分あとは契約違反分を含めて7000万フルーといったところでしょうか?」

突如言い渡される法外な金額7000万フルーといえば伯爵家の財産の五分の一を閉める大金だ
すべての策を失ってしまった彼にはとても払える金額ではない。

「ま、待て」

「別に決済はフルーでなくてもかまいませんディー金貨やタル銀貨交じりでもかまいませんよ?」

ジャンルイが伯爵の言葉をさえぎるように伝える

「もっとも、その場合は両替の手間もありますので手数料はいただきますが」

伯爵を支えていた理性が音をたてて崩れ去って行く
何とか交渉をしようにも相手はその姿勢にないのは明白だ。
卑しい傭兵共め……

「ワシはこの国の2位竜騎士伯爵だぞ!そのワシに!」

「関係ねぇな?それにお前は竜伯じゃなくてただの伯爵だろ?
 払えないってぇんなら領地でも差し出すんだな」

「下手に出ておればいい気になりおって!貴様らに払う金なんぞビタ一文ないわ!立ち去れ!」

怒号を発する伯爵に彼らは冷めた目を返すのみだ。
荒くれで勇名を発する彼らにそれは失言だった、はっっと気づいたときには遅きに失した。

「そうかい、お前がその気なら仕方ないコッチはコッチの流儀でやらせてもらおう。傭兵の流儀でな!」

そういうと彼らは馬を駆って立ち去ってしまった。
ない袖は振れぬとあきらめてくれるのならば良かった。
だが、彼らの流儀というのは、伯爵の懸念がまた1つ増えてしまったのはいうまでもない。


「あーやっと終わった」

儀が終わったあとの控え室でモンドは伸びをする。
先ほどまでつけていた裃をはずし、今は楽な姿になっている。

「これで契約は完了というわけだ」

「はい、お二方にはお力を貸していただきありがとうございました」

アベルが笑顔で返す。一方主役であるはずのアリアンノは釈然としない顔をしている

「なんでぇ?何か言いたいことでもあるのか?」

「いえっその……」

「正体を隠していたことについてだまし討ちに感じるかもしれん
 だが、本来はこの仕事には関係のないことだったしな」

「そういうことだ、ところでルイ?」

「なんだ?」

「俺の取り分は?」

「そうだな、とはいえ仕事は完全に終わったわけではない完了報告が先だ」

「そのお話なのですが……」

アベルがいいにくそうに言葉を濁す表情もあまりよくない
金額は確かに莫大なものだ。支払いのことだろうとルイテルも察した
だが、彼の口から放たれた言葉はまた別のものだった。

「仕事はまだ終わらないと思いますよ?いえ、別契約になるかとは思いますが」

アベルの言葉の後そう間をおかずに控えの間の戸が開かれる。
その場にいるのは祭儀官と竜官のフラクレアそれに副宰相フォートリエ卿である。
アベル以外の者はその者たちがどのような立場にあるかしらない

「まったく、契約は儀が終わるまでだったはずだぞ?」

「ここから先はお国とのお話ですので」

「ルイテル・フィゾロフ殿 それにそちらにおられるのはアルティザンの南大路殿とお見受けいたす」

「けっ、俺まで面割れてるのかよ」

「竜の目は千里を見渡す。そなたらがいかように隠そうともな」

「便利なことで」

「で、用向きは?」

「先の今で申し訳ないがもう一度皇帝に謁見願いたい」

「拒否権は?」

「ございませんな」

フォートリエ卿が事務的なまでに冷たい声で即答する
その答えにアベルが二人にウィンクで返し
二人は諦め顔で服装を整えなおす。

身なりを整えなおすと、そのまま4人は部屋を立ち謁見のために用意された別室
柘榴石の間へと通される。
その扉を開けた瞬間から漂う重苦しい空気は彼らが歓迎されざる客であることを示していた。


「よく来た、さぁ掛けたまえ」

最初に声を掛けた人物以外にも皇帝その人だった。
見渡す限りでほかに同席するものは内務卿・外務卿・軍務卿の三長官
他にも実務部隊として各省庁の次官である。

「さて、皆もそろったことだ宰相始めてくれ」

「はっ」

宰相は適宜各長官や次官に状況を確認しながら話を進めた。
内容は主に現在の戦況と今後の戦略それに伴う経済施策についてだ
ただひたすら高官たちが説明を進めている状況で3人はなぜ自分たちが呼ばれたのか
疑問に思い始めていた。

「さて、カルノー元帥」

「は、はいっ!元帥?」

「うむ、正式に家督を継いでいないとはいえ1位騎士であるゆえな
 大元帥とまでは行かずとも元帥の称号は得られよう」

「はぁ……」

「貴殿には先ほど説明した攻勢案の中で北軍の司令官に当たってもらう予定だ」

軍務卿の突然の発言にアリアンノは戸惑う
つい最近まで1学生の身だったのが急に軍の司令官だ
異例も異例の大出世といえよう


「わ、私がですか?」

「何か問題でも?」

「軍務卿流石に急な話であろう?順序で行けば先に家督を継ぐほうが先ではないかね?」

「ですが、事態は急を要します。ヘボンの要塞が半壊している今大規模な攻勢をかけ、
 橋頭堡だけでも確保しておかねばならぬのです。加えて先日の戦闘で少なからぬ損害を与えています。
 時は今味方ではないのです」

「卿の言うことも一理あるが」

「失礼、よろしいかな?」

ルイテルが口を挟む。

「何かな?フィゾロフ殿」

「我々がここに呼ばれた理由をお聞かせ願いたい。お国の重要事項だが
 他国者にここまでのお話を聞かせてしまってもよろしいので?」

「うむ、そうだな貴殿らは今国を離れ何でも屋と名乗っておられるそうだが?」

「殺しや一部の仕事は請け負ってはおりませんがね?時には傭兵の真似事もしたりはしますがまさか……」

「その通り、あなた方を傭兵として雇い入れたい」

「傭兵としてねぇ?ただの傭兵ならいちいちこんな重要な会議に呼ぶこたぁねぇだろ?」

続けざまにモンドが発言する。
彼のいうとおりただの傭兵なら国家の戦略を決める重要なこの場にいる必要はない


「その点については余から話そう」

場の推移を見守っていた皇帝が話しだす。
予想外のその答えにルイテルもモンドも驚くことになる

「フィゾロフ殿 みな……いや吉村殿。異境の守手の力を貸していただきたい」

ここまで、今の話がうまく着地したら再構築して1から書き直す予定です。
本来は続きモノの予定で書いてはいたんですがご了承ください

おつおつ
良いオリジナルもの

おつんつん
この頃オリジナルものは少ないからこういうのはいいね


「異境の守手ねぇ?どこでそんな単語を知ったのか……」

「なんでぇそりゃ?俺達にゃ関係のなさそうな話だなぁルイ」

「隠されずとも結構だ、30年前 あれは先代のころだったか
 フォーツラントにて派遣されたのを余は知っておる」

皇帝は彼らが二の矢を放つ前に頭を抑えた。
切り返すべき言葉もなく二人が黙り込む。

「どこまで知っている?」

「当時最強と名高いフォーツラントの竜騎を含む航空騎兵団を壊滅させたと
 それもたった1隻の船をもって」

ルイテルが諦めた表情になり語りだす。

「1隻ではない、正確には3隻だ護衛も含めてな」

「ふむ、では今回もその力を拝借したい」

「悪いがアレは国家間の戦争のための力じゃない傭兵として俺達が参加するならともかくな」

「ふむ、だが30年前はちがったのだろう?」

「アレにしたって限定戦のみだ状況が違いすぎる
 それに動かすには相当の資金を要する代物だ、何のために俺たちが世界をまわっていると思っている」

ここまで言い放ちルイテルはしまったという表情をする
だが覆水は盆に帰らぬし、吐いたつばは飲めない

「成程、ならば資金を供すればよいととってもよいかの?」

皇帝が笑う、周りにいたものはその舌戦に口を挟めずにいる
勝ち誇った表情でルイテルの言を待つまでもなく言葉を重ねる。

「我が国庫の全力を持って異境の守手を迎え入れよう」


フリンシ帝国の歴史は古く500年を超える
元は一地方領主だった初代皇帝レイモンド・ハーリスは開拓と交易の名手として
今に至るまで語り継がれている。
商家や開拓者の間では神として祀られておりいまだに初代皇帝が発行した初期の貨幣がお守りとしてひろく用いられている
交易商家は銀貨を開拓者は銅貨を用いるのが一般的だが大きな商家や商会になると
金貨や白金貨を家宝のように扱っている。
ゆえにフリンシの皇帝となるものは常に商才の高いものがその位についてきた。

一部の例外はあるが、そのほとんどが優れた交易家である。

例外というのは交易や開拓に長けたものではないということだ。
つまり戦争によって国を富ませたもの。

「成程現皇帝は例外の人になりたいらしいな」

「余や先代が蓄財した国庫に不満があるか?
 例外になることもあろうが、余は両立するぞ?それに使うべきところではしっかりと投資せねばただの死に金じゃ」

「たしかにごもっともだ、よろしいでは商談に入りましょう。所望する戦力は?」

「なかなかどうして話がわかる御仁であるな。ではまず海上戦力から」

皇帝が示した戦力は一般的な数値にしてはあまりにも少なかった。
外国の軍隊である点を考えれば過大ではあるが、1方面の軍を任せるには少なかった。
海上戦力7隻 騎乗兵力を含んだ2個師団と2個旅団相当

つまり、7隻の船と3万に満たない兵力で北部一帯を制圧せよとのことだった
南軍については帝国の全兵力を当てるとも。

「成程、北部だけでいいのか?俺がこの戦争の指導者なら今の兵力で全域を攻略することもできる」

その発言に軍務卿や内務卿は吃驚する。
ケイステルの勢力圏である東フォーツラントやアスパニル地方は手狭な地域ではない。
国境だけでも総延長は1000kmを超える。

「たったそれだけの兵力で攻略できると本気でおっしゃっておられるのか?」

声を上げたのは軍務卿である。
彼の立てた戦術プランでは最低でも必要な師団は25それに加えて海上兵力や航空兵力
補給の負担なども考え工兵隊の編成を考えると期間は2年をくだらない。

「まぁあと1個師団は投入したいところだが予算次第だな、
 それに攻略はできるが占領維持や防衛には手が回らん我々が進んで後詰がしっかりしているのであれば
 彼の国の首都マダルアまで半年とかからないだろう」

「妄想や机上の空論だけではいかようにも話せましょう?
 ならば大マケにマケてあと2個師団分の予算もつけましょうぞただし半年までに首都への道が拓かれなかった場合は一切の報酬を出さぬということでは?」

「よろしいでしょう、ならば4個師団2個旅団兵力にして総計4万5千ほどですね?
 先に申し上げた通り、防衛と占領維持には責任をもてません。その上で滞りなく防衛を行っていただけるとお約束いただけるなら」

「かまいませんとも、別に軸重隊をこちらでご用意いたしましょうか?」

軍務卿は自信満々に返す。想定兵力の1/5で攻略できるほど甘くはない
長年彼らとの戦争を想定した戦略を練っていた彼にはルイテルの発言が妄言にしか聞こえない。

「わかりました、では半年以内に攻略できなければ報酬は結構です。ですがそれよりも早く
 たとえば3ヶ月以内に攻略した場合には別途報酬がいただけるものと期待しております」

「いいでしょう。皇帝陛下今の条件でよろしゅうございますか?」

「阿呆が、乗せられおって……」

皇帝の反応は軍務卿が期待したものとは大きく異なっていた
彼の顔からは先ほどの笑顔は消えうせ怒りの色さえ見える。

「陛下?」

「異境の守手と呼ばれ先の戦役を勝利に導いた者の力を侮るでない
 しかし、出してしまった条件はもう引っ込められそうにもなさそうじゃ」

「ならば報酬のお話に移りましょうか?」



クールニュ伯爵は自邸で荒れていた。
竜騎士にカルノーの人間をつけない策略はことごとくはずれ
更には戦闘の責任を問われ、傭兵にはののしられる。
その上打つ手がない、所謂詰みの状態に陥ってしまった。

そんな彼の様子を見て使用人たちは彼の部屋へ近づこうともしない
ただ一人を除いては。

「今日は随分荒れていらっしゃいますな閣下」

ろうそくの明かりの元一人酒を煽る伯爵に掛かる声
これまで幾度も彼に策を提供し、実行に移してきた男を伯爵は恨めしそうに睨みつける
誰のせいでこうなっているとおもっているのだ
その言葉をぐっと酒と一緒に飲み込み報告を聞く

「何か用か?それとも打つ手もなにもなくなったワシを笑いにきたか?
 貴様もあやつらと同様ワシから離れてゆくのだろう?」

「いえ、打つ手ならまだありますよ閣下?」

「何があるというのだ?ヤツは既にこの帝国の1位騎士だ
 そのうちカルノー侯爵家の家督も継いで正式に第一竜騎師団とこの帝国の軍事を掌握するのだぞ?」

くつくつと抑えたような笑い声が薄暗い部屋の中に響き渡る
侮蔑とも取れるその音に伯爵は声を荒げて問う

「ではどうするというのだ!?まさか貴様笑いに来ただけではあるまい?」

「失礼しました閣下、ですが重要なことをお忘れのようだ」

「なんだと?」

「確かに彼女は1位騎士として任命も任官もされた
 しかし、侯爵家を正式に継いだわけではないんですよ?」

この言葉に伯爵は一気に酔いがさめるとともにすぅっと体温が下がる気がしてきた
体温が下がるとともに頭も冷え酔いが収まった。それと同時に彼の明晰な頭脳が働き始める

確かにアリアンノ・ド・カルノーは1位騎士となった
今日の儀が完了した時点でその事実は動かない
しかし、正式な騎士としての資格は家督を継いだときに完成を見る

「今すぐセルヤへ行け!」

「既に手はずは整っておりますよ閣下」

「貴公を雇ってよかったということか。ただ今度は失敗は許されんぞ?」

「承知しております」

一旦ここまで 調子がよければ追加分を投下できるかも

おつんつん



「では、首都は来年の夏に入る前5月一杯でよろしいかな?」

「おや?それでは半年より一月ほど足が出ませんかな?」

「あいにく異境の守手とて移動や準備に時間がかかります。連絡をして準備をするのに10日ここまで来るのに20日はかかるでしょう」

「成程ならばいたし方ありませんね」

契約をまとめた軍務卿はいやらしい笑みを浮かべる
半年に一月を加えたところで変わらぬのだ。
それに彼の軍が来るころには秋を向かえ直に冬になる。
実質的に使える時間は2ヶ月程度しかないのだ。

だが余裕顔をしているのは軍務卿ただ一人であり報酬の内容を聞かされた後に
財務尚書と内務卿は青ざめた顔をしている。

「それと、それまでの間に帝国軍の編成とあと彼女の家督の件を片付けねばなりますまい」

「うむ、1位騎士として叙任されたとはいえ家督が継げねば意味をなさんな」

「調整のため彼女の実家のセルヤへと向かいます滞りなく終われば軍が到着するまでには間に合うでしょう」

「かしこまりました、その点についてはフラクレア様とブスケ卿を共としてお連れすればよろしいでしょう」

内務卿が了承の旨を返す、報酬の点で圧倒されていたとは言え自身の責務は忘れていないようだ。

会議は日の沈まぬうちには何とか終了した。
だが、ハーリスからセルヤまでおよそ馬車で3日夜盗が出るとは思えぬが
出発は翌朝となるだろう。別段急ぐわけでもないのだ

「さて、今のお気持ちは?元帥閣下」

「からかわないでくださいルイテルさんそれにルイテルさんだって司令官として戦うんでしょう?」

「予定外ではあるけどな、これも商売だしあの皇帝も食えんしな」

「おいおい、ルイ頼むぜぇ?そろそろ本当は戻らにゃならん時期だろうに」

「すぐに戻らなくてもいいさ結局呼ぶんだ」

「そういう話じゃねぇだろうに」

「しかし報酬の虹玉岩と無赤石は魅力的だろう?」

「あんな馬鹿でかい岩となんの魔力もねぇ魔石になんの価値があるってんだ?
 でかすぎて加工ができねぇのとただ珍しいから置かれてるだけで国宝扱いされてる代物じゃねぇか
 あちらさんも厄介払いができてちょうどいいってもんだ」

「そういうな、それに加工なんぞ持って帰れば幾らでもできるだろう?」

「もって帰るのが面倒なんじゃねぇか。素直に金にしておけばいいのによぉ」

二人が遣り合っている最中にノックも無しに突如として扉が開く
息をせき切らして入ってきたのはアベルだ。

「三人とも今すぐ出発する用意を!」

まもなく日も沈む、だがアベルの様子を見ると尋常ではないことは察しがつく
面倒ごとを1つ片付けた後だというのに次は一体何がおこったのか
うんざりしながらもルイテルがたずねる。

「そんなにあわててどうした?もう日も落ちる」

「それが……その……」

「どうした?はっきり言いやがれ」

「伯爵がどうやらセルヤに草を送ったようなんです」


その夜シャルルは上機嫌だった。
帝都からの早馬は彼の娘が無事に儀を終えたことを伝えたのだ
商会での仕事も大口が決まった。
後は彼女に家督を継がせ自身は商会の仕事に専念すればいい
息子に後を継がせて楽隠居することだってできる。
家督さえ継いでしまえばカルノー侯爵家の領地を大々的に経営できる
そうなれば、家陥れた彼らへの法外な支払いなどすぐに元が取れるのだから

「やぁシャルル随分上機嫌だな」

「シャルルの旦那ぁもう一杯どうだい?」

道行く人たちからも声をかけられる、いつものことだが今日に限っては
己と娘のことを祝福しているような錯覚にさせ陥る
今日に限っては浮ついた気持ちを隠さずともよいだろう
そのせいでスリにあっても許せてしまうだろうという気持ちがある。

繁華街から自宅への道すがらの暗闇で一人の男がなにやら探し物をしているようだった

「どうかなさったんですか?」

「えぇ、タバコを吸おうと思ったんですが火がないようでして」

「火ならございますよ、お貸ししましょうか?」

「いやぁ、ありがたいしかし随分上機嫌ですねぇ旦那」

「あぁ、ちょっとないいことがあったんだ」

「へぇそりゃまたどんな?」

「なに娘がね竜騎士に……おっとこれ以上はいけない」

「ほぉってぇと旦那はカルノー紹介の大旦那さんですかい?」

「私なんかが大旦那というほど ふぐっ」

シャルルが上機嫌なまま続きを放つ前、腹部に感じる熱い感覚と強烈な痛みにそれを阻まれる
触ればそこにはぬるりとした暖かい感触
強烈な痛み

「いけませんねぇ、そんな大事なお人がこんな暗がりに一人だなんて。暴漢に襲われたらどうするんです?」

痛みとともに意識が暗闇に飲まれる前に彼が見たのはニヤついた男の口元だった。

やってみたかっただけのおまけ

【次回予告】
やめて!家督を継ぐ前に今の当主を殺されたら
騎士称号をついでも正式に認められなくなってアリアンノが排除されちゃう!
お願い死なないでシャルル!あんたが今ここで死んだら、カルノー家やアリアンノ達はどうなっちゃうの?

まだ死には至ってない。これを耐えれば侯爵家を継げるんだから!

次回、「シャルル 死す」 デュエルスタンバイ!

盛大なフラグやめぃwww

夜陰の中ファラクとフィーアはセルヤへと急ぐ
未だ鞍はない彼らの速度は本来のものではないだろう
それでも馬車で三日かかる距離を縮めるには十分だった。

雲に隠れた月が姿を現し大地を照らし始めたときその影をセルヤの街へ落とす

「早く商館へ」

アベルの叫び声が聞こえる。この時間だとまだ仕事中のはずだ
父も母も未だ商館にいるはずだ、あそこならば大々的には動くこともできないだろう

アリアンノもファラクを急くが彼女の脳裏には目の前に見えている光景と違うものが見える

「お父様?でも、何ここ……寒い……」

「どうしたアリー?どこへ行く!?」

「お兄様達はお母様のところへ!商館にまだいるはずだわ!」

叫び声。ファラクが翼を翻し繁華街へと頭を振る
あまりにも早いその動きにフィーアは対応できない。

「おい、アリー!どういうことだ!」

「そのまま商館へ向かえ、アレは何か"見えた"んだろう」

そのまま空に描かれた影が二つに分かれそれれの軌跡を描く
切り替えしたファラクの翼端からは闇の黒と対照的な航跡雲ができる

「嬢ちゃん無茶するな!」

同乗するモンドは振り落とされそうになるのを何とかしがみつきつつも
彼女を落ち着けるために声をかける。
この神竜と契約してから何かにとらわれたかのように行動することがある
ルイテルならば何か知っているかも知れないと思考を走らせるが今は落ちないことを第一にすべきと
手に再び力をこめた。


――傭兵都市ビィセイユ

夜の帳が下りた中疲れ果てた傭兵たちが街の門をくぐる
門衛は普段よりも数が多いことを気にも留めず今日に限っては時間が過ぎても
彼らを向かいいれる。

ご苦労さん けが人はいないか? 重傷者は?
そんな声があちこちで響き渡り街中では煌々と明かりを炊いて迎え入れる
女たちは夫の帰還を心配しながらも到着した傭兵たちへ粥とパンを運び
けが人は臨時で用意されたテントへと移される

まるでどこかの災害避難所や野戦病院のような有様だ。

戦うことを生業にしている者達にとっては怪我や疲弊は日常茶飯事だ
指揮官が悪ければマトモな補給を得ることさえできないこともある。
今回はその限りではない。
この街の主ピエールを以ってしての結果だ。
小さな傭兵団が壊走や壊滅したのとはわけが違う
直轄傭兵団が敗北したのだみなそう思っている。

居残ったほかの者達や出立した者の伴侶たちは不安げに今は駆け回るしかない
ちらほらと帰ってきた者たちから話は聞けるが
それでも主の姿を確認することができない。
すべてを把握しているのは彼だけなのだ。

「ピエールの旦那だ!」

「よかった!生きていらしたんですね!」

「旦那ぁ!」

門の方向から歓声が沸きあがる姿の見えなかった主が
そして、主力が戻ったのだ。
暗闇で多くは見えぬが、彼が直卒した隊もその数からみてほぼ存命しているだろう。

「よぉ、みんな!今回は割りを食わせちまったな」

笑顔。その一枚で不安げな表情がみな吹き飛ぶ
黄金の一角獣をたたえた旗も落ちることなく戻った。
馬上から皆の様子を伺う彼に皆が集まり大きな輪ができる。
ピエールが下馬した瞬間にかれは地面へと押し倒された。

「あなた!よく無事で」

「おいおいジェネットいきなり飛びつくことはねぇだろ?」

「だって、皆こんな姿で……心配したんですから」

「すまなかった、とりあえずどいてくれこれじゃ立てねぇ」

どっと周囲に笑いが満ち彼の妻――ジェネットは顔を真っ赤にしながら夫を縛っていたからだを動かす
笑顔を崩さぬまま立ち上がったピエールは周囲を見やる
コホンと1つ咳払いをすると声を張り上げた

「今回はヘマしちまった!だがな、ほとんど人死にはでちゃいねぇ」

その言葉に周りがうなづく彼らが帰ってきたことでほとんどの者が帰ったことが確認できるだろう。

「すこし休んだらまた仕事だ!クールニュのアホ伯爵が支払いを渋りやがったんでな
 久々にすき放題できるぞ!乗るやつはいるか?」

大歓声が場を包み、疲労困憊だった表情の者も活力をたたえた顔で
右手を掲げた。




「止めを刺すとしますか」

手に握られた短刀を更に押し込みひねろうとする。
だが、その行為は上空に現れた影に阻まれた

「お父様!」

悲痛な叫びが闇夜に響き渡る。
彼女の父の傍にいた男はその声に反応し逃げるようにその場を立ち去った。

「逃がすかてめぇ!」

モンドが上空から抜きざまに切りつけるもその一撃は空を切る
それをかわし、闇を飛びぬける。

「お父様!そんな、いや返事をして!」

雲間から覗いた月明かりが彼女らを照らし刀に反射した
アリアンノの体をシャルルの血が染めてゆく
それにかまわず、彼女は父の身体を抱きしめた。

「おや?アリーかい?どうしてここに?」

「お兄様がお父様達が襲われるかもしれないって!だから……!だから……!」

泣きながら父の体を抱きしめる彼女を前にパンッと乾いた音が響き渡る

「馬鹿野郎泣いてばっかりじゃねぇてめぇは治療ができるんだろうが!
 ぼやぼやしてねぇでさっさと親父の傷をふさぎやがれ!」

怒鳴り声がさらに静寂に響き渡るがシャルルはそれを手で制する

「いや、良いんだ。もう目が見えなくてね手遅れだよ」

「手前ぇの娘はキッチリ竜騎士になったんだぞ!これから晴れの舞台じゃねぇか!
 それに娘の花嫁姿をみねぇままおっ死ぬつもりか!」

「おっしゃるとおりですが、もう私には時間がないようです
 えっとフィゾロフの……いやアルティザンの……ほうかな?」

「どっちだっていいこれ以上しゃべるな」

「娘を……息子を……かぞ…… ゴフッ」

新たな血が地面を染める
モンドに言われるままに彼女は既に止血を終えている
その様子をみてモンドは何かを決心したように力なく答える。

「わかった、手前ぇの家族はコッチで何とかしてやるアフターサービスだ」

「あぁ……ありが……と……でも、無償……より……高いもの……」

声がかすれてだんだんと聞き取りにくくなってゆく
シャルルは最後の力を振り絞って懐から彼の財布を取り出した。


「アリ……お兄ちゃんと……なかよ……」

「お父様!そんないやよ!パパ!行かないで」

「マリ……アンヌ……とうさ……皇帝……死……」

気づけば返事は無くなるそれを彼女が理解したときには
闇は静寂に戻ることなくただ泣き声だけが響いていた。

更新完了

おつんつん



「マクラールさん!」

商館前に降り立った竜は周囲の人目に付いた。
その主はそのような気にするべくもなく建物の前にいた男性へと駆け寄る
後からついていった彼の随伴者はゆっくりと後を追う

「おや?若さんじゃねぇかどうしたんでぇこんなでかい竜に乗って」

「今はそれどころじゃない!父さんと母さんは?」

「奥方様はそろそろ出てくると思いやすぜ?旦那は今日は商談があるってんで昼から出てます」

「どこに行ったかわかるかい?」

「それはちょいとリシューの野郎に聞くか調べねぇと」

「急いでくれ!」

「一体どうしたんで?」

「訳は後で話すから!」

アベルのあせりようにわけもわからず館内へ駆け込みリシューを彼は探し出した。
途中他の番頭達にも出会うが彼はいない
だんだん騒ぎは大きくなり始めた。

「どうしたの?これは何の騒ぎ?」

「母さん!」

玄関口での騒ぎを聞きつけたのか彼の母が出てくる
珍しく取り戻した息子の姿を見た彼女はまずは両肩を優しくなでるようにして
彼の精神を落ち着けようとした

「アベル落ち着いて。ね?母さんはここにいるでしょう?」

「その、あの……」

「どうやら娘の騎士就任に反対なやからがあんたらに殺し屋を送ったそうだ」

「ルイテルさん!?」

「事実だろう?その情報を持ってきたのは君じゃないか」

母の前で伝えにくかった事実をサラっと告げられた彼は落ち着けた精神をまた動揺させるかのように顔をこわばらせる

「そう……あの人は今日は商談の話をつけて家に帰るはずだし、私も仕事が終わったわ帰りましょう」

マリアンヌは数日前の息子や娘を案じていた頼りない顔とは態度も表情も大きく違う
精一杯の微笑みを作って息子を安心させることしかできなかった。

「おなかすいちゃったわ、貴方達夕食は?」


夕食を終え執務室に戻った伯爵はただひたすら朗報を待つ
昼からの飲酒もあいまってあまりのどを通らなかった夕食の味を思い出せといわれても今はできないだろう
示された打開策は一発逆転の妙手であるがこれが最後の一手だ

「閣下」

きたっ妙手の結果だと伯爵は普段と変わらぬ無表情な声からも自然と思い込む
これが最後の手だ、緊張と恐れを抱えながらも声を搾り出す

「うむ、して?結果は?」

「伝鳥が届きまして実は私もまだ結果を見ておりませぬ」

嫌な演出をする。
こいつはわかっているのだ、この結果がクールニュ伯爵家を
彼自身の栄光か破滅か。生か死かを決める文なのだ

「お読みにならないので?」

手が震える、脂汗が出る。
これまでこのようなことがあろうか?
家を継いで、ここまで漕ぎ着けたついに1位騎士まで昇格の機会を得た
これまでの苦労を水泡に帰すわけには……

「ふっ、ふっー」

「いかがなされましたので?」

ため息が笑い声に変わるまでにそう時間はかからない
このような下品な高笑いなど、彼自身はそう思いはしても止めることはかなわない

頬からは汗が滴り落ちひとしきり笑い終えたあとの彼の体を冷やす

「これからもワシに尽くす事じゃな、この"1位竜騎士"であるワシに!」


――

セルヤの朝 霧が出る港町はまだ暑さが残るといっても薄着では肌寒さを感じる
昨夜の騒動からこのかた反応は三者三様だった
ルイテルは動きがあれば起こしてくれと早々に用意された客室で寝てしまった。
マリアンヌとアベルはそれぞれ主人と父の帰りを待ったが途中
明日に響くといけないとマリアンヌは就寝
結局アベルは一睡もせずに日の出を迎えた。

「なんだ、随分早いな」

「昨夜から一睡もしてませんよ流石に眠れません」

「そうか、なんにせよアイツがついてる後は俺が待つから少しは寝たらどうだ?」

「ありがとうございます、でも眠れそうにもありません」

彼の目の下にははっきりとクマができている
顔色もやや青ざめている昨夜一晩だけの出来事とはいえかなり憔悴している。
今自身の相方と連絡をつける手段もない、待つしかないのだ
ルイテルも彼に続けて書ける言葉が見当たらない。

「奥様!坊っちゃん!」

「どうした?」

屋敷の使用人があわてて飛び込んでくる
アベルはそのあわてた様子を見て重ねてあせりを感じるが体が付いていかない

「エルヴさん?おはようございます」

違う、自分が言いたいのはこんなことではない

「坊ちゃん、それに……誰でもかまいませんとにかく門まできてください!奥様は?」

「多分母さんなら自室で休んでいると思うけど」

そう告げるやいなやエルヴと呼ばれた使用人はあわてて駆けていった
彼らはそのまま門へと向かう。

朝靄に包まれた中門へ近づくと人影が見える
なにやら大きな荷物を掲えているようだ
その正体が近づくごとに見えてゆく。

20m......15m......10mに来たときにはおぼろげだった姿がはっきりと見えてきたころには
アベルは無意識に駆け出していた

「父さん!」

「すまねぇな坊主……間に合わなかった」

「そんな!アンタが付いていながら!フィゾロフ!どうして」

「面目ねぇ」

「で?お前さんがついていったお嬢さんは?」

モンドがあごでさしたその先
もともと体格はいいほうではないがさらにその体を小さくしたアリアンノがいる
うつむいたままで表情は見えない。モンドの袖を掴んだまま彼が動けばそれに応じたままになる。

「おい、坊主親父さんと嬢ちゃんを頼むぜ」

そういうとアベルに歩み寄り彼の父をその腕へとしっかりと受け渡す
受け渡された彼は目に涙を浮かべながらもそれ以上は口をつぐむ
妹は無事なのだ、そのことを思うと彼を攻めたくても攻めきれない
彼女がここにいるのは彼のおかげなのだからと……。

「ルイ親父さんから"仕事"を請けた。お前さんもヤるな?」

「あぁ……」

「悪いが坊主!ちょいとルイと出かけてくるぜ?」

「どこへ?」

声がかかったときには彼ら二人は朝靄の中に消えていた。


――フリンシ帝国 アジェンクゥル地方 クールニュ伯爵領

クールニュ伯爵家の領地といえば豊富な鉱物資源で有名だ。
ビィセイユからのおよそ200kmはなれたかの地に彼らはいた。
徒歩(かち)で騎馬でまたあるものは空騎兵として。

ビィセイユの中身をすべてさらったような数百にも及ぶ傭兵団の群れは
かの広大な地を取り囲む。
豊富な資源と加工品それらを結ぶ巨大な交易路
そのためにこの地は巨万の富を主に約束し、民も栄えている。
伯爵自身も始めは竜騎士称を持たずただの伯爵だった。

彼の父は祖先と違い領地開発に熱心であった。
人が金を有せば次に欲するのは名誉そして長寿である。

父の遺産と潤沢な領地資産を元に彼はさらに地を富ませ強力な兵を養い
そして、先の戦役で竜を操るまでになった。

話は戻るそんな地に無粋な幾万もの傭兵集団が集まってきたのだ。

「さて、俺達の流儀で伯爵閣下から代金を徴収させてもらうとしようか」

強行軍から来る疲労を見せていたほかの者たちも顔色を変えて歓声を上げだす。
彼らの棟梁であるピエールからその歓声の輪は包囲陣全体へ拡散していくさまは波のようだ

「よしジャン全軍に前進命令だ。後は好きにしろ!」

傭兵達の宴が始まった。
元来傭兵は戦がなければただの野盗や山賊だ
暴れ、奪い、盗みそして殺す。いわゆるならず者の塊である。
ビィセイユの傭兵ギルドができたときその事実にどれだけのものが安堵したか
主であるピエール自身も"シェフ殺し"と呼ばれ恐れられた同類だったのだ
その本人がビィセイユという地を得て本来の宴を封印してしまったのだ。

その封印が解かれる。30年来誰も国内では味わうことのなかった
いや、それ以前と比べても錬度や連携が上がった一方的な虐殺が略奪が
クールニュ伯爵領を襲うのだ

「女子供関係ねぇ!殺って、犯って、ヤりまくれ!」




「"仕事"かいつ振りの話だ?」

「さぁな」

いいながらシャルルから預かった財布を出すとその場に中身をぶちまける
小気味のいい金属音を立てて2枚の貨幣がその場に散らばる

「けっ、あのクソ親父随分軽いと思ったら中身はこれかよ」

そういいながらモンドは初期のフリンシ白金貨を一枚取り上げそのまま裾の中へと入れ込んだ
ルイテルもそれに習いもう一枚を拾い上げる

「なんにせよ契約成立だ」

「古くて使うに使えねぇシロモノだがな」

「お守り代わりだ持っとけ」

「へっ持ち主が死んだお守りなんざ縁起でもねぇ」

「ところでルイこいつが誰の持ち物かわかるか?」

モンドがシャルルの命を奪った短剣を取り出す。
紋が切られたそれは儀仗用といっても差し支えない装飾の業物だ

「もったいねぇよなぁ。本当にもったいねぇ」

「確かにいい品だがそれよりも目的地が決まったぞ」


セルヤ―ハーリスを繋ぐ街道を鉄馬が行く蹄の音はせぬが
ひたすら爆音があたりへ響き渡る
朝早いこの時間なら旅人と出会うこともないだろう。
万が一出会ったとしてもこの非現実的な光景を見聞きしたところで与太話と笑い飛ばされるに違いない

ルイテルが鉄馬を操りその隣にモンドが乗る
荒れた道もあるためか多少は上下するものの馬のように視界は上下しない
変わりに景色が前から後ろへ流れるように飛んでゆく

「おい、ルイ!飛ばしすぎじゃねぇか?」

「これでもまだ足りん」

「いってぇどういうことだよ?」

風に押され顔をゆがめ、あるていど走るごとにしりから突上げる衝撃に耐えながらもたずねる
ここに至るまでに"仕事"は請けたがその先がわからんとは間抜けだとルイテルに云われたばかりだ
事実彼はまだ目的地を知らない

「あのデカイのがいただろう?」

「あぁ、金物くったりした妙なやつな」

「あいつは今傭兵達と一緒にクールニュ伯爵領にいるはずだ」

「へぇ?なんでまた?」

「落とし前ってヤツだろうよ?」


町が村がそして城も焼ける……
この光景をみて人は何を思うか絶望かそれとも諦めか
今彼が感じたのはどちらだろうそれともどちらでもないのだろうか

クールニュ伯爵の嫡男――ジョエル・デ・ラ・クールニュは燃え盛る城下を見ながら膝を突く

「何故!どうして!なんでだ!」

叫びはむなしく響き渡りそして城外からの悲鳴と歓声にかき消される

「報告します!暴徒の集団がわが城に向かって進撃中!」

「領内の第二騎兵連隊 竜騎中隊共に連絡を絶ちました!」

「城門前に領民達が避難を求めて殺到しています!」

矢継ぎ早の報告はそれぞれ悲鳴のような声で告げられる
そのすべてが悪い事象を知らせているのだ。

野盗の集団がどこからともなく現れ領内のありとあらゆるものを破壊し始めた
その規模はもはや一個軍団にも当たろうというものだ

「ちっ……父上には連絡はついたのか?」

「はっ、今使いのものをハーリスに出しております竜騎師団の本隊も連絡が行けば2~3日中には到着するでしょう
 ここは篭城策を持って来援を待つのがよろしいかと」

「う、うむっそうじゃな 領民共は下がらせよ下手に城門を開けば奴らに中に入られる」

「ですが、それでは彼らも納得しませんでしょうここは受け入れられては……」

「かまわぬ!動かんものは弩でも魔術でも使って追い払えぃ」

「はっ!」



昼ごろ目を覚ましたクールニュ伯爵は置きぬけの頭の痛さに悩まされながらゆっくりと水を飲み下した。
どうやら昨日呑みすぎたらしい
ひどい二日酔いになったのは何年ぶりだろうか
社交界でも多量の飲酒はあったが一晩眠れば快調だった。

「ワシももうトシか……」

「今日は随分と余裕のあるお目覚めですな閣下」

時間を考えずに出てくる小物
その声が頭に響き寝起きの気だるさもまして苛立ちを覚える。

「何だ貴様か、何の用だ?」

「はっ、昨夜の続報を持ってまいりました」

「ほぅ、今度は内容を見ているようだな?」

出された書面に目を通す。
フッと笑みがこぼれる。いやらしい笑みが

「随分味なまねを」

「父が死んで当の1位騎士も精神をやられ……」

「果たして騎士としての本文が全うできるかということかぁ」

またも高笑いをあげようとするが
頭痛が彼のそれを妨げた。だが、吉報が続けばその痛みも心地よい

そこに血相を変えて彼の執事がやってくる。
普段あわてることのない彼がノックもせずにドアを壊さん勢いで開く

「何だ騒々しい!」

「はっ、旦那様申し訳ありません」

悦に入ったところを邪魔された伯爵は機嫌が悪そうに彼の対応をする
いつの間にか小物は消えていた。

「その……御領地から急使が参りまして」

「歯切れの悪いやつださっさと言わんか!」

「はっ御領地に大量の野盗が出没し大変な被害を被っているとのことでございます」

「何……?して、様子は?」

「はぁそれが急使の者が……そのぉ」

そういうと執事の後を付いてきたのか長身の男が現れる
まだ暑さの残る秋口に不似合いなコートを羽織った男は明らかに異国風情だ

「貴様が急使か?何者だ?」

「ただのメッセンジャーだ何者でもないさ」

「通常は急使であれば家中のものが来るはずだが」

「その家中のとやらは死んだ」

「なにぃ?」

その言をきくや伯爵は壁に立てかけてある剣を抜きメッセンジャーへと突きつける
赤いレンズに刀身が映りこむほどに切先が彼の額へとかかる
だが、その表情は変わらない。

1分ほど動きがないまま3人が固まった。
執事にはそれが永遠の時に思えるかのように

動いたのはメッセンジャーだと名乗った男だ
切先に噛み付いたかと思うとあっという間にその刀身を
柄を噛み砕きのみくだしてゆく

「ふっ、別に俺はかまわん。俺がいなくなれば領地が滅ぶだけだ」

「良い、ならば詳しく話しを聞こう」

「そうか」

一言だけ返すと執事に目をみやる
衝撃的な光景に足が石化したかのようにかれはその場で立ち尽くしていた。
文字通りの開いた口がふさがらない状態で

「よい、下がれ」

「はひっ」

なんとかそれだけ搾り出すとおぼつかない足取りで来た道へ歩みを進める。
様子を見た彼の同僚からは一体何があったのかと皆から心配されるが
その日一日彼はそれ以降の仕事が手に付かなかった。


ルイテルたちがハーリスに到着したころには日もすっかり落ちていた。
周囲はところどころ暗くはあるが未だこの時間でも篝が焚かれ繁華街は活気を見せている。
到着してから彼らはまずは腹ごしらえといわんばかりに露天を覗く。

「こんなところでチンタラしてていいのかい?ルイ?」

「お前の国の言葉に腹が減っては……とあるだろう?」

「そりゃそうだがよぉ」

「それに、話を聞くと件の伯爵閣下の屋敷の出入りが昼から激しくなったらしい」

「ほぉ?一体何があったんでぇ?」

「さぁな」

そういうとパンに肉を挟んだホットドッグのようなモノを口に放り込み
あわせて買った飲み物で流し込む。

「しっかし、出入りが激しいってこたぁ警備も厳しいんだろ?」

「そのあたりはお前の腕次第だな」

「簡便してくれよ……」

「それに相手はまとまっていたほうがやりやすいだろう機会を待つべきか」

夕食時の繁華街は仕事を終えた職人や商店の店員達に混じって傭兵や衛兵達の姿も見える
多くは平民と呼ばれる階級のものだがその中に似つかわしくない服装の男達が触れ板を持って回ってきた。
やや時代がかった服装に鬘をつけた男がその横で大声を張り上げる。

「この場におる腕に覚えのある者どもよ
 我が主パトリック・デ・ラ・クールニュ伯が命により
 貴様ら不定なる者に達す」

「おいおい、随分と尊大で時代がかったもんだななんかの余興か?」

モンドは楊枝で歯に挟まった肉を書き出しながら悪態をついている。

「我が偉大なる伯爵が領地に賊が侵入した。これにあって我が主は
 腕の覚えのあるものを集めよと申され。
 寛大なる我が主平民・他国の流れ者も別することなくと申されり」

口上に驚いていた民衆達も自分には関係のないことだとまた食事や雑談に華を咲かせ始める
その様子を見た彼らはしかめ顔をしながらもさらに続ける。

「貴様ら下賎なるもので、之に当たろうと思しき勇気あるものは明日我が屋敷に参れ」

最後まで聞き終えた二人は目で合図を送りあう

「今晩は宿を取るとしようか」

沈黙を保ったまま静かにモンドは肯首した。

いったんここまで

おつんつん

まっとるでー

そろそろかな

おまたせ!










ふえぇ…うそだよぉ

どうもお待たせして申し訳ありません
作者の制作環境喪失のため打ち切りが濃厚となります

PC入手が間に合えば投下できるかもしれませんが
状況次第で恐らく依頼を出すことになるかと思います

えっ
ほんとうに作者さん?

えー

てす

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