清村くんと杉小路くんとアイドルと (560)
初投稿です。
清村くんと杉小路くんシリーズ×アイドルマスターシンデレラガールズ。
清杉にしてはどちらかというと真面目な話になるかもしれません。
他の土塚作品ともある程度世界観を共有する予定です。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1387636816
第1話 清村くんと杉小路くんが
とある日、俺はスイーツショップを巡りに街に繰り出していた。
平日は朝から夜まで仕事漬けで、とてもじゃないがこんなことをやっている暇なんかない。
貴重な休日は有意義に使わなければならないんだ。
前々から目をつけていた店を食べ歩き、次はどの店に行こうかと考えている途中、俺の目に信じられないものが写った。
それは1年ほど前に駅前にオープンした伝説のスイーツショップ。
いったいなにが伝説なのかというと、まず店長がかなりの気まぐれらしく営業日も営業時間も不定期。
店としてあるまじき姿勢だが、一度この店のスイーツを口にするとそんな批判は二度と言えなくなるという。
表現しようがないほどに絶品であると、雑誌やテレビの特集で何度も見てきた。
今までは数少ない休日で営業日を引き当てることは不可能だと思い込み、半ば諦めていた。
しかし目の前には営業中の看板。ちょうど開店直後なのか客もまばらで並ばなくても簡単に買えそうだった。
今日の俺はツイてる。朝の占いでみずがめ座が一位だったのはきっとこれを表していたんだろう。
これ以上ないほどに高鳴る鼓動を抑えつつ店内に足を踏み入れ、持ち帰り限定のシュークリームを購入。
早くこの甘味を口に運びたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
家に帰ってからゆっくりと味わって食べよう。などと考えているとふと脳裏にトラウマがよぎる。
そうだ。俺がこうやって居ると、いつもその幸せを壊そうと全力を尽くす悪魔が居た。
同じようなパターンで待望のスイーツを台無しにされたことは両手じゃ数えきれないほどにたくさんある。
ヤツの存在をを最大限警戒しながら家路に就くが、いらない心配だったかと気を取り直す。
杉小路は高校を卒業と同時に俺の前から姿を消し、それから一度も会っていない。
安井や蓮間にはたまに会うこともあるが、あいつらも杉小路の行方は知らないという。
あいつにはいつも酷い目に合わされていたが、なんだかんだで居なくなると心にぽっかりと穴が開いたような気分になる。
杉小路が居なければ俺は再びサッカーをやろうなんて思わなかっただろうし、不良である俺を恐れず接してくる数少ない人間でもあった。
今思えば俺はあいつの存在に多少なりとも救われていたような気がする。
いったいどこ行っちまったんだろうな――――――――
そんなことを考えながらさっき買ったシュークリームを口に運ぼうとした瞬間だった。
「ぶぅぅえぇぇぇぇぇ――――――ッ!?」
突如背後から鉄の塊が激突し、身体が宙に投げ出される。
宙を舞いつつう一瞬で状況を整理するがどうやら車に撥ねられたようだった。
さっきまで大切に抱えていた袋も一緒に投げ出され、このままでは中のシュークリームとロールケーキが見るも無残な姿になってしまう。
俺の身体はどうなってもいい。スイーツだけはなんとしても守り抜かねば。
なんとか袋をキャッチしようと空中で手を伸ばすが、俺の想いは届くことなくスイーツはそのまま地面に叩きつけられた。
「あああああああああ俺のスイーツがあああぁぁぁぁぁ!!!!!!???」
撥ねられたことで体中から流血しているがそんなことはどうでもいい。
今はただ、食べられることなく散っていったスイーツが無念でしょうがない。
「大丈夫か、清村!?」
俺を跳ねた車から降りてきたのは忘れもしない、聞き覚えのある声の主だった。
「やっぱりテメェの仕業か杉小路ィ……」
数年ぶりに見た懐かしい顔。
一見こちらを心配するような態度を取っているが顔はあからさまにニヤけている。
「いやーブレーキ踏もうと思ったら間違って全力でアクセル踏んじゃったよ」
こいつはいつもそうだ。俺にどんな甚大な被害を及ぼそうと絶対に悪びれることがない。むしろ楽しんでいる。
「まあ久々に会ったんだからちょっと話そうか」
「俺のスイーツ弁償してから言え」
「しょうがないなぁ。さっき買ったクリームパンやるから機嫌直せよ」
ふざけんな!この俺がそんなことでテメェを許すとでも――――――――
「超美味ぇ」
俺はクリームパンを咀嚼しながら杉小路が運転する車に乗っていた。
完全に気分が晴れたわけではないが、さっきよりはだいぶ気分が落ち着いた。
「そういやお前高校卒業してからどこ行ってたんだ?」
「ちょっとやることがあって忙しかったんだよ」
「せめて連絡のひとつくらいはよこせよ。安井とか結構心配してたんだからな」
「ごめんごめん。今度安井にも連絡入れとくよ」
それから俺達は暫くの間お互いの近況を話し合った。
杉小路の方は色々あったようだが俺は特に何もない。
なんとか就職することは出来たが休日はあまりなく、その休日も今日みたいにスイーツ巡りに出かけるくらいだ。
「そうだ、今日は清村に頼みがあって来たんだよね」
「あん?頼み?」
こいつが俺に頼み事というのは結構珍しい気がする。
どちらかというと俺が頼み込んでいる方だ。理不尽な行為をやめるようにな。
「実は今とある仕事をやってるんだけど、今ちょっと人手が足りなくてね」
「俺に手伝えってか?」
「うん。想像以上に体力がいる仕事だから僕の知り合いだと清村くらいにしか務まりそうにないんだ」
「あー……わりーけどパスな。俺も仕事あるし」
「それは大丈夫!君の職場にはもう辞表出してきたから安心していいよ」
「勝手に何してくれてんのォォォォォ!?選択肢すらねーじゃねーか!」
こいつはやると言えば絶対にやるしやったと言えば本当にやっているような男だ。
仮に俺が辞表を撤回しようとしたところでこいつはあらゆる手段でそれを阻止するだろう。
「さあ僕のところで働くか無職になるか好きに選ぶといいよ」
先ほどの発言は撤回する。選択肢はあった。
答えの確定している選択肢が。
「過ぎたことはもうしょうがねーけどよ、まずお前の仕事って何か教えろよ」
「はいこれ」
杉小路は内ポケットから一枚の名刺を取り出して俺に突きつける。
それを受け取って見てみると、そこには芸能事務所とりごやプロ社長・杉小路高千穂と書かれていた。
「社長ォ!?」
「いやー事務所を構えるのは結構苦労したよ」
「いやいやいやいや」
そういう問題じゃないだろこれ。社長もそうだが芸能事務所て。
「君にはうちの事務所でプロデューサーをやって欲しいんだ」
「待て、順を追って説明しろ。まずなんで芸能事務所なんか開いたんだよ」
「はー……言わなきゃわからないのか君は」
可哀想な奴を見るような目で俺を見るな!
「いいかい清村?今はアイドル戦国時代とも言っていい時代だ」
そういえば職場の奴もよくアイドルがどうこう言ってたなぁ……あんま興味ないから聞き流してたけど。
「今流行りの総選挙でも上位だったアイドルが次の総選挙では下から数えたほうが早かったりする」
まあ確かに、そういう話を聞くこともあった。
「みんながトップアイドルを目指そうと男女問わずしのぎを削るような激しい争いを繰り広げているんだよ」
「それはわかった。でもなんでお前はそんな過酷な世界に飛び込もうと思ったんだよ」
「楽しそうだからさ!」
はいはい知ってた知ってた。眩しいほどの笑顔が鬱陶しい。
こいつの行動原理は基本的に面白さに依存する。俺を苛めるのだって楽しいからだろう。
「まあいいや。つーかプロデューサーって何やんだよ」
「それは追々ね。とりあえずうちの事務所に案内するよ」
事務所ねぇ……。
高校時代サッカー部の部室が破壊された時、こいつが探してきたのはコンビニの跡地だったな。
それもお札が大量に貼られていた上に実際に幽霊が出たいわくつきの物件。
だから正直ほとんどアテにしていない。どうせアパートを改修したようなボロっちい事務所なんだろう。
「着いたよ」
「でけえぇぇぇぇぇ――――――ッ!?」
案内されたのは都心の一等地にある巨大なオフィスビルだった。
まだ出来たばかりなのが外装はかなり綺麗で専用駐車場まで完備されている。
いや待て騙されるな。こういう場合は内装がとんでもなく酷いなんてオチが付き物だ。
「おーい、早く中に入れよ」
「お、おう……」
恐る恐る事務所の中に足を踏み入れてみると、想像していたような劣悪なる環境はなかった。
綺麗すぎて普通とは言い難いが、そこには芸能事務所として恥ずかしくない立派なオフィスが広がっていた。
「レッスン場もあるし汗を流せるシャワー室や仮眠室、談話室に加えて裏手には女子寮もあるぞ」
「俺が住みたいわ!」
不動産には詳しくないが全部合わせたらこんなの余裕で数億円するレベルだろ。
高校時代から思っていたがいったいこいつのどこにこんな資金力があるというのか。
相変わらず謎の多い奴だな。
「つーかさっきから誰も見ないけど今日は休みか?」
事務所を一回り見て回ったが、このビルには俺たち以外には人っ子一人居なかった。
「え?居ないよ」
「は?」
「だから僕達しか居ないんだって。事務員も居ないしアイドルもまだ」
「ハァ!?」
ふざけてんのか?そんなんでどうやって事務所をやっていくって言うんだ。
「本当は他の事務所から有望株引き抜こうと思ってたんだけどちょっとこの建物にお金使いすぎちゃってさ」
「金かけるとこ違うわ!」
芸能人の居ない芸能事務所ってなんだよ……。
こんな立派な事務所だから相当でかい会社でもやってるのかと思ったってのに。
「だからさ、最初の仕事としてとりあえずアイドル探してきてよ。僕も事務員探すから」
「俺の方だけ難易度高すぎじゃね?」
「いいからつべこべ言わずに行ってこい!」
「ぐえぇぇぇぇぇ――――――ッ!?」
杉小路の全力パンチを貰った俺はその勢いで吹っ飛び、事務所のガラスを突き破って落下した。
ああ、こいつに再会することさえなければ、俺は今日平穏で幸せな一日を送ることが出来たのになあ―――――
第1話 清村くんと杉小路くんが 終わり
モバマスが絡むSSなのにアイドルが登場しない前代未聞の1話でしたがここで終了です
書き溜めはしていないので恐らく更新は不定期になると思われますが出来る限り続けるつもりです
トリップ付け忘れ
期待。清杉SSを待っていた。難しいだろうが頑張ってくれ
免許取ったのか、未だに仮免なのかが問題だなww
杉小路くんはあの悪魔と悪い意味で意気投合しそう。
乙です。
期待しかない!清杉好きだけど自分じゃ再現出来る気がしないんだよな。
だから滅茶苦茶期待してます、頑張ってくれ!
>>18
逆にこのデカいビルという餌にチッヒが釣られる可能性
これからは校舎よりも遥かに高いビルに高校生活以上の時間通う事になるのか。
これはもう……
清杉とモバマスとか俺得すぎる
超期待
脳内再生余裕だわ
清村はかな子とかとときんに凄い勢いで迫りそうだな(スイーツ的な意味で)
土塚SSって定期的に立つな
俺得
アイドル達がボケ倒し
清村が怒涛のツッコミを見せる…!
期待してる
第2話 清村くんとサッカー少女
朝、目覚まし時計の音で目が覚める。
普段ならこれから出勤の準備をするのだが、もう前の会社には行かなくていい、というか行けない。
朝から最悪の気分だ。昨日の件を思い出すと、余計に気が重くなってくる。
「クソッ……杉小路のヤロー、簡単に言いやがって……」
だいたいアイドルを探すってどうやりゃいいんだよ。
よくある話みたいに街中を歩いてる奴に手当たり次第声かけるってか?
ダメだ、自分がそんなことやってる姿をまったく想像できねぇ。
俺の顔を見て逃げるってのはまだいい。
室江高校との練習試合の時、道を聞いただけで石をぶつけられるわ
変質者と間違われて流血するまで竹刀でバシバシ叩かれるわで散々だった。
その時のことは今でもよく覚えている。
つっても嫌でもやるしかねーんだよな……。
とりあえず今日は駅前にでも行ってみるか――――――――
「なぁ、ちょっとそこのアンタ」
「ひっ……なんですか……?」
「ちょっとだけでいいから話聞いてほしんだけど、いいか?」
「わ、私お金持ってないですごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
「あ、ちょっと待て!」
クソッ、これで何件目だ?もう数えるのも面倒になってきたぞ。
昼からずっとアイドルに居そうな感じの女に声をかけてみているが、成果はさっぱり得られない。
そのうち3回くらい通報されかけてこっちが逃げる羽目になった。
こういうのは俺より杉小路のが向いてるだろーが。
あいつは何も知らない奴相手なら良い人面出来るんだから騙してでも連れてこれるだろ。
なのに俺に任せるってことはやっぱり俺がこうやって苦戦してるのを見て楽しむのが目的なんだろうな。
わざわざ芸能事務所始めたのだって単純に楽しそうだからじゃなく、
慣れないことをやって苦労する俺を見るのが楽しそうってとこだろうよ。
なんにせよ今日はもう成功する気がしねぇ。
死んでも杉小路には泣きつきたくねーし、こういう話が出来るのはアイツしか居ないな。
「なぁ、蓮間。今日の夜暇か?」
俺はケータイで旧友を呼び出し、飯の約束を取り付けた。
あまり気乗りはしないが、この手のことで一番頼れそうな奴だからな……。
「ぐわははははは!お前そんな楽しそうなことやってんの?マジで?」
「いや楽しくはねーよ。杉小路に面白おかしく弄ばれてるだけだっつーの」
あいつなら俺がこうやって蓮間に頼ることすら見通してそうで正直恐ろしい。
「で、スカウトが成功しねーから俺に相談したいってか?」
「しょうがねーだろ。杉小路はアレだし安井は当てにならんし工藤は論外だからな」
蓮間は杉小路に加勢して俺にイタズラしてくることもあったが、杉小路さえ居なければ俺の知り合いの中では常識人に近い方だ。
あくまで俺の知り合いの中ではってだけだが。
「ふーん。まあいいけど、ここの代金はお前持ちな」
そう来ると思ったぜ。仮にも相談に乗って貰う立場だからまあ割り切るしかねーか。
「そもそもお前さぁ……私服ってナメてんのか?しかもシャツ一枚て」
「んなこと言われてもスーツ持ってないからな」
仕事の時は作業服だったし、スーツを着る習慣なんてなかった。
一応スカウトに行く前に買おうとはしたが自分のサイズに合うものがなくて、特注することになったし。
時間もかかるし金もかかる。経費とか……下りるわけねーよな。
「まあないならないでしょうがないとして、問題はその髪だな」
「髪?」
「染めてるのか脱色してるのかなんだか知らねーけど社会人にもなってそれはねーよ」
この白髪のことか。前の会社じゃ身だしなみなんて緩々だったし問題なかったんだがな。
正直結構気に入ってるし、誰になんと言われようと極力ここは変えたくない。
「一時的にでもいいからせめてヘアスプレーで黒くしとけ。それだけでだいぶ印象変わるぞ」
「そういうもんか?」
「そーいうもんだ。あと名刺も作っとけよ、仮に話聞いてもらえたとして名刺もない奴の話を誰が信じるよ?」
そっちはすっかり忘れてたな。言われてみりゃそりゃそうだと納得する。
「まあ方向性は間違ってないと思うぜ。とにかく根気強く声かけときゃいつかは当たり引くだろ」
その前に警察に捕まらなければいいけどな。今日も通報されそうになったことだし。
「ああ、あと言葉遣いだな……喧嘩売ってるわけじゃねーんだから女の子には優しく、な?」
「わかってる」
昼間のアレはさすがにないなと思い返す。
なんか甘い物でも食べて、精神を落ち着かせてから声をかけたほうが良いかもしれない。
どうにも威圧的になっちまう。俺の悪い癖だ。
「ってゲホッガホッグホッガハッ!テメェ俺の前でタバコ吸うなっていつも言ってんだろーが!」
○ャブもシン○ーもいいがタバコだけは絶対にやめろって昔言ったじゃねーか!
「相談に乗ってやってる立場なんだから我慢しろよ。ホレホレ」
「ざけんな、ぶっ殺すぞ!」
「やれるもんならやってみろよ」
ちくしょう、逆に俺がぶっ殺されそうだ。
俺に向かって煙を吐き出す、ただそれだけで蓮間は優位に立っている。
あ、ダメだ。意識が遠くなってきた……。
高校時代これで1回死んでんのにまた死ぬのかよ。
今度生き返ったら覚えてやがれ――――――――
「なんだよ清村、また失敗か?」
「うるせーな。そんなに言うんならお前が行けよ」
「そんなんじゃ清村のためにならないだろ?スカウトのひとつも出来ないんじゃこの先やっていけないよ」
「本音は?」
「もっと苦戦して、もっと僕を笑顔にしてよ」
「正直すぎんだろ!」
予想はしてたがやっぱりそれが目的だったか。
いったいどうやったらここまで天使のような悪魔の笑顔って言葉が形容できそうなツラが出来るんだ?
「まあまあ、成功したらお祝いにはもやのシュークリーム買ってやるから」
「テメェ……甘い物で釣れば簡単に俺を操縦できると思ってんだろ」
「いらないなら別にいいや。いぬにでもあげるから」
「はいはい俺が悪うございました!食べたいです食べさせてください食わせろ!」
「最初から素直になればいいのに。じゃあ頑張ってスカウトしてきてね」
「行けばいいんだろ行けば!わーったよクソが!」
例え何度生まれ変わろうとも杉小路を出し抜ける気がしねぇ。
いや、一度だけあったか。あの時はまるで俺が悪いみたいな雰囲気になったが。
それにしても、こうも失敗続きだとスカウトする意欲も失せてくる。
近くの公園で息抜きしつつ、昼飯のはちみつミルクパンでも食べながら今後のことを考えよう。
ひとまず状況を整理する。
なんの成果もなかった初日と違ってここ数日は多少なりとも話を聞いてもらえるようになってきた。
その点ではやっぱり蓮間にアドバイスを求めたのは正解だったのかもしれない。
それでも失敗し続けてることには代わりにないんだけどな。
普段使い慣れない頭を精一杯悩ませていると、俺の足元に何かがぶつかってきた。
見慣れた物体だ。白と黒の二十面体、サッカーボール。
転がってきたってことは、蹴った奴が居るってことだよな?
しばらく待ってみるが、ボールの持ち主らしき人物は現れない。
こっちから探してやろうかとも思ったが下手に動きまわる方がまずいか。
しかしこうやってボールを持ってると、体が疼いてしょうがない。
気がつけば俺は頭、肩、胸、膝、身体のありとあらゆる場所を使いながらリフティングをしていた。
久しぶりに触るボールの感覚に夢中になっていたと言ってもいい。時間が経つのも忘れるほどボールと戯れるのが楽しくてしょうがない。
そのうち、俺を注視する子供が居ることに気がついた。もしかしてこのボールの持ち主か?
「これ、お前のボールか?」
「そうだけど……アンタすげーな!あんなにリフティングが上手い奴、オレ初めて見た!」
「一応小学校からやってたから、それなりにはな」
「ふーん。じゃあちょっとオレに付き合ってくれよ」
「別にいいけどよ。お前は仲間とサッカーしてたんじゃないのか?」
「なんだよ、一人でサッカーやってちゃ悪いのか?」
「いや、よくあることだ」
俺もよく一人でサッカーやってたからな。やる気のない部員達のせいで。
だからか、なんだかこの子供に妙な親近感を覚える。
「で、何すんだ?」
「さっきシュートの練習してたんだけどさ、アンタちょっとキーパーやって俺のシュート見てみてくれよ」
「いいぜ。でも俺は子供相手だからって手加減しねーからな」
「いいよ、絶対決めてやる!」
完全に本来の目的を見失っている気もするが、まあいいか。
久しぶりに身体を動かしたい、そんな気分だった。
「くっそー、なんで決まらないんだよ!」
「はっはー。まだまだ回転が甘いな」
「ちぇっ……オレも結構自信あったのになー。アンタ、キーパーやってたのか?」
「主にフォワードだな。でも全部出来るぞ、つーか全部出来ないと話にならなかった」
部員が5人しか居なかったからな。
「えー……もしかして、実はすげー選手だったり?」
「まあ全国大会優勝はしたな……一応……」
我ながら他人ごとのようだが、正直優勝した時の記憶なんか全然ない。
気が付いたら終わっていた。連載も。
「全国優勝!?どこの高校だよ!」
「とりごや高校ってとこだよ。大会記録にも一応残ってるぞ」
そもそも部員が5人で参加出来たのも奇跡なのに、参考記録にならずに正式に記録として残っているのも謎だ。
まあ杉小路がなんか色々やったんだろ、多分な。
「すげー!じゃあオレにサッカー教えてくれよ!」
「わりーけどそんな時間ないんだよ。俺もそこまで暇じゃないからな」
俺にはアイドルを探すという大役がある。そしてはもやのシュークリームを貰わなきゃならんからな。
「なー頼むよ。どうしても見返したい奴らが居るんだよ」
「あーもう話くらい聞いてやるから抱きつくのをやめろ!」
「やだ。離したら逃げるだろ!」
「逃げねーから離れろ鬱陶しいわ!」
「最近学校の連中が冷たいんだよ」
何故俺は見ず知らずの小学生の相談を聞く羽目になっているのか。
むしろ俺が誰かに相談に乗って欲しいくらいだってのに……。
「いつも一緒に遊んでたのにさ、急にオレとはあんまサッカーやりたくないって」
「そりゃひでーな。なんかあったのか?」
「わかんねー……でも多分、あいつらオレが女だからって馬鹿にしてるんだ」
ん?今なんて言った?
「え、何?女?」
「なんだよ、オレが男に見えるのか?」
今の今までずっと男だと思ってたんだが……。
確かに言われてみれば中性的な顔立ちだし、女だと言われればそう見えなくもない。
でも、一人称が”オレ”とか普通は勘違いするだろ。
「だから、オレがもっとサッカー上手くなればまた一緒にできるかもしれないだろ?だから頼むよー」
そう言って俺を逃さないようにしがみついてくる。
つーかこいつマジで女だったとしたらこの構図結構やばくね?
「清村……見損なったよ」
「杉小路!?」
振り返ってみると、まるでゴミでも見るような冷徹な目をした杉小路がそこに立っていた。
「差し入れでも持っていってやろうかと探したらこんなことになってるなんて」
「まて、お前はなにか勘違いしている」
これは誤解以外の何物でもない。話せば分かる。
「いくら女にモテないからって、小学生に手を出すのは犯罪だぞ」
「ちげーよ!これをどう見たらそうなるんだよ!」
「問答無用だァァァァァァァ!!!!」
「ぶべぇ――――――――っ!!?」
どこからか一瞬で取り出した杉小路の釘バットに反応できず、思いっきり顔面をぶん殴られた。
薄れ行く意識の中、俺を心配する少女の声と、いい玩具を見つけたとでも言わんばかりの杉小路の笑顔だけが脳裏に焼きついた――――――――
第2話 清村くんとサッカー少女 終わり
第2話はこれで終わりです。
ノリで始めた清杉SSですがあの独特のセンスを文体で表すのは難しいですね……
特に原作には清村達と女性の会話がほぼ皆無というのが更に難易度に拍車をかけています
乙です。
頑張ってくれ!確か別の高校のマネージャーとちょっと会話したくらいだっけ?
俺得すぎるスレだな
期待してるから頑張ってくれ
乙
川芝さんと熱く語りあったじゃないか(肉体言語で)
ってことで川芝さんも出るよね?
申し訳ありません。体調不良が続いていて更新が滞っております
数日以内には回復すると思うのでその後更新する予定です
お大事に
お大事に
年末年始なんだしあまり無理はしないでな
第3話 清村くんとパートナー
いったいどのくらいの時間意識を失っていたのか。
気が付くと、俺はソファーに寝かされていた。
ここは事務所か?まだ空は明るいし、そこまで寝てたわけじゃなさそうだ。
「あ、気が付いたか!」
俺が起き上がったことに気付いたのか、さっき会った子供が駆け寄ってくる。
「あー痛ェ……なんか回復力弱ったか?」
単純に俺が衰えたのか、久しぶりの杉小路の攻撃についていけていないのか……。
「いや、アレだけ出血してたのにもう治ってる時点でおかしいと思うけど……」
それを言うな。あんな奴とまともに付きあおうと思ったら、人間のひとつやふたつやめてないと出来ねーよ。
「あ、生きてた」
まるで俺が起きる瞬間を見計らっていたかのように、缶コーヒーを手にした杉小路がドアを開けて入ってきた。
「杉小路テメェ……殺されてーのか」
「感謝しろよ清村。その子が看病してくれなかったら死んでたかもしれないぞ」
「原因はお前だけどなァ!」
この数日間で俺のストレスは尋常じゃないことになっている。
杉小路と再会してから、穏やかで平和な生活はすっかりどこかへ行ってしまった。
「まあまあ落ち着いてよ」
落ち着いていられるかよ!
お前のせいで伝説のスイーツは食いそびれるわ仕事は辞めさせられるわビルから落ちるわ釘バットで殴られるわで散々だっつーの!
「とりあえず、君はそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「え、オレ?」
おい、俺は無視か。
「もうすぐ日が暮れるよ。小学生なら門限くらいあるでしょ?」
「まあ一応……」
「だよね。じゃあ清村、その子を家まで送っていってあげなよ」
「ハァ?なんで俺が……」
「僕はまだやることが残ってるから。それにスカウトの一つもできないんだからそのくらいの役には立てよ」
クソッ……ムカつくけど一理あるから言い返せねぇ……。
「わーったよ。送ってきゃいいんだろ?」
「えー?いいじゃん。もうちょっとだけでいいから遊ぼうぜ」
「やだよ。遅くまで女子小学生と遊んでる成人男性とか完全に変質者じゃねーか」
さっきもそれで杉小路に殴られたからな。
アイツの場合は完全にわかってた上での凶行だが。
「ちぇっ、わかったよ。今日は十分遊んだしそれでいいや」
「うし、じゃあ行くぞ」
「あ、ちょっと待って。これ一緒に持って行ってよ」
そう言って杉小路が俺に手渡したのは、一通の封筒だった。
「なんだよこれ」
口が閉じてあって、中に何か入っているのは明らかだった。
ただの封筒のはずなのに、杉小路から渡された代物というだけで警戒してしまう。
「別に変なものじゃないよ。ただ別れ際にあの子に渡してくれればいいから」
「渡すだけでいいのか?」
「正確には親に渡すように言い含めて、だね」
「ああ、わかった」
腑に落ちない点はあるが、無理やり納得することにした。
杉小路は俺に対しては悪逆無道の限りを尽くすが、誰かれ構わず害を及ぼそうとするような奴ではない。
そういう点ではこいつを信頼している。これを信頼と言っていいのかは謎だが。
「おーい。行くんじゃなかったのか?さっきから二人でこそこそ何やってんだよ」
「わりぃ、今行く。んじゃな」
「頑張ってこいよ」
「何をだよ」
杉小路はそれ以上何も言わなかった。
俺は様子のおかしい杉小路に疑問を覚えつつも、サッカー少女を連れて事務所を後にした――――――――
薄暗くなった夕焼け空を背景に、俺達は雑談を交えながら歩いていた。
内容は主にサッカーに関すること。プレイについてだとか、全国優勝のときのことだとか、好きな選手だとか。
俺はだんだん、サッカー少女と会話するのが楽しくなってきていた。
だって仕方ないだろ、高校時代からまともにサッカーの話出来る奴なんか居なかったんだから。
そして、ふと気がついた。
「なぁ、そういやお前の名前聞いてなかったな」
「ん……そういやそうだっけ。晴、結城晴だよ」
「俺は清村緒乃だ」
「知ってる。さっきの奴に聞いたから」
俺が寝てる間にってことか?
まあそうでなくてもあれだけ俺の名前を連呼してたらわかるか。
「なー清村。明日もまたサッカーやろうぜ」
呼び捨てかよ。まあ別に呼び方なんてどうだっていいんだが。
「無理だ。仕事がある」
さすがにこれ以上スカウト業をおろそかにするのはまずい。あんまり長引くと杉小路に何されるかわからん。
「仕事って、何の仕事してんの?さっきのは会社?」
「一応芸能事務所っていうか、アイドルのプロデューサーやってる」
「へー。じゃあさ、オレでも知ってるようなアイドルとか居る?」
居るわけがない。そもそも一人も所属してないんだから。
「いや……出来たばっかだからまだ誰も居ない」
「なんだよそれ、芸能事務所なのに誰も居ないって……」
そりゃまあ普通はそういう感想になるよな。俺だってそうだった。
「だから今探してるとこなんだよ。昼間に公園に居たのはその息抜きみたいなもんだ」
それからしばらく、俺はここ数日のスカウト業の進歩のなさについて愚痴っていた。
小学生に仕事のことを愚痴るって、傍から見たら相当アレな人間かもしれんが。
「ふーん……大変なんだな……」
ああ大変だよ、凄くな。早くアイドル候補生を探して、この重圧から開放されたいもんだ。
ん……?ちょっと待て。俺はもしかして、何か見落としをしていないか?
そうだ。アイドルだからって別に女子高生や女子大生である必要はない。
そう思い直して、俺の隣を歩く少女を見て考える。
可愛いとか美人だとか今まで生きてきてそういったことを意識したことは殆どないが、
少なくともこの少女、結城晴は俺から見れば十分すぎるくらい合格ラインに達していた。
男と見間違えたのだって中性的な顔立ちが原因だし、女受けするアイドルってことでいけるんじゃないか?
名前は覚えてないが、確かそういう感じの路線で売ってる有名アイドルが居たような気がする。
本人にやる気があるかどうかが最大の問題だが、声をかけない手はないだろう。
「お前、アイドルやってみないか?」
「オレ?やだよ。そもそもアイドルってガラじゃないだろ」
速攻で拒否。わかってはいたけどな。
だけど、俺もただで引き下がるつもりはない。
「そうか。じゃあ残念だが、お前にサッカー教えるのは無理だな」
「なんだよそれ!?」
「俺には仕事があるからサッカーで遊んでるような時間はあまりない。さっきも言ったな?」
「いや、言ってたけどさ……」
「だがお前がアイドルやってくれるってのなら、俺はプロデューサーとして一緒に居る機会も増える」
ここまで言うと、だんだんと俺が言いたいことが飲み込めてきたらしい。
「そうすりゃ仕事の合間とか、暇な時間に付き合ってやることは出来るぞ」
「う……確かに悪くない話だけど……でもオレがアイドルってやっぱ想像できねーよ」
そりゃそうだろうな。
急にアイドルにならないか、なんて言われて現実味が湧く奴なんか居ないだろう。
「ま、少しでも興味があるなら考えといてくれ」
「多分やらないだろうけど、考えるだけな!」
とりあえずそれでいい。
たったこれだけの話でも、今まで声をかけてきた奴らよりは格段に好感触だ。
「あ、ここがうちだよ」
そうこうしているうちに、目的地に辿り着いたらしい。
「……一応挨拶とかしといた方がいいか」
話しながら歩いていたせいか、小学生が帰るにしては若干遅い時間になってしまっていた。
「あー……いーよ別に。親父は仕事だし、兄貴達も部活の時間だから誰も居ないって」
「そうか?それなら別にいいんだが」
用も済んだし帰ろうと踵を返そうとした瞬間、忘れていたもう一つの用事に気が付いた。
「忘れてた。これ、お前の親父にでも渡しといてくれ」
「なんだこれ?封筒?」
「俺にもわからん。杉小路から頼まれた物だからな」
「ふーん……わかった。渡しとくよ」
これで本当に用事も済んだ。
「じゃあ俺は帰るけど、気が向いたら事務所に来てくれ」
「ああ、じゃーな清村!」
「おう」
後は運を天に任せるだけか。
これで決まってくれれば、言うことないんだけどな――――――――
「まさかオレがアイドルやることになるなんて……」
後日、結城晴はめでたくうちのプロダクションと契約を結ぶことが決まった。
と言っても完全な本人の意思というわけじゃなく、元々娘をアイドルにしたがっていた親父さんが勝手に応募したらしい。
あの時杉小路から渡された封筒。
その中に契約書類やら何やら色々入っていたらしく、それが決め手になったそうだった。
「結局、俺はまたお前の手のひらで踊らされてたってわけかよ」
「別にそんなことないんじゃない?本当に嫌なら断るだろうし、最終的には清村が説得したからでしょ」
「そうか……?」
普通ならフォローして貰っているように感じるんだろうが、
こいつの場合だと体裁よく言いくるめられているだけのような気がする。
「なんにせよ、これでようやく出発点に立ったってところか」
こうやって芸能界に引きずり込んでしまった以上、俺が責任をもって預からなきゃならない。
これから色々やらなきゃならないことがあるが、その前に――――――――
「これからよろしく頼むぜ、結城」
「晴でいいよ。みんなそう呼んでるし」
「じゃあ……よろしく頼む、晴」
基本的に誰でも苗字呼びな俺にとっては下の名前で呼ぶのはどうも慣れない。
でも本人がそう呼んでくれって言ってるんだから、そうすることにしよう。
「にしても杉小路……お前も同じことを考えてたとはな」
「ん?なんのこと?」
「あの封筒のことだよ。お前はあの時点で晴をスカウトしたいって思ってたんだろ?」
「あー……あれね……」
杉小路は、思い出したかのように語りだした。
「いやー、なんか清村に似た感じの子だったからさ」
「似た感じだぁ?」
「弄りがいがあって面白そうだよね……ああ、コレカラガタノシミダナァ……」
怖っ!
ケタケタと笑う杉小路を見て、俺はとんでもないことをしてしまったんじゃないかと気が付いた。
すまん、晴。俺はお前を俺と同じ茨の道に引きずり込んじまったかもしれん――――――――
第3話 清村くんとパートナー 終わり
前の投稿から一週間近く経ってしまいましたが3話はこれで終わりです。
何事もないときは3日に1回くらいのペースで投稿出来ればいいですね……。
杉小路は女性には絶対物理攻撃はしないでしょうが精神攻撃はやりそうな気がしました。
(アカン)
乙
杉小路が思う弄りがいのあるアイドルって誰だろうな
ウサミンはどうだ
>>74
今後登場するかどうかはともかく、幸子、みく、菜々さん辺りは杉小路に弄ばれている姿が想像できます
何故かキュートに偏ってますが……
キュートは弄られキャラがあふれてるからしゃーない
ほぼ全員杉小路の餌食になりそうだ…
杉小路と一緒に清村をいじるアイドルを想像しよう
楓さんなら掴み所なさすぎて杉小路でも難しそう
年上の余裕で清村もからかわれそう
蘭子と飛鳥なんか杉小路の格好の的だろう
とりあえず新キャラは杉小路の前に出したらダメだな滅茶苦茶にされる(精神的に)
別に直接杉小路から弄られるだけが清杉じゃないさ
謎な行動で困惑させたり無邪気に毒吐くよう仕込んだりあらぬ疑いを被せてみたり
やりようはいくらでもある
とにかく嬲れ
清村を。
第4話 清村くんと発明品
晴をアイドルとしてスカウトしてから、一週間が経った。
当然のことながら、暫くの間はアイドルとして最低限の実力を身に付けるためにレッスン漬けになるらしい。
そして俺も、プロデューサーに必要な素養を磨こうと、らしくもない読書に勤しんでいる。
俺が今読んでいるこの『完全プロデューサーマニュアル』とかいう本には、
杉小路曰くプロデューサーとしてやっていくために必要な知識が全て記されているらしい。
絶対に本屋では売ってないようなこんなモノをどこから持ってきたのかは謎だが、いつものことだから気にしないことにした。
普段読書なんかしない俺には難解な本だが、それでもなんとか少しずつ読み解いている。
それと平行して、更なるアイドルを探すためのスカウト業もまた新たに始めていた。
さすがにまだ人数が足りなさすぎるということで、こっちの方は当分続けなければならない仕事になりそうだった。
とはいえこの一週間、事務所としてまったく進歩がなかったわけじゃない。
杉小路が連れてきた新しい仲間が3人、このとりごやプロに入社している。
「よう、レッスンは順調か?」
俺は読書に一区切りを付け、事務所内にあるレッスン場へと足を運んでいた。
タイミング良く休憩中だったらしく、晴ともう一人の人物はベンチに座って水分補給をしている。
「アイドルって大変なんだな……レッスンがこんなに辛いとは思わなかったぜ……」
相当疲れているのか、息も絶え絶えだ。
「でも晴ちゃんは凄いですよ!まだ始めたばっかりなのにこんなハードなメニューもこなしちゃうなんて!」
晴は同年代と比べて体力があるらしく、その分キツイ練習を積まされているらしい。
その結果がこれだ。連日これだけ疲れるとさすがにそこまで気力はないのか、サッカーで遊ぼうなどとは言ってこない。
そして俺の目の前に居る人物こそが杉小路が連れてきた人材の一人だった。
自称”ルーキートレーナー”を名乗り、まだ経験は浅いそうだが優秀な姉達とともに修行を積んだらしく指導の自信はあるらしい。
ここにはちょくちょく顔を出しているが、素人目とはいえ十分に仕事をこなしているように見えるし、特に問題はなさそうだった。
ただ、それとは別の問題で俺はひとつだけこの人物に対して不安を抱えていた。
この女、杉小路が連れてきた人間にしてはまともすぎる―――――――――
あまりにも一般人過ぎて実は何かとんでもない爆弾でも抱えてるんじゃないかと考えてしまう。
俺が心の中でこんなことを考えていると知ったらどんな顔をするだろうか……。
いや、これが人間のあるべき姿なんだ。
だが、そこに杉小路というフィルターを通すとどんな人間でも裏があるように思えてしまう。
ハッ……さては、あえてまともな人材を取り込むことで俺を困惑させる作戦か、杉小路のヤロー!
正常な判断力を失い暴走しかけていた俺は既のところで自我を取り戻し、
指導の邪魔にならないようにとレッスン場を飛び出した。
今の俺はどうかしていた。慣れない読書で頭を使って疲れたせいか。
気分転換に外出がてらスカウトにでも出るかと思った矢先、ケータイに一通のメールが届いた。
『用事があるから研究室に来い』
メールの内容はたったこれだけ。送り主は直前まで俺の頭を悩ませていた杉小路。
無視してやりたい気持ちでいっぱいだったが、行かなかったら後々面倒なことになるのは確実だった。
行っても面倒なことになる?そんなことは知ってる。
さっそくエレベーターに乗り、目的地の地下研究室へと向かう。
一般的な事務所には到底ありえない部屋だが、何故かこの事務所にはある。
というか、未だ俺の知らない場所が存在する上に見取り図にすらない部屋すらあった。
そのひとつがここ、地下研究室だ。
「……俺に何の用だ?」
俺を待ち受けていたのは、個人的要注意人物三人組。
一人はもちろん杉小路。残りは、新しく入社した3人のうちの2人だ。
「ちょっと新しく栄養ドリンクを作ってみたんですけど、飲んで頂けませんか?」
「芸能事務所で何故そんなものを作る必要がある!?」
「もしこれが成功すれば莫大な利権を手にできますよ?」
この女、千川ちひろは確実にヤバい―――――
出会った瞬間から俺の中の危険信号が全身を駆け巡り、警報を鳴らしていた。
見た目こそ物腰柔らかだがその実かなり腹黒い性格をしている。
杉小路がこの事務所の危険人物No.1ならば、No.2は確実にこの女だろう。
「お前らが作ったものとか怖くて飲めねーよ!」
「酷い言い草だな。晶葉ちゃんが寝る間も惜しんで作ってくれたのに」
「心配するな。こっちの方面は専門外だったが天才の私にかかれば出来ないものなどない!」
そして最後の一人がこいつ、俺は博士と呼んでいるが、本名は池袋晶葉という名の少女。
科学者としてだけではなく、アイドルも兼任している。
杉小路の口先にそそのかれたらしく世に自分の才能をしらしめるためと、ロボットの研究資金の捻出に入社を決めたらしい。
科学者としての腕はいいそうだが今の問題はそこじゃない。
この3人が結託していること、この状況が何より一番不味い。
「助手、とりあえずこっちのスタミナドリンクを先に飲んでみてくれ」
「なんで俺が飲まなきゃなんねーんだよ。お前らが先に飲めよ」
「僕達はもう飲んだよ、だから次は君の番ね」
うわーキラキラ目を輝かせやがって嘘くせぇ。絶対飲んでないだろこいつら。
「まあまあ、騙されたと思って一本飲んでみてくださいよ」
やっぱり来なきゃ良かった……。
しょうがねぇ。俺も男だ、腹くくって飲んでやるよ。
「……どうだ?」
博士が若干不安そうに俺の顔を覗きこんでくるが、意外なことになんともない。
いや、むしろ疲労感が急速に薄れていってる気さえする。
「馴染む、実に馴染むぞ!フハハハハハハ!」
不思議なくらいに身体が軽い。
試しにその辺に転がっていた本を全力で投げてみるが、それが壁に叩きつけられることはなかった。
何故なら、俺が一瞬で回りこんでキャッチしたからだ。
「すげえ……なんて軽さだ。まるで自分がいなくなっちまったみたいだ」
身体が高校時代にまで若返ったようにさえ感じる。
「ちょっと効きすぎたね」
「効きすぎましたね」
「効きすぎたな」
「当たり前だァ――ッ!」
たった1本飲んだだけでこれとかどんな栄養ドリンクだよ、こんなもの絶対市販できねーだろ。
「もうちょっと成分を薄くしないとな……」
「で、これ何が入ってんだよ。むしろ何が入ってたらこうなるんだよ」
幸いにも害はなかったが確実に普通じゃないものが入ってるだろこれ。
「清村さんの遺伝子ですよ」
「は?」
「僕はずっと考えていたんだ、何故清村があんなに超常的な回復力を持っているのか」
杉小路が大袈裟に演説を始めた。
「研究の結果、その源は君の遺伝子にあった。だからこれを何かに利用できないかなーって」
「で、結果がこのドリンクだってか?」
「うん」
「人の遺伝子で勝手に何してくれてんだよッ!」
道理で俺の身体に馴染むはずだっつーの!
つーかそんなものを売ろうとしてたのかこいつらは……。
「まあ正確には助手の遺伝子に似た成分を作っただけだ。ちょっと強すぎたみたいだがな」
ああそうなのか、ちょっと安心した。
ってどっちにしろ勝手に俺の身体研究されてたことには変わりねーじゃねーか!
「次はこのエナジードリンクを飲んでみてください」
「まさかこれも俺の遺伝子がどうこう言うんじゃねーだろうな?」
「違うよ。これはまた別に研究・配合したものだから」
「まず効果を教えろ」
「スタドリと違って精神的な疲れを癒やすはずだよ。おまけに魔力(マテリアル・パワー)も回復する優れ物だ!」
「作品ちげーよ!」
これマテリアル・パズルじゃねーから!
つーか”はず”って、自分が先に飲んだって設定もう忘れてるなこいつ。
「まあいい、ここまで来たら飲んでやる」
もうどうにでもなれと思いつつ、ぐいっと一気に飲み干した。
「ん?おー……」
さっきのドリンクとは違い、頭が冴え渡ってくるような爽快感がある。
確かに精神的な疲れに効くらしい。読書で疲れた心も癒やされた気分だ。
「どうやらこっちは成功したようだな」
「……納得はいかねーが礼は言っとくぜ」
完全に実験台にされたようなものだったが実際このドリンクのおかげで疲れが吹っ飛んだ。
博士はやっぱり天才科学者らしい。ああ……杉小路さえ関わっていなければまっとうな科学者になれただろうに……。
「前座はこれで終わりだね。じゃあ本題に入ろうか」
なんだよ、まだ何かあんのか?
「清村、僕の渡した本がなかなか読み進めなくて困ってないかい?」
「ああ……正直辛いがあのドリンクのおかげでなんとか頑張れそうだぜ」
「実はあの本の内容を簡単に覚える方法があるんだ」
「そんな方法があるのか!?」
そんなものがあるなら早く教えろ!今までの苦労は何だったんだよ。
「晶葉ちゃんに頼んで作ってもらった複写装置を使えば一発さ!」
杉小路がそう言うと、千川と博士が奥の方から巨大な謎の機械を引っ張り出してきた。
「なんだよこれ、どうやって使うんだ」
「簡単だ。その本をこの装置に読み込ませて、助手の頭に情報を記憶させる」
「そんなことが出来るのか?」
「天才の私に不可能はない!」
正直胡散臭いというか、不安だがドリンクはちゃんと効果あったしな……。
博士を信じてやってみるとするか。成功すれば楽に内容を覚えられるし。
「じゃあ早速やりましょう。ここに座ってください」
千川に促されるまま、俺は装置の座席に座った。
そうすると頭に色々とよくわからない装置をセットされたが、これも機械の一部なんだろう。
「あとは本をセットしてデータを写して……よし、OKだ」
「もしダメだったらまたエナドリ飲ませてやるから安心しろよ」
「は?」
「実はまだ実験段階なんですよね、これ」
「もしかしたら精神に悪影響が出るかもしれないから先にエナドリを開発したんだけど、上手くいってよかったよ」
「ふざけんなァ――ッ!んなこと言われたらやめるに決まってんだろ!」
くそ、早く枷を外してこの装置から逃れなければ。
って枷が外れねぇ……どうなってんだこれ!
「あ、それ一度セットしたら終わるまで外れないから」
「そういう大事なことは先に言え――ッ!テメーら後で覚悟は出来てんだろーな!」
「終わった後にもその元気があったら覚えててやるよ。じゃあ押すぞ」
「止めろ――ッ!その機械のスイッチを押させるなッ!」
頼む。博士、千川!俺を救ってくれ!
「いいや!限界だ押すね!今だッ!」
俺の叫びも虚しく響き渡り、ついに杉小路の手によって装置が起動される。
「ぎゃああああああああああああああ頭が割れるううううううう!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
尋常じゃないほどの頭痛が俺を襲う。頭のなかに大量の情報を流し込まれている感覚が気持ち悪い。
「あれ、失敗ですか?」
「いや……苦しんではいるが情報はちゃんと流れているようだ」
「じゃあ成功だね。気が向いたら迎えに来るから」
「あばばばばばばばばばばば」
それから先のことは、あまり覚えてないし思い出したくない。
ただひとつ言えることは、この三人が揃ってしまった場合関わってはいけないということだ。
「清村……大丈夫か?」
「おかげさまでな……さすがに死ぬかと思ったぜ……」
結局、装置の起動が止まってもあの3人が迎えに来ることはなかった。
レッスンが終わって俺を探しに来た晴が、廊下で倒れている俺を見つけてくれたらしい。
今はズタズタにされた精神を癒やすためにエナドリを大量に飲んでいるところだ。
「うーん。やっぱりあの装置、清村以外には使えなさそうだね」
「一般人にやったら確実に脳死してしまうな。助手が優秀でよかったよ」
あれだけのことをしておいて悪びれないこいつらが恐ろしい。
「あ、清村さんが飲んでるそれ、あとで請求書回しておきますから」
「金取んの!?」
こいつらを表現するには、鬼や悪魔などという形容じゃ生ぬるい……。
晴とトレーナーだけが、今のこの事務所での俺の心の清涼剤らしい――――――――
第4話 清村くんと発明品 終わり
日付は変わってしまいましたがあけましておめでとうございます。
今日は休みだったので一気に話を仕上げました。
清村の前途多難は今後も続きそうですね……。
これもうアイドル軍団太刀打ちできないだろwwwwww
やっぱりちひろは畜生じゃないか(呆れ)
清杉的に考えると日常回をやるだけやってトップアイドルまでの道がすっ飛びそうだな
乙乙、雰囲気出てるなぁ
もうルキトレちゃんも裏がある気がしてならない……ww
>>105
まあ今回は禁じ手(原作であったネタの二番煎じ)に手を出してしまってますから……
書いてる時はこれ清杉である必要ないんじゃないか?と思ってしまいます
しかし清村がアイドルに言い寄られてる姿は想像できんな
杉小路よりは常識人だが優しいわけでもないし
スイーツと2択なら絶対にスイーツを取るような男だ
>>107
かな子とかとときんとかにはメッチャ優しくしそうだけどな
スイーツ一つで言うこと聞いちゃうからな
どう考えても割に合わないだろうってシリアスなお願いを
「仕方ねぇな、シュークリーム一個奢れよ」で苦労しながら解決しちゃったら
清村の中では順当な報酬だったとしても、相手は勘違いしておかしくない
清村は顔は悪くないからな
むしろ連載進むごとにイケメンになってる
ただ性格と行動と杉小路が全てを台無しにしている
なんでやスイーツに負けるだけやろ!
スイーツの美味しさに感動してたら
店員からはマズ過ぎて声も出ないくらい怒ってる
って解釈される程度には強面だからねちかたないね
今日投稿しようと思っていましたがちょっと無理そうなので
明日か、遅くとも明後日には投稿する予定です。
ああ……ミスってトリップが……
ということで次からこっちに変えます
第5話 清村くんと和菓子
腹が減った。
もう間もなく夕暮れ時だというのに、仕事はまったく終わる気配がない。
朝からずっと作業に精を出していても、書類の山は半分減ったかどうかというくらいだ。
本来なら事務処理は事務員である千川の仕事だが今日は公休で居ない。
杉小路も今日は一度事務所に顔を出したきりで、俺に書類の山を押し付けると別の仕事があると言い残して出て行ってしまった。
晴はもちろん、博士やトレーナーにもこんなことを手伝わせるわけにもいかず、結局自分で処理することになった。
力仕事が本分の俺にとってデスクワークの経験なんてほとんどない。
そんな俺がこんな作業をするのだから、当然他の誰かがやるより遥かに時間がかかる。
結果、俺は昼飯も食わずに事務所に缶詰め状態となっていた。
さすがにそろそろ何か食いに行くか……。
どうせ今日中に帰れそうにないなら、いまさら時間を気にしてもしょうがない。
何を食うかはまだ決めていないがそれは歩きながら考えることにしよう―――――――――
目的のコンビニを見つけて入店した俺は、雑誌コーナーで立ち読みしている少女に目を奪われた。
透き通るような白い肌にパッチリとした大きな目。100人に聞いたら99人は美少女に分類するだろう。
前に複写装置で頭の中に『完全プロデューサーマニュアル』の内容を書き込まれたからか、
俺は一目見ただけでアイドルとして成功しそうな女を見分けることが出来るようになっていた。
無理やり与えられた能力だけに正直言って自分でも気持ち悪いと感じる。ただ、悔しいが仕事をする分には便利だ。
とはいえ、それによってスカウトが成功するかというとまた別の話になる。
何せ、未だにうちの事務所のアイドルは晴と博士の2人だけなんだからな。
そういうことで、普段の俺ならスカウトしていただろうがあいにく今は営業モードじゃない。
髪の色はそのままで服装も上着を脱いでワイシャツ一枚の状態。おまけに名刺もスーツの上着の内ポケットに入っているから今はない。
こんな状態でスカウトしても成功するはずがないので心惜しいが大人しく諦めるとする。
そのままプリンとシュークリームを買って、書類の山が待つ事務所へと帰った。
「あー疲れた……」
スイーツで英気を養い地道に事務処理の続きをこなしていった結果、書類も残すところあと1枚の所まで来ていた。
しかしここで完全に集中力が切れ、再び休憩を挟むことに決める。
またさっきのコンビニに行って糖分を補給しなければ。今度は甘いココアでも飲もう。
そうして再び気分転換に向かった俺は、信じられないものを目にした。
コンビニ前に設置されたベンチに気だるげに座るさっきの色白の少女。
なんでまだ居るんだ?まさかあれからずっとここに居たのか。
見た目は高校生くらいに見えるし、既に0時を回っていることを考えるとこの状況は明らかに普通じゃない。
単に家に帰りたくないだけなのか完全に家出少女なのかは知らないが、どっちにしろこんな時間に女一人で出歩くのは不味いだろう。
こういう奴に関わるのは面倒だが、忠告くらいはしてやるか。
「お前さっきからここで何してんだ?この辺は不良も多いし危険だぜ」
俺も散々学生時代に喧嘩してきたからわかる。この辺りの治安はとてもじゃないが良いとは言えない。
「不良ってお兄さんみたいな人?」
「ぐっ……」
そうだった。今の俺は見た目だけならチンピラに見られてもおかしくない。
やっぱり声なんか掛けなかった方がよかったかもしれん。
「あたし帰る場所ないもん。お金もないし」
「あっそう……一応忠告はしたぞ。じゃあな」
これは本格的に関わったら面倒なパターンだな。さっさと立ち去ろう。
「えっ!?ちょっ、そこは話を聞いて助けてくれるって展開じゃないの!?」
うわーめんどくせぇ。こんな奴と関わるんじゃなかった。
「うわーめんどくせぇ。こんな奴と関わるんじゃなかった。」
「心の声漏れてるよ」
「で、なんで帰る場所がないんだよ」
仕方ないからちょっとくらいは話を聞いてやることに決めた。
「ちょっと親と喧嘩しちゃってね……それで気まずいっていうか」
「だから家出したのか?」
「いや、働く気がないなら出てけって追い出されただけ」
「帰るわ」
くだらなさすぎて付き合ってられん。
「あ、ちょっと待ってよ!お兄さんはこんないたいけな少女を見捨てるつもりなの?」
「うるせーよ!俺に助けて欲しけりゃ何かスイーツでもよこせ!」
俺の舌はさっきから甘味を欲している。こんな奴とはさっさと別れて、美味しいココアが飲みたかった。
「スイーツ?和菓子とか?」
「まあな」
「それなら今は無理だけどそのうちたくさん食べさせてあげるよ。あたし和菓子屋の娘だし」
「ちょっとその話詳しく聞かせてもらおうかな!」
お菓子職人はみんな等しく尊敬に値する存在だ。
その娘だというのだから将来は恐らく後を継ぐことことだろう。丁重にお相手しなければ。
「露骨に態度変わったね」
それからしばらくの間、俺はこの少女の話を聞いていた。
どうやらこのままこのまま和菓子屋の看板娘に収まるのが嫌だったらしく、それに反発して喧嘩したらしい。
「なんでだよ、実家が和菓子屋とか最高じゃねーか」
俺が和菓子屋の息子だったら甘いものに囲まれて幸せだったかもしれない。
と言っても食う専門で作る方にはたいして興味はないが。
「別に嫌いなわけじゃないんだよ。ただ、まだ継ぎたくなかったってだけ」
「何か他にやりたいことでもあんのか?」
「別にないよー。だから追い出されたんだけどね」
と言っているが、話を聞いてる限りは追い出されたというよりは喧嘩したことで自分から出てきたらしい。
「じゃあさっさと帰っとけ。今頃親も心配してるだろ」
「わかってるよ。今はこうでもいずれは家を継ぐだろうなってのは思ってるし」
こういう奴は単純に帰れ、と言われて帰るタイプではなさそうだ。
そうじゃなきゃ地元が京都にあるのにわざわざ東京の方まで出てきたりはしないだろう。
「で、結果が金欠か……」
「あははー、そうだね。もうアテもないからどうしようかって考えてたとこ」
京都からこっちに来るのは交通費だけでも相当かかる。
貯金も食費や宿泊費などでたった数日で使い果たしてしまったそうだ。
「仕方ねぇ……。今日一日だけならなんとかしてやる」
「ホント?」
「ああ。ただしさっき言った和菓子の件は忘れるなよ!」
「あー、うん。覚えとく」
本当に本当だろうな?
今まで散々こういった件で杉小路に騙されてきたが今回の俺はスイーツのように甘くはないぞ。
「えっ……何このおっきいビル……」
「俺の職場だよ。ここに泊めてやる」
さすがに知らない女を俺の家に泊める訳にはいかないからな。
「勝手に部外者が入って大丈夫なの?」
「別に大丈夫だろ。そんな厳しいとこでもねーし」
社長からして好き放題やっているし、この程度のことでとやかく言われる筋合いはない。
それにここならシャワーもあるし仮眠室もあるし、住もうと思えば普通に住める設計になっている。
「シャワーありがと。洗濯機まで貸してもらっちゃって」
「気にすんな。どうせ俺のもんじゃねーし好きに使え」
「こんな大きいところで働いてるってことは、お兄さん結構凄い人だったんだね」
「そうでもねーよ。あとお兄さんはやめろ、俺は清村緒乃だ」
「あたしは塩見周子だよ。で、結局清村さんって何してる人なの?」
「芸能事務所のプロデューサーだ。仕事内容はまあ……色々だな」
今回のように事務処理に追われることもあれば営業に行くこともあるし、スカウト業もある。
肩書こそ見栄えが良いように見えるが実際のところ雑用と言った方が近い。
「えー?やっぱり凄いんじゃん」
「凄いのはこのビルだけだ。見た目は良いが中身は伴ってねぇ」
見た目こそ業界最大級だが実際のところは創立してからまだ1ヶ月も立っていない。
仕事もなければ人も足りない。相変わらず先行きの見えない状況だった。
「ふーん……まあなんでもいいや。おかげであたしはこうやって助かってるしね」
「ああ、そういやそのことでちょっと話がある」
「ん?何?」
「お前はこれからどうする気だ?さっきも言ったがこうやってこの事務所を使わせてやれるのは今日だけだ」
今日はたまたま俺が残業で職場に居るからいいが、この先もこれを続けることは出来ない。
「どうしよっかなー……。また清村さんみたいな人に助けてもらえるまでうろつくかな?」
いくらなんでも都合の良すぎる考えだ。
こんな生活を続けようと思ったら、いずれ痛い目を見るのがオチだろう。
「お前に住む場所を提供してやることは出来る。お前さえ良ければだがな」
「え、マジ?」
「ただし条件がある」
「じょ、条件?」
「アイドルになってくれれればいい。うちには女子寮もあるしな」
そう、俺は一番初めに塩見を見た時点でスカウトしたいと思っていた。
紆余曲折あってここまで脱線していたが、ここに来てようやく目的が果たせた。
さて、どういう返答が来るか……。
「え、そんなことでいいの?」
「あっさりだなおい!」
「あたしがアイドルってのは想像出来ないけど、そんなんでいいなら別にいーよ?」
断られることを覚悟していただけに、あっさり決まったことに拍子抜けしてしまった。
「条件って言うからもっと凄いこと想像してたもん。俺の女になれとか」
「んなこと言わねーよ!」
どんな外道だよ。いくら世間から不良扱いされてたとはいえ、俺にだって分別くらいはある。
「まあいい……。ただひとつ問題があってな……」
塩見の置かれた状況から考えるに、これがかなり困難な問題になりそうだった。
「なーに?」
「契約するには両親の同意が必要ってことだ」
「あー……。お母さんはいいけどお父さん堅物だからなぁ……」
「会うのは別にいいのか?」
「うん。別に両親が嫌いなわけじゃないし、まだ看板娘になりたくないってだけだからね」
喧嘩したから気まずいと言っていただけに予想外だった。
これなら思ったよりは楽に契約にこぎつけるかもしれない。
「話は聞かせてもらったよ、清村」
「杉小路!?」
いったいいつから居たというのか、回転椅子に座ったままくるりと回ってこちらに姿を表した。
「え、誰?」
「あいつは杉小路隆千穂、ああ見えてここの社長だ……」
ついでに付け加えておくとするなら、奴は人間を超越した何かだということだ。
「若っ!」
そりゃそうだ、誰が見たって同じ反応をするだろう。
「明後日から連休だろ?旅行がてらみんなで京都に行こうか。もちろん僕の車で」
「やだよ」
「スケジュールの心配ならしなくていいよ。調整しておくから」
そういう問題じゃねぇ!未だ仮免のこいつの車でそんな遠出とか怖くてできるか!
俺だけならまだしもそれ以外の人間も乗るってことをわかってんのかこいつは。
「そういうことだからよろしくね塩見さん!それじゃ僕はこれで」
一方的に言いたいことだけ言って嵐のように去って行ってしまった。
相変わらずあいつは人の話を聞こうともしない。
「……なんか、凄い人だね」
「この先、あいつに振り回される覚悟はしておいた方がいいぞ……」
生半可な気持ちじゃまず精神が持たないからな―――――――――
あれから3日後、俺達は現在京都に居る。
どんな悲惨な目に遭うのかと覚悟していたが、意外なことに道中は何事も無く無事に到着。
アイドルになるための同意を貰いに塩見の実家へと向かうと、俺も同席して家族会議が行われた。
その結果、何もせずにフラフラしているよりは良いと何とか許可をもらい、翌日に至る。
そして今、俺は塩見の実家の和菓子を味わって食べている。
親父さんに娘をよろしく頼むと告げられ、その時に貰ったものだ。
「うちのお菓子美味しい?」
「ああ。最高だこれ世界一美味ぇーな」
一般的には和菓子といえば中高年向けというイメージがあるが俺はどうも納得出来ない。
日本人である以上和の安らぎは必要だ。それを忘れてはいけない。
「研究の息抜きに来てみたが……たまにはこういうのも悪くないな!」
インドア派の博士も歳相応にはしゃいでいる。
ずっとあれなら楽でいいんだがな……。事あるごとに俺を実験台に使うのはやめてくれ。
「兄貴達のお土産買わなきゃな……清村、ちょっと付き合ってくれよ」
「ああ、いいぜ」
「私もお姉ちゃんたちに何か買っていこうかなぁ……」
今回の遠出には晴とトレーナーも同行している。
晴はずっとレッスン漬けだったし、それに付き合う方も良い息抜きになったんじゃないか。
そう考えると杉小路の提案は悪くないものだったかもしれない。
ちなみに千川も同行しているので事務所総出ということになる。
今回の旅行代は経費で落ちるという話に惹かれたらしい。
知り合いから頼まれた京都でしか買えないものを代行し、手数料を貰うとか何とか言っていた。
その商才と金儲けへの執念には恐れ入る。
「そろそろ帰った方がよくねぇか?」
「そうだね。これ以上長引くと遅くなりすぎちゃうし」
しかしそれにしてもみんなずいぶん色々買ったな……。
これ、車に入りきるのか?
「ダメそうですね。どれだけ詰めてもあと一人分の座席は無理ですよ」
俺以外の全員が乗車したところでやはり問題が発生する。
「買い過ぎなんだよ……なんか捨ててこうぜ」
「いや、その心配はいらないよ。はいこれ」
「あ?なんだこれ」
「見ればわかるだろ。自転車だよ」
「んなことは知っとるわ!こんなもん俺に渡してどうするっつーんだ!」
まさかとは思うが……デジャヴを感じる。
「清村さんはそれで帰ってきてくださいね。あ、荷物はこちらで預かっておきますので」
「じゃーね。清村」
「おいコラ待ちやがれぇぇーーーーーー!!!」
俺の静止も聞かずに杉小路のワゴン車は颯爽と走りだしていった。
ちくしょう。平和的に終われるかと思ったのにやっぱりこうなるのかよッ!
ふざけやがって、絶対テメーらより早く帰ってやるからな―――――――――
第5話 清村くんと和菓子 終わり
そして俺は結局、近くにあったチェーンの牛丼屋で腹を満たした。
味はそれほどでもないが量が多く何より安い。
今日のようなことがまたあるのなら、今後も頻繁に利用することになりそうだ。
しかし、ひとまず空腹は満たされたとはいえデスクワークによる精神的な疲れは未だ残る。
こういう時には甘いものが一番だ。エナドリでもいいが、それだと物足りなさが残ってしまう。
コンビニにでも寄って、適当にスイーツを見繕って買うとしよう。
さすがに職人が作るものに比べたら劣るとはいえ、最近のコンビニスイーツは侮れないものがあるからな。
確かここまで来る途中に一軒あったはずだ。とりあえずそこでいい。
乙
さすがに杉小路は期待を裏切らないな…
乙
杉小路って清村とドライブする時と一人で乗ってる時しか危険な運転してないんだよな
杉は清村いないと動けない子だからなあ
一輪車で下校してたりするけど
清村が和菓子好きなのは知ってるけど本編で食べてた記憶がない
結局まくらだったしな
ヤマさんは! ヤマさんは出ないんですか!?
第6話 清村くんと真剣勝負
今日の外回りを終わらせ、事務所に帰ってきた俺は千川の事務作業を手伝っていた。
相変わらず苦手分野だが、たった一人しか居ない事務員に全ての書類を押し付ける訳にはいかない。
やはりこの事務所はまだまだ人員不足と言える状況にある。
「すいません。手伝ってもらっちゃって」
「気にすんな。一人より二人のが早く終わるだろ」
俺の作業量は千川の半分にも満たないが、それでも何もしないよりはマシだろう。
その甲斐あってか、もう少し頑張れば完全に片付くというところまで来ている。
それさえ終わればこのあとは特に予定もないし、またスカウト業にでも出かけるか。
それにしても、だ。
こうやって仕事をしてる時は普通なんだよな、千川って。
普段の性格がアレなだけに物凄いギャップを感じる。
というか、いつの間にかナチュラルに呼び捨てにしてしまっているが、実際のところ何歳なんだろうか。
見た感じは俺とそう変わらないように見える。恐らく20代前半ってところだろう。
しかし一切の経歴が不明なこの女のことだから、案外結構歳食ってたりしてな。
「今何か私に対して失礼な事を考えませんでしたか?」
その言葉と同時に強烈な悪寒が俺を襲う。
「べ、別に何も考えてねーよ」
「そうですか?それならいいんですけど」
やっぱりこえーよこの女。当然のように俺の思考を読んできやがった。
そして一瞬だけ見せたあの殺気、只者じゃねぇ。
杉小路同様にあんまり深く関わろうとしないほうがいいな。さっさと目の前の書類を片付けちまおう。
それから30分ほど経っただろうか。
最後の一枚を片付けると、肩の荷が下りたような開放的な気分になった。
「あーやっと終わった……」
「お疲れ様です。私は別の作業に移りますけど、清村さんは?」
「俺は他に特に予定ないからな。またスカウトにでも行ってくる」
椅子に掛けていたスーツの上着を手に取り、事務室を出ようとした瞬間―――――。
俺がドアノブに手をかけるよりも早く、外側から扉が開かれた。
「あ、清村。仕事終わったのか?」
突然の来訪者は、俺がプロデュースを手がけるアイドルの一人、結城晴だった。
「事務処理はな。これからまた出かけるところだ」
「えー?久々にサッカー誘おうと思ってたのに」
そういや結局アイドルにスカウトする前にたった1回やったきりだったな。
暇があれば付き合うとは約束したが、あいにく今の俺はそこまで暇ではない。
「悪いな。また今度付き合ってやるよ」
「ちぇっ。せっかく着替えてきたのに」
手にはボールも抱えている。完全にその気で俺を訪ねてきたんだろう。
レッスンで疲れてるだろうに、そこまでサッカーやりたいんだなこいつは。
そう考えるとちょっとくらい付き合ってやりたくなるが、しかしな……。
「いいんじゃないですか?付き合ってあげても」
心の中で葛藤していると、見透かしたように千川が割って入ってくる。
「余裕がありゃいいんだが、スカウトの仕事が思うように進んでないからな……」
「まあ確かにそれは重大な問題ですけど、アイドルのモチベーション管理も仕事のうちだと思いますよ?」
まあ言われてみりゃそうだな。
特にここ数日は仕事優先であんまり構ってやることも出来なかったし、今日くらいはいいか。
「わーったよ。いいぜ、サッカーやるか」
「やりぃ!じゃあ先にいつもの公園で待ってるからな!」
「おう。すぐ行く」
そう告げると、晴は颯爽と走っていった。
さて、俺も動きやすい服に着替えるとするか――――――――――
「くっそー。今度こそ、今度こそ絶対に1本取ってやるからな!」
「ほーう。決めれるもんなら決めてみろ」
晴の動きはレッスンでの疲れを感じさせないほどに激しかった。
ちょっと前はサッカーする気力も起きないほどヘトヘトだったってのに、成長するもんだな。
「いっけぇぇぇぇーーーッ!」
渾身のシュートを、難なく片手で受け止める。
元々女子小学生と成人男性の勝負。どうやったって負けるはずがない。
大人げないと思うかもしれんが、仮に手加減して負けてやっても晴はいい顔しないだろう。
「まだまだだな」
「ちくしょー。何がダメなんだろう……」
まあ強いて言うなら体力差だろうな。こればっかりはどうにもならん。
俺の両手両足に重りを付けてやっとハンデになるってところか。そこまでやっても負ける気はしねーけどな。
それからしばらく、俺は晴のシュート特訓に付き合っていた。
というかそれくらいしかやることがない。俺がキッカーで晴がキーパーなんて真似、危なくて出来やしないからな。
いや、その気になればその場から一歩も動かさずシュートを決めることだって出来るが、そんなことをやっても楽しくない。
こうやって一緒にサッカーやってるのは楽しいが、思う存分動けないだけに若干不完全燃焼気味ではある。
「やーやー二人とも、楽しそうだね」
そんな俺達のもとに現れたのは、よく見知った二人だった。
「杉小路……と周子じゃねーか。何か用か?」
最初の頃は塩見と呼んでいたが、本人に周子で良いと言われ、今は呼び方を改めている。
「おなかすいたーん。ご飯食べにいこ?」
「そういや、もうそろそろ飯時か」
公園の時計を見ると、短針はもうすぐ6時を示すところだった。
少し早い気もするが俺も腹が減った。頃合いとしてはちょうどいいだろう。
「晴はどうする?お前もなんか食いに行くか?」
「オレも行く。せっかく門限なくなったし」
アイドルの仕事をするにあたって、晴の両親からきちんとその辺の許可を得ている。
もちろん、俺が付き添っている場合という条件付きだが。
「そういやさ、二人は同じサッカー部だったんだろ?」
「そうだね。懐かしいなぁ、全国優勝に向けて血の滲むような練習の日々だったよ」
「いや、そんな記憶は断じてない」
俺は文字通り血の滲むような思いで日々を過ごしていたが、こいつはほぼ遊んでいただけだ。
他の部員も似たようなもんで、あとはよくわからん動物達。思い出しただけで涙が出てきそうだぜ。
「それならさ、飯食いに行く前にちょっとだけ二人の勝負見せてくれよ、な!」
「勝負?」
「へぇ、面白いね。食事前のいい運動になりそうだし、いいよ」
「別にいいけどよ、ルールはどうすんだ?」
「じゃあボールを中心に置いて僕はあっちに、清村はこっちに決めれば勝ちってことでいいんじゃない?」
ちょうどいいことに、この運動公園にはサッカーゴールがふたつ設置されている。
たまに近所の学生なんかも遊び場として使っているそうだ。
「上等だ。受けて立ってやろうじゃねーか」
勝敗の条件は至ってシンプル。わかりやすくていい。
「清村、負けんなよ!」
「清村さん頑張れー」
言われなくても負けるつもりなんざねーよ。
「アウェーだなぁ……。晶葉ちゃんとちひろさんが居たら僕を応援してくれたかな?」
「さあな。腹減ったし、さっさとやろーぜ」
「そうだね。じゃあ始めようか」
審判とスタートの合図は晴にやってもらうことになった。
俺と杉小路はボールが置いてある中心位置からお互いに同じくらい離れた距離で制止する。
こうやってこいつと対決するのも久しぶりのことだ。
久しぶりに思いっきり身体を動かせるってのもあって心臓の鼓動が高鳴る。
負けるつもりはねぇ……が、こいつも簡単に勝たせてはくれないだろうな。
「じゃあ位置について、よーいスタート!」
「スタート!」
晴と、何故か頼んでもいない周子がスタートの合図を出してくれた。
その掛け声と同時に、全速力でボールがある地点まで突っ走る。
それは杉小路も同じだ。二人しか居ない勝負だけに、開始早々ボールの奪い合いが始まる。
こいつはどう動いてくる?フェイントをかけてくるか、それともあえてストレートに突っ込んでくるか。
あっちも同じことを考えているはずだ。考えろ、あいつが取ってきそうな手段を。
事故と見せかけての足払い、これだ!
「なっ!?」
「甘いぜ杉小路、それは残像だ」
一瞬、誰もが杉小路の足払いに引っかかって俺が転ばされたと思っただろう。
実際には引っかかっていない。残像を残しておき、その一瞬の隙を突いて杉小路の背後に回った。
「これで終わりだぁーッ!」
背後からの飛び回し蹴り。
杉小路にこの攻撃を避ける手段はなく、完璧にヒットしたかのように見えた。
「馬鹿なッ!?」
俺の攻撃が当たったはずの杉小路は霧消し、その場から姿を消す。
「その程度の攻撃、僕が読んでいないとでも思ったのかい?」
先ほど俺がやったように、今度は俺の背後を取りやがった。
「くっ……」
すぐに奴の正面へと向き直り、ひとまず距離を取った。
やっぱり小細工なんか通用しねーな、こいつには。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」
正々堂々と力比べだ。
拳打が乱れ飛び、お互いの攻撃が相殺される。
このままじゃ埒が明かないと判断したのか、杉小路は俺から距離を取って空高く舞い上がった。
「波ぁーーーーーーッ!」
ただ間合いを取っただけかと思いきや、一瞬で巨大なエネルギー弾を作り、俺に向かって放ってくる。
「しまった!?」
この状況では回避は出来ない。もしこれが地面に当たってしまえば、この辺り一帯は荒野へと変化するだろう。
避けようがない攻撃――――――やっぱり頭脳戦では奴が一歩上を行くか。
だが、こっちもタダで喰らってやるつもりはない。
「だぁーーーーーッ!」
「気合で僕のエネルギー弾を打ち消した!?」
避けようがないなら他の方法を取るまでだ。
パワーなら俺に分がある。この程度の攻撃じゃ俺にダメージなんか与えられない。
「やるね、清村。昔よりずっと強くなった」
「お前もな。ここまでやるとは思わなかったぜ」
久しぶりの血沸き肉踊る戦いに興奮を抑えきれない。
次が俺の全力だ。次の一撃で、全てを終わらせてやる。
杉小路もそのつもりらしく、力を溜めている。
「かーめーはーめー……」
「いくぜ!マテリアル・パズル……!」
「お前らサッカーしろーーーーーーッ!」
結局、この戦いに決着が付くことはなかった。
この後すっかり機嫌を損ねてしまった晴に謝り倒したのは、また別の話になる――――――――――――
第6話 清村くんと真剣勝負 終わり
ずいぶん遅れてしまいましたが第6話はこれで終わりです。
時間はかかっても失踪せずひっそりやっていければいいなと思ってます。
サッカーしろwwwwwwww
乙
おつおつ
読み返したくなるな
乙
いつもの清杉の日常ですね
どっちがかめはめ波でどっちがマテリアル・パズル?
麻婆豆腐は魔法じゃない
清村は3
と思ったが杉小路もギャリック砲そっくりなの打つか
ていうか途中からサッカーしてない事に違和感を感じなかったwww
しかしこのスレの住人は偉いな 誰一人文句を言わず黙って>>1を待っている
神無を数年待っているだけはある
乙乙
いたっていつも通りの清杉だな
清村と杉小路の戦闘力は女神の三十指の上位ランカーくらいらしい
確かゼロクロイツに書いてあった
清村はチョーと同じくらいだったなww
>>177
すいません。
誰をいつどうやって出そうかってことを考えると難しいんですよね。ただでさえたくさんキャラが居ますし
一度話が決まってしまえばスラスラ書けるんですけど
失踪するつもりだけはないので気長に待っていただけると幸いです
じーんにーくまーん!
清杉また再開しないかな
第7話 清村くんと魔王
「やっぱり事務員はもう一人くらい必要だろ」
「うーん、まだ大丈夫でしょ。僕も今度から事務作業手伝うからさ」
「そうか?まあそこまで切羽詰まってるわけでもないしな」
俺は今、杉小路とのミーティングの最中だった。
とは言ってもそんなに本格的に行っているわけではなく、これからの方針をまとめる程度の簡単なものだ。
本当に真面目な話なら、千川も交えた社員全員で討論することになっているだろう。
果たしてこのメンツでまともに議論が進むかという疑念は置いといて。
「アイドルももう少し頭数揃えたいね。ライブやったりすることを考えたら、最低でも5人は欲しいよ」
「暇あったらスカウト行ってるんだが、やっぱりなかなか上手くいかんな」
俺がここまで自分でスカウトしたのは晴と周子の2人だ。
この2人も熱心なスカウト活動の成果とは言い難く、偶然そういう流れになったというのが大きい。
「あ、言ってなかったけど明日からアイドル一人来るから」
突然、まるで思い出したかのようにサラッと爆弾発言を投げかけてきた。
「は?またお前が連れてきたのか?」
「いや、一応前々から募集はかけてたんだけど、最近やっとひとりオーディション受けに来た子が居てね」
そんなことやってたなんて聞いてねーぞ。
それ以前にこんな得体の知れない芸能事務所にオーディションを受けに来るってのも変な話だが。
「だからちひろさんと一緒に面接して決めたんだよ」
「おいおい、そんなことあったんなら報告しろよ。いきなり過ぎるぞ」
「ごめんごめん。忘れてたんだよ」
「まあいい。で、採用したってことは素質を感じたってことなのか?」
「うん。面白……じゃなくて、ちょっと変わってるけどいい子だったよ」
その台詞を聞いたせいで不安で不安でしょうがなくなったぞ。
どっちにしろこいつと千川が目を付けたって時点でまともな奴が来るとは思っていないが。
「まあそういうことだからよろしく頼むよ」
「ああ、わかった」
今のうちにしっかりと心の準備を整えておこう。
鬼が出るか蛇が出るか、せめてこいつみたいなタイプじゃなければいいんだがな……。
「おい、清村ぁーーー!」
不意に、事務室の扉が勢い良く開け放たれた。
「ノックくらいしろよ。一応会議中だぞ」
「そんなことはどうでもいい!なんだよこれ!」
晴は先ほど俺が手渡した衣装を着ていた。
今はまだ必要のないものだが、近いうちに営業やライブで着ることになるだろう。
「何って……お前の衣装だろ?」
「これのどこがカッコいい衣装なんだよ!」
確かに、お世辞にもカッコいいとは言い難いし、むしろ可愛い衣装に分類される。
どうせならカッコいい感じでプロデュースしてほしいと希望していた晴が反発するのも無理は無い。
「良いじゃねーか、似合ってるぞ。大丈夫だお前なら可愛い路線でも売っていける」
「……さっきから食べてるそのロールケーキはなんだよ?」
「これは別に関係ないだろ。ただ杉小路から貰っただけだ」
そう、俺は貰ったから食べているだけに過ぎない。
「清村……お前、買収されやがったな……」
人聞きの悪い事を言う奴だな。
確かに俺は最初、本人の希望通りカッコいいイメージで衣装を用意しようと思ったが、
社長である杉小路の鶴の一声でこの衣装に決まったんだ。
一介のプロデューサーに過ぎない俺が社長に逆らうなんてこと出来るはずないしな。ロールケーキ貰ったし。
だからこれは仕方のないことなんだ、わかってくれ。
しかしこれマジで美味いな。さすが有名店の限定生産品だけある。
「大人の世界はこのロールケーキのように甘くない。だからこういうこともある……ってぶべぇ――――――――っ!!?」
晴の全力ドロップキックを思いっきり鳩尾に喰らった俺は、その衝撃で窓ガラスに突っ込んでいった。
破片が全身に突き刺さり、手に持っていたロールケーキも血塗れになってしまう。
「清村のバーカ!不良!不死身!甘党!」
罵倒なのかどうかよくわからない台詞を残して、晴は走って出て行ってしまった。
「あーあ、怒らせちゃった」
元はといえばテメーにも原因があるだろーが!
……と言いたかったが、あっさりこいつに買収された俺にも問題があるから口に出せない。
ちくしょう。せめてロールケーキだけは守り抜きたかった。
「やっぱり弄りがいがあって良い娘だね」
こいつが本人の望まない方向に物事を進めたがるのは誰相手でも変わらないらしい。
目を付けられた晴にとっては災難だが、物理的なダメージがいかないだけ俺よりよっぽどマシだろう。
「にしても、何がそんなに気に入らないんだ?」
希望通りの衣装を渡さなかったことに関しては悪いと思ってるが、さっきのも似合っていたという感想は本心だ。
普段と違うギャップを感じることが出来て、こっちの方が合ってる気がするんだが……。
「まあでも、律儀にちゃんと着てくれるところが可愛いよね」
それもそうだな。本当に嫌がっていたとしても素直に着てくれたのは俺の顔を立ててくれたからだろう。
そう考えると余計に罪悪感が湧いてきた。今度会ったらちゃんと謝っとくか。
あー……出血多量で意識が朦朧としてきた。
久しぶりの物理的ダメージだったせいで余計に堪える。
杉小路が動くはずがないだろうし、俺は仕方なく自分で救急車を呼び出した――――――――
あのあと、傷の方はすぐ完治したがさすがに失った血はそう簡単には元通りにならなかった。
若干の気だるさを感じつつも、今日も仕事のために事務所へと向かう。
「おーっす」
事務室に足を踏み入れると、杉小路と千川と……知らない奴がもう一人が中に居た。
そういや、今日アイドルがひとり増えるとか言ってたな。すっかり忘れてた。
というか、ずいぶん奇抜な服を着ている。
これは衣装だよな?まさかこれが私服だったりしないよな。
「清村さんも来ましたし、改めて自己紹介してもらいましょうか」
「じゃあ頼むよ。この銀髪の不良っぽい男が君のプロデューサーだから」
その紹介の仕方はどうなんだよ。それじゃ警戒しちまうだろ。
「我が名は魔王、神崎蘭子!我が眷属となる者よ、光栄に思うがいい」
「あ?」
おかしい。昨日の大量出血のせいでまだ頭が回っていないようだ。
とても自己紹介とは思えないような幻聴が聞こえてくるくらい俺はヤバイのかもしれない。
「我が名は魔王、神崎蘭子!我が眷属よ、三度目はないぞ?」
「現実かよ!」
なんてこった、魔王云々とやらは幻聴でも何でもなかったらしい。
言ってる意味が全然わからん。今の自己紹介から読み取れたのはせいぜい名前くらいだ。
「我が名は魔王、神崎蘭子!我が眷属となる者よ、光栄に思うがいい」
「あ?」
おかしい。昨日の大量出血のせいでまだ頭が回っていないようだ。
とても自己紹介とは思えないような幻聴が聞こえてくるくらい俺はヤバイのかもしれない。
「我が名は魔王、神崎蘭子!我が眷属よ、三度目はないぞ?」
「現実かよ!」
なんてこった、魔王云々とやらは幻聴でも何でもなかったらしい。
言ってる意味が全然わからん。今の自己紹介から読み取れたのはせいぜい名前くらいだ。
「どうやら、あなたも”瞳”の持ち主のようね……。私の力に身を焼かれぬよう、せいぜい気をつけなさい。」
意味が理解出来ないからどう反応していいのかもわからん。
「ということで清村、彼女をよろしくね」
「おいちょっと待て!この状況を放り出すんじゃねぇ!」
逃げようとした杉小路をとっ捕まえ、神崎から少し離れた場所へと移動する。
「なんだよいったい」
「それはこっちの台詞だ。どういうことか説明しろ」
「昨日言っただろ?ちょっと変わってるって」
「どこがちょっとだよ!何言ってるのか全然理解できねーよ!」
ある程度事前にどういう奴が来るかってのは予測していたが、完全に斜め上を行かれた形になる。
いくらなんでも、まさかこんな奴が来るなんて夢にも思わないだろう。
「プロデューサーのくせにその程度もわからないの?そんなんじゃこの先やっていけないよ」
この仕事はあんな言語を理解出来きゃいけないくらいハードな仕事なのかよ。
「じゃあお前はあいつの言ってることが理解できんのか?」
「うん。ちょっと見ててよ」
そう言うと、杉小路は神崎の元へと向かっていった。
「蘭子ちゃん、今日からもうレッスンの予定だけど大丈夫?」
「逃れられぬ宿命……我が魂の赴くままに!」
「そう、よかった。じゃあ後で清村にレッスン場まで案内してもらってね」
なんで普通に会話出来てんだよ!
既に話題は雑談へと移っているが、当然のように千川も会話に混じっている。
ええい、こいつらに出来るんなら俺にだって……。
「それじゃあ清村、レッスンに行く前に先に事務所を案内してあげてよ」
「神託を授かりし者よ、我が声に応えよ」
「やっぱりわかるかボケェーーーーッ!!!」
「ひっ……!ご、ごめんなさいっ……」
あ?なんだよ普通に喋れるんじゃねーか。
ってなんで涙目なんだよ。ちょっと待て、泣くんじゃねぇ!
「う……うぅ……」
さっきまでの威勢はどこへやら。
俺が突然叫んだのが原因なのか、神崎はすっかり泣き崩れてしまっている。
「あーあー清村が泣ーかせたー」
「女の子を泣かせるなんて最低ですね」
「待てよ、俺が悪いってのか!?」
二人は俺を非難するように頷いた。
確かに原因は俺にあるかもしれないが、あんな状況に置かれたら誰だって叫びたくなるだろ。
「私が悪いんです……やっぱり私、変な子なんですよね……」
「いや、別にそんなことは……ほらアイドルって普通と違った方が印象的だしアピールできるだろ!」
今の俺には必死で取り繕い、神崎を泣き止ませることしか出来なかった。
理由はどうあれ少女を泣かせたという事実と、杉小路と千川の冷たい視線が突き刺さって心が痛い。
ああ、どうしてこんなことになっちまったんだ……。
「ってことがあったんだよ。頼む、助けてくれ!」
「そう言われてもな……いったいどうしろと?」
あの後俺は、どうにか神崎の言葉を理解する方法がないかどうか研究室を訪ねていた。
「頼む、博士!翻訳機とかなんでもいいから作ってくれよ」
「そういうのを作るなら時間がかかるぞ?」
「出来れば今すぐがいいんだが」
あんまりにも時間がかかると俺が精神的に参るか、神崎がまた泣く羽目になるかどっちかになる。
どっちにしろロクな結果にならないのは目に見えていた。
「じゃあ複写装置だな」
神崎のあの言動はいわゆる中二病というものから来ているらしい。
つまり、それについて書かれている本を複写して俺の頭脳に書き込めばなんとかなる、かもしれないとのことだ。
それは別にいいんだがよりにもよってアレかよ……背に腹は代えられないとはいえ、正直もうあの苦痛は体験したくねぇ。
「安心しろ。あれから更に改良を重ねて今度は脳にダメージがいかないようになっている」
「本当か!?」
「まあ、脳に直接アクセスするわけだから多少の不快感はあるかもしれないが、この前のようにはならないはずだ」
よし、俺はその言葉を信じるぞ。
なんだかんだで博士が優秀なのはよくわかっている。
例え前と同じ結果に終わっても、当初の目的だけは達成できるはずだ。
「……気は進まんが、よろしく頼む」
「この天才に任せておけ!」
さて、この判断が吉と出るか凶と出るか――――――――
博士の言葉通り、あの時のような苦痛は一切感じられなかった。
多少気分が悪くなる程度で済んだのは大きな進歩と言えるだろう。
「漆黒の魔王よ、先日の非礼ここに詫びる(神崎、昨日はすまなかったな)」
「我も業を背負った身……(いえそんな……元はといえば私が原因ですし)」
あの装置のおかげで俺はこうして神崎と意思疎通が出来るようになった。
言うことなしのハッピーエンド……といきたいところだが、ただひとつだけ問題がある。
しばらく神崎と雑談していると、もう一人謝らなきゃいけない人物が事務所に顔を出した。
「ごめん清村……。いくらなんでもこの前はやり過ぎた」
一昨日のあの件があってから、俺と晴が顔を合わせることはなかった。
俺に重症を負わせたことを一応気に病んでいたのか、普段と比べるとずいぶんとおとなしい。
「我は贖罪の羽根を背負う(いや、お前が悪いわけじゃない。悪いのは俺だ)」
「は?」
「小さき姫君よ。聖布を纏い聖戦へと誘わん(しばらくはあの衣装で我慢してくれ。そのうち何とかする)」
「清村がおかしくなったーーーーーッ!?」
複写装置による唯一の問題点とは、普通に会話することができなくなってしまったということだ。
神崎と会話する分には問題ないが、こうやって他の誰かと会話するときは不便でしょうがない。
博士は時間が経てば多分直ると根拠の無いことを言っていたが、俺は本当に元に戻れるんだろうか――――――――
第7話 清村くんと魔王 終わり
おつおつ
Coばっかだね
>>208
そういえばクールが多くてパッションがまだ居ませんね
清杉の存在自体がパッションみたいなものなんで、無意識に避けちゃってたのかもしれません
清村は一時荒れてた設定あるからそこあたりからたくみん引っ張ってこられないかなぁ
乙乙
この清村は絶対に幸せになれないタイプだよなー
乙
かな子と法子と愛梨はよ
幸せな清村なんて清村じゃない
清村って変身できるし気も魔翌力も使えるしある意味蘭子の憧れの存在だな
前回のサッカー?対決を蘭子が見たら喜びそう
不良にかつあげされてされるがままになってる安井ですらエネルギー弾放てる戦闘力なんだよなぁ…
そしてその安井を、というかほぼあらゆるものを片足で制する工藤
そういえばモバマスにも工藤ちゃんいたな……
スリーにもなれるし清村の戦闘力は底知れない・・・
まぁなれるだけだけどな
作中で飛行機真っ二つにしたからな
あとスイーツが絡むと大体超人的になるからな
凍りついた安井を連れにきた天使の群れも倒してるしな
とりごやプロで映画マテリアル・パズルを演ろう
>>222
男キャラどうすんだよ
存在変換しよう
BAMBOO BLADEなら男少ないからいける
と思ったけどマテパと違って清杉と世界観まったく一緒なんだよな(同じ県内の可能性すらある)
小柄、優男系なら別にアイドルでも構わんでしょ
ゴリマッチョ勢は工藤、寺門さん、三本松あたりに頑張ってもらえ
あとはだいたい清村でなんとかできる!
気づいてるかな?
自動で落ちるのって三ヶ月だっけ?
長期の鯖落ちがあったからなぁ・・・
復活に気付いてなくててもおかしくない
三ヶ月ルールは結構前に改訂されただろ
今は一ヶ月誰も書き込まないor二ヶ月>>1が現れないのどちらかを満たしたらアウトのはず
いつの間にか掲示板復活してたんですね……気付きませんでした
8話は既に書いてありましたが、久しぶりに見ると加筆したい部分が出てきたので
修正して数日以内に続きを投稿したいと思います
キター!
待ってるよ!
墨をすろう
テンション!
上がって??
きたぜーーーーーーー????
第8話 清村くんと暴力団
「やっと終わったー!」
「おう、お疲れ。なんか飲むか?」
「スタドリ……いや、やっぱエナドリで」
用意してあったクーラーボックスからエナドリを取り出し、手渡すと晴はそれを一気に飲み干した。
どうやら肉体的、というよりも精神的に疲れているらしい。
俺と晴は、とあるライブに参加するためにイベント会場までやってきていた。
もちろん、まだ経験の浅い晴がメインとして出るはずもなく、扱いは完全に端役。
それでもレッスンとは違うステージでの経験も得られるし多少は顔も売れる。
今はまだこうして地道に営業活動を続けていくしかない。急がば回れってやつだ。
「今日のオレの動き、どうだった?」
「ああ、良かったと思うぜ」
「今回は自分でも結構いけてたと思うんだよなー」
元々体を動かすのが得意だからなのか、トレーナー曰く晴にはダンスの才能があるらしい。
実際、今日晴と一緒に活動した他のバックメンバー達と比べると、全然体のキレが違う。
今までアイドルだのダンスだの、そういうものにまったく関心がなかった俺でも明確な差を感じるほどに、だ。
初めてのステージではさすがに緊張していたのか実力を発揮出来ていなかったが、最近は慣れてきたらしい。
この調子で行けば、主役としてステージに立つ日もそう遠くないかもしれないな。
車に乗り、事務所に戻りながら今後のことを考える。
ようやく軌道に乗り始めた晴に続き、周子も少しずつ白紙のスケジュールから脱却してきている。
蘭子はまだ入ったばかりだから仕事を回すのはしばらく後になりそうだ。
しばらくはレッスン漬けになりそうだが、自分からオーディションを受けに来ただけあってモチベーションは高そうに感じる。
博士に関しては自分で連れてきたアイドルだからと主に杉小路がスケジュールを管理しており、あっちも順調に仕事をこなしているらしい。
凡人には到底理解できない者同士気が合うんだろうか。
にしても、こうやって誰かを乗せて運転する日が来るとは思わなかったな。
免許は前から持っていたが、自分一人ならチャリで十分だから車なんか必要なかった。
今はそういうわけにはいかないからこうやって社用車を使ってアイドル同伴の時の移動に使っている。
自分の運転が上手いとは思わないが杉小路の車に載せられるよりは遥かにマシだ。
さて、今日はこの後特に予定もないし書類を片付けてそのまま帰れそうだな―――――
「広島に出張だぁ?」
事務所に帰った俺は、一息つく暇もなく社長室に呼ばれていた。
「うん。僕の知り合いのテレビ業界の人に会ってきてほしいんだよ」
「やだよめんどくせぇ。知り合いだって言うならお前が行けばいいじゃねーか」
「僕もやらなきゃいけないことが多すぎてさ、頼むよ」
こいつがまともに仕事をしているところをほとんど見た記憶がない。
とはいえ俺の知らんところで資金の捻出をしてたり仕事を取ってきたり、なんだかんだやることはやってるんだよな……。
けど俺だって疲れてんだよ。俺らしくもない仕事を時には深夜までやって、翌日は早朝出勤。
休日だって週に1回あるかないかってところだ。俺が居なかったら仕事が回らんから仕方ねーが。
よし、断ろう。たまには俺に安息をくれ。
「そういえば最近広島で話題になってるスイーツショップがあるらしいね」
「あーなんだか急に広島行きたくなってきたなー早速行ってくるわ」
「じゃあよろしくー」
「おう」
それだけ言い残すと、杉小路は他に用事があるのか早々に社長室を後にした。
やっちまった。
またホイホイと言葉巧みに騙されて安請け合いをする俺。
まったく学習しない自分に呆れるが、やっぱり本能には勝てないらしい。
引き受けちまったものはしょうがねぇ。
会う相手が業界人だって言うならもしかしたら何か仕事を取ってこれるかもしれないし、ポジティブに考えよう。
だがさすがに今から向かう気力はないし、明日朝一で広島行きの新幹線に乗ることにする。
「あ、清村さん。なんの話だったん?」
「大したことじゃねーよ。ちょっと広島に出張することになっただけだ」
「ずいぶん急だな……。どうせ行くならさ、なんかお土産買ってきてくれよ」
「シューコの分もよろしくね?」
「わーったよ。みんなの分買ってくりゃいいんだろ」
どうせ最初からそのつもりだったし問題ない。
何も買ってこなかったら間違いなく何かしら文句言われるだろうからな。
「明日早いし今日はさっさと退勤させてもらうぜ。じゃあ周子、後のことは任せる」
「任されたー」
アイドルの中で最年長の周子は、まとめ役をやってもらうことが多い。
ああ見えて案外面倒見が良く、俺が不在の日なんかは代わりに晴の保護者として動いてくれたり結構助かっている。
「よしじゃあ晴、帰るぞ」
「うーっす」
実家暮らしの晴を家まで送る。これが正真正銘今日の最後の仕事だな。
帰ったらすぐ寝たいところだが、スイーツショップの下調べをしないとな。
翌日の昼下がり、俺はみんなのお土産を買うべく広島の街を歩き回っていた。
杉小路の知り合いの業界人との会合は既に終わっている。
結果から言うと、期待していた仕事は貰えなかった。
ただ、今居るアイドル達がもう少し実力をつけた時には何らかの形で起用させてほしいということだった。
とりあえず今はそれでいい。まだまだ弱小事務所のうちにとっては仕事が貰える可能性があるというだけでも十分だ。
この業界に引き込んじまった以上、いずれはあいつらを大きな舞台に立たせてやりたいもんだが、それはまだまだ遠い先の話になる。
さて、お土産はとりあえずこんなもんでいいか。
こんなに早く終わるとは思ってなかったから、まだ時間に余裕がある。
正直、これじゃほとんど観光に来たのと変わらんな。
そして、お土産だけではなくもちろん俺の分のスイーツも既に確保してある。
地元で有名な老舗の最高級大福。見てるだけで涎が出そうになるくらい最高に美味そうな一品だ。
早速手を付けたいが、さすがに歩きながら口にするなんて真似はしたくない。
しっかりと味わって食べるために、どこか腰を落ち着けられる場所を探していた。
公園のベンチでもなんでもいいからと探しまわってみるが、この辺の地理をまったく知らない俺が探せるはずもなく、
気が付けば公園なんて何処にもなさそうな閑静な住宅街にポツリと立っている。
仕方ないから引き返そう―――――そう思った時だった。
何か言い争っているような声が聞こえた。
どうせくだらないことだろうと思いつつも気になって声のする方向に向かってみると、黒塗りの車が目に入る。
「ええい、離さんかい!」
いかにもカタギではなさそうな黒服の男達が、赤毛の少女を車に連れ込もうとしていた。
おいおいこんな真っ昼間から誘拐か?
こんな光景見せられて放っとけるわけがねぇ。他に人気はないし、俺がやるしかない。
「おい、テメーら何やってんだ」
「何だお前は!邪魔だからどけ!」
さすがにヤクザ相手は迫力があるが、はいそうですかと引くわけにはいかない。
「まずその子を離せよ」
「構わんからやっちまえ!」
リーダー格の男が指示を出すと、下っぱらしき男が殴りかかってきた。
出来れば穏便に済ませたかったが、こうなっちまったもんはしょうがねぇ。
「ぐべぇ!」
即座に反撃し、そのまま殴り飛ばした。
そして一瞬の隙を突いて、誘拐されそうになっていた少女を手元に引き寄せる。
「逃げるぞ!」
「な、なんじゃお前は!」
「いいから早くしろ!」
何もまともに相手にする必要はない。そのまま逃げ切ればいいだけだ。
少女の手を引いて、走りだそうとしたその瞬間。
「止まれ!止まらなきゃ撃つぞ!」
一人の男が胸元から拳銃を取り出し、こちら側に銃口を向けた。
マジかよ。真っ昼間からあんな物持ち歩いてるとか洒落になってねーぞ。
つーかそんなもん向けられたら余計に止まれるかっつーの!
さすがに街中での発砲は躊躇したのか、その拳銃の引き金が引かれることはなかった。
その後もしばらく逃亡劇が繰り広げられたが、路地裏に逃げこみ何とか撒くことに成功する。
「すまんな……あれはうちの組のもんじゃ」
「はぁ!?」
一息ついた俺は、赤毛の少女に事の顛末を聞かされていた。
さっきの黒スーツの男たちは村上組という暴力団の一員で、この少女はそこの頭の一人娘。
常に付きまとってくる護衛に嫌気が差して逃げようとした結果、あんな事態に発展したらしい。
「うちは、アンタに誘拐されたってことになってるじゃろうな」
誘拐犯から救出したと思ったら、自分が誘拐犯になっていたらしい。
なんだよちくしょう……。見て見ぬふりをするのが正解だったのかよ。
「安心せぇ。うちのもんにはあとで説明しとくけぇ」
「……そうしてくれりゃ助かる」
気が滅入ってきた。
今日の夜の新幹線で帰るつもりだったが、今後のことを考えるとそうもいかないだろうな。
まず、誤解を解いてなんとか謝り倒すしか俺の生き延びる道はない。
とりあえずここから離れようと路地裏を出ようとした瞬間、大量の黒スーツの男たちが姿を表した。
当然のことながらみんなこちらに銃口を向けている。
「頼む、なんとか説明してやってくれ」
「……こいつらはうちのもんと違う」
「は?」
「護衛がたった一人とは、うちもずいぶんと舐められたもんだな」
ホールドアップ。今の俺にはただそうすることしか出来なかった。
俺達は、この黒ずくめの男たちのアジトへと連れて来られていた。
後ろ手に手錠がかけられており、抵抗は出来ない。
なんでこんなことになっちまったのか……やっぱり杉小路が関わることだとロクなことがないな。
「大人しくしてりゃ何もしねーよ。ただアンタらの頭がちょっと言うことを聞いてくれりゃいい」
話を聞く限り、どうやらこいつらは村上組の対抗勢力らしい。
人質をとって自分たちの都合のいいように言うことを聞かせようと、今回の犯行に及んだらしい。
そして俺はこの赤毛の少女の付き人だと思われているらしく、更なる厄介事に巻き込まれている。
誤解だと説明してもまったく解放してくれそうにない。
「……すまん、うちのせいで巻き込んでしもーて」
「気にすんな。俺が勝手にやったことだ」
本当はいい迷惑だと思いたいところだが、気に病んでいる相手に向かってそんなことは言えん。
それに、俺が関わらなければ護衛はこの少女に付きっきりで、誘拐されることなんてなかっただろう。
にしても、どうやってこの状況を打破するべきか。
ヤクザのアジトだけあって構成員は大量に居るだろうし、後ろ手に手錠じゃ行動も制限される。
やっぱり、座して待つしか道はないのか―――――
「っておい!何勝手に俺のカバン漁ってんだコラ!」
気が付くと、構成員のひとりが俺が持っていたカバンをガサゴソと漁っていた。
「こいつのカバンの中こんなもんしか入ってませんでした」
さっき買ったお土産一式と、食べようと思っていた最高級大福が床に放り出される。
「テメェ!俺のスイーツを粗末に扱うんじゃねぇ!」
「……お前、自分の立場わかってんのか?」
ひとりがドスを抜いて俺の首元に刃を当てると、金属特有の冷たい感触が俺を襲った。
「っておい!何勝手に俺のカバン漁ってんだコラ!」
気が付くと、構成員のひとりが俺が持っていたカバンをガサゴソと漁っていた。
「こいつのカバンの中こんなもんしか入ってませんでした」
さっき買ったお土産一式と、食べようと思っていた最高級大福が床に放り出される。
「テメェ!俺のスイーツを粗末に扱うんじゃねぇ!」
「……お前、自分の立場わかってんのか?」
ひとりがドスを抜いて俺の首元に刃を当てると、金属特有の冷たい感触が俺を襲った。
「おい、大人しくせぇ!相手はカタギじゃないんじゃぞ!」
目の前で粗末に扱われてるスイーツを見て黙ってられるかってんだ!
「俺はどうなってもいいからその大福には手を出すな!」
「おいおい、面白いことを言う奴だな。手を出したらどうなるってんだ?」
「真っ先にテメェを血祭りにあげてやるよ」
「ほう。出来るもんならやってみろ」
そう言うと、男は大福めがけて一直線に足を振り下ろし、無残にも叩き潰される。
その光景を見た瞬間、俺の中の決定的な何かが切れた。
「があああああああああああ!!!!」
「なっ……こいつ手錠を!?」
枷を引き千切り、俺にドスを突きつけていた構成員を真っ先に叩き伏せた。
足りねぇ……あの大福が受けた痛みはこんなもんじゃなかった。
刃物を抜いて次から次へと襲い掛かってくる奴らを何人倒しても気が晴れない。
「く、来るなっ……!」
どれほどの時間が経ったのか、俺は襲ってくる全ての人間を血祭りにあげ、残るは俺の大福を潰した男ただ一人。
その手には拳銃が握られている。銃口を向けられるのは今日何度目だろうな。
一歩近づくと乾いた音が室内に響き渡り、俺の眉間には見事に銃弾が直撃していた。
「大福は壊せてもたったひとりの人間は壊せないようだな……」
「バ……バケモノめっ……!」
「今度はいいヤツに生まれ変われよ……!」
「もうええじゃろ!そろそろやめんか!」
拳を振り下ろそうとした瞬間、赤毛の少女に静止をかけられる。
殴ろうとした相手は既に気絶しており、この場で意識のある人間は俺とこの少女の二人しか居ない。
ずいぶんと派手にやっちまったな……。
杉小路の影響で感覚が麻痺しているが、ヤクザ相手とはいえこんな事態を引き起こしたら警察沙汰になってもおかしくない。
この先俺はどうなるんだ?逮捕?投獄?半殺しで済ませているから死刑だけはないと信じたい。
こういう場合は正当防衛は成立しないのか?頭悪いからわかんねーよ。
「お嬢、大丈夫でしたか!?」
しばらく途方に暮れていると、村上組の構成員が次々と室内に踏み込んできた。
今更来てもおせーよ。もっと早く来てくれりゃ俺の大福は死なずに済んだってのに―――――
結局、あの惨劇は村上組の方で処理してくれることになった。
一歩間違えれば俺が誘拐犯だったのに、娘を助けてくれた上に対抗勢力まで潰してくれたと感謝されててしまった。
素直に喜んでいいものなのかどうか、さっぱりわからねぇ。
そして今、俺は村上組の本拠地で一晩過ごすこととなった。
見た目こそ最高のお屋敷だがこんなヤクザだらけの場所で気が休まるはずもない。
明日になったらさっさと出ていこう、そんなことばかり考えていた。
「今日は本当にすまんかった……」
「だから別に謝んなくてもいいっつーの……礼もいらねーし」
やることもないから縁側に腰を掛けて庭を眺めていると、赤毛の少女がやってきて俺の隣りに座った。
「それじゃうちの気が済まん!助けてもらって礼もなしじゃ女がすたる!」
俺としては助けたつもりは全くないんだけどな。
あいつらを叩き潰したのはただの私怨でしかないからこんなことで礼を言われても困る。
「じゃあどうすれば気が済むんだ?」
「欲しいもんがあるなら言ってみぃ。金でもなんでも、うちのもんに用意させたる」
「じゃあなんかスイーツ頼むわ」
金にはたいして執着ねーし、俺が満足するものといったらやっぱりこれだろう。
大福は食べ損ねたし、今日の分の糖分が足りてない。
「そ、それだけか?」
「スイーツは俺にとって最高級のご褒美なんだよ、それで十分だ」
「もっとなんか他にあるじゃろ……」
「んなこと言われてもなぁ……」
そういや、俺がほしい物、もうひとつあったな。
「じゃあ俺のためにアイドルやってくれよ」
「あ、アイドル!?うちがか!?」
「俺芸能事務所のプロデューサーやってんだけど、最近なかなかスカウト成功しなくて困ってんだよ」
最近はプロデューサーのクセにアイドルも満足に連れてこれないのか?と杉小路に罵倒される日々が続いている。
確かに俺が連れてきたのは晴と周子の二人だけで、博士は杉小路の連れ、蘭子はオーディションでの採用だし俺の成果は上がっていない。
さすがにそろそろ誰かスカウトして杉小路の奴を黙らせてやりたいところだと思っていた。
俺の基準では十分すぎるくらい美少女だし、この少女がアイドルになってくれたら言うことない。
「やっぱ無理だよな……事務所あるの東京だし」
この少女をアイドルとしてスカウトするということは、親元から引き離すということでもある。
「……それは別に問題ないんじゃ」
「ん?」
「正直うちは親父が嫌いじゃ。家業がこんなんだから友達らしい友達もおらん」
つまり、障害となるものはないと言いたいらしい。
「いいのか?」
「うちがアイドルなんかになれるとは思えん……が、断ったらあんたの面子、潰してしまうじゃろ」
確かに、あいつのことだから折角広島まで行ったならスカウトくらいしてこいよ、くらいは言うかもしれない。
だからと言ってそんなことのために乗り気じゃない少女を芸能界に引き込んでいいものなのだろうか。
あーもう、馬鹿だから考えてもわかんねーよ。
「俺でよけりゃよろしく頼む」
どうせ他の連中も同じ、俺のエゴでこの業界に引き込んじまってるんだ。
何かあったら責任は全部俺が背負い込めばいい。俺に出来るのはそれくらいだ。
「こっちこそよろしゅう頼む!」
これが俺と赤毛の少女、村上巴の出会いだった。
お互いで勝手に話を付けてしまい、巴の親父に承諾を貰うのをすっかり忘れていた。
あの後話し合った結果、意外にもあっさり上京の許可が出されて拍子抜けしたもんだ。
やっぱり自分の家業と年頃の娘に対して何か思うところでもあったんだろうか。
「つーことで、スカウトしてきた」
「こ、これからよろしゅう頼む……」
「緋色のプリンセス……!(綺麗な髪……凄く可愛いです!)」
「やれやれ、久々にスカウト出来たんだね」
お陰様でな。これでもう無能プロデューサーとは言わせねーぞ。
何はともあれこれでようやく5人か。なんとか芸能事務所としての体裁は為してきたな。
あとは引き続きスカウトをしながら仕事も取ってくるだけだな。
って、結局それじゃ今までと何も変わんねーじゃねーか!
「ん?助手、何か落としたぞ?」
「あ?なんだこれ?」
「どうやら手紙のようだな」
こんなもの持ってた記憶ないんだけどな。
不思議な話だが、とりあえず開けてみることにする。
娘を泣かせたら殺す。
どうやら俺は余計なもんまで背負い込んじまったらしいな―――――
第8話 清村くんと暴力団 終わり
本当はもっと早い時間に投稿するつもりだったんですが、加筆に思ったより時間がかかってしまいました
見直す時間もあまりなくそのまま投稿してしまったのでおかしい部分があるかもしれませんが見逃してください……
おつおつ!
自分のペースでどうぞ
おつ!
エタらなきゃいつまでだって待つぜ
おつおつ
んでマテリアルパズルはいつ再開すんの?
乙!
なにかしらのシリアス入っても何の心配もない清村さんパネェ
乙
そもそも清杉が居る時点でシリアスは無い
三本松虎十郎が絡まない限りは
清村をどうにかできるのは杉小路と川芝さんと工藤くらい
ヨ……ヤマさんが来たら事務所最大の危機だな
そういや清村は杉小路に泊めてくれと頼むくらい姉を恐れてたな
姉の設定土塚も覚えてるか怪しいけど
「大福は壊せてもたったひとりの人間は壊せないようだな……」
人間辞めてる奴が何を…
なんだこれ超期待
>>276
清杉ろで「酒買って来い」つって叩き出されてるから忘れてはいないっぽい
そういやアイマスってことはバンブーのアイドルも出る可能性あるのか
もう出たっけ?
バンブーにアイドルって居たっけ
沢宮エリナと戸田涼子?
面白かったです。清村くん超化しまくりっすね強さに上限がない…!
清杉知らないんだけどこんな滅茶苦茶な強さなの?
ギャリック砲より強いのが清村でその清村より強いのがタバコ
>>282
ギャグマンガ時空ですゆえ
禿げ散らかしたサラリーマンレベルの戦闘力だぞ?
ちょっと武装しただけのただの人間じゃ話にならんだろう
保守
大福叩き潰されてから止められるまで
金髪になってる清村想像余裕でした保守
清村を弄る人間を増やす方が話が回りそうだな
そして事務所の変人率も上がる
こんなSSあったのか、全然知らなかった
また見にこよう
パンダは?
乙
白菊ほたるとかいう不幸アイドルをとりごやプロにいれよう(提案)
不幸は全て清村に行くから、不幸体質が解決!やったね!
第9話 清村くんと相談
「なんだ?このトラック」
外回りの営業を終えて事務所に戻ってきてみると、入口の前に一台の大型トラックが止まっていた。
どうやらかなりの量の荷物が積まれているらしく、作業スタッフが次から次へと積み荷を卸している。
そして、何かを相談しながら作業スタッフに指示を出している杉小路と千川の姿も見える。
あいつらがまた何か変なもんでも注文したんだろうか。
しばらくその光景を遠巻きに眺めているとようやく作業が終わったらしく、
スタッフのひとりが杉小路たちに何か確認を取るとすぐに引き上げていった。
「お前ら何やってんだ?」
「ああ清村さん、お帰りなさい」
「この荷物はいったいなんだ?お前らのことだからどうせロクでもないものなんだろ」
謎のドリンクか、それとも博士の発明品に関係するものなのか、この二人が関わってる時点でまともなものではない気がする。
「心外だなぁ。まるで僕らが変人みたいじゃないか」
少なくともまともな人間じゃないのは確かだろ。
そうじゃなかったら俺がここまで苦労することはないはずだ。
「で、実際なんなんだよこれは」
「これはうちのアイドル達のグッズですよ」
「グッズ?」
「うん。最近うちの事務所も知名度が上がってきただろ?」
「そういえばそうだな」
これまでの地道な営業活動の甲斐あってか、うちはまったくの無名というわけではなくなってきていた。
俺がプロデュースを手がけるメンツも、誰も知らない新人アイドルから知る人ぞ知るローカルアイドルくらいの知名度にはなってきた気がする。
業界全体で見ればまだまだなんだろうが、何もかも一から始めてそう時間が経ってないということを考えたら十分過ぎる成果だと思う。
「だから、そろそろこういうグッズも必要かなと思ってね」
そう言うと、杉小路はポケットの中からストラップを取り出し、それを俺に手渡した。
「なるほどな」
聞いてみると、現在うちに所属するアイドル5人それぞれのグッズを作ったらしい。
「ファンからの要望も少なくなかったんですよ?」
確かに今なら採算も取れるだろうし、更なる知名度拡大に一役買ってくれそうではある。
こういう経営戦略に関しては俺はあまり協力できないからな。こればっかりはこの二人の手腕を信じるしかない。
真面目にやれば仕事が出来る奴らなんだが……度重なる俺への嫌がらせはほどほどにして経営に集中してくれないもんだろうか。
「ところで清村さんもひとつどうですか?」
「俺?」
「はい。今ならストラップとポスターのセットを特別価格1000円でご提供させて頂きます!」
予想はしてたが、やっぱり金は取るのかよ。
特別価格と銘打つだけあって安いとは思うが、ケータイにアイドルのストラップを付けて、
自室にアイドルのポスターを貼る自分の姿がまったく想像出来なかった。
「……俺はいーや。そういうのガラじゃねーし」
「まあまあそう言わずに、彼女たちを応援するつもりで買ってあげてください」
「自分のグッズを持ってるのを知ったらあの子達もきっと喜ぶと思うよ」
ぐっ……確かに、そう言われるとそんな気もしてくる。
しょうがねぇ、ここはあいつらを応援するファンの気持ちになって買うことにしよう。
「ほらよ」
俺は財布から1000円札を取り出し、千川に手渡した。
それと引き換えにストラップとポスターのセットを一組受け取る。
「買ったね」
「買いましたね」
「あ?」
今度はいったいなんなんだ。
「清村さん、プロデューサーとしてひとりを贔屓するのはよくないんじゃないですか?」
「ちゃんと全員分買わなきゃ不公平だよ」
「……そういうことか」
ようやく理解した。どうやら俺は最初から嵌められていたらしい。
そうだな、確かにプロデューサーである俺が特定の誰かだけのグッズを持ってたら不公平だ。
あいつらを導く立場として、できるかぎり平等に接してやらなきゃならん。
「さあ、さあさあさあ!」
「……ほら、満足したかよ!」
「お買い上げ、ありがとうございます♪」
結局俺はこの日、5人分のグッズを手に自宅に帰ることとなった――――――――
あの日から俺が仕事を終えて自宅へ帰ると5人のアイドルが出迎えてくれるようになった。
この部屋中に貼られたポスターを蓮間辺りに見られたら、こんなのお前のキャラじゃないと腹を抱えて笑われそうだ。
ストラップに関してはあんなにたくさん付ける訳にもいかないから日替わりで付け替えるようにしている。
「で、グッズは売れてんのか?」
「順調に注文が入ってるよ。想像以上に好調だね」
「なんとひとりで5万円以上買ってくれる方も居るんですよ」
「そりゃすげーな」
5万円か……それだけあればいったいどれだけのスイーツを食べられるだろうか。
他人の金の使い方にケチを付ける気はないが、とてもじゃないが俺にはそんな使い方は考えられないな。
「こっちの仕事は終わったぜ。あとは何かやることあるか?」
ちょくちょく雑談を挟みつつも、3人で分担していた作業を俺は一足先に終えることができた。
「特に無いですね」
「そうか、じゃあわりーけど先帰ってもいいか?ちょっと用事があるんだ」
「いいよ。僕ももうすぐ終わるから」
「私ももう終わりますしね。あとは事務所閉めるだけなので、お先にどうぞ」
「悪いな。じゃあ上がらせてもらうぜ。お疲れさん」
退勤処理を終えた俺は、本日最後の用事を済ませるために、知り合いが待つ目的地へと向かった。
その場所は、昔よく来ていたラーメン屋だった。
今はもうほとんど来ることがなくなっていたが、高校の時は部活帰りによく寄ったもんだ。
店に入る前に周囲を見渡してみるが、俺が探している人物はそこに居なかった。
もう中に居るのか、それともまだ来ていないだけなのか、メールで確認することにする。
メールを送るとすぐに返事がきた。どうやらすぐ近くのコンビニで時間潰しをしていたらしく、すぐにこっちに来るらしい。
「お久しぶりです、清村先輩」
「おう。久しぶりだな、安井」
こいつの名前は安井やすお。とりごや高校サッカー部の後輩だった男だ。
「清村先輩……実は俺……」
「まあ待て、話なら中で聞いてやるよ」
正直俺は結構腹が減っていた。
こうやって飲食店を待ち合わせ場所にしているんだから、わざわざ立ち話なんてする必要がない。
「で、なんなんだ?相談ってのは」
店に入りいつも食っていたラーメンを頼むと、早速こちらから本題を切り出す。
こいつのことだからどうせ大したことじゃないんだろうが、相談に乗ってやると言っただけに無碍にするわけにもいかん。
「はい、実は女性関係のことで相談が……」
「ブゥ――――――――ッ」
その発言のあまりの衝撃に、俺は飲んでいた水を思いっきり吹き出した。
向い合って座っている状態だったため、安井は俺が吹き出した水をモロに喰らってしまっている。
「ちょっ……何するんですか!」
「わ、悪ぃ……ってお前が女の相談だと!?」
信じられねぇ。
到底女にモテそうにないこいつに、まさかそんな相談を持ちかけられるとは思わなかった。
だって安井だぞ?こいつを知る人間だったら誰だって同じような反応をするだろう。
「はい。最近気になる人が出来て、お金も結構使ってるんですけどなかなか振り向いてもらえなくて……」
要するに片想いってわけか。それだったらこの話もまあ納得できる。
ただその話だけ聞かされると脈なしどころか完全に貢がされてるだけにも思えるが。
「なるほどな。でもなんで俺なんだよ。そういう話だったら蓮間のが適任じゃねーのか」
高校時代唯一の彼女持ちだったあいつのがこういう話は向いているはずだ。
正直、俺にはこの手の相談はどう対応していいのかわからん。
「蓮間先輩にも連絡したんですけど、どうしても外せない用事があるらしくて」
「だから俺なのか……」
俺以外だと杉小路か工藤しか残らないと考えると、まあ妥当な判断か。
あいつらには相談したくないというか、相談するだけ無駄だろうしな。
「はい。彼女居ない歴イコール年齢の清村先輩でも相談しないよりはマシかなって」
「テメーは俺に殺されたいのか相談に乗って欲しいのかどっちだ?」
事実とはいえ、それを言ったらテメーだって同じじゃねーか。
「実はもうお金もほとんどないんです……。俺、どうすればいいんですかね……」
「諦めろ」
「そんな!?」
「お前には悪いが都合良く貢がされてるとしか思えねーし、きっぱり諦めた方がお前のためだと思うぜ」
「でも、俺……その人にまだ気持ちを伝えてないんです……」
「じゃあ伝えてこい。オーケーだったならそれでいいし、玉砕してもこうやって悩んでるよりはマシだろ」
俺は財布から万札を取り出し、安井の前に突き出した。
「金が必要なら貸してやるから、さっさとケリ付けてこい」
「清村先輩……」
安井は黙ったまま、しばらく言葉を発さなかった。
もはやアドバイスでもなんでもない当たって砕けろの精神だが、この手のことで俺に何かを期待されても困る。
貧乏くじを引かされたことに辟易しながらも、ようやく運ばれてきたラーメンを啜った。
あとはもう知らん。結局のところ答えを出さなきゃならないのはこいつだからな。
「俺、やります。今度会う予定があるんで、その時に……」
「そうか。頑張れよ」
こんな奴でも後輩だからな、少しは報われるように俺もささやかながら祈ってやろう――――――――
それから数日、未だに安井からの連絡はない。
成功ならすぐにでも連絡するだろうし、失敗して落ち込んでいるのかそれともまだ会っていないのか。
気になってしょうがないというほどではないが、やっぱり少しは気になるよな。
「清村さんだいじょぶ?なんかぼーっとしてるけど」
「顔に出てたか?まあ、ちょっと疲れが溜まってるのかもな」
安井のことがなくても最近は特に働き詰めだからな。
「そういうことならシューコにお任せ!事務所戻ったら肩揉みくらいしたげるよん」
別にそうまでしてもらうほど疲れてるわけじゃないけどな、気持ちはありがたいが。
「なんか最近活き活きしてるな、お前」
「ちょっとアイドルってのも楽しくなってきたかもって。こう見えて結構熱くなっちゃうタイプだったり?」
「そりゃスカウトしてきた甲斐があるってもんだな」
「最近は熱心なファンも増えてきたしねー。じゃあもうちょっと頑張ってくるよ」
小休憩を挟むと、周子は一足先に営業に戻っていった。
最初はあまり乗り気じゃなかっただけにどうなるかと思ったが、楽しんでくれてるならそれに越したことはない。
さて、俺ももうひと踏ん張りするか。アイドルが頑張ってるってのに俺が休んでるわけにはいかん。
「周子ちゃーん!大好きっすー!」
なるほど、確かに熱心なファンが付いてるな。
こういう奴らが5万円以上もグッズを買ったりするんだろうか。どんな奴なのか、ちょっと見てみるか。
「あれ、清村先輩じゃないっすか。こんなところで何してるんすか?」
「安井ィィィィィィ―――――――!?」
「あ、清村先輩のおかげで欲しかったグッズ買えました!これで周子ちゃんに振り向いてもらえ―――――ぐべらっ!?」
その後、周子に止められるまで俺はひたすらに安井を殴り続けた――――――――
第9話 清村くんと相談 終わり
乙乙
安井ェ……
ゲームに夢中になっていたらこんなに間隔が空いてしまいました。
いくらなんでも遅すぎですね。次はもっと早く投稿できるように善処します。
それとは別に、清杉で好きなサブキャラをこのSSにメインとして登場させてもいいのか悩んだりしてました。
本当にちょっとしか登場してないキャラなので……
乙
川芝さんか?
出せばいいんじゃね?
投下中に誰もわからないようだったら後からどの辺で出た誰々とか言えば問題ないし
乙
やっぱ安井かwwww
出して良いと思うよ
ドマイナーでも大体誰か食いつく筈
清杉ってちょいキャラかなり居るけど印象に残るの多いな
川芝さんを筆頭にヤマさん、三本松虎十郎、三島、杉小路弟、その他多数
ageてしまった
安井は周子にいっただけまだマシだな・・・
これでロリ組だったら救いようなかった
ブラックねことかな
>>322
ブラックねこは50の倍数の時じゃないと…
川芝さんは出たらふつーに俺得なんだが・・・
人肉マンはまだとりごや高校に居るのかな
なんとか0時までに投稿するつもりでしたが、
見直しに時間がかかり遅くなってしまったので次話は今日の夜投稿予定です。
今までと少し違った話なのであんまり受け入れられないかもしれません。
第10話 清村くんとヤマネコ
春が過ぎ、もはや夏と言っても差し支えのない季節。
俺は自分の担当アイドルが出場するライブ会場に足を運んでいた。
有名アイドルグループも今回のライブに出場するだけあって会場の熱気は凄まじく、冷房が入っていても暑い。
新人アイドル同士のLIVEバトル。今日はこれに参加する予定だ。
スケジュール的にはメインが登場する前の前座のようなものだが、この中から未来のトップアイドルが生まれる可能性もあるだけに注目度は決して低くない。
この勝負に勝つことでアイドルとしての実力を磨き、知名度も上げることが出来る一石二鳥のイベント。
今日のためにやれるだけのことはやった。あと俺に出来ることは、自分のアイドルを信じて見守ってやることくらいだった――――――――
「負けた……か……」
途中まではいい勝負だった。
僅かな差とはいえこちらのリードで終盤を迎えたところ、最後の最後で逆転を許してしまった。
恐らく、勝利を意識して気負いすぎてしまったんだろう。
最後まで集中力を乱さなかった相手の方が一枚上手、ただそれだけのことだった。
「ヤマチャンごめんね……。みく、負けちゃった」
「惜しかったな。次はきっと勝てる」
「でも、これで3度目だよ!?もうそんな言葉、信じられないにゃ!」
実は、LIVEバトルで負けるのは今日が初めてではない。
俺の担当するアイドル、前川みくはこれで初のLIVEバトル参加から3回連続で敗北を喫していた。
だからと言ってみくに素質がないかというとそうではなく、むしろ才能があるからこそ今の状況に身を置くことになっている。
出る杭は打たれるという言葉があるが、それはこの業界でも同じことだった。
他のアイドルと比べても抜きん出た才能を持つみくは、周囲の環境によってなかなか実力を発揮できずに居た。
「悪りぃ……全部俺の責任だ」
そんな有望株の担当を任されているというのに、俺はみくの実力を引き出せないどころか腐らせてしまっている。
俺がもっとしっかりしていればみくはもっと伸び伸びと活動をして、その才能を開花させているだろう。
「……いや、悪いのはみくだにゃ。ヤマチャンはみくのために頑張ってくれてるのに……」
「とりあえず帰るぞ。ここで言い争ってもしょうがねぇ……」
「そうするにゃ……」
まずは、落ち着いて話が出来る場所に移動することにした。
高校時代、地元でも有名な不良として名が通っていた俺が今こんな仕事をしているのには理由がある。
清村緒乃。こいつと関わったことで、俺の人生は大きく分岐することになった。
とある日、とある事件が切っ掛けで奴に関わってから今までロクな出来事がない。
それまで舎弟のような立場だったエイ太とボブは俺から離れていくし、
何をやっても上手くいかないことが続いて何もやる気が起きずただ無為に日々を過ごしていた。
とはいえ、定職に就かず実家暮らしという生活にも限界がある。
こんな俺でも雇ってくれるところはないかと就職口を探していた矢先、街中を歩いていると見知らぬオッサンに声を掛けられた。
話の内容は、アイドルのプロデューサーをやってみないかというもの。
仕事を探そうと思っていただけあって渡りに船な内容だった。
出来るかどうかはともかくやってみようと考えた俺はその話を承諾し、芸能界という世界に足を踏み入れることになる。
就職した経緯がそんな適当な話なだけあって、やっぱり俺はプロデューサーをいう仕事には向いていないらしい。
俺が無能と蔑まれることは別に構わないが、そのせいでみくまで事務所のお荷物扱いになるのだけは避けたかった。
混雑する道路を走り、ようやく会場から戻った俺達は事務所にある談話室へと向かう。
移動中、今回の結果をいち早く知った他のアイドル達がみくに対し慰めの言葉を投げかけてきた。
俺はそれに対し、苛立ちを隠せずにいる。
何故なら、こいつらはみくがLIVEバトルで結果を残せなかったことを内心で喜んでいる。
みくの才能を妬み、あまつさえ潰そうと画策する。俺はそういう卑怯な手を使う奴らが大嫌いだった。
確かな実力を持っていてもそれを発揮できないのは、こういった周囲の環境が原因なのは明らかだ。
とはいえ、俺にできることといえばみくに直接的な危害が及ばないように睨みを利かせ、牽制するくらいだ。
力こそが全てだった不良の世界とは違い、暴力じゃ何も解決できないこの世界で俺ができることなどこの程度でしかない。
「次、LIVEバトルに負けたら俺はこの事務所を辞める」
俺は今、みくと対面する形で椅子に腰を掛けている。
この談話室なら誰の邪魔も入らない。話をするには最適な場所だった。
「……ヤマチャンもみくを見捨てるの?」
「俺は元々喧嘩しか知らねぇ男だ。そんな俺にプロデューサーなんて仕事が務まるはずなかった」
「それならみくも辞める!ヤマチャンが居ないのにここに居てもしょうがないもん」
「馬鹿言うな。トップアイドルになるって前に言ってたじゃねーか」
初対面のとき、そう宣言していたのを思い出す。
「でも、ヤマチャンが居なかったらみくはひとりぼっちになっちゃうよ……」
「それはちゃんと考えてある。安心しろ」
この事務所は腐っているが、全ての人間がそういうわけではない。
まともな奴は少ないながらも居る。俺はそいつに、みくのことを任せるつもりだった。
「それにもし負けたらの話だ。俺は絶対に負けるつもりはねぇ」
アイドルに憧れてこの世界に足を踏み入れたみくと違って、成り行きで入っただけの俺にはこの世界には何の未練もない。
ただ、何の力もないこんな俺を慕ってくれているみくだけはなんとかしてやりたい。心の底からそう思っていた。
「うん。そうだよね……勝てばいいだけだもんね!」
「ああ、その意気だ」
俺も正真正銘最後という気持ちで、後悔がないようにやるつもりだ。
あれから数日が経った。
仕事が一息ついた俺は様子を見に、みくが練習しているレッスン場へと足を運ぶ。
「調子はどうだ?」
「すっごく良いよ!今なら誰にも負ける気がしないにゃ!」
豪語するだけあって、確かに今までよりもずっと良い状態に見える。
前回のLIVEバトルの時に今の力が発揮できていれば確実に勝っていただろう。
これなら次はまず間違いなく勝てる。そう確信出来るほどだった。
「そりゃ頼もしいな。試合はいつでも大丈夫なのか?」
「うん、いつでもいけるにゃ!」
とはいえ、次のLIVEバトルをどこの誰とやるかはまだ考えていなかった。
前の試合での心の整理にもう少し時間がかかるかと思っていたが、蓋を開けてみればこの好調。
あんまり間隔を空けすぎて調子が狂っても困るし、早めの日程を組む必要がありそうだ。
「そろそろ休憩だろ?飯食いに行こうぜ」
時刻は既に昼の12時を回っている。
俺は当然として、みくも今日は早朝からレッスンということで今はちょうど飯時の頃合いだ。
「うん!準備するからちょっと待ってて!」
「ああ」
みくの着替えを待つ間、何処に行くかを考える。
ひとりなら安い牛丼や定食などで適当に済ませるが、さすがにアイドルを連れてそんな場所に入るのは気が引ける。
かと言ってあんまり高く付く店に入る気もしない。普通にファミレスでいいか。
目的のファミレスはさほど遠くないため、車は使わず徒歩で向かうことにした。
この運動公園を抜けると近道のはずだ。
世間一般的には休日なだけあって今日は親子連れや小中学生が非常に多い。
そして、辺りを見渡しながら歩いているとその存在に気が付いてしまった。
「あいつは……!」
忘れもしないその姿。あの頃と何も変わっていない銀髪にピアスの男。
そいつが見知らぬ子供とサッカーをして遊んでいた。
「え、知り合い?」
「知り合いなんてもんじゃねぇ。あいつは俺の宿敵だ」
久しく忘れていた感情が心の中で燃え上がる。
気が付けば、俺はそいつの元へと向かって走りだしていた。
「あ、ヤマチャン!急に走ったりしたら……!」
「はうっ!?」
みくの忠告も虚しく、最近ずっと運動不足だった俺はちょっと走っただけで足を挫いてしまった。
バランスを崩した俺は、転がるように奴らの間に割って入った。
「うわっなんだこいつ!?」
「凄い飛び方してきたぞ……」
「俺のことを忘れたとは言わせねぇぞ、清村……!」
この男こそが清村緒乃。俺の人生を変えた男だ。
「ちょっと、ヤマチャン大丈夫!?」
「大丈夫……じゃねーけど大丈夫だ」
俺は挫いた足を庇いながら起き上がり、痛みに耐える。
「清村の知り合いか?」
「いや、こんな奴知らん」
俺のことを覚えてないだと!?ふざけやがって……!
「お前に報復しに行こうとしたせいで足挫くわ舎弟なくすわロクな就職ないわで俺の人生散々なんだよ!」
こいつがボブに手を出したりしなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
「いや、それほぼ俺関係ないじゃねーか……ってか思い出した。お前ヤマか」
「ようやく思い出しやがったか……」
「ああ、あの時俺に抱きついてきた奴だろ」
「うわっ……きもっ……」
「ヤマチャン……失望したにゃ……」
「ちげーよ!誤解を招くようなこと言うんじゃねぇ!」
2人の視線が痛いくらい俺に突き刺さる。
いや、確かにあの時はああいう状況になったが俺にそんな趣味はない。
「どうでもいいが、今更俺に何の用だよ」
「ここで会ったのがテメェの運の尽きだ!ぶっ殺してやる……!」
「なんだよ、やんのか?」
「……と言いてぇところだが、もうガキじゃねーんだしこんなところで喧嘩する気も起きねぇ」
何か公平な勝負で決着をつけるのが理想的だ。
とはいえ、何が良いか……ん?
「さっきから気になってたが、その子供はお前の弟か何かか?」
「晴のことか?」
「弟じゃねーよ。そもそも男でもねーよ」
つまりこいつは女で、清村の妹でもない…ってことは。
「清村……テメェそういう趣味があったのか」
「ちげーよ!お前こそ誤解を招くようなこと言うな!」
「こいつはオレのプロデューサーだよ」
「そうだ。遊んでるのはこいつに付き合ってやってるだけでそれ以上でもそれ以下でもねぇ」
「なんだ、テメェもそうだったのか……」
話を聞けば、この結城晴という子供はアイドルで、清村はそのプロデューサーをやっているらしい。
最近この辺りに新しい芸能事務所が出来たとは噂に聞いていたが、まさかこいつが一枚噛んでいたとは……。
しかしそれなら話は早い。
「清村、俺と俺のアイドルとLIVEバトルで勝負しろ!」
「LIVEバトルだと!?」
「ああ。テメェもプロデューサーならルールくらい知ってるだろ?」
「一応はな……まだ経験はねーけどよ」
プロデューサー同士、これが一番妥当な勝負だろう。
相手の実力はわからんが話を聞く限りはデビュー時期はみくとそう変わらないはずだ。
強敵ならそれだけ倒し甲斐がある。俺の闘志には完全に火が付いていた。
「勝負は一週間後、負けた方は勝った方に従う。みく、お前もいいだろ?」
「みくは別に構わないにゃ。ヤマチャンに任せるよ」
「待て、勝手に話進めんなよ」
「なんだ、自信がないのか?あの清村ともあろう奴がよ」
俺が知る清村は、この程度で怖気づくような男じゃない。
「やってやろうぜ清村!言われっぱなしでいいのかよ!?」
「晴……いいのか?」
「要は負けなきゃいいんだろ?簡単じゃねーか」
さすが清村のアイドルだけあってずいぶん強気だな。面白いじゃねぇか。
「わかった。その勝負乗ってやる」
「決まりだな。わかってるとは思うが、ルール通り正々堂々と勝負だ」
「ああ。よし、帰って試合に向けて特訓するぞ!」
「おう!へへっ、燃えてきたぜ!」
そして二人は、サッカーボールを抱えて公園を後にしていった。
「ヤマチャンが熱くなってるとこ、初めて見たかもにゃ。ちょっとカッコ良かったよ!」
男としては褒められて喜ぶところなんだろうが、正直今の俺はそれどころじゃなかった。
「悪りぃ、みく。ちょっと肩貸してくれ……」
ずっと我慢していた痛みに、ついに限界が来た。
「やっぱカッコ悪いにゃ……」
うるせーな……俺は早く足を冷やして安静にしてーんだよ!
それからはあっという間に日々が過ぎていった。
みくは毎日のように遅くまでレッスンに取り組んでいたし俺もそれに付き合った。
今回の対戦相手であるあの結城晴というアイドルのことも調べてみたが、どうやらあっちもなかなかの有望株らしい。
だが、今のみくの調子からすればタイマンならまず負けることのない相手だろう。
今度こそ、やれるだけのことはやったと断言できる。
「行けるな?みく」
「うん。バッチリだにゃ!」
一足先に会場入りしていた俺達は、控室で清村たちを待っていた。
ククク……今日こそ、この因縁に決着を付けてやるぜ!
「悪ぃ、ちょっと遅くなったわ。よしお前ら、ここが控室だ」
まあ予定の時間には十分間に合うし、多少遅れようが特に問題はない。
清村が室内に足を踏み入れると、連れのアイドル達が雪崩れ込んできた。
ん……?アイドル……達……?
「オレの本気、見せてやんぜ!」
「狂乱の宴……血が滾るわ!(LIVEバトル……緊張するけど楽しみです!)」
「勝ったらなんかご褒美ちょーだいね?」
「フフン!この天才少女の実力を見せてやる!」
「事務所同士の抗争……絶対に負けられんのう」
「えぇ――――――――ッ!?」
当然5人相手に勝てるわけもなく、俺達は惨敗を喫した――――――――
「なんかすまんな……うちの社長が全員出せって言うから鵜呑みにしちまった」
「もういい……確かにルール通りだったし負けちまったもんはしょうがねぇ」
LIVEバトルのルールのひとつにはメンバーは5人までなら自由に編成していいというものがある。
釈然としない部分はあるが、あっちのアイドルが一人だけで、タイマンでの勝負になると思い込んでたこっちにも原因がある。
「移籍してきました前川みくです!よろしくお願いしますにゃ!」
「みくさんか……こっちこそよろしく頼むぜ」
「汝も我が眷属の一員となれ!(お友達になってもらえますか?)」
負けた方は勝った方に従うというルールを決めた結果、みくは前の事務所を辞めてこのとりごやプロへと移籍することとなった。
思うように結果を残せず負け続きだったとはいえ有望なアイドルの一人であることは変わらない。
そう簡単に手放すとは思えなかったが裏で色々と動くものがあったらしい。
そして、俺もみくの担当アイドルとしてこの事務所に一緒に移籍させられている。
次負けたら事務所を辞めるとは宣言していたが、まさかこうなるとはな……。
まあ、みくはこの事務所では好意的に受け入れられそうだったし結果的に負けたとはいえそう悪いことばかりでもなかったということだ。
ただひとつの問題点を除いて……。
「うちも人手不足だったからな。これから頼むぜ、”色々”とな……」
「これからよろしくお願いしますね。ヤマさん」
「これからよろしくね」
俺に対して不敵な笑みを浮かべる社長とプロデューサーと事務員の姿を見て、溜息が出そうになる。
特にあの二人は俺たちを引き抜くのにかなりの裏工作をしたらしく、この俺が恐怖すら感じるレベルだ。
やっぱり、清村には関わってはいけなかった。
今さらそんなことを考えても遅い。わかってはいても、考えずにはいられなかった――――――――
第10話 清村くんとヤマネコ 終わり
乙
ヤマさんが前世の罪を償って幸せになれるのは何時だろうね…
ヤマさんは原作でたった1話しか登場してないキャラなので、あの話でわかること以外はほぼ想像です。
無関係な人間を巻き込むことを嫌う性格から悪人ではないと思いますが……。
どマイナーなキャラもいいとこなので出すかどうか本当に悩みました。
もしかしてろのキャラなのかな
一切覚えがない
>>355
そうですね
”ろ”を読んでても覚えてない人も居そうです
乙です
夜馬さんは強いってことしかわからないからなぁ
次回も楽しみにしています
乙
ヤマさんは前世の罪を現世で禊いでいるんだよ……きっと
乙
まさかのヤマさんでワロタwwww
マイナーって言っても、ヨマが元だけあって知ってる人は割と強烈に覚えてる部類じゃないかな
抱きついてきた人かwwww
ヤマさんかよwwwwww
ヤマさんは清村並に不幸そう
ヤマさんは足首を除けば喧嘩の強い普通の不良だから…
清村と杉小路の強さ考えたらヤマさんもアデルバくらい使えるのかな
ヤマさんは「凄」の人みたいなイメージだな、出さずに終わる
ヤマさんかよwwwwww
相変わらず前世に呪われてんだな…とりあえず乙
ヤマさんェ・・・さすが前世のカルマはえごいなwwwwwwww
そして事務所のアイドルもとうとうとりごやサッカー部の部員数を超えたか。
これなら全国大会優勝も余裕で狙えるな
でも前世であれだけやらかしたヤマさんがこの程度なら
清村はいったいどんな大罪人だったんだ
タバコを吸って野球部に入部した
前世で暗殺者やってて剣道日本一兄妹もいるし…
案外クウさんだったのかもしれない、髪型も似てるし
今回ちょっと難航しているのでいつも以上に投稿が遅くなると思われます
申し訳ありません
土塚ファンは忍耐だけはあるから大丈夫やで
土塚新連載するらしいね 果たして神無なのか…
4章に決まってるだろ!いい加減にしてくれ!
(始まるグリーンラインと飛び込み漫画)
大丈夫なのか
なーに
神無よりは早いしヘーキヘーキ
もう無理なのかねえ
第11話 清村くんとヒーロー
「あちぃ……」
茹だるような熱気が身体の自由を奪う。
事務所ならクーラーが効いていて快適だが、俺の家にはそんなものはない。
あるのはせいぜい扇風機程度で、これくらい暑いと気休め程度にしかならないから困る。
うちの事務所にヤマ達が移籍してきてから、俺に割り振られる仕事の量は少し減った。
だから今日は珍しく全日フリーという最高の休日を迎えられたというのに、こう暑いと動く気力もなくなる。
かと言って二度寝しようと思っても寝付けず、どうにも歯痒い思いをしているところだ。
今日は一日中こうやってゴロゴロ寝て過ごすことになるんだろうなと思った矢先、家のインターホンが鳴り響いた。
どうせ新聞の勧誘とかだろうし無視だ無視。こうやって時間を浪費できるのも休日の特権だしな。
しかしこちらが無視を決め込もうとしているのにも関わらず、インターホンは鳴り止むどころか激しさを増していく。
ふざけやがって。俺の貴重な休日を妨害する奴はいったい何処のどいつだ!
そのツラ拝んで、怒鳴りつけてやる!
「僕だよ」
「知ってた」
ここまで執拗に俺への嫌がらせを繰り返すような奴となると、もうこいつしか居ないことを俺は理解していた。
俺はすぐさま扉を閉め、鍵を掛けて厳重にチェーンでロックを施す。
いくら杉小路といえど、そう簡単に俺の休日の邪魔はさせん。
とはいえもうすぐ昼か。まだ朝飯も食ってないし、そろそろ適当に飯でも作るとするか。
「なんだよ、せっかく来てやったのに」
「どっから入ったァ――――――――ッ!?」
何を食おうか考えながら部屋に戻ってみると、杉小路が自分の部屋のようにくつろいでいた。
「窓が空いてたよ。不用心だなぁ」
「ここ2階だぞ……!?」
窓から身を乗り出して確認してみるが、とてもじゃないがそう簡単に登ってこれるような高さじゃないぞ。
おまけに何か道具を使ったような形跡もない。こいつは忍者か何かか。
「このケーキ甘すぎじゃない?ちょっと僕の口には合わないなぁ」
「勝手に俺のスイーツ食ってんじゃねェ――――――――ッ!」
いかん、こいつのペースに乗せられるな。俺が苦しむところを見て楽しんでるんだから反応したら負けだ。
落ち着け、冷静に対応するんだ。
「……で、今日はいったい何の用なんだよ」
「用がなかったら友達の家に来たらダメなの?」
「この所業が友達のやることだとしたら、俺は友達の概念を改めるぞ」
今この瞬間も杉小路は勝手に俺の部屋の模様替えを始めてみたり、
いぬやねこやパンダを連れ込んで餌を与えてみたり好き放題やっている。
「別に、ただ遊びに来たんだよ」
「俺でか!?俺で遊びに来たのか!?」
杉小路の勝手な模様替えのせいで俺の部屋は既に別物になっていた。
この狭い空間がまるで動物園のように変貌している。杉小路が帰ったら動物達も追い出して元に戻しておこう。
「つーか仕事はどうしたんだよ。俺が休んでお前がサボってたら仕事回らんだろ」
「今日の分の仕事は昨日のうちに終わらせたよ。この後は他に用事ないから完全フリーさ」
マジかよ、無駄に有能すぎるだろこいつ。
普段からそれくらいやれよと思うが、今回はこうやって俺の休日を邪魔するためだけに張り切ったんだから言っても無駄だろう。
仕事に戻らせる目論見は失敗に終わったが、それでもなんとかしてこいつをここから連れ出さなければならない。
これ以上何かされる前に。
「……なら飯食いに行こうぜ。俺まだ食ってねーし」
「いいよ。僕も昼はまだだから、行こうか」
とりあえず、最大の窮地は脱出できたようだった。
「これからどうする?」
街中に出て、適当に目についた店で食事を済ませた俺達は特に行くアテもなくぶらついていた。
「久々に清村をバットでボコボコゲームとかどう?」
「やらねーよ!」
それをやって楽しめるのはお前だけじゃねーか。
「Mr. HELIの大冒険の全クリ」
「それも嫌だ」
なんでこのご時世にPCエンジンで遊ばなきゃならねーんだよ。
つーか仮にも元サッカー部の部長だってのに、こいつはゲームですらサッカーをやらねーのか。
だいたい、杉小路は絶対自分の家に人を入れないからやるなら俺の家じゃねーか。その時点で却下だ。
結局、特に何をするわけでもなく時間だけが過ぎてゆく。
何が悲しくて貴重な休日を二十歳を超えた男同士で過ごさなければならないのか。
本当だったら俺は今頃自宅でゴロ寝しながら仕事の疲れを癒していたというのに。
そんなことを考えながら肩を落として歩いていると、目の前に人だかりが出来ているのが見えた。
「なんだ?アレ」
普段の俺なら絶対に近寄らないだろうが、ちょうど暇で暇でしょうがなかったところだし、興味本位で少し覗いてみることにする。
「どうやら特撮のロケみたいだね。ブレードブレイバーが居るよ」
「ブレードブレイバー?なんで今さら?」
その名前は、特撮にまったく興味が無い俺でも知っていた。
放送当時はさぞ流行ったらしく、周りの奴らがよく話していたような気もする。
ただ、それも俺がガキの頃の話だ。それがなんで今になってまた撮影なんかやってるっていうんだ。
「今はオールヒーロー集合企画とかで昔のヒーローも出てくるんだよ。ほら、ブラックデュランとかオメガセイバーも居る」
それは知らねぇ。ブレードブレイバーより昔の作品なのか、それとも最近の作品なのかもわからん。
「どうせだからちょっと見ていこうよ」
「えー……俺特撮とかあんま好きじゃねーんだけど……」
「まあまあそう言わずにさ。僕達も芸能界で働いてるんだし、こういうのを見るのも勉強になると思わない?」
確かに、そう言われれば一理ある気もしてくる。
しょうがねぇ。どうせ他にやることもねーんだし、せっかくだからロケの様子でも見ていくか。
トップアイドルを目指しているうちの連中も、いずれはこうやってテレビに出ることもあるだろうしな。
俺達がロケを見学し始めてから、かれこれ2時間は経とうとしていた。
特撮モノってのはもっと露骨に子供向けって感じだと思っていたが、ここまで見てる限りは結構シリアスな話で案外そうでもないらしい。
杉小路曰く、最近のヒーローは大人が見ても楽しめるように作られているとのことだ。
そして、キャストにはイケメンの俳優を起用している所為かギャラリーにはやたらと女が多いことに気が付いた。
ひと通り見渡してみても、小学生くらいの子供から中年まで幅広く揃っている。
案外、今は男よりも女の方に人気があったりするのか?よくわからん。
「ん?そろそろ終わりか?」
ここでのロケに一段落付いたのか、スタッフ達が撮影機材を片付け始めていた。
もう終わり、という空気が流れ始めたからか熱心に見ていたギャラリーたちも次々と帰っていく。
「あとは片付けだけみたいだし、帰ろうか」
「そうだな」
俺達もここを立ち去ろうとした瞬間の出来事だった。
スタッフが片付けていた大型の機材が、まだ残っているギャラリーの方へと倒れていく光景が目に映る。
「危ない!」
杉小路が連中に向かって叫ぶのと同時に、俺もその場を駆け出していた。
見て見ぬふりは出来ない。立ち位置からして、このままだと中学生くらいの少女が機材の下敷きになるのは明らかだった。
とはいえ勢い良く駆け出したものの、このまま何事も無く無事に助けるのは……無理だ。
どうやっても間に合いそうにないと判断した俺は巻き込まれそうな位置に居た少女を突き飛ばし、そのまま自分が大型機材の下敷きとなった。
「清村、大丈夫か!?傷は浅いぞ!」
「心配するんだったらまず俺の上から降りろ……!」
倒れてきた機材の上に立つ杉小路を振り落とすように、俺は立ち上がった。
ああ、今日はホント厄日だな……
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、なんともねーよ」
機材の撤去作業をしていたスタッフが俺の安否を確認してくるが俺自身には特に怪我はなく、せいぜい服が汚れたくらいか。
それよりも、俺が突き飛ばしちまった子の方が怪我してるかもしれねぇ。
突き飛ばした方向を見てみると彼氏なのか兄貴なのか知らんが、連れの男らしき人物に安否の確認をされていた。
「どうやら大丈夫そうだね」
「みたいだな」
遠目で確認したところ、目立った怪我はなさそうだ。あれなら心配いらないだろ。
にしても、結構な規模の事故だけに野次馬も集まってきてるしさっさとずらかった方がいいかもな。
見世物みたいに注目を浴びるのは好きじゃねぇ。
ひとまずこの場から退散しようとしたところ、あの子とその連れの男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「あの、助けて頂いてありがとうございました」
「気にすんな、身体が勝手に動いただけだ」
とは言っても、礼を言われて悪い気はしない。
思えばこうやって誰かに感謝されることなんて、今までほとんどなかった気がする。
「それより、さっきは突き飛ばしちまって悪かったな。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「ま、一応病院行っとけよ。病院代くらいここの奴らが出してくれんだろ」
元はといえばこの特撮スタッフ達の過失が原因だからな。
折角の休日に長々と拘束されたくないから俺は行かないが。
「そうだよタマちゃん。念のため診てもらった方がいいよ」
「ユージ君、心配しすぎ……」
さて、そろそろ本格的にずらからないとまずいな。
既にかなり注目されてる。この場に留まってると面倒なことになりそうなのは明らかだった。
「じゃあ俺は帰るぜ。行くぞ、杉小路」
「はいはい、わかったよ」
「あの、タマちゃんを助けて頂いてありがとうございました!」
「だから気にすんなっての。それより保護者ならちゃんと付いててやれよな」
「はい……すいません」
「それじゃあな」
そして俺達は野次馬から見を隠すようにその場を離れていった――――――――
それから少し離れた場所で俺たちはまた、暇を持て余していた。
さっきは杉小路の提案で特撮の見学をしていたが、それが終わればやることがなくなるのはまた必然。
あまりにもやることがなかったからか、無意識のうちに道行く女を目で追っていることに気が付く。
「あ、もしもし警察ですか?女性を付け狙う不審な男が……」
「ちげーよ!」
杉小路からケータイを奪い、すぐさま電源を切る。まったくこいつは……。
とはいえ、前にスカウト中に通報されかけたこともあるので完全否定もできないのが辛い。
少なくとも、さっきまでの俺が不審者になりかけていたのは間違いなかった。
「……もう帰ろうぜ」
職業柄というか洗脳教育のせいというか、こうやってるとさっきみたいなことの繰り返しになっちまう。
だいたい折角の休みだってのにスカウトごっこなんかしてられねーよ。
まあ正直、さっきのタマちゃんとか言われてたのは連れが居なかったらスカウトしてたかもしれないが……。
「うーん、じゃあ僕は会社に戻ろうかな。ちひろさん達はまだ仕事してるだろうし、手伝ってくるよ」
ああ、頼むからそうしてくれ。
そして出来ればもう二度と休日に顔を見せるな。
会社に戻る杉小路を見送ったところで、俺も家に帰ろうとしたその時だった。
「あっ、見つけたぞお兄さん!」
不意に、後ろから声を掛けられた。
「あ?なんだ?」
振り返ってみると、見た目小学生くらいの子供がそこに立っていた。
一目見てどこか少年らしさのようなものを感じたが腰にも届くんじゃないかという長い髪を見て女だとわかった。
いったい誰だ?当然ながら、俺にこんな知り合いは居ない。
「さっきそこで女の子を助けてたのすっごくカッコ良かったよ!まるで本当のヒーローみたいだった!」
「別に大したことをしたつもりはねーよ」
もしかして、さっきのロケ地に居た野次馬の一人か。
どうやら俺を探していたらしいがまさか追ってきたのか?何のために?
「そうやって飾らずに人助け出来るのもヒーローっぽい!くーっ、カッコいいな!」
なんか、変な奴に絡まれてしまったようだ。
適当にあしらいたいところだが、相手は女だし何より子供。
下手を打てば本当に不審者として通報されちまうかもしれん。
「で、俺に何か用か?」
「アタシはヒーローに憧れてるんだ!だから、お兄さんみたいなヒーローに着いて行けば、アタシもヒーローになれるかもしれない!」
言ってる意味がよくわからん。
それに、さっきまで俺のことをヒーローみたいだって言ってたのに、既に”みたい”ではなく完全にヒーローにされている。
「だから、どうやったらお兄さんみたいになれるのか教えてくれ!」
「どうって、俺は別にヒーローでもなんでもねーし……つーか、ここだと目立つからちょっとこっち来い」
あまりにも元気が良すぎるというか、人通りの多いこの路上で大声で叫ばれると嫌でも目立っちまう。
「そもそも、なんでヒーローに憧れてんだ?」
喉が乾いてたこともあって休憩がてらその辺にあった喫茶店に連れて入り、ふと思った疑問をぶつけてみる。
さっきのロケ地でも女は多かったが、それはいかにも俳優目当てという感じでこの少女のようなタイプではなかった。
「みんな笑顔のために頑張って、夢や希望を与えてくれるヒーローってすっごくカッコいいじゃないか!」
話を聞く限り、純粋に特撮が好きでヒーローという存在をずっと見ているうちにその姿に憧れを抱いたらしい。
だから自分も誰かに夢を与えるヒーローになってみたい、というのがこの少女の主張だった。
「でもどうしたらヒーローになれるのか、アタシにはさっぱりわからないんだ……そんな時に、お兄さんを見つけて……」
まあ俺を追ってきた理由はわかったが、だからといって俺にはどうしてやることも出来ない。
あの場面だけ切り取れば確かに俺はヒーローのように見えたかもしれないが、結果的にそういう風に見えただけだ。
別に俺はなろうと思ってやったわけじゃないし、なろうと思ってなれるもんでもないだろう。
それを目の前の悩める少女にどうやって当たり障りなく伝えられるか、頭を抱えたくなるくらい難しい問題に直面した。
いや、別に夢を壊すような真似をする必要はないな。
みんなに笑顔と夢を与える方法とそれが出来る人間、俺はそれを知っている。
「じゃあ、アイドルでも目指してみたらどうだ?」
「アイドルって、アタシがか!?無理無理!そもそもなんでアイドル!?」
「まあ、多少形は違うかもしんねーけど、みんなを笑顔にして夢を与えるってのはヒーローと同じだろ?」
こっちはヒーローみたいな慈善事業と違って仕事だけどな。
「た、確かに……」
「それに、お前の頑張り次第だが有名になればヒーロー番組の主題歌とか任されるかもしれないしな」
あわよくば、主演としてヒロイン役ということもなくはないということも付け加えて説明する。
「なるほど、つまりヒーロー南条光の誕生じゃないか!」
「そういうことだ」
「なんかやる気出てきた!ありがとうお兄さん、アイドル目指して頑張ってみるよ!」
「おい、ちょっと待て」
今にも席を立ち上がり、その場を駆け出しそうだったところを制止する。
あぶねぇ、このまま逃げられるところだったぞ。
「ん?何?」
「実は俺が芸能事務所……アイドルのプロデューサーやってんだよ」
「えーっ!?ほっ、本当か!?」
「ああ、今日はオフの日だけどな」
まったく貴重な休日潰して本当に何やってんだろうな俺。
でもまあ、なんだかんだ杉小路のお陰でこうやってアイドルの原石を見つけられたんだから良しとするか。
ちょっと変わった奴だが、それを言ったらうちの事務所もとんだ変人揃いだから問題ない。むしろマシな方かもしれん。
「だから、本当にお前にアイドルになりたいって気があるならうちの事務所で面倒見るが」
「なるなる!アタシ、アイドルになりたい!」
「よし、決まりだな」
今は名刺すら持ってないし正式な契約はまた後日だな。
そもそも本人にやる気があっても、親に反対されりゃその時点で終わりだし。
ひとまず今日はやることがないからこのまま解散だが、その前に……。
「俺は清村緒乃だ。よろしく頼む」
「アタシは南条光!これからよろしく頼むぜ、相棒!」
それから数日後、光は晴れてとりごやプロに所属することになり、俺達の仲間になった――――――――
「おお、アイドルってもっと可愛い衣装を着るイメージがあったけど、こういうのもあるんだな!」
今後のプロデュース方針を固めるために、俺は光と一緒に衣装のサンプルの確認をしていた。
人によって合う服は全然違うからな。周子や巴なら和装が似合うし、蘭子だったら黒のゴシック服だったり。
「まあ光だったらやっぱりカッコいい系が良さそうだな」
「ああ、アタシもどっちかといえばこういう方が良いな!」
「じゃ、本人の希望通りそういう路線で行くか」
本格的にデビューするまではお預けだけどな。
他のみんなと同じように練習して、ステージに建てるようになってからの話だ。
「へぇ……希望を言ったら、その通りにしてくれるんだな」
「まあな……ん?」
声の主は光……じゃない。
今のは誰の声だ?
「じゃあオレの今までの衣装は何なんだよ!可愛いのばっか用意しやがって!」
「げっ……晴……!?」
いつから話を聞いていたのか、晴のこめかみは怒りで震えていた。
「おい待て、話せばわかる」
前にも同じようなことがあったが、あれは俺の意思じゃない。
杉小路がああしろって言うから。それにあの衣装を着てステージに立った晴は何故かかなり評判が良い。
そういうわけで、なかなか引くに引けなくなっていた。
「清村のバーカバーカ!変態ヤロー!」
「清村さん……アンタそういう人だったのか……」
「あーもうめんどくせーなマジで!」
杉小路のお陰で何かが上手くいっても、代償としてそれ以上に面倒なことが返ってくるというのを改めて理解した。
頼む、ブレードブレイバーでもブラックデュランでもなんでもいい。あの悪の親玉を打ち滅ぼしてくれ!
第11話 清村くんとヒーロー 終わり
なんとか7月中に投稿することが出来ました
いくらなんでも遅すぎですね……反省してます
これからしばらくは新しいキャラは出さず、今居るキャラに焦点を当てていこうと思います
乙
最近BBCも色々面白いことになってるみたいですね
ネタバレになっちゃうから言えないのですが
乙
やりとりが見てて和む
乙です
タマちゃんが出るとは
剣道少女タマちゃん
あれどこかにもいたような……
sage忘れすまん
やっぱりタマちゃん登場!乙
乙
何だかんだで周りの子に慕われてる分で高校の時よりは幸せそうだな清村
安井とかは明らかに清村ナメてたし
アイドルに慕われる清村イイヨイイヨー
ふと思ったが、イラストとかでよくあるプロデューサーのP頭は、
清杉的に考えるとおめんで存在するんだろうかwwwwww
清村P「とれん」
保守してさしあげやがりましょう・・・
けキャキャきゃケきゃキャキャ!
もう来ないのかね
第12話 清村くんとスケッチブック
ある日の夕暮れ時、俺は事務所でひとり虚しく事務作業に追われていた。
スケジュールの管理に今後の活動企画、やらなきゃならないことはたくさんある。
とはいえ、当然俺一人で何もかも出来るわけじゃないから普段は千川達と話し合いながら作業を進めている。
今日もそうするつもりだったが残念ながらそれぞれ予定があるらしく、その一方で俺は特に決められた予定がない。
そういうわけで、俺はこうしてひとり事務作業に取り掛かっているわけだ。
この無駄に広い事務所にただ一人というのはさすがに違和感を覚えるが、気分的にはそう悪いもんでもない。
自分のペースで仕事ができるし何より杉小路による妨害がない。
気楽にできる分むしろ普段よりも作業が捗っていた。
そして気が付けば書類にも一区切り付いて、もうひと踏ん張りで俺が一人で出来る範囲の作業が終わるというところだ。
今までずっと作業に没頭していただけあって一旦それを意識すると集中力が途切れてしまう。
ひとまず休憩を挟んでから作業を続けることにするか。
甘いココアでも飲んで癒やされようと休憩室に足を踏み入れると、想定外の先客がそこに居た。
「蘭子……?」
一体いつからここに居たのか、机の上で寝そべっている蘭子の姿が見えた。
熟睡しているのか俺が部屋に入っても起きる気配はない。
どうやら寝る前までここで絵を描いていたらしく、すぐ側にいつも蘭子が持ち運んでいるスケッチブックが置かれていた。
理由はわからんがレッスンが終わった後、寮に戻らずここに来たらしいな。
で、描いてる途中で眠くなってそのまま……ってところか。
どうせ寝るなら仮眠室で寝ればいいのになと思うが、まあ本人にとってはほんの少しだけのつもりだったんだろう。
とりあえず寝ている蘭子を起こさないように静かにココアを作り俺も机についた。
やっぱり甘い物が口に入ると気分が良くなる。クソ暑い夏だけにそれが冷たい飲み物となると格別だ。
にしても、本当に気持ちよさそうに眠っているがもしかして疲れてるのか?
だとしたらプロデューサーとしてその辺は気を配ってやらないとな。
ただでさえ最近の蘭子は、目に見えて仕事が増えてるんだから。
個性派揃いのうちの事務所のアイドルの中でも、蘭子は特に異質な存在だった。
服装もそうだが、初見で蘭子の言動を理解するのはまず不可能だろう。
まあ杉小路みたいな奴も居るが、あいつを例に挙げてもしょうがない。
とにかく、まともに言葉が通じない上にその言葉を素直に受け取ってしまうと、こいつは喧嘩を売っているのか?と思うのも無理ないはずだ。
実際のところ本人にはそんな意図はまったくなく、むしろ気配りができて仲間思いで優しいと、まさに絵に描いたような良い奴だ。
ただそれも蘭子の言葉を理解できるようになって初めてわかること。
だから、そんな蘭子が果たしてアイドルとして受け入れられるのか。
正直な話、俺は多少不安に思っていた。
蓋を開けてみれば、そんな心配は必要なかった。
神崎蘭子というアイドルを目の当たりにした観客は最初こそ困惑していたものの、
新しいタイプのアイドルということもあり、同時に蘭子の魅力も感じることが出来たのか俺の想定外の人気を博した。
この想定外の結果に対して、俺が蘭子を信じきれていなかったと言われればそれまでだ。
それでも、素の蘭子を知っている身からするとこれは喜ばしいことだった。
俺がスカウトしてきた成り行きでアイドルになった奴らと違って、
蘭子はアイドルになるために単身で上京してうちの事務所にオーディションを受けに来たくらいだ。
トップアイドルへの道のりはまだまだ長いがまずひとつ、報われてよかったなと素直にそう思う。
そんなこんなで、急激に人気を獲得した蘭子に回される仕事は多い。
比較的横並びとはいえ、うちの中では入った時期が遅い方だったのにもかかわらず先にデビューした面々に並び立つほどだ。
ここで一気に追いつかれた奴らはこれを刺激に頑張って欲しいし、蘭子の後に入った奴らはこれを目標にして欲しい。
今の蘭子は、うちの事務所にとってかなり重要なファクターと化していた。
とまあ一応蘭子の理解者の一人になったつもりではあるものの、未だにわからないことは多い。
俺の仕事中でも構わず絡んでくる連中と違って、向こう側から積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくるわけじゃないしな。
例えば、このスケッチブックなんかは少し気になっている。
蘭子が何かを描いている場面に出くわすことは少なくないが、実際に絵を見たことは一度もなかった。
元々それ自体に興味があったわけじゃない。
ただ、俺に気が付くとすぐ体で覆い隠すなんて露骨なことをされるとどうしても気になってくるだろ?
だから俺は、今がチャンスとばかりについ出来心でそのスケッチブックを手に取ってしまった。
とりあえず、パラパラとページを捲ってみる。
いかにも蘭子が好きそうなファンタジーっぽい絵がこれでもかというほど描き込まれていた。
「へぇ……」
結構上手いんだな。
絵に自信がないから隠しているのかと思ったがどうやら違うらしい。
そのまま適当に流し見てみると、思わず目を引かれる絵が最後のページにあった。
これ、もしかして自分を描いてるのか?
顔は適当に誤魔化されているが、髪型などを見るとそうなんじゃないかと感じる。
よく見てみると、衣装の部分は何度も消しゴムで強く消した痕跡があった。
こんな衣装着せたこともなければ見たこともないし、自分でデザインしたんだろうか。
何故かその絵が気になって、ついつい長々と眺めていたのがまずかった。
「あれ……私、寝ちゃってた……?」
「あ」
これはやばいと理解した時にはもう既に遅い。
寝起きの蘭子でもはっきりとわかる、言い逃れの出来ない体勢で俺はスケッチブックを開いていた。
「……ええええええ!!もしかしてそれ!?」
「……悪りぃ、見ちまった」
すぐにページを閉じて返すと蘭子はそれを勢い良く奪ってそのまま胸の中で抱え、顔を隠すように俯いている。
「ら、蘭子?」
そのままぶるぶると震えつつも一向に動こうとしない様子を見かねて声を掛けたその瞬間だった。
「清村さんの、ばか――――っ!」
「あっ、おい!」
蘭子はそれだけ言い残すと、不意に立ち上がりそのまま部屋を出て行ってしまった。
追おうかとも思ったが、なんて言い訳して謝ればいいかもわからずそのまま立ち尽くしてしまう。
「何やってんだよ、俺は……」
自業自得とはいえ、明日どうやって顔を合わせればいいんだろうか。
そんなことばかり考えて残り少ない仕事にもなかなか手が付かないまま、俺は今日一日を終えることとなった――――――――
「おーい清村ー」
気付けばあれから数日が経っていた。
その間も俺と蘭子は一緒に仕事に出ることはあったが、最低限の事以外は口を聞いてくれないし顔も合わせてくれない状態が続いている。
「きーよーむーらー」
元々不良だっただけに、嫌われることには慣れてると思っていた。
だが俺の中で数少ない良い奴カテゴリーに入っている蘭子にこういった態度に出られると、さすがの俺でも良心の呵責を感じる。
取り立てて解決策も思いつかないまま、時間だけが無為に過ぎていく。
頼むから誰か助けてくれ……。
「聞けよ」
「おぶぇっ!?」
これからどうしようかと考え事をしていた矢先、突如顔面に激痛が走り俺はそのまま勢い良く壁まで叩きつけられる。
「おいテメェ……いきなり何しやがんだ」
血を吐きつつその場から立ち上がった俺が目にしたのは、バットを手に持ちこちらを見下す杉小路の姿だった。
「ちゃんと声かけたのに無視しただろ」
「だからってバットで人を殴る奴がどこに居やがるッ!」
最近俺の扱いがまた酷くなってる気がする。
いや、お互い別の仕事で会わないことも多くなってる分だけこれでも高校時代よりはまだマシか。
「それで、何の用だ?仕事の話か?」
「いや、ただ単に昼飯にでも誘おうかと思っただけだよ」
「もうそんな時間か……別にいいけどよ」
仕事に集中して、というよりは蘭子の件をずっと考えていたこともあってすっかり時間を忘れていた。
朝からずっと机に向かっていたはずなのに作業はあまり捗っていない。
「ここ最近ずっと心ここに在らずって感じだけど、何かあったの?」
「別に、なんでもねえよ」
どんな悩み事があったとしても、こいつにだけは打ち明ける気がしない。
まともに相談に乗ってもらえるとも思えないしな。
「ふーん。まるで蘭子ちゃんのスケッチブックを勝手に見て怒られて凹んでるみたいな顔してたけど」
「なんで知ってんだよ!?」
悩み事をピンポイントで言い当てられて思わず動揺が走る。
「うわぁ……冗談だったのに、人のもの勝手に見るとかどうしようもないクズだね」
「お前にだけは言われたくねーよ」
とはいえ、棚上げできるようなことでもないから完全に否定はできない。
俺のせいで蘭子を怒らせちまったのは事実だしな。
「だから今までずっと悩んでたってわけ?ちゃんと謝ったの?」
「まあな……。結局、ロクに口も聞いてくれないわけだが」
普通に謝っても駄目ならしょうがない。あの手でいくか……。
「こうなったら俺が楽しみにしてた駅前の店の限定シュークリームを……」
「気持ち悪いから泣くなよ」
うるせーよ。俺が自らスイーツを手放すことも考えるくらい重大な事態なんだよ。
限定30個だぞ。これを手に入れるのにどんだけ苦労したと思ってんだ。
「だいたい、スイーツひとつで機嫌が良くなる奴なんて君くらいだと思うけど」
「……じゃあどうすりゃいいってんだよ」
「どうせ何か渡すなら本人が好きなものにしたら?適当なものもらったって向こうも困るだけだよ」
蘭子が好きなものか……。
あいつの趣味はわかるが、物となると難しいな。何を渡せばいいのかさっぱり見当がつかん。
「蘭子ちゃんは良い子だし、もう一度ちゃんと謝れば許してくれると思うけどね」
「それもそうだな」
物で釣るってのもいやしい考え方だし、杉小路の言うとおりまずはもう一度謝るか。
それでも駄目だったら、それはその時考えよう。
「まあ僕にできることなら協力するからさ、さっさと仲直りしてきなよ」
「なんか今日のお前、やけに協力的だな」
あまりの薄気味悪さに悪寒を感じる。まさかこいつが人の心配をするとはな。
いや待て騙されるな。俺はさっきこいつにバットで殴られたばかりだぞ!
「事務所のみんなも心配してたからね。そういう不安要素を取り除くのも社長の務めさ」
「マジか」
一応他の奴には隠してるつもりだったんだが、そりゃバレるか。
これが解決したら心配かけさせたみんなにも謝らないとな。
「とりあえずサンキュー。蘭子が来たらもう一度話し合ってみるわ」
結局一番相談したくない奴に相談する羽目になっちまったが、結果的には良かったかもな。
さっきより少しは気分が楽になった気がする。
「まあ僕としては清村はどうなってもいいけど、蘭子ちゃんをこのまま放っておくのは可哀想だからね」
「そんなことだろうと思ったぜちくしょう!」
こいつの優しさが俺に向けられる日は、きっと来ない。
「話がある。後で休憩室まで来てくれ」
あれから蘭子が出勤してきてすぐ、俺は直接声を掛けた。
用事があるから休憩室には誰も近づかないようにとみんなには言い含めてある。
あとは、呼びかけに応じてくれることを祈るだけだ。
しばらく室内で待っていると、ゆっくりと扉が開かれる音がした。
部屋に入ってきたのはもちろん蘭子だ。呼びかけに応じてくれたことにひとまず安堵する。
「我を呼び出すとは如何なる事象か(何の用ですか?)」
「ああ。この前の件をもう一度ちゃんと謝りたくてな」
蘭子からは何の反応も返ってこない。
「この前は本当に悪かった。反省してる」
「紡がれし虚無の言霊(口だけならなんとでも言えますよ?)」
「わかってる。けど、今はこうやって謝ることしか出来ないからな」
俺がこうやって頭を下げるのはかなり珍しいかもしれない。
普段なら絶対にやらないことだが、頭を下げてでも俺は蘭子に謝りたかった。
「……贖罪の日々に終わりを告げるといい(もういいですよ。気持ちはわかりましたから)」
「いいのか?」
「もとより我の逆鱗に触れたわけではない(はい。本当はそこまで怒ってたわけでもないですし)」
「どういうことだ?」
じゃあ、今までのあの態度は何だったんだろうか。
俺はてっきり怒ってるから無視されてるもんだと思い込んでいたが。
「……恥ずかしかったのもありますけど、怖かったんです」
「怖いって……」
「あんな絵ばっかり描いて、気持ちの悪い子だと思われたんじゃないかって」
「別にそんなこと思わねーよ。むしろ想像以上に上手くて関心したけどな」
蘭子が本当に気にしてたのはそこだったのか。
というか普段がああなのに、そこを気にするのは今更って気もするが。
「私の事、変な子だって嫌ったりしません……?」
蘭子が上目遣いで、俺の顔を覗きこんできた。
その目には多少涙が浮かんでいるようにも見えて、それがより一層俺の罪悪感を刺激することとなった。
「まあ、多少変わってるとは思うがそれはお前の個性ってことでいいんじゃねーか?」
実際、ファンにはそれで受け入れられて来てるしな。
「どっちにしろ、そんなことでお前を嫌ったりはしねーよ」
この程度で好きとか嫌いとか言ってたら杉小路とか安井なんてどうなるんだろうな。
とっくに絶縁しててもおかしくないくらいの仕打ちと出来事が山ほどあったわけだが。
「本当ですか?良かったぁー……」
蘭子は安堵するように胸を撫で下ろしていた。
ひとまず、これで問題が解決したってことでいいのか?
しかし俺のせいで気に病ませていたとは……本当に悪いことをしたな。
怒るよりも先に人との関係が気になるなんて蘭子らしいというかなんというか。
「あの絵のことで一つだけ聞いていいか?」
スケッチブックに気になる部分があったから、この際だから聞いてみることにする。
「なんですか?」
「最後のページのあれって……」
「あ、ああ!あれも見ちゃってたんですか!うぅ……恥ずかしいなぁ……」
「悪い。他のはパラパラと見ただけだが、あの絵だけちょっと気になってな」
俺にはあれは蘭子の自画像のように見えたが……。
「あれは私です。……いつか、あの絵に描いたような衣装が着てみたいなって」
「つまり、自分で自分の衣装をデザインしたってわけか」
「あ、別に今の衣装に文句があるわけじゃないですよっ!?ただの妄想みたいなものでっ……」
「わかったから落ち着けって」
俺は慌てる蘭子をなだめて、少し冷静に考えてみる。
衣装のオーダーって手間とか費用とかどのくらいかかるもんなんだろうな。
普段の衣装だって結構金かかってるだろうし、実際は大して変わらないんじゃないかと思う。
だったら蘭子が望む衣装を着せてやるのは今回の件の詫びとしてはちょうどいいんじゃないだろうか。
「だったら作ってみるか?衣装」
「えっ?」
「衣装のデザインだよ。俺から杉小路に話つけてやろうか?」
「いいんですかっ!?」
蘭子の表情がぱああっと明るくなった。
さっきまで口も聞いてもらえなかった相手とは思えないほど今は良い表情をしている。
「ああ。勝手にスケッチブック見ちまった詫びも兼ねて、なんとかしてやるよ」
「わぁ……夢みたい!嬉しいなぁ……」
こんだけ喜んでくれるなら、提案してみてよかったな。
あとは俺がきちんと約束を守ればいいだけだ。
さっき杉小路が出来る限り協力するって言ってたし、まあこのくらいならなんとかなるだろう。
「蘭子ちゃんの衣装だけど、予算オーバーだから無理」
その後すぐに杉小路に衣装の件を話しに行ったが、予想外の返答が返ってきた。
「はぁ!?お前あの時、協力するって言ったじゃねーか!」
「それは仲直りすることに関してでそれ以外は知らないよ。約束したのは君の勝手だろ」
うっ……確かに、この約束をしたのは問題が解決した後だったな……。
衣装のオーダーを請け負う必要まではなかったと、こいつは言いたいわけだ。
「まあそれじゃ彼女が可哀想だから、清村の自腹でいいなら作ってもいいよ」
その言葉と一緒に、オーダーにかかる金額の目安を試算したメモを手渡してくる。
そこには俺の生活に確実にダメージを与えるような数字が描き込まれていた。
蘭子が着るような衣装は作るのが複雑で、余計に手間がかかるから特に高いらしい。
「いくらなんでも高すぎだろ……」
「まあどうするかは君の自由だけど……」
杉小路はニヤニヤと笑いながら蘭子の方に向き直る。
その視線の先に居る蘭子は、スケッチブックを抱きしめながら先ほどの感動に浸っているようだ。
「果たして、彼女の気持ちを無碍にすることが君に出来るのかな?」
「自腹切るから頼むわ……」
その後しばらく、節約生活を強いられることになったのは言うまでもなかった――――――――
第12話 清村くんとスケッチブック 終わり
最近は1ヶ月更新すら出来てませんが、なんとか生きてます
頻繁な更新は出来ませんが、ふと思い出した時にでもスレを見てくだされば幸いです
おつおつ
乙
清村がこんないい奴なはずがない!
たけふみだな!
一般人相手には不良時代の悪評と見た目で誤解されてるだけで
実際はあれだけナメられてる安井ですら助けたりするくらいには良い奴で常識人ですけどね……
乙!
スイーツを除けば常識人なんだよな清村
まあスイーツ除いちゃったら清村じゃないけど
乙です、ちょくちょく見てますよ。
乙です
おつつ
このスレ立った時はアイマス全く知らなかったけど映画をきっかけにアニマスも見たわ。
せっかくだしそろそろモバマス手を出す
ほ
遅ればせながら更新乙
断腸の思いで自腹切る時の清村の顔が
人肉マン(元顧問)になってるの想像したwww
というか節制が過ぎると本当に人肉マン化するんじゃ…
今でも見ている方が居るかわかりませんが生存報告だけしておきます。
来週中には次話投稿出来ればいいなあと。
いつも見てるよ
楽しみに待つよ
了解
土塚作品好きだから楽しみにしてる
待ってるぜ
土塚ファンは待つのは得意だからな…
第13話 清村くんと手料理
午前中の仕事が終わって一段落が付いた。
午後からはまた営業活動やらで外回りになるから、休憩がてら今のうちに昼飯でも食っておくか。
「……はぁ」
鞄から取り出した菓子パンを見て思わずため息が出る。
先日の騒動の影響で俺の懐は非常に寂しい物になっており、最近は外食するどころかコンビニ弁当すら買えない状況に陥っている。
1食につき菓子パン1個。これが今の俺の食生活となっていた。
たまの休みの日に行っていたスイーツ巡りなど、当然出来るはずもない。
「また菓子パンですか?いくら好きだからって栄養偏りますよ」
うるせーな。こちとら別に好きで菓子パンばっかり食ってるわけじゃねーんだよ。
いやまあ好物ではあるがそういう意味じゃない。流石の俺も毎日3食全てこれだとさすがに辛いものがある。
せめてもう少し量があれば多少は気が紛れるんだが……。
「そういう千川はいつも弁当だな。自分で作ってんのか?」
「ええ。買ったら高く付きますからね」
まあ、千川ならいかにも考えそうなことではある。
こいつの場合本当に金のことしか考えてなさそうだからこの言葉の意味がそのまま全てなんだろう。
しかし、これはなかなかに美味そうだな。やっぱり毎日手作りしていると上手くなるもんなんだろうか。
「食べたそうに見てもあげませんよ」
「いらねーよ」
いくら困難に陥っていても、こいつと杉小路から施しを受けてはいけないと俺の中の危険信号が警報を鳴らしている。
受け取ったら最後、10倍100倍に膨れ上がって返済しなきゃならなくなる未来が簡単に想像できる。
というか既にそういうケースがあったから、もうやらないと学習した。
とはいえ、この状況は本当に辛いな。
昼食の菓子パンは既に食べ終わってしまったというのに、美味そうな弁当を見たら余計に腹が減ってきた。
次の給料日までこの生活が続くとなると、身体が持つかどうか心配になってくる。
「なんだ?助手は腹を空かしているのか」
机に突っ伏しながら腹を鳴らしていると、近くを通りがかった博士が声を掛けてきた。
「まあな……菓子パン1個じゃ気休めにもなんねーよ」
「ふむ。相当に重症みたいだが、いったい何があったんだ?ちょっと前までは普通に食べていただろう」
「事情は言えんが色々あった」
意識すると余計に辛いから、今の俺にあまり飯の話題を振ってほしくはないんだがな。
「要するに金がなくて食費を削っているわけだな」
「情けない話だが、そういうこった」
こういう不測の事態に備えてせめてもう少し貯金をしておけば良かったと切実に思う。
うかつに高級スイーツ店のハシゴなんてするんじゃなかった。
やっぱりはもやのシュークリームが最高だ。
今度給料入ったら久々に買ってこよう。高級店に比べりゃ遥かに安いし。
「そんなに腹が減っているのなら、日頃世話になっている助手のために私が作ってやろう」
「え?お前料理なんか出来んの?」
とてもじゃないが料理なんかしそうに見えないし出来そうにも思えない。
と言うより、この事務所で少なからず料理が出来そうなアイドルなんて巴と蘭子くらいしか思いつかん。
「失礼だな。私だって研究者である前に女の子なんだぞ」
まじまじと博士を疑いの目で見ていると、博士から意外な言葉が飛び込んできた。
……まあ、そもそも研究者以前にアイドルだろってことを突っ込みたいが。
おっ
「まあ、食わせてくれるならなんでもいいや」
多少不味かろうが腹に入れば栄養になるし一緒だろ。
割と本気でそんなことを考えるくらいに、俺の心は限界に近づいているようだった。
「じゃあ3日だけ待ってくれ。3日あれば食べれるように仕上げてみせる」
「3日……?よくわからんが、わかった」
食べれるようにするってことはこれから練習でもするんだろうか。
別にそんなに気合入れて作らなくても、あるがまま食わせてくれて構わないんだが。
そこら辺は俺にはわからんプライドがあるのかもしれんし、あまり触れないでおこう。
「へへん。それじゃあ楽しみに待っているといい!」
そう言い残して、博士は事務室を去っていった。
どこに行ったのかわからんが、まあ今日は他に予定が入ってるわけでもないし放っておくか。
「へぇ……清村さんもなかなか隅に置けませんね」
「あん?」
千川は、どうやら先ほどの俺達の会話を聞いていたらしい。
「女の子の手料理を食べられるなんて嬉しいでしょう」
「久しぶりに菓子パン以外の物が食えると思うとな」
結構切実に死活問題と化しているだけにな。
「いやそうじゃなくて……もっとこう、何かあるでしょうに」
「……?何もねーよ」
博士は俺があまりにも悲惨な食生活を送っていたのを見て同情しただけだろう。
何にせよ俺のために飯を作ってくれるというのならありがたく食わせてもらうだけだ。
まあ、これが千川からの施しなら先ほどの理由を楯に突っぱねるが。
千川が言いたいこと、それ以外に何があるのか俺にはさっぱりわからない。
そんなことがあって博士の宣言からちょうど3日後、俺は事務所の休憩室に呼び出されていた。
この事務所内でキッチンと調理器具があるのはこの部屋だけだからまあ当然だろう。
「ちょっと失敗してしまったが……味は悪くないと思う」
博士が頑張って作ったのであろう野菜炒めや肉料理など、なかなかにボリュームの感じられる食事がテーブルに並べられていく。
多少焦げてしまったりしている部分もあるが、想像以上にまともな料理が出てきたことに俺は驚いていた。
だが、それだけに惜しい。
「これはなかなか美味しそうだね」
「……で、お前はなんでここに居るんだ?」
杉小路という部外者さえ居なければ、俺はこの至福の時間を満喫できただろうに。
「こんな面白そうなこと僕が見逃すわけ無いだろ」
ごもっとも。だが今回ばかりは俺も一歩も引くつもりはない。
こいつには一口たりともやらんぞ。
「なんだ、社長も腹を空かしているのか?もう材料はないんだが……」
「いや、遠慮しておくよ。清村のために作った料理なんだから僕が食べるのは悪いしね」
なんだ、やけにあっさりと身を引いてきたな。
そこに胡散臭さを感じるが……この際それはどうでもいい。
久しぶりのまともな料理に食欲が刺激されまくっている俺はすぐにでも飯にありつきたい気分だった。
「んじゃ、早速食わせてもらうぞ」
まず一口、博士の手料理を口に運ぶ。
自分で言っていただけあって確かに味はそんなに悪くない。
最悪栄養になりさえすればいいと考えていたのが失礼に思えるレベルには料理が出来るらしい。
空腹が限界に達していたこともありどんどんと食が進んでいく。
気が付けば、10分も立たないうちに料理の殆どを平らげてしまっている自分が居た。
食べるという行為が非常に大事なものだと、改めて思い知らされた気がする。
「凄い食べっぷりだったねぇ、清村」
「あーなんか久々にすげぇ満足した。マジでサンキューな」
心も空腹も満たされた俺は、この感動を与えてくれた博士に感謝の意を伝える。
明日からまた当分菓子パン生活が始まるかと思うと、気が重くなるところもあるが。
「……本当に大丈夫か?なんともないんだな?」
「ああ、普通に食えるレベルだったぜ……いや、素直に美味かったと言っていい」
今の俺にとっては、これ以上ないほどのご馳走だったと思う。
「ふむ……どうやら実験は成功のようだな」
「あ?実験?」
「助手よ、君は今食べていたのがなんだと認識している?」
「何って……見てのままだろ?」
米と肉と野菜。あれがそれ以外の何だというのか。
「米は普通の物だが、さっきの肉と野菜は全て代用品……つまり偽物だ」
「偽物ォ!?」
じゃあ、俺がさっきまで嬉々として食べていたものはいったい……。
「ふとした思いつきだったのだが、上手くいったようで良かった……これで世界の食糧事情は改善される。大発明だぞ!」
やはり私は天才だなどと抜かしつつ、完全に自分の世界に入ってしまっている。
つまりアレか?俺は体よく実験台にされたってことなのか?
「おい、結局さっき俺に食わせたのはなんだったんだよ!」
「……世の中には知らないほうが良いこともある」
「ふざけんなァ―――――――ッ!」
激昂する俺とは対照的に杉小路はニヤニヤと笑っていた。
こいつ最初から全部知ってやがったな。だから自分は食わずに全部俺に食わせようとしたのか。
「お、落ち着け助手。歴史を変える実験の成功だぞ?」
「そんな言葉で納得できるかッ!得体のしれないもん食わせやがって!」
「そういう清村もさっきまで美味しそうに食べてたじゃないか」
ああ、食ってたな。
せめて秘密のままにしてくれていれば今頃まだ幸せな気分で居れたというのに。
最近比較的大人しくしていたからすっかり忘れていたが、こいつもこの事務所における危険人物の一人だった。
こういうことがあるから潜在的な危険度は杉小路にも匹敵するというのに、何故俺は警戒を解いてしまったんだ。
「ちくしょうお前なんか信用すんじゃなかった!いっつも変なもんばっか作りがやって!」
「ッ!?」
俺が思わず発してしまった言葉に衝撃を受けたのか、博士は目尻に涙を浮かべていた。
あ、やべぇこれ地雷踏んだっぽい。
そのまま何も言わずに部屋を飛び出していってしまい、残された俺達は立ち尽くすしかなかった。
またやっちまった……。先ほどの姿を思い浮かべると、後悔と自責の念が俺を蝕んでいく。
「うわー。また女の子泣かせたよ最低だなこいつ」
「うるせーよ!どうせお前も一枚噛んでたんだろ!」
「いや別に?まあアレが何かは知ってたけどね」
杉小路はあくまで自分は無関係だったとアピールしてくる。
自分が手を下さなくても面白いことになりそうだったから見て見ぬふりをしていたということらしい。
それはそれで納得いかんが、どうやら本当に自分からは何も関与していないようだった。
「さっさと謝ってきたら?」
「ええい、今回はお前に言われんでもわかっとるわ!」
蓋を開けてみれば結果的には知らずに実験台にされていたわけだが、
本当に俺のことを心配していてくれていた気持ちもあったはずだ、多分……恐らく……。
それにさっきはあんなことを言ってしまったが、冷静に考えるとこれまで博士に助けられている部分も多い。
しかし前回の事といい、全くもって俺らしくないことが続いている。
今までの人生で女と関わることなんてほとんどなかったから、どういう扱いをしていいのかわからない。
この職業についてから少しは変わったつもりだったが、根っこの部分は何も変わってないってことなのか……。
そして俺は博士を探して、事務所の研究室まで足を運んでいた。
そんなに行動範囲が広いとも思えないから行くとすれば女子寮かここくらいだろう。
「おい、居るんだろ?」
鍵が閉められていたのでドア越しに話しかけるが、反応はなかった。
普段は開いているから、十中八九ここに居るのは間違いない。
「なんつーか、さっきは悪かった」
実験台にされたことに腹がたったのも事実だが、言い過ぎだったとは思う。
「ここに来てからお前には助けられっぱなしだったのにな……」
思えば俺がここでまともに働けているのは博士のおかげだ。
まあ代償も大きかったが……博士の発明がなければ俺は今頃とっくに心が折れている頃だろう。
しばらく黙っていると鍵が開く音の後に、扉の先から博士が姿を現した。
一目見てわかるほどに縮こまっていて、元々小さい身体が更に小さく感じた。
博士がこうやって落ち込んでいる姿を見るのは初めてのことで、先ほど怒鳴ってしまったことが余計罪深く思えてくる。
「……助手が怒るのも当然だ。確かにあれは人体実験と言っても差し支えないものだったからな」
「まあ結果的にはそうだったかもしれんが……飯食わせてもらったことだしお互いチャラってことにしようぜ」
素材が何だったのかは未だに気になるところだが……。
この期に及んでグチグチ言うのも男らしくないからそれはもう忘れることにする。
「助手はそれでいいのか?私を許してくれるのか?」
「許すも何も、さっきも言っただろーが。俺は今までお前に助けられてきたって」
お互い持ちつ持たれつ。
今までもこれからも、俺達にはそんな関係がお似合いだろう。
「本当に済まなかった。これからは、もう二度とあんなことはやらない」
「だから気にすんなっての。いつものお前じゃないとこっちの調子が狂っちまう」
今回の件を引きずるようになっちまったらアイドル活動にも営業が出そうだしな。
なんだかんだ言って、いつもの尊大な態度を取っている博士が見ている方としても落ち着く。
今のようにしおらしくしている姿なんてらしくないし、逆に薄気味悪く感じてしまう。
「そうか……そうだな」
「じゃあ改めて、これからまたよろしく頼むぜ」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
そうして俺達はお互いの気持ちを確かめるように固い握手を交わし、一件落着となった……はずだった。
本当の事件はその翌日に訪れることとなる。
「……ざっけんな」
俺は自宅の布団の中で、重度の腹痛や吐き気、頭痛などのあらゆる体調不良に悩まされていた。
当然こんな状態で仕事など行けるわけもなく、しばらく自宅で療養することとなった。
「……実験は失敗だったみたいだな」
横たわる俺の隣には、博士が座っていた。
原因を作ったことで責任を感じたのか俺の看病をしにやってきたらしい。
「せ、成功の影には失敗が付きものだ!これも新たな一歩となるに違いない」
こちらの様子を窺いながら自分に何かを言い聞かせている博士に目をやりつつ考える。
俺は混濁する意識の中、昨日の発言を撤回しようかどうか本気で考えていた――――――――
第13話 清村くんと手料理 終わり
乙
やっぱり清村はひどい目にあってこそ輝くな
ギャグが少ないと清杉である必要性がないような気がしますが
土塚先生みたいなキレキレのギャグが思いつかないので許してください
清村のキャラが原作からかけ離れてきてしまっているのも
数年後という設定だったり本編で関わらないまともな人間が相手だからということで脳内補完をお願いします
乙
流血以外でダメージを受ける清村は割りと新鮮
乙っ
土塚先生ならラストで延々と苦しみながら発狂してのたうち回る清村を
数ページにわたって表現するんじゃないかなww そしてそれを見てほくそ笑む杉小路
来てたのか、乙
>>485
おめんの時みたいに眺めてから手を差し伸べると見せかけ酷い目に合わせる、まで行くんじゃないかなー
乙!
ねこといぬは問題なく食べてそう
ノリは近いから好きよ
今の時代には出来ないちょっとディープでブラックなネタがあったよな清杉ととか清杉よとか
「ひで――――――――――――――!!!」
更新来てたのを喜ぶ以上に読了後の第一声がこれ。
見事な清杉だった。GJ!
そういえばいぬとねこを見ていないな
個人的に清杉同士があんまり関わりあわないのはすごい新鮮だな
要所要所で的確に清村にダメージを与えてるのは流石の杉小路だけどね
生存報告です
更新は遅いですが失踪はしないつもりです
打ち切るときは打ち切り宣言します
来ると分かっているなら大丈夫だ
大丈夫
マテパ待つよりは短い
せやな
仮に打ち切るとしても清杉なら「って俺らトップアイドルになったのー?!」で強引に締めれるから安心だね
そっからタイトルが「アイドルよ」になったり「アイドルろ」になったりできますよね
これすっごい面白い、止まってるみたいだけど続き楽しみ
保守保守
第14話 清村くんと特訓
「特訓がしたい?」
「そうじゃ。少しでも多く練習したいと思っとる」
とある日、俺はいつものようにデスクワークをこなしていたところ、突然話があると言われ巴に談話室まで呼び出されていた。
その時の巴がえらく真面目な顔だったもんだから、内心俺は少し焦りを感じていがそれはいらぬ心配だったらしい。
どうやら俺はまだ前回、前々回の失態から抜け出すことができていないようだ。
「ずいぶん唐突だな」
「今居るメンツの中ではうちが一番出遅れとるけぇ。少しでも差を縮めたいと思うのは当然のことじゃろ」
巴より先に入った連中は順調にステップアップしているし、後から入ったみくは新人アイドルではなく引き抜きで入った経験者だ。
あいつの担当は俺ではなくヤマだから細かいことまでは知らないが、環境が変わったのが良かったらしくこっちもまた順調だそうだ。
残りは入ったばかりの光だが、こっちはまだデビューすらしておらずレッスン漬けの日々で比較しようがない。
俺としては別に気にするほど差があるわけでもないと思うんだが、本人はそれを気にしているらしい。
「つーかそのことなら俺じゃなくて青木に言った方がいいんじゃねーのか」
青木慶。うちに所属するトレーナーの名前だ。
俺の仕事はあくまでプロデューサー兼スカウト業だから練習メニューに関しては俺が口出しするようなことじゃない。
「もう言った。そしたら『私の一存だけでは決められないから清村さんに相談してみてください』と言われたんじゃ」
「そう言われてもな……まあそのことは後で話してみるぜ」
にしても、普段の練習だって優しくはないはずだがその上で追加の特訓ってこんな華奢な体で体力が持つんだろうか。
この小さくて細い体を見れば見るほど心配になってくる。ちゃんと飯食ってるのか?
まあそれはうちのアイドル全員に言えることだし、そもそも少し前までまともな飯を食ってなかった俺が言えたことでもないんだが。
「な、なんじゃ……まじまじと見たりして」
「いや、なんでもねーよ」
「そ、そうか。話は終わりじゃ、あとは頼んだぞ」
巴はそれだけ言い残すと、一足先に談話室を出て行った。
今日のレッスンはもう全員終わっているはずだが、青木はまだ居るだろうか。
さすがに連絡先くらいは聞いておくべきかと考えながら、俺はレッスン場へと足を運ぶことにした。
「入るぞ」
レッスン場のドアを開けて中に入ると、目的の人物が椅子に座っているのが見えた。
紙を見ながら何か考え事をしているようでまだこっちには気付いていないらしい。
「おい、聞いてんのか?」
「え、あ、はい!なんでしょう!」
不意に声を掛けられたことに驚いたのか、青木は慌てた様子でこっちに向き直った。
「巴のことだよ。特訓がしたいとかなんとか言ってきたんだが、俺に言われても困るんだが」
「ああ、その話ですね……」
「つーか、今でも結構練習してるだろ。追加で特訓なんてやらせて大丈夫なのかよ」
オーバーワークで倒れられるってのは勘弁してほしい。
そんなことになったら巴の実家から何を言われるか、いや何をされるかが怖い。
「普段の練習に少し追加する程度であれば大丈夫だと思います。清村さんは巴ちゃんを見ててどう思いますか?」
「どうって、なんだよ」
「疲れているようには見えませんでしたか?その辺りは多分私よりも清村さんのほうがよく見ていると思うので、意見を聞きたかったんです」
確かに、普段の巴の様子なら青木よりも俺の方が見ている。
俺の目から見て無理をしているようには感じなかったが、今よりもっと練習させるってのはどうにも気が進まない。
レッスンだけじゃなく営業活動だってやっているし、体力が持つかどうかが気がかりだ。
「俺は無理させない方がいいと思うけどな。今だって特に何かが悪いってわけじゃないんだし――――――へぶっ!?」
「話は聞かせてもらったよ!」
「す、杉小路さん!?」
「本人の意志を尊重するのもプロデューサーの勤め……ってあれ?清村は?」
「そこに挟まれてますけど……」
ドアの近くで壁を背に立っていた俺は、杉小路が開けたドアに叩きつけられ壁とサンドイッチされる形で挟まれていた。
凄まじい勢いで開かれたドアは瞬時に凶器と化し、今は俺の返り血で赤く染まっている。
「あ、ごめんごめん。気付かなかった」
「嘘つけ!お前絶対に中の様子知ってただろ!」
どうやったのかは知らないがさっきまでの会話も聞いてたなら、すぐ外で様子を窺っていたことになる。
変な場所に立ってたのは俺が悪いとはいえ、あんなに勢い良くドアを叩きつけられたら俺を狙ってきたと思っても仕方ない。
しかもそれが杉小路であるならなおさらだ。
「そんなことより今は巴ちゃんの話だよ」
「そんなことじゃねーよ……で、なんだって?」
「本人がやりたいって言うならやらせてあげればいいじゃないか。青木さんの見立てでは大丈夫そうなんでしょ?」
杉小路は青木の方に顔を向けてそう聞いた。
「は、はい。軽いメニューなら追加しても問題ないかと」
「じゃあいいじゃん。トレーナーが大丈夫だって言ってるんだから大丈夫だって」
「って言われてもな……無理させて後で何かあったら困るんだが」
「僕は本人の気持ちを抑えつける方が良くないと思うよ。そしたらかえってストレスになるんじゃない?」
それはまあわかる。俺に相談してきた時も真剣な眼差しだったし本気でやりたいんだろう。
となるとやっぱり、一度やらせてみたほうがいいのか?
「僕らだって高校時代は無我夢中で部活に励んでただろ?一度目標を持ったら体を動かさなきゃ落ち着かないんだよ」
「へー……まじめだったんですね」
「おい何さらっと嘘ついてんだよ。お前がまじめに部活やってた記憶なんかねーぞ」
青木とか完全に騙されてるじゃねーか。
俺がまじめに練習してるところを全力で妨害するか、全く関係ないことで遊んでただけじゃねーか。
そんなんでも気付いたら全国制覇してたけど。
「まあとにかく、僕は本人の意志を尊重するってことで賛成派だね」
こいつ、俺のツッコミを完全スルーしてきやがった。
「私もやらせてあげた方がいいと思います。ちゃんと負担のかかりにくいメニューを考えるので……」
「わかったよ……杉小路のホラ話はともかく、身体を動かさなきゃ落ち着かないって時期は確かに俺もあったしな」
とりあえずやらせてみて無理そうならすぐにやめさせればいいだろう。
これからはより一層、巴の様子に配慮していく必要があるな。
「決まりだね。じゃあ特訓に備えて僕も色々準備しなきゃ」
「待て、何故お前が特訓に備える必要がある。あとは青木に任せとけばいいだろ」
レッスン内容に関しては俺達が関わる部分じゃない。
今のこいつの顔は、何か良からぬことを考えているときの顔だ。
「心配しなくても巴ちゃんの特訓の邪魔はしないよ。まったく、僕をなんだと思ってるんだ」
杉小路はそう言いながら、頬を膨らませて抗議してきた。
「そう言われると逆に心配になるっつーの!」
こいつのイタズラや悪意は今までほぼ全て俺に向いてきたが、いつ他に矛先が向くかわからない。
巴に何か余計な手出しをされないようにしっかり監視しておく必要があるな。
「はいこれ、巴ちゃんの練習メニューね」
あれから数日後の夕暮れ時、俺達は近くの運動公園までやってきていた。
今日の基本レッスンはもう終わっていて、これからは追加の特訓メニューだ。
「ずいぶん少ないんじゃな。もっと厳しいメニューも覚悟しとったんじゃが」
「あくまで追加のメニューだからね。これでも十分だよ」
青木が巴に手渡した練習メニューを俺も一緒に目を通したが、内容は比較的軽いもので組まれていて体力づくりが目的らしい。
今の段階ではダンスなどよりもそれを行うための体力を作るほうが優先だそうだ。
まあひとまずそれに関してはいいんだが……。
「何故お前がここに居て、何故俺まで体操着に着替えさせられているのか説明しろ」
巴の付き添いで来ただけのはずなのになんでこんなことになってしまったのか。
高校時代よく来ていた練習着を、今久々に身に付けている。
ふと懐かしい気分になったが、嫌な思い出も数多く蘇ってくるので考えないことにした。
「はいこれ、清村の練習メニューね」
「なんで俺まで特訓しなきゃなんねーんだよ!」
今日だってさっきまで営業やら何やらやってて疲れてんだよ。
なのになんでこれ以上身体を酷使せにゃならんのか。
「だって清村、最近見てて情けなくなるくらい衰えてるからね」
「まるでヨボヨボの老人みたいに言うんじゃねーよ。俺はまだ20代前半だっつーの」
「でも実際、だいぶ身体が鈍ってるだろ?」
「まあそりゃあ確かにな……」
高校で部活引退してからこれまで特に何もやってないからな。
たまに晴のサッカーに付き合うくらいか。それだって全盛期の俺からしたら運動なんて呼べないシロモノだが。
今だって体力には自信がある方だが、それでも当時に比べれば格段に劣る。
「たまには体を動かすのも悪くないか」
最近は運動してなかったとはいえ、元々体を動かすのは好きだからな。
仕事で煮詰まった頭を切り替えるのにはいい気分転換になるだろう。
「じゃあせっかくだし僕も一緒にやろうかな」
どうやら杉小路も一緒にやる気らしい。
「っておい、なんだよこのメニューは!」
内容的には青木が巴に出した体力づくりのメニューとたいして変わらない。
ただその量がとにかく多かった。巴のと比べたら何十倍の練習量だ。
「それくらい出来なきゃプロデューサーは務まらないよ」
「お前にとってのプロデューサーって一体どんな過酷な職業なんだよ……」
軽く運動する程度ならいいかと思ったが、さすがにこれは無理だ。
出来ないことはないだろうが確実に疲れが残って明日の仕事に響く。
「もし僕より早く練習メニューを終わらせられたら、最近新しく出来たスイーツバイキングに連れて行ってあげるよ」
「よしじゃあやるか!」
「甘いものが絡んだ途端、現金な奴じゃな……」
なんとでも言え、最近は金欠が続いてたからまともな糖分摂取してねーんだよ。
提案者が杉小路であるということを差し引いても今の俺には魅力的すぎる提案だった。
「はっはー!じゃあ先に行かせてもらうぜ!」
「……それじゃ、うちも頑張るかのぅ!」
そうして、俺と巴の特訓が始まった。
「ハァ……ハァ」
「どうしたんだい清村?まさかこのくらいでへばったりしないよね?」
「嘘……だろ……?」
最初は勢い良く練習メニューをこなしていった俺だったが、無茶なハイペースがたたって途中でスタミナ切れを起こし大幅にペースダウン。
今ではまるで兎と亀のように杉小路に逆転されてしまっている。
情けない格好で地に伏せる俺を杉小路が罵倒してくるが不思議と今は気にならなかった。
そんなことよりも自分の体力が想像以上に落ちてしまっていたことによるショックと憤りを感じている。
元々身体能力に俺と杉小路の差はほとんどなかった。いや、体力に関しては俺がリードしていたと言っていいだろう。
今ではそのアドバンテージすら失い、途端に杉小路がまるで勝てる存在じゃないように思えてくる。
「俺は……ここまで落ちぶれてたっていうのかよ……」
俺が勝ってもスイーツバイキングに連れて行く気なんかないんだろうなとも考えていたが、その考えすら甘かった。
杉小路は俺に勝てると確信してたからこの勝負を挑んできやがったに違いない。
まさかここまで体力に差が付いていたとは考えもしなかった。
「それが僕と今の君の差だってことを覚えておくといいよ。じゃあ僕は先に行くから」
「ま、待て……!」
自分のメニューに戻ろうとする杉小路を追おうと立ち上がるが、すぐに身体が崩折れた。
これが……今の俺の限界なのか……。
「ほらシャキッとせえ清村。これでも飲んで少し休むけぇ」
しばらくそうしていると、巴にスポーツドリンクを手渡された。
どうやら休憩中らしく、もう1本蓋の開いたドリンクを手に持っている。
「……情けねぇところ見せちまったな」
俺達は近くにあったベンチに座り、汗を拭うためにタオルで顔を覆った。
「ええい、何を項垂れとるんじゃ!男ならビシッとせぇ!」
少し前まで体力が大丈夫かと心配していた相手にこうやって声を掛けられるとは思わなかった。
心配してくれる優しさは身に染みるがそれだけに心が響く。自分の情けなさに顔が上がらない。
「俺は……負けた。小細工なしの実力勝負で、完膚なきまでに」
これじゃあいざとなったらボディガードとして巴を守ってやるという役回りも怪しくなってくる。
そういう条件で俺は巴の親からアイドル活動をする許しを貰って預かってるって言うのにな。
「うちは別に勝負に負けたことを情けないとは思わん。ただ、そうやってウジウジしとるのは好かんわ」
「巴……」
「一度負けたなら次勝てばええ。ちったぁカッコいいところ見せや!」
「そうか……そうだよな。このまま負けっぱなしは性に合わねぇ」
負けたら次勝てばいい。簡単な事じゃないか。
サッカーやってた時だって負けたらひたすら練習して、勝てるようになるまで努力してきたんだ。
それと同じことをやればいいだけだ。
「その意気じゃ。うちも頑張るけぇ、行くぞ!清村!」
「ああ!」
そうして俺達は、残りの練習メニューを消化するために再び走りだした――――――
「うおおおおおおお!」
あれから1ヶ月が経ち、俺は再び杉小路に勝負を挑んでいた。
あまりにもハードすぎるメニューだったが毎日欠かさず同じ量……いや、杉小路を超えるためにそれ以上の練習をこなしてきた。
その甲斐あってか身体にキレが戻ってきたのをひしひしと感じる。少なくとも、1ヶ月前の俺とは完全に別人だ。
そして今、最後の走りこみ対決もラストスパートに差し掛かっている。
「ゴォォォォォォル!どうだ見たか杉小路、俺はお前に勝ったぞ!」
ゴールと同時にその場に倒れ込み、息も絶え絶えだが格好は関係ない。
一度負けた相手に勝ったという事実が、俺に充実感を与える。
「うーん、負けちゃったか。ま、しょうがないかな」
杉小路は俺とは正反対にさほど呼吸を乱しておらず、前の勝負の時と同じようにマイペースにメニューを消化していっただけだ。
本気でかかってきたら十中八九俺が負けていただろうが勝負は勝負。結果が全てだ。
今はまだこれでいい。いずれは全力の杉小路をも上回れるように、更に特訓に励めばいいだけだ。
「根性あるようじゃけ、見直したわ清村!カッコええ!」
「おう、サンキューな」
俺達が勝負している最中も、巴は練習の傍らで俺を応援してくれていた。
「清村も頑張ったんじゃ。うちもそろそろ練習の成果を発揮せんといかんのぅ」
「頑張れ、俺もいい仕事取ってこれるように頑張るぜ」
さて、それはそれと忘れてはいけないことがひとつある。
「おい杉小路、あの時の言葉忘れてねーだろうな?」
「あの時の言葉?」
「とぼけんなよ。俺が勝ったらスイーツバイキングって言ってただろ」
「ああ言ったね。別に今回の勝負でもやるとは言ってないけど……まあいっか」
よし、言質は取ったぞ。これで忘れたとは言わせねぇ。
「じゃあ明日仕事帰りにいこっか。僕は甘いものたいして好きじゃないから、付き添うだけだけど」
「よしわかった」
久しぶりのまともなスイーツ摂取、想像するだけで今から涎が止まらん。
「あまり食い過ぎるなや?それで太ったら今までの練習が無駄になるんじゃぞ」
「大丈夫だっての。食ったらそれ以上に運動すればいいんだろ」
「本当に大丈夫かの……」
そうして俺と杉小路の1ヶ月越しの再戦は、無事終わりを告げることとなった。
「あー超甘ぇ。超美味ぇ」
約束通り翌日の仕事帰り、俺は杉小路に連れられて今話題のスイーツバイキングの店へと足を運んでいた。
「まったくそんなにバクバク食べちゃって……本当に太るよ」
「この1ヶ月間地獄のような特訓をこなしてきたんだ。たまにはいーだろ」
皿に山盛りのスイーツを乗っけてきたが、すぐに平らげてしまった。
どうやら想像以上に身体が糖分を求めていたらしい。
支払いの心配がないというのも、食欲に拍車をかけている。
「あ、一応言っとくけど僕は連れて行ってあげるとは言ったけど、奢るとは一言も言ってないから」
「えっ」
バイキング形式故に法外な金額になることはなかったものの、俺の財布の中がまだ一段と寂しくなったのは言うまでもない。
第14話 清村くんと特訓
大変お待たせしました、としか言いようがありません……
待ちに待ってた更新だ!乙でした!
乙
衰えたとは言っても耐久力だけは人十倍くらいありそうだな…
チョー並の強さだからな…
待ってました、乙です
乙です
実際このスレの清村はどれくらい給料貰ってんのかな
>>531
このスレが読まれるたびに清村におかきが一個支給されます
あぶねぇ一月経つ
続き待望保守しないとね
カレバカも続編が始まることだし続き来ないかな
GW中に生存報告が無いと消えるか
せめて生存報告だけでも欲しい
生存はしています。
出来ればGW前に投稿したかったんですが、現在遠出しているので時間はもう少しかかりそうです。
分かったよー
楽しみにしてる
何にせよ生きてて良かったわ
次は清村とアイドル達がどんな風に絡むのか楽しみ
ほしゅ
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P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】
P『アイドルと入れ替わる人生』part11【安価】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434553574/)
そろそろ生存報告しないと落ちるぞ
生存報告しても投稿があんまり長引くと落ちちゃうんだっけ?
まだかしら
ずっと待ってるんだけど
そろそろまずいぞ
せめて生存報告くらいはして欲しいのです
>>1ー! 生存報告してくれー!
保守
大丈夫かな?
もう駄目かもしれんなぁ
まだ諦めないよ!まだ!
このスレオススメ
【安価/】大ショッカー首領「アイドルプロダクション設立計画:2」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1442765224/)
ほ
ほ
ほっほ
マテパの続き書かねえ戸塚先生と同じ道を歩まんでくれ……
まだ待ってるぞー
ほ
保守
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