竹取物語をご存知だろうか。
竹から生まれた誠美しい乙女が世のありとあらゆる男を魅了し誰とくっつくわけでもなく
世の中を掻き回して月へ帰るという男性諸君にとってはとんでもない迷惑な御伽話である。
いまいち、何を企んで竹に潜り込んだのかわからないかぐや姫を私はいけ好かない。
しかし私は思う、可愛いは正義であり罪なのだと。
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ただし…かぐや姫は……谷亮子アニキに似ていた…
か
今宵は中秋の名月。
はるか昔、かぐや姫が月へと帰った夜であり現代、我がサークルの飲み会の日でもあった。
私は既に酔に酔って座敷にあぐらをかいて開いた障子の先から見える川を眺めていた。
顔を赤くして暴れ狂うサークル部員共が私になんどもぶつかってくる。
そのたびに右手に持った麦酒が私の膝にこぼれ落ちた。
「おい!!いい加減にしろ!!月見をすると聞いて出向いたのだぞ!!」
「いや、しかし先輩。見てくださいよ。机に月見団子が置いてありますか?」
「何処を見ても酒で埋まっています。つまりそういうことなのです。」
私は酒に滅法弱い。既に胃がヒリヒリと痺れだしてきている。
体も熱い。
私は少し涼もうと座敷の外に出て欄干に持たれ川に映る満月を眺めた。
そよそよと吹く風は体の火照った私にとって丁度いい。
「今宵は団子を食って団子のように丸い月を眺めて終わるものだと思った。」
すうっと影が私の上を通った。
そんな気がして私を頭上を見え上げた。
そこには白く光る満月を遮り宙に浮く乙女の姿があった。
「なんだ!?何事だ!?」
乙女はすいすいと宙を泳ぎ欄干の上に立った。
「お月見ですか?」
長い黒髪を漂わせ乙女は問うた。
「は、はい……」
あまりの出来事に脳の処理が追いつかない私に乙女はにっこりと微笑んで
「では、私もご一緒させていただきます。」
と答えた。
――
―
その昔、京都では狐がしばしば人に化け茶会に出向いていたと聞きます。
私も一端の狐。
人に化け人を真似ることを非常に楽しく思います。
今宵は中秋の名月。人々は丸いお月見団子を食べてきれいな満月を心置きなく楽しむのです。
もちろん、好奇心旺盛な私もこの行事に人に紛れ参加したいと思っております。
どうすれば、お月見にご一緒させていただけるのか私は考えに考えました。
世の男性は長い黒髪の清楚な乙女を好むと兄は言っておりました。
では、私もその長い黒髪の乙女に化けて男の方を女の武器である色気を用いて
陥れてやろうではないかと考えました。
きっと、その男性は快く私をお月見に招き入れてくれることでしょう。
さぁ、お月見へいざ行かん!
失敗しました。
誰にも気づかれぬようゆっくりと2階へと飛んだものの
丁度欄干より少し上まで浮いたところで人が出てくるとは。
1階から出向くのも考えましたがお店の方に会うのは少し気が引けました。
焦らず、取り乱さずゆっくりと欄干に足を置いたところで私は眼を丸くした男性に問いました。
「お月見ですか?」
「は、はひ……」
男性は明らかに驚いた様子です。
しかし、ここで逃げてしまっては丸いお月見団子を食べながら満月を見ることができなくなってしまう。
私は最大限の女の武器を行使しました。
色気むんむんの微笑みをお見舞いしたのです。
「では、私もご一緒させていただきます。」
――
―
なんということだ。
あの乙女は間違いなく月から降ってきた。
「なんということだ……これはつまり」
「現代にかぐや姫が再び現れたのだ!!!」
私はありとあらゆる美女をブラウン管や書店から眺めてきた。
しかし、あれほどの美女を今までに見たことがなかった。
竹取物語によればかぐや姫はその美しさから男を狂わせ戦にまで発展させたという。
間違いない。かぐや姫だ。私の眼に狂いはない!!
周章狼狽を隠しきれぬまま私はばたばたと再び宴会の席へ戻りとにかくあの長い黒髪の乙女を探すことにした。
酔いつぶれたサークル部員を見るに我がサークルは竹取物語の如く恋の戦乱ののち崩壊してしまうことは明白である。
「どうぞ」
「いやぁ!どうも!!しかし、君はべっぴんさんだねぇ!」
しかし、既に時遅し。
憎きかぐや姫はあろうことか我がサークルの部長を手中に収めていたのだ。
「ぐぬぬ。しかし美しい……」
――
―
初めてのお月見に私は大変、興奮し同時に緊張していました。
先ほどの男性に正体がばれるのではと少しひやひやしていますが
宴会場の賑やかさに私は心を踊らせれています。
「あれ?君」
「はい。なんでしょう?」
「君、見かけない子だね。内のサークルの子だよね?」
「もう、お忘れになったのですか?はい、お酒をお注ぎします。」
「いやいや、すまんね。こりゃどうも」
運の良いことに皆さん既に出来上がった状態のようです。
適当に受け流せばなんとかやっていけそうです。
「いやぁ!どうも!!しかし、君はべっぴんさんだねぇ!」
お酒をお注ぎしているとさっきの男性がきょろきょろと座敷を見回しながら戻ってきました。
そして、私をみつけてじっと睨むのです。
どうしよう。
私の小さな心臓がどきどきと音を鳴らします。
小さいころ、狐の絵本を母に読んで聞かせてもらったことがあります。
その絵本は、正体のバレた狐がおじいさんにずどんと銃で撃たれてしまうという悲しい最期を迎えるお話でした。
私も狐とバレてしまってはズドンと撃たれるのでしょうか。
どきどきとまた心臓が鳴ります。
私は怯えているのです。
――
―
ズドンと私の胸は撃ちぬかれた。
私を見て少し不安げな表情を見せる彼女がとても可愛らしく見えたからだ。
いかん!長く見つめすぎた。
私は蓬莱の玉の枝など探しに行かんぞ!!
「先輩、部長と一緒にいる女の子。ありゃ誰何でしょう?」
サークル一のお調子者である我が後輩が麦酒瓶を持って私の隣に座った。
「おい、俺の話を信じるか?」
「はて?いきなりどういう意味で?」
「いいから!!俺を頭のおかしな先輩だと思わんでくれよ」
「あの女。部長と酒を交わす女だ。」
「めちゃくちゃ可愛い女の子ですよね。」
「実はだな。あの女……月から降って来たのだ。」
「はい?先輩、少し酔い過ぎなのでは?」
「いいや!本当だ!……まぁ、確かに私は酔っている。だがな、あれは幻覚なのではなかった!!」
「あの女は月から降ってきてそこの欄干をまたいでここへ入ってきたのだ。」
「……。」
「信じるか?」
「僕はずっと階段のところで酔いつぶれてましたから。確かにあの子が上がってくるのを見た覚えはありません。」
「俺は確信した。月から降ってきたことといい……、あの誠に美しい容姿といい……」
「すなわち、あの女はかぐや姫なのだ!!」
――
―
先ほどの男性が他の方と私の方をちらちら見ながら何か話をしています。
これは一大事、きっと化け狐をひっ捕らえてどう料理しようかと相談しているのでしょう。
「どうしたんだい?何やら怯えた様子だが」
「あちらのお二人が……」
「む?あいつらがどうかしたのか?」
「酒の席を良いことに淫らな悪戯を……」
「なんだと!」
「うぅ…先ほどそのような仕打ちを受けたのでございます。」
我ながら名案だと思いました。聞くにこの御方はこのサークルの一番偉い役職の方なのだそうです。
彼が一言、叱っていただければ席を外してくれるかもしれません。
あのお二人には少し悪いことをしたと思いましたが私の初のお月見を邪魔されたくはないのです。
「よし!俺が怒鳴りつけてやる!!しばし、待て!」
そう言ってどかどかとお二人に歩み寄っていきました。
私はしめしめと思いお酒を舐めました。
「ねぇ、見かけない顔だけど内のサークルの子だよね?」
茶色の髪をした女性が部長さんのいた座布団に座りました。
「はい。あまり顔を覗かせてはいませんが」
「そうなんだ。これを気にもっとうちのサークルに来てね!えっと…あたしの事は、わかる?」
「その……」
「あぁ!いいのいいの!気にしないで!私はこのサークルの副部長なのよ」
「そ、そうなんですか。すみません。副部長さんのお顔も覚えていないとは」
「それにしても、君可愛いねぇ!さぁ!飲もう!飲もう!君みたいな可愛い子は酒のあてにはうってつけだよ!」
――
―
後輩が物分かりの良い男で本当に良かった。
本来の彼は日本人でありながら日本語が通じないほどの底抜けの阿呆である。
河原での催しの際、麦酒と間違え大量の生姜を発注して部長と副部長を困らせたのも無理からぬ話だ。
そんな彼と私はこのサークルの危機を如何にして回避するかで議論を重ねていた。
「困ったことに相手は女だ。それも絶世の美女ときた。下手に動くとこちらがハレンチ野郎などという汚名を着せたれてしまう。」
「そうですね……。さりげなく、帰ってもらう方法はないのでしょうか。」
「う~む……」
「おい!!!そこのハレンチ野郎!!!」
二人して顔を上げると鬼の形相の部長が我々の前に立っていた。
「ハレンチ野郎!?冗談じゃない!誰がそんな大法螺を吹いた!」
「いいか!貴様らのような卑猥な男どもに今宵の席は用意してない!!さっさとここから出て行け!」
「ちょっ!ちょっと待って下さい!話が見えません!!」
後輩が部長の足にすがりついたがすぐさま払いのけられた。
「うるさい!!言い訳など聞きたくない!!ほら!!出て行け!!阿呆め!」
「せ、先輩…どうしましょう」
「おそらく、かぐや姫の仕業だろう。部長は既にかぐや姫の手の中にあるのだ……」
「ここは黙って引き下がろう。」
「で、でも……サークルの危機は」
「心配するな。サークルはこの俺が必ず救う!」
「何をぶつぶつ言ってる!!」
――
―
私は副部長さんから色々な愉快なお話を聞いておりました。
後輩さんが麦酒と間違えて生姜を発注したお話や
去年の催し事のお話。
しかし、私はあることに気が付いたのです。
副部長さんのお話を聞きながらテーブルを眺めていたのですが……
見つからないのです。
丸いお月見団子が!!
「あの質問してもよろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
「あの、今宵はお月見ということで宴会を開いているんですよね?」
「そうだけど?」
「えっと……お月見団子は」
「あぁ、ないよ」
副部長さんは笑いながら言いました。
しかし、私にとっては笑い事ではありません。
お月見団子を食べなくてはお月見にならない!!
「えっとね。お月見と称した飲み会!そういう感じかな!」
「の、飲み会……」
「団子が食べたいの?」
「はい……お月見、とても楽しみにしてたものですから」
「お月見にお団子はつきものですし……」
――
―
居酒屋の2階の賑やかな宴会場とは対称的に外は夜の静寂に包まれていた。
次の飲み屋を探し彷徨うスーツの中年共の声など蚊の羽音も同然。
サークルのために立ち上がった我々はかぐや姫の策にはまり座敷から追い出された挙句
居酒屋を背に二人して寂しく川を眺める羽目になった。
「どうするんでんすか?この後」
「決まっているだろう。再び乗り込むんだ。」
「また部長に追い出されますよ……」
しかし、どうすればこの窮地を脱することができるのか。
如何にして忌まわしきなよ竹の姫を追い払おうか。
「はぁ、楽しそうですね。上」
後輩は2階から聞こえるサークルのどんちゃん騒ぎに耳を傾け情けない声で呟いた。
酒を愛し我がサークルを愛する後輩のためにも
私は頭の中のどこかに埋もれているであろう妙策を必死に探った。
「……なにか良いヒントでもないものか。」
「あるじゃないですか。」
「何?」
「先輩が言うにあの可愛い女の子はかぐや姫なんでしょう?」
「それなら、彼女の登場する竹取物語に色々とヒントが隠されているんじゃないですか?」
「物語にヒント……。ヒント……。」
――
―
「そういえば、同じような事を言う奴がいたねぇ。」
私はそれを聞いてちょっぴり嬉しく思いました。
この中に私のように丸いお月見団子を食べてきれいな満月を見るのを楽しみにしていた方がいたとは。
「でも、せっかくのお月見だしあたしも食べたくなってきちゃった。月見団子」
「飲み会が終われば食べに行きましょっ」
副部長さんはそう言って私にウインクをしました。
「はい!是非!!」
よかった。お月見団子が食べられる!
私は安堵の溜息を吐いて日本酒をくいっと飲み干しました。
やぁ。飲んでるかい」
お叱りに出向いた部長さんが戻ってまいりました。
「部長。次の店が決まったよ~」
「おいおい。はしごする気なんてないぞ。俺は明日、大事な講義があるんだ。」
「飲み屋じゃなくて団子屋よっ」
「団子?どうしてまた団子なんだ?」
「はぁ……。なんで飲み会を開いたのか忘れた?今日はお月見でしょう?」
――
―
ひとつ疑問に思うことがある。
何故、かぐや姫はその魔性の美しさを備えながら男の一人や二人作らなかったのか。
彼女にとって男を作るなど容易かったはず、まさにハンサムの入れ食い状態にあったはず。
私は考えた。
彼女のストライクゾーンは荒波の遠方に浮かぶ扇の如く小さかったのではないかと。
全ての元凶はそこにあるのだ。
彼女が一人の男と結ばれさえすれば世の男共は「かぐや姫の運命の男は我である!そうに違いない!」
と独り身の美しき乙女に現を抜かすことはなかったのだ。
私はついに頭の中に埋もれた妙策を掴んだ。
つまり、私が屋島の戦いの那須与一の如く波にもまれ揺れ動く小さな彼女の扇を射抜けば良いのだ!
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