アルミン「海」(159)
※現代転生パロ
繁華街に出るまでにかかる時間は、車を走らせて三十分。
公共交通機関はバスだけだが、それも一時間に一本しか走っていない。
周りに何があるかといえば、山と、山と、川。
それから個人経営の寂れた商店が一軒。
そんな、田舎町。
そこが僕ことアルミン・アルレルトの故郷だ。
あまりにも田舎すぎるこの町は何かと不便が多く、若い人達は次々と都会へと移り住んで行ってしまう。
人口は減っていく一方だ。
昔は多かったと聞く子供の数も、今では片手で数えられるほどにまで減ってしまっている。
同い年の子供と出会えるのは、町から出たところにある高校に上がってから、という例も少なくない。
さて、そんな中、僕には近所に同い年の友達がいる。
幸いにも馬が合い、幼い頃からずっと二人で遊んできた。
その子に手を引かれて山を散策してみたり、一緒に本を読んでみたり、この町の外について思いを馳せてみたり、など。
僕一人だけでは出来ないことも、その子と一緒にたくさん経験してきた。
その友達は女の子だけど、高校三年生になった今でも友達としての交流は続いている。
その友達の名前は……、
「ミカサ」
しんと静まり返った放課後の教室。
ミカサはその中で、何をするわけでもなく、自分の席に座って窓の外を眺めていた。
が、僕が来たことに気付くと彼女はこちらへと目を向け机の上に置いてあった鞄を持って立ち上がった。
「ごめんね、お待たせ! ああもうこんな時間だ!」
時計を見ると、下校時刻まではあと五分しかなかった。
いくら委員会が長引いてしまったとはいえ、随分と待たせてしまった。
本当にごめんね、と謝ると、ミカサは何てことのないような顔をして、たった一言、「いいえ」と答えた。
それは素っ気無い返答に思われるだろうが、僕は知っている。
その言葉の中に、様々な意味が含まれていることを。
「じゃあ、待っててくれてありがとう」
そう言うと、ミカサは何も言わなかったがコクリと頷いてみせてくれた。
季節は夏だ。
もう夕方だというのに、外に出るとまだまだ元気のいい太陽が僕らに照り付けてくる。
暑い。思わず呟くと、隣でミカサが頷いた。その割には、彼女はとても涼しげな表情をしているのだが。
バス停までの道のりを歩いていると、ふと、ミカサが思い出したかのように声を上げた。
「アルミン、あの話は何とかなりそう?」
その問い掛けに、僕は満面の笑みで頷きながら答えた。
「もちろんさ」
幼い頃から、僕は故郷とその近辺から出たことがない。
理由は単純だ。
両親が仕事で忙しく、僕を旅行や行楽に連れていける時間がなかったのだ。
そのことについて両親を責めるつもりは毛頭ない。
ここまで立派に育ててくれたのだから。
しかし、周りの人が町の外の話をしているのを聞くと、やはり興味を持ってしまうものだ。
その中でも、特に僕が気になったのが、「海」だった。
テレビや本なんかで「海」を見る機会はたくさんあったけど、僕は一度でもいいから実物を見てみたいと思っていた。
この目で見たい。
出来ることなら触れてみたい。
本当に塩水なのか、確かめてみたい。
しかし、当然のことながら、子供の僕が一人で遠い場所にある海に行くのを許してもらえるはずがない。
なので、幼い頃から今まで、僕は海に思いを馳せることくらいしか出来なかった。
けど、それも、もう終わり。
高校生活、最後の夏休み。
長く長い説得の末、僕はついに海に行くのを許された。
ミカサと一緒に。
アルミンとミカサだけか。エレンはいないんだな。いつも三人一緒のイメージがあるからな
「志望校への判定も問題なかったし、……ミカサと一緒なら安心なんだってさ。普通は女の子と一緒なんて心配するものなんじゃないのかな」
「アルミンと私は友達。それを、私の両親もあなたの両親もよく知っている」
「そうだけど」
確かに僕とミカサは友達で、それ以上になるようなことはこの先ないだろう。
とは思うけど、もう少しくらい危機感を持って欲しいと思ってしまうのは仕方ないことではないだろうか。
だって僕も、男なんだから。
こう見えて。
そんな僕の複雑な心境も知らずに、ミカサは呟いた。
「海。とても、楽しみ」と。
***
「オレには夢がある」
「××を駆逐してこの狭い壁内の世界を出たら」
「外の世界を」
「探検するんだ」
少年が、話している。
その顔は、モヤがかかって分からない。
彼の言葉の一部にもノイズがかかって聞き取りにくい。
あの少年は、誰だろう。
どうしてだろう、随分と懐かしい感じがする。
まるで、遠い昔に出会ったような、
気が、
する。
***
短いけどここまで
>>12
エレンについては追々
楽しみ。
続き待ってます。
「アルミン」
体を揺すられて、僕は目を覚ました。目の前にはミカサの顔がある。
「ミカサ……? 何で僕の部屋に……」
「今日は朝から一緒に課題をしようと約束していたはず」
そう言われて、僕は飛び起きた。
そうだった。ミカサの言った通りだ。
今日は夏休みの初日。
早めに課題を終わらせてしまい、海へ行く時の心配ごとを少しでも減らそう。
ということで考えが一致した僕とミカサは、初日の朝から僕の部屋に集合しようという約束をしていたのだ。
しかし、どうやら休みということで気が緩んでしまった僕は約束の時間を過ぎても眠ってしまっていたらしい。
それを、ミカサが起こしてくれたのだろう。
「ご、ごめんね、ミカサ! 急いで準備するからリビングで待ってて!」
「分かった。けど、ゆっくりでいい。時間はたくさんあるので」
そう言って、ミカサは部屋から出て行った。
ドアが完全に閉まったのを確認してから、急いで着替えを始めた。
「お待たせ!」
リビングに行くと、ミカサがソファーの端っこに腰掛けていた。
僕がやって来たのを見て、黙って立ち上がる。
そのまま僕の部屋へ行く、と思いきや、彼女はその場に立ち、じぃっと僕の顔を見つめてくる。
何? と問い掛けてみても、黙って見つめてくるだけで何も言おうとしない。
そろそろ気まずくなってきた頃、ミカサはようやく口を開いた。
「どんな夢を見ていたの?」
「ゆ、夢?」
「ええ。さっき、アルミンはとても嬉しそうな顔をして眠っていた」
そう言われて、思い出そうと考える。
確かに、夢は見ていたような気がする。
けど、残念ながら内容までは覚えていなかった。
ただ、一つだけ覚えていることがある。
「ごめん、内容は覚えてないや。……けど、何だか、懐かしい感じがした」
僕の言葉を聞いたミカサが、ひゅう、と息を飲んだ。
気がした。
その後、僕の部屋に移動して、何事もなく課題を進めた。
僕は勉強が嫌いではないし、ミカサもまた苦手ではないので途中で休憩を入れながらも順調に進んでいった。
さて、これで何度目かの休憩を入れた時だった。
そういえば、と、ミカサが口を開いた。
「アルミンと海に行くと言ったら、クリスタに詰め寄られた」
クリスタというのは、高校でのミカサの友達だ。
僕も何度か話したことがあるが、見た目も中身も天使のような女の子だ。
そんなクリスタがミカサに詰め寄ったという。
失礼だとは思うが、ミカサがクリスタに、というのは容易に想像できるが、その逆は全く想像できない。
「何でまた」
「付き合っているのか、と。けど、すぐに否定した」
「ああ……」
そういうことならば、想像できなくもない。
目をキラキラさせながら、あの天使の笑顔でミカサに迫っているクリスタの画が思い浮かび、僕は思わず苦笑した。
そんな僕を見てどう解釈したのか知らないが、ミカサは「アルミンの気持ちはとても分かる」頷いてみせた。
「私達は、友達。付き合うなんて絶対にない。そうでしょう? アルミン」
「うん、僕もそう思うよ」
これは本心からの言葉だった。
僕とミカサは、友達以上になることは絶対に、ない。
今日はここまで
見てくれている人がいたら、ありがとう
おやすみなさい
いちおつ。期待
乙おやすみミン
乙 期待支援
支援ありがとうございます
ぼちぼち投下していきます
なぜ言い切れてしまうのか?
それは、僕とミカサは物心つく前からの仲なので、今更そんな目で彼女を見ることが出来ない、というのが最大の理由だ。
そして、もう一つ。
ミカサには、好きな人がいるのだ。
ミカサから「好きな人」がいると聞かされたのは、僕らがまだ小学生の頃だった。
ずっと一緒にいたミカサに、自分の知らないうちに「好きな人」が出来ているのはショックだったが、それ以上に好奇心の方が強かった。
誰なの?
そう問い掛けた僕に、ミカサは少しだけ迷い、こう言った。
「遠いところにいる人」
ミカサの言葉を聞き、遠いところってどこなの? 僕も出会ったことがある? などと問い詰めてみたが、その問い掛けの全てにミカサは頭を振るだけだった。
そして、ぽつんと、寂しそうな声で言ったのだ。
「会えない」と。
……その言葉通り、ミカサは今の今まで好きな人には会えていないようだ。
そして、きっとこれからも会えないのだろう。
会えないのだろう。
そんなことを考えていたら、自分のことではないのに、何だかとても寂しくなってしまった。
僕は気を紛らわすように教科書をパラパラと捲りながら声を上げた。
「さて、そろそろ再開しようか!」
***
「なぁ…アルミン…」
「お前が……」
「お前が教えてくれたから…俺は……」
「外の」
「世界に」
少年が、僕に語りかけてくる。
苦しそうな、悲しそうな、悔しそうな声色で。
少年が、僕に手を伸ばしてくる。
僕もそれを握り返そうと手を伸ばし、叫ぶ。
「×××!! 早く!!」
自分で発したはずの言葉は、ノイズが掛かっていて聞き取れなかった。
大切なことを言った気がするというのに。
伸ばされた少年の手は、僕の手を握ることなく、
落ちて
いった。
***
??目を覚ますと、僕は泣いていた。
とても悲しい夢を見ていた気がする。内容は忘れてしまったけれど。
のろのろと体を起こしながら、時間を確認する。
時刻は午前五時。
昨日とは違い、随分と早起きをしてしまったようだ。
もう一度寝ようかと思ったが、また嫌な夢を見てしまうのが怖くて、そのまま起きていることにした。
ふと、机の上に本が置いてあるのが目に入り、思い出した。
そうだ、今日は図書館へ本を返却しに行かなければならない。
図書館に行くには、バスに乗って行かなくてはならない。
無論、帰る時もそうだ。
本の返却手続きを終わらせて、時計を見る。
次に来るバスは一時間後だ。
……ということで、僕はその間、図書館で本を読んで暇をつぶすことにした。
「あれ、アルミン?」
暇つぶしにどの本を読もうか、と品定めをしていると、誰かに話し掛けられた。
振り返ってみると、そこには同じ学校の友人であるマルコがいた。
その横には、同じく友人のジャンもいる。
その手に教科書とノートを持っていることから、ここには勉強をしに来たのだろう。
「やあ。偶然だね、二人とも」
「そうだね。アルミンも課題かい?」
「ううん。今日は本を返しに来ただけ。今はバスを待つ暇つぶし」
そう言うと、マルコは「そういえばアルミンの家はあの町だったね」とか、「あの本が面白いよ」と勧めてくれる。
なるほどなるほど、とマルコの言葉に頷いていると、そのマルコの隣でジャンがそわそわしていることに気が付いた。
中々に挙動不審だ。
マルコもそれに気付いたようで、僕と話すのを止めて彼を見た。
ジャンが何を言いたいのか、大体想像がつく。
彼に気付かれないように小さく笑いながら、口を開いた。
「どうしたの、ジャン」
「え!? あ、いや……別に」
「ミカサなら今日はいないよ」
「……!! ミ、ミカサなんて一言も言ってないだろ!」
そう言いながらも、ジャンは少しだけがっかりした様子だった。
その様子が面白くて思わずマルコと顔を見合わせながら吹き出すと、「笑ってんなよ」と睨まれてしまった。
けど、微かに頬を染めながらの睨みは、あまり怖くない。
「あ、ミカサで思い出した」
ひとしきり笑ったマルコが、目尻の涙を拭いながら言った。
「今度、ミカサと二人で海に行くんだって?」
「うん。よく知ってるね、誰に聞いたの?」
「クリスタ達が騒いでたから」
「ああ……」
クリスタ、という名前に思わず苦笑する。
ミカサは否定したと言っていたけれど、どうやらクリスタはその言葉通りに受け取らなかったようだ。
ミカサの否定は照れ隠し、とでも思っているのだろうか。
これは夏休みが明けたとき、大変かもしれない。
今からクリスタの誤解を解く方法を考えとかなければならない。
そんなことを考えていると、鋭い視線を感じた。誰からのものというのは愚問でしかない。
ジャンだった。
ジャンも僕とミカサの関係は知っているはずだけど、やっぱり好きな女の子が自分以外の男と遠出をするのは面白くないのだろう。
「……ジャン、何度も言ってるけど、僕とミカサはただの友達だからね?」
「んなこと知ってるよ! けど、何かこう……分かるだろ!?」
「ま、まあ、少し」
こんな時にどういう表情をしていいか分からなかったのでとりあえず苦笑すると、ジャンにがしっと肩を掴まれた。
「俺も連れて行け!」
「えぇ!?」
「……と、言いてぇところだが、俺だってそんな野暮じゃねぇ……クソッ、楽しんでこいよ……」
そう言うジャンの顔は、とても苦々しいものだった。
そして、その隣に立つマルコも、笑ってはいるのだがどこか寂しそうだ。
どうしたの、二人とも。
そう言おうとしたのに、なぜだか声は喉に突っ掛って出てこなかった。
今日はここまでにします。
すっかり寒くなりましたね。
皆さん風邪引かないように気を付けてください。
これは良スレの予感…!
更新お疲れ様です。
これからエレンがアルミン達とどう絡んでくるのかが楽しみです。
作者さんも風を引かないように気をつけてくださいね!
乙です! これはもう完結まで支援せざるを得ない…
ぼくはもう風邪を引いているので大丈夫です >>1さんは気をつけましょう
非常にいい
これは期待せざるを得ない
夏休みの朝早起きとか胸が締め付けられるぜ
同意
それに現パロはもうワンパターン化してるし進撃の雰囲気皆無で飽々してたのにこの作品はすごく新鮮
続きが待ち遠しく感じる
楽しみにしてます乙乙
他作品をディスるような言葉はいらない
皆さんありがとうございます
こんなに反応を頂けるとは思わずちょっとびくびくしています
風邪を引いている人は暖かくして寝てくださいね
続きを投下していきます
***
ここはどこだ。
屋根の上だろうか。
見知らぬ景色の中、僕は建物の壁に寄り掛かり、絶望に打ちひしがれていた。
とても悲しい出来事があった気がするけれど、分からない。
分からないというのに、悲しくて、苦しくて、死んでしまいたかった。
「アルミン」
よく知っている女の子の声が、僕を呼んだ。
ミカサだった。
しかし、僕は彼女の声を聞いて安心するどころか、合わせる顔がないと思った。
会いたくなかったと、思ってしまった。
だが、そんな思いなど知らぬ彼女は、僕の傍まで駆け寄り、片膝を付き、「アルミン」と優しく声をかけてくる。
「ケガは無い? 大丈夫なの?」
本気で僕を心配してくれているのであろう声色。
僕は何も言えなくて、それでも彼女の問い掛けに答えたくて、コクンと頷いてみせると、ミカサが安堵の溜め息をついたのが分かった。
心の中で何度も謝罪をする。
ごめんなさい。
心配かけてごめんなさい。
何も出来なくてごめんなさい。
君の大切な“彼”じゃなくて、僕が生きていて、ごめんなさい。
涙が、頬を、伝った。
***
「……アルミン」
目を覚ますと、また目の前にミカサの顔があった。
寝ぼけ眼をしぱしぱと瞬かせながら、その顔を見つめる。
そんな僕の頭を、ミカサが優しく撫でる。
少しだけくすぐったい。
「アルミン、寝ぼけているの?」
「んん……いや、起きてるよ……」
「……では、泣いているのはどうして?」
そう言われて、自分の頬を触ってみる。
確かに、涙で濡れていた。
これはもしかしなくても夢のせいだろう。
今度は、ぼんやりとだけれど内容を覚えている。
手の甲で頬の涙を拭い、未だに頭を撫でてくるミカサを見つめながら、僕は「あのさ」と切り出した。
「夢を見たんだ」
「夢?」
「うん……ミカサが出てきたような気がする」
「私が……」
「夢の中の僕は、ずっと君に謝り続けていた気がするんだ」
僕を撫でていたミカサの手が止まった。
その目がゆっくりと見開かれていく。
何か変なことを言っただろうか、と思っていると、ミカサは震える声で僕の名前を呼んだ。
「それは、どんな夢?」
「え? だから、ミカサが出てきて……」
「他に。他に何か思い出さない? 些細なことでもいい」
「そう言われても……ぼんやりとしか覚えてないんだ」
そう言うと、ミカサは泣きそうに顔を歪めた。
……が、それもほんの一瞬だけのことで、すぐにいつもの表情に戻った。
どうしたんだい、と、口を開こうとした僕だったが、それは叶わなかった。
僕よりも先にミカサの方が口を開いたのだ。
「アルミン。顔を洗ってきた方がいい。涙の跡が残っている」
「……でもミカサ、君……」
「アルミン!」
まるで、それ以上は何も言わせないとでもいうように。
ミカサは強い口調で僕の言葉を遮った。
けれど、すぐにハッとしたような表情をしたかと思うと、うつむいてしまった。
泣いている?
と心配になったが、涙は流れていないようだ。
それでも、今にも泣いてしまいそうな雰囲気があるのだけど。
「ミカサ?」
「……ごめんなさい。でも、本当に跡になっている、ので」
先程とは打って変わって弱々しい声だった。
そんな声で言われて、僕は頷くほかに何が出来たというのだろうか。
とりあえずここまで
>>49-50で連投してしまいました
大変失礼しました
書き溜めの修正完了
一気に投下します
冷たい水で顔を洗い、タオルで拭いて涙の跡が消えたことを確かめた僕は、また自分の部屋へと向かっていた。
洗顔によりすっきりとした頭で考えるのは、つい先程のミカサのことだ。
僕が夢の話をしたら、彼女の様子がおかしくなった。
まるで、その夢を知っている、ような。
……いいや。考えすぎだ。
あれは僕の夢だ。ミカサが知っているはずがない。
ミカサがおかしくたったのは、きっと……、そう、彼女が出てきた夢で泣いたから傷付いたんだ。
きっとそうに違いない。
部屋のドアの前に立ち、よし、と気合いを入れてからノブを回した。
「ミカサ」
「! アルミン……あの……」
部屋に入ると、ミカサが何か言いたげにこちらを見た。
恐らく、さっきのことだろう。
そんな彼女に、僕はにっこりと笑いかける。
「君の言う通り、涙の跡で顔がひどいことになってたよ。指摘ありがとう」
「い、いえ。あの」
「それより、どうして僕の部屋に? 約束なんてしてたっけ」
さっきのことなど全く気にしていない風に振る舞う。
すると、それを察したのだろう。ミカサは目を伏せた。
そして。
「……課題。分からないところがあって、聞きたかった。大丈夫?」
「うん、いいよ。あ、でもその前にご飯を食べたいな。ミカサもどう?」
「ええ。お言葉に甘えよう」
その後、僕らは夢については一切触れずに朝食を取り、課題を進めたのだった。
***
ミカサが声を上げて泣いている。
その腕に、少年を抱いて。
僕もまた、少年を見つめて泣いていた。
泣きながら、彼の手を握る。
ああ、
とても、
あたたかい手。
***
目を覚ますと、僕はまた泣いていた。
また夢を見て泣いていたのだ。
今回は、しっかりと内容を覚えていた。
泣くミカサと、その腕に抱かれる少年。少年を見つめながら泣く自分。
あたたかい、手。
夢を思い出しながら、僕はしばらく濡れた頬もそのままに横になっていたが、今日が何の日か思い出して飛び起きた。
そうだ、今日は、待ちに待った日だ。
ミカサと一緒に、海に行く日だ。
時間を確認する。
ミカサと約束した時間まではまだまだあったが、居ても立ってもいられなくなって、準備を始めた。
といっても、ほとんどのことを前日までに済ませていたので顔を洗ったり着替えをする程度なんだけど。
あまりにも興奮した僕は、ズボンを脱ぐ時と穿く時にそれぞれ一回ずつ転んだ。
さて、約束の時間の三十分前。
待ち合わせのバス停には、既にミカサの姿があった。
慌てて彼女に駆け寄る。
「ミカサ! おはよう、早いね!」
「おはよう。アルミンも」
「あはは……居ても立ってもいられなくてさ」
「私も一緒」
微かに頬を緩めながらミカサが言う。
それを見て、僕も笑顔になった。
「楽しみだね、海」
「ええ、とても」
バスが来るまでの三十分、まだ見ぬ海に、これから見に行く海に思いを馳せながら、僕とミカサは笑い合っていた。
バスと電車に揺られること、数時間。
朝が早かったせいかウトウトしていた僕とミカサだが、下車する駅に近づいていくにつれて、段々と目が冴えてきた。
なぜならば。
車窓の向こうには、僕が焦がれてやまなかった海が広がっているのだから。
僕は窓に額をくっ付け、海を食い入るように見つめた。
どこまでも広がる深い青。
太陽の光を反射してキラキラと光る水面。
海は。
テレビで見るよりも、想像していたよりも、ずっとずっと綺麗だった。
電車が停車し、ドアが開いたと同時に駆け出した。
駅員さんに切符を渡して、僕は一目散に海に向かって走った。
走るのは苦手なはずなのに、どうしてだろう、この時は疲れも何も感じなかった。
砂浜へ続く階段を駆け下り、砂浜を踏みしめる。
柔らかくサラサラとした砂が靴の中に入り込んできた。
しかし、そんなことは気にならない。
見ろ、目の前を。
瞬きをする時間さえ惜しい。
海だ。
ずっとずっと、思い馳せていた、海が、ある。
僕の目の前に、広がっている。
「ああ、すごい……これが、海」
初めて見る海は、とても雄大で、とても美しく、
……そして、どうしてか少しだけ懐かしい。
今日はここまでにします
明日には完結させる
乙
良い雰囲気だ
乙!
アルミンの気持ち解るわー
おう もう完結してしまうのか
早く読みたい
すごくいいと思います
ありがとうございます
今から投下
いつもよりゆっくりペースになりそう
「アルミン」
名前を呼ばれて、僕は我に返った。
初めて見る海に興奮してしまって、ミカサのことをすっかり忘れてしまっていた。
彼女はそんなことで怒るような人ではないけれど、失礼なことをしてしまった。
謝罪をしようと振り向く。
が、その瞬間、僕は謝罪をするどころか、何かを発することさえも出来なかった。
……ミカサに。
別の誰かが重なって見えたのだ。
いや、別の誰か、では語弊がある。
見覚えのない服装をして、赤いマフラーを巻いた“僕の知らないミカサ”が重なって見えたのである。
驚いて目をこすってみると、すぐにいつものミカサに戻った。
彼女は、僕を見て不思議そうに首を傾げる。
「アルミン?」
「ご、ごめん。それよりほら! 海だよ、ミカサ! すごいね!」
僕の言葉に、彼女はまだ不思議そうにしながらも、頷きながら海の方へ目を向けた。
「……本当に、すごい。とても綺麗」
「ね、本当に……」
本当に綺麗だね、そう言おうとしたが、ミカサの顔を見て思わず口をつぐんだ。
彼女が、ミカサが、海を見ながら涙を流していたからだ。
黒曜石のような瞳から、ぽろり、ぽろりと涙粒が溢れて頬を伝って砂浜へと落ちていき、乾いた砂を濡らしていく。
「……ミカサ?」
今度は、ミカサの方が我を忘れていたらしい。
僕が呼びかけるとハッとした様子を見せ、鞄からハンカチを取り出して涙を拭った。
しかし、またすぐに新たな涙が頬を濡らしている。
僕は、こんな時に何と声を掛けていいのか知らない。
なので、ミカサに近づき、髪を撫でてあげた。
以前、夢を見て泣いた僕に、彼女がそうしてくれたように。
ミカサは僕の行動に少し驚いているようだったが、やがて目を伏せて静かな声で言った。
「ありがとう、アルミン」
しばらくそうしていたが、ようやく泣き止んでくれたミカサが「もう大丈夫」と言ったので、僕は手を離した。
「ミカサ、急にどうしたんだい?」
出来るだけ、優しく問い掛けてみる。
すると、ミカサはぐずぐずと鼻をすすり、涙声で答えた。
「懐かしくなって」
「……懐かしく? ミカサも?」
その言葉に、ミカサの目が見開かれた。
かと思うと、僕に手を伸ばし、肩を掴んだ。
その手が微かに震えているように感じるのは、僕の気のせいだろうか。
ミカサの潤んだ瞳が僕を捉える。
そこに映っている僕の表情は、とても困惑していた。
「なぜ、懐かしく感じるの?」
「……ミカサ?」
「この前の、夢も。ねぇ、アルミン。あなたは本当に、本当に何も覚えていないの?」
「何を言ってるんだ、ミカサ。どうして夢の話になるの? 覚えていないって何を?」
そう言うと、ミカサはうつむいてしまった。
泣いては……いないようだ。
ややあってから、彼女は僕にも辛うじて聞き取れるほどの小さな声で「ごめんなさい」と呟くと、ゆっくりと顔を上げた。
何かを決意したような強い眼差しで、真っ直ぐ僕を射抜く。
僕もまた、彼女から目をそらせなかった。
アルミン、と。
ミカサが、僕を呼ぶ。
「何も覚えていないと思っていたから、何も言わないでおこうと、思っていた」
「けど、……ごめんなさい、私の話を聞いて」
僕に拒否をするという選択肢は、ない。
「私には、前世? というものの記憶がある、らしい」
開口一番から、ミカサは僕を驚かせた。
からかわれているのか?
と思ったが、こんな彼女は場面で冗談を言うような人間ではない。
うん、と相槌を打ちながら、続きを促す。
彼女は、語った。
その、前世の記憶というやつを。
あまり話すことが得意ではないミカサだが、言葉を選びながら、途切れ途切れになりながらも語ってくれた。
前世は、今のように平和な世界ではなかったこと。
巨人という謎の生物がいたということ。
ミカサと僕、マルコやジャン、クリスタなどもその巨人と戦う兵士だったということ。
僕らはその世界でも、友達だったということ。
……そして、その世界でも、僕は海に思いを馳せていたということ。
彼女の語る話の中には、驚くことに僕が夢見たシーンも含まれていた。
おおよそ信じられない、あまりにも非現実的すぎる内容だ。
だけど、ミカサが話す度に、なぜだろう、胸が締め付けられる。
「……ミカサ」
彼女が言葉を切った時を見計らって、僕は口を開いた。
「その世界の君は、マフラーを……赤いマフラーを、していた?」
「……! アルミン! 思い出したの?」
「そ、そういうわけではないんだけど……さっき、海に着いて振り向いた時に、その姿の君が見えたから」
すると、ミカサは寂しそうに顔を歪めながらも、「していた」と答えてくれた。
「あのマフラーは、大切なもの。あれがないと寒かった」
ミカサが、自分の首元へ手を持っていく。
当然ながら、そこにマフラーは巻かれていないのだけど、まるでそこに存在しているかのように、ミカサは愛しそうに首元を撫でる。
優しい表情をして。
僕は、その表情を知っている。
小学生の頃。
好きな人がいると言っていたあの時の表情と、同じだ。
そうか、あのマフラーはミカサが好きな人から貰ったものだったのか。
と、そう思ったところで気付いた。
ミカサの話には、不自然なまでにその好きな人が出てきていないということに。
「聞いてもいいかい?」
「……ええ。何を?」
「君はそのマフラーを、誰に貰ったの?」
ひゅう、と、ミカサが息を飲んだ。
ミカサは、それを言うべきか悩んでいる様子だった。
もしかしたら言いたくないのだろうか。
けれど、僕はどうしても聞きたかった。
ミカサの好きな人の話を。
だから、待った。
ミカサが口を開くのを。
やがて、おずおずとミカサが口を開いた。
「……エレン。エレン・イェーガー」
「エレン」
エレン。
僕は、その名前を初めて聞き、初めて口にしたはずだ。
それなのに、どうして。
この耳は、この口は。
何十回も、
何百回も、
何千回も、
聞いてきたような、言ってきたような。
そんな感覚に襲われた。
そして、込み上げてくるたくさんの感情。
寂しさが、
苦しさが、
恋しさが、
懐かしさが。
それら全ての感情は、涙となって涙腺を刺激した。
「ミカサ、教えてくれ。エレンと僕はどういう関係だったの?」
「……親友だった。私がアルミンと出会えたのも、エレンがいたおかげ」
「……じゃあ、この世界にエレンは……いるの?」
「……」
ミカサは、何も言わない。
何も言わずに、頭を振った。
ずん、と、重たい何かが僕の心にのし掛かる。
「どうして」
「分からない」
「僕と親友だったんだろ? ミカサの好きな人だったんだろ? だったら傍にいないとおかしいじゃないか」
「アルミン」
「おかしいじゃないか!」
自分でも分からない。
どうして僕はこんなに涙を流しながら狼狽しているのだろう。
どうしてミカサに当り散らしているのだろう。
分からない、分からないのに、抑えることが出来なかった。
しばらくの間、子供のように散々泣きわめいた僕は、ようやく平静を取り戻した。
「落ち着いた?」
気遣うようにミカサが問いかけてくる。
気恥ずかしくなってうつむきながら頷くと、ふふ、と小さく声を上げて笑われた。
「笑わないでよ」
「ごめんなさい。……それより、思い出した?」
思い出した……とは、いえない。
確かにミカサの話やエレンという名前に懐かしさを感じたけれど、それだけだ。
ごめん、と言いながら頭を振ると、ミカサは何も言わずに頭を撫でてくれた。
それが、僕をとても安心させた。
「私の方こそ、ごめんなさい」
「え?」
「本当は、話すつもりなんてなかった。けど、どうしても、エレンのことを思い出してほしかった」
「何で?」
「私が覚えていて、アルミンが覚えていないのに堪えられなかった。……自分勝手な理由」
だから、ごめんなさい。
そう言って、ミカサは僕から手を離す。
ミカサはそう言うが、僕は自分勝手なんて思わなかった。
むしろ僕の方がミカサを傷つけてしまっていたではないか。
中途半端な期待を持たせてしまって。
「ねぇ、ミカサ。お願いがあるんだ」
「何?」
「エレンのこと、もっとたくさん教えて。そしたらいつか、思い出すかもしれないだろ?」
そう言いながら、顔を上げてミカサに笑いかける。
涙でぐちゃぐちゃになった酷い笑顔になっているだろうけれど。
そんな僕の顔を見て、ミカサも笑った。
今まで見てきた中で一番綺麗な笑顔で。
「ええ、もちろん。エレンのことになると私は止まらない。覚悟しておいて」
「あはは。望むところだよ」
がたん、ごとん。
電車の揺れが心地いい。
肩にミカサの体温を感じる。
きっと眠っているのだろう。
今日は早起きしたし、長時間の移動だったし、何より、色々ありすぎた。
僕も少し眠い。
ミカサに寄り掛かって、僕も目を閉じた。
何だか、良い夢を見られる気がする。
***
目の前には海が広がっている。
すごい、すごいと子供みたいにはしゃぎながら、僕は砂浜を走っていた。
その右隣を、赤いマフラーをしたミカサが走る。
彼女は何も言わないけれど、その顔は輝いているように見える。
そして、左隣には。
少年が、走っていた。
彼も僕のようにスゲースゲーとはしゃぎながら、満面の笑みを湛えている。
「アルミン!」
少年が、僕を呼んだ。
「スゲーな! お前が教えてくれた通りだ!」
いつだったかの夢とは違い、彼の顔にモヤはかかっていない。
本当に楽しそうな、幸せそうな笑みを僕に向けてくれる。
「ありがとな! アルミン!」
そんな彼に、僕も笑いかけた。
「こちらこそありがとう」
「エレン」
***
終わり
お付き合いありがとうございました
最初に書き忘れていましたが、転載はご遠慮ください
あとはジャンとマルコの図書館での話、後日談を書けたらなと思ってます
では、おやすみなさい
エレンには出会えないのか…
切ないな…
うぁあー 乙です 泣いてまうわ…
とても良いSS読ませて頂いた! もしよかったら他の作品も教えていただきたい
めっちゃ乙!
会えると良いんだけどな…
乙
会えないのか…
良作だった…乙!
後日談も楽しみにしてます
皆さん本当にありがとうございます
>>105
これが初SSです
お疲れ様です!
すごく、凄く良かった!
エレンと出会えないのは少し寂しい気がするけど…。
これからも頑張って下さい。
ありがとうございます
図書館でのジャンとマルコの話
投下していきます
ずっと昔から、この世界に生を受ける前から、好きな女がいる。
ずっと昔から、この世界に生を受ける前から、いけ好かない男がいた。
ノートを広げてみたはいいものの、課題には全く手が付かない。
とりあえずペンを持ち、教科書に目を向けてはいるが、内容は全然頭に入ってこない。
向かい側に座っているマルコを見やる。
あいつも俺と同じく、全く課題は進んでいなかった。
考えていることは恐らく一緒だろう。
持っていたペンを机に転がして、俺は「なあ」と口を開いた。
すると、マルコは弾かれたように顔を上げる。
その様子に小さく笑いながら、俺は言った。
「アルミンには無いんだろうな」
「……そうだね」
「しつこいくらい海、海って言ってるからもしかしたらと思ったんだけどな」
「仕方ないさ。そればっかりは、僕達の意思ではどうにもならない」
口ではそう言うものの、マルコの顔は寂しそうに歪んでいる。
無理もない。
“あの頃”、マルコとアルミンは馬が合うようで、よく一緒に勉強をしたりしていたのだから。
もちろん今も仲は良いが、やっぱりあの頃を覚えている身としては多少なりとも寂しさを抱いてしまうものだろう。
俺がそうであるように。
……“あの頃”というのは、簡単に言えば前世のことだ。
そして、“無い”というのは、前世の記憶を持っていない、ということだ。
先程の言葉の通り、アルミンには前世の記憶がない。
そして、俺とマルコには前世の記憶がある、のである。
記憶の有無には個人差があるようだ。
俺やマルコのようにハッキリと覚えている者、断片的に覚えている者、そして、アルミンのように全く覚えていない者。
持って生まれるか持たずに生まれるかは運としか言い様がなく、先程マルコが言ったように、俺達の意思ではどうにもならない。
持って生まれた俺としては、こう思わずにはいられない。
どうせなら、どちらかに統一してくれよ、と。
だって、そうだろう。
記憶があるばっかりに、こんな風に言い様のない寂しさに苛まれるのだから。
……さて、アルミンに記憶がないことが判明したことにより、俺が気になるのは一人の女のことだった。
その女の名前は、ミカサ・アッカーマン。
俺の好きな女だ。
あの頃も、今も。
短いけど今日はここまで
皆さん暖かくして寝てください
おやすみなさい
乙
ジャン視点か
期待
まさかこれが初SSだったとは…
続きも期待
ありがとうございます
続き投下
ジャンとマルコの話は今日で完結です
「なあ、マルコ。ミカサはどっちだと思う?」
唐突とも思える問い掛けだったが、マルコは特に驚いた様子を見せなかった。
どうやら、俺がミカサのことを考えているのはお見通しだったらしい。
マルコは、机の上に目を落として少しばかり考える素振りを見せたが、すぐに顔を上げた。
そして、俺のことを真っ直ぐに見つめながら、言う。
「僕よりもジャンの方が分かってると思うよ。ジャンは、どう思う?」
「俺か……俺は……」
頭に思い浮かべる。
見かけると思わず目で追ってしまう、彼女のことを。
ミカサは感情を表に出すことが少ない。
全く表情を変えない、というわけではないが、その変化を見抜ける奴は中々少ないだろう。
そんなミカサだが、たまにとても寂しそうな表情をする時がある。
それは誰が見ても分かる程の変化だが、そこはミカサだ。
変えるのは、相手が見ていない時だけだ。
なぜそんなことを俺が知っているのか。
それは、偶然目にしてしまったからだ。
アルミンと話している際に、寂しそうな表情をしている彼女を。
アルミンに記憶がないと判明した今、その表情の意味は何となく想像できる。
ミカサには、記憶がある。
あるからこそ、記憶のないアルミンを見て無性に寂しくなってしまうことがあるのだろう。
あの頃も、あの二人は今のように仲の良い友達だったから、余計に。
……と、そこまで考えて、俺は口を開いた。
「ある、と思うぜ」
「そっか。……ジャンが言うなら、そうなんだろうね」
「言っとくが俺の想像だからな。俺はミカサのことなんて何にも知らねぇんだからよ。……あの野郎と違って」
「……ああ」
あの野郎というたった一言で、マルコは誰のことを言っているか分かったようだった。
えも言われぬ表情を浮かべ、黙ってしまった。
そんなマルコを尻目に、俺は続ける。
「あの野郎、本当にいけ好かねぇ。そう思わねぇか? マルコ」
「ジャン……」
「いてもいなくてもミカサを独占しやがって。クソ、ふざけんな……羨ましい……」
俺の言葉を聞き、マルコは吹き出した。
それを見て、思わずムッとした表情になると、マルコは「ごめんごめん」と謝ってくる。……笑いながら。
本気で悪いと思ってんのか。
「何かしんみりしてたのに、ジャンのせいで台無しだ」
「は? 俺のせいかよ」
「悪かったって。それより課題を進めよう。あの頃を懐かしむのもいいけど、今を生きることも大切だ」
「あー、そうだな。面倒くせぇけど」
一足先に課題に取りかかりはじめたマルコに倣って、俺も机に転がっていたペンを持ち上げた。
あの野郎は、今、どこで何をやっているのだろう。
ミカサやアルミンの傍にいないということは、やっぱり、そういうことなのか。
なあ、死に急ぎ野郎。
お前がここにいてもいなくても、いけ好かないことには変わりない。
けどやっぱり俺としては、いてくれた方が張り合いというものがあるんだ。
なあ、分かるか。
エレン。
ずっと昔から、この世界に生を受ける前から、好きな女がいる。
きっとこれからも、俺はその女だけを好きなままでいるだろう。
ずっと昔から、この世界に生を受ける前から、いけ好かない男がいた。
きっとこれからも、俺はその男だけはいけ好かないままだろう。
終わり
あとは後日談を書いたら本当に完結にします
見てくれている人がいたらありがとう
おやすみなさい、よい連休を
ジャンもエレンがいないと寂しいんだね
おお!続き来てた!
楽しみに待ってます
乙!
エレン・・・ ラスト期待
続き来てた!!!
後日談楽しみにしてますね!
ありがとうございます
それでは投下
海に行ってから数日が経った。
あの日から、ミカサはよくエレンの話をしてくれる。
「エレンのことになると止まらない」
という言葉の通り、ミカサは彼のこととなると普段からは考えられないほど饒舌になった。
放っておけば一日中だって話そうな勢いだ。
けれど、ミカサの口から語られるエレンの話はいつだって新鮮でありながらどこか懐かしく、僕の心に優しく寄り添ってくれる。
どれだけ話されても、飽きるどころかもっと聞きたい、と思えてしまうほどだ。
さて、夏休みも残すところあと一週間となった日のことだ。
ミカサが僕の家にやって来て、またエレンの話を聞かせてくれようと口を開きかけた時。
僕はあることを思い出した。
「ミ、ミカサ……エレンの話はまた後だ」
「アルミン? どうしたの、慌てて」
「海の件をクリスタに何て説明をすればいいか考えないといけない」
僕の言葉に、ミカサは「言わせておけばいいじゃない」と口を尖らせたが、そうはいかない。
女子高生の他人の色恋沙汰に対する興味を侮ってはいけないことを、僕は知っている。
ミカサと噂になる、というのが決して嫌なわけではないけれど、やっぱりミカサは僕にとっては掛け替えのない友達でありそれ以上にはなり得ない。
そして何より、ミカサにはちゃんと好きな人がいる。
だから、僕なんかと噂になるなんて彼女に悪いだろう。
……しかし、何と言えばクリスタを納得させられるのか。
ミカサがきっぱりと否定しても「照れている」と解釈するような女の子だ。
中々に手強いだろう。
どうしようか、と頭を悩ませていると、「アルミン」と名前を呼ばれた。
「本当に、言わせておけばいい」
「けど」
「アルミンとなら、私は構わない。それにいつも通りにしていれば、誤解もすぐに解けるはず」
「そうかな」
「そう。だから、それ以上は気にしては駄目。では、エレンの話を始めましょう」
そう言って、ミカサはいつものようにエレンの話を始めた。
もしかしてエレンの話をしたいが為の言葉じゃないのか、と思ったけど、ミカサが気にしないと言うのなら、それでいいのだろう。
多分。
僕も気持ちを切り替えて、ミカサの話に耳を傾けることにした。
今日は、あの赤いマフラーを貰った時の話をしてくれるらしい……。
季節は過ぎ、冬。
僕らの町には例年より早めの初雪が降った。
寒がりなミカサは着膨れするほど着込んでいるが、それでも未だ寒い寒いとぼやいている。
僕はというと、ミカサほど寒いのが苦手というわけではないけど、やっぱり好きではないわけで。
これから更に冷え込んでくるというのを見越して、暖かい防寒具を買いに繁華街までやって来ていた。
コートは誕生日に両親が買ってくれたので、目的は小物系の防寒具だ。
なるべく暖かそうな素材のものにしよう、と思いながら品定めしていると、ふと、あるものが目に入った。
赤いマフラーだった。
そういえば、と、思い出す。
たくさん着込んでいるというのにミカサはマフラーを付けていない。
彼女にとってマフラーは特別なものだ。
もしかしたら、彼女なりに思うところがあって付けるのを躊躇っているのかもしれない。
けど、付けているのといないのでは、暖かさが全然違う。
でも、ミカサなりの考えがあるのならマフラー着用を強制するのもよくないだろう。
しかし、女の子が身体を冷やすのはよくないと言うし。
けれど、やっぱりここはミカサの考えを尊重するのが大切ではないのか。
いや、そうはいっても……。
……。
「よし!」
悩みに悩んで二時間後、僕は自分用の手袋、そしてもう一つ“あるもの”を持って、レジへ向かった。
「ミカサ!」
繁華街から帰ったその足で、ミカサの家に向かった。
すると、ミカサはどこかに出掛けようとしていたらしく、ちょうど玄関から出るところだった。
「アルミン。ちょうど良かった。アルミンの家に行こうとしていたの」
「そうなんだ。……にしても、相変わらず着込んでるね。確かに今日も寒いけど」
「そう、とても寒い。そしてこれからどんどん寒くなっていく、ので」
そう言いながら、ミカサが持っていた紙袋を僕へと差し出してきた。
「アルミンにこれを」
「え?」
「受け取って欲しい」
差し出された紙袋を受け取る。
少し触れたミカサの指先は、とても冷たかった。
「開けてみて」
ミカサの言葉に促されるまま、開けて中を覗き込んでみる。
そこに入っていたのは……。
「マフラー?」
青色の、マフラーだった。
顔を上げてミカサを見る。
すると、ミカサはそっぽを向いてしまった。
その頬が微かに染まっているのは、寒さのせいだろうか。それとも。
そっぽ向いたまま、ミカサが口を開く。
「アルミンの瞳の色」
「そう、なんだ。……ねぇ、ミカサ。これってさ」
「……不格好なのは許して欲しい。初めて編んだ、ので」
「やっぱり、ミカサが編んでくれたんだ。ありがとう、すごく暖かそうだ」
思わぬ贈り物に感激するとともに、今日マフラーを買わなくて良かったと密かに安堵する。
付けてみてもいいか、と聞いてみると、頷いてくれたので遠慮なく付けさせてもらった。
寒かった首元をマフラーが暖めてくれる。
ミカサは不格好と言っていたけど、そんなことはない。
確かに既製品と比べると少し編み目がまちまちなところもあるけれど、そんなの全く気にならない。
これからはこのマフラーが手放せなくなるだろうな、と思っていると、ずっとそっぽ向いていたミカサが僕を見ているのに気が付いた。
「アルミン、あなたの用は何?」
「あ、そうだった。すっかり忘れてたよ」
ミカサからのプレゼントに感激していて、自分の用事をすっかり忘れていた。
鞄から紙袋を取り出し、ミカサに差し出す。
「こんなに良いものを貰った後だと、ちょっと渡すのを躊躇っちゃうけど」
「……これは?」
「開けてみて」
そう言うと、ミカサは僕の手から紙袋を受け取って中を見た。
すると、その目が、ゆっくりと見開かれた。
「これ……」
「ミカサ、ずっとしてなかっただろ? 手袋。さっきも指先がすごく冷たかったし」
「赤い」
「ミカサといえば赤、みたいなイメージになっちゃって。本当はマフラーにしようと思ったんだけど……やっぱりそれはエレンに巻いて貰わないと、ね?」
そう言いながら笑いかけると、ミカサは笑顔のような泣き顔のような、どちらともつかない表情をしながら紙袋を抱きしめた。
きっと喜んでくれているのだろう。
思わず笑顔になって彼女のことを見つめていると、紙袋を抱きしめたまま、ミカサが口を開いた。
「ありがとう。ありがとう、アルミン」
「喜んでくれて良かったよ」
「……一つ、お願いがある。この手袋をアルミンに付けてもらいたい」
そう言いながらミカサは紙袋から手袋を取り出し、僕に差し出してくる。
僕がいいの?
僕でいいの?
そう思ったが、ミカサの目は真剣だ。
ならば僕も真剣に応えなければ失礼だろう。
僕は頷いて、手袋を受け取った。
誰かに手袋を付けてあげるなんて、初めての経験だ。
なので、随分ともたついてしまったけれど、何とか付けてあげることが出来た。
ミカサが手袋のはめられた手をじっと見つめる。
そして、顔を綻ばせながら言った。
「暖かい」
「うん、僕も暖かいよ」
空気は相変わらず冷たいけれど、僕はさっきよりも寒さを感じなくなっていた。
きっとミカサもそうなのだろう。
「ねぇ、ミカサ」
「なに?」
「いつかまた、マフラーを巻いて貰えるといいね」
「……ええ。いつか、また」
「その時が来たら、また海に行こう。三人で」
「もちろん。そのために、アルミンにはちゃんとエレンのことを思い出してもらわないと」
「あはは、そうだね。じゃあ、今からまた聞かせてよ。エレンの話」
「分かった」
いつかまた
終わり
ここまで読んでくれて本当にありがとうございました
これで本当に完結です
あと日付変わっちゃったけどアルミン誕生日おめでとう
切ないけどどこか温かくて心にすっと入ってくる話でした
すごく良かった。乙です。
乙でした とても良いSS読ませて貰いました
エレン…いないってことはまだ生きてる…?
乙です
本当に素晴らしい大好きな作品になりました
素敵なお話をありがとう!
エレンに会えないままなのは心残りだけど、3人は必ず会えると決まっているので心の中に補完します
乙乙
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