ジャン「よう、死に急ぎ野郎」 (84)


なんだぁ、そのツラは?

俺が来たら悪いってのかよ。

ったく、毎日毎日飽きもせず隣にミカサを侍らせやがって。

その上、お前に一目会いたいって物好きが後を断たないそうじゃねえか。

いいご身分だな、英雄さんよ。

……つうか実際のとこ、ミカサに会いに来てるようなもんなんだぜ、俺はよ。

じゃなきゃこんなとこ、誰が好きこのんで来るかってんだ。

ようミカサ、こいつに飽きたらいつでも俺のとこに……

冗談だよ、そんな顔すんなって。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382279739


ほんと腹立つぜ。

英雄の称号と一緒に、ちゃっかりミカサまでかっさらっていきやがって。

てめえのそういうところが気に入らなかったんだよ、俺は。

他には何も要らない、巨人さえ殺せればそれでいい。

なーんてツラしながら、他の連中が欲しがっても手に入れられないものを、山ほど持っていきやがる。

……世の中不公平だよなぁ。

なんでお前みたいな死に急ぎ野郎ばっかが持て囃されんだか、俺にはいまだに理解できねえ。

お前と会ってもう七年にもなるってのに、いまだにさっぱりだ。


あーあ、酒でも飲まなきゃやってらんねえぜ。

やってらんねえから、飲むことにするか。

……ん、どうした、そのツラは。

ははーん。

欲しいのか。

飲みたいのか。

最近ご無沙汰だったのか。

俺の酒が欲しいってのかぁ、エレン?


はっはっは!

無理もねえよな、こんな場所じゃロクな酒も手に入らねえだろうからな!

飲みたいか?

どうしても飲みたいのか?

くっくっく。

考えてやらねえでもねえが、それなら相応の誠意を見せてもらわなきゃなぁ。

そうだな、差し当たってはミカサを一日、ってだああっ!!

冗談、冗談だ!

ほんっっとにお前らって冗談が通じねえよな!


……ちくしょう、いいじゃねえかよ一日ぐらい。

お前ら、互いに互いを独占できるとこにいんだから、たまには新鮮さを求めたって、なあ?

ん?

ああ、そうだよ、言ったことなかったか?

……そういえば、結局一度も言えなかったのか。

ならせっかくだし、この場を借りて言っちまうかな。

っと、その前に一杯もらうか。

ミカサ、お前もどうだ?

エレン、てめえにもついでにくれてやるから感謝しな。

……ふー。

よし。

もしかしたら二人は死んでいるかもしれない………とか妄想した




「ミカサ。俺はお前に惚れてた」




……なんで、って言われてもな。

基本的には一目惚れだよ。

その艶のある黒髪と、すっとした目鼻立ちに一発でやられちまった。

ああん?

悪かったな面食いで。

実際、俺はミカサの全人格に肯定的だったわけじゃあないからな。

むしろ人格構造だけ見れば、エレン以上に馬が合わなかったのかもしれねえが……まあ、そこは惚れた弱みか。

良くも悪くも俺にとってのミカサ=アッカーマンは、死に急ぎのエレン=イェーガーとセットだった、ってことなのかもな。


一個の人間としてのミカサを見れるようになったのも、調査兵団に入ってからだった気がするぜ。

あのあたりから割と俺、お前にキツイこと言うようになったよな。

エレンの巨人化能力のこととかよ。

でもあれは正論だっただろ?

逆に言えば訓練兵時代の俺は、至極まっとうな正論ですらミカサにはぶつけてなかったんだよな。

ひたすら、お前の前では格好つけることしか考えてなかった。

ガキだったんだな。

認めたくはないが、死に急ぎ野郎よりよっぽど、な。


そんなんじゃ、振り向かれなくても当然だよなぁ……

あん?

そんなこと言ったって、お前……もうしょうがないことだろうが。

口に出すのも忌々しいが、お前とエレンがこういうことになっちまった以上、俺の出る幕はもうないんだよ。

けっ、死に急ぎ野郎の勝ち誇ったツラが見えるようだぜ。

ムカつくことこの上ねえ。

酒も尽きちまったことだし、今日はこのへんにさせてもらうか。

おいエレン、てめえが飲んだ分はツケだからな。

いつか必ず返せよ、わかったか?




「はっ、じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「よう、死に急ぎ野郎」




……てめえ、いきなりご挨拶じゃねえか。

いい度胸だ、もう一度言ってみろ。

違え。

馬面じゃねえ。

馬面じゃねえ、っつってんだろうが!

てめえ、痛い目見ねえとわかんねえらしい……ああ、いや。

ミカサの前だからな、まあ、それだけは勘弁してやる。

……ああ、せっかく上等な酒が手に入ったんだがなあ。

一人じゃ飲みきれないと思って途方に暮れてたんだがなー。


そう。

そう、そうそう、まずはそういう態度だ。

いいか死に急ぎ野郎、まずは上下関係ってもんを弁えろ、話はそれからだ。

じゃ、開けるぜ。


「……ぷはぁ」


まったく、いつになるまでこんなことやってんだかな、俺も。

気が付きゃもう、三十路も手前だってのによ。

っていうかよ、この際だからはっきりさせておくがよ、俺は馬面じゃねえ。

ああ!?

ねえったらねえよ!


だいたい、てめえ以外のヤツから馬呼ばわりされたことなんざ……ねえんだ。

あ?

ねえよ、ねえ。

なんつうか、ちょっと昔のことをな。

クリスタを覚えてるか?

そう、馬術がな、抜群でな。

女神でな。

馬面は関係ねえ。

ああ、お前は知らないんだったか……それ以外にもちょっと、馬とクリスタっつうとエピソードがな……それはいいか、別に。


いや、そういうことじゃねえよ。

クリスタは元気だ、元気なはずだ。

今日も元気で女神なはずだ。

俺もこのところ会っちゃいないんだがな、内地で頑張ってるらしい。

いや、もう内地って言い方もおかしいのか……

なあエレン。

壁って、なんだったんだろうな。

俺たちを守る砦だったのか、俺たちを捕える檻だったのか。

それとも……


とにかく、クリスタは元気だ。

まあ、上手くいくことばかりじゃないだろうが……

あいつは今、人類と壁との関係を変えようとしてる。

贅肉ばかり柔らかいくせして、肝心の頭が固くていらっしゃる、お偉いさん方相手によ。

もしかしたらクリスタは、壁の外で飛び回ってる俺たちより、よほど辛い戦いをしてるのかもな。

ああ。

誰か、側にいてやれればな。

……ん。

俺も、そうだ。

確かに俺も今、ユミルの顔が浮かんだ。


訓練兵時代、一番付き合いのあったあいつなら、って思わないでもない。

もしかしたらそんなのは俺の思いすごしで、それでもクリスタは一人を選ぶのかもしれねえが。

でもあいつが、ユミルが側にいてくれるって選択肢さえあれば、ってそう思わずにはいられないんだよな。

あるいはライ……なんでもねえ。


「ふぅ……うめえ」


ユミルは……ああ。

俺たち104期訓練兵団の中で、行方がわかってないのはあいつ一人だ。

死んでない、とは思う。

消えた時の状況的にもそうだし、何よりあいつ個人の性格とか、資質とか、そういうことを考慮してもな。

それを抜きにしたとしても、個人的に生きていてほしいと、そう思う。


ちっ、なんか余計なことまで喋った気がするな。

そろそろ行くぜ、おう、ミカサも元気でな。

次に会う時はあの二人も引っ張ってくるぜ。

どうせユミルの奴、壁外のどっかにいるに決まってんだからよ。

それじゃあ………………ああいや、なんでもない……ちょっと、な。

エレン、このあたりは、お前の生家があった場所なんだよな。

ん。

ああ。

そうか。

……別に、なんでもねえ。




「じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「よう、死に急ぎ野郎」




おい、笑ってんじゃねえよ死に急ぎ野郎!

み、ミカサまで!

くっそ、そんなに俺の髭面は似合わねえってか!?

仕方ねえだろ、俺にも立場っつうか、威厳みたいなものが求められてんだからよ!

……ああ、そう、そういうことだ。

まったく、思い返してもみれば奇妙な人生だぜ。

指揮官適性じゃあ俺よりマルコの方がはるかに評価されてたし、そもそもアルミンなんかは頭の出来が違う。

なのにいつの間にか、五百人からの大部隊を率いる隊長サマときたもんだ。

何か一つ歯車がズレてりゃあ、今頃は内地でぬくぬくと……ゆっくりと、腐っていけただろうによ。


ん?

いや、作戦の立案がアルミン、俺が現場の指揮だ。

……はっきり言っておくが、俺はお前たちを絶対に前衛じゃあ使わねえぞ。

当然だろうがバカども!

何が悲しくて視野の狭い死に急ぎ野郎を先鋒で突っ込ませなきゃなんねえんだ!

他人のふりしてんなよミカサ、お前もだ!

お前らみたいなのはな、一番自由に遊ばせちゃあならねえタイプなんだよ。

んん?

そうだな……仮に同期で組むなら……おっと、その前に酒、酒。


まずは威力偵察兼前列にコニーとサシャと……いや、サシャ。

あいつらは各々理由こそ違えど、「死」ってものに対して極めて敏感だ。

要するに臆病なんだな、意外な気もするが。

そして臆病であることは時に、兵卒としての美徳になる。

そのことはお前だってよく知ってるはずだ。

索敵能力、戦闘能力、機動力、どれをとっても水準以上だしな。

あの二人ならなんだかんだ生き残って、生きた情報を持ち帰ってくれると信じてる。

贅沢言うなら二人をまとめられて、時に鼓舞できて、その上戦闘能力も高い、そんなリーダー役が欲しいところなんだが……


「ぷ、はぁぁ」


ないものねだり、だな。


中衛か。

主力の指揮にマルコと、そのサポートにクリスタ、ユミルってところだな。

前二人は改めて説明するまでもないだろ。

マルコの指揮官適正は同期でもトップクラスだった。

そんなあいつが何を持って俺の素質を見極めたのか、今もってわからねえが……ま、さすがに炯眼だったな。

う、うるせえ!

自分でもちょっとアレだと思ったところだ今!

……ごほん。

クリスタは、あれはもう天然かつ天性のモチベーターだな。

それでいて統率力にも秀でてるってんだから、あいつ何気に結構な反則スペックなんじゃねえのか?

今さらだけどよ。


ユミルもまあ、わかるだろ。

分隊レベルの指揮をさせるならあいつだ。

能力からいって成績10番に入らなかったのが、当時は不思議でしょうがなかったが、聞けばクリスタにその権利を譲ってたそうだ。

なんというか、あいつらしいよな。

何よりクリスタの側に置いとかないと、あいつもあいつで何しでかすかわからんしな……

あとは後方司令部に俺とアルミン。

指針を決めて、我らが軍師殿が具体策を練って、最終的な決断は俺が下す。

まあ今現場でやってることだな。

エルヴィン団長一人分の仕事を二人がかりでこなしてるようなもんだ。

それですらあの人の超人ぶりから考えると、おこがましい話ではあるがな。


で、お前らは司令部の視界に入るところから始まって、各方面への遊撃だ。

なんでもクソもあるか、いい加減に自覚しろ。

お前たちはな、目的意識があまりにもはっきりとしすぎてるんだ。

エレンは巨人を殲滅する。

ミカサはエレンを守る。

双方そのためなら死も厭わない。

コニーやサシャとは真逆で、「死」への恐怖感が薄すぎた。

そのくせ戦闘能力じゃあ右に並ぶもんがいないときた。

誰かに手綱握らせてねえと、危なっかしくてしょうがないんだよお前らは……

その時々で指揮官が状況を見極めて、つぎ込むべきとこにぶち当てるのが、お前たちの正しい使い方だと、俺はそう思う。


は?

バカお前、俺は実際に偉いんだよ。

おう、調査兵団の志望者もだいぶ増えたぜ。

今じゃあ規模は……そうだな、俺たちが入団した時の、優に十倍以上には膨れ上がってる。

俺が率いてる大隊だけで、かつての調査兵団まるまる一個分を超えるぐらいだ。

その分練度も落ちたが、これは時代の流れだろうな。

ある意味じゃあ、お前の吐いてた胸糞悪くなるほど正しすぎる、あの正論の通りに時代は動いてるわけだ。

ちょっとばかし気に入らねえがな。

人間が家畜であり続ける時代は、もう終わろうとしてる。

人間は、自由になろうとしてる。


どれ、小難しい話はこのへんにしとくか。

今日はそこそこいい酒が手に入ったんだぜ、ミカサ。

ああエレン、毎度のことだがお前は立場を弁えろよ。

お前はあくまで、俺とミカサのおこぼれを頂戴する立場なんだからな。

どうした?

……んなこと言われたって無理に決まってんだろ、ミカサ。

歳は関係ねえよ。

おじっ……だから歳のことは言うなって!

たとえいくつになろうと、こいつと仲良し小良しなんざごめんだっつってんだ!


「――ン!」


ん?

この声は……


「ジャン、ジャーン!」

「こっちだ、アルミン」

「ああ、よかったジャン。やっぱりここに来てたんだね」

「やっぱりってなんだ、やっぱりって」

「やあエレン、久しぶりだね。ミカサも」

「おい、ナチュラルに俺を無視してんじゃねえぞ。俺の副官のくせして」


「積もる話はたくさんあるんだけどさ、ちょっと今は時間がなくて。ジャン、連れてくね」

「あ? どうしたアルミン、たまの休日ぐらい好きにさせてくれたって」

「第六大隊からの伝令が、ついさっき本部に届いたんだ。例の巨大な都市群跡について」


っ!


「ついにか! ついに、見つけたんだな!?」

「ああ。これでまた、人類は大きく前進できる!」


おいおいマジか、こうしちゃいられねえぜ!

悪いなミカサ、酒は置いとくから勝手に飲んどいてくれ!

それから……




「おい死に急ぎ野郎、今日はここまでだ! 気が向いたらまた来てやらあ!」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「よう、死に急ぎ野郎」




とりあえずは酒だ。

なんか恒例行事みたいになっちまってるな。

ああ?

仕方ねえだろ、これ以外に選択肢がねえんだからよ。

ミカサは相変わらず綺麗だな。

どんな姿になっても、いつまで経っても、俺の惚れた女のままだ。

はっ、今さらそんな目で睨んだって無駄だぜ、死に急ぎ野郎。

悔しかったら手でも足でも出してみやがれってんだ、あの頃みたいによ。


……ああ。

なんだ、意外に察しがいいじゃねえか。

そろそろ、歳でな。

引退間近だ。

ああ、いくら巨人の脅威が激減したって言っても、危険な任務に変わりはないんだからな。

あれだけ鬼の教官殿にしごかれたのに、戦士としてやっていけるのはせいぜいが50いくつまでだ。

ひでえ話だぜまったく。

戦士といえば…………戦士といえば、だ。

なあ、エレン。




「ライナーたちは、最後まで戦士だったのかな?」



※今さらすぎる気もしますが、ネタバレがあるので原作未読の方はご注意ください


この名前を口に出せるようになるまで、かなり時間を要したな。

そして口に出せるぐらい、俺は年月を重ねちまったんだな。

ライナー、ベルトルト、アニ……か。


「ぶっ、ごくっ……はあ」


アニは、俺たちの最初の遠征で、さんざん仲間を殺した。

そして俺やお前、ミカサやアルミンと、死を賭して闘った。

同期で殺し合ったんだよな、俺たちは。

今になって考えると、手が震えるぜ。

あいつには、俺たちには計り知れない、譲れないものがあったんだろうな。

いや、それはアニだけじゃあなく、他の二人もか。

「信じられない」なんて言葉が陳腐ですらあったよ、あの頃は。


エレン?

そうか……特別作戦班も、あいつにやられたんだったな。

エルド=ジン、オルオ=ボザド、ペトラ=ラル、グンタ=シュルツ。

その四人のことは、今なお調査兵団内の語り草だ。

“あの”英雄リヴァイに見込まれ、“あの”英雄エレン=イェーガーを護り抜いた、生粋の戦士たち。

多少事実と食い違うところもあるか?

でもな、人々にとっちゃあそれが真実だ。

知ってるか?

調査兵団の新兵はな、入団式で必ず「彼らの様に勇敢であれ」、ってな具合に訓示されるんだ。

使えるものは何でも利用させてもらおうって、エルヴィン団長の発案でな。

リヴァイ兵長はあまりいい顔してなかったが……いや、あの人はいつもあんな感じか。


……話が逸れたな。

アニの次はライナーか?

ライナーは……正直、俺は同期の中じゃ一番、あいつのことを頼りにしてた。

成績じゃミカサがぶっちぎりだったが、頼り甲斐ってなるとまた話は別で……怒るなよ、ミカサ。

なんていうか、あいつはみんなの兄貴分、みたいなところがあっただろ。

いつだったか、同期で部隊を組んだらどうこう、って話をしたよな?

俺は、ライナーになら迷わず先鋒のリーダーを任せられた。

あのどでかい背中で俺たち全員を引っ張っていってくれるだろうと、そう思ってた。

そのぐらいすげえ奴だった。

……それが、あの結末だ。

なんかな、わかんねえよ。

俺たちにはあんな終わり方しかなかったのか、って今でも考えることがある。


わかんねえといえばベルトルトもだな。

あいつはいつも一歩引いてて、自信なさそうにライナーの陰に隠れてて、だけど。

優秀な戦士、だったんだろうな。


「っ、ふう」


ああ、酒がうめえ。

さっきの話の延長でいくと、ベルトルトこそ本物の遊撃手だな。

どこに配置しても一定以上の成果が望める。

指揮官や参謀の立場からすると、あいつみたいな万能型は本当にありがたい存在だ。

アニはお前ら二人のお目付け役かな。

あいつはいつだって合理的で、冷静で、感情に流されず、そして強かった。

ストッパーとしちゃあこれ以上ない……


……ああ、うん。

そうか。

そんな話は、もういいか。

そんな話をしても……虚しいだけ、だな。

あの三人は、「兵士」としての適性こそ違えど、一様に「戦士」だった。

ギリギリの瀬戸際だったとはいえ、最後には「戦士」である己を選びとった。

だからこそ、俺たちと道を違えた。

そういうことなのかもしれないな。

……あいつらは俺にとってはマルコの、お前にとっては母親の、仇に当たるわけだ。

ほんと、ワケがわからなかったぜ。

なんであいつらが。

当時はそんなことばかりだった、といえばそれまでだがな。


いや、お前が前に言ってたことは正しいと思う。

お前に同調するのは癪だが、そこは認めてやる。

あいつらが空けた大穴のせいで、いったい何人が死んだことか。

あいつらは許されないことをした。

俺たちはあいつらを許しちゃならない。

……ああそうだ。

でも、仲間だった。

その通り、なんだよな。

例えライナーが、アニが、ベルトルトが、人類の裏切り者だったとしても。

俺たちは、仲間だったんだ。


……飲み過ぎたな。

お前らは、なんだそれ?

まさか飲み足りないってツラか?

いやいや、足りたよな?

足りないのか?

……いや、わかんねえよ。

本当にわからんことだらけだ。

壁の外のことも内のことも、本当のことを俺たちは何も知らなかった。

今だって世界は、俺たちの知らないことで満ち溢れてる。

だがもしかしたら……それこそが、自由だってことなのかもな。




「……じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「よう、死に急ぎ野郎」




酒。

飲めよ、まずは。

ああ?

なんだ、まだ聞いてなかったのか?

そうか、会ってないのか。

ああ……

そう、だ、な……


「んっ、くっ……ぷぁ、ふぅ」


ふう……




「コニーとサシャがな、行ったよ」




かつてなら考えられなかったことだな。

元とはいえ調査兵団員が、ベッドの上で安らかに臨終、なんてよ。

ああ、コニーが先ではあったんだが、もう、ほとんど同時みてえなもんだ。

意識不明の寝たきりになったのも同じ頃だし、サシャはコニーの後を追うみたいに、一月ぐらいで逝った。

今頃あっちで仲良くやってんのかね。

考えてもみりゃ、104期同士で結婚までいったのはあいつらだけだったんだよな。

他にも山ほど候補はいたはずなのに、よりにもよって訓練兵時代にはそんな気配みじんもなかった、あいつら二人だけ、だぜ?

ったく、世の中なんか間違ってるよなぁ。

……てめえとミカサのことも含めて言ってんだよ、俺は!


きっかけぇ?

いちいちそんなこと覚えてねえよ。

なにやら途轍もなくくだらない経緯の果てに、途方もなく阿呆な理由でくっついてたような、そんな感じだったか。

詳しく知りたきゃ本人に聞けよ。

俺は覚えてない。

まあでも、あいつらのこと、それ自体は忘れられそうにもないけどな。

強烈だったからなあ、特にサシャ。

覚えてるか、芋女。

そう、初日のアレだ。

アレであいつの方向性が決まったよなぁ、くくっ。


サシャに負けず劣らず、コニーの奴もバカだったよな。

あいつらを指揮下に入れて動いたことも何度かあるんだが……うん、ノーコメントだ。

ただ、兵士は時にバカであることも求められる。

そしてコニーたちは、バカでいるべき時宜を誤らなかった。

そういう意味では優秀な兵士だった。

実はな、今調査兵団にあいつらの孫が、三人ばかり所属してるんだ。

下品な言い方すれば、産めや増やせやってやつだったからな、あのバカ夫婦。

自分の家族が何人いるのか、あいつら自身把握しきってなかったんじゃないのか?

……ああ、そっか、ないか。

あいつら、家族を人一倍大事にしてたもんな。

特にコニーは……


……なくなったな、酒。

全然飲んだ気がせん。

もう一本持ってきたんだが……どうせだから開けるか。

お前もどうだ?

あん?

俺の酒が飲めねえってのか?

そう、それでいいんだ。

てめえは黙って酒を浴びてろ。

俺ぇ?

はっ、ふっざけんなっつうの!


確かにな、そういう話もぽつぽつ聞こえてきちゃあいるよ。

それぐらい、俺たちの上には歳月が降っては注いだ。

行っちまう奴も、これからどんどん増えてくだろう。

もう、俺たちの時代は終わったんだ。

……が!

俺は違う。

ジャン=キルシュタインはまだまだくたばっちゃやらん。

当たり前だろうが、ようやく手に入れた快適ぬくぬく隠居生活だぞ?

場合によれば何十年も前に手中に収めてたはずだったんだ。

それを誰が、易々と手放してやるかってんだ。


俺の密かな野望はな、最後まで残ってやることだ。

同期の、104期のバカどもの死に様全部見届けて、それを全部お前らに……いや、なんでもない。

とにかく俺は最後まで生き延びる。

生き延びて、何もかも全部見届ける。

せっかくだし、長寿の世界新記録でも打ち立ててやろうか?

ああ!?

ほんっとてめえは……誰のおかげで酒が飲めると思ってやがんだ!

ああそうかい、けっバーカ。

やーいやーいバーカバーカ!

バーカ………………おっほん。

今日はここまでだ、帰って一人で飲み直すことにするぜ。




「じゃあな。気が向いたらまた来てやるよ、死に急ぎ野郎」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「よう、死に急ぎ野郎」




まーたその辛気臭えツラか。

まったく、マジでこのうん十年、代わり映えのしない野郎だ。

ああ?

死に急ぎ野郎にそんな心配されるとは心外だな。

ここまで一人で来たんだ。

帰るときだって一人だ。

ちょっとばかし足腰が言うこと聞かなくなって、杖が手放せねえ身体になっただけだ。

余計なお世話だよ、死に急ぎ野郎。

おお、ミカサは心配してくれるのか。

やっぱりミカサはいい女だなぁ、ははは。

ん、どうしたエレン、納得いかないって顔だな、はっはっは。


……なあ。

とうとう、アルミンも、行っちまったよ。

なんだかんだ、あいつとの付き合いが一番長くなったが、ついに、行っちまった。

ホモじゃねえよ。

ホモはライナーだろ。

確かにアルミンはあの歳になっても、妙な色気があったが……

だからホモじゃねえっつってんだろ!

俺とあいつは戦友だ。

初陣から幾百の死地を共にくぐり抜けた、正真正銘の戦友だ。

それ以外の言葉はないし、それ以上の言葉は必要ないんだよ。


しっかし、本当にアルミンの頭脳は化物じみてたよな。

俺の豊富になっちまった人生経験に照らし合わせても、あいつと同等の知力お化けはエルヴィン元団長ぐらいのもんだ。

ガキの頃からああだったのか?

ほう。

だとしても、驚くことは今さらないがな。

あいつ、最終的には総統直下の参謀総長まで昇り詰めたんだ。

ここだけの話、調査兵団長就任の話もあったんだが……本人は「才幹その任に堪えず」って固辞しちまった。

能力は間違いなくあったと思うんだがな。

まあどのみち、同期の出世頭はあいつだったってことだ。

七十年前のあいつに聞かせたらどんな顔をするんだろうな、くくっ。


アルミンとはな、お前らの話はあまりしなかったんだ。

壁の外についての話はよく聞いた。

そこが俺たちの主な活動領域でもあったわけだしな。

炎の水、氷の大地、砂の海。

ガキの頃に読んだっていう本の記述を、一つ一つその目で確かめる度、あいつは自分を取り戻していった。

一時期は本当に見てられなかったもんだが、よく持ち直したよ。

そんなあいつを見て、俺たち同期も前に進めた。

なぞってたんだな、今思えば。

俺もアルミンも他のみんなも。

お前たちを、なぞってたんだ。


ん?


「閣下ー? キルシュタイン閣下ー?」


ちっ。


「もう閣下じゃねえよ。こちとらとっくに隠居の身だって、何度言えばわかるんだ」

「また病室抜け出して、酒瓶片手に友達とおしゃべりですか?」

「人を可哀想なもん見る目で見んじゃねえ。俺はまだ、頭は正常だ……っつーか友達でもねえ、こんな奴!」

「はいはい。とにかく帰りますよ、おじいちゃん」


ったく、煩わしい世話焼き看護婦に見つかっちまった。

今日はこのへんにしといてやるか。




じゃあな、気が向いたらまた来てやるぜ、死に急ぎ野郎。




――と、言いたいところなんだがよ。


「閣下?」

「閣下じゃねえ。ちゃんと病院には戻るから、向こうで待っててくれ」

「……ちょっとだけですからね」

「悪いな」


……やれやれ、やっと行ったか。

口に出すとうるさいからこうやって黙ってるが、マジでお節介なのに当たっちまったぜ。

ん、そうだよ。

お前も薄々気付いてんだろ。





「ここに来るのは、今日で最後だ。死に急ぎ野郎」





医者にな、もう脱走はこれっきりにしろって釘刺されちまった。

まったく、てめえが飽きもせずに、来る日も来る日もミカサの側にいやがるからだぞ。

おかげで俺の人生最後の散歩先が、こんな辛気臭え場所になっちまっただろうが。

その上てめえのツラを拝ませられるなんて、ふざけきったオマケつきときたもんだ。

まったく笑えるな、まったくよぉ。

笑うか、いっそ。


「はは、ははは、はっはっはっはっは!」


……はっ。

なあ、エレン。


「なあ、エレン」

「お前は本当に、クソみたいな死に急ぎ野郎だったな」

「本当に俺は、お前のことが大嫌いだったよ」

「そのクソみたいな信念に従った挙句、本当に、なんもかんも持って行きやがって」

「特にミカサな。特に、ミカサだ」

「次はこうはいかねえぞ。言っておくがな、俺は一度だって負けを認めてやった覚えはねえんだ」

「てめえが勝手に勝ち逃げしやがったんだからな、この死に急ぎ野郎」

「……ただ、お前は」

「お前は……」

「お前は、俺たちに――見返りをくれた」


「ならないはずだった調査兵になって、命を張った連中の覚悟に」

「何かを変えるために何かを捨てちまった、アルミンの決断に」

「公じゃあなく、ただお前一人に心臓を捧げた、ミカサの純心に」

「エレン=イェーガーっていうあまりにも不確かな灯一つに、すべてを託さざるを得なかった人類の期待に」

「――誰のものとも知れねえ、骨の燃え滓に」

「報いるだけの、見合うだけの見返りを、お前は十分俺たちにくれた」

「『自由』っていう、見返りをな」

「それだけは、感謝しておく」

「……今度こそ行くぜ。いい加減、お迎えの声がうるさくなってきやがった」

「あーあー、これでてめえに会うのも最後だったなら、どれほどよかったことか」

「じゃあな。俺も直にそっちに行くから――」





「また向こうで会おうぜ、死に急ぎ野郎」




――fin.


早々に種を見破られてちょっと焦りましたが、これにて終了
ジャンの人間臭さが大好きです
進撃の巨人というお話は、アルミンやジャンの成長譚でもあるのではないでしょうか

HTML化は後ほど申請しておきます
それではご一読ありがとうございました

すごく良かった
乙乙

いい!

すまん

1レス目からなんとなくそんな感じがしたから……


話はよかった



乙  次も書いてよ!


すごくよかったよ

乙、つらいな
寂寥感があって良かった

この雰囲気の奴はたいてい死人との対話だから、見破られるのはしょうがないジャン。
非常によかったジャン!
乙ジャン!

頭の中がじわじわと熱くなった
乙、いいものを見た

分かったら言いたいんだろうなネタ潰しは邪魔だな。


エレンたちは墓石なのか、それとも結晶化してあの姿のまま眠り続けてるのか
しばらく悩んだ

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