萩原雪歩19歳です。男の人が、大好きです!
……あっ、ま、間違えました!今のはお茶と男の人を言い間違えて……ひぃ~ん!
本当は私、男の人と喋るのって今でも苦手で、いつも誰かに頼ってばっかりで……。
それになにやってもドジでダメダメでひんそーでちんちくりんなんですぅ……。
だけどそんな私でもアイドルをやっていた時期があって、その時は友達と一緒に楽しくやれたんです……。
でも頼れるプロデューサーが過労死しちゃってから私さらに自信無くしちゃって……。
あぅぅ、思いだしたらまたジメジメした気持ちになってきましたぁ~!穴掘って埋まって──
「ちょっと、何さっきから独り言言ってるのよ」
「へっ?あ、律子さん……」
「今日は私の奢り!牛丼パーティーよ!」
そうでした、私はいま、元765プロの皆と牛丼屋に来てるのでした。
「店長!胡麻和えくださーい!」
隣のカウンター席に座っている真ちゃんが身を乗り出して手あげました。
「やよい、今度はお腹いっぱい食べていいんだぞ!律子の奢りだから!」
「はい!ありがとうございますー!紅ショウガ盛り盛りですー!」
私と向い側に座ってる響ちゃんとやよいちゃんが紅ショウガが入ってる入れ物を空っぽにしました。
「あー!亜美、真美の生卵に勝手に醤油かけたー!」
「んっふっふ→ スキを見せるとは甘いのう」
遠くのテーブルに座っている亜美ちゃんと真美ちゃんがお互いの小皿に醤油をさしあっています。
「店長殿、追加で牛丼の特盛りを……」
「あらあら~。すごいわね~」
さらにその隣のテーブルで四条さんが4杯目のどんぶりを重ねて、口をナプキンで丁寧に拭いています。
その隣で、あずささんは持ち前のスローペースで牛丼を口に運んでいました。
私は、店の中をぐるりと回すように手持ちサイズのカメラで撮影をしています。
律子さんに頼まれて、私は撮影係になりました。半年間ずっと撮り続けています。
コレの前って響で合ってるよね?
雑談OKだよね
VIP見るとき必ず「倒産」で検索してたぜ
お店の中が、私たちを見てざわ……ざわ……と騒がしくなってきました。
「なにあの美人集団……」
「何かの撮影?」
な、なんだか牛丼屋って男の人ばっかりで怖いですぅ……。
小さく縮こまりつつも、カメラを回します。男の人と目が会ったらどうしよう……。
病院でバラバラになっていた皆と再開して、もう半年が経ちました。
その間に私たちも、世の中も色々なことがあったみたいです。
亜美ちゃんと真美ちゃんは両親が離婚した後も定期的に会っているようです……。
今では昔と変わらない笑顔を見せてくれます。
伊織ちゃんは渋々ながらも家に帰りました。随分と叱られたみたいです……。納得いかないわ!と会うたびに大声で凄まれます。
わ、私に言われても困りますぅ~。
小鳥さんはひとまず牛丼屋でバイトしながら就職先を決める日々……。
彼氏は未だにできないみたいです。
真ちゃんの隣に座っている伊織ちゃんが頬に手をつきながら箸で牛丼をつついています。
真ちゃんはお箸でかきこみながら、それを不思議そうな顔で見ています。
「はぁ、和牛ステーキが食べたいわ。何でこの伊織ちゃんが牛丼なんて……」
「まぁまぁ、家出してたときはパンの耳とか食べてたんだろ?」
「それとこれとは別モノよ……」
響ちゃんは真ちゃんに返すお金をまた集めるためにやよいちゃんと一緒にアルバイトに励んでいるそうです……。
真ちゃんは返す必要は無いと言っているのですが、響ちゃんは聞く耳持たず、みたいで……。
やよいちゃんは借金を完済して、無事お母さんの治療費を払えたようで近々退院しまた働けるようになるようです。
これで、高槻家も、しばらくは安泰みたいです。よかった……。うぅ、また涙が出てきましたぁ……。
律子さんは店舗からコンビニ本部の社員としての引き抜きの話が出ています。
毎日仕事に追われる日々でとっても大変そうですが、律子さんは「やりがいがある仕事で燃えるわ」といつも笑顔を向けてくれます。
四条さんは、突然煙のようにいなくなったかと思えば、またふらっと骨無しフライドチキンを両手に抱えて現れます。
質問すると「人には誰にでも、秘密の一つや百個はあるものですから」とはぐらかされてしまいます。一体何をしてるんでしょう……。
765プロ倒産直後に黒井社長が辞めた後のワンマン方針だった961プロは、四条さんが抜けた後、急速に勢いが衰えていきました。
ジュピターの皆さんの復帰も囁かれていたのですが、リーダーの天ヶ瀬冬馬さんという方が「男に二言は無ぇ」と断ったそうです。
それと、何故かこの話題を出すと響ちゃんが「うぅ~鳥肌が立ってきたぞ~」と肩を震わせてしまいます。
な、何かあったのかな……。
他にもいっぱいいっぱい色々なことがあって、何度も私は穴掘って埋まってましたが──。
「な、なんだよ!伊織!その言い方はあんまりじゃないか!」
「あら、私は間違った事は言ってないわよ。牛丼屋なんて、ドンカンな真にはお似合いよ」
「そもそも伊織はいつも……!」
「なによ、真だって……!」
私の隣で、また真ちゃんと伊織ちゃんの喧嘩が始まりました。うぅ……と、止めないと……。
「あ、あのね、二人とも落ちついて……」
「雪歩は黙ってて!!」
また、私たちに束の間の日常が戻ってきました。
「いやー!菊地クン久しぶりだねー」
「店長!すいません、あの時は突然やめちゃって……」
「いいんだよ。元気そうで良かった」
真ちゃんが、牛丼屋の店長に挨拶をしています。
後頭部を掻きながら、申し訳なさそうに小さなお辞儀を何度もしていました。
「店長殿、騒がしくして申し訳ありません」
四条さんは真ちゃんとは対照的に、膝に手をついて深く一つお辞儀をしました。
「四条ちゃんも久しぶり!1日限りだけどちゃーんと覚えてるよ。俺は美人は忘れないからね」
「ふふ……」
四条さんは、口元に手を当てて、小さく笑いかけました。
「いやぁ皆が知り合いだとは思わなかったよ。この大人しそうな子以外は全員見たことあるから」
「ひっ……」
突然、私へと話題が変わりました。
思わず、椅子を3メートル後ろに下げます。
「は、萩原雪歩ですぅ……」
うぅ……やっぱり、牛丼屋って苦手です……。
「変わった子だなぁ。ところで君、君」
「は、はい……」
間合いをしっかりと、確保しました。こ、これで突然襲われてもだ、大丈夫!
「春香ちゃんと、如月さんは元気にしてるの?」
「えっ……」
私は、ずっと下を向いていたのですが思いがけない質問に、不意に顔が自然と持ちあがりました。
「……。」
どうしよう……。なんて答えたらいいんだろ……。
モジモジしている私を見て、店長さんが不審そうな顔を浮かべていました。
すると、私の頭に手の平が優しくぽん、と置かれました。
見上げると、律子さんの手でした。
ニッと不敵に微笑んで、律子さんは言います。
「はい、春香も千早も元気ですよ。心配しないでください」
律子さん……。うぅ、私二年半の間にちょっとは強くなれたかなって思ったけどやっぱりダメダメなままみたいです……。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
頭に載せた手が、くしゃくしゃと私の頭を撫でまわして、そっと離れます。
「いやーお腹いっぱいさー」
お腹をポンポンと叩いて、響ちゃんがお店の外へと出て行きます。
それに伴って、ぞろぞろとアヒルの行列のように私と律子さん以外の皆が自動ドアを抜けて行きました。
……私たち以外の男の人も何故か一斉に出ていって、店の中はガラガラになります。
「ま、待ってぇ~」
私も、ビデオカメラの電源を切って、後を追うように立ちあがります。
「あはは……それじゃ、お話した通り、これお店の前に貼らせてくださいね」
律子さんは、ガラス張りの店の入口に、数枚のポスターを止めました。
お店を出ていった男の人たちが、それに一瞬で群がります。
そこに書いてある内容は──
この人を探しています・星井美希 行方不明 口癖「あふぅ」「なの」
──プロデューサー、765プロが倒産してもう二年半ですぅ……。
「すいませぇーん!この女の子を知りませんかぁ~!」
私は駅の大きく開けたロータリーで、ポスターを両手に掲げてめいっぱい大きな声を出しました。
「スゲー美人……」
「この金髪の子が行方不明なんだ。随分目立ちそうなのにな」
「というか、この子どっかで見たことあるような……」
物珍しがった通行人の人たちが、私の周りに孤を描きます。
「あ、あの、美希ちゃんを知っている人がいたら、何でもいいので情報をください……」
私は、集まる視線に震えながらも、一人一人に尋ねます。
でも返ってくる答えは、大体「知らない」か「あのアイドルの子だ」という二つだけ……。
美希ちゃんは引退して二年半が経っても未だに覚えてる人がいるみたいです。
うん、そうだよね。だって、765プロの半分は、美希ちゃんのソロ活動で持っていたみたいなものだから……。
美希ちゃんが鬼気迫る迫力で歌った3rdシングル『Rerations』は大ヒットしました。
プロデューサーが亡くなった後も、暫く経営が続けられたのはこのヒットのおかげ、といってもいいのかも知れません。
あまり思い出したくはありませんが……。
プロデューサーが亡くなった時を、目をギュッと瞑って回想してみます。
お葬式の日、安らかな顔を浮かべているプロデューサーに美希ちゃんの大粒の涙が降りかかりました。
「いやぁぁ!プロデューサーさん!!お願い!起きて!イヤだよ!!!」
「美希、やめなさい!」
「美希ちゃん!もうやめて!」
プロデューサーの肩を必死に揺らす美希ちゃんを、全員で取り押さえます。
「……うぅ、ハニー……嘘だよね……死んじゃったなんて……きっと嘘なの……」
美希ちゃんの光を失った瞳から、涙が落ちて、畳をグッショリと濡れていました。
それが、最後に私が見た美希ちゃんです。
あの日以来、美希ちゃんは一度も事務所に現れることはありませんでした。
一体、どこに消えちゃったんだろ、美希ちゃん……。
私は、目をゆっくりと開けて、唇を強く噛みしめました。
「今日も、何も手掛かり無かったなぁ……」
私は肩を落として、白い壁と廊下が続く道のりを一人トボトボと歩きました。
美希ちゃんは、数か月前にご両親の前から何も告げずに突然、消えてしまったみたいです。
唯一の手掛かりを知っていたあずささんも
「う~ん。そういえば、最近お墓でも見ないわね~」
と首をかしげてしまいます。
そもそもあずささんも、お墓でばったりと鉢合わせすることはあっても
会話したことは無い、とのことです……。
「美希ちゃんに話しかけようとするとね~逃げちゃうのよ~」
白い扉の前で、立ち止まります。
「ふぅ……」
息を吐いて、ゆっくりとドアノブに手をかけて、開きました。
「ただいま、千早ちゃん」
「……」
千早ちゃんは、目を覚ましました。
真っすぐな瞳で、私を見つめて、口角をかすかに上げて笑いかけます。
「あら!雪歩ちゃん、おかえりなさい!寂しかったわ~!」
お留守番をしていた小鳥さんが、私にキラキラの瞳を向けました。
その手には、『30代でも大丈夫!就職必勝マニュアル』……のカバーに巻かれて
少女漫画のページが開かれています。
うぅ、小鳥さん……お仕事してください……。
「はい、牛丼弁当ですぅ……」
「ありがとう、雪歩ちゃん!私もうお腹ぺこぺこよ~」
ビニール袋に入ったお弁当を小鳥さんに手渡します。
「……」
ベッドから上半身を起こしている千早ちゃんは、牛丼に喜ぶ小鳥さんが面白かったのか、にっこりと笑いました。
手術は無事成功しましたが、声を出すのは極力控えるように言われています。
大声を出すのは絶対禁止、みたいで……。
『早くボイストレーニングをしたいわ』とテーブルに載っているメモ帳に、細くて綺麗な字が書かれています。
「私だけ、早く着き過ぎちゃったかな……」
「……」
千早ちゃんのベッドの隣の丸いパイプ椅子に座ります。
足の部分がちょっとだけ曲がっているのは、私が真ちゃんに……。
……うん、思いだすのは、やめよう。
「千早ちゃん、今日もビデオ撮ってきたよ。見る?」
「……」
千早ちゃんはこくんと一つ頷きました。
バッグからビデオカメラを撮りだして、千早ちゃんに見えるように、隣に並びます。
「……」
「えっ」
千早ちゃんの細い指が、私の腕をゆっくり掴みました。
私の顔をじっと見て、ペンを握って、メモ帳にさらさらと走り書きをしました。
『今までのことを全部、もう一度だけ見たいわ』
千早ちゃん……。
「うん、わかった」
私は、チャプター1に合わせて、ちょっとだけ力を込めて再生ボタンを押しました。
──今いる場所と同じ風景がちょっと荒い画質で、映し出されました。半年前の、この部屋だ……。
「千早ちゃんが!千早ちゃんが目を覚ましました!」
画面に映ってない私の声が響きました。
「ナースコールを!」
「千早!千早!」
真ちゃんが、画面に映り込みました。
ベッドのシーツを目いっぱい握って、真ちゃんは叫びます。
「……!」
千早ちゃんは、自分の両肩を抱いて、ガクガクと震えだしました。
「大丈夫!大丈夫だよ!千早、もう心配ないんだ!」
「ハ……!」
「えっ」
「ハル……カ……ニハ……」
「千早……!」
ビデオカメラの画面をのぞいている千早ちゃんが、苦しそうに目をそらしました。
……チャプターを飛ばします。
──場面が変わって、春香ちゃんの家の前が映し出されました。
響ちゃんと律子さんがドアの前にたっています。
「それじゃ、私が先に行ってくるわね」
「うん……」
響ちゃんは、俯きながら律子さんに頷きました。
「ほ~ら、そんな顔しないの。大丈夫よ、私がなんとかします!」
律子さんは片手を腰に手を当てて、拳を強く握りました。
そして、春香ちゃん家のドアを開けて、入っていきます。
「春香ちゃん大丈夫かな……」
「はるか……」
私と響ちゃんは、家の前で律子さんが戻ってくるのを待っていました。
それから数十分たって……
「ふ、二人とも!き、来ちゃダメよ!」
律子さんが、肩を抑えて飛び出てきました。
そのまま膝からがくりと崩れ落ちて……
「う……うぅ……!」
律子さんのメガネと涙が、焼けたアスファルトに落ちました。それから、ぽつりと呟きました。
「春香は……もうダメかもしれない……」
……さらに飛ばします
──ここからは、全て902号室で起こったことです。
「貴音ぇ!友達じゃないなんて言わないで欲しいさー!」
「一体何を言っておられるのですか?響」
「へっ?」
……飛ばします。
「これ頭が高い!我らが救世主、雪歩嬢と小鳥嬢のお通りでございますぞ!」
「控えおろう→控えおろう→」
「えっ、えっ。一体なんのこと……?」
……飛ばします
「やよい!会いたかったわ!」
「うっうっー!伊織ちゃーん!」
「うぅ、全然変わってないのね、安心したわ……」
「……伊織ちゃん、何だかうちの畳の匂いがするよ?」
……飛ばします
「ち、千早ちゃん久しぶり……」
「……」
「あら、何を書いているの?」
『ブログの件、ありがとうございます。音無さん』
そっと、ビデオカメラをしまいました。
この半年間、こんなちっちゃなテープの中だけじゃ収まりきらないくらいのことがあったから……。
だ、だから、ここからは前へ、ノンストップでいこう!
「が、頑張ろう!おー!」
私は、両手を胸の前で握った後、グーを振り上げました。
「……」
千早ちゃんは、また頷きました。今度は、さっきよりも少しだけ勢いよく。
「はぁ~……水瀬財閥が協力してるのに見つからないってどういうことよ……」
「あっ、おかえりなさい……」
扉がゆっくりと開くと、伊織ちゃんがいました。厚手のファーコートを腕にかけながら、髪を手の甲で掻き上げます。
外は凍えるような寒さでした。窓には、結露した氷がビッシリと張りついています。
美希ちゃん、家に帰ってなくて大丈夫なのかな……。心配だなぁ……。
集合時間になって、全員が病室に集まりました。
最後に、律子さんが入ってきました。
「……皆集まっているのね」
けれど、その顔つきはいつもと違っていて……どこか真剣なような……。
一人だけ立ちあがっている律子さんが、ゆっくり口を開きます。
「みんな、一つ確認しておくわ」
みんな、固唾をのんで、律子さんの言葉を待っています。
「春香を救えるのは千早しかいない。その千早は声が出せるようになるまでにもう少しかかる」
「……」
千早ちゃんは目を伏せてシーツを握りました。そのまま律子さんは続けます。
「仮に、千早が迎えに行ったとしても、春香はまた依存生活に逆戻りする可能性のほうが高い」
うん……。
「だから、その間に美希を見つけて、765プロの全員で迎えに行く。それが現段階でのプランよね」
一斉に、頷きます。
「それじゃ、聞いてちょうだい」
一度、力がふと抜けたように、律子さんの頭がぐらんと床を向き、そしてゆっくりと正面を見据えました。
「美希の情報を掴んだわ」
「ほ、本当に?!」
真ちゃんが椅子から立ち上がります。
「あら、よかったわぁ~」
あずささんが、ホッと胸を撫で下ろしています。
「これで、全員でもやし祭りができますねー!」
やよいちゃんが、天井に頭をぶつけちゃうんじゃないかってくらいに飛び上がりました。
……よかった。本当によかった。
これでみんな揃うんだね。
「……どおりで見つからないわけだ」
……あれ?
律子さんは、苦虫を噛み潰しちゃったかのような微笑な表情を浮かべていました。
どうして、そんな顔をしてるんだろ。
「美希はね、もういないのよ」
えっ……。
ど、どういうこと……?
さっきの明るいムードとは一転して、皆の顔には戸惑いの色が浮かんでいました。
「いないって……」
「もしかして……」
亜美ちゃんと真美ちゃんが、顔を見合わせて呟きました。
「美希が……嘘だよね?!」
響ちゃんが、律子さんに掴みかかりました。
「せっかく……全員揃えると思ったのに……」
美希ちゃんが……死んじゃうなんて……。
「話は最後まで聞きなさいよ。」
「えっ」
「はぁ、誰も死んだなんて言ってないでしょ」
そう言った律子さんは、人差し指を天井へ向けました。上……?
皆が一斉に天井を見上げます。白い壁が見えました。
「美希はね、今アメリカにいるみたいよ」
「は……?」
「ハリウッド」
「ハリウッドォォォ?!」
「デ、デジタルハリウッドじゃなくてですか?」
混乱した私は、意味不明な質問をしてしまいました。
「……」
さすがの千早ちゃんも、驚きを隠せないようです。目を見開いて固まっています。
ハリウッド……。
プロデューサーが憧れてた場所だ……。しきりにハリウッドの空港が載っている雑誌を眺めてたっけ……。
アイドルアカデミー大賞にノミネートされたプロデューサーは1年間の研修を受ける。
765プロでは唯一美希ちゃんがノミネートされてたけれど、その途中でプロデューサーは……。
でも、どうして美希ちゃんがアメリカなんかへ……?
「情報はそれだけ。美希はハリウッドにいる。それだけは確かみたいよ」
律子さんは、深いため息をついて、頭を抱えました。
「ほんっとーに、世話が焼けるわねぇ……あの子ったら……」
「はりうっどとは……何ですか?」
四条さんは一人だけ全く状況を把握できていないようです。
「で、どうする?」
「へっ」
「行く?」
しん……と沈黙が流れました。
余りに突拍子が無い状況に、みんな言葉を失ってしまいました。
「あの……はりうっどとは……」
四条さんだけ全く状況を把握できていないようです。
「……!」
千早ちゃんが真っ先に手をあげました。口を一文字に結んで、律子さんを見つめます。
それを見た律子さんは、持っていたクリップボードで、こつんと千早ちゃんの頭を叩きました。
「あんたはダメ。入院中でしょ」
「外国のイケメンに会えるかも!はいはい!行きます!」
小鳥さんが、二番目に手をあげました。うぅ……言わないですけど、動機がちょっとおかしい気がします……。
「小鳥さんは、これ」
小鳥さんの目の前のテーブルにビデオテープを置きました。
「へっ?」
目を白黒させて、小鳥さんはそれを眺めています。
「ダビングしたビデオテープの編集と、千早ちゃんの看病、それと就職活動をお願いします」
「わ、私またお留守番ですか~?」
小鳥さんの目から滝のような涙が溢れました……。
「他のみんなはどうする?」
「ボクは、行くよ」
立ちあがっている真ちゃんが、意志を持った声で言いました。
「亜美も行くよ→!ハリウッドってメチャたのしそ→じゃん!」
「真美も→」
亜美ちゃんと真美ちゃんが、ワクワクといった擬音が今にも聞こえてきそうな笑顔で言います。
「自分も!」
「私も行きます~」
続々と、前の人につられて呼応します。気づくと、私とやよいちゃん以外のみんなの手が挙がっていました。
どうしよう……。海外って怖い所だからお父さんに行くなって言われてるし……。
それに、私なんて行っても役に立たないよね。
……だけど
「わ、私も行きます!」
「雪歩……」
真ちゃんが、私の方をまじまじと見て、それからフッと微笑を浮かべました。
「はりうっど、どうやらそれほどまでに魅力的な場所のようですね。もしかしたら私の探し求めるらぁめんも……」
四条さんだけ何か勘違いしているみたいです。
「オーケー、やよいはどうする?」
律子さんが、やよいちゃんに話しかけました。
やよいちゃんは、もじもじと手を組んでいます。
「……私、お金がないから行けません」
「あ……」
「みんな、頑張ってきてくださいね。日本で、応援してますー!」
やよいちゃんは、私たちに精一杯の笑顔を見せて、手を小さく振りました。
その時、ふと伊織ちゃんの目がキラリと光って、口元がニヤリと歪んだ……ように見えました。
「そう、それじゃ出発は一週間後、全員ファーストクラスで行くわ。やよい、あんたも一緒よ」
ま、まさか……
「水瀬財閥専用のジェット機に決まってるじゃない。にひひっ」
まさかアメリカに行くなんて想像もしてませんでしたぁ~……。
出発まで一週間……それまでに私は出来る限り日本の風景を収めようとビデオカメラを回し続けます。
病院の薄暗い待合室に、ジーというカメラの起動音だけが反響します。
ここの病院も、もうお別れかぁ……。
廊下を歩いていると、ぼんやりと誰かの背中が見えました。
何か、携帯電話で話しているみたいです。
「はい、一週間後そちらへ向かうわ。ややこしい手続きやらなんやらは、全部すっ飛ばして……」
どうやら伊織ちゃんみたいです。
「はい、お兄様。手配はお父様が……」
お兄さんと話しているみたいです。壁に頭をつけて、足でとんとんとリズムを刻みながら、会話を続けています。
……って何私盗み聞きしてるんだろ?!いけないよね!ビデオカメラも止めないと……!
「……今何て言ったの?お兄様」
えっ……。
ふと、伊織ちゃんの雰囲気が突然変わりました。背中がわなわなと震えています。
「ずーっとお金と睨めっこしてるお兄様なんかに!私の気持ちなんて一生わからないわ!」
伊織ちゃんは、壁を握った拳で思いっきり叩きました。大きな音が鳴り響きます。
私はその音に驚いて、「ひっ……!」と短い悲鳴を漏らしてしまいました。
伊織ちゃんは私に気付いたみたいです。私の方を振り向いて、少しだけ驚いた顔をして。
「……」
携帯電話を切りました。
「盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃないの」
また、顔を反対側に向けました。表情はうかがい知れません。
「ごめんね……」
私は、踵をかえしてその場を離れようとします。
「……落ちこぼれですって」
「えっ」
「お前は、水瀬財閥の落ちこぼれだ。どうしてお前なんかをお父様が可愛がっているのかわからない、だそうよ」
「……」
伊織ちゃんのお兄さんのことは少しだけ聞いたことがあります。
何でも、「水瀬一族の最高傑作」と言われている人で……そんな伊織ちゃんはお兄さんにコンプレックスを感じていて……。
そんな伊織ちゃんにとって、さっきの言葉は相当、応えたに違いありません……。
「ふざけんじゃないわよ……。また、いつか私はアイドルっていってお兄さまの度肝を抜かせてやるんだから……!」
伊織ちゃんは私に一切顔を見せずに、病院の暗闇の中へ消えて行きました。
さすがに全員の導入入れるとなげーwww
大分カットするかなぁ
ちょっと風呂
その日の帰りがけに、近所の公園を横切りました。
切れかかった街灯が遊び場をかすかに照らしています。
あっ……。
「はぁ……はぁ……」
響ちゃんだ。
響ちゃんは、夜の薄暗い公園で、一人ダンスレッスンをしていました。
──春香にダンスレッスンを教えてやるんだ。
765プロ時代に、そう言ってた言葉を思い出します。
私は、頑張っている響ちゃんの姿を収めようと、こっそりとビデオカメラを回しました。
こんなに夜遅くまで、響ちゃんはレッスンしてるんだ。敵わないや……。
「あぐ……!」
不意に、響ちゃんの体がぐらりと傾きました。
苦痛に歪んだ顔で、ふくらはぎの部分を強く抑えています。
「響ちゃん!」
「雪歩……」
私はビデオカメラを放り投げて、響ちゃんに駆け寄りました。
「はは……こんなんじゃ真にダンスで負けちゃうな……」
「……」
響ちゃんと私は、公園のベンチに座りました。響ちゃんは照れ隠しするかのように、頬をかきます。
響ちゃんの前髪が風で舞い上がって、オデコに、ケガの縫い目が走っています。
……。
「きっと、春香にヒドいことしたから、バチがあたったんだな」
「響ちゃん……」
響ちゃんは、足をブラブラとさせて呟きました。
そのまま続けます。
「皆には、内緒にしといてね」
「……う、うん」
きっと、私が逆に立場でも、そう言うと思うから……。
「さすが、石地蔵のお雪だな!」
懐かしいあだ名で呼ばれました。高校生のときに、私の口が固いことからついたあだ名です……。
「で、でも、ほんとにいいの?」
「うん!傷つくコトを避けたらダメだぞ!」
響ちゃんは曇りない顔で、私の前にピースサインを突き出しました。
やっぱり、響ちゃんは頑張り屋です。
「こ、壊れてないかな……」
ビデオカメラの電源をおそるおそるつけました……。
すると、いつも通り、軽快な起動音が鳴りました。
よかった……。
も、もしこれで壊れてたら、律子さんの雷が落ちるところでした……。
レンズ越しに覗いてみます。うん、大丈夫……。
と、その時突然、私の狭くなっている視界に手がにゅっと伸びてきました。
「ひゃあ!」私はまたビデオカメラを落としそうになります。
「あっはっは。ビックリした?ゆきぴょん」
「亜美ちゃん、真美ちゃん……」
亜美ちゃんと真美ちゃんは私にイタズラっこの笑みを向けています。
両親が離婚して別々のところに住んでいる二人は、週に1~2回くらいのペースで会っているみたいです。
きっと、ほんとは寂しいよね……。けれど、765プロでいつも一緒だった二人は、私たちの前ではいつも一緒で、笑ってくれます。
「こっちから帰ってきたらさ。ママとパパにもう1回お熱いチューをしてくれないか相談してみるよ
ま、悩んでも仕方ないよね!」
「そうそう、そんな時もあるさ!株価は上がるさ!」
そういって、二人は手を振って、走って病院から出て行きました。
みんな、すごいなぁ。辛いこと、悲しいこといっぱいあったはずのに……。
私なんて……。ダメダメだよ……。うぅ……。
「なーに暗くなってるのよ」
「ひゃっ!」
突然、ほっぺたに熱いモノが触れました。
振り返ると……律子さんが缶コーヒーをつまむように持っていました。
「も~雪歩はすぐ泣くんだから。ホンット変わってないわね」
「うぅ……ごめんなさい……」
缶コーヒーを膝で挟んで、私はすんすんと涙を流します。
あの時の、半年前のことが自分でも信じられません……。
「落ちついた……?ってまだか。」
缶コーヒーを啜りながら、律子さんは壁にもたれかかりました。
「律子さん、なんだか私自信無くなってきました……」
「……」
「皆だけ、成長してるみたいで、私、おいてけぼりになっちゃってるみたいで……」
みんなと半年過ごして……今まで出来なかったことや、言えなかったことが皆出来るようになってて……。
私はすごく、焦るんだけどどうにもできなくて……。
律子さんは、私の泣きごとを黙って聞いていました。
「う~~ん……」
コーヒーを一息に飲み干して、律子さんは唸りました。
「やっぱ、雪歩はこういうタイプよねぇ……」
「……うぅ」
「大~丈夫よ。私は、今はからあげくんを揚げてる身だけど、元プロデューサーとして、アンタのことはしっかり見てるつもりだから」
律子さんは、私の背中を2~3回叩いて、私から離れて行きました。
「ねぇ、雪歩。もし美希に会えたら私ね。もう一度……」
「えっ」
「何でも無い。ま、アンタたちがもう一度、私に魔法をかけてみせてよ」
そう言って、手をひらひらとさせて、律子さんは休憩室から出ていきました。
病室へ行くと、千早ちゃんがすやすやと眠っていました。
……私は胸がきゅうっと締め付けられる思いがしました。
もう安心なんだ、目が覚めるって、わかっていても怖いよ……。
もし、千早ちゃんがまた起きなくなったら……。
また、あの日がまた戻ってくるとしたら……。
真ちゃんのあの目を、私の意思とは関係なくフラッシュバックしてしまいます。
──雪歩!謝れよ!
そう言って、真ちゃんはお腹、肩、背中を目いっぱいの力で殴りつけます。
「う……うぅ……」
怖い……怖い……。
「あら、雪歩ちゃん。どうして泣いているの?」
安らぎを与えてくれる穏やかな声が、後ろから聞こえました。
あずささんの声だ……。
「雪歩ちゃん~私、雪歩ちゃんが泣いていると悲しいわ~」
あずささんは、私の丸まっている背中を何度も優しく撫で上げました。
私は、シーツに顔を伏せて、面をあげることがどうしても出来ません。
この大変な状況で、自分だけ人に甘えるのはいけないことなのはわかっています。
けれど、どうしても涙が止まらなくて……。
一番年上のあずささんに、ついつい弱さを見せてしまって……。
「私アメリカ行くのやっぱりやめます……」
あずささんの背中をさする手がピタリと止まりました。
「きっと、行っても足手まといになっちゃうから……」
「……」
あずささんは黙ってしまいました。今、あずささんがどんな顔をしているのかわかりません。
怒ってるのかな。困ってるのかな。呆れてるのかな。
だけど、ちょっとして……
「大丈夫、雪歩ちゃんは、とっても強い子だから」
「えっ……」
思いがけない慰めでした。
強いっていうのは、千早ちゃんや四条さんみたいな……。
「そうねぇ、確かにその二人もと~っても強い子だけど、雪歩ちゃんの強さとはちょっと違うわね~」
「自分では、ちょっとわからないです……」
「大丈夫。いつか、わかる日が来るわ~」
……。
結局あずささんに甘えてしまいました。
だけどそのおかげで、少し落ちつきました。
ゆっくりと、呼吸を整えて、涙を拭って。
私、変わらないとダメだよね……。うぅ……。
変わったといえば……。
「あずささん、どうして髪を伸ばしたんですか?」
あずささんは私と再開してから、ショートカットだった髪を、また以前の綺麗なロングヘアに戻しました。
「そうねぇ~。ちょっとした心境の変化かしら~?」
そう言って、頬に手を当てて首をかしげました。あずささんの癖です。
「あら、今日は土曜日ね」
少しお話した後に、あずささんは携帯電話で日付を確認して言いました。不意に立ちあがります。
「早く帰って、お夕食を作らないといけないわ~」
そういって、私に別れの挨拶を済ませて、扉を出ていこうとします。
その間際に
「……プロデューサーさんは嘘つきね~。嘘をつく人は、私、キライですよ~」
そう微かに呟いて、あずささんは扉をゆっくりと閉めました。
少し、風に当たろうと病院の屋上へ足を踏み入れました。
夜空には、満月がキレイに輝いていました。
ビデオカメラで、その月を撮影します。
「あ……」
カメラを正面を向けると……先客の方がいたみたいです。
手すりにもたれかかって、風で銀髪が揺らいでいました。
「雪歩殿も、月を眺めようと思ったのですか」
「はい……」
そのまま、隣に凭れかかって、ぼんやりと月を眺めます。
「……私は、プロデューサー殿を殺めてしまいました」
「……」
四条さんに前に、詳しい話は全て聞きました。
961プロに脅されて、無理やり入らされて、ひどいことを強要されたこと。
それでも、四条さんは私に弱みは全く見せません。
人前で涙を流すことは今まで一度も無い、四条さんはやっぱり強い人でした。
私は、そんな四条さんに憧れていました……。
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