ライラ「交換するですよ」 (41)
アイドルマスター シンデレラガールズのSSです。
原案 幸運なハンス グリム童話
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◆
『そっか、なら交換しようよ。
それでアイドルマスターの座が近付くんならさ、お互いwin-winの関係でしょ』
◆
わらしべ長者って知ってるかい?
「あーいえ、日本のお話は分からないですね」
とある男がね、出会った人々とお互いに大切なものを交換してゆくんだよ。
そして最後にはお金持ちになる、そんなお話しなんだよ。
「交換ですか? 喜捨ではなく。大切ならば差し出すべきです、そう思いますねー。
お金は大切です。でもお金持ちでは幸せになりませんでしたです、はい」
そうだね、その男は差し出せば良かったんだよ。
そうすればきっと幸せになれたんだ。
飴玉一つでのし上がるだなんて、出来過ぎた話だ。
「貴方様は鳩、食べないですか?
とてもプリプリしてますねー。ゆっくり噛むです、お腹一杯になれます」
それは出来ないよ。
僕は今まで沢山貰ってばかりだったから、もう受け取りたくないんだ。
それに君の御飯が無くなってしまう。
「ん~、貴方様は話し相手になって下さいました。
公園で独り寝るのは寂しいです。だからお礼です」
だから受け取る訳には……それよりも君に仕事を頼みたいのだけれど。
「アイドル……? それはお金を稼げますですか?
おぉ……いいです、お家賃がお支払いできますです。素敵でございますねー」
良かった。じゃあ受け取ってもらえるね。
「交換するですよ。
日本では喜捨ではなく、交換すればお金持ちになれます。貴方様が教えて下さいましたね」
水色の目・小麦色の肌・金糸の様な髪を持つ少女は、そう言って再び鳩を差し出した。
◆
「交換するですよ」
この言葉が気に入ったのか、住むべき家を持たない少女は事あるごとに色々なものを僕と交換した。
ボールペン・名刺入れ・飲み残しの缶ジュース・海岸で拾った貝殻・ネクタイ・遊園地のチケット・自宅の合鍵etc。
彼女はその人懐っこい性格のおかげで、事務所の皆ともすぐに打ち解けていた。
いずれは部下に担当を任せるつもりではあったが、そのままずるずると僕は彼女のそばを離れられずにいる。
もしかすると異国の地でたった独り頑張っている彼女を見捨てようとした事に、罪悪感を感じていたのかもしれない。
「おー……こんなに素敵なお洋服までいただけるのですか?
アイドルの衣装、たくさんの人に喜んでいただけるのでございますですか?
それは楽しみですー、ごほうびのアイスくらい楽しみですねー」
彼女は常にまず、僕へと大切なものを差し出した。特に食事の際は顕著である。
それが彼女の好物であったとしても、僕が口を付けるまで水色の瞳で見守り続けるのだ。
「お人好しと言われますです」
世間から見れば僕もお人好しに分類されるのだろうか?
正統な報酬も得られないのに、彼女の世話をしているのだから。
「昔は広いお家に住んでました。今はアパートでも幸せでございます」
前言撤回。やはり世間からは何らかの下心を持った悪人にしか見えないだろう。
年若い異国の娘を、ボロアパートに囲い込んでいるのだから。
これは先行投資だとうそぶく。投資であれば失敗し赤字になる事もあるだろう。
だから施しではない、受け取って欲しいと……何の意味も無い言葉遊びだ。
「交換するですよ。
プロデューサー殿に教えていただいてご飯食べられてお家賃払えるのは嬉しいでございます」
こちらの気持ちを知ってか知らずか、彼女は屈託のない笑顔で語りかける。
「ワタクシに新しいお仕事くれますですか? アナタはとてもイイ人ですー」
明確に拒絶の意を伝える。
アイドルの仕事はまだ渡せない。レッスンを繰り返さなければと。
「歌とダンス……がんばりますです。
有名になったらパパに見つかる……? それは困りますですね」
この日は使い古しの扇風機を、彼女のアイスと交換した。
今年は冷夏なので、次の季節が来るまではこれでしのいでもらうとしよう。
「何かお困りでございますかー」
事務所の倉庫で埃を被っていたものを引っ張り出したのだが、それが間違いの元だった。
webカメラで同僚の池袋Pから指示を貰いつつ基盤の修理をしたのだが、ハンダ付けの作業がとにかく暑い。
がたがたと扇風機が震え風が出るまで、随分と格闘する羽目になった。盆に行う行動では無かったな。
「お喋りをするでございますよ」
一息ついた所で彼女が話しかけてくる。
冷風が汗を吹き飛ばし心地良い。次は風鈴が欲しいな、折を見て買い与えよう。
そんな事を考えながら冷風を独占する僕の姿を、彼女はじっと水色の瞳で見守り続けていたのだ。
彼女へ振り向き声をかけようとして、動きが止まる。
僕の視線の先では、二人分のアイスが溶けて水溜りを作っていた。
◆
「交換するですよ。
いずれはプロデューサーの誕生日ですし、贈り物がしたいです」
僕はもうプロデューサーじゃないんだけれどね。それにしても誕生日か。
現役の頃は忙しくて気にしてはいなかったが、最近はぼんやりする事が多くて自分の事なのに忘れてばかりだ。
イヴ「交換ですか~。私、プレゼントはするばかりで交換した事はないんです~。
なんだかパーティーみたいで楽しいですね」
でも不思議と彼女達の事は良く覚えている。
イヴ・サンタクロース 冬の日に路地裏で寒さに震えていた少女だ。
イヴ「でしたらこのダンボールを差し上げます~。
他に欲しいプレゼントがあったら言ってください~」
白い肌と銀の髪、隣り合うは褐色の肌と金の髪。
どちらも美しい少女だが、二人が並ぶとより魅力が高まり神々しくさえ感じる。
(女人の語らいに口をはさむは野暮と言うものですぞ)
なんとなく気おくれして二人へ声をかけることが出来ずにいると、誰かが話しかけてくる。
(と、挨拶もせず苦言から入るは我も不作法でしたな。
これもまた汝と出会えし望外の喜びによるもの、許されよ)
この声は……ブリッツェン、君なのか?
ブリッツェン(然り。久しゅうございますなP殿)
ブリッツェン イヴ・サンタクロースに仕えるトナカイである。
だがあの冬の日にイヴを守っていた雄々しさはどこへ消えたのか?
やせ衰え、毛皮からは油が失われ干からびている。
ブリッツェン(生き恥を晒しております。老骨の身には夏の暑さが響きましてな)
こちらの視線に気付いたのか、ブリッツェンは気恥ずかしげに頭を振った。
そんな彼の態度に気付かぬふりをして、思い出話へと話題を変える。これも大人の振る舞いだろう。
それでねイブの使っていたあの安アパートは、今では別な娘が住んでいるんだよ。
ブリッツェン(成る程。P殿はあの娘を見守っておられるのですな)
見守っている……のかな。未練があってね、そのままずるずると離れられずにいるんだ。
ブリッツェン(我にも欲は有ります。
あの莉嘉と申す娘ごが、年を重ね新たな子を産むを見届けたいと―――。
叶うべくもありませぬが)
リカ……か、確かジョウガサキ姉妹の妹だったかな?
パッション部門へは長らく足を運んでおらず、その娘には会った事が無いので良く分からない。僕には分からないことだらけだ。
イヴを保護した時もパッションである彼女の売り出し方が分からずに、やがては手放すはめとなってしまった。
ねえブリッツェン。イヴはアイドルにさせられてしまって、幸せのかな?
もっと別な生き方があったはずなのに、僕はそれを歪めてしまった……。
後悔している訳じゃない。ただ見捨てる形になってしまった事が、今でも気になって仕方がないんだ。
ブリッツェン(我は従者なれば。主を評するなど畏れ多き事ゆえ……。
なれど、身命を賭してお仕えすべきお方はそこにおりまする。
それこそが我が誇り、彼女こそが我が誉、これあるかな我が主)
そうか……僕は君が羨ましいよ。
イヴ「ブリッツェン、どこにいったの~?
冷たいアイス貰えましたよ~」
ダンボールを手に入れた。推定価格 Kg辺り 7円65銭。
◆
「交換するですよ」
亜季「ほほう、ダンボールですか。
こいつは何かと重宝するのです」
大和亜季 とても素直な女性であった。
「はい。公園で寝る時は、これがあると暖かいのでありますよー」
亜季「貴女も経験者でしたか。
私がプロデューサー殿にお会いした時は、丁度ダンボールに隠れようとした所を見つかってしまいまして」
サバイバルゲームが大好きで、暇さえあれば公園で訓練に励んでいたっけ。
亜季『ヌルいプロデューサー殿にはビシバシ厳しく行きますので、覚悟してくださいね?
では、まずは体力づくりから初めましょう!』
担当初日には固い空気を纏っていた彼女も、やがて上役の命令は絶対だと理解したのだろう。
僕への軽口は消え、指導へは忠実に従う愚直さを見せ始めた。
亜季『ほふく前進は……コレが邪魔で……。
プロデューサー殿、いかに上官とは言えその様な視線を向けられてしまいますと……その、恥ずかしいであります』
彼女は僕の事を信用してくれていたのだ―――僕が彼女を信用していた様に。
だが、仕えるべき相手はしっかりと見定めるべきであった。
「隠れなくても、直ぐに捕まえられますね。
日本の鳩は人が来ても逃げませんです。素敵でございますねー」
亜季「サバイバルにおいて鳩やヘビは御馳走ですからな。
私はウサギが好みですが、日本ですと中々手に入らないのが残念であります」
そう言えばイギリスツアーの時に亜季は、ウサギ肉のゼリーよせ缶詰を買い込んでいたっけ。
あの頃は気にも留めていなかったけれど……こうして話を聞くと、それがきっかけとなって意外に思い出せるものなんだな。
亜季「ですがダンボール、こいつはいただけませんな。
普通食材と言うものは噛めば噛むほど甘みが出るものですが、これは噛むほどに臭みが出てきますからな。
煮ても焼いても喰えやしないであります。いやはや若気の至りとは言え、馬鹿な真似をしたものです」
頼むからそんな馬鹿な真似はもう止めて欲しい、心からそう願う。
「亜季さん病院はぜいたくでございますです。節約が大事です」
ほら、身体を壊しちゃ元も子もないだろう。
ただでさえ再デビューが遅れ気味なんだから。
亜季「ならばこのマッチを差し上げましょう。
野営時に、火はあって困るものではありませんからな」
亜季は今も希望の灯を点す為、付くか付かぬか分からぬマッチを擦り続けている。
疲労骨折 亜季ならばやれるだろうとの甘い見通しで、僕は仕事の割り当てを間違えた。
信用して任せたと言えば聞こえはいいが、何の意味も無い言葉遊びだ。実際はただの監督不行届にすぎない。
亜季「では私はこれにて、リハビリへと向かうであります。
右向けー右。左右確認! 進軍よし!」
結局亜季は長期療養を余儀なくされ、新人アイドルとしての売り出し時期を逃してしまった。
リハビリは今も続いている―――彼女は僕を恨んでいるのだろうか?
……尋ねる事は出来なかった。
マッチ箱大(876本入り)を手に入れた。 推定価格 1本辺り 50銭
◆
「交換するですよ」
美優「プレゼント交換なんて……なんだかドキドキしますね」
三船美優 儚げな風貌とは裏腹にとても芯の強い女性だ。
P『お願いします、助けてください! 今直ぐ女性用の下着が必要なんです』
冬の日に血走った眼の男が、当然腕を引いて彼女を路地裏へと引き込んだ。
美優『……いえ、怒っているわけではありません……。
……はい、その、考え事を……精一杯……頑張ります」
其処に居たのは全裸にダンボールを纏っただけの少女。
今にして思えば乱暴目的の誘拐だと誤解を招いても仕方のない行為はであったが、美優さんは取り乱す事はしなかった。
美優『これは聖なる夜の贈り物かしら……?
なんてちょっと少女趣味過ぎたかしら……でも女の子はいつだって夢を見るものなんです……』
あの日二人でイヴを保護した後も、美優さんは何かと世話を焼きにイヴのアパートへと通っていた。
同じくイヴの様子を窺いにアパートへと通う僕。自然と顔を合わせる事も多くなり、いつしか僕ら3人はトップアイドルへの道を歩み始める。
「マッチじゃ駄目でございますかー。お仕事、なんでもしますです」
美優「あ、あの……みんなが喜ぶプレゼントは何かなって悩んでしまって……。
ならこれからよもぎを摘むのを手伝っていただけますか?」
「ヨモギ でございますか。あー……えっと……出来ますです」
美優「よもぎはね、日本の薬草なんです。時期外れですけれど夕美さんが育ててくれましたので。
それを集めて油で煮れば、アロマオイルになるんですよ」
よもぎ摘みか……昔僕もアイドルと一緒に、クローバーを摘みにいった事があったっけ。
『この前、二つ並んだ四葉のクローバーを見つけたんです……わたしがPさんと出会えて……幸せなのと……似てたの』
とても小柄で、何時も何かに怯えていて、まるで小動物の様な愛らしさをもった―――
『うさぎさん……がんばってます。すこし休憩……させてあげなきゃ』
あの少女はいったい誰だったのだろうか? 上手く思い出せない。
「ママに応援されたです。パパは結婚の話しか言わないですねー」
美優「私は小さい頃引っ越す事が多くて、中々友達が出来ずに父を嫌う事もありました。
最近は両親が、そろそろいい人はいないのかと……。
昔から父には困らされていてばかりですが、それでも父は父なりに私の事を心配してくれているのでしょうね」
美優さんは誰にでも優しい。きっとそれは彼女が寂しさと共に育ったからなのだろう。
どこか影のある表情は、守ってあげたいと願う多くの男性ファンを引き付ける。僕もそのうちの一人だ。
美優「アイドルになって……違うことを一から始めることで……私は救われたんだと思います……」
だとすればそれはきっと僕ではなくて、イヴのおかげですよ。
美優「あの子にも見せたかったな……。私にとっては弟みたいな……大切な存在だったんです」
ああ、まただ。美優さんはいつもどこか遠くを見ている。そして寂しげに微笑むのだ。
彼女はとても美しい。でもその美貌は見る者全てが胸を締め付けられるそんな悲しい彫像と同じだ。
触れればようとすれば掻き消えてしまう、陽炎の様な彼女を見つめる事が辛くて……何時しか僕の足はクール部門から遠のいてしまったんだっけ。
僕には彼女がどうすれば心から笑ってくれるのかが分からない。僕には分からないことだらけだ。
美優さんの手作りアロマキャンドルを手に入れた。 推定価格 2800円
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「交換するですよ」
柑奈「ロウソクですか。これは爺っちゃんが喜びますね。
ラブとピース、もらえるならどっちがほしいです?」
有浦柑奈 歌う事がとても好きな女性だ。
プロデューサー業に行き詰まっていた僕が、最後に専属担当をしたキュートアイドルである。
柑奈「えっ! プロデューサーさんにプレゼントでしたか。
声がでかい?! よく言われます!」
だから僕はもうプロデューサーじゃないんだってば。
弾き語りを得意とするだけあって、彼女の声は良く響く。
柑奈「大切なものと言えばギターですが。
このギターは……爺っちゃんの形見で……まだ生きてますけどね」
「ラブとピースは、どうすれば持ち運べるのでございますか?」
柑奈「合言葉はラブ&ピース! ハイ、続けて! 歌は世界を救う、by爺っちゃん!
本当はこの場で歌ってあげたかね。でも当分の間個展の準備があるもんやし」
当初は柑奈の希望にそって歌手路線での売り出しを模索していたが、彼女の語るラブとピースの言葉は予想以上の波紋をもたらした。
当時の僕には急増を続ける柑奈への仕事依頼と、彼女の狂信的なファン達をさばききれず他のP達へと随分世話になったものだ。
最終的には同僚である吉岡Pからの助言に従って、僕は彼女を解放した。
表現者としての資質を伸ばせとの事であったが、彼の示したその方針は正しかった。
柑奈『はい、虫眼鏡。はい、脚立。はい、事務所の天井、そこ登って、見て?』
そこにあったのは――YES。NOじゃなくて、YESだ。それは僕にとっての救いだった。
P『それじゃあ僕はこれから空想のお金を君に払って、空想の釘を打つことにするよ』
もしも天井のキャンパスに書かれていた言葉が、NOだとかインチキといった嫌な言葉であったとしたら……。
僕はその場でプロデューサーを辞めていただろう。
柑奈『作品作りも楽しかけんど……やっぱしプロデューサーさんと一緒に、愛と平和を歌っていきたいですねっ!』
P『久しぶりにLIVEが出来るよう調整してみるよ。
でも事務所としては講演や物販の方が実入りが良くてね。もう少し我慢して貰えないかな?』
柑奈『むー。お金お金って、そんな父ちゃんみたいな事言わんといて下さい。
父ちゃんは歌じゃ食えないって……それじゃ面白くないですよ!』
柑奈『ピース! ピース!! ピース!!! アハハ。
それじゃプロデューサーさん、まずは私が幸せにします! 心にラブ&ピース!』
P『ありがとう。何時かお父さんにも、柑奈の歌を認めて貰えるといいな』
彼女と共に歩んだ日々は、僕のプロデューサー人生において最も満たされたものであった。
盲いて信ずるでなく、さりとて意味も無く反発するでもなく、彼女は僕をパートナーとして扱ってくれたのだ。
柑奈『笑えばいいんだって!! 爺っちゃんは毎年婆っちゃんの命日になると、その日だけは正装するんです。
仏壇の前に座ると、一日中黙ってニコニコしてるんですよ。
きっと話したいことが沢山あるんだろうけれど、爺っちゃんはプロデューサーさんと同じで不器用だから』
パッションアイドルの笑顔はよく大輪のひまわりに例えられる。
ならばキュートアイドルである柑奈の笑顔はいったい何に例えれば良いのだろうか? アイドルの笑顔はやはり良いものだ。
なのにキュート部門を担当していても、昔の僕はアイドルを怯えさせてばかりいたっけ。
『ラ~ラ~♪ ……Pさん!? い、いいいいつからそこに!?
こ、こわいです……』
いや、そんな僕に対しても微笑んでくれた娘がいたはずだ。
「コテン それはお金を稼げますですか? おぉ……いいです、お家賃がお支払いできますです。
そちらに励んで頂きたいです。そう思いますねー」
柑奈「この虫眼鏡、持って行ってくんさい。
ラブもピースもプロデューサーさんのおかげですから」
そう言って貰えるのは名誉な事だけれど、柑奈の才能はもう僕を必要とはしていないじゃないか。
それよりもここまで立派に巣立ってくれた事の方が、僕には嬉しいよ。
「たくさんの人に喜んでいただけるのでございますですか? 柑奈のコテンは楽しみですー」
これからもファンの皆の為に、頑張ってくれよな。
虫眼鏡を手に入れた。 推定価格876円。
柑奈「うたーを きかせたーかーった
あいーを とどけたかーった
おもーいーが つたーえられーなーかーった」
柑奈の歌声が遠く、背後から流れてくる。
やはり弾き語りを得意とするだけあって、彼女の声は良く響く。
ふと風に乗せて口遊む。
きみーは なにもしらーない
ぼくーが ここにいーるわーけさーえも
彼女へは届くべくもないだろうが。
柑奈「もーし あのうーたを きみがまだおぼえていたーら
とおーい そらをみーつめ ハーモニーかなでてておくーれ」
“その答えは、YESである。”
http://i.imgur.com/07Ptnbi.jpg
◆
都「おやおやおや~? 何やら面妖な事をされていますね。
今日は事務所で起きた事件を解決するため、潜入捜査です。
えっ、事件なんて起きてない? いえいえ、これから起きるんですよ、ご主人様!」
「ご主人様ではありませんですね。それはパパでございます。
ワタクシにはもう、メイドさんを雇う余裕がないのですねー」
都「スポットライトは真実を照らす! ズバァーン!! ……うおー! キマッたー!」
「ここの机に向き合って座ればよいのでございますか?
おおーかつ丼、しかも暖かいです。驚きです」
都「これは新たな手がかり! じゃなくて安斎Pへの差し入れですね、かつ丼。小道具に使わせていただきました。
今の御時世ですと自白の強要にあたるので、差し上げることが出来ないんですよね。ご用があれば、なんなりと!」
「よかったです。ワタクシかつ丼は食べることが出来ませんです、はい。
お水、いただけますですか?」
都「ご注文は水と……アイドルですね! ふっふっふっ、私にかかればどんな難事件も即解決! キラーン!
何を隠そう、これは世を忍ぶ仮の姿。じつは探偵なのだッ! ばばーん!」
安斎都 僕が新人時代安斎Pの元で研修を受けていた際に、それとは別にプロデューサーとしてのイロハを教えてくれた少女だ。
探偵ドラマが大好きで、自作脚本を企画ごとTV局へと売り込んでいる。
どうやら今はメイドに扮して、事務所で探偵ごっこを楽しんでいるらしい。
彼女はどんな些細な事に対しても興味を持つ。退屈とは無縁の人生だ。
「交換するですよ」
都「なんと虫眼鏡ですか。これは探偵にはマストアイテムですね。
あ~あ~、おっほん。
ではワトスン君、新聞を持ってきてくれたまえ。僕は情報に飢えているのだよ」
「次はワタクシがメイドさんの役ですねー。こちらをどうぞです」
また小芝居が始まった。話をしていて全く飽きのこない少女だ。
そう言えば僕が子供の頃にはホームズの相棒はワトソンだったけど、今の翻訳ではワトスンになっているらしい。
これも都に教えて貰った事だけれども、時代の流れを感じる。
都「事件の匂いではなく……これは……よもぎの匂い……?」
「プレゼントを交換していますです」
都「見えた! 今回の事件! 貴女の目にはプロデューサーさんが映っているのですね」
「わたくしの目の前に居るのは、都さんでございますよ?
プロデューサーが化けておられるならば、答えはそうなりますですねー」
都「ああいえ、失礼いたしました。私がお尋ねしたいのは、貴女に対して良い人がいるのかどうかなのです」
「皆さんとてもイイ人ですねー。都さんもお水用意してくださって、イイ人ですー」
都「それはどうもご丁寧にこちらこそって、もどかしいですね。同じ言葉を使っているはずなのに……。
ならば、貴女はプロデューサーさんの事が好きなのですね!」
「はい、ワタクシはプロデューサーの事が好きですね。
プロデューサーもワタクシの事が好きです。幸せな気持ちになれます」
都「ついに見てしまいました! 真犯人と事件の真相!」
こうもあっけらかんと言われてしまうと、文化の違いは大きいと感じる。
彼女がここまで僕を慕っていてくれるとは、天にも昇る気持ちだ。
都「私は安斎Pさんへの気持ち、ずっと謎だったんです。で、最後に残った謎が真実って……分からないですか? ホームズですよ!」
と、乙女の恋心をこれ以上盗み聞くのはさすがに野暮だな。
席を外し、時間つぶしに思いを巡らす。
アイドルとプロデューサーの間には確かな信頼関係が必要だ。
だが時折その信頼を、どちらかが愛情と履き替えてしまう悲劇もまた存在する。
そして僕らはそれを取り違えてしまった―――押し込めていた筈の思い出が噴出してくる。
智絵里『あの……不幸な体質なんです……。
プロデューサー……い、いなくならないでくださいね?』
そうだ、あのクローバーの娘だ。確か智絵里と呼んで欲しい、そう口にしていたっけ。
智絵里『プロデューサー、あの……見捨てないでくださいね……?』
とても小柄で、何時も何かに怯えていて、まるで小動物の様な愛らしさをもった―――
智絵里『Pさんにお誕生日をお祝いしてもらえるなんて……わたし、嬉しくて……泣いちゃいそう……ありがとうございます……』
智絵里の担当をはなれて久しいが、今になってようやく理解できた。
きっと彼女は僕に父親を求めていたのだ。
智絵里『実は今日、怖い夢を見て目覚めたんです……。
あの……Pさんは……わたしを……ど、どうしたいんですか……?』
そしてそれを僕は無意識の内に迷惑に感じて、智絵里をレアメダルと交換したんだな……。
「眼帯 これを頂けるのですね」
都「はい。私が探偵ドラマを見ながら片眼鏡が欲しいと呟いたら、プロデューサーさんが代わりにくださったものです。
こうですね、ポアロの様に片眼鏡をスチャッと身に付ける。その動作に憧れたのです」
「カッコイイです」
あれは……上条Pにどんな片眼鏡が良いか尋ねたら、片眼鏡は眼孔にレンズをはめ込むからほりの深い人間でないと扱いにくいと教えられたんだっけ。
そしたらたまたまそばにいた美玲Pが代わりに眼帯をくれたんだよな。
左右で視力が違うと戸惑うから、まずはこれで慣れて見ろとの話だったけど……人の親切は上手く伝わらないんだよな。
都「その時同時にLIVEのお仕事を頂きまして、頼子さんとディテクティブヴァーサスのユニットを組んだのですが……。
頼子さんがステージ衣装で片眼鏡を採用されましたので、私の夢はこの眼帯と共にしまいこまれる事となったのです」
本当に間が悪かった。
都は必死で喜んだふりをしてくれていたけれど、あんな良い娘に気を遣わせてしまった事がとても辛かったっけ。
都「私には扱う事は出来ませんでしたので、供養の意味を込めてこれを差し上げます。
気づかいは細かく、判断はズバッと! カンペキです!」
あの時はすまなかったな都。安斎Pへも黙っていてくれたんだろう。
あれは不幸な擦れ違いだったんだ。別にお前が悪い訳じゃない。
「あなたを犯人です」
いや、それはどこぞの洗脳探偵の台詞だから。確かにメイドだけれども……。
おしゃれ眼帯を手に入れた。 推定価格 961円。
◆
みく「(発見! よっしゃ、跳びかかってやるにゃ……)
つーかまーえた。みくの前を素通りなんて、そうは問屋がおろさないのにゃ」
「おお! 猫。飼いたいけど飼えないですね」
みく「このしっぽ、気になるかにゃ? だったら机の下へと御招待だにゃ」
「お邪魔しますです。狭くありませんですか?」
みく「気にしなーい気にしなーい。みくは半畳あれば生きてゆけるにゃ。
冬の猫はこたつで丸くなる。夏のみくは日の当たらない机の下で丸くなるのがお仕事にゃ」
「シェアハウス もしやお家賃がさらに安く!
これで助かりましたですね。しばらくこの国で暮らせますです」
前川みく 僕がレアメダルと交換して事務所へと迎え入れた初めてのアイドルだ。
とても甘える事の上手な少女だった。
みく『うみゅ~、あったかい。Pチャン知ってる? みくは簡単になつかないのにゃ~』
みくはステージ衣装へ着替えるたびに、寒い寒いと僕へとすり寄って来た。
そんなみくの剥き出しになった二の腕を、僕は彼女が飽きるまでさすってやったものだ。
みく『みくは夜行性だからお仕事で遅くなっても大丈夫にゃ♪』
彼女はどんな小さな仕事であっても、文句を言わずアイドル業へと真摯に打ち込んだ。
初めてのLIVEは片手で数えるほどしか観客のいないデパートの屋上であったが、腐ることなく最高のパフォーマンスを発揮してくれた。
みく『み、みくは時代よりちょっと早く生まれてしまっただけにゃ。
ねーねーPチャン。例えばだけど、みくが海に落ちたら助けてくれるかにゃ? ……なら気にせず楽しむにゃ♪ ふふーん♪』
売り飛ばされたアイドルの身分では躓いたら最後。二度と立ち上がれないと本能的に理解していたのだろう。
だから彼女が何としても生き残ろうとして、新たな飼い主である僕へ取り入るよう努めた事は責める気にはなれない。
僕だって仕事を得る為に、どれだけ自分を曲げて媚を売り続けた事か。
世の中にはどう折り合いをつけようとも、尽くすに値しない上司もいるというのにな……。
社長『――はクビだ』
P『そんなのは横暴ですよ。不当解雇にあたります』
社長『今まで多少の事には目をつぶってやったが、それが誤りであったとはっきりした。
――に自由を与えた事は、我が人生における最大の誤りであった』
P『そこまでおっしゃるならば、こちらも言わせていただきます。
幾ら貴方が社長と言えども、そんな言葉を口にする権利はありませんよ。
他人を物のように扱うだなんて、幾らなんでも傲慢が過ぎます!』
社長『権利ならば、ある。
――どの様に扱おうと勝手なはずだ』
小梅「御無沙汰……してます……。あの……Pさん……調子は……如何ですか?」
小梅か。いや足元がおぼつかないって言うのかな、ふわふわしていてどうにも気分が落ち着かない。
これからなすべきことが何なのかが分からないんだ。自分がここまで仕事人間だったとは思いもしなかったよ。
小梅「そう……です……か。えっと……すごく怖い顔……してたから……。
き、き、緊張した……。私、もっと……笑顔が見たいって……思うから……が、がんばる」
またやってしまった。昔から僕はアイドルを怯えさせてばかりいたっけ。
そうか、怖がらせちゃったかな。あの子はなんて言ってるの?
小梅「あの子は……いません……お盆だから……行きたい所があるって……。
でも……あの子もPさんと……お話ししたいって思ってます……何時も気にかけてくれていましたから」
白坂小梅 日を浴びない生活による病的なまでの肌の白さと、大きな隈の目立つ少女だ。常に寝不足なのだろうか?
体力の無さが不安視され未だLIVEデビューへと至ってはいないが、すでにデビューCDの収録は決定している。
アイドルとしての華々しい活躍は時間の問題であろう。
実を言えばあの子とは誰なのか、僕にはよく分からない。僕には分からないことだらけだ。
ただ目の前に居るこのホラー映画を大好きな少女は、常に自分の傍にはあの子が居ると僕にだけ教えてくれた。
ならばきっと、それを口にした長袖の少女の言葉は真実なのだろう。プロデューサーはアイドルからの信頼には答えなければならない。
惜しむべくは小梅の言葉を本当に理解してあげる事の出来るプロデューサーが、彼女の担当ではなかったことである。
雪美「P……どこ……そば、いないと……心配……。
だから……隣……いて…。P……私……わかってる……心……通じるから……」
小梅「雪美ちゃん……こっちです……」
なんだ雪美か久しぶり。珍しいな? 君らが揃ってキュート部門まで足を延ばしてくるだなんて。
雪美「ペロが……教えてくれた……P……来てるって……。
夏は……暑い……外……出ない……。……けど……いっしょなら……違う……」
佐城雪美 小梅に輪をかけて口数の少ない娘である。
しかしながら話す事自体は好きらしく、事あるごとにペットの黒猫へと話しかけている。
この娘もまた体力の無さが不安視され未だLIVEデビューへと至ってはいないが、撮影の仕事を中心に活躍しており評判は上々である。
そうかペロこっちへおいで。
ペロ「……」
ペロ 雪美のペットの黒猫である。
どうやら雪美の保護者を自認しているらしく、雪美の懐いているみくとは折り合いがつかない様子だ。
今もみくと僕の動きをそれとなく離れた位置から警戒している。
以前はそうでもなかったのだが、僕とペロとの関係はギクシャクしてしまった。
おそらくみくを事務所に連れて来たあの日から、みくの飼い主は僕であると認識しているのだろう。
みく「夏のお茶請けにはこの冷た~いたい焼きがぴったりにゃ。
お魚を食べて猫の気持ちになると良いにゃ。くしし。
こうしてもっとねこみみアイドルが増えるといいにゃ! でもみくがイチバンにゃ♪」
「おおー中にアイスが入っているのですね。贅沢でございますが、美味しそうです。
交換するですよ」
あっちはあっちで盛り上がっているようだな。そうだ二人とも、ちゃんとご飯は食べているのかな?
アイドルは痩せてなきゃいけないって世論もあるけれど、君らはもう少し血色を良くした方が健康的だと思うんだ。
幻想性が薄れてファンが離れるかもしれないけれど、成長期には無理をせず体を育てた方が良い。
小梅「あ、うん……わ、私は元気です……えへ、えへへ……ちょっと、うれしいな……。ううん、すごく……うれしい。
昔は……そんな事……全然……言って、くれなかったから……」
そうかもしれない。ずっと仕事に追われていたしね。
でも今はやるべき仕事が無いせいか、アイドルの事ばかり気になってしまうんだ。
アイドルは何時までも続けられる仕事じゃないし、アイドルを辞めてからも人生は続く。人間やっぱり健康が一番だよ。
小梅「ほ、本気で心配してくれて……あ、ありがとう……ござい……ます。
私……やっぱり……今のPさんの方が……胸がドキドキ……こ、これってもしかして……ば、ば、爆発しそう……。
あ、ごめん……なさい、雪美ちゃん。私……ばっかり……Pさんとお話し、してて」
雪美「ううん、平気。私……P……魂……繋がってる……離れても……ずっと……。
私……お姉さんになる……だから……我儘……言わない……」
雪美は良い子だな。でも子供なんだからもっと我儘を言って良いんだぞ。
ペロ「……」
雪美の手を握ろうと彼女へ近づいたら、音も無くペロが僕らの間に割り込んできた。
やはり僕が雪美へ必要以上の関わりを持とうとする事は、ペロにとって好ましくない様子である。
顔をみくの側へ向けて振り、無言で圧をかけてくる。飼い主ならばあちらをどうにかしろと言いたいのだろうか?
分かったよペロ。
雪美の事はお前に任せるから、ここらで退散させてもらうよ。
じゃあな二人とも、元気でな。
雪美「……アイドル……不思議……会えなくても……通じる……」
◆
それにしても、僕がみくの飼い主か……。
みく『Pチャンってやっぱりいいひとだったんだにゃあ……みくの目と、みくを選んだプロデューサーの目は間違ってなかったにゃ!』
成る程。確かに僕らの間には蜜月が存在した。
そのまま順調に時を重ねていれば、みくのCDデビューも頓挫することは無かっただろう。
今でも断言できる。僕はプロデューサーとしては3流の不適切な存在だが、素質を見抜くスカウトマンとしては1流なのだから。
自惚れではなく、純然たる事実である。この眼力が無ければ僕はとっくの昔に首になっていた。
『そっか、なら交換しようよ。
それでアイドルマスターの座が近付くんならさ、お互いwin-winの関係でしょ。
嫌なんだ。ふ~ん、そっか。その割にはさ~、智絵里には随分と冷たかったよね』
P『僕はマシーンじゃない。あの娘の求める立派なプロデューサーになんてなれなかった』
『情けない人だよね、ホント』
P『君の目に映る僕はそんなに小さい男なのかい? 純粋と言って欲しいのだけれど』
『美優さん相手にあれだけ鼻の下のばしてたくせに、キュート部門へ移ったら連絡一つ寄越さなかったらしいね。
若い娘ばっかり次々に担当を乗り換えてさ~。皆陰で噂してたよ、ロリコンじゃないかって』
P『誰がそんな事を? いやそれよりもそんな悪名があるのに、研修生の君がどうして僕を選ぶんだい?』
『まあ――にとってはどっちでも良いんだけどね。
だからさ~ねえ、交換しようよ。プロデューサー、困った時はお互い様だよ。
こっちを見て、抱き寄せて、目を合わせて。――の顔を見れば、そんなイライラ、すぐに忘れるよ』
P『意地悪い言い様に聞こえるね。僕はみくのプロデューサーなんだよ』
『大人の言いそうな事だね。でもさ――が聞きたいのは、そう言う事じゃないんだよね~。
仕事とアイドル、どっちが大事なの? 今は悪魔が微笑む時代なんだよ』
だが、あの時僕にハロウィンぷちデビルが囁いた。
『エビで鯛を釣るって名言だよね!
CDの印税があれば一生楽できるんだよね? プロデューサーの言葉を信じてよかったよ~。で、印税はいつ貰えるの~?』
それが悪い事だとは気付いていた。でも彼女には才能が有った。
摩耗し欠片も消え失せていた筈の―――灰の中に眠る種火の様な僕の薄暗い野心を実現へと導く、悪夢の様な才能が。
『飴をあげるからポーズをつけろって言われてもヤダよ~、――は飴なんかじゃ動かない……。
えっ、飴2つくれるの? そ、そうなんだ……2つもくれるんだ…………いぇい☆』
ニートショック 僕がみくと担当を交換した新人アイドルが引き起こした社会現象だ。
ほんの100日の間ではあったが、新人アイドルが全国区の人気者となった前代未聞の出来事である。
『春だねー……あっ、今日はファンの皆に報告があります!
――、CDも出したし! LIVEもいっぱいしたし! 結構楽しいアイドル生活だったけど! 印税貯まったから! ――、アイドル卒業します!』
彼女は大金を手にし、芸能界を嵐の様に通り過ぎた。
『この厳しい芸能界、トップを目指すならプロデューサーは本気を出すべきだよ! ――の力を借りる時期はもう卒業だね!
まあ、建前は置いといて今日は改まって話があるんだ! ちょっとソコ座って! ……智絵里はさプロデューサーの体が心配だったんだよ。
偉くなればさ、仕事を選ぶ事だってできるでしょ? もう嫌な相手に頭下げなくても済むんだからさ、プロデューサー休養も大事な仕事だよっ!!』
P『君の目に映る僕はそんなに小さい男なのかい?』
『情けない人だよね、ホント。働かない自由だってあるはず!
昔からずっと独りで頑張る必要なんてなかったのに、そんな簡単な事にも気付けなかったんだから。
プロデューサー、困った時はお互い様だよ。こっちを見て、抱き寄せて、目を合わせて。
嫌なんだ。ふ~ん、そっか。まあ――にとってはどっちでも良いんだけどね。やっぱり――は必要悪だったんだよー!!』
そして僕は第1四半期最高益を上げた手柄と引き換えに、チーフプロデューサーへと昇格を果たした。
チーフとなってからは個別のアイドルの担当は部下へと任せるようになり、やがて現場へ出てアイドルの顔を見る事も無くなった。
そう、僕はもはやプロデューサーではなくなったのだ。
みく「眼帯 懐かしいにゃ。こうして身に付けて、猫耳を外して―――」
「どうなるのでございますか?」
みく「私が、なんで眼帯をしているか―――気にしてたよね。見せてあげようか? この眼帯の下。
きっとね、あなたと私は、約束とかそういう“つながり”って、もう必要ないんだと思う。
会いたいか会いたくないか、それが私とあなたの距離を決めるんだと思うよ」
「猫が消えました!」
みく「居るか、居ないかなんて、そんな小さなこと、何で気にするのかな。
あなたと私は、喋ることができるし、こうやって……手を握ることもできる。それで別に、いいと思わない?
にゃーんて、びっくりしたかにゃ」
「すごく、ぞくぞくしましたです。アイドルはこんなお仕事も出来るのですねー」
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みく「ってPチャン! 戻って来たなら、みくに対して何か一言位あっても良いと思うにゃ。
ねえ、待ってよ、帰らないで。こっちを見て、抱き寄せて、目を合わせて。
どうして! 聞こえないの? いないもの扱いは止めて欲しいにゃ」
みくは今でも僕が担当に戻る事を信じてセルフプロデュースを続けており、事務所では腫物の様な扱いである。
元々僕がレアメダルと引き換えに個人契約を結んでいた為、彼女を積極的に引き取ろうとするPも現れてはいない。
僕はみくを裏切った。灰神楽と化した自分の野心に負けたのだ。だが彼女は僕に縋り続け、決してそれを認めようとはしない。
結局……遅かれ早かれ、こんな悲しみだけが広がって、アイドルをおしつぶすんだ……。
だったらプロデューサーは、自分の手で自分を裁いて、事務所に対し、ファンに対して、贖罪しなければいけない……。
◆
だいぶ事務所を回ってみたけど、またアイスに戻ってしまったな。
なら僕らにとって大切なものは、二人を繋いだアイスなのかもしれないね。
もう食べてもいいんじゃないかな。君の好物なんだろう?
こちらの気持ちを知ってか知らずか、彼女は屈託のない笑顔で語りかける。
「交換するですよ」
瞳子「あら、ありがとう。たい焼き……おめで鯛って言うものね。
何か相応しい物を用意しないと。少し待ってちょうだい」
服部瞳子 チーフプロデューサーとなった僕がレアメダルと交換し、鎮火させてしまった夢の残骸だ。
『分からない……分からないわ……私に足りないもの……』
彼女は再デビューアイドルであった。星の巡りが悪かったのかあるいは……いや過去を詮索しても誰も幸せにはならないだろう。
問題なのは僕が彼女の人柄ではなく、経歴だけを見て事務所へと迎え入れた事である。
瞳子『そばに……いていいかしら……ずっと……見ていてね……』
嘘八百。あらゆる美辞麗句を並べ挙げ、彼女の萎えた心を奮い立たせる。
嘘も方便。当時の僕にとっては、何の意味も無い言葉遊びだ。
瞳子『お仕事……とても楽しいわ……』
彼女は僕にとって最後の希望であり、懺悔であり、そして後悔である。
彼女を救う事さえできれば、僕が打ち捨ててきた幾人ものアイドル達もいずれは報われるのではないか―――そんな身勝手な罪滅ぼしに利用したのだ。
瞳子『自信……無くしちゃった……。でも乗り越えていかなくちゃね……』
だが、上手くはいかなかった。
それも当然だろう。 こんなはずじゃなかった。
僕はプロデューサーとしては3流の不適切な存在なのだから。 こんなはずじゃなかった。
全ては分かり切っていた筈の事である。 僕はこんな事をする為にプロデューサーになった訳じゃない。
瞳子『誰もが夢を叶えられる訳じゃないのよ、プロデューサーさん』
「プロデューサーは、わらしべ長者と言っていましたです。
交換すれば幸せになれるそうなのですが……ワタクシにはやっぱり分かりませんでしたね」
瞳子「3年味噌のお話かしら? 人はね結果だけを求めて行動してはいけないのよ。
大切なのは、誰かの為にどれだけ行動できたのか……私はそう思うわ」
「プロデューサーは幸せだったのでございますか?」
幸せ……良く分からない。僕には分からないことだらけだ。
瞳子「私には分からないわ。誰にも他人の事は分からないのよ。
だけどね、プロデューサーさんの行いで一つだけ確かな事は有るわ」
「なんでございましょうか?」
瞳子「矢は悪いものを祓うの。自分の心の中の闇も、ね。
預かっていたのだけれど、貴女になら返しても良いと思うの」
「矢 でございますか。とても縁起が良いのですね」
そんなものを僕に向けないでくれ。今の僕には眩し過ぎる。
瞳子「プロデューサーさんは私の事を幸せにしてくれたわ。例えそれが嘘であったとしても……。
忘れないで、犠牲じゃないわ。この世界は、きっと無限の善で出来ているんだから」
「そうなのでございますかー。アイス溶けてしまいましたですね」
瞳子『プロデューサーさん、私なら大丈夫だから、もっとお仕事しましょ。
貴方と出会ってアイドルになって……全てが順調って訳じゃなかった……。それでも一度はひび割れた私の心を……貴方は愛で塞いでくれた……』
救えなかったモノがあって、助けられなかった人がいて、叶えられなかった願いがあった。
でもそれでも、救えたモノがあって、助けられた人がいて、叶えられた願いがあって、こんな自分を許してくれた人がいた。
気付かなかった。
気付こうとしなかった。
『情けない人だよね、ホント』
思い出すのは遠い笑顔。
智絵里『大きなハート……まるでPさんの心みたい……。とっても温かくて……ふわふわしていて……大きな優しさで……包んでくれるみたいな……。
ぎゅって、抱きしめちゃいます……えへへ……♪ 小さな幸せ……見つけたみたい。
Pさん……わたしのワガママに付き合ってくれてありがとうございます……えへへ』
破魔矢を手に入れた。 推定価格 0円 この矢はもう既に役目を終えている。
「これが矢文なのですね」
元の飾りが外され矢文に作り替えられているようだ―――婚姻届を手に入れた。
夫の欄には僕の名前が、保証人の欄には瞳子さんと美優さんの名前が記されている。
真夏の暑さは陽炎を引き起こす。だが婚姻届は消える事無く、確かにそこに存在した。
◆
「ただいま戻りましたですよ」
そして僕らはあの安アパートへと戻る。
「プロデューサーの思い出を交換してきましたです」
いつもと変わらぬ水色の瞳で少女は僕の写真へと語りかける。
「皆さんもうプロデューサーは戻ってこないと、薄々気が付いていましたですね」
住むべき家を持たなかった少女は事あるごとに色々なものを僕と交換した。
ボールペン・名刺入れ・飲み残しの缶ジュース・海岸で拾った貝殻・ネクタイ・遊園地のチケット・自宅の合鍵etc。
ライラ 住むべき家を持たなかった少女であり、僕が愛した女性だ。
なぜ忘れてしまったのだろう。彼女はただのアイドルではなかったのに。
ライラ「どうして、待ってくれなかったですか? ママは応援してくれていましたです。
パパだって説得できたかもしれませんでしたね」
婚姻届の妻の欄にはライラの名前が記されている。だが妻の印は押されていない。
社長『ライラはクビだ』
P『そんなのは横暴ですよ。不当解雇にあたります』
社長『今まで多少の事には目をつぶってやったが、それが誤りであったとはっきりした。
ライラに自由を与えた事は、我が人生における最大の誤りであった』
P『そこまでおっしゃるならば、こちらも言わせていただきます。
幾ら貴方が社長と言えども、そんな言葉を口にする権利はありませんよ。
他人を物のように扱うだなんて、幾らなんでも傲慢が過ぎます!』
社長『権利ならば、ある。
父が娘をどの様に扱おうと勝手なはずだ』
ライラ「パパの承認の無い婚姻は罪なのです」
僕はあの時、全てを捨ててライラとの駆け落ちを望んでいた。
あの仕える価値のない父親の元では、僕らは幸せにはなれないと……身勝手で愚かな選択だった。
ライラ「だからワタクシとプロデューサー、どちらかの死体が必要でしたね」
だから僕は最後に僕の命とライラの命を交換したんだっけ。
ライラ「プロデューサーは今新しい事業所を作る為、ドバイへ10年の赴任が決まった事になっていますです。
きっと今頃はペルシャ湾でお魚の餌ですねー」
ああ―――安心した。ライラは無事だったのか。
ライラ「パパは結婚は10年だけ待ってくれると言いましたね。
だからそれまではアイドル頑張ってみますです」
ライラだったらトップアイドルになれるよ、断言できる。僕は見る目だけは確かなんだ。
ライラ「10年たったら結婚して、子供を産みますね。
その子にはプロデューサーの名前を頂きますです」
素敵な旦那様が見つかると良いな。ライラには幸せになって欲しい。
ライラ「プロデューサー、今までありがとうございましたです。そして―――オカエリナサイ」
水色の目・小麦色の肌・金糸の様な髪を持つ少女は、そう言って自らの下腹部を愛おしく撫でまわした。
砂漠の様な灼熱の暑さは陽炎を引き起こす。そんなとある盆の日の話であった。
おしまい
以下 訂正
>>14 誤字
誤
冬の日に血走った眼の男が、当然腕を引いて彼女を路地裏へと引き込んだ。
正
冬の日に血走った眼の男が、突然腕を引いて彼女を路地裏へと引き込んだ。
>>19 脱文
誤
柑奈『ピース! ピース!! ピース!!! アハハ。
それじゃプロデューサーさん、まずは私が幸せにします! 心にラブ&ピース!』
P『ありがとう。何時かお父さんにも、柑奈の歌を認めて貰えるといいな』
正
P『セイ、ピース! ラブ イズ リアルなんだよ。
柑奈、お前ならきっと世界を……!』
柑奈『ピース! ピース!! ピース!!! アハハ。
それじゃプロデューサーさん、まずは私が幸せにします! 心にラブ&ピース!』
P『ありがとう。何時かお父さんにも、柑奈の歌を認めて貰えるといいな』
投下は以上です。
モバマスでの過去作は以下が存在します、興味を持っていただければ幸いです。
白菊ほたる「手を取り合って」
白菊ほたる「手を取り合って」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375608151/)
星輝子「キノコ雲?」
星輝子「キノコ雲?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368266944/)
モバP「こうして僕の新婚生活は始まった」
モバP「こうして僕の新婚生活は始まった」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1366896132/)
岡崎泰葉「最近、私を抱く回数が減りましたね」
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