「ご飯くれるとうれしいな」
「あァ?」
ある日、とある少年が一人の少女と出会った。
少女は、その身にとても複雑な事情を抱えていた。
その事情に同情したわけではないし、ましてや共感したわけでもない。
だけれども、様々な思惑と偶然が重なって、少年は少女の抱える事情に顔を突っ込んでいった。
結果、少年は――有り体に言って、少女を救った。
代わりに、その過程で得た『無敵の力』と、過去の記憶を失って。
それが、この物語の起こり。
「お腹がすいたんだよ」
「そォか。テメエの指でもしゃぶってろ」
少年は少女を救ったけれど、その人格は決して善良な物とはいえなかった。
いや、むしろ逆で――彼の人格は悪逆非道と言っても差し支えなかった。
それは少年が紛うことなき『人殺し』である点からも明らかなことで。
彼はたくさんの人間を殺した。
本当に――たくさんの人間を。
「よォ…実験の内容ってのを復習させてくれよ」
「『妹達(シスターズ)』と呼ばれる二万人のミサカを二万通りの方法で虐殺することでLEVEL6に至るという試み――今回はその10020回目の実験になります」
殺したその数、実に一万十九人。まさに戦慄すべき殺人鬼。
それが、彼の忘れた彼の正体。彼の罪。
だけど、記憶を失くし、真っ白に戻った彼の本質はそれを是としなかった。
そして彼はボロボロになりながら、本来死すべき定めにあった少女達――他ならぬ彼自身の手によって殺される定めにあった少女達を救った。
罪滅ぼしなんてつもりは毛頭ない。その程度で滅ぼされる罪だなんて思っちゃいない。
ただ、嫌だったから。
殺したくなかったから、彼は救った。
救って、束の間の安息を得て――だけど、彼の物語は終わらない。
続いていく。彼の願いとは裏腹に、誰かの思惑の通りに、悪夢は継承されていく。
「帰ろう、あくせられーた」
「……おォ」
訪れた安息の日々は余りにも短くて、少年と、少年が救った三人の少女達は再び争いの中に巻き込まれていった。
少年は強かった。敵対するあらゆるものをその強大さで蹴散らし、弾き返した。
けれど、その強さは己を守ることしか出来なくて。
少女達は、拐かされ、心を弄ばれ、腕をもがれ、命を脅かされた。
―――俺の手じゃ、届かねェンだよ
そして少年の心は折れた。だけど。
―――ふざけんな
そんな彼を闇の底から引っ張り上げた男がいた。
自分勝手な奴だった。少年の都合などおかまいなしで理想を押し付けてくる、厚かましい男だった。
だけど、その男は強かった。
本当に強かった。
少年の心に巣食っていた絶望を、ぶち殺してしまうくらいに。
そして物語は転回する。
ヒーローによる逆転劇が、悪党による殺戮ショーが開催される。
それでは、結びの物語を始めるとしよう。
時計の針を今に戻す。
少年は――学園都市最強の超能力者(LEVEL5)であり、前回終盤に「潰すぜ、学園都市」とカッコよく宣言した『一方通行(アクセラレータ)』は。
今現在、幼女の尻に敷かれていた。
いや、比喩ではなく。
というわけで もしインデックスが上条さんに出会う前に一方さんに出会っていたらという妄想
起承転結の『結』
前回で最後だといったが すまんな ありゃ嘘だった
原作読んでないとわけわかめかも
原作読んでてもわけわかめかも
まあいいや 妄想だし 知らね
打ち止め「見て見て! お猿さんが気持ちよさそうに温泉に入ってるよ! ってミサカはミサカは見ているテレビを実況してみたり!」
一方通行「いちいち実況すンな。見りゃわかる」
打ち止め「かわいいかわいいかわいいな、ってミサカはミサカは心からの感想を述べてみる!」
一方通行「あっそォ。よかったデスネェ」
打ち止め「え、打ち止めの方が二万倍かわいいって? やだ、そんなこと言われたらミサカどきどきしちゃうよ……ってミサカはミサカは……」
一方通行「もしもォーし。オマエの耳はどうなってンですかァ? ちゃンと現実にチューニング合ってますゥ?」
打ち止め「ね、さわってみて…? ミサカがすっごくどきどきしてるの、すごく伝わると思うから……」
一方通行「俺の手をナチュラルに胸に持っていこうとすンじゃねェ今すぐ離しやがれコラァァァあああああ!!!!」
テレビを見ながら楽しそうに一方通行にじゃれつく打ち止め。
特筆すべきは二人のその姿勢である。
一方通行が胡坐をかき、打ち止めがその組んだ足の上に座っている。
打ち止めは一方通行の体に背を預けており、もはや完全に座椅子扱いだ。
んで、なんでこんな状況になっているかというと。
前回、己の争いにインデックス、打ち止め、ミサカを巻き込んでしまった一方通行は、二度と同じ過ちを起こさぬよう三人の前から一時期姿を消していた。
一方通行のこの判断は非常にわかりやすく、また共感できるものではあったが、三人の少女はこれにひどくご立腹であったらしく。
心を改めて戻ってきた一方通行に三人は激しく食って掛かったのである。
そして、今のこの状況。
つまり、罰ゲーム。
一方通行は今日一日、三人からのスキンシップに対し『反射』を使ってはならないことになっているのであった。
ミサカ「うむ、相変わらずのきめ細やかな肌。うらやましい、とミサカは少しだけ嫉妬します」スリスリ
一方通行「……何してンの?」
ミサカ「もちろん頬擦りです。とミサカは端的に自分の行動を説明します」スリスリスリ
ミサカ「この、たまに唇と唇が触れそうになる瞬間がまたたまりません、とミサカは心のままに感想をこぼします」スリスリスリ
一方通行「……」ドン!
ミサカ「あいた。なに突き飛ばしてるんですか。契約違反ですよ、とミサカは憤慨します」
一方通行「別に『反射』は使ってねェしィ。約束は守ってますゥ~」
ミサカ「そっちがその気なら、ミサカにも考えがあります」
ミサカ「レッツゴー、ロケットアーム」ボシュッ!
ミサカの気の抜けた掛け声と共に、左手の手首から先が射出された。
回収可能なように手首と腕はワイヤーで繋がっているが、これは紛れもなくロケットパンチである。
先の戦いで片腕を失くしたミサカ。
学園都市の最先端科学を結集して、彼女はとんでもない義手を取り付けていたようだ。
一方通行「おォ!?」グルングルン
手首から伸びたワイヤーがぐるぐると一方通行の体に巻きついて両腕を封じる。
打ち止め「あいたっ!」ゴチン!
ついでに打ち止めを一方通行の胡坐から落とす。
ミサカ「これで抵抗は出来ません。いただきます、とミサカは両手を合わせ、あっ、片手あっち行ってた。てへ」
打ち止め「仮にも上位の個体に対してなんてことするのー!! ってミサカはミサカはぷんすかぷんすかしてみたりーー!!」
一方通行「これもォスキンシップじゃねェよなァ反射使っていいよなァ!!?」
そんで、この状況の中インデックスは何をしていたかというと。
インデックス「う~~~」ヤキモキ
すごくやきもきしていた。
今日一日、一方通行へのスキンシップが解禁されて、彼女は何をしたらいいか咄嗟に思い浮かばなかったのである。
打ち止めのように天真爛漫に甘えることなど出来ないし、ミサカのように恥じらいをかなぐり捨ててぶつかっていくことも出来ない。
そういった意味では中途半端だったインデックスは、このスキンシップ合戦に激しく出遅れてしまっていたのだ。
打ち止め「えい! って思い切ってミサカはミサカの定位置確保ーーー!!」
一方通行「オマエどこに顔突っ込ンでンだコラァァあああ!!!!」
ミサカ「くっ、やりますね。さすがはミサカの上位個体、とミサカは彼の股座にダイブをかました上位個体の行動力に感服せざるをえません」
一方通行「うるせェェェええええほどけェェェェええええええ!!!!」
インデックス「うぅ~~~~~~~~~~!!!!」
そして遂に感極まったインデックスは。
インデックス「がうっ!」ガブッ!
一方通行「ぐァあ!?」
とりあえず噛み付いた。
インデックス「ごっはん♪ ごっはん♪」
ミサカ「まったく、食事と聞いただけであのはしゃぎよう……先程の剣幕はどこへやら、とミサカは呆れます」
打ち止め「ほんとほんと。さっきもあの人に噛み付いてたし、歯を通してしか自分の感情を表現できないのかな、ってミサカはミサカはため息をついてみたり」
ミサカ「欠陥乙女ですね、とミサカはばっさり切り捨てます」
打ち止め「欠陥乙女だよね、ってミサカはミサカはあっさり同意してみる」
インデックス「ちょっと! 聞こえてるんだよ!!」ガルル…!
一方通行「往来でギャアギャア騒いでンじゃねェよ。さっさと行くぞ」
打ち止め「はーい、ってミサカはミサカは素直に返事してみたり!」
とてとてと一方通行の右側に回り、その右手を取る打ち止め。
ミサカ「!!」
インデックス「!!」
駆け出し、一方通行の左手を同時に掴むインデックスとミサカ。
ミサカ「離しなさい、とミサカは欠陥乙女に通告します」
インデックス「それは私のセリフなんだよ!!」
一方通行「俺のセリフだボケ」
ミサカ「むむむ…!」
インデックス「ぐぬぬ……!」
一方通行の左手を掴んだまま睨みあう二人。
一方通行(メンドクセェ……)
そんな二人を横目で眺めつつ、いっそ反射したろかと思う一方通行だったがしかし、掴まれているのは義手である左手であるためそれも叶わない。
まさか左手を思い切り振り回して二人を吹き飛ばすわけにもいかず、一方通行はやれやれとため息をついた。
ミサカ(むう…あからさまに呆れてますね…とミサカは冷静に状況を分析します)
インデックス(このままここでねばってもあくせられーたからの印象が悪くなるだけかも……)
インデックス(うぅ…だからといってこのポジションを譲って一人で歩くのは悲しすぎるんだよ!!)
ミサカ(ふむぅ…どうしたものか……)
ミサカ(……)
ミサカ「!!」ピコーン!
ミサカ「わかりました。ここはあなたに譲りましょう、とミサカは大人の女の余裕を見せつけます」
そう言ってミサカはあっさりと一方通行の左手を離す。
インデックス「ほんと!? やったぁ!!」
インデックスは一方通行の左手を取り、ほくほく顔で隣に並んだ。
にやり、とミサカの顔が邪悪に歪む。
ミサカ「代わりにミサカは上位個体と手を繋ぐことで我慢しましょう、とミサカは上位個体の空いた手を母親のように優しく取ります」
打ち止め「わあ、なんだか家族みたいだね! ってミサカはミサカははしゃいでみたり!」
インデックス「はっ!?」ザワ…
インデックスはそこで初めてミサカの企みに気付いた。
インデックス(なんてこと…! あくせられーたとの間にらすとおーだーを挟むことで、あたかも家族のような雰囲気を作り出しているんだよ…!)
インデックス(みさかとらすとおーだーがそっくりなことで、その周囲に与える認識効果はさらに倍増……!)ザワ…ザワ…
インデックス(手つなぎはあの三人で完成してしまっている……私は確かにあくせられーたの左手を確保したけれど、いまやただの異物と化してしまった……!)
インデックス(勝てない…ここからの逆転は…不可能……!)グニャァ~
インデックス、完全敗北。
後にやけ食い。食べ放題のバイキング店を営業不能に追い込む。
一方通行(やァってられるかァァあああ!!!!)
バイキングレストランを出た所で一方通行が遂にキレた。
もう無理だった。我慢の限界だった。
いくらなんでもこの三人、べたべたしすぎだった。
本来であれば、部屋の中でのあのやり取りだって一方通行にとっては許容出来る物ではなかった。
だけど、一方通行が姿を消して、それからしばらくして幻想殺しの少年の手によって連れ帰らされたあの時。
少女達は泣いたのだ。
本当に、ぼろぼろぼろぼろ涙を零したのだ。
それを、まあ、ほんのちょっぴりだけ、悪かったなと一方通行は思って。
だから、彼女達の願いを出来るだけ聞いてあげようと、柄にもなくそんな殊勝なことを考えていたのだ。
でも無理でした。マジ無理でした。
以下店内描写。
四人掛けのテーブルを前にして、席順で揉める三人。
テーブルは長方形のスタンダードなもので、二人掛けの長椅子がテーブルの長辺に備え付けてあるタイプのもの。
インデックス「となりがいい」
ミサカ「隣がいいです」
打ち止め「あなたの傍にいたい!」
揉めた。揉めに揉めた。
最終的に、一方通行の膝の上に打ち止め、その両隣にインデックスとミサカが座る形で落ち着いた。
二人掛けの長椅子にぎゅうぎゅうに座る三人。ぽっかり空いた向かいの長椅子。
ただでさえ目立つ風体をしているのだ。周囲の目は嫌でも集中する。
ナンダアレ? アラアラホホエマシイワァ。
ヨウジョハーレムwwwwwパネェwwwwwwwww
だから、一方通行は次の目的地をゲームセンターに指定した。
三人は特に疑わず(むしろ一方通行がデートにやる気を出したことに喜んで)入店する。
一方通行「さァ、これで好きなだけ遊ンでらっしゃい」
打ち止め「うわあ! いちまんえん! ってミサカはミサカは目を丸くしてみる!!」
インデックス「あくせられーた太っ腹! カッコいい!!」
ミサカ「甲斐性のある男の人って素敵。抱かれたい。とミサカは顔を赤らめます」
大はしゃぎで店内に散らばる三人。
まさに目論見通りの展開に一方通行はにやりと笑った。
ミサカ「……おや? いつの間にかあの人の姿が見えませんね、とミサカは店内を見回します」ブブブブブ…!
ミサカ「む、携帯電話に着信ですね。……? あの人からメール……?」
『眠ィから帰る。ガキ共の世話任せた』
ミサカ「……逃げやがったあのヘタレ、とミサカは逃亡した彼に失望を隠せません」
ミサカ「……」メルメル
『任務遂行のご褒美として帰ったら頭なでなでして下さい』
『死ね』
ミサカは店内に散らばっていたインデックスと打ち止めを集め、事情を説明した。
インデックス「むぅ~。元々私達に黙っていなくなったことに対する罰だったのに、また黙っていなくなるなんて許せないんだよ!!」
打ち止め「まあまあ、今回の不始末を理由にまた罰ゲームしたらいいんじゃないかな、ってミサカはミサカは提案してみる」
ミサカ「そうですね。今度は範囲をベッドの中に限定しましょうか、とミサカは上位個体の提案に追従します」
インデックス「でも、まだまだお金たくさんあるよね? このまま帰っちゃうのはちょっともったいないかも」
打ち止め「そうだね。今すぐ帰ってもどうせあの人は帰ってないだろうし、もう少しだけ遊んでいこうよ! ってミサカはミサカは進言してみたり!」
ミサカ「異議なしです、とミサカは上位個体に賛成します」
打ち止め「う~ん、う~ん……うわぁ~! また駄目だった!」
打ち止め「UFOキャッチャーって難しいなあ。あの人はどうしてあんなに簡単に取れるんだろう、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみる」
打ち止め「あ、小銭無くなっちゃった。両替機両替機……」
打ち止め「お、お札を入れるところに背が届かない…! ってミサカはミサカは精一杯の背伸びを、ふんぎぎ、して、みた、りぃ~……!」
「あ、あの…大丈夫?」
打ち止め「ほえ?」
かけられた声に振り向く。
眼鏡をかけた女の子が立っていた。
学校の制服のようなものを身に纏っており(高校生だろうか?)、何より目を引くのはその大きな胸。
見た目の年齢にそぐわぬほど発達したその胸は、シャツをぱつんぱつんに押し上げ、激しく自己主張している。
打ち止め「いったい何を食べればそうなるの? ってミサカはミサカは素朴な疑問を発してみる」
??「え…? あの……」
つい口をついてしまった打ち止めの言葉に女の子は混乱した様子を見せる。
打ち止めは慌てて「いやいや今のなし」と手を振った。
??「代わりに入れてあげようか? そのお金…」
打ち止め「ほんと!? じゃあお願いします! ってミサカはミサカは頭を下げてみる!!」
??「う、うん。じゃあ、お金預かるね」
少女は打ち止めから受け取ったお札を持ち逃げしたりすることなく、素直に両替機に投入する。
じゃらんじゃらんと小銭の落ちる音が響いた。
打ち止め「ありがとう! ってミサカはミサカは改めて頭を下げてみたり!!」
??「ど、どういたしまして……」
打ち止め「ミサカは打ち止めっていいます! ってミサカはミサカは恩人に対して活発に自己紹介してみる!」
??「ら、らすとおーだぁ? か、変わった名前だね……」
打ち止め「おねえさんのお名前は?」
??「わ、私? 私は……」
打ち止めの勢いに圧倒されたまま、少女はどこかおどおどしたような様子で。
「氷華……風斬、氷華……」
そう名乗った。
打ち止め「カザキリヒョウカさんだよ! ってミサカはミサカは新しい友達を早速紹介してみる!」
ミサカ「む?」
インデックス「ほえ?」
風斬「あ…の……」
持ち前の人懐っこい性格で、すぐに風斬と打ち解けた打ち止めは、ミサカとインデックスに風斬を引き合わせていた。
打ち止めとは対照的に、ひどく引っ込み思案で内気な様子の風斬は、どうしたらいいものかともじもじしている。
ミサカ「なにその生意気おっぱいいったい何食えばそんなことになんだよふざけんなよとミサカは思わず本音が口をつきます」
風斬「ひう…!」
打ち止め「こら! 駄目だよミサカ! まあ気持ちはわかるけど!! ってミサカはミサカは下位個体を諫めてみる!」
インデックス「私の名前はインデックスっていうんだよ! よろしくね、ひょうか!!」
ミサカ「ミサカの名前はミサカです、とミサカは先程の非礼を詫びつつ自己紹介します」
風斬「う、うん……」ホッ…
若干一悶着あったけれども、インデックスとミサカはどうやらあっさり新しい友達を受け入れたようだった。
とはいえ、それは考えてみれば当たり前のことで。
インデックスも、ミサカも、打ち止めも、それぞれがそれぞれに抱える事情によって、今まで友達といえる人物はいなかったのだ。
皆、年頃の女の子である。
人との関係性に飢えていないはずがない。
そしてそれは―――
風斬「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね」
ガンアクションゲームでハイスコアを更新し続けるミサカと、それを興奮しながら観戦する二人にそう告げて、風斬氷華は化粧室に足を向ける。
別に、もよおしたわけではない。
風斬は、手洗い場に備え付けられた鏡に目を向けて。
風斬「ともだち……友達、かあ……」
緩む頬をどうしても抑えることが出来なかった。
一体いかなる事情によるものか。
人との関係性に飢えている。
それは、この少女にとっても同様であったらしい。
風斬「あ…」
化粧室から出て、目に付いたものがあった。
プリクラである。
友達同士で顔を寄せ合って写真を撮ってシールに加工する機械。
今まで友達と呼べる人物が一人もいなかった風斬である。
正直に言って、プリクラには少し憧れがあった。
風斬「へえ…コスプレしたりも出来るんだ……ってうわ、この衣装は……露出度が高すぎるんじゃ……」
入り口横に備え付けられた説明パネルに目を通し、頬をひくつかせる風斬。
その直後。
ぞくり、と背筋が震えた。
風斬「ひ…う…!」
汗がだらだらとこぼれて、まともに声を出すことが出来ない。
後ろに何かがいる。
風斬氷華の命なんて一瞬ですり潰してしまえるような、そんな得体の知れない怪物が立っている。
「入れ」
音もなく背後に現れた怪物の言葉に抗う術はなく、風斬はプリクラの筐体の中に足を踏み入れた。
中に入ると即座に胸倉を掴まれ、吊り上げられた。
風斬「あう…!」
風斬はそこで初めて怪物の姿を確認する。
真っ白な髪、同じく真っ白な肌に爛々と輝く赤色の瞳。
左手一本で風斬の体を持ち上げるその少年の体はひどく華奢で、どこにそんな力があるのかまったくわからない。
そこに居たのは――言わずと知れた学園都市最強のLEVEL5、一方通行だった。
成程、怪物――風斬が感じた印象は、まったくもって正しかったらしい。
一方通行「よォ、早速だが質問だ。テメエは何の目的があってあのガキに近づいた?」
風斬「か…ふ…」
一方通行「さっさと答えろ。挽き肉にされてェか?」
風斬「わ、私は…ただ、あの子が困ってるみたいだったから……」
一方通行「世の中がそンな風に善意で溢れてりゃ俺も楽なンだがなァ」
風斬の体を吊り上げたまま、一方通行は言葉を続ける。
一方通行「善意は気まぐれで、悪意は狡猾だ。それをいちいち判別してる余裕は今の俺にはねェ」
一方通行「俺の居ねェ所であのガキ共に接触持とうとしやがる奴は敵だと決めてかかることにしてンだよ」
風斬「う…うぅ……!」
一方通行の赤い瞳に睨まれて、風斬は震えた。
風斬(こわい、こわい、こわい、こわい)
恐ろしくて仕方が無かった。逃げ出したくて仕方が無かった。
風斬(殺される、殺される、殺される、殺される)
恐怖が精神を押し潰す。潰された心は容易にパニックを引き起こす。
風斬「うああ!!」
風斬は思わず一方通行の左手を掴み、無我夢中で抵抗していた。
襟首を掴んでいた一方通行の左手を振りほどく。
解放された風斬はしかし着地に失敗し、どしんとその場に尻餅をついた。
風斬「ひ…ひぃ…」
狭い筐体の中を、それでも必死で一方通行から離れようと後ずさる。
一方通行は、そんな風斬を唖然とした様子で見つめていた。
一方通行「……人間の力で解けるようなヤワな掴み方したつもりはなかったンだがなァ」
自身の左手に目を落としてから、一方通行は風斬氷華に向き直る。
一方通行「何モンだ……テメエ」
風斬「何者か…なんて……!」
風斬は爆発した感情のままに口を開く。
風斬「知りませんよ! 何者かなんて私の方が知りたいですよ!」
風斬「どこで生まれたのかも知らない! なんでこの街に来たのかも覚えてない!」
風斬「お腹もすかない、トイレに行きたいなんて思ったことも無い!」
一方通行は今度こそ呆然としてしまう。
その目に涙を浮かべ、意味不明なことを口走る風斬氷華。
その風斬氷華の顔にノイズが走っている。
まるで映りの最悪なテレビ画面の中にいるように、風斬氷華の姿がぶれている。
一方通行「テメエ…本当に何モンだ……いや、」
一方通行は言葉を止め、言い直した。
一方通行「テメエは一体、何だ?」
風斬「本当に……一体何なんでしょうね……?」
一方通行の言葉に風斬はうなだれたまま、ただ力なく笑っていた。
「あれ? ひょうかがいないよ?」
「トイレに行くって言ってたよ、ってミサカはミサカは彼女の言葉を思い出しつつ言ってみる。でも、確かに遅いね」
「乙女のトイレの長さに言及するのはマナー違反ですよ、とミサカは上位個体に教えてやります」
一方通行「チッ……」
三人の声に敏感に反応した一方通行は身を屈め、風斬と視線の高さを合わせる。
一方通行「いいか、今後あのガキ共に指一本でも触れてみろ。即座に挽き肉にしてそこらの犬にくれてやる」
一方通行「犬のクソになりたくなけりゃ、このまま黙ってガキ共の前から消えろ」
一方通行に促され、風斬はふらふらと立ち上がる。
既に風斬の体に走っていたノイズは消えていたが、その足取りはおぼつかなかった。
一方通行「行け」
一方通行の言葉に押し出されるように、風斬はよろよろとプリクラの筐体を出て。
インデックス「あ、ひょうかだ」
そこで、あっさり三人に見つかった。
風斬「あ…う…」
どうしようと風斬が混乱する間に打ち止めとインデックスがとてとてと傍まで歩み寄ってきた。
今さら走り出して姿を消すのはあまりに不自然すぎる。
インデックス「ひょうか今この箱から出てきたよね? これなーに?」
ミサカ「これは俗にプリクラと呼ばれる機械ですね。このメーカー製のものは正式にはプリントシール機と呼称しなくてはなりませんが、とミサカはプチトリビアを披露します」
打ち止め「え~! やりたいやりた~い! ってミサカはミサカははしゃいでみたり!」
風斬「で、でも……」
打ち止め「え~やろうよやろうよ~ってミサカはミサカはおねだりしてみる!」
風斬「あ…」
打ち止めは風斬の手を取って、キラキラした目で風斬の顔を見上げている。
指一本でも触れれば殺す――風斬の脳裏に一方通行の言葉が蘇る。
―――だけど、風斬は打ち止めの小さな手を振り解くことが出来なかった。
初めての友達を手放すことが出来なかった。
風斬「うん……撮ろう。私も、撮りたい」
そんな様子を、陰から観察していた一方通行は。
一方通行「……チッ」
苛立たしげに舌を鳴らして――だけど、それだけだった。
ミサカ「それじゃあ早速やりましょうか、とミサカはカーテンをくぐります」
風斬「あ、そこは…!」
インデックス「あー! カナミンの衣装があるんだよ! これ着てみたいかも!!」
打ち止め「ん? どうしたの? ってミサカはミサカは尋ねてみるけど、何か変なことあった?」
風斬「え、あれ?」
すたすたと筐体の中に入った三人に続いて、風斬も中を覗き込む。
風斬(……もうどっかいっちゃったのかな)
先程自分を脅かした白い怪物が消えていることに、風斬はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、この場で風斬以上に胸を撫で下ろしている人物が実はいた。
言うまでもなく、一方通行である。
一方通行(アッッッブねェェェえええええ!!!!)
そう、一方通行は実はまだ現在進行形で筐体の中にいた。
視覚情報とはつまるところ光の反射である。一方通行は光の反射方向を操り、自らを透明人間と化しているのだ。
とはいえ、周囲の景色と同化する様に光の反射角を操るには複雑な演算が必要だ。
一方通行がこれまでの争いの中でこのセルフ光学迷彩を使わなかったのも、出来るかどうかわからなかったからだ。
学園都市第一位のLEVEL5、一方通行。
とんだ所で火事場の馬鹿力を発揮したものである。
しかし、彼の地獄はここから始まる。
忘れてはならない。
彼が今居るここは、コスプレ用のプリクラなのだ。
ミサカ「さてさてどれに着替えましょうか、とミサカは衣装を物色します」ゴソゴソ
打ち止め「うわぁ…すごいこの衣装。服っていうかもう紐だよね、ってミサカはミサカは絶句してみたり」
インデックス「それはカナミンの敵で出てくる女幹部の服なんだよ!」
風斬「……これ……着るの……?」
ミサカ「あらためて見るとすごいボリュームですね。真剣にうらやましいんですが、とミサカは思わず手を伸ばします」モニュモニュ
風斬「ひゃう!?」
ミサカ「感度も良好……だと……?」モミモミモミモミ
風斬「や…は…! ん…やめ……!」
打ち止め「うーん、ミサカもそろそろブラジャーつけてみようかな、ってミサカはミサカは思い悩んでみたり」
インデックス「らすとおーだーはまだいらないでしょ」
打ち止め「あなたがいう!? ってミサカはミサカは憤慨してみる!!」
インデックス「ど、どーゆー意味かな!?」
一方通行(おおおォォォォォおおおおおお!!!!!!)
一方通行、全身全霊を以ってその場を逃走。
別にガキ共の裸を見たって何も感じはしないが、それでもここに居続けては自分の中の何かが終わると、彼の魂は全力で訴えていた。
わいわいきゃっきゃとはしゃぎ声が聞こえるプリクラを遠目に眺めながら、一方通行は自動販売機で購入したブラックコーヒーを口に運ぶ。
一方通行「ったく、何て無様だ……学園都市第一位が聞いて呆れるぜ」
手近なベンチに腰掛けて、一方通行は苛立たしげに髪を掻き毟る。
その時、彼のポケットの中で携帯電話が鳴った。
取り出し、相手を確認して一方通行の口元がにやりと歪む。
それはまさに、学園都市第一位にふさわしい不敵な笑みだった。
一方通行「よォやくかよ。待たせやがって」
三人の少女達とじゃれついて、無為に時を過ごしていたわけではない。
彼はただ、この連絡を待っていた。
一方通行の持つ携帯電話の着信画面には。
かつて一方通行を完膚なきまでに叩き伏せた、『幻想殺し』の少年の名が表示されていた。
一方通行「状況を確認するぜ」
時は夜。場所は一方通行たちが暮らす部屋。
そこに集まった面々の顔を一方通行は見回す。
一方通行「俺達はこの学園都市に反撃する。この俺にちょっかいかけてきやがったクソ共を殲滅する。俺の機嫌を損ねたらどうなるかってのを連中に教育してやる必要があるからだ」
一方通行「だが連中はクソらしく手段を選ばねェ。人質とったりも平気でやりやがる。だから俺達は先ンじて手を打っとかなきゃなンねェワケだが」
一方通行はそこである一人の少年に目を向けた。
黒いツンツン頭のLEVEL0――『幻想殺し』の上条当麻である。
一方通行「その辺についてはテメエが何とかするっつゥ話だったよなァ?」
上条「おう。上条さんにお任せあれだ。連絡つくまでに手間取ったけど、事情を話したら快く手を貸してくれるって言ってくれたぜ」
上条はそう言って彼の隣に座る面々を手で示した。
上条「紹介するぜ。神裂、ステイル……言わなくてもわかるだろうけど、御坂美琴だ」
上条の紹介を受け、『聖人』神裂火織は頭を下げ。
炎を操る天才魔術師、ステイル=マグヌスは口元に挟んだタバコを揺らし。
学園都市第三位のLEVEL5、『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴は憮然としたまま顔をそらした。
上条「俺達がいない間はこいつらがインデックス達を守ってくれる。皆頼りになる奴等だ。安心しろ!」
何やら自信満々の上条とは対照的に、一方通行はものすごく微妙な顔をした。
まあ、『超電磁砲』についてはわかる。
一人で軍隊を相手取ることが出来るのがLEVEL5という存在だ。
戦力としては申し分ないだろう。
だが、残りの二人はなんだ?
いや、素性はわからないが、上条当麻がこういう局面で頼るのだ。そこそこ腕が立つのは間違いあるまい。
なのに、なんかこう、なんだろう。
この二人から立ち上る獣のような香りは。
もっと言えば犬のような臭いは。
はっきりと言っちゃうとかませ犬の臭いがそこはかとなく漂っている気がする。
一方通行「オイ、コイツらで本当に大丈夫か?」
神裂「なッ!? し、失礼な!! 確かに私達は以前あなたにあっさりと不覚を取りましたが、それは相手があなただったからであって! 決して私達が弱いということでは!!」
一方通行「あン?」キョトン
神裂「そ、存在自体を忘却されている!?」ガーン!
ステイル「……まぁ、しょうがないかもしれないね。僕達は彼の前であまり印象的な活躍が出来たとは言い難いから」フゥ…
一方通行「……」ポリポリ
上条「なんだ? お前らなんかやりあったことあんのか?」
一方通行「……らしいなァ」
一方通行「妹達(シスターズ)はどうなってる?」
ミサカ「言われたとおり、学園都市に残っていた個体に関してはあの『冥土帰し』のいる病院に集合させています、とミサカは報告します」
打ち止め「世界中に散らばってる個体についても、何か異変があれば即座にミサカが把握できるよ、ってミサカはミサカは補足してみる」
一方通行「状況に変化があれば即座に俺に知らせろ。おい、『オリジナル』」
美琴「……私には御坂美琴って名前があるんだけど」
一方通行「……御坂」
美琴「なによ?」
ミサカ「なんでしょう?」
一方通行(……メンドクセェ)
一方通行「……」
一方通行「……………………美琴」
美琴「んな! 何でアンタに下の名前呼び捨てにされなきゃなんないのよ!! まだコイツにすらそんな呼ばれ方されたことないのに!!」
上条「えぇ!? 何でそこで上条さんの名前が出てくるんでせう!?」
一方通行「メンドくせェェェェえええええええええええ!!!!!!!!」
結局『超電磁砲(レールガン)』に落ち着きました。
あと、上条さんも御坂とミサカが被るから美琴って呼ぶ事にしたそーです。
そしたら美琴が顔を真っ赤にしてなんやかんやあったけどめんどくせーから省略。
一方通行「『超電磁砲』、頼ンでたモンは持ってきたか」
美琴「ん」パサッ
上条「ありゃ。なんだよ、一方通行からも美琴に声かけてたのか?」
一方通行「護衛とは別件でな。学園都市内に点在する研究施設を探ってもらった」
上条「それをまとめたのが美琴が持ってきたこのプリントってわけか」
一方通行「そォいうこった。……クックック。あるねあるねェ、明らかに真っ当じゃねェ領域の研究やってるトコが」パラパラパラ…
美琴「調べてる間吐き気をこらえるのが大変だったわよ」
一方通行「しかしまァよく調べたモンだ。養護施設に擬態してるようなトコまでしっかり拾ってンじゃねェか」
美琴「こういうのが得意な友達がいたのよ……悪いこと手伝わせちゃったわ。後でいっぱいお礼しなくっちゃ」
上条「それで、このリストを何に使うんだ?」
一方通行「ちったァ自分で頭使え。学園都市を潰すっつっても、まさか街ごと消滅させるわけにもいかねェだろうが」
上条「でも、このリストだけじゃ俺達の敵を特定することはできないだろ」
一方通行「そォでもねェさ。この前の襲撃で、『奴等』はこの学園都市の第二位と第四位のLEVEL5を動員してきた」
一方通行「この学園都市の頂点に君臨するLEVEL5を顎で使えるような人物……そンな奴がゴロゴロいるはずはねェ」
上条「確かに、そんな権限を持つ奴なんて、学園都市のお偉いさんでもほんの一握りだろうな」
一方通行「だから、この施設の中でより深く闇に潜ってる所から手当たり次第潰していく。十中八九は俺にちょっかい出してきた馬鹿に繋がってるだろォさ」
上条「もし、襲撃した施設が何の関係もない所だったら?」
一方通行「そりゃご愁傷様だ。目ェつけられるよォな研究やってンのが悪ィ」
上条「はは、まるで悪党だな俺達」
一方通行「ハ、他の何だと思ってたンだオマエ」
第十学区内にある研究施設、『神永(かみなが)』医療技術研究センター。
心臓や肺、その他内蔵機能、果ては脳髄に至るまで機械で代用できないか研究する施設である。
研究内容としては、至極真っ当な印象を受ける。
――『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる、身寄りの無い子供たちを人体実験に利用しているという一点を除けば。
一方通行「潰すぞ」
上条「あぁ」
一方通行の背中から黒い翼が噴き出す。
上条当麻の右手から『竜王の顎(ドラゴン・ストライク)』が発現する。
まるで、二人の感情の昂ぶりを表しているように。
侵入者を告げるサイレンが鳴り響く。
研究所内を黒服の男達が駆け回る。
だがしかし。
全ての機械兵器を反射し、無力化する一方通行を前にして。
全ての異能を喰らい、無と帰す上条当麻を前にして。
暗部組織の守護を受けていたことなど一片の意味もなく、神永医療技術研究センターは文字通り『壊滅』した。
第七学区内、通称『窓のないビル』。
その最深部で、学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーは培養液の中に逆さまに浮かびながら、部下からの報告を聞いていた。
男「現在、一方通行及び幻想殺しの襲撃によって壊滅した施設は六つ……その全てが我々の管理していた施設です。連中、どうやって把握しているのか我々に繋がる研究施設をピンポイントで襲撃してきています」
アレイスター「驚くには値しまい。この学園都市の暗部はほぼ全てが『ここ』に繋がっているのだ。逆に外す方が難しい」
男「それはそうですが……このままでは遠からずこのビルへの侵入を許してしまう可能性があります。連中の人脈の中にはテレポーターもいるようですし」
アレイスター「ふむ、確かにそれは少しだけ煩わしい。『一方通行』と『幻想殺し』が規定のレベルに達した以上、後はこちらの準備が整うまで彼らには大人しくしていてもらいたいのだが」
男「いかがいたしますか?」
アレイスター「『垣根帝督』と『麦野沈利』はどうなっている?」
男「今しばらくは時間がかかるかと」
アレイスター「虚数学区を制御するための『回路』の最終調整にも時間がいるな……あと少し時を稼ぐ必要があるか……ふむ……」
アレイスター「『グループ』を使おう。土御門元春をここに呼んでくれ」
「仕事だ」
キャンピングカーの中で、金髪にサングラスにアロハシャツという風体の少年が口を開く。
「今度はかなり厄介な仕事だぜ」
「おやおや、『グループ』に厄介じゃない仕事が回ってきたことなんてありましたかね?」
答えたのはパリッとしたスーツに身を包んだ少年だった。
柔和な笑みを浮かべたその顔は、非常に整ったものであるといえる。
「いいからさっさと内容を言いなさいよ。回りくどいわね」
「今度のターゲットは『一方通行』だ」
「げっ」
仕事の内容を端的に告げた金髪の少年に対し、露骨に顔をしかめる少女。
胸の部分にまいたサラシ、肩にかけただけの上着、丈の非常に短いスカートと、かなり露出度の高い格好をしている。
「冗談じゃないわ。イヤよ私。アイツ相手が女だろうが躊躇なく顔面殴ってくるわよ絶対。何でかわからないけど確信できるわ」
「何を今更。顔に傷を負ったことなんて一度や二度じゃないだろう」
「ふんっ」
金髪サングラスのオールラウンダー、土御門元春。
アステカの魔術師、海原光貴(エツァリ)。
『座標移動(ムーブポイント)』を操る大能力者(LEVEL4)、結標淡希。
この三人が学園都市の暗部組織『グループ』を構成するメンバーだ。
結標「で? あの一方通行をどうしようというの?」
土御門「心配するな。始末しろってわけじゃない。丁重におもてなししてやれだとさ」
海原「やれやれ。おもてなしといっても、相手がアレでは我々だけではどうにも人手不足な気がしますがねえ」
土御門「そこら辺は人材を都合してもらった。『アイテム』を使う」
結標「『アイテム』? 第四位が率いていた?」
土御門「あぁ。第四位が行方不明になって現在活動を休止していたらしいがな。構成員の能力を聞いたが、今回の任務にはかなり有用だ。使わない手はない」
海原「それなら第二位の率いていた『スクール』も使えばどうです?」
土御門「もちろんそれも考えたが駄目だった。一人使えそうな能力の女がいたが、精神をやられちまってる。一体何を見れば人間あれだけ壊れることが出来るのか、見当もつかんよ」
結標「あの化け物を相手取るにはいくら人がいても足りないというのに……任務成功の確率はどれくらいだと読んでいるの?」
土御門「まあ、100%だろうな」
結標「!?」
海原「!?」
土御門「アレイスターから素敵なプレゼントをもらった。最高に胸糞が悪くなるヤツをな」
土御門の合図とともに、キャンピングカーのドアが開く。
そこに乗り込んできたのは―――
第十二学区――学園都市で最も神学系の学校を集めている学区。
宗教を科学的な面から学び取ろうという試みが多くなされているこの学区にも“真っ当でない”研究所は存在した。
その研究所を襲撃している現在、矢面に立っているのは上条当麻だった。
研究所を襲撃するに当たって、全く予定外のことが起こったからである。
魔術師の存在だ。
確かにここはオカルトを科学で解明しようという研究をしている場所だ。魔術師がそこに関わっていてもおかしくはないのかもしれない。
一般的には。
ここが科学の総本山、学園都市でなかったならば。
上条(前に都市内に魔術師が侵入した時は極秘裏に排除を行っていたってのに……学園都市の暗部は、魔術と深い関わりがあるのか?)
とにかく、相手が魔術だというのなら上条の出番だった。
その理由は彼の『幻想殺し』は対魔術においてこそその本領を発揮できる――からではない。
もちろんその理由もあるがそれだけではない。
最も大きな理由は――相手の操る魔術に触れてからの一方通行の変調にあった。
一方通行「が…ァ…!」
上条「おい! 大丈夫か一方通行!!」
一方通行(ク…ソが……なンなンだこの頭痛は……!)ズキズキズキズキ
魔術師の放った炎が一方通行に迫る。
別にそれはいい。こんな炎は一方通行に危害を加えない。
炎は一方通行が常時展開している『反射』の膜に触れ、明後日の方向に飛んでいく。
これがおかしい。
一方通行の『反射』は力の向き(ベクトル)の反転によって起こる現象だ。
本来であれば放たれた方向そのままに返っていかなくてはおかしいのだ。
それだけではない。
非常に抽象的な表現になってしまうが、魔術で創られた炎は反射膜に触れてから反射されるまでに、少し一方通行側に“食い込んで”くるのだ。
危害は加えない。しかしそれが薄気味悪い。
だから一方通行は能力を使って炎の持つ性質を解析し、その原因を探ろうとした。
―――瞬間、猛烈な頭痛が彼を襲ったのである。
一方通行(クソが! 一体どうなってやがる!? 『未知のベクトル』を解析してパターンに組み込むだけだろォが!!)
一方通行(なのに出来ねェ! この“脳みそ削られた”みてェな意識のもやは何だ!?)
一方通行(難問前にして頭痛がしますゥ~、だ!? 馬鹿が!! テメエは学園都市最高の脳みそ持ってるってだけが取り柄だろォが!!)
上条「落ち着け一方通行!! ここは俺に任せて休んでろ!!」
上条の右手から顕現した『竜王の顎』が一方通行に迫っていた氷の刃を喰らい潰す。
上条はそのまま右手を払う。
呼応するように『竜王の顎』はその身を振るい、新たな魔術の詠唱を始めていた魔術師達を薙ぎ払った。
一方通行はガシガシと頭を掻き――ふぅ、とため息をついた。
そして、今までしゃにむに取り組んでいた魔術の解析をすっぱりと諦める。
途端に、一方通行を苦しめていた頭痛があっさりとひいた。
一方通行(もォいい。癪に障るが放っておく。こンなモンに拘泥している暇はねェ)
とりあえず跳ね返すことは出来るのだ。ならばそれでいい。
これから研究所内に突入する。
銃を持った兵士もいるだろう。
ここから先は一方通行の力が絶対に必要なのだ。
一方通行「大はしゃぎご苦労サンだったな三下ァ。選手交代だ。後はノンビリ茶ァでも飲ンでろ」
上条「了解だ。でも、なるべく殺すなよ」
一方通行「知らねェよ。俺は敵意を反射するだけだ。敵がさっさと戦意喪失するよォなヘタレばっかであることを祈っときな」
一方通行が施設の中に消えてから、きっかり五分後。
外に飛び出し、上条のことなど目もくれずその場を去っていく職員達の必死の逃走も落ち着いた頃。
施設の中から噴出した黒い『何か』が建物全体を切り裂いて。
この夜、魔道研究所は地図からその姿を消した。
月明かりの下、瓦礫の山と化した研究所から一方通行が姿を現す。
上条「どうだった?」
一方通行「あァ、ここもだ。開発された技術はいくつかのクッションを挟ンじゃいるが、最終的にはある場所に集約されてやがる」
上条「『窓のないビル』…か……」
一方通行「確定だな」
上条「俺達の敵は……本当の本当に学園都市のトップだったってわけか」
一方通行「わかりやすい話で結構なこった。あそこを攻めるにはテレポーターがいるな。心当たりはあるか?」
上条「あるにはある……けど、あまり巻き込みたくはないなぁ」
と、二人がそんな会話をしていると。
倒壊したこの研究所に向けて、車のライトが近づいてくるのが見えた。
上条「ん? 何だ? お迎えか?」
一方通行「あン? 手配した覚えはねェぞ?」
近づいてくる。暗くて色はわかりにくいが、多分赤色のオープンカーだ。
乗っているのは―――前に二人、後ろに一人で三人、か。顔まではわからない。
二人から少し離れた所で車は止まって、後部座席にいた一人が車から降りてきた。
心臓が止まったのではないかという程の衝撃を、一方通行は覚えた。
その人物は白いピッタリした戦闘用の衣類に身を包んでいた。
元々は恐らく雪原用の戦闘服なのだろう。
夜の闇の中で、『ソイツ』の纏う白色は眩しすぎた。
まるで、私を見てと言わんばかりだ。
『ソイツ』は女だった。体格からの第一印象としては、高校生ぐらいの少女に見える。
その顔に、肩まで伸びた茶色い髪に、ビリビリと『ソイツ』の周りで飛び散る火花に、一方通行は見覚えがありすぎた。
そしてそれはきっと、隣りで固まっている幻想殺しの少年にしたって同じなのだろう。
『ソイツ』は――御坂美琴が成長したらこうなるんだろうなと思わせるような風貌をした『ソイツ』は。
ぎゃはっ、と、およそ御坂美琴にも『妹達』にも似つかわしくない笑みを浮かべ、言った。
「こんばんは。いい夜だね、第一位。それと幻想殺しのヒーローさん。
自己紹介の必要はあるかな? あは、その顔を見る限りでは必要なさそうだけど、一応自己紹介しておくね。
ミサカは『妹達(シスターズ)』とは別系統で生み出されたミサカ。本来生まれる必要のなかったイレギュラーなミサカ。
差し詰め『番外個体(ミサカワースト)』ってところかな?
感激してね第一位。ミサカのこの魅力的な体は、全部全部あなたを弄ぶためだけに用意されたものなんだからさ」
うーむ ちっと眠る めんご
保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 40分以内
02:00-04:00 90分以内
04:00-09:00 180分以内
09:00-16:00 80分以内
16:00-19:00 60分以内
19:00-00:00 30分以内
保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 60分以内
02:00-04:00 120分以内
04:00-09:00 210分以内
09:00-16:00 120分以内
16:00-19:00 60分以内
19:00-00:00 30分以内
一方通行も上条も反応を返せない。
目の前の状況に理解がまったく追いつかない。
スタスタと『番外個体』を名乗った少女が歩み寄ってきた。
番外個体「えっとぉ~、ミサカ今からあなたを思いっきりぶん殴りま~す。『反射』されちゃったら手首がグチャッってなっちゃうけど~命令だからしょうがないみたいな~?」
おどけるように言いながら拳を振りかぶる番外個体。
グシャ、と鈍い音がして、一方通行の顔に拳が叩きこまれた。
吹き飛んだ一方通行の体が無様に地面に転がる。
番外個体「ぎゃはは! 本当に『反射』しなかったよ!! 何考えてんの!? 何考えてんのぉぉぉぉおおおお!? すっげぇ! ミサカ全然理解できなぁ~~い!!」ゲラゲラゲラ!
上条「おい! お前ッ!!」
番外個体「おっと、ミサカに触るのはやめてよね幻想殺しのヒーローさん。あなたに触られたらミサカ死んじゃうんだから」
上条「な…!?」
一方通行「にィ…!?」
口元から零れる血を拭い、一方通行は身を起こす。
番外個体「ハッタリじゃないよ」
驚愕し、目を見開く一方通行と上条に対して、番外個体はにやにやと笑いながらトントンと後頭部を指でつついてみせた。
番外個体「ミサカのここには『セレクター』っていう自爆装置が埋め込まれている」
きた!(゚∀゚)
番外個体「『セレクター』の起爆条件は4つ」
番外個体「ひとつ。『幻想殺し』がミサカの体に触れること」
番外個体「ふたつ。ミサカが何らかの大きなダメージを負って瀕死の状態になること」
番外個体「みっつ。学園都市第一位、一方通行が『窓のないビル』内部に侵入すること」
番外個体「そして最後のひとつはぁ~」
バウン! と番外個体の足元が爆裂し、その体が宙を舞った。
くるりと空中で縦に一回転し、乗ってきたオープンカーの後部座席に着地する。
番外個体「ミサカと一方通行の第一次接触の後、両者の間の距離が1200m以上離れること」
一方通行「なにッ…!?」
エンジンがかかる。赤いオープンカーが発車の準備を整える。
番外個体「さあ、始めようよ第一位。一から十まで仕組まれたくっだらねえ茶番劇だけどさ。あなたとミサカでならそこそこ楽しく踊れると思うんだよね」
オープンカーが煙を吐いて走り出す。
50m、100m、200m―――二人の距離がどんどん広がっていく。
番外個体「捕まえてみてよ、王子様!!」
一方通行「ふ、ざけンなコラァァァァあああああああああ!!!!!!」
一方通行「三下ァ!! テメエは部屋に戻れ!!」
上条「そんなわけにもいくか!! 一人であいつらを追うのは危険すぎるだろ!! 一体どんな罠を仕掛けているか……」
一方通行「馬鹿が! ちったァ脳みそ使え! 奴等が走り去ってンのは俺の部屋がある方角と真逆だ!!」
一方通行「俺達をこうやって部屋から遠ざけよォとする意図は何だ!? そンなモンひとつしかねェだろォが!!」
上条「なッ…!?」
その意味を理解する。
危機感と怒りで、上条と一方通行の感情が爆発する。
上条「おおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!」
一方通行「おおおォォォォォおおおおおおおお!!!!!!」
全速で駆け出す。二人、真逆の方向へ。
一方通行(クソ、クソ、クソ! クソッたれが!!)
吹きすさぶ風をその背中に集中させ、己の体を射出する翼へと変えながら、一方通行は歯噛みする。
一方通行(クソ共のクソッぷりを甘く見てた!! 作りやがった、また作りやがった!! 俺の足を止めるためだけに!! 俺への嫌がらせのためだけに!!)
彼の心中を代弁するように、彼の背中で空気が爆発する。
一方通行の体が射出された。四本の竜巻が一方通行の背中に接続され、進む方向を安定させる。
視線の先では、番外個体が赤いオープンカーの後部座席で立ち上がり、にやにやと笑いながらこちらを見ている。
益体もない追いかけっこが始まった。
一方通行(馬鹿がッ!! 五秒で追いついてやらァッ!!)
咆哮と共に、一方通行は己の体をさらに加速させる。
あっという間に番外個体の乗るオープンカーとの距離が詰まった。
たった三秒でオープンカーに追いついた一方通行が悠然とトランク部分に降り立つ。
番外個体「げげっ、さすがにこんなに早く追いつかれるなんて予想外なんだけど」
一方通行「舐めンな。伊達に最強名乗ってるワケじゃねェ」
番外個体「カックイー。ミサカじゅんじゅんきちゃう。でも何事も早すぎる男ってのは嫌われちゃうよーん?」
一方通行「求められる以上に口を開く女は論外だ。歯ァ全部へし折って俺好みのおしゃぶり上手なツラにしてやろォか?」
番外個体「きゃ~、こわ~い。助けて絹旗さ~ん」
おどけたように助手席に向かって声をかける番外個体。
ここまで近づいたことで、一方通行にも残りの二人の姿が確認できた。
助手席にいたのは女で、運転席にいたのは男。
セーターのような生地のワンピースを身に纏った少女。
パリッとしたスーツに身を包んだ、非常に整った顔立ちをした少年。
「まったく、基本的に私の出番は無いって話だったのに、もう破綻しちゃってます。超杜撰なプランですね。これだから頭が金色の奴の仕事ってのは超信用なりません」
その助手席にいた少女が。
番外個体に絹旗と呼ばれた少女が、のそりと立ち上がった。
学園都市暗部組織『アイテム』の構成員、『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の絹旗最愛。
ゆっくりと後部座席に移った絹旗は、次いでその手をぐっと腰元に引き寄せる。
まるで力士が張り手を繰り出すような格好だ。
一方通行(図に乗りやがって馬鹿が!! 勝手に自滅してろ!!)
一方通行は問題なく『反射』の膜を展開させる。
それで絹旗の存在は意識から切った。
彼の目に入っているのは、変わらずにやつく番外個体ただ一人。
一方通行(まずはこのガキの確保を最優先だ! これ以上クソ共の思惑に踊らされてたまっかよ!!)
一方通行は番外個体へと手を伸ばす。
番外個体「手を差し伸べて、王子様気分も結構だけどさ」
そんな一方通行を嘲笑うような調子で番外個体は口を開く。
番外個体「どんなに優れた外科技術をもってしても、ミサカの中の『セレクター』を取り出すことは出来ないよ。そう、たとえあの『冥土帰し』の腕でもね」
一方通行「なにィ…?」
番外個体「バイバイ滑稽な王子様。次に追いつくのは何秒かかるかな~?」
番外個体はひらひらと手を振った。
完全に意識から外していた絹旗がその手を一方通行に突き出し――
――瞬間、鳩尾をハンマーでぶっ叩かれた様な衝撃が一方通行を襲った。
一方通行「ぶッ…がッ……!?」
訳もわからず吹き飛ばされ、後ろを走っていた大型のワゴン車に衝突する。
ビシリ、と真っ白な罅がフロントガラスを覆った。
運転手「はぁ!? なぁ!?」
あまりにも突然の状況に混乱するワゴン車の運転手。
しかし一方通行に答える余裕はない。
一方通行(クソ…! 何だ…!? ヤロォは何をしてきやがった!?)ゴフ…!
『反射』は間違いなく機能している。
車に突っ込んだダメージはまるで無いのがその証左だ
ならば何故先程の攻撃は通ったのか。
絹旗「体表から数センチの範囲内でなら、空気中の窒素を自由自在に操れるのが私の能力、『窒素装甲』」
絹旗「その私の能力で一方通行の体表面付近の窒素を思い切り引き寄せる」
絹旗「結果、“引き寄せる力のベクトル”を“自動的に反転させてしまう”一方通行は勝手に衝撃を自分の体側に引き込んで自滅する」
絹旗「こんな超トンデモ理論が本当に第一位に通用するとは超驚きですね」
海原「土御門には通用する確信があったようです。過去に同様の方法で一方通行の『反射』を打ち破った『前例』がいたそうですから」
絹旗「通用する保証もないのにこんな超あやふやな理論であの怪物に立ち向かった奴がいたんですか? そいつは超イカレてますね」
運転手「おいなんだよ! なんなんだよぉ!! アンタ一体誰なんだよぉ!!」
一方通行「学園都市第一位のLEVEL5っていやァわかるか?」
運転手「な…? は…? あ、あく、アクセラ…レータ……?」
一方通行「おゥ、お利口さンで何よりだ。体に教える手間が省ける」
運転手「は、う…! 何で…? 何で何で…!?」
一方通行「前の車を追え。ブレーキを踏ンだら殺す。勝手にハンドルを切っても殺す」
運転手「つっても、ガラスが罅だらけで前なんて見えねぇよお!!」
ボンネットに腰かける形になっている一方通行が拳をフロントガラスに叩き付けた。
パァン、という甲高い音を立てて、フロントガラスが粉々に砕け散る。
一方通行「これで見通しも風通しもバッチリだ。だろ?」
運転手「あひゃふはははは!! 何だコレ!? 何でこんなことになってんだ!? ちくしょお、ちくしょおぉぉおおおおお!!!!」
半狂乱になりながらハンドルを握る運転手。
そんな運転手に一方通行は少しだけ哀れむような視線を向けた。
―――迂闊にも、番外個体から目を外してしまった。
パキン、と何かが一方通行の腕に触れた。
ダメージは無い。反射は問題なく機能している。
機能してしまっている。
一方通行「……あァ?」
一方通行の目には、崩れ落ちる番外個体の姿が映っていた。
その右肩に刺さっている鉄釘は一体なんだろう?
番外個体「いったぁい……」
ぽたぽたと血を流しながら、番外個体は一方通行を見る。
非難するような目で。蔑むような目で。
番外個体「痛い痛い。本当に痛いよ。あなたに一万回殺された『妹達』もこんな痛みを感じてたのかな?」
共にその身は疾走する車上。
届くはずの無い声が、やけに鮮明に聞こえてくる。
番外個体「意味がないと知りつつも、攻撃は反射されるだけだってわかってても」
番外個体「それでもミサカはあなたを命令通り攻撃しなきゃならないんだよねぇ。あっは。番外なんて銘打たれといて、結局ミサカも他のミサカと一緒なんじゃん。嬉しくなっちゃうね」
番外個体の手から鉄釘が発射される。
御坂美琴(オリジナル)の『超電磁砲』には及ばぬまでも、十分な殺傷力をもった一撃が音速を超えて一方通行に迫る。
『反射』は発動しない。
ぶづり、と一方通行の右肩に鉄釘が埋まった。
番外個体「ぎゃははっ!! まぁた始まったよ!!」
大口を開けて哄笑しながら、番外個体は次の鉄釘を撃ち出す。
やはり『反射』は発動しない。『操作』すらも作用しない。
鉄釘は一方通行の体を貫いていく。
一方通行「……ァ…」
番外個体「やぁめなって~!! 一万人も殺しといて今さら何取り繕ってんのさ!! 安っぽいヒロイズム見せられたって、こっちは吐き気がするだけなんだっつの!!」
撃ち出す。鉄釘が一方通行の右足に突き刺さる。
番外個体「いい加減気付けよ第一位。あなたのやってるそれはただの自己満足だ。どれだけ献身的に尽くされても、ミサカ達があなたを許すことなんて絶対にないんだから」
撃ち出す。刺さる。今度は左足。
海原「やめなさい。やり過ぎです番外個体。自分たちの任務はあくまで足止めであって、始末することではない」
番外個体「ごめんなさ~い。ミサカ達が受けた痛みの一万分の一でも味わわせてやりたくって~。あ、それじゃ死んじゃうか。きゃははっ」
絹旗「………」
絹旗はその服に赤色を次々と染み出させる一方通行の姿をしばらくじっと見つめていたが。
やがてひとつため息をつくと助手席に戻り、ぼすっと乱暴に腰を下ろした。
絹旗「……こんなもんですか」ボソッ
海原「どうしました?」
絹旗「別に……」
絹旗「………」
絹旗「…………私と一方通行の間にはそれなりの因縁があったんですよ」ポツリ
海原「『暗闇の五月計画』……一方通行の演算パターンを参考に『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を最適化する試み、ですか」
絹旗「ちっ、やっぱり超知ってやがりましたか。そうです、私はそこの被検体だったんです」
絹旗「そこで私はそれなりの地獄を味わってきました。体を色々といじくられて……いや、弄ばれてと言った方が超正しいでしょうね」
絹旗「一方通行っていう超桁外れの怪物がいなければ、こんな目に遭わなくてもすんだのに……って思うことも、あったんですよ」
そこまで言ってから、絹旗はチラリと後ろに目を向ける。
赤く染まり、無様にうなだれて顔も上げない一方通行の姿を見る。
絹旗「……もう少し、こう、超スカッとするもんだと思っていたんですけどね」
番外個体「あ」
絹旗「え?」
番外個体の間抜けな声に、絹旗は前に戻した視線を再び後ろに戻す。
一方通行が、ボンネットの上にゆっくりと立ち上がろうとしていた。
にたぁ、と番外個体の口の端が吊りあがる。
番外個体「そうこなくっちゃ。撃っていいよね?」
海原「……向こうが戦闘の意思を失くさないようでしたら、仕方ありません」
番外個体「じゃあ遠慮なくッ!!」
番外個体の手から鉄釘が発射される。
やはり『反射』は発動しない。
が、一方通行に鉄釘が突き刺さることも無い。
番外個体「あん!?」
止まっている。一方通行の皮膚に触れた時点で、鉄釘はその場に留まっている。
時が止まってしまったかのように動きを止めた鉄釘を、一方通行は悠然と掴み取った。
絹旗「んなッ!? もう『対応』したっていうんですかッ!?」
番外個体「ちょっと!! 早すぎるでしょお!?」
絹旗と番外個体は同時に悲鳴のような声を上げた。
一方通行「よォ、番外個体」
番外個体「……なに?」
一方通行「ひとつ、オマエの愉快な勘違いを正してやる」
一方通行は、迷いのない瞳で番外個体を射抜く。
一方通行「俺は、ただの一度たりとも、テメエらに許しを請うた覚えはねェ」
番外個体「……ッ!!」
一方通行「許されねェことなンて知ってンだよ。許されるなンて思ったこたァねェンだよ」
罪滅ぼしなんてつもりは毛頭ない。その程度で滅ぼされる罪だなんて思っちゃいない。
一方通行「オマエの言うとォりだぜ、実際。俺は俺のために、俺の自己満足のためだけに、テメエらを救い続けるって決めてンだよォ!!!!」
もうその瞳には一片の迷いも無く。
一方通行は、二本の足でしっかりとその場に立ち上がった。
番外個体「いけしゃあしゃあと…! この恥知らずがッ!!」
番外個体は再び鉄釘を放つ。
何本も何本も、息つく暇も無く、連続で。
しかし無意味。全ての攻撃は一方通行に届かない。
番外個体「クッソ!!!!」
海原「これはいけませんね。絹旗さん、運転を代わってください」
絹旗「はぁ!? あ、ちょ!!」
絹旗の返事も聞かず、海原は運転席を立ち上がり後部座席に移動する。
絹旗「ちょおー!! ちょ!! 超無理ですよ私運転したことなんて超ないです!!」アタフタアタフタ
海原「右がアクセル、左がブレーキ、道順はナビに従えば迷うことはありません」
絹旗「足届かないー!! シート動かすのはどうするんですかーー!!」ギャー!
海原はその手に学生鞄ほどの大きさの石版を持っていた。
一方通行の背中に風が集中している。
怪物が、今にも襲い掛からんとしている。
だが、海原の顔に焦りはない。
海原「それでは苦労してこの身に収めた『原典』の力を試させていただきましょうか」
絹旗「前見えないーーー!!!! シート高くすんのどれーーーーー!!!?」ギャー!ギャー!
海原がポケットから取り出した物を見て、番外個体はうえ、と顔を歪めた。
番外個体「なにそれ? 骨? うわうわ、あなたってそっち系の趣味の人なワケ?」
海原「そんな目で見るのはやめてくださいよ。結構傷つきます。心配しなくても人骨じゃありませんよ」
言って、海原は手のひらでその5cm程の大きさの骨片を転がす。
海原「これは『ウサギの骨』です」
番外個体「ウサギぃ?」
海原「自分の所有する二つの原典のうちのひとつ、『月のウサギ』。その迎撃用記述内容は『長距離射撃』。つまり、この骨は弾丸なんですよ」
ドゴン! という凄まじい轟音と共に閃光が生まれた。
海原の手の中から生まれたその閃光は一直線に一方通行を襲う。
しかし、先程の番外個体の一撃と同じように、撃ち出された『ウサギの骨』は一方通行の皮膚に触れた時点でその動きを止めた。
一方通行(ッ!? どォいうこった!!)
だが、一方通行の顔に生まれたのは焦り。
この攻撃を仕掛けてきたのは番外個体ではなく、得体の知れない男のほうだ。
故に、一方通行は反射を発動させている。
発動させているのだ。なのに。
一方通行(反射の膜に触れてンのに……こっちに“食い込ンで”きやがる!!!!)
ズブリ、と『ウサギの骨』が一方通行の体に抉り込んだ。
一方通行は自分の体に抉りこんできたソレの解析に取り掛かる。
瞬間――凄まじい頭痛が一方通行を襲った
一方通行(クッソが……! コレも魔術って代物かよッ!!)
駄目だ。解析出来ない。ベクトルを操作することが出来ない。
ウサギの骨はどんどん一方通行の体に食い込んでくる。
一方通行「がァァァッ!!!!!!」
一方通行は無我夢中で『反射』を適用させた。
もう、そうする他に手段がなかった。
第十二学区の研究所で魔術師と相対した時と同じように、ウサギの骨は明後日の方向へと飛んでいく。
一方通行(クソッ!! 反射じゃ駄目だ!! 流れ弾が番外個体に当たっちまう可能性がある!!)
なのに、『操作』はきかない。だからといって反射を解くことも出来ない。海原の放ってくる一撃は、直撃すれば即死してもおかしくない威力なのだ。
八方塞。打つ手なし。動けば撃つと、海原の瞳はそう言っている。
番外個体「えっげつなーい」
海原「これでも、本来の威力の数万分の一以下なんですがね。やはり魔術的な意味を何も持たない、そこらの山にいるウサギの骨じゃ、これくらいが限界ですか」
そう言って、海原は一方通行を見る。
もう最強の風格など欠片もなく、ただただ焦燥に駆られる一方通行を。
海原「まあ、それでも十分なようですけれどね」
そんな海原の声が届いたからかは知らないが。
ぶちん、と一方通行の頭の中で何かが切れた。
一方通行「づおおォォォォォおおおおおおおおらあァァァァああああああああ!!!!!!」
咆哮と共に、一方通行の背中から黒い翼が噴き出した。
運転手「は、あ、うぁ」
その威容に、ワゴン車の運転手はうわ言の様な声を出すばかりで。
その敵意を真っ直ぐに向けられた番外個体と海原も、体の震えを押さえることが出来なかった。
明らかな『怯え』をみせる番外個体の姿に、一方通行は少しだけ――ほんの少しだけ、寂しげな笑みを浮かべた。
一方通行「……チッ…」
だから――この力は使いたくなかった。
『ベクトルコントロール』とは違う、ただただ破壊のためだけにあるこの力を、『アイツ等』にだけは向けたくなかった。
でも、もォいい。もォこうなっちまったらしょうがねェ。
テメエの無力さのツケだ。
安っぽいセンチメンタリズムなンぞ捨てちまえ。
海原「くッ…!」
海原がウサギの骨を撃ち出す。
閃光は一方通行の前に躍り出た黒い翼にあっさりと飲み込まれて消えた。
一方通行「もォいいか? いいなら潰すぞ、害虫ども」
黒い翼をはためかせ、一方通行が飛翔した。
番外個体「おうおう、奴さんいよいよマジになっちゃったみたいだよ。どうすんの?」
海原「搦め手は使い切りましたからね。あとは下種な手を使うしかないでしょう」
海原はスーツの内ポケットに手を突っ込み、そこに収められていた黒曜石のナイフを取り出した。
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』。海原が本来主戦力として使用していた魔術霊装だ。
金星の光をナイフで反射させ、不可視の光線として放ち、当たった物を問答無用で『分解』するという強力な魔術。
番外個体「でも奴さんに当たんのそれ? 反射されちゃわない?」
海原「ですから、狙うのは彼ではありませんよ。下種な手――です」
海原は術式を発動させる。
黒曜石のナイフから不可視の光線が発射され――後ろを走っていた大型のワゴン車を『分解』した。
運転手「へ? は? うわああぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
海原「時速160kmを超えているこの状況で、道路に放り出されたら……まあ、死にますよね普通」
慣性の法則に従い、まったく速度を減じさせないまま、運転手の体がアスファルトに迫る。
運転手の体が大根おろしのように摩り下ろされようかという瞬間――その僅かな隙間に、一方通行の体が滑り込んでいた。
海原「そう――だからあなたはそうやって救わざるをえない」
海原「甘いですねぇ。かつて闇に君臨していた一方通行とは思えないほど甘い」
番外個体「ゲスいねぇ。人の良心につけこんだ、本当にゲスい手だ。ぎゃははっ。そういうの、ミサカ嫌いじゃないけどさ」
番外個体「しかしこいつは驚天動地の事実だよ。まさか奴さんに人の良心なんてものが存在していたとはね」
海原「彼に良心が無ければそもそもこんな鬼ごっこは成立していませんよ」
番外個体「………」
海原「さて、これで打てるだけの手は打ちました。あとは予定のポイントまでひたすら全速で逃げるだけです」
番外個体「あんな風に空まで飛ばれちゃ、到底逃げ切れるとは思えないんだけど」
海原「それでも、最短距離を進んでいけば何とか間に合う計算ですよ。さて絹旗さん、ご苦労様でした。運転変わりますよ」
絹旗「………」
海原「……あれ? 今走ってるのがここ? ん? だって目的地はこっちなんだから……おやおや?」
絹旗「………」ダラダラダラダラ
海原「…………絹旗さん?」
絹旗「だ、だってだってしょうがないじゃないですか!! 運転超初心者の私が右折なんて超高等技術超出来るわけないでしょう!?」
番外個体「おいおい使えねえぞアイテムぅ~~~」
絹旗「むっきゃあーーーー!!!! 超トサカにきました!! そのにやけ顔を超叩き直してやります!!!!」ドッタンバッタン!
一方通行「クッソが……!!」
運転手の体を抱え、速度を殺す。
慣性を無視して一気に制動をかけることも出来るのだが、その際にかかる反動を無視できるのは一方通行だけだ。
だから運転手の体に負荷がかからぬよう、段階を踏んで速度を落としていく。
運転手「は、はう、ふはっ、はぁ、はぁ……い、生きてる…! 生きてた……!」
一方通行「そりゃ何よりだ。歩道まではテメエの足で歩け。腰が抜けたなンてウゼェ事は言わねェよな?」
運転手「は、はいぃ……」
わたわたと歩道まで走る運転手を尻目に、一方通行は番外個体達の乗った車が走り去った方角に目を向ける。
いない。どこかで道を曲がったのかもしれない。
とはいえ、直線距離で1200m以上は離れられないのだから、そこまで遠くには行っていないだろうが。
人質は生きていて初めて人質として成り立つのだ。
一方通行は少しだけ冷静になった頭で状況を確認する。
インデックス、打ち止め、ミサカ達のことも気になるが、戻ることは出来ない。
番外個体達が、一方通行が戻ろうとする動きにまで対応して距離を調節してくれるとはさすがに思えないからだ。
あちらの方は『超電磁砲』達と上条当麻に任せるしかない。
一方通行「おい」
運転手「は、はい!?」
一方通行「前の車に乗ってた奴等はクチャクチャにしてあとでその辺に捨てといてやる。賠償の請求はその時にしろ」
一方通行は運転手にそう言い捨ててから、地面を蹴った。
どこからか聞こえる人を虚仮にしたような呼び声だけを頼りに、一方通行は夜の街を駆け抜ける。
同刻――上条当麻はようやく一方通行が住居としているマンションに辿り着いていた。
上条「おっちゃん!! 金ここに置いてく!! 急いでくれてありがとう!!」
タクシー運転手「あ、あぁ、どういたしまして」
釣銭をもらう手間ももどかしく、上条はタクシーを降りる。
周囲に目立った変化はない。
一方通行の部屋は八階だ。階段を使うか、エレベーターを使うか。
上条「おおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
上条はどちらの手段も選ばなかった。
右腕から顕現させた『竜王の顎(ドラゴン・ストライク)』を思い切り地面に叩きつける。
結果、猛烈な反動を得た上条の体が上空に撃ち出された。
八階まで浮かんだ所で手すりを掴み、マンションの中に体を引き入れる。
一方通行の部屋はもうすぐそこだ。
上条「皆、無事かッ!!?」
そして――息を切らせ、ドアを開けた上条の目に飛び込んできた光景は―――
ステイルに餌付けされているインデックス。
テレビゲームに興じるミサカと打ち止め。
こっちを向いて固まる堕天使エロメイド神裂と大精霊チラメイド美琴。
そして床に転がって大爆笑している土御門元春の姿だった。
上条「……何してんの?」
ステイル「いやいや、違う。僕はただ単純に、お腹をすかせたこの子が哀れでならなかったから給餌の役目を買って出たに過ぎない」
ステイル「決して、物で釣って気を引くだとか、これを機に何とかして昔の親交を取り戻せないかな~とか、そういう狡いことを考えているわけじゃないんだ」
ステイル「ほうらインデックス、本場ドイツのミュンヘン名物白ソーセージだぞぅ」
インデックス「そ、そんな餌でこの私が釣られクマーーーーーー!!!?」
上条「……何してんの?」
ミサカ「見ればわかると思いますが、ゲームに興じているところです、とミサカは端的に状況を説明します」
上条「……ああ、そうだね。任天堂の看板キャラが元気に画面内をグリグリ動き回ってるね」
ミサカ「ウォウ!」
打ち止め「ホッホウ!」
ミサカ・打ち止め「「やっふぅーーーー!!」」
上条「何してんの? ねえホントに何してんの?」
美琴「いやーーー!! 見るな見るな見るなーーーー!!」
神裂「ちちちちち、違うんです!! これは、これはこれは、その、土御門の口車に乗せられて!!」
土御門「口車って言われてもにゃー。俺はカミやんがこういう服好きだって話をちょろっとしただけだぜぃ? 後は勝手にねーちん達が盛り上がったんだろ」
美琴「ぎゃわわわわ!! 閉じろ閉じろッ!! その口を閉じろーーーー!!」
神裂「違うッ!! 違うんですよ上条当麻ッ!! 今土御門が言ったのはまったくの出鱈目!! 嘘偽りです!!」
上条「うん? いや、実は今土御門の言ったことよく聞こえなかったんだ。何て言ったんだ?」
美琴「でたよ!! どうなってんのよアンタの耳はッ!! 奇跡か!!」
土御門「心配するなカミやん。事の顛末は後で必ずメールしてやる」
美琴「メールってアンタ何を送る気!? 撮ったんか!? まさか撮ったんかおんどりゃぁぁぁあああああああ!!!!」
土御門「みこちん、年上の男としてひとつだけアドバイスしてやるにゃー。その格好に短パンはねえって」
美琴「やかましいッ!! データよこせぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」
メシ食ってくる ほぼ24時間ぶりのメシだぜヒャッハァー
再開しまうす
ペース上げたいけどさるさんが鬱陶しすぎるぜファック!
上条「はあ……とにかく、何事もなかったみたいでよかったよ」
土御門「そういえば随分血相変えて飛び込んできたなカミやん。何かあったのか?」
上条「ああ、すげえ厄介なことになった……土御門がこっちに参加してくれるってんなら正直心強いよ。この場所は神裂に聞いたのか?」
神裂「え? 上条当麻が彼を応援に呼んだのではなかったんですか?」
上条「…………ステイル?」
ステイル「知らないよ。僕じゃない」
一瞬、嫌な沈黙が部屋を支配した。
そんな中で、土御門元春だけがいつも通りに飄々と笑っている。
土御門「カミやん、ちょっと右手貸ーして?」
上条「は? お、おい」
土御門「ほいっと」ペタッ
インデックス「ふえ?」
土御門は上条の右手を取り、インデックスの肩を掴ませる。
キュゥン――! と甲高い音がして、『歩く教会』を失った修道服がストンと床に落ちた。
インデックスの身に着けていた清楚な白の下着が上下共に露になる。
インデックス「はう……!」
インデックスの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
インデックス「うきゃ、」
悲鳴を上げる暇は無かった。
土御門の手刀が首筋に叩き込まれ、インデックスの体が崩れ落ちた。
土御門は意識を失ったインデックスの体を抱え上げる。
玄関に向けて一歩踏み出した所で――ようやく事態の変化に頭が追いついた上条たちが動き出した。
上条「打ち止め、ミサカ!! お前らは俺の後ろに下がれ!! 美琴、ステイル、神裂!! 土御門を逃がすな!!」
神裂が出入り口を塞ぎ、美琴とステイルが土御門を取り囲む。
しかし土御門は焦らない。
一歩目は布石。
土御門はくるりと反転すると今度はベランダに向けて駆け出した。
ステイル「止まれ土御門!!」
土御門「炎を撃つか? この子に当たるぞ? 電撃も一緒だぜみこちん」
土御門の言葉にステイルと美琴の動きが一瞬止まる。
それで十分。土御門は一瞬で二人の脇を抜け、ベランダへと到達する。
神裂「土御門……どうして!?」
土御門「腑抜けたかねーちん。まさか俺の魔法名を忘れたとは言わせんぞ」
『Fallere825』――――背中刺す、刃。
土御門「んじゃ、ちっとばかし禁書目録は借りてくぜ」
土御門は柵に足をかけ、そのまま外に飛び出した。
上条「なッ!? ここ八階だぞオイ!?」
ミサカ「どいてください、とミサカは射線を確保するため声を張り上げます」
ミサカ「レッツゴー、ロケットアーム」ボシュッ!
掛け声と共にミサカの左手が土御門に向かって伸びる。
そしてその手がインデックスの体を掴もうとした瞬間――土御門とインデックスは一瞬にしてその姿を消した。
美琴「テレポート!?」
その現象にすぐに思い当たった美琴はベランダに飛び出し、下を確認する。
階下では黒いワンボックスカーが今にも走り出そうとしていた。
美琴「逃がすかぁ!!」
神裂「私も追います! 上条当麻とステイルはそちらの少女達の護衛を!!」
ベランダから飛び出し、宙を舞う美琴と神裂。
落下する二人の前に突如六つの爆弾が出現し、爆発した。
上条「美琴ッ!! 神裂ッ!! くそ、無事なんだろうなあいつ等」
ベランダから階下を見下ろして、上条はギリリと歯噛みする。
爆煙に隠れて二人の様子は確認できない。
直接降りて確認しようと玄関に目を向けたところでまたも状況が激変した。
鍵をしていたはずの玄関をこじ開けて、黒ずくめの戦闘服に身を包んだ男達が部屋に突っ込んでくる。
上条「なんだこいつら…!?」
ミサカ「記憶にあります。かつて第四位と共に行動していた非公式工作部隊、確かその名は―――」
打ち止め「『猟犬部隊(ハウンド・ドッグ)』!! ってミサカはミサカは報告してみる!!」
部屋に突入してきた男の数は三人。
ステイルはその手に生み出した炎を男達に投げつける。
しかし男達は炎をまったく気にする様子もなく突っ込んできた。
ステイル「何ッ!?」
上条「何だ!? 服の中に耐熱材でも仕込んでんのか!?」
ステイルの炎を突破し、先頭にいた男が打ち止めに向かって手を伸ばす。
その顔に上条の拳が突き刺さった。
上条「こいつら…狙いは打ち止めか!!」
フレンダ「結局、この私にかかればこの程度お茶の子さいさいって訳よ」
上空で上がる爆煙をサンルーフから眺めながら、金髪碧眼の少女―――『アイテム』構成員であるフレンダはにししと笑う。
結標「何を言っているのかしら。私の『座標移動』あってこその成果でしょう」
フレンダ「ふん、わかってないわね。あそこまでドンピシャリのタイミングで爆発させるのにどれだけテクが必要か……」
土御門「くだらん雑談は後にしろ」
運転席にいる土御門から鋭い声が飛んだ。
土御門と一緒に転移されてきたはずのインデックスは、今は結標淡希とフレンダのいる後部座席に移されている。
土御門「後ろに禁書目録が着ていたものと同じデザインの修道服が積んである。いつまでも下着姿じゃ不憫だろう。着せてやれ」
フレンダ「それは了解したけどさ、何でそんなにピリピリしてる訳? 追っ手は潰したんだから、もっとのんびりしてもいいんじゃないの?」
土御門「奴等を甘く見るな。『超電磁砲』は恐らく爆発を回避している。もう一人は直撃していてもまともにダメージが通っているかはわからん。奴は少し特別だからな」
フレンダ「何それ? 体が鉄で出来てたりする訳?」
土御門「恐らくマグナムが直撃しても死なんぞ。あの女は」
フレンダ「げりょげりょ。そんなんもう人じゃねーっつの」
土御門「滝壺理后」
土御門は助手席に座っていたピンクのジャージ姿の少女―――『アイテム』の構成員、滝壺理后に目をむける。
滝壺「……なに?」
土御門「すまんが、能力を使ってもらうぞ」
言いながら、土御門はシャーペンの芯ケースのようなものを滝壺に渡す。
ケースの中には『体晶』と呼ばれる粉末の薬が詰められていた。
滝壺「………」
滝壺は何も言わずに頷くと、手の甲に出した体晶を舐めとる。
常に眠たげにまぶたを下ろしていた滝壺の目が完全に覚醒した。
土御門「海原達の位置特定を頼む。出来れば一方通行の方もな」
滝壺「……きぬはた達は予定のルートを大きく迂回してポイントに向かってる。南西800の地点に極めて特異なAIM反応……恐らくこれが『一方通行』」
滝壺の持つ能力、『能力追跡(AIMストーカー)』は対象のAIM拡散力場を記憶し、どこまでも探査・追跡することができる。
ただし、その使用には体晶という体に相当な負担を強いる薬を服用する必要があり、今も滝壺は体を汗でぐっしょりと濡らし、背もたれにぐったりとその身を預けていた。
土御門「ご苦労だった。あとはゆっくり寝てていい」
滝壺「ん……」
土御門「それにしても、海原達に何かあったか。まさか単純に道を間違えたなんて言わんだろうな」
フレンダ「ところで土御門」
土御門「ん?」
フレンダ「結局、あとは向こうと合流するだけな訳?」
土御門「そうだな。俺達の目標だった禁書目録の確保には成功した。“ここでするべきことはもうない”。あとは向こうについてからまた働いてもらうぞ」
フレンダ「ふん、人使いの荒い奴ね」
ステイル「イノケンティウスッ!!」
ステイルの呼び声と共に炎の巨人が立ち上がる。
黒い戦闘服を身に纏った男達は得体の知れない怪物の突然の登場に明らかにうろたえた様子を見せた。
ステイル「土御門の時は使う暇が無かったがね。もちろんルーンの札は部屋のあちこちに仕込ませてもらった」
炎の巨人、イノケンティウスの腕が一人の男を掴み上げる。
顔を隠すマスクの下からくぐもった叫びが漏れた。
ステイル「さっきは僕としたことがつい敵である君たちに気を使っていたみたいでね。無意識に炎の温度を落としていたんだよ」
吊り上げられた男が足をばたつかせる。
首を掴まれた苦痛と、炎の熱さに耐えかねて。
ステイル「僕の炎の最大出力は摂氏3000度を超える。参考までに教えておくと地球上のマグマで大体800~1200度といったところだ。さて」
ステイルの顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
ステイル「君の身に着けているそのご自慢の防護服、マグマの海に飲まれても活動できるだけの耐久力を備えているのかい?」
男のマスクの下から、今度ははっきりとした悲鳴が漏れた。
猟犬部隊の最後の一人がステイルに向かってナイフを抜いた。
上条「この野郎ッ!!」
上条はその男に飛び掛る。振るった拳は男にかわされ、あっさりと空を切った。
上条「やば…!?」
がら空きになった上条の顔面に男の裏拳が叩き込まれる。
上条「が、ふ……!」
上条(ナイフを使わなかった…!? 殺す気はないのか…!?)
ミサカ「どいてください、とミサカは射線を確保するため声を張り上げます」
上条(またロケットアームか!? でも通じるのか!? ナイフでワイヤーを切られちまうんじゃ……!)
直後、その心配は全くの杞憂であったことを上条は知る。
ミサカの左腕、その肘関節の部分がガパンと下に折れた。
ミサカ「レッツゴー、ファイナルインパクト」
ミサカの掛け声と共に、ぽっかりあいた左腕の空洞から直径5cm程の大きさの鉄球が凄まじい勢いで発射された。
めきぱきごきゃ、と余り耳によろしくない音と共に鉄球が胸元に食い込み、男はたまらず昏倒する。
ミサカ「ミッションコンプリート、とミサカは軽やかに宣言します」
上条「と、とんでもねえな……」
吹き飛んだ男を尻目にいそいそと左腕をセットしなおすミサカを見て、上条は苦笑を浮かべる。
前回の騒動で片腕を失くし、代わりに義手をつけたことは知っていたが―――まさかここまでファンキーな代物をつけてくるとは思わなかった。
どさり、という音に振り向けば、イノケンティウスが吊り上げていた男が泡を噴いて気絶したところだった。
上条「なんとか撃退したな」
ステイル「インデックスをどうする。彼女を救わなければ」
上条「今は手がかりが何も無い。土御門からの連絡を待つしか……」
ステイル「そんなもの、連絡が来る保証がどこにある!!」
上条「連絡は来る。多分……いや、必ず」
―――心配するなカミやん。事の顛末は後で必ずメールしてやる。
上条(土御門……お前は一体何を考えているんだ……?)
バシュウ! と突然白い煙が部屋全体を覆った。
見ると、上条によって最初に昏倒された男がスプレー缶のようなものにナイフを突き立てている。
その煙の正体はすぐにわかった。
上条たちの体を、耐え難い眠気が襲う。
上条(しまった……敵が三人ってのは、いくら何でも少ないと……思うべき…だっ……た……)
まどろみの中で、新たに突入してくる三人の猟犬部隊の姿を捉えながら――――上条の意識は闇に沈んだ。
打ち止めと気絶した三人の仲間の回収を完了した猟犬部隊は、それぞれ二台の黒いワンボックスカーに分かれて乗り込む。
猟犬A「任務完了だな」
猟犬B「ま、あの木原さんをぶっ殺したっていう『一方通行』がいないんじゃこんなもんだろ。それでも負傷者を三人も出しちまったけどな」
猟犬A「さっさと出発しようぜ。万が一にもソイツがここに戻ってきたらコトだ」
猟犬B「だな」
猟犬部隊の男達は車を発進させる。
猟犬B「ん?」
ライトの先に映った奇妙な人影に、ハンドルを握っていた男は思わず眉を顰めた。
猟犬B「何だあのいかれた格好の女は。轢くか?」
猟犬A「馬鹿、無駄な騒ぎを起こすな。避けろ避けろ」
道路の真ん中に仁王立ちしていた少女の両隣を二台の車は通り抜ける。
瞬間―――ビタリ、と車の進行が止まった。
まるで、“超強力な磁石で後ろに引き寄せられているかのように”。
猟犬B「な、なんだなんだぁ!?」
男達は少女のおかしな格好に気をとられ、気付かなかった。
少女の顔が、自分達が拉致してきた小さな少女と瓜二つだということに。
男達は失念していた。
『一方通行』程ではないとしても、LEVEL5という確かな怪物がこの場にいたことを。
猟犬A「おい! 何やってんだ!! 早く進ませろよ!!」
猟犬B「わかってる! アクセル踏み込んでんだよこれでも!!」
しかし、男がいくらアクセルを踏み込んでもタイヤは虚しく空回りするばかりだ。
猟犬A「おい……なんかいる……前にまた何かいるぞ!」
男の指差す方を見れば、確かにそこには抜き身の刀を手にした黒髪の女が立っている。
猟犬B「またおかしな格好しやがって!! 何だ!? 変身ヒロイン物でも気取ってんのかよ!!」
刀を持った黒髪の女が―――言うまでもなく神裂火織だ―――駆け出す。
駆ける速度はさながら疾風で、その一閃はまさに迅雷。
石川五エ門よろしく車の屋根を斬り飛ばした神裂はその手で打ち止めの体を掴み上げた。
神裂「済みましたよ、美琴さん!!」
神裂の声と同時にぷつりと磁力は切れ、
猟犬B「おぅわ!! うわわわわわわッ!!」
突如凄まじい速度で発進した黒いワンボックスカーは運転手の制御を離れ、二台とも街路樹に突っ込み大破した。
美琴「神裂さん、あの子は!?」
神裂「見たところ、外傷はないように思えますが……この面妖な機械が何なのか、私には……」
美琴「……ッ!?」
神裂が不安げに指した物を見て、美琴は思わず息を呑む。
打ち止めの頭に取り付けられたヘルメットのような『ソレ』は間違いなく―――!
美琴(――――携行型『学習装置(テスタメント)』!!)
美琴「うああぁぁぁああああああああ!!!!!!」
美琴は打ち止めの頭に取り付けられた学習装置を強制的に停止すべく、無我夢中でシステムにクラッキングを仕掛ける。
インストール中にシステムを強制的にシャットダウンすることは打ち止めの脳に何かしらの悪影響を及ぼす恐れがある。
しかしそれよりも、今現在も打ち止めに入力され続けている悪意を放っておく方が危険だと美琴は踏んだ。
バシュウ、と煙を吐き、携行型学習装置が停止する。
美琴「打ち止め? 打ち止め?」
すぐに学習装置を取り外し、打ち止めの体を揺するがしかし反応がない。
美琴「打ち止め!?」
打ち止めは、目を覚まさない。
美琴「うああああああああああああああああああ!!!!!!」
美琴は先程街路樹に衝突した黒いワンボックスカーへと駆け出す。
捻じ曲がったドアを無理やりこじ開け、中で気絶していた猟犬部隊の男を引きずり出した。
猟犬A「か……は……」
美琴「何をしたッ!! アンタ達はあの子に一体何をしたぁぁぁああああああ!!!!」
猟犬A「し、知らん……俺達は何も聞かされていない……」
美琴「知らんじゃないのよ!! 何なのよッ!! 何なのよアンタ達はッ!!」
昂ぶる感情を抑えきれない。美琴の瞳に涙が滲む。
美琴「アンタ達はあの子の命を何だと思ってるのよぉッ!!!!」
感情の爆発と共に、美琴の体から雷光が迸った。
バチバチバチと、蒼白い輝きが明滅する。果たしてそれがいい刺激となったのか。
打ち止め「お姉様……?」
打ち止めが起き上がり、美琴の方を見つめていた。
美琴「打ち止め……?」
打ち止め「あれ? 何でミサカは道路で寝てるのってミサカはミサカは記憶を探ってみるけど、う~ん、うまく頭が回らない……」
美琴「打ち止め……!」ダキッ!
打ち止め「わっぷ! お、お姉様?」
美琴「よかった……本当によかった……」ポロポロ…
打ち止め「……未だに状況はよく分からないけれど、何だか嬉しいからミサカもミサカもお姉様を抱きしめ返してみたり」ギュッ
学園都市最暗部、『窓の無いビル』―――――
アレイスター「ふむ、『タイマー』のセットも完了したか。順調だな」
その奥底で、学園都市統括理事長、『人間』、アレイスター=クロウリーは逆さまに浮かんだままそう言って笑った。
神裂「良かった。無事なようですね」
美琴「おかげさまで。あと少し遅れてたらどうなってたかわからなかったわ」
打ち止め「ミサカからもお礼します! ありがとう! ってミサカはミサカは深々と頭を下げてみたり!!」
神裂「礼には及びません。そのために私はここにいるのですから」
神裂は踵を返し、美琴と打ち止めに背を向ける。
美琴「神裂さん?」
神裂「申し訳ありませんが私はこのまま土御門たちを追います。土御門のことですから、彼女に非道な真似は行わないとは思いますが……その保証はない」
神裂「上条当麻とステイルにはよろしくお伝えください。それでは」
美琴「あ、神裂さん!」
神裂はぐっ、と地面を踏み込み、そのままマンションの屋上まで一気に跳躍する。
上条が『竜王の顎』を使ってようやく為したことを、彼女は単純な身体能力のみでやってのけた。
美琴「神裂さん……服くらい、着替えていっても……」
美琴は改めて自分の姿を確認する。
爆発の影響で所々焼け落ちてさらに露出が増してしまった感のある大精霊チラメイド。
神裂は美琴よりもさらに生地が焼け落ちて、とんでもないことになっていたような気がするのだが……
美琴「………おぉぅ」アカァ~
今更ながらに羞恥心が込み上げてきた美琴は、アンチスキルやジャッジメントが集まってきてはたまらんと、そそくさとその場を離れるのだった。
神裂「土御門……どこにいる……!」
神裂はその常人離れした視力と聴力でもって土御門たちの乗る車を探す。
手がかりとなるのはあの時聞いた車の走り去る音だけ。
神裂はその意識を土御門たちの探索にのみ集中させる。
そこに、己の痴態を気にする隙間はない。
そしてついに。
神裂「見つけたぞ、土御門!!」
標的の姿を発見した神裂は進撃を開始する。
ビルからビルへ。屋根から屋根へ。
ただ、かつての友を救うためだけに――――
―――堕天使が、学園都市の夜空を舞う。
番外個体達が乗る車を追い続け、一方通行は次第に違和感を覚え始めていた。
一方通行(ヤツらは一体どこに向かってやがる……このまま行けば学園都市を囲む『壁』に当たるだけだ)
二百三十万人弱の人間が住まうこの学園都市は、機密保持と防衛のため周囲をぐるりと壁で囲んでいる。
壁の大きさは高さ八メートル、幅三メートル程もあるといわれており、壁の外に出るには専用の門に回る必要があるのだ。
奴等が進む先に、その門があった覚えはない。
一方通行(また何かくだらねェコトを考えてンのか、ただ追い詰められて袋の鼠になっちまっただけか……)
どちらでもいい、と一方通行は切り捨てる。
一方通行(どっちでもやるこたァ変わらねェ)
前方から襲ってきた閃光―――『ウサギの骨』を黒い翼で打ち払い、一方通行は加速する。
一方通行(さっさとこの不愉快な状況を終わらせる。そンで、この茶番を仕組んだクソ共は纏めて潰して肥溜めン中に帰してやらァ!」
後半部分はつい声に出してしまっていた。
地平線に学園都市を囲む壁が見えている。
鬼ごっこの終わりは近い。
いよいよ壁が近づいてきた。
しかし、相変わらずオープンカーには進行方向を変えようとする気配がない。
一方通行(なンだァ? マジで壁に突っ込む気かよ!?)
さらに壁に近づいたところで異変に気付いた。
壁の真下にもう一台車がいる。
黒い大型のワンボックスカー。
一人の男がそこに寄りかかるようにして立っている。
夜の闇の中で、男の金髪は異彩を放っていた。
金髪の男はサングラスを持ち上げ、不敵に笑い、開けっ放しになっていた後部座席を親指で指す。
そこには、夜の闇の中でさらに眩い、純白の、修道服の少女が――――
一方通行「クッッッソヤロォがァァァァァァあああああああああああ!!!!!!!!」
咆哮と共に、一方通行の背中の黒翼がさらに勢いよく噴出した。
土御門「あの反応、インデックスに気付いたか。急げよフレンダ。恐らく奴の到達まであと30秒無いぞ」
フレンダ「うえぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 車一台通る範囲にテープ張るのもけっこう大変なんだっつの!!」
フレンダ「ってか、アンタも手伝え!!」
土御門「結標。結標淡希。おいショタコン」
結標「………やかましいクソ御門……うぷ…まだ完全にトラウマを克服したわけじゃないって言っているのに……馬鹿みたいにこの車ごとテレポートを繰り返させて……」
土御門「この場所に先回りするためには仕方なかった。お疲れの所悪いがもう一働きしてもらうぞ」
結標「……見ての通り、もう能力使えそうなコンディションじゃないのだけれど」
土御門「なら俺達はめでたく全滅だ。原形を保ったまま死ねるかも怪しいな」
結標「………ビニール袋の用意はしてある?」
滝壺「はいこれ。ダッシュボードに入ってた」
結標「……ありがとう滝壺さん。あなたも体調がよくないのに、悪いわね」
滝壺「がんばって、あわき。そんなゲロ吐きそうなあわきを私は応援してる」
結標「…………」
フレンダ「やっと出来たーーッ!!」
学園都市を囲む『壁』に、扇形に『テープ』を貼り付けたフレンダは快哉の叫びを上げる。
もちろん、フレンダが貼り付けたテープはただのテープではない。
このテープは、フレンダが着火する事で鉄板などを容易く焼き切る特殊な導線となるのだ。
フレンダはその手に持った着火用のツールをテープに押し付ける。
バヂィ! と音を発してテープが発火し、壁に扇形の亀裂が走った。
フレンダ「もちろん、厚さ三メートルもある壁を焼き切ることなんて出来ないけど、こうやって切れ目さえ入れておけば」
猛烈な勢いで近づいてくるエンジン音があった。
海原光貴がハンドルを握る赤いオープンカーは、最高に近い速度を維持しながら亀裂の走った壁へと突っ込んでいく。
フレンダ「後は絹旗がやってくれるって訳よ!!」
衝突の瞬間、ボンネットのギリギリの所に貼り付いていた絹旗がその腕を振りかぶり―――
ボゴォン!! と凄まじい音を立て、亀裂に沿って壁にトンネルが開通した。
フレンダ「へへん! 結局『アイテム』のチームワークの勝利って訳よ!!」
勝ち誇るフレンダの隣りを抜け、黒いワンボックスカーが開通したトンネルを走り抜けていく。
フレンダ「はえ?」
振り返る。誰もいない。車もない。一方通行はすぐそこまで迫ってきている。
フレンダ「はれーーーーーーー!!!?」
暴虐の翼を振るう一方通行が『壁』に空いたトンネルに突っ込んだ。
その後には、フレンダの体など塵ひとつ残っていなかった。
/. ノ、i.|i 、、 ヽ
i | ミ.\ヾヽ、___ヾヽヾ |
| i 、ヽ_ヽ、_i , / `__,;―'彡-i |
i ,'i/ `,ニ=ミ`-、ヾ三''―-―' / .|
iイ | |' ;'(( ,;/ '~ ゛  ̄`;)" c ミ i.
.i i.| ' ,|| i| ._ _-i ||:i | r-、 ヽ、 / / / | _|_ ― // ̄7l l _|_
丿 `| (( _゛_i__`' (( ; ノ// i |ヽi. _/| _/| / | | ― / \/ | ―――
/ i || i` - -、` i ノノ 'i /ヽ | ヽ | | / | 丿 _/ / 丿
'ノ .. i )) '--、_`7 (( , 'i ノノ ヽ
ノ Y `-- " )) ノ ""i ヽ
ノヽ、 ノノ _/ i \
/ヽ ヽヽ、___,;//--'";;" ,/ヽ、 ヾヽ
フレンダ「ふわぁーーん!! 見捨てられたかと思ったーーーー!! 見捨てられたかと思ったよーーーー!!」エーン!
滝壺「大丈夫だよフレンダ。そんないつでも死亡フラグにまみれてるフレンダを私は応援してる」
土御門「お前を待ってたら完全に捕まってたんでな。……結標」
結標「………………何よ」ゼェ…ゼェ…
土御門「ビニール袋は何枚でもあるからな」
一方通行(『壁』を破壊したのに警報ひとつ鳴りやがらねェ! クソが! 何もかもが奴等に都合がいいよォに動くようになってやがる!!)
一方通行は考える。
もう追いつくのは簡単だ。問題は追いついたあと、どうやって車の足を止めるかだ。
どんなに穏便な方法でも、外から止めるやり方では乗車している人間にダメージがある。
気絶している様子のインデックスにはなおさらだ。
やはり直接乗り込むしかない。
そう結論付け、一方通行は加速し、黒いワンボックスカーに追いつく。
その屋根に拳を叩き込もうとして―――――突如、ワンボックスカーそのものがふっと姿を消した。
消えた後の空間にはただ爆弾の群れだけが漂っていて。
連続する爆発をかわす術はなく、一方通行は爆炎の中に飲まれた。
( ;∀;)イイハナシダナー
もちろんそんなものは一方通行に一切のダメージを与えない。
だがもうもうと立ち上る爆煙が一方通行の視界を極端に阻害した。
これではあの車が“どちら”に“どれくらい”『飛んだ』のかわからない。
飛んだのがあの黒いワンボックスだけなのか、それとも番外個体の車も飛んでいるのか、それさえもわからない。
わからない以上迂闊に動くことが出来ない。
まったく逆の方向に進んでしまい、それで番外個体から1200m以上離れてしまったりしたらお話にならないからだ。
一方通行「うざってェッ!!」
一方通行は翼を振るい、周囲を漂う煙を消し飛ばす。
そしてすぐに周囲を確認した。
一方通行「……あァ?」
一方通行は思わず困惑の声を上げた。
連中はそう離れていない所にいた。距離は精々200mといったところだ。
黒いワンボックスと赤いオープンカーは揃って停車し、その前に番外個体とインデックスを除く全員が横一列に並んでいる。
一方通行(何だァ…? あれも、魔術ってやつなのか?)
まあいい。何がこようと構いはしない。
奴等は致命的なミスを犯している。
一体何を企んでいるかは知らないが。
そこにインデックスも番外個体もいないのならば、一方通行は一切の容赦なく全てを叩き潰すことが出来る。
土御門「いいか、タイミングを合わせろ。全員が揃わなければ恐らく奴には通じん」
海原「やれやれ。たとえ我々が最高のパフォーマンスを発揮出来たとしても、それが通じるかは神のみぞ知る、ですか」
フレンダ「何で私たちまでこんなことしないといけない訳よ!! 報酬倍もらうくらいじゃすまないからね!!」
絹旗「超不愉快です! もし無事にこの仕事が終わったらその超ダサダサな金髪を超むしり取ってやります!!」
結標「………もういい。もうなんでもいい。早くこの仕事が終わりさえすれば」
滝壺「がんばって、あわき。そんな上司に恵まれないあわきを私は応援してる」
番外個体「ミサカは一体何するのか聞いてないんだけどさ、暗部最高峰の六人の共演による切り札なんだ。こりゃわくわくしちゃうね」
一方通行「おおォォォォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
土御門「来るぞッ! 心を込めろッ!! 全身全霊を注ぎ込めッ!!」
土御門「いくぞぉッ!!!!」
土御門他「 ご め ん な さ い ! ! ! ! ! ! 」
土下座である。
学園都市暗部最高峰、『グループ』と『アイテム』の共演によるこの上ない謝罪の形である。
一方通行「……おゥ?」
六人がピシィ――! と揃って土下座するこの光景にさすがの一方通行も目が点になった。
どォいうこと?
同じく目が点になっている番外個体に目で問うてみる。
首を傾げられた。
どうやら番外個体もよくわかっていないらしい。
土御門「すまなかったな、一方通行。色々と迷惑をかけたが、悪気はなかったんだ。許してくれ」
リーダー格らしい金髪サングラスが立ち上がり、膝についた砂を払いながら話しかけてきた。
一方通行「悪気はなかった……だァ? 悪気はねェで済ンだらなンちゃらかンちゃらって言葉知らねェのか?」
土御門「仕方がなかったのさ。一方通行の足止めはする。番外個体も救う。両方やらなくっちゃならないのが暗部のつらいところでな」
一方通行「なに……?」
一方通行は顔をしかめる。
今、この金髪は何かおかしなことを言わなかったか?
番外個体を―――どうするって?
土御門「俺達は味方だ、一方通行。今から番外個体の中にあるクソッタレな爆弾を取り外すぞ」
一方通行「……どォいう事だ」
土御門「そういきりたつな。ちゃんと説明してやる。番外個体の頭には『セレクター』という爆弾が埋め込まれていることは聞いたな?」
土御門「その起爆条件は『1.カミやんの幻想殺しが番外個体に触れること』、『2.一方通行が窓のないビル内部に侵入すること』、『3.番外個体が瀕死の状態に追い込まれること』の三つだ」
一方通行「待て。俺から1200m離れたら爆発するってのがあったろが」
土御門「あぁ、そりゃ嘘だ」
一方通行「あァッ!?」
土御門「俺がでっち上げた、お前をここまで連れてくるための方便だよ」
一方通行「テメ…!」
土御門「話を続けるぞ。この起爆条件の1番から俺は『セレクター』の起爆には魔術が絡んでいると読んだ」
土御門「魔術ってのは超能力とは違う形の異能の力だとでも理解しといてくれ」
土御門「『セレクター』はすでに起動済みで、いつ爆発してもおかしくない状態になっていて、それを魔術で無理やり押し留めているものと俺は推測する」
土御門「どんなに優れた外科技術―――たとえ『冥土帰し』でも摘出出来ないって理由はここにある」
土御門「そこで『禁書目録』の力が必要なのさ」
土御門「……あまりカミやん達を責めてやるなよ」
一方通行「あン?」
土御門「俺がインデックスの奪取に成功したのは不意打ちに騙し討ちを重ねたからだ。あいつらは“そういうやり方”にひどく弱い。なんせ奴等はとことん善人だからな」
一方通行「……ンなこたァ、言われるまでもなくわかってンだよ」
土御門「ならいい。説明を続けるぞ。俺達はこれから……」
神裂「土御門ぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」ズシャアッ!
土御門「うげ、ねーちん! 追ってきてたのか!!」
神裂「あの子を返してもらいます! もしあの子に何か危害を加えていれば、この刀の錆となることを覚悟しなさい!!」
土御門「待て! 落ち着けねーちん! 落ち着いてまず周りを見ろ!」
神裂「周り!? 周りが一体どうしたと……」
フレンダ・絹旗・滝壺・結標・海原・番外個体「…………」ポカーン
神裂(堕天使)「はっ!?」
一方通行「……オマエ何してンの?」
神裂(エロメイド)「はぁぁッ!?」
一方通行「オイ、何してンだって聞いてンだよこっちはよ」
神裂「は、はう、あの、ええと、これは、その」
一方通行「オマエがそンなカッコして遊ンでっからあっさりインデックスを連れ去られたりしてンじゃねェのかオイ」
神裂「はうぅ!!」ズキーン!
土御門「ねーちん……まさかその格好のままで追ってくるとは思わなかったにゃー……聖人としての誇りはどこにいったぜよ……」
絹旗「性人……」ゴクリ…
フレンダ「成程……これ以上なくふさわしい呼び名って訳よ」ゴクリ…
一方通行「もォいい。馬鹿に構ってねェで話続けンぞ」
神裂「うぐぅ……!」シューン
土御門「……あんまり責めてやるなよ、一方通行」
一方通行「インデックスの力が必要ってのはどォいうこった」
土御門「必要なのはあくまで『禁書目録』だ。インデックス自身に何かしてもらおうって訳じゃない」
土御門「番外個体の『セレクター』を除去する方法を、俺も色々考えた。本当に色々な。結果、『セレクター』を爆発させることなく除去できそうな方法はひとつしか思いつかなかった」
土御門「俺達が禁書目録に求める魔道書の名は『時流考察』。その名の通り時間の流れを操る術が記された魔道書だ」
土御門「それを利用し、“番外個体の時間を巻き戻すことで『セレクター』が取り付けられた事実そのものを無かったことにしちまおう”って訳だ」
一方通行「……また随分ファンタジーでオカルトな事を言い出したモンだなオイ」
土御門「魔術ってのはファンタジーでオカルトな物だと相場は決まってるのさ」
一方通行「……疑問しか残ンねェが」
土御門「質問はいくらでも受け付けるぞ」
一方通行「記憶はどうなる。『セレクター』ってのは確か頭についてンじゃなかったか?」
土御門「それは問題ない。時を戻す範囲を『セレクター』取り付け部周辺に限定すれば脳に影響は及ばん」
一方通行「誰がソレをする。そンな夢みてェな真似が出来るマホーツカイ様に心当たりはあンのかよ?」
土御門「もちろんだ。術式はウチの海原が行う」
一方通行「へェ……そォいうコトならよろしく頼むわセンセイ。早まって殺しとかなくてよかったぜ」
海原「まあ……全力は尽くさせてもらいますよ。自分も、『ミサカ』を名乗るあの子達には少々思い入れがあるのでね」
一方通行「……?」
神裂「ま、待て土御門!」
土御門「どうした性人」
神裂「コラァッ!!」
土御門「悪い悪い。それで、どうしたんだ?」
神裂「さっきから黙って聞いていたが、お前の言っていることは無茶が過ぎる! そもそもあの子の頭の中から特定の魔道書を引き抜くことなど不可能だ!」
神裂「そうやって魔道書を盗まれるのを防ぐために『必要悪の協会(ネセサリウス)』がどれ程の対策を打っているか、お前も知っているだろう!」
土御門「確かにな。だが出来るのさねーちん。今回のケースに限っては、他ならぬ海原光貴が、他ならぬ『時流考察』を求める場合に限っては例外なのさ」
神裂「ど、どういうことだ……?」
土御門「海原は既に魔道書の『原典』を二つ所持している」
神裂「!?」
土御門「詳しい説明は省くが、海原が所有する二冊の内の一冊は『生と死に関する時間』について記述されたものだ」
土御門「その『原典』だが、どうも自分の意思を持っているのではないかという程に自身の完成と普及に貪欲らしくてな」
土御門「海原の持つ『原典』も『時流考察』も、共に時の流れについての知識が書かれた魔道書同士。海原の方の原典は恐らく『時流考察』の方の知識を欲しがるはずだ」
土御門「だから、俺達はただ海原の持つ『原典』に『禁書目録』を差し出してやればいい。後は勝手に『原典』が『時流考察』の知識を引き出してくれる」
神裂「しかし…! 魔道書の『毒』はどうなる!? 既に二冊も取り込んだ身で、さらにもう一冊取り込んだりしたら……!」
海原「二冊も三冊も大して変わりませんよ。二度あることは三度あると言うでしょう?」
一方通行「三度目の正直とも言うぜ?」
海原「それなら仏の顔も三度まで、という言葉に期待するとしましょう」
土御門「わざわざこんな回りくどい真似をしたことについては謝るよ。しかし、監視の目を誤魔化すためには仕方なかった」
一方通行「監視衛星を誤魔化す方法なンて他に幾らでもあったろォが」
土御門「監視衛星? そんなもんじゃない。学園都市の中には『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれる極微細な監視機が常時5000万機も飛び回っている」
土御門「学園都市内に『連中』の死角など存在しないのさ。だから、何とかして番外個体と禁書目録を学園都市の外に連れ出す必要があった」
一方通行「それだけのためにしちゃ随分とまァ殺すよォな勢いで俺を攻めてくれたモンだな」
土御門「下手に手心を加えれば『連中』に勘付かれる危険があった。俺達の目論見がばれて『セレクター』を先に爆発させられてはたまらんからな」
土御門「それに、思いっきりやってもお前が死ぬことはないだろうと踏んでいた。信頼って奴だよ、一方通行」
一方通行「まさかその言葉をこンな反吐の出る思いで聞くことがあるとはな」
番外個体「何か勝手に盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、ミサカの意思は完全に無視なわけ?」
土御門「断る理由があるか? お前も自分の中に爆弾があるなんて疎ましく思っていただろう?」
番外個体「ま、それは確かにそうなんだけどねー。忘れちゃいけないよ。ミサカという個体は『一方通行』を苦しませるためだけにこの世に存在している」
番外個体「そんなミサカが何であなたが喜ぶようなことに進んで協力しなきゃなんないのさ」
一方通行「………」
番外個体「どうしてもって言うんならさぁ、そこに土下座してお願いしなよ。そしたら考えてあげてもいいよー? ぎゃははっ!」
一方通行「………」ザッ
番外個体「え、ちょ、何してんのさアンタ」
その場にいた全員が言葉を失った。
“あの”一方通行が、迷いなく地面に膝をつけ、頭を下げていた。
一方通行「頼むわ」
―――今更プライドなどいるものか。
既に命すら捨てる覚悟で事に臨んでいる。
番外個体「……だからさぁ、そういうキャラに合わないような真似されると、ミサカリアクションに困るんだって……」
そして―――――
番外個体「………」
心なしか軽くなったような気がする後頭部を番外個体は撫でさする。
そんな番外個体に土御門が近づいてきた。
土御門「調子はどうだ?」
海原「良好とは言い難いですね。戻す長さと範囲にもよるでしょうが、『時戻し』はあと一度使うのが精々といったところでしょう」
土御門「お前じゃねえよ。空気読め」
海原「やれやれ、これほど血まみれになった同僚に向かって随分と冷たい事を仰いますね」
滝壺「大丈夫だよ、エツァリ。そんな恋も仕事も報われないエツァリを私は応援してる」
海原「ちょっ!? あなた一体何を知ってるんです!? っていうか何で本名知ってんのぉぉぉぉおおおおおおお!?」
滝壺「……次元の彼方から電波が来てる……」
土御門「で……どうなんだ?」
番外個体「そうだね。頭の中にずっとあった異物感は無くなってる。確かにミサカの中から『セレクター』は消えてなくなったみたいだ」
土御門「これでお前が上の命令に従う必要は無くなった。後は好きに生きればいい」
番外個体「といわれてもね~……」
土御門「やはり許せんか? 一方通行の事が」
番外個体「……ミサカはさ、『妹達(シスターズ)』によって形成されるミサカネットワークの中から憎悪の感情を汲み取りやすいように調整されているんだけど」
土御門「ああ、確かそんな話だったな」
番外個体「……薄いんだよね、その感情が。一万回も殺されてきたってのにさ。『妹達』が何を考えているのか、ミサカには理解不能だよ」
土御門「お前だってネットワークを構成する『妹達』の内の一人だろう」
番外個体「ふん」
一方通行「おい」
今までインデックスの調子を確かめていた一方通行が、今度はこちらに声をかけてきた。
後から土下座で謝るにしろ歩く教会壊すのはやり過ぎじゃね?
一方通行「オマエはこれからどォする気だ」
番外個体「それを今考えてたとこだったんだよ」
一方通行「……行く当てがねェならウチに来い」
番外個体「はぁ? 本気?」
一方通行「今の時点でガキとガキと馬鹿が居候してンだ。今更一人増えた所で構やしねェよ」
番外個体「……ミサカは、あなたへの憎悪を汲み取りやすいように調整されている」
一方通行「そォか」
番外個体「いつ寝首を掻きに行くかわからないよ?」
一方通行「好きにしろ。で、どォすンだ」
言いながら、一方通行は番外個体に向かってその手を差し出す。
番外個体は目を丸くして、それからしばらく逡巡していたが―――やがて、パァン! と盛大な音を立てて一方通行の手を取った。
番外個体「ま、今更他にやりたいことなんてパッとは思い浮かばないし? しばらくはあなたの周りをウロチョロさせてもらうよ」
結局自分にはそれしかないのだと、番外個体は思う。
なんせ、生まれてから今までずっと。
ずっとずっとずっと。
――――ミサカは、ただあなただけを想い焦がれてきたんだから。
つーか猟犬部隊が打ち止め襲うの黙認した時点でグ/ル/ー/プ、ア/イ/テ/ムは避けられない気が……
風斬氷華は夜の街を散歩していた。
決して治安がいいとは言えないこの学園都市の夜を、彼女はこうやって一人でよく歩いている。
好きでそうしている訳ではない。
ただ、共に歩む者がいないから。ただ、帰る家が存在しないから。
風斬氷華はずっと一人で歩いている。
いつもいつも、泣きそうになりながら歩いている。
けれど、この日、風斬氷華の顔には笑みが浮かんでいた。
胸のうちには初めて出来た友達との思い出が溢れている。
だから、彼女が今この時この場所にいたのは偶然なんかじゃなくて。
少女達との再会を望む風斬氷華の想いが、彼女をこの場所へ導いた。
上条『すまん!!』
電話をかけた一方通行に対し、最初に出てきたのは謝罪の言葉だった。
上条『俺がいながらインデックスをみすみすと連れ去られちまった……!』
一方通行「あァ…その件についてはもォいい」
この件について、一方通行に上条を責める気は無かった。
当の一方通行だって散々踊らされた挙句、まんまと学園都市の外までおびき出されているのだ。
これは上条を責めるのではなく、単純に土御門の手練手管を褒めるべきなのだろう。
一方通行「インデックスは無事だ。馬鹿女が狂った格好してる以外はこっちに異常はねェ。そっちの状況はどうだ?」
上条『うわぁ……神裂の奴、ホントに着替えずに行ったのか……打ち止めとミサカは無事だ。他に怪我人もいない』
打ち止め『もしかしてその電話の相手はあの人!? 代わって代わってー! ってミサカはミサカはお願いしてみる!』
一方通行「……ガキは相変わらず能天気丸出しで何よりだ。一時間かそこらでそっちに戻る。詳しい話はその後に……」
ごとん、と電話の向こうで音がした。
それは、一方通行が今まで散々聞き慣れている音だった。
意識を失った人間が、何の受身も取らず地面に転がった音だった。
一方通行「おい……どォした」
上条『打ち止め!? どうした! 打ち止め!! な……ミサカまで!?』
一方通行「どォしたオイ返事しろ三下ァッ!!!!」
上条『打ち止めとミサカが急に倒れた! 打ち止めのほうはずっとうわ言みたいに訳のわからない言葉を繰り返してる!』
一方通行「なンだとォ…!?」
番外個体「ねぇ。まずいよ。何かよくない事が起こってる」
一方通行「あァッ!?」
番外個体「上位個体から訳の分からない演算命令がきてる。ミサカは特別な処理がされてるから命令を拒否出来るけど、他の『妹達』は多分演算を強制されているはず」
番外個体はまるで頭痛をこらえているかのように額に手を当てている。
番外個体「何このコード……ミサカはこんなコード知らない……『ヒューズ=カザキリ』……? 何それ…?」
上条『何だ…うわぁぁぁあああああ!!!!』
ブツン、と電話は突然切れた。
原因を問う必要はなかった。
学園都市の壁の内側で、何か得体の知れない光が空に向かって噴き上がっている。
次々とその数を増やし、生き物のように蠢くその光は、まるで巨大な昆虫の羽のようだった。
一方通行「オイ……アレもオマエの差し金か…?」
土御門「いや、知らん……“あんなもの”、俺は知らんぞ……!」
一方通行の握り締める携帯電話がビキィ、と音を立てた。
長さ百mにも及ぶ光の翼が噴き上がるその場所は、一方通行の部屋がある方角と完全に一致していた。
>>207
歩く教会壊さないと結標の『座標移動』で部屋から連れ出せなかったし、海原が魔道書を頭から盗むことも出来なかったからやむをえずやった
この話では歩く教会はあらゆるものを無効化するというかなりチートな防御力設定 これまで突き破ったのは垣根帝督の『未元物質』だけ
>>210
土御門は『猟犬部隊』の襲撃を知らない
それを強調したくて>>143を挟んだんだけど逆効果だったみたいね 書き方が悪かった
以上、ちょっと気になった部分のプチ補足でした
ゆらり、ゆらりと『風斬氷華だったもの』の体が揺れる。
辺りの建物は彼女の背中から生えた大小数十本もの光の翼によって薙ぎ倒され、瓦礫の山と化していた。
風斬氷華――否、科学の力によって生み出された人工天使、『ヒューズ=カザキリ』の半開きになった口元からは、涎が止め処なく零れ落ちている。
風斬『う…ぁ…あ……』
だらしなく伸ばされた舌。焦点の合っていない眼球。
今の風斬氷華にまともな思考能力など残ってはいない。
彼女の頭上に浮かぶ直径五十センチ程の輪が、高速で回転し、無数の棒を外周部でガチャガチャと出し入れし、風斬氷華に『ある情報』を入力し続ける。
すなわち、恐怖。
色を失い、白黒になった視界の中で、風斬はただ恐怖に駆られ、力を振るう。
風斬(……た…す……け……て……)
思う事は出来ても、言葉にすることは許されない。
チカチカと風斬の周囲で光が瞬いた。
その光から逃れるように、または引き寄せられるように、風斬は操られ、歩を進めていく。
―――その足が、ピタリと止まった。
白黒になった世界の中で、あらゆる意味をなくした世界の中で、黒々とした『何か』が風斬の前に立ち塞がっていた。
「いいぜ……お前が、あの子達を犠牲にしてまでそんな力を手に入れたいっていうのなら」
その『闇』が何を言っているのか、今の風斬には理解することができない。
ただ、怖い。その思いだけが、今の風斬の中にある全てだった。
「そんな幻想は、この俺がぶち殺してやる」
瓦礫の山と化した街の中で、上条当麻と風斬氷華が対峙する。
倒壊したマンションから奇跡的に無傷で脱出した後―――
“打ち止めとミサカは目の前にいる『天使のような何か』と電波を介して干渉し合っている”、と御坂美琴は言っていた。
上条「……お前は一体、何者なんだ?」
ふらふらと足取りおぼつかなく佇む風斬に上条は問いかける。
答えはない。
風斬の頭上でガチャガチャと天使の輪が蠢いた。
風斬の背中から生える数十の翼の周りで、バチバチと電撃のようなものが迸り始める。
上条「もし、あの子達を苦しめているのが本当にお前だっていうんなら、やめてくれ。あいつらはもうこれ以上苦しんじゃいけないんだ」
電撃のような何かが上条に向かって放たれた。
蛇のようにのたうち、上条に迫ったその力はしかし突き出された右手によって掻き消される。
上条「そうかよ……それがお前の答えだってんなら」
上条は拳を握る。風斬氷華は怯えたように一歩下がる。
上条「力尽くでもやめさせるぞッ!! 馬ッッ鹿野郎!!」
駆け出した上条に向かって次々と紫電が放たれる。
だが、その全てを上条の右手は掻き消していく。
上条と風斬の間の距離が詰まる。上条が右手を振りかぶる。
風斬の前方で強烈な光が瞬いた。
その光は上条の目を眩まし、風斬氷華を怯えさせ後ろに転ばせる。
結果、上条の拳は空を切り、風斬の右腕を掠るにとどまった。
でも―――――それだけで十分だった。
風斬『ィィィァァァァァアアアアアア―――――――――――――!!!!!!』
耳をつんざく絶叫が空気を震わせた。
上条の右手が触れたところから、風斬の右腕が『分解』されていく。
まるで立体に組み上げられたパズルのピースがバラバラと崩れ落ちていくように。
上条「なっ……!?」
あまりに予想外の出来事に、上条の目が見開かれる。
そんな上条が見ている前で、ボン! と音を立て、風斬の右肩が爆散した。
風斬『ヒィィィィィィイイイイイイイイッ!!!!!!』
根元からちぎれた風斬の右腕がぼとりと地面に落ちる。
途端に急速に分解が進み、地面に落ちた右腕はあっという間にその姿を消した。
風斬『あ…ひ…』
くるりと風斬は上条に背を向ける。とにかく上条から逃げ出そうとふらふらと足を進めようとする。
ガチャガチャと頭上の天使の輪が蠢いた。
ごきごきと無理やり関節を捻じ曲げるような音が響き、ぐりんと勢いよく風斬の体が反転し、再び上条の方を向いた。
ガチャガチャと蠢く天使の輪。
無くなった筈の右腕が、ビデオを巻き戻したように復元されていく。
上条「なん…だよ……どうなってんだよ……」
上条はその場に立ち尽くしていた。
握っていた拳はもう解けてしまっている。
上条「違うのか…? これは、お前の意思じゃ……ないのか……?」
風斬氷華は答えない。
ただ、ギシギシと風斬の体を無理やり捻じ曲げる音だけが聞こえている。
ぽとり、と風斬のポケットから何かが落ちた。
上条「え?」
それは、一枚のプリントシール。
その中では、おかしな格好をした少女達が、照れくさそうに、楽しそうに、笑ってVサインをしていて――――
風斬『ぅゥアああアアあああああアあアアあああアアアアア!!!!!!』
風斬が弾ける様に飛び出した。
思わず上条は反射的に身構える。
しかし風斬はそんな上条に目もくれず―――落ちたプリントシールをかばう様に蹲った。
ガチャガチャと天使の輪が激しく音を鳴らす。
風斬の周りで光が連続して何度も何度も瞬いている。
でも、風斬はその場を動かない。
ギシギシと、ゴキゴキと風斬の体から嫌な音が鳴っている。
それでも――――風斬はその場を動かない。
上条「ふざけんな……! 誰だ、ちくしょう!! 誰がこんなふざけた真似をやってんだぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
その拳の向ける先を定められないまま、上条当麻は絶叫した。
瓦礫の山の中で、御坂美琴は立ち尽くしていた。
美琴「何よ…これ……どういうこと……?」
美琴は倒壊した建物に埋もれてしまった住民の救助に当たっていた。
そして、既に瓦礫の下から救出した住民の数は六人。
その六人は、誰一人として死んでいなかった。
それどころか、たったひとつの傷すらない。
意識を失った住民の周囲に、黄金に輝く鱗粉のような物が漂っていた。
ふと、美琴はすぐ近くに寝かせていた打ち止め、ミサカ、ステイルの体に目を走らせる。
同じだ。よく見れば光り輝く鱗粉が打ち止め達の体にこびり付いている。
崩れるマンションから無傷で脱出出来たのは奇跡だと思っていた。
でも、違った。それにはちゃんと理由があった。
誰かが何かをしたからここにいる人間は誰一人として傷ついていない。
美琴「……ッ!!」
美琴は救出活動を中断し、『天使のようなもの』の下へ、そこにいるはずの上条当麻の下へ走る。
伝えなきゃいけないと思った。
どうしてかはわからないけれど、絶対にこの事をアイツに教えてやらなきゃいけないと、御坂美琴は強く思った。
困惑する上条の背後で車のブレーキ音が連続する。
振り向くと、そこには四台の装甲車が現れており、その中から上条にも見覚えのある集団が降りてきた。
上条「あれは……『警備員(アンチスキル)』か!?」
警備員A「一班、二班、三班はすぐに付近住民の救助に当たれ! 四班は目標と距離40を保って包囲!」
警備員B「了解!」
警備員C「おい、君! ここは危険だ! すぐに離れろ!!」
リーダーと思しき男の号令の下、『警備員』は迅速に行動を開始する。
八人の『警備員』がそれぞれの手に物騒な武器を持ち、風斬氷華を包囲した。
上条「な…! 待て! 待ってくれ!! 違う! ソイツは違うんだ!!」
警備員C「馬鹿! 離れろと言っているだろう!!」
上条「離せ! 離してくれ!!」
警備員A「警告する! これ以上破壊活動を行うなら直ちに発砲するぞ! すぐにその『能力』を解除し、投降しろ!!」
風斬『あ…う…』
警備員の恫喝に風斬が反応した。
ふらふらと立ち上がり、ぎょろぎょろとその見開かれた眼球を動かす。
その胸に、拾い上げたプリントシールをかき抱くようにして。
ガチャガチャと天使の輪が蠢いた。
バチバチと音を立て、電撃に似た何かが風斬の翼の周りに集中する。
警備員C「チッ…! おいやめろ! 本当に撃つぞ!!」
ガォン! と風斬の翼から光の矢が放たれた。
光の矢は『警備員』が乗ってきた二台の装甲車を巻き込み、そのまま地平線の彼方へ消え―――
直後に、空の彼方が爆発の光に照らされて、ズズン……と低い振動が上条たちの立つ場所まで伝わってきた。
警備員A「……おい、あっちの方角には何があった?」
警備員D「あっちの方角はすぐ海になってます。被害は大きくはないでしょう……あの攻撃が海の向こうの大陸まで届いていなければ、ですが」
警備員B「冗談じゃないぞ。あんなものをそこかしこに撃たれたら、学園都市は滅んじまう!!」
警備員A「やむをえん。全員撃ち方構え! 目標を直ちに無力化しろッ!!」
上条「やめろぉッ!!」
体を押さえつけていた『警備員』を振りほどき、上条は風斬の前に躍り出る。
その両腕を広げて、まるで風斬の壁となる様に。
警備員A「な…何をしている! どけ! どくんだ!!」
上条「どかない……コイツだって、こんなことやりたくてやってるわけじゃないんだ……!」
警備員A「何を……言っている……」
美琴「待ちなさい!!」
息を切らせながら駆けつけた美琴が声を張り上げた。
今度は何だ、と『警備員』達の目が美琴に集中する。
美琴「その子じゃない! これをやったのはその子だけど、でも、きっとその子じゃないの!!」
警備員B「何なんだよ! 突然出てきて訳わかんねえ事言いやがって!!」
美琴「誰も死んでない! 誰も傷ついてなんかいない!! きっと、その子が守ってるんだ!!」
美琴の言葉に、上条はやっぱりそうか、と一人納得する。
上条は目の前にいるこの少女の事を何も知らない。
でも、プリントシールに映る『彼女達』の姿を見てしまったから。
この少女が、風斬氷華が、『あの子達の友達』が、悪人であるはずはないと確信していた。
でも、上条には何も出来ない。
上条の右手に出来るのは、風斬氷華を殺す事だけだ。
上条(くそ…! どうする!? どうすれば、こいつを救う事が出来る!?)
風斬『―――――――――ッ!!!!』
怯えが、恐怖が、不安が、風斬の心を押し潰す。
数を増した己への敵意に、風斬が反応する。
風斬の翼が胎動を始めた。
来る。先程水平線を赤く染めたあの桁外れの一撃がまた発射されようとしている。
上条(ちくしょう……打ち消せるか……!?)
上条は右手を握り締め、光が集中する翼を睨みつける。
さっき見た光弾の威力、速度―――右手以外に当たれば、間違いなく即死だ。
『竜王の顎(ドラゴン・ストライク)』で発射前に食い潰すか―――いや、駄目だ。下手すれば風斬ごと殺してしまう。
風斬『――――――――――――――――――ッ!!!!』
上条「おおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」
答えは出ぬまま、光弾は放たれ、上条は右手を突き出し―――――
そこに、一方通行が舞い降りた。
一方通行の体に触れた光弾は即座に向きを反転し、風斬の翼を何枚も纏めてもぎ取って、空の彼方へ消えていく。
風斬『いぎ―――――ヒィィイッ!!』
風斬がかざした手から爆発的な光の奔流が生まれた。
光は束となり、一方通行に襲い掛かる。
しかしその全ては呆気なく『反射』され、逆に風斬の体を吹き飛ばす。
大きく跳ね上がった風斬の体がどちゃりと地面に落ちた。
風斬『ひ…あひ…ヒィ……』
風斬はそのまま四つん這いになって一方通行から逃げ出そうとした。
また天使の輪がガチャガチャと音を立てる。
風斬の周りで明滅する光が、戻るよう風斬を誘導する。
でも、風斬はそれを全力で拒絶した。
思考能力をほとんど奪われていても、もっと根源的な感情が風斬の体を動かしていた。
白黒に染まった視界の中で、真っ白に輝くその存在。
アレの恐怖を、風斬は知っている。
アレの恐怖を、ゲームセンターで風斬はその身に刻み込んでいる。
風斬の周りで明滅する光は、風斬に恐怖を認識させ、その行動を縛っている。
だが、そんな恐怖など――目の前の白い狂気に比べれば、笑い飛ばせてしまえるくらいちっぽけなものだった。
戦えと繰り返される命令(コード)。体を軋ませ、拒絶する風斬。
結果、彼女は固まったようにその場を一歩も動く事が出来ず―――
一方通行「よォ、こりゃまた随分おめかしして現れたモンだなァオイ」
一方通行という絶対的な恐怖の接近を許してしまった。
一方通行「まったく、派手な登場してくれちゃってよォ。見ろ、俺ン家なンかもォ滅茶苦茶じゃねェか」
殺される。
嫌だ。死にたくない。
風斬はふるふると首を振る。
一方通行「まァ、ある種のイベントに対してテンション上げンなァテメエの勝手だが、物事には限度ってモンがあるだろォが」
ごめんなさい。
謝ります。
もう二度とここには現れません。
だから、どうか、どうか許してください。
風斬『ぁ…ふ…ぁ……』
思う事は出来ても―――言葉は、許されない。
ガチャガチャと動く天使の輪。ぴかぴかと明滅する光。
風斬氷華は動けない。
そして、一方通行は風斬に向かってその手を伸ばし―――――
――――ごつん、とその頭を殴りつけた。
『ちょっと待ちなよ。血相変えて飛び出そうとしてるあなたに伝えたい事があるんだけど』
『ミサカネットワークの中には今、“打ち止め(ラストオーダー)”のたったひとつの想いが溢れてる』
『助けて、助けて――――ヒョウカを、助けてあげて――――ってミサカはミサカはお願いしてみる』
『ぎゃは、どお? 今の物真似、似てた?』
風斬『……ぇ…?』
一方通行「俺も金持ってねェ訳じゃねェからよ。家の件はこれでチャラにしといてやる。つっても二度目はねェぞ」
風斬『あ…? う…?』
一方通行「あン? 聞こえねェよ。はっきり喋れ」
風斬『あ……』
ガチャガチャガチャガチャ! と今まで以上に天使の輪が激しく動き出す。
一方通行「うるせェよ。人が喋ってる時は黙ってろ」
一方通行が天使の輪を掴み、その動きを押さえつけた。
あくまで『科学』によって作られたそのシステムは、一方通行の『ベクトル操作』の前に屈服する。
風斬の目に光が戻る。光の翼が宙に融けて消えていく。
風斬「私を……許してくれるんですか……?」
一方通行「ハァ? 許すも許さねェも何も」
一方通行「オマエは、ただの一度でもあのガキ共を裏切ったンかよ?」
風斬「……私は、この世界に存在していてもいいんですか?」
一方通行はガシガシと頭を掻いた。
正直言って、辟易だ。一方通行の周りには、こんな単純なこともわかっていない奴が多すぎる。
一方通行「生きるも死ぬもテメエの勝手だろォが。そンなモンに一体誰の許可がいるンだよ」
風斬の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
風斬「私は……あの子達の友達でいてもいいんですか?」
一方通行「オマエがあのガキ共の相手してくれりゃァ、その間に俺も落ち着いて飯食えたりするンだがなァ……ンン? オイオイ、こりゃ思った以上に魅力的なプランじゃねェか?」
風斬「………ありがとう……ありがとう、ございます………!」
一方通行「礼を言われる筋合いは欠片もねェよ。ンでよォ」
一方通行は「悪い」と手で謝るようなポーズをとった。
一方通行「折角出向いてもらったトコ悪ィンだが、出直してくれや。ちょっと今、ガキが遊べるよォなコンディションじゃねェンだよ」
本当に申し訳ないと思っているようには微塵も見えやしない。
投げやりな、実に彼らしいと思えるその態度に、風斬は微笑みを浮かべて頷いた。
そして―――風斬の姿が煙のように消えていく。
最後の瞬間、「また遊びに来てもいいですか?」と風斬は言った。
それに返す彼の言葉は決まっている。
――――好きにしろ。
警備員A「消えた…? 何だ…? 一体何だったんだ…?」
一方通行「コラ、何呆けてンだ。そこらにどれだけの数の人間が埋まってると思ってやがる。人命救助こそテメエ等の本懐だろォが」
警備員A「はっ……よ、四班も直ちに救助活動に入れ! それと、応援を要請しろ!!」
一方通行の言葉を契機として、『警備員(アンチスキル)』達はすぐに瓦礫の除去作業に取り掛かった。
次に一方通行は風斬の消えた辺りをぼうっと眺めていた上条の尻を蹴り上げる。
上条「うぁいて!」
一方通行「なにボサッとしてやがる。『警備員』に捕まると面倒だ。今の内にサッサと場所移すぞ」
上条「なぁ……アイツは、一体どこに行っちまったんだろうな」
一方通行「知らねェよ。家に帰ったンだろ」
気心の知れた友人相手に余計な気遣いをしないのと同じように、一方通行はあっさりとそう言い捨てた。
一方通行の視線の先では意識を取り戻した打ち止め達がこちらに駆けて来ている。
長い夜が終わろうとしていた。
一方通行達は、土御門の案内で、『グループ』が隠れ家として使用しているいくつかの廃墟のうちのひとつに身を隠していた。
一方通行「………」イライラ
一方通行が苛々しているのには理由がある。
インデックス、ミサカ、打ち止め、上条当麻、御坂美琴、神裂火織、ステイル=マグヌスという最初の面々に、新たに加わった番外個体。
だけでなく、『グループ』はおろか何故か何となくついてきた『アイテム』のメンバーまで集まったこの部屋は騒々しいことこの上なかった。
美琴「おぉう……」
番外個体「はろー。初めまして、お姉様」
美琴「妹…? どう見ても年上なのに、妹なの…?」
番外個体「そうだよー。これからよろしくしてね、おねーちゃん」
美琴「ていうか……ずるくない!? そんなにあちこちばいんばいん成長してて、ずるくないアンタ!?」
番外個体「まあまあ落ち着いて。将来はお姉様もミサカみたいに魅力的なボディになるってことじゃんか」
美琴「おぉう……」
ステイル「……いい加減泣き止んだらどうだい、神裂」
神裂「まさか着替えを取りに戻る事が出来ないなんて……私はいつまでこの格好でいれば……」シクシクシク…
ステイル「迂闊にそんな格好に着替えた自分を恨むんだね。やれやれ、そんな姿を天草式の連中が見たらどう思うやら……」
神裂「……何人かは腹を抱えて笑い転げるでしょうね」ズーン…
ステイル「とりあえず僕のマントを羽織るといい。何も無いよりはマシだろう」
神裂「ありがとうございます、ステイル……」
ステイル(……痴女にしか見えないな、とは言わないでおこう)
上条「土御門! 俺に戦い方を教えてくれ! 右手だけに頼った今までのやり方じゃ駄目だってわかったんだ!!」
土御門「いいだろう。じゃあ俺がインデックスの意識を刈り取った技を教えようか。あれは手っ取り早く敵の戦力を削ぐにはかなり有効だ」
上条「わかった! 頼む!」
土御門「フレンダ、ちょっとこっち来い」
フレンダ「なーに? ってか、気安く名前呼んでほしくないんだけど」
土御門「そいッ!!」
フレンダ「オゥフ」ドサァ…
土御門「こうだ! わかったかカミやん!!」
上条「わかった! でも俺は一体誰で練習すればいいんだ!?」
土御門「任せろ! 来い、絹旗!!」
絹旗「はぁ? 『窒素装甲』の私にそんな単純な物理攻撃が効くわけないじゃないですか」
絹旗「ま、やれるもんならどうぞって感じですけどね。逆にあなたの手が超イカレると思いますけど」
上条「そいッ!!」
絹旗「オゥフ」ドサァ…
海原「………」コソコソ…
滝壺「何をこそこそしているの?」
海原「いや、その、御坂さんと直接顔を合わせるのは非常に気まずい事情がありまして……」
滝壺「……どのみさか?」
海原「あ~っと、一番元気な御坂さんです」
番外個体「あっれ~? お姉様は一体誰に見せるためにおっぱいを大きくしたいのかにゃ~?」
美琴「だだだだ、誰とかは別にないわよ!! なな、何言ってんのよ!! ば、ばかねアンタ! ほんとばかだわ!!」
打ち止め「きゃっほーーう!! ってミサカはミサカは自身の体調を確かめるためにあえてはしゃぎまわってみたりーーー!!」
ミサカ「来たる危機に備え、左手の具合を確かめるためにミサカはおもむろに鉄球をぶっ放します。どーん」ドカーーン!
滝壺「……………どのみさか?」
海原「……え~っと……」
一方通行(ウゼェ……)イライライライラ
インデックス「あくせられーた、怒ってる?」
一方通行「あァ!?」
インデックス「あう。やっぱり、怒ってる……ごめんなさい。あっさり捕まって足手まといになったりして……」
一方通行「……はァ?」
インデックス「ごめんなさい……こんなんじゃ、あくせられーたの隣りにいる資格なんて私にはないかも……」
一方通行「だァれがオマエに戦力なンてモンを期待すっかよ。オマエが足手まといになることなンざ織り込み済みなンだっつの」
一方通行「っつかよォ、俺にとっちゃ俺以外の全ての人間が足手まといなンだよ。オマエだけが特別なンて愉快な勘違いしてンじゃねェ」
インデックス「あう……そうやってばっさり戦力外通告されるのもちょっとキツイものがあるかも」
一方通行「まァ、オマエが今俺のために出来る事がひとつだけある」
インデックス「…ッ!! それはなに!? 私、何でもするんだよ!!」
一方通行「眠ィから黙ってろ」
インデックス「優しい言葉を期待した私が馬鹿だったんだよ!!」
一方通行「……これから寝ようって人間に、クソくだらねェ寝言聞かせてンじゃねェよ。馬鹿が」
打ち止め「う~ん」コロン
突然、打ち止めが胡坐をかいた一方通行の足の上に頭を乗せてきた。
一方通行「……何勝手に人の膝に頭乗っけてンだクソガキ」
打ち止め「やっぱりあの時ミサカに入力されたウイルスコードのせいでまだ調子がよくないんだよ~、ってミサカはミサカは自分の状況を報告してみる」
打ち止め「あなたの膝で眠れればすぐに回復できると思うんだけど、ってミサカはミサカは対処療法を提案してみたり!」
一方通行「元気じゃねェか。どけ」
ミサカ「おっとそうはいかんざき。その理屈であればミサカにもあなたの膝を枕にする権利が発生します、とミサカは上位個体の隣りにポジショニングしつつ主張します」ゴロン
一方通行「どけ」
インデックス「え~と、え~と、わ、私も殴られた頭が痛むんだよ!」イソイソ…ポフン
一方通行「どけ」
どきませんでした。
反射しました。
一方通行はここで寝るのは無理だと判断した。
その気になれば音を遮断する事も出来るのだが、それでもこの連中と同じ空間にいてはとても落ち着けるとは思えない。
土御門「どこへ行く」
立ち上がった一方通行に土御門が声をかけてきた。
一方通行「場所変えて眠るンだよ。ここじゃどォしたって寝れる気がしねェからな」
土御門「そうだな。そうしろ。“明日に備えて”……な」
番外個体の『セレクター』は無くなった。
窓のないビルに侵入するためのテレポーターも確保した。
ならば、一方通行が立ち止まる理由は無い。
一方通行は一晩の休養の後、窓のないビルに突入し、自分にちょっかいをかけてきたクソの親玉を叩き潰す。
土御門「ここにいる連中は俺とカミやんで命に代えても守ってみせる。だからお前は安心して休め」
一方通行「ふン……」
一方通行はドアのノブを握り、部屋を後にしようとした所で――――
ふと、思い出したようにずっと床に突っ伏して死んでいた結標淡希の手を取った。
結標「……なに? 放っておいてほしいんだけど……」グデ~
一方通行「何言ってやがる。オマエは俺と一緒に寝るンだよ」
結標「はぁ!?」
インデックス・打ち止め・ミサカ「!?」
一方通行「……なンだそのツラァ。俺達がこれからやること考えりゃァ当然だろォが」
結標「はあ? ヤ、ヤるって、いや、ちょ…えぇ!?」
一方通行「他の奴等はどうでもいいが、オマエだけは別だ。俺と一緒に行く以上、オマエにも最高の状態まで昇りつめてもらう」
結標「わ、わたしだけとくべつ!? い、いっしょにイク!? 最高の状態まで!?」
一方通行「何うろたえてやがる。オマエもとっくに覚悟は出来てンだろォが」
結標「そ、そりゃ、いつかはって思ってたけど、そんな、急に、いきなり」
一方通行「いい加減にしろ。嫌がンなら強制的に連れてくぞ」
結標「は、はぅ…!」
もちろん一方通行は明日の『窓のないビル』突入作戦のためにテレポーターである結標を完調にしておきたいだけだ。
一緒に寝ようというのも、別に同衾しようと言っているわけではない。
でもなんかうまく伝わんなかった。
ミサカ、ロケットアーム発射。一方通行の体を縛り上げる。
打ち止め突貫。たまらず転げる一方通行。
がちがちと歯を鳴らし、インデックスが宙を舞う。
まあ、概ねこんな感じで夜は更けていった。
翌朝―――といっても、未だ日も昇っていない午前四時。
別室で睡眠を取っていた一方通行と結標淡希が戻ってきた。
土御門「行くのか?」
壁に背を預けて座っていた土御門が一方通行に声をかける。
隣りには上条当麻もいる。どうやらこの二人は一睡もしていないようだった。
一方通行「あァ……何か数が減ってねェか?」
土御門「俺達がこれからやろうとしていることを教えてやったら『アイテム』の連中は離脱したよ。そこまで付き合う義理はないとさ」
結標「ま、そうでしょうね」
上条「気をつけろよ。一方通行」
一方通行「誰に向かって言ってンだ三下」
上条「一緒に行けなくてすまない」
一方通行「気にすンな。別にいらねェ」
そして一方通行は部屋を後にする。
穏やかに眠る打ち止め達を起こさないように、ゆっくりとドアノブを回して。
「あくせられーた」
廃墟を出たところでかけられた声に振り向く。
インデックスだ。
一方通行「部屋に居ねェと思ったら……一体何してンだこンなトコで。迂闊に外出てンじゃねェよ」
インデックス「ごめんなさい。星にあなたの無事を祈っていたんだよ」
一方通行「そォかい。余計な気遣いありがとよ」
インデックス「あくせられーた」
一方通行「なンだよ」
インデックス「私、待ってるから。あくせられーたのこと……待ってるからね」
一方通行「……はァ~あ。ったくどいつもコイツも……一体誰に向かってクチ聞いてると思ってやがンだか」
一方通行は煩わしそうにぼりぼりと頭を掻いて、言った。
一方通行「余計な心配してンじゃねェよ。オマエはいつも通りばかすか飯食いながら俺の凱旋を待ってろ」
そして一方通行は窓のないビルへと突入する。
全てを終わらせるために。
興醒め甚だしい事この上ないが、先に戦果を報告させていただこう。
『全てを終わらそう』という彼の願いはある意味叶う。
一方通行は敗北し、
今日この日、世界は終わった。
ぎゃはー キリもいいので休憩がてら風呂入ってくる
っていうか いつ終わるか全く見通したたねえよまいっちゃうね ぎゃは☆
ビーフジャーキーをかじりつつ再開
果たして今日は晩飯を食う暇があるかにゃー?
結標淡希はかつて『案内人』としてアレイスターのもとへ客人を運んでいた過去を持つ。
だから、『窓のないビル』の内部構造を彼女はある程度知っていた。
しかし、たとえそんな理由があったとしても余りにも呆気なく。
例えば、予想される侵入経路に兵隊が配置されているといったこともなく。
あっさりと。
一方通行は学園都市統括理事長、『人間』、アレイスター=クロウリーの下へと辿り着いていた。
アレイスター「やあ、初めまして、だな。一方通行。もっとも私は君以上に君の事をよく知っているが」
一方通行「よォ、やっと会えたなクソの親玉。あァ、クセェクセェ。はっはァー、流石だなオイ。臭すぎて息出来ねェよ」
アレイスター「おやおや、この部屋は常に人間が過ごすのに最適な環境に保たれているはずなのだがね」
一方通行「無駄無駄、その程度じゃテメエの悪臭は誤魔化せねェよ」
奇妙なカプセルの中に逆さまに浮かぶアレイスター=クロウリー。
一方通行と相対した時点で王手(チェックメイト)をかけられたことと同義であるにも関わらず、アレイスターには一片の焦りも見えない。
一方通行「覚悟はいいか?」
アレイスター「何の覚悟だ?」
一方通行「下水道に流される覚悟だよ。決まってンだろ、クソ野郎」
アレイスター「ご苦労だったな、結標淡希」
一方通行「……なにィ?」
一方通行は後ろに控えていた結標の方を振り返る。
一方通行の赤い瞳に睨まれた結標は慌ててぶるぶると首を振った。
結標「ちょ…! 違う、何も知らないわよ私は!」
一方通行「はァン…姑息だねェクソ坊ちゃん。こっちの仲間割れ狙いかァ?」
アレイスター「いやいや、そんな意図は欠片もない。これは単純に彼女の功を労っているんだ」
アレイスター「まあ、彼女の、というか正確には『グループ』の功績なのだがね」
アレイスターはカプセルの中に逆さまに浮かんだまま言葉を続ける。
飄々と。何の焦りもなく。何の感情もなく。
アレイスター「正直、ここまで展開してくれるとは思わなかった。ほんの少しでも時を稼いでくれれば重畳と思っていたのだが―――」
アレイスター「学園都市第一位の君を相手に、第二位と第四位を瞬殺した君を相手に、まるまる一日の時を稼ぎ、彼の現出を間に合わせた」
アレイスター「重ねて君をこの場所まで連れてくるという働きぶりだ。これで問題はあらかたクリアされたと言っていい」
一方通行「何をぐだぐだと訳のわかンねェこと言ってやがる」
アレイスター「君の負けだと言っているんだよ、一方通行」
ぞわりと全身が総毛だった。
異様な気配を感じ、振り返る。
最初、アレイスターがもう一人そこに現れたのかと思った。
だが違う。そんなものではない。
金色に輝く長い髪、ゆったりとした白い布の装束、マネキンを思わせる平坦な顔つき。
相対するだけで尻餅をついてしまいそうな―――この圧倒的な存在感。
「ふむ…今回の私はこんな形か。……存外、悪くない」
『ソレ』はそう口にした。
口にしたのが人間の言葉だというのが、甚だ意外だった。
アレイスター「こうしてあなたと相対するのは実に久しぶりだな、『エイワス』」
『エイワス』――それがこの人間の――人間の?――この存在の、名前らしい。
エイワス「時間の概念は私には意味を為さないよ、アレイスター。かつての君との語らいは、私にとってはつい昨日の出来事に過ぎない」
一方通行はエイワスを観察する。
一体コイツは何者なのか。人間じゃないのは確実だ。
ならば何だ? ―――神?
馬鹿馬鹿しい。だとしてもそれがどうした。
このエイワスという存在は何から何までが理解不能だが、たったひとつだけわかっていることがある。
こいつを呼んだのは、間違いなくアレイスター=クロウリーだ。
ならばエイワス―――貴様は敵だ。
一方通行「おァァァァアアアああああああああああああ!!!!!!」
一方通行はその背中から黒い翼を出現させる。
噴き出す破壊の力を一切の容赦なくエイワスに向かって叩きつけた。
部屋中を覆っていたコード類がいくつも断線し、備えられていた電子機器が破壊され、煙を噴いた。
一方通行「なにッ!?」
一方通行は驚愕する。
一方通行の黒翼をその身に受けて、エイワスは全くの無傷だった。
防いだ様子は無かった。確かに一方通行の黒翼はエイワスの体を薙ぎ払ったはずだ。
なのに、エイワスはその身に着けている服すら破れていない。
エイワスの背中で、一方通行の黒翼と対を成すような蒼白いプラチナの翼が輝いていた。
いや、対を成すなどと、おこがましい。
ただ破壊の力を悪戯に噴出させている一方通行の黒翼と、破壊の力を凝縮し、洗練したエイワスの翼ではレベルが違う。
エイワス「んん? 何だこれは?」
自身の翼を見て、エイワスは何とも素っ頓狂な声を上げた。
エイワス「自動防御機構…? やれやれ。心配性だな、アレイスター」
アレイスター「ここまでこぎつけるのに苦労したんだ。簡単に消えられては困るのだよ、エイワス」
自身の頭の上を飛び越えて行われる会話に、一方通行は激昂する。
一方通行「舐ァめンなァァァあああああああ!!!!!!」
黒翼はさらに勢いを増し、凶悪なその力をエイワスに向け―――
エイワス「やめておいたほうがいい。といっても……もう遅いか」
エイワスの翼が振るわれた。
蒼白いプラチナの輝きはあっさりと黒翼を引き裂き、その勢いのまま一方通行の体を通り抜ける。
ばしゃり、と左わき腹から右肩へ、翼が通り抜けた跡に沿って一方通行の体から血液が零れた。
一方通行「あ、が、ぐァァァあああァァああアアああアあアああああああああ!!!!!!」
エイワス「だから言ったのだ。私に君と敵対する意思は無いというのに、この翼は私に敵意を向けるものを問答無用で撃退してしまうらしい」
一方通行「お、ぐ……!」
一方通行は自身の血流の流れを操作し、出血を抑え込む。
一方通行(何だ…? 今、俺は何をされた…!?)
戦慄。ただそれだけが今の一方通行の感情を支配している。
木原数多。
垣根帝督。
かつて一方通行の『反射』を超え、彼を脅かした者達。
だが、エイワスの攻撃は木原や垣根が使ってきたものとはまるでベクトルが違う。
木原も垣根も、『反射』の隙を上手く突いて一方通行に攻撃を届かせていたに過ぎない。
エイワスは違う。エイワスの翼は『反射』など物ともせずに突っ切ってきた。
さらにその一撃は極めて強烈。
たったの一撃で甚大なダメージを負った一方通行はふらつく足を押さえつけるのが精一杯だった。
一方通行(クソ……どうする……!?)
エイワス「やれやれ、未だ敵意を失わないか。警告だけはしてあげよう。次に私に殺意を向ければ、その瞬間君は死ぬぞ」
一方通行「……見下してンじゃねェよ…クソッタレ……!」
「そこまでだよ、一方通行」
一方通行「!?」
背後からかけられた声に、一方通行は振り返り目を見開く。
そこに立っていたのはアレイスター。
今の今までカプセルの中に浮いていたはずのアレイスター=クロウリーだった。
一方通行「テメ…!」
アレイスターが一方通行の首元に向かって手を伸ばす。
バチン、とまるでスタンガンを思わせるような衝撃が一方通行を襲った。
一方通行「か…!」
何なんだ。意味が分からない。
スタンガンな訳はない。そんなものはあっさり反射してみせる。
じゃあ何なんだ今の一撃は。反射が効かない理屈を脳内で提示できない。
大体、アレイスターは今までカプセルの中で液体に浸かっていたはずだ。
いつ出てきた。いや、それより、水滴のひとつも付いていないのはどういう了見だ。
ふざけている。一方通行の中にある常識が一個も通用しない。
一方通行「ク…ソッ……タレ……」
薄れていく意識の中、二度と見たくなかったはずの、インデックス、打ち止め、ミサカの泣き顔が、彼の視界を埋め尽くした。
エイワス「彼を庇ったか。お優しいことだな、アレイスター」
アレイスター「彼とて私の計画の要だからな。死んでしまうのは非常に困る」
意識を失い、アレイスターとエイワスの間に崩れ落ちる一方通行。
うつ伏せに倒れた一方通行の体から、どろどろと血だまりが広がっていく。
アレイスター「おっと、しまった。血流を制御していたベクトル操作まで断ち切ってしまったか。急ぎ手当てをしなければ」
アレイスターはそう言って、ずっとその場に立ち尽くしていた結標淡希に目を向けた。
結標「ひ、あ……」
目の前で起こっている出来事の次元が違いすぎて、成り行きを見守るしかなかった結標に向かって、アレイスターは口を開く。
アレイスター「という訳で、私はとても忙しく、君に構っている暇はない」
エイワス「私は君に興味がない」
アレイスター「尻尾を巻いて逃げたまえ。もちろん、君がそう望むなら殺してあげるがね」
結標淡希は去った。
アレイスターは今、意識を失った一方通行を伴って『案内人』たる結標も知らない『窓のないビル』最深部へと足を踏み入れている。
そこは異様な空間だった。
広さはさほどではない。いやむしろ狭いと言ってしまっていいだろう。
直径十メートルにも満たない円形の部屋。
赤く照らされた床に、壁や球形の天井に隙間なく走るコード。
赤色の部屋であることもあって、壁や天井を走るコード類はまるで血管のようだった。
そう例えるならば、この部屋は『窓のないビル』の心臓――か。
部屋の中心に、死刑用の電気椅子を思わせる重厚な造りの椅子が二つ背中合わせで置かれていた。
その内のひとつに、アレイスターは一方通行を座らせる。
エイワス「ふむ、ここまで早く『一方通行』を手中に収めたとなると、君の『プラン』も中々順調なようだなアレイスター」
アレイスター「あぁ、順調だよエイワス。ここまで気分が高揚しているのは本当に何百年ぶりかわからない」
エイワス「しかし随分と早く私を現出させたものだ。もしや少し焦っているんじゃないか?」
アレイスター「焦ってはいないよ。急ぎはしたがね。エイワス、『ヒューズ=カザキリ』を通して現出させたあなたの体、少し確かめさせてもらっていいか」
エイワス「ん? 何か不満があるか? まあ、いい。好きにしたまえ」
アレイスター「ありがとう」
ドスン、と奇怪な音がした。
アレイスターの腕が、エイワスの、人で言えば心臓がある辺りを貫いていた。
エイワスの顔に、ほんの少しだけ驚愕の色が滲み出た。
エイワスの体が輝きだす。
背中から出現していたあの翼のような、蒼白いプラチナの輝きがエイワスの全身から放たれている。
エイワス「まさか…もう準備を終えたというのか?」
アレイスター「色々あったのだよ、エイワス。全てが私の望みどおりに転がった。信じ難いだろうが、既に『幻想殺し』は覚醒しているのだ」
エイワス「この段階で……? 些か進みすぎだよ、この歴史は……」
まいったな、とエイワスは諦観の様な表情をその顔に浮かべた。
エイワス「これでは私は君の食い物にされるために出てきただけじゃないか、アレイスター」
エイワスの体が次第に輪郭を失っていく。
その気になればあっさり世界を滅ぼせる程のエネルギーが、アレイスターを介し、『窓のないビル』を介し、学園都市を介し、世界中に拡散していく。
エイワス「折角の現出だ、もう少し楽しみたかったが……まあ、それもこの歴史の定めということか」
アレイスター「感謝するよエイワス。この術式の知識も、貴方が私に与えてくれたものなのだから」
エイワスの体が完全に溶けて消えていく。
『エイワス』という莫大なエネルギーが、世界を満たす。
『グループ』の隠れ家では、全身に汗をびっしりとかいて苦しみに呻く打ち止めの手当てが行われていた。
土御門「くそ…! また新たな記述が書き加えられやがった…! カミやん! もう一度打ち止めの頭を触れ!!」
上条「わ、わかった!」
打ち止めに干渉している魔力の正体を必死で探りつつ、土御門は叫ぶ。
上条は土御門に言われた通り、右手で打ち止めの頭を撫でるように触った。
ほんの少しだけだが、打ち止めの呼吸が柔らかなものになる。
美琴「打ち止め…! ねぇ、アンタ達は大丈夫なの!?」
番外個体「ミサカは問題ないよ、お姉様」
ミサカ「右に同じです、とミサカはお姉様の問いに答えます」
番外個体「昨夜の現象と今回の物は何かが根本的に違ってる。今回の強制演算の負荷はほとんど打ち止め一人に集中してしまってるみたいだ」
美琴「そんな…! 打ち止め…!!」
ステイル「インデックス。君にもわからないのか?」
ステイルの問いにインデックスはふるふると首を横に振る。
その瞳には涙が溜まっていた。
十万三千冊の魔道書という知識を持ちながら、今の状況に対し何の答えを出せない自分をインデックスは責めていた。
打ち止め「う…く…」
上条「くそ…! どうしてだ! どうしてこの子達ばっかりこんな目に遭わなきゃならない!!」
ガタン、と扉を乱暴に開く音がした。
全員が反射的にそちらを振り向く。
土御門「結標淡希…!?」
海原「どうしてあなたがここに…!? 今は窓のないビルにいるはずでは!?」
結標は答えず、ただ、荒くなった息を整えている。
次から次へと込み上げる吐き気を必死で飲み込んでいる。
インデックス「ねえ…待って…? あなた、もしかして一人なの…?」
インデックスが呆然と口を開く。
インデックス「あくせられーたは…? あくせられーたは、どこ!?」
インデックスの叫びに、結標はただ首を横に振る。
土御門「結標! 何があった! 状況を報告しろ!!」
焦れた土御門が結標の上着、その襟首を掴み上げた。
結標「あ…う…ぐ、おぇ…!」
言葉を紡ごうとして、しかしそれは途中で吐き気に転化する。
土御門(完全に心を折られてやがる…! 結標ほどの女が…!)
インデックス「教えて! あくせられーたはどうしたの!?」
結標「……一方通行は……負けたわ……」
インデックス「!?」
上条「……そんな…!」
インデックス「うそっ! うそうそ!! そんなの、うそだぁっ!!」
土御門「……死んだのか?」
結標「う…おぇ…死んでは、いない……でも…」
逆に生かされたということが、彼のこれからの悲惨な末路を予感させる。
暗部に身を置いて様々な『闇』に触れてきた結標や土御門にとって、それはなおさらのことだった。
だが、そんな中で、部屋に満ち始めた絶望感に目もくれず立ち上がった者達がいた。
番外個体「ゲロゲロ吐きそうになってるとこ悪いけどさ、もう一働きしてもらうよ」
ミサカ「ミサカ達をあの人のいる場所に連れて行きなさい、とミサカは命令します」
上条「お前ら…!」
番外個体「ミサカはあの人に借りを作っちゃったからさ、さっさと返しちゃわないと気分が悪い。そんだけ」
ミサカ「敵の居城に捕らわれたお姫様を助けに行くというのはゲームでも王道のシチュエーションです。故に、ミサカ達がここで動かない理由はありません」
番外個体「あはは、いいねそれ。じゃあミサカがマリオで、あなたがルイージだ」
ミサカ「逆でしょう、とミサカは調子に乗っている末妹を戒めます」
番外個体「んで、あの人がピーチ姫? ぎゃはは! 似合わねー!!」
ミサカ「ならばあの人は何王子と呼ぶのが適切でしょう、とミサカは頭を巡らせます」
番外個体「もやしでいいじゃん、もやし王子。やっべーピッタリだよこれ、はまりすぎ。ぎゃははっ!!」
ミサカ「あの人を侮辱する発言をミサカは許しません、が、確かにそれ以上あの人に相応しい呼称をミサカは思いつくことが出来ません。ちっくしょう」
学園都市第一位の超能力者(LEVEL5)である一方通行でも歯が立たなかった奴等が相手。
それをきちんとわかっていて、それでも。
LEVEL4とLEVEL2にしか過ぎぬ力しか持たなくても、それでも。
ミサカシスターズは前に進む。
番外個体「ミサカ達の残機はいくつだったっけ? 9981?」
ミサカ「やはりあなたは何もわかっていませんね番外個体、とミサカは失望を隠さずため息をつきます」
ミサカ「これだけは、その胸に深く刻み込みなさい。その不必要に大きく調整された胸に」
ミサカ「ミサカ達は、これ以上一人だって死んでやることは出来ません」
番外個体「はいはい了解。ミサカの魅力的なこの胸に確かに刻み込んどくよ」
打ち止め「ミサカも…行く……」
ふらふらと、打ち止めが立ち上がっていた。
全身にびっしり浮かんでいた汗は引いているが、それでも完調には程遠いのが見て取れる。
美琴「打ち止め! あんた大丈夫なの!?」
打ち止め「うん…ってミサカはミサカは頷いてみる。何だか突然、ミサカにかかってた負荷が大きく軽減されたんだよ、ってミサカはミサカは重ねて説明してみたり」
打ち止め「話は聞こえていたよ…あの人を助けに行くんでしょ? ってミサカはミサカは分かりきった確認を取ってみる」
打ち止め「なら、ミサカも行く…! 駄目だって言われてもついていくからね! ってミサカはミサカは決意表明してみたり!」
ミサカ「というか、ミサカは元々上位個体の命令を拒否する権限を持ちませんし、とミサカは上位個体の言葉に従う意思を示します」
番外個体「昨日からあなたの命令を拒否ばっかしてたミサカだけどさー、えへへ、今回の命令は聞いてあげるよ」
インデックス「私も行く! 私もあくせられーたを助けにいくから!!」
打ち止め「え~? 『歩く教会』を失くしたあなたなんて足手まといにしかならないんじゃないの? ってミサカはミサカは意地悪を言ってみる」
インデックス「それでも行く! 行くんだもん!!」
打ち止め「うん、一緒に行こ! ってミサカはミサカは手を差し伸べてみる! 勿論さっきのはミサカ一流のジョークだからね!!」
「いやあ、行けないさ。ネットワークの要である君達の来訪はむしろ歓迎するが――『禁書目録』、君だけは行けない」
突如部屋の中央に現れたその男に、全員の視線が集中した。
長い銀色の髪の、男にも女にも大人にも子供にも老人にも見える『人間』。
土御門は、ステイル=マグヌスはこの男の正体を知っている。
結標淡希は忘れていない。もう彼女はそいつを忘れることができない。
「アレイスター=クロウリィィィィィーーーーーー!!!!」
彼の名を知る者達の絶叫が重なった。
土御門「四獣に命を! 北の黒式、西の白式、南の赤式、東の青式!!」
海原「原典『月のウサギ』迎撃用記述長距離射撃――『ウサギの骨』!!」
ステイル「炎よ! 巨人に苦痛の贈り物を!!」
神裂「『七閃』ッ!!」
美琴「ずぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
眩い光が部屋中に満ちた。
土御門の一撃も。
海原の閃光も。
ステイルの炎も。
神裂の刃も。
御坂美琴の電撃も。
全て、アレイスターの全身から放たれた極彩色の光の前に飲み込まれて消えた。
光がやんだ時―――その場に立っていたのは、上条当麻とアレイスターの二人だけだった。
上条「な…に…?」
上条は慌てて部屋を見回す。
今の今までこの部屋にいたはずの皆の姿が、跡形もなく消えていた。
上条「何をした……」
上条の右手から顕現した『竜王の顎』が牙を剥き、唸る。
上条「皆に……何をしたあッ!!」
アレイスター「安心しろ。誰も死んではいない。少し場所を移動してもらっただけだ」
その身に迫った『竜王の顎』をあっさりとかわし、アレイスターは上条の背後に出現する。
アレイスター「話をしようじゃないか、上条当麻」
上条「話…だと…?」
上条は振り向き様に右手で裏拳を放つ。
再びアレイスターの姿が消えた。そして現れたのは部屋の天井。
重力を無視し、逆さまに立つアレイスター=クロウリー。
上条「なら…まず教えろよ」
アレイスター「何だ?」
上条「あの子を……風斬氷華をあんな目に遭わせたのはお前か?」
アレイスター「そうだ」
上条「これからも、あの子のような犠牲者を生み出していくつもりか?」
アレイスター「場合によってはそうなるな」
上条「そうやってたくさんの人を傷つけて、お前は一体何がしたいんだ?」
アレイスター「汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん――私はその理念に従って動いているに過ぎない」
上条「答えになってねえよ」
アレイスター「答えるわけにはいかないのだよ」
上条「もうこんなくだらない事はやめろ」
アレイスター「それは出来ない」
上条「なら…」
ぎり、と上条は拳を握る。
上条「もうテメエと話すことなんてねえよッ!!!!!!」
上条は天井に向かって、一切の容赦なく『竜王の顎(ドラゴン・ストライク)』を叩き付けた。
アレイスター『ひとまずはお別れだ。私もこれで忙しい』
ガラガラと倒壊する廃墟の中で、アレイスターの声だけが響いている。
アレイスター『君の頭が冷えた頃にまた来よう。その時は三分で構わん、私の言葉に耳を傾けてくれ』
上条「待てッ!! テメエ、どこに行きやがる!!」
アレイスター『為すべき事を為しに。それではまた会おう、上条当麻』
それきり、アレイスターの気配は消えた。
上条「くそッ!!」
上条は今にも崩れ落ちそうな壁に拳を叩きつける。
上条「どこまで…どこまで無力なんだ俺は……!!」
拳の痛みなど、全く気にならなかった。
インデックス「ここ…どこ…?」
インデックスは学園都市のどことも知れぬ路地裏に飛ばされていた。
右も左も東も西も全くわからないが、それでも立ち止まっているわけにはいかない。
インデックス「早く…早くあくせられーたの所に行かなくちゃ…!」
インデックスは駆け出し――しかし、その足はすぐに止まってしまう。
インデックス「あ…う…」
目の前に現れたのは、男にも女にも大人にも子供にも見える『人間』――アレイスター=クロウリー。
アレイスター「エイワスの莫大なエネルギーで二つの異なる界を重ねる事には成功した」
怯え、後ろを振り返り、インデックスは駆け出す。
インデックス「え!?」
しかし、そこには前方にいたはずのアレイスターが佇んでいた。
さらに後ろを振り返る。居る。そこにもアレイスターは立っている。
インデックス「ど、どうなってるの!?」
瞬間転移か、存在の分裂か。
わからない。そのどちらかかも知れないし、どちらでもないかもしれない。
わかっているのは、どうあっても逃げられないということだけだった。
アレイスター「しかし、それだけでは足りない。『彼等』がこの世界に『光臨』するには、存在の証明と『力』をこちらに引き出すための方法論が必要だ」
アレイスターがその手をインデックスに向かって掲げた。
アレイスター「つまりはそれが君の中に眠る十万三千冊の魔道書だ。『禁書目録』」
アレイスターの手から放たれた得体の知れない光がインデックスを直撃する。
インデックス「うぁあ!!」
アレイスター「君を守る『歩く教会』ももう存在しない。土御門は本当にいい仕事をしてくれた!!」
輝く光がインデックスの足元に複雑怪奇な魔方陣を描き出す。
魔方陣を描かれた地面が砕け、光の柱が噴出した。
まるで火山の噴火のように高々と天を衝く光に飲み込まれ、インデックスの体が空へと撃ち出される。
その高さ、実に三百メートル。
地面から天に向かって聳え立つ光の柱は姿を消さず、そのままインデックスの体を中空へ縫い止める。
光の柱からさらに、今度は水平に光が伸びた。
インデックスの体を交差点として交わる縦の光と横の光。
光が描く図形の意味はもはや明確だった。
インデックス「あ…く…せ…ら……れー……た………」
日の出を迎えた太陽の光がインデックスの姿を照らし出す。
それは、十字架だった。
天に向かって聳え立つ巨大な光の十字架に、インデックスは磔にされていた。
アレイスター「最終計画発動―――――――――『最後の審判』だ」
その瞬間、地球上から夜が消え去った。
朝を生きていた者も、昼を生きていた者も、夜を生きていた者も、皆目覚め、一様に空を見上げた。
地球上の全ての空は黄金に輝いていた。
その意味を知る者は跪き、ただ祈りを捧げた。
その意味に気付かぬ者は、目の前の威容にただ目を見開いた。
黄金の光の正体は翼だった。
空一面に顕現した天使達の持つ翼の輝きだった。
100億の天使達が空を埋め尽くす。
世界の終わりが始まろうとしていた。
<幕間>舞台の裏で―――神の右側に座する者達
「チッ―――まったく、何てことだ」
豪華な椅子に深々と腰掛けた尊大な態度の男が苛立たしげに唇を歪める。
部屋の中ではもう一人、屈強な肉体を持った長身の男が窓の外を眺めていた。
「これは一体何事であるか? あれ程の数の天使―――尋常な事態ではあるまい」
「考えられん。どこかの馬鹿が何万年、何億年後に訪れるはずだった『終末の日』を前倒しにしやがった。このままでは世界が終わるぞ。呆気なく、あっさりと、何の余韻もなく」
「ならばどうする?」
「どうも出来んよ。俺様はもはや道化師(ピエロ)になることすら出来ん。『神の右席』はもう舞台に上がる事すら許されんのだ」
尊大な男はもう一度チッ、と舌を鳴らす。
窓の外を眺めていた男は一言そうか、と呟くとその足を部屋の入り口に向けた。
「では神の右席はここで解散ということだな。世話になった」
「……足掻くか、アックア」
「じっとしているのは性に合わんのである。貴様はどうするのだ、フィアンマ」
「ジタバタするのは趣味じゃない。俺様はここで成り行きを見守る事にするさ」
学園都市第六学区に飛ばされた御坂美琴もまた、息を呑んで空を見上げていた。
美琴「何コレ…何がどうなってるの?」
空を埋め尽くす渡り鳥の群れをかつて美琴は見た事がある。
当時幼かった美琴はその光景に恐怖すら感じたものだった。
今、記憶に残るその光景よりもさらに密度濃く、翼を生やした人型の何かが空を埋め尽くしている。
まるで、おとぎ話に出てくるような天使さま。
だけど今、美琴の心は幼い時と同じで―――恐怖しか感じていなかった。
その時、空を席巻する天使の群れを引き裂くように、黒い影が次々と空に現れた。
美琴「アレは…戦闘機…!?」
美琴の居る所からでは遠すぎて、現れた数十の戦闘機が学園都市製なのか、それとも余所から派遣されたものなのかもわからない。
けれど、どの道それを知る必要はなかった。
いくつもの爆発が連続し、戦闘機はあっという間に空から消え失せた。
天使が空から降りてくる。
美琴は折れそうになる膝を必死で押さえつけた。
間近で見る天使の姿は、なんだか昔絵本で見たようなイメージとはかけ離れていて。
何の表情もないマネキンに翼が生えているみたいだ、と美琴は思った。
そしてその翼の生えたマネキンは、やっぱり何の表情も浮かべないまま、美琴に向かってその腕を振るう。
不可視の力が美琴の体を吹き飛ばした。
美琴「ぷぁッ!!」
美琴は空中で磁力を展開し、体勢を立て直す。
スカートのポケットに手を突っ込んで、御坂美琴は彼女の最大の武器を取り出した。
美琴「上ッ等! 何が起こってんのかさっぱりだけど、あんた等が何なのか何の見当もつかないけど!!」
地面に着地して、美琴は右手に持ったゲームセンターのコインを親指に乗せる。
美琴「やるってんなら、相手になってやろうじゃないのッ!!!!」
そして美琴は自身の通り名にもなっている最大火力の必殺技、『超電磁砲』を放った。
美琴「嘘…でしょ…?」
目の前の光景に、美琴は呆然と呟いた。
『超電磁砲(レールガン)』が通り抜けたその後には―――何事もなかったように天使の群れがふわふわと漂っていた。
美琴「効いてない…? そんな…!?」
美琴の放った一撃は、天使達に何の影響も与えていなかった。
かの少年の『幻想殺し』のように無効化されたわけではない。
かの少年の『一方通行』によって反射されたわけでもない。
音速の三倍で天使の体を直撃したはずのコインは、本当に文字通り天使の体を『通り抜けて』いた。
確かに目の前にいるはずなのに、そこにいないような違和感。
常時その身から周囲に放出されている電磁波によって、物体の存在を感じる事が出来る美琴だからこそ、その違和をより強く感じていた。
美琴「何よ…何なのよ…!」
訳が分からないというのは最も性質が悪い。対策を講じる事が全く出来ないからだ。
心が折れそうになる。とにかくその場を逃げ出したくなってしまう。
だけど、次の瞬間美琴の目に飛び込んできた光景が、そんな弱気な心を一瞬で吹き飛ばした。
ここは学園都市第六学区。学園都市で最もアミューズメント施設が集中した地域。
幸せな休日を過ごしていたのであろう家族が、天使の『不可視の力』に押し潰されようとしている。
美琴は絶叫し、突撃した。
勝てるかどうかなど、一切考えなかった。
学園都市第七学区――『窓のないビル』からそう遠く離れていない所に、打ち止め、ミサカ、番外個体の三人は集結していた。
打ち止め「よかった! 何とかみんな無事に合流できたね! ってミサカはミサカは再会を喜んでみる!」
番外個体「こういう時ってホントにミサカネットワーク便利だよね」
ミサカ「しかしこの状況は一体どうした事でしょう、とミサカは疑問を投げかけます」
番外個体「そんなもんわかる訳ないよ。ただまぁ、ひょっとしたら」
周囲を雲霞の如く飛び交う天使の群れを見上げ、番外個体はぎゃはっ、と笑った。
番外個体「ミサカ達は…ううん、もしかすると世界そのものが、とんでもない『幻想』の中に放り込まれちゃったのかもしれないね」
ぐりん、と天使達の顔が打ち止め達の方を向いた。
辺りを飛び交っていた十二体の天使達が、打ち止め達三人を攻撃目標に設定する。
打ち止め「わっ、わっ、こっちにくるよ!」
番外個体「下がりなよ二人とも。ミサカの力はあなた達より強い。こいつ等の相手はミサカがする」
ミサカ「しかし、どんなにレベルが高かろうと奴等には攻撃そのものが通じません、とミサカは残酷な事実を述べます」
番外個体「そうなんだよねー。さて、どうしよっかな~」
直後、三人の前で、雄叫びと共に莫大な『不可視の力』が巻き起こり――――天使達が吹っ飛んだ。
打ち止め「ほよ?」
打ち止めを始め、ミサカも番外個体も目を丸くしている。
彼女達の前に、奇妙な男が現れていた。
額に巻かれたハチマキに、太陽をモチーフにしたようなデザインが描かれたTシャツ。
その肩には白い学ランを引っさげている。
だっせえ、と思わず番外個体は呟いていた。
「こんなか弱い女の子達まで狙おうなんざ、てめえらとんだ根性なしだ」
古きよき時代の番長を気取ったようなスタイルのその男は、天使を恐れることなく見栄を切る。
「そんな腐った根性は、このオレが叩き直してやる!!」
男は――学園都市第七位のLEVEL5、『ナンバーセブン』、削板軍覇(そぎいたぐんは)は十メートル以上離れた天使達に向かって拳を振るった。
同時に、叫ぶ。この一撃こそが彼の必殺。その名も、
「すごいパァァァァンチッ!!!!!!」
削板軍覇の拳から放たれた不可視の力が距離を無視して天使達を吹っ飛ばした。
きたか…!!
( ゚д゚ ) ガタッ
.r ヾ
__|_| / ̄ ̄ ̄/_
\/ /
削板「っシャア!! 無事かお前ら!!」
打ち止め「今の一撃、一体どういう理屈なの? ってミサカはミサカは未だに目を丸くしながら呆然と呟いてみたり」
削板「理屈なんて関係ない! オレの熱き根性を拳に乗せて放っただけだ!!」
番外個体「あ、暑苦しい野郎だね」
ミサカ「というか、あなたは一体何者なのです? とミサカは当然の疑問を漏らします」
削板「オレの名は削板軍覇。七人のLEVEL5の七人目、『ナンバーセブン』の削板軍覇だ!!」
削板の名乗りにあんぐりと口を開ける打ち止め、ミサカ、番外個体。
打ち止め「こ、この人がお姉様と同じLEVEL5…? ってミサカはミサカはさすがにびっくりしてみる……」
ミサカ「名前だけはデータに登録されていましたが、まさかこんな人物だったとは…とミサカは驚きと呆れを隠せません」
番外個体「ってか、何でLEVEL5の連中ってのはこんなに揃いも揃ってアクが強いわけ? 何だかお姉様が普通に見えちゃうよ」
削板「おいやめろ! そんなに褒めるな! 照れるだろ!!」
ミサカ’s「誰も褒めてねえっての」
削板「さて、ここは危険だ。お前たちはさっさと安全な所へ逃げな」
番外個体「悪いけど、そんな訳にもいかないんだよね」
削板「何…? オイ、わかってるのか? アイツ等は本当に危険なんだぞ?」
ミサカ「わかっていますよ、とミサカは即答します」
打ち止め「それでもミサカ達には助けに行かなきゃならない人がいるの、ってミサカはミサカは屹然と述べてみたり」
削板「お前ら……」
学園都市第七位のLEVEL5、『ナンバーセブン』の削板軍覇は、その顔に笑みを浮かべた。
削板「いいな…お前ら……いい根性だ……!」
削板の体から不可視の力が迸る。
周囲の砂を巻き上げるその勢いは、さながら竜巻のようだった。
削板「よぉしわかった! オレはオレでやることがあるからついていくことは出来ないが、せめて今! お前達の道を塞ぐこいつ等だけは吹っ飛ばしてやる!!」
打ち止め「ありがとう! ってミサカはミサカは精一杯の感謝の言葉を叫んでみる!!」
削板「礼はいらねえ!! その代わり、お前らは必ず助けたい奴とやらを助け出せ!! この削板軍覇との約束だ!!」
番外個体「おっけぇ! 確かに承ったよ!!」
削板「行けぇッ!!」
削板軍覇の一撃によって出来た天使の群れの空白を、打ち止め達が駆けだす。
削板軍覇はそのまま、打ち止め達の後を追おうとした天使達の前に立ち塞がった。
削板「気をつけろよてめえ等。今のオレはめちゃくちゃいい気分なんだ」
無限にすら思える天使の群れを前にして、削板は一切怯える様子を見せない。
ただ泰然と、ただ悠然と、そして雄雄しく立つ姿は、まさしく仁王立ちと呼ぶに相応しい。
削板「あんな女の子達に、あんな根性見せられちゃあよぉ…こっちも燃えねぇわけにはいかねぇだろうが!!!!」
噴き出す闘志はそっくりそのまま彼の力に変換される。
もはや目に見えさえする程の闘気を纏い、削板軍覇は大地を蹴った。
削板「『ナンバーセブン』の削板軍覇!! てめえ等みてえな根性なしに止められると思うなッ!!!!」
削板の目の前に展開する天使の数はおよそ三千体。
しかし、恐れず。しかし、怯えず。
削板軍覇は一切の躊躇なく正面から正々堂々と天使の群れに突っ込んだ。
上条「おぁぁ!!」
上条は右手から顕現した『竜王の顎』を振るい、周囲を飛び交う天使達を喰らい潰していく。
しかし天使達は次から次に現れ、上条の周りを取り囲む。
上条「くそ…! キリがねえ…!! ……あれは…!?」
上条の目の前で一人の少女が天使に襲われていた。
少女も何かしらの能力者なのだろう。その手から必死に炎を生み出し、天使にぶつけている。
しかし少女の力は天使に何の影響も与えず、不可視の力が少女の体を薙ぎ払おうとして―――
―――上条の右手が、一撃で天使を粉砕した。
上条「大丈夫か!?」
少女「あ、ありがとうございます……」
上条「ここは俺に任せて、早く安全な所へ逃げろ!!」
少女「で、でも…」
少女は涙に濡れた瞳で辺りを見回す。
右も左も、前も後ろも、空も、飛び交う天使で一杯だ。
少女「安全な所って、どこですか……?」
上条「そ、それは……」
上条は、少女の問いに答える事が出来ない。
アレイスター「その少女を救いたいか? 上条当麻」
声に、振り返る。
そこに居た男の姿を確認し、一気に上条の頭が沸騰した。
上条「アレイスタァァァァぁああああああああああ!!!!!!」
『竜王の顎』がその獰猛な牙をアレイスターに向ける。
その牙が触れる刹那、アレイスターの姿が掻き消え、大きく回りこむように今度は上条の背後に出現した。
アレイスター「やれやれ、易々とその力を振るうのはやめてくれないか。今の私に恐れる物は皆無と言って差し支えないが、それでもその力だけは例外なのだ」
上条「黙れ!! 今のこの状況もお前が招いたことなんだろうが!!」
アレイスター「私はただスケジュールを少し繰り上げたに過ぎんよ。どちらにせよいずれ人類はこの『終わりの日』を迎えねばならなかった」
上条「また、訳のわかんねえことを……!」
アレイスター「もう一度繰り返すぞ上条当麻。その少女を救いたくはないのか?」
上条「く…!」
上条は、突然現れた謎の男に怯え、自身の腕にすがり付いている少女を見る。
アレイスター「その少女だけではない。この世界に存在する『みんな』を、君は救いたくはないのか?」
どこかで何かが爆発する音が聞こえた。
断続的に上がる誰かの悲鳴は、さっきからずっと上条の耳に届いている。
上条「くそ…どうしてだ…!! この天使達一人一人はそんなに強いようには思えない。なのに何でこんなに一方的にやられちまうんだ!!」
アレイスター「さっきの少女の戦闘を見ていなかったのか? 天使達には一切の物理的干渉が通じない」
上条「なっ…!?」
アレイスター「通じるのは君の『幻想殺し』を始めとする極一部の例外だけだ。それだけで奴等に対応するなんてとてもとても」
上条「そんな…! それじゃ、皆なぶり殺しにされるだけじゃねえか!!」
アレイスター「ああ、そうだ。その通りだ。さて、正しく現状の認識が出来た所で、さらに先程の言葉を繰り返させていただこう」
アレイスターはあくまで飄々と、上条当麻を見据え、言った。
アレイスター「この世界に存在する『みんな』を救いたくはないか? 上条当麻」
打ち止め「ぶわわーーー!! ってミサカはミサカは天使達の猛攻を華麗に掻いくぎゅ、いったーい!! 舌噛んだーー!!」
番外個体「まったく、こんな状況なんだからいい加減その鬱陶しい口癖やめなよ」
打ち止め「み、ミサカの大切なアイデンティティをそんなにあっさり否定しないで欲しいんだけどっ!?」
ミサカ「番外個体の言う事は正鵠を射ていますよ上位個体、とミサカはいつまでも無邪気キャラを口調でアピールするあなたに正直辟易していたことをここでぽろっと漏らします」
番外個体「いや、言っとくけどあなたもだからね」
打ち止め「むぐぐ~…! ってミサカはミサカは本気で泣きそうになってみたり…ってあれ? あの人は…」
番外個体「幻想殺しのヒーローさんだね。そんで、その前にいるのは……」
上条当麻を先導するように進むその人影の正体に気付き、三人は一斉に息を呑んだ。
ミサカ「アレイスター=クロウリー……あれは一体どういう状況なのでしょう、とミサカは疑問を呈します」
番外個体「正直さっぱりわからないけど、やることは決まってるよね」
打ち止め「尾行だね、ってミサカはミサカは頭の中からマニュアルを引き出しつつ提案してみる」
アレイスター「ここだ」
アレイスターは突然廃墟のど真ん中で歩みを止めた。
上条当麻は怪訝そうに辺りを見回す。
上条「ここ、って……何にも無いじゃないか」
アレイスター「そこの床を右手で触りたまえ」
上条は言われるままに、アレイスターが指し示した部分に右手を押し当てた。
キュゥン――! と甲高い音がして、辺りの景色が一変した。
廃墟だったはずのそこは、何も無い更地となっており、そこにぽっかりと地下に降りる階段が空いている。
上条「これは…」
アレイスター「幻視魔術だよ。その階段が窓のないビルへの裏口だ。進みたまえ」
上条は地面に跪き、階段の下を覗き込んだ。
中は薄暗く、とても下までは見通せない。
アレイスター「罠ではないよ。安心しろ」
上条「そうかよ」
カツン、カツンと階段を降りる。
アレイスター「ここは、表向きは『窓のないビル』への物資搬入口として使われていた」
響く足音は上条の物だけで、前を行くアレイスターはふわふわと宙を漂いながら階段を降りていく。
アレイスター「だが、真実は違う。この入り口は君を『窓のないビル』の中へ招くためだけに作られたものだ」
君にテレポートは効かないからね、とアレイスターは続けた。
しばらく階段を降ると、やがて広い空間に出た。
そこまで深く降りてはいない。体感的には地下三階か四階といったところだ。
そこは駅のプラットホームのような場所だった。
トンネルがずっと奥まで続いていて、下には線路が敷かれている。
アレイスターの言葉によれば、恐らく窓のないビルまで繋がっているのだろう。
線路の上に、モノレールが置いてあった。物資の運搬に使っていたものにしてはやけに小さい。
というか、どうみても一人用だった。
アレイスター「先に行って待っている。君はそれに乗ってきたまえ。車両の中央に陣が描いてある。そこを君の右手で触れば動きだすはずだ」
上条「……やっぱり罠じゃねえだろうな」
アレイスター「疑うなら歩くのもいい。それは君の勝手だ。しかし歩けば確実に三十分はかかるぞ。その間に君の大切な『みんな』が何人死ぬかな?」
そういい残してアレイスターは消えた。
上条「ちっ…」
選択の余地はなく、上条はモノレールに乗り込む。
少しの間があって、モノレールは凄まじい速度で発射された。
それから少しの時が立って、プラットホームにとたとたと降りて来る三つの影があった。
打ち止め、ミサカ、番外個体の三人である。
打ち止め「あれ? あの人はどこに行っちゃったんだろう? ってミサカはミサカは辺りをキョロキョロしつつ発言してみる」
ミサカ「察するに、その場所にモノレールか何かがあったのではないでしょうか、とミサカは意見を述べます」
番外個体「なーんか、コレ、当たりっぽいね。この道を進めば窓のないビルに入れるんじゃないの?」
そう言いながら番外個体はトンネルの奥を指差す。
一切の明かりが無いその道は、地の底まで続いているかのような不気味さを見る者に伝えた。
打ち止め「ええ、この道を行くの? ってミサカはミサカは恐る恐る確認を取ってみる」
ミサカ「問題ないでしょう、とミサカは暗視スコープをセットしつつ臆病な上位個体に答えます」
打ち止め「ああ! ずるい! それ貸して!!」
番外個体「暗闇を想定した軍事行動マニュアルもミサカ達の中にはインストールされてるでしょ…何ガキみたいに怯えてんのさ」
打ち止め「そ、それでも怖いものは怖いんだもん! ってミサカはミサカは……」
三人の少女達は暗闇の中を進んでいく。
その奥にいるはずの、真っ白な少年の姿を求めて。
『窓のないビル』の最深部にして心臓部―――直径十メートルにも満たぬ、円形の赤い部屋。
アレイスターによって導かれ、その部屋に足を踏み入れた上条は目を見開いた。
部屋の中央で背中合わせに鎮座する二台の重厚な造りの椅子。
その一台に座っていたのは、
上条「一方通行ッ!!」
上条は、頭や手足に様々なコードを取り付けられた一方通行の名を呼んだ。
しかし、一方通行は何の反応も返さない。
意識を失っているのか、それとも、既に―――――
アレイスター「生きているよ。意識を失っているだけだ」
上条の脳裏に浮かんだ疑念を、アレイスターが否定した。
アレイスター「彼が負った傷に関しては万全の処置を施した。もう傷跡すら残っていない。彼もまた、私の切り札の要なのだから」
上条「お前は俺たちを使って何をしようとしている。切り札ってのは何だ」
アレイスター「『虚数学区・五行機関』」
アレイスターはその名を口にした。
アレイスターは語る。
自身の切り札、『虚数学区』の全容を。
上条「それを使えば……みんなを救うことが出来るのか?」
アレイスターの説明の全てを理解できた訳ではない。
だから上条は確認する。
アレイスター「少なくとも、大きく傾いた天秤を水平に戻す事は出来る」
アレイスターの答えはひどく曖昧だ。何の確証も得られない。
だが、このままでは上条のよく知る『みんな』も、そうでない『みんな』も天使に蹂躙されてしまうことだけは確かなことだ。
上条は空いたもう一つの椅子に向かって、一歩足を踏み出した。
まるで、死刑に使う電気椅子を思わせるような、重厚で、酷く不吉な雰囲気の椅子。
アレイスター「その椅子に座れば恐らく君は死ぬ」
アレイスターはあっさりとそう言った。
びくり、と上条の体が震え、その足が止まる。
上条「な…に…?」
アレイスター「虚数学区・五行機関が発動すれば、要たる君の『生命力(マナ)』は大量に消費される。命を保つ事が難しい程に」
アレイスターは上条につらつらと語り続ける。
まるで楽しんでいるような顔で。
まるで試しているような声で。
アレイスター「君の力ならばこんなものに頼らずとも身近な『みんな』を救う事は出来るだろう」
ビュン、と空中にモニターが浮かぶ。
そこには、敵わないと知りながら、それでも必死に皆を守る美琴の姿が映っていた。
そこには、特殊な力など何も持たない両親が、それでも必死に生き抜こうとしている姿が映っていた。
モニターは次々と出現し、彼のよく知る人物達の姿を映し出す。
アレイスター「君の右手はきっと、彼女、或いは彼等を救う事が出来るだろう。共に抗い、共に生きていく事が出来るはずだ」
―――なにも顔も知らない『みんな』のために、君がその身を犠牲にする必要はないはずだ
アレイスターは囁くように言ってから、
アレイスター「選ぶのは君だ、上条当麻。誰も君に救いを強制したりはしない。君が、君自身の意思で選ぶんだ」
そう締めくくった。
上条には、アレイスターの意図がまるで掴めなかった。
上条「お前は…一体何がしたいんだ?」
それは本当に素朴な疑問だった。
最初は人類を滅ぼしたいのかと思った。
しかし、聞けばこの状況を切り抜けるための切り札を用意しているという。
ならば、滅ぼしたいのは天使達なのか?
そうは思えない。
もしそうならば、問答無用に、手段を選ばず、上条をその椅子に座らせればいいだけの話だ。
何故上条の決意を鈍らせ、引き止めるような真似をする?
アレイスター「私は答えを知りたいだけなのさ」
返ってきたのはまた曖昧な答えだった。
上条はしばらく、目を瞑って色んなことを思い出していた。
脳裏に色々な思い出が浮かぶ。たくさんの人の顔が上条の脳裏をよぎる。
思い出す記憶は暖かなものばかりで、上条は少しだけ悩んだけれど―――やっぱり答えはひとつしかなかった。
目を瞑ったまま、上条は一歩、椅子に向かって進む。
お前の『ソレ』は悪癖だ、と上条はかつて土御門に言われたことがある。
でも、仕方が無い。自身の心の欲求に、素直に従った結果がこれなんだ。
上条「ごめんな」
自然と言葉が口から漏れた。
それが誰に向けてのものだったのか、上条自身にもいまいちよくわからない。
目を開ける。うな垂れて椅子に座る一方通行の姿が目に入った。
上条「一方通行はどうなる?」
アレイスター「安心したまえ。彼はあくまで虚数学区を理想的な方向に展開するための制御装置に過ぎん。体にかかる負荷は君とは比べるべくもないさ」
上条「そうか」
どかっ、と音を立て、上条が椅子に腰掛ける。
一方通行と同じように、がしゃがしゃと椅子から伸びたコードが上条の体のあちこちに接続された。
「あ、が、ぐぅあぁぁぁぁあああぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!」
闇の底で、上条当麻の絶叫が反響し―――――
虚数学区・五行機関は発動した。
ボン、と天使の頭が弾けとんだ。
その現象に、『雷撃の槍』を放った美琴自身がぽけっと口を開いてしまう。
美琴「当たっ…た……?」
右から迫り来る天使の群れ。反射的に美琴は電撃を放つ。
ボン、ボン、と雷撃に焼かれた天使達が次々とその姿を消していく。
やはり当たる。さっきまで全く通じなかった攻撃が、今は通じる。
それだけではない。
美琴の全身を包む、この奇妙な高揚感は何だ?
美琴「これは…!」
地面が、聳え立つビルが――いや、世界そのものが仄かに輝いていた。
美琴は、全身に力が漲るのを感じていた。
今までの疲労が消えている。このまま無限に戦えそうな気さえしてくる。
そしてそれはきっと錯覚ではない。
反撃の時が始まろうとしていた。
「言うなれば奴等は『虚数』なのだ」
アレイスターの目の前で、次々と引き裂かれる天使の姿がモニターに表示される。
アレイスターの口ぶりはまるで、手品のタネを開陳するマジシャンのようだった。
アレイスター「世界の辻褄を合わせるためだけに、『あるかもしれない』というあやふやなまま定義されたふざけた存在。『実数』たる人間に、奴等に干渉する術はない」
ならばどうすればよいか。
簡単な数学の問題だ。もう一度虚数をぶつけてやればいい。
虚数×虚数=実数だ。
そうして出てくる性質はマイナスで、やはり異質な物ではあるが―――それでも、『四則演算(こちらの法則)』に巻き込むことは出来る。
そのための『虚数学区・五行機関』。
アレイスター「魔術の封殺などは不完全な展開時に起こる副次的な物に過ぎん。天から見下ろす彼奴等を我等の地平に貶めることこそ虚数学区の本質」
くつくつと、アレイスターは笑う。
アレイスター「とまあ、長々とくだらぬ理屈を並べてしまったが」
一言で済ませてしまえば、こういうことだ。
「『神は触れえざる者』―――まずはそのふざけた幻想をぶち殺させてもらったぞ、天使共よ」
「さっきはよくもやってくれたなこの野郎!!」
とあるスキルアウトの少年が叫びながら引き金を引き、天使の頭を撃ち抜く。
「ぴかぴか照らすのはやめてくれや。脇役なのに、目立っちまってしょうがねえ」
頭にバンダナを巻いた少年が、匕首のような小型のナイフを振るい、天使の翼を引き裂く。
「拳が当たるのならば……さほど脅威でもない………」
まさしく巨大と評するしかない体格の男が、その拳で天使の頭蓋を叩き潰す。
「ハッハァー!! おらおら死ね死ねぇ!!」
「大はしゃぎだな浜面!!」
「当ったり前だ半蔵!! さっきまでコイツ等にどんだけ怖い目に遭わされたと思ってやがる!!」
「……弾が切れるぞ…浜面……」
巨大な男がそう口にしたと同時、浜面と呼ばれた少年が乱射していた銃がカシン、と弾切れを訴えた。
「うげ、本当だ。よく見てんなー駒場さん」
しかし、少年の顔に焦りは無い。
目の前にはまだまだ大量の天使達が舞っている。
だが、スキルアウトの少年――浜面仕上は唯一の武器であるはずの銃を躊躇なく投げ捨てた。
そして、地面に転がっていたバケツの蓋を拾い上げる。
浜面の手の中でバケツの蓋が輝いて、一体何の冗談かマシンガンへと姿を変えた。
虚数学区・五行機関―――それはAIM拡散力場によって形作られた『陽炎の街』。
AIMとは、すなわち人の意志の力。
『人の意志』と隙間なく融和した世界は、そこに住む人々の望むままにその姿を変える。
浜面「しっかし、こりゃマジで一体何の魔法なんだろなぁ!! 一個も意味わかんねえよ!!」
半蔵「だが、おかげで俺達のようなLEVEL0でもこんな化物を相手に戦う事が出来る」
駒場「……利用できるものは躊躇なく利用しろ……俺達はこれまでもそうやって生き抜いてきたのだから」
浜面「合点承知ィ!!」
ドガララララ! と浜面の手の中でマシンガンが火を吹いて、天使の群れを引き裂いた。
―――反撃開始
敵残存戦力
天使……9999984561体
うおおー! 限界だー!
俺は人間をやめる気はないからメシを食うぞジョジョー!!
新IDにてまったり再開
しかし俺は人間やめてないから途中で寝る気まんまんぜよ
だが なんとか終わりは見えた気がする
明日中にはケリを着けれそうだ
俺頑張るから 何とかお付き合い願うぜ
超面白いSSです
展望台と呼ばれる一施設の中で、一人の少女と一人の老人が会話している。
老人の名は貝積継敏(かいづみつぐとし)。学園都市統括理事会という魔窟にあって異質の『善人』だ。
セーラー服の少女の名は雲川芹亜(くもかわせりあ)。貝積継敏の頭脳(ブレイン)を務める天才少女。
ふかふかのソファに身を沈めながら、雲川芹亜はおびただしい量の報告書に目を通している。
貝積「逆転できるか?」
雲川「それはわからないけど……策を練る余地は出てきた」
雲川芹亜は束になった報告書を乱暴にテーブルの上に放り投げ、天井を見上げた。
ドーム状の天井に、まるでプラネタリウムのように数百数千のモニターが映し出されている。
この施設が展望台と呼ばれる由縁だ。
目まぐるしく切り替わり、学園都市の様子を隙間無く伝えてくるモニターを眺めながら、雲川はふう、とひとつ息をつく。
雲川「一体何がどうなってこうなっているのか、まったくもって見当がつかないけど」
貝積「君ほどの頭脳でもか?」
雲川「人を預言者か何かと勘違いしていないか? まあ、いくつかの仮説を立てることは出来るけど」
もはや呆れ果てたと言わんばかりの貝積継敏を無視し、雲川は言葉を続ける。
雲川「原因の追究は生き残ってからいくらでもやればいい。まずは戦力の把握がしたいんだけど」
雲川は貝積から渡されたリストに目を通す。
彼我の戦力差に、いっそ笑い出したくなる衝動が込み上げてきた。
オッレルスの北欧王座とかは行けそうな気もするが
雲川「惨憺たる有様、というのがこれ程似合う状況も珍しいけど」
雲川はテーブルの上に置かれた角砂糖をひとつつまみ、口の中に放り込む。
雲川「私の指揮下でまともに動けそうなのはジャッジメントとアンチスキルくらいか。暗部にいる高位能力者集団が手足の様に使えれば策も練りやすいのだけど」
高位能力者はどいつもこいつもクセが強すぎる。
額を人差し指でぐりぐり、悩ましげな雲川芹亜。
雲川「まあ、現状やれることを、私はやるだけだけど」
その時、雲川の携帯電話が鳴った。
通話ボタンを押し、あえて耳から少し離れたところで電話を持つ。
「うっしゃあーーー!! こっちはあらかた片付いたぜえーーー!!!!」
暑っ苦しい叫びが電話の向こうから響いてきた。
雲川「……そんなに叫ばなくてもちゃんと聞こえているんだけど」
「おっといけねえ! まだ名乗ってなかったな! こちら『ナンバーセブン』、削板軍覇だ!!」
雲川「……言われなくてもナンバーディスプレイで確認できている」
ちなみ雲川の着信画面に現れていた名前は『馬鹿』だった。
雲川「しかしそうか、掃除は済んだか」
削板『おう! 楽勝だったぜ! まったく、根性のねえ奴等だった!!』
雲川「物事を何でも根性の多寡で判定しようという君の単純さは、嫌いではないけど」
削板『だっはっは! 褒めるな! 照れるだろうが!!』
雲川「次の指令を与えるぞ、『ナンバーセブン』」
削板『おう、何でもきやがれ!!』
雲川「君の根性とやらが続く限り、天使達を殲滅しろ。ノルマは一万体だ」
削板『なんだよ、その程度でいいのか?』
雲川の無理難題に、拍子抜けしたような声を出す削板軍覇。
削板『一万なんて、とっくの昔にぶっちぎっちまったぜ? オレの根性を舐めるなよ』
雲川「ならば一万の人間を救ってみせよ。君のご自慢の根性とやらで」
削板『了ッッ解!!』
最後に雄叫びを残して、電話は切れた。
雲川は携帯をポケットにしまい、くすくすと笑う。
貝積「随分と彼を気に入っているように見えるな」
雲川「気に入っているけど? 理解し難い存在というのは嫌いじゃない。それは、あの『幻想殺し』の少年も同じだけど」
雲川「どうやら『方舟』に乗り込む準備は整ったようだけど」
貝積「しかし、『方舟』の情報を我々に伝えたあの医者は本当に何者なのだろうな」
雲川「カエルの皮を被ったタヌキとしか言いようがないけど。それでも、頑なに患者を救おうとするその姿勢は信用してやってもいいけど」
貝積から渡された『方舟』の見取り図に目を通しながら、雲川は不貞腐れた様に頬を膨らましながら言う。
雲川「どうしても踊らされている感は拭えんな。マイクの準備は?」
貝積「出来ている」
貝積の手から雲川へコードレスのマイクが渡される。
まったく、どっちが主でどっちが従かわからぬやり取りだ。
雲川「ちゃんと音は響くのだろうな?」
貝積「その点は安心してもらって大丈夫だ」
雲川「まあ、音に対する貴様の異常なこだわりは、この状況では信頼に足るものだけど」
雲川はこほん、と咳払いして、こんこんとマイクを指で叩く。
雲川「まいくてす、まいくてす。あー、」
雲川「聞こえるか? 学園都市で戦う全ての人類よ」
『まいくてす、まいくてす。あー、』
突然聞こえてきた声に、その手で天使の頭を握りつぶしながら絹旗最愛は顔を顰めた。
絹旗「誰ですか? 超C級映画なこの状況で、こんな超緊張感のない声を出す奴は」
『聞こえるか? 学園都市で戦う全ての人類よ』
滝壺「南南西からの電波……って訳じゃないね」
フレンダ「結局これ、学園都市中に聞こえてるって訳よ」
『諸君らに、この学園都市内に蔓延る天使達の数をお伝えしたいと思うのだけど』
浜面「なんだぁ!? 誰が喋ってやがんだ!?」
半蔵「おわあ! 余所見すんな浜面! ちゃんと狙えっての!!」
駒場「浜面…少し撃つのをやめろ……この情報、興味深いぞ……」
『ようやく集計が完了した。学園都市内に侵入した天使の数は―――おおよそ500万』
浜面「んなぁ!?」
半蔵「ぶわぁ!! 馬鹿馬鹿、撃ちながらこっち向くなぁ!!」
『どうだ? 安心しただろう? ―――なんだ、その程度かと』
学園都市中に響き渡る正体不明の声は不敵に笑う。
『そうだ。奴らの数は無限ではない。しかも、その総数はたかだか学園都市の人口の二倍強だ。一人が三体の天使を駆逐すればそれで足りるのだ』
浜面「ば、馬鹿言ってやがる!!」
駒場「……学園都市に住む230万人弱の人間全てが戦える訳ではない。……その中には小さな子供も含まれているのだ」
『無論、諸君らは思うだろう。そんな簡単な話じゃないんだよくそったれ、と』
絹旗「……自分で超わかってるんじゃないですか」
『56万――この数が何だかわかるか?』
滝壺「……?」
『能力者も無能力者も関係ない、この学園都市内で“戦える力”を持った人間の数だ。180万の学生が能力開発を受けた上でこの数字とは些か悲しいものがあるが、とにかく』
『56万の戦える人間に告ぐ。貴様らは各々10体の天使をぶっ殺せ。そうすれば殲滅どころか釣りが出る』
『いちいちリストを読み上げてやる暇はない。56万に自分が数えられているかは各々が各々で判断しろ』
『出来ん、という言葉は許さん。貴様らが弱音をひとつ吐くたび身近な者が一人死ぬと心得ろ』
半蔵「浜面…お前あとノルマ何体?」
浜面「3…かな」
半蔵「はえーなー。俺も銃使っときゃよかったぜ。駒場のリーダーは?」
駒場「……もう終わった」
浜面「早っ。ならもう休むか?」
駒場「馬鹿を言うな」
浜面「へへ、だよな」
絹旗「10体なんて、とっくの昔に超終わっちまいましたよ」
滝壺「私まだ一体も倒してない……」ションボリ
絹旗「しょ、しょうがないですよ。滝壺さんは能力的に考えてこういう直接戦闘には超不向きですから」
フレンダ「私あと4体!」
滝壺「フレンダに負けた…」ドヨーン…
フレンダ「ちょっと! それってどういう意味な訳!?」
絹旗「大丈夫ですよ滝壺さん。いなくなっちまった麦野の分まで、私が超挽回してあげます!」
絹旗「勝手に自分ノルマ、200!! うぅ~! 超燃えてきましたー!!」
『そして、七人のLEVEL5に告ぐ』
電撃を放ち、一気に20体の天使を葬った美琴は、声に反応し、空を見上げた。
『わかっているだろうが、貴様らに10体などというなまっちょろいノルマは出さん』
美琴「ふん…一万でも二万でもきなさいよ。その倍の数を沈めてやるわ」
『貴様らは視界に映る全ての人間を救え。一人の取りこぼしも許さん』
『もし目の前で一人でも死なせてみろ。その瞬間貴様らはLEVEL5(笑)決定だ』
美琴「は、はは…」
ビリビリと、美琴の体から蒼白い光が迸る。
美琴「誰だか知らないけど、いい発破のかけ方してくれるじゃない!! やってやろうじゃないの!!」
放たれた稲妻は小さな女の子に襲いかかろうとしていた天使を跡形もなく吹っ飛ばした。
『そして、174万人の戦えぬ者たちへ。
第七学区を目指せ。そこに救いの船が置いてある。
道筋は確保した。案内人もつけてやろう。死にたくなければそこへ急げ』
『窓のないビル―――それが我々人類にとってのノアの方舟だ』
敵残存戦力
天使……9897296714体
<幕間>反撃の中で―――とある王女の疑問
「どーにも、腑に落ちないし」
言いながら、長さ80cm程の、刃も切っ先もついていない西洋風の剣を降る真っ赤な革風のドレスを身に纏った女。
刃などついていないはずなのに、その一振りは何十もの天使達を諸共に断ち切った。
女の背後で、精悍な、まさしく騎士といった風情の男が口を開く。
「どういたしました?」
「どーもこーもないの。お前はおかしいと思わないの? 我等の知る天使とやらはこんなにも脆いものだったか?」
また一振り。斬り飛ばされる天使の群れ。
「これではカーテナ=セカンドまで引っ張り出した甲斐がないの」
「確かに、違和感はあります。我等の伝承にある天使とは、その『時を巻き戻したかのような再生能力』こそが最大の脅威だったはず」
「いかなる故か、それが機能していない、か。ふん。まーいい。斬れば死ぬ、突けば死ぬというのであればもはやこれは裁きではなく、ただの戦争だ。そして、ただの戦争というのなら」
『聖剣』カーテナ=セカンドを掲げ、英国が誇る『軍事』の第二王女は不敵に笑う。
「我々が負ける道理など微塵も無いし。行くぞ、『騎士団長(ナイトリーダー)』」
「御心の赴くままに、キャーリサ様」
ミサカ「ようやく終点が見えました、とミサカは報告します」
暗いトンネルの中、線路の上をひたすらに進んでいた打ち止め、ミサカ、番外個体の三人は遂に窓のないビルの真下へと辿り着いていた。
番外個体「ふう…思ったより長かったね」
打ち止め「う…」
番外個体の背中の上で、打ち止めが汗をかきながら項垂れている。
虚数学区の展開による影響だ。
番外個体「まったく、どいつもこいつも…ミサカネットワークを気軽に使ってくれちゃってさ」
打ち止め「ごめんね…ミサカ足手まといになっちゃって…ってミサカはミサカは……」
番外個体「気にしなくていーよ。あなたがそうやって苦しみを一人で背負ってくれてるおかげでミサカ達はなんとか動けてるんだ」
ミサカ「そうですよ、気にする必要はありません。この末妹はでかい図体してるんだからこれくらいの労働はして然るべしなのです、とミサカは独自の理論を展開します」
番外個体「蹴飛ばすよ? っていうか何でそんなミサカに突っかかってくんの? 嫉妬? ミサカの魅力的ボディがうらやましいの?」
ミサカ「嫉妬なんてしてません、とミサカは」
番外個体「ネットワーク共有してるんだから嘘バレバレだよ」
ミサカ「………」
三人はプラットホームに上がり、エレベーターの前に立つ。
ミサカ「さて、どの階にあの人は囚われているのでしょう? とミサカは思案します」
番外個体「こういう時は最上階か最下層って相場は決まってるもんだけど、さてどっちだろ?」
ミサカ「上でしょう、とミサカは断言してみます」
番外個体「その心は?」
ミサカ「馬鹿と煙は高いところに昇る、とミサカは日本語の常套句を披露します」
番外個体「よし、じゃあ一番上に行ってみようか」
エレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
ぐんぐんと打ち止め、ミサカ、番外個体の三人は上に向かって運ばれていった。
辿り着いた先は、高層ホテルによくあるような、辺りを展望できる部屋だった。
番外個体「……窓ないんじゃなかったっけ?」
ミサカ「窓に見せかけたモニターのようですね、とミサカは見当をつけてみます」
部屋の中をざっと見回すが一方通行の姿も上条当麻の姿もない。
ワンフロアが丸々展望台になっているため、隠し部屋の類もなさそうだった。
番外個体「おうおう、上から見るととんでもないことになってるね」
窓――実際は違うが、ここでは便宜的に窓と呼ぶことにする――に近寄り、街を見下ろして番外個体は声を漏らした。
と、そこで、天使の群れに隠されて、下からでは分からなかったあるモノを発見する。
番外個体「何あれ…? 十字架…?」
巨大な光の十字架が、天に向かって聳え立っていた。
そして、その中央には。
ミサカ「……インデックス…?」
彼女たちのよく知る純白のシスターが磔にされていた。
番外個体「……これは一体、どういう状況なんだろうね?」
そう嘯く番外個体だが、本当のところは分かっていた。
突然現れた天使の群れ。聳え立つ光の十字架。
天使と十字架。無関係なはずがない。
インデックスは『何か』をされている。
魔術を知らない三人にはその『何か』が何なのか、全く見当がつかない。
だが、空に吊り上げられたその姿はあまりに不吉すぎた。
まるで、そう、儀式に捧げられる、生贄のような――――
ミサカ「く…!」
どうする、と番外個体とミサカは歯噛みした。
インデックスをこのまま放っておくわけにはいかない。
しかし、現場に急行するには遠すぎる。
それ以前に、あの場所に行って番外個体やミサカに一体何が出来るというのか。
だから、ネットワークを通じて現場に近い『妹達』に出張ってもらう、というのもあまり意味があるとは思えない。
打ち止め「う…く…!」
番外個体の背中で打ち止めが一際大きく呻き声を上げた。
番外個体「ちょっと…あなた、何をしているの?」
打ち止めの行動は、ネットワークを通じて番外個体たちにも伝わる。
番外個体「ようやく奥に押し込めたウイルスコードを引っ張り出して、そんな体であなたは一体何をしているの!!」
番外個体、ミサカ、打ち止めの前に、一人の少女が現れていた。
出会った時から、ずっとおどおどしていた眼鏡の女の子。
見た目の年齢にそぐわない大きな胸は、しかし今はそれ程気にならなかった。
それ以上に、目を引くものがあったから。
少女の頭の上で輝く天使の輪。
背中から生える、優しい輝きを放つ翼。
人工天使―――『ヒューズ=カザキリ』。否。
そこに居たのは、打ち止めの、ミサカの、―――インデックスの友達である、風斬氷華だった。
打ち止め「ごめんね…またそんな姿で呼び出しちゃって……」
風斬「ううん、嬉しい。呼んでくれてありがとう。……頼ってくれて、ありがとう」
打ち止め「お願い…ミサカ達にはなんにも出来ないから……」
頬を流れ落ちる汗に、打ち止めの涙が混じる。
打ち止め「インデックスを、助けてあげて…! ってミサカはミサカはお願いしてみる……!」
今の風斬はある程度『ヒューズ=カザキリ』としての力を自身の制御下に置いている。
故に、暴走状態の時ほど打ち止めに負荷をかけてはいない――が、それでもそれは並みの苦痛ではないはずだ。
そこまでして、呼んでくれた。そこまでして、頼ってくれた。
それに報いなくて―――何が友達だ―――!
風斬「任せて。インデックスは、私が必ず助けてみせる」
その姿にかつてのおどおどした様子など微塵もなく。
決意を胸に、人工の天使が戦場へと乱入する。
人の手によって造られた天使。実にわかりやすい神への冒涜。
その現出に反応したのか、それとも遅々として進まぬ裁きに痺れを切らしたのか―――――
インデックス「jbaahggfybs hgftaaigfbiarhgbvuygvyagbvbduyfguagfyajklgy」
天に磔にされたまま、インデックスの口から人には理解出来ない言葉が紡がれる。
それは、歌っていたのかもしれなかったし、祈っていたのかもしれなかったし、願っていたのかもしれなかった。
事実は、そのどれもが正解だった。
インデックスは賛美の歌を歌い、神の勝利を祈り、そして―――奇跡の降臨を願っていた。
世界が揺れる。
東西南北、インデックスを取り囲むように四つの光の柱が立ち昇る。
それは黄色の光だった。それは風を象徴する天使を表す色だった。
それは緑の光だった。それは大地を象徴する天使を表す色だった。
それは青い光だった。それは水を象徴する天使を表す色だった。
それは赤い光だった。それは火を象徴する天使を表す色だった。
そここそを人類の最後の砦と判断したのか、学園都市に四体の大天使が光臨する。
『最後の審判』は最終段階へと移行しようとしていた。
敵残存戦力
天使……8918633210体
大天使……『神の如き者』、『神の力』、『神の火』、『神の薬』 全4体
すまん 限界 寝る
オバマ信頼されてるな
, <  ̄ 、
/ ヽ
/ 丶
' i
′ , !
/ / 二≠z 斗 リ
/ ///V弋チ7ヘ tィ 乂
/// ィ ヽ/ 〈 ヘ从ソ
//∧ ィヽ 、 _'/ / 「この状況なら俺も出れるよな」
┌イィ彡//≠ >、 ̄ イ─‐┐
l (ノ `^i ) l
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) `ー''"´ ̄ ̄ / | M A T T E R || \  ̄` ー‐'´ (_
とニ二ゝソ____/ | || \____(、,二つ
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いやーけっこうぐっすり寝れた
再開するけど脳がシャッキリポンするまではちと遅いかもしれん
天高く掲げられたインデックスの姿に、誰よりも早く気付いていたのは、実は炎の魔術師、ステイル=マグヌスだった。
それもそのはず、当然だ。
彼はずっと、ずっと、インデックスのためだけを思って生きてきたのだから。
ステイル「見つけた……」
彼がいるのは崩壊した一方通行のマンションだった。
その瓦礫の中から、ひとつのスーツケースを彼は拾い上げる。
ステイル=マグヌスの後ろには、ようやく元の服装に復帰し、歓喜にむせび泣く神裂火織の姿もある。
ステイル「大天使…『神の如き者(ミカエル)』、『神の力(ガブリエル)』、『神の火(ウリエル)』、『神の薬(ラファエル)』か」
ステイル「は、どいつもこいつもマネキンみたいなツラしてやがる」
彼は魔術師だ。だから、大天使の恐ろしさを知っている。
知っているのだ。だが。
ステイル「お前らみたいな奴らに裁かれてなるものか。お前らのような奴らに殺されてなるものか」
その心に恐怖はなく、ただ怒りの炎が燃えている。
ステイル「お前らなんぞに、あの子を使われてなるものか」
あの子が幸せに笑っていられるように。それだけが僕の生きる意味なんだ。
ステイル「邪魔をするな―――どけ、大天使」
絹旗最愛と滝壺理后、そしてフレンダ――『アイテム』の三人は不運だった。
彼女達が暴れまわっていた場所は、大天使『神の薬(ラファエル)』に近すぎた。
そして彼女たちは余りにはしゃぎすぎた。
『神の薬』の翼が輝く。次の瞬間――絹旗最愛は吹っ飛ばされていた。
絹旗「が…!」
滝壺「きぬはた!」
フレンダ「何…? 今何されたの…!? 全然見えなかった」
絹旗「こ…ふ…」
震える足を押さえつけ、絹旗が立ち上がる。
絹旗「滝壺さん、フレンダ…超急いで私の後ろに回ってください。さっきの一撃、私以外の人間が受けたら間違いなく超死にます」
フレンダ「き、絹旗だって死にそうなわけよ!」
滝壺「なに…? 私の『能力追跡』でも攻撃の正体が掴めない……超能力じゃ、ない……?」
再び『神の薬』の翼が輝いた。
不意を突かれた先程とは違い、今度はその攻撃をはっきりと目に捉えることができた。
迫ってきたのは大雑把に表現してしまうと、巨大な風の塊だった。
アイテム終了のお知らせか……?
絹旗(やば…これ…死ぬかも……)
能力を全開に。手を大きく広げて『神の薬』の一撃の前に立ち塞がる。
絹旗(せめて、後ろの二人だけは……!)
「何馬鹿正直に受け止めようとしてんだ!! 避けろ馬鹿!!」
叫び声と共に、大型のワンボックスカーが絹旗の前に躍り出た。
後部座席から巨大と表現するしかない大男が絹旗、滝壺、フレンダを車内に引きずり込む。
風の塊が周囲の建物を飲み込んだ。砂の城を蹴り飛ばしたように、あっさりと鉄筋コンクリートの建物が瓦礫の山に変貌する。
「ぐおおおおおおおおおお!!!?」
とんでもない衝撃が車内を揺らす。
運転席に居た金髪の男はそれでも何とか車体を立て直そうと奮闘したが―――健闘虚しく、ワンボックスは豪快に横転した。
絹旗「ぎゃー!」
フレンダ「おきゃー!」
滝壺「わー」
車内で三人の男と三人の少女がもみくちゃになる。
「なんですと?」
運転席に居た金髪の男――浜面仕上は何とも素っ頓狂な声を上げた。
大天使の力に慄くでもなく、己の無事を安堵するわけでもなく、こんな声を上げたのはいかなる理由によるものか。
簡単なことだ。奇跡が起きていたのである。
もみくちゃになった三人の少女達は何故か全員運転席に集中していた。
大型のワンボックスといえど運転席の広さなど知れている。
そこに浜面を含めて四人もの人間を突っ込むとどうなるか。
なんかもう、色んな肉と色んな肉がぐにゅんぐにゅんとえらいことになっていた。
具体的には絹旗の尻が浜面の顔に乗っていた。生パンツ直撃である。
浜面のごつごつした手のひらが滝壺の胸を思いっきり鷲掴みにしていた。
フレンダの右足が浜面の足の間に突っ込まれていた。スカートがずり上がってパンストが食い込んでもう凄いことになっている。
絹旗「ぎゃー!」バチーン!
フレンダ「おきゃー!」ゲシッ!
滝壺「わー」ポフッ
浜面「ぶげらっ!!」
まるでマンガの主人公のようなラッキースケベに見舞われる浜面仕上。
まあ、こんな状況になったのも駒場のせいで後部座席にスペースが無く。
フロントガラスにぶつかりそうになった少女たちを半蔵が咄嗟にクッション(浜面)に押し込んだからなのだが、少女達にはそんなことは関係ない。
浜面四散しろ
絹旗「責任とれーー!!」
フレンダ「金払えーー!!」
滝壺「手をはなせー」
浜面「くっそぉ! ピンチに颯爽と駆けつけたヒーローたる俺が何でこんな目に遭わにゃならんの!? あ、痛い痛い!!」
半蔵「遊ぶな! 急げ! 次がくるぞ!!」
車から飛び出し、走る。
二秒後に大型のワンボックスはただの鉄くずと化した。
衝撃で飛ばされてくる車や建物の残骸を絹旗と駒場が吹き飛ばす。
半蔵「ひゅう。やるなちっこい嬢ちゃん」
絹旗「こう見えてもLEVEL4です。超舐めた口を利かないでください」
滝壺「私もLEVEL4」
フレンダ「私は、」
駒場「……もしや、お前ら…『アイテム』…か…?」
ふれんだは所詮最弱
アイテムの超面汚しです
絹旗「へえ、けっこう物知りですね。超何者ですか、あなた達は」
駒場「何者でもない……ただの無能力者だ……」
絹旗「もしかしてゴリラみたいなその巨体…スキルアウトリーダーの駒場利徳ですか!?」
フレンダ「じゃあこっちのバンダナは、忍者の末裔って噂の半蔵な訳!?」
半蔵「うげ、何でそんな情報まで持ってんだ。怖ぇな暗部」
浜面「そしてこの俺が!」
フレンダ「変態でしょ?」
絹旗「超変態ですね」
滝壺「大丈夫だよへんたい。応援しないけど」
浜面「せめて名前は言わせてください! 浜面仕上っていうんですよろしくお願いします変態はやめてマジで!!」
とりあえず浜面爆散しろ
チリ…と空気が震えた。
何かが来る。浜面は反射的に空を見上げた。
パリ、と火花が散るのが見えた。
浜面「伏せろぉッ!!」
絶叫。同時に、六人の居た位置を直撃する光の柱。
放たれたそれは正真正銘の『神の雷(イカズチ)』、愚者を焼き尽くす裁きの光。
だが、神の怒りで焼かれるはずだった愚者たちは―――ピンピンしていた。
浜面「ふぃい~、あっぶねぇ~」
地に伏せた六人を水で出来たドームが囲んでいる。
浜面「電気ってヤマ張って正解だったな。しかし、不純物を一切含まない『純水』まで創れちまうなんて、今さらだけどホント何でもありだな」
フレンダ「確かに、不純物を一切含まない純水は絶縁体になるって話は聞いたことあるけど……」
絹旗「浜面は無能力者じゃなかったんですか!?」
浜面「なんだ? お前ら何も知らねえで戦ってたのかよ」
浜面は説明した。自身の望むとおりに街が姿を変える現状を。
この時、浜面は迂闊にも気を抜いた。水のドームへの意識を切ってしまった。
ドーム状に展開していた純水が形を失いばしゃりと六人を濡らす。
びしょびしょの透け透けである。
絹旗「つまり…これも浜面の超望み通りってわけですね……」ワナワナ…!
浜面「Nooooooooo!!!!」
半蔵「遊んでる場合じゃないってことは理解してるか?」
絹旗「超わかってますよ!!」
浜面「絶対わかってねぇだろ…」ボロ…!
フレンダ「でも、結局どうする訳? あんな化物達に勝てるわけないじゃん!!」
そうだ。今、世界は人々の思いのままにその姿を変えるという『陽炎の街』の属性を付与されている。
しかし、裏を返せばそれは、人の想像を超えるものは生み出せないということだ。
あそこにいる大天使たちは、どう考えても人間の想像の範疇を超えた存在だ。
対抗手段など、生み出せるわけが無い。
もしかしたら核兵器でもぶつけてやれば何とかなるかもしれないが、そうしたら間違いなく自分も死ぬし、周りの人間も大勢死ぬ。
そんなバンザイアタックは死んでも御免だった。
泥をすする様に生きてきた彼らにも、まだそれくらいの矜持は残っている。
駒場「……火力が足りん。奴らの存在を一撃で滅するような火力がいる。心当たりはないか?」
半蔵「ありゃ出し惜しみ無く使ってるよ、駒場のリーダー」
絹旗「どうして…どうしてそんな風に出来るんですか!? 勝てるわけないじゃないですか! 逃げるしかないじゃないですか!」
絹旗「どうしてわざわざ立ち向かおうとするのか、超理解不能です!!」
浜面「どうしてって、なあ?」
浜面は半蔵と駒場の顔を見やり、何でもないことのように言葉を続けた。
浜面「俺まだノルマ達成してねえんだよ。アイツが俺の10体目だ」
浜面「俺たちはスキルアウトだ。無能力者の集団だ。地べた這いずりまわりながら、能力者相手に戦ってきた」
半蔵「格上との戦いってのには、慣れてんのさ」
滝壺「心が押し潰されたりは、しないの?」
浜面「潰れたよ。何度も何度も潰れた。そこから再生して、どんどん強くなっていくのが雑草の強みって奴なのさ」
フレンダ「訳わかんない! ねえ逃げようよ絹旗、滝壺! こいつらと一緒に居たら死んじゃうよ!!」
浜面「何だ、『アイテム』っつってもやっぱり女の子なんだな。可愛いもんだ」
絹旗「何ですってぇ…!!」
浜面「構わねえよ。行け。尻尾を巻いて逃げ出しちまえ。LEVEL0の俺達が、LEVEL4のお前らを守ってやるよ」
滝壺「……っ!!」
フレンダ「ねえ! 行こうよぉ!!」
「……おい、童貞金髪野郎。テメエは一体誰の率いる組織に向かってそんな生意気な口きいてんだ?」
お前ら、肉片を返す準備しておけよ
殺意を隠そうともしない声に振り返る。
女だ。長い髪に、整ったスタイル。美人と言って差し支えない顔。
「とりあえず金髪。テメエはブチコロシ確定だ。そんでウチの金髪。お前も減点4ね。減点5でフレ/ンダだから」
それどういう状況!? とツッコミを飛ばすことも出来ない。
その女の正体にすぐに気付いた『アイテム』のメンバーはただあんぐりと口を開けている。
「絹旗、アンタも言わせっ放しにしてたから減点1。滝壺は…別にないや。久しぶりー」
男三人の中では駒場が一番先に気付いた。
ぽん、と駒場はその大きな手のひらで浜面の肩を優しく叩く。
浜面「おい、何だそのお前のこと忘れないよ的スキンシップは。やめろ! 俺は死亡フラグを立てた覚えはねえぞ!!」
三人の少女達が駆け出した。
彼女たちを率いていたリーダーの下へ。
「麦野ッ!!!!」
学園都市第四位のLEVEL5にして『アイテム』リーダー。
『原子崩し(メルトダウナー)』の麦野沈利が帰還した。
アレイスターの思惑通りなんだろうけどいい仕事してるな
フレンダ「うえ~ん麦野~! 結局、一体今までどこに行ってた訳よ~!?」
麦野「ちょっと脳みそだけになって培養液ん中ぷかぷか漂ってた」
フレンダ「え?」
絹旗「どうしてこんなに長く私たちを放っておいたんですか!!」
麦野「この体に馴染むのに時間食っちゃってね~」
絹旗「え?」
滝壺「……むぎの、ひょっとして強くなった?」
麦野「お、さすが滝壺。見ただけでわかっちゃうか」
浜面「ががが学園都市第四位のLEVEL5…! もう駄目だ…俺の人生終わっちまった…!!」
駒場「……喜べ、浜面」
浜面「あぁ!! 何を喜べってんだ駒場この野郎!! 俺今天使よりでっかい危機に直面してるんだぞ!?」
駒場「……火力の当てが出来たぞ」
敵残存戦力
天使……7220015656体
大天使……『神の如き者』、『神の力』、『神の火』、『神の薬』 全4体
とある病院のベッドで、とある少女は怯えていた。
窓の外で街を蹂躙する天使達。
彼女はその天使達を見て怯えていた――――のではない。
彼女の目の前で天使達の“輝く翼”が無惨に引き裂かれていく。
「ひ、ひいぃ…!」
その様にどんな記憶を刺激されたのか、少女は頭を抱え、喚き、己の両膝に顔を埋める。
「あひ、ひ、ひいぃぃい」
いついかなる時も堂々としていた以前の面影は微塵もなく、『心理定規(メジャーハート)』の少女は幼子のように怯え、泣いている。
そこへ。
「ったく、何て様だ」
一人の男が現れた。
男の姿を認め、『心理定規』の少女の目が驚愕に見開かれる。
心理定規「……帝督ッ!!」
そこに現れたのは、かつて確かに少女の目の前でバラバラに引き裂かれたはずの垣根帝督だった。
垣根「あんな紙屑同然の存在なんぞに俺を投影してんじゃねえよ。不愉快過ぎるぞコラ」
その振舞いは、かつてと全く変わらない、学園都市第二位のLEVEL5を象徴するような、実にふてぶてしいものだった。
垣根「オイ、正気に戻ったんなら仕事だ。俺に能力を使え」
心理定規「あ、あなたに?」
少女の持つ『心理定規』は対象と自分との間の『心の距離』を自在に調節する能力だ。
例えば、誰かにとっての恋人に。例えば、誰かにとっての神様に。
彼女は、何にだってなれるのだ。
垣根「設定距離は…そうだな。『例え世界と引き換えにしてでもお前を守ってみせる』なんて思っちまうくらいの距離だ」
心理定規「い、意味がわからないわ」
垣根「うるせえな。いいからやれよ」
心理定規「……わかったわよ、やればいいんでしょ」
少しの間があって、垣根帝督は『心理定規』の少女をじっと見つめながら、「成程な」と呟いた。
垣根「野郎はあの時こんなモチベーションで戦ってたわけだ……勝てねえわけだぜ、ったく」
心理定規「ちょっと! どこに行くの!?」
垣根「お前はさっさと『窓のないビル』に向かってろ。能力は切るなよ」
心理定規「帝督!!」
垣根「俺らみてえな人種でも、守るべきモンがあった方が強くなれる。ハ。何とも救われる話じゃねえか」
『未元物質』が戦場に投下される。
現状、最も『人の臨界点』に近い力をその身に携えて。
水の属性を司る大天使『神の力(ガブリエル)』と土の属性を司る『神の火(ウリエル)』が同時に動き出した。
学園都市中を循環する水が悉く刃と化し、人々を襲う。
直径1kmに及ぶ範囲で隆起した大地が街を引き裂く。
『神の力』が血の海を溢れさせ、『神の火』が死体の山を築き上げる。
まさしく、彼等(或いは彼女等)の属性に対応するが如く。
ステイル「調子にのるなよ…大天使」
『神の力』の前にステイル=マグヌスが立ち塞がった。
その身に迫る水の刃は、ステイルの体に触れる前に一瞬で蒸発する。
ステイル「あの子は優しい子なんだ。誰かが傷ついた時に涙することができる女の子なんだ」
ステイルの手には崩壊したマンションから回収したスーツケースが握られている。
バグン、とスーツケースの蓋が開き―――ルーンの刻印が刻まれた一億枚の魔法札が大地に舞った。
ステイル「それ以上、こんなくだらない事にあの子の力を利用するなぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
技術もへったくれもない。
ただ単純に、圧倒的な物量による押し上げを受け、空前絶後の規模で『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が出現する。
『神の火(ウリエル)』に突如として襲い掛かる影があった。
苛烈に輝く光の剣をその手に持ったその影の名は、『人工天使』風斬氷華。
風斬「はぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」
『神の火』の手にも光の剣が現出した。
人外の力を持つ怪物同士が正面から衝突する。
大天使『神の薬(ラファエル)』に、麦野沈利率いる『アイテム』と駒場利徳率いる『スキルアウト』が敵対する。
麦野、絹旗、滝壺、フレンダの四人はとあるビルの屋上に上がっていた。
『神の薬』との間に遮蔽物はない。まるで撃って来いと言わんばかりの配置だ。
ならば、浜面、半蔵、駒場達スキルアウトの三人はどこにいたのかと言うと―――実は麦野達よりもっともっと『神の薬』に近い所に居た。
浜面「やーいやーい。お前のかーちゃんでーべそー」
半蔵「……天使に対してなら父ちゃんって言ったほうが的確なんじゃねぇの?」
『神の薬』に対し、ケツを出して挑発する浜面を横目に、半蔵は呆れたような声を出す。
半蔵「確かに俺たちは底辺の存在だ。プライドなんてあってないようなもんだけどよぉ…でも言うぞ! プライド無いのお前!?」
浜面「う、うるせーうるせー! お前なんかにブチコロシ確定しちゃった俺の気持ちがわかるかー!!」
浜面「俺の生きる道はこうやって囮の役目を完璧にこなしてあの女のお目こぼしを狙うしかないんじゃーー!!」
駒場「……来るぞ。車を出せ」
バウン! とけたたましい音を立て、浜面達三人を乗せたワゴン車(その辺の瓦礫から作った)が発進する。
直後に風の塊が車のすぐ後ろを通り過ぎて、大地を舐め尽くしていった。
半蔵「うえぇ…後ろ、スプーンで抉ったプリンみたいになってんぞ……」
浜面「はやくー!! はやく何とかしてください麦野様ーー!!」
半蔵「なんかお前、あの女に対する敬語が板についてきてねえ?」
麦野「始めるぞッ!! 滝壺、準備はいい!?」
滝壺「うん、大丈夫だよむぎの……私、頑張る」
いつもの胡乱な目ではない。滝壺の目には確かな決意が見て取れる。
麦野「へえ…なんかあった?」
滝壺「別に、なにも」
嘘だ。滝壺の心の中ではあのスキルアウトの少年の言葉が熱を持ってぐるぐると回っている。
LEVEL0の俺達が、LEVEL4のお前らを守ってやるよ。
滝壺「違う……違うもん。それは、逆だもん」
LEVEL4の私が、LEVEL0のはまづら達を守ってみせるんだ。
はーまづらぁが横島チックになってるな
麦野「もう一度確認するぞ! 私はとにかく『原子崩し(メルトダウナー)』の出力を限界まで上げる! 照準も制御も知ったこっちゃねえ!!」
麦野「制御と照準は滝壺に任す! 他人のAIM拡散力場に干渉できるアンタの『能力追跡』は本来そうやって使うんだ!」
滝壺「わかった」
麦野「アンタがしくじったら肥大した『原子崩し』に焼かれて皆死ぬ。気合入れな!! 絹旗、お前は万が一こっちに弾が飛んできた時の盾だ!!」
絹旗「超了解です!!」
フレンダ「麦野! 私は!? 私は何をしたらいい!?」
麦野「邪魔すんな!!」
フレンダ「(´・ω・`)ショボーン」
ステイル「イノケンティウス!!」
ステイルの叫びと共に、100m超の巨体で顕現したイノケンティウスが咆哮と共に燃える十字架を『神の力(ガブリエル)』に叩きつける。
衝突する水の翼と炎の十字架。
バシュウ! と音を立て水分が瞬時に気化し、凄まじい勢いで蒸気が周囲に噴き出される。
ステイル「単純に水は火に勝ると考えてくれるなよ。貴様如き質量、雫ひとつ残さず、悉く全てを蒸発させてやる」
魔術を覚え、ルーンの刻印の使用に手を出した時から、ずっとこつこつと魔力を溜め込んできた。
その全てを惜しげもなく吐き出して、ステイルはたった一人の魔術師に過ぎぬ身で大天使と拮抗する。
『神の力』の翼が大きく開かれた。
『akfhtmdhdgeodlsngbjjkdlkamayghabfauifawrgfbvvjsdfuhsghyg』
理解不可能な言葉が大天使の口から紡がれる。
直後、空から雲が消えた。
上空を漂っていた雲―――すなわち水分をその身に飲み込み、『神の力』の翼が肥大化する。
ステイル「があああああああああああああああああああ!!!!!!」
イノケンティウスの体を消していく莫大な水の『天使力(テレズマ)』。
大天使の体を構成している『水』を蒸発させていくイノケンティウス。
決着など、見届けるまでもない。
蒸発し、気体となっても―――――『水』は、『水』なのだ。
支援
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( )ゝ ( )ゝ( )ゝ( )ゝ ムチャシヤガッテ・・・
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三 | 三 | 三 | 三 |
∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪ ∪
三三 三三 三三 三三
やがて―――イノケンティウスの体が見る見るうちに小さくなってきた。
イノケンティウスの体を構成する『炎の魔力』が、『神の力(ガブリエル)』の『水の天使力』によって消失していく。
対する大天使は、次から次に蒸発する『水』を、息を吸い込むように再び己の体へと呼び戻す。
その様はまさしく永久機関。
『vuasgfabfhbaeygaruignhjzbvhjhbasyfhajibfguobcuhasbvhabgjawfv』
『神の力』の歌が空気を振るわせる。
それで最後だった。
ジュッ、と、バケツに突っ込んだ夏の花火を思わせるような儚い音を残し―――イノケンティウスの姿が完全に消え去った。
イノケンティウスと『神の力』の衝突で生じた大量の蒸気で辺りはほとんど見通せない。
けれど、そんな状況の中で、ステイルは『神の力』の明確な視線を感じ取っていた。
ステイル「そう睨むなよ」
根こそぎ魔力を使い果たしたステイルはどさっ、とその場に尻餅を着いた。
ステイル「僕はちっぽけな人間だ。人生の全てを懸けて、それでも貴様等の足元にも及ばない矮小な存在だ」
ステイルは立ち上がろうともせず、座ったまま、大天使を見上げる。
ステイル「そんな僕に随分と拘ったじゃないか。無視して裁きとやらを続ければ効率もよかっただろうに。そんなに僕の存在が気に障ったか?」
見上げながら、見下したようなことを言う。
ステイル「まるで人間みたいだな、大天使。そんな貴様等が裁きなどと、笑わせる」
ステイル「貴様等こそ、裁かれろ」
辺りを包んだ蒸気を切り裂いて、神裂火織が『神の力(ガブリエル)』の背後に現れる。
そして、述べる。彼女の魔法名、それは、
神裂「『救われぬ者に救いの手を(Salvere000)』!!!!」
その手に握るは既に鞘から抜かれた七天七刀。
ステイル「本当に、僕のことなんて放っておけばよかったんだ。僕に出来ることなんて、かく乱と陽動くらいのものなのだから」
大天使が咆哮する。
だが現在、彼(或いは彼女)を守る水は、その悉くが気化してしまっている。
それらを防御に転用するためには、一度液体に還元するという、この状況では致命的なワンステップが必要だ。
迫り来るは『聖人』神裂。間に合うわけがない。
神裂「――――『唯閃』ッ!!!!」
神裂火織の奥義が大天使『神の力(ガブリエル)』を引き裂いた。
敵残存戦力
天使……7000095374体
大天使……『神の如き者』、『神の火』、『神の薬』 残3体
神裂(堕天使エロメイド)
現在、『アイテム』の盾として麦野達の前に立つ絹旗は、ううむ、と唸りを上げた。
絹旗「……何気に超やりますねあいつら。うまく敵の攻撃を引き付けてます」
絹旗の視線の先では、次から次へと形を変える一台の車が、それこそゴキブリのようにちょろちょろ『神の薬(ラファエル)』の足元を逃げ回っていた。
絹旗「これなら、間に合うかもしれません」
絹旗はちらりと後ろを振り返る。
闘志を剥き出しにして、際限なく己の力を高めていく麦野沈利。
目を瞑り、馬鹿げた出力の『原子崩し』を弾丸として練り上げていく滝壺理后。
後ろでなんか足を上げてはしゃいでるフレンダ。
フレンダ「ふれー! ふれー! どうこの惜しげもなく晒される脚線美!! これで皆の士気もうなぎのぼりって訳よ!!」
滝壺「……フレンダ、うるさい」
麦野「邪魔すんなっつったろがフレンダァァアアア!!」
フレンダ「(´;ω;`)ウッ…」
結婚してくれェ!フレンダァ!
浜面「まだかー!! まだなんか麦野様ーー!! 持たへん! もう持たへんでーー!?」
爆風に吹き飛ばされる車内の中で浜面仕上が絶叫する。
半蔵「落ち着け浜面! お前は一回キャラを戻せ!!」
駒場(……自分に何かあれば浜面にスキルアウトを任せようと思っていたが……再考の必要があるか?)
浜面「ぐわぁ!! 何かまた光ってねえかアイツ!? 次は何が来るんだよ!!」
半蔵「いや、待て……やべえ、アイツ『アイテム』狙ってるぞ!!」
駒場「……力を溜め込んでいるのを気取られたか……!」
浜面「どうする! どうすればいい!?」
半蔵「今度は前出して挑発しろ浜面!!」
浜面「いや、インパクトを求めるなら駒場の方が適任だろ!! というわけで行け駒場!! 出せお前のアームストロング砲!!」
駒場「……遊んでいる場合では、」
浜面「遊んでねーよ100%マジで言ってんだこっちわ!!!!」
ぎゃあぎゃあと仲間内で揉み合うスキルアウト三人衆。
『神の薬(ラファエル)』から攻撃を受けたわけでもないのにコントロールを失った車が盛大に横転した。
『神の薬』が『アイテム』に狙いをつける。
一切の慈悲も容赦もなく、人を呆気なく肉塊に変える風の塊が発射される。
麦野「来るぞ絹旗!! 死ぬ気で逸らせぇ!!」
絹旗「超了解です!!」
その手を広げ、絹旗は『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を最大出力で展開する。
その全ての力を防御に回す。
完全には受け止めなくていい。川の流れを変える大岩のように、ただ揺らがずそこにあれ。
絹旗「うあああああああああああああああああ!!!!!!」
風の塊が絹旗に衝突する。
ぎりぎりと歯を食いしばる。
絹旗「『アイテム』所属のLEVEL4、絹旗最愛を舐めんなぁぁぁああああ!!!!」
大きく腕を振るう。衝撃を斜め後ろに受け流す。
逸らした。風の塊は後ろに居る麦野たちのすぐ傍を通り過ぎていく。
絹旗「今です!!!!
麦野「ずおらァァァァああああああああ!!!!!!」
絹旗の叫びに呼応して、麦野沈利がその力を解放させる。
『アイテム』全員で紡ぎあげた『原子崩し(メルトダウナー)』の究極形。
それは『神の薬』の前に展開された防御結界を紙の様に引き裂き―――そのまま大天使の体を貫いた。
敵残存戦力
天使……6999981215体
大天使……『神の如き者』、『神の火』 残2体
風斬氷華の持つ光の剣が姿を変え、槍と化し、『神の火(ウリエル)』の体を縦に貫いた。
『jfah?bfuyavhjfvagfa??yfvhabuygbyeryyqfbvfa?ibyiafy?』
意味不明な音をその口から漏らす大天使。
だけど彼(或いは彼女)はきっと驚愕し、困惑しているのだろう。
大天使たる自分が、紛い物の天使に負けるはずがないのに、と。
風斬「ごめんなさい。でも…私には助けなきゃいけない友達がいるから」
風斬氷華はAIM拡散力場の集合体だ。
そしてAIMとは人の意志の力に他ならない。
AIM拡散力場は虚数学区・五行機関という形で世界中に展開している。
ならば、世界中で戦う数十億の人々が「天使達に勝ちたい」と願えばどうなるか。
結果がコレだ。
勝利を願う人々の意志により、その能力を飛躍的に底上げされた風斬は、真正面から大天使『神の火』を圧倒した。
風斬「さよなら」
敵残存戦力
天使……6999826999体
大天使……『神の如き者』 残1体
そして―――三体の大天使の壊滅を受け、遂に『神の如き者(ミカエル)』が動き出す。
『神の如き』とまで形容されるその大天使は、桁外れの怪物であった他三体の大天使と比べても、さらに頭ひとつ抜けているように思えた。
『神の力(ガブリエル)』を撃退したステイル、神裂も。
『神の薬(ラファエル)』を消滅させたアイテムのメンバーも。
『神の火(ウリエル)』を圧倒した風斬ですら。
その姿に、恐怖を覚えてしまった。
彼の者の右手に輝く剣が握られている。
『焔の剣』、『鞘から抜かれた剣』として語られる『神の如き者』のシンボル。
かつて『光を掲げる者(ルシフェル)』を斬り伏せた史上最強の剣。
『最後の審判』を司る者としての『神の如き者』の性質も合わせて、その剣は『この世全ての者の断罪』という特性が付加されている。
つまりわかりやすく言えば。
この剣は、この世に存在する全ての者に平等に死を与えることが出来るのだ。
そしてその剣は、最初に風斬氷華を貫いた。
風斬「え…?」
何が起こったのかわからなかった。
気が付いたら貫かれていた。気が付いたら―――死んでいた。
人の望みの象徴たる風斬氷華が、光の粒子となって消え去った。
大天使『神の如き者(ミカエル)』は、まず同胞たる三体の大天使を屠った者達を最初のターゲットと定めたようだった。
『神の如き者』はその左腕を天に向かって掲げた。
空に巨大な火球が二つ現れた。空を見上げていたものは、まるで太陽が三つに増えたのではないかと錯覚したに違いない。
それぞれの火球から、レーザーのような光線が放たれた。
一本の光線はステイル達の居た辺りに。
もう一本は『アイテム』のメンバーが居た辺りに降り注ぐ。
ステイル「か…は…!」
神裂「う…ぐ…!」
光に焼かれ、呻くステイルと神裂。
生きているのは、ステイルが熱に対して並々ならぬ耐性を持っていたからだ。
原形を保っているのは、神裂が『聖人』として人を超えた力を持っていたからだ。
大天使『神の薬(ラファエル)』の一撃を受け切った絹旗最愛ですら、体を焼く苦痛に呻いていた。
絹旗(何なんですか…!? ホントに、さっきの奴とは超レベルが違います…!!)
『神の薬』の一撃を川の流れに例えるならば、『神の如き者』の一撃は鉄を切り裂くウォーターカッターだった。
『窒素装甲』はあっさり引き裂かれ、絹旗は神の炎に焼かれた。
命が残っているのは、奇跡と言うしかない。
滝壺「きぬはた!!」
麦野「馬鹿……私ら全員を庇うために『窒素装甲』を限りなく薄く広く展開するなんて、何て自殺行為を…!」
フレンダ「絹旗! 死んじゃ駄目だよ!! 絹旗!!」
対象とした二組が二組とも生存しているという事実に、『神の如き者(ミカエル)』は少し首を傾げるような仕草を見せた。
ぴくり、と『断罪の剣』を持った右手が動く。
広域一斉駆除などという横着をせず、しっかりこの剣で始末するべきか思案しているようだ。
その剣に貫かれれば、この世に存在する者は全てその死から逃れることは出来ない。
それは、先程の『人工天使』、風斬氷華のように。
『神の如き者』は決断を下し、その翼をはためかそうとして―――突如ぴたりとその動きを止めた。
眼球のない、マネキンのような目がある一点を見つめている。
そこは、とある病院の屋上だった。
その場所に、輝く十二枚の翼を持った者が悠然と佇んでいる。
その姿は、かつての大敵『光を掲げる者(ルシフェル)』を彼(或いは彼女)に想起させた。
『神の如き者(ミカエル)』の烈火の如き殺意をその身に受けて。
学園都市第二位のLEVEL5、『未元物質(ダークマター)』、垣根帝督はどこまでも不敵に笑った。
羽が2倍で強さも2倍や!
挿絵
ミ\ /彡
ミ \ / 彡
ミ \ / 彡
ミ \ / 彡
ミ \ / 彡
ミ \ / 彡
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ミ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄彡
/ ̄ ̄\|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i|/ ̄ ̄\
/ / ̄| || ̄\. \
/ / |〕 帝凍庫クン .|| ´\ \
/ │ ..| || | \
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彡 / │ ./..| -―- 、__, |ト、 | ´\ ミ
彡/ │ ../ | '叨¨ヽ `ー-、 || \ | \ ミ
│ / ..|〕 ` ー /叨¨) ..|| \|
r、 |/ ! ヽ, || \ \ ,、
) `ー''"´ ̄ ̄ / | `ヽ.___´, j.| ミ \  ̄` ー‐'´ (_
とニ二ゝソ____/ 彡..| `ニ´ i| ミ |\____(、,二つ
| 彡...|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i| ミ |
\彡 | .|| ミ/
|〕 常識は通用しねぇ ||
| ..||
|___________j|
垣根「ハッ、あの野郎。やっとこっちに気付きやがったか」
垣根帝督は『未元物質』の象徴たる翼を展開させる。
かつてその身に帯びていた数の倍、左右六対、十二枚の翼。
さらに噴出する『未元物質』は、彼自身の体にも変容を加えていく。
翼から背中、背中から肩、首、腕―――『未元物質』の持つ白い輝きが垣根帝督の体中に伝播していく。
垣根「クリアな殺意ぶつけてきやがって…やる気出ちゃうじゃねえかバカヤロウ」
心理定規「帝督ッ!!」
入り口の扉を開き、『心理定規(メジャーハート)』の少女が屋上に姿を現した。
垣根「あん? バーカ、何やってんだお前。さっさと窓のないビルに行けって言っただろが」
心理定規「それはわかってるけど……あなたはこんな所で、あんな化物相手に何をしようというのよ!!」
垣根「言わなきゃわからんか? お前はもう少し賢い女だと信じていたけどな」
心理定規「その言葉はそっくりそのまま返してあげるわよ!」
自分がどうしてここまで言葉を荒げてしまうのか、『心理定規』の少女はわからない。
ただ、どうしても死なせたくないと思った。
『あんな光景』はもう二度と見たくないと思ってしまったのだ。
, <  ̄ 、
/ ヽ
/ 丶
' i
′ , !
/ / 二≠z 斗 リ
/ ///V弋チ7ヘ tィ 乂
/// ィ ヽ/ 〈 ヘ从ソ
//∧ ィヽ 、 _'/ / ハッ、あの野郎。やっとこっちに気付きやがったか
┌イィ彡//≠ >、 ̄ イ─‐┐
l (ノ `^i ) l
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/ l D A R K .|ト、 \
r、 / .!〕 || \ \ ,、
) `ー''"´ ̄ ̄ / | M A T T E R || \  ̄` ー‐'´ (_
とニ二ゝソ____/ | || \____(、,二つ
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心の距離を設定する。少女は垣根帝督にとっての神に変貌する。
垣根「何偉そうに上から物言ってんだ。ぶち殺すぞ」
心の距離を調節する。少女は垣根帝督にとっての最愛の恋人になる。
垣根「調子乗って俺の行動に干渉してくんじゃねえ。ぶち殺すぞ」
心の距離を再設定。ならばいっそ、最も憎らしい敵となれ。
垣根「ぶち殺すぞ」
心の距離を――――元の位置に。
つまり、少女は能力を解除した。
自分では、この男を止められない。
心理定規「……普通じゃないっていうのはわかっていたつもりだけど……とことんなのね、あなたは」
垣根「コラコラ、言わすんじゃねえよ。こっちももう言い飽きてんだ」
そんなことを嘯きながら―――十二枚の翼を展開させ、垣根帝督はにやりと笑って、言った。
垣根「この垣根帝督に――――常識は通用しねえ」
垣根「ハッハァーーーーッ!!!!」
垣根帝督が翼をはためかせ、凄まじい勢いで『神の如き者(ミカエル)』に突撃する。
白い光は体の隅々まで行き渡り、もはや垣根帝督そのものが『未元物質(ダークマター)』の塊と化した。
『nfahgfbayfbuyarbgfhbhjbfuyhgfuieaygaig!!uiagauahga!!!!uirg』
『神の如き者』が断罪の剣を振るう。
『未元物質』垣根帝督と『この世全ての者の断罪』の特性が激突する。
垣根帝督は消えない。消えるはずがない。
わかりきっていたことだ。
例え『神の如き者』がこの世全ての者に裁きを与える存在だとしても。
『未元物質(ダークマター)』はこの世に存在しない物質だ。
断罪の剣の特性から逃れる、有史以来在り得ることのなかった、たったひとつの『例外』なのだ。
『dfjui??agbuihiug?io????dabavbauifa????』
垣根「何だ? マネキンみてえな顔してよくわかんねえが、驚いてんのか?」
触れたもの全てに死をもたらす断罪の剣を掴み、垣根帝督は凄惨に笑う。
垣根「何でもかんでもてめえらの秤で計れると思うな。人間様舐めてんじゃねえよ、クソッタレ」
垣根帝督について語るとき、彼を『スペア』と揶揄して嘲笑う者達がいる。
しかし彼等は、その意味をちゃんと理解しているのだろうか?
“あの”『一方通行』の代わりを務められるということが、どれ程の意味を持つのか、彼等は正しく理解しているのだろうか?
『一方通行』と並び、神々を貫き殺す『人類の槍』となりうる可能性。
神々に届きうると期待された者。
それが『未元物質(ダークマター)』だ。それが『垣根帝督』だ。
ああ―――それは確かに、人の常識など通用する存在ではないだろう。
垣根「があああああああああああああああああああああ!!!!!!」
『未元物質』は輝きを増し、『神の如き者』を焼き尽くす。
その身に架された『神殺しの槍』としての役割の通りに。
だが無論、垣根にそんな意識は欠片もなく。
彼はただ、彼の矜持に従って神を殺す。
『vafui!!asbihag!!!hu!!!!iafuahngu!!h!!!!!!!!duagia!yg』
『神の如き者』の体から爆発的な光が溢れ出した。
神としてのプライドか、それともただ機械的に『人類絶滅』の指令に従ったゆえの行動か。
その身に宿る莫大な『天使力(テレズマ)』を解放し、『神の如き者』は自爆をはかる。
許せば、世界は神の炎に舐め尽され、全ての生命が滅ぶ。
垣根「ったくよぉ……」
垣根帝督は何かを諦めたように笑った。
垣根「柄じゃねえんだよ!! こんなもんよおおおおおおお!!!!」
垣根帝督の翼が『神の如き者』を包み込む。
莫大な『天使力(テレズマ)』を全て『未元物質(ダークマター)』に取り込み押さえ込む。
無理だ。不可能だ。人間に、そんなことが出来るはずがない。
―――――何度も何度も言わせるな。『未元物質』に、垣根帝督に常識など通用しない。
爆裂、爆裂、爆裂、爆裂―――――
しかし翼は炎を逃がさない。『未元物質』は敗北を許さない。
垣根「あ~あ……」
垣根帝督は最後の瞬間、とある病院の屋上に目を遣った。
飛び降りんばかりに柵から身を乗り出し、泣き叫ぶ少女の姿が目に入る。
垣根「本当に…まったく、俺らしくねえ……お前のせいだぞ、ったく……」
破壊の力を受け切った垣根の体が空に溶けて消えていく。
学園都市第二位のLEVEL5の最期の言葉は、自身に芽生えた良心を少女のせいにするという、何とも男らしくないものだった。
敵残存戦力
天使……6666666666体
大天使……0体
『最後の審判』を司っていた大天使『神の如き者(ミカエル)』は消滅した。
世界が再び黄金の輝きに満たされる。
太陽を直視したかのような眩い輝きに、人類は皆その目を一斉に瞑った。
一瞬の静寂。
とある少女が恐る恐る目を開ける。
「あ」
呆けたような声は、やがて歓喜の声に膨れ上がる。
世界から、天使達の姿が消えていた。
インデックスを天に磔にしていた光の十字架が姿を消した。
それでも、魔術の影響が何かしら残っているのか、インデックスの体はふわふわと漂いながら降りてくる。
ステイル「く…!」
ステイル=マグヌスは死に体のその体を引き摺って、それでも精一杯の速度で駆け出した。
降りてきたインデックスを、その手でしっかりと抱きとめる。
ステイル「インデックス…! よかった…! 本当によかった…!!」
火傷に引きつる皮膚に構わず、ステイルはインデックスの小さな体を抱きしめた。
つぅ、とステイルの頬を涙が流れる。
ぱたぱたと顔に落ちた涙がむず痒かったのか、ぱちり、とインデックスが目を開けた。
ステイル「インデックス! 無事か? 僕がわかるか?」
しばらく寝起きのような顔でぽけーっとしていたインデックスだったが。
心配そうに自分を覗き込むステイルの顔にようやく焦点を合わせると、にっこりと笑って言った。
「baigfbuyargfuabgiabuvhrhaggiheayagrbuylgvhgioahgahgguhaghuahgua」
わからない。人間に理解できる言葉ではない。
でも、ステイルを見てにっこりと微笑むその顔は――――
『哀れだね。インデックスなんて存在は、もうこの世界のどこにもいないっていうのに』
―――――まるで、そう言っているようだった。
天使は消えてなんていなかった。
ただ、一点に集約されただけ。
絶望はまだ終わってなんかいなかった。
『最後の審判』は、最悪のシナリオに向かって突き進み続けていた。
敵残存戦力
天使……0体
大天使……0体
『神上』……1体
ちゅうしょく!
原作通り
さいかい!
インデックスがそっとステイルの胸に手を寄せる。
べこん、と変な音がステイルの耳に届いた。
下を見る。
胸に大穴が開いていた。
比喩的な話ではなく、物理的に風穴が通っていた。
どろり、と血と肉と白い何かが零れだす。
ステイル「あ……」
断末魔の叫びを上げることも出来なかった。
後ろに居た神裂が絶叫する声が聞こえる。
ああ―――最期に聞くのは、出来ればあの子の声が良かったな、なんて。
ステイルは最期にそんな益体もないことを考えた。
何でステイルはすぐ死んでしまうん?
神裂「ステェェェェェイルッ!!!!」
絶叫する神裂の前に、すとん、とインデックスが躍り出る。
混乱に喘ぐ神裂は、咄嗟に刀を抜くことが出来ない。
いや、例え万全の精神状態だったとしても―――果たして抜けたかどうかはわからない。
「adbaghfguya???eyrgbuyafbhuigabirgbia?gauirgba?bfrvtgrfg!!uhgirgaverab!!」
人には理解できない言葉をインデックスは紡ぐ。
何を言っているのかわからない。
でも、本当にいつものインデックスを思わせるようなその笑顔は、
『お腹がすいたんだよ? だから、ごはんくれると嬉しいな』
まるで、そう言っているようだった。
ぽふ、と、気付けば神裂はインデックスに抱きつかれていた。
神裂「あ…」
バリバリバリ! と神裂の『生命力(マナ)』がインデックスに流れ込む。
莫大な聖人のエネルギーを、ばくばくとインデックスはその身に取り込んでいく。
神裂「う…あ…」
神裂の手が七天七刀の柄に伸びて―――でも、どうしても刀を抜くことは出来なかった。
七天七刀に伸びた神裂の腕が、インデックスの体を抱きしめ返す。
結局、神裂に出来たのは、それくらいのことだった。
ステイルマグヌス 定年14歳
かさかさと、神裂火織の成れの果てが風に流されていく。
その残骸に全く興味を示さず、インデックスはキョロキョロと辺りを見回し、ふう、とため息をついた。
『あ~あ、人間って本当に往生際が悪いんだね。うんざりなんだよ』
恐らくはそういった意味の言葉を、インデックスは発した。
インデックス『このまま一人一人当たっていくのは余りにも非効率的かも。まずは大雑把にでも数を削らなきゃ』
そう言って、インデックスは天に向かってその手をかざした。
空全体に、巨大な光の魔方陣が描かれる。
展開し、展開し、展開し――――遂には地球を覆う魔方陣。
今、宇宙から見下ろした地球の姿は、蜘蛛に捕食される直前の、ぐるぐると糸で巻かれた哀れな餌の姿に似ていた。
空を覆った摩訶不思議な魔方陣から、一筋の光がまるで流れ星のように地上に降り注ぐ。
肉の焼ける音と、誰かの悲鳴が世界のどこかから聞こえた。
インデックス『うん、これでよし♪』
インデックスの口から理解不能な音が漏れた直後。
どしゃぶりの雨のように、命を焼く光が地上に降り注いだ。
破滅の光は、『アイテム』の頭上にも降り注いだ。
『神の薬(ラファエル)』と死闘を演じ、『神の如き者(ミカエル)』の蹂躙を受けた『アイテム』に、その光に対応する余力は残っていなかった。
ドムン! と光の柱が地を穿つ。
フレンダ「あいたたた……」
もくもくと土煙が舞う中で、フレンダはけほけほと咳をした。
赤い液体が、ぴちゃ、と手のひらに落ちる。
フレンダ「……あれ?」
その馬鹿げた光景に、いっそ笑い出したい衝動に駆られた。
自分の体の腰から下が、無くなっている。
フレンダ「……あ~あ、自慢の脚線美だったのに、無くなっちゃったかぁ」
煙が晴れる。
麦野沈利が、滝壺理后が、絹旗最愛が、赤く染まって地面に転がっていた。
ずり…ずり…とフレンダは倒れ付す麦野たち三人のもとへ体を引き摺っていく。
近づいて分かった。麦野も、滝壺も、絹旗も、みんな体のどこかのパーツが足りてない。
フレンダ「えへ…へ……」
ぽふん、とフレンダは仰向けに倒れた麦野の胸に顔を乗せた。
フレンダ「い~い感触……これ一度はやってみたかったわけよ」
麦野の胸にぐりぐりと頭をこすり付けて、フレンダはにへへと笑う。
フレ
ぜ、全滅、だと……
フレンダ「むぎの~。きぬはた~。たきつぼ~」
返事が無いのなんて分かっていたけど、フレンダは仲間の名前を口にする。
フレンダ「今までさ~、何だか照れくさくって言えてなかったけど」
フレンダ「みんなは私のこと、すぐに裏切る薄情者だと思ってたかもしれないけど」
フレンダ「実際、臆病な私はわが身可愛さにみんなの情報を敵に渡しちゃったこともあったけど」
フレンダ「それでもね~」
フレンダ達の真上で空が輝く。
フレンダ「……結局さ、私って、『アイテム』のこと大好きだった訳よ」
裁きの光が降り注ぐ。
無慈悲なことに、その光は『アイテム』の四人を纏めて、塵ひとつ残さず消滅させた。
或いは、それこそが神の慈悲だったのかもしれないけれど。
この分だと聖人級の力を結集しても適わなさそうだな……
<幕間>終わる世界―――魔神になり損ねた男
空から降り注ぐ光の雨を眺めながら、古今無双のお人好し、魔神になり損ねた男―――オッレルスは奥歯をかみ締める。
その横に、オッレルスとずっと行動を共にしてきた『聖人』、シルビアが並び立つ。
「あまり、悔やむな」
「そういうわけにもいかないさ。後悔をすることには慣れてるけど、今回のは格別だよ。過去に戻って自分を殺してやりたいと思ったのは初めてだ」
「オッレルス!」
鋭い声を飛ばし、オッレルスの言葉を制するシルビア。
「それ以上言うな。ならあの時のアンタにあの子猫が見捨てられたのか? もし見捨てられるというのならそれはもうアンタじゃない。魔神のなり損ねの今の領域にすら辿りつけてはいない」
「そうかもしれないな。でも、あの時『アイツ』がこんな大それたことを考えてるって確信出来ていたら―――なんて、やっぱり考えちまうよ」
「人はその時その時で一番正しいと信じることをするしかない――アンタの言葉だろう。今アンタがするべきことはなんだ? たらればの話に花を咲かすことじゃないだろう?」
「……そうだな」
オッレルスは無造作にも思える仕草で腕を振る。
パヒュン、と音を立て、彼らの頭上に迫っていた光が霧散した。
「俺達は俺達に出来ることを―――せめて、この家に住んでいる子供たちくらいは世界の終わりから救ってみせようか」
「そうだよオッレルス。ここでそんな風に言えるアンタだから、私は今までずっとアンタについてきたんだ」
光の雨が止む。
インデックスはキョロキョロと辺りを見回して、不満そうにぷぅ、と頬を膨らませた。
インデックス『う~、まだだいぶ人が残っているんだよ。この術式はあくまで光の属性だからね。建物の影なんかに入られたら効果が薄いんだよ』
インデックス『次はどうしようかな……そうだね、今度は質量を伴う攻撃をするのがベストかも』
タァン―――と奇妙など軽い音が響き、インデックスの頭が弾けるように仰け反った。
硝煙を吐く拳銃が、ぶるぶると浜面の手で震えている。
浜面「はぁ…! ちくしょう、あんな女の子を撃っちまった! ちくしょう!」
駒場「……やむをえん……彼女を放っておけば次に何をされたかわからん…」
仰け反っていたインデックスの体がグン、と起き上がる。
ギョロリ、とインデックスの目が浜面、半蔵、駒場たちスキルアウト三人衆を捉える。
半蔵「おいおい…無傷ってなぁ、どういうことだよ……」
インデックス「vbagsfawgvertvuyvayrgaebwwiowjkdhctenrklgmdbweghfie」
人には分からぬ言語。ただ恐らく彼女は、
インデックス『ふうん、私の前に立てるんだ? すっごく強固な意志だね』
インデックス『“人の意志の力”がダイレクトに力に反映される今のこの世界において、あなた達みたいな存在はすごく厄介かも』
およそ、そんな意味のことを言っていた。
ああ、生き残って欲しかったのに出てきてしまったか……
でも近くにいるのに逃げるならこいつらここにいないもんな
レベル0なのにレベル5を倒した浜面ならきっと
すたすたとインデックスは浜面達のほうへ足を向けた。
今度は躊躇なく、浜面は引き金を引き絞る。
連続する銃声。だが、インデックスは仰け反りもしない。
半蔵「化物め…!」
駒場「……奴は俺が食い止める。お前らは一度退け」
浜面「バッカやろう!! 何言ってやがる!!」
駒場「行けッ!! 無様に逃げて、泥をすすって生き延びて、それから反撃して見せろ!! それが俺たちスキルアウトの生き様だろうが!!」
駒場は叫ぶ。
浜面も、半蔵ですら、この男がこんな声を張り上げるのを聞いたのは初めてのことだった。
半蔵「……行くぞ、浜面」
浜面「……駒場ッ!! 後でとっておきのブランデー奢ってやっからな!! だから絶対死ぬなよ!!」
駒場「……わかったよ…約束しよう」
駒場はにやりと笑ってそう答えた。
そんな約束なんて、守れるはずがないとわかっているのに。
駒場の背中にへばり付く視線を無理やり引き剥がし、浜面は踵を返す。
―――――そこに、インデックスが立ち塞がっていた。
浜面「え…?」
後ろを振り返る。人型の巨大な炭が転がっていた。
浜面「こ…ま…ば…?」
インデックス「dfagfuyagfabvuygvwownqmqoxcjgfngyskrntifywbdksowlmw」
目の前の化物が訳のわからないことを言っている。
何を言っているのかは全然聞き取れない。理解できない。
だが。
浜面「何だ…その目は……!」
浜面の顔が怒りに歪む。悔しすぎて、涙さえ出てくる。
浜面「見下してんじゃねぇよクソッタレがァァァァあああああああああ!!!!!!」
浜面は銃口を向ける。半蔵はインデックスの死角に回り込む。
インデックス『これで、人の希望はまたひとつ消える』
インデックスの体から放たれた光が辺りを文字通り『一掃』した。
呆気ねぇ……!
アレイスター「行くのか?」
アレイスター=クロウリーは黒いツンツン頭の少年にそう声をかけた。
肌も髪も真っ白な少年を肩に担いだツンツン頭の少年は答えず、足を踏みだす。
アレイスター「天晴れなことだ。虚数学区に生命力(マナ)を食われて既に死に体だというのにな」
アレイスター「外に出るというのなら、あのモノレールはもう一度使えるようにしておこう。だが、心したまえ」
アレイスターは、振り向きもしない少年の背中に向かって言葉を続ける。
アレイスター「君専用のあの入り口はそろそろ封鎖する。つまり、今外に出れば君はもうこの『方舟』に乗り込むことは出来なくなる」
振り向かない。少年の動きは淀まない。
アレイスター「それでも行くか、上条当麻」
上条「当然だろうが」
少年は―――上条当麻は、余りにも強固な意志を持って口を開く。
上条「俺の心臓はまだ動いてる。右手はまだ拳を握れる。なら、やることなんてひとつしかないだろ」
上条さん出陣……!
生きてて良かった
『展望台』と呼ばれる施設の中で、天才少女、雲川芹亜は頭を抱えていた。
雲川「……あんな化物相手に、人類はどう立ち向かえというんだ?」
貝積「アリの群れが象を倒す逸話というものも、世界には存在しているぞ?」
雲川「相手が愚鈍な象だというのなら、まだ策の練りようもあるけど」
雲川「1ミクロンの隙間もない防護服に身を包み、人類の開発したあらゆる武器を好きに使える状況で、それでも貴様はアリの群れに負ける気があるか?」
貝積「つまり……今はそんな状況だということか」
雲川「人類はもう尻尾を巻いて逃げ出すことしか出来ないよ。『方舟』への移送を急がせろ」
貝積「『陽炎の街』の恩恵を受けているとはいえ、テレポーター達ももう限界だぞ」
雲川「『心理掌握(メンタルアウト)』を働かせろ。奴ならばそんな疲労など忘れさせてくれる」
その時、天井に浮かぶモニターが新たな状況を映し出した。
その光景を目にした雲川は乾いた笑いを上げる。
雲川「見ろ……あんなもの相手に、小賢しく頭を働かせてみたところで、何がどうなるというんだ」
空に、たくさんの星が浮かんでいた。
術式発動。『星降る夜(メテオストライク)』。
質量を伴った数多の隕石が、世界中に降り注ぐ。
『窓のないビル』、地下23階大広間。
カエル顔の医者の号令の下、次々と運ばれてくる怪我人に御坂美琴と同じ顔をした少女達がテキパキと処置を施していく。
そんな喧騒の中で、学園都市第一位のLEVEL5、一方通行は眠っていた。
打ち止め「目…覚まさないね…」
そんな彼の顔を覗きこむ三人の少女。
打ち止め、ミサカ、番外個体。
少女たちは、ようやく一方通行と邂逅することが出来た。
黒いツンツン頭の少年が、一方通行と彼女たちを引き合わせてくれた。
番外個体「あ~あ、人の気も知らないで、気持ちよさそうに寝ちゃってさ」
ミサカ「本当に、彼はお寝坊さんで困りますね、とミサカは頬を膨らませます」
打ち止めの膝の上で安らかに眠っているように見える一方通行に対し、番外個体とミサカが悪態をついた。
打ち止め「これから…どうなっちゃうのかな……」
打ち止めの大きな瞳から涙が零れだす。
打ち止め「また皆でご飯を食べに行きたいよ。また皆でゲームセンターで遊びたいよ。……無理なのかな? もう…無理なのかなぁ…!」
ぽたぽたと零れる涙が、一方通行の頬に落ちる。
ゆっくりと、一方通行は目を開けた。
階段を上がり、上条当麻は地上に出る。
直後に、地面にぽっかりと空いていた入り口が蜃気楼のようにその姿を消した。
これでもう、戻れない。
上条当麻の道は前にしか残っていない。
「あなたを待っていました、とミサカは万感の思いを込めて呟きます」
そこに、彼の良く見知った顔があった。
御坂美琴に瓜二つのその顔。その首で輝く彼があげた安物のネックレス。
10032番目のミサカ。上条が『御坂妹』と呼ぶ存在。
御坂妹「こういう時、ミサカネットワークっていうのは本当に便利です、とミサカは情報を送ってきた10020号に内心グッジョブを送ります」
異なる歴史の流れの中で、それでも上条と出会い、恋をした少女。
最も上条の影響を強く受け、今の今まで外で『みんな』の救出に街を駆け回っていた少女。
御坂妹「その右手の影響で、あなたは『陽炎の街』の恩恵を受けられない。だから、ミサカがあなたをサポートします」
ミサカが傍に佇んでいた廃墟に手を触れる。
輝きの後に、廃墟は一台の戦闘機と化した。
御坂妹「あ、右手で触らないよう十分に気を使ってください、とミサカは最低限の注意を呼びかけます」
上条「お前……」
御坂妹はにっこりと微笑んだ。
まるで、あなたのことなんて全部お見通しだ、と言わんばかりに。
御坂妹「行きたいところが、あるのでしょう?」
学園都市内で神上と戦えそうなのはもう上条さんと一方さんくらいだよな
世界を覆う隕石の群れは、当然学園都市をも襲う。
その第一撃は、偶然か、はたまた意図したものか―――『天才少女』雲川芹亜のいる『展望台』を目掛けて飛来する。
『展望台』は『窓のないビル』には遠く及ばぬまでも、要塞として堅固な防御力を備えている。
だが、そんなものは全くの無意味だ。
多少外殻の硬いアリが居た所で、関係ない。
直撃すれば、インデックスの紡ぐ『星降る夜(メテオ)』は容赦なく『展望台』を崩壊させるだろう。
雲川「終わりか……あ~あ、出来れば、恋のひとつもしてみたかったけれど」
貝積「すまなかったな、雲川芹亜」
雲川「謝るなよ。自分の意志で選んだ結末を、人のせいにする趣味なんて私は持たないけど」
直径2kmはあると思われる馬鹿げたサイズの巨岩が『展望台』に迫る。
雲川「即死だな、これは。せめて痛みを知らず安らかに―――これが神の慈悲なんて、思いたくはないけれど」
雲川芹亜がそうやって、何もかもを諦めて角砂糖をひとつ口に含んだところで、
「なーーにを根性のねえこと言ってんだぁぁああああああああああ!!!!!!」
馬鹿の絶叫が聞こえた。
すごいパンチ△
箱舟に逃げてないこいつらは勇気あるなあ
『展望台』と呼ばれるビルの壁を凄まじい勢いで駆け上がる馬鹿がいた。
そんな場所に居て何で雲川たちの会話が聞こえているのか、意味がわからない。
削板「この程度の状況で絶望してんじゃねえ!! まだわかってねえってんなら見せてやる!!」
削板「このオレの、人間様の根性は、この程度で折れたりはしねぇぇえええええええ!!!!!!」
雲川「あは」
いつも超然とした態度を崩さなかった雲川が、それこそ少女のような無邪気な笑みを浮かべた。
雲川「あっはっはっは!! 馬鹿だ馬鹿だと言ってきたけど、それでも足りんな! お前は最高だ! 削板軍覇!!」
削板「うおっしゃぁぁああああああああああ!!!!!!」
ビル壁を駆け上がった削板軍覇がそのままの勢いで空に飛び立つ。
迫り来る巨岩に向けて、削板は固く握った拳を振りかぶった。
削板「スーパーウルトラデラックス大車輪ギャラクティカすごいパァァァンチ!!!!!!」
繰り出した拳から放たれた超弩級の根性がメテオを粉砕した。
砕けた岩の欠片が舞う中で、削板軍覇に向かって飛来する影があった。
純白の修道服を纏った一人の少女。
インデックス「sajbauy」
短く呟かれた一言。
その意味は多分、『邪魔』。
ドン、とインデックスの腕が削板の心臓を貫いた。
削板「か…は…」
抗う術もなく死を迎えた『ナンバーセブン』が引力に引かれ、落下する。
インデックス「nshwffjfuyagfybyogfytyrajzq」
『展望台』のモニターに映し出される絶望の姿。
モニター越しなのに、インデックスは確かに自分の姿を見据えている、と雲川は感じていた。
雲川「……初恋直後に失恋、そして死亡か。全く、実に私らしいことではあるけれど」
インデックスの腕が振るわれ、『展望台』を光が包み込む。
雲川芹亜と貝積継敏の肉体が蒸発した。
>>インデックス『“人の意志の力”がダイレクトに力に反映される今のこの世界において、あなた達みたいな存在はすごく厄介かも』
ああ、確かに削板は邪魔だったんだろうな……
ちくしょー
『頭』を失った学園都市が沈黙する。
静かになった街の上空でインデックスは再び『星降る夜』を発現した。
空を覆う、巨大な岩の塊。
大地からそれを見上げた人々は、月が落ちてきたんじゃないかと錯覚した。
顕現した『星降る夜』は、それほどの巨大さだった。
窓のないビルに避難する人々を守るため、一人孤軍奮闘していた御坂美琴の顔にも、絶望の色が浮かんでいる。
さっき、空から降り注いできた光は何とかなった。
幸運にも、電気を操る彼女の能力は、ほんの少しだけ軌道を曲げると言う微々たる干渉だったけど、さっきの光には通じた。
でも――――あんなものを相手に、電気なんかで何をどうしろというのだ。
美琴「終わっちゃうじゃない、あんなの……世界が終わっちゃうじゃない!!」
絶叫。慟哭。
そんな美琴の目に。
一直線に隕石に向かう一台の戦闘機の姿が。
それに乗っている、ツンツン頭の馬鹿野郎の姿が映った。
銃弾で心臓貫かれようが「痛い」だけで平気な削板だが、刺した奴が刺した奴だからな……
最終回なのに後のことを気にする必要なんかあるのか?
エツァリは犠牲になったのだ
上条「雄雄雄雄雄オオォォォォォォォ!!!!!!!」
馬鹿げた巨大さの隕石に、上条の右手が接触する。
例え現実に質量を持っていようと、例え途方もない力がそこに注ぎ込まれていたとしても、関係ない。
それが、異能の力であるのなら―――神様だって、殺してみせる。
キュゥン―――――!! といつも通りの甲高い音が空に響き渡り。
『星降る夜(メテオストライク)』はその姿を消した。
当然、『神上』たるインデックスはそんな結末を許さない。
インデックスが動くたびに人が死んでいく……
インデックスの手からかつての『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』を髣髴とさせるような光線が放たれた。
上条「くッ!!」
戦闘機から飛び出し、上条はその右手を突き出す。
今の上条になら、『竜王の殺息』程度ならもしかすると消せたかもしれない。
目の前のソレはさらに異質な何かだった。
食いきれない。
月のような巨岩すら食い尽くした『竜王の顎』がその力を飲み込みきれない。
数センチ軌道を曲げるだけで精一杯だ。
ゾン、と光線は上条の頭の一部を削り、御坂妹の乗る戦闘機を吹き飛ばした。
上条「あ…く…」
どろりと頭から血が流れだす。
力を失った上条の体が自由落下を開始する。
御坂妹「く…!」
戦闘機から飛び降りた御坂妹は上条当麻に向かって手を伸ばす。
だが駄目だ。全然届かない。
御坂妹(お願い…一瞬でいい、ミサカにもう少しだけ力を…!!)
ミサカネットワークによって演算幅を拡幅し、ほんの一瞬だけ御坂妹は自身の力を上回る出力の電圧を発生させる。
もちろん、本来のミサカネットワークにそんな利用方法はない。
だから、これは、少女の想いが起こしたほんの少しの奇跡。
バウン、と番外個体がかつてそうしたように、御坂妹の足元で空気が破裂する。
そうして得た推進力で御坂妹は上条に追いつき、その体を抱え、背負ったパラシュートを展開させた。
モニターを眺めるアレイスターの後ろに現れる三人の影。
アレイスター「姿が見えないと思っていたら……大した暗躍振りじゃないか。暗部の鑑だな、『グループ』」
振り返りもしないまま、アレイスターは言う。
そこには、土御門元春・海原光貴・結標淡希の三人が―――『グループ』の三人が立っていた。
土御門「すぐに術式を解除しろ、アレイスター」
アレイスター「もう私にもどうすることも出来んよ。走り出した『最後の審判』は結末を迎えるまで誰にも止めることはできない」
土御門「貴様…! 一体何が目的だ! 貴様は一体何のためにこんな馬鹿げたことをしでかした!!」
アレイスター「私は知りたいだけなのだ。土御門」
モニターから目を離さぬまま、上条当麻の時と同じ答えをアレイスターは口にする。
アレイスター「私は、人間がこの世界で繁栄するに相応しい種であるのか確かめたいだけだ」
おお、アレイスターの思惑が話されるか?
結局、それだけがアレイスターの望みだった。
神話に残る、天使からの一方的な蹂躙などでは人の本質は計れない。
天秤は、なるべく水平に保たれていなければならない。
だから、アレイスターは自身も『人間』の一人として、学園都市を造り、人の能力を高め、天使への対抗手段を講じた。
人が達しうる繁栄の限界を、今、この時代で達成させた。
その上で、人の存在の是非を問う。
何故アレイスターがそんなことを試みようと思ったのかはわからない。
魔術師の集団に追われ、ボロボロになった時。
或いは、その命を一人の医者によって救われた時。
或いは――――その昔、リリスと呼ばれた娘を亡くした時。
もしかしたら、その辺りに彼の行動の原因を推し量ることは出来るかもしれない。
だが、結局その答えを知るのは――――アレイスター本人だけだ。
彼の狂わせたのは何かな?みたいな感じか
原作もそうなりそうで怖い
土御門「……理解できんな。貴様の言うことは何ひとつとして理解できん」
土御門はぼりぼりと頭を掻く。
土御門「だがひとつだけわかった。人の寿命なんて100年程度で十分だ。1700年も生きてると、貴様のようにくだらんことを考え出しちまう」
そして、その手に一振りの刃を取り出した。
余りにも無骨な、余りにも遊びの無い、人の命を奪うためだけに存在するナイフ。
アレイスター「無駄なことはやめろ。お前程度では私に干渉することは出来ん」
土御門「どうかな?」
アレイスター「……なに?」
そこで、アレイスターはようやく顔だけを土御門のほうに向けた。
土御門は不敵に笑い、一歩、アレイスターとの距離を詰める。
土御門「貴様は確かに桁外れの魔術師だ。『神の領域』に片足を突っ込んでいるとすら言える」
土御門「だが、だからこそ、貴様は『虚数学区』とやらの干渉から逃れられず、その身を『ただの人間』へと落としてしまっているんじゃないのか?」
土御門「それこそ、俺如きの探査魔術に引っ掛かっちまうくらいにな!!」
土御門は駆けだし、そして。
アレイスターの背中に、その刃を突きたてた。
リリスって原作にそんなのいたっけ
ああ、土御門が……
アレイスターは、ふっ、とその顔に笑みを浮かべた。
アレイスター「……なるべくなら、自分の目で結末を確かめたかったが……まいい。結果はいずれにしろ、わかる」
つぷ、と赤い血に濡れた土御門のナイフが背中から引き抜かれる。
どさり、とアレイスターの体が床に崩れ落ちた。
今の彼は、背中を刺されれば死ぬ―――――正真正銘の『人間』だった。
アレイスター「そうだな……ならば私も、あくまで人間として、最後まで人類の勝利のために行動させてもらおうか」
土御門「けっ、どの口がほざきやがる」
アレイスター「土御門、お前に知恵を授けよう。人類が勝利するための、とってときの方策を伝えよう」
土御門「なに…?」
アレイスター「実行するかどうかはお前達が決めるんだ」
>>822
7巻で出てた希ガス
『神上』と化したインデックスはいよいよ次の目標を『窓のないビル』に定めたようだった。
窓のないビルの前で、御坂美琴とインデックスが対峙する。
勝てるわけがないとわかっていても、御坂美琴は歯を食いしばり、震える体を押さえつけて、インデックスの前に立ち塞がる。
「お願いしますの…! お姉さま、どうか黒子と一緒に『窓のないビル』に退いてくださいまし…!」
そんな美琴の背後で、彼女をずっとずっと慕い続けてきたツインテールの少女が泣きながら声を張り上げた。
黒子「勝てるわけがないんですの! お姉さま! そんな意地を張って何になりますの!?」
美琴「……戦ってた。やっぱりアイツは私の知らないところで戦ってたんだ」
美琴はぎゅっ、と拳を握り締める。
脳裏には、目の前の存在に撃ち落されたツンツン頭の少年のことばかりが思い浮かんでいる。
美琴「だったら…私だけが、逃げ出すなんて出来るわけないでしょうが!!」
黒子「お姉さま…!」
美琴「言っとくけど、勝手にテレポートで連れて行ったりしたら一生アンタを許さないからね。黒子」
「「「一方通行(アクセラレータ)!!」」」
打ち止め、ミサカ、番外個体の声が重なった。
一方通行は起き上がり、胡乱な瞳で辺りを見回す。
一方通行「なンだこりゃあ……どォいう状況だ」
窓のないビルの中に一般人が溢れかえっているこの状況に、一方通行は疑問の声を上げた。
打ち止め、ミサカ、番外個体により、状況の説明がかいつまんでなされる。
一方通行「……ッたく……人がちょっと寝てる隙に訳わかンねェことになってやがンなァ」
打ち止め「というか、あなたはちょっとお寝坊が過ぎるよ! ってミサカはミサカは頬を膨らませてみたり!!」
ミサカ「人がどれだけ心配してたと思ってるんですか、とミサカはあなたを睨みつけます」
番外個体「ほらほら、可愛い『妹達』が泣いてるよ? こんな時、男ならどうすればいいかくらいわかるよねぇ?」
一方通行「抱きしめろってか? 馬鹿が、夢見てンじゃねェよ。ラリッてンのか?」
番外個体「フニャチン野郎」
一方通行「殺すぞ」
番外個体「ぎゃはっ。うんうん、全くいつもの通りなようで、ミサカは安心したよ」
「一方通行」
誰かが一方通行の名を呼んだ。
三人の少女達ではない。
そこに現れたのは土御門元春・海原光貴・結標淡希―――『グループ』の三人だった。
土御門「状況は理解しているか?」
一方通行「まァ、それなりにな。ちょうどよかったぜ。オイ、俺を外に連れて行け」
土御門「いいや、駄目だ。お前じゃインデックスには勝てない」
一方通行「勝つも負けるもあるか。テンション上げてはしゃいでるガキを躾に行くだけだ」
土御門「認めろよ。今のお前じゃインデックスを救うことは出来ないんだ、一方通行」
土御門はそこで、一瞬言葉を躊躇した。
ふぅ、と何かを決意したように息を吐いて、続ける。
土御門「だから……」
「俺達について来い。お前がかつて手にし、そして忘れちまった『無敵の力』を取り戻すぞ」
ある日、とある少年が一人の少女と出会った。
少女は、その身にとても複雑な事情を抱えていた。
その事情に同情したわけではないし、ましてや共感したわけでもない。
だけれども、様々な思惑と偶然が重なって、少年は少女の抱える事情に顔を突っ込んでいった。
結果、少年は――有り体に言って、少女を救った。
代わりに、その過程で得た『無敵の力』と、過去の記憶を失って。
それが――――この物語の起こり。
燃えてきた
打ち止め「どういう…こと…?」
土御門「一方通行。お前は『あの時』、インデックスを救った直後、脳を焼かれ、記憶を失った。合っているか?」
一方通行「……あァ」
一方通行は打ち止め達から目を逸らして頷いた。
土御門「その失ったものの中にな、あったらしいんだよ。『この世の全てを操る能力』なんていう反則的な、この状況から逆転できる切り札が」
一方通行「……そンな夢みてェなモンがあったとして、どォやってソレを取りに行くンだよ。時間旅行でもする気か?」
自分で言った言葉で気がついた。
時間。時間を巻き戻す。
海原光貴がインデックスから抜き出した、『時を司る』魔道書―――!
海原「そう。自分の魔術、『時戻し』であなたの脳をかつての状態まで巻き戻す。そうすることであなたの『無敵の力』は復活する」
それが出来るのなら、是が非でも。
それで、この絶望を吹き飛ばすことが出来るなら。
だが、疑問が残る。
打ち止め「記憶は…記憶はどうなるの!?」
そうだ、一方通行の脳がダメージを受ける前まで時間を遡ると言うのなら。
ミサカや打ち止めと出会う前まで戻ると言うのなら。
今まで共に築いた思い出は、どうなってしまうのだ。
土御門「無くなる」
あっさりと土御門は言い切った。
土御門「番外個体の時とは状況がまるで違うんだ」
何せ、戻すのは学園都市第一位の頭脳を持つ一方通行の複雑に過ぎる脳構造だ。
その中で、戻すものと残すものの選別など、出来るはずがない。
特に、思い出なんてあやふやなものなら、なおさら。
一方通行「……そォかよ」
そう言って、一方通行は立ち上がる。
報いなのかもしれないな、と一方通行は考えていた。
一万人も殺して、殺したことを忘れて、のうのうと生きてきた報い。
一方通行だって記憶を失いたくはない。
だけど、それよりも失いたくないものが、今の彼にはあるから。
打ち止め「駄目ぇ!!」
打ち止めが立ち上がり、一方通行に向かって腕を伸ばした。
だが、今まで度重なる負荷にさらされてきた体はひとつも言うことを聞いてはくれず、打ち止めは足をもつらせて倒れた。
打ち止め「止めて! お願い、あの人を止めてよぉ!」
ミサカ「くっ…!」
ボシュッ、とミサカの左手が伸び、一方通行に向かう。
だが、その手は一方通行の『反射』に弾かれ、呆気なく地面に落ちた。
ミサカ「止めさせてもくれないんですか…! 縋らせてもくれないんですか…!!」
一方通行「ったくよォ、オマエラ」
一方通行は呆れたように振り返る。
一方通行「もォわかっただろォが。化けの皮はとっくに剥がれちまっただろォが」
一方通行「俺はクソッタレだ。悪党以下のクソヤロウだ。一万人も殺しといて、そのことを忘却して、のうのうとオマエラの傍に居続けた」
打ち止め「いいよ! そんなのどうでもいい! あんな凄惨な記憶、忘れられるのなら忘れたほうがいい!!」
打ち止めはぼろぼろと零れる涙を拭おうともしないまま、叫び続ける。
打ち止め「だからお願い…! ミサカ達のこと、忘れないでぇ…!」
最後は嗚咽にまみれて、言葉にならなかった。
ヒント:連没
一方通行「……テメエラ、本当に甘ちゃンだなァ」
一方通行はその顔に、少女達も初めて見るような―――優しげな笑みを浮かべた。
一方通行「ホント、目も当てられねェくらいお人好しだ」
一方通行は、初めて少女達の存在が自分の心をどれ程大きく占有していたかを知った。
だからこそ。それを自覚したからこそ、一方通行の足は止まらない。
ミサカ「……ッ!」
ミサカが駆け出し、一方通行の体を抱きしめた。
一方通行は『反射』を切っていない。
弾かれそうになる体を、回した左手で右手の手首を掴むことで耐える。
びきびきと、ミサカの腕から嫌な音が鳴った。
一方通行「バ…!」
慌てて一方通行が『反射』を切ろうとするよりも早く。
バヂン、と。
番外個体がミサカに電流を流し、その体の自由を奪っていた。
ミサカ「こ…の…ばか…」
番外個体「ごめんね。でも、行かせてやらなきゃ。ここで引き止めるのは、野暮すぎるよ」
どさり、と崩れ落ちるミサカの体を番外個体は優しく受け止める。
番外個体「安心しなよ。ちょっと痺れてもらっただけ」
一方通行「……悪ィな」
番外個体「いいよ。今のところ、ミサカにとってはあなたへの情より恩の方が深かったってだけだから」
歩み去ろうとする一方通行に、ミサカは縋る様に手を伸ばす。
ミサカ「…待っ…て…」
一方通行「なァ」
首だけで振り返って、本当に、いつものような気軽さで、一方通行は言った。
一方通行「ちょっとだけ留守にすっからよォ、そこのガキの世話…頼むわ」
その言葉を受けて――――ミサカは、観念した様に手を下ろし、そして微笑んだ。
ミサカ「任務遂行のご褒美として……帰ってきたら、頭なでなでして下さい」
その言葉に、『覚えてたらな』なんて、いつもならどうってことのない軽口を。
一方通行は、どうしても口にすることが出来なかった。
一方通行「なァ…10分だけ、時間くンねェか?」
土御門「ん? どうした」
一方通行「手紙…っつゥのをよォ……残しときてェンだ」
土御門「……わかったよ。好きにしろ」
インデックスと御坂美琴の前に、ひらひらとパラシュートが降りてきた。
あまりにも無用心な、あまりにも隙だらけなその登場に、逆に美琴もインデックスも固まってしまう。
上条「あ~あ、ったく……風に流されて、たどり着いた先が敵のドまん前なんてなぁ」
自身の体を支えていた御坂妹の腕を解き、上条はふらふらと前に出る。
上条「今までずっと何回も何回も思ってきたことだけど……やっぱり、どうしても口にでちまうよ」
その背に御坂妹を庇うように、その背に御坂美琴を庇うように。
その背に―――『窓のないビル』を庇うように。
上条当麻はインデックスの前に立つ。
上条「俺はなんて幸福なんだろう、ってな。おかげでこうやって、皆を守ることが出来る」
頭から零れる血を拭おうともしないまま、上条当麻はそう言って笑った。
上条「美琴、御坂妹。お前らは窓のないビルの中に入れ」
美琴「そんな…! 馬鹿言うんじゃないわよ! アンタ一人残して尻尾巻いて逃げろって言うの!?」
上条「そうだ」
美琴「~~~~~!! ふざっけんじゃないわよ!!」
上条「自分でわかってるはずだ。お前がここに居ても何も出来ないって」
美琴「なら! ならアンタも一緒に!!」
上条「駄目なんだよ、美琴。俺はあの中には行けない」
その言葉に、美琴ははっとしたようにして上条の右手を見る。
あらゆる異能を無効化してしまう右手。最後の逃走手段である『テレポート』すら無効化してしまう。
『幻想殺し』の少年は、もう戻れない。
美琴「……ひとつだけ約束しなさいよ」
上条「…なんだ?」
美琴「絶対に死なないで……絶対に、帰ってきて」
上条「ああ…約束するよ。俺は、絶対に生きて帰る」
美琴「……うそつき」
とん、と上条の手刀が美琴の首筋に振るわれた。
意識を失うその刹那――――美琴の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
上条「あと、頼む」
上条は御坂妹と、彼自身もよく知る美琴の後輩、白井黒子に向かってそう呼びかける。
白井黒子は神妙に頷き、御坂妹は言いたかった言葉をぐっと飲み込んで。
御坂美琴、御坂妹、白井黒子の三人は、窓のないビルの中へ消えた。
インデックス『お別れの挨拶は済んだのかな?』
インデックスの口から、人には理解出来ない言葉が発せられる。
上条「なんだよ、空気読んでくれたのか?」
人には理解できないはずの言葉を受け、上条は返答する。
インデックス『面白いね。本当に面白いよ』
『神上』たるインデックスは『上条』を見て、笑う。
インデックス『その名前にその右手……本来、“神浄”の役目を担い、私の前に立つのはあなただったはずなんだよ』
インデックス『なのにどうしてなのか、今のあなたにはそのために必要な“決定的な何か”が欠けている』
インデックス『一体、どこで歴史の歯車は狂ってしまったんだろうね?』
神浄の討魔か
原作読み返したくなるな
インデックス『それで、そんな不完全な状態で私の前に立って、あなたは何をしようというの?』
上条「決まってんだろ。守るんだよ」
インデックス『そんなぼろぼろの体を張って、一体何を守ろうと言うの?』
上条「約束したんだよ。本当に、肝心な時に何も出来ない俺だけど、それでも、壁の役くらいはやってみせるって」
インデックス『そうやって、勝ち目のない戦いを耐え忍んで……あなたは一体何を待っているの?』
上条「ハッ! その言葉はそっくりそのままお前に返すぜインデックス!」
上条は笑い、拳を握る。
上条「やろうと思えば一瞬で終わらせることが出来たはずの裁きってやつを、ここまでぐだぐだだらだらと引き伸ばして、お前は一体誰を待ってんだ!?」
上条の右手から『竜王の顎(ドラゴン・ストライク)』が顕現し、咆哮する。
インデックス『何を…言っているの…?』
上条「わからねえなら教えてやるぜ、インデックス! 安心しろ、お前の願いは必ず叶う!!」
上条「アイツは――――必ずお前を救いにやってくる!!」
私、待ってるから。
あくせられーたのこと……待ってるからね。
※原作では上条と一方通行が逆になります。
土御門「……以上が、事の顛末だ」
一方通行「…ふゥン……」
倉庫のような狭い部屋の中で、まるで出来の悪い三文小説を読まされたというような顔で、一方通行は曖昧に返事した。
部屋の端では壁に背を預けていた海原光貴が、口から零れる血を拭っている。
『時戻し』の術式は完了した。
今ここにいる彼は学園都市第一位の超能力者などでは無く、『無敵の力』を手にした『絶対的存在』としての一方通行だった。
土御門「今の話を裏付ける証拠がそこの机に置いてある。お前が御坂美琴のクローン達に宛てた手紙だ。安心しろ。中身は一切見ちゃいない」
一方通行「はァン、成程…こりゃ確かに俺の字だ。ご丁寧に直筆かよ。よっぽど伝えてェ事があったと見えるな」
一方通行は机の上に積み上げられた膨大な量の紙束に次々と目を通していく。
一分もかからずに全てに目を通し終えた彼は、何やら思案するようにこつこつと自分の額を叩き―――――
一方通行「あぎゃはははははははははははは!!!!」
突然笑い出した。もう大爆笑だ。
そして積み上げた紙束に拳を叩きつける。
バァン!! と紙の束が粉微塵に爆裂した。
海原「な、何を!? それはあなたが彼女達に残した大切な手紙ではなかったんですか!!」
一方通行「バァカ言ってンじゃねェよ! こンなモン残しておけっか!!」
土御門「なん…だと…!?」
一方通行「こンなこっぱずかしいモン誰かに見られちゃ自殺モンだぜ! 折角無敵になったンだ、こンなくっだらねェ弱点残しといちゃしょォもねェだろォ!!」
土御門「貴様…!!」
一方通行「あァ? 何でテメエがキレてンだ。安心しろ。外ではしゃいでるバカガキはきっちり躾けてやっからよォ」
結標「……送りましょうか?」
一方通行「いらねェよ。テレポート如き、今の俺に出来ねェとでも思ってンのか?」
言葉と同時、一方通行の姿が掻き消える。
後には、居心地の悪い沈黙だけが残っていた。
テレポートもできんのかよ
強すぎワロタ
一方通行が外に出たとき、世界は既に終わってしまっていた。
荒廃した街の中で、『窓のないビル』だけ残っているのが場違いなようにすら思えてくる。
もう、『窓のないビル』内部を除き―――この世界に、生き残っている人間など存在していなかった。
インデックスの足元に、黒いツンツン頭の少年が倒れている。
もう一度繰り返そう―――もうこの世界に、生き残っている人間はいない。
インデックスはちょうど『窓のないビル』に向かって最後の一撃を放とうとしている所だった。
インデックスの手のひらから、『幻想殺し』でも食いきれなかった光線が発射される。
一方通行「……ハッ」
まるで羽虫を振り払うような気軽さで、一方通行はその一撃を消し飛ばした。
ぷらぷらと手首を揺らし、一方通行は一歩踏み出す。
一方通行「雑魚が随分大はしゃぎしてくれたじゃねェか。覚悟はいいか? バカガキ」
インデックス「bvuaygaehgbaihbguyafuiauigbibgubuygbib」
インデックスは人には理解できない言葉を発した。
だけど――――ぽろぽろと涙を流すその顔は。
『助けて、あくせられーた』と――――そう泣き叫んでいるように見えた。
一方通行「舐めたこと言ってンじゃねェよ」
インデックスから次々と発射される光線をことごとく捻じ曲げ、消し飛ばし、一方通行は悠然と歩む。
一方通行「折角、人が脳みそ削りながら助けてやったっつゥのに、まァた訳わかンねェのに乗っ取られやがって」
インデックス「nil!!gf!uabf!yu!!!a!!」
インデックスが逃げるように空を舞う。
逃がさない。一方通行の背中から白い翼が現出する。
一方通行「こちとら慈善事業やってンじゃねェンだ。俺はもう二度とオマエを助けねェ」
翼が羽ばたく。神速を超えて一方通行がインデックスの目の前に肉薄する。
一方通行「――――二度と助けなくていいように、今ここで完膚なきまでにオマエを救ってやる」
一方通行の手のひらが、インデックスの頭を掴む。
抗うインデックスの体を、一方通行は事も無げに押さえつける。
一方通行「コマンド実行―――削除ッ!!」
一方通行「インデックスからさっさと消えろ!! クソッタレのカミサマよォッ!!!!」
ここで天使モードか
胸熱
『最後の審判』………終了
敵残存戦力………一切ナシ
勝者………人類
スマン まじスマン
30分くらい抜ける
再開
といきたいとこだけど残り量的にすんげー微妙だし 展開的にキリもいいし
まったりやりたいから次スレ行くわ
遠慮してみんなにレス自重されてもつまんねーしな
スレをまたぐという醜態を晒したのは俺の見込みの甘さと とにかく遅い筆が故よ
まことにもって相すまぬ
タイトルはおんなじのつける
そしてホスト規制で立てられないというね…
これが天罰というものか……
規制とけるまで書き溜めるか……
代わりに立てようか?
>>947
惚れちまうだろバカヤロー
頼んでいい? タイトルはおんなじので
SS速報のほうがいい?それともVIPでいい?
>>950
VIPで頼んます SS速報いったことねーからわかんね
SSだしそんなことどうでもいいんだよ
それにミーシャとかはそんな感じじゃないの?
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