唯「ぎゃるげ!」(640)

音楽室

律「よーし!お菓子も食べたことだし、今日の部活はこれくらいにして帰ろうぜ!」

唯「は~い!」

紬「は~い♪」

梓「今日の部活はって……一秒も練習してないのに……」

澪「諦めたほうがいいぞ梓……一度言ったことは絶対覆さないから、律は」

律「おうとも! 私に二言はなぁい!」

澪「……言っておくけど嫌味だからな」

律「へっへーん!そんなの痛くもかゆくもありまっせーん!」

澪「はいはい……もういいってば」

律「澪は陥落したぞ~! 残るは梓だけ!」

梓「私も帰りますよ……一人で練習してても楽しくないし」

律「オーケー。どうだ唯! 私の話術にかかれば頑固な二人を落とすのもわけないぜ!」

唯「おぉ~! さすがりっちゃんだね!」

梓「話術って……わがまま言ってるだけじゃないですか!」

律「まあまあ細かいことは置いといて……」

澪「まあ今日は律も用事があるしな」

律「へ?何かあったっけ?」

澪「おい……聡に誕生日プレゼント買うから付き合ってって言ってただろ」

律「あ~、そういえば昔そんなことも言ったわねぇ」

澪「朝の話だろ!」

律「わーかってるってぇ。じゃあ私と澪は買い物してくけど、みんなはどうする?」

唯「いくいく~!まだ夕飯の時間には早いもん」

紬「私も行く!」ふんす!

律「残るは梓だけっと」チラッ

梓「私は……」

律「よし決まり!ではではしゅっぱーつ!」

唯紬「お~!」

梓「まだ何も言ってないんですけど」

みち!

澪「で、何買うかもう考えてるんだろうな」

律「や、全然」

澪「考える時間は充分にあったろ……」

律「とは言ってもねぇ……年頃の男子が何欲しいかなんてわかんないしなぁ……」

唯「ベーゴマかメンコなんてどうかな?」

梓「ふふ、唯先輩たらまたそんなギャグを」

律「ありだな!」

梓「えっ」

澪「なかなかいい案じゃないか」

梓「澪先輩まで!?」

紬「ねぇりっちゃん。男子中学生ならシーモンキーとかに興味あるんじゃないかな?」

梓「シーモ……!?」

律「おおー! それは盲点だったな! ムギ、でかした!」

梓(いくらなんでもシーモンキーはひどすぎる!)

澪「そうだ!」

律「お、澪も何かいい案が思いついたか!」

澪「律にリボンをつけて「私をプレゼント~」っていうのはどうk」

律「何言ってんの? 頭大丈夫?」

澪「……ごめん」

梓(さすがに狙いすぎです澪先輩……)

律「梓は何かないか?」

梓「んー、普通にゲームとか」

律「普通にゲーム?」

梓「はい。ゲームです」

律「……」

梓「ベーゴマとかシーモンキーよりは喜ばれると思うんですけど……」

律「……」

梓「あ、あれ……?」

梓(私、間違ってないよね……)

律「まったく一ミリも思いつかなかった……」

梓「ええ!?さっきまでのは素ですか!?」

律「!?」

律「は、はあ!? そそそ、そんなはずないだろ!みんなのギャグに付き合ってただけだってば!」

梓「絶対嘘だ!」

唯「さっすがあずにゃん!鋭いところをついてくるね!」ダキッ

梓「普通真っ先に思いつくでしょ!」

ゲーム売り場

紬「わぁ~!りっちゃん見てみて!ゲームソフトがいっぱい!」

律「そりゃあそうだろ、ゲーム売り場なんだし」

唯「ムギちゃんはこういうところに来るのは初めてなの?」

紬「うん。私ゲームしたことないから」

律「実は私も最近のはさっぱりなんだ。ファミコン世代だからな」キリッ

唯「あずにゃん先生!ここはお願いします!」

梓「まあ無難にモンハンかドラクエでいいんじゃないですか?」

律「じゃあもうそれでいいやあ」

梓「テキトーすぎでしょ!?」

律「だってぇ、選ぶのめんどくさいしぃ」

梓「まあいいですよ……律先輩の弟さんのことだし。私には関係ありませんから」

律「んもう~梓のいけずごけ~」

梓「え?」

律「まあいいや。で?おお、これかモンハンってのは」

梓「そうです。友達同士で通信で狩りができたりして楽しいですよ」

律「へえ。で、こっちがドラクエか。
  確かゆうていみやおうきむこうほりいゆうじとりやまあきらぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺだよな?」

梓「なんですそれ?」

律「お。梓、梓! こっちはなんだ?」

梓「どれです?」

律「この可愛い女の子がいっぱいいるやつ」

梓「ああ、それは俗に言うギャルゲーですね」

唯「ぎゃるげ?」

梓「簡単に言えば主人公が可愛い女の子達とイチャイチャするゲームです」

律「なんじゃいそりは」

澪「ゲームの中で男女の仲になって楽しいのか? なあムギ」

紬「さあ? 私にはなんとも……」

梓「今はこういうゲームが好きな人も多いんですよ。 
  言っちゃえば現実世界で残念な男の子がゲームの中の女の子に囲まれることによって欲求不満の解消をしてるわけですね」

律「へぇ……」

澪「なんか気持ち悪いなそれ……」

梓「まあ私達には縁のないゲームです」

律「ふむ」

澪「聡もこういうのやるタイプじゃないだろ。
  律、モンハンとドラクエどっちにする?」

律「いや、私はこれを買う」

澪「どれ?」

律「この『ぎゃるげ!』ってやつ」

梓「マ、マジですか。止めておいたほうが」

澪「そうだよ。絶対つまらないだろ、こんなの」

律「や、なんかこうビビっとくるものがあったからさ。
  それにこのゲームが私を呼んでいるような気がするんだ」

澪梓「意味わかんね」

りつんち!

律「ただいまー!」

聡「お帰りねーちゃん!」キラキラ

律「ったくもー。普段は出迎えなんてしないのに。
  さてはプレゼント狙いだな?」

聡「へへへ」

律「任せておけって! 今回は聡のために奮発したからな!」

聡「マジですか! それで何買ってくれたの!?」

律「ふふふー。じゃっじゃーん! ゲームソフトだぜー!」

聡「きたああああああ!」

聡「それでそれで!? 中身は!?」

律「まあそう慌てるなって……今出してやるから」ガサゴソ

聡「わくわく」

律「ほい」

聡「うおおおおおおおおおお!お?」

律「へへ、そんなに喜んでもらえると悩んで買った甲斐があったってもんだ」

聡「な、何これ」

律「な、何ってゲームソフトだよ。『ぎゃるげ!』ってやつ」

聡「な、なんでこんなの買ってきたの」

律「さ、聡が喜ぶと思って」

聡「ど、どこからそんな発想が」

律「男はみんなこういうゲームが好きって聞いてな」

聡「……」

律「ど?」

聡「バッカじゃねーの!」

律「な!?」

聡「そんな気持ち悪いゲーム俺がするわけねーだろ! 死ね! あっという間に死ね!」

律「てめえ! せっかく買ってきてやったのに!」

聡「頼んでねーよバアアアアカ! やーい! お前んちおっばけやっしきー!」ダダダ

律「聡ァ!」

シーン

律「ちぇ……なんだよ、せっかくあいつのために買ってきてやったのに。
  もういいよ、自分でやるから」

りつべや!

律「CDをセットしてっと」カチャ

なう ろーでぃんぐ

律「一体どんなゲームなんだろ、ギャルゲーって」わくわく

律「ほうほう、まずは名前を決めるのか。えーっと田井中り…へくちょん!」

ゲーム内の主人公「俺の名前は田井中りぬんらば。ごく普通の高校生だ」

律「あー! 名前がー!」ガーン

律「……」

律「田井中りぬんらば」

ゲーム内の妹「朝だよおにぃ! 早く起きないと遅刻しちゃうよ!」

律「お、おにぃ……」

ゲーム内の妹「ぶ~! 起きないとチューしちゃうんだからね!」

律「いや、兄妹だよね? お前ら兄妹だよね?」

ゲーム内の妹「おにぃの唇……やわらかそう……ちょっとだけ……いいよね?」

律「ははは」

律「ねーよ!!!!」ガガーン

ゲーム内の幼馴染「おはよ~りぬんらば君~。あはは~寝癖すご~い」

律「はあ……なんだよこのゲーム。マジつまんね」

ゲーム内のパンを咥えた女の子「遅刻遅刻~!」

律「こんなの喜んでやる奴、頭イカれてるな。危うく聡に変な影響与えるところだった」

ゲーム内のパンを咥えた女の子「あー! あんたはあの時の!」

律「やーめた。つまんなすぎ。明日売りにいこうっと」ポチッとな

ブゥン

律「さてと! 寝るとしますかー!」バサー

よーるー!

律「すうすう」zzz

律「んん……ダメだよ澪ぉ……そんなとこ触っちゃ……むにゃ」zzz

『……っちゃん』

律「ん……」

『っちゃん……!りっちゃん!』

律「んへぁ!?」ガバ

シーン

律「なんだぁ……? 誰かに呼ばれた気がしたけど……」

シーン

律「き、気のせいか」

律「お、おばけとかじゃ……ないよな……?」

律「……」

律(こぇぇ……)

律「あーもう! 明日も学校なんだ! 寝ちゃお寝ちゃお寝ちゃおー!」ガバ

律「……」

律「ぐぅ……」

『りっちゃん、りっちゃんてば』

律「だー! もう何! 誰! 本気で殺意沸いてきた!」

『私だ』

律「なんだ、またお前か」

律「……誰だー!」

『どもども』

律「す、姿を現せー!」

『ふっふっふ』

律「こ、怖くなんてないんだからな! おばけなんていないんだからな!」

『どうでしょうねー』

律「ぎゃああああああああ!死にたくないいいいいいいいい!
  澪ぉおおおおお!唯いいいいいいいいぃぃぃいいい!
  助けてえええあああああああおおおああ! げっほげっほ! おぇっぷ」

『汚っ!? なんかごめん。あの』

律「ムギイイイイアアアアアア!梓アアアアアアアアアア!!!!!!
  南無阿弥陀仏ナンミョウホウレンゲキョウナムシャカムニブツ」

『お、落ち着いて! 大丈夫! 私はおばけじゃないです!』

律「マジ?」ケロ

『立ち直りはえーなおい』

律「で、誰? どこから話しかけてるんだ?」キョロキョロ

『見回しても私は見つけられませんよー』ニヤニヤ

律「寝る」バサー

『ああ! 待ってください!すみませんすみません!』

律「うっさいな……用があるなら早くしてくれ……」

『え~どうしよっかなぁ』チラッ

律「帰れ。あ、違った。死ね」

『冗談冗談! 言います! 言いますから!』

律「で、あんたは一体何者だよ」

『信じてもらえないかもですけど、私はギャルゲーの精です!』バーン!

律「ふーん」ホジホジ

『今は直接りっちゃんの脳に語りかけてるので私の姿は見えません』

律「そか。で、そのギャルゲーの精様が何の御用でしょうかー」ピン

『はあ……やっと本題に入れる』

律(引っ張ってたのはお前だろ……)

『さっそくですけどりっちゃん、あなたにはゲームの主人公になってもらいます』

律「間に合ってますぅ。すでに人生の主人公なんで」

『そういうわけにいかないんです! りっちゃん、あなた昨晩ギャルゲーをバカにしたでしょ!?』

律「ん、あのつまんないゲームな」

『な!? また言った!』

律「あんなゲーム、ニヤニヤしながらやるとかもうね……」

『あわわ……今の発言で一千万のギャルゲーユーザーを敵に回しましたよ!』

律「そんなにいるんかい! つーかなんで私がそんなことしなきゃいけないんだよ!」

『りっちゃんにギャルゲーの良さをわかってもらうためです!』

律「結構ですぅ。おやすみー」

律「ぐぅ……」

『……えい』

律「ん? う、うわああああああああああ」

「……!……つ! おい律!」

聞きなれた金きり声。
私の意識は未だに夢の中だったけれど、何故かこの声だけは脳にまで届く。

澪「いつまで寝てるんだよ! また遅刻するぞ!」

寝ぼけ眼を少しだけ開くとベッド脇には眉を吊り上げ、腰に手を当てて仁王立ちしている澪がいた。
秋山澪、私の幼馴染にして大親友である。

律「ああ~? 澪~?」

澪「ああ~じゃない! 早く起きろ! まったく、毎朝私が起こしにこないと起きないんだから……」プンプン

毎朝お勤めご苦労様です。
感謝してます。

律「毎朝? 朝に私の部屋まで起こしに来た事なんてあった?」

澪「なんだと……?」

律「え? なに」

ゴツン!

律「いたー!」

澪「少しは人を待たせていることを自覚しろ! バカ律!」

律「いや……だって来た事ないもん……」ヒリヒリ

澪「もういい! とにかくすぐに学校いくぞ! 下で待ってるからな!」

澪は部屋のドアを勢いよく閉め、ドタドタとすごい音を立てながら階段を下りていった。
仕方がない。
澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「あ、寝癖やば。シャワー浴びようっと。澪は……どうでもいいや」

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「ん?」

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「あれ、おい。何か……変だぞ」

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「ちょ、ちょっと! なんだこの上の文!」

『やあ』

律「あ、てめっ! 昨日のは夢だと思ってたのに」

『ふふ、いいものでしょう。可愛い幼馴染が毎朝起こしにきてくれるのは』

律「毎朝って私にとってはこれが初めてだってーの! 何かもう色々説明しろ!」

『説明しましょう。ここはギャルゲーの世界です』

律「ああ?」

『りっちゃんは晴れてギャルゲーの主人公になったわけです。
 おめでとう。それじゃ』

律「まてこら」

『まだなにか?』

律「説明不足にもほどがある!」

『とにかくりっちゃんが放課後ティータイムの誰かを彼女にしたらいいんですよ。
 そうすれば現実世界に帰れます』

律「しれっと言ってるけど私も奴らも女だからな。なぜ彼女という発想になるのか」

『愚問ですね。それを追求すると話が進まないんで』

律「……。じゃあ聞くけどここはやっぱり仮想空間なのか?」

『そうです。ここはギャルゲーの世界。りっちゃんの行動如何でみんなりっちゃんを好きになるし、逆に嫌われたりもします』

律「ふーん、とにかくうまく立ち回って誰かを彼女にしろと?」

『やっと理解しましたか』ヤレヤレ

律「殴っていーい?」ニコ

律「よし、今すぐ澪に告白してくる。そんで元の世界に帰る」

『あ、告白は決まった時期にしかできないんでよろしく』

律「もおおおおおおおお! マジなんなの!」

『そもそもパラメータ的に告白しても振られてバッドエンドだし』

律「パラメータ?」

『格キャラにパラメータが設定されてるんです。
 うまく立ち回ればパラメータは上がるし変な行動を取れば下がる。
 告白までにいかにパラメータを上げるかが勝負の鍵です』

律「マジでゲームみたいだな……。で、澪のパラメータは?」

『これ』

【秋山澪】
好き度☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆

律「ええ!? 好き度低っ!」

『頑張って上げてください』

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「あ! あとこれなに! 上の文章!」

『それはテキスト。言わばりっちゃんの心の声? みたいな?』

律「待て待て! 私はこんなことこれっぽっちも思ってないぞ! 寝癖直したい!」

『その方がギャルゲーっぽいので。とにかくこの文章を指針に行動してください』

律「私は操り人形かよ……」

『ほらほら、早く行かないとまた澪ちゃんが怒りますよ』

律「や、寝癖が……」

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「ちくしょう! 行けばいいんだろ行けば!」

澪をこれ以上怒らせるのもまずいし着替えてパンでも咥えて登校するとしますか。

律「わかってるようるせーな! 歯も磨けないのか!」ダダダ

ガチャ

律「澪! お待たせた!」

澪「遅い!」

ゴツン

律「ぐぇあ!」

澪「いつまで待たせれば気がすむんだこのバカ!」

律「のぉぉぉぉおおおおお……」

私は澪のゲンコツに悶絶する。
このゲンコツ、今ではほぼ日課となっている。
澪、いつもそんなに怒ってたら若いうちにシワだらけになっちゃうぜ?

律(現実の澪よりいてぇ……この澪は私のこと嫌いなんじゃないか?)

澪「ったく、髪もボサボサじゃないか」

律「澪が早く来いって言うから……」

澪「仕方ないな……ほら、直してあげるからこっちにおいで」

律「え? お、おお……」

澪は私の頭を掴み、自分の胸元に引き寄せた。

律「ぐお……!」

澪しゃん……おっぱいが……当たりそうです。

澪「律も、い・ち・お・う女の子だからな。こんな髪じゃ人前に出るのは可哀想だ」

一応を強調するな。

澪は鞄からクシを取り出し、私の髪を梳かし始める。
他人に髪を触られるのはなんだかこそばゆい。

澪「律って髪は綺麗だよな。いつも寝癖ひどいけど」

律「う、うるせーやい!」

澪「なんだよ、せっかく褒めてあげたのに」

澪は少し寂しそうな顔で俯いた。
私はなんだかいたたまれない気持ちになり、澪の手からカチューシャを奪い取って脱兎のごとく駆け出した。

律「ち、遅刻するんだろ! 早く行くぞ!」

そしてそれを装着しながら叫ぶ。

澪「ああ! 待ってよ律ぅ!」

私は澪の言葉に耳を貸さず、ズンズンと学校に向けて歩を進めた。

律(くっそ~……)

律(な~んか調子狂うな……普段の澪なら)

ポワワーン

澪「おい律。寝癖」

律「ん? あ、ホントだ」

澪「……そんな頭で外出とか……女として終わってないか?」クスクス

律「ぐぬ……こいつ!」

ポワワーン

律(ってな感じかな)

澪「はあはあ…・・・待ってよ律ぅ~!」

律「お、おぅ」

澪「ひどいよ律! 一人でどんどん先に行っちゃうんだもん! おかげで汗かいちゃったろ!」

澪の髪が汗で頬に張り付いている。
その姿が妙に色っぽく見えた。

律「ち、遅刻しちゃうからな! 急ぐぞ澪!」

澪「ちょ……!」

私は澪の手をとり、学校に向かって走り出した。

せいもん!

律「とーちゃく!」

澪「はあはあ……走るの速すぎ……」

律「遅刻するよりましだろ!」

澪「まあそうだけどさ」

律「……ちょ! あ、汗でシャツが透けてる!」

澪「え?」

ほう、今日の澪は水玉ブラか。
なかなかどうして。

律(ふ、ふざけんな! 私はこんな変態じゃない!)

澪「ど、どうしよ律……」オロオロ

律「どうするったって……そうだ! 私ベスト持ってる! 待ってろ!」

私は大急ぎで鞄をひっくり返し、ベストを取り出した。

律「ほら、これ着ろ!」

澪「ありがとう律!」

飯食う

戻りましたー再投下

澪はベストを受け取ると、すぐにそれを着る。

律「ふう……なんとかなったな」

澪「ん……」

律「どしたー? ポケーっとして。疲れた?」

澪「や、このベスト……律の匂いがするなぁって……」

律「ぶーーーーっ!」

澪は俯き加減で頬を紅潮させながらモジモジしている。
世の中の男共がこの姿を見たら一発で澪の虜になることは想像に難くない。
実に女の子らしい仕草だ。
私も見習いたい。

律「お、おまっ……! 変なこと言うな! 顔を赤らめるなー!」

澪「だ、だって……」

唯「おっふたりさーん! おはよー!」

向こうからよたよたと駆けてくるのは、軽音部ののんびり妖精平沢唯~!

律「お、おお唯。ちょっと今……」

唯「何かあったの? あれ、澪ちゃん顔真っ赤だよ! 熱でもあるの!?」

澪「へ!?」

唯に指摘され澪の頬はますます紅潮する。

律(あーもう! 澪の奴、一体何をそんなに意識してんだよ!)

澪「なんでもない! なんでもないから!」

いかにもなんでもありそうなアタフタ具合に、唯の目ですら誤魔化せなかったようだ。

唯「澪ちゃん! 今すぐ保健室に行こ!」

澪「ほけ……! ホントになんでもないってば!」

唯「りっちゃん、澪ちゃんを保健室に連れてってあげて!」

澪「え……」

律「私が?」

唯「うん、だって澪ちゃん本当に風邪っぽいんだもん。悪くなったら大変だよ」

律「でも大丈夫だって、澪が」

澪「行こうかな…・・・保健室」

律「えっ!?」

唯「うんうん、そうしなよー。私は宿題を写さなきゃいけないのでさらば!」

唯は私達に向かって敬礼をして一目散に玄関まで駆けていった。
何故言いだしっぺが何もしないのか、謎だ。

律澪「……」

律「…行くか、保健室」

澪「うん……」

律(えっと、ちなみに唯のパラメータは……)

【平沢唯】
好き度☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆☆
隊員度☆☆☆☆

律(澪よりは全体的に高いのかな。……隊員度……? って何……?)

澪「律……」

律「お、おお。じゃあ行こっか、保健室」

澪「うん……」

【秋山澪】
好き度☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆☆

律(お、澪のは信頼度と好き度があがってる)

そんなわけで私達は保健室にやってきたのだった。

律(どんなわけやねん……もうテキストに突っ込むのも面倒になってきた)

澪「はは……別に具合なんて悪くないのにな……なんで来ちゃったんだろ」

じゃあ戻ろうか、って言うのは野暮だよな。

律(野暮じゃないし……なんともないなら教室行こうよ、マジで)

澪「とりあえず服脱いで汗拭きたいんだけど」

律「うん、拭けば?」

澪「……」

律「ん?」

澪「あっち向いてろー!」

ゴツン!

律「なんでー!?」

澪に促されるまま、私は一人廊下側を向いた。
一体なぜ殴られたのか、追求はしないことにした。

律(私は完全に男扱いかい……まあギャルゲーだから仕方ないのか)

澪「よし! もういいよ。こっち向いても」

振り返ると澪はベッドの上に腰掛けている。

澪「律も座れば?」

律「は?」

澪は自分の座るベッドを指差した。

私は戸惑いつつも澪の隣に腰掛ける。
ギシ、という音と同時に澪の体が揺れる。

澪「ん……」

律「な、なに」

澪「別に……」

律「……」

澪「……」

なぜか沈黙する澪。
私はこういう雰囲気が一番苦手だ。

律「何か喋れよ……」

澪「律こそ……」

律「そもそも澪が座れって言ったんだろ……」

澪「そうだけど……」

律「……」

澪「……」

沈黙。
沈黙の保健室。

律(って、やかましわ!)

澪「何か久しぶりだな、こういうの」

不意に澪が口を開いた。

律「こういうのって?」

澪「ん、二人っきりの静かな時間がさ」

律「ああ、軽音部入ってからは私ら二人っきりってのはだいぶ減ったな」

澪「5人でいるほうが楽しい?」

律「へ、変な質問するな!」

澪「別にいいだろ。私と律の仲だし」

律「はは、まあそうか」

澪「ふふ」

何が可笑しいのかよくわからなかったけれど、私達は向き合いながら笑いあった。

なんだかすごく懐かしい気分だ。
そういえば、昔はよくこうしてなんでもないことで二人で笑いあってたっけ。

澪「そういえばさ」

ひとしきり笑いあった後、澪は神妙な面持ちで喋りだした。

律「ん? どした?」

澪「律は進路どうするか決めた?」

律「ああ、いやまだ」

未だに進路未定は私と唯だけ。
軽音部から二人も……。
情けない限りである。

律「そうだな~。じゃあたこ焼き屋さんでもするか!」

澪「バカ! 真面目に考えろ!」

律「おい、その言い方はないだろ。全国のたこ焼き屋さんに謝れ!」

澪「いや、そういう意味でなく……」

律「じゃあどういう意味かな~。ん? 言ってごらんなさぁい?」

人をイラつかせる口調に定評のある私である。

澪「だからそれは……ん~もう!」

イジワルはこれくらいにしといてやるか。

律「にょほほ、冗談だって。私はまだ未定だよ。澪は推薦だっけ?」

澪「あ、うん……」

律「さすが優等生は違うね。澪なら合格するよ。私が保障する」

澪「別に律に保障してもらわなくても元から落ちるつもりなんてないし」

律「ほ~、大層な自信ですこと」

澪「ふん! 当たり前だろ!」

律「でもさ、そしたら澪とは離れ離れか。なんか……アレだな」

澪「アレって?」

律「ん~、現実感がないっていうか。ほら、今まで澪とはずっと一緒だったろ?
  だから……あー、なんて言うのかな。離れるのかーって感じ。
  うー、うまく言えん」

澪「ぷっ、つまり私がいなくて寂しいってことか?」

律「はんっ! 2、3日もすりゃあケロっとしとるわい!」

澪「そっか」

私に返答しながら澪は少し寂しそうな顔をする。
笑ったり寂しそうにしたり、本当に起伏の激しい奴だ。
ま、そんな素直なところが澪のいいところなんだよな。
こんな澪だからこそ私達はずっと親友でいられたんじゃないかと思う。

澪「律もさ……頑張って……」ゴニョゴニョ

律「は? なに?」

澪「り、律も頑張って勉強して私と同じ大学を受験しないか!?」

律「ほぇ?」

思わず情けない声が漏れてしまった。
だって仕方ないだろう。
こんなこと言われると思ってなかったし、そもそも澪の受験大学は宮廷で、およそ私が頑張ってどうにかなるレベルではないのだから。

律「いや、だってなぁ……」

1 そうするか!
2 バカ言うな。無理に決まってんだろ。
3 お前と同じ大学なんて行きたくない。キモオタのダッチワイフが気安く私に近づくな、妊娠してしまうだろうが。

律「え?」

律「な、なんじゃこりゃああああああああああ!?」

澪「律、どうなんだよ」

律「いや、ちょ……」

律(この選択肢なに!?)

『はいどーもー』

律「あーもう! さくっと説明せいや!」

『それはギャルゲーに不可欠な選択肢。どれを選ぶかで好かれたり嫌われたり、ストーリーが変わったりしまーす』

律「わー、わかりやすーい」

『ちゅーわけで、頑張ってくーださい』

澪「なぁ律、どうなんだよ。律の本心を聞かせて欲しいんだ」

律「あ、ああ……」

律(急に言われてもな……どれが当たりだ? どれを選べば澪の好き度が上がる…?)

律「3……かな……」

澪「えっ?」

律(いや待てよ……私なら)

澪「律……」

私は意を決してこう言った。

律「バカ言うな。無理に決まってんだろ」

澪「……」

律「……」

律(今回は自分の本心に従った。ギャルゲーとか関係なしに私なら絶対こう言うだろうからな)

澪「……」

澪は俯いている。
こいつが今どんな顔をしているのか、確認することはできない。

少しだけバツが悪くなったので、澪の顔を覗き込もうかと思った矢先、

澪「ぷっ」

律「あん?」

澪「ぷふ、あはははははは」

澪が笑い出した。

澪「あはははは」

律「~~~~ッ!?」

澪が一体何に対して笑っているのか、私には皆目検討もつかなかった。
もしかして私の言葉にショックを受けて頭がおかしく……!?

律「あのー……み、澪さん?」

澪「ああ、ごめんごめん。想像通りの答えが返ってきたものだからついな。
  はは、それにしても律は本当にわかりやすい性格してるよな。
  そんなんじゃ悪い人にすぐ騙されちゃうぞ、あっはは」

律「んな!?」

澪「あー面白かった。もし、私も行く! なんて言い出したらどう突っ込めば良かったかな?」

律「なあおい! 自分から振っといてそれはちょっとひどすぎやしませんかねぇ!?」

澪「ふふ、まあ律と同じ大学に行けたらそれはそれで楽しいと思うけどさ。
  そういうわけにもいかないよな。自分の人生だもん」

澪の口振りはまるで自分に言い聞かせているように思えた。

律「まあ私も色々考えてみるよ。このままじゃいけないのは確かだもんな」

澪「当たり前だろ、バカ律」

バカ律、か。
澪にこう呼ばれるのも後数ヶ月だけなんだな。

ともあれ、澪も落ち着いたようだしそろそろ教室に戻るべきだよな。

律「そろそろ教室戻ろうぜ。汗も引いたろ?」

澪「あ、うん」

澪はどこか名残惜しそうな顔をしている。

律「ほらほら、私のベストさっさと返せ!」

澪「あ! やめ……!」

私はベストを奪取するため、澪が着ているそれを思いっきり引っ張った。
引っ張ってしまった。

それと同時に澪が態勢を崩す。
私は慌てて澪を抱きしめた。

律「あ……」

澪「ッ!」

瞬間、鳥肌が立った。
あの、なんか、ジブリみたいな感じで。
わかる奴だけわかればそれでいい。

律「ご、ごめ……」

澪「……」

澪は私の胸に顔を埋めたまま動かない。

澪「なにするんだよ、バカ……」

蚊の鳴くような声で澪。

律「あ、ちょ、いや……こんな、つもりじゃ……」

挙動不審のキモオタのような声で私。

私達はしばらくそのまま抱き合っていた。
別に好きでやっていたわけではない。
澪が私の服をギュウっと握りしめ、離れようにも離れられなかったのだ。

一言言わせてくれ。

……なんだろう、これ。

律「きょ、教室……行こうよ……」

自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
体中が熱い。
密着しているせいで澪の熱も伝わってくるのでなおさらだ。

澪の胸の鼓動が直接私に響く。
息遣いもハッキリ聞こえる。
澪の息遣いは……少し荒い。

澪「ん……」

ようやく澪が顔をあげる。
頬を紅潮させて上目遣いで私を見てくる。
そして少しだけ涙目だった。

やめろ、そんな目で見られたら……私……。

律(どぅあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!111111)

この場で澪をどうにかしてしまいそうだ。

首筋がピリピリする。
頭が痛い。
こんなのは初めてだ。
女の子を抱くとみんなこんな風になるのだろうか。
まあ、確かめる術はないのだが。

律「み、澪……! あの、さ……!」

私はゆっくり、ゆっくりと澪を自分の体から引き離す。
意外にも従順に、まったく抵抗しない澪。

もう一度澪の顔をよく見てみる。
紅潮した頬に潤んだ瞳。

こんな澪は初めてだ。
なんて言うか……すげー可愛い。
どうしたんだ澪!
なんなんだ澪!
お前はそんなキャラじゃないだろー!

こんな澪を見ているともう一度抱きしめたい衝動に駆られた。

律「教室、行こうぜ」

自分の欲求に打ち勝つため、私はわざとらしくドスの聞いた低い声で言った。

澪「そうだな」

澪の声も心なしか低い。
澪はその場でベストを脱ぎ、サンキュといいながら私に手渡した。

私は受け取ったベストを着る。
少し湿ったような感じがするのは澪の汗だろうか。

律「う……こ、これは……」

律(澪の匂いが……)くんかくんか

律(ってぇ! 私も同レベルかい!)

澪「じゃ、行こうか」

律「あ、ああ……」

私達は保健室を後にしスネークよろしく、忍び足で教室を目指した。
すでに一時限目の授業は始まっている。
どう誤魔化すか。はたまたバレないように自分の席に着席するのを試みるか。

あ、私の席一番前だ。
後者は無理か。

そうこうしているうちに教室の前。

律「諦めて謝るしかないな」

澪「律はな。私は一番後ろの席だからまだ望みがあ」

「る」といい終わる前に私は勢いよく教室のドアを開けた。

律「おはよう!」

澪「こ、このバカ野郎!」

自分一人だけ逃げようったってそうはいかん。
喜び、悲しみを分かち合ってこその幼馴染だとは思わんか?
なあ、澪。

壇上にいる数学の教師が真っ赤な顔で私達に怒りをぶつけてきたことは言うまでもない。

その日は一日中、授業に集中できなかった(普段は集中しているのかと聞かれれば素直に頷けないのだが)。

保健室のことを思い出すたび……私は頭を掻き毟った。
どうしてあんなことをしてしまったのか。
どうして澪のことを可愛いと思ってしまったのか。
どうして澪を抱きしめたくなったのか。

考えれば考えるほど顔が熱くなってしまう。

気晴らしに唯の能天気な話でも聞きたかったが、今日の唯はなぜか朝から寝っぱなしだ。

……宿題を写せたのか、こいつは。

事情を知らないムギはいつも通り、柔らかな笑顔で私に話しかけてくる。
新しく作った曲について意見を求められたが、私は「あー」とか「うー」とか気のない返答をするだけだった。
ムギ、ごめん。

澪は……あっちはあっちで意識しているのかわからないが、自ら話しかけてくることはなかった。

そしてその日の放課後、音楽室。

そこには私と澪と梓。

律「でなー、澪の奴一人だけ罪から逃れようとしたんだぜ! ひでーよな!」

澪「い、いや……あれは違っ……!」

私は意識的に保健室の話題を避けていた。
まあ、梓がいる前で話すことでもあるまい。

律「違わない! 藤木君め!」

澪「ふじ……!」ガーン

梓「まあまあ律先輩、その辺で」

律「なんだよー、梓は澪の味方か?」

梓「まあ……はい。普通に」

澪「梓ぁ……」

澪は梓の言葉にパアアっと明るい顔になる。

律「な、なんでだよ! 私の話聞いてた!?」

梓「だって律先輩より澪先輩の方が真面目で格好いいし……」

澪「ッ!?」

澪が照れたようにモジモジし始めた。
おいこら。

律「待て梓! 理由それ!?」

梓「理由なんてなんだっていいじゃないですか!」

キレられた。

律(ぐぬ……この感じ、もしかして梓のパラメータは相当低いのでは?)

【中野梓】
好き度
後輩度☆
尊敬度

律「わーお」

律「何この初期パラメータの低さ! 激ムズ!?」

『やあ』

律「でたよ……」

『あずにゃん攻略についてヒントを与えにね』

律「聞こうか」

『あずにゃんを落としたければ真面目になれ!』

律「……なるほどね」

『ちなみに言っておくと格キャラ毎の初期パラメータは現実世界のそれとリンクしてますからね』

律「へー」

律「……」

律「へ?」

律「するってーとアレか!? 私って梓に嫌われてんの!?」

『』

律「何か言えよ!」

『さよーなりー』

律「あっこのやろ!」



澪「さ、さすが梓! わかってるな!」

梓「ありがとうございます。そもそも澪先輩がそんな卑怯なことするはずないですもんね。
  また律先輩お得意の嘘八百なんじゃないですか?」

梓はジト目で私を見つめた。
ひどい言われようだ。
泣いていいかな?

澪「い、いや~……あははは……」

私が梓の言葉にショックを隠し切れずにいると、ガチャリと音楽室の扉が開いた。

紬「ごめんなさい。掃除で遅れちゃった」

屈託のない笑顔で言うのは我が部のお菓子担当……もとい、キーボード担当琴吹紬。

律「おーっす」

澪「お疲れ、ムギ」

紬「うん、すぐにお茶を……って、アレ?」

私達の前にはすでにティーカップが置かれている。
もちろん、ムギの分も。

梓「ムギ先輩が遅かったので今日は私がお茶を入れてみました!
  ムギ先輩みたいにうまくできたかわからないけど……」

紬「まぁ! それは楽しみね。頂いてもいい?」

梓「もちろんです!」

上品な仕草で紅茶を口に含むムギ。
お嬢様の代名詞と言っても過言ではないと思う。

紬「うん、おいしい。ありがとう梓ちゃん」

ムギは梓に向かってニッコリと微笑む。
梓は「えへへ」と言いながら照れた様子だ。

うーむ、癒されるなあ。

ところで、一人メンバーが足りないようだが。

紬「唯ちゃんは?」

律「まだ来てないな。あいつ今日掃除当番だっけ?」

澪「いや、唯は今日部活休むって言ってた」

律「へー、珍しいな」

紬「何か用事でもあるのかしら?」

澪「わからないけど……慌てた様子ですぐに帰っていったぞ」

なんだろう。
私は一抹の不安を抱かざるを得なかった。

そう言えば今日の唯、朝から晩までずっと寝っぱなしで様子がおかしかったような。

澪「大方憂ちゃんが新発売のアイス買ってきて、それを食べるためとかじゃないか?」

紬「うふふ、まさか」

音楽室に私達の笑い声が木霊する。

私達は部活の時間の8割をお茶に、1割を練習に、もう1割を音楽室掃除に費やした。
我ながら思う。
なんというグダグダ感。

律「あ~疲れた~……」

部屋に戻った私はすぐにベッドの上に寝転がる。
なんだか今日一日だけで3年くらい生きたような感覚だ。
何を言ってるかわからないだろう?
心配する必要はない。
なぜなら私もわからないから。

律「澪……可愛かったなぁ……」

律「……」

律「だああああああああああ!!! 忘れろ忘れろ! アレは黒歴史だ! きっとあの時の私は誰かに操られてたんだー!」

律(はあ……パラメータチェックでもするか)

【平沢唯】
好き度☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆☆
隊員度☆☆☆☆

【秋山澪】
好き度☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆☆

【琴吹紬】
好き度☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆☆☆
憧れ度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【中野梓】
好き度
後輩度☆
尊敬度

律「告白までにはまだまだ低いな。あれ? なんでムギのパラメータがこんなに高いんだ? 私何かしたっけ?」

律「まあ……いっか。ラッキーってことにしておこうっと」

prrrr

律「お、電話電話。電話にでんわー、なんつってな」

名前表示を確認する。
唯からだ。
今日、部活を休んだことの謝罪か何かだろうか。
私は携帯電話を手に取り、受話器マークを押す。

律「もしもしー? 唯ー?」

『えっぐ……、ひぐ……』

律「うわあ!」

電話の向こうから女の泣く声が聞こえ、思わず私は携帯電話を床に落とした。
もしかして……音楽室での不安が的中してしまったのか。

私は一つ深呼吸をし、落ち着いて携帯電話を拾う。
落ち着け私、カムバック私(笑)。

律「ゆゆゆゆゆゆいか? どどどどどどどぼじだ!?」

カムバックできなかった。

唯『りっぢゃあああん……』

電話の向こうで唯が泣いている。
まさか……誰かにレイ……!
そ、そんなバカな……!

唯を襲った奴、今すぐ出て来い。
ぶっ○してやる。

律「唯、大丈夫か!? いいか、まずは落ち着け。な?
  大丈夫、私はここにいる」

唯『うあぁぁぁん……』

数分間唯の泣き声と私の「落ち着け」だの「大丈夫だから」だのと応酬が続いた。
やっと唯も普通に話せるくらいに落ち着いた頃、ようやく私は事の真相を聞きだした。

律「何があったんだ唯。その……言いにくいことだろうけど、聞くから。私、聞くから」

覚悟はできてる。
唯が汚れた体になったとしても、今まで通り付き合っていく覚悟が。

唯『うん……実はね、壊れちゃったんだ……』

ありゃー、唯とうとう処女壊れちゃったのか……。

律「そうか……それは辛かったな……」

唯『……だからね、りっちゃんに治してもらおうかと思って』

処女を?

律「ん、いや~……最強の私でもそれは無理かなぁ……」

唯『ぞんな~~~!!』

唯はまた大声で泣き始めた。
これでは収拾がつかない。

律「わ、わかった! 治るかどうかは置いといて、とにかく会おう! な!?」

唯『ほんとぉ!?』

やけに能天気な返答だった。
レイ……されたというのに。
私が思うよりも唯は強い女の子なのかもしれない。

数秒後、玄関のインターホンが鳴る。
数秒て。

ドアを開けると目を真っ赤に腫らし、憔悴仕切った様子の唯が立ち尽くしていた。
唯の背中には子供っぽいナップザック。高校生でナップザックかよ。

痛々しい……。いや、ナップザックのことではなく。

律「唯……家の前から電話してたんだな」

唯「うん……りっちゃんしか頼る人がいなくて……」

憂ちゃんがいるはずだが……、まあそれは部屋でゆっくり聞くとしよう。

律「そか……まあまあ、まずはあがれ。アイス食うか? それともケーキか?」

唯「いらない……食べたくない」

律「~~っ!?」

アイスもケーキも食べない唯なんて……。
よほどレイプされたのが堪えたのか。
まあ、そりゃそうか。

唯を部屋にあげ、お冷を出す。
アイスもケーキもいらないって言うし、まあ水くらいなら飲むだろ。

律「きょ、今日さ! 澪の奴マジ藤木君でさ! あ、藤木君ってのは卑怯って意味で……」

唯「……」

律「んん……」

当たり障りのないことを言って唯の気を紛らわせてあげたかったがこの様子じゃ無理のようだ。
本題に入るしかない。

律「唯……相手は、相手は誰だ?」

唯「え?」

律「私が知ってる奴にやられたのか? 今から一緒にこれから一緒に殴りに行こうか?」

唯「何言ってるの……? りっちゃん」

律「いや、唯がレイプされたって言うから……私も怒り心頭なんだぜ!」

唯「レイプってなにー?」

律「ん、レイプっていうのはな……ええ!? そこから!?」

レイプという言葉も知らずにレイプされる女の子ほど不幸な人間が存在するだろうか。
おい、犯人。
今すぐ私の前に来い。
金○すり潰してやる。

律「だからレイプってのは……その……」

唯「うんうん」

言いづれぇ……。
これほどまでに説明に困る単語があるのか?

律「だから女の子が男に、その……」

唯「んもう! りっちゃん! 私はそんな話をするためにここに来たんじゃないんだよ!」

律「へ?」

プリプリと怒り出す唯。

じゃあなんのためにここに来たのか。

律「そういえば唯、背中のナップザックはなんだ?」

唯「ん……」

唯が悲しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
唯はナップザックを肩から外し、それをテーブルの上に置いた。

律「何が入ってるんだ?」

唯「……」

唯は無言でそれを開ける。私は唾を飲み込んだ。
中には……若干古臭くて可愛い亀のぬいぐるみが入っていた。
可愛いが……前足が壊れている。

律「な、なにこれ」

ありゃー、唯とうとうレイプされてメンヘラなっちゃったか……。

唯「壊れた……」

律「あ、ああ……え? えっと、ぬいぐるみが?」

唯「うん……」

律「~~~~~ッ!?」

誰だよ、唯がレイプされたって言った奴。
ふざけんなよ。
つーか唯もぬいぐるみが壊れたくらいでガタガタ言いすぎなんだよ。

1 それは可哀想だったな。私が直してやるよ。
2 新しいの買えば?
3 いちいちそんなことで私の大切な時間を奪おうとするな。タイムイズマネー、時は金なりだ。わかったらとっとと私の前から去ることだなボンクラ。

律(どうしていつも3は毒舌なんだろう

長い
寝ますおやすみー
また日中に

どーもです

律(まあ心情的には3なんだけど……現実世界に戻る可能性は少しでも残しておきたいしな)

律「いちーーーーー!」

私はガバッと勢いよく立ち上がり、天を指差しながら叫んだ。

唯「りっちゃん? 急にどうしたの? 暑さでおかしくなっちゃった?」

律「……」

私は恥ずかしさを押し隠しつつ、その場にストンと座った。

律「そ、それは可哀想だったな。私が直してやるよ」

唯「ホントに!?」

日本一の笑顔で喜ぶ唯。
まあこの笑顔を見れたから、さっきのことは許してやるか。

律「ん? ていうかちょっと待てよ。別に私が直してもいいけどこういうのは憂ちゃんの方が得意じゃないか?」

唯「……」

不意に唯の表情が曇る。
こりゃあ、憂ちゃんと何かあったな。

唯「このぬいぐるみね、実は憂のなんだ」

律「ふーん」

机の中から裁縫セットを取り出しながら返答する。

唯からぬいぐるみを受け取る。
ありゃー、腕がプランプランだ。
それに近くで見るとその古さが際立つ。

唯「憂の部屋でお喋りしてた時たまたまこのぬいぐるみが目に入ってね、憂に聞いたんだ。
  どうしてこんな古いぬいぐるみを置いてるのかって」

律「はぁ」

チクチクと縫い物をしながら唯の話に耳を傾ける私。
ちなみに私は大抵のことは要領良くこなしてしまう才女である。あはっ。
ぶっちゃけこういうチマチマしたものは苦手なのだが。

唯「そしたらね、憂がすごく悲しそうな顔をしたんだ。
  その時はどうしてそんな顔をしたのかわからなくって……」

律「そうか」

唯「よくよく考えてみたらこのぬいぐるみ、私が初めて自分のお小遣いで憂にプレゼントしたものだったんだよね」

なるほど、そういうことか。

唯「それを思い出してからすぐに憂に謝りにいったんだ。その時は憂も許してくれたんだけど……」

律「けど?」

唯「久しぶりにそのぬいぐるみに触りたくなってさ~。腕のところ持ったら壊れちゃった!」

律「壊れちゃったじゃねーよ……」

憂ちゃんの心情を考えると……。
唯からの初めてのプレゼント、自分の命ほども大切だろうに。
だからこんなボロボロになっても大切に持っていたんだ。
なんだかこの姉妹が少しだけ羨ましく思える。

唯「謝ったら許してくれるかと思ってたんだけど……憂……泣いてた」

律「当たり前だろ! 憂ちゃんにとってこれがどれほど大切なものか考えればすぐにあだぁ!」

格好よく唯にお説教をかまそうとしたのだが、針を自分の指に突き刺してしまった。

唯「わかってるもん……そんなことわかってるもん……」

律「わかってないだろ! 自分がプレゼントしたことも忘れてたくせに!」

涙目で熱く語る私。
指を咥えながらなので格好がつかないのが残念でたまらない。

唯「……」

シュンと落ち込む唯。
しまった、言い過ぎたか。

律「あーっと、それで憂ちゃんとケンカになっちゃったってことか?」

唯「んーん、ケンカにはなってないよ。ただそれからずっと元気ないんだ」

律「憂ちゃん、このぬいぐるみを自分で直そうとはしなかったのか?
  憂ちゃんならちょちょいのちょいだろうに」

唯「ん~、それが不思議なんだよねえ。いつまでたっても直そうとしないから私が直そうと思ったんだ!」

律「ふーん」

ああ、なんとなくわかった気がする。

唯「それで昨日徹夜で直そうと思ったんだけど全然うまくいかなっくて~」

えへへ、と恥ずかしそうに笑う唯。
だから今日は一日中学校で寝てたわけか。

唯の話を聞いた後私は糸きりハサミを取り出し、たった今縫い付けていた部分をチョキチョキと切り裂いた。

唯「ちょっとりっちゃん! なにしてんの!?」

律「うるせー! こんなもんこうしてやる!」

さらにぬいぐるみの腕をジャキジャキと切る。
やべえ、なんかノッてきた!

唯「や、やめてー!」

唯は私からぬいぐるみを奪い取り、全身全霊の力を込めて私を押し倒した。
おかげでテーブルに後頭部をぶつけた。
死にます。

ちょっと親戚の接待とかで時間空いたりするけどごめん

律「~~~~~ッ!」

私が床をのたうち回っている隣で、唯はぬいぐるみを大事そうに抱きかかえている。

唯「ひどいよりっちゃん……ひどすぎるよ……」

唯はポロポロと涙を溢しながら私に非難の言葉を浴びせる。
が、私にその言葉が届くことはなかった。
だって頭痛いんだもん。

数分後、若干痛みから解放された私は唯の方を向いた。
唯は未だにぬいぐるみを抱えたまま泣いている。

律「いたた……」

唯「りっちゃん……もう絶交する……」

絶好という単語を聞いたのは小学生以来である。
それはともかく、私は悟ったような口ぶりで唯に語りかけた。

律「なあ、唯。どうして憂ちゃんがこのぬいぐるみを自分で直さなかったか考えたことあるか?」

唯「え……考えたことないよ、そんなこと」

律「そのぬいぐるみは唯が憂ちゃんに初めて自腹で買ったプレゼントなんだろ?
  だったら憂ちゃんにとってそれは唯の分身みたいなもんだ。
  まあ、これほど大事に持ち続けてたんだからそれはわかるな?」

唯「う、うん……」

律「それと壊れても修理しなかったこと。
  きっと憂ちゃんは唯に直してもらいたかったんじゃないかな」

唯「へ? どうして?」

律「んー、わからん! 直感だ! 私にも弟がいるからさ、何となーく憂ちゃんの気持ちもわかるような気がするんだ」

唯「えー……」

疑いの目を向ける唯。
激しく心外である。

律「ほ、本当だって! ほれほれ、縫い方教えてやるから自分でやれ!」

唯「わかったよぅ」

唯は渋々といった感じで針と糸を持った。
絶好はどうなったんだか、まったく。

お前にしては予想以上の伸びだね

遅くなってすまねー

>>212
なぜ特定できるwww

一通り祭り縫いや、玉結びなどを教える。
こんなことも知らずに、昨日はどうやって直そうとしていたのだろう。

律「ちょっとトイレ」

唯「んー」

チクチクとぬいぐるみを縫いながら唯は答えた。

律「頑張れ、唯」

唯「今集中してるから話しかけないで」

律「へいへい」

私は立ち上がると同時に、床に転がってあった唯の携帯電話を拾って部屋を出た。
階段を下りながら唯の携帯を開く。
若干、良心が痛んだ。……いやマジで。

アドレスボタンを押す。
番号検索、000……はは、やっぱりな。

私は000番の人物に電話をかけた。

prrr

『もしもし? お姉ちゃん?』

律「あ、ごめん、私。えーっと、田井中律だけど」

憂『律さん? うーん、てっきり和ちゃ……和さんの所に行くかと思ったけど。
  ちょっと予想外でした』

その口ぶり、大体の唯の動きは掴んでいたようだな。
さすがはできた妹だ。

律「良かったら憂ちゃんの口から聞かせてくれないか? 事の真相を」

憂『はい、いいですよ』

アレ? やけにさっさり系?

憂『ていうか、別に真相とかそんな大仰なものでもないですよ』

ふふ、っと可愛い声で電話越しに笑う。
はあ、いいなあ唯。私もこんな風に可愛くて素直な妹が欲しいなあ。
っと、今はそんな話しじゃない。

律「あのぬいぐるみを自分で修理しなかったのは、唯に直してもらいたかったんじゃなかと予想したんだけど」

憂『んー、おしいですね』

律「違うの? むう、他に理由が思いつかない」

憂『本当のことを言っちゃうと、ぬいぐるみが壊れたことはどうでもいいんです』

律「え? そうなの?」

憂『あ、もちろんお姉ちゃんが私にプレゼントしたことを忘れたり、ぬいぐるみが壊れた瞬間を見た時は悲しかったですよ?』

律「だろうね。んで、どうして修理しないでそのまま放置してたんだ?」

憂『ん~……久しぶりに私のために頑張ってるお姉ちゃんを見たいなあと思ったんです』

律「は、はぁ……」

どゆこと?

憂『壊れたぬいぐるみを放置して、少しだけ元気のない感じでいればお姉ちゃんは私のために頑張ってくれるかなって。
  そしたら本当に頑張ってくれて。昨日も徹夜までして縫い物をしてたんですよ。……全部私のエゴなんですけどね……』

律「ふふ、そっか」

私はスーパーウーマンの憂ちゃんしか知らない。でもやっぱりこの子も歳相応の女の子なんだなと思った。

憂『今日お姉ちゃんが帰ってきたら全部話そうと思ってたんですけど……全然帰ってこないから』

公園か河原でチクチクと裁縫していた唯の姿が目に浮かぶ。

憂『まさか律さんの家に行くなんて思ってませんでした。私もまだまだお姉ちゃんのことをわかってないですね』

律「そんなことはないと思うけど」

唯『あだぁ!』

唯の叫び声がした。お前もかよ。

憂『お、お姉ちゃんの声!? 律さん! お姉ちゃんが! お姉ちゃんが!』

律「あー大丈夫大丈夫。今裁縫教えてぬいぐるみ修理させてんの。指に針刺しただけだろ」

私もさっき刺したのは内緒。

憂『そうなんですか……もういいですよ、ぬいぐるみは自分で……』

律「いいのいいの。唯も乗り気だし、最後までやらせてあげて。今日はウチに泊めるからさ。
  憂ちゃんも今日一日くらい羽を伸ばせばいいんじゃないか?」

憂『は、はあ……でもご迷惑じゃ……』

律「いーって。私も楽しいしな」

憂『でも……』

律「一日でも唯と離れるのは嫌?」

憂『はい……。……い、いやいや! 違います! 本当にご迷惑おかけしてしまうので、あのその……』

律「はは、わかってるって。と・に・か・く! ぬいぐるみは完成させてついでに唯の奴も明日ちゃんと送り届けるからさ! 宅急便で」

憂『んー……はい……わかりました。あ、それと……た、宅急便かよー』

な?









可愛いだろ?

携帯電話を閉じ、自分の部屋に戻る。
唯は未だにぬいぐるみとにらめっこ中だ。

律「精が出ますわねー奥さん」

唯「あらー田井中さぁん。お子さんは今年お受験でしたっけぇ? 大変ですわねー」

律「おほほほほ、浪人生の平沢さんのお子さんに比べたら楽なものですわん」

唯「浪人生!? なんで私の子供が浪人なのさ!」

律「いいからさっさと続きをしなさい」

コツン、と唯の頭を小突いてやった。
唯は不機嫌そうな顔を向ける。

唯「むぅ~、りっちゃんから振ってきたくせに……」

3時間後、ようやくぬいぐるみの修理が終わる。
ぶっちゃけこの程度なら30分ほどで終わるレベルだと思うのだが……まあ口に出すことでもないので心の中にしまっておくとしよう。

唯「できた! できたよりっちゃん!」

律「おー! やったな唯!」

ぬいぐるみ完成に歓喜し、私達は抱き合った。

チラリと時計に目をやるとすでに22時をまわっていた。

律「唯、今日はここに泊まっていけよ。さっき憂ちゃんにも言っておいたからさ」

唯「え~……」

律「なんだよ」

唯「エッチなことしない?」チラッ

律「バカ! しねーよ!」

唯「じゃあいいよ。特別だからね」

何が特別なのか良くわからないが。

さっそく近くのファミレスで夕飯を済ませ、早々にシャワーを浴び、寝る準備はオッケー!

律「つーわけで電気消すぞー」

唯「ほいほい」

唯は私のベッドに、私は床に布団を敷いて横になった。
これはなんというか、お約束というやつだ。

唯「なんだか悪いですなー」

律「いいって。唯は特別ゲストだからな」

唯「えへへ~、りっちゃんこっち来る?」

律「ほう、この私を誘ってるのか?」

私はギラギラした目で唯を睨んだ。

唯「ふふ、りっちゃん目が怖いよー」

律「へっへっへ、怖いのは目だけじゃないぜー。ていっ!」

私はルパン脱ぎで唯のいるベッドに突っ込んだ。
ちなみにルパン脱ぎが失敗したことは言うまでもない。

ドスン!

律「着地せーこー」

唯の方を向き、ふふんと鼻を鳴らしながらどや顔で言った。
唯はまさか私が本当に突っ込んでくると思っていなかったのか、驚いた顔をしていた。

唯「り、りっちゃん! 今何時だと思ってるの!」

律「えーっと、0時過ぎ」

唯「こんなおっきな音出したらお家の人に怒られちゃうよー」

律「大丈夫だって。もうみんな寝てr」

言いかけた瞬間、隣の部屋からドン! という大きな音がした。
隣は聡の部屋である。どうやら今の音で起こしてしまったらしい。
私と唯はお互い顔を見合わせた。

唯「ほ、ほらぁ」

律「やっべー……」

唯「めちゃくちゃ怒ってるよ。壁パンは怒りの最上級だよ」

律「だな」

唯「シーッ」

律「オーケー」

小声で話す私達。
でもさ、こういう時ってさ……。

唯「……」

律「……」

唯「ぷっ、くくく……」

唯の体が小刻みに震える。

律「や、やめ……なんで笑ってんだ……よ……びゃははははははははは!」

唯「あはははははは! りっちゃん笑い方へーん!」

ドン!

唯律「……」

唯「超怒ってるよ」

律「うん」

唯「……寝よっか」

律「ぷくく、だ……な」

唯「だからなんでわら……っく……」

律「プスス……はあはあ……お、落ち着け唯。ホントに。頼むから」

唯「そ、そうだね。このままじゃ悪循環だよ」

律「ああ……ところで唯、もやしって好き?」

唯「え?」

律「もやし」

唯「どうして今聞くの? まあ、もやしは好きでも嫌いでもないよ」

律「そうか、寝ろ」

唯「ぶふwwwwwwwwwwwwww」

律「wwwwwwwwwwwww」
私達はそれから2時間ほど眠れなかった(おそらく聡も)。

次の日私達の目の下に若干クマができつつも、寝不足の体にムチ打ち平沢家へと向かった。
道中、唯は歩きながら寝そうになったり、私は電信柱にぶつかりそうになったりと散々だった。

平沢家に着くと憂ちゃんが出迎えてくれた。
憂ちゃんは私への挨拶もそこそこに、唯の手を取り泣きそうな顔で「本当にごめんね」と言っていたが、
当の唯は何故謝られたのかわからなかったようだ。そりゃそうか。

唯も修理したぬいぐるみを憂ちゃんに手渡しながら謝る。
ぬいぐるみを受け取った憂ちゃんの嬉しそうな顔が印象的だった。

私は姉妹の時間を邪魔するのも悪いと思い、早々に退散することにした。
二人は手を繋ぎながら私を見送る。本当に仲が良くて羨ましく思う。

帰路、私は昨日のお詫びとして聡にコーラでも買ってやろうかと思い、コンビニに立ち寄るのだった。

土曜日のある日。
部活がない今日、暇をもてあました私は肉を求めるゾンビのように夕方の街を彷徨い歩いていた。

「あ、律先輩」

不意に後ろから声を掛けられる。
「律先輩」と呼ぶ人間を私は一人しか知らない。

律「お、梓」

梓「こんにち……えーっと、こんばんは?」

日が沈みかかっている時間帯ではあるが、挨拶の言葉を律儀に言い換えるところが実に梓らしい。

律「どっちでもいんじゃね?」

梓「そうですね」

梓は興味なさげに淡々と返答する。

律(ちなみに全キャラ中、最も攻略が難しいと思われる……)

そしてこんなに書いて冒頭2EPしか終わっていないことに傷心しつつ、俺は眠りにつくのだった。
おやすみー

保守ありがとー

梓「律先輩は買い物ですか?」

律「や、暇だからブラブラしてただけ」

梓「へえ」

律「……」

律(パラを知っているせいで、梓の一挙手一投足が冷たく感じる……)

梓「どうかしたんですか?」

律「いや、なんでもない。梓はこれからどこ行くんだ?」

梓「えと、ライブハウスに」

律「ライブハウスゥ!?」

まさか軽音部を辞めて外バンを……!?

律「ダ、ダメだ! 私はそんなの許さないからな!」

梓「はい?」

律「私達に黙って外バン組むなんてそんなこと……」

梓「ち、違いますよ! たまたま好きなバンドが出演するから見に行くだけです!」

律「なんだそういうことか……びっくりさせんなよ……」

梓「私はライブハウスに行くだけでそういう発想になる律先輩にびっくりです」

梓は適切に私の心をえぐる。
たった今口げんかでは梓には勝てないだろうと確信した。

律「それで、今日は一人で来たのか?」

梓「いえ、本当は純も来る予定だったんだけどドタキャンされちゃって……」

律「ふっふーん、実は梓って嫌われてんじゃね?」

梓「むぅ……そんなことないもん!」

顔を赤くして頬を膨らませながら子供っぽく怒る梓。
憂ちゃんとは違った妹タイプで、実にかわいらしい。

律(こんなことばかりしてるから梓のパラは低いんだな……)

梓「それじゃあ私はライブに行かないといけないので、これで」

1 私も一緒に行っていいかな。
2 そうなんだ、じゃあ私家帰るね。
3 お前みたいなチンチクリンに好かれるバンドも気の毒だな。バカアホカス死ね。

律(3はもうただの悪口じゃないか)

律(どう考えても1だろ……)

律「私も一緒に行っていいかな」

梓「え?」

律「ライブハウス」

梓「はい、いいですよ」

やけにすんなりOKがでた。
梓にはあまり好かれていないと思っていたのだが……。

梓「チケット一枚余ってますから、はいこれ」

私は梓からライブチケットを受け取る。

律「サンキュ、悪いね」

梓「800円」

梓は真顔で言った。

梓「チケット代、800円です」

金取るのかよ。

余ったものなんだからタダでいいじゃねーかと思いつつ梓に800円を手渡し、急いでライブハウスに向かった。
人気バンドが出演するということもあり、ライブハウス前は人でごった返していた。

中に入るともっとひどい。
狭いライブハウスが人で埋め尽くされていた。

律「混んでるな……」

梓「律先輩がトロトロしてるから……」

律「……ごめん」

ジト目で言われるのは地味にショックである。

私達はライブハウスの最後方に陣取った(というよりここしかなかった)。
ここは私が背伸びしてやっと見える位置である。
これじゃあ、梓が。

律「梓、ステージ見えるか?」

梓「み、見えない……」

梓は「ん~」と唸りながら背伸びするのだが、前にいる男性の背中に視界が遮られてステージを見ることができない。
かと言ってこの混みようで場所を移動することも不可能だった。

律「梓、どうする……?」

梓は背伸びを止め、少し寂しそうな笑顔を私に向けた。

梓「仕方ないですね。まあでも曲だけ聴ければそれで」

律「ごめんな……私がトロトロしてたから……」

梓「え!? さっきのは冗談ですよ! そんなこと気にするなんて、律先輩らしくないですよ」

律「ん……」

なんとかしてライブステージを梓に見せてやりたい。
せっかくここまで来たのに好きなバンドの演奏を見れないなんて気の毒すぎる。
なんとかして……。

私はその場にしゃがみ梓の股に頭を突っ込んだ。

梓「へ!? ちょ、ちょっと律先輩! 何してるんですか!」

律「こうすりゃ見えるだろ、あらよっと!」

梓「うわぁ!」

私はその体勢のまま立ち上がった。
THE肩車。

梓「ちょっと何してるんですか! 下ろして!」

まわりがざわざわし始めたのと同時に、梓の顔もカーっと赤くなる。
「可愛いねー」「姉妹かな」「若いなぁ」などと声が聴こえるたび、梓の顔もどんどん赤くなっていた。

梓「ほ、ほんとにやめてください! セクハラで訴えますよ!」

ポカポカと私の頭を殴る梓。

律「いて! あだ! だってせっかくライブハウス来たのに演奏見れなかったら意味ないじゃん! いて!」

梓「いいから早く下ろして!」

周りの目が気になり始めたのか、梓は体を曲げ、私の頭をガッチリ掴みながら小声で言った。

律「大丈夫だって! 演奏が始まれば周りも気にならなくなるって! ステージ見ろステージ!」

梓「うぅ……」

梓は諦めにも似た唸り声をあげた。余計なお世話じゃないことを祈る。

するとステージには一発目のバンドが登場。
客の視線はステージに釘付けだ。

律「な?」

梓「な? じゃないですよ!」

律「誰も私達のことなんて気にしてないって! それどころか微笑ましい光景だと思ってるかも」

梓「そうですかねぇ……」

律「そうとも! おーし! ラストまでじっくり見ようぜー!」

梓「1時間後ですよ」

律「え?」

梓「ライブ終わるの、1時間後」

律「……」

梓「それまでずっと肩車してるつもりですか?」

律「よ、よゆーよゆー! 私を誰だと思っていやがる。
  軽音部部長田井中律様だぜ? 澪なら3秒で潰されるけど、梓くらいなら3時間でも余裕だっての!」

梓「へえ、それじゃあ部長様の根性、とくと拝見させてもらいます」

ニヤニヤと子悪魔のような顔で笑う梓。
アレ、立場逆転しとる。

時間が経つにつれてライブハウスの熱気もピークに。
最初は嫌がっていた梓も足をパタパタさせ、体を揺らしながら食い入るように演奏を見つめていた。

梓「あはっ、律先輩律先輩! このバンド超オススメです! ギターの人がすっごくうまくてですね」

普段はあまり見せないような無邪気な顔で笑う梓。
残念ながら梓を肩車している私は演奏を見ることができない。

クソ、800円損した。

律「お、おおー……確かに中々のバンドじゃないかー……ははは」

梓の重みに耐えつつ、見えもしないバンドの感想を述べる。
なんて後輩想いで心優しい女の子なんだろう。
こんな私が嫌われるはずがな……

律「も、もう……らめえええええええええええ!」

梓「うわっ!」

ついに梓の重みに耐え切れなくなった私はその場に崩れた。
周りのお客さん、ごめんなさい。

私は這うようにして会場を後にすると、ライブハウス前の歩道に寝転がった。
梓も後に続く。

律「いつつ……」

梓「ごめんなさい……」

律「梓が謝ることじゃねーって。私が勝手にやったことだし。それよりまだライブ続いてるだろ。
  私はいいから見てこいよ。曲しか聴けないだろうけどさ」

梓「いいんです。ここにいます」

そう言いながら梓はハンカチを差し出した。

梓「ふふ、おデコが赤くなってます。律先輩らしいですね」

律「そうかな……」

梓「後先考えないで無茶ばっかりして……」

律「まあそこが私のいいところなんだけどな!」

梓「そうですね」

クスクスと手で口を押さえながら笑う梓は、とても可愛らしい。

律「あーと……ホントにライブ見なくていいのか? 好きなバンドなんだろ?」

梓「いいですってば。今はなんだか律先輩と一緒にいたい気分なので」

素でドキッとすることを言うものだ。こいつは将来男を手篭めにしそうな気がする。

律「そ、そうか……へへ……」

照れ隠ししようにも、顔が赤くなっていくことを自分の意思で止めることができない。

梓「律先輩顔真っ赤」

律「んな!? は~、暑い暑い! やっぱり人ごみはダメだな! 顔あっついもん!」

梓「そういうことにしておきます」

何度言っても梓はこの場を離れようとしなかったので仕方なく近くのベンチに腰を下ろすことにした。

梓「それであのバンドのいいところはですね!」

律「そっかそっか」

こんなに楽しそうに私に話しかける梓を見たことがない(情けない限りだが)。
嬉しそうな顔で流暢に話す梓は本当に可愛くて、憂ちゃんとセットでぜひウチの子になってもらいたいと思ってしまった。

そうこうしているうちにライブハウスからぞろぞろと人が出てくる。
どうやらライブは終わってしまったらしい。

律「終わっちゃったぞ、梓」

梓「だからいいですって。それより、私達も帰りましょうか」

律「だな。今日はごめんな。私に会わなければ普通にライブ見れたかもしれないのに……」

梓「今日は律先輩とたくさん話しができたからそれでいいです。
  あんまり二人で絡むことなかったからすごく楽しかったですよ」

律「そう言ってもらえると救われるよ」

梓「あ、一ついいですか?」

律「ん?」

梓「ライブ途中から見れなかったんでお金返してください。特別に500円にしておきます」

金取るのかよ!

【平沢唯】
好き度☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆
隊員度☆☆☆☆☆☆

【秋山澪】
好き度☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆☆

【琴吹紬】
好き度☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆☆☆
憧れ度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【中野梓】
好き度
後輩度☆☆☆☆
お財布度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

律「ムキーッ! あれだけやって梓の好き度ひとつもあがってないってどういうこと!?
  つーかお財布度ってなに!? 私先輩なのにパシリなの!?」

日曜日のある日。
部活がない今日、暇をもてあました私はワンカップを求めるホームレスのように午後の街を彷徨い歩いていた。

「あ、りっちゃん」

不意に後ろから声を掛けられる。
「りっちゃん」と呼ぶ人間を私は結構知っている。

律「お、ムギ」

ムギ「こんにちは。こんなところで会うなんてめずらしいね~♪」

うふふ、と上品に笑うムギ。その姿はまさにお嬢様。
格好からしてそうだ。白地のワンピースに淡い青のカーディガン。
白くていかにも高そうなハンドバッグ。

……対して私は、キャップにハーフジーンズ、ゴツゴツしたスニーカーにタンクトップ。
ちなみにタンクトップの前には風神、後ろには雷神がプリントされている。
どこからどう見ても育ちの悪いパー女だった。

律(おいやめろ)

しまった
他スレに誤爆しちゃった恥ずかしすぎる



紬「りっちゃんはお買い物?」

律「ん~別に何か欲しいってわけじゃないんだけど、その辺をブラブラ~って」

紬「ブラブラ……」

ムギは深刻そうな顔で唸った。

律「ん? どした?」

紬「りっちゃん……私ね……」

律「あ、ああ……」

紬「またりっちゃんと一緒にその辺をブラブラしたいと思ってたの~♪」

ファンを昇天させてしまいそうな笑顔で言うムギ。
この歳でこんな上品な笑顔をできる人間が他にいるだろうか。

律「ははっ、言うと思ったよ」

律「でもムギも何か用事あったんじゃないのか? 私と遊んでる暇なんて……」

紬「大丈夫!」

ふんすと鼻を鳴らし、ハンドバッグから携帯電話を取り出す。
そして後ろを向いてどこかに電話をかけ始めた。
この光景、どっかで見たことあるぞ。

ムギは電話を終えるとこちらを振り向いて嬉しそうな顔をした。

紬「大丈夫だったよ、りっちゃん」

律「まったく何が大丈夫なんだか」

紬「ねぇりっちゃん、今日はどこに連れて行ってくれるの?」

律「そうだな~遊園地なんてどうだ?」

紬「ゆ、遊園地……!」

ムギは益々嬉しそうな顔をしている。
そんなに行きたかったのか、遊園地。

電車に揺られること数十分、私達は遊園地に到着。
ここはあまり新しい遊園地ではないのだが、手頃な入園料で入れるので金欠高校生の私にとってはありがたい遊び場である。
ムギだったらディズニーランドを貸切にして遊ぶことも可能だろうが……。

紬「わぁ~!」

意外にもムギは遊園地に来たことがなかったらしく、ジェットコースターやメリーゴーランドを見るたび感嘆の声をあげていた。

律「何乗りたい? ムギ」

紬「なんでもいいの?」

律「なんでもいいぞ~。遊園地マスターの私に任せなさい!」

紬「おぉ~」

ムギは私に向かってパチパチと拍手する。どう見てもあからさまに興奮気味だ。
しっかり者に見えて実はこういう子供っぽいところがムギのいいところであると思う。

紬「りっちゃん! 私アレがいい!」

ムギが指差すのはジェットコースター。
ふむ、確かに定番ではある。が……

律「大丈夫かぁムギ?」

紬「何が?」

律「初めてジェットコースターに乗る奴は恐怖で大抵気絶してしまうんだぜ!」

紬「そ、そんな……」

ムギは素で怖がっているようだ。なんという素直さ。
ちょっと驚かそうとしたことに罪悪感を覚えてしまう。

紬「でも」

律「うん?」

紬「りっちゃんがいるから大丈夫かな」

律「そ、そか」

ムギはうふふ、と恥ずかしそうに笑いながらジェットコースターに向かって歩いていった。

私達がジェットコースターに乗り込むと、シートベルトが下りてくる。

紬「自動でシートベルトが下りるなんてすごいね~」

律「まあ、そういうもんだから」

ツチノコでも見るような目でジェットコースターを見つめるムギ。
近くにいた従業員にクスクス笑われたのが非常に恥ずかしかった。

ガコン、という大きな音と共にコースターが揺れる。

律「お、動き出したぞ」

ムギの方を見ると初めてのジェットコースターに緊張しているのか、肩が震えている。

律「ほら」

私はムギに掌を差し出した。

紬「え?」

律「手、繋いでいいぞ」

紬「……」

ムギは無言で俯きながら私の手をギュウっと握った。
なんというかムギの手は、あったかい。

律「こうすれば怖くないだろ?」

紬「うん」

私達が話しているうちにジェットコースターはジリジリと頂上に近づく。

律「落ちたら両手を挙げなきゃダメなんだぜ。それがジェットコースターのマナーだ!」

平気な顔で嘘を付く私。
まあこんな嘘に騙される奴がいるわけが

紬「そ、そうなんだ。頑張ってみる!」

いた。

律「そろそろだな……せーので手挙げるんだぞ」

紬「う、うん」

律「せーの!」

紬「~~~ッ!」

ゴウっという音と共に、ジェットコースターはすごい勢いで落下する。
私はジェットコースターに慣れているため「わああああああ」なんて言いながら楽しんでいたのだが、ふと横を見るとムギは無言のままジェットコースターに揺られていた。
やべえ、なんか悪いことをしてしまったような気がする。
ジェットコースターが止まったら謝ろう。

ジェットコースターが止まる。
ムギを見ると俯いていて表情が確認できない。
ムギにも苦手なものがあったとは……。

律「ご、ごめんなムギ。初コースターで手放しはまずかったな。とりあえずあそこのベンチでやs」

紬「楽しいー!」

律「え?」

紬「りっちゃん、もう一回乗りましょう! 今度は私も、わあああああって言ってみたいの!」

すごくいい笑顔でいうムギ。
なんていうか……とにかくすごくいい笑顔だった。

ちなみにこの後連続で7回もジェットコースターに乗り、私はグロッキー、対してムギはスポーツジムでいい汗をかいた後のような爽快な顔をしていた。
つえぇよ、この子。

その後、お化け屋敷(お世辞にも大人が楽しめるとは言えない)やメリーゴーランド(恥ずかしくて死にそうだった)を楽しんだ。
日も暮れ、園内の客もだいぶまばらだ。

律「そろそろ帰らないとまずくないか? ムギんちの人も心配するだろ」

紬「うん」

ムギの顔は少し名残惜しそうだ。そんな顔を見せられると私も名残惜しくなる。

律「んと……最後に何か乗りたいものあるか?」

紬「んー、アレに乗ってみたいな」

ムギが指差したのは観覧車。
夕暮れの観覧車に二人っきりなんていかにもじゃないか。
THE青春である。

私達は観覧車に乗り込む。
観覧車から見える夕日があまりにもキレイで、私達は無言のままずっと外を眺めていた。

ああ青春。これぞ青春。
何か胸にこみ上げてくるものがあるのは何故だろうか。

ふとムギがここを卒業した後の進路が気になった。
あの日、澪と進路について話したからだろう。

律「そういえばムギはさ、進路ってもう決めた?」

紬「え……」

明らかにムギの表情が曇った。
聞いてはいけないことだったのか。でも進路くらい聞いても。

律「えと……ほら! 私まだ進路未定だから参考にしたくってさ!」

紬「うぅん……え……N女子大」

律「N女かぁ。そこなら私も……学力的にも今から頑張れば……」

紬「りっちゃん?」

律「ああ、いや……N女、ありかなと思ってさ」

紬「え……? どうして?」

律「そこなら今からムギと澪に勉強教えてもらえばなんとか入れると思うんだよな」

紬「そ、そう……」

律「それにムギがいるし!」

ニシシと笑ってみせたがムギの顔は曇ったままだ。

律「もしかして迷惑?」

紬「うぅん、違うの! 違うけど……」

少し待ったが、ムギがそれ以上話す気配はなかったので話題を変えようと試みる。

律「それにしてもN女かよ! まったくムギらしいな!」

紬「そうかな……」

ムギは少しだけクスっと笑ったが、さきほどの元気はない。
私はこれ以上この話題はまずいと感じ、当たり障りのない話題を振る。
なんでもないことを話しているうちに観覧車は一周してしまった。

すまん寝ます
SS自体はあと3日以内に終わらせないと仕事柄正月休みまでかけないのでVIPで終わらせようと思ってます
急いで書いて変になるよりは俺も読んでる人も納得できる形で終わらせようと思う

紬「ホシュリーナ」

律「えっ 何が?」

遅くなってすまねーです
保守感謝

帰路、私達は電車に揺られていた。
進路についての質問をして以来、やっぱりムギは元気がない様子だ。
なぜ。

律「ムギ、大丈夫か?」

紬「何が?」

律「何って……さっきから元気ないぞ」

紬「うん、なんでもない。大丈夫」

いかにも大丈夫じゃなさそうに言うムギ。何なんだ一体。

律「じゃあさ、何か悩みがあったら私に言えよ! なんでも相談乗るぜ!」

紬「うん、ありがとうりっちゃん」

寂しそうな顔を向けられると、私はそれっきり何も喋れなくなってしまった。
私達はこれ以上何か話すことはなく、ボーッと窓の外を眺めていた。

某駅で電車が停車する。

紬「それじゃあ、私ここだから」

律「ここがムギんちの最寄り駅か」

紬「うん。りっちゃん、今日はありがとう。とっても楽しかった」

律「ああ、私も。また一緒に遊ぼうぜ」

紬「うふふ、それじゃあね」

ムギは電車を降りた後も、私が見えなくなるまでその場で手を振っていた。
私は手を振るムギの寂しそうな顔と手付かずの宿題に一抹の不安を覚えながら、
現実逃避するかのごとく揺れる電車の中で目を閉じるのだった。

おはこんばんちは、田井中律です。
みなさんに重大なお知らせ。この度わたくし田井中律は晴れて進路先が決定(あくまで希望だが)。
進学先はN女子大学。ムギがいることもさることながら、進路を唯に伝えるとなぜかこいつまでこの大学に進学するという。
さらに澪までもが推薦を蹴ってここに進学するんだと。やれやれ、またこの4人かよ。

律「さわちゃ~ん、進路調査持ってきたぜー」

さわ「持ってきたぜー。じゃないわよ! いつまで待たせれば気がすむのよまったく!」

律「いいじゃーん、こうしてちゃんと持ってきたんだし」

さわ「少しは反省しなさい。で、りっちゃんの希望は……N女子大ね。うん、頑張ればいけるんじゃない?」

唯「さわちゃん先生! 実は私もN女子大希望なんだ!」

さわ「はあ、唯ちゃんも?」

澪「先生、進路希望変更で……私もN女子大に……」

さわ「澪ちゃんまで!?」

さわ「あんたらまた3人一緒なわけね、まあいいけど」

律「3人? 4人だよ?」

さわ「え?」

さわちゃんの頭の上には「?」マーク。
だってムギを入れて4人だろ。

さわ「え、ああ、うん。そういうこと? それもそうね」

何か歯切れの悪い言い方をしたのが気になった。
が、それも一瞬だけ。
私の心はまた4人一緒にバンドができることへの期待でいっぱいになった。

今日は待ちに待った修学旅行、私のグループはなんと軽音部4人。
和の心遣いでこのようなグループ編成になったのだが、最後の修学旅行でこいつらと一緒になれたことはとても幸福だ。
ありがとう、和。

私達はこの時だけは煩わしい受験勉強のことを忘れて、目いっぱい京都旅行を楽しんだ。
ホテルに着くと、これまた豪華で飯はうまいし風呂もでかいし大満足。
高校最後の修学旅行、私の人生の中で忘れられない思い出となりそうだ。

午後8時過ぎ、喉が渇いた私はジュースを買いに1階の売店へ。
広いロビーには桜高生がたむろしており、その中には真鍋和の姿があった。

律「おっす和!」

和「律じゃない。他のみんなは?」

律「部屋でお喋りタイム。私は喉が渇いたからジュースを買いに来たんだ」

和「そうなんだ。そうだ、いい機会だからちょっと外で話さない?」

律「外で? 唯達も呼ぶか?」

和「うぅん、あの子達はいいわ。律と話したいから」

律「はぁ」

気の無い返事をし、私達はロビーを後にした。

私達はホテル前のベンチに腰を下ろす。
この日は冷たい風が吹いていて、若干肌寒かった。
できれば中で話したかったが、なぜ外に連れ出されたのだろうか。

律「で、話って?」

和「うん、いきなりこんなことを聞くのもどうかと思うんだけどね」

前置きはいいから早くしてくれ。部屋に戻りたいんだ。

和「律は唯のことどう思ってる?」

意外な質問にあっけに取られてしまった。
どう思ってるって? そりゃあ部活仲間で同じクラスで大学も一緒なんだからこれからも仲良くやっていきたいと思ってるけど。

律(まあ私にとっては攻略キャラの一人なわけだが……)

律「どうって……そりゃ一体どういう意味だ?」

和「恋人としてどうか、ってことよ」

律「ぶっ!」

思わずコーラを吹き出してしまった。
金返せ。

律「なんだよ恋人って! そんなこと急に聞かれても……」

和は私の言葉を遮って言った。

和「最近の唯、私といる時はいつも律のことを話すのよ。それもすごく嬉しそうに」

心なしか和の顔が引きつっているように見える。

律「そうなんだ。まあ、うん、嬉しい……かな?」

私は曖昧な答えで誤魔化そうとする。

和「そうじゃなくて恋人としてどう思ってるか聞いてるの」

有無を言わさぬ圧倒的威圧感。
和は将来教育ママになりそうだ。

しかし……恋人としてどうかって?
そんなアホな質問があるか。
好きですーって答えればいいのか、それじゃあただの頭の弱い子じゃないか。

律「なんでそんなこと聞くんだよ」

答えに窮した私は質問を質問で返す。

和「それは……私の目から見て唯は絶対あんたのことが好きだからよ」

律(そうなのか。まあ、パラ的にそうだろうと思ったけど)

和「唯の親友として言わせてもらうわ。はっきり言って唯と律が付き合うのは絶対反対」

絶対反対ってラップにありそうだな。韻踏んでるし。
YOー♪ 絶対はんたーい♪ みたいな。って、今はそんな話しじゃないか。

律「なんで反対なんだよ。唯が誰を好きになろうと和には関係ないだろう」

和は「そうだけど……」と前置きしながら続けた。

和「私はね、唯の悲しむ顔だけは絶対に見たくないの。
  だから私は今まで唯を支えてきた。見守ってきた。
  唯が誰を好きになろうとも、応援してあげられる自信もあった。けど……」

律「けど、なんだよ」

和「……律だけは絶対嫌」

なんなんだこのわがままお嬢さんは。

律「なんで私だったら嫌なんだ? 澪ならいいのか?」

和「うん」

どういうこっちゃ。

律「わかった、もうはっきり言ってくれ。早く部屋戻りたい」

和「律、あんた……」

律「なんだよ」

空気が凍りついたように冷たい。
私は唾をゴクリと飲み込んだ。

和「そのうち誰かに刺されるわよ」

え?

律「え?」

刺されるって、ナイフとかで?

律「い、意味がわからない……」

何故私が刺されなければいけないのか。

和「あんた……色んな子に手を出しすぎなのよ……」

律「なぬ?」

和「自分で気付いてなかったの? 教室で平気な顔で澪とイチャイチャしたり、かと思えばムギに優しくしたり……。
  唯がそういう光景を見るたびどれほど悲しい顔をしてるかわかってる?」

わかってません。

律「い、いや……」

和「はぁ……やっぱりね。はっきり言わせてもらうわ。律、今のあんたはただのチャラ男よ」

チャラ男よチャラ男よチャラ男よ……。

律(う、うわあああああああああああ)

和が去った後のベンチで、私は一人頭を抱えていた。
チャラ男……あまりに的を得た言葉で私を表していると思う(男には突っ込まないでおく)。

今思えば私は彼女にするなら誰でもよかったのかもしれない。
澪でもムギでも唯でも梓でもその辺の犬でも誰でも良かったのだ。

なんてサイテーなクソ野郎だ、反吐が出る。

私が唯と仲良くするたび、澪とムギは一体どんな顔をしていたんだろうか。
私が澪と仲良くするたび、唯とムギは一体どんな顔をしていたんだろうか。
私がムギと……。

私があいつらの立場だったらそりゃあムカツクに決まってる。
どんな女にも優しくするのか、てめえは……って。

私はあいつらのことをただのライフラインとしか思ってなかったんだ……。

『BAKAYARO!!』

律「うぜぇ……消えろよ」

『最初の目的を見失わないでくださいね』

律「黙れ」

『はいはい、じゃあね』

律「……」

律(私にとってあいつらはただの仮想空間の人間でしかない……。
  けど、現実の人間じゃなければ好き放題やっていいのか?
  神様気取りでとっかえひっかえイチャイチャしていいのか?
  現実だろうが仮想空間だろうがあいつらは普通の女の子だ。そんな奴らの気持ちを弄ぶ権利が私にはあるのか?
  あいつらにとっての私って……なんだ?)

ベンチにうな垂れること数分間、携帯電話が震えた。
私は面倒くさそうに携帯電話を開く。メール……ムギからだ。

『今ちょっと二人で話せる?』

話せる。話せるけど話したくない。今は一人でいたい。
大体どんな顔をして会えばいいって言うんだ。
さっきの和の言葉のおかげで3歳は老けたというのに。

私は「今ちょっと取り込んでるから」と返信した。
我ながらすぐにバレそうな嘘である。

すぐにムギから返信。

『大事な話があるの。りっちゃんに聞いてもらいたい』

律「無理だ……無理だって……」

結局私はムギのメールをスルーし、このまま部屋にも戻りたくなかったので、
なんやかんや理由をつけ、さわちゃんの部屋で寝ることになった。

すでに酒の入っていたさわちゃんの絡みは正直ウザかったが、傷心中の私にとってはいい気晴らしになった。

ちなみにさわちゃんの寝相は最悪で、朝起きたらさわちゃんは私の布団の中に潜り込んでいた。
しかも私の右手はさわちゃんの爆乳を鷲掴みにしていた。

若干垂れたさわちゃんの胸に、私は涙した。
胸がでかいなりの悩みがあるのだろう。まあ、貧乳でよかったとは言わないが。

その日のバス移動では罪悪感に襲われ、まともに3人の顔を見ることができなかった。
そんな私の様子に3人は訝しげな表情を向けていた。

そんなこんなで修学旅行が終了。色んな意味で私の人生の中で忘れられない思い出となってしまった。

私は一体何をしてるんだろうね、まったく。

ごめん寝ます
終盤へ向け本気出す

申し訳ねえっす
保守ありがとうございます

その後、学園祭で劇(何故私がジュリエット?)やらライブをやったりしたのだが、特に誰かと親交を深めようとは思わなかった。
和の言葉の言葉が心の奥でずっと引っかかってるからだ。
だって……チャラ男て。

【平沢唯】
好き度☆☆☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆
隊員度☆☆☆☆☆☆☆☆

【秋山澪】
好き度☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆
信頼度☆☆☆☆☆☆☆

【琴吹紬】
好き度☆☆☆☆
友達度☆☆☆☆☆☆☆
憧れ度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【中野梓】
好き度
後輩度☆☆☆☆
お財布度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

りつんち!

律(パラで見れば唯狙いが一番なんだろうけど……。
  だからと言って私は唯のことが好きなのか? 彼女にしたいのか?
  ただ現実世界に戻りたいだけだろうが)

律「……」

律(かと言ってこのままじゃ戻れないしなぁ……一体どうすれば……)

律「……」

律「誰かを好きになるとか……わかんねーって……」

prrrrr。
携帯電話が鳴る。ムギから電話だ。
そういえば最近色々ありすぎてムギからの電話やメールをスルーしていた。
悪いことしちゃったな。何か言いたいことがあっただろうに。

律「ムギー?」

紬『りっちゃん、今電話大丈夫?』

律「大丈夫だぞー。で、何か用?」

能天気に話す私に対して、心なしかムギの声は低い。

紬『うん、前にりっちゃんと遊園地行ったときに、悩みがあるなら相談しろって言ってたから』

しまった。迂闊すぎる。
確かに言った。あの日、急に元気のなくなったムギに「何か悩みがあったら私に言えよ、なんでも相談乗るぜ」って。
それなのに今までムギからの相談を私はスルーし続けていた。修学旅行中やその他にも色々兆候はあった。
私は一体今まで何を……。

紬『りっちゃん?』

律「ああ、うん、それで悩みって?」

紬『悩みっていうかね……私、りっちゃんに謝らなければいけないことがあるの』

律「謝る? 何を?」

紬『嘘ついてごめんなさい……』

律「はい?」

紬『私ね、ホントはN女子大に進学しないの!』

律「え?」

意味が分からない。どういうことだ。
あの日、確かにムギはN女子大に行くと言ったはずだが。

律「それじゃあどこ大に行くんだ?」

私はごくごく普通の質問をした。

紬『フィンランドの……』

What's?

紬『夏休みに避暑のため、フィンランドに行ってたっていうのも嘘なの。
  全てあっちの大学入学の手続きをするために……』

何がなんだかわからない。

律「ちょ、ちょっと待てよ!」

これ以上ムギの言葉を聞くのが怖くなった私は、ムギの言葉を遮った。

紬『……』

律「急にそんなこと言われても……わけわかんねーよ……」

紬『ごめんなさい……遊園地の時はまだ心の準備ができてなくて咄嗟に嘘をついてしまったの……。
  まさかりっちゃんたちもN女子大に行くなんて思ってなくて……。
  何度も本当のことを言おうとしたけど……中々チャンスがなくて……』

それは私がムギの電話をスルーしてたから……。

紬『でも言えて良かったぁ。そうだ! 他のみんなにも謝っておかなくちゃ! それじゃあね、りっちゃん!』

何か吹っ切れたような声でそう言うとムギは電話を切ってしまった。
私は携帯電話を落とし、しばしその場で呆然としていた。

澪「律! おい律!」

律「ん、ああ澪か」

澪「どうしたんだよ」

律「何が?」

澪「ずっとぶすっとしてるから」

律「別に」

3月のある日、私達は音楽室でパーティーを楽しんでいた。
音楽室には軽音部員だけでなく、和をはじめ同じクラスメイトや憂ちゃんも顔を出していた。
卒業パーティーとムギの送別会を兼ねているためだ。

私は部屋の端のほうで不機嫌な顔をしながらチビチビジュースを飲んでいた。

澪「ムギとちゃんと話さなくていいのか? 来週にはフィンランドに行くんだぞ」

律「わかってるわい」

澪「そうか……ならいいけど……」

そう言うと、澪はファンクラブメンバーの輪の中に入っていった。
澪、唯、梓、みんな……ムギがいなくなてしまうっていうのになんでそんな平気な顔してんだよ。
寂しくないのかよ。

律(そりゃあ決まってんだろ。こいつらはみんなゲームキャラだ。プログラムで動いてるだけの人形だ。
  だからムギがいなくなろうが誰が死のうが悲しいなんて思うことはない。だってゲームなんだからな!)

律(けれど……なんでだろう……)

律(ムギは……ムギだけは……)

私は無言で立ち上がり、クラスメイトに囲まれていたムギの手を取った。
急にズカズカ入り込んで乱暴にムギを引っ張ったものだから、周りのクラスメイトもムギも驚きを隠せない様子だ。
それでも関係ない。私は周りの目も気にせず音楽室を後にした。

ムギはなされるがまま私の後ろに付いてくる。
私は例のよくわからない銅像の前で止まった。

紬「りっちゃん、一体これは……」

律「なぁムギ。質問していいか?」

私は有無を言わさずムギの言葉を遮った。
ムギは無言で頷く。

律「マジで行くのか、フィンランド」

紬「……どういう意味?」

律「そのままの意味だよ。私はムギをフィンランドに行かせたくない」

紬「……!」

ムギの顔がみるみる赤くなっていく。

紬「そ、そんな……どうして」

律「好きだからに決まってんだろーがっ!」

私は恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく叫んでやった。
好きって言うのは……まあ、まだ正直わからない。
でもひとつだけわかるのはムギと離れるのは心が痛くて痛くてたまらないってことだ。

澪が国立の大学に行くって言ってた時は応援しようという気持ちにしかならなかった。
唯の進路が未定だった時、あいつがどこへ行くにしても私の知ったこっちゃないと思っていた。
梓と離れるのは寂しいけど、卒業なんだから仕方ない。

けれどムギだけは……ムギとだけは絶対に離れたくない。

律「頼む! もう一度N女子大に……むぐっ!?」

不意に唇がふさがれた。
目の前には目を閉じたムギがいる。
髪の匂いまでわかるほどの距離。
きっと高級なシャンプーを使っているんだろうな、ムギは。
すごくいい匂いがする。

数分間とも思える数秒間だった。
唇と唇が離れ、ムギの顔を見ると頬が紅潮し目はトロンとしている。
おそらく私も同じような顔をしているのではないだろうか。
確認する術はないけれど。

律「あ、あの……ム……」

紬「ごめんねりっちゃん。それ以上は聞けないの。聞いたらきっと私の決心が鈍るから」

律「あっ……」

そのままムギは俯いて私の横を素通りして歩いていった。
すれ違い様、何か聞こえた気がしたが私の耳には全く届いていなかった。

卒業式の日、音楽室には5人の姿。
私、唯、澪、梓、そしてさわちゃん。
ムギはフライトの時間の都合上、卒業式が終わってすぐに空港に向かった。
あの日以来、私はムギと言葉を交わしていない。
そりゃあそうだろう、あんなことがあって一体どんな顔して話せばいいのか。
わかる奴がいたらすぐに私に教えるように。

唯「いよいよ私達も卒業だね~」

澪「だな。ここに来るのも今日で最後か」

梓「さ、最後なんて言わないでください!」

梓が涙目で言う。

梓「いつでも……待ってますから……お茶を用意して……待ってますから! だから……」

唯は俯いて今にも泣き出しそうな梓を抱きしめた。

梓「唯せんぱ……」

唯は何も言わずに梓の髪を撫でる。梓は目を閉じ唯に身を委ねた。
その顔は眠ったように安らかで、見ているこっちまで思わず顔が綻んでしまいそうだった。

澪「やれやれ」

さわ子「ふふ、唯ちゃんの先輩っぽい姿、初めて見たわ」

唯と梓の姿を見ているといてもたってもいられなくなった。
私は無言でその場に立ち上がった。

澪「律……行くのか?」

律「ああ」

澪「そうか……」

澪はどこか悲しそうな顔をしている。

律「悪かったな、迷惑かけて」

澪「いや、律が決めたなら私はそれでいい」

無理な笑顔を作って話す澪を見るのは心が痛んだ。
私がフラフラしてたせいで……ごめんな。

律「本当にありがとう……それじゃあ」

私は脱兎のごとく駆け出した。

澪「……」

澪「バイバイ、私の初恋」

靴を履きながらとんでもないことに気付いてしまった。
足がない。
空港まで走っていける距離じゃないし、タクシーを呼ぶ金もない。
音楽室に戻ってさわちゃんに車を出してと頼むのも恥ずかしすぎる。

ふと周りを見渡すとクラスメイトの自転車を漕いでるいちごの姿があった。
しめた、自転車ならフライトの時間に間に合う。
自慢ではないが、私は本気を出せば自転車で50km/hは出せるのだ。

律「おーい! いちご~!」

いちご「ん」

律「すまん! 急用なんだ! 自転車貸してくれ!」

いちご「やだ」

ものすごい反応速度で断られてしまった。

律「た、頼む! 500円あげるから!」

確か財布には700円ちょっとが入っていたと記憶している。

いちご「無理」

律「ろ、600円! 600円でどうだ!?」

いちご「しつこい」

律「そんな……700円しか持ってないのに……」

私はその場にうな垂れた。

いちご「手を打とう」

律「え?」

いちご「700円で手を打つ」

700円基準かよ。

律「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

私はものすごい勢いでペダルを漕いだ。
初心者マーク、若葉マークの車を追い抜いてしまうほどの爆走っぷりだ。

カーブでは地面スレスレまで体を倒す。将来競輪選手にでもなろうか。

空港が見えてきた。フライトの時間まであと10分。
自動ドアの前で自転車を乗り捨て、ロビーの中へ。残り3分。

私は目の前にいたANAの受付嬢に駆け寄った。

律「ムギの飛行機は!? ムギの乗ってる飛行機はどこ!?」

嬢「はい?」

律「あーもう! フィンランド行きだよ! ムギが乗ってんだ! 早く教えろ!」

受付嬢は面倒くさい客が来たとでも言いたげな顔をしながら「もう出発しました」と告げた。
私にとっては死刑宣告と同様だった。

私はその場に蹲った。
もう一度、もう一度だけムギに会いたかった。
会って抱きしめたかった。

嬢「まあ、展望台デッキに行けば飛行機を見送ることは可能ですけど~」

律「は?」

嬢「展望デッ」

私は受付嬢が言い終える前に走り出していた。

階段を駆け上がり、デッキでると強い風が吹き抜けた。
金網の方には飛行機を見送る人間でごった返していた。
私も金網に駆け寄り、目を凝らす。
今まさに滑走路に出ようとしている飛行機があった。
あの中にムギが?

律「ムギイイイイイイイイイイイイイ!」

叫んだところで聞こえるはずがないけど。

叫ばずにはいられなかった。

もちろんどこからかムギの声が聞こえるわけもなく。

無常にも飛行機はフィンランドへ向け飛び立ってしまった。

私は自分の無力さとヘタレさに打ちひしがれ、その場で人目も憚らず泣いた。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。

わかっていること、それは私の恋が終わったということだけだ。

ひとしきり泣いた後、私は絶望感に打ちひしがれながら空港ロビーをトボトボと歩いていた。

「田井中律様~、田井中律様~。おりましたら受付ロビーまでまでお越しください」

なぜか館内放送で私の名前が呼ばれる。なぜ名前を知っている……。
私は疑問に思いながらも受付ロビーに自分が田井中律である旨を伝えた。
受付嬢が言うには、ある客からフィンランド行きの便を尋ねる女の子がいたら手紙を渡すように頼まれたらしい。
その客は時間ギリギリまで私のことを待っていたそうだ。

バカな奴だな。私が来る保障なんてどこにもないのに。

中身を開くと綺麗な字で簡潔な言葉が書かれていた。

涙というものは枯れないもので。つい今さっき一生分の涙を流したと思っていたのだが。
私はその手紙を読んで、声をあげて泣いた。
空港ロビーには私の泣き声が響いていた。 

卒業式から3週間、もうすぐ大学の入学式があるというのに私は家に引きこもっていた。
ニート生活も悪くないなと思っていたある日の朝、不意に階段を上る足音が聞こえてきた。
両親でも聡のものでもない。

律「澪か」

扉が開く。

澪「さすがだな」

律「当たり前だろ。澪の足音はわかるって」

澪「まあ、今はそんなことどうでもいい」

不機嫌そうな顔で言う澪。お説教が始まる可能性80%。

澪「いつまでそうやってるつもり?」

律「……傷が癒えるまで?」

澪「バカ」

律「バカとはなんだーバカとは」

意外にも澪は頭ごなしに私を叱ることはなかった。

澪「律、これ」

澪から差し出された封筒を受け取る。大学入学祝い?
私はいくら入ってるのか期待しつつそれを開けた。

律「……なんだこれ」

航空チケット?

澪「その様子じゃ、あの時ムギに会えなかったんだろ?」

続けて澪が言う。

澪「接客、大変だったんだからな」

律「澪お前……」

澪「唯と梓にも礼を言っておけよ。この忙しい時期に律のために必死にアルバイトしてたんだからな」

本当にこいつらはバカだ。大バカだ。

けれど……最高の友達だ。

私は今異国の草原を歩いている。
吹き付ける風がとても冷たい。
確か地理の授業で勉強したな。ここは寒冷地なんだと。

小高い丘の上に一人の女の子が立っていた。
赤いワンピースを着て、大きなバスケットを持っている。
きっとおいしいお菓子がたくさん入っているのだろう。
私はその女の子に声をかけた。

「よっ」

女の子はこちらを向いて嬉しそうにニッコリ微笑む。
つられて私も笑ってしまう。

「久しぶり」

話したいことはたくさんあるけれど、何よりもまず手紙の返事をしようと思う。




fin

「……ちゃん! ねーちゃん!」

律「んあー?」

聡「んあーじゃねえよ。朝だよ。学校遅刻するぞ」

そう言うと聡は部屋を出て行ってしまった。
暑い。今は……夏か。そりゃそうだな。

なんだかすごく長い夢を見ていた気がする。
内容までは残念ながら覚えていない。

ただ、不思議なことに今日は澪が起しに来てくれるような気がした。
なんでこんな気がしたのかは定かではない。実際気がしただけで起しに来てくれることはなかったが。

私は寝癖を直し、歯磨き着替えを済ませパンを咥えて家を出た。

玄関を出るとそこには元気に走り回る澪の姿が!

澪「どうしてニヤニヤしてるんだ?」

あるわけがない。

律「や、別に。ただちょっと妄想してただけ」

澪「はぁ……? 気持ち悪い奴だな」

どうしてだろう、今日の澪は嫌に冷たく感じる。
前はもっと優しかったと思うが、気のせいだろうか。

澪「それより律、それどうにかならないか?」

律「何が?」

澪「そのひどい寝癖だよ。そんな頭してる奴と知り合いだと思われたくないんだけど」

それはさすがにひどすぎるだろ。

私は歩きながら寝癖を直す。
隣を歩く澪は女の子として~だと身だしなみを~とか言っていたがそんなのは知ったこっちゃない。

信号待ちをしていると、後ろから声をかけられた。

紬「りっちゃん、澪ちゃん。おはよう」

まぶしい笑顔で挨拶をするのは、我が部のお菓子担当……もとい、キーボード担当琴吹紬。
アレ? 何かデジャヴ?

澪「おーっすムギ」

紬「今日も暑いね~……って、りっちゃん!?」

律「へ?」

いきなりムギが驚いた声で私の名を叫ぶ。
何事かと思ったら、なぜか知らんけどムギを見た途端私の目から涙があふれてきた。
なにこれ。

律「ムギ……ムギ……」

紬「う、うん」

律「ムギーーーッ!」

私はムギの胸に飛び込み、大声で泣いた。

律「うわーん! ムギ、ムギーーー!」

サラリーマンや学生がこちらに訝しげな目を向けているのがわかる。
それでも私はムギの胸から離れようとはしなかった。

澪「ええええ……なにこれ」

澪はドン引きしている。

紬「あらあら。ごめんね澪ちゃん、先に行っててもらえる?」

澪は「わかった」と言ってそそくさと学校へ向けて走り出した。
私は未だに嗚咽をもらしながら泣きじゃくり中。

紬「りっちゃん大丈夫?」

律「ひぐ……えっぐ……」

自分でも突っ込みたくなるこの光景。

紬「そうだ。私ね、りっちゃんに言いたいことがあったの」

言いたいこと?

紬「あのね……りっちゃんの唇、とっても柔らかかった」

律「……はい?」

ムギはうふふ、と意味深な笑みを浮かべていた。
私にはなんのことかわからず、とりあえずもう少しだけムギの柔らかい胸を満喫しようと嘘泣きの体勢に入るのだった。





おしまい

終わり
支援保守ありがとうございました
全ルートは無理だったことは謝らせてください

オチは、つまりそういうことです

幼女「やあ諸君」

幼女「イキナリだが、ここに幼女で萌えたい変態はいるか?」

幼女「もしいるなら、是非我が家においでいただきたい」

幼女「人もロクにいないし、勢いも全くもってないが」

幼女「幼女と変態のほのぼのとした日常の妄想を垂れ流していってくれれば嬉しい」

幼女「これが招待状だ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幼女「おい変態ちょっとこっちこい」@制作速報vip
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幼女「変態紳士諸君のお越しをおまちしt」

幼女「ちょっと変態、待ってよ今まじめな話してるんだから」

幼女「えっ?!そ、そんなことないぞ!わたしは変態一筋だって・・・ぁっ、ちっ違っ・・・!/////」

幼女「あっ?!ま、まて変態!み、皆見てるから!皆見てるから!」

幼女「こんなトコでちゅーとかはずかs・・・んっ」チュー

幼女「バカぁ・・・/////」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom