舞園「苗木君!雪合戦しましょうよ!」 苗木「それは違うよ!」 (140)

舞園「えいっ!」シュッ

苗木「うわっぷっ!?や、やったなぁ!」シュッ

舞園「きゃあっ!」

苗木「霧切さんにも、それっ!」シュッ

霧切「……」ボスッ

霧切「…え?何?」

苗木「…え、あっ…」

霧切「苗木君のせいで服に雪がついて濡れてしまって寒いのだけど」

苗木「ご、ごめん…」

モノクマ『メリークリスマス皆さん!』

モノクマ『皆さんがこの希望ヶ峰学園でコロシアイのない、クソも面白くない平和的生活を続けてだいぶ経ちましたね』

モノクマ『学園生活をしているとわかりニクいですが、実は今日はクリスマス・イヴなのです』

モノクマ『平和が大好きで、かと言って必要以上にイチャイチャラブラブするわけでもない子供なオマエラに、学園長先生からのクリスマスプレゼントがあります!』

モノクマ『オマエラ、起きたら体育館に集合しやがれっ! 以上!』

はよ

 朝を告げる放送で、モノクマはそんな事を伝えてきた。

苗木「そっか…もうそんなになるのか…」

 ここでの生活は快適だ。

 最初は一階しか開放されていなかった学園も、僕らが長いこと何事もなく生活していたら、
 突然「安穏とした学園生活に変化を加えたいので開放しまーす」とモノクマがその場の気分で開放してしまって、それが二度、三度と繰り返される内に最上階まで開放されてしまった。

 最上階には色々とショッキングな情報も多かったけれど、
 僕らの平穏は変わらなかった。

 ――思考を停止。
 ――変化を拒絶。
 ――現実を忌避。

 僕らはただただ安寧に縋って、
 殺人への畏怖と未知への恐怖を、凝り固めた笑顔で塗りつぶして。

 今日も、僕は、僕らは、平和な学園生活を送る。

舞園「なにをブツブツ呟いているんですか?」

苗木「あ、舞園さん」

舞園「こんな廊下の真ん中でひとりで……変態さんみたいですよ?」

苗木「たまにはシリアスな僕もカッコいいんじゃないかと思って、重くて暗い心理描写を捏造してみてたんだ」

舞園「いやですね、苗木くんてば。苗木くんは“カッコいい”より“かわいい”ですよっ」

苗木「どうして舞園さんは僕をマスコットみたいに扱うのかな?」

舞園「苗木くんのぬいぐるみ、あったら欲しいですね!」

苗木「会話が成立してない…!?」

葉隠「おお、苗木っち! それに舞園っちも、おはよーだべ」

苗木「葉隠くん、おはよう」

舞園「おはようございます」

苗木「みんなは……まだ揃っていないみたいだね」

葉隠「なにせ寝起きでいきなりだったかんなぁー。いつも朝飯に遅れてるヤツらはまだ無理だべ」

石丸「常日頃から肉体と精神を鍛えていれば、このような急な呼び出しくらい即座に反応できるはずだ!」

葉隠「無茶いうべ…」

霧切「――おはよう」

苗木「あ、おはよう霧切さん」

葉隠「はよーだべ」

霧切「………」

舞園「…? なんですか、霧切さん」

霧切「いえ…その、苗木くんを後ろから抱き締めていることに何か意味があるのかと思って」

舞園「意味なんてありませんよ。だってほら、苗木くんてかわいいじゃないですか」

苗木「あはは…」

霧切「……私がとやかく言うことでは無いけれど、イチャつくのは人目を憚った方がいいわ」

葉隠「んだな」

舞園「まっ! イチャついてなんかいません! これは苗木くんを愛でているんです! やましい気持ちは有りません!」

苗木「本当にマスコットあつかいなんだ!?」

霧切「ニャンマゲみたいね」

山田「おはようございますみなさん。今日は一段と冷えますなぁ」

苗木「山田くん」

セレス「こんな朝早くにまったく……乙女は身嗜みに時間がかかりますのに…」

大和田「くぁ~……あぁ眠ぃ…」

不二咲「あっ、ほら大和田くん、ちゃんと前見て歩かないとあぶないよ」

苗木「よかった、みんないつもより早く来てくれたんだね」

朝日奈「おはよー苗木! …ねぇねぇさくらちゃん、クリスマスプレゼントってなにかなぁ?」

大神「むぅ…我には皆目見当もつかぬ…」

苗木「朝日奈さんも大神さんも、おはよう」

桑田「はよーッス……ってなんだぁ!?」

苗木「おはよう桑田くん。どうしたの?」

桑田「どうしたの…ってお前! ままっ、舞園となにやってるんだよ!?」

舞園「あ…えっと、今日はなんだか冷えるじゃないですか。だからこうして苗木くんで暖をとっているんです」

苗木「あれ?」

桑田「お、おう……確かに今日は朝から寒いけどよ……その体勢はおかしくねぇか!? なぁ風紀委員!」

石丸「うん? 確かに褒められた事ではないかも知れないが…寒いのであれば仕方がないだろう」

桑田「ユッル! 風紀委員ユッル!」

山田「なるほどなるほど……ではセレスティア殿、吾が輩めのこのブレイジングボディで暖めて差し上げましょう。どうぞ!」

セレス「いま私の手にあるマッチを使って、目の前のラードの塊を燃やせば少しは暖かくなりますかしら」

山田「ひょえぇぇぇ!!」

十神「寒い寒いと煩わしい奴らだ。クリスマスとか言っていたしな。モノクマが空調の気温を低く設定したのだろう」

腐川「なに考えてるのかしらあのぬいぐるみは…!」

苗木「2人とも、おはよう」

不二咲「……えっと、これであとは…」

江ノ島「うぅ~寒い……なんなのよこれぇ…」

苗木「江ノ島さん」

江ノ島「あ、苗木おっはー……なによ苗木、あんた暖かそうなことしてんじゃない」

苗木「え? …あ、舞園さんのこと?」

江ノ島「あたしも混ぜろーっ!」

舞園「きゃあ…!? え、江ノ島さん!」

江ノ島「あー、あったかーい。苗木のパーカーとアイドルの柔らかい体がたまんないわぁー」

舞園「ひゃんっ! へっ、へんなところ触らないでくださいぃ!」

苗木「モグァ、モガムガガガッ!!」

江ノ島「よいではないかよいではないか~」

舞園「…はぁ…はぁ…」

苗木「ゼェ…ゼェ…」

江ノ島「ごめんごめん。ちょっと徹夜あけでテンション高くってさぁ」

舞園「こ…今度したら、ひどいですからね!」

江ノ島「ごめーん」

舞園「……もうっ!」

苗木「…で、でもよかった、これで全員揃ったね」

十神「そもそも、貴様らは何故全員で扉の前で集まっていたんだ。着いた者から先に入れば良いだろう」

苗木「それが…」

葉隠「全員そろったのを確認しねーと、扉の鍵を開けねぇって書き置きがあってよ」

霧切「全員で同時に確認して欲しいことが有る、と言うことなのでしょうけど…」

 カチャン。

山田「おや、どうやら鍵が開いたようですな」

大和田「ンならさっさと入ろうぜ」

石丸「む…扉、が……普段より大分重いぞ…!? 兄弟、手伝ってくれ」

大神「では我が片方を務めよう」

大和田「…いち!」
大神「にの…」
石丸「さんっ!」

山田「クパァですな!」

セレス「お腹を切り開いて同じ擬音を聴いてみますわよ?」

山田「この作品はグロテスクな表現を含んでいますのでご注意ください!!」

 扉が開け放たれるとそこは……一面の銀世界だった。

苗木「…これ、は…?」

霧切「雪…のようね。それも、大量の氷を削り砕いて作り上げた人工雪…」

朝日奈「わぁー! わぁー! みてみてさくらちゃん、雪だよ雪ぃ!」

大神「なんと…これはいったい…」

不二咲「上から少しだけ、ゆっくりと降りてきてる……空調を改造したのかなぁ…」

桑田「つーか寒! 寒っ!! 廊下の何倍も寒ぃじゃねーか!」

山田「セレス殿!」

セレス「精々私の楯になってください」

石丸「みんなだらしないぞぉ! 熱くなればこんなもの!」

大和田「…おい。寒ぃだろ、特服ン中入れよ」

不二咲「あ……ありがとうっ、大和田くん!」

モノクマ「放送からみなさんがここに集まってくるまで、47分と52秒かかりました」

苗木「――モノクマ!」

葉隠「どっ、どこだべ!?」

モノクマ「すぐ来るように言ったのに……先生哀しいです」

霧切「声はするのに姿が見えない…?」

モノクマ「せっかくこうして、クリスマスプレゼントを用意したっていうのに!」

朝日奈「ん…?」

モノクマ「ハッ…!」

朝日奈「………」

モノクマ「よく気付いたね。褒めてあげましょう」

朝日奈「みんなー! モノクマが左半分だけ埋まって景色と同化してるよー!」

モノクマ「もう少し引っ張りたかったけど…仕方無いなぁ」

苗木「モ、モノクマ…これはいったいどう言うことなの?」

モノクマ「見てのとおりですが?」

十神「説明になっていない」

モノクマ「ウィンターシーズンってヤツなので、プールに使用する水を利用して人工雪に変えました。暫くの間プールは使用禁止になる代わりに、ここで雪と戯れて霜焼けにでもなりやがれ!」

腐川「ぶ、文脈がメチャクチャよ……」

苗木「えっと…つまり、遊び場を用意してくれたってこと?」

モノクマ「学園長としては、生徒たちの生活のマンネリ化を防ぐのも仕事の内なので」

苗木「……ありがとう、モノクマ学園長」

モノクマ「かっ、感謝するならコロシアイをしてくれても良いんだからねっ!」

苗木「それはイヤだよ」

モノクマ「ちぇー」

朝日奈「えー……プール使えないんだぁ…」

モノクマ「まぁまぁ、そう落ち込みなさるなお嬢さん。ほら、あそこ、舞台の上に鎌倉があるでしょう?」

朝日奈「あ、ほんとだ。すごい」

モノクマ「あそこで、学園長特製の七輪で焼いた焼きドーナツをゴチソウしてあげましょう」

朝日奈「焼き……ドーナツ…!?」

モノクマ「モッチリ生地の砂糖醤油味です。食べる?」

苗木「もしかしてそれって輪っか状のお餅を焼いただけなんじゃ…」

朝日奈「食べる食べる! モノクマってば太っ腹ぁ!」

モノクマ「しっ、失敬な! ボクのこのスレンダーなボディを!」

セレス「モノクマがスレンダーならアナタはなにになるのかしら?」

山田「……マッチョ?」

モノクマ「ホラホラぁ! 観なさい、このセクシーダンスを!」

朝日奈「いやぁ! モノクマがヌルヌル動いてる…!」

 朝日奈さん、大神さん、葉隠くん、セレスさん、山田くんは鎌倉の方へ行ってしまった。

 山田くんの体がドアのように鎌倉を塞いでいる。
 二酸化炭素中毒にならなきゃいいけど…。

舞園「割と大きい鎌倉ですし、小窓みたいなのも有りますから大丈夫だと思いますよ?」

苗木「そっか……心を読まないでね舞園さん」

舞園「エスパーは勝手に発動しちゃうんです」


不二咲「ねぇねぇ、雪だるま作ろうよ」

大和田「あぁん? ンだってこの寒いなか、冷てぇ雪に触って遊ばなくちゃなんねぇんだよ」

石丸「いや、兄弟。体を動かさないから寒いのだ。不二咲くんと一緒に雪だるまを作っていれば、自然と汗をかくほど温まっているだろう」

不二咲「……ダメ、かな…?」

大和田「別にダメじゃねぇけどよ……ったく…」

苗木「それにしても…本当にすごいな、この雪」

舞園「こんな学園生活でなければ、一緒にホワイトクリスマスでデート出来たかもしれませんよね?」

苗木「あ、あはは…アイドルの舞園さんとデートだなんて、平凡な僕には不釣り合いだよ」

舞園「そんなことありません! テレビのお仕事や雑誌の情報をフルにつかって、私がエスコートしてあげす!」

苗木「舞園さんの中で僕は女の子みたいな扱いなんだね…」

 ヒュン!

霧切「――危ない!」

苗木「えっ…あ痛!」

舞園「きゃあ!」

苗木「ててて…いったい何が……雪?」

桑田「へっへへっへ」

霧切「ちょっと桑田くん。いきなり死角からヒトに向けて雪弾を投げたのはどう言うことかしら」

桑田「俺は頼まれただけだよ、十神のヤツにさ」

苗木「十神くん? うわっぷ!」

江ノ島「ちょっと大丈夫~? うっわ、こめかみンとこ赤くなってんじゃん。痛そー」

舞園「あっ! 苗木にお触りしちゃダメですってば!」

江ノ島「…え? お触り禁止ってアンタに対してじゃないの?」


霧切「十神白夜、どういうことかしら?」

十神「俺はただ、この場にある雪がどれだけの脅威があるか…つまり凶器足り得るかを検証していただけだ」

霧切「雪を……そう、話しはわかったけれど、それを苗木くんに向けたのは何故?」

十神「それは知らん。俺はコイツでも的にしろと言っただけだ」

腐川「あぁ~ん! 白夜様の愛なら全身で受け止めますけどぉ~、他の男はイヤなんですぅ…!!」

霧切「…桑田くん、弁解は」

桑田「いやさ、流石のオレも女の子相手に的当てとかできねーからさ、だったら男の方がいいかなーと思ったんだよ、うん」

霧切「十神くんは依頼主だから、“たまたま”そばにいたもう1人の男子を狙ったと言うのね?」

桑田「そうそう」

霧切「……見下げ果てた屑ね」

桑田「んがっ!?」

十神「ほら桑田、まだ検証は終わっていないぞ。次はもっと強く握った雪弾だ。最終的には細く握った氷柱型を投げてもらう」

霧切「止めなさい。桑田怜恩の強肩でそんなもの投げたら、当たったらケガでは済まないかも知れないわ」

桑田「うるせぇ畜生! ……苗木イィィィィィ!!」

苗木「――えっ、なに!?」

桑田「死にさらせえぇぇぇぇ!!」

 ヒュゴォ!

モノクマ「…!?」

朝日奈「どうしたのモノクマ」

モノクマ「…どこかで…ボクがずっと待ち望んでいた展開が起こっている気がする…!」

大神「……ぬぅ」

朝日奈「ねぇねぇ、早く次のドーナツ焼いてよ!」

セレス「この焼きドーナツ、最初は苗木君の言うとおりただのお餅かと思っていたのですけど…」

朝日奈「米粉を使ってるんだよね! すっごい美味しいよコレ!」

モノクマ「あらそう? いやー、夜な夜な研究した甲斐があったわー」

山田「…モノクマ殿?」

モノクマ「ハッ! ……ちょっとボク外の様子を見てこようかと思」

山田「あぁモノクマ殿! 七輪の隅で炙っていたスルメがカタくなってしまいますぞ!」

モノクマ「おっとぉ! 大切に育てたスルメが…熱っ、熱、アツ…ハフハフ、ハムハム」

朝日奈「じゃー私も勝手に焼いちゃおーっと。さくらちゃんは何がいい?」

大神「……このプロテインドーナツを」

江ノ島「―――」

 パァン!

苗木「うわっ!」
舞園「きゃん!」

桑田「へへへ……!?」

江ノ島「つぅ……桑田ァ!! アンタのヘボコントロールのせいでアタシに当たったんですけどぉ!!?」

桑田「は? いや、んなはずねぇじゃん。『超高校級の野球選手』のオレの雪弾だぜ…?」

舞園「江ノ島さん、大丈夫でした!?」

苗木「すごい音だったけど…うわ…当たった肩が赤くなっちゃってるよ…!」

江ノ島「ヘーキヘーキ。こんなもんCQBの訓練の時に比べたら何てことないって」

苗木「…しー…きゅーびー…?」

江ノ島「ハッ…! なんでもないなんでもない!」

霧切「…さて、桑田くん。女の子を的にした気分はどうかしら」

桑田「ハ、ハァ!? あんなもん、江ノ島が射線上に入ってきただけだっつーの! それじゃあオレがわざとぶつけたみてーじゃねぇか!」

霧切「『超高校級の野球選手』である貴方が、素人の動きも予測出来ずに死球をしたというの? 説得力に欠けるわね」

桑田「な、な、な、な…!」

江ノ島「オラァ! 桑田ァ! アンタ苗木に当てよーとしたでしょーが! アタシだったから良かったものの、苗木の顔に傷でもついたらどうする気よ!」

苗木「いや、江ノ島の方がダメだよ! 女の子なんだから!」

江ノ島「あ……うん、ありがと…」

桑田「……オ、オレは悪くねぇ! 元はと言えば、十神がオレに投げろって頼んできたから…!!」

十神「おい。貴様の俗まみれの罪を責任を転嫁しようとするな」

霧切「確かに、元凶であることにはかわりないわね」

十神「おい…!?」

 ワーワーギャーギャー ワーワーギャーギャー

舞園「……!」

 ギュウギュウ。

苗木「…ま、舞園さん?」

舞園「苗木くん! 雪合戦しましょう!」

苗木「えっ!?」

舞園「これはもう、どちらかが血を見ないと収まりがつかなくなっているんだと思うんです」

苗木「血は見たくないなぁ…」

舞園「『どちらかの血ィが流し尽くされるまで、この抗争が終わることはないんですね…』」

苗木「あ、それ舞園が初めて出た映画の台詞だよね?」

舞園「あ……よくご存知ですね」

苗木「た、たまたまね」

舞園「………」

 ムギュウゥゥゥゥ!

苗木「うわわわわわっ!」

霧切「勝負は3対3の制限時間は15分。相手に雪弾が当たったら得点。得られるポイントは箇所によって違って、腕や脚なら3、肩や胴体なら2、頭部は危険なので1ポイント。特例として、背中の真ん中に当てたら8ポイントにしましょう」

 『―チーム十神―』

十神「どうして俺まで…」
霧切「危険は身を以て経験しなさい」

腐川「びゃ、白夜様は…私がお守りしますっ…!」
霧切「貴女がくらい続けていたら負けるわよ」

桑田「オレのせいじゃねぇんだってば!」
霧切「言い訳は勝利すれば押し通せるわ」

 『―チーム苗木きゅん―』

舞園「がんばりますっ!」
霧切「アイドルの瞬発力に期待しているわ」

苗木「このチーム名おかしくないかな」
霧切「そう? 可愛らしくてとてもよく似合っているわ」

江ノ島「雪弾……基本はやっぱり一撃必殺だよね…」
霧切「中に何か詰めるのは禁止よ」

不二咲「よいしょ…よいしょ…」

石丸「よぉーし! あとは“そこ”から頭を落とせば完成だ!」

大和田「…こっからでイーのかー?」

不二咲「うん! 観客席(そこ)から転がせば、落ちてきたらここの胴体の上にのっかるよ! 計算したから大丈夫!」

大和田「んならそらよっ…と!」

 ゴロゴロゴロ…ガッ、ドッ、ズゥン!

大和田「ッしゃあ!!」

石丸「『超高校級の雪だるま』、級完成だ!!」

不二咲「やったね大和田くん、石丸くん!」

 パッチンパッチンガシンガシン。

石丸「よし! では兄弟が降りて来たら一緒に記念撮影でも――」

 ヒュゴ! ヒュゴ! ヒュゴ! ドドドドドドドッ! ――バアァァァァァン!!

 ……グシャグシャグシャ……ベチョン…。

大和田「な……」
不二咲「ふぇ…」
石丸「――ゆ、雪だるまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それは、壮絶な戦いだった。

 チーム十神の主戦力は、当然ながら桑田くん。
 腐川さんが雪弾をせっせと作って、十神が指示した場所に桑田くんが投げる。それだけのシンプルな作戦でいて、強力。

 雪合戦はのセオリーとして、まずチーム苗木…きゅんが、最初に注力したのは塹壕…土手造りだった。
 向こうは攻撃力でおしてくると思って、3人で目一杯の防御壁と、身を隠せるスペースを造ったんだ。
 正直、非力としか言いようがない僕と、女の子のチーム。
 ジリ貧で負け、良くてドローしかないかと思って、いたら。

江ノ島「ふんっ!」

 ヒュゴォ!

腐川「ひぎゃあ!」

霧切「チーム苗木きゅ…きゅん、頭で1ポイント」

江ノ島「チッ…」

 江ノ島さんが、すごく頼もしかった。

 塹壕造りもほとんど独りでやってしまったし、僕や舞園さんは、始終雪弾造りと土手補強しか出来ていない。

桑田「ぎゃふっ!」

霧切「チーム、苗木きゅん、顔面により1ポイント」

桑田「ぺっぺっ…! おい、早く次の雪弾くれよ!」

十神「腐川がノビた。少し耐えていろ…!」

桑田「無茶い…げふ!」

霧切「…チーム苗木きゅん、顔面につき1ポイント」

桑田「――くぉら江ノ島ぁ! 手前ぇさっきから顔面ばっか狙ってんじゃねぇ!!」

江ノ島「拠点設置を怠ったアンタらが悪い!」

十神「くっ…やはりセオリー通りに壁は造っておくべきだったか……戦略として理解はしていたが…ぐはっ!」

霧切「苗木きゅん1ポイント」

舞園「この分だと楽勝そうですね!」

苗木「はは…そ、そうだね…」

 土手の影で、そんな風に笑いあっていた、刹那。

苗木「……!?」

 ――戦場の――温度が――空気が――切り替わっていくような――。

江ノ島「…やっば…」

 敵陣を見ていた江ノ島さんが、小さく呟いた。
 僕と舞園さんも倣って覗こうとして――

江ノ島「苗木くんダメっ!!」

苗木「え――」

 スッバアァァァァァァン!!

 呼ばれて、振り向いたのがいけなかった。
 側頭部を、まるで撃ち抜くような雪弾が直撃。
 舞園さんは僕に当たった雪弾の“余波”だけで倒れてしまった。

 朦朧とする意識をなんとか繋ぎとめて、現状を把握する。
 幾重にも雪を積んで強化したはずの土手が、半壊。
 その先、敵陣の方に漫然と立って居るのは……。

苗木「……ジェノ……サイ、ダー……」

翔「邪っ邪ーん! 皆様お久しぶりのジェサイダー翔ちゃんが出てきてあげましたよぉー? はい拍手ー!!」

十神「……間に合ったか…」

桑田「間に合ったって……じゃあ、すこし待てって言うのは…」

十神「ジェサイダー翔をあいつらにけしかける為だ」

桑田「うわぁ…」

江ノ島「おら翔! アンタいきなり表れて場を乱すんじゃないっての!」

翔「あっはぁ~ん? いや、出てきたばっかで何もわからんもんねアタシ。…でもアレっしょ? 雪合戦っつーのやってるんでしょ? 知ってる知ってる、知識だけは持ってるから」

 ジェサイダー翔は、二つの陣地を見比べたあと、審判役の霧切さんを見た。

翔「アタシはこっちがわでぉk?」

霧切「えぇ。チーム十神よ」

翔「ひゃっはー! 白夜様のチームだってぇ、アタシやるぅー!」

 雪面に腹這いになって身を伏せている十神くんをみて、(彼女なりに)にこやかに笑っていた。

翔「白夜様ぁ、アタシが白夜様を勝利に導いてみせますからぁ、期待しててくださいねええぇぇぇぇ?」

十神「武器は雪弾だけだ。中になにか入れるのも禁止だ」

翔「りょぉ~かいしましたぁぁぁぁ~。ジェサイダー翔、愛のために舞い忍びますぅぅ!」

江ノ島「ッ…2人とも動かないでね!」

 2人が、戦場を駆け出す。

 十神くんたちはジェサイダー翔に全てを任せていて、
 僕は痛む頭を押さえながら、気を失っている舞園さんを念のために半壊している土手の陰に隠す。

 …超高校級のギャルというのは、あんなに身軽に動けるものなのかと感心してしまうくらい、雪の上であっても江ノ島さんの動きは鋭い。

 対してジェサイダー翔は、ラフプレイというか、型にハマらない動きを繰り出しては時に避け、時に投擲を繰り返す。

 2人は走りながらも足元の雪を掬い、手を握るようにして細長い雪弾を精製、量産して撃ち放つ。
 それは最早「弾」ではなくて、「ダーツ」のような鋭さだった。

 江ノ島さんの投擲は正確無比。
 比べて、ジェサイダー翔の投擲は力任せなものが多く、8割方は狙い通りに飛んでいるものの、2割は大暴投している。

江ノ島「…そんな力任せな雪弾で、よくも苗木くんを…!!」

翔「はぁーん? なにか言ったかしらーん?」

 走りながらの会話は舌を噛む危険性がある。ジェサイダー翔は特に。

 ――互いに乱れた呼吸を調える為に、静止。

 江ノ島さんは機動力の回復に専念しているのに対し、ジェサイダー翔はしゃがみ込んで雪弾を大量生産している。

 速度に対して、物量。

江ノ島「………」

翔「………」

 緊迫の沈黙。

 2人の行動は――

 ズゥン…!

 何故か観客席から落ちてきた巨大な雪玉の着地の衝撃と共に。

不二咲「ひっく…ひっく…」

大和田「手前ェらぁ!! なにひとの作ったモンぶち壊してくれてんだあぁ!?」

石丸「酷い、酷すぎるぞ江ノ島君、腐川君!! …これは、不二咲君と兄弟と、3人で力を合わせて作った…」

翔「イー雪の補給場所めーっけ!」

 どうやら想像以上に巨大な雪だるまを作っていたらしい3人の抗議を聞く耳も持たず、ジェサイダー翔は“雪だるまだったもの”に貪るように手を突っ込んでは、雪弾を精製していく。

 江ノ島さんの方は罪悪感があるらしく雪弾を造ったりはしていないけど、ジェサイダー翔の動向から目を逸らしてはいない。

翔「すきありッ!」

江ノ島「…!?」

 投擲動作に入ったジェサイダー翔を見て、江ノ島さんが身を引いて回避動作に移る。

 照準を合わせるように放たれた雪弾は……目の前にいた大和田くんのお腹へ。

大和田「がはぁ…!?」

翔「あ。ゴメーンチ」

 突然の理不尽な暴力に膝を付く大和田くん。
 ジェサイダー翔はテヘペロっと謝るだけで、すぐに雪弾を指に挟んで走り出してしまった。

大和田「………」

不二咲「おっ…大和田くん、大和田くん!!」

石丸「大丈夫か兄弟! 傷は浅いぞ!」

 うずくまる大和田くんに2人が駆け寄る。
 そのまま数秒ほどジッとしていたが、突然電池が入った様…いや、この場合には炉に火をくべた様に全身から怒りを迸らせながら立ち上がった。

大和田「……上等じゃねぇか……おお? 上等じゃねぇか腐川よぉ…江ノ島よぉぉぉぉぉ!!」

不二咲「お、大和田く…きゃっ」

 特攻服を脱いで不二咲さんに預けたその姿は、『超高校級の暴走族』たる風格をもっていた。
 立っているだけで、足下の雪が蒸発してしまいそうな程の怒気。

 ――ズゥン!
朝日奈「きゃっ……な、なに?」

山田「体育館でなにやら遊んでいる御様子」

大神「…よくわかるな」

山田「入口に体がつかえております故、外の気配は何となく肌でわかります」

セレス「逆に言えば、あなたがつかえている所為で、私達は外の様子が見えないのですけど」

山田「面目ない…」

モノクマ「ふぅー、食べた食べた」

朝日奈「……モノクマって、本当に食べてるの?」

モノクマ「うん? …うぷぷぷ! 心配してくれているんですか朝日奈さん」

朝日奈「別に、そんなわけじゃ…」

モノクマ「子供はそんなこと気にしなくてもいいの! 大人のことは大人に任せて、キミたちはキミたちの本分を、コロシアイを満喫してください!」

セレス「さて、そろそろ出ましょうか」
山田「承知致しました」
朝日奈「モノクマ、ドーナツありがとー」
大神「……ではな」
 …スポンッ! ゾロゾロゾロ…。

モノクマ「……世知辛いなぁ……」

 鎌倉組が外に出てきたことで、体育館の戦況は更に悪化をきわめた。

 江ノ島さん、ジェサイダー翔、大和田くんの三つ巴の状況に、
 たぶんただ遊んでいるだけに見えたのだろう、朝日奈さんが大神さんを誘って乱入。

 五者五様。正に入り乱れての大バトル。

 …単なるちょっとした、ちょっとした遊びだったはずの雪合戦が、どうしてこんなになってしまったのだろう。

十神「霧切、いまどうなっている」

霧切「『チーム十神』が123ポイント。『チーム苗木きゅん』が237ポイント。『チーム熱血漢』が118ポイント。朝日奈さんと大神さんは、合わせたら181…いま189ポイントになったわ」

十神「チッ…流石に本来の得物で無いのは分が悪かったか」

苗木「…霧切さん、ずっと数えてたんだ……すごいや」

霧切「私が引き受けた仕事だから」

セレス「凄いことになっていますわね」

苗木「セレスさん、山田くん」

山田「しかしながら、あれでは何時までも戦い続けかねませんぞ?」

苗木「…あっ、そう言えば制限時間って…」

霧切「とっくに経過しているに決まっているでしょう? 正確には、ジェサイダー翔が目覚めてすぐに」

苗木「そうだったんだ……」

桑田「オレが言うのもなんだけどよ……止めた方がよくね?」

セレス「とめる? 何方がです?」

 ドガーン ダダダダダ バゴォンバゴォン ドグシャァ ドグシャァ。

十神「桑田、行け」

桑田「オレかよ!?」

霧切「まあ、責任を取るという意味では正しいわね」

山田「ふぁいと、ですぞっ」

苗木「桑田くん、僕も一緒に行くから」

桑田「…苗木……」

翔「あーもうマジキツいマジムリもー無理ムリ寝たい食べたいコロしたぁーいっ!」

江ノ島「…困ったなぁ……退くに退けなくなっちゃった…」

大和田「待てやクソアマぁ!!」

朝日奈「さくらちゃん、それーっ!」

大神「むっ、では我もお返しだ…!!」


桑田「……ぉ、ぉーい……」

苗木「桑田くん、それじゃあ届かないよ」

桑田「…ぉーぃ…!」

苗木「もっと強く! いっしょにいくよ?」

桑田&苗木「おー―――い!!」

 僕たちの声量に、5人が停止してこちらを向く。

苗木「みんな、もうやめよう! もういい時間だし、一度体育館を出てお風呂にでも入ろうよ!」

翔「ハァ…ハァ……な、なま言っちゃいけないってまーくん……まだまだアタシはやれるんだから…!」

苗木「十神くんが、もう止めて欲しいって言ってるよ!」

翔「あらマジで。じゃあやめるはバッハハハ~イ!」


桑田「え、江ノ島もほらさ! 腐川のヤツはもうやらないみたいだしよ、ここは一旦落ち着こうぜ!」

江ノ島「……アンタにだけわ言われたくないわー……」


苗木「大和田くん! 不二咲さんが心配してるんだ! ここは一旦、不二咲さんの為に戻ってきてくれないかな!」

大和田「………」

不二咲「あ、あの、大和田くん、ボクのことはもう大丈夫だから…ね? またいっしょに、雪だるまつくってくれないかな」

大和田「……わぁーたよ……ケッ!」

苗木「……朝日奈さんも大神さんも、いいかな?」

朝日奈「うん、平気だよ」

大神「……苦労をかける」

苗木「僕はなにもしてないよ」

霧切「――これで終わりのようね」

苗木「霧切さん、ありがとう」

霧切「…? どうしたの」

苗木「ずっと立ちっぱなしで辛かったでしょ? それなのに最後まで付き合ってくれて、本当にありがとう」

霧切「……大したことないわ」

苗木「えへへ」

江ノ島「………」

苗木「あっ、江ノ島さん」

江ノ島「……苗木ぃー…」

苗木「ど、どうしたの? どこか痛い?」

江ノ島「…寒い…」

苗木「あ……そうだ!」

江ノ島「…? 苗木、何して…」

苗木「はい、これ。僕のパーカーだから江ノ島さんには少し小さいかもだけど、案外撥水性があるから、雪まみれでも中は暖かいよ」

江ノ島「そんな、苗木に悪いじゃん」

苗木「僕はもう、というかみんなもう部屋に帰ると思うから、風邪なんてひかないよ。…来てすぐの頃はひいちゃったりしたけどね」

江ノ島「……あんがと」

苗木「うん。また今度で大丈夫だから」

石丸「それではみんな、今日のところは部屋に帰るとしよう! モノクマ学園長、有り難う御座いました!!」

苗木「ありがとうございました」


 床に寝かせたままだった舞園さんを…うわっ、服にくるんでたとはいえ結構寒そうだ。
 気絶したままの彼女をおんぶして、僕たちは1人ずつ、体育館を後にしていく。

 ギイィィィィ……バタン。


モノクマ「…お礼、言われちゃったよ」


モノクマ「うぷぷぷぷ! ばかだよねー、こんな、わざわざ体育館で遊ばないといけないようなこと強要しているのはアタシ自身だっていうのに」


モノクマ「……お腹空いたなぁ」


モノクマ「確かまだ保存食のアレがあったはず……よしよし」

モノクマ「お湯を注いで5分待つあいだに、次の動機作りでも考えるとすっかなぁー」


モノクマ「……次は……そうだな、初詣でもさせてやるか、うん」

苗木「ん? あれは……」

葉隠「おーすっ苗木っちにみんなっち」

朝日奈「オマケみたいに呼ばれた」

苗木「葉隠くんどうしたの? そう言えば鎌倉組に行ったっきり見かけてなかったけど…」

山田「ドーナツを一個食された後、手洗いに行きたいと退出されましたが」

葉隠「いやー、年寄りにゃあの寒さは堪えるべ」

霧切「つまり、いままで部屋でゴロゴロと寛いでいたわけね」

苗木「霧切さん、それは違うよ」

霧切「え…?」

苗木「葉隠くんはサンダル履き姿で袖と裾を捲ってる、しかもかなり上の方まで濡れてるみたいだ。それを考慮するとね」

葉隠「いやぁ…へへ、みんな出てきたら寒がると思って、ちょっと大浴場の掃除してたんだべ」

セレス「あら」

朝日奈「え~、すごーい!」

大神「わざわざ済まぬな…」

苗木「そういうことなら、女の子たちは先に入っちゃいなよ。特に江ノ島さんと腐川さんは、雪で濡れてそのままだし」

苗木「舞園さんは……とりあえず、一旦部屋まで連れて行くね」

霧切「わかったわ」

十神「…では、俺も部屋に戻るとしよう」

苗木「あっ…大浴場の交代は伝える?」

十神「いらん。シャワーで済ませる」

大和田「俺もそうすっかな」

石丸「うむ。男子は明日の使用でも充分だろう!」

朝日奈「ほぉら、不二咲ちゃんも早く早くっ!」

不二咲「――あ、あのっ、ボク、実は……待っ、待ってえぇぇぇ…!」

山田「ふわわ……なんだかとっても眠たいですぞ」

桑田「……なぁ、苗木」

苗木「え、なに、桑田くん」

桑田「…ありがとよ」

苗木「……ふふ、どういたしまして」

翔「……腐腐腐……腐の臭いがするわ腐の…薫りが…!」
大神「ゆくぞ腐川」

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