P「真美……?寝てるのか」 (13)
時計を見ると、もう九時を回っていた。
相変わらず窓の外はしとしとと雨が降っている。
湿った空気は、気温が高くない今は不快ではない。
切りの良いところまで済ませたし、そろそろ帰ろう——。
パソコンの電源を落として、荷物を纏める。
電灯を消しかけたところで、ソファーに寝そべる人物に気付いた。
「……真美、何してんだ。こんな遅くに」
返事が無い。傍に寄って見ると、真美はソファーに仰向けに寝そべり、
心地よさそうに寝息を立てていた。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373458315
無意識に——
規則正しく上下する胸に目がいった。
薄手のトレーナーをわずかに押し上げている膨らみ。
唾をのむ。瞬間、我に返り、慌てて目を逸らす。
俺は何を考えているんだろう。
こんな子供に、自分の担当しているアイドルに劣情を抱くなんて。
気の迷いだ。無理やり頭からかき消して、真美の肩を優しく揺すった。
「おい、起きろ」
真美は、んぅ、と声を上げ、身じろぎをした。
汗の匂いの混じった、独特の甘い香りが鼻をつく。
その一瞬間で五感が鋭敏になる。
よこしまな考えが、頭を、身体全体を満たした。一つ深呼吸をして、目を瞑る。
聴こえるのは雨音と、時計と、真美の静かな呼吸と、自分の荒くなり始める呼吸、鼓動。騒がしい。
顕在の思考が停止し、代わって、潜在の思考が勝手に打算を始めた。
目を開ける。真美の胸は変わらず、規則正しく上下していた。
震える手を伸ばす。真美の膨らんだ胸元へ。
これまでに感じたことのない緊張と、背徳感、性的な高揚に、
全身が揺さぶられるような感覚に陥る。
吐き気がしたが、それすら自分を耽溺へと後押しする。
息が詰まり、絶えず分泌される唾液が口の端から零れそうになる。
彼女の柔かい身体の感触を、想像する。
胸、腹、首、二の腕。視線が落ち着かない。
後——
数センチで手が届く。胸の高鳴りは最高潮に達した。
瞬間。
クラクションの大きな音が事務所に響く。文字通り、俺は飛び上がった。
間を置いて、外で、車が乱暴に走り去っていく音が聞こえた。
俺は破裂しそうな心臓を抱えて、息も絶え絶えにその場にへたり込んだ。
そして、全身の力が抜け、気味の悪い冷や汗がじわりと肌着を濡らす。
色々な感情のないまぜになった溜息を吐き出す。
同時に襲ってくる自己嫌悪。最悪だ。
真美はと言うと、先ほどのクラクションで目を覚ましたらしい。
「くぁ……んむ。にいちゃん、何してんの?」
のんきに目を擦りながら身体を起こしてあくびを一つ。
「……起こそうと思って」一応、事実だ。
「あっそ」
興味なさげに言って、真美はもう一回、あくびをした。
「……真美、何してんだよ。こんな時間まで」
「雨宿りしようと思って」
「傘持ってないのか?」
「いや……持ってるけど」
真美は頬を掻きながら、すこしばつが悪そうに笑った。
「……待っててくれたのか」
「にいちゃんの傘、無かったから」
「…………ごめん」
「ううん、いいって!もう、お仕事終わりでしょ?一緒に帰ろうよ」
「……そうだな」
俺の『ごめん』は、多分、真美の思う『ごめん』じゃない。真美の許した俺の『ごめん』は多分、違う。
重いため息を漏らした俺を見て、真美は少し考えるような素振りをした後、手を握ってきた。
驚いて真美を見る。真美は照れ笑いを浮かべて、
いつもの様なおどけた調子で言った。
「んっふっふ〜、にいちゃん、今日はなんだか寂しがり屋さんみたいだから、ね……その……」
真美が言い切る前に、その白い手を無言で握り返す。
少し顔を赤くして笑う真美に、
この劣情をどうか、いつまでも悟られることがないように願った。
終わり。
あんまりに短いけど、すっきりまとまっちゃったんで。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません