確信を得てしまったダイワスカーレット (16)
トレーナーの好みはアタシだった。
何もおかしいコトじゃない。
アタシは何でも一番なんだから。
強いウマ娘はたくさんいる。
美しいウマ娘、可憐なウマ娘、可愛らしいウマ娘もたくさんいる。
けどアタシが一番強い。
それでもアタシが一番魅力的。
そして――アイツのコトを一番好きなのはアタシ。誰よりも愛している。
そんなアタシがいつも隣りにいて、アタシに惚れないわけがない。
教え子に恋慕するなんて仕方のない奴。そう思っているのに鏡を見なくてもわかるほど、自分の頬がニヤけているのがわかる。
でも仕方ない、だって仕方ない、何もかもアイツが悪い。
トレーナーの好みは、このアタシなんだから。
「フンッフフ~ン♪」
トレーナーの好みは自分だという自信はあった。アタシと出会う前の好みがアタシからかけ離れていても、このアタシと毎日顔を合わせているんだ。
年上や同年代、あるいは幼いタイプが好みであっても。
控えめな、もしくは自由奔放、あるいは捉えどころがない幻想的な性格が好みであっても。
そんなもの全て捻じ曲げて、ダイワスカーレットこそが好みだと矯正する自信があった。
けど今は違う。単なる自信ではなく、証言を伴う確信だ。思わず鼻歌が漏れてしまうのもしょうがない。
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――事の発端はこぼれる鼻血を必死になって抑えようとするウオッカを見つけたコトだ。
何事も一番を取る自分にとって、順序にこだわらないこの型破りは目障りで、目障りすぎて、どうしようもなく目を引き、自分の人生《レース》に多大な影響を与えたライバル。
あまり口に出してライバルとは言わないけれど、このダイワスカーレットを語る上で外せない存在なのだ。もう少しシャンとしてほしいという怒りがわいてくる。
自分の生き様を貫いている時は、不覚にもこのアタシですら見惚れるほどカッコいいのに、なんで小中学生の男子染みた無様《ぶざま》を定期的にさらすのだろうかこの女は!
「ちょっとアンタ! またそんな鼻血なんか垂らして今度は何があったのよ!?」
沸々と湧き上がる怒りのままに近づきながら、これってしみ抜きしてもダメだろうなと諦めつつハンカチをやや強引にアイツの顔に押し付ける。
「う、うるせえっ! 昼間っからあんな話をしてるアイツ等が悪いんだ!」
「昼間っからねえ。どうせお日様が登っている時間でもできるレベルの話で興奮しちゃったんでしょ」
「いやいや。これはお前だって無関係じゃないんだぞ!」
「はあ?」
何を言い出すのだろうコイツは。アタシはアンタと違って恋愛映画のキスシーンぐらい平気なんですけど。
「いや聞けって。さっきトレーナー室を通りがかったから、ちょっと顔を見て行こうかと思って……そしたらアイツ等!」
「……アイツ“等”?」
どうせたいしたコトはないだろうと聞き流していたら、流すわけにはいかない不穏な単語が聞こえてきた。一人はウオッカのトレーナーだろう。
ではもう一人は?
「アイツ等……部屋に自分たちしかいないからって、普段どういうの“観てるか”話してたんだぜ、チクショウッ」
「――――――――――」
男同士で何を“観ているか”を話していて、それを聞いたウオッカが鼻血を流した。それはつまり、そういうコトなんだろう。
「チクショウ……何かショックだぜ。男はスケベな生き物なんだから許してやれって母ちゃんが言ってたけど……え、ええ……ェ…ロ……動画の話とか……いきなりハードル高すぎんだろ」
蚊の鳴くような声で聞き取りにくかったけど間違いない。どうやらアイツは部屋に男しかいなかったからといって、外に聞こえるぐらい猥談で盛り上がっていたわけだ。学園の中という、すぐ近くを年頃のウマ娘が通る可能性があるというのに。
普段のアイツらしからぬ行動に、すうっと血が抜け落ちるような感覚が襲いかかる。
「お、おい? スカーレット?」
「……詳しく聞かせて」
普段のアイツは、そんなコトしない。
普段のアイツは、ウマ娘に不快感を与えかねないコトをしたりなんかしない。
つまりそれだけ興奮して同僚と話をしていたわけだ―――――――――売女《ばいた》について。
普段のアイツらしからぬ行動。アイツの隠していた本性。
アイツがアタシに見せてくれない情欲を、見知らぬ尻軽女に吐き出す。
これほどウマ娘の信頼を裏切り、尊厳を破壊する行為があるのだろうか?
かつて経験したコトが無い屈辱と怒りに指先が震え、世界が歪む。
「お、落ちつけってスカーレット。ショックなのはわかるけど、そんなに怒ったりしなくたっていいだろ?」
ああ、ウオッカ。アタシはアンタを勘違いしていた。
アンタもトレーナーの筆舌に尽くしがたい行為で心を痛めているのに、アタシを気遣ってくれるだなんて。
でも体を震わせて、顔を蒼ざめさせているその顔を見れば、心無いトレーナーたちの仕打ちにさらなる怒りを覚えるだけ。
「ねえウオッカ、教えて。アイツ等はどんな風に汚《きたな》らしい話をしてたの?」
「き、汚らしいって……いや勘弁してくれって。鼻血がまだ止まってねぇんだからさ」
「 い い か ら 」
「アッハイ」
ショックを受けているウオッカには悪いけど、事は急を要する。
「それがさあ、トレーナーの奴――――――――――」
ようやく話し出したウオッカは最初はしぶしぶと、しかしあるところを境に締まりのない顔になった。
どうしたのかと心配に思ったのだけど……
「――って言ったんだよ。そ、そんでさあ! アイツ、アイツさ! 普段観てる動画に出てくる女がさ、お前のトレーナーが指摘したんだけど……ヘヘッ」
「へえ……」
ポチャポチャと滴る音が響く中で、アタシの貸したハンカチが取り返しがつかなくなっていく。そんな事は気にも留まらないほどウオッカは満更でもない様子だ。
いがみ合うコトが多いとはいえ、これでも同室の友人である。その嬉しそうな様子を見ているうちに怒りは少しずつ収まり、そして――期待が高まってきた。
「……それでアイツは、アタシのトレーナーは何て言ってたの?」
「え? う、うん。いや、気を悪くすんなよ?」
「ふふっ。焦らさないでいいから教えてよ」
もし期待に反する内容なら、ただでは置かない。
でも期待通りの内容なら――――ふふ、やっぱりただじゃ置かない。
「それがさー、お前のトレーナーも普段観てる動画に出てくる女が、俺のトレーナーが言うには―――――――――」
そして、ウオッカから出てきた言葉は――――――――――嗚呼、やっぱりただじゃ置けなくなった。
※ ※ ※
「失礼します」
「ああ、お疲れスカーレットさん。アイツなら今席を外してるよ」
椅子に座りながら入口のこちらへと振り向くウオッカのトレーナー。
トレーナー室を軽く見渡せば都合が良いことに、部屋にいたのはウオッカのトレーナーだけだった。
「知っています。お互いのスケジュールは把握していますから」
「ん、だったらどうしたの? 忘れ物か何か?」
「……彼と楽しく話していたそうですね」
「え……?」
不思議そうな、無警戒な顔。
その顔を見ていたら、演技でもなんでもなく自然と笑みがこぼれてきた。
「昼間から、学園内で」
「―――――――――っ」
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。
アタシの嗜虐と怒りの混ざる笑みと、短いけど十分すぎるほど要点が詰まった言葉で全てを察したウオッカのトレーナーは、こちらを振り返った姿勢のまま固まってしまった。
「……あの子はそういう話に耐性が無い。そのコトはご存じですよね?」
少し離れたアイツの席に座りながら、固まってしまった頭でも理解できるようにゆっくりと、そしてなぶるように話す。
「……き……き……」
「……き?」
引きずったややかん高い声。大人の男でもこんな声を出すんだと知りながら、指を組んでそこに顎を乗せながら聞き返す。
「き……聞いたのは……君だけ?」
「……あの子、ひどく動揺してました」
「~~~~~っっっ」
あの子が流すのが鼻血なら、そのトレーナーが流すのは汗だった。
滝のように勢いよく流れる汗は、普段のアタシならハンカチを差し出すほどのものだった。しかしアタシのハンカチは血を滴《したた》るほど吸い取ってしまったため使い物にならない。恨むなら自分の担当バを恨んでほしい。
「私はその場にいなかったんですけど、ひどく動揺しているあの子を慰めるうちに何があったのかを知ってしまって……私も正直なところ、ショックを受けています」
「す、すまなかった!!」
硬直が解けるや否や、深々と頭を下げる。その潔さは良いけれど、頭を下げる相手はアタシではなくウオッカにでしょう。
だってアタシは、この男がくだらない話をしていたコトはどうだっていい。その話し相手がアイツだったコトが問題なのだ。
しかし負い目を感じてくれるのなら――
「私のコトは良いんです。男の人はそういうところがあると、知識では知っていましたから。問題はウオッカです。あの子……貴方とまともに顔を合わせられるか」
「……っ」
静かな部屋の中で、ピチャリと汗が床に落ちる音が響く。
頭は下げられたままだったけど、この人が今どんな顔をしているのか。わななく体が教えてくれる。
でもまだだ、まだ足りない。
「まさか信じていたトレーナーさんが……髪は全体的にショートカットだけど一房だけ長くて、背が高めのスレンダーな女の子のエッチな動画が好きだなんて」
担当バに失望と軽蔑の眼差しで見られるかもしれないという恐怖で、この男を無気力の無抵抗にしなければ。
「私のトレーナーさんが言ってたそうですけど……まるで、ウオッカに似た子を選んでいるみたい」
「あ……ああ、あ」
壊れかけのラジオが、いよいよ絶命寸前のようにうめく音がした。
そうだ、こうでなければ。トレーナーとはこうでなければ。
アタシたちウマ娘が、トレーナーが他所の女にうつつを抜かすのにこれだけ激しい怒りを抱くのならば、担当バに見捨てられるトレーナーはせめてこのぐらいでなければ!
アイツはどうだろうか?
せめてこのぐらいの反応でなければ許せそうにないし――――何よりつまらない。
「俺は……俺はどうやってウオッカに謝れば……」
つい思いを馳《は》せていると、振り絞るようなしゃがれ声で我に返る。
「……取りなしてほしいですか?」
「……え?」
ずっと下げられたままだった頭がようやく上げられた。
久しぶりに合った視線に、少しでも安心させられるようにと優しくほほ笑む。
「ウオッカとの仲を、私が取りなしましょうか?」
「い、いいのか……ウマ娘が通う学園で、こんな話をついしてしまった俺を……助けてくれるのか?」
「はい。ちゃんと反省しているようなので」
本当はアタシの取りなしが無くても、この二人なら数日ほどぎこちないだけで自分たちで解決できるだろう。けどそんなコトはおくびにも出さずに恩に着せる。
「ありがとう……ありがとう……」
今にも泣きだしそうな声音で感謝するその姿は、普段より一回りは小さく見えた。
――でもね、感謝するには少し早いの。
「あ、そうだった。君のトレーナー、アイツは悪くないんだよ。話を振ったのは俺から――」
「いいえ、それで話は済みません」
悪いのは自分だけ。
そう話そうとしたウオッカのトレーナーを遮って静かに、でも力強く断定する。
穏便な話の流れが途端に変わり、彼は目を丸くしたまま固まった。
「私が貴方とウオッカの仲を取り成す条件は一つ」
鼻血を流すほど混乱していたウオッカの証言だけでは足りない。
そちらの知識が十分に豊富で、面と向かって話していた相手の証言が欲しい。
「“彼”がどんな動画を観ているのか、洗いざらい話してください」
あとついでに、貴方が持っている彼の個人情報も。
※ ※ ※
「ちょっと物足りないけど、このぐらいにしておくか」
担当バであるスカーレットの練習を見守り、その他の雑事をこなして帰宅。シャワーを浴びてから晩飯を食べ終える。
本当はもう少し食べたいけれど、スカーレットの朝練のために早く寝なければ。
胃に物がたくさん入ったまま寝てしまえば体調に良くないし、それに食べ過ぎて太るわけにはいかない。普段から担当バに節制に努めるよう言っておきながら、腹の出ているトレーナーなんて説得力がまるでないだろう。
「さてと、寝る前に……今日は誰にしようかなっと」
今日は“する”日だと昨日から決めていた。
ノートPCのスリープを解除し、誰に見られるわけでもないため非常にわかりやすいタイトルにしているフォルダを開く。
今日は誰のお世話になろうかと吟味していると、ふと昼間の会話が蘇った。
『そ、そういうお前だって好きなセクシー女優が似ているじゃないか!』
「……いや、そんな事ないよな」
開いたフォルダの中では、さらに女優ごとにフォルダ分けされている。並んだ女優の名前を見れば、確かに共通点がある。そしてそれは結び付けようと思えば、自分の大切な担当バに結び付かないでもない。
でも違う。そんなわけない。邪推というものだ。
スカーレットは自分の大切な担当バだ。彼女の気高さと一途な生き方は、自分にとって眩《まばゆ》いもので、尊いとさえ感じている。そんな自分が何故、どうして、どのような事情で、彼女に似た存在に性欲をぶつけるというのだろうか。
いや、そもそもな話――
「スカーレットの方がずっと美人じゃないか」
一人で寂しく過ごしたいくつもの夜を、何度も暖かく慰めてくれた人たちに何て言い草だとは思うものの、これだけは譲れなかった。
ヘッドホンのプラグをノートPCに接続し、動画を立ち上げる。音漏れが隣に聞こえない程度である事を確認し、ヘッドホンを装着しようとしたところで――
ピンポーン♪
「……ん?」
呼び鈴の音を不思議に感じた。時刻は九時を回っている。早出の者は寝ていてもおかしくない時間帯で、自分も疲れている時はこの時間帯は寝ている事がある。
そんな時間の心当たりのない呼び鈴だが、無視するわけにもいかない。とはいえ用心のためにまずはドアスコープを覗いてみると、そこには予想外の姿があった。
「……スカーレット!?」
ドアスコープ越しでも見間違えるはずがない姿に、慌ててドアを開ける。
「こんばんは、トレーナー」
「こんばんは、じゃないだろお前。寮の門限は過ぎてるだろ。いやそもそも、なんでお前俺の住所を知ってるんだ?」
「さあ、どうしてだと思う?」
「……スカーレット?」
困惑をまるで隠せない俺を、スカーレットは涼やかな笑みで見つめる。それは優等生を装っている時のスカーレットのようで、数時間前に感じた違和感を思い出させるものだ。
数時間前――練習開始前の時。
用を終えてトレーナー室に戻ってみると、スカーレットとウオッカTが何やら話し込んでいた。
スカーレットはウオッカTにも基本的に優等生の顔を見せているが、ウオッカを通して普段の自分を知られている事もあって、たまにフランクな態度になる。だからこの二人が話し込んでいる事自体は意外ではないのだが、ウオッカTの憔悴した様子が気になった。
『やっと戻ったのね。さあ、それじゃあ練習を始めましょう!』
何かあったのか。そう問いかけるのを防ぐようにスカーレットが声を張る。ウオッカTも背を曲げながら力なく立ち去ろうとするため声をかけづらく、結局は有耶無耶になってしまった。
『すまない……本当にすまない』
横を通り過ぎる際の、まるで妻子の命を握られてしまったかのような、ウオッカTの苦悶に満ち満ちた表情が鮮明に思い返される。
「……ちょっと待ってろ。車で送るから」
不吉な予感に身震いがする。しかしそんな事は後回しだ。まずはこの教え子を無事に寮に送り届けなければ。
「いいじゃない別に。部屋にあげてちょうだい」
「バ鹿言え。俺が力でお前をどうこうできるわけないけど、男の部屋に、それも夜にあがろうとするんじゃない」
訳の分からない状況にこっちは振り回されているというのに、スカーレットはどこ吹く風といった様子だ。そんな態度と、自分が魅力的な美少女という自覚が急に抜けたかのような言動につい語気が強まる。
「……くせに」
「……なんだって?」
涼し気なスカーレットの笑みに、毒が混ざる。けどそれは、彼女の魅力を損なうものではなく引き立たせるものだった。
少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべながら、とても彼女が口にする内容とは思えなくて頭が理解を拒んだ言葉を、彼女はもう一度、ゆっくり優しく囁いた。
「自分に自信がある勝気な女に、強引にされるのが好きなくせに」
「――――――――――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――すかーれっとは、こんなこと、いわない。
おとなになって、すきなひとができて、そのひととのなかがふかまったら、こういうことを、いうかもしれない。
でも、すかーれっとは、まだしょうじょです。こどもです。ぼくのじまんの、たんとうばです。ぼくをたんとうにえらんでくれて、とってもうれしかったなあ。
すかーれっとは、こんなこと、いわない。
「自分で言ってたでしょ。昼間っから、学園内で」
ああ、ぼくがいけなかったか。
かのじょのみみに、じゅんすいなかのじょに、きたないはなしをきかせてしまった。
かのじょがこんなことをするのは、ぜんぶぜんぶ、ぼくがわるいんだ。
「さ、部屋にあげて」
うん。おとこのひとりぐらしで、きたなくてもうしわけないけど、どうぞおあがりください。
――
――――
――――――――
『んっ……あ、アアンッ』
「――――ハッ!?」
ゆらゆらと海にたゆたう木屑のような心境のまま、スカーレットを狭い玄関にあげ八畳一間に通した時。
ヘッドホンから漏れ出る女の嬌声でようやく正気に戻った。
「スカーレット! ちょっと待っ――」
「どいて」
そっと肩に乗せられた手。それによって優しく、しかし有無を言わさぬ力で横に押しやられる。ウマ娘に人間が勝てるわけがない。
「へぇ……ふ~ん」
チャイムの音が鳴った時、ヘッドホンをしているから大丈夫だろうと流しっぱなしだったアダルト動画を、スカーレットが仁王立ちで見下ろす。
「あ、あの……スカーレットさん? それは18歳未満は見ちゃいけないものでして」
「保護者同伴なら構わないでしょ?」
「構いますぅっ」
夜のため声量を絞った不自然な悲鳴は金切り声となった。
ああ、アア、嗚呼!
どうしてこうなった、どうしてこうなった!
俺の自室にスカーレットがいるのはまだ良い。良くはないけどまだ許せる、許容範囲。
時間が既に夜? はいワンナウト。
PCがエロ動画を流してる? はいツーアウト。
腕組みしたスカーレットの額に青筋が浮かんでいる? はいスリーアウトチェンジ、ゲームセット。
投打ともに精彩を欠き大敗。先発の三回途中5失点で始まり、中継ぎも一人残らず失点。打線も単打がわずか二本と、これではお話になりません。
「トレーナー」
「はい!」
「正座」
「……はい」
球場での無惨な敗北に空を仰いでいたが、スカーレットは現実逃避を許してはくれなかった。
今は逆らってはいけないと、カーペットの上で大人しく正座する。
俺の情けない姿を満足そうに見下ろすと、スカーレットはノートPCの前に置いている椅子へ足を組みながら座った。
「アタシほどじゃないけど、なかなかカワイイじゃない? 胸も大きいし、太ももの肉付きも良い。髪の毛は長い栗毛色。こういうのが好きなの?」
「いえ、あの……」
床に座っているこちらに対して、スカーレットは短いスカートで足を組んでいる。
スカーレットの方を見ようとすればどうしてもその眩い太ももが視界に入ってしまうので、どうにも居心地が悪い。
そんな俺の悲しい性《さが》を知ってか知らずか、スカーレットは嗜虐的な笑みで見下ろすのだった。
「しっかしこの女優、見たとこ二十四、五歳でしょ?」
「……プロフィールだと、二十二歳です」
「信じてんじゃないわよ。まあ本当に二十二だとしても、これはおかしいでしょ」
シークバーをさわったのか、ヘッドホンから漏れる内容が一気に変わる。
「学生服に……今どきブルマ? この人たちも大変ね。アンタみたいな教え子に欲情する変態のために、こんな服を着て頑張ってるんだから」
「ち、ちが……っ!」
「違うの?」
「……ッ」
冷たく見下ろすスカーレットの横顔に、心臓を鷲掴みにされる。
血を連想させる酷薄な紅い瞳。普段は幼く見える八重歯が、今は妖しく濡れて輝いている。
怖いのに、唾をのむほど恐ろしいのに――ゾクリとして、生唾を飲む。
俺は今……何を考えてしまってる。教え子の担当バに、いったい何を期待しているんだ。
「……してほしいんでしょう?」
椅子を回転させ、彼女は俺を正面から見据える。
「アタシに、こういうコトを」
はち切れんばかりの太ももに目を奪われる。太ももの奥を隠しているスカートはまくれ、今にもその深層をさらけ出しかねない。
彼女は組んでいた足をほどこうとした。それに安堵と悲しみを覚えていると、その足先を床に下ろすことなく俺へと差し出す。
指が俺の胸を優しくなでる。もどかしい弱さで胸をつく。
足先はゆっくりと登っていき、紺色の靴下が俺の喉に差しかかった時、ついに見えた。
彼女の秘所を覆う布地はピンク色だった。
「スカーレット……ごめん、謝るから。もうこんな事は……止めてくれ」
「謝る? 謝るって何を?」
鈴を転がすような彼女の声。いつもなら耳にして心地よい声音も男をなぶるためのものであり、俺のせいで申し訳ないという想いと、このままひれ伏したいという邪な願いが湧き起こる。
「謝るからには何か悪いコトをしたっていう自覚があるんでしょ? まさか何が悪いかわからずに、ただ謝っているわけじゃないでしょ」
「……ああ」
俺のトレーナー人生も今宵限りか。
トレーナー失格の俺に引導を渡してくれるのが、最初で最後の担当バなのは感謝しかない。
「ごめん……俺のせいで……こんな事するほど怒らせてしまって……本当にごめん」
「うん、うん」
問答無用で罰せられても仕方がない俺なんかの謝罪を、懺悔を。
優しいスカーレットは静かに聞いてくれる。
「そりゃ……不愉快だよな。学び場である学園で、あんな話題で盛り上がってしまって。怒ったお前が自宅に乗りこんでも仕方がない」
「……ん?」
「しかも……俺の好きなセクシー女優が……お前と特徴が似ていて……気持ち悪い想いをさせて、本当にすまない」
「……は?」
「けど俺は……今さらこんな事言えた立場じゃないけど、お前にこんな事はしてほしくないんだ。お前の信頼を裏切った、不愉快な俺への意趣返しなんだろうけど……こんな、君らしくない事はしないでくれ」
「……」
責任は取る。取らなければならない。
でもそれは、単にトレーナーを辞めるだけで済む話じゃない。多感な時期である少女の感性を歪めてしまったフォローは、ちゃんとした上で辞めなければ。
「責任はちゃんと取る。君のレースへの影響が少ない時期を見計らって、有望な女性トレーナーと交代して俺は退しょ――」
「……っ!!」
意を決して口にしようとした言葉は、最後まで口にする事ができない。
というのも、何か強い衝撃に突然襲われてひっくり返ってしまったからだ。
いったい何が起きたのか。衝撃の影響で視界がぼやけている状態だが、何かとてつもなく大きい感情が目の前で破裂したのはわかる。
ではそれは誰の感情だったのか。
天井を仰ぐ俺に無表情で覆いかぶさる、スカーレット以外ありえなかった。
『……』
沈黙が辺りを支配する。
俺は何が起きているのか理解できず、スカーレットはというとあまりに激しすぎる感情にどうしていいかわからず、固まってしまっているようだ。
「スカーレット……?」
「……」
沈黙に耐えかねて――というより、スカーレットの行動が理解できなくて、緊迫した場面なのに自分でも間が抜けていると感じられる力のない呼びかけが部屋に響く。しかしスカーレットは黙したまま。
別に体は痛くはない。強い衝撃で押し倒されたようだけど、痛いというよりビックリしたというところだ。スカーレットが感情のまま俺を突き倒したとすれば骨の一本や二本折れているはずなので、彼女はまだ自分をコントロールできている。
しかし――自制できているのならば何故、自分の信頼を裏切った俺なんかに覆いかぶさるのだろうか?
「ごめん、スカーレット。きっと俺が気に障る事をまた言ってしまったんだな」
「……」
「明日また改めて話し合おう。早く寮に帰らないと、エアグルーヴ先輩に怒られちゃうしな」
いつもの彼女に戻ってほしくて、スカーレットが尊敬する“女帝”の力を頼った。すると――
「……いい」
彼女はだだをこねる子どものように嫌がった。
「いいってお前、いいわけがないだろ。怒ると怖いんだろ、先輩?」
「……大丈夫。許可はもらったから」
「……は?」
許可って、何を?
話の流れを考えると、まさか夜間外出をか? あのエアグルーヴが?
「だからアタシは今夜、帰るつもりはない」
違った。外泊許可だった。
「おまっ……お前!? 何言ってんのかわかってんのか!?」
「……アンタの方こそ、自分が何をやったのかまるでわかってない」
頬を両手で挟まれた。撫でるような触れ方だが、視線を逸らすことを許さない――というよりも、絶対に逃がさないという強固な意志が指先から伝わってくる。
「アタシは確かに怒ったわ。アンタがこんな動画を観て、使っているって知って。……でもね、アタシに似た女ばかりを選んでいるってわかって、少し怒りが収まった」
スカーレットが少しずつ前かがみになっていく。彼女の深紅の瞳が、俺を魅了するように迫ってくる。
「だってそうでしょ? 本当はアタシが欲しくて欲しくてたまらなくて、仕方なく似ている女で我慢してたんでしょ? そんなアンタを、哀れで愛おしく思う」
彼女の熱を帯びた吐息が鼻先にかかる。柔らかくて暖かな彼女の膨らみが、俺の体に触れてカタチを悩ましく変えていく。
「大丈夫、安心して。もう他の女のコトなんて考えなくていい。アンタは思うがままに、アタシを好きにしていいんだから」
「スカーレット……考え直せ……ダメだ……ダメなんだ」
「ふふっ」
形だけの言葉。意思を伴っていない単なる振動。それをあっさりと見透かされて、彼女に笑われる。
それはそうだ。だってもうどうしようもないほど、俺の体は熱を帯びている。一つになろうと隆起して、彼女の柔らかな体をさっきからつついている。
「好きよ、トレーナー。誰よりも愛している。絶対に他の女に渡したりなんかしない。アンタは――アタシだけのものなんだから」
ああ、俺は彼女のものだったか。
その事実にこの上ない安らぎを覚え、俺はされるがままにスカーレットを受け入れた――
※ ※ ※
「ん、もうこんな時間か」
消灯前のチャイムが寮に流れる。
読みかけの本に栞を挟み、月が綺麗だったため開けたままだったカーテンを閉めようと窓際に向かう。
夜の静かな光景を見て、決死の表情で寮を飛び出しているスカーレットに想いを馳せる。
「……さて、どちらを選んだか」
外泊の許可を求めるスカーレットに、許可するつもりなどサラサラなかったがまずは理由を説明させた。
するとスカーレットが抱えていた事情は想像を絶するもので、許可を出さざるをえなかった。
「専属のトレーナーでありながら、担当バ以外に子種を浪費するとは……たわけが」
自分のトレーナーに限ってそのようなコトは無いはずだが、もしスカーレットと同じ立場に置かれたらと考えてみる。
ヤるか、ヤるかだ。
これほどまでにウマ娘の信頼を裏ぎり、尊厳を破壊する行為が存在するなど夢にも思わなかった。生ぬるい選択肢などあろうはずがない。
果たしてスカーレットはどちらの道を選んだだろうか……?
「杞憂だな」
スカーレットはずいぶんと愛が重い女だが、自分ほど剣呑ではない。
まあ少しばかし過程が乱暴になるかもしれないが……それはトレーナーが悪い。
ウマ娘の一途さを見誤った、トレーナーが悪い。
スカーレットは明日どんな様子だろうか?
校則違反で問い詰めざるをえない様子でなければいいのだが。
手のかかる可愛い後輩のコトを考えながら、私は眠りについた――
~おしまい~
最後まで読んでいただきありがとうございました。
始めるなら今だと言われて、リセマラしてキタサンブラックを3凸させてウマ娘を始めました。
たづなさんの服が見覚えのある色で怖いです。
次にウマ娘を書く機会があれば、ハグを三回してもいいから合コンに行くのは止めてほしいと訴える学級委員長or要所要所でサラッと独占力を発揮する会長を書くかもしれません。
次は12月中旬頃までにクリスマス限定しまむー奉納SSを書く予定です。
普段書いているおきてがみ(黒歴史)デース!
【モバマスSS】凛「プロデューサーにセクハラしたい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446375146
武内P「女性は誰もがこわ……強いですから」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1486799319
武内P「ノンケの証明」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1602379126
このSSまとめへのコメント
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