紅巴(あっ……見つけました! 『白薔薇の誓い』スピンオフ本!)
紅巴(復讐に燃える不器用なお姉様と、それに付き添う義妹ちゃんの馴れ初めが濃厚に描かれた期待作。最後の一冊だなんて、土岐はついてます!) パァァ
スッ
「あっ……」
紅巴「はぅぅっ! 妄想に耽って先を越されるだなんて土岐、一生の不覚っ……! いえ、いいんです。早いもの勝ちは暗黙の了解───え?」
比呂美「あなた……紅巴、さん?」
紅巴「ひ……比呂美、様……」
比呂美「こんなところで出会うなんて偶然ね。まだあの時のお礼をちゃんと言っていなかったから、一度会って話をしたかったの」
紅巴「あ、あのっ……!」
比呂美「姉さんの仇を取ってくれてありがとう。もっとも、あなたにとっては会いたくなかっただろうし、迷惑だったかもしれないわね」
比呂美「この本はあなたに譲るわ。たまたま手に取っただけで、買おうとは思ってなかったから」
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紅巴(ど、どうしましょう……! 比呂美様に言いたいこと、たくさんあるのに……!)
比呂美「定盛さんや他のメンバーにもよろしくね。それじゃあごきげんよう紅巴さん、あなたの前には二度と現れないから……」
紅巴(ああっ、比呂美様が行ってしまいます! どうにかして引き止めないと……!)
紅巴「ひっ……比呂美様っ! わわっ、わたしと一緒にお茶でも飲みませんかっ!?」 ガシッ
比呂美「───え?」
紅巴(あ……あぁぁぁぁっ!! 一体何を口走っているんでしょうかこの舌は!? これではただのナンパではないですか!)
比呂美「……そうね。他でもない紅巴さんの頼みだもの、付き合ってあげるわ」
紅巴(しかも断らないんですか!? 普段なら美味しすぎるシチュエーションですが、一番の問題は当事者が土岐ということです……!)
比呂美「……美味しいわね。ここのお店はよく来るのかしら」 ズズ
紅巴(はぅぅっ……き、気まずいっ……! どうしてこんなことに……)
紅巴「あ、あの比呂美様……最近は声楽科の講義でもあまり見かけませんが、いまはどうなさっているんです?」
比呂美「……あの一件のあと、学園長から呼び出されたの。栄えあるグラン・エプレを危険に晒したもの、てっきりわたしは退学になると思っていたわ」
比呂美「けれど、ヒュージの研究資料や舞台の修繕を考慮して……結局わたしに言い渡されたのは数日間の謹慎だけだった」
紅巴「そう、だったんですね。よかったぁ……それに、あの舞台はやはり比呂美様が……」
比呂美「そうね。でも復讐のためだけに生きてきたわたしには、もうなにも残っていなかったわ」
紅巴「……え?」
比呂美「───『リリィの戦いは今日が最期かもしれず、命を賭すに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』」
比呂美「命を賭した最期の戦いの先に、日常が続くなんて知らなかった。エンドロールが流れて、それで終わりなら良かったのに……」
紅巴「そんな……比呂美様はお姉様の仇を討って、やっとこれからじゃないですか……!」
比呂美「復讐は、姉の死でぽっかりと空いたわたしの胸の内を埋めてくれた。もはや生きがいになっていたの」
比呂美「今のわたしは、ただ生きているだけ。いいえ、死んでいないだけと言ったほうが正しいのかしら」
紅巴「そんなの、悲しすぎますっ……!」
比呂美「退屈を紛らわせるために、絵画や本に手を出してみたけれど……どれも復讐以上にわたしの心を滾らせるものはなかった」
比呂美「せっかく誘ってくれたのに、湿っぽい話をしてごめんなさいね。だけどこれからは、一人でも前を向けるよう頑張るから……」
紅巴「だっ……ダメですっ!」 ガタッ
比呂美「……紅巴さん?」
紅巴「比呂美様は、すごい方なんです! 誰に理解されなくても、たった一人であんな恐ろしいヒュージに立ち向かい続けて……!」
紅巴「そんな人に、寂しい思いはさせたくありません! わたしでよければ、比呂美様のことを手伝わせてくださいっ!」
比呂美「あなた、分かっているの? わたしはかつて、あなたを利用して危険な目に合わせたのよ?」
紅巴「だってそれは、比呂美様のお姉様のためじゃないですか……!」
比呂美「それ、は───」
紅巴「復讐は、どれだけその人のことを愛していたか……それを再確認する行為だそうです。だから比呂美様は、とってもお優しい方なんですっ!」
紅巴「復讐なんかよりも素晴らしいものはたくさんあります。比呂美様のお姉様が目指していたもののように、比呂美様にもきっと……!」
比呂美「はぁ……分かったわよ。どうせわたしには拒めないのだから、好きになさい」
紅巴「はい! では、さっそくわたしの部屋に来てください。『白薔薇の誓い』最新刊まで、すべて取り揃えていますからっ!」
紅巴「一人だけじゃ、きっとこの本の本当の面白さは分からないと思います。だから、わたしが隅々まで教えて差し上げますねっ!」
比呂美「あなたが嫌じゃなければ。けれど驚いたわ……紅巴さん、あなた見た目の雰囲気よりよっぽど積極的なのね」 クス
紅巴(……はっ! い、言われてみれば……! 喫茶店に誘って部屋に連れ込むだなんて、いつのまに土岐は亜羅椰さんのようなことを!?)
紅巴「はぅぅっ! ち、違うんです比呂美様っ! わたしそんなつもりでは、あああぁぁぁ~っ!」
比呂美(ありがとう紅巴さん。けれど、わたし結構つまらない人間よ? きっとすぐに愛想が尽きると思うわ……)
─────
比呂美「……なるほど、ベストセラーになるのも分かる気がするわ」 ペラ
紅巴「! えへへ、よかったぁ。比呂美様はあまり小説は好きではないかもと思いましたが、気に入っていただいてなによりです!」
比呂美「まあ、人並には。ところで定盛さんや丹羽さんとは、こうして本を貸しあったりはしないのかしら?」
紅巴「お二人とも読書には興味がないみたいで……だからわたし、こうして一緒に本を読める人がいるのってすごく新鮮なんです!」
紅巴「あ、このページはお気に入りの一つですよ! 義妹ちゃんが瀕死のお姉様に口移しでお薬を飲ませてあげるのが本っ当に尊くて……!」 スス
比呂美(……もし妹がいたら、こんな感じなのかしら) チラ
紅巴「比呂美様、イヤホンで何をお聴きになられているんですか?」
比呂美「あなた達のライブ曲。やっぱり定盛さんと一緒だと、紅巴さんの歌声もよく響いているわね」
紅巴「あ、あまり聴かないでください……! 他の皆さんが輝きすぎて、わたしは不協和音にしかなってませんから!」
比呂美「そんなことはないわ。ほら、あなたも自分の歌声をよく聴いてみなさい?」 シュル
紅巴(はぅぅ!? 比呂美様のお顔が吐息がかかるほど近くっ……! な、なぜ横並びにならないんですか! まさか無自覚なのですか!?) カァァ
比呂美(……夕日がまぶしい。いつの間にか寝ていたのかしら) パチ
紅巴「すぅ……すぅ……」
比呂美「ふふっ。そういえば昔、わたしもお姉ちゃんに寄りかかって寝ていたっけ。懐かしい……まるであの頃みたいだわ」
紅巴「……っ、す、すぅ……」
比呂美「───紅巴」
紅巴「!?」 ビクン
比呂美「……柄でもないことを。何をやっているのかしらね、わたしは」
紅巴「」 スゥ…
─────
灯莉「やっと訓練が終わった~! 定盛、ぼくマカロン食べた~い☆」
姫歌「何言ってるのよ灯莉、これからアイドルリリィの広報に行くって言ってたじゃない。それとひめひめって呼びなさいよね!」
紅巴「では、わたしはお先に失礼しますねっ」
姫歌「紅巴、またいつもの用事? あんたも忙しいわねー」
灯莉「それじゃあぼくは定盛についてくね。とっきー、バイバ~イ!」
紅巴「はいっ! お二人とも、ごきげんよう……!」 タタッ
姫歌「……ねえ灯莉。最近、紅巴の様子がちょっと変じゃないかしら?」
灯莉「そーかなぁ? とっきーって普段からヘンだと思うけどなぁ~☆」
姫歌「あんたが言うか。いや、そういう意味じゃなくって……前より明るくなったというか、それにちょっと綺麗になったかも?」
灯莉「そうだね~、最近とっきーのマギがキラキラーって感じがするよー。あ、もしかしていい人でもできたんじゃ───」
姫歌「はぁ!? はぁああああっ!?」 ガシッ
灯莉「ぐぇぇ、定盛くるしいよ~……」 ギュゥゥ
姫歌「彼氏!? 誰に! 紅巴に!?」
姫歌「絶対に騙されてるわ!! 紅巴はあんなにお人好しだもの!!」
灯莉「う~ん、とっきーが選んだ人ならいい人じゃないかな~……むぎゅう」 ガクンガクン
姫歌「それはありえないわ! だってひめかがもし男だったら、紅巴のこと絶対に放っておかないし!」
姫歌「こうしちゃいられないわ灯莉! いますぐ紅巴を誑かす悪漢をぶっ飛ばしに行くわよ!!」
灯莉「定盛~、さっきからすっごくヒドいこと言ってない? でも面白そうだからぼくも協力するね☆」
紅巴「───、───♪」
姫歌(なによ紅巴のヤツ、あんなフリフリした服なんか着ちゃって。ひめかより目立ってるじゃない!) コソ
灯莉(隠密こーどーだから目立ったらダメじゃないかな?)カサ
紅巴(しっ! 紅巴が立ち止まったわ。ここが待ち合わせ場所みたいね)
灯莉(とっきーの彼氏さんってどんなのだろ~? ヒュージかな? それともユニコーンかも☆)
灯莉(そこはせめて人間にしなさいよ……あっ、来たわね! さあ、どんな悪人面か拝ませてもらおうじゃない!)
比呂美「───。───?」
紅巴「───! ───♪」 パァァ
灯莉(あれ~? とっきーのいい人、男の人じゃないね。それにどっかでみたことあるよーな気がするけど……)
姫歌(げっ……!? あそこにいるの、比呂美様じゃない!)
紅巴「───♪」 ニコニコ
灯莉(でもとっきー、すっごく嬉しそうだね~! 二人のマギがキラキラーって輝いてるよ~☆)
姫歌(紅巴、なんであんなヤツと……! というか一言ぐらいひめかに言いなさいよ!)
比呂美「───。───」 チラ
灯莉(あれっ……ひろみせんぱい、いまこっち見た?)
紅巴「あのっ、比呂美様。わたし、この前の猫カフェにもう一度行きたいです。もちろん比呂美様がダメじゃなければ、ですけれど……!」
比呂美「……紅巴さん。グラン・エプレのみんなは好き?」
紅巴「え? は、はい。皆さんはわたしにはもったいないくらい素敵な方々ですっ」
紅巴「灯莉ちゃんや姫歌ちゃんの明るさと、先輩のお二人方の凛々しさにはいつも助けられてばかりで……あの、比呂美様。どうしてそんなことを?」
比呂美「そう……きっと他のメンバーのみんなも、あなたのことをとても大切に想っているでしょうね」
比呂美「───紅巴さん。こうしてわたしと二人きりで会うのは、もう終わりにしましょう」
紅巴「え……えっ?」
紅巴「ど、どうして急に、あ……あれ?」 ジワ
紅巴「あ、ぅ……なんで、そんなこと言うんですかぁ……ぅ、あっ……」 ポロ
比呂美「ごめんなさい……だけど、これはあなたやあなたのお友達のためでもあるの」
紅巴「ぐすっ、わ……わたしのせいですか……? ダメなところ、直しますからっ……だから、比呂美様……!」
比呂美「いいえ、わたしはあなたのおかげで十分立ち直れたわ。感謝してもしきれない……だからもう、わたしに構う必要はないのよ」
「紅巴ぁぁぁっ!!」
紅巴「姫歌、ちゃん……!? それに灯莉ちゃんも、なんで───」
姫歌「ちょっと比呂美様! 黙って聞いてれば、言いたい放題言ってくれたわね!?」
灯莉「というか、ぼくと定盛は盗み聞きしてただけだけどね~☆」
比呂美「あなた達……」
姫歌「ちょうどいい機会だわ! 比呂美様、あんたには言いたいことが山ほどあるのよ!」
比呂美「……そうね、丹羽さん、定盛さん。あなた達にはまだ直接お礼を言っていなかったわね───姉さんの仇を討ってくれてありがとう」
姫歌「いまはそんなことどうでもいい! あんた、紅巴を泣かせたわね!? なんでよ!」
灯莉「とっきー、だいじょーぶ?」
紅巴「姫歌ちゃん、違うんです……! わたし、泣いてなんか……」 グシ
姫歌「なにが違うってのよ! あたしの紅巴にこんな顔をさせるなんて、絶対に許さないんだから!」
姫歌「舞台の修繕とか、学園長に話をつけたって聞いてちょっとは見直してたのに……! さっさと答えなさいよ!」
比呂美「……わたしはかつて紅巴さんを危険な目に合わせたわ。あなた達はきっとわたしが憎いはず」
比呂美「そのわたしが、あなた達の紅巴さんを独り占めにする資格なんかない。きっと紅巴さんにとっても、あなた達といた方がいいに決まっているわ」
姫歌「なに、それ……!? あんた、何様のつもりよ……!」
灯莉「え~? 別にぼくはもう気にしてないけどなぁ。とっきーだって、ひろみせんぱいのことが好きだから一緒にいるんでしょ?」
紅巴「比呂美、様……そんなこと、言わないでくださいっ……」 グス
姫歌「比呂美様、あんたはいつもそうね。あの騒動のときも、自分の中で勝手に決めつけて! 人の話も聞かないで!!」 ガシッ
姫歌「あんたのことなんか、とっくに許してるわ! だから紅巴を泣かせるんじゃないわよ!!」
比呂美「定盛、さん……」
灯莉「ぼく、あんまり難しいことわかんないけどさ~。とっきーに直接聞いてみればいいんじゃない? とっきーはどうしたいの?」
紅巴「土岐は……比呂美様と一緒にいたい、です……! それだけじゃ、いけませんか……?」
比呂美「紅巴さん、わたしは一度あなたを利用したのよ。いまだって、あなたのことを騙しているかもしれないわ。なぜ疑わないの……?」
紅巴「最初は比呂美様のこと、ちょっと怖いなって思いました。考えてること、あんまりわからなくて……」
紅巴「けれどわたし、最近やっと理解してきました。比呂美様は本当はとっても意地っ張りで、不器用で。それにすごく寂しがり屋なこと」
紅巴「この人には、わたしがついていなくちゃって。だから比呂美様、一人になってはダメです……!」
比呂美「あ……どうして、かしら」 ポロ
比呂美「涙なんて、姉さんを殺された日に……すべて流し切ったと思ってたのに。悲しくなんか、ないのに」
比呂美「ごめんなさい……紅巴さん、ごめんねっ……───」 ポロポロ
紅巴「いいんです、比呂美様。土岐は比呂美様のこと、絶対に責めたりはしませんから……」 ギュウ
灯莉「あれー? 定盛、もしかして泣いてるの?」
姫歌「う、うっさいわね灯莉! ひめかが泣いてちゃ悪い!?」 グシ
姫歌「みんな、少しは落ち着いたかしら?」
紅巴「は、はい! わたしは全然……!」
比呂美「みっともない所を見せてしまったわね。人通りの少ない場所で良かったわ」
灯莉「そんなことないよ~☆ それにとっきーとひろみせんぱいがぎゅ~ってしてるところ、しっかりスケッチしたからね~!」
紅巴(はぅぅっ! 流されたとはいえ、土岐はなんて大胆なことをっ……!?)
姫歌「まったく。紅巴にいい人ができたんじゃないかってきてみれば、とんだ茶番だったわね!」
比呂美「あなた達、そんな不純な動機だったのね……」
姫歌「とにかく! 紅巴を泣かせたんだから、今日は比呂美様のおごりです! さあついてらっしゃい灯莉、今日はマカロン食べ放題よ!」
灯莉「わぁ~い☆ ひろみせんぱい大好き~!」
比呂美「もう、調子のいい子たちなんだから……」 フッ
─────
灯莉「ロシアンたこ焼き、ぼくがいっちば~ん! ありゃ残念、ふつーのタコさんだ~。次はとっきーね!」
比呂美「ちゃんと冷まさないとヤケドしてしまうかもしれないわ。少し待ちなさい」 フーフー
紅巴(ふーふー+あーんの連携技ですか!? そんな尊い行為を観測者である土岐が受けてしまったら実質消滅してしまうのでは!?)
比呂美「ほら紅巴さん、口をあけて?」 ニコ
紅巴「ふぐぅ」 バタン
姫歌「まだ一口も齧ってないわよね?」
比呂美「───♪ ~~~♪」
紅巴「───、───♪」
灯莉「二人ともすっごーい! ぼく達またカラオケ負けちゃったね、定盛~☆」
姫歌「ぐぬぬ……流石はひめかのライバルね! けど灯莉、途中で勝手にキーを上げるんじゃないわよ!」
灯莉「だって定盛、どこまで高い声出せるか見てて面白かったもん☆」
比呂美「ぷっ、くく……なかなか可愛かったわよ定盛さん、まるで溺れたアヒルみたいで」
灯莉「全然納得いかないわ! もう一勝負よ二人とも!」
『ポーズを決めてね! 撮影を開始するよ!』
灯莉「とっきー、もうちょっと寄ってくれないと狭いよ~」 ギュウ
姫歌「紅巴、もっとくっつかないとひめかの可愛いすぎる顔が入らないじゃない!」 ムギュウ
比呂美「紅巴さん、あなた思ったより細いのね。後ろから抱いてると折れてしまいそうで心配だわ」 ギュウウ
紅巴(はわあああっ! 土岐の右腕と左腕と背中に柔らかい感触がああああ!) パシャシャシャ
─────
灯莉「とっきー、ひろみせんぱい。今日はすっごく楽しかったね~☆」
紅巴「はい。わたし、お二人や比呂美様とご一緒できて本当によかったです!」
比呂美「こんなに大勢で遊んだのは久しぶりね。三人とも、今日は付き合ってくれてありがとう」
灯莉「今度はかなほせんぱいとたかにゃんせんぱいも連れてくるね~☆」
姫歌「はっ! 今日の出来事をテーマに歌詞が浮かんできたわ! 灯莉、すぐに寮に戻るわよ!」
紅巴「それでは比呂美様、学園までご一緒してもよろしいでしょうか?」
比呂美「ありがとう紅巴さん。けれどこれから用事があるから、一旦ここでお別れしましょうか」
灯莉「えー? ひろみせんぱい、こんな時間にどこ行くの?」
姫歌「じゃあ仕方がないわね……あんまり紅巴に心配かけさせないで下さいよ?」
紅巴「比呂美様。また、会えますよね……?」
比呂美「……ええ。紅巴さん、また明日ね」
比呂美「───もう行ったわよ。そろそろ出てきてもいいんじゃないかしら?」
「随分と、彼女たちと仲が良くなったんですね」
比呂美「……そうね。きっとあなた達は面白くないかもしれないけれど」
高嶺「あら、心外ですね。そう見えますか?」
叶星「もう、ダメだよ高嶺ちゃん……お久しぶりです、比呂美様」
比呂美「今までずっと気配を感じていたわ。わたしに話があるのでしょう?」
叶星「はい。グラン・エプレの隊長として、紅巴ちゃんのことでお話をさせて頂いてもよろしいですか?」
高嶺「うちの紅巴が随分とお世話になりましたから」 ニコ
比呂美「……回りくどい話は無しにしましょう。要は紅巴さんにこれ以上近づくな、そう警告しにきたのよね?」
叶星「え?」
比呂美「……違うのかしら?」
高嶺「本当に、あの時から変わってませんね……あなたのそういう所は」 ハァ
叶星「紅巴ちゃんは知っての通り、とっても人見知りです。人付き合いもグラン・エプレのメンバーや一柳隊の二水さんぐらいで……」
叶星「このままじゃきっといけない。そう思っていた矢先に、またあなたが現れたんです」
高嶺「あなたと接してからあの子、見違えるほどに成長しました。きっとグラン・エプレのメンバーだけでは得られなかった経験だと思います」
比呂美「それは……だけど、わたしは」
叶星「比呂美様。グラン・エプレのリーダーとして、あなたが犯した過去の過ちを許します」
叶星「だから、これからも紅巴ちゃんの傍にいてあげてください。これはわたしからのお願いです」
高嶺「叶星が許すのなら、わたしもそれに従います。もうわたし達の中であなたを責める者はいません」
比呂美「……、───」
比呂美「話は……もう終わりかしら。ならこれから用事があるから、失礼するわね」 クル
高嶺「いいえ───まだ終わってないわ」 ガシ
叶星「た、高嶺ちゃん!」
高嶺「比呂美様。ここ最近、異常なほど出撃されているそうですね。まさかこんな夜更けにパトロールですか?」
比呂美「……あなたには関係ないでしょう」
高嶺「あなたのお姉様の仇はもうこの世にいません。それとも何か別の目的でも……?」
叶星「もしわたし達に手伝えることがあれば言ってください。できる限りのことなら力になります!」
比呂美「これはわたしの問題。あなた達の助けは不要よ」
叶星「そんな……比呂美様、せめて理由だけでも伺ってよろしいですか? このままだと紅巴ちゃんが心配してしまうわ」
高嶺「またそんな強情を……! この際はっきりと聞きますが、あなたは紅巴さんのことをどう思っているのですか?」
比呂美「紅巴さん、か……」
比呂美「出会った頃は、わたしの復讐に巻き込んでしまったリリィの一人としか考えてなかった。だけど……」
比呂美「あの子の笑顔を見るたびに、姉を失って空っぽになった心が満たされていくような……そんな温かい気持ちになるの」
比呂美「共に過ごした時間だけ、少しずつ好きになっていった。だからわたしの中でこんなにも大きな存在になるなんて、今まで気づきもしなかったわ」
高嶺「なら……!」
比呂美「だから、そんなあの子を傷つけた自分が憎くてたまらない。いっそ殺してしまいたいぐらいに……!」 ギリ
叶星「えっ……」
高嶺「つまりあなたは……死に場所を求めて無謀な出撃を繰り返していた、というわけですか?」
叶星「たとえ比呂美様が傷ついても、紅巴ちゃんは決して喜んだりしません。そんなことは分かっているはずです!」
比呂美「あなた達や紅巴さんがわたしを許しても、わたし自身が絶対に許さない。理屈では分かっていても、この感情から耳を塞ぐことはできないわ」
高嶺「あなたが紅巴さんと出会ってから、少しはマシになったと思っていたのに……! それは間違いだったと言うのかしら!?」
比呂美「人はそう簡単には変われない。誰かを好きになった分だけ、他の誰かを憎まずにはいられなくなる……それが我孫子比呂美という人間なのよ」
叶星「そんな……! ならどうすれば、あなたは自分自身を許してあげられるのですか……?」
比呂美「そんな答えがあったとしても、きっとわたしはもう───」
「きゃぁぁぁぁっ!」
「く、紅巴ぁぁぁぁっ!」
高嶺「! さっきの声、まさかあの子達が───!?」
叶星「ヒュージ警報! すぐに助けに向かいましょう、高嶺ちゃん!」
比呂美「ヒュージ……! またわたしから、大切な人を奪うつもりなの!?」 バッ
高嶺「待ちなさい! 一人で専行するのは危険すぎるわ───ああもう、どうしてあなたという人は!」
叶星「いまは一人でも戦力がほしいわ。高嶺ちゃん、比呂美様を追いかけるわよ!」
姫歌「こんのぉ、紅巴を返しなさいよっ!」 ダァン
比呂美「三人とも、無事かしら!?」
灯莉「ぼくと定盛はだいじょーぶだよ。でもね、あのヒュージが急にぐにゃ~んって出てきてとっきーを呑み込んじゃったの!」
紅巴「─────」
ヒュージ「」 ブルン
叶星「触手の生えたスライムみたいな、初めて見るヒュージ……まさか特型?」
高嶺「紅巴……! よかった、生きてはいるようね。それとも生かされていると言ったほうが正しいのかしら?」
姫歌「ヒュージのクセに、紅巴を人質に取ってるっていうの……!?」
叶星「相手の出方が分からない以上、ここは慎重に攻めましょう、わたしが先に出るわ!」 ジャキン
姫歌「灯莉、叶星様を援護するわよ! 一緒についてきなさい!」
灯莉「人質……う~ん、本当にそれだけかなぁ。とにかく気を付けてね、かなほせんぱい☆」
叶星「任せて頂戴、灯莉ちゃん! やぁああああっ!」 バッ
ヒュージ「───!」 ヒュバッ
叶星(くっ、なんて戦いづらい間合いなの……! 初めて戦う相手なのに、まるであの時みたいな───)
高嶺(あのヒュージ、叶星の動きを読んでいる? まるで何度も繰り返し戦ったみたいに……)
ヒュージ「───ッ!」 ブォン
叶星「甘いわ! そんな距離から届くわけ───きゃあぁっ!?」 ザシュ
高嶺「叶星!」
姫歌「い、いまのはなに!? 衝撃波みたいなのが出てきたんですけど!」
紅巴「ぼく、さっきの知ってる……あれ、とっきーのテスタメントだ」
比呂美「あのヒュージ、取り込んだリリィのレアスキルを使えるというの……!?」
叶星「ぐぅっ……! これ以上放っておけば、さらに被害が増えるわ。必ずここで食い止めるのよ!」
高嶺「代わって叶星、次はわたしが行くわ! 《ゼノンパラドキサ》───はぁああああッ!」 バシャァン
姫歌「すごい、効いてるわ! 高嶺様の動きに反応しきれてないみたい!」
高嶺(やはりあの時の特型と違って、動きを予測できても対応できるわけではなさそうね。これならいける───!)
叶星『危ない高嶺ちゃん! 跳んで避けて!』
高嶺「分かったわ叶星! あなたと一緒ならわたしは───あぐっ!?」 バシィン
姫歌「えっ!? な、なんで……!?」
高嶺(そん、な……叶星が指示を間違えた? いえ、そんなはず、は……)
叶星「嘘……どうしてわたしの声が……?」
高嶺「そういう、ことね……しくじった、わ───」 ドサ
姫歌「た、高嶺様! 大丈夫ですか!?」
灯莉『ねえ定盛、ちょっとあのヒュージについて気になることがあるんだけど~……』
姫歌「どこに行ってたのよ灯莉! 言っておくけど、戦闘中にスケッチなんかしてる暇ないんだからね!」
灯莉『あのね、さっき定盛そっくりの偽物を見かけたよ。あのヒュージ、ぼくたちの声だけじゃなくて姿も真似できるみたい』
姫歌「そ、それ本当なの? もしかして紅巴の能力だけじゃなくて、記憶も読み取ってるってこと? ヤバすぎでしょ……」
灯莉『うん。だからね定盛、もしぼく達の偽物と会っても騙されないように合言葉を決めとこうよ☆』
姫歌「分かったわ! それじゃあ合言葉はひめひめでいいかしら!」
灯莉『了解っ☆ それじゃあぼくはあっちから狙撃するね!』
姫歌「気を付けなさいよ灯莉、あんたが一番騙されそうなんだからね!」
灯莉「やっと見つけた~! 定盛、そっちは大丈夫?」
姫歌「え? 灯莉、あんた向こうに行ったんじゃ……」
姫歌(ま、まさか───さっき言ってた灯莉の偽物!?)
姫歌「灯莉。あんた、合言葉は?」
灯莉「へ? 合言葉ってなんだろ~☆ あ、ユニコーンだ! それともマカロ───」
ジャコン
姫歌「やっぱり。合言葉を決めておいて正解だったみたいね、この偽物がぁ!」 ダァンッ
灯莉「うわぁっ!? 急になにするの、定盛~!」 ギィン
姫歌「高嶺様は騙せても、あたし達は騙せないわよ! あんたなんか、全っ然灯莉に似てないんだからぁ!」
灯莉「ちょっと待って定盛、ぼくは本物だってば~! ───うぁっ!?」 ズザッ
姫歌「あたし達の絆を舐めるんじゃない! これで、終わりよ!!」 ジャキン
灯莉「や、やめてよ……ぼくは定盛の味方だから……!」
姫歌「う……灯莉の声と顔で、そんなこと言わないでよっ!」
ダァン
姫歌「ぁ……!? なん、で───」 ドサ
灯莉「さだ、もり……」
灯莉『あははっ! こんな簡単に引っかかるなんて、やっぱり定盛って単純~☆』
姫歌「っ! よくも、騙してくれたわね……! 絶対に、許さないんだからぁっ……!」
灯莉『騙される定盛も、見てて面白かったよ☆ ユニコーン(笑)』 バシーン
灯莉「定盛に、手を出すなぁっ……!」 ググ
ザシュゥ
灯莉『あれ? 身体が───』 ドロ
比呂美「二人とも、大丈夫……ではないようね。ごめんなさい、来るのが遅くなったわ」
姫歌「ひ、比呂美様!」
灯莉「ひろみせんぱい! 助けに来てくれてありがと~☆」
姫歌「気を付けてください。あの特型ヒュージ……紅巴の記憶から、わたし達の声や姿を真似できるみたいなの!」
比呂美「なるほど。要するにあの特型は、対グラン・エプレに特化した個体というわけね」
比呂美「───ならわたしが一対一でカタをつける。心配はいらないわ、あの子はわたしの姉のことを知らないもの」
灯莉「無茶しちゃダメだよ、あとで絶対に帰ってきてね!」
比呂美「……ええ。紅巴さんを奪い返すまで死ねないわ」
比呂美「さあ、わたしが相手よヒュージ! わたしの一番大事な人に、化けられるものなら化けてみなさい!!」 バッ
ズダァンッ
紅巴『いやぁぁぁぁっ! い、痛いっ……やめてください、比呂美様……!』
比呂美「───っ!」
姫歌「そ、その声……紅巴なの!?」
紅巴『はぁ、はぁっ……聞こえますか、皆さん……! このヒュージはわたしが内側から抑えてます、だからはやく逃げてください……!』
叶星「ほ、本当に紅巴ちゃんなの……? 比呂美様、いったん攻撃を中止してください!」
比呂美「そんなサル芝居、わたしには通用しないっ!!」 ズバン
紅巴『うぁぁっ!? そんな、酷いです比呂美様……! どんな時でもわたしを守ってくれるというのは、嘘だったのですか……!?』
比呂美「かつて紅巴さんを囮にしたとき、あの子はわたしを責めるどころか助けようとさえした」
比呂美「自分より他人のことを考える子だからわたしは……! だからあの子がそんなことを言うはずがない!」
姫歌「や、やめてください比呂美様! 本当に紅巴かもしれないじゃない!」
紅巴『ひ、姫歌ちゃんの言う通りです! どうして信じてくださらないのですか……!』
比呂美「あなたが本物の紅巴さんだというのなら、聴かせてみなさい。お姉ちゃんと同じ、マギの歌声を! わたしにはそれを聞き分けられる!」
紅巴『そ、それは……いまはそれどころじゃ……』
比呂美「歌えないということは、やはりあなたは偽物ということ。それ以上の侮辱はわたしが許さない!」
叶星「た、高嶺ちゃん。わたし達はどうすれば……」
高嶺「いまは信じましょう。比呂美様と紅巴さん、あの二人のことを───」
─────────
紅巴(暗くて静かです……ここならいくら妄想をしても、誰にも邪魔されたりしません)
紅巴(ずっと微睡みの中にいるような、心地良さに包まれて……もう戦いもつらい思いも、しなくていいんですね)
紅巴(土岐は、いなくていいんです。誰も土岐を必要としてません、わたしがいなくても誰にも迷惑は───)
比呂美『だけどこれからは、一人でも前を向けるよう頑張るから……』
紅巴(あ……)
紅巴(土岐がいないと、比呂美様はまた一人ぼっちになってしまいます。そんなの……!)
紅巴(比呂美様は、わたしがついていないといけませんからっ……!)
紅巴(きっと比呂美様も土岐のことを心配しているに違いありません。寝てる場合じゃ、ないです!)
紅巴(───《テスタメント》! どこにいらっしゃるのですか比呂美様! 土岐は、ここにいます───!)
比呂美「あぁああぁぁぁっ!!」 ズバァン
姫歌「あ、あんな巨大なヒュージを一刀両断に……! あれが比呂美様のレアスキル?」
高嶺「いいえ、違うわ。あの力は───!」
比呂美(感じる、確かに感じるわ───紅巴さん。あなたの力を、あなたの存在を!)
比呂美「特別なCHARMやレアスキルなんかなくったって! あなたを救うためなら、この瞬間だけわたしは地上の誰よりも───強いッ!!」 ズダァン
叶星「す、すごいわ……あれが死と隣り合わせの戦いを生き抜いた最後のデュエル世代、比呂美様の本当の実力……!」
比呂美「来なさいヒュージ! お前はかつてのわたし自身、その罪はわたしが裁く!!」
灯莉「受け取りなさい、比呂美様!」 パシュン
比呂美「! これはノインヴェルト弾のマギスフィア───!」
灯莉「ぼく達のありったけのマギを込めたよ☆」
高嶺「フィニッシュショットはあなたに譲るわ。必ず紅巴さんを取り戻して頂戴!」
叶星「紅巴ちゃんのためにも、比呂美様ご自身のためにも! いまここで全ての決着をつけてください!」
姫歌「いっけぇぇぇぇ!! 比呂美様ぁぁぁぁ!!」
比呂美(グラン・エプレのみんなが力を貸してくれている。ありがとう紅巴さん、きっとあなたのおかげよ───だから!)
比呂美「この一撃ですべてを終わらせる! 紅巴さんを、返せぇぇぇぇぇぇッ!!!」 ジャキン
ズガァァンッ
─────────
紅巴「う……ここ、は……」 パチ
比呂美「目が覚めたのね。怪我はないかしら、紅巴さん」
紅巴(比呂美、様……はぅぁっ!? ここ、これは噂に聞くお姫様抱っこというものでは!? なぜこんな美味しいシチュエーションを土岐がっ!)
紅巴「あ、そっかぁ。土岐はまだ妄想の中にいるんですね……えへへ」
比呂美「ふふ、まだ寝ぼけているようね。腿をつねってみましょうか」 フニ
紅巴「ひぁっ! ま、まさか現実……? はっ! 比呂美様、お顔に傷が……わたしのせいで───!」
比呂美「あなたを助けるための名誉の傷よ。恥ずかしくなんかないわ」 クス
紅巴「うぅ、比呂美様……!」 ギュゥゥ
姫歌(くっ! あたしも紅巴の所に行きたいのに、あの雰囲気じゃ割り込めないわ。ズルいじゃない比呂美様!) コソ
灯莉(邪魔しちゃダメだよ定盛、それにいまスケッチのいい所なんだ~☆) シュババ
高嶺(まあ、今回限りは紅巴さんを貸してあげてもいいわよ。うふふ……)
叶星(よかったぁ。これで無事に解決ね!)
比呂美(復讐の先にあるもの。復讐だけでは絶対に手に入らなかったもの)
比呂美(この手で掴んでようやく気づいた。お姉ちゃんが本当に守りたかったものの正体が)
比呂美(お姉ちゃん、見ててくれたかしら。わたし、お姉ちゃんみたいに大事な人を守り切ったよ)
比呂美(これでようやく、わたし自身を許せそうだわ───)
紅巴「比呂美様。ただいま、です」
比呂美「ええ。おかえりなさい、紅巴さん」 ニコ
おわり
以上です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
不器用な復讐者キャラいいよね……
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